Contract
平成14年6月21日判決言渡平成13年(ワ)第6572号 保険金請求事件(以下「第1事件」という。)
平成13年(ワ)第10389号 保険金請求事件(以下「第2事件」という。)主 文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 第1事件
第1・第2事件被告は,第1事件原告に対し,金1500万円及びこれに対する平成13年1月12日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 第2事件
第1・第2事件被告は,第2事件原告に対し,金3500万円及びこれに対する平成13年6月2日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,横浜海洋企業株式会社から,第1・第2事件被告に対する生命保険金債権の一部について質権設定を受けた第1事件原告と,同保険金の残部について債権譲渡を受けた第2事件原告が,第1・第2事件被告に対し,保険金及び遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 争いのない事実等
(1) 当事者等
第1事件原告(旧商号「株式会社ユニコリース」,以下「原告ユニコ」という。)は,リース業等を営む株式会社である(弁論の全趣旨)。
第2事件原告(旧商号「xxx機株式会社」,以下「原告住友」という。)は,建設機械,運搬機械及びこれらに関連する機械器具並びにその部品の製造,修理及び販売等を業とする株式会社である。
第1・第2事件被告(旧商号「大東京しあわせ生命保険株式会社」,以下
「被告」という。)は,生命保険業等を営む株式会社である。
横浜海洋企業株式会社(以下「横浜海洋企業」という。)は,船舶の賃貸及び売買並びにサルベージ業を主たる業務とする株式会社である。Aは,横浜海洋企業の代表取締役であった。
(2) 生命保険契約
横浜海洋企業は,被告との間で,平成10年8月1日,以下のとおりの生命保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した(争いがない)。
保険の種類 定期保険
証券番号 オ0002153303被保険者 A
保険金受取人 横浜海洋企業死亡保険金額 5000万円
責任開始日 平成10年8月1日
(3) 約款上の免責事由
本件保険契約においては,被保険者が死亡した場合であっても,責任開始日から起算して1年以内に被保険者が自殺したという場合には,保険金を支払わないものとされている(定期保険普通保険約款〔乙2,以下「本件約款」という。〕1条,争いがない)。
また,いわゆる重大事由による解除の条項として,「保険契約者,被保険者または保険金の受取人が保険金(保険料払込の免除を含みます。また,他の保険契約の保険金を含み保険種類および保険金の名称の如何を問いません。)を詐取する目的もしくは他人に保険金を詐取させる目的で事故招致(未遂を含みます。)をした場合」(本件約款20条1項1号)又は「その他保険契約を継続することを期待しえない第1号から前号までに掲げる事由と同等の事由がある場合」(同項4号)には,被告は,保険金支払事由が生じた後でも,保険契約を解除できる(同条1 項,2項)と定められ,その場合には,被告は保険金を支払わないものとされている(同条2項,争いがない)。
(4) 保険事故
Aは,平成11年12月25日午前1時ころ,横浜市a区において死亡した
(争いがない)。
(5) 原告住友を譲受人とする債権譲渡通知
横浜海洋企業は,被告に対し,平成12年2月21日,横浜海洋企業の被告に対する保険金請求権の内金3500万円について,原告住友に債権を譲渡した旨を内容証明郵便で通知した(争いがない)。
(6) 被告の解除の意思表示
被告は,平成12年12月13日,横浜海洋企業及び原告住友に対して,前記本件約款20条1項4号に基づき,内容証明郵便で本件保険契約を解除するとの意思表示をした(争いがない)。
(7) 原告ユニコを質権者とする債権質設定通知
横浜海洋企業は,被告に対し,平成12年12月25日,横浜海洋企業の被告に対する保険金請求権の内金1500万円について,原告ユニコとの間で質権を設定した旨を内容証明郵便で通知した(争いがない)。
2 争点
(1) 約款上の重大事由による解除の可否
