Contract
季刊社会保障研究投稿規程
1. 本誌は社会保障に関する基礎的かつ総合的な研究成果の発表を目的とします。
2. 本誌は定期刊行物であり,1 年に 4 回(3 月,6 月,9 月,12 月)発行します。
3. 原稿の形式は社会保障に関する論文,研究ノート,判例研究・評釈,書評などとし,投稿者の学問分野は問いません。どなたでも投稿できます。ただし,本誌に投稿する論文等は,いずれも他に未投稿・未発表のものに限ります。
4. 投稿者は,審査用原稿 1 部とコピー 1 部,要旨 2 部,計 4 部を送付して下さい。
5. 採否については,編集委員会のレフェリー制により,指名されたレフェリーの意見に基づいて決定します。採用するものについては,レフェリーのコメントに基づき,投稿者に一部修正を求めることがあります。
なお,原稿は採否に関わらず返却しません。
6. 原稿執筆の様式は所定の執筆要項に従って下さい。
7. 掲載された論文等は,他の雑誌もしくは書籍または電子媒体等に収録する場合には,国立社会保障・人口問題研究所の許諾を受けることを必要とします。なお,掲載号の刊行後に,国立社会保障・人口問題研究所ホームページで論文等の全文を公開します。
8. 原稿の送り先,連絡先―― x 000‒0000 xxxxxxxxxx 0‒0‒0
xxxxxxx 0X
国立社会保障・人口問題研究所総務課業務係電話 03‒3595‒2984 FAX 03‒3591‒4816
季刊社会保障研究執筆要項
1. 原稿の長さは以下の限度内とします。
( 1 ) 論文:16, 000 字(図表を含む)。
( 2 ) 研究ノート:16, 000 字(図表を含む)。
( 3 ) 判例研究:12, 000 字。
( 4 ) 書評:6, 000 字。
なお,図表は 1 枚 200 文字に換算します。
2. 論文,研究ノート,判例研究・評釈,書評には英文題が必要となります。
3. 引用文献の形式は次のとおりとします。
( 1 ) 注を付す語の右肩に 1)2)……の注番号を入れ,全体で通し番号とし,後部に注を一括して掲載して下さい。。
( 2 ) 著書を引用する場合には,著者名,書名,出版社,出版年,引用頁を記載して下さい。
( 3 ) 論文を引用する場合には,著者名,題名,雑誌名,巻号,発行年,引用頁を記載して下さい。
( 4 ) 和書の場合には,書名・誌名に『 』,論文に「 」を付けて下さい。
4. 図表はそれぞれ通し番号を付し,表題を付けて下さい。1 図,1 表ごとに別紙にまとめ(出所を必ず明記),挿入箇所を論文右欄外に指定して下さい。
5. 原稿は横書きして下さい。ワードプロセッサーによる場合は A4 判 1 枚につき 1
行 40 字・30 行,横打ちして下さい。
Vol.44 Autumn 2008 No.2
国立社会保障・人口問題研究所
136
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 x
Vol. 44 No. 2
研究の窓
社会の「ショーウィンドウ」としての障害者問題
『季刊社会保障研究』の本特集はおもしろい。なぜおもしろいかといえば,理由は二つある。第一は,それが「障害者の自立を巡る諸問題」という現在進行形の論争的なテーマを真正面からとらえた論考によって構成されているからであり,第二は,それぞれの論考が学問が本来内在させるべき批判精神に満ちているからである。
本誌は国立社会保障・人口問題研究所の機関誌である。社人研はいうまでもなく,政府系の研究所である。したがって同研究所の研究成果は,その母体の性格上,どうしてもその時々の政府・政権の政策と親和的になる傾向を帯びることは否めないだろう。この傾向自体の是非について,ここで筆者は云々するつもりはない。ただ,政府系研究所がその成果における学術的中立性を維持することには,多大な困難を伴うであろうということを指摘したいだけだ。つまり,こうしたことを踏まえたとき,本特集は非常に興味深いということである。本特集を通読すれば,現在の社人研の
「懐の深さ」を感じるとともに,研究における学術的中立性を可能なかぎり担保しようとする意気込みが伝わってくるだろう。
さて,「障害者の自立を巡る諸問題」とは何か? そこにはきわめて複雑なテーマやファクターが複合した問題群が含まれる。たとえば最近のものを思いつくままに列挙しても,「支援費制度の導入」,「同制度の障害者自立支援法への移行とその見直し」,「障害者基本法の一部改正」,「国連障害者権利条約の採択とわが国の署名」,「同条約批准にむけての国内法改正の検討」……,とキーワードがいくつもすぐに思い浮かぶ。今挙げたものは,いずれも 2003 年以後の動きであり,しかも法制度面に注目した場合の項目である。
これほど複雑なテーマであるだけに,本特集の論考のテーマも多岐にわたる。すなわち,日本の障害者施策の国際比較(xx),障害福祉サービスと自治体の役割(xx),障害者の就労問題と就労保障(xx),年金を中心とした所得保障制度(xx),障害者自立支援法における「応益負担」(xx),地域生活の実態(xx),そして,障害者施策と経済効果(xx)の各テーマである。これらの論考はいずれも力作ぞろいだが,筆者にとってとりわけインパクトの強さを感じたのは,xx論文とxx論文である。
「障害者のおかれている状況は国の経済的発展段階に影響をうけるが,人権としての障害者の権利を保障するという目的は変わらない。」(xx),「障害者が健常者と同じように地域で生活する社会はまだ日本では実現していない。国際比較を通じて見えてくる日本の位置づけは,どんなにひいき目に見ようとしても,遅れている。」(同)と明快に勝又は述べている。わが国の経済や社会の実態と制度が国際的に見て優れている点は多々あるだろう。しかし,そうした「国力」に比して,相対的に取り組みが遅れている施策群はたしかに存在するのであり,たとえば障害者施策はその一例だと筆者は考える。その意味で,xxが示すような認識や現状把握は重要である。
xxは障害者自立支援法に「応益負担」(定率負担)が導入された問題を入念に検討し,緻密な
Autumn ’08
研 究 の 窓
137
議論を展開している。特に障害者自立支援法の成立に至る関連諸施策の歴史的経緯をたどりつつ,その時々になされた議論の含意や背景にある思想を抽出している点が圧巻だ。たとえば,「応益負担」という場合の「益」が誰のための「益」であるか,という問題設定が注目される。xxは次のように明言する。「制度開始以降数回にわたり多くの複雑な減免策がビルド・インされ,限りなく応能負担化してきたともいえる障害者自立支援法の定率負担(応益負担)であるが,そのような措置では「中高所得層の『益』と低所得層の『不利益』」という応益負担化がもたらした基本構造そのものは変わらない」。
障害者は国内に少なくとも 700 万人いる。20 人に 1 人以上の割合だ。かつて国連は国際障害者年行動計画において,「一部の構成員を排除する社会は貧しく,もろい」と述べた。わが国はこの意味で,まだ「貧しい」のではないか。弱い立場の者に必要な支援を充分にできない現状は,社会自体の脆弱さの現れでもあるだろう。
障害者の問題は,社会の真の豊かさの実態を示す「ショーウィンドウ」だと筆者は考える。人は誰しも傷つきやすい心身を抱え生きている。出生時を含め,人生のいずれかの時期に難病や障害をもつ可能性は誰にもある。すべての人がたとえどんな条件を抱えていても,自分の選んだ地域で,つつましくても心豊かな人生が送れるような社会。そんな将来社会を展望する上で,本特集はさまざまな示唆を提供してくれるだろう。
x x x
(ふくしま・xxx 東京大学先端科学技術研究センター准教授)
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究 Vol. 44 No. 2
138
国際比較からみた日本の障害者政策の位置づけ
−−国際比較研究と費用統計比較からの考察−−
x x x x
はじめに
国際連合が採択した「障害者の権利条約」が
20 カ国の批准を受けて 2008 年 5 月発効した。日
本政府は 2007 年 9 月署名したが,まだ批准には至っていない。今後,同条例の批准に向けて国内法や制度・政府機関のあらゆるレベル(中央政府・地方自治体・社会保障基金等)において,障害者の権利を阻害するような状況を解消し,同法の批准が日本国内において実際に障害者の権利擁護に役立つようにしなければならない。その準備段階において,障害者政策において日本より進んでいる諸外国特に EU 諸国やアメリカの実態に学ぶことは有意義なことだと思う。日本の障害者政策の発展段階を知り,『後発の利益』を享受しつつ着実に障害者政策を実行していくために国際比較研究は役立てたい。
まず,障害者政策の国際比較研究について概観し,次に障害者人口の把握・障害の定義について国際比較の視点から考える。そして,障害者関係の社会支出を比較し,障害者を対象とした政策の関連性についてまとめたい。
障害者政策のめざすべきゴールは国の違いを超えて一つである。それは障害者の権利を守り,障害者が人として尊厳をもって,家庭や地域の中で障害の有無にかかわらずその人らしい生活がおくれるようにすることであり,障害をもっていることが機会の均等の妨げにならない社会をつくることだ。そのために国際比較研究を役立てていくこ
とが本稿の目的である。
I 障害者政策の国際比較研究
1981 年国際障害者年から国連を中心とした国際社会で障害者政策が広く議論されるようになった。80 年代から 90 年代は先進諸国内で障害者権利を守る法律の策定が進んだ。例えば 1990 年に米国障害者法(ADA)1)制定があり,1999 年には米州機構(OAS)の障害差別撤廃米州条約2)が採択された。欧州においては,1996 年「障害をもつ人々のリハビリテーションと統合に関する委員会(CD‒P‒RR)」3)が EC に設置された。2003 年を欧州障害者年と定めて 2004 年~2010 年を期間として行動計画を立て政策を実行している。一方アジアにおいても 1993 年にアジア太平洋障害者
の 10 年が設定され,アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)が調査報告書4)を準備した。この報告を基礎として 10 年間の政策進捗状況の評価を行い,2003 年『びわこミレニアム・フレームワーク(BMF)』5)が採択された。BMF は 2007 年 9月バンコクの会議で中間評価が行われている。これらの各国際機関や地域における政策の積み重ねと並行して 2001 年から国連で障害者権利条約の
検討が開始された。同条約は 2006 年 12 月採択さ
れ 2008 年 5 月に発効した。このような時代的背景もあり,2000 年代になってからさまざまな障害者政策に関する調査研究が公表されてきた。特に EU 諸国にあっては欧州議会(EC)の財政的補助も用意され,EU 加盟国の障害者政策につい
Autumn ’08
国際比較からみた日本の障害者政策の位置づけ−− 国際比較研究と費用統計比較からの考察−−
139
て,ソーシャルインクルージョンとしてさまざまな調査研究が実施された。表 1 に主な研究報告書・論文を年表形式でまとめたが,以下にその中の幾つかを紹介したい。
「ヨーロッパの障害評価: 類似性と差異」
(2002)6)は 1997~2000 年の調査結果をまとめたものである。EU の加盟国のみならず未加盟国を含む 22 カ国が調査に協力している。この報告書では CD‒P‒RR が提示した 9 つの提案の最優先順位として「障害評価」についてまとめている。共通の用語の定義を行い,その定義のもと,各国で具体的にどのような政策が行われているかを小委員会の参加者が回答したアンケートを基礎にまとめている。
「脱施設化と地域生活−効果と費用−」7)は欧州議会の援助をうけて英国の研究者グループが中心となって欧州の大学研究者が担当する国についてまとめた調査報告書である。本書においてはEU諸国で障害をもつ人がどのように処遇されているかを各国のデータから比較を試みている。報告書は 3 巻にわかれており,第 1 巻が全体の概要で,施設収容から地域生活に移行するにあたって,費用対効果については,現状で施設における処遇の質の違いにもよるが,地域生活に移行したのちの障害当事者の生活の質の改善を勘案すれば費用対効果は上がると結論づけている。第 2 巻では各国調査を横断的に比較している。この研究には欧州の 5 つの大学が参加し分担して諸外国をサーベイしている。特に施設の種類や入所している人の年齢階層や障害種別について各国データの既存データからから可能な限り必要な情報を収集している。第 3 巻は 28 カ国それぞれについて,統一された調査項目をまとめた国別レポートである。例えば,各国について施設数を種類別,収容規模別,収容している障害種別にまとめている。障害者数についても施設と居宅の両面からまとめている。また各国の障害者政策の動向についても記述的にまとめている。
EU 以外では 2003 年に OECD がまとめた「障害を能力へ転換する~就労促進政策と障害者の所得保障~」8)があるが,EU 諸国以外の OECD 加
盟国についても並列でまとめている。残念ながら日本は OECD の加盟国でありながらこの調査研究に参加していないのでデータは得られないが,韓国が参加している。本書の元となった研究プロジェクトは 3 種の異なる手法によって障害者政策を分析している。①制度比較からみた分析②行政的データの比較による分析③マクロデータからの分析である。制度比較分析では現在の制度の概要と過去 20 年の障害者政策の変化がまとめられている。また,行政的データの比較では,障害に関連した雇用と社会的保護政策が過去 20 年にどのように変化してきたかを分析している。最後にマクロデータからの分析は,各国の人口統計から障害者の状況を就労と所得等から明らかにするものである。
なお,上記の他に表 1 にまとめたように,障害の定義や障害者の雇用について調査研究報告書がある。特に EC の補助を受けて実施された研究は後に “Included in Society”〔2003〕に反映されて公表された。国際機関の比較研究に共通してみられるのは,各国を並列で比較する場合のプラットフォームとなる定義や分析枠組みをつくるという視点である。特に EC においては,ソーシャルインクルージョン(社会的包摂)政策を推進することが決まっており,加盟国の政策努力の評価を行うためには何らかの共通した比較枠組みの必要が認識されていた。
OECD については加盟国の過半数以上をしめる EU 諸国の関心に影響を受けている部分が多くみられる。北米各国とオセアニアの国々でも障害者の権利擁護運動や自立生活運動の影響を受け,障害者政策には関心が高まった。開発援助の在り方についても社会的弱者への配慮が盛り込まれるようになり,2000 年世界銀行も先進諸国だけでなく発展途上国までも視野にいれた障害者政策の重要性をまとめている9)。障害者のおかれている状況は国の経済的発展段階に影響をうけるが,人権としての障害者の権利を保障するという目的は変わらない。2006 年「9 カ国の一時的・部分的障害プログラム 他国から学ぶ」表 1 の中で唯一日本が含まれている研究である10)。ソーシャルイン
140
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
表 1 障害者国際比較 主要研究調査年表(2000 年以降)
Vol. 44 No. 2
調査報告書・論文名 | 調査対象国 | 国際社会の動き | |
1981 年 | 国際障害者年「完全参加と平等」 | ||
1983 年 | 国連障害者の 10 年 | ||
1993 年 | アジア太平洋障害者の 10 年 | ||
2000 年 | OECD “An inventory of Health and Disability −Related sur veys in OECD countries−” Occasional Paper No. 44, Caire Gudex and Xxxxxx Xxxxxxxxx | 22 カ国: オーストラリア, オーストリア,ベルギー,カナダ,チェコ共和国,デンマーク,フランス,ドイツ,アイスランド,イタリア,日本,韓国,オランダ,ニュージーランド,ノルウェー,ポルトガル,スペイン,スウェーデン,スイス,トルコ,イギリス,アメリカ | |
Xxxxxx X. Metts, “Disability issues, trends and recommendatons for the world bank” | (世界銀行委託) | ||
2001 年 | EC “The employment situation of people with disabilities in the European Union” | (EC 委員会の委託研究) | |
2002 年 | EC “Active labour Market Programmes for People with Disabilities−Facts and figures on use and impact” | (EC 委員会の委託研究) | |
EC “Definition of Disability in Europe A comparative analysis” | (EC 委員会の委託研究) | ||
C. Dal Xxxxx, X. Xxxxxx, X. Xxxxxxx, X. Fratello, C. Scorretti, “Assessing disability in Europe− Similarities and differences ” | 22 カ国: オーストリア, ベルギー, キプロス,デンマーク,フィンランド,フランス,ドイツ,ハンガリー,アイスランド,アイルランド,イタリア,ラトビア,リトアニア,ルクセンブルク,オランダ,ノルウェー,ポルトガル,スロベニア,スペイン,スウェーデン,スイス,イギリス)(EC 委員会の委託研究) | ||
2003 年 | E C “ I n c l u d e d i n S o c i e t y R e s u l t s a n d Recommendations of the European Reserch Initiative on Community−Based Residential Alternatives for Disabled People” | EUを中心に 21 カ国 (EC 委員会の委託研究) | ○『びわこミレニアム・フレームワーク(BMF)』 ○ 欧州障害者年 |
2004 年 | UNESCAP “Disability at a Glance: a Profile of 28 Countries and Areas in Asia and the Pacific” | アジア太平洋地域の 28 カ国 (UN ESCAP 委託研究) | |
OECD, “Transforming Disability into Ability, Policies to promote work and income security for disabled people” | 20 カ国: オーストラリア, オーストリア,ベルギー,カナダ,デンマーク,フランス,ドイツ,イタリア,韓国,メキシコ,オランダ,ノルウェー,ポーランド,ポルトガル,スペイン,スウェーデン,スイス,トルコ,イギリス,アメリカ | ||
2006 年 | “Learning from Others: Temporary and Partial Disability Programs in Nine Countries”(*) | 9 カ国: オーストラリア, ドイツ, イギリス,日本,オランダ,ノルウェー,南アフリカ,スウェーデン,アメリカ(米国社会保障省の資金提供でイリノイ大学障害研究所がとりまとめた) | 国連「障害者権利条約」採択 |
2007 年 | Xxxxxxx X, Knapp M, Beadle−Br won J and Beecham J, “ Deinstitutionalisation and Community Living” | 28 カ国:オーストリア,ベルギー,ブルガリア,キプロス,チェコ共和国,デンマーク,エストニア,フィンランド,フランス,ドイツ,ギリシャ,ハンガリー,アイルランド,イタリア,ラトビア,リトアニア,ルクセンブルク,マルタ,オランダ,ポーランド,ポルトガル,ルーマニア,スロバキア,スロベニア,スペイン,スウェーデン,トルコ,イギリス(EC 委員会の委託研究 ) |
注) 翻訳版「9カ国の一時的・部分的障害プログラム「他国から学ぶ」最終報告書」xxxx訳で DINF でダウンロードできる。 xxxx://xxx.xxxx.xx.xx/xxx/xxxxxxxx/xxxxxxxx/xxxxxx/xxxxxx/xxxxx.xxxx オリジナルのレポートは次からダウンロード可能 xxxx://xxx.xxx.xxxx.xxx/xxxxxxxx/x00-00x/xxxxxxx.xxx
障害保健福祉研究情報システム(DINF)−障害者の保健と福祉に関わる研究を支援するための情報サイト:調査・研究のページ参照
xxxx://xxx.xxxx.xx.xx/xxx/xxxxxxxx/xxxxxxxx/xxxxxx.xxxx
Autumn ’08
国際比較からみた日本の障害者政策の位置づけ−− 国際比較研究と費用統計比較からの考察−−
141
クルージョンという考え方がまだ普及しているとは言い難い状況ではあるが当該研究では,諸外国に比較して特異な存在として次のように日本について特筆している。「日本の障害年金制度の規模は飛び抜けて小さい。障害を抱える人が 2001 年に就労した割合はわずか 22. 7% であり,1960 年の 46. 7% から大きく落ち込んでいる。他国と比較して(日本は)障害者の家族の援助に依存して家庭で過ごしているようだ。この状態だと,彼らは障害年金受給者としてもカウントされず,労働市場の一部だxxxなされない。このような障害者は,すでに労働から長いこと離れてしまっているため被用者年金を受給することもできない」11)。この研究成果を裏づけるように,OECD の社会支出統計(SOCX)の比較からもひときわ支出規模が小さいことがわかっている。(本稿 IV 参照)
II 障害者人口規模の比較
障害者人口規模の比較は,障害の定義の違いがあるため困難であるが,OECD〔2004〕では各国の異なる調査の結果を一つのグラフにまとめて紹介している。稼働年齢(20~64 歳)に占める障害者の割合を障害程度別(重度・軽度)に示している12)。OECD 20 カ国の平均で 14% であり,最も高いスウェーデンでは 20% を超えている。 OECD のグラフでは 20 カ国中 11 カ国は欧州共
表 2 障害者割合(20~64 歳人口)
(単位:%)
障害者率 | |
スウェーデン | 20. 5 |
ポルトガル | 19. 0 |
オランダ | 18. 8 |
デンマーク | 18. 5 |
イギリス | 18. 2 |
ドイツ | 18. 0 |
ノルウェー | 17. 0 |
カナダ | 16. 0 |
フランス | 16. 0 |
スイス | 14. 5 |
ポーランド | 14. 3 |
オーストリア | 12. 8 |
オーストラリア | 12. 5 |
スペイン | 11. 5 |
ベルギー | 11. 0 |
アメリカ | 10. 5 |
メキシコ | 7. 3 |
イタリア | 7. 0 |
韓国 | 3. 0 |
OECD(19 カ国) | 14. 0 |
欧州連合(11 カ国) | 15. 3 |
非欧州連合(8 カ国) | 12. 0 |
出所) OECD〔2004〕Chart3. 1 p. 24
のグラフより。
同体家計研究パネルデータ(ECHP)13)を用いており,ECHP では,「あなたは,慢性的な心身の健康問題,病気,障害をもっていますか」と,
「あなたは,その慢性的な心身の健康問題, 病
障害者率 (1) | 女性(2) | 男性(2) | |||||
就 業 | 失 業 | 非活動 | 就 業 | 失 業 | 非活動 | ||
イギリス オランダ フランス デンマーク スウェーデンドイツ イタリア ヨーロッパユニオン 15 カ国平均 | 27. 2 25. 4 24. 6 19. 9 19. 9 11. 2 6. 6 16. 4 | 20. 6 19. 2 21. 1 13. 7 21. 8 6. 9 4. 0 13. 0 | 26. 9 34. 2 27. 5 18. 1 21. 7 14. 0 3. 8 15. 0 | 43. 6 40. 1 30. 3 44. 6 21. 5 15. 4 8. 5 21. 4 | 20. 2 20. 2 21. 5 13. 6 17. 5 7. 6 4. 6 12. 5 | 28. 7 30. 6 25. 8 21. 5 19. 9 17. 2 6. 2 17. 7 | 58. 1 48. 6 33. 1 45. 7 20. 4 27. 1 13. 9 31. 0 |
表 3 欧州諸国の障害者率(16~64 歳人口に占める割合)2002 年調査
注)1) 調査対象者中 16~64 歳に占める当該設問に 6 ヶ月以上の健康問題や障害が「ある」と答えた人の割合。 2) 男女とも(1)で「ある」と答えた人の就労状況。
出所) EUROSTAT〔2003〕を元に筆者作成。
(単位:%)
142
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 x
Vol. 44 No. 2
表 4 稼働人口に占める障害者の割合
重 度 | 軽 度 | 合 計 | |
知的障害者 | 0. 1% | 0. 2% | 0. 3% |
身体障害者 | 1. 0% | 0. 5% | 1. 6% |
精神障害者 | 0. 5% | 2. 0% | 2. 5% |
合 計 | 1. 7% | 2. 7% | 4. 4% |
注) 知的障害者と精神障害者については平成 17 年身体障害者については平成 18 年を基礎として計算。
知的障害者:「平成 17 年度知的障害児(者)基礎調査結果の概要」より,最重度及び重度を重度に,その他不祥を含む部分を軽度と分類した。
身体障害者:「平成 18 年身体障害児・者実態調査結果」より,1・2 級を重度,その他不明を含む部分を軽度と分類した。
精神障害者:「平成 17 年患者調査」と「保健・衛生業務報告(衛生行政報告例)」より,年齢階層別精神障害者数を
1級を重度としその他を軽度と分類した。
人口(20~64 歳総人口)については総務省人口推計総人口を使った。
気,障害によって,あなたの日常活動が制限されていますか」という,二つの質問が用いられている14)。その他の国については,各国の類似の調査から援用している。
一方,EC の調査では,雇用政策の視点から障害者の人口は,16~64 歳における障害者の雇用状況について比較が行われている(表 3)。労働力調査において「6 ヶ月以上続いている(または続くと予想される)健康上の問題または障害をもっているか」という設問に「ある」と答えた人が対象になっている15)。
表 2 と表 3 を比べると,フランス・オランダ・イギリス・デンマークで労働力調査の方が大きくなり,ドイツ・イタリア・スウェーデンで障害者率が小さくなる。両方とも調査回答者に自分の状況を判断させる調査だがこのように異なった結果になる。主観的な判断も調査によってこれだけ違う。各国の障害者率を比較することの困難さを示唆している。
日本には全国民を対象にして主観的な障害の有無を問う社会調査は無い。そこで,全数調査である国勢調査から推測してみたい。国勢調査では障害の有無はわからないので,就労しているか活動しているかをもとに推測してみた。平成 17 年国
出所) OECD〔2004〕日本については筆者推計値(表 4 参照)
図 1 平均障害者率は 14%,内 3 分の 1 は重度障害
Autumn ’08
国際比較からみた日本の障害者政策の位置づけ−− 国際比較研究と費用統計比較からの考察−−
143
勢調査 20~64 歳人口に占める休業者割合は
0. 5% であり完全失業者は 2. 2% だった。また, 20~64 歳人口に占める非労働人口の区分で家事も通学もしていない人を集計すると 3. 3% となった。
また,サンプル調査ではあるが国民生活基礎調査では,回答者に世帯員のなかに「手助けや見守りが必要」な人がいるかを答えさせており,これを行政は要介護者の推計に利用しているが,この再集計で年齢階層別集計では 20~64 歳で 0. 6%
(平成 16 年度世帯票)が「手助けや見守りが必要」という結果もでている16)。
その他には,障害白書(総務省)でも使われている方法として,認定障害者を対象にしたサンプル調査や患者調査からの障害者数を推計すると,表 4 のように 3 障害の合計は 4. 4% となった17)。日本の 20~64 歳人口に占める障害者の割合を 諸外国と比較したらどうなるか,OECD〔2004〕のグラフに日本を加えてみると韓国に次いで低い率となる(図 1)。日本以外の国のデータは人々の主観により障害があるとしたものであり日本のデータとは異なる定義であるから,単純な比較はできないが,日本の障害者比率が低い国に属していることは障害者に対する給付の少なさからも妥当であると思われる。またその原因のひとつは,前出の 9 カ国の国際比較研究にあるように,障害認定の基準が身体の機能障害になっていることだと考えられる18)。日本の障害者率は韓国を除く
OECD 諸国に比べて大変低いと推測できよう。
III 障害の定義の国際比較
障害を定義する試みは国際比較を行う上で避けて通れないプロセスではあるが,それは大変難しいことである。障害を定義することによって起こる排除の問題(「谷間の障害」問題19))が,障害者の社会へのインクルージョンを進める効果をそぐという危惧からか,国際比較研究では障害者の統一定義を提案しているものはみられず,ただ分析枠組みとしてなんらかの定義をしているのみである20)。
表 5 サービス認定の各国比較
分 類 | 国と制度の例 | |
A | 障害程度に基づく国 | 手帳で障害認定をしている国(フランス・ドイツ)手帳の記載は無いが障害の程度を基にしている国(ベルギー) |
B | ニーズアセスメントによる国 | オランダ(AWBZ) スウェーデン (LSS) デンマーク( 社会サービス法)ノルウェー(BPA)イギリス(コミュニティケア法) |
C | その他 | フィンランド(他法優先の判定)カナダ(州による) |
出所) JD〔2006〕より筆者作成。
障害の捉え方に,障害の社会モデルと医療モデルの 2 つの考え方がある。xx〔2007〕は医療モデルを個人モデルと言い換えて次のように説明する。「社会モデル」は障害の問題とはまず障害者が経験する社会的不利のことなのでありその原因は社会にあるとする,障害者解放の理論的枠組みであり,従来の「ディスアビリティの個人モデル Individual model of disability」( 以下「個人モデル」)において,障害の身体的・知的・精神的機能不全の位相がことさら取り出され,その克服が障害者個人に寄責されてきたことに対する,当事者からの問い直しの主張を反映したものである21)。社会モデルの考えかたは,バリアフリーや保護雇用などの政策を各国に推進させる原動力ともなってきた。WHO が 2001 年に新しい国際生活機能分類(ICF)を採択し,国際社会では障害を機能障害と環境因子との相互作用から生じる多次元の実体と捉える傾向になってきた。これらの考え方は「社会モデル」に強く影響をうけている。多くの先進諸国ではICF への移行を果たしているが,日本では専門家による議論は行われているものの移行への動きは鈍感である22)。各国で障害の法的定義や認定に関する方法は異なる。EU
〔2002b〕「ヨーロッパにおける障害の定義:比較分析」では,四つの分野での障害の定義を論じている。①日常生活動作(ADL)の支援,②所得再配分(income replacement),③雇用施策,④差別禁止法制である。EC の共通市場への関心が障害者政策を含むさまざまな社会政策比較の背景にあるとはいえ,この研究の目的は,単一の標準的
144
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 x
Vol. 44 No. 2
定義の設定に向けて動くことではなく,むしろ異なる定義が位置づけられ比較できるような枠組みをつくることであると述べている23)。
JD〔2006〕は四つの分野にわけて 10 カ国24)を比較している。それらは ①社会福祉・社会サービス ②所得保障 ③雇用 ④権利擁護・差別禁止,である。障害の定義に関してはサービスを受給する場合の認定の特徴から分類をしている。
アセスメント(障害程度認定)を誰が行うかにより,認定で重視される要件が変わってくる。表 5 の A の分類では,フランスやドイツの場合,役所の出先機関の医療従事者を含むソーシャルワーカーが認定を行っている。ベルギーの場合ダイレクトペイメントについては訴訟対策として学際的チームがアセスメントを行っている。B の分類では,専門家のみならず障害当事者がアセスメントに参加することが特徴である。ニーズの認定は医療的判断にとどまらないことが特徴で,例えばオランダでは給付が AWBZ という社会保険制度によって行われアセスメントはRIO とよばれる独立組織で,そこには患者・ケア利用組織・ケア提供者・開業医組織・健康保険機関・そして市長村代表者が参加している。スウェーデンのLSS 法ではパーソナルアシスタンス(個別介助)や住居・デイサービス等の社会サービスを社会的権利として認めている。機能障害があることの医学的証明を前提に医師以外の専門家(ソーシャルワーカー)が「日常生活xxxで継続する困難を有する」かどうかの評価を行うが,明確な基準は無い。デンマークも地方公共団体のケースマネージャーが認定しているが明確な基準は無い。ノルウェーでは障害者主導の個人的援助(BPA)が行われており受給資格は申請者の自己評価と,障害者本人の管理能力と本人の社会参加への意思である。イギリスにおいてコミュニティ・ケアにおけるアセスメントは介助の必要度・その必要費用の算定が行政によって行われる。しかし,実際のサービスは,まず行政の担当者が障害者の自宅を訪問し,大まかなニーズの内容とそれに見合った評価のレベルを決定する。xxxxxxxxが任命されニーズを判定し本人と望ましいケアについて
合意しケアプランを作成して実施する25)。ニーズアセスメントを中心にする国の方が,そうでない国よりも障害当事者の参加が進んでいると言えよう。日本はといえば,手帳による障害認定であるので,A ではxxxxx認定は極めて医療モデル
(機能評価)に偏っている。
IV 障害関係支出規模の国際比較
OECD は SOCX において政策分野別で「障害
(Incapacity‒related benefits)」を設けているが,ここには,障害にかかる給付として,年金や手当などの所得保障と社会サービスの提供が計上されている。もともと社会支出は所得再分配効果をもたらす支出を政策別に集計したものなので,給付する主体を政府機関に限定することはない。各国の社会政策の実施主体は多様であるため,制度や主体を限定してしまうと国際比較が困難になる。 OECD でも早くから三層構造(公的・義務的私的・任意私的)で費用を集計することを提案している。任意私的支出の考え方は管理が非政府機関で法的にも税制においても強制力をもたない支出である。義務的私的支出とは管理は非政府機関ではあるが,その支出に法的強制を伴う場合の支出である26)。
1 障害支出総額の国際比較
日本はメキシコ,韓国に次いで障害支出の低い国である。障害者人口の少なさから考えてもこのデータは実態を表していると言えるが,このデータを障害支出と捉える場合には 2 つの点で留意が必要である。一つは,現金給付たる障害年金の中身である。障害年金とは稼働可能年齢すなわち老齢年金受給開始前の人に給付される所得保障給付である。従って老齢年金受給開始年齢になると障害年金の受給から老齢年金の受給に移行するのが通常である。しかし,日本の障害年金は,65 歳以前に障害年金の受給を始めた者は 65 歳以降も障害年金の受給者として数えられている。つまり,図 2 の日本の支出には,他の国なら入っていない高齢障害者の年金給付が含まれており,大き
Autumn ’08
国際比較からみた日本の障害者政策の位置づけ−− 国際比較研究と費用統計比較からの考察−−
145
出所) OECD SOCX 2007 edition より筆者作成。
図 2 障害関係支出の構造(対 GDP 比率)2003 年
出所) OECD SOCX 2007 edition より筆者作成。
図 3 障害現物支出プラス高齢現物支出の比較(2003 年)対 GDP 比率(%)
146
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 x
Vol. 44 No. 2
く出ている可能性がある。もう一つの留意点は,高齢者社会福祉サービスの計上方法の違いである。日本の場合,介護保険は年齢で受給者を限定しているため,SOCX では「高齢(Old Age)」の現物給付として計上されている。しかし,介護保険制度をもつドイツ,オランダなどでも給付対象者を年齢で制限していないため,社会サービスはすべて「障害」に計上されている。高齢の現物給付は対 GDP 比率で 1. 07%(2003 年) だから,障害現物給付に介護支出を加えると 1. 86% となる。仮に図 2 でその結果を反映したら日本はギリシャより上でフランスより下に位置する。全体からすれば依然として日本の障害支出の小ささに変わりはない。
図 3 は障害現物給付(障害者対象の社会サービス)に高齢現物給付(高齢者対象の社会サービス)をプラスした図である。日本の場合,高齢者社会サービスが比較的大きいため,ドイツやイギリスを抜いて,社会サービスが大きな国として位置づけが見える。しかし,だからといって,日本
の障害者政策支出はドイツやイギリスよりも大きいとは言えない。それは,次に示すように障害者政策の支出で「障害」の政策分野には計上されていない支出があるからである。
2 障害者を対象にした「障害」以外の政策支出障害者を対象にした政策は雇用政策と医療政 策・住宅政策にも関係がある。障害者は多くの場合健康上・身体的不安を一般の人よりも多く抱えているグループである。日本においても障害者自立支援法の施行によって「自立支援医療」の枠組みが出来て,そこに定率負担が導入された。その変化が障害者の家計のゆとりを減らしているとい
う調査結果がある27)。住宅政策についても,障害者の社会への完全参加をめざして脱施設化の政策を進めている国においては,障害者が地域で暮らせるインフラの整備は重要である。OECD の社会支出には建設費は入らないので,住宅手当の支出や,バリアフリー化のための室内リフォームへの補助などが考えられるが,それらは「住宅」に
出所) OECD SOCX 2007 edition
図 4 積極的労働市場政策:障害者対策(2003 年)
Autumn ’08
国際比較からみた日本の障害者政策の位置づけ−− 国際比較研究と費用統計比較からの考察−−
147
計上されるべきものだといえる。また,低所得者対策としての「社会扶助」制度(日本では生活保護制度と呼ぶ)について,障害者には低所得者の割合が高いので「社会扶助」による給付を受けている可能性が高い。これらは,SOCX では分類上
「生活保護その他」に計上されるだろう28)。
最後に,雇用関係の支出は重要である。SOCXには 2 つの雇用政策分野「失業」と「積極的労働市場政策(ALMP: Active Labour Market Policy)」がある。ALMP とは「社会的支出で労働者の働く機会を提供したり,能力を高めたりする為の支出を計上。障害を持つ勤労者の雇用促進を含む」と説明されている29)。ALMP の障害者対象の支出を各国で比較したのが図 4 である。日本の場合障害者対象の雇用政策支出も最も小さく,障害者自立支援法施行後も障害者の雇用促進は遅々として進んでいない。
図 4 で障害者対策の ALMP 支出が小さい国が障害者対象の雇用政策が行われていないのかというと必ずしもそうとは言えないことに留意が必要である。障害者の割り当て雇用制度や障害者の保護雇用制度などについては,差別禁止法を採択した国によっては,障害者だけを対象にした制度ではなく,一般の制度のなかで包括的に障害者政策を進めている国もあるからである。そのような国では障害者対象の ALMP は小さくなる。図 4 の国の中では,オランダ・デンマーク・スウェーデン・アメリカ・イギリスでは現在障害者の雇用割当制度が無い30)。したがって,障害者の社会参加が進んで一般の健常者と同じ制度の適用を受ける国があったとすると,「障害」支出の大きさだけでは障害者政策の規模は比較できないことになる。しかし,日本の場合,障害支出の小ささは,上記の留意点をふまえても障害者政策の少なさを反映しているものである。
V まとめにかえて
平成 10 年度の「社会福祉基礎構造改革について(中間まとめ)」31)によると,社会福祉の理念は,個人が人としての尊厳をもって,家庭や地域
の中で,障害の有無や年齢にかかわらず,その人らしい生活がおくれるよう支援することである。そのために,サービスの利用者と供給者との間に対等な関係を確立することが重要とされた。近年現場では福祉サービス受給者のことを「利用者さん」と呼ぶようになっているが,それはサービス受給者を消費者として意識しはじめたからだろうか。しかし,呼び名が変わったからと言ってサービス利用者と供給者の間に対等な関係が確立されたと考えるのは早計である。当事者主権を主張するxxは,介助者の給与は事業者から支払われるのであって代理受領方式は,介助者は利用者の評価よりも事業者との雇用関係を優先するシステムになってしまったと述べている32)。障害者が健常者と同じように地域で生活する社会は日本ではまだ実現していない。
EU や北米の先進国との国際比較を通じて見えてくる日本の障害者政策の位置づけは,どんなにひいき目に見ようとしても,遅れている。もちろん,障害者人口の比較や障害支出の比較だけから,その国の障害者の置かれている状況を判断することはできないだろう。特に,障害者の差別禁止を強く政策の中心に据えれば据えるほど障害者対策として特別なものは無くなっていくことになる。では,私たちはどのようなメルクマールで障害者の置かれた状況が向上したかを評価していくことができるだろうか。それはまさに,一般の市民のなかで障害者を捉えることではないだろうか。そのためには,欧州共同体家計研究パネルデータ(ECHP)で行ったような主観的に答えさせる方法で障害者をデータ上区分して分析を定期的に行っていくことが必要ではないかと思う。障害者を認定制度によって特別な人と捉えるところから,社会への完全参加は達成されない。日本における障害者研究は,障害者福祉という狭い範囲から脱し,全体の中で障害をもつことの意味づけをしていく方法へと発展しなければならない。そして特別な存在ではない生活者としての障害者がそこに見えてこなければならない。
148
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 x
Vol. 44 No. 2
注
1) ADA: American Disability Act.
2) Inter‒American Convention on the Elimination of All Forms of Discrimination Against Persons With Disabilities, AG/RES. 1608, 7 June 1999.
3) CD‒P‒RR (Committee on the Rehabilitation and Integration of People with Disabilities).
4) ESCAP のウェブページ(xxxx://xxxxxxx.xxx/ esid/psis/disability/index.asp)よりリンクからダウンロード可能。
5) 日本語翻訳xxxx://xxx.xxxx.xx.xx/xxx/xxxxxxxx/ intl/bf/index.html。
上記採択内容は,アジア太平洋地域の障害者のためのインクルーシブで,バリアフリーな,かつ権利に基づく社会の実現という目標を掲げている。
6) Assessing disability in Europe‒Similarities and differences (2002) C. Dal Xxxxx, X. Xxxxxx, X. Xxxxxxx, X. Fratello, C. Scorretti ISBN 978‒92‒ 871‒4744‒8.
7) Xxxxxxx X, 他〔2007〕英国ケント大学他の研究グループによる報告書http://www.kent.ac. u k / t i z a r d / r e s e a r c h / D E C L _ n e t w o r k / Project_reports.html.
8) OECD〔2004〕翻訳版が岡部史信〔2004〕刊行されている。
9) Rebert L Metts PH. D〔2000〕
10) 報告書のタイトルが「他国から学ぶ」となっているのは,米国には障害年金制度があるが,それは,オール・オア・ナッシングの制度で,年金を全額給付するかしないかという選択しかない。それに対して,世界の他の国々には,短期的に給付される障害給付や,わが国の障害年金のように 2 級や 3 級といった障害 1 級の 100/ 125,75/125 といった部分的な年金が存在する。そのような制度を「学ぶ」という意味である。(はじめに 寺島)
11) 日本障害者リハビリテーション協会〔2006〕第 1 章概観,例外的な日本の事例。http://www. dinf.ne.jp/doc/japanese/resource/hikaku/ takoku/chapter01.html
12) OECD〔2004〕p. 24, Chart3. 1 Average disability prevalence of 14%, of which one‒third are severely disabled.
