Contract
民法改正と建築瑕疵責任
x x x x*
目 x
x は じ め に
二 瑕疵担保責任から契約内容不適合責任へ三 瑕疵と契約内容不適合
四 契約内容不適合の損害賠償責任五 権利行使期間
六 お わ り に
一 は じ め に
本稿は,2017年⚖月⚒日に法律第44号として公布され,2020年⚔月⚑日に施行される債権関係を中心とした「民法の一部を改正する法律」(以下,改正民法と呼ぶ)において,従来の建築瑕疵1)(ここでは建物と地盤の瑕疵の双方を含むものとする)に関わる責任がどのように規律され得るのかを検討するものである。建築瑕疵に関わる紛争は,当事者の関係に応じて,以下の⚓つに類型化しよう2)。
* まつもと・かつみ 立命館大学大学院法務研究科教授
1) 建築瑕疵をめぐる理論上,実務上の問題点については,xxxx・xxx・xxxxx
『専門訴訟講座⚒建築訴訟・第⚒版』(民事法研究会,2013年),xxxx「建物の安全と民事責任――判例動向と立法課題――」立命館法学350号(2013年)1753-1793頁等を参照されたい。
2) これ以外にも,建物の賃借人が建物の瑕疵につき賃貸人の責任を追及する類型や建築施工者等に責任を追及する類型もあり得るが,本稿では紙幅の都合上,本文で述べる⚓類型に焦点を当てて検討する。
立命館法学 2017 年 5・6 号(375・376号)
α 購入建物の瑕疵をめぐり売買契約の買主が売主に責任を追及する類型(売主責任型),β 注文住宅の瑕疵をめぐり注文者が請負人に責任を追及する類型(請負人責任型),γ 購入建物の瑕疵をめぐり買主が,直接契約関係にない建物の建築施工者等の責任を追及する類型(建築施工者等責任型)。
このうち,αとβは,それぞれ売主の瑕疵担保責任,請負人の瑕疵担保責任が追及され,γでは,建築施工者等の不法行為責任が追及される。ただし,日本の判例は請求権競合を広く認めるので,契約関係にある者の間の紛争であるαやβにおいても売主や請負人の不法行為責任が追及されることも多い点に注意を要する。
こうした建築瑕疵責任の分野は,この20年くらいの間に責任を厳格化する方向で判例法理が大きく発展してきた分野である3)。今回の民法改正によって,このような判例の到達点を責任の緩和の方向で後退させるべきではなく,改正後の民法解釈も判例の到達点を踏まえて行うべきであるというのが筆者の基本的な考え方である。
以下,建築瑕疵責任に関連する民法の規定が民法改正前後でどのように変わったのかを概観した上で(二),改正前の「瑕疵」概念と改正後の
「契約内容不適合」概念の異同(三),契約内容不適合の損害賠償責任の問題点(四),契約内容不適合責任についての権利行使期間(五)の順番で論じることにする。
二 瑕疵担保責任から契約内容不適合責任へ
1 売主の瑕疵担保責任
⑴ 改正前民法の瑕疵担保責任
改正前民法は次のように規定していた。
3) その詳細は,xx・前掲注(⚑)論文参照。
民法改正と建築瑕疵責任(xx)
・ ・ ・ ・ ・
改正前570条(売主の瑕疵担保責任)
「売買の目的物に隠れた瑕疵があったときは,第566条の規定を準用する。」(傍点引用者―以下,特に断りがない限り同様)。566条は,地上xxがある場合等の売主の担保責任の規定であるが,準用されるのは,契約目的達成不能の場合に買主は契約を解除できるという点(同条⚑項),損害賠償を請求できる点(xx),解除及び損害賠償は,買主が事実を知った時から
⚑年以内にしなければならないという点である(同条⚓項)。
⑵ 改正民法の契約内容不適合責任
これに対して,改正民法は「瑕疵担保責任」に関する条文を削除し,新たに次のような「契約内容不適合責任4)」と呼び得る責任を規定した。
改正562条(買主の追完請求権)
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「1 引き渡された目的物が種類,品質又は数量に関して契約の内容に適
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
合しないものであるときは,買主は,売主に対し,目的物の修補,代替物
・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができる。ただし,売主は不相当な負担を課するものでないときは,買主が請求した方法と異なる方法による履行の追完をすることができる。
2 前項の不適合が買主の責めに帰すべき事由によるものであるときは,買主は,同項の規定による履行の追完を請求することができない。」
改正民法によれば売買目的物が契約内容不適合である場合の損害賠償と解除については,債務不履行一般の規定が適用される。
4) この責任を「契約不適合」に関する責任ないし「契約不適合責任」と呼ぶ論者が多い
(xxxx『民法(債権関係)改正法の概要』(金融財政事情研究会,2017年)258頁,xxx『債権法改正を読む 改正論から学ぶ新民法』(慶應義塾大学出版会,2017年)235頁,xxxx『契約法講義・第⚔版』(弘文堂,2017年)294頁以下など。しかし,条文の文言は「契約の内容に適合しない」であるし,契約不適合といえば,履行遅滞なども契約不適合と言えなくもないことから,本稿では,「契約内容不適合」としておきたい。「契約内容不適合」という用語を使い改正民法を解説するものとして,日本弁護士連合会編『実務解説改正債権法』(弘文堂,2017年)386頁以下,債権法研究会編『詳説改正債権法』
(金融財政事情研究会,2017年)440頁以下など。
立命館法学 2017 年 5・6 号(375・376号)
改正民法564条(買主の損害賠償請求及び解除権の行使)
「前二条の規定は,第415条(債務不履行)の規定による損害賠償の請求ならびに541条(催告解除)及び542条(無催告解除)の規定による解除権の行使を妨げない。」
⑶ 契約内容不適合責任の効果
改正前民法では売主の瑕疵担保責任の効果は,解除と損害賠償に限定されていた(改正前民法570条)。これに対して,改正民法における売主の契約内容不適合責任は,上述のように解除と損害賠償に加えて,追完請求(目的物の修補請求,代替物引渡し請求),代金減額請求が加えられた。
建物の売買契約においては,所在地を含めてその建物の個性に着目して取引がなされるのが通常であるから,目的物である建物は通常は特定物と解される。改正前民法の瑕疵担保責任に関する法定責任説は,特定物が目的物の場合は,引渡し時の現状で目的物を引き渡す義務があり(改正前民法483条),隠れた瑕疵がある特定物も引渡し時の現状で引き渡せば引渡し義務を履行したことになり,債務不履行責任は生じないと解する(いわゆる特定物ドグマ)。従って,改正前民法が追完請求を規定していない理由も,債務不履行にならないからであると解すことになる。これに対して,
特定物であったとしても瑕疵なき物の給付義務を認める契約責任説によれば,修補請求などの追完請求は認められることになる5)。
改正民法が従来の目的物の瑕疵を品質に関する契約内容不適合の問題と
捉え,買主に追完請求権を認めたのは,目的物の瑕疵に関する責任の本質を債務不履行責任と捉えていることを意味する6)。もっとも,改正前民法
5) 瑕疵担保責任と債務不履行責任をめぐる従来の理論動向については,xxxx編『瑕疵担保責任と債務不履行責任』(日本評論社,2009年)等に譲る。
6) 法制審議会・民法(債権関係)部会の幹事でもあったxxxxは,改正民法の解説の中で,「これにより,物が契約の内容に適合していなかった場合の売主の責任が債務不履行責任であることが明らかとなった(契約責任説の採用。法定責任説の否定。とりわけ,