(2) 自殺による免責の成否
(3) 危険の著増による契約の失効の成否
(4) 被告による異議なき承諾の有無
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(約款上の重大事由による解除の可否)について
(被告の主張)
横浜海洋企業は,船舶の賃貸及び売買等を主たる業務とし,多数の船舶を所有していた。Aは,横浜海洋企業所有の船舶に多額の損害保険をかけた上,故意に同船を沈没させて,保険金を詐取しようと企て,平成11年6月3日,日動火災海上保険株式会社(以下「日動火災」という。)との間で,横浜海洋企業が所有するクレーン台船「第600海洋丸」(以下「本件船舶」という。)について,保険金
1億8500万円で船舶保険契約を締結し,また,同年11月15日にも,同社との間で保険金1200万円の貨物海上保険契約を締結した。Aは,Bと共謀して,同年11月28日,観音崎灯台付近において,本件船舶の航行中に船底から海水を浸水させ,同船を沈没させた。
このようなAの行為は,前記本件約款20条1項1号又は少なくとも同項4号に該当するから,これを理由とした被告の本件保険契約の解除は有効であり,被告は原告らに対して保険金支払義務を負わない。
(原告らの主張) Aが横浜海洋企業をして日動火災から損害保険金を詐取させる目的で故意に
本件船舶を沈没させたという事実は,知らない。
仮に,Aが日動火災からの損害保険金を横浜海洋企業に詐取させる目的で本件船舶を沈没させたとしても,以下の理由で,被告は本件約款20条1項による解除をすることはできない。
同項による解除は,事故の招致行為と保険事故の発生との間には因果関係が不要であり,また,被告の解除権行使についても何らの制限もないので,事故招致行為があれば,その後,解除権の消滅時効期間である5年が経過するまでは,被告は自由に解除権を行使することができる。したがって,同項に基づく解除は保険契約者に著しい不利益を被らせるものであるから,その条項の解釈は厳密になされる必要がある。
そして,同項1号は,保険金を詐取し,又は他人に詐取させる目的で事故招致をした場合の約定であるが,本件約款は,「保険金」とは死亡保険金と高度障害保険金を指すと明確に定義している(1条)のであるから,前記20条1項1号における「保険金」は死亡保険金又は高度障害保険金を意味し,同号にいう「事故」も,死亡又は高度障害を招く事故を意味すると解されるのである。また,本件約款は保険契約者と被告の関係を規律するものであるから,同号にいう「他の保険契 約」は,当該保険契約者と被告との間の他の保険契約を意味すると解すべきであ る。
したがって,仮にAが日動火災からの損害保険金を横浜海洋企業に詐取させる目的で船舶を沈没させたとしても,同号所定の「保険金」「事故」及び「他の保険契約」に該当せず,また,同項4号にもあたらないから,被告は本件保険契約を解除することはできない。
さらに,仮に形式的に同項の要件を満たすとしても,同項の効果の重大性に鑑みれば,当該事案の具体的事情のもとで,異種の保険において事故招致行為を行
った背信性を当該保険契約においても認めることができる特別の事情がある場合に限り,被告は本件保険契約を解除することができるというべきであるところ,本件においては,そのような特別の事情は存在しない。
(2) 争点(2)(自殺による免責の成否)について
(被告の主張) Aの死亡原因は,自殺である。
この点,本件約款においては,責任開始日から1年以内の自殺について,被告は保険金を支払わないものとされているところ,Aが自殺したのは責任開始日である平成10年8月1日から1年4か月以上経過した平成11年12月25日であるため,この約款によっては被告が当然に免責されるものではない。
しかし,射倖契約たる生命保険契約においては,保険金の支払は偶然の事実
(保険事故)の発生の有無によって決することをその本質としており,被保険者において故意に保険事故を発生させた場合には,生命保険制度を揺るがすことになることから,商法680条1項1号は,被保険者の自殺については期間を定めず一律に免責事由になるとしている。そして,前記のような自殺による免責を1年間に限定する保険約款が設けられたのは,上記商法の規定を考慮しつつ,個々の場合の自殺目的の究明が困難であることから,契約締結後1年経過した後の自殺は通常は保険金取得を主要な目的とした自殺ではないと推定し,反対に1年以内の自殺は一律に免責するとしたものである。