13) EUROSTAT〔2002〕p. 148 他において,ECHP: European Community Household Panel の 1996
~1998 年のデータをつかって同様の分析結果を掲載している。
14) 岡部〔2004〕p. 183。
15) EUROSTAT〔2003b〕で,労働力調査における設問の組み立て方詳しくわかる。
16) 勝又幸子〔2007〕p. 95。
17) 同志社大学大学院埋橋ゼミ〔2006〕の方法にヒントを得た。計算の基礎としたデータは直近のものを使用した。
18) 日本障害者リハビリテーション協会〔2006〕障害現金給付受給者にしめる部分給付受給者の割合の比較で,欧州で最も高いスウェーデン
32. 5%(2002 年) を遙かにしのぐ 70%(2002年)だった。ここで部分年金とは障害基礎年金および厚生障害年金の 1 級以外の等級の年金受給者を指している。
19) JD〔2005〕は日本において障害認定制度が障害者政策を限定的にしているという報告書をだしている。
20) 実際のところ,先に発効した国連の障害者権利条約の策定過程において,さまざまな議論を経て結論としては障害の定義を行わないことになった。
21) 星加〔2007〕p. 37。
22)(社)日本精神科病院協会〔2003〕岡田〔1999〕佐藤〔2004〕。
23) 勝又〔2006〕p. 105。
24) 10 カ国とはベルギー,カナダ,デンマーク,フランス, フィンランド, ドイツ, ノルウェー, スウェーデン, オランダ, アメリカである。
25) JD〔2006〕pp. 141‒144, 木口のまとめたものから抜粋。
26) 勝又〔2008〕p. 23,図 1:OECD 社会支出の三層構造 参照。図 2 の 2 階部分には,長期病気によって休業した従業員に対して,相当な期間事業主責任として社会保険から出される傷病手当金に代わる休業保障を義務づけている場合の支出などが含まれている。傷病手当金の国際比較については, リハビリテーション協会
〔2006〕で詳しく紹介・比較されている。
27) JD〔2007〕。
28) 日本の生活保護制度には,他人介護加算という被保護世帯の障害者が介護を受ける場合の給付が含まれている。これらは,SOCX では「障害」ではなく「生活保護その他」に計上されている。
28) 平成 17 年度社会保障給付費, 付録 OECD基準の社会支出の国際比較,参考表 4 政策分野別社会支出の項目説明,参照。
30) 本田〔2007〕参照。
31) 中央社会福祉審議会,社会福祉構造改革分科会 平成 10 年 6 月 17 日。
32) 中西&上野〔2003〕p. 90。
参 考 文 献
医療経済研究機構(2007)介護保険の被保険者・受給者の範囲に関する外国調査報告書,平成 18
Autumn ’08
国際比較からみた日本の障害者政策の位置づけ−− 国際比較研究と費用統計比較からの考察−−
149
年度老人保健健康増進等事業による研究報告書。岡田喜篤(1999)知的障害(精神障害)児・者の障害認定の基準と入所判定に関する総合的研 究,平成 11 年度厚生科学研究障害保健福祉総合
研究事業。
OECD 編著/岡部史信訳(2004)図表でみる世界の障害者政策 障害をもつ人の不可能を可能に変える OECD の挑戦,明石書店。
勝又幸子(2006)EU と OECD における障害者比較研究の概要,障害者の所得保障と自立支援施策に関する調査研究,平成 17 年度総括研究報告書,pp. 104‒118。
−−−−(2007)『国民生活基礎調査』からみた障害者の生活実態,(同上),平成 19 年度総括研究報告書,pp. 93‒98。
−−−−(2008)社会保障給付の国際比較,世界の 労 働, 第 58 巻 第 4 号( 財 ) 日 本 ILO 協 会 pp. 22‒32。
厚生労働省社会・援護局「平成 17 年度知的障害児
(者)基礎調査結果の概要」。
−−−−−−−−−−−「平成 18 年身体障害児・者実態調査結果」。
佐藤久夫(2004)ICF をどう活用するか(第 20 回 RI 世界大会オスロ)ICF,政策と法制, 季刊リハビリテーション研究,第 121 号。
(社)日本精神科病院協会(2003)精神障害者社会復帰サービスニーズ等調査事業報告書。
JD(2005)「谷間の障害」を生み出す医療モデル−日本障害者協議会(JD)政策委員会・障害の定義認定ワーキンググループ報告書−。
−(2006)障害の法的定義・認定に関する国際比較,障害者の所得保障と自立支援施策に関する調査研究,平成 17 年度総括研究報告書,pp. 137
‒225。
−(2007)障害者自立支援法の影響:JD 調査,障害者の所得保障と自立支援施策に関する調査研究,平成 18 年度総括研究報告書,pp. 105‒172。
同志社大学大学院埋橋ゼミ(2006)障害者雇用・福祉施策をめぐる国際的動向と日本位置・課題 , Int’elcowk 国際経済労働研究,通巻 965 号,pp.7
‒14。
中西正司・上野千鶴子(2002)「当事者主権」岩波新書。
NIVR 日本障害者雇用促進協会障害者職業総合センター(1998)欧米諸国における障害者の就業状 況と雇用支援サービス , 調査研究報告書 No. 28。 本田達郎(2006)知的障害の定義に関する国際的状況について,障害者の所得保障と自立支援施 策に関する調査研究,平成 17 年度総括研究報告
書,pp. 122‒136。
−−−−(2007)障害者の就労支援と教育支援, 障害者の所得保障と自立支援施策に関する調査研究,平成 19 年度総括研究報告書,pp. 115‒136。
星加良司(2007)障害とはなにか ディスアビリティの社会理論に向けて,生活書院。
リハビリテーション協会(2006)翻訳版「9 カ国の一時的・部分的障害プログラム」障害保健福祉研究情報システム(DINF)に掲載。
EC (2001) “The employment situation of people with disabilities in the European Union”.
EC (2002) “Active labour Market Programmes for People with Disabilities‒Facts and figures on use and impact”.
EC (2002), Assessing disability in Europe‒Similarities and differences (2002) C. Dal Pozzo, H. Haines, Y. Laroche, F. Fratello, C. Scorretti.
EC (2002b) “Definition of Disability in Europe A comparative analysis”.
EC (2003 ) “ Included in Society Results and Recommendations of the European Reserch Initiative on Community‒Based Residential Alternatives for Disabled People”.
EUROSTAT (2002) “Health statistics Key data on health 2002 Data 1970‒2001, 2002 Edition”.
−−−−− (2003) Statistics in focus, “Employment of disabled people in Europe in 2002”.
−−−−− (2003b) “The European Union labour force survey Methods and definitions 2001, 2003 edition”.
Mansell J, Knapp M, Beadle‒Brwon J and Beecham J (2007) “Deinstitutionalisation and Community Living” ケント大学の脱施設政策欧州比較研究。
OECD (2004) Transforming Disability into Ability, Policies to promote work and income security for disabled people.
−−− (2000) “An inventory of Health and Disability
‒Related surveys in OECD countries‒”Labour Market and Social Policy‒Occasional Paper No. 44, Caire Gudex and Gaetan Lafortune DEELSA/ ELSA/WD (2000)5.
Rebert L Metts PH. D (2000) “Disability Issues, Trends and Recommendations for the World Bank”.
UNESCAP (2004) Disability at a Glance: a Profile of 28 Countries and Areas in Asia and the Pacific.
(かつまた・ゆきこ 国立社会保障・人口問題研究所
情報調査分析部長)
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究 Vol. 44 No. 2
150
障害者自立支援法と障害福祉サービス
−−自治体の役割と障害福祉サービス体系を中心に−−
西 山 裕
I はじめに
障害者自立支援法は,一昨年 4 月に部分施行さ
れ,同年 10 月には全面施行された。この全面施
行時から,まもなく 2 年近くが経過しようとしている。同法においては,障害者への福祉サービスについて,身体・知的・精神といった障害の種別を問わず,市町村において在宅・施設サービスを一元的に提供する仕組みを実現したことが,その意義の 1 つとされている。
こうした制度の在り方は,地方分権化,福祉八法改正,社会福祉基礎構造改革(支援費制度)といった,近年の福祉制度に関する一連の改革の成果として実現したものであるが,制度実施後の状況を見ると,種々問題も指摘されているところである。そこで,我が国におけるこれまでの障害福祉サ ービスに関する施策の流れを振り返り,評価するとともに,現在の制度における地方自治体の役割や障害福祉サービスの体系に重点を置いて,その
課題についても触れることとした。
結論としては,全障害を通じて障害福祉サービスの提供体制を市町村に一元化するとともにサービス体系を機能別に再編成したこと,および,サービス提供を障害者と事業者の契約によるものとしたことは,改革の方向としては適切なものであると考えられる。しかし,改革の狙いを達成するための施策,例えばサービス供給体制の整備や障害者の権利を擁護する事業などについては,進捗は見られるものの必ずしもまだ十分に整備されて
おらず,また,まだあまり指摘されてはいないが,障害者自立支援法に基づくサービスの機能別再編成については,このままでは不十分なものに留まる可能性があることが危惧されるなど,まだ課題が少なくないことが認められた。
なお,利用者負担の問題については,サービスの在り方にも関連する問題であるが,別稿においてテーマとしてとりあげられているので,ここでは触れない。
II 障害福祉サービスと地方自治体の位置づけ
1 措置制度の下における障害福祉施策の展開
(1) 措置制度と障害福祉
我が国の障害者福祉施策は,長い間,高齢者福祉や児童福祉と同様,「措置制度」を中心に行われてきた。
第二次世界大戦後の我が国においては,社会保障は国自らが実施することが基本との考え方があった。身体障害者福祉法,知的障害者福祉法(当時は「精神薄弱者福祉法」)及び児童福祉法においては,保護ないしは援護が必要な障害者(児)を社会福祉施設に入所させる措置を講じるのは都道府県知事(市町村長)であり,また入所先の施設は社会福祉法人が設立・経営する施設であることも少なくなかったが,その際も,措置を講じるのは「国の機関」である都道府県知事(市町村長)であり,また,社会福祉法人に対し,その施設への入所を,国の機関である都道府県知事が
「委託」するという枠組みであった。(なお,ここ
Autumn ’08
障害者自立支援法と障害福祉サービス−−自治体の役割と障害福祉サービス体系を中心に−−
151
で「障害者( 児)」とあるのは, 身体障害者
(児)および知的障害者(児)であり,精神障害者(児)は含まれていない。)
(2) 機関委任事務の見直しと福祉八法改正 こうした状況に変化をもたらしたのが,機関委
任事務の見直しである。
従来,国の機関委任事務として地方公共団体が実施していた各行政分野の各種事務について,地方公共団体自身の事務として位置付ける法改正が 1986(昭和 61)年に行われる中で,福祉に係る措置事務も,従来の「国の機関」としての事務
(機関委任事務)から地方公共団体の事務(団体事務)とされた。これは,地方分権化の世界的な流れの中で,これらの事務は本来的に地方公共団体が行うのがふさわしいこと,これらの事務が地方公共団体に同化定着したことなどの理由にもよるが,厳しい国家財政状況の下での社会福祉改革の一環として行われた措置費の国庫負担率引き下げの見返りとして導入されたという側面もあった1)。
また,1990(平成 2)年には,「社会福祉の運営,実施については,専門性,広域性,効率性等の観点について十分配慮しつつ,住民に最も密着した基礎的地方公共団体である市町村をその主体とすることが適当である。」2)との考え方の下,福祉八法改正により,障害福祉サービスに関しては,次の点を主な内容とする改正が行われた。
(身体障害者福祉)
○ 市町村は,身体障害者が最も適切な処遇を受けられるよう,居宅における介護等の措置および身体障害者更生援護施設への入所等の措置の総合的な実施に努めることとされた。
○ 身体障害者への居宅生活支援事業(ホームヘルプ,デイサービス,ショートステイ)が市町村の事務として法律上位置付けられた。
○ 身体障害者更生援護施設への入所措置等が都道府県から町村に委譲された。
○ 都道府県は,援護の実施に関し,市町村
相互間の連絡調整,市町村に対する情報の提供等の必要な援助を行い,また,援護の適切な実施を確保するため必要があると認めるときは,市町村に対し,助言することができることとされた。
(知的障害者福祉および障害児福祉)
○ 知的障害者への居宅介護事業(ホームヘルプ)および地域生活援助事業(グループホーム)が法律上位置付けられた。
○ 障害児への居宅介護事業(ホームヘルプ)が法律上位置付けられた。
こうした制度改正によって,身体障害者福祉については,制度的に,「都道府県が,広域的な観点から各種サービスの総合的な調整を行いつつ,市町村段階で,在宅・施設を通ずる福祉サービスを一元的に提供する」という体制が確立されたことになる。これに対し,知的障害者福祉や障害児福祉においては,ホームヘルプは市町村事業として規定されたが,施設入所等については,措置権限は町村へは委譲されなかった。
ただ,社会福祉施設への入所措置制度については従来通り維持され,それに併せ,在宅サービスについても,この措置の仕組みが適用された。これに伴い,社会福祉制度における「措置」については,従来の「行政庁が対象者を社会福祉施設に入所させる行政的な決定」という意味から,「行政庁が対象者に福祉サービスを行う行政的な決定」という,より幅広い意味合いになっている
〔堀 1997,p. 160〕。
2 社会福祉基礎構造改革と支援費制度
(1) 社会福祉基礎構造改革
2000(平成 12)年 6 月に成立した「社会福祉の増進のための社会福祉事業法等の一部を改正する等の法律」は,障害福祉サービスに大きな転機をもたらすことになった。
この法律改正は,社会福祉事業や措置制度等の社会福祉の共通基盤制度について,今後増大・多様化が見込まれる国民の福祉ニーズに対応するための見直しを行うという,いわゆる「社会福祉基礎構造改革」として実施されたものであり,福祉
152
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
Vol. 44 No. 2
サービスについては,次のような「措置から契約へ」との方向が打ち出された。
「○ 措置制度では,特に,サービスの利用者は行政処分の対象者であるため,その意味でサービスの利用者と提供者の間の法的な権利義務関係が不明確である。このため,サービスの利用者と提供者との対等な関係が成り立たない。
○ したがって,今後の方向としては,利用者と提供者の間の権利義務関係を明確にすることにより,利用者の個人としての尊厳を重視した構造とする必要がある。
○ 具体的には,個人が自らサービスを選択し,それを提供者との契約により利用する制度を基本とし,その費用に対しては,提供されたサービスの内容に応じ,利用者に着目した公的助成を行う必要がある。」3)
こうした方向の下,障害福祉サービスについて打ち出された,新たな利用の仕組みが,平成 15
年 4 月にスタートした「支援費制度」である。
(2) 支援費制度
○ 対象者
身体障害者,知的障害者および障害児
○ 対象となるサービス
在宅サービス(ホームヘルプ,デイサービス,ショートステイ)及び施設サービス(ただし,障害児については在宅サービスのみ)
○ 基本的な仕組み
・ 障害者福祉サービスの利用について支援費の支給を希望する者は,必要に応じて適切なサービスの選択のための相談支援を市町村等から受け,市町村に対し支援費の支給申請を行う。
・ 市町村は,支給を行うことが適切であると認めるときは,申請を行った者に対して支援費の支給決定を行う。
・ 支援費の支給決定を受けた者は,都
支援費制度の概要は以下の通りである。
道府県知事の指定を受けた指定事業者または施設との契約により,障害者福祉サービスを利用する。
上記概要からもわかるように,この支援費制度は,市町村が,障害者の申請を受けて支援費(サービス利用費の助成)の支給決定を行い,障害者は,それを受けて,事業者や施設と契約を結び,福祉サービスを利用する,という仕組みである。それまでの「措置制度」のように,行政が,その決定により,自らまたは事業者や施設に委託して,障害者に対して福祉サービスを提供するという仕組みではない。
このような支援費制度が円滑に機能するには,
「利用者の選択」と「直接で対等な関係」が保障されることが必要であり,そのため,社会福祉構造改革においては,次に掲げられるようなさまざまな条件整備のための取組が進められた。
○ 総合相談の充実
市町村が,連携・調整等の体制整備に努めること,障害者の事業や施設の利用についてあっせん・調整を行うこと,障害者(児)への相談支援事業を行うことを法定化。
○ 行政庁による情報提供
地方自治体が,福祉サービス利用者への情報提供に努める旨法定化。これに基づき,制度についてのパンフレットの作成,福祉医療機構の WAMNET や各自治体ホームページで事業者や施設の情報を提供。
また,サービス事業者の,利用者への情報提供や,申込者への契約内容等の説明についての努力義務も法定化。
○ サービス供給基盤の整備
福祉サービス提供体制確保等に関する国および地方自治体の責務を法定化。また,国は,全ての市町村に対し,障害福祉計画を策定し,それに基づき供給体制を整備するよう指導。
○ 地域生活を支援するための福祉サービスの拡充
障害者ケアマネジメント体制支援事業を各都道府県等で実施。
Autumn ’08
障害者自立支援法と障害福祉サービス−−自治体の役割と障害福祉サービス体系を中心に−−
153
○ 自己決定を支援する仕組み
各都道府県社会福祉協議会において,「地域福祉権利擁護事業」を開始し,障害者が福祉サービス利用を援助。
○ 苦情解決体制
各都道府県社会福祉協議会に,学識経験者委員による「運営適正化委員会」を設置し,福祉サービスに関する苦情解決に対応。また,各事業者に対し,苦情解決体制の整備を指導。さらに,成年後見制度もスタート。
○ 契約の適正化に関する方策
事業者に対し,福祉サービス利用契約成立時に,福祉サービスの内容等を記載した書面を利用者に渡すことを法律で義務付け。サービス事業者運営基準で,その書面交付の際に,利用者の特性に応じた適切な配慮を義務付け。また,全国社会福祉協議会において,モデル契約書・重要事項説明書が作成され,広く活用。
このような支援費制度の下において,市町村は,従来からの身体障害者だけでなく,知的障害者および障害児(在宅サービスのみ)についても,障害者福祉サービス提供体制の中心的役割を担うようになった。ただ,その役割については,福祉サービスの「供給者」から,この制度が円滑に実施されるための体制整備および関係者間の連携・調整が,その重要な役割となってきた。
(3) 支援費制度の見直し
このように障害福祉サービスの新しい仕組みとして登場した支援費制度は,後述するようにサービス利用の急速な伸びという成果を上げたが,反面で国にとっては,制度運営面で財政的に厳しい状況をもたらし,また,多くの国庫補助負担金の廃止・地方への委譲が求められた「三位一体改革」の大きな流れに直面する中で,早急な制度見直しを迫られるようになった。
3 障害者自立支援法の制定・実施
障害者自立支援法は,2005(平成 17)年 11 月に公布され,翌 2006(平成 18)年 4 月に一部施行された後,同年 10 月に全面施行された。その
内容は多岐にわたっているが,ここでは,障害福祉サービス体系およびそこにおける都道府県および市町村の位置づけの見直しという観点から,次の 2 点を取り上げる。
① 精神障害者も含め,市町村を中心とする一元的なサービス提供体制の確立
市町村段階で在宅・施設を通じ障害福祉サービスを一元的に提供,サービス利用は利用者と事業者の契約による,という支援費制度の基本的仕組みを継承するとともに,その対象者として,身体障害者,知的障害者及び障害児(障害児は在宅サービスのみ)に加え,精神障害者も含め,実施された。
なお,障害児の施設サービスについても,利用者と事業者の契約によるサービス利用の仕組みが導入されたが,事業実施主体は従来どおり都道府県とされている。
また,都道府県および市町村に対しては,サービス提供体制整備の数値目標等を定めた障害福祉計画の策定が義務付けられた。
② 障害福祉サービスのサービス・給付体系の見直し
障害福祉サービスの体系について,障害種別の縦割りを廃止するとともに,居宅・施設といった区別でなく,機能に応じた事業の単位で整理し,介護給付(居宅介護,施設入所支援等),訓練等給付(自立訓練,就労継続支援等),地域生活支援事業(相談支援,異動支援等)の 3 つに再編された。
施設サービスについても,日中活動の場としての機能(生活介護等)と,住まいの場としての機能(施設入所支援等)に分類することにより,自分に合ったサービスを組み合わせて受けることが可能になった。
地域支援事業については,市町村は,地域の実情や利用者の状況に応じて柔軟な形態により事業を実施できることとされ,また,地域支援事業のうち,特に専門性の高い事業などの広域的な対応が必要な事業は都道府県が実施することとされた。
154
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
Vol. 44 No. 2
III 障害福祉サービス改革の方向と障害者自立支援法における障害福祉サービスの課題
1 障害福祉サービス改革の方向
ここまで述べてきた,我が国の障害福祉サービス改革の方向を整理すると,次の 3 つの方向に整理できると考えられる。
① 全ての障害を通じ,障害福祉サービスの提供体制を市町村に一元化。都道府県は,市町村に対し必要な助言,情報提供,専門的支援。
② 福祉サービスは,障害者と事業者との契約により提供され,市町村は,障害者が福祉サービスを円滑に利用できるよう,利用費助成・体制整備・相談対応,関係者間の連携・調整を図る責務を負う。
③ 福祉サービスの体系を,障害種別や在宅・施設別でなく,機能に応じた事業単位に整理。
この 3 点について,以下に,それぞれ評価および課題を整理することとする。
2 全ての障害を通じ,障害福祉サービスの提供体制を市町村に一元化
住民に最も身近な市町村が,地域の実情や住民の意向を踏まえ,責任を持って福祉施策を実施していくという方向は,福祉全般についての「地域福祉」の考え方に沿ったものであり,また,障害の種別によってサービスの違いがあったり,発達障害者などが制度の「谷間」におちいりやすくサービスを利用しづらいといった問題が解消される。その意味で,基本的方向としては適切である。
ただ,その反面で,都道府県の役割や,障害種別の対応が軽視されがちになる面があることは否定できない。
(1) 都道府県の役割
障害者は障害種別によりニーズが異なり,しばしば専門的対応が必要であるが,市町村単位では対象者が少数に留まることも多い。そうした施策は広域的に実施することが有効であるため,これ
まで,大都市を除けば都道府県が施策展開にリーダーシップを取ってきたところが少なくない。
障害者自立支援法においても,一定の広域的,専門的対応が必要な事業については,都道府県が実施する地域支援事業として位置づけているところであるが,そこで掲げられている事業に限らず,都道府県によるリーダーシップがまだまだ必要というのが,各地域の実情ではないだろうか。県のリーダーシップの下に障害者施策が展開さ れてきた典型例としては,滋賀県における障害者
福祉施策が挙げられる。
滋賀県は,糸賀一雄氏らによる近江学園などの取組により,早くから民間による障害者福祉への取組が進んだ地域として知られているが,県主導による広域的な障害福祉施策の展開にいち早く乗り出した県でもあった。
滋賀県は,1981(昭和 56)年に策定した「滋賀県社会福祉計画」において,「福祉圏構想」を打ち出した。この「福祉圏構想」は,身近な集落,町内会,自治会を単位とする「生活福祉地域」,市町村を単位とする「市町村福祉地域」,県事務所ごとのブロックである「福祉圏」という 3つの地域につき,それぞれその役割と活動を整理して,地域福祉の取組を進めていこうとするものであり,いわば,現在の国における「障害保健福祉圏域」の先駆的取組である。
滋賀県は,この福祉圏構想の下,先進地域で関係者が先駆的に取り組んできた事業を,県がモデル事業として育成・支援。その成果を踏まえた具体的事業の形を提示して,他の圏域において,その域内の市町村の合意を形成しながら順次広げていき,可能なものは国庫補助事業につなげていく,という方式で障害福祉施策を進めてきた。具体的には,心身障害児の通園事業,各圏域における施設整備などがそうであり,近年では,障害児者サービス調整会議の設置や「24 時間対応型総合在宅福祉事業モデル事業」が,甲賀圏域(現在の
「甲賀市」および「湖南市」の地域)の事業をモデル事業として全県的に展開していく形で進められた。上記事業は,いずれも広域的事業だが,障害者の小規模共同作業所への助成や生活ホーム(グ
Autumn ’08
障害者自立支援法と障害福祉サービス−−自治体の役割と障害福祉サービス体系を中心に−−
155
ループホームの先駆的事業)といった,必ずしも広域的事業とは言い難いものについても,民間の取組を支援していく県のリーダーシップと財政支援の下で全県的に事業が展開されていっており,現在でも,こうした施策の方向は変わっていない。
障害者自立支援法の下では,精神障害者も含め,制度上は市町村と都道府県の役割分担が整理されたが,それによって都道府県が,一定の広域的事業以外から撤退していくというのでは,障害者自立支援は進まない。まだまだ都道府県のリーダーシップが必要な部分は少なくないのではないだろうか。
(2) 障害種別の対応
障害者自立支援法において,障害の種別を問わず一元的にサービスが提供されるようになったことは,それ自体は評価されることであるが,反面で,障害種別ごとのニーズにサービス提供がどれだけ対応できているかという点が見えにくくなっている面があることも事実である。
前述した支援費制度の下でも,全体としては福祉サービスの供給は大きく増加してはいたが,視覚障害者や聴覚障害者の団体からは,かえってサービスが利用しづらくなったとの声もでていた。また,特に精神障害者については,従来医療対
応中心であったことや,都道府県による対応中心であったこともあり,市町村における福祉サービス体制整備が,他の障害者に比べ遅れていることが指摘されている4)。厚生労働省においても本年 4 月に「今後の精神保健医療福祉の在り方に関する検討会」を設置して精神障害者の保健医療福祉の見直しを始めており,医療や社会復帰対策との連携の下での早急な整備が課題であろう。
3 福祉サービスは,障害者と事業者との契約により提供。市町村は,障害者のサービス利用を確保するため,条件整備,関係者間の連携・調整
(1) 障害者サービス供給体制の整備
障害福祉サービス利用にあたっての契約方式は,支援費制度において導入されたものである。この契約方式の導入については,措置制度を廃 止し,行政が福祉サービスの実施主体でなくなることは,公的責任の放棄・後退であるといったことや,在宅福祉に営利企業の参入を認めることは福祉の営利化に繋がるといった点などを理由とす
る反対も少なくなかった5)。
しかし,この仕組みにより,利用者としての障害者が,「措置」という行政処分によるのでなく,サービス提供者と対等な立場に立ってサービ
出典)「障害者自立支援法による改革~「地域で暮らす」を当たり前に~」(厚生労働省 社会・援護局障害保健福祉部 平成 17 年 12 月)
図 1 ホームヘルプサービス支給決定者数の推移(平成 15 年 4 月~平成 16 年 10 月)
156
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
Vol. 44 No. 2
表 1 ホームヘルプサービス実施市町村数
平成14 年3 月 | 平成15 年4 月 | 平成16 年10 月 | |
身体障害者 ホームヘルプサービス | 2, 283(72%) | 2, 328(73%) | 2, 067(83%) |
知的障害者 ホームヘルプサービス | 986(30%) | 1, 498(47%) | 1, 656(66%) |
精神障害者 ホームヘルプサービス | −− | 1, 231(39%) | 1, 234(49%) |
障害児 ホームヘルプサービス | −− | 1, 051(34%) | 1, 228(49%) |
注)1) 括弧内は全市町村に対する割合。
2) 精神障害者に係る平成 15 年 4 月の数字は,前年度末現在のもの。
出典)「障害者自立支援法による改革~「地域で暮らす」を当たり前に~」(厚生労働省 社会・援護局障害保健福祉部
平成 17 年 12 月)。
スを選択し,契約関係の下に受給することが可能になったという事の意義は大きい。
支援費制度において,在宅サービスを中心として,サービス利用が急速に伸びていったという実
績も,この契約制度を導入したことの効果を示している。
例えば,ホームヘルプサービスについて見ると,支給決定者数(身体障害者,知的障害者,障害児合計) は, 支援費制度が実施された 2003
(平成 15)年 4 月から 2004(平成 16)年 10 月までの 1 年半の間に 2.41 倍に伸び(図 1),サービスが実施されている市町村の割合も,知的障害者については,2002(平成 14)年 4 月には 30%に過ぎなかったのが,2004(平成 16 年)10 月には 66% に増加している(表 1)6)。
ただ,制度的に契約により選択できることになったと言っても,選択の対象となるだけの事業整備がなされていなければ,選択の自由は「絵に描いた餅」である。
この点について,障害者自立支援法では,各市町村や都道府県に対し,具体的数値目標を掲げた障害福祉計画の策定を義務付けることにより,整備促進を狙っている。しかし,多くの市町村では,当面緊急に対応すべき課題である,障害者の負担軽減,福祉サービス事業者の収入減への補填
表 2 成年後見関係事件(後見開始,補佐開始,補助開始および任意後見監督人選任事件)の申立件数
年 度 | 平成 12 年度 | 平成 13 年度 | 平成 14 年度 | 平成 15 年度 | 平成 16 年度 | 平成 17 年度 | 平成 18 年度 |
申立件数 | 9, 007 | 11, 088 | 15, 151 | 17, 086 | 17, 246 | 21, 114 | 32, 629 |
注) 各年度の申立件数は,最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況」(平成 12~18 年度)による。
注) 平成 11,12 年度は統計データなし。平成 18 年度は平成 19 年1月末の実利用者数
出典) 全社協・地域福祉推進協議会「地域福祉権利擁護事業月次調査 1 月分(2007 年 3 月 13 日)」のうち「地域福祉権利擁護事業実施状況(平成 19 年 1 月)」より。
図 2 地域権利擁護事業「年度末時点の実利用者数(契約件数)」の年次推移
Autumn ’08
障害者自立支援法と障害福祉サービス−−自治体の役割と障害福祉サービス体系を中心に−−
157
といった対応が中心となっており,財政状況が厳しいこともあり,障害者サービス供給体制の整備にはなかなか手が回らないのが実情ではないだろうか。国や都道府県のより一層の支援が望まれる。
(2) 成年後見制度および地域福祉権利擁護事業の活用
また,障害者がサービス受給にあたって事業者と対等に契約を結ぶことを支援する仕組みとして,地域福祉権利擁護事業や成年後見制度があることは先にも述べたとおりであるが,仕組みはあっても,それらが実際に活用されなければ意味がない。
これらの制度は,現在では,制度創設当初に比べればかなり活用されるようになってきている。成年後見関係事件(後見開始,補佐開始,補助開始および任意後見監督人選任事件)の申立件数は,2000(平成 12)年度の 9, 007 件が 2005(平
成 18)年度には 32, 629 件と 3. 6 倍になっており
(表 2)7),また,地域福祉権利擁護事業の実利用者数は,2001(平成 13)年度の 4, 143 件が,2008
(平成 18)年度には,平成 19 年 1 月末時点で既に 21, 416 件と 5 倍以上になっている(図 2)8)。
しかし,地域福祉権利擁護事業の実施状況を各都道府県・指定都市別に見ると,かなり地域による格差が認められる。こうした格差は,各都道府県や市町村における取組の状況を反映している面もあるのではないかと考えられ,各地域において,障害者や家族が制度を知りかつ利用しやすい状況を作り出すため,更なる取組が必要であろう。
(3) 障害児への施設サービスの取り扱い
契約によるサービス利用にかかる問題としては,障害児への施設サービスの問題がある。障害者自立支援法においては,上述のように,障害児への施設サービスについても,契約によるサービス利用の仕組みが都道府県を実施主体として導入されたが,他方で,障害児の保護者が不在の場合,精神疾患等の場合,そして障害児が保護者の虐待を受けている場合には,従来通り措置による
施設利用によることとされた。こうした両制度並立の仕組みについて,都道府県により運用がまちまちであるなどの問題が指摘されている。
この障害児への施設サービスの在り方については,障害者自立支援法においても,法律施行後 3
年を目途とした見直しの対象事項の 1 つとされて
いる。厚生労働省においては,本年 4 月,「障害児支援の見直しに関する検討会」を設置し,本年 7 月 22 日には検討会の報告書がまとめられた。この報告書では,障害児施設への入所について,実施主体の問題および措置と契約の問題は,更に検討が必要とされ,また,都道府県により運用の差があることについては,調査を行い関係団体等から意見を聴取しながら,判断基準を明確化し,ガイドラインを作成していくべきとされている。この問題については,在宅サービスや特別支援教育などとも併せ,障害児および障害児世帯をどのように支援していくかという観点から更に検討が進められるべき問題である。
4 福祉サービスの体系を,障害種別や在宅・施設別でなく,機能に応じた事業単位に整理
福祉サービス体系の機能別再編成は,前述したように,障害者のニーズに応じてサービスを組み合わせることができるという点で評価できるものであるが,この再編成に伴う事業者への報酬の日払い化により,その経営が苦しくなっている事業者が少なくなく,国の特別対策や自治体の対策により,当面の対応として,収入補填が行われている。
この問題については,特定の事業を従来通り継続する(例えば,50 名定員の知的障害者入所施設の運営)のではなく,関連のさまざまな事業を組み合わせて多角的に実施するなどの工夫をすれば「豊かな安定した経営が可能となり,利用者の自由度も改善し,何よりも利用者の生活満足がより得られるようになるだろう」とされている。
〔京極 2008,p. 30〕
しかし,各事業者においては,新しいサービス体系・事業体系に対応した事業の見直しはあまり進んでいないように思われ,目標である「おおむ
158
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
Vol. 44 No. 2
出典) 平成 20 年版障害者白書(内閣府)
図 3 障害福祉サービスの質の 3 年前との比較
出典) 平成 20 年版障害者白書(内閣府)
図 4 障害福祉サービスの量の 3 年前との比較
ね 5 年以内の経過期間」内に果たして終了するかどうかはかなり疑問である。
こうした状況を克服し,本来の狙いを達成するためには,行政において,事業者の動向を把握するとともに,それを踏まえ,新事業体系への移行を強力に進めていく施策の検討が必要ではないだろうか。現状のままでは,多くの事業者が,従来の事業を継続しながら行政による収入補填に期待する状況が継続し,新事業体系への移行という自立支援法の狙い自体が意味のないものになりかねない状況になるおそれがあるのではないかと危惧される。
IV おわりに
ここまで,我が国における障害福祉サービス改革の方向を整理するとともに,地方自治体の役割や福祉サービス体系に関連する課題について触れてきたが,障害者自立支援法に基づく障害福祉サービスについては,この他にもサービスの支給手続や個々のサービスの在り方などについて,種々の批判が提起されている。
障害者自立支援法については,同法附則において,施行後 3 年を目途として検討を加え,その結果に基づいて必要な措置を講ずることと規定されているが( 障害者自立支援法附則第 3 条第 1項),昨年末には,与党のプロジェクトチームか
Autumn ’08
障害者自立支援法と障害福祉サービス−−自治体の役割と障害福祉サービス体系を中心に−−
159
ら,抜本的見直しについての検討報告書が提出され,厚生労働省においても,本年春には関係審議会等において検討が始められている。こうした検討において,これまでの改革の経過を踏まえながら,所得保障や就労保障といった問題も含め,障害者の地域社会における自立生活の実現に向け,真摯な検討が重ねられることを期待したい。
最後に,最近の障害者福祉を巡る動向として,
2 つの点について触れておきたい。
1 つは,最近,障害者自立支援法に基づく障害福祉サービス等を障害者がどのように評価しているかについて,内閣府が実施したアンケート調査の結果が公表されたので,ここでその一部を紹介する9)。
内閣府は,本年 2~3 月に,全国 5, 124 人の障害者を対象として,「生活支援」および「保健・医療」分野について,郵送によるアンケート調査を行い,その 50% にあたる 2, 563 人から回答を得た。そのうち障害福祉サービスに関する主な内容は次のとおりであるが,③の 3 年前との比較で身体障害者と精神障害者の回答について異なる傾向が見られることなど,興味深い内容が見られる。
① 過去 3 カ月間に障害福祉サービスを利用した人のサービスに対する満足度は「満足している」・「やや満足している」が合わせて
62. 2% であった。
② 満足している理由としては,「職員や介護者等の接し方がよい」(62. 8%)が最も多く,一方,満足していない理由としては,「費用負担に満足していない」(37. 6%),「サービス内容が 制 限 さ れ て い て 満 足 し て い な い 」
(36. 8%),「サービスの量に満足していない」
(33. 0%)が多い。
③ サービスを利用している人に 3 年前との比較を尋ねると,質・量とも「変わらない」(質
37. 9%,量 39. 7%)が最も多いが,障害別では,身体障害者について「悪くなった」(質
21. 6%,量 19. 3%)との回答が比較的多い一方で,精神障害者については「良くなった」
(質 30. 1%,量 24. 0%)との回答が比較的多
かった。(図 3,図 4)
今 1 つは,障害者の自立支援に関し,従来と異なる観点からの問題提起が出てきていることである。
国連総会が 2006 年に採択した「障害者の権利及び尊厳を保護・促進するための包括的・総合的な国際条約」(いわゆる「障害者の権利条約」)には,我が国も昨年署名し,今後,政府として,条約の批准に向けて国内法制の整備を進めることが必要になっている。
この障害者権利条約においては,障害者の地域における自立生活についても,全ての障害者が,他の者と平等の選択の機会をもって地域社会で生活する平等の権利を享受できるようにするために,国は効果的かつ適当な措置をとることとされ,その措置の中に,在宅サービス・居住サービスなどの地域社会支援サービスも含まれている。
(第 19 条)
我が国の障害者福祉においては,従来,障害者が地域生活を送れるようにするために行政が福祉サービスを充実していくという発想の下に施策が展開されてきており,その面では確かに成果を挙げてきたが,他方で,障害者の権利を保障していくという観点からのアプローチが政策面において弱かったのではないかと思われる。今後はこうした観点からの検討も迫られることになろう。
注
1) 堀 勝洋(1997)「現在社会保障・社会福祉の基本問題」ミネルヴァ書房。
2) 中央社会福祉審議会企画分科会,身体障害者福祉審議会企画分科会及び中央児童福祉審議会企画部会小委員会報告「今後の社会福祉のあり方について(意見具申)」(平成元年 3 月)。
3) 社会福祉審議会社会福祉基礎構造改革分科会
「社会福祉基礎構造改革について( 中間まとめ)」(2007 年 12 月)。
4) 第 31 回社会保障審議会障害者部会(平成 20年 4 月 23 日)における長尾委員発言(厚生労働省ホームページ掲載の議事録による)など。
5) 芝田秀明「福祉サービスの公的責任」(日本社会保障法学会編 講座「社会保障法」第 3 巻
「社会福祉サービス法」第 2 章)など。
6) 厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部調べ
160
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
Vol. 44 No. 2
( 厚生労働省ホームページ【http://www.mhlw. go.jp/bunya/shougaihoken/index.html】)。
7) 裁判所ホームページ「成年後見関係事件の概況」(http://www.courts.go.jp/about/siryo/koken. html)。
8) 全社協・地域福祉推進協議会「地域福祉ボランティア情報ネットワーク」ホームページ(http:// www3.shakyo.or.jp/cdvc/index.asp)。
9) 内閣府「平成 20 年版障害者白書」。
参 考 文 献
秋元美世(2007)「福祉政策と権利保障」法律文化社。
糸賀一雄著作集 I~III(1982~3)日本放送出版協会。
岩村正彦編(2007)「福祉サービス契約の法的研究」信山社。
京極高宣(2005)「障害者自立支援法の解説」全国社会福祉協議会。
−−−−(2008)「障害者自立支援法の課題」中央
法規。
「滋賀の福祉を考える」編集委員会編「滋賀の福祉を考える−歴史と実践のなかから−」(2007)滋賀県健康福祉部障害者自立支援課。
障害者福祉研究会編(2007)「逐条解説 障害者自立支援法」中央法規。
DPI 日本会議編(2007)「問題てんこもり! 障害者自立支援法 地域の暮らし,あきらめない」解放出版社。
日本社会保障法学会編(2001)「社会福祉サービス法」(講座「社会保障法」第 3 巻)法律文化社。 東俊裕監修 DPI 日本会議編集(2008)「障害者の
権利条約でこう変わる Q & A」解放出版社。
「福祉改革 II・福祉関係 8 法改正特集」『月刊福祉特集号』(1990)全国社会福祉協議会。
堀 勝洋(1997)「現在社会保障・社会福祉の基本問題」ミネルヴァ書房。
(にしやま・ゆたか 国立社会保障・人口問題研究所
政策研究調査官)
Autumn ’08 障害者の就労問題と就労保障
161
障害者の就労問題と就労保障
遠 山 真 世
I はじめに
