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平成20年3月27日判決言渡
平成17年(ワ)第1628号 保険金請求事件口頭弁論終結日 平成19年12月20日
判 決
主 文
1 被告は,原告有限会社Aに対し,1814万5742円及びこれに対する平成16年9月22日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告Bに対し,4375万9800円及びこれに対する平成16年
9月22日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 この判決は,原告ら勝訴の部分に限り,仮に執行することができる。事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 被告は,原告有限会社Aに対し,1855万7591円及びこれに対する平成16年9月22日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告Bに対し,4400万1700円及びこれに対する平成16年
9月22日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。第2 事案の概要
本件は,原告有限会社A(以下「原告会社」という。)が,被告との間で2 個の店舗総合保険契約(以下「本件各契約」といい,本件各契約に基づく保険 金を「本件保険金」ということがある。)を締結していたところ,別紙物件目 録記載の建物( 以下「本件建物」という。)に火災( 以下「本件火災」とい う。)が発生し,保険の目的物である本件建物,本件建物構内の家財一式,設 備・備品・什器等,商品・原材料・仕掛品・半製品・製品等が焼損したとして,保険金の受取人である原告らが,被告に対し,本件各契約に基づき,原告会社
において保険金1855万7591円,原告Bにおいて保険金4400万17
00円,及びこれらに対する本件火災の通知後3か月が経過した日である平成
16年9月22日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求め,これに対し,被告が,故意の事故招致による免責特約を主張して争った事案である。
1 前提事実(争いのない事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1) 当事者等
ア 原告会社は,登記簿上,寿司及び和食の食堂営業等を目的とする有限会社であり,本件建物で,寿司・割烹店である「A」を経営していた。
イ 原告Bは,原告会社の代表取締役であり,本件建物の所有者である。 原告Bの夫であるXは,平成13年12月10日に死亡したが,Cは,
本件建物の敷地(以下「本件敷地」という。)を購入し,昭和52年に, 本件建物を新築してAの経営を開始するとともに,原告会社を設立し,そ の後死亡するまで,原告会社の代表取締役兼Aの寿司職人として稼働して いた。なお,原告B夫婦には,昭和52年生まれの長男であるXのほか, 昭和50年生まれの長女及び昭和58年生まれのxxの,3人の子がいる。
ウ 被告は,損害保険業等を目的とする株式会社である。
(2) 本件建物の状況
本件建物は,昭和52年1月に建築された木造2階建の店舗併用住宅で, その後に増築が行われ,本件火災当時,建築面積108.07平方メートル,延べ面積174.07平方メートルであり,その内部の状況は,後記認定事 実欄の記載と異なる部分を除き,別紙図面のとおりである。
本件建物のxxには幅員6.1メートルの道路を隔てて公園があり,東側には0.58メートル離れて軽量鉄骨瓦葺耐火ボード張2階建事務所併用住宅があり,南側には3.0メートル離れて木造モルタル塗瓦葺2階建共同住
宅,西側には幅員5.7メートルの道路を隔てて木造モルタル塗トタン葺2階建店舗併用共同住宅があった。
(3) 本件各契約の締結
原告会社は,被告との間で,以下のような約定による本件各契約を締結した(以下,下記アの契約を「本件契約1」,下記イの契約を「本件契約2」という。)。なお,本件各契約には,いずれも保険料分割払特約が付されており,さらに本件契約1には,価額協定保険特約が,本件契約2には,店舗賠償責任担保特約及び店舗休業担保特約が,それぞれ付されていた。
ア 本件契約1
契約締結日 平成16年2月12日保険種類 店舗総合保険
保険期間 平成16年2月12日から平成17年2月12日まで保険金額 5000万円
内訳 建 物 3000万円
家財一式 1000万円
設備・什器・備品等 | 1000万円 | ||
目的物 | 建物,本件建物構内の家財一式,設備・什器・備品等 | ||
保険料 | 基本1万9330円・地震4110円 | ||
払込方法 12回分割(各回2万3440円ずつ) | |||
払込日 毎月26日 | |||
イ | 本件契約2 | ||
契約締結日 | 平成16年4月15日 | ||
保険種類 | 店舗総合保険 | ||
保険期間 | 平成16年4月15日から平成17年4月15日まで | ||
保険金額 | 基本契約500万円 | ||
目的物 | 本件建物構内の商品・原材料・仕掛品・半製品・製品等 |
保険料 基本2090円・店舗賠償470円・店舗休業補償5200円払込方法 12回分割(各回7760円ずつ)
(4) 本件火災の発生
平成16年6月21日午後2時ころ,本件建物において本件火災が発生し,本件建物が全焼し,本件各契約の目的物たる動産類が焼損した。本件火災は,同日午後2時23分に消防署に覚知され,同日午後4時31分に鎮火した。
(5) 被告の保険金支払拒絶
原告らは,被告に対し,遅くとも本件火災の翌日である平成16年6月2
2日までには,本件火災を通知し,その後,損害見積書等を提出して,保険金の支払を請求したが,被告は,平成17年3月4日付け書面にて,これを拒絶した。
(6) 被告の店舗総合保険普通保険約款(以下「本件約款」という。)1章の各条項には,次のような趣旨の記載がある。
ア 1条1項(保険金を支払う場合)
「被告は,火災,落雷,破裂又は爆発による事故によって保険の目的について生じた損害に対して,損害保険金を支払う。」
イ 2条1項1号(保険金を支払わない場合)
「被告は,保険契約者,被保険者又はこれらの者の法定代理人の故意若しくは重大な過失又は法令違反によって生じた損害に対しては,保険金を支払わない。」
2 争点
(1) 本件火災は,原告B又はその関係者の故意により生じたものか。(争点1)
(2) 本件火災によって原告らに生じた損害の額(争点2)
(3) 本件保険金債務の履行期,未払保険料請求債権と本件保険金債権との相殺の可否及び本件保険金債務が履行遅滞に陥る時期(争点3)
3 争点に関する両当事者の主張
(1) 争点1(本件火災は,原告B又はその関係者の故意により生じたものか。)について
【被告の主張】
ア 本件火災の出火原因について
(ア) 出火原因の推認方法
火災の出火原因については,①放火以外の出火の可能性がないこと,
②第三者による放火の可能性がないこと,の2点が立証されれば,本人又はその関係者の放火であるとの推認が働くといえる。
本件においては,②第三者による放火については,消防の出火原因判定書(以下「本件判定書」という。)もこれを否定し,原告らも主張していない。また,①についても,本件判定書が電気器具等による出火を否定していること等から,「たばこの不始末」以外に考えられない。よって,本件火災の出火原因は,「たばこの不始末」か,原告 B又はその関係者による放火である。
しかし,本件火災の出火原因が「たばこの不始末」であることは,以下のとおり,考えられない。
(イ) たばこの不始末の可能性がないことについて
まず,現場の灰皿のたばこから出火した可能性は,灰皿の底部が焼損していないことから否定される。また,可燃物にたばこの火種が落下して出火した可能性についても, 被告が委託した日本法医工学株式会社
(以下「日本法医工学」という。)火災総合研究室の主幹研究員E作成の報告書(以下「E報告書」という。)によれば,本件火災時の状況を正確に再現して行った本件火災の再現実験(以下「本件再現実験」という。)の結果,可燃物にたばこの火種が接触しても,特殊な条件下でなければ有炎燃焼に至らないことが明らかであり,かつ,証人Fの証言に
よれば,本件火災現場がかかる特殊な条件下にあったとは考えられないことからも,否定される。
また,原告らの主張を前提とすれば,原告Bが最後に喫煙してから出火時刻まで5時間半の間,たばこの火による燻焼状態が本件建物内で継続していたことになるが,燻焼状態がこのように長時間継続することは考えられないうえ,燻焼状態が継続した場合には,床等に焼け抜けが見られるはずであり,また家人及び通行人等も煙に気づくはずであるところ,本件火災後の本件建物には焼け抜けが見られないこと,出火時刻まで異常に気づいた者が全くいないことからして,本件で燻焼状態が継続していたことは考えられない。
そして, 原告Bが本件火災直後, 株式会社特調( 以下「特調」とい う。)の調査員に対し供述した内容からすれば,原告B自身,たばこの 不始末を出火原因とする消防等の説明に納得していないこと,自放火を 否定する消防等の調書が作成されているが,これは消防等の誘導により 作成されたものであること,たばこから出火することが想定できないよ うな喫煙後のたばこの処理がされたことが明らかなことなどからしても,本件火災の出火原因がたばこの不始末でないことが説明できるというべ きである。
以上からすると,本件火災の出火原因が,たばこの不始末である可能性はない。
(ウ) 原告ら提出の証拠について a ポケット必携について
これに対し原告らは,東京消防庁監修の「火災調査ポケット必携」
(以下「ポケット必携」という。)をもって,長時間たばこの火による燻焼状態が継続したことを主張しているが,ポケット必携のデータは,そのデータを得る過程が示されていない点に問題があるうえ,消
防当局のデータには,防火の観点からたばこの火の危険性について意識付けする意図が見られるため,これをもって燻焼状態が継続していたということはできない。
b 本件判定書について
また,本件判定書では,本件火災の出火原因について,自放火の可能性を否定し,たばこの不始末によるものと推定しているが,その根拠とする事情はいずれも,本件火災の前夜及び出火時刻における原告 Bの行動等に関する,原告B自身の説明に基づくものであり,xx性及び客観性が担保されておらず,信用できない。
(エ) よって,本件火災の出火原因については,たばこの不始末の可能性はなく,原告B又はその関係者による放火であると推認される。
イ 原告Bのアリバイについて
そこで,原告Bの本件火災発生当日の行動をみるに,客観的な裏付けがあるのは,自宅を出た直後に立ち寄ったxx銀行のATMのみであり,その後の行動については原告Bの供述以外に何ら客観的な証拠がない。
また,原告Bの火災直前の行動に関する説明も,銀行における入金確認の方法について陳述書と尋問とで変遷したり,記帳目的なのに記帳機でなくATMに並んだと述べたり,知人らからかかってきた携帯電話に出なかった理由につき知人らごとに異なる理由を述べたりするなど,不自然な点が認められる。
よって,本件火災発生当日の行動に関する原告Bの主張は信用できないから,本件火災に関し,原告Bにアリバイはない。
ウ 原告らの経済状況について
(ア) 原告会社について
原告会社の売上高は,平成12年6月1日からの1年間と,平成14年6月1日からの1年間を比較すると,半分以下に低下しており,資金
繰りに窮していたと考えられる。
また,火災前の年間の粗利が売上の3割程度で,420万円前後であ ったと考えられるのに対し,本件火災時点の滞納税額が約1000万円 に及んでおり,このため税務署に毎月10万円の支払義務があったこと,月々の仕入分の支払も業者に猶予してもらっていたこと,本件各契約を はじめとする保険料の支払も滞っていたこと,預金の残額が常に低額で あったこと,それでもD夫婦には月々20万円を給料として支払ってい たことからすると,債務超過にまで陥っていたものと考えられる。
(イ) 原告Bについて
本件建物には,Cを債務者として,極度額5000万円の根抵当権が 設定されていたところ,原告Bは,このCの債務を相続しており,この 債務の弁済として,根抵当権者である株式会社千葉銀行(以下「千葉銀 行」という。)に対し,毎月約17万円の支払義務を負っていた。また, Cのゴルフ会員権のローン,電気料金及びUFJカードに対する支払も 滞っていたことから,原告Bが資金繰りに窮していたことは明らかであ る。
(ウ) 以上のように,原告らはいずれも資金繰りに窮し,多額の借財を抱えていたところ,本件保険金によりxx銀行の債務を支払ってもなお本件敷地は原告Bの手元に残るうえ,原告Bは他にマンションも所有しており,本件建物を失っても直ちには路頭に迷わないことからすると,原告Bには,本件保険金の不正請求を目的とする自放火の動機が十分に存するというべきである。
エ 本件敷地を駐車場にしたことについて
原告Bは,本件火災後に,本件敷地を舗装して駐車場にしているところ,これによれば,Aの営業再開の意思を有していなかったことは明らかであ る。これについて原告Bは,被告が本件保険金を支払わなかったために生
活費に困窮し,駐車場にしたものである旨主張するが,遅くとも本件火災からわずか2か月の間に240万円もの高額を投じて駐車場にしていることに照らせば,本件火災発生の時点から営業再開の意思がなかったとみるほかなく,このことは,原告Bの保険金不正請求の意思を裏付けるものである。
オ 原告らの保険契約関係について
(ア) 原告らの保険金受領履歴について
原告会社又は原告Bは,本件火災から約24年前に火災保険を受領しており,また,平成14年にも車両盗難保険金を受領し,その保険金で他の車両を購入しているにもかかわらず,原告Bは,本件火災の2か月後に,特調の調査員に対し,過去に保険金を受領したことがない旨述べるなど,虚偽の回答をするに及んでいることからすれば,本件保険金の請求が不正請求であると疑われる。
(イ) 本件各契約の経過について
原告らは,本件火災前,他の保険契約は解約していたにもかかわらず,本件各契約のみ,不払解除を繰り返しながらも継続していたものである。
また,その本件各保険の保険料についても,従前は口座からの引落としができず,本件各保険契約を取り扱った代理店のGが督促して支払われるか,あるいは引落としができず,不払解除が繰り返される状態にあったにもかかわらず,原告Bは,本件火災の2日前である平成16年6月19日に,Gをわざわざ呼び出して保険料を支払うに至っていたものである。この点,原告Bは,その前日に督促の手紙が届いたためである旨弁解するが,被告の督促の手紙はこれまでも毎月10日に送付していたことからすれば,上記弁解は不合理というべきである。
