オペレーティングシステム(OS)やビジネスソフトなどのソフトウェアをユーザが利用する場合は,一般的にシュリンクラップライセンスやクリックオンライセンスといった 種類の契約形態が採られる。シュリンクラップライセンスとは,パッケージの外装またはパッケージ中に含まれる CD - ROM その他の媒体の包装を開封することによ って成立するとされる契約をいう。クリックオンライセンスとは,ソフトウェアのダウンロード又はインストール行為で契約が締結されたものとされる契約をいう(注 1)。
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xx 18 年度著作権委員会 第一部会
「著作権契約(リバースエンジニアリング)」
特集《平成 18 年度著作権委員会》
まず,著作権契約の一般的事項について説明し,その後,著作権契約の一態様としての「リバースエンジニアリング」の問題に焦点を当てて詳しく説明する。
1.プログラム契約
契約とは,当事者間のみで有効な規定をいう。 著作権契約は「譲渡契約」「利用許諾契約」「信託契
約」の 3 種類に分類される。
譲渡契約は,著作権は財産権であり譲渡することができることに基づいている(著作xx 61 条 1 項)。例えばプログラム開発委託契約がある。
利用許諾契約(63 条)は,著作権を他人に利用させる契約をいう。ここに「利用」とは著作権により独占の対象となる行為をいう。「利用」には「使用」と
「狭義の利用」がある。「使用」は著作物をそのままの形で使用する行為をいい,著作物の改変を考慮する必要がある場合は「狭義の利用」となる。著作物をそのまま使う「使用」の契約例として,プログラム使用許諾契約がある。
また信託契約は,委託者が受託者に財産権を移転し,それを一定の目的に従って委託者あるいは第三者のために管理・処分してもらう契約形態をいう。
2.プログラム契約の自由と規制
契約自由の原則とは,契約を結ぶか結ばないか,契約の内容や形式をどのように決定するかは当事者の自由であるとする原則をいう(民法 91 条)。
この契約自由の原則に対する制限として,契約成立,契約内容からそれぞれ制限がある。
(2 - 1)契約成立過程の制限
契約成立過程に瑕疵があった場合の制限がある。例えば虚偽表示(民法 94 条),錯誤(民法 95 条)があった場合は無効である。詐欺または脅迫(民法 96 条)
があった場合は契約を取り消すことができる。
ところでソフトウェア(コンピュータプログラム)は大量に出回り,不特定多数のユーザに供給される。契約は契約当事者間での意思の合致が必要とされるが,製造者とユーザ間で個別の契約を締結していくのは困難である。それゆえ,定型化された契約条項を用いて契約が締結されるのが通常である。
オペレーティングシステム(OS)やビジネスソフトなどのソフトウェアをユーザが利用する場合は,一般的にシュリンクラップライセンスやクリックオンライセンスといった種類の契約形態が採られる。シュリンクラップライセンスとは,パッケージの外装またはパッケージ中に含まれる CD - ROM その他の媒体の包装を開封することによって成立するとされる契約をいう。クリックオンライセンスとは,ソフトウェアのダウンロード又はインストール行為で契約が締結されたものとされる契約をいう(注 1)。
シュリンクラップライセンスやクリックオンライセンスは,そもそも契約として有効に成立しているのか,という問題がある。
シュリンクラップライセンス・クリックオンライセンスを,「承諾の意思表示と認めるべき事実」(民 526条 2 項)と認めて,その有効性を肯定する立場もある。しかし,全般的には,その法的評価は未だに定まっていないのが現状である。
(2 - 2)契約内容の制限
契約が有効に成立したとしても,以下のような問題が生じる。
公の秩序に関する規定(強行規定)に違反する契約は無効となる(民法 91 条)。例えば,著作xxの規定でいえば著作者人格権を移転するというような契約は無効である(著作xx 59 条)。また,公序良俗に違反する契約は無効であり(民法 90 条),さらに,独占禁
止法第 19 条,消費者契約法第 10 条に該当する契約も無効とされる。
基本ソフトェア(プラットフォームソフト,OS)のメーカーによる競争制限的な契約行為,例えば当該 OS 上で動くアプリケーションソフトの開発の制限契約等は,基本ソフトだけでなく,ハードウェアやアプリケーションソフトの製品市場及び技術市場にも影響を及ぼすとされており,独占禁止法第 19 条に定める不xxな取引方法に該当する可能性が高いとされる。