このことからすれば,仮に責任開始日から1年が経過していたとしても,被保険者が保険金受取人に保険金を取得させることを主要な目的として自殺したことが認められる場合には,本件約款の適用が排除され,原則どおり商法の規定が適用されて,保険者は保険金支払義務を免責されるものと解すべきである。
そして,Aの自殺は,受取人に生命保険金を取得させることを主要な目的としてなされたものであるから,被告は保険金支払義務を免責される。
(原告らの主張) Aの死亡原因が自殺であったことについては知らない。
また,責任開始日から1年経過後であっても,被保険者が受取人に保険金を取得させることを主要な目的として自殺したことが認められる場合には,保険者は保険金支払義務を免責されるという一般論については争わない。
しかし,仮にAが自殺していたとしても,その原因は犯罪捜査から免れることを主要な目的としたものであり,生命保険金の取得を主要な目的とするものではないから,被告は,保険金支払義務を免責されない。
(3) 争点(3)(危険の著増による契約の失効の成否)について
(被告の主張) Aは,損害保険金詐取目的で本件船舶を沈没させた後,同船が横浜海上保安
部に引き揚げられてしまい,当局から艦船往来危険転覆罪等の嫌疑をかけられたことから,当局からの出頭要請を無視して,行方をくらますことにした。そこで,Aは,平成11年12月20日から同月22日まで,フィリピンパブ「ジンフィー ル」で憔悴しながら身を隠し,海外への逃亡を企図したが,偽造パスポートの作成ができなかったことから成功しなかった。Aは,同月22日から,ウィークリーマンション東京横浜Ⅰ906号室を賃借して一人で潜伏していたが,同月25日,同マンション9階非常階段から飛び降り自殺を図り,死亡した。
このように,Aは,自ら重罪を犯して捜査機関から逃亡し,ウィークリーマンションの9階で潜伏するなど,いつ自殺をしてもおかしくないという状況を自ら作出し,保険事故である自己の死亡についての蓋然性又はこれに影響を及ぼす危険を著しく増加させたのであるから,本件保険契約は,商法656条,683条1項により,遅くともAがウィークリーマンションで潜伏し始めた平成11年12月2
2日の時点で失効したというべきである。
(原告らの主張)
商法656条は,保険契約者及び被保険者に対し,積極的に危険を増加させる行為をしないことを義務づけるものであって,「危険の著増」とは,著増した危険が契約締結時に存在したならば,保険者が保険を引き受けなかったか,又は,より高額の保険料を取らない限り保険を引き受けなかったと思われるほどの大幅な危険の増加が契約締結後に出現することをいうと解される。
そうとすれば,仮に艦船往来危険転覆罪となる事故を招致した点は被保険者であるAに帰責性があるとしても,海上保安庁の捜査を逃れるために自殺をしないようにする義務があるとは到底いえない。他方,Aが捜査を逃れるために潜伏し始
めたからといって,必ずしも自殺するとは限らないのはいうまでもない。
したがって,本件において「危険の著増」はなく,商法656条,683条
1項によって本件保険契約が自動的に失効したとの被告の主張は認められない。
(4) 争点(4)(被告による異議なき承諾の有無)について
(原告住友の主張)
横浜海洋企業及び原告住友は,平成12年2月4日ころ,被告に対し,横浜海洋企業の被告に対する生命保険金債権のうち3500万円分を原告住友に譲渡したため,これを承諾するよう請求する旨の生命保険金譲渡承諾請求書3通を交付した。
被告保険金グループ長Cは,同月7日,同書面上に不動文字として記載された「上記請求のとおり承諾いたします。」との文言の横に,「本書原本3通受領致しました」と手書きし,C自身の署名及び押印をした上で,この書面を原告住友に交付した。
そして,Cは,商法43条にいう番頭ないし手代たる保険金グループ長として,保険金の譲渡承諾を含む取扱いについての権限を有していた。仮に,被告がCの権限について内部的に制限をしていたとしても,原告住友はそのような事実を過失なく知らなかったのであるから,被告はCの権限に制限を加えたことを原告住友に対抗できない(商法43条2項)。