→
『特定物の売買において,性質は契約の内容にならない』との特定物ドグマを否定した
民法改正と建築瑕疵責任(xx)
が瑕疵担保責任の効果として修補請求を認めていなくとも,瑕疵修補費用を損害として賠償請求できるのであれば,修補する主体が売主ではないものの,目的物の修補を実現できることに変わりはない。従って,修補に関わる改正の要点は,売主自身に修補を請求できるようになった点に求められる。ただ,売主自身が建築施工をできなければ,売主が建築施工会社に瑕疵修補を依頼することになろう。この場合に瑕疵を修補する建築施工会社は修補義務の履行補助者と解されよう。
2 請負人の瑕疵担保責任
⑴ 改正前民法
改正前民法は,売主の瑕疵担保責任の規定とは別に,仕事の目的物に瑕疵がある場合に,注文者は請負人に瑕疵の修補及び瑕疵の修補に代えて,あるいは瑕疵の修補とともに損害賠償請求できることを規定した(改正前 634条⚑項)。売買契約とは異なり,請負契約において請負人は仕事完成義務を負っている(改正前632条)から,瑕疵なき物を引き渡す義務がある。請負人が一応仕事を完成したとしても,目的物に瑕疵があれば仕事完成義務が履行されていないと評価することもできる。そこで,改正前民法は,仕事の工程が一応終了すれば債務は履行されたとしつつも,目的物に瑕疵があった場合には,債務不履行責任の特則として請負人の瑕疵担保責任を定め,請負人の帰責事由を問うことなく,瑕疵修補と損害賠償を認めるとともに,早期の法的関係の確定のために,短期の権利行使期間(目的物が土地工作物以外の場合は引き渡し時から⚑年―改正前637条⚑項,木造建築物など
は引き渡しから⚕年,金属造建築物などは引き渡しから10年―改正前638条⚑項)
を定めたと解されている7)。
→
ことが重要である。)」と指摘する(xx・前掲注(⚔)258頁)。
7) 改正前民法の請負契約における瑕疵担保責任と債務不履行責任の関係については,xxx『民法Ⅱ債権各論・第⚓版』(東大出版会,2011年)274-275頁,xxxx『民法講義
Ⅳ-1 契約』(有斐閣,)2005年)675頁以下等。
⑵ 改正民法
立命館法学 2017 年 5・6 号(375・376号)
これに対して改正民法は,請負契約に固有な瑕疵担保責任の規定を削除した。その結果,請負契約の仕事の目的物に契約内容不適合があった場合には,有償契約に売買契約上の契約内容不適合責任に関する規定が準用される(改正559条)ことを通じて,請負人が契約内容不適合責任を負うことになった。なお権利行使期間については,売買と同様に注文者が不適合を知った時から⚑年の瑕疵通知期間制度を新設し(改正637条⚑項),短期の消滅時効規定を削除した。
三 瑕疵と契約内容不適合
1 問題の所在
以上のように,今回の民法改正で,「瑕疵」という用語が民法典から削除され,売買ないし請負の目的物の種類,品質,数量に関して「契約の内容に適合しないもの」(以下,単に契約内容不適合と呼ぶ)がある場合の責任を上述のように規定した。このうち数量に関する契約内容不適合の責任は,従来の数量指示売買に関する売主の担保責任(改正前565条)に代わるものといえよう。それでは,従来の「瑕疵」概念と目的物の種類,品質に関する「契約内容不適合」概念とは異なる概念なのであろうか。
新築住宅の構造上重要な部分に関する瑕疵に関して民法の瑕疵担保責任の規定を一部修正する特別法として品確法(=住宅の品質確保の促進等に関する法律,平成11年法律第81号)がある。民法から「瑕疵」という言葉が削除されたのに対応して,品確法も一部改正されることになったが,そこでは,「この法律において『瑕疵』とは,種類又は品質に関して契約の内容に適合しない状態をいう。」という瑕疵の定義規定が新設された(改正品確法⚒条⚕項)。つまり,ここでは,「瑕疵」=「種類,品質に関する契約内容不適合」とされているのである。もちろん,品確法上の「瑕疵」の意義が種類,品質に関する契約内容不適合だとしても,このことをもって,従
民法改正と建築瑕疵責任(xx)
前の民法上の瑕疵担保責任における「瑕疵」と改正後民法の種類,品質に関する契約内容不適合が同じ概念であることを論証する根拠にはならない。しかし,種類,品質に関する契約内容不適合とは,従前の「瑕疵」概念を言い換えたものに過ぎないと考えるならば,品確法の瑕疵の定義は,端的に,そのことを表現した例と捉えることができよう。
2 「瑕疵」概念二分論
⑴ 問題の所在
従来,瑕疵は,売買契約に関しても請負契約に関しても,目的物が通常有する品質を欠く場合の客観的瑕疵と契約で定めた品質を欠く場合の主観的瑕疵に整理して論じられてきた。従来の判例・通説は,どちらの瑕疵も瑕疵担保責任を生じさせる瑕疵と認めてきた8)。この二つの瑕疵概念につき,客観的瑕疵と主観的瑕疵と二元的に考える二元説と,通常の品質を満たすことは通常は契約の内容になっていると考えられるから,主観的瑕疵に一元化して捉えられるというxx説があり,両者が対立しているというような説明がなされることがある9)。しかし,客観的瑕疵概念は,契約で
・ ・ ・ ・ ・
8) 売買契約の瑕疵につき,大判昭和 8・1・14 民集 12・71 は,売買目的物の「其ノ物ノ通
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
常ノ用途若ハ契約上特定シタル用途ニ適セサルコト少ナカラストキハコレ所謂目的物ニ瑕
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
疵ノ存スル場合ナリ」とする。学説は,このような判例を踏まえて,売買契約の「目的物の『瑕疵』には,まず,それを保有すべきことが取引上一般に期待される品質・性能を欠
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
いている場合――客観的瑕疵――が含まれることには異論がない。さらに,これだけでな
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
く,契約上予定した使用についても,それに対する適性を害するような欠点――主観的瑕疵――をも含むものとされる」とする(xxxxx『新・判例コメンタール民法⚗』(三省堂,1992年)84頁)。また請負契約においても,仕事の目的物の「瑕疵の内容は,売買の場合と同じく目的物の有する欠陥であり,目的物が通常有している品質や性能,あるいは,請負契約において特に示された品質や性能を基準にして判断される」とされている
(xxx『民法Ⅴ(契約法)』(青林書院新社,1982年)332頁)。請負契約の瑕疵概念についての検討として,xxxx「建築請負契約の目的物の主観的瑕疵と請負人の瑕疵担保責任」立命館法学298号(2005年)1675頁以下及び本文後述の裁判例も参照されたい。
9) 後述するようにxx説は,このように客観的瑕疵概念と主観的瑕疵概念を対立的なものとして捉えている。
立命館法学 2017 年 5・6 号(375・376号)
特に品質を定めていなくても,通常の品質を欠いていたら瑕疵に当たるとするのであって,通常の品質を備えていることが契約で定められていると解釈できるならば,結論は同じなのであるから,この場合に二元説とxx説の対立はない。
この点に関連して重要なのが次の最高裁判決(最判平成 22・6・1 民集 64・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