カ 以上を総合的に考慮すると,本件火災は,原告B又はその関係者の故意の放火により生じたものであるというべきである。
【原告らの主張】
ア 本件火災の出火原因について
(ア) 出火原因がたばこの不始末であること
本件判定書は,詳細な実況見分の結果及びたばこの火の着火物と出火までの経過時間例等の統計資料に基づいて,本件火災の出火原因を,たばこ火が付近にあった紙類に落下したうえ,数時間無炎燃焼(燻焼)を継続した後着火に至り,周囲へ延焼したものと判定し,もって本件火災の出火原因をたばこの不始末と推定している。
この点,原告Bは,本件火災当日,本件建物1階の6畳和室である梅の間に置かれた座卓に,東向きに向かい,右手前角に未整理の書類を入れた段ボール箱(以下「本件段ボール箱」という。)を置き,たばこを吸いながら徹夜で帳簿整理をしたところ,本件判定書によれば,上記座卓の南側西よりの角,すなわち,原告Bが喫煙し,本件段ボール箱を置いていた箇所が強く焼毀されていたというのであるから,本件火災がたばこの不始末を原因とすることに疑いがなく,本件判定書の上記推定は合理的である。
(イ) 被告の主張・立証に対する反論 a 被告の提出証拠について
被告は,①本件再現実験の結果をまとめたE報告書及び②特調の行った燃焼実験(以下「本件燃焼実験」といい,本件再現実験と併せて
「本件各実験」という。)の結果をまとめた特調火災モラルリスク研究所長H作成の報告書(以下「H報告書」という。)並びに③本件各実験結果に依拠した証人Fの意見書及び証言をもって,本件火災がたばこの不始末であった事実を否定している。
しかし,本件火災当日は台風の影響で強風が吹いており,本件建物のような木造家屋内では空気の流動が見られたはずであるところ,本
件各実験は,密閉された実験室内で行われている等,条件設定に欠陥 があるうえ,本件再現実験は,実験回数もごく少数にとどまっており,また,ポケット必携によれば,たばこが原因の火災,かつ本件で着火 物となった可能性のある畳及び紙を着火物と認定された例が多数確認 されているのであって,これらに照らせば,本件各実験は科学的合理 性を有しているとはいえない。
また,証人Fの証言は,あいまいであるうえ,自ら作成した意見書 等との矛盾も多く,さらに,日本法医工学は,被告の利益のために本 件火災のために調査を行った特調と社屋及び代表者を共通にする実質 的同一会社であるところ,Fは,日本法医工学の顧問であること,警 察の調査資料を与えられないまま意見書を作成したこと等からすると,証人Fの証言は信用に値しない。
b 出火原因がたばこの不始末でないとの主張について
被告は,上記①ないし③の各証拠をもって,無風状態ではたばこの火は紙にも着火しないとの見解を示しているが,東京消防庁消防技術安全所報掲載の「たばこによる着火機構について」によれば,たばこ
1本を用いた無風状態下での実験で,紙等に着火するとの実験結果が 報告されているのであるから,被告の上記見解には科学的根拠がない。
さらに被告は,上記①ないし③の各証拠をもって,燻焼状態は継続しない旨主張するが,ポケット必携は,たばこが原因となった130
0件以上の火災のデータを分析し,可燃物に着火するまでの時間は最長で35時間ないし36時間であり,紙等が着火物であるときには,最長で13時間ないし14時間としていることに照らせば,被告の上記主張には根拠がない。
そして,多量の煙に気づいた者がいなかったこと及び焼け抜けが見られなかったことが不自然であるとの主張についても,証人Fの証言
によれば,いずれもあり得ることといえ,上記主張は立証されていない。
(ウ) 原告ら提出証拠について a ポケット必携について
ポケット必携における統計資料は,東京消防庁管内の1300件以上のたばこ火災事例を,同庁の専門職員が火災現場をつぶさに実況見聞して得た詳細なデータに基づくものであるから,第一級の信用性が認められるものであり,同統計資料の信用性に対する被告の弾劾は中傷に過ぎない。
b 本件判定書について
被告は,本件各実験結果をもって,出火原因についても本件判定 書の結論が妥当でない旨主張する。しかし,本件各実験が科学的合 理性を有していないことは上記のとおりであり,一方本件判定書は,詳細な実況見分の結果及びたばこの火災の着火物と出火までの経過 時間例等の統計資料に基づいて出火原因を判定しているのであるか ら,同判定にこそ科学的根拠がある。
また,被告は,本件判定書が自放火の可能性を否定したことについて,客観性がなく信用性が低い旨主張するが,出火時刻における原告B及びその家族の行動は明確であり,この点については被告も客観的資料を入手して知悉しているのであって,かかる主張は被告自身の認識に反するものといえ,不適当である。
イ 原告B及びその家族の行動について
(ア) 原告Bらの本件火災発生当日の行動は以下のとおりである。
原告B及びその家族は,本件火災発生日前日の午後11時ころにAの営業を終え,各自本件建物2階の自室で休息を取ったが,本件火災発生日である翌日がAの定休日であったことから,原告Bは,確定申
告書作成のための帳簿整理をすべく,午前0時ころ梅の間に下りて行き,本件座卓に向かって帳簿整理を始めた。
帳簿整理は本件火災発生日の午前8時半ころまで続けたが,その間,原告Bは,小一時間うたた寝をし,また,たばこを吸うなどしていた が,吸ったたばこは灰皿でもみ消した。
原告Bは,帳簿整理を終えると,2階の自室に上がったが,午前9時半ころには,D家族が東京都内のaにある大江戸温泉に遊びに出かけていった。
原告Bは,この日,親族及び近所の居酒屋である「峠」の経営者と,潮干狩りに出かける予定であったが,台風の影響で強風だったため, 上記予定を取りやめ,午前10時半ころ,Aで客に出す野菜をもらい に,船橋市内で農業を営んでいる実家に行こうと本件建物を出た。x xBは,実家に行く途中,本件建物から数キロメートルの距離にある 千葉銀行のATMに寄り,午前10時41分,同所で原告会社の当座 預金口座に,4万2000円を入金して買掛金の支払を済ませ,その 後実家に到着し,野菜をもらい,同所を午後1時半ころに出た。
その後,原告Bは,売掛金の入金を確認すべく,株式会社東京三菱銀行( 現株式会社三菱東京UFJ銀行。以下「東京三菱銀行」という。)のATMに寄り,被告会社の預金口座の残高照会をしていたところ,本件建物の近所の小物品卸売販売業社である株式会社xx(以下「xx」という。)の店長から,携帯電話に,本件火災発生を知らせる連絡を受けた。
そこで,原告Bは,急いで本件建物に向かったが,到着までの間にも,上記店長の娘及び峠の経営者からも,携帯電話に,本件火災を知らせる連絡が入った。
本件建物付近に近づき,煙等を見た原告Bは,その場に座り込み,
心配した峠の経営者に,峠に連れて行かれた。
(イ) 以上のとおり,本件火災発生当日の原告Bの行動は明白であり,この点については特調の詳細な調査依頼にも応じている。また,被告の主張するところによれば,原告Bの行動は計画的なものでなければならないところ,当日の原告Bの行動は,上記のとおり,台風による予定変更という偶然の事象によるものであって,何ら計画性が認められない。
ウ 原告らの経済状況について
原告らに負債があったことは事実であるが,これらについては債権者との間で弁済方法に関する合意が成立しており,原告Bは,その合意に従って弁済を継続していた。
また,Aの売上げは,Cによる経営時に比して減少していたものの,現に年間450万円ほどの利益を上げており,原告B及びD夫婦が生活に困ることはなかったのであって,原告らの経済状況に関する被告の主張は,本件と関連性のないものである。
エ 本件敷地を駐車場にしたことについて
原告Bが,本件敷地を駐車場にしたことは認めるが,それは被告が本件保険金の支払を不当に拒絶しているために,建物を再築できなかったからである。
なお,被告は,原告Bにおいて,本件敷地を駐車場にしたことをもって, Aの営業再開の意思がなかった旨主張するが,上記イ(ア)のとおり,x xBの当日の行動が,Aの経営に直接関わるものであることからすれば, 本件火災発生の時点において,原告Bに営業継続の意思があったことは明 らかである。
オ 原告らの保険契約関係について
被告は,本件各契約につき不払解除を繰り返している経緯をもって,本件保険金請求が不正請求である旨主張する。
しかし,保険料の払込が期限に遅れたことはあるが,それも少数回であるし,原告Bは,Gから,保険契約を継続するよりも再契約した方が有利であり,商売を続ける限り火災保険だけは加入しておくべきであるとの意見を受け,それに従い再契約をしてきたのである。
すなわち,本件各契約は,保険料不払いにより被告によって解除されたにもかかわらず,原告会社の意思で再契約したというものではなく,原告会社と被告の合意の下に旧契約を解除し,新契約を締結してきたものであって,本件各契約の経緯に,保険金の不正請求を伺わせる不自然な点はない。
カ 以上のとおり,本件火災は,原告B又はその関係者の故意により生じたものではなく,本件火災が偶然のものでないとする被告の主張には理由がない。
(2) 争点2(本件火災による損害の額及び保険金の額)について
【原告らの主張】ア 原告会社
(ア) 設備・什器・備品等
損害額は2132万9000円であり,支払われるべき保険金の額は,
1000万円である。
(イ) 商品・原材料・仕掛品・半製品等
損害額は140万6577円であり,支払われるべき損害保険金の額は,140万6577円である。
(ウ) 店舗休業損害金
約款に基づく計算に必要な資料が焼失しており,残存している資料で代替して計算すると,支払われるべき店舗休業損害金の額は,176万
6714円である。
(エ) 臨時費用
支払われるべき臨時費用の額は,500万円である。
(オ) 残存物取片づけ費用保険金
支払われるべき残存物取片づけ費用保険金の額は,38万4300円である。
イ 原告B
(ア) 本件建物
損害額は4100万円を下らないから,支払われるべき損害保険金の額は,3000万円である。
(イ) 家財一式
損害額は1225万6000円であるから,支払われるべき損害保険金の額は,1000万円である。
(ウ) 特別費用
支払われるべき特別費用の額は,200万円である。
(エ) 残存物取片づけ費用保険金
支払われるべき残存物取片づけ費用保険金の額は,200万170
0円である。
ウ よって,被告により支払われるべき保険金の合計額は,原告会社に対し
1855万7591円,原告Bに対し4400万1700円である。
【被告の主張】
原告らの主張のうち,仮に被告に本件保険金債務が認められた場合において,原告会社に支払われるべき損害保険金の額が,設備・什器・備品等につき1000万円であること,臨時費用の額が500万円であること,原告Bに支払われるべき損害保険金の額が,本件建物につき3000万円であること,家財一式につき1000万円であること,特別費用の額が2
00万円であることについては認め,その余は否認する。
(3) 争点3(本件保険金債務の履行期,付遅滞の時期及び相殺の可否)に
ついて
【被告の主張】
ア 本件各契約における特約及び約款の条項
本件各契約の店舗総合保険・保険料分割払特約条項(一般)(以下「分割払特約」という。)6条には,「年額保険料の払込みを完了する前に,保険金の支払により,この特約条項が付帯された普通保険約款…の規定により,この保険契約が終了する場合には,保険契約者は保険金の支払を受ける以前に未払込分割保険料(年額保険料からすでに払込まれた保険料の総額を差引いた額をいいます。以下同様とします。)の全額を一時に払込まなければなりません。」と規定されている。
また,本件約款32条1項には,「第1条(保険金を支払う場合)第1項から第4項までの損害保険金の支払額がそれぞれ1回の事故につき保険金額…の80%に相当する額をこえたときは,保険契約は,その保険金支払の原因となった損害の発生した時に終了します。」と規定されている。
イ 本件保険金債務の履行期未到来
本件各保険契約については,仮に被告が保険金を支払う場合には,いず れも損害保険金額の支払額が保険金額の80%に相当する額をこえるため,本件約款32条1項の規定により,本件火災の発生した平成16年6月2
1日の時点で終了しているから,分割払特約6条の規定により,保険契約者たる原告会社は,保険金支払を受ける以前に,未払込分割保険料を一時に払い込まなければならない。
そして,本件契約1については16万4080円,本件契約2について は6万2080円の分割保険料が未払いとなっているところ,上記規定が,保険金の支払を受ける「以前に」未払込分割保険料を払い込まなければな らない旨規定しているのであるから,原告会社からの上記未払込分割保険 料の支払がなされない限り,被告の保険金支払債務が履行期にないことは
明らかである。
よって,原告らの保険金請求は,未だ履行期の到来していない債権を行使しようとするもので,失当である。
ウ なお,仮に被告の主張が認められなかった場合には,予備的に,被告の 原告会社に対する未払込分割保険料債権を自働債権とし,原告らの本件保 険金債権を受働債権として,対当額で相殺することを主張するが,この場 合,被告の原告らに対する保険金支払債務は,被告の相殺の意思表示の翌 日から遅滞に陥るというべきである(最高裁平成5年(オ)第2187号,同9年(オ)第749号・同9年7月15日第三小法廷判決・民集51巻
3号1565頁参照)。
【原告らの主張】
ア 本件保険金債務の履行期
本件約款では,保険金は原則として保険契約者等が保険の目的について損害が発生したことを通知し,かつ所定の書類を提出した日から30日以内に支払うこととされ,ただし被告がこの期間内に必要な調査を終えることができないときには,これを終えた後,遅滞なく支払うものとされているところ,原告Bは,本件火災当日に上記損害の通知を行い,被告は,原告Bに対し,本件火災発生の日から2か月後には損害保険金を支払う旨告げている。また,本件各契約では店舗休業損害金の限度額に関する約定復旧期間は3か月とされている。
以上を総合すると,本件保険金債務については,遅くとも,上記損害の通知の日である平成16年6月21日から3か月を経過した同年9月22日をもって,その履行期が到来したものというべきである。
よって,被告は,原告らに対し,本件保険金債務に対する平成16年9月22日から支払済みまでの遅延損害金を支払うべきである。
イ 本件保険金債務の履行期に関する被告の主張について
被告の主張は争う。
(ア) 未払込分割保険料債務の未発生