以上によれば,Cは,横浜海洋企業,原告住友間の債権譲渡について,被告を代理して異議なき承諾をしたものというべきであるから,仮に被告が横浜海洋企業に対する保険金支払を免れる事由があったとしても,被告は原告住友に対してその免責事由を対抗することはできず,保険金を支払うべき責任を負う。
(被告の主張)
確かに,Cは被告保険金グループ長であり,これは被告内では課長の地位に当たり,一定金額までの保険金の支払に関する決裁権限を有する。しかし,本件で問題となっているのは,あくまでも生命保険金請求権の譲渡を承諾する権限があるかどうか,すなわち,保険金請求権者を変更するという保険契約において最もxx的な事由に関する決裁権限の有無であって,このような重大な事由に関する決裁権限は,グループ長に過ぎないCには与えられていない。
仮に百歩譲って,Xが保険金請求権の譲渡の承諾権限を有していたとして も,Xが原告に対して交付した書面は,債権譲渡承諾請求書原本3通を預かったことを証するために,原本をコピーしたものに手書きの記載と署名押印をしたものに過ぎず,債権譲渡に対する承諾がなされたとは到底いえない。
さらに,仮に上記書面の交付によって債権譲渡の承諾がなされたとしても,同書面上には,被告の指示により,被告が横浜海洋企業に対して保険金を支払うことが確定した場合に限って原告住友に保険金を支払う旨の記載がなされていることからすれば,被告が異議を留めた上で承諾したことは明らかである。
以上によれば,被告が原告住友に対して,債権譲渡についての異議なき承諾をした事実はないというべきである。
第3 当裁判所の判断
1 前提となる事実
後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) Aの死亡に至る経緯ア 第八海洋丸の沈没
横浜海洋企業は,平成8年ころから経営状態が悪化し,資金面で窮状に陥るようになった。そこで,Aは,保険金取得を企て,Bと共謀して,同社の所有するクレーン台船「第八海洋丸」が横浜から三重県の宇治xx港まで曳航される途中,平成10年5月10日,同船を川奈沖で転覆させ,翌11日,深度1000メートルの深海に沈没させた。東京海上火災保険株式会社は,当時,沈没原因が不明であったため,同年7月21日,横浜海洋企業に対し,同船の損害保険金5750万円を支払い,その結果,横浜海洋企業は,平成10年度の決算期には利益を計上することができた(乙22,44,調査嘱託)。
イ 本件船舶の沈没に至る経緯
(ア) Aは,横浜海洋企業の経営状態がさらに悪化し続けたため,再度,船舶事故による保険金取得を企て,平成11年6月3日,横浜海洋企業と日動火災との間で,本件船舶について,保険金額を1億8500万円とする船舶保険契約を締結した。
Aは,本件船舶を係留地である横浜市神奈川区内の恵比寿運河から宇治
xx港に向けて回航させることとし,同年10月16日,同船を出航させて,三重県内の有限会社xx造船所に係留した。Aは,本件船舶に沈没工作を加える機会を設けるため,xx造船所に,特に必要はないのに本件船舶のスパッド(台船固定用杭)を4メートル長くする工事をさせて,しばらくxx造船所に本件船舶を係留しておいた。その後,Aは,数回にわたり,本件船舶内に入り込んで工作を施し,本件船舶が航行中に沈没するようにしておいた。Aの行った工作は,以下のとおりである(乙11,14,19,23,39,41,44,調査嘱託,弁論の全趣
旨)。
① 台船は,通常,船底に隔壁が設けられ,8~10個の部屋に分かれていて,船底の1か所に穴が開いても,隔壁室の1室に浸水するだけで,全体への浸水は防げるようになっており,本件船舶の場合も同様であった。しかし,本件船舶の船底の隔壁には,隔壁室を点検することができるよう,人が通り抜けできる程度のマンホールが設けられていたところ,Aは,船尾部分の2か所のマンホールの蓋を外しておいた。
② 本件船舶には,スパッドを通すスパッドホールと呼ばれる穴が設けられていたが,Aは,航行時に船内に水が入るよう,左舷側スパッドホール側壁に2か所の開口部(穴)を設置した。
③ 本件船舶には,海水を出し入れするための海水取入管が設置されていたところ,Aは,左舷船尾船底部の海水取入管の接続管を取り外し,海水取入弁を全開にして,海水が容易に浸入するようにしておいた。