4・953)をもって判例は主観的瑕疵概念に統一する立場に立ったという理解10)が存在する点である。事案は土地の売買契約当時には有害物質として規制の対象となっていなかったフッ素が土中に含まれており,売買契約による目的物の引き渡し後に,フッ素が有害物質として規制対象となり,その除去費用に多額の費用を要したとして,これを隠れた瑕疵であったとして買主が売主に瑕疵担保責任を追及した事案である。最高裁は,「売買契約の当事者間において目的物がどのような品質・性能を有することが予定されていたかについては,売買契約締結当時の取引観念をしんしゃくして判断すべき」として,「本件売買契約締結当時の取引観念上,それが土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるとは認識されていなかったふっ素について,本件売買契約の当事者間において,それが人の健康を損なう限度を超えて本件土地の土壌に含まれていないことが予定されていたものとみることはできず,本件土地の土壌に溶出量基準値及び含有量基準値のいずれをも超えるふっ素が含まれていたとしても,そのことは,民法570条にいう瑕疵には当たらないというべきである。」とした。しかし,この判決は,売買契約当時の取引観念を基準にして,一般にフッ素が有害物質として認識されていたか否かを問題として,そのような認識がなかったことをもって瑕疵を否定しているだけである。客観的瑕疵概念が前提とする「通常の品質」の判断基準時は当該契約が締結された時点なのであって,その時点で要求される「通常の品質」なのであるから,客観的瑕疵概念によっても同じ結論を導くことは可能であ
10) xxxx『基本講義 債権各論Ⅰ 契約法・事務管理・不法行為・第⚓版』(新世社, 2017年)89頁,91頁,xx・前掲注(⚔)287頁など。
民法改正と建築瑕疵責任(xx)
・ ・ ・ ・
る11)。何より,この最高裁判決は売買契約をした当事者の契約内容そのものから直接に瑕疵の有無を判断しているのではなくて,「本件売買契約締結当時の取引観念」を基準にしているのであるから,契約締結時を判断基準とする客観的瑕疵概念を排除して主観的瑕疵概念を認めたものとまでは位置付けられないのではなかろうか。
問題は,後述するように,契約で通常の品質を備えていることが明示的には定められていない場合である。通常の品質を欠けば客観的瑕疵があると捉える場合には,契約の内容がどうであれ,通常の品質を欠いているという目的物の客観的性質について主張証明すれば瑕疵があることになろう。これに対して,主観的瑕疵しか認めないxx説の場合には,通常の品質を備えているべきことが契約の内容になっていたことを主張証明する必要があろう。もっとも,後者の場合でも,およそ一般に目的物が通常の品質を備えるべきことは契約の黙示的内容になっていると捉えるならば,結論的には違いはないことになる。
⑵ 契約内容不適合を主観的瑕疵に限定する見解
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
学説の中には,改正民法でいう契約内容不適合とは従来の主観的瑕疵概念による場合と「同様の手法」であり,「具体的な契約を離れ,目的物を即物的・客観的に捉えたときに当該物が通常有しているであろう性質を欠いていることをもって契約不適合と見る考え方を否定したもの」とする見解がある12)。この見解は,このように解すべき根拠を「私的自治による自律的な決定」に求めている。すなわち,論者によれば,「契約目的物の種
11) xx説は,客観的瑕疵概念を売買目的物の品質について「契約内容から切り離して物質的・客観的に判断すべき」とする見解と捉えている。しかし客観的瑕疵の判断基準時が契約時であるとする客観的瑕疵概念にはこの批判は当てはまらない。xx説は,売買契約当時に要求されるべき品質でなく,瑕疵担保責任を追及する時点で客観的に要求される品質を欠いていると瑕疵があるとする無限定な客観的瑕疵概念を批判の対象としていると言えよう。
12) xx・前掲注(10)90頁。
立命館法学 2017 年 5・6 号(375・376号)
・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
類・品質・数量に関するリスクを当事者のいずれが引き受けるべきかを確定するにあたって,契約を離れた社会通念や取引通念のみによって判断してはならず,当該具体的な契約に基づくリスク分配という観点を基礎に据えるべきである13)」。なぜなら,「両当事者の私的自治による自律的な決定を尊重し,その結果を当事者に負担させることが正当化できるためには,
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
両当事者がみずからの判断で,かかるリスク分配に同意し,契約を締結した」ことが必要であるが,「そのためには,両当事者が契約締結にあたり,
当該契約のもとでのリスクを計算し,あるリスクについてはみずからが引
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
き受け,他のリスクについては相手方当事者に転嫁するとの決定をしたのでなければならない14)」というわけである。
このように契約内容不適合を主観的瑕疵に限定する説を限定説と名づけるならば,次のような疑問が生じる。
⑶ 限定説への疑問
この限定説は,契約目的物の種類や品質に関するリスクを当事者のどちらかが負担するとすれば,そのリスク分配を自己決定したことが必要だという自己決定論を論拠としている。確かに私的自治の原則が認められ,また,自己決定が何らかの負担や責任の根拠であると考えるならば,その限りでは妥当な見解であろう。例えば,建物の売買契約において,建物の品質に関するこういうリスクは売主が負うが,こういうリスクは負わないというようなことが契約で明確に合意されていれば,その合意内容が公序良俗やその他の強行規定に反するなどの特段の事情がなければ,私的自治により,契約の合意内容を基準に契約内容不適合を判断すれば良いのである15)。このことには誰も異論はなかろう。
13) xx・前掲注(10)91頁。
14) xx・前掲注(10)92頁。
15) なお請負契約におけるリスク配分を論じたものとして,xxx『建築請負契約のリスクと帰責』(日本評論社,2009年)。
民法改正と建築瑕疵責任(松本)
しかし,契約締結にあたり,そのような明確なリスク配分がされていない場合は,どう解するのであろうか16)。この限定説は,他方で,「両当事
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
者の合意を基点として契約内容の確定をおこない(ここで規範的・補充的解釈がされることはいうまでもありません),そこから契約によるリスク分配をあらわす契約規範(リスク分配規範)をとりだし,その規範に基づく法律効果を導き出すという,契約解釈一般に妥当する枠組みの要求するところ」であるとする。したがって,契約で特に品質を定めていない場合には,契約の「規範的・補充的解釈」により,「通常の品質を有することは契約の内容となっている」と解釈するならば,結局は,従来の客観的瑕疵概念を認めることと差異はないようにも思える。しかし,「規範的・補充的解釈」がなされることを指摘するだけでは,「通常の品質を有することは契約の内容となっている」という解釈が常になされるとは限らない。この意味で,従来の客観的瑕疵概念は,当該契約の具体的内容をあれこれ解釈しなくとも,目的物が客観的に通常の品質を有しない場合に瑕疵を認めるのであるから,解釈基準としては恣意性を排除できて合理的な基準であったと言える。