1981 年に国際連合により「国際障害者年」が定められ,障害者の「完全参加と平等」が掲げられて以降,各国でさまざまな国際機関によって,障害者の雇用問題に取り組む姿勢が示されてきた。それを受けて,各国では,障害者雇用を促進するための政策や支援の,いっそうの充実が図られてきた。1990 年代に入り,アメリカで差別禁止法が制定され,労働市場における障害者の「機会平等」の考え方が広まり,そのための環境・条件の整備に対する関心も高まってきた。2006 年に採択された「障害のある人の権利に関する条約」でも,労働が障害者の権利として位置づけられ,労働市場における雇用機会の均等を保障することが求められている〔障害者職業総合センター 2007,pp. 98‒103〕。
日本では,従来から割当雇用制度が実施されており,職業訓練やジョブコーチ等の就労支援も整備されてきた。また,近年では障害者雇用促進法の改正や自立支援法の制定により,就労による自立が目標として掲げられ,就労支援が強化される方向にある〔内閣府 2007,pp. 60‒82〕。しかしその一方で,就労していない障害者が依然として多く存在し,就労している人の中でも,授産施設や小規模作業所を利用している人が多いのが現状である。
国際的にも国内的にも障害者の就労の促進が要請されており,多様な制度や支援が展開されてき
たにもかかわらず,実態の面では期待される成果があがっているとはいいがたい。こうした状況をふまえ,本稿ではまず,筆者らが参加して実施した「障害者生活実態調査」のデータを分析し,障害者の就労実態を改めて明らかにするとともに,問題をとらえる理論として「障害の社会モデル」を採り上げ,それにもとづいて障害者の就労問題を整理する。次に,障害者雇用政策を問題解決の手段として位置づけ,各国の政策を概観するとともに,近年の動向についても把握する。これらの分析を通じて,日本における障害者の就労保障のあり方について検討し,それを実現するための政策を具体的に提示してみたい1)。
II 障害者の就労実態
本章では,第 1 回および第 2 回「障害者生活実態調査」のデータを用いて,障害者の就労実態をとらえてみたい。ここでは,調査の対象となった稲城市と富士市の障害者のうち,20 歳から 59 歳の重複障害者を除く 150 人について分析する2)。
1 障害と仕事の有無および就労形態
まず,収入を伴う仕事の有無についてみてみよう。なお,ここでの「収入を伴う仕事」には,授産施設や小規模作業所での活動といった福祉的就労も含まれている。
表 1 をみると,身体障害者で「仕事あり」の方がやや少ないのに対して,知的障害者と精神障害者で「仕事あり」の方が多くなっている。ただし
162
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
Vol. 44 No. 2
後で示すように,今回用いたデータでは,知的障害者と精神障害者では福祉的就労をしている人が多かった。そこで,平成 18 年に厚生労働省が実
表 1 障害種別と仕事の有無
仕事あり | 仕事なし | 合 計 | |
身体障害 | 41 47. 1% | 46 52. 9% | 87 100% |
知的障害 | 15 65. 2% | 8 34. 8% | 23 100% |
精神障害 | 30 75. 0% | 10 25. 0% | 40 100% |
合 計 | 86 57. 3% | 64 42. 7% | 150 100% |
注) p < 0. 01。
表 2 全国の障害者の仕事の有無
仕事あり | 仕事なし | |
身体障害知的障害精神障害 | 49. 6% 59. 2% 17. 9% | 47. 3% 38. 2% 80. 1% |
合 計 | 45. 1% | 52. 1% |
注) 20 代から 50 代について分析。
出所) 厚生労働省(2006)より筆者作成。
施した「身体障害者,知的障害者及び精神障害者就業実態調査」の結果を参照すると,20 代から 50 代の身体障害者では「仕事あり」の割合の方がやや高くなっていた。知的障害者では「仕事あり」の割合の方が高く,精神障害者では「仕事あり」の割合がかなり低くなっていた(表 2)。これらの結果に対して,一般的なデータとして,平成 14 年に総務省が実施した「就業構造基本調査」の結果をみると,20 代から 50 代のうち就業者は 77. 1%,非就業者は 22. 9% であった。表 1
および表 2 と比較すると,障害者と一般の人々とで,仕事の有無の割合にちがいがあるといえる。福祉的就労を除く一般的な仕事に限定すれば,就労の機会にはより大きな格差が潜在していると考えられる。
次に,「障害者生活実態調査」から,「仕事あり」と回答した人々の就労形態について分析しよう。障害種別ごとにみると,身体障害者で「常用雇用」が 5 割以上だったのに対して,知的障害者
と精神障害者では,「福祉的就労」がそれぞれ 5割以上,7 割以上となっていた(表 3)。これと比べて,厚生労働省の調査結果では,精神障害者で
「常用雇用」がやや多く,「福祉的就労」がやや少
表 3 障害種別と就労形態
自営業 | 会社等役員 | 常用雇用 | 臨時・日雇 | 福祉的就労 | その他 | 合 計 | |
身体障害 | 4 10. 3% | 4 10. 3% | 21 53. 8% | 4 10. 3% | 2 5. 1% | 4 10. 3% | 39 100% |
知的障害 | 1 6. 7% | 0 0. 0% | 2 13. 3% | 1 6. 7% | 8 53. 3% | 3 20. 0% | 15 100% |
精神障害 | 0 0. 0% | 0 0. 0% | 1 3. 4% | 5 17. 2% | 21 72. 4% | 2 6. 9% | 29 100% |
合 計 | 5 6. 0% | 4 4. 8% | 24 28. 9% | 10 12. 0% | 31 37. 3% | 9 10. 8% | 83 100% |
注) 無回答 3 人を除く。p < 0. 01。
表 4 全国の障害者の就労形態
自営業 | 会社等役員 | 常用雇用 | 臨時・日雇 | 福祉的就労 | その他 | |
身体障害知的障害精神障害 | 16. 7% 0. 9% 3. 1% | 9. 9% 0. 0% 5. 3% | 48. 4% 18. 8% 32. 5% | 3. 2% 10. 8% 2. 6% | 6. 5% 59. 1% 37. 7% | 10. 8% 9. 2% 11. 0% |
注) 15 歳から 64 歳について分析。
出所) 厚生労働省(2006)より筆者作成。
Autumn ’08
障害者の就労問題と就労保障
163
なくなっていた(表 4)。これらに対して,「就業構造基本調査」から 20 代から 50 代の就業形態をみると,「常用雇用」は全体の 73. 2% であった。障害種別によって就労形態に大きなちがいがみられるとともに,一般の人々との間にも「常用雇用」の割合に大きな差があることがわかる。
2 障害程度および自立程度と仕事の有無
さらに,仕事の有無に対する障害程度と自立程度の影響について,「障害者生活実態調査」のデータを分析してみたい。なお,ここでの「重度」には,身体障害者の場合は身体障害者手帳 1~2級,知的障害者の場合は稲城市で愛の手帳 1~2級,および富士市で療育手帳 A(級なし)・A1~ A2 級,精神障害者の場合は精神障害者保健福祉手帳 1 級が含まれる。「非重度」には,身体障害者で身体障害者手帳 3~6 級,稲城市の知的障害者で愛の手帳 3 級~5 級,富士市の知的障害者で療育手帳 B(級なし)・B1~B2 級,精神障害者で精神障害者保健福祉手帳 2 ~ 3 級が含まれる。精神障害者で障害程度が不明のグループには,手帳を持っていない人も含まれている。また,ここでの「自立」には「日常生活はほぼ自立しており独力で外出できる」と回答した人が含まれ,「外出介助」には「屋内での生活はおおむね自立しているが,介助なしには外出できない」と回答した人が含まれている。「全介助」には「屋内での生活は何らかの介助を要し,日中もベッド上での生活が主体」および「一日中ベッド上で過ごし,排泄,食事,着替えにおいて介助を要する」と回答した人が含まれている。ここで「外出介助」というカテゴリーを独立させたのは,外出に介助が必要であるかどうかが,仕事に就けるかどうかと関連すると考えられるためである。
まず表 5 をみると,同じ障害種別の中でも,重度と非重度とでは「仕事あり」の割合に違いがあることがわかる。特に身体障害者の重度で「仕事あり」の割合が低くなっている。また,身体障害者では非重度でも 3 割以上が「仕事なし」と回答している。一方,知的障害者の非重度では,「仕事あり」の割合が高くなっている。
表 5 障害程度と仕事の有無
仕事あり | 仕事なし | 合 計 | ||
身体障害 | 非重度 | 25 65. 8% | 13 34. 2% | 38 100% |
重 度 | 16 32. 7% | 33 67. 3% | 49 100% | |
知的障害 | 非重度 | 11 84. 6% | 2 15. 4% | 13 100% |
重 度 | 4 40. 0% | 6 60. 0% | 10 100% | |
精神障害 | 非重度 | 17 70. 8% | 7 29. 2% | 24 100% |
重 度 | 3 100. 0% | 0 0. 0% | 3 100% | |
不 明 | 10 76. 9% | 3 23. 1% | 13 100% | |
合 計 | 非重度 | 53 70. 7% | 22 29. 3% | 75 100% |
重 度 | 23 37. 1% | 39 62. 9% | 62 100% |
注) 身体障害者で p < 0. 01,知的障害者で p < 0. 05。
表 6 自立程度と仕事の有無
仕事あり | 仕事なし | 合 計 | ||
身体障害 | 自 立 | 38 55. 9% | 30 44. 1% | 68 100% |
外出介助 | 2 15. 4% | 11 84. 6% | 13 100% | |
全 介 助 | 1 16. 7% | 5 83. 3% | 6 100% | |
知的障害 | 自 立 | 9 81. 8% | 2 18. 2% | 11 100% |
外出介助 | 6 54. 5% | 5 45. 5% | 11 100% | |
全 介 助 | 0 0% | 1 100% | 1 100% | |
精神障害 | 自 立 | 29 74. 4% | 10 25. 6% | 39 100% |
外出介助 | 1 100% | 0 0. 0% | 1 100% | |
合 計 | 自 立 | 76 64. 4% | 42 35. 6% | 118 100% |
外出介助 | 9 36. 0% | 16 64. 0% | 25 100% | |
全 介 助 | 1 14. 3% | 6 85. 7% | 7 100% |
注) 身体障害者のみで p < 0. 01。
164
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
表 7 仕事による年収
Vol. 44 No. 2
0 万円 | 1~49 万円 | 50~99 万円 | 100~199 万円 | 200~499 万円 | 500~999 万円 | 1000 万円以上 | 合 計 | |
障害者 | 13 17. 1% | 24 31. 6% | 8 10. 5% | 11 14. 5% | 13 17. 1% | 6 7. 9% | 1 1. 3% | 76 100% |
一 般 | ̶ | 2. 9% | 10. 1% | 14. 9% | 43. 6% | 24. 0% | 3. 5% | 100% |
出所) 一般のデータについては,総務省(2002)より筆者作成。
表 8 障害種別と平均年収
平均年収(万円) | 人 数 | 標準偏差 | |
身体障害 | 264. 8 | 38 | 250. 7 |
知的障害 | 51. 4 | 12 | 71. 6 |
精神障害 | 29. 4 | 25 | 56. 7 |
合 計 | 152. 2 | 75 | 215. 6 |
表 9 就労形態と平均年収
平均年収(万円) | 人 数 | 標準偏差 | |
自営業 | 106. 0 | 4 | 88. 7 |
会社等役員 | 339. 3 | 3 | 169. 2 |
常用雇用 | 317. 9 | 24 | 237. 3 |
臨時・日雇 | 88. 5 | 10 | 68. 1 |
福祉的就労 | 8. 71 | 24 | 16. 5 |
その他 | 15. 5 | 7 | 332. 4 |
合 計 | 157. 0 | 72 | 218. 6 |
注) 無回答 3 人を除く。
表 10 障害種別・就労形態と平均年収
平均年収 (万円) | 人 数 | 標準偏差 | ||
常用雇用 | 346. 6 | 21 | 239. 6 | |
身体障害 | 臨時・日雇 | 82. 5 | 4 | 24. 4 |
福祉的就労 | 0 | 2 | 0 | |
常用雇用 | 117. 0 | 2 | 97. 6 | |
知的障害 | 臨時・日雇 | 118. 0 | 1 | ― |
福祉的就労 | 10. 2 | 6 | 9. 0 | |
常用雇用 | 118. 0 | 1 | ― | |
精神障害 | 臨時・日雇 | 87. 4 | 5 | 98. 6 |
福祉的就労 | 9. 3 | 16 | 19. 5 |
次いで,自立程度と仕事の有無の関連についてみてみよう。表 6 をみると,同じ障害種別の中でも,自立程度によっても「仕事あり」の割合にちがいがあることがわかる。身体障害者では,自立している人でも 4 割以上が仕事をしていなかっ
た。一方,知的障害者と身体障害者では,自立している人のうち,それぞれ 8 割以上と 7 割以上が仕事をしていた。ここで注目したいのは,身体障害者で外出に介助が必要な場合,大半が仕事をしていないという結果である。これに対して,知的障害者で外出に介助が必要な人のうち,5 割以上が仕事をしていた。ただし,この 6 人のうち 4 人は福祉的就労をしていた。身体障害者では,福祉的就労をしている人がほとんどいないこともあり,日常生活で自立していても,外出に介助が必要な場合,仕事に就くことが難しいことがうかがえる。
3 障害と仕事による収入
では,仕事による収入について分析してみよう。表 7 は,「仕事あり」と回答した人のうち,
調査の前年の年収について回答があった 76 人に関する分析結果である。なお,「0 万円」と回答した人には,調査前年に仕事をしていなかった人,または仕事をしていたが年収が 1 万円未満という人が含まれていると思われる。これをみると,障害者の場合 0 万円から 50 万円未満の層が
全体の 5 割近くを占めており,一般の人々との差が大きいことがわかる。
次に,障害種別や就労形態による平均年収のちがいを分析する。ここでは,年収 1, 000 万円以上
の 1 人を除いて平均収入を算出している。表 8 より,障害種別による平均年収の差がかなり大きくなっており,表 9 より,福祉的就労で収入がきわ
めて低くなっていることがわかる。表 3 でみたとおり,知的障害者と精神障害者で福祉的就労が多かったことから,障害種別による収入の差には,障害種別による就労形態のちがいと,就労形態による収入のちがいが大きく影響しているといえ
Autumn ’08
障害者の就労問題と就労保障
165
る。
それでは,同じ就労形態の中では,障害種別によって収入に差はあるのだろうか。ここでは,常用雇用および臨時・日雇,福祉的就労に着目して比較してみよう。表 10 より,同じ常用雇用であっても,身体障害者とその他の障害者では,平均年収に大きな差があることがわかる。これに対して,臨時・日雇や福祉的就労では,目立ったちがいはみられない。ただし,身体障害者の中では,常用雇用と臨時・日雇で大きな差があるのに対して,知的障害者および精神障害者の中では,常用雇用と臨時・日雇の平均年収に大きな差はみられない3)。
これまでの分析から,仕事の有無や就労形態,就労による収入の面で,障害の有無や種別,障害の程度や自立の程度が影響をおよぼしている可能性が,データによって改めて確認された。特筆すべきなのは,第一に,自立程度によって仕事の有無にちがいがみられた点,とりわけ,介助なしに外出できるかどうかの影響が大きいことが見うけられた点である。第二に,福祉的就労の収入が常用雇用や臨時・日雇と比べて,かなり低くなっていた点である。また,同じ就労形態の中でも障害種別によって収入に大差が生じていたことも,注目すべき結果といえる。
III 「障害の社会モデル」と障害者の就労問題
前章でみた障害者の就労実態をわれわれはどのように理解し,その問題解決をどのように求めていく必要があるだろうか。本章では,問題を分析する理論として,「障害学」における「障害の社会モデル」を提示したうえで,障害者の就労問題をとらえ直してみたい。
1 「障害の社会モデル」
イギリスやアメリカを中心に発展してきた「障害学」では,「障害の社会モデル」という理論に立脚し,障害者に関わるさまざまな問題が分析されている。「障害の社会モデル」は,「障害」を個
人の側の問題としてではなく,社会の側の問題としてとらえる。そこでは,「障害」を,身体的・知的・精神的な機能上の特質としての「インペアメント」と,社会の物理的な環境や制度,人々の価値観や態度,およびそれらによる不利益としての「ディスアビリティ」の 2 つに区別し,後者を問題として告発し社会的な解決を求める。
労働市場での雇用に関しては,職場にスロープや車椅子用トイレが設置されていない・点字による採用試験が行われない・障害者の採用をあらかじめ拒否するといった問題から,経済効率を重視する労働市場の仕組みや,それらを問わず障害者の労働能力を高めることを重視する政策,その結果として労働市場ひいては社会全般から排除される現象まで,さまざまなレベルでの「ディスアビリティ」が問題化されてきた。このような「障害の社会モデル」は,各国の研究者や当事者の間に広く浸透しつつあり,実際にアメリカの差別禁止法の形成・成立にも大きな影響を与えている4)。
2 障害者の就労問題
このような「障害の社会モデル」にもとづけば,「障害」の問題とは,障害者(インペアメントをもつ人)が社会の中で経験する不利や制限,格差といったあらゆる不利益,およびそれらをもたらす社会的・経済的な仕組みや,それを解消することのできない政策である,と理解することができるだろう。前章での分析と関連づければ,障害者の就労をめぐって問題化されるのは,障害の有無・種別・程度等によって,仕事の有無に差があること,働く場が限定されること,得られる収入に差が生じることの 3 点である。これらの問題は,障害者が労働市場や社会において経験する不利益であるといえる。
ただし前章の分析では,労働市場や社会における障害者の何らかの不利の結果としての制限や格差が示されたにすぎない。その不利の内実やメカニズムを解明することが必要ではあるが,結果における明らかな制限や格差を問題とすることも重要といえるだろう。また,このようなディスアビリティが存在するにしても,それを直ちに「差別
166
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
Vol. 44 No. 2
である」ないし「不当である」とし,個別の企業に直接的に解決を要求することは難しい。問題の解決をどこにどのように要請するのかについては,慎重な議論が必要と考えられる。
とはいえ,「障害の社会モデル」に依拠すれば,実態面からみた障害者の就労問題は以上のように理解でき,それに対して何らかの解決が必要であることも指摘できるだろう。また,前章の分析結果は,障害者の就労を促進するための制度や支援が充実し,建物や設備の面で環境が改善されてきているが,それでもなお障害者の不利益が残存していることを示しているといえる。したがって,それに対するさらなる対応を主張することも必要であると考えられる。
IV 各国における障害者雇用政策
それでは,こうした問題を解決するための手段として,各国ではどのような政策が実施されているのだろうか5)。
日本の障害者雇用政策においては,割当雇用制度が中心的な位置を占めており,国や地方自治体,民間企業等の事業所に対して,従業員の一定割合以上の障害者を雇用することが義務づけられている。この法定雇用率を満たしていない事業所からは,不足人数分の納付金が徴収される。これらの制度のもとでも障害者雇用が進展しない現状を受け,近年では,企業に対する指導の強化や,ジョブコーチ等の人的支援の充実が図られてきた。
また,一般の労働市場での雇用が困難な障害者のための雇用の場として,福祉工場が設けられている。しかしその設置数は少なく,障害者の雇用を実現する制度として,十分に機能しているとはいいがたい。一方,雇用としては認められていないものの,授産施設や小規模作業所が,特に知的障害者や精神障害者の就労の場としての役割を担っている。これらの福祉的就労は,前章の分析で示されたように,実際にも多くの障害者が利用する重要なものとなっている。
アメリカでは,機会平等の理念にもとづき,障
害者の経済・社会への参加の実現をめざす「障害をもつアメリカ人法(Americans with Disabilities Act)」(以下 ADA とする)が 1990 年に制定された。ADA では,「有資格障害者」への「障害を理由とした差別」の撤廃と「合理的配慮」が義務づけられている。ここでの「有資格障害者」とは,仕事を行うのに必要な技術や知識をもつ障害者のことを指し,「合理的配慮」には,職場における設備や機器の整備,職務の再編成,勤務時間や日数の調整などが含まれる。その上で,障害者を区別して不利に扱うことや,結果的に不利をもたらす扱いをすること,合理的配慮を行わないことが
「差別」として禁止されている。
イギリスでは 1995 年に「障害者差別禁止法
(Disability Discrimination Act)」( 以下,DDA とする) が制定された。DDA では ADA と同様に,事業所に対して障害を理由とした差別が禁止され,合理的配慮が義務づけられている。またイギリスでは,政府の出資による「レンプロイ公社」において保護雇用が実施され,一般雇用が困難な障害者に雇用機会が提供されている。そこでは,障害者向けに用意された特別な場で雇用するほか,一般企業に障害者を派遣する形での保護雇用も実施されている。そこで働く障害者は,労働者としての法的地位が与えられており,生産性に応じた報酬と政府からの補助を併せて,一般の労働市場で働く非障害者と同程度の賃金を保障されている。
ドイツでは,すべての障害者に割当雇用制度が適用されており,事業所は従業員のうち一定割合の障害者を雇用するよう求められている。ただし日本と同様に,法定雇用率に満たない人数分の納付金を支払うことによっても雇用義務を果たしたことになる。また,作業所に仕事を委託したり作業所の製品を購入した場合には,納付金が減額される制度もある。このほか,一般雇用が困難な障害者に対して,日本の福祉的就労と同様の形で就労の場(作業所)が提供されている。ただし,従事者は生産に応じた賃金を支払われ,最低生活費に満たない分については政府からの補助が支給される。
Autumn ’08
障害者の就労問題と就労保障
167
フランスでも割当雇用制度が実施されており,事業所に対して一定の障害者雇用が義務づけられている。雇用主は,法定雇用率に満たない分の納付金を支払う他,保護雇用部門へ仕事を発注することや,障害者の雇用計画を作成すること等によっても雇用義務を果たしたことになる。また,保護雇用の機会としては,競争的な要素をもつ職場での就労や,在宅での就労などの機会が用意されている。その従事者は,労働者としての法的地位を与えられており,生産に応じた賃金と政府による補助を併せて最低賃金の 90~130% が保障されている。雇用として認められていない部門での就労も実施されており,そこでも最低賃金の 70%が保障されている。
スウェーデンでは,職業リハビリテーションや雇用支援のための多様なサービスが提供されており,中でも,障害者および雇用主への助成金が重要な役割を担っている。障害者は労働能力に応じて助成金の支給を受け,障害をもたない従業員と同等の賃金を保障される。雇用主は,職場環境や労働条件の整備,障害者の雇用状況の報告を求められる一方で,障害者の生産性に応じた賃金補助や,環境整備や人的支援のための助成を受けることができる。一般雇用が困難な障害者に対しては,保護雇用も幅広く提供されている。国が所有するサムハル社では,一般企業からの下請け作業が行われており,障害者雇用にかかる費用に対して,政府からの補助が支給される。その従事者は,生産による利益と政府からの補助により,一般雇用における賃金と同等の賃金の支払いを受ける。近年では,サムハル社から外部の企業へ障害者を派遣する形でも実施されている。
ここで取り上げた国々の政策をみると,差別禁止法または割当雇用制度を主軸としている国(アメリカ・ドイツ)と,差別禁止法または割当雇用制度と保護雇用制度を併用している国(イギリス・フランス),充実した支援や助成および保護雇用を実施している国(スウェーデン)に分類することができる。これらの国々は,実現の手段は異なるものの,共通して障害者を労働市場へ統合
することを目指しており,一般雇用が困難な人々に対して,実質的に雇用を保障しようとしている国も多い。
また新たな動向として,1990 年代以降,各国で差別禁止法制が導入・整備されており,障害を理由とした差別をなくすことや,職場環境や労働条件において配慮することが,雇用主の責務であるという認識も広がりつつある。加えて,割当雇用と保護雇用を連動させる仕組みを導入している国がある点も,日本の政策にとって注目すべき動きであろう。
しかしその一方で,各々の制度や各国の政策が抱える課題も明らかとなっている。差別禁止法については,基本的な職場環境が整えられ差別が撤廃されても,重度の身体障害者や知的障害者,精神障害者といった,特に不利な状況におかれやすい人々の問題が解決されない,という批判的な見解もこれまで数多く示されてきた。割当雇用制度では,納付金などの代替手段が認められていることもあり,実際には法定雇用率を達成しない企業も後を絶たない。保護雇用は,特に不利な人々に雇用を保障する有効な手段ではあるが,どの国においても一般雇用への移行が課題となっている。多様な支援が実施されているにもかかわらず,保護雇用から一般雇用へ移行するケースは実際には少なく,また,財政的な負担も各国に共通する問題となっている。
V 自立を支援する就労保障
本稿では第一に,「障害者生活実態調査」のデータ分析から,障害の有無や種別,程度等によって,回答者の就労の機会そのものが制限されていること,障害種別によっては一般の社会とは異なる場での就労に限定されていること,またその結果として,きわめて低い収入しか得ることができていない現状を明らかにした。第二に,これらの労働市場における障害者の不利・制限・格差を
「障害の社会モデル」にもとづいてとらえ直し,それに対する何らかの社会的な対応が求められることを示した。就労機会・就労の場・収入の獲得
168
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
Vol. 44 No. 2
という個々の段階での不利益に加えて,それが特定の障害をもつ人に重複して起こっていることも,重視すべき問題といえる。障害をもつことによる不利や制限を解消し,不利益の連続を断ち切ることが求められる。そうした問題を解決する手段として,第三に,各国における障害者雇用政策の内容や近年の動向について整理した。各国では多様な法律や制度が採用されており,その組み合わせや運用の仕方も異なっていた。しかし,どの政策もそれぞれに問題点や限界を有しており,政策のさらなる充実や修正が必要であると考えられる。
以上の分析をふまえて,本稿の最後に,障害者に就労を保障するための政策について,具体的に提示してみたい。本特集のねらいでもある障害者の自立支援にとって,就労を保障することはきわめて重要な位置を占めると考えられる。障害者福祉において,「自立」とは,経済的な自活だけではなく,QOL の充実を図っていくことを意味している。そしてそこでは,自分の生活について自ら選択し,決定することが重んじられている〔佐藤・小澤 2006,pp. 59‒60〕。障害者が障害をもたない人と比べて就労の機会を制限され,働く場を選ぶこともままならないという現状は,このような自立観に照らしても,十分に「自立」が阻まれた状態であるといえる。また,就労により収入を得ることは,生活するための財を獲得するだけでなく,自らの暮らし方,ひいては生き方の幅を広げる契機としての意味をももっているのである。折しも,就労による自立が政策目標としてかかげられることとなった。その是非自体を問う必要があるとしても,自立支援の中核に就労保障を位置づけ,そのあり方を論じることには,一定の意義があるはずである。
障害者は障害をもつことにより,就労においてさまざまな不利益に直面しており,こうした問題は,社会的に解消されるべきものなのであった。まず,労働市場の入り口における不利,就労の機会を得ることが困難であるという問題への対応である。II 章の分析では,身体障害者で独力で外出できない場合,就労している人の割合がかなり少
なかった。通勤時に介助を利用できれば,就労の可能性も高まると考えられる。次に,就労できたとしても,特に知的障害者や精神障害者の場合,働く場は福祉的就労に大きく限定されており,そこでの収入もきわめて低かった。また,それらの障害をもっていても,常用雇用や臨時雇い等の一般雇用に従事している人の収入は,身体障害者よりは低いものの,福祉的就労よりかなり高くなっていた。このことは,障害者の自立にとって,一般雇用の機会を得られるかどうかが,ひとまず重要となることを示唆しているといえる。そして,このような不利や制限の結果として,障害者の収入が低くなっていると理解すると,その問題への社会的対応も求められることになる。
こうした就労保障の実現に向けて,今後の日本の政策にとって必要な視点や仕組みについて,海外の政策動向もふまえつつ述べておきたい。
第一に,「障害を理由とした差別」や「合理的配慮」についての理解である。割当雇用制度を主軸とするわが国では,障害者を雇用するかどうかは,個々の雇用主の選択に大きく委ねられている。雇用場面での「差別」とは何かについて認識を浸透させるとともに,それに伴う雇用主の義務を明確にする必要がある。近年,交通機関や建物のバリアフリー化が進んではいるものの,個々の職場での障害に対する配慮はまだ十分とはいえない。障害をもつがゆえに通院や休息が必要である障害者も多く,そうした状況にある人々への配慮を制度化することも求められる。
第二に,福祉的就労の雇用化や一般雇用との連動である。日本でも雇用の場としての福祉工場は存在するが,設置数が少ないという問題点や,保護雇用を実施することの必要性が,従来から指摘されている。今後,就労を通じた自立を政策目標とするならば,十分な収入が得られる雇用の場を拡張することが不可欠である。割当雇用の強化により労働市場に障害者雇用を要請することに加えて,福祉的就労を雇用として位置づけ,充実した賃金保障や財政支援を行うことも必要といえる。それには,フランスやスウェーデンで実施されているような,一般企業から福祉的就労への業務委
Autumn ’08
障害者の就労問題と就労保障
169
託や,福祉的就労から一般企業へ障害者を派遣する形も有効であろう。
そして最後に,障害者に対して就労を十分に保障するためには,政策理念や政策枠組そのものの転換も必要なのではないだろうか。筆者の管見によれば,障害をもつことが問題とならない状態が
「平等」であり,それが実現されたとき,障害者と健常者との格差は解消されることとなる。逆に言えば,障害者と健常者との格差がなくならない限り,真の「平等」が実現したことにはならず,さらなる社会的対応が求められるのである〔遠山 2005〕。しかし実際には,就労の各段階で依然として大きな格差が存在しており,割当雇用制度が実施され行政指導も行われているにもかかわらず,問題が改善されているとは決していえない。こうした状況を打開し,障害者の就労問題を解決するためには,既存の政策枠組の抜本的な見直しと,新たな政策をより確実に根拠づける理論基盤が必要なのかもしれない。
注
1) 本稿は,遠山〔2008a,b〕を加筆・修正したものである。
2) 各市における抽出方法については,身体障害者手帳と療育手帳の登録者名簿より,性別・年齢・障害種別・障害程度が母集団と同じ割合になるよう,合計 500(身体 400・知的 100)名を抽出した。精神障害者については,精神障害者保健福祉手帳の登録情報が利用できなかったため,デイサービス等の利用者に直接協力を依頼した(詳しくは勝又〔2006,2007〕を参照されたい)。なお,稲城市と富士市を比較したところ,障害種別・仕事の有無・就労形態・障害程度・自立程度・平均年収において,有意な差はみられなかった。また本稿では,これら 2 市の分析結果と全国的な調査の結果を比較しており,部分的にちがいがみられているものの,障害者と一般の人々との間に大きな差が生じている点は,注目すべき結果であるといえよう。
3) 本稿で用いたデータではサンプル数が少ないため,こうした結果を一般的な傾向とみなすことはできない。しかし,厚生労働省や全国社会就労センター協議会による調査でも,同様の結果 が み ら れ て い る〔 内 閣 府 2007,pp. 199‒ 204〕。
4)「障害学」や「障害の社会モデル」に関する
詳しい議論については,Barnes et al.〔1999= 2004〕,星加〔2007〕,杉野〔2007〕を参照されたい。
5) 海外の障害者雇用政策については,OECD
〔2003=2004〕,障害者職業総合センター〔1998, 2001,2007〕,関川〔1999〕,竹前・障害者政策研究会編〔2002〕を参照した。日本については,内閣府〔2007〕および佐藤・小澤〔2006〕を参照した。
参 考 文 献
Barnes, C., Mercer, G. and Shakespeare, T. (1999) Exploring Disability: A Sociological Introduction, Polity Press.(=2004,杉野昭博・松波めぐみ・山下幸子訳『ディスアビリティ・スタディーズ
―― イギリス障害学概論』明石書店。)
OECD (2003) Transforming Disability into Ability: Policies to Promote Work and Income Security for Disabled People, Paris.(=2004,岡部史信訳『図表でみる世界の障害者政策―― 障害をもつ人の不可能を可能に変えるOECD の挑戦』明石書店。)
勝又幸子(2006)『障害者の所得保障と自立支援施策に関する調査研究 平成 17 年度総括研究報告書』(厚生労働科学研究費補助金 障害保健福祉総合研究事業)。
――――(2007)『障害者の所得保障と自立支援施策に関する調査研究 平成 18 年度総括研究報告書』(厚生労働科学研究費補助金 障害保健福祉総合研究事業)。
――――(2008)『障害者の所得保障と自立支援施策に関する調査研究 平成 19 年度総括研究報告書』(厚生労働科学研究費補助金 障害保健福祉総合研究事業),pp. 33‒48。
厚生労働省(2008)「身体障害者,知的障害者及び精神障害者就業実態調査」。
佐藤久夫・小澤 温(2006)『障害者福祉の世界 第
3 版』有斐閣。
障害者職業総合センター(1998)『調査研究報告書 No. 28 欧米諸国における障害者の就業状態と雇用支援サービス』。
―――――――――――(2001)『 資 料 シ リ ー ズ
NO. 24 諸外国における障害者雇用対策』。
―――――――――――(2007)『EU 諸国における障害者差別禁止法制の展開と障害者雇用施策の動向』。
杉野昭博(2007)『障害学 ―― 理論形成と射程』東京大学出版会。
関川芳孝(1999)「障害をもつ人に対する雇用平等の理念」荒木兵一郎・中野善達・定藤丈弘編
『講座 障害をもつ人の人権 2 社会参加と機会の平等』有斐閣,pp. 168‒195。
170
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
Vol. 44 No. 2
総務省(2002)「平成 14 年 就業構造基本調査」。竹前栄治・障害者政策研究会編(2002)『障害者政
策の国際比較』明石書店。
遠山真世(2005)「障害者の雇用問題 ―― 平等化に向けた理論と政策」東京都立大学大学院社会科学研究科 2004 年度博士論文。
――――(2008a)「障害者の就労実態 ―― 参加と自立を阻む要因」
――――(2008b)「海外の障害者雇用と就労支
援」中野区政策研究機構『政策研究報告書 中野区における障害者雇用と就労支援に関する研究』pp. 12‒17。
内閣府(2007)『平成 19 年版 障害者白書』。
星加良司(2007)『障害とは何か ―― ディスアビリティの社会理論に向けて』生活書院。
(とおやま・まさよ 立教大学助教)
Autumn ’08 障害者に対する所得保障制度―― 障害年金を中心に――
171
障害者に対する所得保障制度
―― 障害年金を中心に――
百 瀬 優
I はじめに
障害をもつ人(以下,障害者)に対する公的な所得保障制度としては,①雇用主が障害に対する補償責任を果たす目的で生まれた労災制度,②一般的な事故や病気による障害に対して生活費を保障するために制度化された年金制度,③障害者の特別の困難に伴う出費を補う手当制度,④公的扶助および類似の制度の 4 種類が実施されている1)。これらの所得保障制度には以下のような役割があると考えられる。
まず,生存権保障である。現代の福祉国家体制は,「労働権,労働基本権の承認を中軸とし,それとの関連でおこなわれる完全雇用政策,社会保障政策などを通じて労働者や国民の生存権を国家が保障する民主主義的現代資本主義」と規定されうるが,その核心が生存権保障にあるということに大きな異論はないであろう2)。政府は,現金給付を通じて,稼得能力を喪失した障害者およびその家族が貧困状態に陥ることを防ぎ,現に貧困状態にある場合には最低生活を保障している。次に,リスクに対する保護である。現役時代に障害の状態となる可能性は限られているが,ひとたびそのような状態になれば,勤労収入が大きく減少するとともに,さまざまな出費が増加することになる。人々がリスク回避的であれば,このようなリスクに対する保険の購入は,彼らの厚生を増加させる。それゆえ,保険に対する需要が生まれるが,民間市場では,逆選択やモラルハザードとい
った情報問題から障害保険は成立しにくい。また,すでに障害の状態にある者やその可能性の高い者(既往症を有するなど)は,保険から排除されることが確実である。こうした保険市場の失敗は,政府による介入を正当化する根拠のひとつである。社会保険料や税を財源とする現金給付の仕組みは,保険数理的な意味での保険ではないが,リスクからの保護という広い意味での保険の役割を果たしている3)。
以上の 2 点に加えて,公的な所得保障制度は,本特集号のテーマである「障害者の自立」を支援する役割を有している。これからの社会福祉の目的としては,「個人が人としての尊厳をもって,家庭や地域の中で,障害の有無や年齢にかかわらず,その人らしい安心のある生活が送れるよう自立を支援すること」(中央社会福祉審議会)が求められており,実際にこのような理念は広く受け入れられている。さらに,ここで言う自立とは,自助的自立(生活者の自己決定と自己責任に基づいて確保される生活手段のみによって,その生命ならびに活力が維持・再生産されている状態)だけではなく,依存的自立(たとえ生活の一部を他者や社会福祉制度に依存していたとしても,生活の目標や思想信条,生活の場,生活様式,行動などに関して可能な限り生活者自身による自己選択権や自己決定権が確保されている状態)を含むものと考えられる。それゆえ,自助的自立を喪失した場合であっても,社会保障・社会福祉制度を利用しながら,日常の生活が維持されていれば,そこには自立生活が成り立っていると言えよう4)。
172
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
Vol. 44 No. 2
このような意味での自立にとって最も基本となるのは,生活のあり方を可能な限り自ら選択・決定するために必要となる所得が確保されていることである。障害者である場合,その多くが就労収入の減少に直面することを考えれば,公的な所得保障制度を通じて,使途の制限されない現金給付を本人に対して提供することが,自立の支援に不可欠の要素となる。
以上で述べた役割は,前述の 4 種類の制度によって総合的に担われている。しかしながら,その中でも,社会保険方式または社会扶助方式で運営される年金制度には,包括性(対象者が労災被災者や重度障害者に限定されない),継続性(長期に渡って給付される),普遍性(ミーンズテストがない),給付水準(給付額が比較的高い)の面で利点があり,障害者に対する所得保障の中心的な制度となるべきものと考えられている5)。そして,実際に多くの国でそのようになっている6)。そこで,本稿では,特に障害年金に焦点を当てて,現状把握とその制度設計の再検討を行う。しかしながら,その前に,障害者に対する生活保護の状況についてもⅡで触れておきたい。
II 障害者に対する生活保護
生活保護は障害者を特に対象とする制度ではないが,それを受給する障害者は多い。例えば,厚労省「身体障害児・者実態調査」(2006 年) では,調査項目のひとつとして,生活保護の受給状況が設けられているが,それによれば,身体障害者の 3. 6% は生活保護を受給している7)。また,地域が限定されるものの,知的・精神障害者も調査対象とする東京都「障害者の生活実態」(2003年)では,生活保護を受給していると回答した者の割合が身体障害者 6. 4%,知的障害者 3. 4%,精神障害者 25. 7% となっている。これらの数値は全体の保護率に比べればはるかに高く,生活保護を受給する障害者が多いことを示している。被保護者のうちどのぐらいの人数が障害を有しているのかは不明であるが,障害者加算の認定件数を参考として確認すると約 25 万件(2006 年)とな
っている。10 年前の認定件数は約 10 万件であり,その数は増加傾向にある。一方,世帯ベースで見ると,被保護世帯約 104 万世帯(2005 年)のうち,約 12 万世帯は障害者世帯となっている。ちなみに,定義上,障害者世帯とは「世帯主が障害者の世帯8)」であるため,障害者のいる被保護世帯はこれ以上に多いであろう。分母となる障害者世帯の世帯数(全国)が把握できないため,高齢者世帯や母子世帯のように世帯保護率を推計することはできないが,障害者世帯の世帯保護率は高くなっていると考えられる。
このように障害者の所得保障において生活保護は大きな役割を果たしている。特に,精神障害者では,就業率が圧倒的に低く,同居者無しがやや多いだけでなく,年金未受給の割合が高いため 9),生活保護に依拠せざる得ないケースが少なくない。その一方で,厚労省「被保護者全国一斉調査」によれば,障害年金と生活保護を同時受給している世帯も約 8. 5 万世帯(2006 年)存在し,現状では,障害年金を受給できたとしても,生活保護の受給に繋がることがある。しかしながら,生活保護は,家族に扶養してもらうことを前提とする制度であること,受給に伴うスティグマが生じやすいことなどから,障害者の自立を支える制度として適切であるとは言い難い。長期的には,年金制度の対象者の拡大や給付水準の向上によって,現在の生活保護の役割の一部を代替していくことを考える必要があるだろう。
III 障害年金の現状
III と IV では本稿の中心的なテーマである障害年金を取り扱う。障害年金については,これまでのところ,データに基づいた現状把握がほとんど行われてこなかったため,本章では,その現状を各種データに基づいて整理していきたい。
1 財政規模
国民年金の障害年金(障害基礎年金および旧国民年金法の拠出制障害年金)や厚生年金保険の障害年金(障害厚生年金および旧厚生年金保険法の
Autumn ’08
障害者に対する所得保障制度―― 障害年金を中心に――
173
障害年金)だけでなく,各種共済組合の障害年金も含めた財政規模は,国立社会保障・人口問題研究所「社会保障給付費」の機能別社会保障給付費にある「障害年金」の項目で知ることができる。その規模は 2005 年度で 1 兆 7, 253 億円(対国民
所得比は 0. 47%)となっている。現在の障害年金の財政規模は,退職年金(老齢年金)や遺族年金と比較すれば確かに小さい。しかしながら,他の現金給付プログラムよりは大きく,我が国における現金給付プログラムとしては,決して小さいものではない。ちなみに,社会保険庁『事業年報』で同年度における給付費を個別に見ると,障害基礎年金が約 1. 3 兆円,障害厚生年金が約 0. 2兆円であり,財政規模の大部分は障害基礎年金の給付費で占められている。
公表されている機能別社会保障給付費の最も古い年度である 1994 年度では,「障害年金」の規模