(イ) 他方,横浜海上保安部は,第八海洋丸の沈没事故の原因について,Aが保険金詐取目的で同船を沈没させたのではないかとの疑いを持ち,内偵調査等を行って,本件船舶がAによって沈没させられる可能性がある旨の情報を得て,本件船舶の動向を監視していた(乙5,14,弁論の全趣旨)。
(ウ) 本件船舶は,平成11年11月27日,Dの操縦する船舶に曳航されて,xx造船所を出発し,川崎に向かったが,翌28日午前10時55分ころ,浦賀港口沖において,Aが工作しておいた穴から海水が浸入して傾斜し始めた。xxは,本件船舶が沈没し始めたことを知り,急いで海上保安部に連絡するとともに,本件船舶をできるだけ浅瀬まで曳航した。本件船舶は,同日午後0時40分ころ,xxxxxxxxxxxxxxxx所在の観音崎灯台から真方位195度1020メートル付近において,船体を海底に着底させて沈没し,横浜海上保安部はこれを現認した(乙14,18,44)。
ウ Aの自殺
横浜海上保安部は,同月29日以降,本件船舶の沈没原因について捜査し,本件船舶の隔壁室のマンホールの蓋が外されていること,左舷側スパッドホールの側壁に2か所の開口部が設けられていること,海水取入管の接続管が取り外されて海水取入弁が全開になっていることが沈没原因であることを突き止め,Aに対し,保険金騙取目的で本件船舶を故意に沈没させた艦船往来危険転覆罪の嫌疑を抱くに至った。
そこで,横浜海上保安部は,Aに対し,同年12月19日,任意出頭を求め,Aは,いったんはこれを受諾して出頭する旨伝えたが,結局出頭しなかっ た。Aは,その後,知人のBの協力を得て,同月20日から22日まで,フィリピンパブ「ジンフィール」で身を隠し,海外への逃亡を企図していたが,結局成功しなかった。次に,Aは,同月22日から,Bの知人のE名義でウィークリーマンション東京横浜Ⅰ906号室を賃借して潜伏していたが,官憲の捜査から逃げ切ることはできないと悲観し,同月25日,同マンション9階非常階段から飛び降りて自殺した。なお,日動火災は,横浜海洋企業に対して,本件船舶の沈没事故に基づく保険金を支払っていない(乙1,6ないし12,14,19,28,32,37,
38,40,41,調査嘱託,弁論の全趣旨)。
(2) 原告らに対する債権譲渡・債権質設定
ア 原告住友は,横浜海洋企業に対し,平成12年2月当時,建設機械代金
4812万5758円の債権を有していた。横浜海洋企業は,原告住友に対し,この代金債権を弁済するために,同年2月4日,横浜海洋企業の被告に対する保険金請求権5000万円の内金3500万円の保険金請求権を譲渡した(甲B2の1,乙44)。
イ 原告ユニコは,横浜海洋企業に対し,平成12年12月当時,台船等の売買残代金合計1億4473万3633円の債権を有していた。
原告xxxは,横浜海洋企業から,平成12年12月20日,横浜海洋企業の被告に対する保険金請求権5000万円の内金1500万円の保険金請求権について,質権の設定を受けた(甲A5の1,弁論の全趣旨)。
(3) 原告住友に対する債権譲渡の通知等
ア 被告保険金グループ長であったCは,被告内部の業務分掌により,一定金額までの保険金の支払に関する決裁権限を有していた(弁論の全趣旨)。
イ 横浜海洋企業及び原告住友は,平成12年2月4日ころ,被告に対する生命保険金譲渡承諾請求書を作成した。同請求書には,横浜海洋企業が原告住友に本件保険契約に基づく生命保険金請求権の70%にあたる3500万円を譲渡したのでこれを承諾してもらいたい旨の依頼と,ただし書として,原告住友への保険金の支払は,「被告が横浜海洋企業に対し,生命保険金支払が確定した場合に限る」旨の記載がなされ,下段には,被告が承諾請求を受諾する場合に備えて,「上記請求のとおり承諾いたします。平成 年 月 日 大東京しあわせ生命保険株式会 社」との不動文字が印字されていた。
横浜海洋企業及び原告住友の担当者は,平成12年2月7日,前記承諾請求書3通を持って被告の社屋を訪れ,Cに対し,承諾請求書への署名を強く求めた。Cは,とりあえず承諾請求書3通を預かることとし,そのうち1通をコピーして,下段の前記不動文字の近くに,「本書原本3通受領致しました H12・2・
7 保険金グループ長 C」と書き入れ,押印した上で,原告住友の担当者に交付した(甲B1,乙43,弁論の全趣旨)。