製造者と消費者との間で法律面及び技術面での専門知識の格差を背景として消費者に過剰な制約を強いるような契約も,消費者契約法第 10 条に基づき無効と判断される可能性がある[1]。
以上に述べた強行規定に違反する契約が無効となることを裏返せば,強行規定に違反しない契約であれば,契約自由の原則に戻って,法律上の公の秩序に関しない規定内容と異なる内容を規定することは自由となる。すなわち,著作権法上の権利制限規定を,契約により修正することができる。このように法に定められている利用の形態や制限を,契約により「ひっくり返す」ことをオーバーライドという。
ソフトウェアの分野においても,この「オーバーライド」に該当する契約は行われる。例えばプログラム製作者は,著作xxの規定を修正する内容の契約を,一方的に相手方に押しつけることがある。例えば,コンピュータ上のバックアップ・複製等の禁止行為の明文化などである。これは,コンピュータプログラムの使用は,ユーザ側において秘密状態で行われやすいため,プログラム製作者側で一定の制限を設けておきたいからである。このため,著作xxの権利制限規定を修正するなど製作者側に有利な契約条項が挿入されやすくなる。
このような「オーバーライド」に該当する契約条項が,本当に強行規定に違反していないのかどうかの判断をする必要がある。そのためには,xxの規定そのものが任意規定なのか,強行規定なのかの判断が必要である。
(2 - 3)プログラムの改変制限
一例を挙げれば,「特定の電子計算機においては利用し得ないプログラムの著作物を当該電子計算機において利用し得るようにするため,又はプログラムの著
作物を電子計算機においてより効果的に利用し得るようにするために必要な改変」(著作xx 20 条 2 項)を行ってはならないとする条項は有効か無効かという問題である。この契約条項の有効,無効を判断するためには,同一性保持権の除外規定(著作xx 20 条 2 項)は強行規定か任意規定か,という問題に帰着する。これについては,著作xx 20 条 2 項は公の秩序に関する規定ではないので,契約自由の原則が勝って,契約は有効に成立するとする見方が有力である。
(2 - 4)リバースエンジニアリングと著作権
また,xxの規定がもともと存在しない場合がある。これについては,以下に,リバースエンジニアリングの例をあげて詳しく説明する。
「リバースエンジニアリング」とは,他社の開発した工業製品を調査・解析・研究し,そこに含まれている技術的アイデア,情報,ノウハウ等を製品から逆の過程を遡って抽出することをいう。コンピュータプログラムの分野においては,リバースエンジニアリングとは,xxには(A)実行プログラムたるオブジェクトコード(人間が理解不能な機械語などの言語で書かれたプログラム)を逆コンパイルしてソースコード
(人間が理解可能なビジュアルベーシックなどの言語で書かれたプログラム)に変換して,別プログラムを開発することと,(B)さらにソースコードからフローチャート/アルゴリズムを抽出して,別プログラムを開発すること,の両者を含む概念をいうが,狭義には(B)のみの概念をいう。
逆コンパイル自体は,プログラムによって自動的に実行され,新たな創作性が加味される余地はなく,オリジナル(ソース)プログラムと逆コンパイルされたプログラムは実質的に類似することから「複製」に該当する。したがって,上記(A)のように得られたソースコードから直接的に別プログラムを作成した場合は,当該プログラムの著作権を侵害する可能性が高いといえる。
しかし,上記(B)のように,逆コンパイルされたソースコードからさらにフローチャート/アルゴリズムを抽出し,この処理概念に基づいて新たなプログラミングを行った場合は,開発工程がプログラムという具体的な表現から一旦離脱するため,当該プログラムの著作権を侵害する可能性は低いといえる。特に,下
(A)…別プログラムは本件プログラムの著作権を侵害する可能性が高い
(B)…別プログラムは本件プログラムの著作権を侵害する可能性は低い
記のようなクリーンルーム方式と呼ばれる方法を取った場合は,著作xxの侵害問題は発生し難いといえる。
クリーンルーム方式とは,リバースエンジニアリングを行う側で,分析・抽出グループと開発グループに分割し,分析・抽出グループは,オブジェクトコードに基づいて逆コンパイルし,アイデア,機能を抽出する一方で,開発グループは,抽出されたアイデア・機能に基づいてプログラムの開発を行う方式をいう。もとのプログラムの複製とならないように,分析・抽出グループを完全に隔離するものである(アイソレーション)。この方式を取れば,開発グループの行うプログラム創作行為がもとのプログラムの複製・翻案に該当しないため,著作権法上適法な行為となる。