3 瑕疵の認定をめぐる従来の裁判例
建築瑕疵をめぐり,従来の裁判例がどのように瑕疵を認定してきたかを具体例を挙げて検討してみよう。
⑴ 購入建物の瑕疵
① 横浜地判平成 22・3・25 欠陥住宅判例 6・62
事案は昭和53年に築造され,その後,増築などがされた建物を土地付き
16) この点に関連して,xxxx,xxxxの両裁判官は,建築工事の瑕疵につき,「契約内容に反する瑕疵」と「一般的建築基準に違反する瑕疵」の両方をあげ,後者は,契約内容が明確でない場合に問題となるとする(xxxx・xxxx「工事の瑕疵」xxxx編
『住宅紛争処理の実務』(判例タイムズ社,2003年)125頁以下)。
立命館法学 2017 年 5・6 号(375・376号)
で平成16年(築26年後)に購入した買主が,本件建物を支える地盤の擁壁に建築基準法令,横浜市の条例に違反する瑕疵があり,横浜市から是正勧告を求められており,契約目的が達成できないとして,売主に瑕疵担保責任に基づく契約解除と損害賠償などを求めた事案である。横浜地裁は,本件売買契約で求められる品質が何かについて契約内容を確定することをせずに,端的に目的物の客観的性質から次のように瑕疵を認定しており,客観的瑕疵認定の一事例と言える。
「以上の認定事実によれば,本件擁壁は,擁壁Aの上部増し打ち及び盛土
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
並びに擁壁Bについて,宅造法⚘条⚑項の許可を得ていない点や同法⚙条
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・
・ ・ ・ ・ ・
の技術基準に適合していない点において,是正が必要な状況であること,このような本件擁壁の状況は,本件契約の締結時には既に生じていたものと推認できるから,本件物件には,本件契約の当時から上記の瑕疵があっ
たものというのが相当である。」
② 東京地判平成 17・12・5 判例時報 1914・10717)
本件は,シックハウスとなるような化学物質が排出されないことを前提にして新築マンションを購入した買主が,引き渡されたマンションからは環境物質対策基準値を上回る化学物質が排出され健康を侵害され,居住に適さないとして,売主に対して瑕疵担保責任,債務不履行責任,不法行為責任を追及した事案である。
判決は,売主の瑕疵担保責任を認め請求を一部認容した。本判決の瑕疵の認定は次のように,売買契約当事者が契約内容としていた目的物の品質はどのようなものであるのかについて,当事者の合理的な意思を探求して,その品質の内容・水準を確認し,本件売買契約の目的物が引き渡し時にその内容・水準を満たしていなかったことをもって瑕疵があったと認定している。
ⅰ)契約当事者の合理的な意思の確認 「被告は,本件建物を含むマン
17) 本判決も含めてシックハウスに関する民事責任を検討したものとして,xxxx「判批」現代消費者法⚘号(2010年)77-86頁参照。
民法改正と建築瑕疵責任(xx)
ションの分譲に当たり,環境物質対策基準である JAS の Fc 0 基準及び JIS の E0・E1 基準を充足するフローリング材等を使用した物件である旨
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
を本件チラシ等にうたって申込みの誘引をなし,原告らがこのような本件
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
チラシ等を検討の上被告に対して本件建物の購入を申し込んだ結果,本件売買契約が成立したのである。そうである以上,本件売買契約においては,本件建物の備えるべき品質として,本件建物自体が環境物質対策基準に適合していること,すなわち,ホルムアルデヒドをはじめとする環境物質の放散につき,少なくとも契約当時行政レベルで行われていた各種取組において推奨されていたというべき水準の室内濃度に抑制されたものであることが前提とされていたものと見ることが,両当事者の合理的な意思に合致するものというべきである。」
・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ⅱ)瑕疵の認定 本件売買契約当時は「住宅室内におけるホルムアルデヒド濃度を少なくとも厚生省指針値の水準に抑制すべきものとすることが推奨されていたものと認めるのが相当である。そして,本件においては,前記のとおり,原告らに対する引渡当時における本件建物の室内空気に含有されたホルムアルデヒドの濃度は,100μg/立方メートル(0・1mg/立方メートル)を相当程度超える水準にあったものと推認されることから,本件建物にはその品質につき当事者が前提としていた水準に到達していないという瑕疵が存在するものと認められる。」
⑵ 注文建物の瑕疵
③ 神戸地裁平成 23・1・18 判決・判例時報2146号106頁
注文者が請負人に多数の瑕疵があるとして瑕疵担保責任ないし不法行為責任に基づき建替え費用相当額の損害賠償を請求した事案である。原告の請求を一部認容した神戸地裁は,次のように,客観的瑕疵と主観的瑕疵の双方を認定している。
ⅰ)客観的瑕疵 「建築物の基礎は当該建築物に作用する荷重及び外力を安全に地盤に伝え,かつ,地盤の沈下又は変形に対して構造耐力上安全な
立命館法学 2017 年 5・6 号(375・376号)
・ ・ ・
ものとしなければならないのであって(建築基準法施行令38条⚑項),基礎が
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
軟弱地盤に対応することができていないことによって不同沈下・傾斜が生
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
じるというのは,建物の構造上の安全性を欠くものであり,本件建物には構造上の瑕疵が存する」。ここでは,上記建築基準法施行令に違反していないという品質を有することが契約内容に含まれるているのか否かを確定することなく,端的に引き渡された建築請負目的物の客観的性質が上記基準法施行令に違反しているかどうかを基準に瑕疵を認定しているのであり,客観的瑕疵認定の典型例と言える。
・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ⅱ)主観的瑕疵 「本件契約において建築される建物の耐火構造については,カタログに記載されたとおりの施工がなされるよう合意されていたと認めるのが相当である。…… したがって,本件契約においては,本件建物×階天井部分の耐火構造として12.5ミリメートルの石膏ボードを⚒枚重ねて設置することが合意されていたと認めるのが相当であり,かかる契約上の合意に反し,×階天井の根太を挟んで石膏ボード⚒枚を設置している本件建物には瑕疵が存する」。
ここでは,本件契約内容の補充的解釈により,合意内容を確定し,その合意に反しているか否かにより瑕疵の存否を認定しているのであるから,主観的瑕疵を認定したものと言える。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ⅲ)不法行為責任の認容 なお本件では,以上のような瑕疵があることを理由に,不法行為責任の成立も認め,結論的には不法行為責任に基づく損害賠償を認容している。
