Contract
最近の判例から
⑼−違約金特約−
フリーレント期間がある定期借家契約の違約金特約の効力が争われた事案において、特約が公序良俗に反するとはいえないなどとして、賃貸人の違約金請求等を認めた事例
(東京地判 平25・6・25 ウエストロー・ジャパン) xx xx
3か月間のフリーレントがある定期建物賃貸借契約を締結した賃貸人が、賃料等を支払わない賃借人に対し、契約の解除を通知し約定の違約金等を請求したが、賃借人が敷金償却特約、違約金特約等は公序良俗に反し無効であると主張して争われた事案において、違約金等に関する合意を不合理ということはできず、公序良俗に反するとはいえないとして、賃貸人の請求を認めた事例(東京地裁 平成 25年6月25日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
賃貸人X(原告)は、平成24年8月7日、賃借人Y(被告)との間で、賃料発生日を平成24年11月1日として、約3か月のフリーレントを認め、①契約期間:平成24年8月7日から平成27年8月6日までの3年間、②賃料:月額45万円(別途消費税22,500円)、③諸費用:貸室及び共用部分の電気・水道・光熱費(以下、これらの費用を賃料と併せて「賃料等」ということもある。)④遅延損害金:年14.6%、⑤利用目的:飲食店(バー)とする定期建物賃貸借契約(以下「本件契約」という。)を締結した。
XとYは、本件契約に際し、次の事項について合意した。
ア 敷金
賃借人は、賃貸人に対し、敷金として 135万円を交付する。賃貸人は、本件契約
の解約時に賃料1か月分を償却する。ただし、本件契約を開始後1年以内に解約した場合には、賃貸人は、違約金として賃料3か月分を償却する。
イ 本件契約の解除
賃貸人は、賃借人が賃料その他の債務の支払を怠り、その遅滞額が賃料の2か月分に達し、本件契約を継続しがたい事態に陥った場合には、書面による通知により本件契約を直ちに解除することができる。
ウ 違約金
① 賃借人は、上記イの事実により本件契約が解除された場合、賃貸人に対し、本件契約の終期までの賃料等相当額を違約金として支払う。賃貸人は、賃借人の違約金の支払によって、賃借人に対する損害賠償請求権の行使を妨げられない。
② 違約金の支払期日は、賃貸人が本件契約を解除した日から5日以内とし、賃借人が違約金の支払を怠った場合には、これに対する年14.6%の割合による遅延損害金を支払う。
エ 賃料相当損害金
賃借人は、本件契約の終了後、賃貸人に対して本件建物の明渡しを遅延した場合、賃料等の倍額(1月を30日として算出する)の賃料相当損害金を支払う。
Xは、Yが賃料等を本件契約後一度も支払わないことから、催告の上、平成25年1
月16日付で契約を解除して、約定に基づき違約金等の請求を行った。これに対し、Yは、「平成25年1月16日の時点では、3か月分の賃料等の支払を怠ったにすぎない。この程度の債務不履行で信頼関係が破壊されたとはいえず、本件契約は解除されていない。また、違約金の合意は、Yに対して著しく不利益を与える内容であって公序良俗に違反するから、無効である」などと主張した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示して、賃貸人の請求をいずれも認容した。
⑴ 本件契約の解除の有無について
本件契約は、被告の債務不履行を理由として、平成25年1月16日の経過により解除されたと認められる。被告は、本件契約上の信頼関係が破壊されていないというが、これを認めるに足りる特段の事情はない。
⑵ 違約金支払義務の有無について
原告と被告は、本件契約の締結に当たり、本件契約が少なくとも3年間は継続し、その間、被告が原告に対して約定の賃料等を継続的に支払うことを前提に、その終期前に本件契約を解除する場合には、原告の逸失賃料相当額を損害賠償の内容とすることを合意したものと理解することができる。
上記の合意を不合理ということはできず、それ自体、公序良俗に反するとはいえない。
被告は、原告と被告が、上記違約金合意のほかに、敷金から賃料3か月分を償却する合意、賃料相当損害金の合意、遅延損害金の合意をしていることから、損害金の二重取りである旨主張する。
しかしながら、原告が、被告に対し、本件契約において3か月間のフリーレントを認めていることに鑑みれば、契約開始後1年以内
の解除がされた場合には、フリーレント期間に相当する3か月分の賃料額を敷金から控除することに理由がないとはいえない。また、賃料相当損害金の支払義務については、被告が本件建物を明け渡さないことによって生ずるものであって違約金と性格を異にする上、その合意内容に不合理なところもない。したがって、本件契約における他の損害金に係る合意を考慮しても、違約金の合意が損害金の二重取りであるとか、公序良俗に違反するということはできない。
⑶ 賃料相当損害金の支払義務について
本件契約解除後、本件建物明渡しまでの賃料相当損害金を月額賃料の2倍とする合意は、一般的な賃貸借契約においてもされるものであって、それ自体、不合理であるとまではいえない。
原告の請求はいずれも理由がある。
3 まとめ
フリーレントのある賃貸物件も珍しくないが、フリーレントを悪用する賃借人も見られる。本事例では、早期解除された場合のリスク担保のために「本件契約を開始後1年以内に解約した場合には、賃貸人は、違約金として賃料3か月分を償却する」旨の敷金の償却特約を付けている。裁判所は、この敷金の償却特約について、契約開始後1年以内の解除がされた場合には、フリーレント期間に相当する3か月分の賃料額を敷金から控除することに理由がないとはいえないとして、本特約の効力を認めている。フリーレントのある賃貸を行う場合、参考となる事例である。
(調査研究部上席xx研究員)
最近の判例から
⑽−中途解約違約金−
建物賃貸借契約の借主からの中途解約に対して、貸主の約定解約金請求が認められた事例
(東京地判 平25・6・24 ウエストロー・ジャパン) xx xx