が 1 兆 4, 320 億円(対国民所得比は 0. 38%)であるため,財政規模は増加していると言えよう。ただし,1994 年度では,障害年金給付費が社会保障給付費全体に占める割合が 2. 37% であったのに対して,2005 年度には 1. 96% へと低下していることから,障害年金給付費の増加は社会保障全体の増加に比べると緩やかなものとなっている。また,日本の障害年金給付費は増加傾向にあるといえども,国際的に見るとその規模は極めて小さい。表 1 は,OECD の Social Expenditure Database を用いて,「障害年金」の給付費を対 GDP 比で国際比較したものである。障害年金給付費対 GDP 比は国ごとに大きく異なるが,その中でも,日本の数値が特に低くなっていることが明瞭である。さらに,統計上,日本では,「障害年金」に 65 歳以上の高齢者に対する障害年金給付の費用が含まれる一方で,他の国では,それが含まれていないことも考慮する必要がある10)。また,障害年金給付費が公的社会支出総額に占める割合を見ても日本の数値は小さく,社会政策の中での障害年金の位置づけが特に低くなっていることが分かる。先進諸国間では生産年齢世代の健康状態が大きく異ならないと考えれば,このような差をもたらす要因は制度設計にあると言えよう。
表 1 障害年金給付費の国際比較(2003 年)
単位 : %
障害年金給付費 / GDP | 障害年金給付費 /公的社会支出総額 | |
日本 | 0. 34 | 1. 90 |
アメリカ | 0. 66 | 4. 06 |
フランス | 0. 75 | 2. 61 |
ドイツ | 0. 83 | 3. 04 |
デンマーク | 1. 81 | 6. 57 |
イギリス | 1. 97 | 9. 55 |
スウェーデン | 2. 17 | 6. 93 |
資料) OECD, Social Expenditure Database 2007 より作成。
具体的には,日本における障害認定の範囲が狭いことや一人当たり支給額が低いことなどが理由として考えられる。
2 受給者数
次に,受給者数を確認する。ただし,受給者のデータが利用できない場合や受給権者で把握した方が適切な場合は,受給権者のデータを用いる11)。表 2 では 2005 年度末の障害年金受給者数を給 付別にまとめている。注目すべき点は,まず,障害年金受給者全体(約 176 万人)の 8 割が障害基礎年金を受給しており,障害年金の中でも特に障害基礎年金の果たす役割が大きいということである。また,全体の 4 分の 3 以上が,障害基礎年金のみ(あるいは旧法国民年金の障害年金)の受給者であり,障害年金では,報酬比例部分を受給していない者が多い。老齢年金では,老齢基礎年金のみ(あるいは旧法国民年金の老齢年金・老齢福祉年金)の受給者が少ないこととは対象的である12)。さらに,初診日に 20 歳未満であった者等
に支給される第 30 条の 4 に基づく障害基礎年金
の受給者が障害基礎年金受給者の 6 割強,障害年
金受給者総数の約 5 割を占めている13)。この点はこれまでほとんど指摘されてこなかったことであるが,障害基礎年金では無拠出年金の受給者の方が多いということを示している14)。
給付別の受給者数に関連して,2005 年度末の障害等級別の受給者数を見ると,障害基礎年金では 1 級の受給者が約 65 万人,2 級の受給者が約 75 万人であり,2 級の受給者の方が多い。10 年
174
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
表 2 障害年金受給者数(2005 年度末現在)
単位 : 人
障害年金受給者総数 1) | 1, 755, 419 |
障害基礎年金 (再掲)障害基礎年金のみ (再掲)第 30 条の 4,附則第 25 条該当 | 1, 405, 363 1, 235, 760 881, 884 |
障害厚生年金 2) (再掲)障害基礎年金も同時受給 | 272, 424 170, 486 |
障害年金(旧法国民年金) | 113, 014 |
障害年金(旧法厚生年金保険) | 82, 090 |
共済組合 3)(障害共済年金他) | 53, 014 |
注)1) 障害基礎年金と障害厚生年金・障害共済年金を同時に受給している者がいるため,障害年金受給者総数は各制度の受給者数の合計値と一致しない。ただし,表中の障害年金受給者総数は,厚生年金と基礎年金を併給している者の重複分のみを控除した数値である。
2) 旧法共済組合,旧法船員保険の数値もここに含めている。
3) 共済組合についての数値は受給権者数である。資料) 社会保険庁『事業年報』より作成。
Vol. 44 No. 2
前における 1 級の割合が 56%,2 級の割合が 44% であったことを考えると,2 級の受給者が急速に増加していると言える。一方,障害厚生年金では,1 級が約 5 万人,2 級が約 12 万人,3 級が約 9 万人となっている。障害厚生年金でも 2 級の受給者が多く,またその割合は増加傾向にある。次に,障害事由別の受給権者数(2006 年)を 見ると,国民年金では,内部疾患・外傷を事由とする受給権者が約 91 万人,精神の障害を事由と
する受給権者が約 78 万人(精神障害約 41 万人,精神遅滞約 37 万人)である。受給権者の 46% が精神の障害を事由としており,その割合は 1994年度の 37% から一貫して増加している。一方,厚生年金保険では,受給権者の 20% に相当する約 10 万人が精神の障害を事由としている。
また,障害年金における障害の認定には永久認定と有期認定があるが,2006 年度では障害基礎年金の受給権者の 56% は永久認定を受けている。有期認定も 4 割以上存在することになるが,
同年度において,障害不該当または 3 級該当による支給停止者数は,障害基礎年金受給権者全体の 1.5% であり,実際に支給停止されることは少ないと考えられる。その他,第 30 条の 4 による障害基礎年金では,受給権者本人に一定額以上の所
得がある場合に支給停止(全部または 2 分の 1)が行われるが,2005 年度末現在,第 30 条の 4 の受給権者の 94% は全部支給を受けている。残りの 6% の支給停止者には,所得制限以外の理由による支給停止も含まれているため,所得制限による支給停止を受けている受給権者は極めて少ないと判断できる15)。
障害年金の受給者数(各種共済組合の障害年金の受給者は除く)の推移については,図 1 に示したように,1970 年以降一貫して増加している。特に 1990 年代以降,国民年金の障害年金では,新規裁定率(生産年齢人口に占める新規裁定者数の割合)が増加し始める一方で,失権率(受給権者数に占める失権者数の割合)が低下するようになっており,新規受給者の増加と受給期間の長期化の両面で,今後とも受給者の増加は続くと予期される16)。しかしながら,障害年金の受給者数についても国際的に見るとかなり少ないことを指摘しなければならない。受給者数については,表 1で障害年金給付費対 GDP 比が最も高かったスウェーデンと日本に次いで低かったアメリカの両国と日本を比較している。各国の国内統計をもとに生産年齢人口 1, 000 人当たりの障害年金受給者数
を示したのが図 2 である。この結果によれば,日
障害者に対する所得保障制度―― 障害年金を中心に――
Autumn ’08
175
資料) 社会保険庁『事業年報』より作成。
図 1 日本の障害年金受給者の推移(1970‒2005 年)
176
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
Vol. 44 No. 2
単位 : 人
注) スウェーデンの障害年金受給者数には部分障害による受給者を含む。アメリカの障害年金受給者数は,被保険者本人に対する給付,障害をもつ未亡人に対する給付,障害をもつ成人した子に対する給付の受給者の合計値を用いており,(障害をもたない)家族に対する給付の受給者は除いている。
資料) スウェーデンの障害年金受給者数=スウェーデン社会保険庁 http://statistik.forsakringskassan.se/ 生産年齢人口=スウェーデン統計局http://www.scb.se/,アメリカの障害年金受給者数= Social Security Administration, Annual Statistical Report on the Social Security Disability Insurance Program 2006 の Table 1 生産年齢人口= U.S. Census Bureau, Annual Estimates of the Population by Five-Year Age Groups and Sex for the United States: April 1, 2000 to July 1, 2006(NC-EST2006-01),日本の障害年金受給者数=社会保険庁『事業年報 平成 17 年度』生産年齢人口=総務省統計局『平成 17 年国勢調査』
図 2 生産年齢人口 1, 000 人あたり障害年金受給者数
本の数値は約 21 人であり,スウェーデンの 4 分
の 1 弱であるだけでなく,アメリカの約半分に過ぎない。ちなみに,日本では,65 歳以降も障害年金を受給することができる17)が,アメリカやスウェーデンでは,老齢年金支給開始年齢到達とともに障害年金が老齢年金に切り替えられる。それゆえ,65 歳未満の受給者に限定して比較を行えば,日本における障害年金受給者の少なさがいっそう際立つであろう。
3 支給月額
本項では,一人当たりの平均支給月額を確認したい。障害年金の年金額の決め方を簡単に説明すると,障害基礎年金では,2 級の場合,満額の老齢基礎年金と同額,1 級の場合,その 1. 25 倍となっている。一方,障害厚生年金では,平均標準
報酬額×給付乗率×被保険者月数で計算される老齢厚生年金の額を基準として,2 級,3 級の場合はそれと同額,1 級の場合はその 1. 25 倍とな
る。ただし,被保険者月数が 300 月未満の場合は
300 月と見なして計算を行う18)。
2005 年度における具体的な数値は次の通りで
ある。まず,障害厚生年金 1 級の受給者平均年金
月額は基礎部分込みで月額 162, 615 円,障害厚生
年金 2 級は月額 125, 189 円となっている。また,
基礎年金が支給されない障害厚生年金 3 級の受給
者平均年金月額は 56, 051 円である。一方,障害
基礎年金の受給者平均年金月額は,1 級で 83, 251
円,2 級で 67, 500 円となっている。生活扶助と基礎年金では目的や役割が異なることから,両者は単純に比較できるものではないが,特に 2 級の場合,地方都市や大都市の単身者の生活扶助基準
(加算なし)19)を下回るような水準の年金となっていることは強調しておきたい。
以上の年金支給額を国際比較することは簡単ではない。まず,各国で社会経済状況等が違うため,どのような比較方法を用いたとしても,厳密な比較を行うことは困難である。また,他の社会保障制度のあり方を無視して,年金だけを取り出して比較することには限界もある。年金支給額の国際比較には,このような問題点も含まれているが,障害年金の水準を把握するためには必要な作業であると思われる。図 2 と同じ国について支給
月額を比較した結果を表 3 にまとめている。大まかに言えば,購買力平価で円換算した金額で見ても,所得代替率で見ても,障害厚生年金の 1 級か
2 級を受給する場合,障害年金の給付水準は国際的に見ても高いと言える。ただし,日本では,障害年金受給者全体の 4 分の 3 以上が障害基礎年金のみ(あるいは旧法国民年金の障害年金)の受給者であることを考えれば,障害基礎年金の水準の方が重要である。障害基礎年金の給付水準は,1級の場合であっても,アメリカ,スウェーデンの障害年金の水準を大きく下回り,特に 2 級では,両国の半分程度の水準でしかない20)。
Autumn ’08
障害者に対する所得保障制度―― 障害年金を中心に――
表 3 障害年金支給月額の国際比較
177
スウェーデン(2006) | アメリカ(2006) | 日本(2005) | |
平均年金月額 | 所得比例給付 127, 375 円 最低保証額 94, 462~107, 956 円 | 社会保障障害保険 121, 235 円 | 障害厚生年金 (1 級・基礎込み)162, 615 円 (2 級・基礎込み)125, 189 円 (3 級)56, 051 円障害基礎年金 (1 級)83, 251 円 (2 級)67, 500 円 |
所得代替率 | 所得比例給付約 50. 1% 最低保証額 約 37. 1%~42. 5% | 社会保障障害保険約 39. 4% | 障害厚生年金 (1 級・基礎込み)約 47. 8% (2 級・基礎込み)約 36. 8% (3 級)約 16. 5%障害基礎年金 (1 級)約 24. 5% (2 級)約 19. 8% |
注) スウェーデンの平均年金月額は完全障害の場合の数値である。スウェーデンでは,所得比例給付が受給できない,あるいは,給付額が最低保証額(年齢によって異なる)に満たない場合は,最低保証給付が支給される。アメリカの平均年金月額は被保険者本人給付の数値である。
資料) 平均年金月額は, スウェーデン社会保険庁http://statistik.forsakringskassan.se/,Social Security Administration, Annual Statistical Report on the Social Security Disability Insurance Program 2006 の Table 3,社会保険庁『事業年報』のデータを利用した。スウェーデンとアメリカの平均年金月額はOECD の発表する購買力平価で円換算している。所得代替率は,手取り賃金平均に対する平均年金月額の比率とした。手取り賃金はOECD の推計したグロス賃金から単身者子無しの場合の所得税および社会保障本人拠出を除いた額(アメリカとスウェーデン : OECD, Taxing Wages 2006‒2007 の p. 96,日本 : OECD, Taxing Wages 2005‒ 2006 の p. 74)を用いた。
4 障害別の受給率
障害年金は受給者の生活を支える柱となっているが,その一方で,年金を受給していない障害者も少なくない。例えば,厚労省「身体障害児・者実態調査結果」(2006 年)によれば,公的年金を受給する身体障害者は全体の 67. 7% で,そのうち障害に起因する年金を受給しているのは
58. 8%(労災の年金も若干含む)となっており, 4 割程度は障害年金を受給していない。障害に起因する年金を受給していない理由については,未受給者の 3 割が「わからない」か「回答なし」のため詳細は不明であるが,約 33% は障害の程度が年金の対象に該当しなかったこと,約 13% は 65 歳に達してから障害者になったことを理由として挙げている。また,未受給者の 5~6% は,未納や未加入のために年金が受給できていないと回答している。次に,厚労省「知的障害児(者)基礎調査」(2005 年)によれば,20 歳以上の知的障害者では,74. 9% が手当・年金を受給している。この中には手当のみの受給者も含まれるが,大半が障害基礎年金を受給している。手当・年金
の未受給の理由として,未受給者の約 6 割は障害が軽いためとしているが,制度を知らないためと回答した者も約 2 割存在している。最後に,厚労省「精神障害者社会復帰サービスニーズ等調査
(外来調査集計表)」(2003 年)によれば,精神障害者( 在宅) の障害年金受給率は 25. 7% であり,精神障害では無年金となっている者の割合が他の障害に比べて特に高い。その理由として,①精神障害は 20 歳前後の発症が多く,生活混乱から保険料の滞納が生じやすいため,拠出要件を満たしにくいこと,②本来ならば拠出要件の問われない 20 歳前での発症であっても偏見などから実際の初診日が遅れるケースがあること,③初診日から長期間経ってからの年金請求が多く,添付書類上の不利益が生じやすいこと,④精神障害の社会的認知が遅れていることなどが指摘されている21)。
IV 障害年金の制度設計の再検討
III での現状把握を前提として,本章では,現
178
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
Vol. 44 No. 2
行の障害年金の制度設計について再検討を行う。
1 制度の体系
制度体系に関しては,まず,障害年金が老齢年金と同一の制度で運営されていることについて再検討したい。これまで両年金は不可分のものと考えられることが一般的であった。また,実際に多くの国ではそれらを同一の制度で運営している。しかしながら,以下のような理由から両年金の関係を見直す必要があると思われる。
第一に,障害と老齢のリスクとしての違いが大きくなっている。具体的には,障害は,発生する確率が極めて低く,発生する時期が不確定である。それに対して,老齢は,ビスマルクが最初に障害老齢保険を創設した時代と比較して,年金支給開始年齢の低下と平均寿命の伸長が進み,現在では,発生する時期が明確であるだけでなく,発生する確率が極めて高いリスクとなっている。そのため,今日の老齢年金を,障害年金と同一の制度で運営することの根拠は薄れている22)。第二に,老齢年金改革の影響が障害年金にも及ぶことに注意しなければならない。2004 年改正で導入されたマクロ経済スライドによって,今後,公的年金の実質的な給付水準は低下していくが,現行の制度体系では,マクロ経済スライドは障害年金にも適用される。この改正については,そもそも少子高齢化を理由とする給付削減を障害年金にも適用することは妥当なのかという疑問が残る23)。さらに,障害年金では,老齢年金と同じように給付水準が削減された場合,その弊害がより大きい。障害年金受給者は,公的年金以外の資産形成を受給前に行う余地は少ない。また,その多くは基礎年金部分しか受給していない。それゆえ,マクロ経済スライドによる給付水準の低下によって,障害者に対する所得保障が極めて不充分なものとなる可能性がある。以上述べてきたことを考えれば,障害年金と老齢年金を別制度とするという選択肢が考えられて良いと思われる。
次に,職業別に制度設計が異なることについても言及したい。現行の日本の制度体系では,初診日の加入制度によって,障害の認定基準や受給で
きる障害年金が異なる。国民年金のみに加入する自営業者は,障害等級 3 級の状態に該当しても障害年金を受給することはできない。そして,障害年金を受給できる場合でも,自営業者が受け取ることができるのは基礎年金部分のみである。
確かに,定年のある被用者とは異なり,定年のない自営業者は一般的には長く働き続けることが可能であり,老齢年金の必要性の度合いは自営業者と被用者とでは異なる。また,現実問題として,自営業者の老齢年金を被用者並みに引き上げることは,それに伴う自営業者の保険料負担増が大きいために,合意を得ることが難しいであろう。それゆえに,老齢年金について職業別に制度設計が異なることには一定の合理性があるかもしれない。しかしながら,障害の状態となった場合には,自営業者であろうが被用者であろうが生活基盤を失うことに変わりはなく,障害年金では,両者を区別する根拠に乏しいのではなかろうか。ましてや,現在では,国民年金のみに加入する第 1 号被保険者の中にも,パートタイマーを中心に被用者が多数存在している24)。現行の制度体系では,彼らが障害の状態となった場合も自営業者の場合と同様に取り扱われることになる。
さらに,老齢と異なり障害の状態はいつ起こるか分からないため,制度間格差がある場合には,失業や転職によって加入者に大きな不利が生じる可能性がある。例えば,被用者が,一時的に,失業期間を経験したり,自営業や短時間パートタイマーに転職したとしても,老後には,老齢年金の基礎年金部分に加えて報酬比例部分を受給できる。しかし,もし彼(彼女)がその期間に障害の状態となった場合,障害年金の報酬比例部分を受給することはできない。
以上 2 つの理由から,自営業者等か被用者かによって認定基準や給付設計などが大きく異なることは適切ではないと思われる。障害年金については,制度を完全に一元化する,あるいは,自営業者等と被用者の間で制度設計をなるべく揃える必要がある。
Autumn ’08
障害者に対する所得保障制度―― 障害年金を中心に――
179
2 障害認定
我が国では,障害年金を受給できる障害の状態として,1 級障害,2 級障害,3 級障害が定められており,各等級の機能障害の事例が国民年金法施行令別表および厚生年金保険法施行令の別表第 1 に挙げられている。国民年金では,1 級もしく
は 2 級の状態に該当すれば,厚生年金保険では,
1 級から 3 級のいずれかの状態に該当すれば,障害年金が支給される。また,各障害等級の基準については,1 級が,日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる程度のもの,2 級が,日常生活が著しい制限を受けるかまたは日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの,3 級が,労働が著しい制限を受けるかまたは労働に著しい制限を加えることを必要とする程度のものとされている。3 級では,稼得能力が考慮されているとも考えられるが,事実上,日本では,機能障害を捉えて障害を認定し,その際には原則として日常生活能力が基準として用いられていると言える。一方,諸外国では一般的に,稼得能力の減退・喪失が障害年金における障害の認定基準となっている。例えば,アメリカの社会保障法第 223
条では,障害を「死に至るか 1 年以上継続すると予期され,かつ,医学的に確定可能である身体的・精神的機能障害によって,いかなる実質的な稼得活動にも従事できない状態」と定義している。それゆえ,重度の機能障害を有している場合でも,就労によって一定以上の収入を得ていれば,年金を受給することはできない。逆に,機能障害の程度が社会保障庁の定めるリストの基準に満たなくとも,申請者の稼得能力(年齢,教育,労働経験なども考慮)では,国民経済に多数存在するような他の仕事に順応することができないと判断されれば,年金の支給対象となる25)。
障害を認定するに当たって,稼得能力の喪失・減退を重視する場合とそうでない場合の違いとして,前者では,一定以上の就労収入がある場合は年金の申請が却下される,あるいは,支給が打ち切られるため,あえて就労をせずに年金を受給するという誘因が生まれやすい。それに対して後者では,就労しながら年金を受給することができる
ため,そのような誘因は生じにくいと考えられる。実際に,日本の障害年金受給者の 2 割から 3割は就労している26)。年金制度が就労を阻害する可能性が低いという意味では,現行の基準に対して一定の評価をすることができる。
しかしながら,我が国の認定基準では,その範囲が狭くなるため,稼得能力の喪失を理由として所得保障を必要とする多くの障害者が障害年金から排除されることになる27)。図 2 で見たように,日本と同等かそれ以上の拠出要件を求めているアメリカよりもはるかに受給者数が少ないということは,日本の認定基準が極めて厳しくなっていると考えざるを得ない。その一方で,就労が可能であっても障害年金の支給が行われるので,受給者のごく一部は,常勤で働いて安定した収入を得ながら,障害基礎年金と障害厚生年金を合わせた年金を受給しているという現実がある28)。
結果として,障害者生活実態調査研究会「障害者生活実態調査」や日本障害者協議会「障害者自立支援法の影響 : JD 調査 2006」29)でも示されているように,「勤労収入の有無・額」と「障害年金の有無・額」との関連性がほとんど無くなっている。すなわち,勤労収入が高い人に高額の年金受給者がいる一方で,勤労収入がゼロの人の中に年金未受給者が少なくない。現行の認定基準による障害年金では,稼得能力の減退による所得喪失を補填するという機能が不充分であり,所得保障制度としては問題があるのではなかろうか。こうしたことを考えれば,機能障害のために実質的な就労ができないことを重視するような形で,障害認定のあり方を見直す必要があると思われる30)。
3 給付設計
障害年金の給付水準については,受給者の割合から言えば,障害基礎年金の水準について言及する必要がある。この水準は国際的に見ても低いだけでなく,生活保護との対比で見ても低くなっている。障害年金受給者においては,報酬比例部分の利用可能性が低いこと,貯蓄などの資産形成を受給前に行うのが難しいこと,介護費や医療費はもちろんそれ以外にも障害に伴う特別の出費が生
180
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
Vol. 44 No. 2
じる31)ことなどを考えると,現在の障害基礎年金の水準では,一般就労に従事していない障害者が本人収入によって最低生活を維持することは困難であろう。そのような場合には,生活保護制度があり,実際に,II で示したように障害年金を受給しながら生活保護を同時に受給する者も存在する。ただし,生活保護制度では補足性の原理により親族扶養が優先されるため,年金があっても生活できない不就労の障害者や作業所で働く障害者は,家族に支えられて生活していることが多いと考えられる。障害者が成人後も家族の収入に依存している状況は,自立を支援するという観点から見れば決して望ましいものではない。また,障害者自立支援法による利用者負担の増加によって,障害年金だけ(あるいはそれに近い形)で生活する障害者は,サービス利用の抑制や生活水準の低下に直面している。以上を勘案すれば,障害基礎年金において,特に水準が低く,かつ,受給者が増加している,2 級の支給額を引き上げることが必要であろう。この点については,与党障害者自立支援に関するプロジェクトチームも 2007 年末の報告書で検討項目として提示している32)。
一方,現在,障害等級 1 級のみに認められている給付額加算については,その見直しの余地があるように思われる。25% の加算は,介護加算と理解することができ,また政府の説明でもそのような位置づけが与えられてきた33)。ただし,障害年金制度上の障害等級の高低は,必ずしも各人の要する介護費等の多寡と一致するとは限らない。例えば,厚生省「厚生年金保険障害厚生年金受給者実態調査」(2000 年)によって,受給者の障害等級と月当たり治療・療養・介助にかかる費用の関係を見れば,同じ等級であっても,月当たり治療・療養・介助にかかる費用は受給者間で大きく異なることが分かる。また,1 級の受給者でもその負担がほとんど無い者が 2 級の場合と同程度の割合で存在する一方で,2 級の受給者でもそうした費用の負担が重い者が 1 級の場合と同程度の割合で存在している。同調査は,調査年次がやや古いこと,対象者が厚生年金保険の障害年金受給者だけであるという限界があるが,1 級の該当者に
25% の年金額加算を一律に行うことの非効率性を示している。障害に伴う特別の出費にはさまざまなものがあるが,そのうち介助や治療に要する費用の補填は,現在の加算制度を廃し,年金制度外で個別のニードに応じて手当することが合理的と思われる34)。
4 財源調達
日本の障害年金は社会保険方式で運営されているが,障害基礎年金においては,保険料を拠出できなかった者に対する給付も行われている35)。まず,免除期間や学生納付特例期間しか有しない者が障害の状態になった場合でも,保険料拠出者と全く同様の障害基礎年金が支給される。老齢基礎年金では,それらの期間を有する受給者に対しては,年金が支給される場合でもその給付額が減額されることと比較すれば,その特徴は明瞭である。また,初診日に 20 歳未満であった者は,1
級か 2 級の障害状態に該当すれば,第 30 条の 4に基づく障害基礎年金が支給される。その支給額は通常の障害基礎年金( 第 30 条,30 条の 2,3該当)と同額であり,所得制限が付けられているものの,非常に緩やかであり,給付面での違いはほとんどない。一方,この障害基礎年金は拠出面で通常の障害基礎年金と異なり,受給者本人の拠出を要しない無拠出年金である。また,例えば,その者の家族が保険料を拠出しているか否かも問われない36)。ただし,完全な社会扶助方式とは言い難く,財源の 4 割が社会保険料となっており,その性格は非常に曖昧である37)。そして,この第 30 条の 4(附則第 25 条該当を含む)に基づく障害基礎年金受給者は,障害基礎年金受給者全体の 6 割強を占めている。それ以外にも,免除期間や学生納付特例期間のみで,通常の障害基礎年金を受給している者も存在すると考えられるため,現在の障害基礎年金では,その受給者の多くが無拠出の障害基礎年金を受給していると言える。さらに,拠出要件自体も特例措置によって緩和されており,過去にいくら保険料を滞納していても,初診日の属する月の前々月までの 1 年間だけ滞納期間がなければ,障害基礎年金は支給される38)。こ
Autumn ’08
障害者に対する所得保障制度―― 障害年金を中心に――
181
のような取り扱いや特例は,国民年金法制定時の理念である国民皆年金の実現に沿ったものである。確かに,私保険とは異なり社会保険では保険技術が貫徹される必要は無いが,障害基礎年金については社会保険方式の原則からの乖離が非常に大きい。
その一方で同時に,社会保険方式を建前としているため,拠出要件を満たせずに無年金となっている障害者も少なくない。また,今後とも無年金者の発生は避けられないであろう。現在でも,若い時期には,意図的な保険料滞納ではなくて,経済的な理由や無知により保険料納付や免除猶予手続きが出来ないことは大いにありうる。実際に第 1 号被保険者の未納率は若年者ほど高くなっている。このような場合でも,老齢年金であれば,その後に保険料納付を一定期間行うことで,年金を受給することができる。しかし,障害年金では,短期間の未納のために,無年金になる可能性があるという違いがある。さらに,障害年金では,さまざまな形で無拠出者に対しても,必要原則に基づいて,拠出者と同様の年金給付が行われている。この両方の意味で,無年金障害者に対するペナルティはあまりにも重いのではなかろうか。既発者については福祉的措置での対応になるとしても,少なくとも今後は,未納や未加入による無年金障害者が発生しないような仕組みに年金制度を改める必要があるだろう。
このように,現在の障害基礎年金の財源調達方法では,国民皆年金という理念から無年金者を極力生まないようにするために,社会保険の原則が大きく変更されている一方で,社会保険の形式が残されているがゆえに,無年金者が生じて国民皆年金が達成できていないという状況が作り出されている。その結果,社会保険の原則から見ても,国民皆年金の理念から見ても,非常に問題の多い財源調達構造になっている。こうしたことを踏まえれば,障害年金では,基礎年金部分を完全に社会扶助方式とすることなどが考えられよう。確かに,老齢基礎年金を社会扶助方式とすることについては,多くの問題点が指摘されており,実際に移行することは困難であると思われる。しかしな
がら,障害基礎年金では,①給付総額が老齢基礎年金の約 10 分の 1 で高齢化による影響も受けにくいため,社会扶助方式とした場合でも大幅な増税とはならないこと,②すでに特例措置によって過去の未納分について柔軟な取り扱いがなされているため,老齢基礎年金を社会扶助方式とする場合に必要となるような長期の移行期間や経過措置が不要であることなど,社会扶助方式に移行することの障壁は低くなっている。
V おわりに
障害基礎年金ができるまで,障害年金受給者の半数は障害福祉年金を受給していた(図 1 を参照)。1985 年改正によって,多くの障害者が障害福祉年金の 2 倍近い水準の障害基礎年金を受給できるようになった。また,障害福祉年金で行われていた扶養義務者の所得による支給制限は,本人の自尊心を損ね自立を妨げることにもなるという理由から撤廃された。これらの改正内容は高く評価されるべきである39)。
しかしながら,III と IV で見たように,現在の障害年金制度は,障害認定や給付水準の面で極めて制限的な内容となっており,その更なる充実が求められる。また,制度体系,給付額加算,財源調達方法など,実情に合わせて変更を要すると思われる箇所がある。もちろん,制度の拡充には保険料負担ないしは税負担の増加が伴う。ただし,それらは単なる負担の増加を意味するだけではない。それによって,障害年金の規模が小さいゆえに生じている障害者の家族や生活保護の負担が軽減される。同時に,国民全体が障害に伴う予期不能なリスクに対してより確実な保護を享受することができるようになる。
本稿では,年金制度が障害者の所得保障の主柱となっている現実を前提として,障害年金の抱える課題やその改革の方向性について論じた。一方で,他の研究者からは,障害者の所得保障については,ベーシック・インカムのような新たな制度の構想が有益であるとの指摘もなされている40)。いずれの方向にせよ,老齢年金や障害者福祉に比
182
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
Vol. 44 No. 2
べて注目を集めることの少なかったこの分野に関する研究や議論が,今後は活発に行われることを期待したい。
注
1) この 4 分類は一圓〔2002,p. 22〕および山田
〔2001,p. 174〕に従っている。
2) 福祉国家の定義については田多〔1994,
p. 24〕を参照。
3) ここでの議論はBarr〔2001〕から示唆を得ている。
4) 自助的自立や依存的自立の概念については古川〔2007〕を参照。
5) 山田〔2001,pp. 180‒181〕は,障害年金が以下の 3 つの条件を満たしていることから,それが所得保障の基本的な制度となるべきであると指摘している。①合理的な一定の障害基準に該当する者すべてを包摂し得ること,②障害が長期にわたって継続するという特性から,一定水準の給付が継続的かつ確実に行われること,③給付の内容が,障害をもつことにより失われた稼得能力および障害に伴う特別の出費に対する一定の補填を行うとともに,社会参加の促進を一定程度保障しうるものであること。
6) 海外の障害年金を扱った最近の日本語文献として福島豪〔2008〕や百瀬〔2008〕がある。 7) 同調査では,「受給している」3. 6%,「受給
していない」71. 9% のほかに,「回答なし」が
24. 5% ある。回答なしの中にも,実際には生活保護受給者が含まれていると考えられる。
8) 厚労省「福祉行政報告例」では,障害者世帯は「世帯主が障害者加算を受けているか,障害・知的障害等の心身上の障害のため働けない者である世帯」と定義されている。
9) 障害者の就業率や同居の有無,年金の受給状況については内閣府〔2007〕を参照。
10) 障害年金を含めて,障害者に対する現金給付の費用を国際比較するにあたっての注意点については勝又〔2002〕を参照。
11) 受給権者とは「年金を受ける権利を持っていて,本人の請求により裁定された者」である。それゆえ,受給権者には,全額支給停止されている者も含まれる。一方,受給者とは「受給権者のうち,全額支給停止されていない者」である。社会保険庁『事業年報』を参照。
12) 老齢年金では,重複分を控除した場合の受給者数が 27, 810, 250 人であるのに対して,老齢
基礎年金のみの受給者数が 6, 104, 388 人,旧国
民年金の老齢年金の受給者数が 2, 972, 481 人,
老齢福祉年金の受給者数が 33, 849 人である。社会保険庁『事業年報』を参照。
13) 1986 年 3 月 31 日時点での旧障害福祉年金受給権者も,国民年金法等の一部を改正する法律
(昭和 60 年法律第 34 号)附則第 25 条の規定により,国民年金法第 30 条の 4 に該当するとみなされている。
14) 第 30 条の 4 に基づく障害基礎年金受給者が多い理由としては,第 30 条の 4 の受給者の方が,それ以外の受給者よりも 1 人当たりの受給期間が長いことが挙げられる。
15) 障害等級別の受給者数および第 30 条の 4 の支給停止数については,社会保険庁『事業年報』を利用した。障害の事由別の受給権者数,永久認定の受給権者数,障害不該当または 3 級該当による支給停止者数については,社会保険庁資料に基づく。
16) 1985 年改正以降の新規裁定率は,障害基礎年金の導入による新規裁定が多かった 1986 年度を除くと,1987 年度の 0. 86‰ から一旦低下した後,1991 年度の 0. 72‰ を底として 2005 年度の 0. 93‰ まで徐々に増加している。一方,失権率は,1989 年度の 3. 30% をピークに徐々に低下し,2005 年度では 2. 87% となっている。ただし,失権率の低下は,受給期間の長期化よりも,失権規定の変更(1994 年改正)による影響の方が大きいかもしれない。新規裁定率および失権率については社会保険庁『事業年報』をもとに算定。
17) 障害年金受給者の年齢別データは入手できなかったため,65 歳以上の受給者の割合は不明である。過去に実施された厚生省の受給者実態調査などから判断すると障害年金受給者の 2 割から 3 割は 65 歳以上であると推測される。
18) ちなみに,障害基礎年金では,受給権を取得したときに受給権者によって生計を維持されている子がいる場合に年金額の加算があり,障害厚生年金(1 級・2 級)では,受給権を取得したときに受給権者によって生計を維持されている 65 歳未満の配偶者がいる場合に加給年金額が加算される。また,受給権発生後に配偶者や子を新たに扶養する場合にも加算を行うための改正案「国民年金法等の一部を改正する法律案」が 2008 年 6 月に国会へ提出されている。
19) 単身者の生活扶助基準(加算なし)は,年齢および居住地によって異なっており,20~40 歳の場合は,64, 870 円(3 級地‒2) から 83, 700円(1 級地‒1) であり,41~59 歳の場合は, 63, 250 円(3 級地‒2) から 81, 610 円(1 級地‒
1)である 。実際の最低生活費(保護基準)には,これに障害者加算や住宅扶助などが加わる。
20) ただし,アメリカの社会保障障害保険では,支給月額のばらつきが大きく,また,最低保証
Autumn ’08
障害者に対する所得保障制度―― 障害年金を中心に――
183
額も存在しないため,平均年金月額を大きく下回る低額の年金しか受給していない者も存在する。
21) 精神障害者が無年金に陥りやすい理由については,池末〔2007〕や全家連〔1994〕を参照。
22) 世界銀行の老齢年金に関する報告書も,障害給 付 に つ い て は 老 齢 給 付 と の 切 り 離 し
(delinking)も含めた見直しの必要性があることを指摘している。Holzmann and Hinz〔2005,
p. 32〕を参照。
23) この点については百瀬〔2006〕〔2008〕で述べた。また,江口〔2007,p. 56〕も同様の指摘を行っている。
24) 厚労省「国民年金被保険者実態調査」(2005年)によれば,第 1 号被保険者の 24. 9% が臨時・パートであり,12. 1% が常用雇用である。近年では,第 1 号被保険者に占める臨時・パートの割合だけでなく,常用雇用の割合も増えている。
25) アメリカにおける障害認定の枠組みについては, 百瀬〔2008〕や連邦行政規則集(Code of Federal Regulations)Title 20 § 404. 1520 を 参照。
26) 厚生省「国民年金障害年金受給者実態調査」
(1995 年)によれば,国民年金の障害年金受給者の就業率は 21. 1% となっている。また,「厚生年金保険障害厚生年金受給者実態調査」
(2000 年)をもとに就業率(「仕事有り」/「仕事有り」+「仕事無し」)を算定した場合,障害厚生年金受給者の就業率は 29. 6%(64 歳以下
では 34. 5%)である。
27) 三澤〔2007,p. 23〕は,インペアメントとしての障害の重さだけが基準になるという不合理は,特に知的障害者や精神障害者に重くのしかかっており,本当に年金が必要な人に年金が行き渡らないという状況を放置することになると批判している。
28) 例えば,厚生省「厚生年金保険障害厚生年金受給者実態調査」(2000 年)によれば,障害厚生年金(2 級以上)受給者の約 11% が常勤の会社員・公務員等で就業している(2 級以上の調査回答者 3, 505 人に対して常勤の会社員・公務員等は 386 人)。
29)「障害者生活実態調査」の結果については土屋〔2008〕,「JD 調査 2006」については日本障害者協議会〔2007〕を参照。
30) 制度体系のところで述べた理由も考慮すれば,まずは,国民年金にも障害等級 3 級を設けることが必要と思われる。また,本稿では触れていない点も含めて,障害認定の問題点について詳しく論じた文献として高橋〔1998〕や河本
〔2007〕がある。
31) 障害に伴う特別の出費としては,医療や介護の利用者負担の他にも,既成食品や外食,クリーニング,タクシー等への高い依存度による支出の増加,身体不自由を補うための日常生活補助具の購入費用,住宅改造のための費用などが挙げられる。
32) 与党障害者自立支援に関するプロジェクトチーム「障害者自立支援法の抜本的見直し(報告書)」を参照。
33) 例えば, 厚生省〔1965,p. 218〕では, 厚生年金保険法 1965 年改正の内容に関して,「1 級障害年金については一律 1 万 2, 000 円という介護加算を基本年金額の 25% 増しの額とする」との説明が行われている。
34) 堀〔1981,p. 43〕も,障害年金には介護料分が含まれていると解釈したうえで,介護料というのは個別ニードに応じて支給されるべきものであるなら,年金というような一律給付の制度には馴染まないと指摘している。また,現行の制度の中では,障害に伴う特別経費に対応する手当として特別障害者手当が存在するが,同手当は,著しい重度の障害のある者だけを支給対象とし,さらに,扶養義務者等の所得による支給制限もあるため,障害者のごく一部をカバーするに過ぎない。
35) 障害基礎年金については,1985 年改正によって,被保険者期間要件が撤廃され,初診日が制度加入日でも年金が支給されるようになったことから,実質的に無拠出年金化されたとの指摘がある。高藤〔1994,p. 28〕を参照。しかしながら,現在でも,原則として,拠出要件を満たさなければ年金が支給されないことに変わりはなく,社会保険方式が維持されていると解釈する方が妥当と思われる。ただし,後述するように,同年金では,例外と考えられる無拠出年金の部分が極めて大きくなっていることは確かである。
36) アメリカの社会保障障害保険では,22 歳前に障害を有した者は,本人拠出が無い場合でも,家族給付として障害年金を受給できるケースがある。しかしながら,受給の前提として,その者の親が一定期間の拠出を行っていなければならない。百瀬〔2008,p. 232〕を参照。
37) 国民年金法第 30 条の 4 の規定による障害基礎年金では,まず,給付に要する費用の 100 分の 40 の国庫負担が行われ,さらに,残りの 100分の 60 に相当する費用について 3 分の 1 の国庫負担が行われるため,国庫負担割合は 6 割ということになる。ちなみに,2004 年改正によって, 国民年金法の第 85 条中の「100 分の 40」が「100 分の 20」に改められたため,基礎年金の国庫負担割合が 2 分の 1 に引き上げられた後
184
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
Vol. 44 No. 2
も,第 30 条の 4 の規定による障害基礎年金の国庫負担は 6 割に維持される。具体的には,まず,給付に要する費用の 100 分の 20 の国庫負担が行われ,さらに,残りの 100 分の 80 に相当する費用について 2 分の 1 の国庫負担が行われる。
38) この特例措置は,2016 年までの特例であるが,期限延長が繰り返されており,事実上,常態化している。
39) 障害年金における 1985 年改正の意義については吉原〔1987,pp. 151‒159〕を参照。
40) 例えば,岡部〔2008〕は,障害の分野のみの所得保障を追及し,その維持拡充を目指すことには限界があると指摘し,ラジカルで普遍的な視野のもとに所得保障を求める議論の必要性を強調している。また,福島智〔2008〕は,慎重な検討を要するとしつつも,障害者にとっての負担の軽減と生の選択肢の確保という観点から,ベーシック・インカムの有するメリットは大きいと指摘している。
参 考 文 献
Barr,Nicholas (2001) The Welfare State As Piggy
Bank: Information, Risk, Uncertainty, and the Role of the State. Oxford University Press.(ニコラス・バー著 菅沼隆監訳(2007)『福祉の経済学― 21世紀の年金・医療・失業・介護』光生館。)
Holzmann, Robert and Richard Hinz (2005) Old-Age Income Support in t he 21 s t Century: An International Perspective on Pension Systems and Reform. The World Bank.