・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「本件建物には,基礎が軟弱地盤に対応できていない構造上の瑕疵を含む 重大な瑕疵が含まれているというべきであり,かかる瑕疵を含む本件建物を建築した被告積水化学には,建物建築を請け負った業者として負う瑕疵のない建物を建築する注意義務に違反した過失が存するものと認められるから,被告積水化学は,不法行為責任として,本件建物に瑕疵が存在することによって原告に生じた損害を賠償する義務を負うものと認められる。」ここでは,不法行為責任成立の要件である過失の前提となる注意義務を
民法改正と建築瑕疵責任(xx)
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・
「建物建築を請け負った業者として負う瑕疵のない建物を建築する注意義務」としている点が注目される。この点はのちに改めて検討しよう。
④ 仙台地裁平成 23・1・13 判例時報2112号75頁
・ ・ ・ ・ ・ ・
引き渡された注文住宅に多数の瑕疵があったとして,注文者が請負契約上の瑕疵担保責任ないし不法行為責任に基づき請負人に損害賠償を請求した事案である。仙台地裁は,契約内容には通常有すべき安全性が含まれるという注目すべき判示を行うとともに,建物の基本的な安全性配慮義務を認めた後述の最高裁平成19年判決の射程距離が,安全性瑕疵とは言えない瑕疵における不法行為責任を否定するものではないとことを前提とする判示もしており,この点も極めて注目される。
ⅰ)「請負契約における仕事の目的物の瑕疵とは,一般に,完成された仕
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
事が契約で定められた内容を満たさず,目的物について,使用価値若しく
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
は交換価値を減少させるような欠点があるか,又は当事者間で予め定められた性質を欠いているなど,不完全な点があることをいうものと解される。
これを建物の建築工事請負契約に即してみると,建物としての機能や財
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
産的価値の大きさなどに照らし,目的物である建物が最低限度の性能を有
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
すべきことは,請負契約上当然に要求される内容といえるから,そのような最低限度の性能について定めた建築基準法令(国土交通省告示,日本工業規格,日本建築学会の標準工事仕様書(JASS)等を含む。)に違反する場合
や,そのような違反がなくても当該建物が客観的にみて通常有すべき最低
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
限度の性能を備えていない場合には,目的物について,契約で定められた
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
内容を満たさず,使用価値若しくは交換価値を減少させるような欠点があるものとして瑕疵があるというべきである。」
・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ⅱ)「建物の設計者,施工者及び工事監理者は,建物の建築主や居住者に対し,広くその生命,身体及び財産に損害を与えないよう配慮すべき注意義務を負うものと解すべきであり,この理は,これらの者と契約関係にある建築主に対する関係でも同様に妥当するものというべきである。
立命館法学 2017 年 5・6 号(375・376号)
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
そして,建物の具体的な瑕疵が,明らかに建物の構造的安全性に関わる
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ような基礎ないし構造躯体に関するものでない場合であっても,当該瑕疵により建築主や居住者の財産に損害が生じる場合には,上記注意義務違反を構成するものということができる。……本件建物には上記一のとおり本件具体的瑕疵が認められるところ,これらの瑕疵により,本件建物についてその交換価値又は使用価値が損なわれ,或いは補修工事を要することとなる結果,建築主である原告に対し,後記六(⚑)のとおり財産的損害が生じることが認められる。」
4 建築施工者等の建物の安全性配慮義務と契約内容適合性
⑴ 別府マンション事件最高裁平成 19・7・6 判決民集 61・5・1769
表記の別府マンション事件・最判平成19年は,賃貸マンションの経営をするために,賃貸マンション用の新築建物を購入したところ,多数の瑕疵があったとして,買主がこの建物を建築施工した,直接契約関係のない建築施工者に,本件建物の修補費用等に関して,不法行為責任による損害賠償請求をした事案である18)。
最判平成19年は,次のような画期的な判示をした。
「建物は,そこに居住する者,そこで働く者,そこを訪問する者等の様々な者によって利用されるとともに,当該建物の周辺には他の建物や道路等が存在しているから,建物は,これらの建物利用者や隣人,通行人等(以下,併せて「居住者等」という。)の生命,身体又は財産を危険にさらすことがないような安全性を備えていなければならず,このような安全性は,建物としての基本的な安全性というべきである。そうすると,建物の建築に
18) 別府マンション事件についての筆者の見解については,xx・前掲注(⚑)のほか,xxxx「建築瑕疵に対する設計・施工者等の不法行為責任と損害論―― 最判 2007(平成 19)・7・6 判決の差戻審判決・xxx判 2009(平成21)・2・6 を契機に――」立命館法学 324号(2009年)1-37頁,同「建物の安全性確保義務と不法行為責任――別府マンション事件・再上告審判決(最判 2011(平23)・7・21)の意義と課題――」立命館法学337号
(2011年)1373-1430頁等に譲る。
民法改正と建築瑕疵責任(xx)
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
携わる設計者,施工者及び工事監理者(以下,併せて「設計・施工者等」という。)は,建物の建築に当たり,契約関係にない居住者等に対する関係でも,当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負うと解するのが相当である。そして,設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり,それにより居住者等の生命,身体又は財産が侵害された場合には,設計・施工者等は,不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買受けていたなど特段の事情がない限り,これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うというべきである。居住者等が当該建物の建築主からその譲渡を受けた者であっても異なるところはない。」