建物賃貸借契約の貸主が中途解約をした借主に対して約定解約金の支払いを求めたことに対し、借主が解約の意思表示をしたのは貸主が安全に賃貸建物を使用収益させるべき義務に違反したことを理由としたもので約定違約金は発生しないとして敷金の返還を求めた事案において、貸主の約定違約金請求が認容された事例(東京地裁 平成25年6月24日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
本件の本訴請求は、貸主X(本訴原告、反訴被告)が借主Y(本訴被告、反訴原告)に対して自己所有の建物(以下「本件建物」という)を賃貸していたところ、Yが中途解約の申入れをしたため、XがYに対して、約定解約金の残額(Yに対して返還すべき原状回復費用控除後の敷金残額を充当したもの。)の支払を求め、連帯保証人Z(本訴被告)に対しては連帯保証債務の履行を求めるものであり、反訴請求は、YがXに対し、本件建物の賃貸借契約の解約の意思表示をしたのはXが安全に賃貸建物を使用収益させるべき義務に違反したことを理由としたもので約定解約金は発生しないとして、償却後の敷金の返還を求めるものである。
Xは、Yに対し本件建物を下記内容で賃貸する旨合意(以下「本件賃貸借契約」という。)した。
・建物住所 都内A区aビル501号室
・賃貸目的 事務所
・賃貸期間 平成21年10月26日から平成
23年10月25日まで
・賃料 月額18万3750円
・敷金 35万円(契約終了時に7万円償却)
・中途解約に関する特約 Yは、6か月以上の予告期間をもって書面で申し入れる。Yが6か月分の賃料相当額の支払をする場合は、即時に解約することができる。 Zは、平成21年10月20日、Yの本件賃貸借
契約における賃借人の債務を書面で連帯保証した。また、訴外B社(以下「B」という。)は、同日、Yの本件賃貸借契約における賃借人の債務を書面により連帯保証した。
XとYは、本件賃貸借契約を平成25年10月 25日まで更新する旨合意した。
Yは、平成24年1月31日付け書面により、 Xに対し、平成24年3月末をもって本件賃貸借契約を解約する旨意思表示をし、平成24年 3月31日、本件建物を明け渡した。
XはBに対し、本件賃貸借契約に関してYが負うべき債務についての代位弁済請求をし、18万3750円の弁済を受けた。
2 判決の要旨
裁判所は、以下のとおり判示して、貸主Xの請求を認容した。
① 借主Yの解約申入れは自己都合によるものか(約定違約金の成否)について
⑴ 証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア)Yは弁護士であり、平成24年3月31日ま
で本件建物に事務所を置いていた。
イ)Yは、Xに対し、平成24年1月31日、本件賃貸借契約について要旨下記の内容を記載した通知書を送付して解約の申入れをした。
「平成24年1月23日xxx地震研究所は首都圏でマグニチュード7級の直下型地震が4年以内に70%の確率で起きる可能性があるとの計算結果を公表しています。ところがaビルは老朽化し、現行法規の耐震構造を充足していないおそれもあり、当事務所関係者には身体障害者が多く、車椅子の障害者もいますので、本ビルで執務を行う事には多大の危険があります。そこで、本書面を以て賃貸借契約を平成24年3月末日限りで解約する旨の意思表示をします。」
ウ)Xは、Yに対し、平成24年2月28日付の内容証明郵便により、中途解約を理由として約定違約金79万8000円を平成24年3月末日限り支払うよう請求した。
エ)本件賃貸借契約に際してYが不動産業者から受領した重要事項説明書には、本件建物について耐震診断を行った記録はないとの回答をXから受けた旨の記載がある。
⑵ 前提となる事実に認定事実を総合すれば、 Yは、本件賃貸借契約における中途解約による違約金条項の存在や本件建物について耐震診断が行われていないことを本件賃貸借契約の締結時に認識かつ了承した上で本件賃貸借契約を締結したものと認められ、XがYの主張に係る内容の本件建物を安全に使用収益させる義務を負っていると解することはできず、 Yの解約申入れは自己都合によるものと認めるのが相当である。
⑶ 本件賃貸借契約における賃料の6か月分を約定違約金とする合意が,損害賠償額の予定として借地借家法の趣旨に反する借家人に不利で不相当な額であるとは認められない。
② 敷金返還請求権の成否及び額について
前提となる事実及び認定事実によれば、Yは、本件建物の玄関ドアに接着剤を使用して看板を貼り付けており、退去に際してこの看板を剥がしたためにペンキ及び下地が剥げ、その補修費用としてXは内装工事業者に対し、3万4650円を支払ったことが認められる。
したがって、XがYに返還すべき敷金額は、償却合意のある7万円及び上記修繕費用を控除した24万5350円である。
③ 約定違約金に対する敷金の充当について Yは、Xに対し、Bからの代位弁済額を控 除した約定違約金残金(3か月分の賃料相当額)55万1250円及び約定違約金(4か月分の賃料相当額)に対する確定遅延損害金1万 3780円の合計56万5030円の支払義務を負うところ、Xは、Yに対して24万5350円の敷金返還義務を負うので、Xは上記約定違約金元金
に敷金残金を充当した。
上記の結果、Yは、Xに対し31万9680円(及び所定の遅延損害金)を支払う義務を負い、 Zはその連帯保証債務を負う。
XのY及びZに対する請求はいずれも理由があるから認容し、Yの請求は棄却する。
3 まとめ
本件は、賃貸借契約の借主が耐震不足を懸念して中途解約をし、建物の安全性に係る貸主の義務違反を主張したが、約定及び認定事実から借主の主張が否定され、貸主の解約違約金請求が認められたものである。借主は耐震診断記録がないことを承知の上で契約しており、自己都合による中途解約と判断されてもやむを得ないと言えよう。
最近の判例から
⑾−正当事由と立退料−
賃貸人が主張する建替えの必要性は高度であり、かつ賃貸人自身の建物使用に準じるものであるとして、立退料の支払を条件とすることで、正当事由が認められた事例
(東京地判 平25・6・14 ウエストロー・ジャパン) xx xx
