Contract
主 文
1 本件訴えのうち,平成8年1月24日にxx町と日本電気株式会社及び日本コンピューター・システム株式会社との間で成立したとする総合行政情報化システム導入に関する基本契約の締結,別表番号1ないし10,27ないし34,36ないし39,45,47ないし54,56ないし64記載の各契約の締結及び支出命 令,同83ないし87の各1及び2,88ないし91,93ないし96,105ないし113の各1及び2,114ないし131記載の各契約の締結,並びに同83ないし87の各1,105ないし113の各1記載の各支出命令がそれぞれ違法であることを理由に損害賠償を求める部分をいずれも却下する。(別表省略)
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告らの負担とする。事実及び理由
第1 請求
被告は,xx町に対し,2億3436万9770円及びこれに対する平成11年
11月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。第2 事案の概要
本件は,愛知県xx郡xx町(以下「町」という。)の住民である原告らが,町が「総合行政情報化システム(コンピュータシステム)」の導入を図ったにもかかわらず,当初の計画と異なり,業務全体を一元化することができず,システム本来の目的を達成できなかったのは,町長である被告が,競争見積りなどの随意契約の手続を履践せず,また,受注業者の能力を十分に調査せず,その上,システムの構築に失敗した際の業者の損害賠償責任について何らの約定も設けることなく契約を締結したためであるなどとして,上記システムの導入に関して締結された基本契約及び各個別契約の締結並びに各個別契約に基づく支出命令の違法を主張し,地方自治法(平成11年法律第87号による改正前のもの。以下「法」という。)242条の2第1項4号に
基づき,町に代位して,被告に対し,町が上記個別契約に基づき既に支払った契約代金2億3436万9770円及びこれに対する訴状送達の日の翌日からの民法所定年5分の割合による遅延損害金の賠償を求めた住民訴訟である。
1 前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認定可能な事実)
(1) 原告らは,いずれも町の住民である。
被告は,平成5年4月2日以降,町の町長の地位にある者である。
(2) 町は,昭和37年に,町県民税の算定処理のために電動計算機を導入したのを皮切りに,膨大化する事務処理に対応すべく,逐次,電算処理を外部委託するようになった。平成7年当時の町の電算化の状況は次のとおりである(丙6)。
ア 町が自庁処理していた業務(ハードウェアは,基幹業務につきホストコンピュータ1台と端末機器,プリンタ,OA用としてパソコン28台及びワープロ39 台)
(ア) 住民記録
異動処理,住民票作成,その他各種一覧表の作成等 (イ) 印鑑登録証明
異動処理,照会処理,証明書作成等 (ウ) 税務
異動処理,照会処理,各種証明書作成等 (エ) 社会保険
異動処理,照会処理,被保険者証作成等 (オ) 水道料金のxx
異動処理,照会処理,各種証明書・納入通知書,統計表作成等
イ 町が日本電子計算株式会社(以下「JIP」という。)に対して外部委託していた業務
(ア) 税務関係(住民税,固定資産税,軽自動車税等)
年度当初課税処理(課税額計算,課税明細作成,課税台帳等の作成),納付書,納税通知書作成等
(イ) 国民健康保険関係,国民年金関係
年度当初算定,賦課台帳,当初納入通知書等作成等 (ウ) 住民記録関係
人口統計表,人口動向調査に係る各種統計表,報告書の作成等,選挙登録処理等 (エ) 収納管理
当初口座銀行用MT (オ) その他
老人医療データ,基本健康診査データ,農家(地)台帳等の作成,障害者扶助料,各種手当のデータ作成等
(3) 町は,平成6年7月20日,10名の職員から成るプロジェクトチームを作って町の業務のOA化に関する調査,研究,立案を開始し,多数の検討会の後,平成7年5月17日から同年7月20日までの間,日本アイ・ビー・エム株式会社
(以下「IBM」という。),株式会社インテック,沖電気工業株式会社(以下
「沖電気」という。),株式会社ぎょうせい,日本電気株式会社(以下「NEC」という。),JIP,株式会社日立製作所,富士通株式会社(以下「富士通」という。),三菱電機株式会社の有力業者9社(以下「9社」という。)に対し,町の業務のOA化について提案や資料提供を求め,9社による説明会を開催した。そして,上記プロジェクトチームは,9社の提案(丙5の1ないし16)を踏まえ,同年9月13日に,現状の