そもそも,分割払特約6条の解釈によれば,同条に定める未払込分割保険料債務が発生するのは,保険会社が保険契約者に保険金を支払う旨通知したときである。なぜなら,同条に基づき保険契約者が未払込分割保険料の支払義務を負うのは,保険会社が「保険金を支払う場合」(本件約款32条1項,1条)であるところ,保険会社が保険金を支払うかは否かは保険会社の判断にかかっており,保険金を支払う旨の通知によって,保険契約者は「保険金を支払う場合」であることを知ることになるからである。
本件では,被告は原告会社に対し,保険金を支払わない場合であると主張し,保険金支払通知をしていないのであるから,原告会社の被告に対する未払込分割保険料債務は発生していない。
(イ) 未払込分割保険料の履行期等
また,仮に,原告会社につき,未払込分割保険料債務が発生していたとしても,その未払込分割保険料の履行期は,分割払特約6条が「以前に」と定めていることからすると,保険金の支払を受ける時点までと解すれば足りる。
すなわち,保険金の受領に際して保険契約者が未払込分割保険料を支払うべきとされるのは,保険料を一括払いした保険契約者とのxxを図る趣旨であるところ,かかる趣旨に照らせば,同条は,保険金支払に際し,未払込保険料相当額が控除されることを定めたものに過ぎないというべきである。
よって,未払込分割保険料支払債務は,その性格上,保険金支払債務に対し先履行とならないことは明らかである。
なお,大多数の契約者が未払込分割保険料の一括支払義務を知らず,
まして本件のように,保険会社が保険金を支払わない旨通知してきた場合には,未払込分割保険料を支払うことなど想定できないところ,被告の上記主張によれば,保険会社はそれに乗じて保険金の支払を放置しておくことで,保険金支払を認める判決確定時まで債務不履行責任を負わないこととなるが,かかる解釈が被害の早期回復を目的とする火災保険契約の趣旨に反することは明らかである。
ウ 相殺及び履行遅滞に関する被告の主張について被告の主張は争う。
そもそも,上記イ(ア)のとおり,本件では,原告会社の未払込分割保険料の支払債務は発生していない。
第3 争点に対する判断
1 争点1について
(1) 認定事実
前記前提事実に加え,証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 本件建物の利用状況
本件火災当時,本件建物の1階はAの店舗として,2階は原告B並びに D,その妻,その長男(本件火災当時4歳)及びそのxx(本件火災当時
0歳)の住居として使用されていた。
本件建物1階の店舗内部は,店舗の中央付近に,西側に設置された店舗 出入口から東側へと通ずる通路が配置され,通路の東側突き当たりにトイ レ,その南側に厨房が配置されていた。通路のxxには6畳和室が3室あ り,通路の南側には6畳座敷形式の客席及びカウンターが備えられており,厨房の南側には勝手口が設置されていた。
上記6畳和室3室は, 西側から東側に向かい, それぞれ「松の間」,
「竹の間」,「梅の間」という名称が付けられており,そのうち梅の間は,
本件火災当時は,事務所兼倉庫として使用されていた。
本件建物の1階店舗内部から2階へ通じる階段はなく,本件建物の東側に,もとの外壁に沿って増築された2階へ通じる階段(以下「外階段」という。)がある。なおこの外階段部分のもとの外壁部分には,窓は設置されていなかった。
本件建物2階の住居部分は,中央付近に東西に通ずる廊下が配置され,そのxxにリビングダイニングルーム及びその更にxxに9畳洋室が,廊下を隔てて南側には6畳和室が2室それぞれ配置されていた。このうち,上記9畳洋室は,D及びその妻子が居室として使用し,上記6畳和室2室のうち西側の1室を原告Bが居室として使用していた。
イ 本件火災の発生等
本件火災は,平成16年6月21日午後2時ころ出火し,同日午後2時
23分ころ千葉中央消防署に覚知され,消防署員等による消火活動が行われ,同日午後4時31分ころ鎮火した。
ウ 出火出動時における状況
千葉市若葉消防署殿台中隊が,本件火災を覚知し,本件建物に到着した際,本件建物を見分したところ,東側は1,2階の開口部より白煙及び炎が噴出し,南側は2階の開口部及び軒下から白煙が噴出し,西側は1階出入口のシャッターが閉まったままで煙や炎は確認できず,xxは開口部及び2階軒下から白煙が噴出していた。
エ 本件火災後の本件建物の状況
千葉市中央消防署予防課消防司令補Iは,平成16年6月22日午前9時00分から同日午後4時までの間,原告Bの指示説明に基づき,焼損した本件建物の実況見分を行い,同月28日付け実況見分調書(以下「本件実況見分調書」という。)においてその結果を次のように報告している。
(ア) 本件建物の屋外の状況
本件建物のxxは,1階窓上の通風口,2階窓上の外壁,野地板及び垂木が黒くすすけているのが見分され,開かれた窓から室内の焼けが見分された。
東側は,1階北より窓上外壁,xx2階の南より野地板及び垂木に焼けが見られ,野地板の一部が焼け抜けていた。
南側は,窓及び外壁に焼けは見聞されない。
西側は,2階北より窓枠及び南よりの両端の軒下付近に焼けが見分された。
(イ) 本件建物の内部 a 1階店舗内通路
天井板及び天井裏の吊り木は,東側に向かうほど炭化しており,通路南側のxxx袋は,西側に比較し東側の方が焼けが強く,通路xxの客室通路側天井も,欄間となっているが,西側に比較し東側の方が焼けが強い。
b 松の間
天井板は破壊され天井裏は露出しているが,吊り木及びはり等に焼けは見分されない。部屋の造作については,西面に比較し,東面の焼けが強く見分される。床面の座卓,物入れ等については焼けは認められない。
c 竹の間
天井板は落下して天井裏が露出しており,吊り木及びはりは焼けを 受け,西側に比較し,東側の根太に炭化が強く見分される。襖につい ては,西側は床面から0.8メートルより天井方向へ焼けが見分され,東側は木枠を残して他はすべて焼失している。部屋中央部の座卓及び 畳上に顕著な焼けは見られない。
d 梅の間
天井板はすべてが焼けて天井裏が露出しており,吊り木及びはりは,全体がxx模様に焼けを受け,一部東側壁面から部屋中央部にかけ2 階屋根まで焼け抜けている。周囲の壁,襖及び収容物はすべてが焼け を受け,柱についてはxx模様に焼け炭化が顕著に見分される。床面 には屋根瓦や収容物が全面に焼け炭化堆積している。
e カウンター,6畳客席及び厨房
天井全体,照明器具,収容物,床及び畳に焼けは見分できない。 f 2階住居部分
2階各居室の焼けの見分状況から,焼けが顕著に見分されるのはxx9畳洋室東側押入付近であり,同所付近の床材は焼け抜け,1階の居室内が見渡せる状況であるところ,焼け抜けた2階のはりを詳細に見分すると,2階床板下部に比較し,1階天井裏は顕著に焼けが認められる。そのため,同室の下部に位置する,1階梅の間の詳細な見分を実施する。
g 梅の間の詳細な見分
(a) 天井
東側が焼け抜けており,東側に残存するはりを見分すると,一部に1階居室側の焼け細りが認められる。
(b) 東側
壁は一様に焼けを受けている。中央窓の下の物入れ(テレビボード)を見分すると,xxの引き出し部分は残存しているが,南側は焼失している。焼失している物入れ南側の堆積物を取り除くと,多数の青色固形物が見分され,これにつき原告Bから,店で使用する固形燃料を置いてあったとの供述を得た。物入れを取り除いた部分の畳に焼けは確認されない。物入れの南側のスロットマシーンは,全面に焼けを受けており,スロットマシーンの南側に置いていたと
される台及び前側に置いておいたとされるついたては焼失している。物入れの背面の窓枠は,上部が焼き融解している。同窓の雨戸は全 面に強く焼け,灰褐色に変色している。
(c) xx
xよりにはタンスがあり,全面に焼けが見分される。西寄りには棚があり,その上部物入部分の内部には,段ボール箱が焼き残存している。棚の背面の窓枠は,焼き残存している。同窓の雨戸は全面に焼けており,東よりは灰褐色に変色しており,西よりはすすが付着している。
(d) 西側
隣室(竹の間)との仕切の襖は全面焼失しており,上部欄間は,部屋中央部に一部焼きが認められるだけである。欄間周囲の柱は,竹の間と比較すると焼けが顕著に認められる。北よりにある2台の冷蔵庫のうち,南側のものはモーター部分が残存し,xxのものは全面に焼けているがほぼ原型を保っている。
(e) 南側
西よりの出入口扉は,床面付近に残存し,上方は焼失している。東よりの押入は,襖は床面付近に残存し,上方は焼失している。押入の内容物は全面に焼けが見分され,鴨居は中央付近が焼け切れている。
(f) 床
堆積物を取り除くと,中央部分から座卓が確認され,座卓上の東角から0.1メートルの位置に灰皿が破損しているが,中に吸い殻は確認されない。灰皿を移動し,底部を確認すると,焼けは確認されない。同灰皿の周囲には,たばこ入れ,湯飲み及び紙が焼き残存している。
座卓表面は一様に焼けを受けているが、xxに比較して南側の焼けは顕著である。座卓の西側及び東側の,南より角は,一部が焼失しており,焼けが顕著に現れている。座卓を裏返すと,xxxより角の焼けは,表面側に比較し,焼けが強く見分される。
座卓に西側にはソファーが2個見分(北よりが大型,南よりが小型)され,それぞれ一様に焼けているが,南よりのソファーの表面は焼けが強く見分される。
居宅内の焼き収容物を移動し,床(畳)の焼けの状況を見分するも顕著な焼けは見分されない。
(g) 電気・火気器具類
東側天井部分の配線,東側壁面のコンセントボックス,そこに接続された配線及び差し刃,ガス栓,ガスファンヒーター及びエアコンについては異常が認められず,スロットマシーンの電源配線コードは接続されていなかった。また,テレビについてはスイッチが切ってあること及びビデオは故障で使用できなかったことの供述を原告Bから得た。
オ 本件判定書の記載
前記Iは, 平成17年1月5日付け作成の出火原因判定書( 本件判定書)において,本件火災の出火原因を,以下のように判定している。
(ア) 出火箇所の判定
a 本件実況見分調書の記載の内容からの検討
各居室の焼けの状況を比較すると,1階梅の間の焼けの状況で他居室と比較し全体が顕著な焼けを認めている。さらに,居室内中央部に座卓が確認され,表面は一様に焼けているがxxより南側の方が焼けが顕著であり,xxxより角及びxxxより角は一部が焼失しており焼けが顕著に認められ,xxxより角の焼けは,裏側の方が表面に比
較し焼けが強く見分されているのであって,他居室内及び収容物の焼けの状況と比較し居室内の焼けが顕著に現れている。
さらに東側窓下物入れの南側部分の焼き堆積物下から青色の固形物が見分されたことと, 原告Bが「段ボールに固形燃料を入れてあっ た」との供述内容が一致することから,同物入れの南側付近について は,この固形燃料が助燃剤となり他箇所から延焼し,着火したことに より炎が立ち上がったため,同物入れ南側部分が焼失し,また梅のx x階(9畳洋室)床が焼け落ちていることは,固形燃料に着火したこ とにより天井板に延焼したこと,さらにこの物入れの上階は押入であ ったことから,容易に上階への延焼につながったものと思慮される。 b 以上のような,本件実況見分における1階梅の間の中央部に位置する座卓南側西より付近の焼けの状況に加え,xx市若葉消防署殿中台 中隊長の本件火災現場出動時における見分調書によれば,同中隊長が 出動時に本件建物東側からの白煙及び炎を確認していることからする と,本件火災の出火場所は1階梅の間の中央部に位置する座卓付近と
判定する。
(イ) 出火原因について
a たばこによる出火の可能性について
原告Bの質問調書における供述によれば,原告Bは,午前0時ころ から梅の間のソファーで帳簿整理を始め,途中座卓上の灰皿を使い4,
5本のたばこを吸い,整理を始めてか2時間くらい経って眠くなりソファーのうえでうたた寝をし,さらに座卓のxxxよりの下に書類の入った段ボール箱を置いていた。
本件実況見分調書によると,座卓表面は一様に焼けを受けているが,xxに比較して南側が顕著であり,xxxより角及びxxxより角は 一部が焼失しており,焼けが顕著に表れており,座卓裏面のxxxよ
りの角は表面に比較し焼けが強く見分されている。
以上を総合して検討すると,原告Bが仕事中もしくはうたた寝した際に,たばこの火種が本人の知らぬ間に上記段ボール箱内に落ち,時間の経過とともに伝票に着火し,延焼したことが考えられる。
b 電気・火気器具による出火の可能性について
本件実況見分の結果から,各電気器具,火気使用設備本体及び器具コード並びに屋内電気配線からの出火の可能性については考えられない。
c 放火の可能性について
本件火災現場への最先着隊長であるxx市若葉消防署殿台中隊長に よれば,本件建物1階部分は消火時に侵入できない状況にあり,聞き 込み状況によれば,本件建物の正面玄関のシャッターは閉鎖されてお り,本件火災前に近所で不審者は見かけていないとの供述を得ている。また,原告Bの質問調書におれば,1階店舗の出入口及び各和室の雨 戸を閉め,勝手口を施錠してから2階自室に行ったとの供述を得てい る。
そして本件建物には高額な火災保険契約が締結されているが,本件 建物のAは,原告B及びその家族で営業しており,火災に遭えば収入 を断たれ生活に支障を及ぼすこと,原告Bが閉店後帳簿整理を実施し,さらに未整理書類があり,伝票整理が朝までかかっていると供述して いること,出火時刻に家族全員が外出中で,最後に外出した原告Bの 外出時刻から4時間後に出火していること,以上のことから出火時刻 に誰にも気付かれずに1階店舗部分に侵入するには,施錠状態にある 開口部を壊す等の行為をしなければ屋内に入り込み放火をすることは 困難であること,家族が放火をしたとすれば,本格的な火災の様相を 呈するに,家族全員が外出後出火時刻までに時間を要していることを
考察すると,放火について立証する証拠がない。 d 結論
以上を総合して検討すると,出火箇所とした梅の間中央部の座卓南 側西より角の焼失が見分されること,この箇所には,電気等出火原因 となりうる火源が見分されないこと,同室内で原告Bが深夜0時から 朝8時半ころまでたばこを吸いながら伝票整理を行い,途中うたた寝 をしたこと,出火箇所とした座卓南側西より角の下には未整理の書類 が段ボール箱に保管されていたこと,ポケット必携によれば,紙・紙 製品を着火物としたたばこ火災の場合の出火時間につき,最長で13 から14時間経過後に出火に至ったとする統計結果があることから, 出火場所からの物的証拠は見分されていないが,原告Bのたばこ火が,未整理の書類に落下,伝票に着火し無炎燃焼を継続し,時間経過と共 に延焼拡大したものと推定する。
カ E報告書
日本法医工学は,岡山県内にある特調内日本法医工学燃焼実験室(4.