ウ 被告代理人弁護士xxxxは,原告住友代理人弁護士xxxxに対し,同月10日ころ,電話で「被告としては承諾はできないから通知を出してくださ い。」と依頼し,これに対してxx弁護士は,「承諾を執拗に求めたのは特に他意があったわけではない。譲渡通知するよう申し入れておく。」と回答した。そし て,xx弁護士から指示を受けた横浜海洋企業は,被告に対し,平成12年2月2
1日,横浜海洋企業の被告に対する保険金請求権の内金3500万円について,原告住友に債権を譲渡した旨を内容証明郵便で通知した。
Xは,同年3月17日,前記の原本3通を原告住友の担当者に返還した
(甲B2の1・2,弁論の全趣旨)。
2 争点(1)(約款上の重大事由による解除の可否)について
(1) 前記争いのない事実等によれば,本件約款は,被保険者が保険金(他の保険契約の保険金を含み,保険種類及び保険金の名称の如何を問わない。)を詐取する目的若しくは他人に保険金を詐取させる目的で事故招致行為をした場合(本件約款20条1項1号),又は,これと同等の保険契約を継続することを期待し得ない事由がある場合(同項4号)には,被告は,保険金支払事由が生じた後でも,保険契約を解除することができ,被告は受取人に保険金を支払わない旨規定している。
本件においては,前記前提となる事実のとおり,被保険者たるAが,代表者の立場で日動火災との間で締結した船舶損害保険の保険金を受取人たる横浜海洋企業に詐取させる目的で,故意に本件船舶を沈没させたことから,まず,Aが本件船舶を沈没させた行為が本件約款20条1項1号にいう被保険者が他人に保険金を詐取させる目的で事故招致行為をした場合に該当するか否かが問題となる。
(2)ア 生命保険契約は,保険契約者と保険者との間で,一定期間,契約関係が存続することが予定されたいわゆる継続的契約の一種であるから,契約当事者は,xxxに基づく信頼関係を基礎として契約関係を維持・存続すべきことが予定されている。加えて,生命保険契約は,当事者の一方又は双方の契約上の給付が偶然の事実の発生によって決定される,いわゆる射倖契約でもあるから,当事者が事実の偶然性について相手方が置かれた不利な地位に不当に乗じたり,自己の有利な地位を不当に利用したりすることがないよう,契約当事者間のxxとxxxx原則に従って行動すべきことが特に強く要求される。
ところで,保険契約関係においては,保険事故が通常は被保険者の支配領域内で発生するので,被保険者は事故の発生について強い影響力を及ぼし得る地位にあるのに対し,保険者は保険事故の抑制について有効な手段を持たないという不均衡があることからすれば,保険制度を支えるのは,被保険者側が人為的に保険事故を招致しないことに対する保険者の信頼であるといえる。したがって,ひとたび被保険者側が保険者の信頼を裏切り,保険金を詐取するために故意に保険事故を招致するような事態(モラル・リスク)が発生すれば,保険契約の基盤である信頼関係は致命的に破壊されるといわざるを得ない。このような保険契約関係の特質と保険事故招致行為の有する意味に鑑みると,本件約款20条1項1号は,被保険者
等により,保険金詐取
目的での事故招致行為がなされた場合に,保険者が,xxx等の一般条項を持ち出すまでもなく契約を解除して,保険契約関係から離脱することを容易にするために設けられた特約条項であると解されるとともに,それ自体,生命保険契約の本質に合致した合理的な約定であると認めることができる。
イ そして,上記のように,保険金詐取目的での故意の事故招致行為が,保険契約の基盤を破壊し,ひいては保険制度そのもののxxを揺るがす重大な非違行為であることに鑑みれば,当該生命保険契約継続中に,当該生命保険契約の保険者と締結した他の保険契約であるか,それ以外の保険者と締結した他の保険契約であるかを問わず,また,保険の種類に拘わらず,およそ保険制度を利用して「保険 金」を詐取し,又は他人に詐取させる目的で保険事故を招致した被保険者等の者 は,保険契約の射倖性を悪用し,保険制度の根幹を危うくしたものとして,原則として当該契約関係から排除するのが相当というべきであるから,本件約款20条1項1号は,保険者がこのような事態が生じた場合に,当該生命保険契約を解除できることとした規定であると
解すべきである。