建物賃貸借契約において、賃貸人が建物老朽化に伴う建替えを理由に賃借人に建物明渡を請求した事例において、本件建物の耐震性能の問題は,震度5弱程度の地震でも人命を損ないかねないほどに深刻で、早急な対応が必要なことは明らかであるから、これを建物老朽化という現況の問題として単純に評価することは相当ではなく、むしろ、人道的見地より、解約申入れに関する正当事由の判断上は、賃貸人自身の建物使用に準じる事情として位置づけ考慮すべきものとし、立退料の支払いと引き換えに建物明渡請求が認容された事例。(東京地裁 平成25年6月14日判決 認容 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
賃貸人X(原告)が所有する本件建物は、昭和36年ころ建築された商業建物であり、Xは、平成13年5月16日、賃借人Y(被告)との間で、本件建物を目的とする賃貸借契約(以 下「本件契約」という。)を次の約定で締結し、そのころYに対し本件建物を引き渡した。
・期間 平成13年6月1日~平成18年5月31日
・賃料 月額315万円 XとYは、平成18年5月31日、賃貸期間を
平成23年5月31日までと定めて本件契約を合意更新した。Xは、Yに対し、平成23年9月 21日到達の書面により本件契約について解約申入れの意思表示をしたが、Yは、その後も、
現在まで、本件建物を1階でゲームセンター店舗を営むなどして使用している。
Xは、Yに対し、本件建物の老朽化等に伴う建替えの必要を理由として、相当額の立退料の支払いと引換えに、本件建物の明渡請求を提訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Xの請求を認容した。
⑴ 解約権行使の可否について X及びYは、賃貸期間を平成23年5月31日
までと定めたところ、いずれからも更新拒絶もしないまま同日を経過させたと認められ、本件契約は、平成23年5月31日の経過時に法定更新されるとともに、以後は期間の定めのない契約として存続することとなったというべきである(借地借家法26条1項)。したがって、Xが同年9月21日に行った解約申入れは、借地借家法27条による解約として有効であり、ただ、同法28条の正当事由の有無が問題になるにすぎない。
⑵ 正当事由の有無について
① 借地借家法28条は、建物の賃貸人による解約申入れは、ア建物の賃貸人及び賃借人の建物使用の必要性のほか、イ賃貸借に関する従前の経過、ウ建物の利用状況、エ建物の現況、オ賃貸人が申し出た財産上の給付(いわゆる立退料)を考慮して、正当事由があると
認められる場合でなければすることができないことを定めている。
② Xの解約申入れの理由は、X自身が本件建物を直接に使用するというものではなく、老朽化し耐震性能xxxな問題を抱えた本件建物を新建物に建て替えることにある。耐震性能の問題は、耐震補強工事によっても対処が不可能ではないが、本件建物は、元々の施工の質等が劣っている上、老朽化により耐用年数が経過するとともに経年相応以上の劣化を生じており、建物全体に構造的問題も抱え、耐震補強工事には建物の現在価値を遙に上回る費用を要する状態にあるから、耐震補強工事の実施は合理的かつ現実的な問題解決方法とはいいがたく、建替えによる対処を否定すべき理由になりえない。
③ そして、本件建物の耐震性能の問題は、震度5弱程度の地震でも人命を損ないかねないほどに深刻で、早急な対応が必要なことは明らかであるから、これを建物老朽化という現況の問題として単純に評価することは相当ではなく、むしろ、人道的見地より、解約申入れに関する正当事由の判断上は、X自身の建物使用に準じる事情として位置づけ考慮すべきものといえ、かつ、早急な対応の必要性は高度である。
④ Yは、本件建物をゲームセンター店舗として使用しているが、本件契約を締結した動機は競合他社による賃借開業の阻止にあったのであり、ゲームセンター経営自体は赤字であるから、本来的用法としてYが本件建物を利用する必要性は乏しく、かつ、建物の利用状況の観点からも、本件契約の存続を積極的に保護すべき状況にはない。
⑤ X主張の建替えの必要性は高度であり、かつX自身の建物使用に準じる位置づけをすべきものであるのに対し、賃貸借契約の従前の経過上、Yに解約申入れを甘受しなければ
ならない落ち度等はないものの、Yが本件建物を本来的用法として利用する必要性は乏しく、かつ、本件建物に対するYの利害も本件契約上保護された利益ともいえないから、建替えを通じて敷地の高度利用という社会的効用が結果的に得られるということを副次的に考慮しながら本件をみたときには、本件契約の解約申入れの正当事由は、相当程度高度に基礎づけられているといえ、移転に当たって補完的な意味合いの立退料の支払がされる場合には、借地借家法28条の要件を満たすことになるというべきである。
⑥ 立退料の金額に関しては、耐震補強工事に代えて建替えを行うことはXにとっても費用対効果上メリットであること、建替えが結果的にもたらす敷地の高度利用化(さらにはこれにより期待される収益性の向上)という利益も専らXが取得すること、といった事情を総合考慮し、上記補完的な意味合いの立退料額として、本件建物について賃貸人が賃借人に不随意の立退要求を行う場合の賃貸借当事者間の借家権価格である8260万円(鑑定の結果)の半分に当たる4130万円を相当と認める。
3 まとめ
本判決は、建物の耐震性能の問題は、震度 5弱程度の地震でも人命を損ないかねないほどに深刻であるとして、これを建物老朽化という現況の問題として単純に評価するのではなく、人道的見地より、解約申入れに関する正当事由の判断上、賃貸人自身の建物使用に準じる事情として位置づけた事案であり、注目される。
なお、正当事由の判断において、耐震性が検討された事例として、RETIO87-104、91- 080も併せて参考とされたい。
(調査研究部xx調整役)
最近の判例から
⑿−賃料不払による契約解除−
賃料不払による建物明渡請求が認められ、管理義務違反があったとする賃借人の損害賠償請求は棄却された事例
(東京地判 平24・12・21 ウエストロー・ジャパン) xx xx