5畳,室内高280センチメートル)において,たばこ,段ボール箱,伝 票等を用いて本件火災の再現実験を行い,その結果をE報告書にまとめた が,その内容は概ね以下のとおりである。なお,日本法医工学及び特調は,代表者及び建物を同一にする会社であり,Fは,日本法医工学の顧問であ る。
(ア) 段ボール,伝票,ソファー,畳,フローリング及び合板に,たばこを1本ずつ間隔をとって,5か所に接触させたところ,表面が炭化したが,いずれも燻焼状態には移行しなかった。
(イ) 段ボール箱にA4普通紙を詰め,その上に伝票を入れて,たばこ
1本を接触させたところ,伝票を整理して収納した場合と,乱雑に収納した場合の,いずれの場合においても燻焼状態に移行しなかった。
これらのことから,たばこ1本の熱量では,原告Bの説明する喫煙状況,家財配置状況であれば,火災発生の可能性は極めて低い。
(ウ) たばこ1本をティッシュペーパーで包んだ着火源を作成して段ボール内に設置したところ,燻焼状態には至らず,この実験開始後にさらにたばこの吸い殻(着火状態)を火源に加えたところ,その約1分後に発火した。
発火直前には着火源周囲に配置した伝票が燻焼状態となり,段ボール内部に向けて火種が降下するとともに,燃焼面積の拡大に伴って多量の発煙,焦げ臭が認められた。
(エ) 原告Bが梅の間で喫煙をしてから本件火災の出火時刻まで5時間ないし5時間半経過しているところ,紙を接触可燃物とした場合には,たばこの火種が焼失する約15分の間に火源が拡大しなければ発火しないとされており,5時間半もの間燻焼状態が継続していたとは極めて考えがたい。また,仮に段ボール箱内部で燻焼状態となったとすれば,1
5分間で周囲の伝票が燻焼状態となり,この時点で多量の発煙が認められるはずである。本件建物は,2階への出入口が建物南側の屋外にあることから,仮に燻焼状態になっても建物退出時に異変に気づく可能性が一般住宅より低いといわざるを得ないものの,出火室内が煙で充満されれば,室内の隙間を伝って上方に流れるため,2階にいた原告Bが気づかないことは考えがたい。
キ H報告書
被告は特調に対し,本件火災の調査を依頼しており,特調はその調査結果及び岡山県内の特調燃焼実験室で行った本件燃焼実験の結果をH報告書にまとめているところ,その内容は概ね以下のとおりである。
( ア) 現場写真からすると, 本件火災の出火箇所は, 1階北東角和室
(梅の間)の出入口付近と推察された。出火原因については,①原告B
は灰皿内には1~2本しか吸い殻は残っていなかったと説明しており,他に同室で喫煙した者はいないこと,②長男夫婦や原告Bが外出した時点で,室内の煙等の異常を感じていないこと,③床面等に焼け抜け等が見分されない等の状況から,たばこを出火源とする根拠に乏しい。この点,警察は,灰皿内のたばこが燻って炎上した旨説明しているが,原告 Bの説明するたばこの本数では燻る前に火は消え,炎上することは考えられない。さらに歩きたばこ等によりたばこの先端が伝票類に落ちたとしても,①原告Bらが煙等の異常に気づかないはずはないこと,②風が吹き込む等の要因が重ならなければ出火しないが,本件建物では風が発生しないこと等から否定される。
以上に加え,第三者の放火,電気火災,自然発火物体及び落雷等による発火はいずれも可能性がないこと等から,本件火災は原告B自身の放火による出火の可能性が高い。
(イ) 微小火源(たばこ)について
たばこは可燃物に接触しても,限られた条件を設定しなければ着火せず,本件のように,ガラス製灰皿の中に3本の吸い殻があっても自然鎮火するだけであるし,仮に割れても紙類等に着火し独立燃焼することはなく,先端の火種が落下しても,わずかな熱量なので可燃物に着火しない。
また,本件では,住人が自宅を出てから長時間経過後に火災が発生したことになっているため,燻焼,すなわち無炎燃焼が考えられるが,この場合には発煙が顕著な現象といえ,原告BやD夫婦が異変に気づかないはずがない。
(ウ) 本件燃焼実験の結果について
本件燃焼実験の結果①想定されたたばこの消し方では,灰皿内部の吸い殻が燻焼状態に移行することがなく,自然鎮火し,ガラス製灰皿の破
損は起こらない,②たばこを畳に接触させても,畳内部に向けて延焼が進行せず,火種の焼失とともに鎮火することが明らかとなったため,本件において,灰皿内で燻焼状態が発生し,灰皿の破損により火種が畳表面に落下して出火に至ったという可能性はないと判断できる。
ク 本件火災発生当日の原告Bらの行動
(ア) 前夜から当日朝までの間
原告B及びD夫婦は,Aにおいて稼働しているが,本件火災発生日の 前日は,午後11時ころにAを閉店し,店舗出入口のシャッターを閉め,施錠をし,勝手口から外階段を経由して,それぞれ住居としている本件 建物2階に上がった。
原告Bは,本件建物2階南西角の6畳和室を自室としているが,その自室で休息を取った後,原告会社の確定申告を行うための帳簿を整理するため,本件火災発生当日の午前0時過ぎころ,1階梅の間に下りて行った。
原告Bは,梅の間の大きい方のソファーに座り,座卓に向かって帳簿整理を始めたが,その際,自己の座ったxxxxの右側床上に,茶封筒や紙袋に入れた伝票等の,帳簿整理に必要な書類を入れた段ボール箱を置き,テーブルの上には帳簿,領収書等のほか,直径20センチメートル・高さ2センチメートル程度のガラス製の灰皿及び湯飲み等を置いていた。
原告Bには喫煙の習慣があり,同原告は上記帳簿整理を本件火災発生当日の午前8時半ころまで続けたが,その間に10本ないし13本のたばこを吸った。途中,午前2時ころに,上記ソファーで1時間程度うたた寝をし,起きてからさらに帳簿整理を行った後,1度,灰皿の中の吸い殻を1階店舗トイレわきのゴミ箱へ捨てに立った。その後数本のたばこを吸い,梅の間で最後に喫煙をしたのは,上記8時半ころであった。
なお,原告Bは,この間吸ったたばこは,すべて灰皿でもみ消したものと記憶している。
(イ) 当日朝からxx銀行ATMに行くまでの間
原告Bは,上記帳簿整理を終えた後,勝手口から本件建物1階を退出し,同勝手口を施錠をした後,2階の自室へ上がった。本件火災発生当日, 原告Bは, その実家の妹夫婦及び本件建物の近所の居酒屋である
「峠」の店主であるJとともに,潮干狩りに行く予定となっていたが,当日は風が強かったため,自室に引き取った後,Jに連絡をし,強風であることを理由として上記予定を取り止めることとした。その後実家に連絡をし,上記予定が取止めになったことを伝えた際,上記実家が農家であることから,Aで客に出す野菜をもらいに行く約束をした。
D夫婦は,前日店を閉めた後は1階店舗部分に戻ることなく就寝し,本件火災発生日は,D夫婦とその4歳及び0歳の子らの4人で,東京都内にある温泉施設に遊びに行く予定であり,当日の朝9時半ころ,原告 Bに声をかけたうえで本件建物を退出した。なお,D夫婦は,午後3時ころ,前記温泉施設の館内放送でフロントへ呼び出され,xxないし原告Bに電話するよう指示されたため,原告Bに電話をかけた際,本件火災を告げられた。D夫婦及びxxxらは,自動車で急ぎ本件建物へ向かい,午後4時ころに本件建物に戻ってきた。
一方,原告Bは,午前10時半ころ,外階段から本件建物を退出し,外階段を下りたところにある扉を施錠したうえ,自動車で,まずxx市内にある千葉銀行のATMに行き,午前10時41分に,同所で,買掛金支払のための入金を行った。
ケ 本件火災発生時の行動に関する原告Bの供述等
(ア) 原告Bは,その本人尋問及び陳述書において,上記千葉銀行の上記ATMで入金を行った後の自己の行動につき,以下のように供述ない
し記載する。
(イ) 原告Bは,上記ATMで入金を済ませた後,その後,自動車で船橋市内の実家へ向かい,午前11時ころ同所に到着し,昼食をとり,野菜をもらう等して,午後1時ころ同所を退出した。
原告Bは,その後自動車で帰路についたが,前日に被告会社の預金口座に売掛金の入金があることとなっていたため,この入金がなされているかを確認するために,東京三菱銀行千葉支店に寄ることとした。原告 Bは,同支店近くの時間貸し駐車場に自動車を駐車し,同支店のATMコーナーに行き,順番待ちの客の列に並んだ。
原告Bが,ATMの順番待ちの列に並んでいる最中,携帯電話に何度 か着信があり,原告Bはそれに気づいたものの,電話に出なかった。そ の後自己の順番が来て,通帳記入をしている最中にも着信があったため,電話に出たところ,xxの店長から,本件建物が火事になっている旨を 告げられた。
原告Bは,本件建物が火事になっていることを聞き,自動車で本件建 物へ向かったが,その間に,Jからも携帯電話で本件火災の発生を告げ られた。原告Bは,本件建物付近まで運転してきたが,本件建物付近は 通行止めとなっていたため,自動車から降り,走って本件建物へ向かっ たが,途中で本件建物の方から上がっている煙を見て座り込んでしまい, Jに促されて鎮火するまで峠にいた。
コ 本件火災発生当日の天候
本件火災発生日である平成16年6月21日は,台風6号が四国に上陸し,本件建物所在地においては,強風波浪注意報が出されており,午後3時には,秒速12メートルのやや強い風が観測された。
サ 原告らの経済状況
(ア) 原告会社
Xが死亡する前である平成12年6月1日から平成13年5月31日までの,原告会社における決算報告書上の売上高は,3373万227
6円であったが,Cの死後,原告会社の売上は減少していた。なお,Xの死後である平成14年6月1日から平成15年5月31日までの,原告会社における消費税申告書上の課税標準売上高は,3216万191
6円であった。
一方,原告会社は,本件火災当時,原告Bに毎月約23万円,D夫婦に毎月約20万円の給料を支払っており,また,食材等の仕入のため,複数の業者に毎月合計約130万円前後を支払い,複数の業者に,買掛金を1か月ないし2か月分ずつ滞納しながら支払を行っていた。
また,原告会社は,遅くとも平成9年度から税金を滞納しており,本件火災発生当時,滞納税金は合計973万5415円に上っていた。原告会社は,本件火災発生当時,この滞納税金の納付に関し,税務署との間で毎月10万円ずつ納付する合意をしており,1年分の先付け小切手を差し入れていた。
(イ) 原告B
Cは,生前,本件建物及び本件敷地に根抵当権を設定して千葉銀行と金銭消費貸借契約を締結し,同契約に基づく債務は,Cの死後原告B及びxxxらが相続したが,本件火災当時その債務残額は,約3000万円であった。
また,Cが,生前,ゴルフ会員権購入のために,カードローン契約を締結して借り入れた約90万円程度の債務につき,Cの死後原告B及びxxxらが相続したが,原告Bは,本件火災当時,同契約に基づく債務の弁済を行っていなかった。
原告Bは,電気供給契約に関し,遅くとも平成16年1月分から電気料金の支払が遅れがちであり,本件火災発生当時,同年3月度から,毎
月約7万円程度の電気料金を滞納していた。
なお,原告Bは,平成10年ころ,住宅ローンを組んで購入したマンション購入代金につき,本件火災当時,住宅金融公庫に対して約280
0万円の債務を負担しており,毎月約8万円を弁済することとなっていたが,上記マンションは,Cの死後第三者に毎月13万5000円の賃料で賃貸しており,この賃料の一部を上記弁済に充てていた。
一方,原告Bは,本件火災当時,資産として,本件建物および本件敷地並びに上記マンションのほか,420万円ないし430万円の現金を有していた。
シ 駐車場について
本件建物は,本件火災発生日の4日ないし5日後に解体され,本件敷地は更地となった。
そのころ,原告Bは,従前近所の教会から駐車場が不足している旨聞かされていたため,Xと相談のうえ,上記敷地を駐車場として賃貸することを決め,xxxxxxの敷設を業者に依頼した。原告Bは,xxxxxxの敷設後,本件敷地を駐車場として,その全体を,近所の教会に賃料月1
0万円で賃貸する契約を締結した。なお,上記アスファルトの敷設費用は,約30万円程度であった。
ス 保険契約関係について
(ア) 本件各契約について
本件建物については,新築時の昭和52年ころから火災保険がかけられていたが,本件保険契約1については,当初平成14年10月29日に締結されたものの,平成15年7月26日に不払解除となり,その後同年10月24日に再契約となったが,同年11月26日に再び不払解除となり,その後平成16年2月12日に再契約となった。
本件契約2は,当初平成14年5月28日に締結され,平成15年5
月29日に継続となったが,原告会社の保険料引落口座の残高不足から,同年7月26日に不払解除となり,その後平成16年4月15日に再契 約となっている。
本件各契約の保険料は,口座引落としの方法で支払われており,引落口座の残高が不足している場合には,代理店の担当者であるGがAに集金に来ていたところ,原告Bは,本件火災発生日の数日前に,被告から保険料督促の通知を受け,本件火災発生日の2日前である平成16年6月19日ころ,Gに集金を依頼する電話をかけたうえ,2か月分の保険料をGに交付した。
(イ) その他の保険契約関係について
原告Bは,従前,本件各契約以外に,2社の生命保険に加入していたが,Cの死後,これらを解約し,本件火災当時には,本件各契約にかかる保険及び自動車保険にのみ加入していた。