青木聖久(2005)「精神障害者の自己実現を支える所得保障―支援者の視点から障害年金の意義を中心に」『神戸親和女子大学研究論叢』No. 38, pp. 21‒43。
池末美穂子(2007)「精神障害」を排除しない障害年金制度へ 」『 ノーマライゼーション』 Vol. 27,No. 4,pp. 24‒25。
一圓光彌(2002)「イギリスにおける障害者に対する所得保障体系とその特徴」『海外社会保障研究』No. 140,pp. 18‒34。
岩崎晋也(2007)「障害者の所得保障政策-その本質と当面の課題」『ノーマライゼーション』 Vol. 27,No. 4,pp. 24‒25。
江口隆裕(2007)「少子高齢社会における公的年金制度のあり方-公的年金と私的年金の新たなリスク分担」『年金と経済』Vol. 25,No. 4,pp. 49‒ 57。
岡部耕典(2007)「障害種別を超え普遍的な所得保障を求める」『ノーマライゼーション』Vol. 27, No. 4,pp. 26‒27。
勝又幸子(2002)「費用国際比較からみた「障害」
給付の現状」『海外社会保障研究』No. 140,pp. 5
‒17。
厚生省(1965)『厚生白書(昭和 39 年度版)』大蔵省印刷局。
河本純子(2007)「障害年金認定基準の問題性」
『精神医学』Vol. 49,No. 10,pp. 1037‒1043。 全家連年金問題研究会編(1994)『精神障害者の無
年金問題 障害年金受給状況を通して』全国精神障害者家族連合会。
高橋芳樹(1998)「障害論と障害年金認定基準」
『障害者問題研究』Vol. 26,No. 1,pp. 77‒88。 高藤昭(1994)「現行障害年金の基本課題―障碍者
についての皆年金達成のための提言―」『週刊社会保障』No. 1806,pp. 26‒29。
田多英範(1994)『現代日本社会保障論』光生館。土屋葉(2008)「世帯状況をふまえた家計収支の分
析」『障害者の所得保障と自立支援施策に関する調査研究 平成 17~19 年度総合研究報告書 平成 19 年度総括研究報告書』厚生労働科学研究費補助金障害保健福祉総合研究事業。
内閣府(2007)『平成 19 年版障害者白書』佐伯印刷。
日本障害者協議会(2007)「障害者自立支援法の影響 : JD 調査 2006 ―第 2 回調査の結果および第 1回調査(2006 年 2 月時点) との比較」http:// www.jdnet.gr.jp/JDchousa2006_070410.pdf
福島豪(2008)「ドイツ障害年金の法的構造―障害年金による失業保障」日本社会保障法学会編
『次世代育成を支える社会保障(社会保障法第 23
号)』法律文化社。
福島智(2008)「障害者の所得保障と「自立」支援施策をめぐる考察-ベーシック・インカム論の 制度的構想に向けて」『障害者の所得保障と自立 支援施策に関する調査研究 平成 17~19 年度総合 研究報告書 平成 19 年度総括研究報告書』厚生労 働科学研究費補助金障害保健福祉総合研究事業。 古川孝順(2007)「自立の思想」岡本民夫他編『エンサイクロペディア社会福祉学』中央法規出版。 堀勝洋(1981)「障害者の所得保障制度の現状と課題」『季刊社会保障研究』Vol. 16,No. 4,pp.30‒
44。
三澤了(2007)「障害者の社会生活を支える所得保障を」『ノーマライゼーション』Vol. 27,No. 4, pp. 22‒23。
百瀬優(2006)「欧米諸国における障害給付改革―障害年金を中心に」『大原社会問題研究所雑誌』 No. 570,pp. 23‒46。
―――(2008)「四つの論点から見る障害年金改革
―アメリカ,スウェーデンとの比較を手がかりに」社会政策学会編『子育てをめぐる社会政策
〔社会政策学会誌第 19 号〕』法律文化社。
森隆男(2002)「わが国における障害者の所得保障
Autumn ’08
障害者に対する所得保障制度―― 障害年金を中心に――
185
制度の現状と課題―障害基礎年金制度の抜本的改革=社会扶助化の徹底の必要性―」『海外社会保障研究』No. 140,pp. 62‒71。
山田耕造(2001)「障害者の所得保障」日本社会保障法学会編『講座社会保障法第 2 巻 所得保障法』法律文化社。
吉原健二(1987)『新年金法 61 年金改革 解説と資
料』全国社会保険協会連合会。
※利用した統計資料については本文および注を参照。
(ももせ・ゆう 立教大学兼任講師・
白鷗大学非常勤講師)
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究 Vol. 44 No. 2
186
障害者自立支援法における「応益負担」についての考察
岡 部 耕 典
I はじめに
2005 年 10 月に成立した障害者自立支援法において在宅福祉が義務的経費化とされたがその見返りとして財務省から求められた「給付抑制のメカニズム」〔岡部 2006〕のひとつがサービス利用に対する応益負担(定率負担)である。しかし,制度開始後 3 年を経た現在,その後のサービス利用者の激しい反発をうけて実施された複雑な減免により,もはやその実態は「定率負担」の体をなしてはいないという現状がある。
果たして障害福祉の制度における応益負担は継続すべきか否か。本論では,日本の社会福祉分野における応益負担のあり方やその拡大の経緯なども確認しつつ,その是非について検討をおこなう。
II 社会福祉制度における応益負担の歴史
1 利用者負担と応益負担の位置
医療や福祉における費用負担方式を公的負担方式,私的負担方式,および両者の混合方式の 3 つに大別するとき,私的負担方式と混合方式において生じる私的負担が「利用者負担」である〔大野 1996a,p. 241〕。
さらにこの「利用者負担」を負担が一定である定額負担と負担額が変動する逓増負担に分類するとき,後者におけるその逓増の方式は,対象者の経済的負担能力に応じて負担額を逓増させる「応
能負担」と,治療や受給を「受益」ととらえその額や量に応じて負担額を逓減させる「応益負担」の二通りとなる〔堀 1983,p. 322〕。
2 措置制度と利用者負担
介護保険制度および社会福祉基礎構造改革以前には,高齢者や障害者に対する福祉の給付費用はいわゆる措置費により支弁されていた。措置費とは,「社会福祉関係法の定めにもとづいて措置権者(地方公共団体の長)が『福祉に欠ける』児童や障害者,高齢者等に対して社会福祉施設への入所など,人権保護に必要な『行政措置』をとった場合に支弁される費用」〔岸田 1993,p. 2〕のことであり,その概念構成上からも,また想定される多くの「福祉に欠ける」者たちの経済状況等からしても,応益負担を含む利用者負担には必ずしもなじむものではない。
一方,現実の制度においては,当該措置者に係る者またはその民法上の扶養義務者から「その負担能力に応じて,当該措置に要する費用の一部を徴収することができる」という応能負担の費用徴収規定については早くから児童福祉法・知的障害者福祉法(精神薄弱者福祉法)・老人福祉法・身体障害者福祉法等の各福祉法にビルト・インされていた。このことは戦後社会福祉制度の基本原則として GHQ から求められた「公私分離の原則」を現実にはかなりの程度民間の社会福祉資源に依存することを前提としつつ公の責任とそれにかかわる費用負担を法的に裏付けるためのしくみでもあった措置制度の性格をあらわしているといえ
Autumn ’08
障害者自立支援法における「応益負担」についての考察
187
る。
このような制度の二面性を内在させつつも,
1960 年代までの利用者負担に対する議論は,
1962 年の社会保障制度審議会答申以来,基本的に措置者の権利保障の視点からその軽減を示唆する方向でおこなわれてきた。しかし,その方向性は 1970 年の「老人福祉施設入所費用公費負担の見直し」の答申を契機として転換され,以降は
「徴収の強化・拡大の方向をたどり,1980 年代臨調行革のもとで『入所前及び後に要した一切の費用』の全額を対象とする徴収強化の方向が強調」されるようになった〔岸田 1993,p. 4〕。
3 「受益者負担」論の台頭
この 80 年代における利用者負担をめぐる転換点において利用者負担増を正当化するために盛んに用いられたロジックに「受益者としての利用者負担」がある。
「受益者負担」とはすなわち「行政施策の利用者又はその家族が,行政施策による直接的かつ個別的な便益の見返りとして,その費用の全部又は一部を行政施策の実施者に支払うこと」〔堀 1983,p. 314〕である。このような考え方が導かれた背景としてはいうまでもなく 80 年代の福祉財政の抑制をめざす流れがあり,1982~83 年の各種審議会等において「福祉サービスにも受益者負担を課すべき」という提言が相次いで出されたことによって「受益者負担」という考えかたがクローズアップされ〔堀 1983,pp. 313‒314〕,福祉財政の膨張抑制のためのメカニズムのひとつとして利用者負担を用いるという考え方がその後定着していった1)。
ただし,ここで注意しておかねばならないことは,当時の議論で利用者負担が求められていたのは利用料の一部を「受益者」が負担することが
「社会の成員として当然求められる自立自助の努力」であり「応分の負担があることが自立意識の助長につながるという観点から費用負担の合理的設定について検討する必要がある」2)という理由によるものであったことである。
つまり,「受益者としての自己負担」というロ
ジックの是非は別として,この時点の「受益者負担」論は,「自立自助の努力」の結果獲得した稼得能力により可能となった所得をもっての「応分の負担」,すなわちそれまでも措置制度に組み込まれていた応能負担を前提としさらにそれを強化しようとするものであり,必ずしも利用量に応じた定率の負担を意識したものではなかったのである。
4 「公私の役割分担」論への接続
しかし,このような応能負担を前提とした受益者負担論は,1987 年の中央社会福祉審議会老人福祉専門分科会「養護老人ホーム及び特別老人ホームに係る費用徴収基準の当面の改訂方針について(意見具申)」において「入所者から費用を徴収する額の限度額を原則として措置に要する費用の全額とする考え方を特に変更する理由は見出しがたい」と述べられたこと〔小川 1993,p. 1〕などを嚆矢としつつ,90 年代半ばには,「有料の福祉サービスは,基本的には私的財の性格を有している」ので,「利用者負担の適正な水準を定めるにあたっては,費用の全額負担からスタートし,必要に応じてそれ以下に軽減するのが合理的」
〔大野 1996a,p. 60〕という応益の負担を前提とする「公私の役割分担」のロジックに基づき社会福祉の財源政策を求める主張へと接続されていく。
この「公私の役割分担」論は,地域財政論の立場からも「国,地方公共団体提供する行政サービスが,純粋公共性のものから,一部あるいは大部分私的利益性を含むものまで広範囲にわたっているとき,私的受益者からその受益に応じた負担金を徴収する方が,公平であり,効率的な費用負担配分法といえる」と歓迎され,さらに,「経済社会は,費用を無視した権利意識の上に立っているのではなく,費用と便益(効用)の効率的バランスの上に築かれている……(中略)……私的便益には私的な費用負担を,公共的便益には公共的な費用負担(租税)を対応させるべきである」という考え方を経由することで「(費用負担に対する)部分的な困窮者の存在を理由として,私的便
188
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
Vol. 44 No. 2
益にかかわる行政サービスすべてを無償化して公費負担とすることは,むしろ社会正義に反し,非効率的な社会福祉費の支出となる」〔大川・大森・江川 1994,pp. 183‒184〕として応能ではなく応益の利用者負担を規範的にも当然視する主張にまで発展していく。
このようにして,応能負担を前提とした「受益者負担」論が,90 年代半ばまでに応益負担を前提とする「公私の役割分担」論で置き換えられていったことを,新しく創設する高齢者介護の制度の自己負担を応益負担とする 90 年代後半の議論の背景として,確認しておく必要がある。
5 介護保険における応益負担の制度化
いうまでもなく,福祉の分野における利用者負担のしくみとしてはじめて「応益負担」を導入したのは介護保険である。しかし,実はその制度創設時においては,最終的な法案の与党審査の際に若干触れられたこと〔増田 2003,p. 74〕などを除き,保険料をめぐる議論に比して定率負担そのものの是非についてはさほど活発な議論はなかった3)。
高齢者介護の制度を応益負担とすることを最初に提言したのは,厚生省の高齢者介護・自立支援システム検討会が 1994 年に公表した「新たな高齢者介護システムの構築を目指して」と題する報告である〔二木 2007,p. 72〕。そこでは,介護費用の財政方式について公費(措置)方式と社会保険方式を比較し後者が望ましいと結論づける 4 つの根拠のひとつとして,社会保険法式をとることで利用者負担が応益負担化されることが挙げられている。具体的な記述をたどると4),「公費方式では現行の措置制度に見られるように所得に応じた負担(応能負担型の費用徴収システム)であるのに対し,社会保険方式では受益に見合った負担
(応益負担)である」とされ,さらにそれが「年金の成熟に伴い高齢者の所得水準が向上していく状況からみて,中間所得層にとって過重な負担になる恐れがある応能負担よりは,サービスの受益に応じた応益負担を基本とすることが適当と考えられる」と補われている部分が注目される。新た
な制度創設において対象者拡大の主役と想定される中間所得層の要介護高齢者に対する負担軽減となるがゆえに「公私の役割分担」論からも強く支持される応益負担を手掛かりとし,なんとか新制度を社会保険制度に組み込みたいという当時の政策側の思惑が強くうかがわれるところではないだろうか5)。
そして翌年,高齢者介護保険制度の在り方について議論をおこなった老人保健福祉審議会の最終報告「高齢者介護保険制度の創設について―審議の概要・国民の議論を深めるために―」(1996 年 4 月 22 日)において,利用者負担を「定率 1 割負担」とすることが明記されるのである。その経緯について報告に先立って具体的な議論がおこなわれた 1995 年 11 月 29 日開催の老人保健福祉審
議会第 4 回分科会の記録をたどってみると,「社会保険方式では,公費方式の場合の所得に応じた負担(応能負担型の費用徴収)ではなく,受益に応じた負担(応益負担)となり,その利用したサービスの一定率又は一定額を負担することが適当である。」「新介護システムは,保険方式でおこなうことを前提としているのだから,応能負担ではなく,応益負担をベースに考えるべきである。」
〔厚生省高齢者介護対策本部事務局 1996,p. 161〕という,前年の「高齢者介護・自立支援システム検討会」の議論をほぼ踏襲し,利用者負担を応益負担とすることが高齢者介護制度に社会保険方式を採用することの当然の帰結であるとする論調が展開されていることが確認できる。
このようにして,措置制度がその財政的脆弱性を補うために内在させていた応能による利用者負担のメカニズムを梃子とするかたちで 80 年代
「福祉改革」における「受益者負担」論の声が高まり,それが 90 年代の「公私の役割分担」論によって応益負担へと転換されることで,「中間所得層の負担軽減」と「社会保険化による財源の確保」が分かちがたく結びついた介護保険制度による福祉への応益負担化の導入が実現していったことを,障害者自立支援法による障害福祉制度への応益負担導入の背景として確認しておく必要がある。
Autumn ’08
障害者自立支援法における「応益負担」についての考察
189
6 介護保険との統合問題と応益負担
2005 年 10 月の障害者自立支援法の成立にいたるまでの支援費制度改革の議論において,はじめてかつ唐突に応益負担の導入が言及されたのは, 2004 年 10 月 12 日開催の第 18 回社会保障審議会障害者部会にて示された「今後の障害保健福祉施策について(改革のグランドデザイン案)」6)においてである。
その「改革の基本的方向」では,財政問題に陥った障害福祉制度への「信頼性の向上」のためには「制度の公平性と持続可能性の確保」を担保するための「利用者の公平な負担と財政責任の確立」の必要性が謳われ,その具体策として,これまで裁量的経費とされてきた居宅生活支援費の義務的経費化を意味する「国・都道府の補助制度の見直し」と同時に,「利用者負担の見直し」の一環として応益負担の導入をおこなう7)という「基本的考え方」が(図 1)のように図示され説明されている。
なお,ここでいう健康保険や介護保険などの
「他制度と均衡のとれた利用者負担の導入」とはすなわち具体的には医療や補装具等も含め「原則
としてサービスの利用量に応じて負担」を求める
「応益的な負担の導入」であり,「入所施設と地域生活の均衡ある負担」とは入所施設における食費や日常費などのいわゆるホテルコストの自己負担を強化することを意味しているが,介護保険の創設時における同様の議論の際に示されたような
「中間所得層の負担軽減」や「社会保険化による財源の確保」に対する関連づけが明示されているわけではない。しかし,この提言そのものが「介護保険と障害保健福祉の統合」に向けての政策側の布石であったことがその前後の経緯においても明らかであることからは8),「中間層の負担軽減」についてもむしろ大前提であるがゆえに高齢者と比べても低所得者が多い障害当事者の強い反発を避けるために,この時点では注意深く避けられていたと考えることもできるのではないだろうか。
III 社会保障の各制度における応益負担の実際
1 医療保険制度における応益負担
日本の医療保険制度における応益負担の歴史
図 1 公平な費用負担と配分の確保9)
190
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
Vol. 44 No. 2
は,1984 年にそれまで定額であった一部負担を保険給付の定率(1 割)の負担へと変更する制度改正がおこなわれることで開始されている。
このような政策動向にたいしては当時から「患者の経済的な負担により受診を控えさせて,給付費の膨張を抑制し,健全な保険財政の確保を図るのが一部負担の本質的な目的であり,この考え方を支えるのは安定した保険の経営と財政規模膨張の抑制」〔平石 1985,p. 158〕であり「社会保険による医療給付に公平と均衡を求めるのであれば,患者に医療費の一部を負担させるのもさることながら,むしろ社会保険の所得再分配機能を利用し所得比例の拠出を通じて実現するのが妥当である。」〔同,p. 165〕と批判する声は高かった。しかし,その後も被保険者本人の負担率は段階的に引き上げられていき,現在では健康保険・国民健康保険等と 75 歳以上の後期高齢者が加入する制度を縦断して,年齢別に「一部負担」(定率負担)が定められ,3 歳未満は 2 割,一定所得以下の 70 歳以上は 1 割,あとは 3 割の定額負担となっている。なお,70 歳以上の高齢者以外は,負担率が所得により変わることはなく,所得等による減免措置も存在しない。ただし,一定額以上の高額医療費については自己負担の限度額が設定されている。また生活保護受給者には医療扶助が適用されるので自己負担はない。〔里見 2007, pp. 146‒147〕
このように負担率が引き上げられていったことについては,制度的な給付率の変更に伴い,医療費の水準が変化するといういわゆる「長瀬効果」を期待するものと考えられる。ただし,「長瀬効果」とは,患者の伸び率が制度変更後 1 年は低く
なり,その結果医療費の伸び率も 1 年は低くなる結果患者数や医療費実額の全体の水準が下がり,その後 1 年を過ぎると伸び率は従前の水準に戻るが,患者数や医療費の絶対額は他の受診行動の変化がなければ元にはもどらず,その下がった水準から開始されるというあくまで経験則的な効果である10)。応益負担により受診を抑制することの是非以前の問題として,そもそも実証的な研究においてはこのような抑制効果そのものが必ずしも明
確に確認できているわけではない11)ことも改めて確認しておく必要がある。
2 介護保険制度における応益負担
給付対象が原則として 65 歳以上の要介護高齢者に限られる介護保険の場合,介護サービス計画
(ケアプラン)作成を除く介護サービスを利用した場合は原則 1 割の定率負担となり,年齢による差はない。また,定率負担の減免については災害等の一時的特殊的ケースに限定される厳しい取り扱いであり,低所得を理由とする利用者負担の減免も原則として認めないという考え方となっている。
ただし,実際の制度には低所得者に対する社会福祉法人による減免や利用者負担をしたために生活保護適用となる者への負担軽減措置等があり,また,利用者負担が世帯の所得別に定められた上限を超える部分については高額介護サービス費が支給される。具体的には,年金年額 80 万円未満の市町村民税非課税世帯の者および老齢福祉年金受給者の者は 15, 000 円,年金年額 80 万円以上
(~266 万円程度まで)の市町村民税非課税世帯の者は,24, 600 円,それ以外の者については,
要介護 5 の支給限度額をやや上回る 37, 200 円となっており,要介護者が同一世帯に複数いる場合は,それを合算することができる。ただし,この自己負担限度額には,住宅改修費や福祉用具購入費の定率負担は含まれず,また,定率負担以外の自己負担である食費・居住費も除かれる。
このように見てみると,介護保険制度の応益負担は,建前としての応益負担が複雑な減免処置により一定程度応能負担化されたしくみであるといえるかもしれない。しかし,生活保護の受給者以外は負担の完全な免除はなく,またどれほど高所得であっても利用料の 1 割以上の負担を課せられることもない。さらに被保険者個人単位の制度であるはずの介護保険において定率負担の上限が世帯所得によって設定されていることは,持ち家を含む一定程度の財産形成を終えた厚生年金受給者世帯モデルという制度設計の前提がうかがえるところである12)。
Autumn ’08
障害者自立支援法における「応益負担」についての考察
191
3 障害者自立支援法
2006 年 4 月の制度開始時における障害者自立支援法の利用者負担は以下のようなものであった。
サービス利用における自己負担は介護保険と同じく給付単価の 100 分の 90 が公費から給付さ
れ,あとの 1 割を自己負担するという定率負担であり,障害者自立支援法による自立支援給付,訓練等給付,自立支援医療,補装具のすべてが対象とされる13)。
定率負担には,世帯単位で月額負担上限が設定され,生活保護世帯は,0 円,市町村税非課税かつ年間所得 80 万円以下は「低所得 1」として 15, 000 円,「市町村税均等割非課税世帯」は「低
所得 2」として 24, 600 円,あとの市町村税課税
世帯はすべて「一般」として 40, 200 円が上限となる。なお,自立支援給付等同じ給付体系内であれば通所施設とホームヘルプサービスなど種別の異なった給付を受けても合算した上限管理がおこなわれるが,自立支援給付と補装具,あるいは自立支援医療など給付体系が異なればそれぞれの個別の上限まで負担を求められる。
さらに,定率負担の軽減措置として入所施設等の個別減免および社会福祉法人減免が制度化されたが,個別減免には資産要件が課され14),また社会福祉法人減免はあくまで法人の負担のもとにおこなわれるものとされた15)。
このように,障害者自立支援法の制度開始当初における定率負担は,その月額負担上限の設定のしかたや金額および減免のしくみに至るまで介護保険制度と酷似したものであり,それは従来の応能負担と比較して以下のような問題を生じる制度変更であったといえる。
① 負担能力が乏しい低所得の障害者にも大きな負担が求められた16)。
② 個別減免はあっても入所施設等の利用に限られ,所得制限の他に資産要件も課せられた17)。
③ 上限設定や減免は世帯単位の所得が基準のため,障害者本人が低所得であっても,負担が求められるようになった。
④ 自立支援医療に再編されたことで,精神障害者の通院医療費自己負担が倍増した18)。
⑤ 複数のサービス体系の給付を利用する障害者19)に対して個々の上限以上の多額の負担を求められるしくみとなった。
このような利用者負担の在り方の変更に対して,2006 年 4 月の制度開始直後から障害当事者や関連団体などからは多くの抗議の声が挙げられ,さらにそれを裏付けるアンケート調査20)なども公表されるに及んで,早くも 2006 年 12 月には
「障害者自立支援法円滑施行特別対策」が発表され21),「利用者負担のさらなる軽減」が図られることになる。
その具体的内容とは,通所,在宅利用者の 1 割
負担上限額を 2 分の 1 から 4 分の 1 に引き下げ,
減免対象を収入ベースで 600 万円の世帯まで拡大
する等のものであったが,さらに,翌年 2007 年
12 月には,非課税世帯の負担上限額はさらに軽減し,世帯単位を「個人を基本」とし本人と配偶者のみ勘案した所得を基準とすること,加えて障害児を抱える世帯の負担軽減を図ること等を内容とする「障害者自立支援法の抜本的な見直しに向けた緊急措置」が公表されるに及んで22),障害者自立支援法の定率負担の減免の方式や基準は介護保険制度との整合性もほとんど確保できない状態にまで改変され,かつ利用者ばかりか福祉事務所のケースワーカーですら正確な把握が困難な状態となって現在に至っている。
4 だれにとって/なんのための応益負担化か
前述のように,障害福祉の利用者負担として応益負担が導入される過程の社会保障審議会障害部会での説明には,「他制度との均衡」以外には
「しっかりとみんなで支える」「公平な費用負担」程度の説明しかされていなかったので,当時の部会長でもあった京極の主張する「応益的公私協働負担型」〔京極 2003〕の議論を踏まえつつ障害福祉制度において応能負担を応益負担とすることの意味について検討していくこととしたい23)。
繰り返しになるが,そもそも福祉サービスにお
192
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
Vol. 44 No. 2
いて「受益者負担」を求める議論とは,すなわち
「自立自助の努力」の結果獲得した稼得能力により可能となった所得をもっての「応分の負担」であり,それゆえ直接的には「応能負担」を意味していた24)。
これに対して,積極的に応益負担による受益者負担を求める議論を展開する代表的な論者である京極〔2003〕はそれまでの措置制度における複雑な応能負担の制度ではなく,しかし,「有料化がむしろ原則となりつつある」わけであるし,また
「そうした現実的事態をふまえた根本的な方向づけが早晩必要」であるので,「利用者負担の理念及び体系といった質的問題が検討されなくてはならない」として「応益的公私協働負担型」(応益負担)を採用することを主張する。
京極〔2003〕で挙げられる応能負担の問題点とは以下のようなものである。
① 利用が低所得者に限定されない「公的扶助とは異なる高齢者に対する介護サービス等に
「応能負担による垂直的所得再分配」を持ち込むことは問題である。
② 「高額納税者」でもある高額所得者が福祉サービスの費用を全額自己負担することは
「不合理」である。
③ 比較的低所得者層であっても,「公的扶助等の充実によって,極端な例外は除いて食事代や簡単な介護サービスならば」一定の費用負担は不可能ではない。
④ 所得補足の問題等の「不公平税制の問題と絡む費用徴収の不公平の問題」がある。
他方,応益負担については以下の 2 点のみしか問題がない,とされる。
① 「公的負担と私的負担の割合(負担基準)」が政治関係や市民的合意により異なる「微妙な問題」であること。
② 低所得者に対する所得保障が未確立な段階では,低所得の利用者に過大な負担を課す結果となってしまうこと。
それゆえ,低所得の利用者に対する所得保障と
図 2
適切な減免等の措置および負担率に対する社会的合意形成を丁寧におこなえば,応益負担のほうが好ましく,「応能原則が一定時期までは積極的役割を担ったことはたしかだとしても,はたして今日の状況下で,あるいはさらに 21 世紀の高齢社会を展望して正当性があるかは疑問なしとはいえない」と結論づけるのである。〔同,pp. 299‒ 300〕
この京極の議論を,応益負担化することによって中所得者・高所得の一般就労世帯における福祉サービスの利用拡大できるという「益」がもたらされ,他方,その「不利益」は生活保護の受給者とそれに準じる低所得者に対する減免と所得保障に配慮すれば防げる,と要約したうえで,そこには手続的な観点と理論的な観点の双方から疑問が生じることを以下に論じる。
まず,手続的な観点からは,障害者福祉に応益負担を導入する過程において,果たして「丁寧な社会的合意形成」がおこなわれたか,さらにそこで示された「低所得の利用者に対する所得保障と適切な減免等の措置」がその後どのような変容を遂げざるを得なかったかということがある。これらの事実は,「不利益」を防止する手続は適切ではなかったことを示している。
続いて理論的な観点からの検討にうつる。それは,京極〔2003,p. 298〕で示されている「費用負担ボックス」の応能負担型と応益負担型を図 2のように重ねてみることで端的に明らかとなる。つまり「応能負担の応益負担化」とは,この図の A に該当する比較的高所得者の負担を減らし,B
Autumn ’08
障害者自立支援法における「応益負担」についての考察
193
に該当する比較的低所得者の負担を増やす政策変更である。
もちろん現実の介護保険や障害者自立支援法における応益負担には負担の減免や上限などのしくみが加わっている。しかし,そのような修正を加えたうえでも,この図の枠組みそのものに本質的な変更はなく,利用者負担を応能負担から応益負担化するということはA に属する中高所得者の
「益」であり B に属する低所得者の「不利益」となるという構造自体に変化はない。そのことをまず確認しておく必要がある。
続いて,「応能負担の応益負担化」が及ぼす政策効果について,京極〔2003〕が引用する利用者負担の政策効果に関するジャッジ〔1984〕の分析枠組みを使って確認していこう。
ジャッジが挙げた利用者負担に期待される政策効果とは,①「歳入増加」②「需要抑制」③「優先順位の変更」④「濫給防止」⑤「象徴」の 5 つであるが,まず,①「歳入増加」および②「需要抑制」について検討してみる。「応能負担の応益負担化」によって自己負担が増加する低所得層 Bにとっては,所得が低いことから負担増は比較的大きな利用抑制効果をもたらし,結果として自己負担による歳入増とは結果しにくいであろうし,他方自己負担が減少する高所得層 A は,所得が高いので自己負担減があっても利用促進効果も相対的に小さく,自己負担減による歳入の減を利用の総量の増大による歳入の増がカバーすることは原理的には難しいといえる。そうすると,「応能負担の応益負担化」は,自己負担の総額の増大による①「歳入増加」には寄与しにくく,一方で低所得層 B に対して②「需要抑制」をもたらす政策ということになるのではないか。
それでは,③「優先順位の変更」および④「濫給防止」についてはどうだろうか。同様に負担増が低所得層 B に厳しい利用抑制効果,負担減が高所得層 A にさほどの利用促進効果をもたらさないとするならば,このような制度変更をおこなうことは低所得層 B の優先順位を下げ高所得層 A の濫給の可能性を高める一方で,利用者負担の増に耐えられない低所得層 B の漏給を増やす政
策であるということはないか。
最後に,⑤「象徴」あるいは,京極〔2003〕の述べる「権利性の確保」という効果であるが,拠出制の年金や社会保険ならともかくとして税財源による福祉の利用において,しかも保険料ではなく利用に応じて定率の自己負担を支払うことが利用における権利性の確保のために必要であるという論理構成はそもそも成立しにくいように思う。しかし,この観点から考えても,応益化により負担が軽くなりサービス量を増やすことが容易になる相対的高所得層A にとっては比較的必要性が低いサービスを求める際に「利用料の自己負担は払うのだから」という自己弁護が「権利性の確
保」として―― たとえそれが濫給に近い利用であったとしても―― 使いうるのに対して,逆に応益化により負担が重くなり利用抑制も考えざるをえない相対的低所得層 B においては,真に必要なサービスであってもそのようなことは難しく,従って所得が低いゆえに必要な福祉が利用できない
/不当に制限されているというルサンチマンが高まり漏給も生じるという「負の象徴的効果」が応益負担によってもたらされる可能性が高いのではないか。
このようにしてみると,ジャッジが挙げた 5 つの観点のすべてにおいて「応能負担の応益負担化」で得られる政策効果は,利用者負担が減少する相対的高所得層A の「益」であり,利用者負担が増加する相対的低所得層 B の「不利益」であるということになる。
VI まとめにかえて――「普遍主義の空洞化」回避のために
「福祉サービスの普遍化」と利用における応益負担化の関係に関連し,埋橋孝文は,介護保険制度を例示しつつ,1980 年代以降の日本の社会保障改革は,「応益原則志向の普遍主義」によって進められてきたとし,その結果が 1981 年以降の生活保護の「適正」化政策という「選別主義の限定化」を招き, さらに,「応益原則の普遍主義は,形式的にはすべての市民に開かれているが,
194
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
Vol. 44 No. 2
応能原則の後退によって,経済的条件でこの枠組みに入ることのできない層が生み出される」という「普遍主義の空洞化」をもたらすと警鐘を鳴らし て い る〔 宮 本 他 2003,pp. 324‒325〕〔 武 川 2007,p. 211〕。
制度開始以降数回にわたり多くの複雑な減免策がビルド・インされ,限りなく応能負担化してきたともいえる障害者自立支援法の定率負担(応益負担)であるが,そのような措置では「中高所得層の『益』と低所得層の『不利益』」という応益負担化がもたらした基本構造そのものは変わらない。政策が真に「障害福祉の普遍化」を志向するのであれば,応益負担を再び応能負担に戻し「普遍主義の空洞化」を回避する英断が必要である。
注
1) 堀〔1997,p. 163〕など。
2) 各種審議会答申等からの抜粋。〔堀 1983,
p. 313〕
3) 当時の関係者の一部に対する聞き取り等を踏まえている。
4) 堀〔1997,pp. 169‒167〕参照。
5) 応益負担を支持する理由としては,他にも
「応益負担とすることにより,サービスの利用者及び提供者の両者がサービスの内容によりいっそう関心を払うようになる」と「利用者負担を応益負担に統一することによって,現在のように施設やサービスの種類によって負担が異なるという,制度間の不整合の問題が解消される」の 2 点も挙げられているが,特に後者はやや無理があるように思える。
6) http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/10/ s1012-4.html(2008.5.30)
7) 当時の政策関係者からはインフォーマルには各方面に対して「在宅福祉の義務的経費化おこなう際の財務省に対する説得材料として不可欠だった」という説明がしばしばおこなわれている。
8)〔岡部 2006,pp. 11‒24〕。
9)「資料 1 今後の障害保健福祉施策について
( 改革のグランドデザイン案)【説明資料】」 http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/10/s1012- 4a.html(2008.5.30)
10)「第 2 回医療費の将来見通しに関する検討会
(2007 年 2 月 6 日)」資料 http://www-bm.mhlw.
「平成 16 年度厚生労働科学研究費補助金事業
「国民生活基礎調査を利用した高齢者の医療費・介護費の関係及び自己負担額等に関する総括研究報告書(医療経済研究・社会保険福祉協会医療経済研究機構)」2004 年など。
12) 介護保険の自己負担の減免基準として年金等のフローの所得のみが基準となり,持ち家や預貯金等のストックを問題にしないという「疑問点」(増田 2003,p. 155)も,このように読み解くことも可能ではないかと思う。
13) 他に,これも介護保険と同じく,施設の利用における食費,光熱水費の実費負担が個々の施設ごとに設定され徴収される。
14) 具体的には「預貯金が 350 万以下であって,一定の要件以外の不動産等を有していない場合」とされた。
15) 実費負担に対する軽減措置としては,入所施設における食費・光熱水費の負担軽減をはかる補足給付の支給,通所施設における食費の人件費相当分の負担軽減などがおこなわれる。
16) 居宅介護を例にとれば,障害者自立支援法において 24, 200 円となった市町村民税所得割非課税世帯の負担上限額は,支援費制度では, 1, 100 円であった。
17) 資産要件の内容については前述のとおりであるが,応益負担化が制度の普遍化のためと説明されたにもかかわらず,選別主義の負の側面の象徴ともいえるミーンズ・テストが組み込まれていることに注意する必要があろう。
18) それまでの 5% が 10% となった。ただし,
「重度かつ継続」と診断される者には減免がある。
19) たとえば,自立支援給付と補装具の併給をうける身体障害者など。
20) 2006 年 6 月におこなわれた「第 1 弾 障害者自立支援法アンケート調査 ~持続可能な制度というけれど,障害者の地域生活は続けられるのか!!~」(DPI 日本会議), 同年 10 月におこなわれた「障害者自立支援法における影響調査」(きょうされん)など。
21) 2007 年 4 月実施。
22) 2007 年 4 月と 12 月の 2 回にわけて実施予定。
23) ほぼ同内容の論考が京極〔2007,pp. 36‒43〕に再録されている。
24)「福祉サービスにも受益者負担を課すべき」という提言が相次いでだされたのは 1982~83年の各種審議会等であるが,そこでは,利用料の一部を「受益者」が負担することは「社会の成員として当然求められる自立自助の努力」で
go.jp/shingi/2007/02/dl/s0206-5c.pd(f 2008.5.30)
あり,「応分の負担があることが自立意識の助
11)「介護保険導入や一部負担金見直しに伴う受療行動等の変化に関する研究報告書」2001 年,
長につながるという観点から費用負担の合理的設定について検討する必要がある」ものとして
Autumn ’08
障害者自立支援法における「応益負担」についての考察
195
確認されている。〔堀 1983,p. 313〕
参考・引用文献
大川政三・大森誠司・江川雅司(1994)『地域財政論―― 中央集権と地方分権の財政・経済分析
――』創成社。
大野吉輝(1996a)「高齢者の負担能力と利用者負担―― 公私の役割分担の視点から――」『季刊社会保障研究』Vol. 32 No. 3,pp. 240‒249。
――――(1996b)「 第 2 章 社会福祉の財源政策」,社会保障研究所編 1996『社会保障の財源政策』東京大学出版会 pp. 45‒62。
岡部耕典(2006)『障害者自立支援法とケアの自律
――パーソナルアシスタンスとダイレクトペイメント』明石書店。
小川政亮(1993)「はしがき」,小川政亮・垣内国光・河合克義編著 1993『社会福祉の利用者負担を考える』ミネルヴァ書房。
岸田孝史(1993)「社会福祉における費用負担と措置費制度」,小川政亮・垣内国光・河合克義編著 1993『社会福祉の利用者負担を考える』ミネルヴァ書房。
京極髙宣(2003)「16 章福祉サービスの利用者負担」,『京極髙宣著作集 1 社会福祉学』中央法規出版,pp. 293‒307。
――――(2008)「介護保険制度と障害者の自立支援」介護保険の被保険者・受給者範囲シンポジウム 2008 年 1 月 18 日& 25 日基調講演録。
――――(2008)『障害者自立支援法の課題』中央法規出版。
ケン・ジャッジ(1984)『福祉サービスと財政 ―
政策決定過程と費用徴収』川島書店。
厚生省高齢者介護対策本部事務局監修(1995)『新たな高齢者介護システムの構築を目指して』ぎょうせい。
―――――――――――――――――(1996)『 高
齢者介護保険制度の創設について ―国民の議論を深めるために―』ぎょうせい。
里見賢治(2007)『現代社会保障論 ―皆保障体制をめざして』高菅出版。
武川正吾(2007)『連帯と承認 ―グローバル化と個人化のなかの福祉国家』東京大学出版会。
二木立(2007)『介護保険制度の総合的研究』勁草書房。
日本障害者協議会(2006)『障害者自立支援法の影響:JD 調査 2006』,「障害者の所得保障と自立支援策に関する調査研究(厚生労働科学研究費補助金:勝又幸子主任研究者)」委託研究。
――――――――(2007)『障害者自立支援法の影響に関する事例調査:JD 調査 2007‒2007 年 4 月以後の生活の変化を中心にして―』,「障害者の所得保障と自立支援策に関する調査研究(厚生労働科学研究費補助金:勝又幸子主任研究者)」委託研究。
平石長久(1985)「社会保険による医療給付の限界と一部負担」,社会保障研究所編『医療システム論』東京大学出版会,pp. 149‒163。
堀勝洋(1983)「身体障害者福祉対策の利用者負担の現状とその在り方について」『季刊社会保障研究』Vol. 19 No. 3, pp. 312‒330。
―――(1997)『現代社会保障・社会福祉の基本問題 21 世紀へのパラダイム転換』ミネルヴァ書房。
増田雅暢(2003)『介護保険見直しの争点 ―政策過程からみえる今後の問題―』法律文化社。
宮本太郎,イト・ベング,埋橋孝文(2003)「日本型福祉国家の位置と動態」,G. エスピン‒アンデルセン編,埋橋孝文監訳(2003)『転換期の福祉国家 ―グローバル経済下の適応戦略』早稲田大学出版部。
(おかべ・こうすけ 早稲田大学客員准教授)
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究 Vol. 44 No. 2
196
障害者の自立支援に向けた生活実態把握の重要性
−−「障害者生活実態調査」の結果から−−
土 屋 葉
I はじめに
本稿の目的は,障害者生活実態調査研究会(主任研究者:国立社会保障・人口問題研究所 勝又幸子)が行った「第 1 回障害者生活実態調査」
(2005 年)および「第 2 回障害者生活実態調査」
(2006 年)(以下「実態調査」とする)の結果をまとめ,障害者の自立とその保障という観点から分析・考察を行うことである。
障害をもつ人が「地域」において,単独であるいは家族とともに「あたりまえ」の「自立」した生活を送ることに批判的な人は少ないだろう。しかし経済的な面では,必ずしもそれが実現できる保障が整っているわけではない。また,地域で暮らしている人の生活が,生活時間という面において,非障害者の生活と比べ「あたりまえ」のものとなり得ているかという疑問も残る。
これまで障害者の実態を把握しようとした既存の調査は複数ある。国による調査では「身体障害児・者実態調査」,「知的障害児(者)基礎調査」が 5 年ごとに行われており〔厚生労働省社会・援護局 2005,2008b〕,精神障害者を対象とした調査は周期的には行われていないものの,身体障害・知的障害と合わせた就業実態や,サービスニーズにかんする調査結果等が報告されている〔厚生労働省社会・援護局 2003,2008a〕。
しかし,経済的な面からみた生活実態については明らかにされているとは言いがたい。障害者の所得水準を把握するための,適当な政府統計調査
は存在しないことはすでに指摘されている〔同志社大学大学院埋橋ゼミ 2005,p. 8〕。前述の厚生労働省が行った調査では,障害者の 1 カ月の総収入は「6 万円以上 9 万円未満」の層が 11. 5% で最も多いことが示されているにすぎず,「回答なし」も 34. 6% ある〔厚生労働省社会・援護局 2008b,p. 45〕。また,生活時間の面から,障害者がどのように 1 日の時間を配分して生活しているかを明らかにするような調査は存在しない。既出の調査では「障害者の外出の状況」や「活動の状況」といった質問項目があるが,ここで明らかにされているのは身体障害者のうち「ほぼ毎日」外出をしているのは 35. 6%(「年に数回」の人も
9. 7%), 過去 1 年間に旅行に出かけた人が
24. 3%,といったことのみである〔厚生労働省社会・援護局 2008b,p. 31〕。
本稿では,2 回の調査から得られたデータをもとに,世帯状況を踏まえ家計構造を通してみた実態と生活時間という視点からみた実態を明らかにする試みを行う。こうした試みは障害をもつ人の
「自立」支援を考えるために必要不可欠であると思われる。また,既存の一般を対象とした調査結果との比較も行うが,これは,「他の者との平等の機会」を考える際には,障害者と非障害者に間に存在する項目ごとの差を明らかにすることが重要であるという認識に基づくものである1)。
II 調査概要
「実態調査」は,障害者の生活実態を家計構造
Autumn ’08
障害者の自立支援に向けた生活実態把握の重要性−−「障害者生活実態調査」の結果から−−
197
と生活時間の面から把握することを目的としている。第 1 回の調査は東京都稲城市において,第 2回の調査は静岡県富士市において実施した。対象としたのはそれぞれの市に在住する 18 歳以上 65歳未満の,身体障害者手帳・愛の手帳・精神保健手帳を所持している人,また,難病で公費負担医療費を受給している人,地域の生活支援センターや授産施設に通所している人である。
稲城市・富士市ともに市が管理する住民リストの提供を受け,居住地および同一世帯で 2 名以上の対象者が抽出されないことに配慮してランダム・サンプリングを行った。合計サンプルはそれぞれ稲城市 94,富士市 113 であり,依頼文書配送数からみた調査実施数の割合は,稲城市調査では約 24. 7%, 富士市調査では約 18. 8% であっ
た。ともに訪問調査で一部調査票(基礎調査票 2
~4)を留め置き,2 度めの訪問で回収するという方法をとった。調査内容は,本人および家族の属性や障害の状況,就労の状況,収入や課税,支出の状況,本人の医療の受療状況,支援費の受給状況,生活時間である2)。
以下ではこの 2 つの調査から得られたデータを合算したデータにもとづき,回答者の属する世帯状況を考慮しつつ,分析を行っていく3)。
分析対象とした障害者の特徴は以下のようである(表 1,表 2,表 3)4)。まず障害別では身体障害者が 132 人(63. 8%)と多く,精神障害者 28人(13. 5%),知的障害者 24 人(11. 6%),重複障害者 10 人(4. 8%)となっている。性別では男性 116 人(56. 0%),女性 91 人(44. 0%)とやや男性が多いが,とくに知的障害者と精神障害者では男性の割合がそれぞれ 66. 7%,64. 3% と高くなっている。また障害別の年齢構成をみると,身体障害者では 50 代の割合が 31. 1%,60~64 歳の
割合が 34. 1% と高く,知的障害者では 30 代の割合が 54. 2% と高い。
III 家計構造の分析
1 世帯状況への着目
世帯状況をみるために,世帯を「定位家族」,
表 1 回答者の障害別構成
稲城市 | 富士市 | 合 計 | |
身体障害 | 57 60. 6 | 75 66. 4 | 132 63. 8 |
知的障害 | 16 17. 0 | 8 7. 1 | 24 11. 6 |
精神障害 | 14 14. 9 | 14 12. 4 | 28 13. 5 |
重複障害 | 3 3. 2 | 7 6. 2 | 10 4. 8 |
非手帳保持者 | 4 4. 3 | 9 8. 0 | 13 6. 3 |
合 計 | 94 100. 0 | 113 100. 0 | 207 100. 0 |
表 2 回答者の障害別性別構成
男 性 | 女 性 | 合 計 | ||
身体障害 | 稲城市富士市合 計 | 29(50. 9) 42(56. 0) 71(53. 8) | 28(49. 1) 33(44. 0) 61(46. 2) | 57(100. 0) 75(100. 0) 132(100. 0) |
知的障害 | 稲城市富士市合 計 | 11(68. 8) 5(62. 5) 16(66. 7) | 5(31. 3) 3(37. 5) 8(33. 3) | 16(100. 0) 8(100. 0) 24(100. 0) |
精神障害 | 稲城市富士市合 計 | 10(71. 4) 8(57. 1) 18(64. 3) | 4(28. 6) 6(42. 9) 10(35. 7) | 14(100. 0) 14(100. 0) 28(100. 0) |
重複障害 | 稲城市富士市合 計 | 1(33. 3) 4(57. 1) 5(50. 0) | 2(66. 7) 3(42. 9) 5(50. 0) | 3(100. 0) 7(100. 0) 10(100. 0) |
非手帳保持者 | 稲城市富士市合 計 | 3(75. 0) 3(33. 3) 6(46. 2) | 1(25. 0) 6(66. 7) 7(53. 8) | 4(100. 0) 9(100. 0) 13(100. 0) |
合 計 | 116(56. 0) | 91(44. 0) | 207(100. 0) |
「生殖家族」,「単身世帯」,「その他世帯」の 4 つに類型化した。定位家族(family of orientation)とは,子どもの立場から見た家族のことであり,生殖家族(family of procreation)とは,本人の婚姻関係によって生じた家族のことである。ここに注目した理由として,障害をもつ人の生活実態をとらえる際には,生まれおちた定位家族のなかで暮らしているのか,結婚するなどし,新たな生殖家族で暮らしているのかが重要な鍵となることがある。先天性の身体障害,知的障害,精神障害をもつ人は離家が選択しづらく,年齢を重ねても定位
198
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
表 3 回答者の障害別年齢別構成
Vol. 44 No. 2
10 代 | 20 代 | 30 代 | 40 代 | 50 代 | ~64 歳 | 合 計 | ||
身体障害 | 稲城市富士市合 計 | 0(0. 0) 0(0. 0) 0(0. 0) | 6(10. 5) 1(1. 3) 7(5. 3) | 6(10. 5) 6(8. 0) 12(9. 1) | 15(26. 3) 12(16. 0) 27(20. 5) | 18(26. 3) 23(30. 7) 41(31. 1) | 12(21. 1) 33(44. 0) 45(34. 1) | 57(100. 0) 75(100. 0) 132(100. 0) |
知的障害 | 稲城市富士市合 計 | 1(6. 3) 0(0. 0) 1(4. 2) | 0(0. 0) 2(25. 0) 2(8. 3) | 10(62. 5) 3(37. 5) 13(54. 2) | 4(25. 0) 2(25. 0) 6(25. 0) | 1(6. 3) 1(12. 5) 2(8. 3) | 0(0. 0) 0(0. 0) 0(0. 0) | 16(100. 0) 8(100. 0) 24(100. 0) |
精神障害 | 稲城市富士市合 計 | 0(0. 0) 0(0. 0) 0(0. 0) | 1(7. 1) 1(7. 1) 2(7. 1) | 4(28. 6) 3(21. 4) 7(25. 0) | 4(28. 6) 6(42. 9) 10(35. 7) | 5(35. 7) 3(21. 4) 8(28. 6) | 0(0. 0) 1(7. 1) 1(3. 6) | 14(100. 0) 14(100. 0) 28(100. 0) |