賃貸人が、賃借人(法人)が賃料を支払わないため契約を解除したなどとして、賃借人及び建物を占有しているその代表取締役に対して明渡しを求め、他方、賃借人が、賃貸人は建物を適切に管理すべきであるのにこれを怠り、水漏れにより賃借人所有の物件が損壊したとして、また、水漏れの原因である温水器は土地の工作物にあたるとして土地工作物責任に基づき、損害賠償を求めた事案において、賃貸人による建物明渡請求が認められ、賃借人による損害賠償請求は棄却された事例
(東京地裁 平成24年12月21日判決 本訴認容反訴棄却 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成22年10月20日、X(原告)は、株式会社Y1(被告)との間で、Xを賃貸人、Y1を賃借人として、Xビル1001号室(以下「本件建物」という。)について、賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結した。
Y2(被告)はY1の代表取締役として本件建物に居住し、業務を行っている。
平成23年3月11日、東日本大震災が起き、都内の本件建物の所在地は震度5弱であった。
地震により、上階の1101号室に存在する温水器(以下「本件温水器」という。)を固定していたボルトや木の板が破損し、本件温水器が傾き、漏水が起こり本件建物は水浸しになった(以下「本件漏水」という。)。
本件建物の玄関側の角部屋及び真ん中の部屋の天井から水が漏れ、部屋のいろいろなも
のが転倒した。
同月14日、Y2は、被害備品目録を、本件建物の管理会社の管理責任者Aに交付したが、Aから連絡がなかったためY2が連絡すると、Aは、「地震保険に入っていなかったので補償は出ない。見舞金ぐらい出るのではないか。」と答えた。
その後、再度、Y2がAに連絡し、Aが、見舞金について「言ったかな。」と答えたため、Y2からAに、「今月から家賃は被害金と相殺します。」と伝えたところ、Aは、「分かりました。」と言って電話を切った。
Y2は、平成23年3月末からは家賃を支払わず、その後、2、3か月して、家賃の請求書がポストに入っていた。
平成23年5月30日、保証会社から、Y1に対して家賃の立替えの通知があり、同年6月 8日、Y1は、Xに損害賠償通知書の内容証明郵便を送付した。これに対し、Xは、同月 20日、Y1に、Xに賠償責任はない旨の内容証明郵便を送った。
平成23年8月9日、Xは、Y1に対し、支払いの催告と、期限内に支払わない場合に本件賃貸借契約を解除する旨の通知書を内容証明郵便で送付したが、Y1は、催告期限までに、未払賃料等を全く支払わなかった。
Xは、Y1及びY2に対して、本件建物の明渡しを求め(本訴)、Y1は、Xに対して、 347万円余の損害賠償を求めて反訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示し、Xの本訴請求を認容し、Y1の反訴請求を棄却した。
⑴ 認定事実によれば、Y2は、Aと本件漏水による補償の問題について交渉したことが認められる。仮に相殺の合意が成立するためには、Y1のXに対する損害賠償額及び相殺される賃料の期間などについて双方で交渉がなされなければ、合意ができないはずである。ところが、かかる交渉がなされたと認めるに足りる証拠はない。また、Aに相殺の合意を行う権原もない。このことからすると、Y1とXとの間で相殺の合意がなされたとは認められないものというべきである。
そうすると、Y2は、Aと補償についてやりとりをし「相殺します」と述べたのみで、平成23年3月以降一方的に家賃の支払いを拒絶したこととなり、Y1は賃貸借契約の基礎にある信頼関係を破壊したものというべきである。
なお、Y2が本件建物に居住し、業務を行っていることは、Y1からY2に黙示の使用貸借契約を締結した転貸借と解しうるから、 Y2に対しても民法613条により、本件建物の明渡しを求めうるものというべきである。
⑵ 地震により本件温水器を固定していたボルトや木の板が破損し、これによって本件温水器が傾き、漏水が起こり階下にある本件建物は水浸しになったことは、当事者間で争いがないところ、本件温水器がXの所有であると認めるに足りる証拠はない。仮に、本件温水器がXの所有だとしても、本件温水器をボルトや木の板で固定されており、適切な管理ではなかったとはいえない。
また、Y1らは、損害として浸水被害備品一覧表を提出している。しかし、上記備品が本件漏水により損壊し使用不能となったと認
めるに足りる客観的な証拠は見あたらず、天井や壁の塗り直し又は張り替え工事はしていないのであるから、踝よりちょっと上ぐらいの水位となるほどの漏水があったのか疑問であり、この点についてのY2の供述は直ちには採用できない。また、浸水被害備品一覧表の損害額についても、新品の価格を損害額としてあげており、損害賠償請求における損害としては適切とはいえない。
⑶ 平成23年3月11日の地震は、震度5弱であり、本件建物が10階にあることを考えると、震度5弱以上の揺れがあったことは明らかであるから、震度5弱以上の揺れが原因で本件温水器が傾き、本件漏水が発生したことが認められる。そして、東京地方において震度5以上の揺れが起こることが地震の震度として通常であると認められる証拠はないから、本件温水器を震度5以上の揺れに耐えうるほど固定しなければ本来備えるべき安全性を欠いているとはいえない。
3 まとめ
本件では、賃借人は、賃貸人と何度も交渉を試みてきたなどと主張したが、裁判所は、賃料を被害金と相殺するとの合意がなされたとは認められないとし、賃借人は「賃貸借契約の基礎にある信頼関係を破壊した」との判断を下した。賃貸借契約において賃料の支払いは賃借人の基本的な義務であるところ、やむを得ない結果と思われる。
また、賃貸人の管理義務の不履行、土地工作物責任も否認されたが、地震に伴う温水器からの漏水をめぐっては他にも争いが見られる(東京地裁H24.11.26判決 RTIO91-88等)ところであり、実務上、設備の点検等についても改めて留意しておくべきであろう。
(調査研究部 次長)
最近の判例から
⒀−借地契約の更新拒絶と立退料−