電算機関係業務の問題点と改善策及び9社の提案内容の比較とこれに対する評価をまとめた電算業務改善報告書(丙6,以下「報告書」という。)を作成し,全課に配付した。町は,同月28日,報告書の内容について説明するため,全課の課長以上の幹部職員を出席させた報告会を開催した(乙1)。報告書の内容は次のようなものである。
ア 現状の問題点
(ア) 電算業務を委託処理している関係で,各課,各業務ごとの縦割りシステムとなり,システムの統一性,共有化が図られていない。
(イ) システムの変更,追加に柔軟な対応ができず,委託処理による弊害から,窓口業務における端末操作のみで,情報機器の能力,容量等に見合った活用ができていない。入力も二度手間,三度手間になっている。
(ウ) 各システムの操作方法が分かりづらく,職員自身システム概要のすべてを把握できていない。また,処理速度が遅い。
(エ) 委託費が新規業務の発生時やシステムの変更時のみならず,処理の都度継続的に発生し,かつ,不明瞭である。システム上の問題から高額な電算業務用紙を使用せざるを得ず,委託費に占める用紙代が非常に高く,かつ,年々増加している。イ 今後のあるべきOA化の方向性
(ア) 来るべき高度な住民サービスを提供するためには,システムを統一 化,共有化でき,変更,追加にも柔軟に対応でき,データベースによってタイムリーに資料を活用でき,かつ,用紙及びコストの削減をもたらす自庁処理が最適であるが,当面は職員の負担軽減等の観点から,運用委託方式を併用すべきである。 (イ) クライアント・サーバ方式による機能的な処理形態を構築し,パソコン等小型コンピュータを総合的に活用してLANによる部課間のネットワーク化を図り,情報をデータベース化してxx管理し,有効活用すべきである。
(4) 町は,報告書を受けて,平成7年11月,以下の内容の「総合行政情報化システム」(以下「本件システム」という。)を導入することとして,具体的な実施方法及び業者の選定を開始した(乙1,丙7)。
ア 基本事項
(ア) 町が従来JIPに委託処理してきた業務を自庁内でxx処理する。 (イ) 拡張性,経済性に富み,かつ,効率的なシステムを導入する。
イ 本件システムの仕様
(ア) ハードウェアは,クライアント・サーバ方式を採用する。
(イ) ソフトウェアは,パッケージソフト(既存の業務用標準ソフトウェア)及び市販ソフトを最大限活用し,カスタマイズ(新たな機能追加)は最小限にとどめ る。
ウ 本件システムの業務範囲(以下,後記(ア)ないし(ウ)を「内部情報システム」と,(エ)を「住民情報システム」という。)
(ア) 統合OAシステム(電子メール,電子掲示板,スケジュール管理等) (イ) 財務会計システム(予算編成,予算執行,決算書,起債等)
(ウ) 人事・給与システム(給与,人事記録等)
(エ) 住民記録,税関連システム(住民記録関係,税関係,健康管理,老人医療,児童手当,農家台帳,保育,水道料金等)
エ 本件システムの導入時期
(ア) 統合OAシステム及び財務会計システムは平成8年度ないし平成9年度
(イ) 住民記録,税関連システム及び人事・給与システムは平成9年度ないし平成
10年度
(5) 町は,平成7年11月6日,IBM(並びに同社の関連会社にしてIBM製パソコンの販売及びソフトウェアの開発等の業務を行う日本ビジネスコンピューター株式会社),沖電気,NEC(並びに同社の関連会社にしてソフトウェアの開発及びコンピュータ機器の販売等を行う日本コンピューター・システム株式会社。以
下,同社を「NCS」という。),JIP,富士通の5社(以下「5社」とい
う。)に対し,前記(4)の方針に従った提案書及び見積書の提出を依頼し,同月24日から翌12月6日までの間に,提出された提案書及び見積書に基づき,5社に提案書の説明を行わせ,提案内容に関するヒアリングを実施した(丙7,8の1ないし10)。
この時,NEC及びNCSが町に提出した提案書及び見積書(丙8の3,4)には,
ア パッケージシステムは標準機能のままでも十分使用可能であるが,町の業務処理方法を検討した上,システム環境設定やパッケージソフトの説明,パラメータ設定(町長名の入力等),パッケージと現行システムの相違点抽出等の必須作業を行い,その上で,カスタマイズ(町独自の機能の追加,変更)を行うこと,
