本稿はオリジナルビデオアニメーション(OVA)の制作にあたり、著名なキャラクターデザイナーがキャラクターデザインとともに作画監督も務めるということで制作会社と 配給会社との間で合意がなされたものの、実際は当該デザイナーは配給会社が期待するほどには OVA の制作に関与しなかったことによって生じた紛争についての検討であ る。我が国のコンテンツビジネスが、特定のクリエイターのコンテンツ制作へのコミットの度合いを「売り」にすることが多い現状のもと、コンテンツ制作者においてコンテン...
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〔判例評釈〕
アニメーション制作契約における制作者の義務違反の有無
xx xx
【abstract】
本稿はオリジナルビデオアニメーション(OVA)の制作にあたり、著名なキャラクターデザイナーがキャラクターデザインとともに作画監督も務めるということで制作会社と配給会社との間で合意がなされたものの、実際は当該デザイナーは配給会社が期待するほどには OVA の制作に関与しなかったことによって生じた紛争についての検討である。我が国のコンテンツビジネスが、特定のクリエイターのコンテンツ制作へのコミットの度合いを「売り」にすることが多い現状のもと、コンテンツ制作者においてコンテンツを提供される側の「期待」に反した場合には法的な解決が図られるべきであり、筆者は基本的に製作物供給契約について商法526条が適用される判例の処理を参照しつつ、当事者が状況の変化に応じて再交渉をする必要性があると考える。
東京地裁平成27年 7 月17日判決・判例時報2284号82頁
有限会社 X 対合同会社 Y、請負代金支払請求本訴事件・原状回復請求反訴事件、平成26年(ワ)第13401号・平成26年(ワ)第22456号(控訴)
【事実】
X(原告・反訴被告)は,アニメーションの制作等を目的とする特例有限会社であり、Y(被告・反訴原告)は,映画,アニメーション等の企画
開発,制作,販売等を目的とする合同会社である。
平成23年終わり頃にYはXに対して、キャラクターデザイナーとして人気の高かった訴外Aが原案を作成してキャラクターをデザインした成人向けのアニメーション作品を制作したいとして,Aの連絡窓口となっていた訴外株式会社Cを介して,Aにxxの意向を打診した。平成24年 4 月頃までにAから上記業務を請け負う旨の返事が得られ,Xの担当者である XとYの代表者は,同年 7 月10日,Cの代表者を交えてAと面談してアニメーション作品の概要について協議し,AがYから委託を受けたXからの再委託に基づいてキャラクターのデザインと作画監督業務(原画に描かれたキャラクターのイメージ(表情,頭身,動き,芝居)の統一性や均一性を確保するために,その作図を点検してこれに修正を加える業務。以下
「作監業務」とする)を担当し,XがYからの委託に基づいて制作を担当することなどが合意された。Yは,この面談での合意などに基づき,同年 10月初め頃,作成日付を同年 9 月 1 日に遡らせて本件各契約の契約書の文案を起案し,これらにX・Yの代表者が記名押印して契約書が作成された。本件契約の内容は以下の通りである。
①(本件制作契約)XはYとの間で,YからA(著者名「B」)が原案を作成し,登場人物(キャラクター)の造形(デザイン)をした成人向けのアニメーション作品(商品名「α」)を制作する業務を代金1312万5000円で請け負う。
(ア)仕事の目的
アニメ制作業務全般
(イ)代金の支払
〔1〕平成24年10月31日 210万円
〔2〕コンテ検収月の翌月末日 315万円
〔3〕「全原画,作監修上がり50%検収月翌月末」315万円
〔4〕最終納品月翌月末 472万5000円
(ウ)再委託の禁止
事前にYの承諾を得た場合を除き,業務の全部又は一部を第三者に委託してはならない。
②(本件作監契約)XはYから本件作品の制作に関してキャラクターのデザイン及び作監業務を代金367万5000円で請け負う。
(ア)仕事の目的
キャラクターデザイン,作監業務全般
(イ)代金の支払
〔1〕平成24年10月31日 105万円
〔2〕コンテ検収月の翌月末日 105万円
〔3〕「全原画,作監修上がり50%検収月翌月末」157万5000円
(ウ)再委託の禁止
事前に被告の承諾を得た場合を除き,業務の全部又は一部をA以外に委託してはならない。