重複障害 | 稲城市富士市合 計 | 0(0. 0) 1(14. 3) 1(10. 0) | 0(0. 0) 2(28. 6) 2(20. 0) | 2(66,7) 1(14. 3) 3(30. 0) | 1(33. 1) 2(28. 6) 3(30. 0) | 0(0. 0) 1(14. 3) 1(10. 0) | 0(0. 0) 0(0. 0) 0(0. 0) | 3(100. 0) 7(100. 0) 10(100. 0) |
非手帳保持者 | 稲城市富士市合 計 | 0(0. 0) 0(0. 0) 0(0. 0) | 2(50. 0) 3(33. 3) 5(38. 5) | 1(25. 1) 4(44. 4) 5(38. 5) | 0(0. 0) 2(22. 2) 2(15. 4) | 1(25. 1) 0(0. 0) 1(7. 7) | 0(0. 0) 0(0. 0) 0(0. 0) | 4(100. 0) 9(100. 0) 13(100. 0) |
合 計 | 2(1. 0) | 18(8. 7) | 40(19. 3) | 48(23. 2) | 53(25. 6) | 46(22. 2) | 207(100. 0) |
表 4 障害別世帯状況
単身世帯 | 生殖家族 | 定位家族 | その他世帯 | GH | 合 計 | ||
身体障害 | 稲城市富士市合 計 | 8(14. 0) 8(10. 7) 16(12. 1) | 37(64. 9) 61(81. 3) 98(74. 2) | 8(14. 0) 5(6. 7) 13(9. 8) | 3(5. 3) 1(1. 3) 4(3. 0) | 1(1. 8) 0(0. 0) 1(0. 8) | 57(100. 0) 75(100. 0) 132(100. 0) |
知的障害 | 稲城市富士市合 計 | 0(0. 0) 0(0. 0) 0(0. 0) | 0(0. 0) 0(0. 0) 0(0. 0) | 8(50. 0) 5(62. 5) 13(54. 2) | 1(6. 3) 1(12. 5) 2(8. 3) | 7(43. 8) 2(25. 0) 9(37. 5) | 16(100. 0) 8(100. 0) 24(100. 0) |
精神障害 | 稲城市富士市合 計 | 10(71. 4) 3(21. 4) 13(46. 4) | 2(14. 3) 1(7. 1) 3(10. 7) | 2(14. 3) 9(64. 3) 11(39. 3) | 0(0. 0) 0(0. 0) 0(0. 0) | 0(0. 0) 1(7. 1) 1(3. 6) | 14(100. 0) 14(100. 0) 28(100. 0) |
重複障害 | 稲城市富士市合 計 | 0(0. 0) 0(0. 0) 0(0. 0) | 0(0. 0) 1(14. 3) 1(10. 0) | 3(100. 0) 5(71. 4) 8(80. 0) | 0(0. 0) 1(14. 3) 1(10. 0) | 0(0. 0) 0(0. 0) 0(0. 0) | 3(100. 0) 7(100. 0) 10(100. 0) |
非手帳保持者 | 稲城市富士市合 計 | 1(25. 0) 1(11. 1) 2(15. 4) | 0(0. 0) 1(11. 1) 1(7. 7) | 2(50. 0) 7(77. 8) 9(69. 2) | 0(0. 0) 0(0. 0) 0(0. 0) | 1(25. 0) 0(0. 0) 1(7. 7) | 4(100. 0) 9(100. 0) 13(100. 0) |
合 計 | 31(15. 0) | 103(49. 8) | 54(26. 1) | 7(3. 4) | 12(5. 8) | 207(100. 0) |
家族に留まる割合が高いことは,「親亡き後」の問題として広く認知されている。こうした人びとの未婚率の高さは,離家のきっかけの 1 つとなる婚姻というライフ・イベントを経験していないことを表している。
しかし,大規模調査である「国勢調査」,「消費生活実態調査」などにおいて用いられている世帯
分類(単独世帯,夫婦のみの世帯,親と未婚の子のみの世帯,その他の世帯など)では,定位家族で暮らし続ける子どもと高齢の親という形態も,生殖家族における夫婦と未婚の子どもという形態も,同じ「親と未婚の子のみの世帯」に分類され,区別ができない。このためここでは,1 人の障害をもつ人に注目し,その人が属する家族の形
Autumn ’08
障害者の自立支援に向けた生活実態把握の重要性−−「障害者生活実態調査」の結果から−−
199
態を指標にしていく。
注目するのは,配偶者・子どもの有無と親との同居である。障害者が配偶者と共に暮らしている家族を,同居・別居の子の有無,親との同別居にかかわらず,「生殖家族」としてカウントした
(配偶者と離・死別などし,子どもと共に暮らす 6 世帯を含む)5)。それ以外の障害者が親と同居をしている家族を,きょうだいとの同別居,祖父母との同別居にかかわらず「定位家族」としてカウントした( 離別して親と同居する 1 世帯を含む)。「単身世帯」は一人暮らしの障害者の世帯を指し,きょうだいと暮らしている世帯,その他の親族と暮らしている世帯などを「その他世帯」,グループホームに暮らす人の世帯を「グループホーム世帯」としてカウントした。
また,障害をもつ本人のジェンダーについて目配りをした。世帯の状況や就労の状況,雇用者収入の額についてもジェンダー差があることは推測されるが,厚生労働省の調査においても,比較的規模の大きい JD 調査においても,男女別に集計されておらず,本人のジェンダーに目配りした家計状況の分析は多くはない。
2 世帯状況
障害をもつ人が暮らす世帯状況をみていく(表
4)。 全体では生殖家族に暮らす人が 103 人
(49. 8%)と多くを占め,次いで定位家族に暮らす人 54 人(26. 1%),単身世帯で暮らす人 31 人
(15. 0%), グループホームで暮らす人 12 人
表 5 本人収入合計
度 数 | 有 効 | 203 |
欠損値 | 0 | |
平均値(万円) | 172. 19 | |
中央値 | 105. 00 | |
標準偏差 | 184. 442 | |
最小値 | 0 | |
最大値 | 1, 126 |
注) 1, 500 万円以上は除く。
(5. 8%)となっている。障害別にみると,身体障害者の 74. 2% が生殖家族に暮らしており,重複障害者の 80. 0%,非手帳保持者の 69. 2%,知的
障害者の 54. 2%,精神障害者の 39. 3% が定位家
族に暮らしている。精神障害者の 46. 4%,身体障害者の 12. 1% が単身世帯で暮らし,知的障害者の 37. 5% がグループホームで暮らしている6)。
3 収入
本人収入をみていく。収入合計が 1, 500 万円以
上の 2 名,無回答 2 名を除く 203 人を分析対象と
した。収入合計の平均値は 172. 19 万円である
が,中央値は 105 万円であり,低額層に偏っていることが特徴である(表 5)。
本人収入の内訳をみていく(表 6)。まず「障害 に か か わ る 年 金 」 は, 全 体 で は 93 人
(45. 8%),知的障害者では 79. 2% が受給している7)。「雇用者収入」は 86 人(42. 4%)の人が得ているが,額については最小値 1 から最大値 900
表 6 収入内訳
回答(人) | % | 平均値(万円) | 標準偏差 | 中央値 | 最小値 | 最大値 | |
雇用者収入 | 86 | 42. 4 | 196. 97 | 222. 688 | 118 | 1 | 900 |
年金(障害) | 93 | 45. 8 | 98. 55 | 46. 961 | 79 | 8 | 240 |
年金(障害以外) | 35 | 17. 2 | 101.80 | 79. 033 | 84 | 1 | 285 |
雇用保険 | 8 | 3. 9 | 64. 88 | 68. 676 | 40. 5 | 1 | 194 |
生活保護 | 19 | 9. 4 | 109.05 | 66. 947 | 130 | 23 | 240 |
手当て(障害) | 46 | 22. 7 | 19. 91 | 20. 340 | 16 | 1 | 90 |
手当て(障害以外) | 5 | 2. 5 | 88. 40 | 73. 480 | 73 | 18 | 192 |
仕送り | 11 | 5. 4 | 31. 55 | 33. 140 | 12 | 1 | 96 |
企業年金・個人年金 | 13 | 6. 4 | 41. 15 | 34. 212 | 39 | 1 | 116 |
その他の所得 | 13 | 6. 4 | 41. 31 | 39. 731 | 30 | 1 | 119 |
注) 雇用者収入は高額所得者 1 名を除く。
200
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
Vol. 44 No. 2
表 7 性別障害種別本人収入合計
(万円)
男 性 | 女 性 | 平 均 | |
身体障害知的障害精神障害重複障害 非手帳保持者 | 294. 8 102. 8 108. 2 94. 6 101. 7 | 125. 7 96. 5 102. 3 115. 0 17. 9 | 216. 2 100. 7 106. 2 104. 8 56. 5 |
全 体 | 219. 4 | 111. 7 | 172. 2 |
とばらつきが大きい。次いで「手当て(障害)」
(46 人,22. 7%)「 年金( 障害以外 )」(35 人,
17. 2%) となっている。「生活保護」(19 人,
9. 4%)を受給する割合が高く,とくに精神障害者,非手帳保持者に多い。
次に障害別・性別にみていこう(表 7,表 8,
表 9)。障害別では,身体障害者の収入平均額が
216. 18 万円なのに対し,知的障害者,重複障害者の収入はそれぞれ 100. 67 万円,104. 80 万円と半額未満である。精神障害者は 106. 22 万円であるが,精神障害をもつが手帳をもたない非手帳保持者は 56. 5 万円とさらに低額である。
性別にみていくと, 男性 219. 45 万円, 女性
111. 65 万円と 107. 8 万円の差があり,女性の収入は男性の収入の 50. 1% にすぎない。性別障害別にみていくと,重複障害者を除き,男性の方が多くなっているが,知的障害,精神障害にかんしては差はほとんどないのに比べ,身体障害では男性 294. 83 万円,女性 125. 73 万円,非手帳保持者では男性 101. 67 万円,女性 17. 86 万円と差が大きい。
身体障害者と比較すると知的障害者,精神障害者,非手帳保持者はばらつきが小さい。また,最
表 8 障害別本人収入合計(男性)
回答(人) | 平均値(万円) | 標準偏差 | 中央値 | 最小値 | 最大値 | |
身体障害 | 69 | 294. 83 | 208. 945 | 247. 00 | 0 | 900 |
知的障害 | 16 | 102. 75 | 66. 426 | 81. 50 | 0 | 233 |
精神障害 | 18 | 108. 17 | 70. 854 | 97. 00 | 2 | 250 |
重複障害 | 5 | 94. 60 | 14. 605 | 91. 00 | 79 | 114 |
非手帳保持者 | 6 | 101. 67 | 55. 479 | 108. 50 | 2 | 174 |
全 体 | 114 | 219. 45 | 191. 190 | 174. 50 | 0 | 900 |
註) 1, 500 万円以上は除く。
表 9 障害別本人収入合計(女性)
回答(人) | 平均値(万円) | 標準偏差 | 中央値 | 最小値 | 最大値 | |
身体障害 | 60 | 125. 73 | 185. 183 | 93. 50 | 0 | 1126 |
知的障害 | 8 | 96. 50 | 32. 724 | 101. 50 | 39 | 149 |
精神障害 | 9 | 102. 33 | 48. 433 | 85. 00 | 17 | 165 |
重複障害 | 5 | 115. 00 | 85. 384 | 99. 00 | 0 | 209 |
非手帳保持者 | 7 | 17. 86 | 30. 640 | 1. 00 | 0 | 84 |
全 体 | 89 | 111. 65 | 156. 688 | 92. 00 | 0 | 1126 |
註) 1, 500 万円以上は除く。
表 10 単身世帯(本調査:単身世帯+GH 世帯)本人収入合計比較(1) (万円)
回答(人) | 障害者実態調査 | 回答(人) | 稲城市 | 回答(人) | 富士市 | 全国消費実態調査(2004) | |
男 性 | 33 | 173. 97 | 22 | 175. 50 | 11 | 170. 91 | 409. 4 |
女 性 | 10 | 91. 60 | 6 | 94. 83 | 4 | 86. 75 | 270. 4 |
平 均 | 43 | 154. 81 | 28 | 158. 21 | 15 | 148. 47 | 336. 8 |
Autumn ’08
障害者の自立支援に向けた生活実態把握の重要性−−「障害者生活実態調査」の結果から−−
201
大値が男性では 250 万円,女性が 200 万円未満であることから,低収入層に位置する傾向がみえる。
世帯類型ごとの収入を,「全国消費実態調査」
〔2004〕と比べてみよう。まず,「全国消費実態調査」における単身世帯(全世帯・若年勤労者世帯,高齢者世帯を含む)の平均収入と「実態調査」の平均収入を比較すると,後者が 172 万円強ほど低い数値となっている(表 10)。分布を比較すると,「実態調査」では 100 万円未満に 39.5%が偏っており,高収入階層に向けて徐々に減っていくのに対し,「全国消費実態調査」では満遍なく分布している(表 11,図 1)。
2 人以上世帯の場合,「実態調査」の平均収入
591. 01 万円は,「全国消費実態調査」の 692. 5 万円と比較すると 103 万円ほど低い数値となっているが,単身世帯ほど差は大きくない(表 12)。分
表 11 単身世帯(実態調査:単身世帯+GH 世帯) 本人収入合計比較(2) (%)
障害者実態調査 | 全国消費実態調査 (2004) | ||
100 万円未満 | 39. 5 | 6. 4 | |
100~150 万円未満 | 18. 6 | 9. 5 | |
150~200 万円未満 | 18. 6 | 12. 4 | |
200~250 万円未満 | 7. 0 | 13. 0 | |
250~300 万円未満 | 9. 3 | 10. 7 | |
300~350 万円未満 | 0. 0 | 10. 6 | |
350~400 万円未満 | 2. 3 | 7. 6 | |
400~500 万円未満 | 2. 3 | 11. 6 | |
500~600 万円未満 | 0. 0 | 6. 7 | |
600 万円以上 | 2. 3 | 11. 6 | |
合 | 計 | 100. 0 | 100. 0 |
布を比較すると,「実態調査」において 300 万円未満の階層が 22. 6% と「全国消費実態調査」の
10. 2% に比べて多くなっており,それ以上の階
図 1 単身世帯(実態調査:単身世帯+GH 世帯)本人収入合計比較
表 12 2 人以上世帯の収入合計比較(1)
(万円)
回答(世帯) | 本調査 | 回答(世帯) | 稲城市 | 回答(世帯) | 富士市 | 全国消費実態調査(2004) | |
平 均 | 150 | 591. 01 | 66 | 573. 12 | 84 | 605. 06 | 692. 5 |
202
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
Vol. 44 No. 2
表 13 2 人以上世帯収入合計比較(2) (%)
障害者実態調査 | 全国消費実態調査 (2004) | |
200 万円未満 | 10. 4 | 3. 5 |
200~300 万円未満 | 12. 2 | 6. 7 |
300~400 万円未満 | 12. 2 | 13. 2 |
400~500 万円未満 | 9. 2 | 13. 9 |
500~600 万円未満 | 9. 7 | 12. 8 |
600~800 万円未満 | 15. 2 | 20. 0 |
800~1, 000 万円未満 | 10. 4 | 13. 0 |
1, 000~1, 250 万円未満 | 4. 9 | 8. 7 |
1, 250~1, 500 万円未満 | 5. 5 | 4. 0 |
1, 500 万円以上 | 3. 0 | 4. 2 |
非該当 | 6. 1 | |
不 祥 | 1. 2 | |
100. 0 | 100. 0 |
層ではおおむね「実態調査」の割合が低い(表
13,図 2)8)。
性別・世帯類型別本人収入をみていく( 表 14,15,16)。世帯類型別にみていくと,多い順に生殖家族 215. 97 万円, その他世帯 190. 29 万
円, 単身世帯 173. 52 万円, グループホーム
106. 5 万円, 定位家族 101. 28 万円となってい
る。生殖家族に暮らす人と定位家族に暮らす人の収入の差は 114. 69 万円と大きい。
性別にみていくと,どの世帯においても男性よりも女性の方が収入が低い。なかでも差が著しいのが生殖家族の男性 342. 26 万円,女性の 120. 70
万円であり,次に単身世帯の男性 202. 87 万円,
女性の 89. 13 万円が続く。差が小さいのはグループホーム世帯,その他世帯,定位家族である。
生殖家族に暮らす人のなかには収入 0 の人が
11 人(11. 0%)いるが,300 万円以上の人も 25人(25. 0%)おり,ばらつきが大きい9)。これに比べて定位家族に暮らす人のなかの収入 0 の人は
6 人(11. 3%)であるが,300 万円以上の人は 3
人(5. 7%)であり,低収入層に偏っている10)。世帯収入と本人収入の関係に着目する。サンプ
ル数の多い生殖家族と定位家族について,既出の本人収入の平均値とあわせて表を作成した(表 17)。世帯収入から本人収入を引いたものが,障害をもつ人を除いた他の世帯員の収入の合計である。生殖家族に暮らす男性の本人収入が,世帯収入の 47. 9% を占めるのに対し,定位家族に暮らす男性は 18. 5%,女性は 14. 4%,生殖家族に暮
図 2 2 人以上世帯収入合計比較
Autumn ’08
障害者の自立支援に向けた生活実態把握の重要性−−「障害者生活実態調査」の結果から−−
203
らす女性は 22. 7% を占めているにすぎないことがわかる。
4 支出
障害者単身世帯の支出は 129, 211 円であり,
「全国消費実態調査」における単身世帯の支出
183, 424 円の 47. 6% である。2 人以上世帯の支出
は 298, 069 円,「全国消費実態調査」における 2
表 14 世帯類型別性別本人収入合計(万円)
回答(人) | 平 均 | 男 性 | 女 性 | |
単身世帯生殖家族定位家族その他 グループホーム | 31 100 53 7 12 | 173. 52 215. 97 101. 28 190. 29 106. 50 | 202. 87 342. 26 108. 12 198. 20 107. 50 | 89. 13 120. 70 90. 00 170. 50 101. 50 |
合 計 | 203 | 172. 19 | 219. 45 | 111. 65 |
注) 1, 500 万円以上は除く。
表 15 世帯類型別本人収入合計(男性)
回答(人) | 平均値(万円) | 標準偏差 | 中央値 | 最小値 | 最大値 | |
単身世帯 | 23 | 202. 87 | 149. 851 | 175. 00 | 60 | 785 |
生殖家族 | 43 | 342. 26 | 221. 723 | 300. 00 | 0 | 900 |
定位家族 | 33 | 108. 12 | 100. 326 | 84. 00 | 0 | 438 |
その他 | 5 | 198. 20 | 77. 484 | 233. 00 | 79 | 274 |
グループホーム | 10 | 107. 50 | 61. 695 | 97. 5 | 0 | 214 |
合計 | 114 | 219. 45 | 191. 190 | 174. 50 | 0 | 900 |
注) 1, 500 万円以上は除く。
表 16 世帯類型別本人収入合計(女性)
回答(人) | 平均値(万円) | 標準偏差 | 中央値 | 最小値 | 最大値 | |
単身世帯 | 8 | 89. 13 | 71. 425 | 88. 50 | 1 | 187 |
生殖家族 | 57 | 120. 70 | 184. 237 | 93. 00 | 0 | 1126 |
定位家族 | 20 | 90. 00 | 96. 369 | 84. 50 | 0 | 399 |
その他 | 2 | 170. 50 | 149. 200 | 170. 50 | 65 | 276 |
グループホーム | 2 | 101. 50 | 3. 536 | 101. 50 | 99 | 104 |
合計 | 89 | 111. 65 | 156. 688 | 92. 00 | 0 | 1126 |
注) 1, 500 万円以上は除く。
表 17 男女別生殖・定位家族における本人収入と世帯収入の差
(万円)
生殖男性 | 生殖女性 | 定位男性 | 定位女性 | |
本人収入 | 342. 26 | 120. 70 | 108. 12 | 90. 00 |
他の家族員の収入 | 372. 91 | 411. 19 | 476. 54 | 536. 06 |
世帯収入 | 715. 17 | 531. 89 | 584. 66 | 626. 06 |
表 18 障害にかかわる支出
支出項目 | 平均値(円) | 構成割合(%) | 当該割合(%) | 回答(人) | 当該平均(円) |
保健医療 | 8, 607 | 37. 1 | 57. 0 | 118 | 13, 932 |
介助料自己負担 | 3, 656 | 15. 8 | 15. 9 | 33 | 20, 939 |
補装具代など | 1, 536 | 6. 6 | 4. 8 | 10 | 28, 100 |
保険給付対象外の負担額 | 2, 107 | 9. 1 | 10. 6 | 22 | 15, 363 |
その他障害にかんする費用 | 7, 270 | 34. 1 | 7. 7 | 16 | 74, 063 |
合 計 | 23, 176 | 100. 0 |
204
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
Vol. 44 No. 2
人以上世帯の支出 320, 063 円の 91. 3% であり,単身世帯に比べると差が少ない11)。
出費のうち,とりわけ障害ゆえの出費についてみていこう( 表 18)。平均額は 23, 176 円であり,当該割合をみると保健医療費が 57. 0% と半数を超えているが,そのほかはいずれも 20% 未満である。ただしその他の項目では,当該者内の平均額は介助料自己負担額 20, 939 円,補装具代
自己負担額 28, 100 円などと高額になっている。
IV 生活時間の分析
障害をもつ人たちは,1 日の時間をどのように配分して生活しているのだろうか。圓山によると,従来の障害者にかんする調査は,認識されていないニーズを明らかにする等の理由から,独自設計の調査であることが多かった。しかし,障害者を「社会を構成する一員として」とらえるのであれば,非障害者と比較した生活実態をとらえることが必要だろう。「健常者の生活の状況とかけ離れた生活に障害者がおかれているのであれば,それは,社会の「完全な成員として」の資格を奪われている」のである〔圓山 2006,p. 76〕。
日本では,人びとの社会生活の実態を明らかにすることを目的とした,約 8 万世帯を対象とした
「社会生活基本調査」が 5 年毎に行われている。本調査では,障害者と非障害者の生活実態の比較分析を行うことを前提とし,この調査設計を参考にして調査票を作成,障害者の生活実態を把握する目的のもと独自項目をつけ加えた〔圓山 2006,
p. 76〕。
以下,圓山〔2008〕に沿ってみていこう。以下で扱うデータは「平日」と「休日」の双方に回答があった 170 件である。以下では「平日」についてみていく。
1 障害者の生活時間配分
「社会生活基本調査(平成 18 年)」(以下「平成
18 年調査」とする)の結果では,1 次活動(睡
眠,食事など)の平均が 10 時間 24 分,2 次活動
(仕事や家事など)の平均が 7 時間 53 分,3 次活
動(余暇活動など)の平均が 5 時間 43 分であるのに対し,「実態調査」の結果は,1 次活動の平均が 11 時間 1 分,2 次活動の平均が 5 時間 57分,3 次活動の平均が 7 時間 2 分と,2 次活動が短く 3 次活動が長いことに特徴がある(〔圓山 2008,p. 53〕,表 19)。
1 次活動では睡眠時間が長く,「平成 18 年調
査」では 7 時間 31 分であるのに対し,「実態調
査」では 8 時間 6 分である。2 次活動では,仕事
時間が「平成 18 年調査」で 4 時間 24 分であるの
に対し,「実態調査」では 3 時間 18 分と短い。これについては後で有業者・無業者別に詳しくみていく。3 次活動のなかでは,休養・くつろぎの時間12)が長く,「平成 18 年調査」では平均 1 時間
20 分であるのに対し,「実態調査」では平均が 2
時間 1 分である。テレビ等視聴も「実態調査」の
方が長く,「平成 18 年調査」の 2 時間 14 分に対
して 2 時間 38 分となっている。また受診・療養
にも差がある。「平成 18 年調査」の 10 分に対し
て,「実態調査」は 33 分である。
障害別にみてみると,1 次活動では精神障害者,重複障害者の睡眠時間がそれぞれ 9 時間 24分,9 時間 22 分と長い。身の回りの用事については,「平成 18 年調査」では 1 時間 15 分である
のに対し,「実態調査」では平均は 1 時間 24 分と若干長い程度であるが,重複障害者の平均時間は 1 時間 42 分と長くなっている13)。知的障害者の
テレビ等視聴は 3 時間 2 分と長い。また受診・療
養の時間は,身体障害者 41 分,精神障害者 31 分
(ただし知的障害者・重複障害者はともに 2 分)である。
2 仕事時間と家事時間
世帯類型別にみてみよう(表 20)。平日ではグループホームに暮らす人,定位家族で暮らす人の家事時間の短さ(それぞれ 8 分,17 分,「実態調査」平均は 1 時間 9 分,「平成 18 年調査」平均は 1 時 間 27 分 ) に 特 徴 が あ る〔 圓 山 2008,
p. 55〕。またグループホームで暮らす人の, 休養・くつろぎは 3 時間 14 分と,「実態調査」平均の 2 時間 1 分,「平成 18 年調査」の 1 時間 20 分
Autumn ’08
障害者の自立支援に向けた生活実態把握の重要性−−「障害者生活実態調査」の結果から−−
表 19 生活時間配分:障害種別(平日)
205
(時間,分)
社会生活基本調査 | 障害者生活実態調査 | |||||||
総 数 | 男 | 女 | 合計 | 身体障害者 | 知的障害者 | 精神障害者 | 重複障害者 | |
標本数・度数 | 113, 604 | 55, 295 | 58, 309 | 170 | 111 | 20 | 30 | 9 |
1 次活動 | 10. 24 | 10. 17 | 10. 30 | 11. 01 | 10. 36 | 11. 26 | 11. 45 | 12. 45 |
睡 眠 | 7. 31 | 7. 38 | 7. 25 | 8. 06 | 7. 38 | 8. 14 | 9. 24 | 9. 22 |
身の回りの用事 | 1. 15 | 1. 05 | 1. 24 | 1. 24 | 1. 27 | 1. 28 | 1. 06 | 1. 42 |
食 事 | 1. 37 | 1. 34 | 1. 40 | 1. 30 | 1. 31 | 1. 44 | 1. 15 | 1. 42 |
2 次活動 | 7. 53 | 8. 06 | 7. 41 | 5. 57 | 6. 07 | 6. 12 | 5. 15 | 5. 43 |
通勤・通学 | 0. 39 | 0. 51 | 0. 27 | 0. 48 | 0. 47 | 0. 51 | 0. 47 | 0. 52 |
仕 事 | 4. 24 | 5. 55 | 2. 58 | 3. 18 | 3. 02 | 4. 44 | 3. 11 | 3. 50 |
学 業 | 0. 48 | 0. 52 | 0. 44 | 0. 11 | 0. 17 | 0. 04 | 0. 00 | 0. 00 |
その他社会活動 | − | − | − | 0. 11 | 0. 08 | 0. 13 | 0. 26 | 0. 00 |
家 事 | 1. 27 | 0. 15 | 2. 35 | 1. 09 | 1. 32 | 0. 09 | 0. 39 | 0. 08 |
介護・看護 | 0. 03 | 0. 02 | 0. 05 | 0. 05 | 0. 04 | 0. 00 | 0. 01 | 0. 43 |
育 児 | 0. 13 | 0. 03 | 0. 23 | 0. 01 | 0. 01 | 0. 00 | 0. 01 | 0. 00 |
買い物 | 0. 19 | 0. 10 | 0. 29 | 0. 14 | 0. 16 | 0. 13 | 0. 11 | 0. 10 |
3 次活動 | 5. 43 | 5. 36 | 5. 49 | 7. 02 | 7. 17 | 6. 22 | 7. 00 | 5. 32 |
移動(通勤・通学を除く) | 0. 25 | 0. 23 | 0. 27 | 0. 31 | 0. 30 | 0. 32 | 0. 40 | 0. 20 |
テレビ・ラジオ・新聞・雑誌 | 2. 14 | 2. 12 | 2. 15 | 2. 38 | 2. 41 | 3. 02 | 2. 10 | 2. 35 |
休養・くつろぎ | 1. 20 | 1. 17 | 1. 23 | 2. 01 | 1. 53 | 2. 25 | 2. 09 | 2. 13 |
学習・研究(学業以外) | 0. 12 | 0. 12 | 0. 11 | 0. 10 | 0. 11 | 0. 00 | 0. 15 | 0. 00 |
趣味・娯楽 | 0. 36 | 0. 39 | 0. 33 | 0. 26 | 0. 32 | 0. 13 | 0. 14 | 0. 18 |
スポーツ | 0. 12 | 0. 14 | 0. 10 | 0. 07 | 0. 09 | 0. 00 | 0. 03 | 0. 00 |
ボランティア活動・社会参加活動 | 0. 03 | 0. 03 | 0. 04 | 0. 05 | 0. 07 | 0. 00 | 0. 02 | 0. 00 |
交際・付き合い | 0. 17 | 0. 15 | 0. 20 | 0. 18 | 0. 13 | 0. 00 | 0. 55 | 0. 00 |
受診・療養 | 0. 10 | 0. 08 | 0. 12 | 0. 33 | 0. 41 | 0. 02 | 0. 31 | 0. 02 |
その他 | 0. 14 | 0. 12 | 0. 16 | 0. 14 | 0. 18 | 0. 08 | 0. 05 | 0. 03 |
(再掲) | ||||||||
家事関連 1) | 2. 02 | 0. 30 | 3. 32 | 1. 29 | 1. 54 | 0. 22 | 0. 52 | 1. 02 |
休養等自由時間活動 2) | 3. 34 | 3. 29 | 3. 38 | 4. 39 | 4. 35 | 5. 27 | 4. 18 | 4. 48 |
積極的自由時間活動 3) | 1. 03 | 1. 08 | 0. 58 | 0. 47 | 0. 59 | 0. 13 | 0. 33 | 0. 18 |
注)1) 家事,介護・看護,育児および買い物。
2) テレビ・ラジオ・新聞・雑誌および休養・くつろぎ。
3) 学習・研究(学業以外),趣味・娯楽,スポーツおよびボランティア活動・社会参加活動。出典)〔圓山 2008,p. 53〕
と比べてもとびぬけて長い。
次に有業者と無業者の別に,仕事時間と家事時間に注目してみていく( 表 21)。「平成 18 年調査」における有業者の仕事時間 7 時間 16 分に比べ,「実態調査」での「仕事あり」の人の仕事時間は 6 時間 6 分と,1 時間 10 分短い。圓山の指摘によると,知的障害者は,健常者の「家事の傍らに仕事をしている人」の仕事時間(3 時間 44分)に近い仕事時間(4 時間 44 分)をこなして
いる。しかし,前者の家事関連時間(3 時間 20
分)に比べて,後者のそれは 22 分と非常に短い
〔圓山 2008,p. 63〕。
「平成 18 年調査」においては有業者と無業者の
家事時間が,有業者の平均 59 分に対して無業者
の 2 時間 28 分と差が大きい。これに対して「実
態調査」の方は,前者が 43 分,後者が 1 時間 36分とそれほど差はない。テレビ等視聴はほとんど差がないが,休養・くつろぎについては,「平成
206
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
表 20 生活時間配分:世帯類型別(平日)
Vol. 44 No. 2
(時間,分)
社会生活基本調査 | 障害者生活実態調査 | ||||||||
総 数 | 男 | 女 | 合 計 | 単身世帯 | 生殖家族 | 定位家族 | その他世帯 | グループホーム | |
標本数・度数 | 113, 604 | 55, 295 | 58, 309 | 170 | 27 | 86 | 41 | 5 | 11 |
1 次活動 | 10. 24 | 10. 17 | 10. 30 | 11. 01 | 11. 23 | 10. 23 | 11. 48 | 10. 54 | 12. 11 |
睡眠 | 7. 31 | 7. 38 | 7. 25 | 8. 06 | 8. 35 | 7. 35 | 8. 42 | 8. 21 | 8. 35 |
身の回りの用事 | 1. 15 | 1. 05 | 1. 24 | 1. 24 | 1. 20 | 1. 20 | 1. 29 | 1. 42 | 1. 42 |
食事 | 1. 37 | 1. 34 | 1. 40 | 1. 30 | 1. 28 | 1. 28 | 1. 37 | 0. 51 | 1. 53 |
2 次活動 | 7. 53 | 8. 06 | 7. 41 | 5. 57 | 5. 46 | 6. 04 | 6. 12 | 4. 09 | 5. 30 |
通勤・通学 | 0. 39 | 0. 51 | 0. 27 | 0. 48 | 0. 41 | 0. 47 | 0. 58 | 0. 06 | 0. 49 |
仕事 | 4. 24 | 5. 55 | 2. 58 | 3. 18 | 3. 14 | 2. 48 | 4. 23 | 1. 48 | 4. 00 |
学業 | 0. 48 | 0. 52 | 0. 44 | 0. 11 | 0. 11 | 0. 11 | 0. 14 | 0. 00 | 0. 04 |
その他社会活動 | − | − | − | 0. 11 | 0. 33 | 0. 05 | 0. 03 | 0. 33 | 0. 23 |
家事 | 1. 27 | 0. 15 | 2. 35 | 1. 09 | 0. 45 | 1. 48 | 0. 17 | 1. 12 | 0. 08 |
介護・看護 | 0. 03 | 0. 02 | 0. 05 | 0. 05 | 0. 00 | 0. 06 | 0. 10 | 0. 00 | 0. 00 |
育児 | 0. 13 | 0. 03 | 0. 23 | 0. 01 | 0. 01 | 0. 02 | 0. 00 | 0. 00 | 0. 00 |
買い物 | 0. 19 | 0. 10 | 0. 29 | 0. 14 | 0. 21 | 0. 16 | 0. 07 | 0. 30 | 0. 05 |
3 次活動 | 5. 43 | 5. 36 | 5. 49 | 7. 02 | 6. 51 | 7. 34 | 6. 00 | 8. 57 | 6. 19 |
移動(通勤・通学を除く) | 0. 25 | 0. 23 | 0. 27 | 0. 31 | 0. 35 | 0. 33 | 0. 33 | 0. 21 | 0. 11 |
テレビ・ラジオ・新聞・雑誌 | 2. 14 | 2. 12 | 2. 15 | 2. 38 | 2. 04 | 2. 49 | 2. 53 | 1. 24 | 2. 12 |
休養・くつろぎ | 1. 20 | 1. 17 | 1. 23 | 2. 01 | 2. 05 | 1. 59 | 1. 29 | 3. 36 | 3. 14 |
学習・研究(学業以外) | 0. 12 | 0. 12 | 0. 11 | 0. 10 | 0. 08 | 0. 08 | 0. 14 | 0. 39 | 0. 00 |
趣味・娯楽 | 0. 36 | 0. 39 | 0. 33 | 0. 26 | 0. 22 | 0. 22 | 0. 24 | 1. 42 | 0. 33 |
スポーツ | 0. 12 | 0. 14 | 0. 10 | 0. 07 | 0. 02 | 0. 10 | 0. 03 | 0. 06 | 0. 00 |
ボランティア活動・社会参加活動 | 0. 03 | 0. 03 | 0. 04 | 0. 05 | 0. 02 | 0. 08 | 0. 00 | 0. 27 | 0. 00 |
交際・付き合い | 0. 17 | 0. 15 | 0. 20 | 0. 18 | 0. 37 | 0. 15 | 0. 19 | 0. 00 | 0. 00 |
受診・療養 | 0. 10 | 0. 08 | 0. 12 | 0. 33 | 0. 31 | 0. 54 | 0. 01 | 0. 06 | 0. 00 |
その他 | 0. 14 | 0. 12 | 0. 16 | 0. 14 | 0. 24 | 0. 14 | 0. 04 | 0. 36 | 0. 10 |
(再掲) | |||||||||
家事関連 1) | 2. 02 | 0. 30 | 3. 32 | 1. 29 | 1. 07 | 2. 12 | 0. 34 | 1. 42 | 0. 14 |
休養等自由時間活動 2) | 3. 34 | 3. 29 | 3. 38 | 4. 39 | 4. 09 | 4. 48 | 4. 22 | 5. 00 | 5. 26 |
積極的自由時間活動 3) | 1. 03 | 1. 08 | 0. 58 | 0. 47 | 0. 34 | 0. 49 | 0. 41 | 2. 54 | 0. 33 |
注)1) 家事,介護・看護,育児および買い物。
2) テレビ・ラジオ・新聞・雑誌および休養・くつろぎ。
3) 学習・研究(学業以外),趣味・娯楽,スポーツおよびボランティア活動・社会参加活動。出典)〔圓山 2008,p. 55〕
18 年調査」の無業者が 1 時間 43 分,「実態調
査」の無業者が 2 時間 28 分と 45 分長い。受診・
療養についても前者が 21 分であるのに対し,後
者は 47 分である。
V 考察
1 他の家族員への依存度の高さ
世帯状況については,障害により大きく異なっ
ていることが示され,従来より指摘されている
「親亡き後」の問題の様相が浮かび上がってきた。身体障害者は,有配偶率が圧倒的に高く,多くは生殖家族で暮らしている。身体障害者の年齢層が 50 歳から 64 歳に 6 割以上が偏っていること
はこの要因の 1 つであると考えられるが,それ以上に障害による差異が大きいと思われる。知的障害者はグループホームで暮らす人もいるが,多くは定位家族で生活している。このことは後述する
Autumn ’08
障害者の自立支援に向けた生活実態把握の重要性−−「障害者生活実態調査」の結果から−−
表 21 生活時間配分:就業の有無(平日)
207
(時間,分)
社会生活基本調査 | 障害者生活実態調査 | |||||
総 数 | 有業者 | 無業者 | 合 計 | 仕事あり | 仕事なし | |
標本数・度数 | 132, 520 | 77, 718 | 46, 985 | 170 | 88 | 82 |
1 次活動 | 10. 24 | 9. 58 | 11. 03 | 11. 01 | 10. 32 | 11. 31 |
睡眠 | 7. 31 | 7. 14 | 7. 54 | 8. 06 | 7. 49 | 8. 24 |
身の回りの用事 | 1. 15 | 1. 12 | 1. 21 | 1. 24 | 1. 15 | 1. 34 |
食事 | 1. 37 | 1. 32 | 1. 48 | 1. 30 | 1. 28 | 1. 33 |
2 次活動 | 7. 53 | 9. 42 | 4. 50 | 5. 57 | 8. 33 | 3. 10 |
通勤・通学 | 0. 39 | 0. 53 | 0. 13 | 0. 48 | 1. 17 | 0. 16 |
仕事 | 4. 24 | 7. 16 | 0. 06 | 3. 18 | 6. 06 | 0. 17 |
学業 | 0. 48 | 0. 08 | 1. 03 | 0. 11 | 0. 02 | 0. 21 |
その他社会活動 | - | - | - | 0. 11 | 0. 08 | 0. 15 |
家事 | 1. 27 | 0. 59 | 2. 28 | 1. 09 | 0. 43 | 1. 36 |
介護・看護 | 0. 03 | 0. 02 | 0. 06 | 0. 05 | 0. 02 | 0. 09 |
育児 | 0. 13 | 0. 08 | 0. 24 | 0. 01 | 0. 00 | 0. 02 |
買い物 | 0. 19 | 0. 15 | 0. 30 | 0. 14 | 0. 16 | 0. 13 |
3 次活動 | 5. 43 | 4. 20 | 8. 07 | 7. 02 | 4. 55 | 9. 18 |
移動(通勤・通学を除く) | 0. 25 | 0. 23 | 0. 30 | 0. 31 | 0. 20 | 0. 43 |
テレビ・ラジオ・新聞・雑誌 | 2. 14 | 1. 42 | 3. 16 | 2. 38 | 2. 05 | 3. 13 |
休養・くつろぎ | 1. 20 | 1. 05 | 1. 43 | 2. 01 | 1. 35 | 2. 28 |
学習・研究(学業以外) | 0. 12 | 0. 07 | 0. 17 | 0. 10 | 0. 02 | 0. 19 |
趣味・娯楽 | 0. 36 | 0. 26 | 0. 53 | 0. 26 | 0. 12 | 0. 41 |
スポーツ | 0. 12 | 0. 06 | 0. 18 | 0. 07 | 0. 04 | 0. 10 |
ボランティア活動・社会参加活動 | 0. 03 | 0. 02 | 0. 05 | 0. 05 | 0. 02 | 0. 09 |
交際・付き合い | 0. 17 | 0. 16 | 0. 21 | 0. 18 | 0. 07 | 0. 31 |
受診・療養 | 0. 10 | 0. 04 | 0. 21 | 0. 33 | 0. 19 | 0. 47 |
その他 | 0. 14 | 0. 09 | 0. 23 | 0. 14 | 0. 09 | 0. 18 |
(再掲) | ||||||
家事関連 1) | 2. 02 | 1. 24 | 3. 28 | 1. 29 | 1. 01 | 2. 00 |
休養等自由時間活動 2) | 3. 34 | 2. 47 | 4. 59 | 4. 39 | 3. 41 | 5. 40 |
積極的自由時間活動 3) | 1. 03 | 0. 41 | 1. 33 | 0. 47 | 0. 19 | 1. 18 |
注)1) 家事,介護・看護,育児および買い物。
2) テレビ・ラジオ・新聞・雑誌および休養・くつろぎ。
3) 学習・研究(学業以外),趣味・娯楽,スポーツおよびボランティア活動・社会参加活動。出典)〔圓山 2008,p. 57〕
ように,かれらが定位家族から離家しづらい要因の 1 つとなっているのではないか。精神障害者
は,定位家族で暮らすか単身世帯において 1 人暮らしをするかで二分されており,精神障害者向けのグループホームが少ない現状を反映していると同時に,知的障害者と同様,定位家族からの離家の困難を示していると思われる14)。
家計構造について,知的障害者は既存の調査からも年金による収入を得ている人の割合が高いこ
とが指摘されていたが,本調査の結果もこれを支持している。ただし全体としては障害にかかわる年金は半数に満たない人が受給しているにすぎない。これ以外に雇用者収入,障害以外の年金,手当,生活保護など,収入源は多様である。収入総額について,身体障害の男性がとびぬけて高い以外は,身体障害の女性,知的障害者,精神障害者,非手帳保持者はおおむね低額であり,低収入層への偏りがみられた15)。
208
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
Vol. 44 No. 2
世帯状況別にみると,単身世帯,とりわけ女性が低収入層に置かれている。また,定位家族に暮らす人は本人収入が低い傾向にある。既存の調査結果とあわせて考えると,定位家族に暮らす割合が高い知的障害者,精神障害者,非手帳保持者は,本人収入の低さが親などの他の家族成員の収入に依存させていること,さらに収入以外の援助
(家屋の提供,光熱費の肩代わりなど)を獲得していること,それゆえに離家が困難であるという仮説が導かれる。2 人以上世帯の収入は,一般世帯との差は単身世帯よりも少ないが,このことは逆に,障害者の他の家族員への依存度が大きいことを示しているのではないか。
支出についてはどうか。さらなるデータの積み重ね必要であるが,障害ゆえに必要な特別な費用についてみてみると,保健医療費は半数以上の人が支出しているが,そのほかについて支出している人は 20% 未満である。したがって該当する人の平均額との差が大きくなっており,必要な人のみがより多くの金額を支出している状況がうかがえた。
2 障害者の生活時間配分
障害者と非障害者の生活時間を比較すると,大きな違いがあることが示された。障害者に仕事や家事の時間が少なく,睡眠や休養・くつろぎに時間が多く配分されていたことが特徴的であった。ここから,障害をもつ人は仕事や家事を行わずに,休養してばかりである,とするのは早計だろう。
圓山は,障害をもつ人が休養等に多くの時間を配分している理由として 2 つ挙げている。ひとつは,障害ゆえに休息が必要であることである〔圓山 2008,p. 63〕。障害をもち「仕事あり」の人も,非障害者よりは一定時間を休養・くつろぎ等にあてていること,またとりわけ「仕事なし」の人が,非障害者の無業者のように家事時間に多くを配分せず,休養や受診等の時間が多いことは注目すべきだろう。すなわちかれらが障害ゆえの時間的コストを支払っているという仮説が成り立つ。無業者の「就労していない理由」として「家
事」を挙げる人が 20. 3% にすぎないことは,これを裏づけている〔遠山 2008,p. 44〕。いまひとつは,他にすることがないが故に,結果として休養等自由時間が長くなるというものである〔圓山 2008, p.63〕。これについては,とりわけ知的障害者や精神障害者,重複障害者の趣味・娯楽等の積極的自由時間活動が少ないことに表れている。
また知的障害者,重複障害者,定位家族に暮らす人やグループホームに暮らす人は家事時間が短いことが明らかになった。定位家族において「子ども」の立場である人が,家事を担わないのは非障害者世帯でも同様であるかもしれない。また,グループホームにおいては世話人が配置され,日常生活の援助を行うことと規定されているため居住者は家事を担わないことが考えられる。
VI まとめ−−自立支援に向けて
世帯状況やジェンダーに注目し,家計状況と生活時間の配分の面から障害者の生活実態を明らかにしてきた。世帯状況に注目したことで,定位家族に暮らす人が生活全般について,他の家族成員に依存しているという仮説が導かれた。
まず経済的な依存である。とりわけ定位家族に暮らす人は,おおむね本人収入が低く経済的に他の家族成員の収入に頼り,家賃や光熱費,食費を肩代わりされていることも含めて依存している。このことはかれらが,定位家族に留まり続ける 1つの要因であると考えられる。かれらが世帯収入に依存していると仮定するならば,それは,親の高齢化による収入源の喪失,他の家族成員の離家による収入減などの事態が予測されるため,脆弱なものであるといえる。一方で,成人後の生活が他の家族成員の収入に依存している状況は,「自立」を志向する昨今の政策動向からしても,時代に逆行するものであるだけでなく,「障害」ゆえに生起させられる,社会的に不平等な状態でもある。
世帯収入と本人収入の関係については,今後の調査によって裏づけられる必要があるが,本調査の結果により示された低収入層に位置する,身体
Autumn ’08
障害者の自立支援に向けた生活実態把握の重要性−−「障害者生活実態調査」の結果から−−
209
障害者の女性,知的障害者,精神障害者,非手帳保持者を中心として,他の家族成員の収入額とかかわりなく,所得保障の整備がなされることは緊急の課題であると思われる。また,特別な費用を必要とする人たちがより多く支出をしていることがうかがえたことから,適当な金銭や現物サービスが給付されることも肝要であるのではないか。また生活時間の配分の分析では,障害をもつ人 が障害ゆえに,非障害者が支払わなくてもよい
「時間的コスト」を支払っていることが示された。障害者の就労が短時間であることはすでに指摘があるが,これは障害ゆえの制限の結果であると仮定できるため,就労支援については,短時間就労を前提としたかたちで行う必要性が導かれる
〔圓山 2008,p. 64〕。さらに,障害をもつ人は家事時間に多くを割いていないことも明らかになった。圓山はとくに知的障害者の家事時間の少なさに注目し,定位家族では他の家族成員が家事を担い,グループホームではそれを職員が代替していることを指摘する。しかしそうであるがゆえに,知的障害者の仕事などの活動が可能になっていると述べる〔圓山 2008,p. 64〕。圓山がいうように,定位家族を離れ地域で生きていくためには,家事を支援する形の「自立支援」も必要であろう。また一方で,「家事を行う」ことを希望する人のために,家事を行うための支援も行われるべきであると考える。これらの上に「積極的自由時間」のための支援も考えられてよいだろう。
本調査はサンプル数が多くないこと,回収率がはかばかしくなかったこと等から,一般化については注意が必要である。また本稿では 2 つの地域のデータを合算したデータを用いているため,それぞれの地域の特性,自治体独自の制度等に留意することも必要であるが,これについては今後の課題としたい。
最後に強調して述べておきたいのは,「自立」のための支援を考える際には,こうした「生活実態」をとらえることが肝要であるということである。本稿がその端緒となっていれば幸いである。今後は「生活」実態把握のための,より大規模な