イ カスタマイズを大幅に行うと,法改正があった場合等のメンテナンスにも多大な経費を要することとなるので,極力パッケージを使用することを進めること, ウ 全体の見積価格は,(ア)統合OAシステム,(イ)財務会計システム,(ウ)人 事・給与システム,(エ)住民情報システムの4つのシステムを総合すると1億24
93万円で,そのうち住民情報システムのパッケージソフトウェア(商品名COK AS-N,以下「COKAS」という。)の見積価格は2150万円であること, COKASの標準価格(定価)は4300万円であり,そのうち税関係ソフトのそれは1000万円であること,
以上の事実が記載されていた。
(6) 町は,平成7年12月21日,被告,助役,収入役及び部長ら10名の出席したxx町総合行政情報化システムメーカー選定会議(以下「業者選定会議」とい
う。)において,NCSを本件システム導入の対象業者とすることを決定し(丙
9),平成8年1月24日,NCSに対して採用通知を発した(なお,この際,N ECもNCSと併せて対象業者とされていたかについては町とNEC間に争いがある。)。
(7) 町は,本件システムを導入するため,NCSと打ち合わせの上,NECの関連会社である日本電気リース株式会社(以下「NEL」という。)との間で,別表番号2及び3(以下,同表記載の契約等については,単に「番号2」のようにい
う。)記載のとおり,ソフトウェアを組み込んだハードウェアのリース契約を締結し,その引渡しを受けるとともに,番号4ないし7のとおり,NCSとの間でメンテナンス契約及び機械保守契約を締結し,平成8年10月1日から統合OAシステム及び財務会計システムを稼働させた。
町は,その後,住民情報システムのうち税関連システム部分を除いた部分(以下
「住民記録システム」という。)及び人事・給与システムについて,NCSとの間のソフトウェアについての確認作業が終了したため,税関連システムの稼働のみを平成11年4月まで遅らせ,それ以外の部分を先行稼働させることとして,NELとの間で番号27ないし32,47ないし54のとおりリース契約を締結し,NC Sとの間で番号33,34,36ないし39,56ないし64のとおりメンテナンス契約及び機械保守契約を締結し,住民記録システムについては平成9年12月1日から,人事・給与システムについては平成10年2月1日から稼働させた(その他の内部情報システムも平成10年6月1日までに稼働開始)。また,町は,本件システムの採用に伴
うデータ移行の必要性から,従前の委託先であったJIPとの間で,番号1及び4
5のとおりの契約を締結した。
その後,町は上記各契約について別表記載のとおり支出をなし,また,本件システムの維持のために,別表記載の各契約(ただし,上記各契約及び番号199の契約を除いた部分)をNELないしNCSとの間で締結し,その支出を行った。別表記載の各契約(以下「個別契約」という。)に関する支出命令は,いずれも各支出の直前ころに出されている。
(8) 町とNCSのソフトウェア技術者は,平成9年10月から平成10年6月までの間,町の税関連システムについての打合せを行っていたが,町の税務課職員は,
従前JIPに委託していた際と類似の帳票を使用するなどして事務処理上の混乱を招かない方法で新システムを導入したいと主張したため,NCSは,そのようなカスタマイズを行うには1億1230万円以上の費用を要すると主張し,紛争が生じた。町は,カスタマイズは最小限にして,平成11年4月には税関連システムの稼働を開始できるようにしてもらいたい旨の提案を行うなどしたが,解決には至ら ず,平成11年4月1日に税関連システムの稼働を開始できる見込みが立たなくなったため,平成10年9月30日,税関連システムの導入を中止することをNCSに通告した。
町は,税関連システムの自庁化を中止したことから,この業務を従前どおりJI Pに委託することとし,さらに,事務処理の一体性の確保及び過誤防止の観点か ら,いったん自庁化していた住民記録システムについても,平成11年9月以降,再びJIPに委託することとした。
(9) xx町指名業者審査委員会要領(甲13,以下「要領」という。)によれば,町の施行する工事又は製造の請負,物品の購入その他の契約に係る指名業者(随意契約における見積業者を含む。)の審査については,総務部長,xx部長,産業建設部長,教育部長,水道部長,総務部次長,総務課長,事業の主管部長,次長及び課長から成る指名業者審査委員会(以下「委員会」という。)において審査を行
い,その結果に基づき指名業者決定調書を作成するものとされている。