Xは本件制作契約に基づき,平成25年12月20日までに,Aがデザインしたキャラクターを用いた本件作品(カット(場面)の数184場面,原画の枚数1255枚)を完成させ,同日,Yに対し本件作品を引き渡した。Yは,平成26年 3 月26日,Xに対し,Xが本件作監契約上Aをして全原画の枚数の50%以上に修正を加えさせる義務を負っているのに,その義務を履行しないまま本件作品を完成させ,その後も本件作品の作監業務をやり直してその原画を修正する意思がないことを明らかにしたから,本件作監契約に基づくXの債務は履行不能になったとして,これを解除する旨の意思表示をした。Yは,平成26年 6 月13日以降,提携している販売業者を通じて本件作品を市販しているところ,本件作品には,「B」が本件作品についてキャラクターデザインと総監修を行った旨のクレジット(著作権者等の名前の表示)の記載がある。
Yは,本件制作契約の代金のうち前記①の〔1〕,〔2〕及び〔4〕を支払ったが,〔3〕の支払をせず,本件作監契約の代金のうち前記②の〔1〕及び〔2〕を支払ったが,〔3〕の支払をしない。
これらの事情のもと、Xから以下の訴えが提起された。XはYから市販を予定したアニメーション作品の制作業務及びその原画についての作画監督業務を請け負い,これらの業務を完成させてYに引き渡したとして,Yに対し,請負契約に基づき,請負代金の残額合計472万5000円(制作業務につき315万円,作監業務につき157万5000円、前記①の〔3〕と②の〔3〕相当分)及び仕事の引渡しの日の翌日である平成25年12月21日から支払済みまで商事法定利率年 6 分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
一方、YからXに対しても反訴。反訴ではYが,Xに上記作監業務を請け負わせたのに,Xが同業務を履行しないまま上記アニメーション作品を完成させたために同業務の履行が履行不能になったから同業務に係る請負契約をXの債務不履行を理由に解除したとして,Xに対し,契約解除に基づく原状回復請求権に基づき,支払済みの同契約の代金200万円の返還及び代金支払の日(うち100万円について平成24年10月30日,うち100万円について平成26年 1 月30日,前記②の〔1〕及び〔2〕の消費税分を控除したもの)から返還済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた。またYは,平成27年3月5日の第3回口頭弁論期日において,本件作品には,A又はXの作画監督担当者(作監担当者)が全原画の枚数の50%以上を修正していないという瑕疵があり,それによって,作監業務のやり直し等のために要する費用相当額として少なくとも200万円の損害を被ったから,その賠償がされるまで本件制作契約の残代金315万円(前記①の〔3〕)の支払を拒むとの同時履行の抗弁権を行使している。
【判旨】本訴請求認x、反訴請求棄却。
(1)XとYは,本件作監契約において,Xが本件作品の原画につきどのような作監業務を行うことを合意したか、という点について「Xの担当者であるXとY代表者は,同年7月10日,Cの代表者を交えてAと面談してアニメーション作品の概要について協議し,AがYから委託を受けたXからの再委託に基づいてキャラクターのデザインと作監業務を担当し,Xが
Yからの委託に基づいて制作を担当することなどが合意されたが,それ以上に,Aが作監業務にどの程度関与するかについては,具体的な合意はされなかったこと」,「本件作監契約の契約書……には,作監業務を請け負う主体がXであることが明示され,XからAに対して同業務を再委託することを許容する規定……はあるものの,これを義務づける規定はないこと,本件作監契約の第3回中間金支払に関する『全原画,作監修上がり50%検収月翌月末』との文言自体,作監業務の主体を定めたものではなく,全原画の枚数の50%について作監業務が終了して検収された月の翌月末をもって第 3 回中間金の支払期限とすることを定めたものにすぎないと解釈することが十分可能であること,Yが,本件作監契約の締結に際し,Xに対して,上記文言について,上記解釈と異なり,Xの作監担当者に全原画を点検させることを超えて,Aを作監業務の主体としてAに全原画を点検させてその枚数の50%以上に修正を加えさせるとか,Xの作監担当者に同様の枚数の原画に修正を加えさせるという意味であるなどと説明した形跡もないことが認められる。」