なお,本件建物に関しては,昭和56年ころ,ぼや程度の火災に関し, Cが火災保険を受領したことがあり,これについては,上記火災による 損傷の修復に充てられた。また,原告Bは,Xの死後,自動車の盗難に 遭ったことから,100万円程度の車両盗難保険金を受領し,これに多 少の資金を上乗せして,中古車を購入した。しかし,原告Bは,平成1
6年8月23日に,特調によって行われた本件火災に関する聴取調査の 際,特調の調査員に対し,過去に保険金を受領したことはない旨述べた。
(2) 判断
ア 出火箇所について
前記認定事実エによれば,本件建物の1階部分では,梅の間の焼けが最 も強く,2階部分では,梅の間の上部に位置する9畳洋室東側部分の焼け がもっとも強かった事実が認められる。同様に,前記認定事実エによれば,
本件火災により,上記9畳洋室部分の2階床板下部に比して,同部分の1階天井裏が顕著に焼けたこと及び梅の間の天井のはりの一部につき1階居室側に焼け細りが生じたことが認められ,これらによれば,1階部分より出火した事実が推認できる。そして,前記認定事実ウ及びエによれば,上記各事実と,本件実況見分時における本件建物の屋外の状況並びに若葉消防署出動時の煙及び炎の状況とが,整合する。以上を総合すれば,本件火災の出火箇所は,本件建物の1階梅の間であると特定することができる。以上を前提として,本件火災が原告B又はその関係者の故意により生じ
たものであるとの被告の主張に理由があるかにつき,以下検討する。イ 出火原因について
前記認定事実のとおり,本件判定書では,本件火災の出火原因は,たば この不始末であると判定している。これに対し,被告は,本件における出 火原因は,たばこの不始末及び原告Bの関与した放火以外考えられないと ころ,たばこの不始末である可能性はないのであるから,原告Bの関与し た放火である旨主張する。そして,被告は,たばこの不始末の可能性がな いことの根拠として,以下の各点を主張するため,これらにつき検討する。
(ア) 灰皿内のたばこから出火した可能性について
証拠によれば,本件火災後の特調による聴取調査において,原告Bは,調査員に対し,実況見分に立ち会った際,警察及び消防から灰皿内のた ばこから出火した可能性を告げられた旨述べた事実が認められるのに対 し,被告は灰皿内のたばこからの出火の可能性はない旨主張する。
この点,証拠によれば,本件火災後,灰皿が載っていた部分の周囲の座卓表面は炭化していることが認められるのに対し,灰皿が載っていた部分はほとんど変色もしていないこと,前記認定事実によれば,本件実況見分においても,灰皿を移動して底部を確認した際に焼けは確認されていないことからすると,灰皿内に残っていたたばこの火によって,本
件火災が発生したとは認められない。
(イ) 可燃物に火種が落下したことによる出火の可能性について
被告は,可燃物に火種が落下して出火する可能性はない旨主張し,これに沿う証拠を提出する。しかし,これらの証拠は,以下のとおり,容易に採用できない。
a E報告書について
E報告書は,この点に関し,前記認定事実カのとおり,本件火災時の状況を再現した実験の結果,①梅の間内の家財にたばこ1本が接触しても燻焼状態に至らず,②段ボール内の伝票に接触させても2本をティッシュペーパーで包む等の特殊な条件を加えなければ燻焼状態及びその後の発火に移行しないことを報告する。
しかし,E報告書によれば,上記①の実験は,着火状態の5本のた ばこを数センチの間隔をとっていずれも家財と平行に一斉に置いたも のであり,その実験も複数回行われたものとは認められないのであっ て,たばこの設置状況,実験回数から,上記①のような結論を直ちに 導けるものか疑問であるうえ,本件再現実験で用いられたxxxx, テーブル等の家財は,その素材,形状において,梅の間で用いられた ものが不明のまま,実験者の想定に基づいて選定されたものが用いら れており,本件火災時の状況をxxに再現したものとはいいえない。 また,②についても,本件再現実験では,新品の段ボール及び伝票を 各1種類ずつを用いて実験を行っていると認められるところ,本件火 災当時に梅の間にあった伝票及び本件段ボール箱は,いずれも新品と は考えられず,かつ本件ダンボール箱の中には数種類の紙が入ってい たと認められるうえ,上記認定事実クのとおり,本件火災当時,本件 段ボール箱の中には,紙袋ないし封筒に入れた伝票等が入っていたが,本件再現実験では,袋状のものを想定した実験を行っていない(本件
再現実験のとおり,ティッシュペーパーでたばこを包んで放熱を抑制した場合に発火しやすくなるのであれば,紙袋状のものの存在は,発火に影響を与える可能性が否定できない。)。加えて,東京消防庁作成の消防技術安全所報の写し「たばこによる着火機構について」によれば,可燃物の着火には,その下部の通気性が良い方が着火しやすいと認められるところ,本件再現実験では,段ボール箱の中にA4の紙を詰めた上に伝票を載せて実験を行っており,上記通気性を本件火災当時よりもむしろ低下させる条件設定がなされている。
以上に加え,そもそも,本件実験はいつ行われたものかも判然としないが,ビルの中の4畳半の実験室と,本件建物のような木造2階建家屋の1階和室とでは,気温,湿度及び通気性の環境が同一でないことからしても,本件再現実験の結果を重大視することはできない。
よって,本件再現実験に依拠するE報告書は容易に採用できない。 b H報告書について
(a) H報告書は,この点に関し,まず,無風状態では伝票等に着火しないとの見解を示し,たばこの火による出火の可能性を否定する。
しかし,H報告書は,この点につき,「仮に伝票類に煙草の微少 火源が落下したとしても,当社の過去の実験データでは風が吹き込 む等の要因が重ならなければ出火しないことが証明されているが, 罹災物件内は全て締め切られた状態で風等が発生することはない」,
「弊社や研究機関の実験では,風速1.5メートル前後の風を受けると,タバコの火種が高温になり,可燃物にも着火し易くなる。風は強すぎても弱すぎてもタバコは立ち消えてしまう。」と記載するのみであって,根拠となる実験データ等が示されておらず,上記記載を措信するに足りる根拠が見あたらない。
また,H報告書の記載からは,紙への着火にどの程度の風が必要なのかは不明である一方で,同報告書には,「通常物が燃焼する場合には,空気の流れすなわち酸素の供給経路が重要な要素となってくる。物件(本件建物)の出火場所付近は,畳を敷き詰めた和室であるが,床材構造に隙間が生じており,床下換気口から流入した空気は,室内に向けて流れる環境であり,出火場所付近は燃焼に必要な酸素の供給は十分であったと推察される。」との記載があり,かつ前記認定事実コのとおり,本件火災当日は風が強かったことからすると,梅の間内に空気の流れが全くなかったともいえない。そうすると,H報告書の記載からは,梅の間内の空気の流れが,たばこ火の紙への着火に必要な風の条件を満たしていないといえるのかも不明である。
加えて,前記東京消防庁消防技術安全所報の写し「たばこによる
着火機構について」によれば,金属製屑籠の中に折りたたんだ新聞紙を入れ,その中央部の面に沿ってたばこを火種を下にしてよりかけるという実験において,5回のうち2回が無風状態で発炎に至った事実が認められる。
以上からすると,H報告書の記載をもって,梅の間内でたばこ火が伝票に着火する可能性を否定することはできないというべきである。
(b) また,H報告書は,たばこ火による可燃物への着火を原因とする出火の可能性に関し,床構造等を再現したうえ本件燃焼実験を行った結果,たばこの火種が畳に接触しても着火しないとの報告をする。
しかし,本件燃焼実験がいつ行われたものかも不明であるが(乙
16には実験期日平成16年6月3日との記載があるも,本件火災
以前とは考えがたい),本件燃焼実験の行われた環境が,湿度,気温及び通気性等の諸条件において本件建物内の梅の間と異なることは,E報告書と同様である。
ことに,H報告書は,「通常物が燃焼する場合には,空気の流れすなわち酸素の供給経路が重要な要素となってくる。物件(本件建物)の出火場所付近は,畳を敷き詰めた和室であるが,床材構造に隙間が生じており,床下換気口から流入した空気は,室内に向けて流れる環境であり,出火場所付近は燃焼に必要な酸素の供給は十分であったと推察される。」としたうえで,「よって,本実験では,これらの点に留意し,床下から室内に向けて十分な酸素が供給される形状とした。」と報告する。しかし,本件建物のような木造2階建建築であれば,地盤面から床上までは数十センチメートルの高さがあるのが通常で,床下の空間には常に外気が出入りしているのに対し,証拠によれば,本件燃焼実験に用いられた装置の床下は,数センチ程度しかなく,それをビル内の実験室のタイル上に直接置いて実験をしているのであるから,床下からの酸素の供給量を本件建物と同程度に設定できているとは到底考えられない。そうすると,本件燃焼実験の結果を過度に重大視することはできず,東京消防庁監修のポケット必携によれば,東京消防庁管内において,畳を着火物としたたばこ火災の事例も複数報告されていることを併せ考慮しても,本件燃焼実験をもって,本件でたばこの火が梅の間の畳に接触して着火した可能性を否定することまではできない。
c 証人F並びに同証人の意見書及び陳述書
証人Xは,本件において,たばこの火が,畳,テーブル,ソファー及び伝票に着火した可能性はない旨証言し,意見書及び陳述書においても同旨の見解を示している。
しかし,前記認定事実カのとおり,日本法医工学及び特調は,代表 者及び建物を同一にする会社であり,証人Fは,日本法医工学の顧問 であるところ,同証人の上記証言並びに意見書及び陳述書の記載は, 日本法医工学及び特調によって行われた本件各実験結果に依拠してな されているところが大きく,本件各実験結果が,前記判示のとおり, 信用性が高いとはいえないことに照らせば,同証人の上記証言を直ち に措信するのは困難である。また,同証人の過去の経験について証言 及び記載している部分も見受けられるが,これらの部分については, その経験の背景となる実験等の内容,条件あるいは回数等が明らかで ないことからすると,これをもって,本件においてたばこ火が上記各 可燃物に着火した可能性を否定するには足りないといわざるを得ない。
d 以上のとおりであるから,上記各証拠によっては,本件において,たばこの火種が可燃物に接触して出火した可能性を否定するには至らないというべきである。
(ウ) 燻焼時間が長時間継続しないことについて
被告は,原告の主張は燻焼状態が約5時間半継続していたことが前提となるところ,かかる長時間にわたり燻焼状態が継続することは考えられない旨主張し,これに沿う証拠を提出するとともに,証人Fもこれに沿う証言をする。
しかし,前記ポケット必携によれば,東京消防庁管内の,紙・紙製品を着火物としたたばこ火災の事例88件のうち,たばこの着火物に対する接触から着火までに1時間以上経過した事例が約58パーセントを占め,最長では13時間ないし14時間経過した事例もあった事実が認められるのであって,かかる事実に照らせば,上記各証拠は容易に採用できない。
この点,被告は,ポケット必携に関し,データを得る過程が示されて
おらず,また消防当局のデータには,防火の観点からの意識付けの意図が見られるとして,信用性がない旨主張し,これに沿う証拠を提出するが,ポケット必携の上記経過時間に関するデータは,実験結果とは異なり,実際に発生した火災の事例の統計であるから,過程が示されていないことは当然の帰結であって,そのこと自体で信用性が失われるものではないし,結論のみのデータであっても,88件もの実際に発生した火災のデータが示されていれば,現実の火災が発生する複雑かつ多様な条件下では,5時間半以上の長時間にわたり燻焼状態が継続する可能性もあるという認定をするには充分である。また,上記のとおり,これらのデータが,実際に発生した火災の統計であること,証拠によると,ポケット必携が現場で役立つ実務資料集として刊行されたもので,必ずしも一般市民向けに刊行されているものではないことに鑑みれば,東京消防庁が上記意識付けのために,あえて統計結果を歪曲するなどして記載するとは考えられないから,被告の上記主張は採用できない。
(エ) 長時間の燻焼による焼け抜けが見られないこと
被告は,長時間燻焼状態が継続すれば,床面に焼け抜けが生じるはずであるところ,本件においては焼け抜けが見分されないことを挙げて,出火原因はたばこの不始末ではない旨主張し,これに沿う証拠を挙げるとともに,証人Fもこれに沿う証言をする。
たしかに,証拠によれば,本件段ボール箱の置いてあった部分の畳には,焼け抜けが認められず,前記認定事実によれば,本件実況見分においても,上記部分の畳に顕著な焼けは見分されなかったと認められる。しかし,仮に段ボール箱内の伝票にたばこが接触した場合,証人Fに よれば,焼け抜けは,まず伝票が燻焼し,次に段ボールが燻焼して,その後畳が燻焼することによって生じるものと認められる。そして,前記判示のとおり,証拠によれば,たばこ火災で,紙・紙製品が着火物であ
った場合,接触から着火までに,最長で13時間ないし14時間経過したが事例あり,88件の事例のうち約58パーセントの事例が1時間以上経過していることに照らすと,紙・紙製品のみの燻焼時間が相当程度長時間にわたる場合があることも否定できないと解される。