また,xx町契約規則(以下「規則」という。)26条は,契約担当者は,契約の相手方を決定したときは,遅滞なく契約書を作成しなければならないとしてお り,規則27条は,契約書には履行の遅滞その他債務の不履行の場合における遅延利息,違約金その他の損害金,危険負担,瑕疵担保責任について記載しなければならない旨定めている。
しかしながら,前記(6)記載の採用通知に先立って委員会が開催されたり,採用通知の際に契約書が作成された事実はない。
(10) 町は,平成8年1月24日にNCSに対して前記(6)記載の採用通知を行った際,町とNEC及びNCSとの間で,両社が提案書の内容に沿った役務を見積書記載の価格で履行すること(ただし,必要最小限のカスタマイズ費用を加算することは差し支えない。)及び両社が町の方針である前記(4)の内容を遵守すること等を内容とする契約(以下「基本契約」という。)が成立したとの前提で,平成11年9月24日,税関連システムの導入が失敗したのは,NCSの担当技術者が税についての基本的知識を欠いていたことから,平成11年4月の稼働開始に間に合うよう作業を進められなかったためであり,NCS及びNECは,税関連システムを期限までに完成させられなかったことにより,行政情報全般を一括して自庁処理を行うことを目的とした基
本契約全体の履行を怠ったと主張して,債務不履行に基づく損害賠償請求として,現に稼働中の内部情報システムを除いた本件システム導入に要した経費(リース 料,メンテナンス料,保守料及びJIPに対するデータ移行作業料)等の合計2億
3569万4711円の支払を求める訴訟をNEC及びNCSに対して提起した
(当庁平成11年(ワ)第3685号,以下「別件訴訟」という。)。
別件訴訟において,NECは,町と契約した事実はなく,契約当事者はNCSのみであるとして争い,NCSは,町との間で基本契約を締結した事実はなく,NCSが締結したのは個別の保守契約及びメンテナンス契約のみであって,しかも,税関連システムの構築について問題が生じたのは,パッケージソフトを基本とする予定であったにもかかわらず,町の税務担当職員が従前と同じ事務処理を行うことにこだわり,多数のカスタマイズを要求したためであって,NCSの担当者の能力には何ら問題がないとして争った上,税関連システム構築の未払請負代金等の内金1億円の支払を求める反訴を提起している(甲17)。町は,別件訴訟の提起に伴い番号199記載の訴訟手数料を納付した。
(11) 平成9年8月1日発行の「かにえ議会だより」(丙11の2)は,xx町議会において,平成8年度からスタートした総合行政情報システムについて,町議会議員から,標準型ソフトのみで複雑な課税計算ができるか,平成11年4月から課税業務についても本件システムをスタートさせることになっているが,間に合うのか,現在の職員の能力と態勢で十分か,当初以上に予算が掛かることはないかなどの質問がなされ,それに対して,複雑な課税業務については間違いなくできるか心配であるが,担当者としては,必要に応じ,カスタマイズを要求して支障を来さぬよう努力する,平成10年秋には作業に入る必要があるが,短期間で大量入力が必要なものは,当分の間,運行代行処理方式を取り入れ,スムーズな移行ができ
るよう努力する,予算
は計画に新たなシステムを追加しない限り変更を考えていない旨の答弁をした旨が記載されている。そして,平成11年6月4日付け中日新聞(甲2の7)には,
「xx町業務電算化ダウン」,「システム導入断念」,「予算3億6000万円大損」と題する記事が掲載されている。
(12) 住民監査請求
原告らは,平成11年8月4日,町監査委員に対し,本件システム導入に際し て,競争入札によらず,経験のない業者を選定したことは違法であるなどと主張して,既に支出された設備投資及びリース料等の費用に関する損害賠償請求を被告に対して行うこと及びいまだ支出されていない費用の支出を差し止めることを求める旨の監査請求をした(甲1,以下「本件監査請求」という。)が,監査委員は,同年10月4日,NEC及びNCSの非協力により真相が確認できなかったとして本件監査請求を棄却し,原告らに通知した(甲7)。
2 争点
(本案前の争点)
(1) 本件訴えにつき適法な監査請求が前置されているか(法242条2項ただし書の「正当な理由」が存するか。)。
(本案の争点)
(2) 基本契約及び個別契約の締結等の違法性及び損害額
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(正当な理由の存否)についてア 被告の主張