調査が行われ着実にデータが蓄積されることにより,本稿で示した知見について議論が重ねられていくことを期待したい。
注
1) 障害者の権利に関する条約において,第 19条(自立生活)では「他の者と平等の選択の機会をもって地域社会で生活する平等の権利を認める」と,障害者が非障害と同じ選択の機会をもつことが強調されている。
2) 各市における障害者抽出方法については以下のとおりである。身体障害者手帳と療育手帳登録者名簿より年齢階層別,男女別,障害種および程度別で母集団と同割合で合計 500( 身体 400 知的 100)名を抽出し依頼状を郵送した。調査協力の意思の有無を返信用葉書で回収し,協力の意思を示した対象者について訪問面接調査と一部留め置き回収調査を実施した。精神障害者については登録情報が利用できなかったため,地域の社会福祉協議会や共同作業所および生活支援センター等の利用者に直接協力依頼した。
18~64 歳人口 | 割 合 | |||
稲城市 | 総人口 | 51, 530 | 総人口に占める | 67. 4% |
障害 登録者 | 1, 048 | 18~64 歳人口に占める | 2. 0% | |
障害 協力者 | 94 | 18~64 歳障害登録者に占める | 9. 0% | |
富士市 | 総人口 | 149, 017 | 総人口に占める | 63. 0% |
障害 登録者 | 3, 531 | 18~64 歳人口に占める | 2. 4% | |
障害 協力者 | 119 | 18~64 歳障害登録者に占める | 3. 4% |
注) 障害登録者とは各障害者手帳の登録者数を表す。身体障害者手帳は 18~64 歳,療育手帳は 19~64 歳,精神保険福祉手帳登録者は年齢階層別のデータが無く全年齢。重複障害者は重複して数えられている。障害協力者とは分析の対象となった調査票に実際に回答した人の数である。
各市の調査の詳細,データの詳細については『障害者の所得保障と自立支援に関する調査研究(平成 17 年,平成 18 年度総合研究報告書)』(主任研究者:国立社会保障・人口問題研究所 勝又幸子)を参照のこと。
出所) 総人口「平成 17 年国勢調査」
3)「第 1 回障害者生活実態調査」では,東京都内の障害者団体からの協力による 33 件のデータが含まれているが,今回の合算データからは除外した。このデータとの比較も今後の残された課題である。また合算データを用いたのは,
210
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
Vol. 44 No. 2
障害別などの分析において対象サンプル数を出来る限り確保するためであり,統計的妥当性については議論があることを承知している。
4) 第 3 節と第 4 節で扱うデータは,項目の記入件数の違いから若干異なるものになっている。 5) 富士市では世帯員数が多く,三世代世帯と推
測される世帯が 10 世帯であり,8 人世帯や 7 人世帯もあった。一方稲城市では最大で 5 人世帯であった。
6) ただし,稲城市と富士市で差がみられた。生殖家族で暮らす人は,身体障害者は稲城市では
64. 9% であるが,富士市では 81. 3% と多くなっている。また,稲城市の精神障害者の 71. 4%が単身世帯で暮らしているのに対し,富士市の精神障害者の単身世帯は 21. 4% にすぎず,
64. 3% が定位家族に暮らす。この理由として,富士市は三世帯同居などが多く同居志向が強いこと,富士市は身体障害者がやや高齢層に偏っており,それゆえに生殖家族に暮らす人が多いことが挙げられる。
7) 厚生労働省社会・援護局〔2005〕による「平成 17 年度知的障害児(者)基礎調査の結果」
(回答数 2, 075 件)においても 20 歳以上の「年金・手当」を受給する割合は 74. 9% と高くなっている。ただし 5 年前の平成 12 年の調査では 82. 8% が受給しており,この 5 年間の減少については受給条件の変化もあわせて検討が必要である。
8) 本人収入,世帯収入ともすべての欄に無回答だった場合には「不詳」として処理。また世帯収入については,精神障害者の世帯において他の世帯員の収入の記入を拒否するケースが複数みられた。これらにかんしては「非該当」とした。
9) 収入 0 の 11 人のうち女性 10 人,300 万円以上の人 28 人のうち女性 3 人である。
10) 同様に, 収入 0 の 6 人のうち女性は 4 人,
300 万円以上の人 6 人のうち女性は 1 人である。
11) 定位家族ではばらつきが大きく,300 万円未満が 22. 2% であるのに対し 1, 000 万円以上も
13. 1% みられる。また本調査では支出の内訳をすべて聞いたわけではなく,無回答項目があることから,今後はより精緻化されたデータ収集が必要である。
12)「休養・くつろぎ」に含まれる内容は「家族との団らん」「仕事場または学校の休憩時間」
「おやつ・お茶の時間」「食休み」「うたたね」
(テレビ・ラジオなどを視聴しながらくつろいだ時間は含まない)である。
13)「身の回りの用事」は,障害によっては時間がかかる行為であることを想定し,「衣服の着脱」「排泄」「入浴」の 3 項目に細分化したが,
重複障害者以外には差は見られなかった。
14) 既存の調査と比較してみると,本調査における対象者は,知的障害者にかんしてはグループホーム居住者がやや多く,精神障害者にかんしては単身世帯がやや多いという偏りがある他は,おおむね実態に則しているといえるだろう。厚生労働省社会・援護局〔2005〕「平成 17年度知的障害児(者)基礎調査の結果」(回答数:2, 075 件) によると,18 歳以上で「夫婦で」暮らしている人は 3. 1%,単身で暮らして
いる人は 5. 6% とやはりごく僅かである。グループホームで暮らしている人は実態調査よりも少ない 8. 9% である。厚生労働省が行っている
「身体障害者・児実態調査」は「同居者あり」と「同居者なし」という項目での調査のため,本調査との比較はできない。若干古いデータではあるが,東京都福祉保健局〔2003〕が行った
「障害者の生活実態調査」(回答者:身体 2, 757人, 知的 647 人, 精神 529 人) によると,「一緒に暮らしている人」として配偶者を挙げた人,本調査でいう生殖家族に暮らす人の割合は身体障害者 53. 3%,知的障害者 2. 3%,精神障
害者 17. 8% となっている。この調査において身体障害者の有配偶率が低い要因は,年齢層が高い(70 歳以上が 46. 9%)こと等が考えられる。知的障害者と精神障害者については,生殖家族の割合が低いという同様の結果が得られている。また,同じ調査であるが,グループホームで暮らす精神障害者は 1. 3%,単身世帯の精
神障害者は 30. 6% である。
15) この要因として雇用者収入額に差があることが考えられる。そもそも雇用者収入を得ている人の数自体に差があり( 男性 52. 6%, 女性
29. 7%), さらにこのなかでも金額に差がある。遠山の分析によると,就労による収入を得ている人の平均年収は,就労形態,障害別,障害程度によって異なってくる。常用雇用の人は臨時・日雇いの人よりも多く,福祉的就労はさらに低額となる。同じ常用雇用であれば,身体障害者よりも知的障害者の方が低額である〔遠山 2008,p. 43〕。
参考・引用文献
土屋葉(2008)「世帯状況をふまえた家計収支の分析」『障害者の所得保障と自立支援施策に関する調査研究』(平成 19 年度総括研究報告書 主任研究者 勝又幸子),pp. 67‒91。
同志社大学大学院埋橋ゼミ(2006)「障害者雇用・福祉政策をめぐる国際的動向と日本の位置・課題」『Int’lecowk 国際労働研究』11‒12,pp. 7‒ 14。
遠山真世(2008)「障害者の就労実態:参加と自立
Autumn ’08
障害者の自立支援に向けた生活実態把握の重要性−−「障害者生活実態調査」の結果から−−
211
を阻む要因」『障害者の所得保障と自立支援施策に関する調査研究』(平成 19 年度総括研究報告書 主任研究者 勝又幸子),pp. 35‒48。
圓山里子(2008)「障害をもった人の生活時間」
『障害者の所得保障と自立支援施策に関する調査研究』(平成 19 年度総括研究報告書 主任研究者 勝又幸子),pp. 51‒64。
参 考 資 料
厚生労働省社会・援護局(2003)「障害者の生活状況に関する調査結果の概要」厚生労働省HP
(http://www.mhlw.go.jp/houdou/2003/08/h0829
‒6.html)(2008 年 6 月 24 日)
−−−−−−−−−−−(2005)「 平成 17 年度知的障害児(者)基礎調査の結果の概要」http:// www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/titeki/index. html(2008 年 6 月 24 日)
−−−−−−−−−−−(2008a)「身体障害者,知的障害者及び精神障害者就業実態調査の調査結
果について」http://www.mhlw.go.jp/houdou/2008/ 01/h0118‒2.html(2008 年 6 月 24 日)
−−−−−−−−−−−(2008b)「平成 18 年身体障害児・ 者実態調査結果」http://www.mhlw. go.jp/toukei/saikin/hw/shintai/06/index.html
(2008 年 6 月 24 日)
障害者生活実態調査(JD 調査 2006)「障害者自立支援法の影響を中心として−− 第 1 回調査(調査時点=2006 年 2 月)の報告」http://www.jdnet. gr.jp/jittai1.pdf(2008 年 6 月 24 日)。
総務省統計局「平成 16 年全国消費実態調査」 http://www.stat.go.jp/data/zensho/2004/index. htm(2008 年 6 月 24 日)
東京都福祉保健局「平成 15 年度障害者の生活実態」http://www.metro.tokyo.jp/INET/CHOUSA/ 2004/11/DATA/60ebm100_1.pdf(2008 年 6 月 24日)
(つちや・よう 愛知大学助教)
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究 Vol. 44 No. 2
212
障害者福祉施策の経済効果
金 子 能 宏
I はじめに
障害者自立支援法の施行により,障害者の福祉
(生活向上)のための政策手段は従来よりも機能的に再編成され,相互に連携することとなった。また障害者の暮らしが施設を含めて地域で営まれるように,就労支援とバリアフリーの街作りも併せて推進されることとなった。例えば, 京極
〔2008〕によれば,「自立支援法でなされた事業体系の見直しは,①「地域生活支援」「就労支援」といった新たな課題に対応するため,自立訓練や就労移行支援等の地域生活に資する機能を強化するための事業を実施すること,②入所期間の長期化などの本来の施設の機能と入所施設の実態の乖離を解消するため,サービス体系を機能に着目して再編し,効果的・効率的にサービスが提供できる体系を確立すること,といった視点で行われた」ことが指摘されている1)。このように障害者福祉施策の重要性が新たな観点から再評価された結果,近年の低成長経済のもとで,社会保障給付費は,社会保障財政の持続可能性と国民経済との両立から抑制される傾向がある中で,障害者福祉予算の増加率が社会保障給付費や政府全体の予算
(一般歳出)の伸び率と比べて高いことは,注目に値する2)。
しかし,社会保障給付費全体の伸びが抑制されることは,障害者の福祉を支えるもう一つの側面,障害年金や場合によっては生活保護による給付等,障害者に対する所得移転に影響を及ぼす。
障害者自立支援法の施行により,障害者福祉予算の伸び率が上昇したとしても,障害者に対する所得保障の意義をおろそかにすることはできない。本稿では,このような問題意識から,障害者の福祉のための手段を,経済学的に大別される現金給付と現物給付に分け,各々の経済効果を,政策課題と関連づけながら分析する。
障害者の福祉のための政策手段の効果を経済学的に考察するには,いくつかの前提を置く必要がある。すなわち,ミクロ経済学的には,障害者が障害をもちながらも予算制約のもとで自らの効用を最大化するように行動することを前提し,マクロ経済学的には,障害によって通常の労働者と比べた場合には何らかの制約があるかもしれないがその制約の中で障害者も生産に貢献することがあるということを前提する必要がある。もちろん,このような前提を用いることは,一方で,社会学や障害学やリハビリテーション科学から見れば,障害者の生活や行動を簡略化させ,障害がある故に社会経済からの影響が一般の経済主体と異なる面があることを捨象してしまうおそれがあることは確かである。しかし,他方で,このような前提を置くことによって,これまで必ずしも十分には把握されてこなかった障害者の福祉のための政策手段の効果を,経済学的にある程度評価できる形で推計したり分析したりすることができるというメリットが生じる。
本稿では,このような観点から,まず障害者への所得移転の経済効果を,障害者と一般家計それぞれの所得の限界効用を比較することによって考
Autumn ’08
障害者福祉施策の経済効果
213
察し,障害者への所得移転の根拠を示すと共に障害者自立支援施策における利用者負担の軽減の意義について考察する。次いで,障害者福祉施策のマクロ経済的な効果を見るために,障害者への就労支援と経済成長との関係について内生的経済成長モデルを応用して分析する。II では,個人の効用最大化行動の結果として得られる効用水準を関数として表す間接的効用関数を特定化し,これから導かれる需要方程式体系を推定して障害者と一般家計それぞれの所得の限界効用を比較することによって,障害者への所得移転の効果を明らかにし,これに基づいて所得移転と利用者負担軽減の意義を考察する。III では,内生的経済成長モデルの一つとして,医療サービスによる治療と経済成 長 と の 関 係 を 分 析 し た Zon and Muysken
〔2005〕モデルを,障害者への就労支援と医療サービスによる治療との相違を考慮して拡張して,就労支援のマクロ経済的効果を分析する。具体的には Zon and Muysken〔2005〕モデルを,就労支援における障害者とこれに従事する専門職員双方の社会的貢献が生産関数の労働力に及ぼす影響を加味するように部分的に拡張し,就労支援に係わる施策の効果について考察する。最後に,IV でまとめと今後の課題を述べる。
II 障害者への所得移転の経済効果
障害者あるいは障害者のいる世帯の収入状況や利用者負担を把握する調査は,必ずしも多くない。そのような状況の中で,平成 17 年・18 年に
「障害者生活実態調査研究会」が実施した「障害者生活実態調査」では,障害者の世帯状況,就業状況,収入のみならず支出項目別の金額や障害に係わる支出についても調査しており,ミクロ経済学的な実証分析に利用できる調査項目を含む点が特徴の一つとなっている。この調査とその結果については,本特集号の別の論文でもそれぞれのテーマに従い説明されているので,ここでは,以下の実証分析にかかわる点について述べたい。
1 分析に用いるデータ
「障害者生活実態調査」の第 1 回調査は,2005年 10~12 月に東京都の稲城市および関東近郊在住の障害者(追加調査)を対象に,身体障害者手帳保持者または療育手帳保持者からランダム抽出した 200 人の障害を持つ人に対して調査票を郵送
し回答を得る方法で実施された。第 2 回調査は, 2006 年 9~12 月に静岡県の富士市の障害者を対象に第 1 回調査と同じ方法で実施された。第 1 回と第 2 回調査それぞれの有効回答数は,129 人
(追加調査による 35 人を含む)と 113 人であった3)。
第 1 回調査と第 2 回調査それぞれの調査票は,各種の社会調査と比較できるように「国民生活基礎調査」(平成 6 年度)の世帯票の調査項目を参考とした調査票 1,「家計調査」や「全国消費実態調査」の調査項目を参考とした調査票 2,「所得再分配調査」を参考にした調査票 3,「社会生活基本調査」を参考にした調査票 4 から構成されている。これに加えて,障害者本人の障害の種類,程度,就労状況,就労意欲,生活意識などの調査項目が調査票に含まれている。したがって,障害者の属性・生活状況を,世帯構造・就労状況・収入と費目別の支出・生活時間などをクロス集計して把握することができる4)。
障害者の生活における所得保障の役割を見るために,第 1 回調査に基づいて,障害者本人の所得について,所得構成を所得項目別の平均額と所得合計に占めるそれぞれの所得項目の比率をまとめたものが,表 1 である。
表 1 によれば,本人所得の平均は 243. 8 万円と決して高くはなく,所得項目別に見ると「雇用者所得」が 119. 8 万円と大きな位置を占め,次いで
「公的年金(障害年金)」55. 0 万円,「生活保護」
21. 9 万円とつづく。ここで注目すべき点は,障害者の世帯属性が所得項目別の比率に大きな相違をもたらしている点である。すなわち,「一人暮らし(単独世帯,グループホームを含む)」と,
「同居者あり」別にみていくと,所得合計は「一人暮らし」 が 231. 6 万円,「 同居者あり」 が
250. 0 万円と大きな違いはないが,「同居者あ
214
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
第1回調査 | (平均額) | (平均所得に対する比率) | ||||
全世帯平均 | 1人暮らし平均 | 同居者あり平均 | 全世帯平均 (%) | 1人暮らし平均(%) | 同居者あり平均(%) | |
雇用者所得 | 119. 8 | 75. 6 | 143. 7 | 49. 1 | 32. 6 | 57. 5 |
公的年金(障害年金) | 55 | 64 | 49. 7 | 22. 6 | 27. 6 | 19. 9 |
公的年金(障害年金以外) | 12. 9 | 5. 5 | 17.1 | 5. 3 | 2. 4 | 6. 8 |
雇用保険 | 0. 48 | 0 | 0. 8 | 0. 2 | 0. 0 | 0. 3 |
生活保護 | 21. 9 | 47. 3 | 8.3 | 9. 0 | 20. 4 | 3. 3 |
手当(障害) | 19. 8 | 26. 2 | 16. 3 | 8. 1 | 11. 3 | 6. 5 |
手当(障害以外) | 2 | 0. 5 | 2. 9 | 0. 8 | 0. 2 | 1. 2 |
(小計)所得移転 | 112. 08 | 143. 5 | 95. 1 | 46. 0 | 62. 0 | 38.0 |
仕送り | 2 | 5. 7 | 0 | 0. 8 | 2. 5 | 0. 0 |
企業年金・個人年金 | 1. 2 | 0 | 1. 9 | 0. 5 | 0. 0 | 0. 8 |
その他の所得 | 8. 7 | 6. 9 | 9. 6 | 3. 6 | 3. 0 | 3. 8 |
合 計 | 243. 8 | 231. 6 | 250 | 100 | 100 | 100 |
表 1 障害者の所得内訳(単位:万円)
出所) 土屋〔2007〕の表1より,筆者作成。
Vol. 44 No. 2
り」は「雇用者所得」から得ている金額が 143. 7
万円と「一人暮らし」の 75. 6 万円に比べて多い。これに対して,「一人暮らし」に多いのは,
「公的年金(障害)」と,「生活保護」であり,それぞれ「同居者あり」の 46. 7 万円に対して 64. 0
万円,8. 3 万円に対して 47. 3 万円という相違が見られる。所得合計に占める所得項目別の比率で見ると,障害者全体では公的年金・生活保護・手当などの所得移転が占める比率は 46% であり,5割に近い値を示している。障害者の世帯属性別に見ると,所得移転の所得合計に占める割合は,
「同居者あり」では 36% であるのに対して,「一人暮らし」では 62% にも上り,「一人暮らし」の障害者にとって所得移転は生活を支える上で必要不可欠なものとなっていることが理解できる。
2 所得移転の効果の推計方法
経済学的には,このような障害者への所得移転が妥当とされるのは,障害者の所得の限界効用が,一般家計の所得の限界効用よりも高い場合である。その場合には,一般家計から所得 1 単位を障害者に移転したとしても,一般家計の所得の不効用の大きさよりも障害者の所得の限界効用が大きいために,一般家計の効用と障害者の効用の総和(社会的経済厚生)は所得移転によって改善さ
れることになる。もちろん,現実には,人口に占める一般家計と障害者それぞれの割合によって,こうした効用の変化をウェイトづける必要があることは確かである5)。ただし,ロールズ型の社会的厚生関数の場合には,障害者と一般家計の効用水準を比較すると前者が後者よりも低く,障害者の所得の限界効用が一般家計の所得の不効用を上回る場合には,両者のウェイトに拘わらず障害を持つ故に所得が最も低い人への所得移転が妥当とされる。
所得の限界効用を推計するために,ここでは, Houthacker〔1960〕が提示しその後,需要方程式体系の実証分析に用いられるようになった加法型間接効用関数(additive indirect utility function)を用いる。この関数型は,消費支出項目の間に分離可能性(separability)があるという選好上の制約があるが, 他方, この関数型から導かれる Indirect addilog model と呼ばれる需要方程式体系は,基準となる支出項目とその他の各支出項目との差分の方程式体系に変換すると線形の方程式体系となる。そのため,上記の障害者調査のようにサンプル数が大規模でない場合でも,需要方程式体系が満たすべき条件(例えば adding up 制約など)を課した推定を行うことができる。
支出項目間での分離可能性という制約がないよ
Autumn ’08
障害者福祉施策の経済効果
215
り一般的な選好を反映する伸縮的な(flexible)需要方程式体系を導く間接効用関数も,幾つかの関数型が特定化されて実証分析にも利用されている(Bewley〔1986〕, Pollak and Wales〔1992〕, Edgerton and Assarson〔1996〕)。ただし,この場合には需要方程式体系の推計が非線形推定となるため,本稿のようなサンプル数の規模が小さい場合には,需要方程式体系の制約を課して推定すると係数の推定値が収束しない場合が起こりうる。本稿では,このような問題を避けるために線形の方程式体系を用いることとした。
加法型間接効用関数は,所得を M,支出項目ごとの消費量と価格指数をそれぞれ qi,pi とすると,次のように表される。
必要がある。これは,医療給付や介助サービスの利用者負担(及び場合によっては利用者負担とこれを超えて支払う額との合計)などの支出項目である。このような支出項目が障害者の場合に生じざるを得ないことは,一般家計の消費集合と比べて,障害者の消費集合には,以下のような特徴があることから理解することができる。
まず,障害にかかわる支出ゼロの場合,例えば,障害が重く障害にかかわる支出を伴うサービス(現物給付)がないと消費が困難な場合には,消費集合は,その障害者の家族と共に消費する部分からなる一般の消費集合の部分集合となる。これに対して,障害にかかわる支出がある場合,障害に関わる支出によって得られるサービスは,障
i=1
V(p, M)=Σn
βi
αi M
βi pi
βi>0 (1)
,
害者のその他の財貨・サービスと補完関係にあるため,この支出がある分だけ障害者の消費集合は
この関数型にロアの恒等式を適用すると,次式のような支出項目ごとの需要関数が導かれる。
α β (M/p )βi+1
大きくなる。したがって,仮にあえて障害にかかわる支出をゼロとしてその他の支出項目に予算を
配分する場合には,障害の程度によっては,消費
qi= n i i i α
(2)
Σ j=1(αjβj)(M/pj) j
この需要関数の両辺の対数を取り,基準となる支出項目( j )とその他の各支出項目( i )との差分を取ると,次式のような線形の需要方程式体系が導かれる。
i j α i
Log(q )-log(q )=log αi +(β +1)
j
集合は障害にかかわる支出をしない場合よりも小さくなり,達成できる効用も低くなる。ところが,一般家計と同様に効用最大化行動をとると前提するので,これは合理的ではない。したがって,障害者の場合には,予算制約の下での効用最大化行動で障害にかかわる支出がゼロではないという結果が導かれる6)。
M
pj
log M -(β+1)log
(3)
以上のような前提により,推定に用いる需要方
pi j
M
pi
したがって,推定式は次のようになる。
Log(qi)-log(qj)=γ 0i+γ 1i log
M
程式体系の支出項目は,(1)食料費,(2)住居費7),
(3)光熱費,(4)その他の支出,(5)障害に関わる支出とした。
方程式体系の推定方法は,調査から得られたデ
ータが 2 時点からなるクロスセクション・データ
+γ2j log
+Δuij (4)
p
j
であり,誤差項 Δui の不均一分散性を考慮する必
ここで,Δuij=ui-uj は(第 j 財に対する差分表示の)第 i 財の需要方程式の誤差項である。
推定に当たり,各支出項目がゼロにならないように,上記調査の個別支出項目の内,幾つかの調査対象の支出項目を集計して一つの支出項目とした。ただし,支出項目の選択に当たっては,一般家計と異なり,障害者の消費行動の特徴として障害に関連して支出する項目があることを考慮する
要があることから,SUR(Seemingly Unrelated Regression)を用いた。また,方程式体系における基準となる支出項目の係数がどの推定式でも共通となる線形制約を課して,方程式体系を推定した。
3 推定結果
前節で述べた需要方程式体系の推定結果をまと
216
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
表 2 需要方程式体系(差分型(4)式)の推定結果(障害者の場合)
支出項目(2)-(1) | 支出項目(3)-(1) | 支出項目(4)-(1) | 支出項目(5)-(1) | |
γ 0 | -0. 37093 (0. 615894) | -1. 92487 ** (0. 951734) | -3. 8781 ** (1. 254891) | -2. 78193 * (1. 544733) |
γ 1 | 4. 096669 (2. 681886) | 4. 578255 * (2. 703987) | 4. 811303 * (2. 72252) | 4. 418997 * (2. 7203) |
γ 2 | -4. 24228 (2. 698876) | -4. 24228 (2. 698876) | -4. 24228 (2. 698876) | -4. 24228 (2. 698876) |
注 1) サンプル数は 75。SUR 推定による需要方程式体系全体の重み付き決定係数は 0. 058
である。
2) **は両側 5% 水準で有意,*は両側 10% 水準で有意であることを示す。出所) 筆者推計。
Vol. 44 No. 2
表 3 加法対数間接効用関数の係数(障害者の場合)
α1 | α2 | α3 | α4 | α5 |
1 | 0. 024495 | 0. 273933 | 0. 02069 | 0. 061919 |
β1 | β2 | β3 | β4 | β5 |
3. 24228 | 3. 09667 | 3. 57825 | 3. 8113 | 3. 41899 |
出所) 表 2 より筆者作成。
めたものが,表 2 である。これによって得られた係数(表 3)を用いて,調査サンプルの障害者の平均所得・月額 155, 833 円と基準時点の価格体系で評価した障害者の所得の限界効用の弾力性
∂M V
( ∂V(p, M) × M )を算出すると,2. 219 となる。
これに対して,『家計調査年報』(総務省統計局)を用いて類似の消費支出項目からなる一般家計(全世帯・二人以上世帯(農家世帯を除く )の需要方程式体系を推定して,所得の限界効用を推計すると次のような結果が得られた。まず,障害者に関する分析と同様に,加法対数型間接効用関数から需要方程式体系を導くこととし,その消費支出項目は,(1)食料費,(2)住居費,(3)光熱費,(4)その他の支出(この項目は「家計調査」の支出項目:家具家事用品,被服および履物,交通・通信,教育,教養・娯楽,その他の消費支出の合計である。),(5)医療・保健等である。なお,一般家計でも,世帯員の病気・けがの治療や健康増進のための支出がある程度不可欠であることから,障害者の場合の(5)障害にかか
わる支出に代わる項目として(5)医療・保健等を一つの支出項目とした。推定に用いるサンプル数を障害者の推定の場合(75 サンプル)とほぼ同様にするために,ここでは『家計調査年報』
(全世帯・二人以上世帯(農家世帯を除く))の収入階級別 5 分位の 1992 年から 2007 年までのデー
タを用いた(サンプル数は 80 サンプル)。消費支出項目ごとの価格指数は,『消費者物価指数年報』(総務省統計局)の 1992 年から 2007 年までのデータを用いた。
以上のようなデータと先に述べた推定方法を用いて線形回帰分析を行った需要方程式体系の推定結果が,表 2 である。これに基づく間接効用関数の係数(表 3)を用いて,一般家計の平均所得
(2007 年の二人以上の世帯のうち勤労者世帯)月額 433, 306 円と基準となる価格体系で評価した所
得の限界効用の弾力性を算出すると,0. 139 となる。
障害者の所得の限界効用弾力性と一般家計のそれとを比較すると,上記の推計結果は,障害者の方が一般家計よりも弾力的であり,一般家計からの限界的な所得移転を障害者に行うと,一般家計の限界効用の低下を上回る大きさで障害者の限界効用が上昇することを示している。
さらに,障害者自立支援法の施行以後,同法の特別対策等も具体化し,その中で,負担感の大きい通所・在宅の障害者,障害児を持つ世帯を中心とした利用者負担の軽減が実施されることとなった。この軽減策の財源は,2007 年度と 2008 年度それぞれ 240 億円の国費であり,このことは,所
Autumn ’08
障害者福祉施策の経済効果
表 4 需要方程式体系(差分型(4)式)の推定結果(一般家計の場合)
支出項目(2)-(1) | 支出項目(3)-(1) | 支出項目(4)-(1) | 支出項目(5)-(1) | |
γ0 | -0. 08488 0. 08171 | 5. 164033 ** 0. 424936 | -2. 91546 ** 0. 065074 | -0. 28253 * 0. 165838 |
γ1 | -0. 15989 * 0. 061763 | -1. 17533 ** 0. 097661 | 0. 714259 ** 0. 062179 | -0. 22499 ** 0. 06288 |
γ2 | −0. 04405 0. 062033 | -0. 04405 0. 062033 | -0. 04405 0. 06203 | -0. 04405 0. 062033 |
注 1) サンプル数は 80。SUR 推定による需要方程式体系全体の重み付き決定係数は 0. 876
である。
2) **は両側 5% 水準で有意,*は両側 10% 水準で有意であることを示す。出所) 筆者推計。
217
得税等の一般家計に対する負担を含めた財源を利用者負担の軽減を通じた障害者の可処分所得の増加という形で,間接的ではあるが障害者に対する所得移転が行われることを意味している。したがって,一般家計と障害者とのウェイト付けという価値判断を捨象して,前者から後者の限界的な所得移転の効果に着目すれば,上記の推計結果が示すように,利用者負担の軽減も,間接的な形での所得移転を通じて一般家計の負担による経済厚生の低下を上回る障害者の経済厚生の上昇を導きうる施策であることが理解できる。
もちろん,一般家計においても世帯主の年齢階級,世帯主の所得階級ごとに所得の限界効用は異なる可能性がある。障害者で就労上など何らかの制約で低所得である場合のみならず,高齢者においても年金給付など所得移転は重要な生活の糧である。また,高齢者でない低所得者の場合にも,各種の手当や生活扶助などの所得移転は重要な生活保障の役割を果たしている。したがって,障害者の所得移転の必要性を示唆するために,所得の限界効用の比較を行うためには,所得保障の対象者(または対象世帯)についても同様の需要方程式体系の推計を行う必要があると考えられる。
III 障害者の就労支援の経済効果
障害者自立支援法の施行によって,障害者の就労支援の総合化,リハビリテーション,障害者雇用,移行過程の重視,そのための支援体制の強化
表 5 加法対数間接効用関数の係数(一般家計の場合)
α1 | α2 | α3 | α4 | α5 |
1 | 0. 024495 | 0. 273933 | 0. 02069 | 0. 061919 |
β1 | β2 | β3 | β4 | β5 |
-0. 95595 | -1. 15989 | -2. 17533 | -0. 28574 | -1. 22499 |
出所) 表 4 より筆者作成。
が図られた。その結果,障害者の就労支援策は多様化した。例えば,小規模作業所については,複数の障害種別の受け入れ,重度障害者の地域生活の支援,就労支援の本格化など様々な機能を発揮しており,その機能にあわせて,障害福祉計画に基づき,計画的にグループホームなどになり,地域生活支援事業として新たな事業に移行することになった。
また,就労支援の強化策として,福祉施設から一般就労への移行を進めることを目的とした就労移行支援事業が創設された。この事業は,就労を希望する障害者に対して,期限を設けたプログラムに基づいて,就労に必要な知識と能力を向上させるために必要な訓練を行う事業である。さらに,同法施行後,一般就労への移行過程で重要な役割を果たしている福祉施設等における就労の工賃水準の向上が図られ,2007 年度より「工賃倍増計画支援事業」8)が創設された。一方,就労支援は,福祉施設等に限らず,障害者雇用(一般雇用)に至るためにはハローワークや場合によっては必要となる新たな技能修得のための職業訓練等の諸施設とも関係する。したがって,関係機関の
「チーム支援」による福祉的就労から一般雇用へ
218
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
Vol. 44 No. 2
の移行促進策として,地域障害者就労支援事業も進められている。特に知的障害者・精神障害者については,例えば就職時の職場適応を容易にするため,職場にジョッブコーチ(職場適応援助者)を派遣し,きめ細かな人的支援を行う支援事業が実施されている。
ここでは,このように様々な方法によって推進されている障害者の就労支援の経済効果を,マクロ経済的な観点から分析する。具体的には,ルーカス・モデル(Lucas〔1998〕)に疾病にかかり患者となる確率とその人に対する医療によって回復する過程を組み込んで,医療と(消費の成長率で見た)経済成長との関係を明らかにした Zon and Muysken〔2005〕による内生的経済成長モデルを,障害者への就労支援と医療サービスによる治療との相違を考慮して部分的に拡張し,分析を行う。
1 モデルの構成
疾病にかかり患者となる場合,消費財となる財貨の生産活動から離れるために労働力が患者の数だけ減少する(患者の人口 P に占める割合を vとする。)。同時に,患者を診療行為で回復させ労働力となる過程で医療サービスを提供する人々は,生産活動の労働力とはならないため,労働力は医療サービス提供者の数(人口 P に占める割合を u とする。)だけ減少する。したがって,経済全体では,生産の活動に投入される労働力から,治療水準でその人数が決まる患者となる人々と医療サービス提供者が減少することになる。また,医療サービス提供者となるための教育など,人口のある部分は教育をうけるために労働力とはならない(人口 P に占める割合を w とする)。このことを,Zon and Muysken〔2005〕は,それぞれの労働力減少分を示す指数 u と v と w を用いて,労働力(L)を次式のように特定化した。
L=(1-u-v-w)eP (5)仮に障害者福祉施策ではあるが自立支援策のよ
うな総合的なものではなく,就労支援・障害者雇用への援助を含まない施策しかない場合には,人口 P のうち,教育を受けるために生産活動に加
わらない部分数字(w)と,(人口 P のうちある確率で障害を持つ状態になり)障害者として非就労になる部分( 人口 P に占める割合を v とする),および生産活動につながることのない形での障害者への福祉サービスに従事する人々(人口に占める割合 u)が労働力とはならなくなるので,労働力(L)は人口のうちこれら三つの部分それぞれの割合を引いた労働力人口に生産性のパラメータをかけたものになる。すなわち,Zon and Muysken〔2005〕のモデルの場合と同様に,障害者福祉施策とその従事者が,(単純に)労働力を減少させる要素となり,労働力は(5)式と同様になる。
しかし,本稿では,上に概観したような障害者の就労支援策を踏まえて,次のようにモデルを拡張する。すなわち,障害福祉・就労支援の場合には,たとえ一般労働者の生産性と比べれば小さい場合もあるかもしれないが,障害者雇用に至る
(一般の労働力と同様になる)までの就労支援の過程では,障害者本人も生産活動に携わることになる。また,就労支援にかかわる人々との共同で財貨が生産される面がある。したがって,Zon and Muysken〔2005〕が財貨の生産のための労働力からの控除要因とした u と v は,障害福祉・就労支援にかかわる人々と障害者自身の生産への貢献の分だけ各々小さくなる。それぞれの貢献の分を ψ,ϕ(ある一定の比率)とすると,障害者福祉・就労支援の場合に労働力が控除される指数は,障害者福祉・就労支援にかかわる人々(従事者)については u’=(1-ψ)u となり,障害者自身については v’=(1-ϕ)v,となる。これらの関係を図示したものが,図 1 である。なお,ψ と ϕ はそれぞれ 0 以上 1 未満のある定数とする(ちなみに,ゼロの場合には Zon and Muysken〔2005〕モデルとなる)。
したがって,以上のような前提のもとでは,労働力は次の式で示される。
L=(1-(1-ψ)u-(1-ϕ)v-w)eP (6)
Zon and Muysken〔2005〕に従って, 労働力
(L)と資本ストック(K)を生産要素とするコブ・ダグラス型生産関数とすると,就労支援があ
Autumn ’08
障害者福祉施策の経済効果
219
出典) Zon and Muysken〔2005〕Fig. 2. 2 を一部拡張して,筆者作成。
図 1 障害者の就労支援と生産活動(経済モデルとしての図解)
る場合の労働力を L に代入することにより,生産関数は次のように表すことができる。
Y=ALαK1-α=A((1-(1-ψ)u
-(1-ϕ)v-w)eP)αK1-α (7)
dt
dK =Y-cL (8)
dt e
de =δ w (9)
なお,c は 1 人あたりの消費であり,δe は教育・学習による生産性の上昇を示すパラメーター
( 定数) である。δe を用いると,(9) は変化率
(x^=(dx/dt)/x,x はモデルの中の変数)の形で次のように表すことができる。
e^=(δe+P^-ρ)/θ,
w=(δe+P^-ρ)/(δeθ) (10)個人の効用関数は,時点 t の消費を C,時間選
(C1-θ-1) (1-θ)
好率をδとして,次のように表す。
れば,子供の時に,あるいは成人後や引退後の高齢期に障害を負う場合がある。時間 t の流れの中で障害を負う確率をμd とする。したがって,障害者でない人々と障害を持つ人々の割合は経時的に変化する。
障害者でない人々(H)が人口(P)に占める割合が時間とともにどのように変化するかを示す変化率の式は,t 時点の出生率を i, 障害者福祉・就労支援の水準を v,これによって障害者雇用に至り一般の労働力となる割合を δo とすると,次のように表すことができる。
h^=H^-P^=(i-μd)+δov-ih (12)持続(定常)状態(a steady state)8)では,h^=
0 であるため,0=(i-μd)+δov-ih より,v と h
との関数を次のように定義することができる。
h*=(δo/i)v+1-μd/i=ξov+ξd≡h(v) (13)
0
U=∫ ∞e-ρtP
dt (11)
2 障害者の就労支援の経済効果
障害者の就労支援のマクロ経済的な効果を見る
このような効用を予算制約の下で最大化しようとする個人は,生まれてから,ある確率で障害を負う場合があると想定する。生後直後の場合もあ
ためには,まず,人口成長や個人がある確率で障害を負う場合があることなどの与件の下で,個人が効用最大化行動をとることから導かれる経済状
220
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
Vol. 44 No. 2
出典) Zon and Muysken〔2005〕Fig. 2. 2 を一部拡張して,筆者作成。
図 2 消費の成長率と就労支援での障害者と従事者それぞれの貢献との関係
態の推移(持続状態)を特徴づける必要がある。このモデルでは,経済の制約は,人口成長を示 す式と人口のうち労働力となる部分が時間と共に変化する式と,人々に効用をもたらす個人の,すなわち 1 人当りの消費(c) の対象となる財貨
(c1-θ-1) (1-θ)
(Y)の生産活動を示す式(生産関数)である。これらの制約のもとで,人々は通時的な効用を最大化する。この最適化問題に関するハミルトニアン(H)は次のように示される。
H=e-ρtP
+λewδe(ξov+ξd)e+λpP(ηov+ηd)
+λk{A((1-(1-ψ)u-(1-ϕ)v-w)eP)
αK1-α-cP} (14)
資本の限界生産力である利子率を r とすると, λk^=r となるので, 最大化の 1 階条件の第 1 式 (∂H/∂c) より,次式が得られる9)。
c^=(λ ^-ρ)/θ=(r-ρ)/θ (15)
制約式:dλx+ ∂H =0,(x=,K, e, P) を満たさなければならない。例えば,K については,dλk/dt+
dt ∂x
∂H/∂K=0 となるので,これを上の式に代入して整理すると,通時的な効用を最大化する消費の変化率を示す次の式が導かれる。
c^={δe(1-(1-ψ)u-(1-ϕ)v)h((1-ϕ)v)
+ηo(1-ϕ)v+ηi-ρ}/θ (16)この式は,v とその関数 h(v) の積を含む非線形
の方程式である。h’(v) に関する仮定を用いてこの式のグラフを示したものが図 2 である。
図 2 からわかるように,他の諸条件を所与として,消費の水準を最大化する障害者福祉・就労支援の水準を選択することができる。そのような障害者福祉・就労支援の水準を v* とすれば,それは次の式を満たすような水準である。
Max c^= ∂c^
k
ハミルトニアンの中のそれぞれの乗数は,Zon
and Muysken〔2005〕補論が示すように,動学的
v ∂((1-ϕ)v)
= ∂c^ ・∂((1-ϕ)v)
∂((1-ϕ)v) ∂v
Autumn ’08
障害者福祉施策の経済効果
221
-
=(1-ϕ) ∂c^
∂((1 ϕ)v)
=0
(17)
上する場合には,消費の成長率を高める効果が生じる(図 2 の B(↑))。
これを v* について解くことにより,次の式が導ける。
v*=[ηo+δe((ξo-ξdχ)/(2δeξo))]/(1-ϕ) (18)就労支援・障害者雇用の生産への貢献度(ϕ)
の変化の影響を見るために,(17)式を ϕ について偏微分すると,消費の成長率を最大化する障害者福祉・就労支援の水準に関する次式が得られる。
∂v*/∂ϕ=
IV まとめと今後の課題
障害者自立支援法が施行され,障害者の福祉施策は,住まいの場,日常生活の場,生活と仕事を結びつける場(就労支援や障害者雇用等)など,多方面から相互に連携を図りながら進められることとなった。こうした取り組みを本格化させるために,障害者福祉予算は,近年,他の予算項目よりも伸び率が高くなり,障害者の利用者負担に対
-
[ηo+δe((ξo-ξdχ)(2δeξo))] (1-ϕ)2<0
(19)
する軽減措置も講じられることとなった。
確かに障害者への就労支援,工賃倍増計画や障
したがって,障害者福祉・就労支援の水準の方法が総合化され,障害者福祉・就労支援の水準に従事する人々の人数を所与としても障害者が暮らす地域の移動手段の多様化や利便性の向上により,また就労支援のための(より重度な障害でもコミュニケーションや,作業を残された心身機能でより容易にできるようにする)新しいコンピュータソフトや補助具の開発などにより,就労支援等の生産への貢献度が向上すると,消費の成長率を最大化する障害者福祉・就労支援の水準(投入量)はより少なくてすむことを示している(図 2の矢印 A(←))。
例えば,投入量を補助金等の政府(国・自治体)からの投入と見なせば,この効果は,障害者福祉予算にも,他の社会保障給付費と同様に社会保障財政の持続可能性の観点から制約があるとしても,障害者福祉の予算配分を一定程度の範囲内で変化させて,障害者の就労支援における生産への寄与度を向上させる部分への予算配分を増額させれば,それがすべての国民の消費の上昇につながる可能性があることを示唆している。
他方,消費の成長率と障害者福祉・就労支援にかかわる人々の生産への寄与度との間には,他の条件を所与とすると,次式のような関係がある。
∂c^/∂ψ=δeuh/θ>0 (20)したがって,障害者福祉・就労支援にかかわる
人々と障害者との共同による生産への貢献度が向
害者雇用の推進により,障害者本人の収入は伸びる可能性があるが,「障害者実態調査」の調査結果が示すように,「一人暮らし」の場合には公的な所得移転が障害者本人の所得源泉として重要な役割を果たしている。障害年金の国庫負担部分や生活扶助に見られるように,障害者への所得移転の財源は,一般家計に対する税負担を含むものである。「障害者実態調査」のデータを用いて推計した障害者と一般家計それぞれの所得の限界効用を比較すると(弾力性で見た場合),このような所得移転は経済厚生を高める可能性があり,妥当なものであることが示された。また,この結果は,障害者自立支援法施行後,現在取り組まれている利用者負担の軽減策が,一般家計の負担を含む国費がそのために使われても,経済厚生を高める可能性があることを示している。もちろん,
「障害者実態調査」は全国を対象とした調査ではないため,本稿では,所得移転の経済厚生に及ぼす効果を,限界的な所得の変化の効果を障害者と一般家計とで比較する方法によって行っている限界がある。より一般的には,障害者のデータも一般家計のデータと同じように全国データに拡張して,障害者に関する推定結果の代表性を高めて,障害者と一般家計それぞれの間接的効用関数の推計と社会的厚生関数とを組み合わせた分析を行うことが考えられる。また,一般家計についても,世帯主の年齢階級別,所得階級別に本稿のような
222
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
Vol. 44 No. 2
推計を行うことにより,一般家計の負担の在り方を考慮した上での障害者への所得移転の経済効果を考察することができる。これらは,今後の課題である。
また,障害者の就労支援の効果に関するマクロ経済学的モデル分析の一つを本稿では示したが,本稿のモデルでは,就労支援のための財源をどのような負担賦課によってすべきかについて分析できる枠組みにはなっていない。また,障害者の就労支援に対しては,所得保障が障害者の就労インセンティブを弱めることも危惧され,アメリカではこれに関する実証分析も行われている
〔Duggan and Singleton (2006)〕。したがって,就労支援のマクロ的な経済効果をより詳しく見るためには,モデルに政府部門をより明示的に導入して,就労支援の財源選択と障害者の所得移転のインセンティブ効果にも配慮した分析が求められる11)。この点についても,今後の課題としたい。
謝辞
本稿の作成に当たり,「障害者実態調査」のデータを利用させて下さった「障害者生活実態調査研究会」の皆様に記してお礼申し上げます。また,分析の視点について,京極髙宣国立社会保障・人口問題研究所長および東京大学大学院経済学研究科(学術創成研究)「経済と障害に関する研究会」のメンバーとの意見交換が大変参考になったことに感謝いたします。なお,本稿の内容は個人的見解であることを付記いたします。
注
1) 再編後のサービスは,その内容から,①居宅における生活の支援(居宅介護,短期入所,児童デイサービス,重度訪問介護,行動援護,重度障害者等包括支援,移動支援),②日中活動事業(療養介護,生活介護,自立訓練,就労移行支援,就労継続支援,地域活動支援センター),③居住支援事業。
2) 平成 18 年度の障害福祉サービス関係予算と障害保健福祉部予算全体の対前年度伸び率はそれぞれ 10. 8% と 8% であった。平成 17 年度の社会保障給付費の伸び率は 2. 3% であった。また,平成 20 年度の障害福祉サービス関係予算は 5, 345 億円, 障害保健福祉部予算全体は
9, 700 億円であり,それぞれの対前年度の伸び
率は 9. 7% と 6. 7% である。これに対して,平
成 20 年度の一般歳出の対前年度伸び率は 0. 7%である。
3) 勝又幸子〔2006〕第 1 章「障害者実態調査」の概要を参照。
4) 例えば,「障害者実態調査」に基づく世帯属性と収入との関係の分析(本特集号,土屋論文)と就労に着目した分析(遠山論文)を参照されたい。
5) 例えば,ベンサム型社会的厚生関数をその特集形として含む拡張された関数型の社会的厚生関数の場合など。
6) これに対して一般の家計では,障害が無いことを想定すると,予算を使い切ることが効用最大化につながるので,いわゆる家計消費の支出項目以外の支出は無いことになる。
7) 家賃と住宅ローン返済額(帰属家賃のプロキシーと見なす)の合計。
8) この事業により,各都道府県で「工賃倍増計画」が策定されることとなった。具体的な事業内容は,各事業所において,民間企業等の技術・ノウハウ等を活用し,経営コンサルタントや企業 OB の受け入れによる経営改善や企業経営感覚の醸成を図るとともに,一般企業と協力して商品開発や市場開拓を行うこととされている。
9) a steady state は定常状態とも言われるが,内生的経済成長について詳しいバロー・サライマーチン〔1995〕(日本語版・大住〔1997〕)に従い,本稿でもこれを持続状態と記す。
10) 最大化の 1 階条件は次の通りである。
∂H/∂c=e-ρt(C-θ)P-λkP=0
∂H/∂v=(∂H/∂v)(∂v’/∂v)=(1-ϕ)[λk(∂Y/∂v’)
+λe(∂(de/dt)/∂v’)+λp(∂(dP/dt)/∂v’)]=0
∂H/∂v=λk(∂Y/∂w)+λe(∂(de/dt)/∂w)=0
11) 介護保険サービスと経済成長の分析には政府部門を含む世代重複モデルによる分析がある
〔Henmi, Tabata and Futagami (2007)〕。
参 考 文 献
Autor, D. and M. Duggan (2006) “The Growth in the
Social Security Disability Rolls: A Fiscal Crisis Unfolding”, NBER Working Paper No. 12436.