借地契約の更新拒絶について、借地権価格の補償を中心に算定した立退料提供による正当事由の補完を認めた事例
(東京地判 平25・3・14 ウエストロー・ジャパン) 中村 行夫
土地所有者が、借地権者に対し立退料支払と引き換えに土地の明渡しを求めた事案において、更新拒絶は正当事由を充足していないが、土地所有者の土地利用計画に具体性があり、借地権者の移転が十分可能であることなどから、借地権価格の補償を中心に算定された立退料の提供により正当事由が補完されるとして、相当な立退料と引き換えに建物収去と土地明渡請求を認めた事例(東京地裁 平成 25年 3月14日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
昭和8年、本件訴訟原告Xの父・甲は、本件土地(202.97㎡)について訴外Aとの間で賃貸借契約を締結し、Aは本件土地上に建物を建築した。なお、契約には増改築禁止特約が定められていた。
昭和26年、Aは建物を訴外Bに売渡し、昭和36年(4月3日)にBは建物を本件訴訟被告Yの父・乙に売渡し、同日、甲と乙は本件土地の賃貸借契約(以下「本件契約」という。)を締結した。その後、甲は死亡し、Xが本件土地及び本件契約の賃貸人の地位を相続した。
昭和49年頃、乙は建物を改築した。Xは、乙に対し、改築を承諾していないとして改築中止と本件土地を原状に戻すことを求めるとともに本件契約を解除する旨通知したが、乙は、改築は賃貸人からの承諾があった旨通知した。
Xは、賃料の受領を拒絶し、乙は賃料を供
託するようになった。乙は、借地条件協定請求調停を申し立てたが、調停は昭和50年に乙の取下げにより終了した。
平成5年、Xは、乙に対し、月額賃料を増額する旨通知し、乙は、供託額を増額した。
(注)通知額39,604円、供託額28,200円
平成11年、乙は、建物を改築した。Xは、乙に対し、原状回復と原状回復しない場合には本件契約を解除する旨通知した。
平成14年、乙が死亡し、建物及び本件契約上の賃借人の地位を相続した乙の配偶者乙2が賃料の供託を継続した。
平成17年、Xは、乙2に対し、月額賃料を増額する旨通知し、乙2は、供託額を増額した。(注)通知額48,744円、供託額33,000円
平成22年、乙2が死亡し、建物及び本件契約上の賃借人の地位を乙2の子のYが相続し、賃料の供託を継続した。
平成23年3月1日、Xは、Yに対し、本件契約の更新を拒絶する旨通知し、同年4月2日の賃貸期間が満了するので、速やかに建物を収去して本件土地の明け渡しを求めるよう通知をした。(注)平成23年は、昭和36年より満50年目となる。
同年8月、Xは、Yに対して、建物の収去と本件土地の明渡しを求める訴訟を提起し、予備的には、3,150万円又は裁判所認定の金員の支払と引き換えによる建物を収去と本件土地の明渡しを求める請求を行った。
なお、Xは、本件土地の隣地に保有する自宅に居住し、Yは居住している本件建物以外
に不動産は所有していない。
2 判決の要旨
裁判所は次のように判示してXの請求を容認した。
⑴ Xに本件土地を自ら直接使用する必要性はないが、借地借家法6条に定める「土地の使用を必要とする事情」には、借地の経済的な利用の必要も含まれると解するのが相当で、他のX所有地を含むXの開発計画には具体性があり、計画実現の場合には供託額の月額162円/㎡に対して賃料として月額4,143円/㎡を得られること及び事業費の負担並びに賃貸借期間(20年間)からすれば、計画が経済合理性を有することは明らかで、Xには本件土地を使用する必要性を一応認めることができるが、経済的な利益を目的とするもので、その必要性が高いとまでいうことはできない。
⑵ Yには、本件土地を使用する高い必要性が認められるが、Yが社会経済的に相当と認められる代替的移転先に移転すること自体は十分可能である。
⑶ 本件契約における増改築禁止特約は、その存在を直接的に示す証拠はなく、また、一連のXの行動からその存在を推認することもできない。Y等は、昭和49年以降賃料の供託を続けており、良好な信頼関係が継続していたということはできないが、Xは供託を甘受してきたと評価することもでき、この点をもつて特にYに不利な事情と解するのは相当ではない。
⑷ Xの土地使用の必要がYの必要性を上回るということはできず、また、賃貸人と賃借人間において、良好な信頼関係が継続していたとはいえないことが認められるものの、賃借人による背信行為に当たるということもできないのであるから、現状のまま
でXによる更新拒絶が正当事由を充足するということはできない。
⑸ Xが、経済的な利益のために本件土地を使用する必要性を訴えていることも踏まえて、Xが、Yに対し、借地権価格及び移転費用等を基準として算定される立退料を支払うことにより、更新拒絶の正当事由が補完され、本件土地の明渡しを求めることができると解することが、当事者間の公平の見地からして相当というべきである。
⑹ 借地権価格(約5,500万円)を基本とし、正当事由の充足度、Yが必要とする移転費用等諸般の事情を一切考慮すれば、本件における相当な立退料は5,000万円であると認めるのが相当である。なお、建物の価格については、建物買取請求権の行使によって補償が図られるべきで、立退料の金額には含めていない。
⑺ Xの請求は、Yは、Xから5,000万円の支払いを受けるのと引き換えに、建物を収去して本件土地の明渡しを求める限度で理由がある。
3 まとめ
本裁判は、土地所有者の経済的合理性を更新拒絶の正当事由を構成する事由の一部として肯定的にとらえ、借地権価格(推定地価の 7割)の約90%相当額を相当の立退料としたもので、当初の契約から約80年を経過した借地の更新拒絶に関する正当事由の補完に関する実務上の参考となる事例といえる。なお、本裁判では、借地期間中の借地人による建物改築に土地所有者が承諾していないとしても、地代の供託を漫然と受け入れ、契約解除等の法的手続きを取らずにいたとして「供託を甘受していた」と評価し、賃借人による改築が紛議となった場合の適切な対応について示唆した事例ともいえる。
最近の判例から
⒁−賃貸借契約の連帯保証−