基本契約の締結,番号1ないし10,27ないし34,36ないし39,4
5,47ないし54,56ないし64記載の各契約の締結及び支出命令,同83ないし87の各1及び2,88ないし91,93ないし96,105ないし113の各1及び2,114ないし131記載の各契約の締結,並びに同83ないし87の各1,105ないし113の各1記載の各支出命令は,いずれも本件監査請求のなされた平成11年8月4日よりも1年以上前になされているから,本件訴えのう ち,上記各財務会計行為に関する部分は法242条2項の監査請求期間を徒過しており,不適法である。
また,基本契約及び個別契約の締結は,いずれも秘密裡に行われたものではな く,前記前提事実記載のとおり,9社及び5社に対する提案依頼及びプレゼンテーションを経てなされている上,平成8年3月には詳細な説明資料を添付して,町議会に対し,本件システム全体についての説明がなされており,予算案にも本件システムの事業内容が明記されていたものであるから,本件につき法242条2項ただし書所定の正当な理由はない。
イ 原告らの主張
被告主張に係る各財務会計行為が本件監査請求の1年以上前になされている事実は認めるが,本件については法242条2項ただし書所定の正当な理由がある。
すなわち,原告らを含む一般の住民が,基本契約及び個別契約が締結された事実及びそれについて後記のとおりの違法性がある事実を知ることは容易でなく,住民が本件システムのうち税関連システムが稼働しなかった事実等を知り得たのは平成
11年6月4日の中日新聞報道の後である。このように,住民が相当な注意力をもってしても住民監査請求を行う動機を得ることが不可能な状態にあった場合には,上記の正当な理由があるというべきである。
(2) 争点(2)(基本契約及び個別契約の締結等の違法性及び損害額)ア 原告らの主張
(ア) 規則,会計法29条の8第1項本文,予算決算及び会計令100条1項違
反
被告は,会計法29条の8第1項本文及び規則26条に違反して,基本契約を口頭で締結している。また,被告は,予算決算及び会計令100条1項及び規則27条に違反して,基本契約につき,NCSがシステム化に失敗した場合の違約金その他の損害金に関する規定を明確に定めなければならないにもかかわら ず,何らそのような定めをしなかった。
基本契約が書面により締結され,損害賠償条項等が整備されていれば,税関連システムが頓挫した場合に,NCSから容易に別表記載の支出に関する損害賠償を得ることができたから,別表記載の支出はすべて損害に該当する。
(イ) 要領違反
被告は,基本契約の締結に先立ち,要領の規定に反して委員会を開催しなかっ た。したがって,基本契約の締結は違法であり,このように違法な基本契約に基づいてNCS及びその関連会社が契約対象業者として選定されている点で個別契約の締結も違法である。このような要領違反がなければ,NCSが基本契約の相手方として選定されることはなく,税関連システムの構築が頓挫することはなかった。
税関連システム構築の頓挫により,自庁内での一元処理という本件システムの初期の目的は達成されないこととなったから,現に稼働中の内部情報システムについての支出も冗費というべきであり,損害に該当する。したがって,別表記載の支出のすべてが町の損害に該当する。
(ウ) 基本契約の締結に際しての注意義務違反
被告は,基本契約の締結に当たり,NCSが税関連システムを含めた本件システムの構築を行い得る能力を有するか否かについて十分な調査を行わなかった。このような基本契約は,契約担当者が負う一般的,基本的な注意義務に違反して締結されたもので,地方財政法4条1項に違反し,違法である。
そして,前記(イ)と同様に,被告がNCSの能力について十分に調査していれ ば,税関連システムの構築が頓挫することはなかったから,別表記載の支出のすべてが町の損害に該当する。
(エ) 随意契約違反
被告は,基本契約の締結に先立って,9社に提案をさせたり,5社から提案書及び見積書を徴収させたりしているが,被告は上記提案等がされるより以前に,NC Sに本件システムを受注させることを決定していたものであって,上記手続は単に形式的に行われたにすぎない。業者選定会議で5社の提案及び見積りが検討された際,NECの提案について優良な提案を示す◎印が多く付けられるなどの工作がされていたことや,同会議で被告の発言により一方的に業者が決定されたことなど は,被告が既に対象業者を決定していたことを示す事実である。したがって,このような方式でなされた業者選定,すなわち基本契約の締結は,裁量権を濫用したもので違法であり,違法な基本契約に基づいてなされた個別契約の締結も違法であるから,これに基づく支