これに加え,証人Fは,燃焼帯は火種を中心に同心円状に拡大していき,下へも拡大していく旨証言するところ,かかる燃焼帯の拡大のしかたは,火種の上下左右とも被燃焼物が均質な物質である場合には首肯できるが,本件段ボール箱のように,内部には紙袋及び封筒等に入った伝票等,種々の紙類が空気の層を間に挟みつつ入れられており,左右は段ボール紙で区切られていた場合に,上記証言のごとく燃焼帯が拡大していくのかは疑問である。
これらを併せ考慮すると,仮に本件段ボール箱内の伝票類にたばこが接触したとしても,畳において燻焼が開始するまでの時間及び機序が不明といわざるを得ないのであるから,梅の間の畳に焼け抜けが見られないことをもって,たばこの不始末が出火原因である可能性を否定することはできず,この点に関する乙11,16及び証人Fの証言部分は採用できない。
(オ) 煙による異変の覚知について
被告は,燻焼状態となった場合に,多量の発煙が認められるところ,原告Bが梅の間を出た午前8時半以降も,Dないしその妻子は午前9時半ころまで,原告Bは午前10時半ころまで,2階の居室にいたのであるから,その間,ないし上記各人の外出時に,煙によって異変に気づくはずであるし,建物外の第三者が異変に気づくはずである旨主張し,これに沿う証拠を提出するとともに,証人Fも同旨の証言をする。
しかし,前記前提事実及び前記認定事実のとおり,(a)本件建物内部には,1階から2階に通じる階段がないこと,(b)1階和室部分と
客室部分及び梅の間と他の和室部分は,襖及び欄間で隔てられてるにすぎず,かつ本件建物は,1階店舗部分だけでも約108平方メートルの広さがあること,(c)1階天井裏は仕切がなく,一体の空間となっていたことからすると,仮に煙が上昇するとしても,まず少なくとも1階部分に相当程度拡散・充満するものと考えられ,それと並行して,本件建物躯体の隙間を通って2階へ流入するとしても,まず1階部分の天井裏に流れ,同天井裏全体に拡散・充満し,2階に流入して拡散するという機序が想定されるのであって,本件建物が木造建築ゆえに隙間が多かったことを考慮しても,2階居室にいた原告B及びDらにおいて,その間に梅の間における燻焼によって発生した煙を覚知することは,必ずしも容易とはいえない。これに加え,証人Fが,その陳述書において,原告Bが外出するまでの間には煙が2階に上がっていったと考えられるとの記載をしている反面,証人尋問においては,10時半には,天井裏あるいはその上まで若干漏れている状態になると思うが,2階の居室まで行ったかは判断できないこと,家人に気づかれない可能性もあったことを証言していることに照らせば,2階にいた原告Bら家人が異変に気づかないことは考えられないとはいえない。
そして,前記認定事実のとおり,本件建物外階段沿いには,本件建物
内部と通じる窓がないこと,本件建物内における煙の拡散の可能性が上述の程度であれば,本件建物外部の人物において異変を覚知する程度の煙が,本件建物外部に流出する時期はさらに不明確であることからすれば,原告B及びDらの外出時や,建物外の第三者において,異変に気づかないことが考えられないとはいえない。
よって,被告の上記主張は採用できない。
(カ) 小括
このように,被告提出の上記各証拠はいずれもにわかに採用できず,
本件全証拠をもっても,本件火災の出火原因がたばこの不始末によるものでなかったとは認められないのであるから,本件火災の出火原因につきたばこの不始末である可能性が否定されることをもって,本件火災の原因が放火であったと断定することはできない。
ウ 本件火災当日の原告Bの行動について
出火原因に関しては以上のとおりであるが,さらに被告は,原告らの主張にかかる,本件火災発生当日の原告Bの行動に関し,xx銀行のATMを出た後について客観的な裏付けがなく,この点に関する原告Bの供述も不合理であることから信用できず,原告Bにxxxxが認められないとして,放火への関与を主張するため,この点につき検討する。
(ア) まず上記ATMを出てから船橋市内の実家に野菜をもらいに行ったとの原告Bの供述及び陳述書の記載につき検討するに,原告Bは,その経緯につき,本件火災発生当日,実家にいる妹夫婦と行く予定にしていた潮干狩りを取り止める旨の連絡をした際,野菜を取りに行く約束をした旨,本人尋問及び特調による聴取調査において供述している。そして,前記認定事実クのとおり,本件火災発生当日,原告Bに上記潮干狩りの予定があったこと及びそれを取り止める連絡をした事実が認められることに照らせば,上記経緯に関する原告Bの供述は,上記認定事実と整合しており,自然である。また,実家に行った理由についても,本件のように遠方でない実家であれば特に理由なく訪問したとしてもあながち不自然でないにもかかわらず,Aの客に出すために野菜をもらいに行った旨一貫して供述し,陳述書においても,段ボールやゴミ出し用の袋に入れてもらった等具体的な説明がなされていることからすると,実家に行った旨の原告Bの供述及び陳述書の記載は信用できる。
(イ) 次に原告Bが上記実家を出た後,東京三菱銀行xx支店に行ったと
の点に関しては,原告Bは,その前日ころ振り込まれる予定であったxx
薬品工業からの入金を確認しに行った旨,本人尋問及び特調による聴取調査において供述している。そしてかかる供述については,特段不自然な点は認められないうえ,原告会社の預金通帳によれば,実際に本件火災発生日の3日前である平成16年8月18日,上記支店の原告会社名義の口座にxx薬品工業から振込みがあった事実が認められ,上記供述が裏付けられることからも,信用するに足りる。
この点につき被告は,入金確認の方法につき,原告Bが,その陳述書においてはカードによって行った旨記載するのに対し,本人尋問では通帳で行った旨変遷させたこと,入金確認であるのに記帳機でなく込んでいるA TMに並んだこと,本件火災後,J及び訴外Kに対し,上記支店にいたころ電話に出なかったことにつき異なった理由を述べたことをもって,原告 Bの供述の信用性を争う。
しかし,入金確認の方法については,原告Bが本人尋問において,原告ら代理人が上記陳述書を間違って整理した旨述べていることに加え,特調による聴取調査においては通帳記入の方法である旨述べていること,現実に上記口座についてはカードが作成されていないことに照らせば,上記陳述書の誤記を見過ごしたに過ぎないものと認めるのが相当であって,原告 Bの証言の信用性を減殺するには足りない。また,記帳機に並ばなかったことは,ATMと記帳機の台数の差ないし各人の習慣に照らせば,あながち不合理なこととはいえない。さらにJ及び訴外Kに対し,電話に出なかったことにつき異なる理由を述べたとの点についても,被告は,弾劾証拠として提出した特調の調査報告書における,X及び訴外Kからの聴取調査結果の記載に基づきかかる主張をするところ,上記聴取調査自体本件火災発生日から2か月以上経過した時点で行われたものであるうえ,J及び訴外Kが,「調査報告書について」と題する書面において,上記記載のようなことを言った事実はなく,上記記載は事実に反する旨それぞれ記載して
いることからすると,上記調査報告書の記載を過大視することはできない。したがって,被告による上記各弾劾によっても,実家を退出後東京三菱
銀行xx支店に行って記帳を行った旨の原告Bの供述の信用性は失われない。
(ウ) 以上を総合すれば,本件火災発生当日の行動に関する原告Bの供述及び陳述書の記載は信用するに足り,かつかかる行動に特段放火への関与を伺わせる不審な点は認められない。
エ 原告らの経済状況について
被告は,原告らにおいて資金繰りに窮していたため,本件建物に放火をする動機があった旨主張する。
この点たしかに,前記認定事実サ及びスのとおり,原告Bは,千葉銀行に対する多額の債務の他,カードローンの未払分もあり,原告会社にも多額の滞納税金がある一方で,原告会社の売上げは低下しており,実際に原告会社の買掛金,本件各契約の保険料及び原告Bの電気料金の支払も滞りがちであったことに照らすと,原告らの経済状況は,相当悪いものであったと認められる。
(ア) しかし,まず原告会社の経営状況に関してみると,被告は,原告会社の平成12年6月1日から平成13年5月31日までの決算報告書及び原告会社の平成14年6月1日から平成15年5月31日までの課税期間分の消費税及び地方消費税の申告書を挙げ,平成12年6月からの1年間の売上げに比較し,本件火災直前の売上げが半分以下に減少していた旨主張するが,前記認定事実サのとおり,甲11によれば,この期間の損益計算書上の売上高が3373万2276円であり,甲12によれば,基準期間の課税売上高が3216万1916円であったと認められることからすると,両期間で原告会社の売上げが半減したといえるかは疑問である。もっとも,原告Bも,本件火災当時の売上げは1500万円程度であった旨
供述し,特調による調査時にも同旨の供述をしていることが認められるため,本件火災当時の原告会社の売上げが1500万円程度であったことを前提として以下検討するが,被告は,このうち原告会社の粗利が3割程度であった旨主張し,その根拠として,原告Bの本人尋問の結果を挙げる。しかし,原告B本人尋問の主尋問において,原告Bは,原告会社の純利益が3割程度であった旨供述しており,反対尋問においても,売上げから水道光熱費等を差し引いたものという前提で,多くて3割程度と供述していることからすると,原告Bの供述からは,むしろ原告Bは純利益が3割程度との認識を有していると認めるのが相当であって,原告会社において,粗利が3割程度しかなかったと認めるに足りる証拠はない。また,本件全証拠によっても,原告会社が,本件火災当時,経常赤字に陥っていたとまでは認められない。
(イ) 以上を前提に,次に,原告らの債務について検討するに,まずxx
銀行に対する債務につき,被告は,弾劾証拠として提出した特調作成の調 査報告書に,xx銀行に対する聴取調査結果として,同行の担当者が「そ ろそろ法的手続きをとらないといけない」と発言した旨の記載があること をもって,弁済可能であったとする原告Bの供述の信用性を争う。しかし,上記報告書には,原告Bが本件建物及びその敷地の相続手続未了を理由に 上記債務の弁済方法を決めなかったために,同行側が上記発言をしたとこ ろ,その後相続の手続がなされ,本件火災当時は,返済に関して具体的に 決める段階であった旨記載されていることからすると,上記発言は,上記 相続手続前になされたものであって,本件火災当時の状況を前提としたも のとは認められない。そうすると,毎月約17万円ずつ弁済していた旨の 原告Bの供述は,上記報告書の記載に照らし,直ちには信用できないもの の,原告会社の売上げ及び原告Bの保有していた現金の額に照らせば,分 割弁済等によって上記債務に対応できる余地はあったものと認められ,x
x銀行において法的手段を検討する状況に至っていたとまでは認められない。
また,滞納税金については,Cの生前から滞納しており,原告会社の近時の売上げ減少によって納税ができなくなったものではないし,滞納分についてはすでに月10万円分割弁済の合意がなされており,上記原告会社の売上高に照らせば,弁済の見通しは立っていたものと認められる。
そして,原告会社は,複数の仕入先に買掛金を滞納しているが,証拠によれば,Cの生前から,複数の仕入先との関係で,買掛金を複数月分滞納しながらも,取引を続けてきたと認められる。
そうすると,以上各債務については,放火という重大犯罪を画策せねばならないほどに弁済が切迫した状態にあったとまでは認められない。
(ウ) 他方,前記前提事実及び前記認定事実によれば,本件建物は,xx を除き,近隣建物と接着しており,本件火災発生当日のように風の強い日 にはなおさら,近隣建物への延焼のおそれが相当高いこと,原告Bの地域 における人間関係は良好と認められること,原告Bにとって,本件建物は,亡夫が建てて以降約20年間家族と暮らしてきたものであり,本件火災当 時も,2人の幼児の孫を含め家族の自宅として使用しており,火災により 本件建物が焼失すれば,自己及び家族の自宅のみならず,家財,生活必需 品,記念の品等の一切を喪失するおそれが高いこと等からすると,保険金 詐取目的で本件建物へ放火するには,相当強度の心理的抑制が働くものと 認められる。
この点,被告は,保険金によりxx銀行への弁済を行えば,土地は手元に残るため,原告らにとって自放火の利点があった旨主張し,また自宅を失っても原告Bがマンションを所有しているため路頭に迷うこともない旨主張するも,上記利点が上述の各危険及び損失に比して大きなものとは認められないし,上記マンションは第三者に賃貸していることからすると,
被告による上記各主張は容易に採用できない。
(エ) そうすると,以上の各事情に加え,xx銀行の債務については本件建物及び本件敷地が担保となっていたこと,原告Bに現金資産及び若干の賃料収入があったこと等を総合すれば,本件各契約の保険料を滞納したことがあったこと,電気料金及びカードローンの未払分があったことを前提としてもなお,本件火災の時点で,原告らにおいて,保険金詐取のために本件建物への放火を画策・実行せざるを得ない経済的状況にあったとまでは認めがたい。
オ 本件敷地を駐車場としたことについて