賃貸借契約における連帯保証債務の履行請求が信義則違反とされ、一定期間の賃料相当額に限り請求が認容された事例
(東京地判 平25・6・14 ウエストロー・ジャパン) 齊藤 智昭
賃借人が賃料の滞納を続けた為、賃貸人が連帯保証人に滞納賃料の支払を請求した事案において、賃料不払が長期間継続していたにもかかわらず、賃貸人は賃貸借契約解除等の手続きを講じることなく、7年以上にわたり漫然と滞納賃料を増加させたことを踏まえ、当初の賃貸借期間(3年間)の賃料相当額を超える請求は信義則に反するとし、賃貸人の請求を限定して認容した事例(東京地裁 平成25年6月14日判決 一部認容 控訴後和解 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
本件は、賃貸人X(原告 個人)が訴外の賃借人(以下「賃借人」という。)と締結した建物賃貸借契約に関し、前連帯保証人に代わって個人Y(被告)が連帯保証したところ、賃借人が滞納を続けた為、XがYに保証債務の履行を求めた事案である。連帯保証人となった時点で滞納が発生していたが、Yにその旨は伝えられておらず、連帯保証契約も平成 15年8月に締結されたにもかかわらず、保証期間は同年3月から3年間となっていた。
Yが連帯保証人となってからも、賃借人は 賃料支払いを怠り、滞納賃料は増加し続けた。 Xは、平成16年2月に動産執行(執行不能
で終了)を行った以外は、滞納賃料の支払請求を行うのみで、賃貸借契約解除等の対応策を講じることはなかった。
平成17年4月、賃借人はYから資金を借り入れ、一旦滞納賃料全額を支払ったが、その直後から再び賃借人は滞納を始めた。
同年11月、XがYに滞納賃料(90万円)の支払いを請求したところ、賃借人は滞納賃料額を認めたうえで、支払い猶予を依頼したが、結局、当該滞納分の一部が支払われたのみであった。
平成19年5月、XはYに対し改めてその時点での滞納賃料(330万円)の支払いを求めたが、最終的に滞納は解消されなかった。
年末にかけて賃借人は、Xと連帯保証人の交代について交渉したが、Xはこれに応じなかった。
平成22年5月、XはYに対しその時点での滞納賃料(813万円)の支払いを求めた。賃借人はXに対しこれを支払う旨の連絡をしたが、結局、滞納は解消されなかった。
同年6月、賃借人がXにその時点の滞納賃 料額と今後発生する債務を支払う旨連絡した。平成23年8月、Xと賃借人の間で本件賃貸
借契約更新を確認する覚書が締結された。 賃借人はその後も延滞を続け、平成24年1
月現在の延滞額は約1065万円であった。 Yは主として、連帯保証契約時に延滞の存
在を知らされてなかったことを理由に連帯保証契約の錯誤無効又は詐欺取消を、Xが契約解除せず滞納を放置し続けたことを理由に保証債務履行請求が信義則違反にあたると主張
するとともに、消滅時効を援用した(消滅時効については、判決では賃借人の債務承認を理由に完成していないと判断)。
2 判決の要旨
裁判所は、次の通り判示し、Xの請求の一部を認容した。
⑴ 錯誤無効の主張に対し Yが、本件建物の賃貸借契約書に連帯保証
人として署名捺印したことは当事者間に争いはないところ、本件賃貸借契約書には、契約期間を平成15年3月1日から平成18年2月28日までと記載されていることが認められるから、Yが連帯保証をする際に、賃貸借契約の内容に関し誤信があったとはいえない。
⑵ 詐欺取消の主張に対し
前述のとおり、Yは、賃貸借契約書の内容を認識していたといえるから、Xによる詐欺行為があったとはいえない。したがって、Yの主張は採用できない。
⑶ 信義則違反の主張に対し
賃借人が13年間賃料を支払わず、滞納賃料支払猶予依頼を繰り返す等、支払能力も支払意思もないと推測される状況下、Xが遅くとも平成17年時点で賃貸契約解消を行うことが期待されたにもかかわらず、支払請求を行うのみで、契約解除等の措置を講じたと認められないこと及び連帯保証人の財力をことさら重視したとは認められないことを踏まえ(以上要約)
以上からすると、平成17年以降、本件賃貸借契約の解消の措置を講じることができたにもかかわらず、それ以後約7年にわたり、Xが漫然と滞納賃料の増加をさせたといえ、本訴請求は、かかるXによる自らの怠慢をYに転嫁するものであるから、XがYに対して 1000万円を超える金額を請求することは、許されるものではなく、信義則に違反するもの
といえる。
もっとも、Yは、平成15年8月時点で、契約期間3年の賃貸借契約の連帯保証人となったのであるから、少なくともこの期間の賃料の滞納等の負担を予定していたといえる。したがって、平成15年3月1日から平成18年2月28日までの滞納賃料は負担すべきである。
3 まとめ
本件は、滞納を続ける賃借人に対し賃貸借契約解約等の手段を講じず放置していた賃貸人が、連帯保証人に対して行った連帯保証債務の履行請求について、信義則違反を理由として一定の制限を加えた判例である。
賃貸借契約の連帯保証は、一度連帯保証を行うと、特段の事情がない限り更新後の賃貸借から生ずる賃借人の債務についても保証の責めを負う(最高裁H9.11.13)うえ、連帯保証人には賃貸借契約解除の権限はないことから、賃貸借契約が継続する限り、理屈の上では保証負担額が無制限となる可能性があり、負担額の上限が定まっている貸金の連帯保証に比べ重い負担を連帯保証人は負うこととなる。
賃貸人の中には、賃借人から賃料が支払われなくとも連帯保証人が賃料を支払ってくれれば問題ないと考え、滞納が続いても敢えて賃借人に対し、明渡し請求を行わない場合もある。本件判決は、このような考えに対し警鐘を鳴らすものとして評価される。
なお、公団住宅においてではあるが、本件同様、延滞使用料の連帯保証履行請求に制限を加えた判決が、平成25年4月24日東京高裁
(ウエストロー・判例時報No2198号)で出されているので、是非、こちらも参考としていただきたい。
最近の判例から
⒂−中途解約特約−
定期建物賃貸借契約の特約に基づく中途解約の申入れを受けた賃借人による損害賠償請求が一部認められた事例
(東京地判 平25・8・20 ウエストロー・ジャパン) 金子 寛司