出である別表記載の支出のすべてが町の損害に該当する。イ 被告の主張
(ア) 基本契約についての訴えは監査請求期間を徒過しており,不適法であるの で,基本契約の締結の違法性に関する主張については認否の必要を認めない。そして,仮に基本契約の締結が規則等に違反して違法であるとしても,そのことが直ちに個別契約の締結及びそれに基づく支出の違法をもたらすものではないから,原告らの主張は失当である。
(イ) 原告らの主張(イ)は争う。
本件システムの導入に関する契約は,長期間にわたる町の基幹的事業である点で,単なる見積金額の比較等では対処しきれない要素を含むものであった。このため,被告は前記前提事実記載のとおり業者選定会議を実施してNCS及びNECを対象業者として選定し,基本契約を締結したものであり,個別契約の締結についてはその都度事前に委員会を開催しているから,要領違反の問題は生じない。また,要領違反がなければ税関連システム構築が頓挫することはなかったとの主張は争う。
また,内部情報システムは有効に稼働しているから,これに関する支出が損害に該当するとの主張は争う。
(ウ) 原告らの主張(ウ)は争う。
町は,税関連システムの自庁化を平成10年9月に中止したが,平成11年8月
31日までの間,住民情報システムを稼働させて町行政の用に供しており,少なくとも番号1,27ないし34,36ないし39,45,83ないし87の各1及び
2,88ないし91,93ないし97,147ないし160並びに162の平成1
1年8月31日までの対応分は何ら損害と評価されるべきものに当たらない。 (エ) 原告らの主張(エ)は否認ないし争う。
被告が,業者選定会議前に,本件システムをNCSに受注させることを決定していた事実はない。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(正当な理由の有無)について
(1) 法242条2項本文は,当該行為のあった日又は終わった日から1年を経過したときは住民監査請求をすることができないと規定しているところ,本件においては,前記前提事実のとおり,町の主張に係る基本契約の締結(町からNCSに
対して本件システム導入の採用通知がなされたこと),番号1ないし10,27ないし34,36ないし39,45,47ないし54,56ないし64記載の各契約の締結及び支出命令,同83ないし87の各1及び2,88ないし91,93ないし96,105ないし113の各1及び2,114ないし131記載の各契約の締結,並びに同83ないし87の各1,105ないし113の各1記載の各支出命令は,いずれも本件監査請求のなされた平成11年8月4日よりも1年以上前になされていることが明ら
かである。
(2) この点につき,原告らは,原告らを含む一般の住民が,これらの契約の締結及び支出命令が出された事実並びにそれらにつき違法事由が存する事実を知ることは容易でなく,住民が本件システムのうち税関連システムが稼働しなかった事実等を知り得たのは平成11年6月4日の新聞報道の後であるから,このような場合は,法242条2項ただし書所定の正当な理由があると主張する。
しかしながら,前記監査請求期間は,財務会計行為が違法又は不当なものであったとしても,いつまでも住民監査請求や住民訴訟の対象となり得るのでは法的安定性を損ない好ましくないことから,早期に法律関係を確定させるために設けられたものであるところ,かかる趣旨に鑑みると,上記の正当な理由があるというために は,当該行為及びその違法性,不当性を示す事実が隠ぺいその他の理由によって,住民が相当な注意力をもって調査しても客観的に知り得ず,又は知り得たと解される時から相当な期間内に監査請求をしたという事情がなければならないと解される
(最高裁判所昭和63年4月22日第二小法廷判決・裁判集民事154号57頁参照)。
しかるところ,被告主張に係る9社及び5社に対する提案依頼及びプレゼンテーションは,本件システム導入の対象業者等を選定する過程において,町の内部的手続として実施されたものにすぎず,町の予算案(平成8ないし11年度につき丙2の
1,3,5,7)や歳入歳出決算書(平成8ないし10年度につき丙2の2,4,
6)も,概括的な項目と金額が記載されているにすぎないから,これらだけでは,住民が相当な注意力をもって調査したとしても,その契約内容及び手続の違法性,不当性に関して知り得たとはいえない。