「上記認定の事実に加え……Xの原画マンによる作図の出来具合にかかわらず必ず全原画の枚数の50%以上に対してA又はXの作監担当者による修正を加えさせなければならないとすることに,キャラクターのイメージの統一性や均一性を確保する上で,どのような合理性があるのか明らかとはいえないこと,仮にそのように具体的な内容の作監業務をXに請け負わせることが当事者間で合意されたのであれば,本件作監契約の案文の作成者であるYにおいて,代金の支払期限を定める」条項「とは別に,作監業務の内容をそのように定める条項を設けるのが自然であり,かつ,容易であったはずであること,Y代表者自身その陳述書……において,『全原画,作監修上がり50%』の文言について,『全カット(184カット)を基準に,その50%(92カット)のカットについて,原画の修正作業を行う』という意味であるとして,上記文言につき,その主張と異なる解釈を述べていること,などを併せ考えると,『全原画,作監修上がり50%』の文言をY
主張のような意味に解釈することはできない。」
「以上のことを総合考慮すると……Xが作監業務としてY主張のような内容の作業を行うことをYに対して確定的に約束したと認めることはできず,Xが約した作監業務の内容として認定できるのは,Xの作監担当者において,全原画を点検し,必要に応じて自らこれに修正を加え,又は原画マンに修正を加えさせるほかに,Aにおいて,レイアウト若しくは原画の全部若しくは一部又は動画を点検して,キャラクターのイメージの統一性や均一性を確保するという観点から,必要がある場合には,それらに自ら修正を加え,又はXの作監担当者,原画マン若しくは動画マンにそれらの修正を指示するというものに止まるというべきである。」
(2)(1)で判断されたXY間の合意内容を前提として、Xは,本件作監契約に定める作監業務を行ったか、という点につき、「Aは……平成25年 2月頃までには,全てのキャラクターのデザインを完成させたこと,Xは, Xの演出担当者がYの作成したシナリオに基づき同年5月頃までに完成させた絵コンテとAのキャラクターのデザインを元にして、同月頃から,原画マンにレイアウトを作図させ,本件作品のキャラクターのイメージの統一性や均一性を確保するために,随時,Aにレイアウトの一部を点検させてその一部に修正を加えさせるなどして,同年11月末頃までに全てのレイアウトを完成させたこと,Xは,同年 9 月頃以降,xxできあがったレイアウトを元にして,原画マンに原画を作図させ,Xの作監担当者に作図された全原画を点検させて必要な修正を加えさせるなどして,同月末頃ないし同年12月初め頃までに全ての原画を完成させたこと,Xは,xxできあがった原画を元にして,同年12月上旬頃までには,カットの一つ一つについて動画を作成し,その撮影を済ませたこと,その過程において, Yは,遅くとも同年11月上旬頃以降,Xからxx動画として撮影が済んだカットの映像の送付を受け,その都度,その内容を点検しながら,Xに対して,Aの点検したカット数が少ないとか,映像の品質が水準に達しているかをYと提携している販売業者に点検してもらう必要があるなどと連絡
したり,Yにおいてキャラクターのイメージの統一性や均一性が崩れていると考えるカットを具体的に指摘したりしながら,その修正作業(リテイク)を求めていたこと,Xは,同年12月 8 日,そのような過程を経て制作された本件作品全体の映像をY代表者立会の下で再生して鑑賞させ,その際にY代表者から出された指摘に基づき,更にカットの修正作業を行って本件作品を完成させ,同月20日にこれをYに引渡して納品したが,その時点では,Yからは,カットを特定してその修正作業を求められることはなかったこと,Xは,本件作品のYへの納品に先立ち,Aにも本件作品の映像を鑑賞させたが,Aからも本件作品の映像について追加の修正を加えるべき旨の指摘はされず,本件作品には,Aの承諾を得て,『B』が『キャラクターデザイン』と『総監修』とを行った旨のクレジットの記載がされていること,ところが,Yは,本件作品の納品を受けた後の同月24日になって初めて,『全原画,作監修上がり50%検収』の文言がAによって全原画の枚数の50%以上に修正が加えられることを意味すると主張して,本件制作契約及び本件作監契約の代金の残額の支払拒むようになったこと(筆者注・原文ママ),しかし,Yは,その後も,Xに対して本件作品のうち修正すべき箇所(カット)を具体的に特定しないまま,平成26年 6 月13日以降,Yと提携している販売業者を通じて,本件作品を市販するようになったこと……が認められる。」