ウ もっとも,同号における「保険金」の文言をこのように広く解するとすると,事案によっては,保険契約者と保険者との間の信頼関係が真に破壊されたとまではいえない場合であっても,被保険者等の事故招致行為が存するとして,形式的に同号に該当する場合があり得る。そうであるとすれば,当該保険契約ないし他の保険契約の保険金額,他の保険の種類,他の保険契約と当該保険契約の締結時期の遠隔性,事故招致に至る経緯,事故招致行為者の常習性及び事故招致行為から解除権行使までの期間等の諸般の事情に鑑み,保険契約者と保険者との信頼関係が破壊されたと認めるに足りない特段の事情がある場合には,例外的に同号に基づく解除は許されないものと解するのが相当である。
(3) そこで,本件において,上記特段の事情の有無について検討するに,前記前提となる事実のとおり,横浜海洋企業と日動火災との間の船舶保険は保険金額を
1億8500万円とする多額の損害保険であること,本件保険契約は平成10年8月に締結され,上記船舶保険契約は平成11年6月に締結されたものであり,その締結時期はわずか10か月しか離れておらず,しかもいずれも横浜海洋企業の経営状態が悪化した状況の中で締結されていること,Aは上記船舶保険の保険金を詐取するために周到な計画を立ててこれを実行していること,Aは,第八海洋丸についても,故意に沈没事故を招致して,横浜海洋企業に保険金を得させており,保険金詐欺について常習性を有していたと認められること,被告の解除の意思表示は,本件船舶の沈没事故か
ら約1年1か月の後にされており,事実の確認調査に必要な期間を勘案すれば,適時に意思表示がされたといえることなどの諸事実が認められることからすれば,横浜海洋企業と被告との間の信頼関係が破壊されたと認めるに足りない特段の事情は到底認められず,かえって,横浜海洋企業の代表者であるAの背信行為により,横浜海洋企業と被告の信頼関係は完全に失われたものといわざるを得ない。
(4) したがって,被告のした本件約款20条1項1号に基づく本件保険契約解除の意思表示は,有効であると認められるから,争点(1)についての被告の主張は理由がある。なお,前記争いのない事実等のとおり,被告は,横浜海洋企業に対し,同項4号に基づいて解除の意思表示を行っているが,同項4号は同項1号を前提にした規定であるから,解除の効力には消長を来さないものと解される。
3 争点(4)(被告による異議なき承諾の有無)について
(1) 前記前提となる事実によれば,横浜海洋企業及び原告住友の担当者は,Cに対し,債権譲渡の承諾の依頼と,被告が承諾請求を受諾する場合に備えて,「上記請求のとおり承諾いたします。平成 年 月 日 大東京しあわせ生命保険株式会社」との不動文字が印字されていた生命保険金譲渡承諾請求書3通を交付し,承諾請求書への署名を求めたが,同請求書にはただし書として,原告住友への保険金の支払は,被告の横浜海洋企業に対する生命保険金支払が確定した場合に限る旨の記載がなされていたこと,その記載の趣旨は,被告が横浜海洋企業に対して主張できる抗弁が全くなく支払義務が確定した場合に限り,原告住友へ保険金を支払うことを承諾するとの意味に理解されるのであり,そもそも無条件に支払うことを同意した,異議なき承諾
を記載した書面であるとはいえないこと,Cはその請求書のうち1通をコピーし て,コピーの前記不動文字部分ではなく,あえてその近くに,原本を預かった旨を
ことさらに書き入れて署名押印し,原告住友の担当者に交付したものであり,被告を代理して債権譲渡を承諾したものとは認められないこと,被告代理人のxx弁護士は,被告の正式な意思決定を受けて原告住友代理人のxx弁護士に対し,承諾はできないので通知を出すよう電話で通告していること,その後横浜海洋企業はxx弁護士から指示を受けて被告に対する債権譲渡通知を行っていること,Cは,原告住友の担当者に対し,承諾請求書の原本3通を返還していること,以上の各事実が認められる。
(2) そうとすれば,Cは,横浜海洋企業及び原告住友に対し,債権譲渡を異議なく承諾する旨の表示をしたものとは到底認められず,かえって,C及び被告は,将来において原告住友らから債権譲渡を異議なく承諾したと主張されないように慎重に対応していたものと認められる。
(3) したがって,争点(4)に関する原告住友の主張は理由がない。第4 結論
以上によれば,原告らの請求は,その余の争点について判断するまでもなくいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第1部
裁判長裁判官 xxxx
裁判官 xxxx
裁判官 xx x