被告は,原告Bが,本件敷地を,保険金の支払を待つことなく,本件火災後2か月も経ないうちに240万円もの費用をかけて駐車場にしたとして,原告BにAの営業再開の意思がなかった旨主張する。
しかし,被告は,有限会社xx工務店が原告会社に交付した「火災建物解体撤去工事請求書」の請求額を根拠として上記主張をしていると認められるところ,甲13によれば,上記請求額である238万6000円は,本件建物の解体費,運搬費及び隣家の補修費用等,本件敷地を駐車場にしなくても必要となる費用であるから,本件敷地を駐車場とするために特に要した費用は,アスファルト敷設費用の30万円程度であったと認められる。
そうすると,前記認定事実シのとおり,本件敷地を駐車場として月額賃料
10万円で賃貸すれば,上記舗装費用は3か月で回収できること,火災発生後保険金受領までに要する期間及び保険金受領後本件敷地において建物再築を開始するまでの期間を勘案すれば,原告Bにおいて,建物再築までに上記
30万円を回収したうえ更に賃料収入を得ることを期待しても不合理とはいえないこと,近所の教会において駐車場が不足していたため,本件敷地を駐車場にすれば,直ちに賃貸を開始できる見込みがあったと認められることからすると,原告Bが,本件敷地を本件火災後2か月の間に駐車場としても,
あながち不合理とはいえず,これをもってAの営業再開の意思がなかったとは認められない。
カ 保険契約関係について
被告は,原告らが,他の保険を解約しながら本件各保険のみ不払解除を繰り返しながら継続しているのは不自然である旨主張する。
しかし,前記認定事実のとおり,原告らは,Cの死後,生命保険については解約しているが,本件火災当時も,本件各契約にかかる火災保険のほか,自動車保険にも加入していたのであるから,本件各契約のみ継続していたとはいえない。そして,本件建物で火を用いる飲食業を営んでいたこと,Cの死亡時に,原告Bの子らがいずれもすでに稼働可能な年齢に達していたと認められること等に照らせば,家計を整理する際,事故発生の可能性及び事故による損害の大きさを想定したうえで,生命保険を優先的に解約し,火災保険契約及び自動車保険契約のみ維持していたとしても,不自然ではない。また同様に本件建物で飲食業を営んでいた以上,火災発生の可能性は通常の建物の場合よりも高く,火災発生による損害も重大なものとなる可能性が高いといえることに照らせば,何度か不払解除となりながらも本件各契約を継続していたことは,必ずしも不自然とはいえない。
また被告は,本件火災の2日前に,原告BがわざわざGを呼び出して本件 各保険のための保険料支払を行ったことが不自然である旨主張するところ, たしかにかかる事実は,保険料支払に対する原告Bの従前の姿勢とは相容れ ない部分も認められる。しかし,その前数日の間に原告Bが督促の手紙を受 領していることからすれば,保険料支払の時期が格別不自然とまではいえな い。また,原告Bは本件火災発生当日に潮干狩りを予定していた等,原告B において,少なくとも計画的に放火を行おうとしていたことを伺わせる事実 は他に認められない。これらを総合考慮すれば,原告Bの上記保険料支払が,保険金の不正請求のために本件各契約を維持させる目的をもってなされたも
のとは認められない。
さらに被告は,原告Bが,過去に高額の保険金を受領したことがあり,かつ,それにもかかわらず,特調による聴取調査時に,保険金を受領したことがない旨述べたことをもって本件の不正請求が疑われる旨主張するも,原告 Bが過去に受領した保険金につき,高額なものであったことを認めるに足りる証拠はないし,かつ不正請求を疑わせる事情もないことからすると,たしかに原告Bが上記供述をしたことは不自然であるが,これらをもって本件保険金の請求が不正請求であることを推認することまではできない。
キ 小括
以上を総合すれば,本件火災が偶然に発生したものでないと認めることはできず,原告B又はその関係者の故意により生じたものであるとする被告の主張は理由がない。
2 争点2(本件火災による損害の額及び保険金の額)について
(1) 認定事実
原告会社に支払われるべき損害保険金の額が,設備・備品・什器等につき
1000万円であること,臨時費用の額が500万円であることについては,両当事者間に争いがない。また,原告Bに支払われるべき損害保険金の額が,本件建物につき3000万円であること,家財一式につき1000万円であ ること,特別費用の額が200万円であることについては,両当事者間に争 いがない。
結局争点となるのは,原告会社に支払われるべき商品・原材料・仕掛品・半製品等についての損害保険金の額及び店舗休業損害金の額,並びに,原告らに支払われるべき各残存物取片づけ費用保険金の額であるところ,証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 本件約款には,以下の定めがある。
(ア) 4条(損害保険金の支払額)1項「当会社が第1条(保険金を支
払う場合)第1項から第4項までの損害保険金として支払うべき損害の額は,保険価額によって定めます。」
(イ) 4条3項「保険金額が保険価額の80%に相当する額以上のときは,当会社は,保険金額を限度とし,前2項の規定による損害の額を損害保険金として,支払います。」
(ウ) 1条(保険金を支払う場合)7項(1)「…保険価額(損害が生じた地および時における保険契約の目的の価額をいいます。以下同様とします。)…」
(エ) 9条(残存物取片づけ費用保険金の支払額)1項「当会社は,第
1条(保険金を支払う場合)第1項から第3項までの損害保険金の10
%に相当する額を限度とし,残存物取片づけ費用の額を第1条(保険金を支払う場合) 第9項の残存物取片づけ費用保険金として, 支払います。」
イ 株式会社中央損保鑑定事務所が,平成16年6月22日及び同月23日に,原告B立会のもと,本件建物内の商品・原材料・仕掛品・半製品等の保険価額を鑑定した結果,これらの保険価額は,122万0888円と判断された。
ウ 本件契約2の特約として原告会社及び被告間で締結された店舗休業担保特約条項には,保険金の支払額に関し,以下の定めがある。
(ア) 第5条(保険金の支払額)1項「当会社が支払うべき保険金の額は,1回の事故について,次の各号によって算出した額の合計額とします。
(1) 保険金額に休業日数を乗じて得た額。ただし,復旧期間内の売上減少高に支払限度率を乗じて得た額から復旧期間内に支払いを免れた経常費等の費用を差し引いた残額を限度とします。
(2) 休業日数を減少させるために支出した必要かつ有益な追加費用
の額(括弧内及び但書き省略)。」
(イ) 第4条(用語の定義)「この特約条項において,次に掲げる用語は,それぞれ次の定義に従います。
(1) 復旧期間
保険金支払の対象となる期間であって,保険の目的が損害を受けた時からそれを遅滞なく復旧した時までに要した期間をいいます。ただし,…いかなる場合も,保険証券に記載された約定復旧期間をこえないものとします。
(2) 休業日数
復旧期間内の休業日数(定休日を除きます。以下同様とします。)をいいます。ただし,一部休業の場合は,復旧期間内の売上減少高等を考慮してxxに休業日数の調整を行うものとします。
(3) 粗利益
売上高から商品仕入高及び原材料費(期首棚卸高を加え,期末棚卸高を差し引きます。)を差し引いた残高をいいます。
(4) 経常費
事故の有無にかかわらず営業を継続するために支出する費用をいいます。
(5) 支払限度率
最近の会計年度(1か年間)の粗利益の額にその10%を加算して得た額の同期間内の売上高に対する割合をいいます。
(6) 売上減少高
事故直前12か月のうち復旧期間に応当する期間の売上高から復旧期間内の売上高を差し引いた残額をいいます。」
(2) 判断
ア 商品・原材料・仕掛品・半製品等についての損害保険金の額
証拠によれば,本件における商品・原材料・仕掛品・半製品等の保険価額は,122万0888円と評価するのが相当であるから,本件約款4条
1項及び3項により,商品・原材料・仕掛品半製品等について支払われるべき損害保険金の額は,122万0888円であると認められる。
この点,被告は,本件火災後に本件建物内に残存していた清酒のうち一部が再使用可能であったとして,その分の保険価額を控除した120万8
196円が支払われるべき損害保険金の額である旨主張するが,前記前提事実のとおり,本件建物は全焼していること,証拠によれば,被告が再使用可能と主張する清酒にも煤による汚染が認められることからすれば,これらの清酒にも,本件火災による品質の劣化が生じていると認めるのが相当であって,再利用可能と認めることはできないから,これらにつき保険価額を控除するのは相当でなく,被告の上記主張は採用できない。
他方,原告会社は,仕入業者作成の納品書及び売単価の一覧表に基づき,保険価額及び損害保険金額が140万6577円である旨主張するが,上 記納品書については日付のないものや本件火災の1か月以上前の日付のも のもあり,上記売単価の一覧表については,いつの時点で原告会社に売却 された商品のものか不明であることからすると,上記納品書及び売単価の 一覧表に記載された商品・原材料等が本件火災当時本件建物内にあったと 認めることはできず,これによって損害保険金の基礎となる保険価額を算 出することはできない。
この点,原告会社は,上記納品書記載の日付前に仕入れた商品も本件建物内にあったことから,上記納品書及び売単価の一覧表に記載された商品以上の商品が存在していたこと,株式会社中央損保鑑定事務所の鑑定時には焼失していた商品等があったことから,なお上記納品書及び売単価の一覧表によるべき旨主張するが,本件火災による損害の認定は,本件火災当時に本件建物内に存在したことが証拠上認められるものを基礎として判断
するほかなく,前記認定事実のとおり,上記鑑定が本件火災直後に行われていることからすると,これに基づく鑑定書によって本件火災当時本件建物内に存在した保険の目的物及び保険価額を認定するのが相当というべきであるから,原告会社の上記主張は採用できない。
イ 店舗休業損害金
(ア) 前記認定事実ウ(ア)のとおり,原告会社に支払われるべき店舗休業損害金は,①「保険金額に休業日数を乗じて得た額」であり,ただし,②「復旧期間内の売上減少高に支払限度率を乗じて得た額から復旧期間内に支払いを免れた経常費等の費用を差し引いた残額」を限度とするところ,まず,前記認定事実によれば,本件における①「保険金額に休業日数を乗じて得た額」は,以下のとおりである。
保険金額:日額15万円
休業日数:復旧期間から定休日を除いた日数であり,本件では,復旧期間は約定復旧期間である3か月(平成16年6月21日から同年9月20日までの92日。)であり,この間の定休日の日数が14日と認められる。
よって,休業日数は92日-14日=78日となる。保険金額×休業日数=1170万円
(イ) 次に,②「復旧期間内の売上減少高に支払限度率を乗じて得た額 から復旧期間内に支払いを免れた経常費等の費用を差し引いた残額」が,上記1170万円より少額であれば,上記②の額が限度額として支払わ れるべき店舗休業損害金となる。
もっとも,上記②の額の算出には,前記認定事実ウによれば,経常費,本件火災の最近の会計年度(1か年間)における粗利益の額及び本件火 災直前12か月ののうち復旧期間に応当する期間の売上高が判明する資 料が必要であるところ,弁論の全趣旨によれば,原告会社の上記売上高
等に関する資料は,本件火災により焼失し,現存しない。
そのため,被告は,上記②の額が算出不能であることを理由として,原告会社の主張する店舗休業損害金の額を争うが,本件においては,現存するその他の資料により,上記②の額を推認するほかない。しかるところ,本件では,原告会社の売上高に関する資料として,平成12年6月1日から平成13年5月31日までの決算報告書及び平成14年6月
1日から平成15年5月31日までの消費税申告書が存する。
この点,原告会社は,まず,(ア)平成12年6月1日から平成13年5月31日までの売上高,粗利益及び経常費等の判明する甲11を用いて,上記②にしたがった計算を行い,次に(イ)平成14年6月1日から平成15年5月31日までの売上高のみが判明する甲12を用い,この期間の売上高が1469万1000円であることを前提として,上記(ア)の期間の売上高に対する割合を算出し,(ウ)上記(ア)における算出結果に上記(イ)で算出した割合を乗じて得た額である176万6714円を,本件における店舗休業損害金として請求している。
上記の原告会社の推定計算方法によれば,1年間の売上高を1469 万7000円として上記②の計算を行った場合の近似値が得られること となるところ,かかる計算方法も,現存する資料のみからの推定計算方 法としては不合理とはいえないこと,及び,前述のとおり,本件火災が 発生した当時の年間の売上高は約1500万円程度と認められ,正確な 資料に基づいて上記②の額を算出した場合に,上記近似値を下回ると認 めるべき合理的理由もないことからすると,本件における上記②の額は,上記推定計算の結果得られた176万6714円と認めるのが相当であ る。
そうすると,上記②の額である176万6714円は,上記①の額である1170万円よりも少額であるから,本件で被告が原告会社に支払
うべき店舗休業損害の額は,176万6714円と認めるのが相当である。