しかしながら,証拠(丙10の1ないし3)によると,町は,平成8年3月には町議会の全員協議会に対して本件システム導入を決めるに至った経過とその概要を説明し,同年6月には同様に対象業者としてNCSを選定するに至った経緯と導入する具体的なシステムを説明し(添付された5社の提案の比較検討結果を基に「内部検討を慎重に行い決定した」と記載され,随意契約の方式によったことが示されている。),さらに平成9年3月には同様に導入計画の一部変更が必要になったとして,各システムの具体的導入時期及び各年度ごとの(見込み)費用の説明がなされるなど,町は議会に対して積極的に情報を開示する姿勢を有していたと認められることを考慮すると,遅くとも,税関連システムが予定どおりに機能するかについて危惧する質疑が掲載
された平成9年8月1日発行の議会だより(丙11の2)を端緒として相当な調査を尽くせば,住民が上記各契約の締結及び支出命令がなされた事実(将来分については,なされるであろう蓋然性)並びにその違法性等を認識することが可能であったと認めるのが相当である。
そうすると,本件監査請求は,上記発行時点から2年余を経過してなされているので,本件監査請求から1年以上前になされたことが明らかな上記各契約等を対象とする部分については,法242条2項所定の正当な理由があるとはいえず,したがって,本件訴えのうち,上記各契約の締結等が違法であることを理由として損害賠償を求める部分は,適法な監査請求を経ていない不適法な訴えとして却下を免れない。
2 争点(2)(基本契約及び個別契約の締結等の違法性及び損害)について
(1) 原告らは,財務会計行為の違法事由として,基本契約が財務会計法規に違反して締結されたと主張した上で,このように違法な基本契約に基づいて契約対象業者が選定されたことにより個別契約の締結等も違法となる旨主張している。すなわ
ち,原告らは,本訴で対象とされた個別契約の締結等(適法な監査請求を経ていると認められるのは,本件監査請求から1年前以降になされたものに限られること は,前記のとおりである。)は基本契約の締結の違法性を承継する旨主張していると解されるので,この点について判断する。
(2) 一般に,住民訴訟の対象である特定の財務会計行為が,これに先行する違法な
行為を原因としてなされたと認められる関係にあっても,当該職員に対する法24
2条の2第1項4号に基づく請求を認容するためには,その財務会計行為を行うに際し,当該職員に職務上の行為義務違反の事実が認められることが必要であるか ら,その判断には,当該職員が上記財務会計行為を行うに当たり,違法な原因行為が存在することを前提としてどのような行為義務を課せられていたかを分析し,その上でかかる行為義務を尽くさなかった事実が認められるか否かを検討しなければならない。そうすると,先行する原因行為に違法事由が存するからといって直ちに後行の財務会計行為も違法と評価すべきではなく,当該職員に対して損害賠償を問うことができるのは,
先行する原因行為の存在を前提として,上記財務会計行為それ自体が財務会計法規上の義務に違反する違法な場合に限られるというべきである(最高裁判所平成4年
12月15日第三小法廷判決・民集46巻9号2753頁参照)。
もっとも,問題とされた財務会計行為が「先行する原因行為」に基づくものか否かは,あくまでも法律上の観点から判断されねばならず,単に事実上の先後関係にあるにすぎない場合は,両者は別個独立の行為と評価する外ないから,そもそも上記最高裁判決が示した判断基準が適用される場面ですらなく,単に固有の違法性の有無を判断すれば足りることに帰する。
(3) これを本件について検討するに,前記前提事実及び証拠(甲17)によれば,町が,別件訴訟において,NEC及びNCSの両社との間で成立したと主張している基本契約の内容は,町からの依頼書並びに両社が提出した提案書及び見積書の記載を基にしたもので,具体的には,
ア 両社は,町に対し,町が本件システムを導入するのに必要かつ十分なソフトウェア及びハード機器等を供給し,町はこれに対する対価を支払う。
イ 両社は,町に対し,標準機能のままでも十分に利用可能なパッケージシステムを提供することとし,カスタマイズは必要最小限にとどめる。
ウ システムの構築から保守,町職員の教育に至るまで,NEC及びその関連企業が町に対して全面的な協力をする。
エ NEC及びその関連企業は,町に対し,市町村に対するサービスを専門とする熟練したスタッフを派遣する。