従来,この最高裁判決については,当然のことながら,建築施工者等の不法行為責任のあり方,そこで言われた「建物の基本的な安全性を損なう瑕疵」の民法709条の要件論への位置付けなどを巡って議論されてきた。しかし,最判平成19年は,単に,建築施工者等の不法行為責任の問題にとどまらず,売買契約や請負契約の契約内容適合性の内容にも影響を与えるものと考えられる。
⑵ 請負契約と建築施工者等の安全性配慮義務との関係
建築施工者等は,建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵がないように建築施工する安全性配慮義務を負っている。このような不法行為責任の過失の前提をなす安全性配慮義務は,建築施工者が請負契約上の請負人である場合には,注文者に対して負う注意義務でもある。従って,建築請負契約上,その目的物である建物は基本的な安全性を損なう瑕疵がないことが前提とされていると評価できる。すなわち,建築請負契約の目的物たる建物は,そのことにつき,いちいち契約において個別にリスク配分をしていなくても,建物としての基本的な安全性を備えていることが当然の前提となっているのである。
立命館法学 2017 年 5・6 号(375・376号)
⑶ 売買契約と建築施工者等の安全性配慮義務との関係
同様のことは建物の売買契約における契約内容適合性の判断にも当てはまる。建物の売買契約の売主は,自らが建築施工した建物を売る場合(建築施工型)と,自らは建築施工業者に建物を建築させて注文者の地位に立ち,完成した建物を売却する場合(非建築施工型)とがあり得る。しかし,どちらにしても,建築施工者等は建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵がないように建築施工する安全配慮義務を負っているのであるから,売買目的物である建物は,基本的な安全性を損なう瑕疵がないことが売買契約の前提とされ,契約の内容になっていると言える。
⑷ 小 括
以上のように改正民法前における建築請負契約,建物売買契約における目的物の瑕疵に当該契約締結時を基準にして判断される客観的瑕疵が含まれることは明らかであり,また,改正民法における建築請負契約,建物売買契約の目的物の契約内容適合性についても,建物は建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵がないことが前提とされているものとして判断されるべきである。
四 契約内容不適合の損害賠償責任
1 改 正 民 法
前述のように,改正民法は,契約内容不適合の場合の損害賠償責任について債務不履行一般の損害賠償規定である415条を準用する。
ちなみに改正後の415条は次のように規定する。改正民法415条(債務不履行による損害賠償)
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
1 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは,債権者は,これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし,その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因
民法改正と建築瑕疵責任(xx)
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは,この限りでない。
2 前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において,債権者は,次に掲げるときは,債務の履行に代わる損害賠償の請求をすることができる。
一 債務の履行が不能であるとき。
二 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
三 債務が契約によって生じたものである場合において,その契約が解除され,又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。
2 帰 責 事 x
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
瑕疵担保責任は,従来,無過失責任と解され,瑕疵に対する損害賠償責任においては,帰責事由のないことは免責事由とされていなかった。もっとも,例えば,東日本大震災の津波災害のように,当該建物に瑕疵があろうがなかろうが,その地域の全ての建物が津波により破壊されてしまったような場合には,損害の発生と瑕疵の間に因果関係がないとの理由で免責されることはあり得るが,これは,415条のように,因果関係が認められた上での免責とは異なる。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
改正民法415条が規定する「その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるもの」という場合の,「その債務」とは,本稿で論じていることとの関係で言えば,「契約内容に適合した目的物を引き渡すべき債務」ということになろう。帰責事由がない例としては,債務者以外の第三者により目的物が毀損されたような場合や,自然災害などの不可抗力により債務が履行できなくなった場合が考えられる。
例えば,売買契約ないし請負契約の目的物である建物を契約内容に適合した物として引き渡す準備を完了し,翌日に買主ないし注文者に引き渡す予定にしていたところ,第三者が夜中に窓ガラスを壊して侵入し,建物内
立命館法学 2017 年 5・6 号(375・376号)
部を毀損したような場合,引き渡しの時点では,窓ガラスや建物内部の損傷によって契約内容に適合した物を引き渡す債務の不履行が生じるが,しかし,第三者が侵入しないように建物を善管注意義務を持って管理していたのであれば,債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らし債務者に帰責事由がないといえよう。
また,引き渡し日の前日に,震度⚘の地震が発生し,引き渡すべき建物が倒壊してしまった場合でも,契約内容では「震度⚗では損壊しない建物」としか定められていなかったのであれば,建物の引き渡し債務の不履行について債務者に帰責事由がないということになろう。これに対して,建物の品質について契約上,特に定めていなくても,例えば,震度⚕の地震で建物が全壊したような場合は,そのきっかけは自然力である地震であったとしても,「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」債務者の帰責事由を肯定できよう。なぜなら,上述したように,売買契約ないし請負契約上,およそ目的物としての建物には建物とし
ての基本的な安全性を損なう瑕疵のないことが契約内容となっていると考えられ,また,現在の建物の耐震基準19)では震度⚗の地震では倒壊しないことが求められているのであるから,そのような「取引上の社会通念」からして,債務者に帰責事由がないとは言えないからである。
3 修補に代わる損害賠償請求
改正前民法では,請負契約の目的物に瑕疵があった場合に,注文者は瑕疵の修補に代えて,直ちに損害賠償を請求することができた。特に瑕疵が重大な場合には,そのような重大な瑕疵ある建物を建築施工した請負人に再度補修をさせることには躊躇するのが通常であろうから,この点で,x