「上記認定の事実によれば,Xは,本件作監契約に基づき,Aによるキャ
ラクターのデザインを行ったほか,Xの作監担当者による全原画の点検, Xの作監担当者又は原画マンによる必要な原画の修正,Aによるレイアウトの一部並びに動画の点検及び必要な修正を行い,その結果,キャラクターのデザインをしたCから見てもその統一性や均一性が確保されていると評価し得る動画を作成したといえるから,」(1)についての「判断で説示した内容の本件作監契約に基づく作監業務を履行したものというべきであ」る。
「そうすると,本件作監契約に基づく原告の債務の履行が不能になった
ということはできず,Yがした本件作監契約の解除の意思表示は,その効力を生じないものというべきである。」
「また,Xは,上記のとおり作成した動画を元にして,本件作品を制作し,これをYに納入したのであるから,本件制作契約に基づいて仕事を完成させてYに引渡したことになるところ(それによって,遅くとも納入の時までに,本件制作契約の代金のうち」前記①の〔3〕「及び本件作監契約の代金のうち」前記②の〔3〕「の支払期限が到来したということができる。),本件作品には,その原画について本件作監契約に定める作監業務が行われていないという瑕疵があるとはいえないのであるから,Yがその瑕疵の修補に要する費用相当額の損害賠償請求権を取得することもあり得ず,それと本件制作契約の残代金請求権との同時履行を主張する被告の抗弁は,失当というべきである。」
【評釈】
1 本件はいわゆるオリジナルビデオアニメーション(OVA)の制作をめぐって、作品の「売り」となるスタッフの関与の程度が契約条項の解釈上問題となった事例であり、公刊された裁判例としては初めてのものである。ただ、本件で問題となった法的な論点は、広くコンテンツビジネス全般に及ぶ可能性があるように思う。たとえば本件ではキャラクターデザイナーが作品の「目玉」であったわけであるが、それがシナリオライターや声優である場合もあるだろうし、アニメーションに限らず、ゲーム制作における原画担当者やシナリオライター、あるいは演劇やコンサートなどにおける特定の出演者であるような場合もあろう。本件は制作者からコンテンツを提供されてそれを一般消費者にさらに供給する事業者にとっては
「目玉」ないし「売り」であるような者が、その事業者にとっては期待していたほどコンテンツ制作にコミットしていなかった場合に法的にはどのように考えるべきかということにつき、示唆を与えてくれるものである。
2 本件を理解する前提として、判決文中で認定された、アニメーションの制作過程について述べておく。OVA の場合とテレビ放映、映画上映されるアニメーションとでは細かい作業で異なる部分もあるが、おおむね共通しているのは以下のような手順である。
ア シナリオの作成
物語の原稿又は原案を演出し,脚本を作成する作業。シナリオライター
(演出家)によって行われる。イ コンテの作成
シナリオを元に具体的な画面構成を示し,キャラクターの演技,カメラワーク,効果音,舞台背景などの説明が記入された作品の設計図(そのうち,絵で示したものを絵コンテという。)を作成する作業。「コンテマン」又は演出家によって行われ,監督及び演出家によって点検される。
ウ レイアウトの作画
絵コンテを元に描かれるカット(アニメーションにおける連続した場面の一つ一つ)の構図を作画する作業。「原画マン」(原画の作画担当者)によって行われ,演出家及び作画監督業務の担当者(作監担当者)によって点検される。
エ 原画の作画
レイアウトに沿って動画の基点となる動きを作画する作業。原画マンによって行われ,演出家及び作監担当者によって点検される。
オ 動画の作成
原画をタイムシート(時間表)の順序に従って並べ替え,原画と原画の間のキャラクターの動きの変化を細分して描いた静止画でその間を補い,キャラクターの動きの変化が連続して見えるようにする作業。「動画マン」
(動画の作成担当者)によって行われ,動画点検の担当者によって,原画の指示どおり,キャラクターのデザインどおりに作画されているかなどが点検される。
カ 仕上げ
動画を構成する静止画について,その線を補正し,彩色する作業。キ 撮影及び編集
タイムシートの指示に従って動画と背景を合成し,映像にして撮影し,そのフィルムを絵コンテと同じ状態につなぎ直す作業。