ウ 残存物取片づけ費用保険金
(ア) 原告会社
証拠によれば,原告会社が本件火災によって支出した残存物取片づけ費用の額(税込み)は,以下のとおりと認められる。
水槽小屋及びねた物置解体処分費 9万4500円看板撤去及び処分費 18万9000円駐車場雑物運搬処理費 3万1500円
駐車場片づけ工賃 6万9300円合計 38万4300円
これらはいずれも本件で支払われる損害保険金の額の10パーセントを超えないから,本件で原告会社に支払われるべき残存物取片づけ費用保険金の額は,38万4300円と認められる。
(イ) 原告B
証拠によれば,原告Bが本件火災によって支出した残存物取片づけ費用の額(税込み)は,以下のとおりと認められる。
建物解体処理費 164万2200円家電ごみ処理費(運賃含む) 7万5600円運搬諸経費 4万2000円合計 175万9800円
これらはいずれも本件で支払われる損害保険金の額の10パーセントを超えないから,本件で原告Bに支払われるべき残存物取片づけ費用保険金の額は,175万9800円と認められる。
(ウ) 当事者双方の主張について
この点,原告Bは,山砂整地費並びに隣家修理のための足場費,階段
用雨樋材料費,配水管材料費,電気修理費及び修理工賃をも残存物取片づけ費用に計上して残存物取片づけ費用を請求するが,これらはいずれも本件火災による残存物の撤去費用とは認められないから,残存物取片づけ費用保険金の対象とは認めない。
また,被告は,株式会社中央損保鑑定事務所の鑑定に基づき,残存物取片づけ費用は,原告会社支出分が22万0500円,原告B支出分が
172万7292円であるとして,これらがそれぞれに支払われるべき 残存物取片づけ費用保険金である旨主張するが,残存物取片づけ費用は,残存物の撤去費用として実際に支払われた費用であるから,原告らから これに関する請求書が提出されている本件においては,鑑定によるべき でなく,上記請求書により認定するのが相当である。よって,被告の上 記主張は理由がない。
エ 小括
以上によれば,本件において被告から原告らに対して支払われるべき損害保険金の額は,それぞれ以下のとおりである。
(ア) 原告会社
設備・什器・備品等 1000万円商品・原材料・仕掛品・半製品等 122万0888円店舗休業損害金 176万6714円臨時費用 500万円
残存物取片づけ費用保険金 38万4300円合計 1837万1902円
(イ) 原告B
本件建物 3000万円
家財一式 1000万円
特別費用 200万円
残存物取片づけ費用 175万9800円合計 4375万9800円
3 争点3(本件保険金債務の履行期等)について
(1) 認定事実
前記前提事実に加え,証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。なお,被告が,平成19年10月4日の本件第6回口頭弁論期日において,原告会社に対する未払込分割保険料債権を自働債権とし,本件保険金請求権を受働債権として,その対当額において相殺する旨の意思表示をしたことは,当裁判所に顕著である。
ア 本件約款には,以下の定めがある。
(ア) 26条(損害または傷害発生の場合の手続)第1項「保険契約者または被保険者は,保険の目的について損害が生じたことを知ったときは,これを当会社に遅滞なく通知し,かつ,損害見積書に当会社の要求するその他の書類を添えて,損害の発生した日から30日以内に当会社に提出しなければなりません。」
(イ) 31条(保険金の支払時期)「当会社は,保険契約者または被保険者が第26条(損害または傷害発生の場合の手続)の規定による手続をした日から30日以内に,保険金を支払います。ただし,当会社が,この期間内に必要な調査を終えることができないときは,これを終えた後,遅滞なく,保険金を支払います。」
(ウ) 32条(保険金支払後の保険契約)1項「第1条(保険金を支払う場合)第1項から第4項までの損害保険金の支払額がそれぞれ1回の事故につき保険金額(保険金額が保険価額をこえるときは,保険価額とします。)の80%に相当する額をこえたときは,保険契約は,その保険金支払の原因となった損害の発生した時に終了します。」
イ 分割払特約6条(保険金支払の場合の保険料払込み)には,「年額保険
料の払込みを完了する前に,保険金の支払により,この特約条項が付帯された普通保険約款(以下「普通約款」といいます。)の規定により,この保険契約が終了する場合には,保険契約者は保険金の支払を受ける以前に未払込分割保険料(年額保険料からすでに払込まれた保険料の総額を差引いた額をいいます。以下同様とします。)の全額を一時に払込まなければなりません。」と規定されている。
ウ 本件各契約における未払込分割保険料(年額保険料からすでに払込まれた保険料の総額を差引いた額)は,以下のとおりである(以下,本件各契約の未払込分割保険料を併せて「本件未払込分割保険料」という。)
本件契約1 平成16年7月分から7回分 合計16万4080円本件契約2 平成16年8月分から8回分 合計6万2080円
(2) 判断
ア 本件保険金債務の履行期
本件約款26条及び31条には,前記認定事実ア(ア)及び(イ)のとおり定められているところ,これらによれば,保険金支払債務の履行期は,保険契約者等が保険の目的物に損害が発生したことを保険会社に通知したうえ,所定の書類を提出した日から30日の経過により到来するものと解される(最高裁平成5年(オ)第1858号・同9年3月25日第三小法廷判決・民集51巻3号1565頁)。
本件では,前記前提事実(5)のとおり,原告Bは,遅くとも平成16年6月22日には本件火災の発生を被告に通知しているため,同日には,保険の目的物に損害が発生したことを被告に通知したものと認められる。そして,原告会社は,本件約款26条1項の定めるところにより,同日 から30日以内に所定の書類を提出しなければならないところ,証拠によれば,原告Bは,同年6月中には被害品一覧xxを作成し,同年7月12日ころには,残存物取片づけ費用の請求書を受領していると認められるこ
と,本件全記録によっても,原告会社が本件約款26条1項の手続に違背したとの事実が伺われないことからすると,遅くとも損害発生通知日の3
0日後である同年7月22日までには,所定の書類を提出したものと認められる。
そうすると,本件保険金の履行期は,同日から30日の経過により到来することとなるから,平成16年8月21日の経過により到来したものと認めるのが相当である。
イ 分割払特約6条の定めについて
(ア) これに対し,被告は,本件各契約は本件約款32条1項により終了したため,原告会社には,分割払特約6条に基づく未払込分割保険料債務が発生するとしたうえで,同条が,未払込分割保険料債務につき,保険料債務に対して先履行の関係に立つことを定めている以上,原告会社による未払込分割保険料の支払のない本件においては,被告の保険金債務の履行期は未だ到来していない旨主張する。
そこで,分割払特約6条の解釈につき,以下検討する。
(イ) この点,被告は,前記認定事実イのとおり,同条が「以前に」と の文言を用いていることをもって,未払込分割保険料債務の先履行義務 を定めている旨主張するが,「以前に」とは,通常当該時期を含む意味 の文言として用いられ,同条の文理上,必ずしも上記先履行義務を定め たものとは解されないうえ,火災保険の性質上,火災による損害のため,保険契約者において火災発生後の未払込分割保険料を直ちには払い込め ない場合が容易に想定できることからすると,火災事故発生後にも,先 に未払込分割保険料の払込がなければ,保険金を支払わない旨約款で定 めているとの解するのは,火災による損害を填補するという火災保険金 の機能とも相容れないものであり,合理的な解釈とは考えがたい。
思うに,分割払特約6条の趣旨は,保険料を一括で支払った保険契約
者との均衡を図るとともに,保険会社の保険給付義務の対価たる保険料収入を確保する点にあるものと解される。
すなわち,保険会社は,火災が発生し,保険の目的に損害が生じた場合には,履行期までに保険金を支払わねばならないが,一方で,保険料につき,分割払特約によって保険金債務の履行期までに払込期限が到来しない部分がある場合,期限の利益を付与したままでは,保険金支払後にその部分の分割保険料が支払われない危険がある。そこでかかる危険を回避するために,同条において,分割払特約を締結した保険契約者についても,保険契約が終了した場合には未払込分割保険料を一時に支払うべきことを定めたものと解するのが相当である。
そうだとすると,同条は,保険金債務の履行期後に払込期限が到来する分割保険料債務につき,保険会社において,保険金債務と相殺することを可能にすべく,未払込分割保険料債務の期限の利益を喪失させることを定めた規定と解すれば足り,またこのように解するのが保険契約における両当事者の合理的意思に合致するものというべきである。
(ウ) 以上のとおりであるから,分割払約款6条につき未払込分割保険料債務に先履行義務を定めたものであるとして,本件保険金債務の履行期が到来していないとする被告の主張は採用できない。
ウ 相殺について
被告は,予備的主張として,被告の原告らに対する未払込分割保険料債権を自働債権とし,原告らの被告に対する本件保険金請求権を受働債権として,相殺する旨主張する
この点,上記イに判示したとおり,分割払特約6条は,保険金債務の履行期には,保険金債権と未払込分割保険料債権が相殺適状となるべく,未払込分割保険料債務につき,保険金債務の履行期に期限の利益を失うことを定めていると解されるのであるから,本件保険金債務の履行期には,原
告会社による未払込分割保険料債務も履行期にあるといえ,被告において上記両債権をその対当額で相殺することは妨げられない。
そして,被告は,原告らの被告に対する保険金債権を受働債権とした相殺の主張をするところ,本件では原告ら両名がいずれも被告に対して保険金債権を有しているが,相殺における双方債務については,原則として対立関係にあることが要求される(民法505条1項)ことからすると,本件において受働債権となる保険金債権は,原告会社の有するものであると認めるのが相当である。
エ 本件保険金債務の遅延損害金起算日について
上記相殺の主張に理由があることを前提として,次に,原告会社との関係で,本件保険金債務が履行遅滞に陥る時期につき検討するに,被告は,前記相殺の意思表示の翌日まで,本件保険金債務がその全額につき遅滞に陥らないとして,前記最高裁平成9年7月15日第三小法廷判決の判旨を引用する。
しかしながら,上記最高裁判決は,請負契約における請負人の報酬債権が,その全額につき,注文者の瑕疵修補に代わる損害賠償請求権と同時履行の関係に立つとした,最高裁平成5年(オ)第1924号・同9年2月
14日第三小法廷判決・民集51巻2号337頁の判断を前提としていたものである。
しかるところ,そもそも同時履行関係は,双務契約上発生する両債務に対価関係があることを根拠として認められるものであるが,一般に,火災保険等の損害保険契約は,一方当事者である保険契約者は必ず保険料支払義務を負うのに対し,他方当事者である保険会社は,保険事故が発生した場合には保険金支払義務を負うものの,保険事故が発生しなければ保険金支払義務を負わないのであって,保険会社の義務の発生が必ずしも確実でない等の点において,通常の有償双務契約とは異なる性質を有するもので
あり,かかる性質については本件各契約においても変わるところはないことからすれば,本件未払込分割保険料債務と本件保険金債務が,対価関係に立つものと直ちに解することはできず,これが同時履行の関係にあることを前提とする被告の上記主張は採用できない。
したがって,原告会社との関係においては,本件保険金債務のうち,相殺により消滅した未払込分割保険料相当額を控除した残額については,上記アに判示した履行期の経過により遅滞に陥っていると認めるのが相当である。
4 結論
以上によれば,原告会社の請求は,保険金1837万1902円のうち,被 告の原告会社に対する未払込分割保険料債権22万6160円と対当額で相殺 された残額である1814万5742円及びこれに対する本件保険金債務の履 行期の後の日である平成16年9月22日から支払済みまで商事法定利率年6 分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,原告Bの請求は,保険金4375万9800円及びこれに対する本件保険金債務の履行期の後の 日である平成16年9月22日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合に よる遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,いずれもこれを認容し,その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担につき 民事訴訟法64条ただし書を,仮執行の宣言につき同法259条1項を各適用 して(仮執行の免脱の宣言は相当でないから,これを付さない。),主文のと おり判決する。
千葉地方裁判所民事第5部
裁判長裁判官 仲 x x x x
裁判官 x x x x
裁判官 x x x
(別紙物件目録 省略)