19) 1981(昭和56)年⚖月⚑日施行の建築基準法施行例改正により導入された基準で新耐震基準と言われる。震度⚖強から⚗程度の大規模地震の場合に,建物にある程度の被害が出るとしても,建物が倒壊して人の生命に危害を及ぼすことのない程度の性能が求められている。
民法改正と建築瑕疵責任(xx)
補に代えた損害賠償を直ちにできる点には大きな意義があったと言える。ところが改正民法では,このような請負契約に固有な規定は民法から削 除され,請負契約の場合も,契約内容不適合に関する損害賠償請求には,改正民法415条が準用されることになった。請負契約上,修補に代わる損害賠償は,債務の履行に代わる損害賠償と解されるが,改正民法415条⚒項は,債務の履行に代わる損害賠償を請求できるのは,「債務の履行が不能であるとき」か「債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき」または「債務が契約によって生じたものである場合において,その契約が解除され,又は債務の不履行による契約の解除権が発生したと
き」である。
「履行不能」については,改正民法412条の⚒が,「債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるときは,債権者は,その債務の履行を請求することができない」と規定する。つまり,「履行不能」とは,「債務の履行を請求することができない」ことであるから,建築請負の目的物である建物に瑕疵があって,債務の履行
(修補の請求)を請求したら請負人が修補できるような場合は,「履行不能」とは判断されず,履行に代わる損害賠償として,修補費用相当額を損害賠償請求をすることができないようにも捉えられる。しかし,その建築請負人に工事の手抜きがある,あるいは技術が未熟であるなどにより重大な瑕疵が作られたような場合は,そのような注文者からの信頼を失った請負人に修補請求することは「債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能」と解し得る場合もあるのではないか。
五 権利行使期間
1 改正前民法の瑕疵担保責任
⑴ 売主の担保責任の期間制限
売主の瑕疵担保責任に基づく契約解除又は損害賠償請求は買主が目的物
立命館法学 2017 年 5・6 号(375・376号)
の隠れた瑕疵を知った時から⚑年以内に行使することを要する。判例はこの期間を除斥期間とするが,裁判外であっても,売主に瑕疵を具体的に指摘して損害賠償請求等の権利行使の意思を表示すれば,それにより権利は保全され,その後は10年の通常の債権の消滅時効が進行するとする(最判平成 4・10・20 民集 46・7・1129)。他方で,売主の瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権も債権であることに変わりはないので,債権の消滅時効規定も重複して適用され,権利行使可能な時(当該事案では目的物の引き渡しの時と解釈)から10年で消滅にかかるとする(最判平成 13・11・27 民集 55・6・ 1311)。
⑵ 請負人の担保責任の期間制限
改正前民法は,建築請負人の担保責任の期間制限について,次のように定める。
改正前民法638条
「1 建物その他の土地の工作物の請負人は,その工作物又は地盤の瑕疵について,引渡しの後五年間その担保の責任を負う。ただし,この期間は,石造,土造,れんが造,コンクリート造,金属造その他これらに類する構造の工作物については,10年とする。
2 工作物が前項の瑕疵によって滅失し,又は損傷したときは,注文者は,その滅失又は損傷の時から⚑年以内に,第634条の規定による権利を行使しなければならない。」
⑶ 品確法による民法の修正
以上の瑕疵担保責任に関する権利行使期間についての定めは任意規定と解されており(改正前民法572条,640条),これより期間を短縮する特約(例えば,引き渡しから⚒年しか瑕疵担保責任を負わない)も有効である20)。品確
20) xx業法40条⚑項は,xx業者が自ら売主となる宅地または建物の売買契約を締結した場合には,自らの担保責任に⚒年未満の期間制限をつける特約は無効とする。
民法改正と建築瑕疵責任(xx)
法は,品確法が定義する新築住宅の政令が定める建物の主要構造部分の瑕疵に関する権利行使期間については,目的物の引き渡しの時から10年とし,かつ,これを強行規定とした。しかし,この規定は,担保責任を制限する特約の有効性を定めた改正前民法572条,640条を修正する規定であって,改正前民法の570条が準用する566条⚓項の準用規定や,改正前638条
⚒項を修正するものではない。したがって,売買目的物の隠れた瑕疵を知った場合には,それから⚑年以内に権利行使すべきこと,また,建築請負契約の目的物が滅失,損傷した時はその時から⚑年以内に権利行使しないと権利が消滅することに注意しなければならない。
2 改正民法による契約内容不適合責任に基づく権利行使期間
改正民法は従来の瑕疵担保責任に基づく権利行使期間の特別な定めを削除した。従って,権利行使期間については債権の消滅時効の一般規定が適用され,権利を行使することができる時から10年,権利を行使することができることを知った時から⚕年という二重期間が適用される21)(改正166条
⚑項)。
その上で,買主や注文者は目的物の契約内容不適合を知った時から⚑年以内にその旨を売主ないし請負人に通知しておかないと,後で,契約内容不適合についての責任を売主や請負人に追及できないという契約内容不適合通知制度を導入した(改正566条,637条⚑項)。
従来も「隠れた瑕疵を知ったとき」の解釈として,建物に関する何らかの不具合(例えば,強風で家が揺れるなど)を知ったとしても,その不具合が売主の担保責任をもたらす「瑕疵」と認識できなければ,瑕疵担保責任に基づく権利行使もできないのであるから,単なる不具合現象を知るだけ
21) 改正民法が導入した二重期間に対する筆者の批判として,xxxx「時効法改革と民法典の現代化」xxxx先生古稀記念論文集『民主主義法学と研究者の使命』(日本評論社, 2015年)357-372頁,同「債権の原則的消滅時効期間の二重期間化」xxxx・xxx編
『大改正時代の民法学』(成文堂,2017年)87-104頁参照。
立命館法学 2017 年 5・6 号(375・376号)
でなく,その不具合が目的物の瑕疵と評価できることを知ることが必要だと解されてきた22)。
その趣旨は,買主は注文者が「その不適合を知った時」の解釈にも同様に当てはめよう。すなわち,買主が建物についての何らかの不具合現象を知ったことだけでは足りず,それが契約内容不適合な目的物の種類,品質に起因することを認識することを要すると解すべきである。
3 不法行為責任に基づく損害賠償請求権の権利行使期間
建築物に瑕疵がある場合,売主や請負人,あるいは契約関係にない建築施工者等に不法行為責任が追及されることも多い。
改正前民法は,不法行為に基づく損害賠償請求権は,被害者またはその法定代理人が損害及び加害者を知ってから⚓年行使しないと時効によって消滅するとし(改正前724条前段),不法行為の時から20年を経過した時も同様とする(改正前同条後段)と規定する。このうち後段の20年期間につき,判例は除斥期間であるとし,時効のように当事者の援用は不要で,時の経過により法律上当然に権利が消滅するので,時効のようにその援用のxxx違反や権利濫用による制限もないと解してきた(最判xxx・12・21 民集 43・12・2209)。しかし,このような除斥期間説に対しては,明治民法典起