ケ リテイク
編集されたフィルムを見ながら一旦できあがったカットの修正,やり直しをする作業。
コ アフレコ(アフター・レコーディング)フィルムに声を吹き込む作業。
サ 原版組み
修正等がされたフィルムをすべてつなぎ合わせ,最終的な上映用のフィルムに仕上げる作業。
シ ビデオ編集
上映用フィルムの映像と音声を合わせてビデオを仕上げる作業。
本件ではアのみをYが担当し、残るすべての作業はXが行っている(原画・動画については他のアニメーションスタジオや個人で独立しているアニメーターに下請けに出されることが多いが、本件の認定事実からすると原画についてはXのみで完成させたように思われる)。本件で問題となった「作監修」、作監修正とはエの原画の作成の後に、作画監督によって行われる作業で、それぞれの原画マンから上がってきた原画の絵柄や動きなどの品質を統一するために必要とあれば修正(線を引き直す、原画全体を描き直す等)を行うものである。当然のことながら納期などの時間的な制約のため、クオリティに問題のある原画のみを修正することになり、放送日時が 1 週間毎と時間的に余裕がないテレビアニメーションの場合には十分な作監修正が行われないケースもありうる(いわゆる「作画崩壊」のような現象も起こりうる)。
上記のように、「作画監督の修正」がすべての原画に施されるとは限らず、
あくまで必要とあれば元の原画に作画監督が描き入れるものであって、本件で「50%」という数値が意味するのは、作画監督にとって問題ないような原画が多くても必ず50% 以上は修正せよ、というものではないことは明らかであろう。判示されているように「全原画の枚数の50%について作監業務が終了し」、その終了した原画についてYが検収したら第3回中間金の支払債務が発生する、と考えるのが自然である。この点については Yの主張は正当ではない。
3 もっとも作監業務を誰が担うのか、という点についてのYの「期待」は別途考える必要がある。Yとしては本件作監契約(②契約)を見る限り、 A以外の者が作画監督をしないことを求めており(法人であるXが作画監督になり得ない以上、自然人として作画監督作業をできるのはYの承認を得ない限りAのみとするのが「再委託の禁止」条項の趣旨であろう)、Xに属するアニメーターが作画監督となり作監修正を加えたとしても、契約で定められた債務の本旨を履行したものとはいえない。実際、コンシューマー向けの宣伝においても当初はAの成人向け作品での名義である「B」が作画監督をするものとされており、DVD のリリース近くになって「総監修」とクレジットされるようになったようである(なお本アニメーションをベースとして成人向けの PC ゲームが制作されているが、そこでは
「B」が作画監督である旨の表示が2016年12月の時点でゲームメーカーの web サイトにキャッシュとして残っている)。Aは認定事実によってもレイアウトについては修正を加えているものの、その後は完成作品のプレビューを見た上で追加修正の必要なしと承諾したに過ぎないわけで、Yにおいては期待を大きく裏切られたと考える余地がある。
この点に関して、本判決は傍論であるが以下のような判断を示している。長くなるが引用しておく。「Aの独創性の発揮が求められる本件作品のキャラクターのデザインとは異なり,Aによってデザインされたキャラクター
……を模写しながらその様々な動きや姿態が背景と共に描かれる原画につ
いては,キャラクターのイメージの統一性や均一性を確保するという観点 から,必ず,A自身において,その全部に目を通し,かつ,その一部に手を加えるものとする必要性は,相対的に小さいと考えられること,実際問題としても,キャラクターデザイナー等として人気が高く他にも多くの仕事を抱えていたA……が本件作品の作監業務についてY主張のような程度にまでは関与し得ない場合があることは,本件作監契約締結当時,Yにおいても容易に想定し得たと考えられること,Xの原画マンも,Aのデザインしたキャラクターを模写して原画を作図することに関しては一定の技能や力量を有していると推認され……,また,本件制作契約が最終的には動画であるアニメーション作品の制作を請け負うことを内容とするものであることからすると,Aによってデザインされたキャラクターと原画に描かれたキャラクターのイメージとの統一性や均一性の確保は,Aが静止画である原画の全部を1枚ずつ点検して自らこれに修正を加えるという直接的な方法だけでなく,原画の元となるレイアウトや原画から作成される動画を点検してそれらを作成する原画マンや動画マンに対してレイアウトや動画の修正を指示するという間接的な方法によることもあり得ると考えられるところである。