Bewley, R. (1986)Allocation Models: Specification, Estimation and Applications (Ballinger).
Chan, W., Chen, Y, and M. Kao (2008)“Social Status, Education and Government Spending in a Two‒ Sector Model of Endogenous Growth”, The Japanese Economic Review, Vol. 59, No. 1.
Datta Gupta, N., and M. Larsen (2007)“Evaluating Employment Effects of Wage Subsidies for the Disabled‒the Danish Flexjobs Scheme”, the paper presented at the Summer Institute 2007, National
Autumn ’08
障害者福祉施策の経済効果
223
Bureau of Econominc Research.
Deaton, A. and J. Muellbauer (1980) Economics and Consumer Behavior (Oxford University Press).
Duggan, M., R. Rosenheck, and P. Singleton (2006) “ Federal Policy and the Rise in Disability Enrollment: Evidence for the VA’s Disability Compensation Program”,NBER Working Paper No. 12323.
Edgerton, D. L., and B. Assarson, A. Hummelmose,
I. P. Laurila, K. Rikertsen, P. H. Vale (1996) The Econometrics of Demand Systems ( Kluer Academic Publishing).
Guillem, L. and B. Rivera eds. (2005) Health and E c o n o m i c G r o w t h : F i n d i n g s a n d P o l i c y Implications (MIT Press).
Henmi, N. K. Tabata, and K. Futagami (2007) “The long‒term care problem, precautionary saving, and economic growth”, Journal of Macroeconomics, Vol. 29, pp. 60‒74.
Houthakker, H. S. (1960) “Additive Preferences”,
Econometrica, Vol. 28, pp. 244‒257.
Lucas, R. E. (1998) “On the Mechanics of Economic Development”, Journal of Monetary Economics, Vol. 22, pp. 3‒42.
P. J . Lambert ( 2001 ) The Distribution and Redistribution of Income ( Third edition) (Manchester University Press).
Pollak, R. A. and T. J. Wales (1992), Demand System
Specification and Estimation (Oxford University Press).
Zon, A. H. van, and J. Muysken (2005), “Health as a Principal Determinant of Economic Growth”, in
G. Lopez‒Casasnovas, B. Rivera, and L. Currais (2005) eds. Health and Economic Growth (2005) (MIT Press).
Zon, A. H. van, and J. Muysken (2001), “Health and Endogenous Growth ” , Journal of Health Economics, Vol. 20. No. 2, pp. 169‒185.
勝又幸子(2006)厚生労働科学研究費補助金(障害保健福祉総合研究事業)『障害者の所得保障と自立支援施策に関する調査研究』(H17‒ 障害‒ 003)平成 17 年度総括研究報告書。
京極高宣(2008)『障害者自立支援法の課題』中央法規出版。
――――(2007)『社会保障と日本経済』慶應義塾大学出版会。
土屋葉(2006)「障害者世帯の家計構造:収入と支出を中心に」勝又幸子(2006)所収。
中島隆信(2006)『障害者の経済学』(東洋経済新報社)。
バロー・R. J., X. サライマーティン(1995),大住圭介訳(1997)『内生的経済成長論Ⅰ・Ⅱ』(九州大学出版会)。
(かねこ・よしひろ 国立社会保障・人口問題研究所
社会保障応用分析研究部長)
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究 Vol. 44 No. 2
224
社会保障の「世代間格差」とその解決策としての
「世代間の負担平準化」
小 黒 一 正
I 序
本稿の主目的は,社会保障の「世代間の負担平準化」は社会厚生を改善する可能性があることを理論的に示すことである。「賦課方式」の社会保障は現在,「世代間移転(ゼロサム・ゲーム)」を通じて「世代間格差」を引き起こしている。そして,この世代間移転は各世代の生涯賃金に対する
「賃金税」の性格をもち, 社会厚生に歪み(ロス)を発生させている。このため,Bohn〔1990〕や Barro〔1995〕等の「課税平準化」と同様,社会保障の「世代間の負担平準化」は社会厚生を改善する可能性がある。
周知のとおり,我が国の社会保障は大きな転換期に直面している。我が国は他の先進国に先駆けて既に人口減少社会に突入し,引き続き,高齢化の進展が予測されている。このため,社会保障の持続可能性を確保する観点から,政府は経済財政諮問会議等を中心にさまざまな社会保障改革を検討し推進している。また同時に,「賦課方式」の現行社会保障がもたらす世代間格差にも注目が高まっている。
また,「賦課方式」の世代間移転としては年金が代表となるが,医療・介護に関する支出は老齢期に集中して発生する特性をもつ。したがって,
「賦課方式」では人口高齢化が進んだ時点での現役世代に負担が集中する。これは,年金制度と全く同じ構造である。ただし,医療・介護保険は単なる所得移転と違い,サービスを提供する供給
側・需要側(医師・患者など)のモラルハザードをどう抑制するかという視点が加わる。
このうち人口減少社会で特に問題となるのは,社会保障の受益と負担の世代間格差である。そして,経済学的に関心があるのは次の問いであろう。すなわち,「(1)社会厚生上,賦課方式の社会保障はどのくらいの歪み(ロス)をもたらしているか。(2)また,歪み(ロス)があるならばその改善条件は何か。」という問いである。この問いに対する本稿の回答は,次のとおりである。第 1 に,賦課方式の現行社会保障がもたらす世代間格差は,各世代の純負担の二乗に比例する社会的厚生ロスを発生させている。また,第 2 に,そのロスの最小化条件は「世代間の負担平準化」である(詳細は第 II 章を参照)。
この考え方は,Bohn〔1990〕や Barro〔1995〕等が指摘する「課税の平準化」の考え方と同じである。すなわち,課税は労働供給等への影響を通じてその税率の二乗に比例する社会的厚生ロスを発生させるが,そのロス最小化の主な条件は「課税の平準化」である。要するに,社会保障でも
「世代間の負担平準化」という考え方はそれと同じことを主張することになる。ただ,社会保障において,この「世代間の負担平準化」という考え方を明示的に理論化している文献を筆者は知らない。 また,Bohn〔1990〕 や Barro〔1995〕 等の
「課税の平準化」は,AK モデル等の特定モデルに依存し,そのミクロ的基礎付けが十分とはいい難いものとなっている。このため,世代重複型・動学マクロ経済モデルを構築し,「賦課方式」の
Autumn ’08
社会保障の「世代間格差」とその解決策としての「世代間の負担平準化」
225
社会保障がもたらしている社会的厚生ロスを最小化するための条件(「世代間の負担の平準化」)について,そのミクロ的基礎付けを行いつつ,理論的に導出する一定の意義はあると思われる。
ただ,厳密には社会保障が資本蓄積に与える影響も分析を行う必要がある。なぜなら, 麻生
〔2006〕が指摘しているように,賦課方式の社会保障が抱える純債務は債務が暗黙であるだけで,理論的には明示的な国債と変わらず,国債が資本蓄積をクラウドアウトし,将来の産出量低下という意味で,将来世代に負担を転嫁する可能性があるためである。しかし,その分析は議論を煩雑化するため,本稿では小国開放経済を想定し,金利は長期的に安定的とし,その考察まで立ち入らないものとする1)。
したがって,本稿では,まず第 II 章で,世代重複型の簡易な動学マクロ経済モデルを構築し,
「賦課方式」の現行社会保障がもたらす社会的厚生ロスを最小化する条件(「世代間の負担平準化」)を理論的に導出する。次に第 III 章においては, 第 II 章を踏まえ, 高齢化進展段階での
「世代間の負担平準化」とその実現方法についての考察を行い,第 IV 章では具体的試算をみる。そして,最後の第 V 章においては,まとめと今後の課題を述べる。
II 世代間格差とその改善方法
−世代間の負担平準化—
1 基本モデル− 世代間格差と社会的厚生ロスの最小化−
本章では,まず,世代重複型の簡易な動学マクロ経済モデルを構築した上で,「賦課方式」の現行社会保障がもたらす社会的厚生ロスを求め,その最小化条件(「世代間の負担の平準化」)を理論的に導出する。次にその条件の解釈を行う。
まず,理論分析のための世代重複型・動学マクロ経済モデルを構築する。論点を明確にするため,t 期の利子率 r は一定で,一人あたり賃金成長率 gt,人口成長率 nt は外生的に与えられている経済を考える2)。また,この経済に登場する代
表的個人は 2 期間生存する。t 期に生まれた代表的個人( 以下「t 世代」という) は t 期( 現役期)と t+1 期(老齢期)を生き,各々の消費を C1, t ,C2, t+1,t 期の労働供給量を(1-ht) すると,生涯の効用は以下の式で与えられるとする。ただし,効用は C1,t,C2, t+1 に関して 1 次同次とする。
u(C1,t, C2, t+1, ht) (1)
次に,0 期に「賦課方式」の社会保障を導入する。また議論を一般化するため,この社会保障は,まず各 t 期に,t 世代に対して保険料 τt を課しその納付額を(t-1)世代に所得移転する一方で,各(t+1)期には,t 世代に対して前期の納付額 τtWt(1-ht)の ξ t+1 倍の給付を計画しているとする。このとき,t 世代は,老齢期の給付と現役期の保険料の組合せ(ξ t+1,τt)を所与に,賃金を Wt ,貯蓄を St として,
C1, t+S t=(1-τt)Wt (1-ht)
C2, t+1=(1+r)St+ξt+1τtWt (1-ht)
の予算制約の下で(1)式の効用を最大化するとする。すると,この t 世代の予算制約は,
C1,t+C2,t+1/(1+r)+(1-Θt)Wtht
=(1-Θt)Wt (2)
Θt≡τt-ξ t+1τt/(1+r) (3) にまとめられる。また上記の前提から,t 期の
社会保障の予算制約は以下の式となる。
ξt τt-1Wt-1(1-ht-1)
=(1+n t )τtWt (1-ht ) (4)ところで,(2)式と(3)式は重要な意味をも
つ。まず,(2) 式は,「賦課方式」の社会保障は,t 世代の生涯賃金 Wt(1-ht)に「純税率」Θtで課税し,世代間移転する仕組みであることを示唆する。このため,労働供給への影響を通じて経済に歪みを引き起こす。また,(3)式は,この
「純税率」Θt が現役期の負担から老齢期の給付を差し引いた「純負担」の対生涯賃金比で,この世代間移転が「ゼロサム的性質」をもつことを示唆する。これは(4)式をもちいると,t 世代の人
口を Lt として,(3)式が次の(5)式を満たすことから確認できる3)。この第 1 項は 0 世代以降の
純負担の和,第 2 項は(-1)世代の純負担を表
226
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
Vol. 44 No. 2
すが,(5)式はその合計が必ずゼロに等しくなることを要請する。すなわち,得する世代がいれば,損する世代がいることになる(図 1 参照)。
(5)
さらに,政府は(5)式の予算制約を所与として,将来世代の総効用(ベンサム型)を一定の割引率 R で評価した以下の社会的効用関数の最大化を目標とする。
図 1 世代間移転のゼロサム的性質
る。
(6)
さて,以上でモデル設定は整ったので理論分析を行う。まず,各世代は(2)式を所与として,
(1)式の生涯効用を最大化するが,その条件は未定乗数を λt として以下となる。
(7)すると,(2) 式と(7) 式から,C1,t,C2,t+1 と
ht は (1-Θt)Wt,r の関数となるので, これらを
(6)式に代入して (1-Θt)Wt,r に関する間接的社会厚生関数 U˜ を求める。
次に,社会保障導入前と比較した U˜ の変化分を(2) 式~(4) 式をもちいて Θt で Taylor 展開すると,以下の近似式が導出できる(詳細は「小黒・中軽米・高間〔2007〕補論 1」参照)。
ところで,政府は(5)式を所与として,(8)式のロスを最小化すると,以下の関係式が導かれる(詳細は「小黒・中軽米・高間〔2007〕補論 2」参照)。
(9)ここで,α≡λt,β≡ ,γ≡ であ
り, これらは一定の値である。また,δ / L0 は
(5)式の未定乗数であるが,L0 は 0 世代の人口を表す。
[命題 1](8)式が成立するもと, が成り立つ。
の制約の
(10)
さらに,この(9)式から,次の命題 1 が成立することを示すことができる(詳細は「補論」参照)。なお,Θ˜ は(8) 式の Taylor 展開による近似が Θt の 3 次のオーダーで成り立つ上限値とする。
(8)上式において,λt は消費 C1, t の限界効用,ま
た, は純負担 Θt に対する労働の限界的減少分を表す。一般的に,社会厚生上,課税は限界税率の二乗に比例する社会的厚生ロスを発生させるが,それと同様,この式の第 1 項は,「賦課方式」の社会保障の導入は各世代の純負担 Θtの二乗に比例するロスを発生させることを意味す
2 解釈−「世代間の負担平準化」の重要性−
この命題 1 は「世代間の負担平準化」を要請する。いま,「賦課方式」の現行社会保障は「世代間移転(ゼロサム・ゲーム)」を通じて「世代間格差」を引き起こしている。しかも,この世代間移転は各世代の生涯賃金に対する「賃金税」の性格をもつ。 このため,Bohn〔1990〕 やBarro
〔1995〕等の「課税平準化」と同様,社会厚生上その歪みの最小化は,社会保障でも「世代間の負担平準化」が望ましいと主張するものである。
Autumn ’08
社会保障の「世代間格差」とその解決策としての「世代間の負担平準化」
227
さらに,この命題 1 の意味を,現実の政治経済的環境を念頭に考察してみたい。まず(3)式から,0 期に「賦課方式」の公的保険制度が導入されると,(-1)世代は保険料の拠出をせずに給付を受ける( この世代全体の純便益は (-(1+r)Θ-1
W-1(1-h-1)L-1)=τ0W0(1-h0 ) L0 である)。このとき,(5)式の世代間移転は「ゼロサム的性質」をもち,(-1)世代の純便益がプラスとなってい
るから,それを何らかの方法で取り返さない限り,その分を後世代が負担しなければならないことを意味する4)。また,現実の世界では,(-1)世代に相当する世代の純便益の多くは既に享受されてしまっているから,そのすべてをこれから回収するのは政治経済的に困難となる。したがって,この(-1)世代の純便益を,現在の老齢世代も含め後世代がどう負担していくのかという議論が重要となる。
この場合,(2)式から,その純負担は各世代において「純税率」Θt の賃金税のような性質をもつが,(10)式は「各世代の負担は平準化することが望ましい」と主張する。すなわち,Bohn
〔1990〕や Barro〔1995〕等が提唱している「課税平準化」と同様,「賦課方式」の社会保障でも
「世代間の負担平準化」の実現が望ましく,その場合に社会的厚生ロスは最小化できることになる。しかもこのとき,世代間の公平性も実現できることになる。
III 高齢化進展段階での「世代間の負担平準化」と実現方法
この章では命題 1 を踏まえ,高齢化進展段階での「世代間の負担平準化」と実現方法に関する考察を行う。
高齢化が進展していく段階では,明らかに人口成長率 nt は一定ではない。これは t 期の高齢化率
αt が Lt-1/(Lt-1+Lt)=1 / (2+nt)と表現できるこ
とから明らかである。すなわち,人口成長率 ntが低下しているから,高齢化率 αt は上昇していくのである。
この高齢化の進展段階において,命題 1 が要請
する世代間の負担平準化の実現のためには,保険料の経路をどう設定していくべきかみてみたい。これは, 各世代の純負担 Θt が一定値 Θ とし,
(3)式に(4)式を代入した以下の(11)式をみると分かる5)。
Θt≡τt-(1+nt+1)(1+gt+1 ) τt+1 / (1+r)
=Θ (11)
この(11)式は,τt の差分方程式となっているため,これをフォーワードの形で解くと,Θt が一定値 Θ のケースにおいて,τt は次の式を満たす。
(12)この(12)式は,「賦課方式」での保険料の最
適経路{ τt }を表す。これは,一人あたり賃金成長率 gt が一定のケースにおいては,人口成長率 nt が低下していく段階では,「賦課方式」での保険料を低下させていくことが望ましいことを意味する6)。
ただ,この場合,人口成長率 nt に合わせて,単に現役世代の保険料を低下させると,高齢世代の社会保障給付が削減され,その公的保険機能が縮小していく。このとき,各世代は自ら老齢期に必要となる貯蓄を行うことでその縮小分を補完するか,または民間保険で代替可能なら,これは特に問題とならない。だが,老齢期に必要な貯蓄をせず生活保護の対象となるケース(モラルハザードを含む) や,Rothschild‒Stiglitz〔1976〕等が指摘するいわゆる「逆選択」の問題などが重要である場合は,別の解決策を模索する必要がある。この解決策の一つとしては,Fukui‒Iwamoto
〔2006〕等が提唱するように,「賦課方式」の公的保険制度に,政府が「積立方式(強制貯蓄型の公的保険勘定)」を補完的に導入することが考えられる。そもそも,社会保障が「積立方式」ならば,t 期生まれ世代の予算制約式(2)式で,その「純税率」Θt はゼロとなる。このため,「積立方式(強制貯蓄型の公的保険勘定)」の補完的導入は,社会厚生上のロスを追加的に発生させないことになる。
この「積立方式」の補完的導入が意図する目的
228
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
Vol. 44 No. 2
は,現行「賦課方式」となっている社会保障を
「修正賦課方式」に改良し,「世代間の負担平準化」を行うことで達成できる。以下,この意味について第 II 章 1 の修正モデルで確認してみよう。まず,第 II 章 1 では「賦課方式」の社会保障
を想定していたが,ここでは賦課方式に積立勘定を補完的に導入した「修正賦課方式」の社会保障を考える。
具体的には,この社会保障は,まず各 t 期に,t世代に対して保険料 τt を課しその納付額の一部7)を(t-1)世代に所得移転する一方で,各(t+ 1)期には,t 世代に対して前期の納付額 τtWt (1- ht)の ξ t+1 倍の給付を計画する。また,各(t+ 1)期において,前期の納付総額 τt Wt (1-ht)Lt の
at+1/τt 倍の積立(at+1 がマイナスのときは取崩
し)を計画する。
このとき,t 世代の予算制約は(2) 式・(3)式と同型となるが,(t+1)期での社会保障の予算制約式は以下の(13)式のようになる。
τt+1Wt+1(1-ht+1)Lt+1
=ξt+1τtWt(1-ht)Lt+at+1Wt(1-ht)Lt (13)ただ,政府部門の通時的予算制約で,積立勘定
は長期的にゼロとなる必要があるので,各期の積
立 At+1≡at+1Wt(1-ht)Lt について以下の関係式が成立する必要がある。
(14)すると,(3)式と(14)式から,各世代が直面
する「純税率」を Θt として,この「修正賦課方式」の社会保障でも以下の関係式を導くことができる。
(15)この(15)式は第II 章 1 の(5)式と同型であ
る。すなわち,これは,「修正賦課方式」の世代間移転も「賦課方式」の世代間移転と同様,「ゼロサム的性質」をもつことを表す。なお,これはそもそも,「修正賦課方式」は「賦課方式に,社会的厚生ロスを追加的に発生させない積立方式を補完導入したもの」であることから,直感的には
明らかである。
そして,(15)式が(5)式と同型であり,各世代の予算制約も第 II 章 1 の(2)式・(3)式と同型であることから,この後の議論は第II 章 1 と全く同じとなる。
このため,政府は(15)式を所与として(8)
式のロスを最小化すると,(10)式と同様,Θt+1
=Θt という条件を導くことができる。
これは,「修正賦課方式」の社会保障も,「世代間の負担平準化」の実現が望ましく,その場合に社会的厚生ロスは最小化できることを意味する。このとき,各世代の純負担 Θt が一定値 Θ であるとして(3)式に(13)式を代入すると,以下の
(16)式を得る8)。
Θt≡τt-[(1+nt+1)(1+gt+1)τt+1-at+1]/(1+r)
=Θ (16)
この(16)式をフォーワードの形で解くと,Θtが一定値 Θ のケースにおいて,τt は次の式を満たす。
(17)
この(17)式は,「修正賦課方式」での保険料の最適経 路{ τt }を表す。 この式の第 1 項は
(12) 式と同じであるが, 第 2 項に積立の経路
{ at }が加わっている9)。このため,うまく積立の経路{ at }を選択すれば,保険料 τt は一定にできる。つまり,一人あたり賃金成長率 gt や人口成長率 nt の変動による第 1 項の変化を打ち消すように,積立の経路{ at }を選択すればよい10)。このため,次の命題 2 が成り立つ。なお,本稿での
「同等政策」とは,第 II 章のモデル上,互いの政策が各世代の意思決定に同等の影響を及ぼすことをいう。
[命題 2] 命題 1(世代間の負担平準化)は , 現行賦課方式のもとでは (12) 式 , また修正賦課方式のもとでは (17) 式によって実現でき , それらは「同等政策」である。
Autumn ’08
社会保障の「世代間格差」とその解決策としての「世代間の負担平準化」
229
なお,この命題 2 は,世代間の負担平準化を実現するためには,人口成長率の変動に応じて適切にコントロール可能な政策手段を政府が一つもつことが重要であることを示唆する。この政策手段とは,賦課方式の場合は(12)式から導かれる
「保険料」の経路であり,(保険料一定の)修正賦課方式の場合は(17)式から導かれる「積立」の経路である。
IV 具体的試算
この章においては,人口成長率の簡易数値例をもちいて,一時的な人口変動ショックが社会保障における各世代の純負担に与える影響を考察し,これまで議論した「世代間の負担平準化」の有効性を具体的にみてみよう。
まず,議論を単純化するため,金利 r や一人あたり賃金成長率 g は一定であり,年率換算で 4%と 1% とする。このとき,1 期間を 30 年とすると,1 期間で r=224%,g=35% となる。また,社会保障制度を第 0 期に導入し,その期の第 0 世代が負担する保険料 τ0 を 10% とする。この設定のもと,(12)式や(17)式等をもちいて,以下の 4 方式(①~④)に従う社会保障における各世
代の純負担などを試算する。なお,命題 2 から③と④は同等政策となっている。
[賦課方式]
① 保険料固定方式
② 給付固定方式
③ 世代間の負担平準化((12)式で保険料の経路を決定)
[修正賦課方式]
④ 世代間の負担平準化((17)式で保険料一定となる積立の経路を決定)
さらに,一時的人口変動ショックが各世代の純負担に与える影響をみるため,人口成長率の数値例を以下のように設定する。
0 期 | 1 期 | 2 期 | 3 期 | 4 期以降 | |
人口成長率 | -10% | 50% | -10% | -70% | -10% |
さて,以上の前提に基づき,まずは 1 期と 3 期
に人口成長率ショックがある「数値例」と(12)式・(17)式等をもちいて,①から④の世代別・純負担を試算した結果が表 1 である11)。
この表をみると,この設定では 0 期に社会保障を導入したので,(-1)世代は負担なしに給付を受けることから,(-1)世代の純負担は①から④のどのケースもマイナス(-3. 7%)となっている。また,「世代間の負担平準化」を行っていない①(保険料固定)と②(給付固定)のケースで各世代の純負担は大きく変動している。他方,負担平準化を行っている③(賦課方式での負担平準化)と④(修正賦課方式での負担平準化)のケースでは第 0 世代以降の純負担はすべて一定
(5. 3%)となっており,「世代間公平」が達成されている。
すなわち,社会保障が抱える問題点は,現行制度が一時的な人口変動ショックに対して脆弱となっており,その影響を特定世代に負担させる仕組みとなっている。したがって,一時的な人口変動ショックに頑健な制度を構築するには,そのショックを複数の世代に分散させる必要があることを示唆する。
特に以下の点は示唆的である。まず,①(保険料固定)のケースでは,老齢期に正の人口成長率ショックに直面する第 0 世代で給付は増加し純負担は低下するものの,負のショックに直面する第 2 世代で給付は減少し純負担は増加する仕組みとなっている。他方,②(給付固定)のケースでは,第 1 世代で保険料は低下し純負担は低下する
ものの,第 3 世代で保険料は増加し純負担は増加する仕組みとなっている。さらに,③(賦課方式での負担平準化)と④(修正賦課方式での負担平準化)のケースでは第 0 世代以降の純負担はすべて一定となるが,③(賦課方式での負担平準化)の保険料と給付は人口成長率ショックに応じて変動する。例えば,③のケースにおいて,老齢期に負の人口変動ショックに直面する第 2 世代で給付
(社会保障の公的保険機能)が低下している。もし,この変動が「逆選択」等との関係で重要な問題ならば,前章で議論したように,③の賦課方式に「世代間の負担平準化」のための積立勘定を補
230
季 刊 ・ 社 会 保 障 研 究
表 1 「数値例」の世代別・純負担
Vol. 44 No. 2
世代 | 人口成長率 | 現役人口 | 老齢人口 | 賦課方式 | 修正賦課方式 | |||||||||||
①保険料固定 | ②給付固定 | ③負担平準化 | ④負担平準化 | |||||||||||||
保険料 | 給 付 | 純負担 | 保険料 | 給 付 | 純負担 | 保険料 | 給 付 | 純負担 | 保険料 | うち積立 | 給 付 | 純負担 | ||||
-1 | − | 100 | − | 0.0% | 3.7% | -3.7% | 0.0% | 3.7% | -3.7% | 0.0% | 3.7% | -3.7% | 0.0% | 0.0% | 3.7% | -3.7% |
0 | -10% | 90 | 100 | 10.0% | 6.2% | 3.8% | 10.0% | 3.7% | 6.3% | 10.0% | 4.7% | 5.3% | 10.0% | 4.8% | 4.7% | 5.3% |
1 | 50% | 135 | 90 | 10.0% | 3.7% | 6.3% | 6.0% | 3.7% | 2.2% | 7.6% | 2.4% | 5.3% | 10.0% | -3.3% | 4.7% | 5.3% |
2 | -10% | 122 | 135 | 10.0% | 1.2% | 8.8% | 10.0% | 3.7% | 6.2% | 6.3% | 1.0% | 5.3% | 10.0% | -11.3% | 4.7% | 5.3% |
3 | -70% | 36 | 122 | 10.0% | 3.7% | 6.3% | 30.0% | 3.7% | 26.0% | 8.4% | 3.1% | 5.3% | 10.0% | -3.3% | 4.7% | 5.3% |
4 | -10% | 33 | 36 | 10.0% | 3.7% | 6.3% | 10.0% | 3.7% | 6.2% | 8.4% | 3.1% | 5.3% | 10.0% | -3.3% | 4.7% | 5.3% |
5 | -10% | 30 | 33 | 10.0% | 3.7% | 6.3% | 10.0% | 3.7% | 6.2% | 8.4% | 3.1% | 5.3% | 10.0% | -3.3% | 4.7% | 5.3% |
注) 人口成長率 nt は,t 世代人口を Lt として「nt≡Lt / Lt-1-1」を表す(注 2 参照)。また,積立は 0 世代の生涯賃金の合計を 1 に基準化したもの。
完導入し,修正賦課方式化すればよい。これが④のケースである。実際,④(修正賦課方式での負担平準化)のケースは,人口成長率の変動に応じて適切な積立や取崩しを行うことで12),純負担だけでなく,1 世代以降の保険料や給付も一定にしている。
以上から,社会的厚生の歪み(ロス)を最小化し,人口変動に頑健な社会保障制度を構築するには,「世代間の負担平準化」の観点から,③または④などの方法によって,一時的な人口変動ショックの影響を複数の世代に分散させることが有効となる。
V まとめと今後の課題
本稿では,社会保障の「世代間の負担平準化」は社会厚生を改善する可能性があることを理論的に示すとともに,具体的試算として,保険料固定方式の「賦課方式」等との比較で,一時的な人口変動ショックが社会保障における各世代の純負担に与える影響を考察し,「世代間の負担平準化」の有効性を確認した。
その際,明らかになったことは主に以下の 3 点である。
第 1 は,「賦課方式」の現行社会保障は,「世代間移転(ゼロサム・ゲーム)」を通じて「世代間格差」を引き起こしているが,この世代間移転は各世代の生涯賃金に対する「賃金税」の性格をも
ち,社会厚生に歪み(ロス)を発生させている。このため,Bohn〔1990〕や Barro〔1995〕等の
「課税平準化」と同様,社会保障の「世代間の負担平準化」は社会厚生を改善する可能性がある。第 2 は,他の先進国に先駆けて人口減少社会に 突入した我が国において,その社会保障が抱える問題点は,現行制度が一時的な人口変動ショックに対して脆弱となっており,その影響を特定世代に負担させる仕組みとなっている。したがって,一時的な人口変動ショックに頑健な制度を構築するには,そのショックを複数の世代に分散させる
必要がある。
第 3 は,「世代間の負担平準化」を行う場合,人口減少社会では,「賦課方式」部分の保険料は人口成長率の低下に応じて低下させていく必要がある。これは社会保障が担う公的保険機能の縮小を意味するが,それが「逆選択」等との関係で重要な問題であるならば,それを回避する観点から,現在「賦課方式」の社会保障に「世代間の負担平準化」のための積立勘定を補完的に導入すれば,現行制度が引き起こしている「世代間格差」の改善が可能である。
ただし,「世代間公平」達成の過程には,さまざまな政治経済的ハードルが想定される。このため,その達成に向けた財政運営の仕組みの確立は極めて重要である。そして,他の先進国に先駆けて人口減少社会に突入したいまこそ,我々の「民主主義の成熟度」と「世代責任」が問われてお
Autumn ’08
社会保障の「世代間格差」とその解決策としての「世代間の負担平準化」
231
り,その仕組みの本格的検討を開始すべき段階にきていると思われる。
なお,最後に,社会保障に関する「世代間の負担平準化」について,筆者の考える今後の課題について 3 点ほど言及しておきたい。
第 1 は,社会保障の公的保険機能縮小と「逆選
択」等の問題との関係である。本稿の命題 2 によると,仮にこの問題が重要であるならば,「修正賦課方式」を選択すればよいことになるが,本稿のモデルにおいては,「賦課方式」との選択との関係で,どちらが望ましいのかまで踏込んでモデルの構築を行い,分析を行っていない。このため,この点については今後の課題としたい。
第 2 は,社会保障の純債務が資本蓄積に与える影響である。麻生〔2006〕等が指摘しているように,純債務は債務が暗黙であるだけで,理論的には通常の国債と変わらず,国債が資本蓄積をクラウドアウトし,将来の産出量低下という意味で,将来世代に負担を転嫁する可能性がある。この点も踏まえ,第 II 章のモデルに資本蓄積の動学を組込み,その場合に各世代の純負担の経路がどう変化するのか分析を行う意義は大きいと思われる。なお,閉鎖系経済のケースにおけるこの影響について,小黒・高間〔2007〕は,人口減少期にある世代は,一人あたり資本蓄積が上昇し賃金率も高まるため,賦課方式の社会保障を通じて,人口減少期の世代には少し重い負担をさせてもよい可能性を明らかにしている。だが,これは閉鎖経済のもので,多くの先進国に該当する大国開放経済のケースまで分析を行うことができておらず,その点との関係については今後の課題としたい。第 3 は,現在の社会保障がマクロ・ミクロ両面 で抱える諸問題と,「世代間公平」との関係についての考察である。例えば,佐藤〔2005〕では医療保険制度のガバナンス強化の観点からその保険者機能の強化と管理競争を提言している。「公平」かつ「効率」的な社会保障の構築には,「世代間公平」の問題も含め,経済学的観点から,引き続き,マクロ・ミクロ両面の分析が必要である。この点について,本稿では十分な分析を行うことができているとはいい難く,それも今後の課
題としたい。
補論
(8)式が成立する の制約のもと,最適化条件の(9)式を考える。
まず,仮に R>r であると,(9)式から
のため,この制約を満たさない。次に,R<r であると,それも矛盾する。これは次のように確かめることができる。
まず,小黒・中軽米・高間〔2007〕補論(A4)式・(B9)式から,以下が成り立つ。
(C1)ところで,この(C1)式の左辺 は正値で
あるため, ある s に対して,Θs>0 が成り立つ
と,β は正値となる。( 仮に,Θs>0 を満たすある s が一つも存在しないならば,(5)式の左辺は負値となることから,(5)式の等号は成立しない。)このため,これと(C1)式から,以下が要請される。
(C2)だ が,(9) 式 に お い て,R<r で あ る と
のため, これは(C2) 式と矛盾する(なお,(1)式の生涯効用が消費の増加関数で上に凸である場合,α と γ は正値となる)。
以上から, の制約のもと,(9)式を満たす条件として R=r が求まる。
(平成 19 年 11 月投稿受理)
(平成 20 年 5 月採用決定)
謝 辞
本稿を作成する過程で,一橋大学大学院経済学研究科の山重慎二准教授,慶応義塾大学・法学部の麻生良文教授,同大学・経済学部の吉野直行教授,九州大学・経済学部の中田真佐男准教授,財務総合政策研究所・研究部の小林航主任研究官等から有益なコメントを頂いた。記して感謝したい。なお,本論文の内容は全て執筆者の個人的見解であり,財務省あるいは財務総合政策研究所の公式見解を示すものではない。また,本稿における誤謬は全て筆者に帰する。
注
1) 小黒・高間〔2007〕は,資本蓄積を内生化し