賃貸人から、定期建物賃貸借契約の特約に基づく中途解約の申入れを受けた賃借人が、賃貸人は立退料等の金銭支払いの条件提示をするなど誠実に対応すべきであるのにこれをせず、仲介業者は紛争の契機となった契約書及び特約を作成し、その後も十分な仲介をしなかったとして、賃貸人及び仲介業者に対して不法行為に基づく損害賠償を求めた事案において、仲介業者に対する請求のみが一部認容された事例(東京地裁 平成25年8月20日判決 一部認容 控訴後和解 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
Y1ら(夫婦:被告)は、平成18年11月14 日、業者Y2(被告)の仲介で、X(原告)と、賃貸期間を平成19年1月21日から平成23年9月30日までとする定期建物賃貸借契約を締結し、Xは、平成19年1月ころ居住を開始した。 Y1らとXは、平成23年3月29日ころまで
に、当初の契約の終了に当たり、再度、定期 建物賃貸借契約を締結することを予定した。もっとも、Y1らは、同年12月以後、海外赴任の予定の任期を満了することになっていた。 Y1らとXは、同年9月25日、Y2の仲介
で、本件建物について、賃貸期間を平成23年 10月1日から平成25年9月30日までとする定期建物賃貸借契約(以下「本件契約」という。)を締結し、「借主は本建物賃貸借契約において、貸主からの解約予告が3か月前予告であることを了承し、本契約を締結するものとす
る。」との解約に関する特約(以下「本件特約」という。)を契約書に定めた。
Y1らは、平成23年12月30日、Y2に対し、平成24年3月に帰国すること、Xへ本件契約の解約の連絡を依頼したいことを伝える電子メールを送信したが、Y2は、Xに連絡がつかなかったとして、Xの留守番電話に、Y1らが本件契約を平成24年3月末日で解約したいと申し入れた旨の伝言を残した。
Xは、平成24年1月6日、留守番電話の伝言を聞き、いったんは明渡しに応じることとしたが、新居を探す過程で、不動産業者から、定期建物賃貸借契約において中途解約を認める特約を付すことには問題があること、賃貸人が、やむを得ない事情により定期建物賃貸借を中途解約する場合には、仲介業者を通じて立退料等の条件を提示することが一般的であり、賃貸人が条件を明示しない場合には、賃借人が請求すべきであることを聞いた。
Xは、同月14日、Y 2 の担当者に対し、 Y1らに立退料等の条件を提示させるように仲介を求め、また、本件契約締結時にY2に支払った仲介料の4分の3を返金するように求めた。
Y1らは、同年2月17日付けで、Xに対し、本件契約の解約申入れの経緯や謝罪等を記載した書面を送付し、同月19日、Xに解約申入れを撤回する旨記載したメールを送信した。
Xは、同年3月末ころ、本件建物から退去し、Y1ら及びY2に対し、不法行為に基づく損害賠償として、慰謝料600万円等合計1000
万円を連帯して支払うよう求めて提訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、以下のとおり判示し、XのY2に対する請求のみを一部認容した。
⑴ 定期建物賃貸借契約である本件契約において、賃貸人に中途解約権の留保を認める旨の特約を付しても、その特約は無効と解される(借地借家法30条)。
Y2の担当者は、本件特約が無効になり得るものであると認識していた旨述べるが、本件契約当時、X及びY1らに対してその旨を正確に理解できるように説明を尽くしたということはできない。そして、Y2は、Xに対し、Y1らから本件契約の解約申入れがあったことを無条件に伝達し、その後も本件特約の意味及び効力について具体的に説明したとの事実も認められない。このようなY2の対応は、無効な本件特約に基づいてXに履行を求めるものであって、専門の仲介業者として慎重さを欠いたといわざるを得ず、違法な対応によって、Xに少なからぬ混乱を与えたことは否定できないから、その範囲で不法行為責任を免れない。
Y1らは、解約申入れに際して金銭給付の義務があるとの認識はなく、その後に解約申入れ自体を撤回したことから、Y2がY1らに対して、Xへの金銭給付に係る条件を提示するよう求めなかったことが、仲介業者としての義務に違反し、Xに対する不法行為を構成するとはいえない。
⑵ Y1らは、本件特約が無効となり得ることについて、Y2から十分な説明を受けなかったために、そのことを認識し得なかったと認められる。したがって、Y1らの解約申入れは、Xに対する不法行為を構成するとはいえない。
本件特約に従った本件契約の解約申入れに
は法的な効力は生じないから、Y1らが、無効な解約申入れに当たって立退料等の条件を示さなければならない義務はない。また、相手方の解約条件の提示に対して対応しないことが当然に不法行為になるとはいえず、Y1らが、違法にXの利益を侵害したということはできない。ほかにY1らのXに対する違法行為を認めるに足りる証拠はないから、Y1らは、Xに対して不法行為責任を負わない。
⑶ Xが、本件特約が無効であることを正確に理解せずに解約の申入れを受け、平成24年 1月6日から解約申入れが撤回された同年2月17日まで、不安定な地位に置かれたまま、転居の準備等にわずらわされたと認められること、本件契約の期間の4分の1を経過した時点での退去を余儀なくされたこと、その他の事情を考慮すれば、Xの心身の苦痛を慰謝する金額としては25万円が相当である。
⑷ Xの請求は、Y2に対して25万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその範囲で認容し、Y1らに対する請求は理由がないからこれを棄却する。
3 まとめ
定期建物賃貸借契約は、決められた期間賃貸借を続けることを前提としたものと解されるが、賃借人からの解約については、借地借家法38条5項に特則がある一方、賃貸人からの解約は、基本的に認められないと解され、本件においても、賃貸人に中途解約権の留保を認める旨の特約は、借地借家法30条(強行規定)により無効と判断されている。