草者の意思にも反し,また個別事案の妥当な解決を阻害する硬直的な解釈だとして,学説からは強い批判が寄せられた23)。最高裁自身も除斥期間には適用されないはずの時効の停止事由の「法意に照らして」,当該事案の
22) 東京地判平成 24・6・8 判時 2169・26 は,新築住宅の売買契約で引き渡しから⚖年後に瑕疵担保責任を追及した事案である。原告が最初に建物の傾斜に気づいて被告会社代表者に話したところ許容範囲内であるといわれ調査をしなかったが,その後,原告らが本件建物の傾斜を常に感じるようになり建築士に調査を依頼して傾斜の程度,方向等を具体的に知った時が瑕疵を知った時であるとして,⚑年の除斥期間の経過を否定した。
23) 除斥期間説に対する批判は,xxxx『時効とxx――消滅時効・除斥期間論の新たな胎動』(日本評論社,2002年)387頁以下,同『続・時効とxx――消滅時効・除斥期間論の新たな展開』(日本評論社,2012年)53頁以下,同「除斥期間説とxx」『xxx先生追悼論集・日本社会と市民法学』(日本評論社,2013年)513-527頁等に譲る。
民法改正と建築瑕疵責任(松本)
除斥期間の効果を制限するなど24),実質的な判例変更と解されるような事態にいたり,最高裁裁判官をして「xxx年判決は変更されるべき25)」と明言させる状況に至っていた。今回の改正民法は,このような事態に鑑み,20年期間を改めて時効であると明示した。このことによって,不法行為の時から20年以上経ての提訴であっても,個別事案の事情を総合考慮して,時効の援用がxxx違反ないし権利濫用として許されないという判断できることが明確になった。特に東日本大震災を契機に多数提訴された地盤の瑕疵をめぐる訴訟においては,請負人が不法行為の時とは瑕疵ある地盤を引き渡した時であり,それから20年以上経過しているので,損害賠償請求権は除斥期間により消滅したと主張する例がある26)。このような場合,仮に20年の期間の経過が認められるとしても,例えば,請負人が故意の手抜き工事により地盤の瑕疵を作出し,そのことを知りながらその事実を隠蔽したような場合には,20年の長期時効の援用はxxx違反ないし権利濫用として許されないということになろう27)。
24) 民法158条の法意に照らして20年の除斥期間の効果を制限したものとして,最判平成 10・6・12 民集 52・4・1087,民法162条の法意に照らして効果制限をしたものとして,最判平成 21・4・28 民集 63・4・853)。
25) 前注・最判平成21年におけるxxxx裁判官の意見。
26) 建築瑕疵訴訟における20年期間の起算点論については,xxxx「建築瑕疵の不法行為責任と除斥期間」立命館法学345・346号(2013年)3834-3862頁を参照されたい。
→
27) 改正民法の附則では,改正民法施行前に20年期間が経過していた場合の期間の制限については,なお従前の例によるとする(附則35条⚑項)。しかし,20年期間を除斥期間とした判例の解釈は,立法者意思に明確に反し,実質的にも不合理な解釈であって,そもそも判例変更されるべき見解だったのである。従って,改正民法施行前であっても最高裁は機会があれば判例変更すべきであり,最高裁による判例変更がなくとも,下級審裁判所は本来あるべき解釈としての時効であることを基準に「従前の例」を解釈すべきである。この点については,xxxx「民法七二四条後段の二〇年期間の法的性質と民法改正の経過規定について」法と民主主義495(2015年)41-45頁を参照されたい。同旨の見解として,表紙に「京都大学教授xxxxx推薦!」と書かれた大阪弁護士会民法改正問題特別委員会編『実務解説 民法改正――新たな債権法下での指針と対応』(民事法研究会,2017年)は,改正民法の「施行日までに現行民法724条後段の期間が経過したケースにおいても,その改正の趣旨を汲んで,消滅時効を定めたものと解釈することにより,時効援用に対してxxx違反や権利濫用の抗弁を認めることなどにより事案を適切に解決することは排
立命館法学 2017 年 5・6 号(375・376号)
4 人の生命又は身体を侵害する場合の損害賠償請求権の時効規定の特則
改正民法は,人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効については,長期の時効期間を10年から20年に伸長し,また,人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の短期消滅時効を⚓年から
⚕年に伸長した。建築瑕疵との関係では,瑕疵によりシックハウス症候群に罹患し,健康侵害を被った場合や,瑕疵により建物が倒壊し負傷,死亡したような場合が想定される。
これらの人の生命又は身体を侵害する債務不履行や不法行為によって,建物の修補費用や家具などについての財産的被害も発生した場合の消滅時効期間はどうなるのであろうか。そもそも人の生命又は身体の侵害に関する損害賠償請求権につき時効期間を伸長する特別規定を創設したのは,被
侵害利益の重大性とともに,かかる場合には,権利者が権利行使をすることが一般に困難になるからという理由からである28)。だとすれば,生命又は身体侵害の人損自体についての損害賠償請求であろうが,それに付随して発生した物損についての損害賠償請求であろうが,権利者が権利行使困難な事態に陥っていることは同じなのであるから,両者合わせて,伸長された時効期間(債務不履行責任に基づく損害賠償請求権の上限は20年,不法行為責任に基づく短期消滅時効は⚕年)が適用されると解すべきである。
六 お わ り に
本稿では,改正民法により建築瑕疵をめぐる瑕疵担保責任が契約内容不適合責任に代わることによって,どのような問題が生ずるのか,あるべき
→
除されていないと考えられます」とする(50頁)。
28) 生命・身体侵害に対する損害賠償請求権の時候期間の伸長をめぐる法制審議会・民法
(債権関係)部会での審議においては,伸長の理由として,「法益の要保護性が高いことや
・ ・ ・
・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
債権者(被害者)に時効の進行を阻止するための行動を求めることが期待しにくい」ことが挙げられていた(同部会第31回部会資料31・13頁),xxxx「人損と物損の消滅時効期間」xxxx・xxxx他編『Before/After 民法改正』(弘文堂,2017年)91頁。
民法改正と建築瑕疵責任(xx)
解釈について論じた。筆者の基本的xxxxは,従来の瑕疵担保責任の法制度の下で合理的と考えられる法解釈であれば,その実質を,契約内容不適合責任の解釈にも活用すべきであるという点にある。
改正民法は2020年⚔月⚑日施行であるが,施行日前に成立していた契約については,改正民法ではなく,「従前の例による」ということで,改正前民法を基準にした解釈がなされることになる。本稿で問題とした売買や請負における目的物の瑕疵が改正民法後に顕在化した場合でも,契約自体が改正民法施行前に成立していたら,「契約内容不適合責任」ではなく
「瑕疵担保責任」の規定が解釈基準となるのである。また「瑕疵担保責任」をめぐる合理的な解釈は「契約内容不適合責任」の解釈にも活かされるべきである。両者を全面的に断絶したものと捉えるのではなく,継承・発展の関係として捉えることこそが,民法典の現代的解釈の基本と解すべきであろう。
まだまだ筆者の思い及ばない点も多々あるかと思うが,ひとまず問題提起ということで本稿を閉じたい。