そして,本件作品のキャラクターのイメージの統一性や均一性を確保するためにそれらの方法(A又はXの作監担当者によるレイアウト,原画又は動画の全部又は一部の点検又は自身による修正若しくは原画マン又は動画マンに対する修正の指示)のうちのいずれによって点検や修正を行うか,また,そのような点検や修正の結果本件作品のキャラクターのイメージの統一性や均一性が確保できたものとするかどうかは,基本的に,独創によって本件作品のキャラクターをデザインしたA自身の判断にゆだねざるを得ないものというべきである。」(傍線筆者)
すなわち、裁判所はA自身が作監業務をするか他人に任せるかということに加えて、他人に任せた場合にデザインと原画との間の「キャラクターのイメージとの統一性や均一性」が確保されたかどうかということもA自
身の判断にゆだねる、ということを示しているわけであるが、前者はともかく、後者はいささか過ぎた言説ではなかろうか。近時のコンテンツビジネスが特定のクリエイターが当該コンテンツにどの程度コミットしているかによって受け手である最終消費者や販売者による評価が決まってくるという風潮は少なからずあり、そうだとすればクリエイター自身がコンテンツ制作に大きくコミットしなくても「十分に自分の意図は実現できている」と判断したとしても、コミットしないことによって具体的な損害ないし債務不履行が生じ得る可能性は当然ある(「作画監督」と「総監修」では売り上げが異なるような場合など想定できよう)。
また本件以外にも多くの仕事を抱えていたAがYが期待するほどには本件の作業に関与できないことをYにおいても契約締結時に想定しうる、というのも粗い議論であり(実際この時期AはA名義でテレビアニメーションの総作画監督やキャラクター原案を務めているが)、実質的にAが作監作業ができないとしても、それは第一にXがYに対して告知した上で契約内容の再交渉をすべきであろう。さらに、作画監督の報酬の相場は30分のテレビアニメーション 1 本につき30万円~50万円程度と言われており、本件の OVA が実質40分弱の作品と考えれば、キャラクターデザインに対する報酬を含めたとしても、それより多額の代金が支払われた本件契約においては、「Aが作監をする」ことが大きなファクターになっているように思われる。
4 結局のところ、本件のようにコンテンツを制作する側とそれを配給する側との間で,特に後者にとって期待していたほどに「目玉」であるクリエイターがコンテンツ制作に関与していないことが明らかになったようなケースにおいては、完成品としてのコンテンツの受領を拒めるのは債務の本旨を履行していない以上は当然のことであり、ただいわゆる製作物供給契約に商事売買の買主の検査・通知義務(商法526条)が適用されるとする裁判例(東京地判昭和52年 4 月22xxx集28巻 1=4 号399頁)に鑑
みれば、コンテンツを受領した場合にはすみやかに検品した上で、瑕疵があればすぐに主張しなければ損害賠償請求等はできないとする受領場面での規律に重きを置くことで処理すべきなのではなかろうか。
本件の場合、Yは完成品納品 4 日後に制作費用の残代金と作監費用の全額の支払いを拒む意思表示をしているわけで、この点についても遅きに失するわけではない。最終的にはYにとっては不本意な状態のものであっても、それを市販化したことを「受領」と評価できる可能性はあるが、その場合でも作監契約についてはAの実際の関与度合いが契約の本旨を充たすものなのかどうなのかは別途問題とできるであろうし、Aが作画監督であったとしたら Y において得られたはずの利益が立証できれば、現状の売り上げとの比較で損害賠償請求をYはなすこともできよう。
近時のコンテンツビジネスにおいて、特定の才能あるクリエイターの「名前」に依存する傾向が強くなっている中、コンテンツを供給する側およびクリエイターはどのようにコンテンツにコミットするかについては契約締結段階で明確化しておくべきであるし、何らかの事情変更があった場合にはすみやかな再交渉に臨むべきである。またコンテンツを受領する側もそのコンテンツにおいて何を主として期待しているのかを契約締結段階で明確化してコンテンツ供給者との意思疎通を密にしておくことが紛争を避けるには必要なことであろう。