本件のように、海外等に赴任中に一定期間建物を賃貸借することは、実務では見られるケースであり、本件では仲介業者の責任のみが認められている。契約の締結に当たっては、期間の設定や特約の内容等に十分に留意し、慎重に対応することが必要である。
最近の判例から
⒃−クリーニング特約−
賃貸人が清掃したとしても、それが通常の損耗にとどまる限りは、クリーニング特約に基づき、その費用を賃借人の負担とすることはできないとした事例
(東京地判 平25・5・27 ウエストロー・ジャパン) 村川 隆生
賃借人が、賃貸人に対し、クリーニング特約に基づいて敷金から控除されたクリーニング費用の返還を求めた事案において、賃貸人が清掃をしたとしても、それが通常の損耗にとどまる限りは、特約に基づきクリーニング費用を賃借人負担とすることはできないとして、賃借人の請求を認容した事例(東京地裁平成25年5月27日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成23年9月、賃借人X(原告)は、賃貸人Y(被告)との間で、201号室について①賃貸期間:2年間、②賃料:月額45,000円、③敷金:45,000円として賃貸借契約を締結した。
なお、賃借人の退去後に賃貸人が専門業者に委託して行ったクリーニング費用は賃借人負担とする特約(以下「本件清掃費用負担特約」という。)がある。
重要事項説明書には、「期間内解約等により本物件賃貸借契約が終了するときは賃貸借契約終了日までに契約当初の原状に回復し、賃貸人に本物件の明け渡しをしなければなりません。原状回復に要する費用は、東京都の賃貸住宅紛争防止条例に基づき求めるものとします。ただし、ハウスクリーニング費用は、賃借人の全額負担となります」と記載され、条例に基づく説明書には、「本契約では、経年変化及び通常の使用による住宅の損耗等の
復旧については、賃借人はその費用を負担しませんが、退去の時、賃借人の故意・過失や通常の使用方法に反する使用など、賃借人の責めに帰すべき事由により住宅の損耗等があれば、その復旧費用を負担することになります。」、「ハウスクリーニングは、ゴミの撤去、掃き掃除、拭き掃除、水廻り清掃、換気扇やレンジ回りの油汚れの除去、照明器具の汚れの除去、エアコンの汚れの除去等を専業業者により実施します。この費用は借主の全額費用負担となります(25,000円位が目安となっています)」と記載されている。
Xは、平成24年4月1日、Yに鍵を返却して建物を明け渡した。賃貸人Yは、預託を受け た 敷 金45,000円 か ら クリ ー ニング費 用 21,000円を控除した残額をXに返還した。
Xは、退去に当たり清掃を行っており、清掃が必要な状態ではなく、また、本件清掃費用負担特約は、清掃が専門業者によって行われた場合を前提としており、Yは、専門業者に清掃を委託したわけではないから、クリーニング費用を賃借人負担とすることはできないと主張し、クリーニング費用の返還等を求めた。原審がXの請求を棄却したことから、 Xは、これを不服として控訴した。
2 判決の要旨
裁判所は次のように判示して、賃借人の請求の一部を認容した。
⑴ 賃借人は、賃貸借契約が終了した場合には、賃借物件を原状に回復して賃貸人に返還する義務があるところ、…(中略)…、建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは、賃借人に予期しない特別の負担を課すことになるから、賃借人に同義務が認められるためには、少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要であると解するのが相当である(最高裁 平17・12・16)。
⑵ 賃借人が生活することによって生じる通常の損耗にとどまる限りは、賃貸借契約上当然に予定されているものであり、これを賃借人の負担とするためには、その旨の明確な合意が必要である。重要事項説明書には、ルームクリーニング費用が賃借人の負担である旨が記載されているものの、条例に基づく説明書の記載と併せて読めば、本件清掃費用負担特約は、専門業者に貸室内の清掃を委託した場合に生じる費用を賃借人の負担とするものであり、専門業者に清掃を委託する必要のない場合にまでルームクリーニング費用を賃借人に負担させる趣旨を含んでいること、実際に行われた清掃の有無、程度にかかわらず、一定のルームクリーニング費用を賃借人の負担とすることや賃貸人が清掃を実施した場合にも相当費用の支払義務が賃借人に生じることは明示されていない。
したがって、賃借人が自ら貸室を清掃した場合に生じた費用を賃借人の負担とすることについて、明確な合意があったとは認めることができず、賃貸人が清掃したとしても、そ
れが通常の損耗にとどまる限りは、本件清掃費用負担特約に基づき、ルームクリーニング費用21,000円を賃借人の負担とすることはできないというべきである。賃借人らの故意若しくは過失により、又は通常の使用方法に反する使用を行うなどして、201号室に経年変化や通常の使用による損耗を超える損耗が生じたかという点については、これを認めるに足りる証拠がない。したがって、賃貸人は、ルームクリーニング費用21,000円を控除することはできず、返還していない敷金の残額 21,000円を返還する義務を負う。
3 まとめ
クリーニング特約の効力については、裁判上で争われることも多い。本事案では、賃貸人の専門業者による清掃の実施の有無が争点の一つになっているが、裁判所は「賃貸人が清掃したとしても、それが通常の損耗にとどまる限りは、特約に基づきクリーニング費用を賃借人の負担とすることはできない」と判示している。特約の効力を限定的に解した裁判例として「特約は、賃借人が明渡しに際して行うべき本件建物の清掃が不十分な場合に、それを補う限度での専門業者によるハウスクリーニング費用を賃借人が負担すべきものを定めた規定と解すべきである」と判示したものもある(東京地裁 平23・1・20)。
なお、国土交通省の原状回復ガイドラインは、「クリーニングについて、賃借人負担となるのは、通常の清掃(ゴミの撤去、掃き掃除、拭き掃除、水回り清掃、換気扇やレンジ回りの油汚れの除去)を実施していない場合」との考え方を示していることを確認しておきたい。