オ 費用は,統合OAシステム,財務会計システム,住民記録・税関連システム,人事・給与システムの合計で,保守料を除き,1億2493万円を限度とする(ただし,必要最小限のカスタマイズ費用を加算することは差し支えない。)。
カ 両社は,町が従前JIPに委託していた時のデータを,町の職員が,両社が新たに提供するシステムにおいても支障なく活用できるようにする。
キ 両社は,自庁処理による町の情報化体制を構築し,町職員における重複事務を解消する。
ク 新システムの稼働時期に関しては,統合OAシステム及び財務会計システムは平成8年度ないし平成9年度中に,また,住民記録・税関連システム及び人事・給与システムは平成9年度ないし平成10年度中に稼働させることとし,稼働時期が遅れることによって町の行政事務に支障が生じないようにする。
というものであり,契約当事者とされた町及び両社が負担する給付の内容は,その履行を強制し,あるいはその不履行に対して直ちに損害賠償請求を肯定できる程度に特定あるいは具体化されているとは認め難い(ちなみに,NECは,そもそも契約当事者であることを否認し,NCSは,アないしクの内容を含めて,基本契約なるものの成立を否認し,その結果,個々の個別契約の締結が基本契約に基づくものであることも否認している。)。
むしろ,町が基本契約として主張する合意は,本件システム導入に向けての目的及び手順の概要を示して確認したものにすぎず,これにより双方が具体的な債権を取得し,債務を負担したと認めるには疑問が残るといわざるを得ない(例えば,基本契約だけで町が1億2493万円を限度とする代金支払債務を負担するとは到底解し難い。)。
これに対して,証拠(甲8の1ないし17,10の12及び13,丙1の4)によれば,本件監査請求から1年前以降になされた契約締結及び支出命令は,システム等のリース(賃貸借)契約,保守委託業務契約及び印刷製本供給契約並びにNEC及びNCSを相手とする損害賠償請求訴訟のための弁護士費用及び印紙代支出に関するものであって,契約についてはそれぞれの当事者が負担する給付内容が具体的に定められ(例えば,機械のリース契約では,対象物件及び設置場所,契約期間,リース料金及びその支払方法,違約金その他の約定が詳細に定められている。),
契約としてそれぞれが完結していると認められる。
そうすると,仮に個別契約が「基本契約に基づいて」締結されたとしても,それは事実上の関係にすぎず,基本契約の履行として,もしくは基本契約の締結を要件として,個別契約が締結される等の法律上の関係を認めることはできないから,法的には基本契約を原因行為に位置づけることすら困難である。したがって,仮に,基本契約の締結に違法事由が存していたとしても,そのことは,個別契約の締結及びその支出命令の違法性に何ら影響を与えるものではない。
しかるところ,原告らは,個別契約の締結及び支出命令についての固有の違法事由を主張立証していないのであるから,本件監査請求から1年前以降になされたこれらが違法であることを理由とする損害賠償請求は,その余について判断するまでもなく失当という外ない(なお,仮に,原告らが基本契約締結の違法事由として主張する前記第2の3(2)ア(ア)ないし(エ)記載の各事由は,個別契約締結等の固有の違法事由としても主張されていると善解する余地があるとしても,(ア)の主張が失当であることは前掲甲8の1ないし17,10の12,13によって明らかであり, (イ)についても,法令に根拠を置かない内部的準則にすぎないと認められる要領については,その違反をもって直ちに財務会計法規に違反した違法な行為と評価することはできず,(ウ)に
ついても,NCSが個別契約に基づく債務の履行を怠ったり,その履行能力を欠くとの事実は認められず,(エ)についても,機器やソフトのリース,メンテナンス等は,導入されたシステムを熟知した開発,製造業者に委託するのが相当であるか ら,法234条を受けた同法施行令167条の2第1項2号所定の事由が存すると認められ,結局,上記結論は左右されない。)。
3 結論
以上の次第で,原告らの本件訴えのうち,適法な住民監査請求を経ていないと判断された前記契約締結等が違法であることを理由に損害賠償を求める部分は,不適法なものとして却下し,その余の請求は,理由がないからいずれも棄却し,訴訟費用の負担につき行訴法7条,民訴法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第9部 | ||||
裁判長裁判官 | 加 | 藤 | 幸 | 雄 |
裁判官 | 舟 | 橋 | 恭 | 子 |
裁判官 | 富 | 岡 | 貴 | 美 |