このようにして開発された新たなプログラムが複製・翻案に該当せず,もとのプログラムのアイデアのみを利用している場合,そのアイデアについて特許権がなければ侵害を問うことは難しい。
(2 - 5)リバースエンジニアリングの契約制限
そこで,開発者側が開発し販売しているプログラムが,新しいプログラム創作の源泉とならないように,上記(B)のリバースエンジニアリングを禁止する条
項を挿入する場合がある(注 2)。この条項が有効か無効かという問題がある。しかし著作xxには,リバースエンジニアリングについて規定がない。
(A)米国のfair use の原則
米国の裁判所は,当該複製がプログラムのアイデアや機能にアクセスする唯一の手段であり,かつ複製を行う者に正当理由がある場合にリバースエンジニアリングを許容している。後者の正当理由を fair use の原則という。fair use の原則とは,
a.利用行為の目的及び性格(当該利用行為が商業性を有するか,営利性を有するかを含む)
b.著作物の性質
c.著作物全体との関連における利用部分の量及び実質
d.著作物の潜在的市場または価格に対して利用行為が与える影響
の四点をいう。
前記 b.については,コンピュータプログラムの場合,プログラムはオブジェクトコードの形で流通するため,そのアイデアや機能にアクセスするのに,逆コンパイルという複製行為が必要不可欠となる,という著作物の性質のことである。前記 c.はオリジナルのプ
ログラムのどの部分(一部又は全体)を複製したかということである。
Sega Enterprise v. Accolade の判例([2]に紹介されている)では fair use の原則が認められ,複製者の侵害行為が認められなかった。Sega Enterprise 社
(Sega)はビデオゲーム機 Genesis,ゲームソフトの製造販売会社であり,Accolade 社はゲームソフトの製造販売を行う会社である。Xxxxxxxx は,Accoladeのゲームソフトを Genesis とコンパティブルにすることにした。まず,Accolade は,Genesis との互換性を達成するための要件を見いだすために,セガのビデオ・ゲーム・プログラムをリバースエンジニアリングした。その過程で,Accolade は,市場で入手できるセガのゲーム・カートリッジに格納されたオブジェクトコードを,逆アッセンブリ又は逆コンパイルと呼ばれるプロセスで,人間が理解できるソース・コードに変換した。次に,Accolade は,Genesis と互換性のある自身のゲームを作成した。
著作xxに関しては,Xxxxxxxx がセガのプログラムをリバースエンジニアリングする際に行った中間的コピーがフェア・ユースとして著作権侵害の責を免れるのかどうかが争点となった。
裁判所の結論は,これがxxx・xxxに該当するというものだった[3]。
また,最近の Bowers の判例では,「コンピュータプログラムに内在された保護されない思想を見つけ出すためのオブジェクトコードのリバースエンジニアリングは,xx使用に該当する」と説示している[4]。
(B)日本の場合
日本の著作xxは,リバースエンジニアリングについて規定していない。
日本の裁判所はxx使用の原則をそのまま採用する訳ではないが,他の著作物に含まれるアイデア,機能を学ぶことは適法としつつ,unfair なコピーを違法と断ずる点で,裁判所が採用する論理は米国のxx使用の原則に近いと言われている。
マイクロソフト vs.xxの判例がある。この事件は,他社 X が開発したプログラムを逆アセンブルして解読し,ラベル及びコメントを付した上で書物として販売した事件で,この行為は著作物の複製行為であると評価された。しかし,本事件は単に X の著作物たる
プログラムと同一のプログラムを無断で出版した行為を違法としたものであり,中間複製の適法性が問題になったわけではない。リバースエンジニアリングそのものについては,この判決は態度を明確にしていないと解すべきであろう[3]。
なお,コンピュータプログラムを直接扱った事件ではないが,リバースエンジニアリングの可否が問われ,アンフェアなコピーは著作権侵害とされた事件として,「機械設計図事件(平成 4 年 4 月 30 日大阪地判,知的財産権関係民事・行政裁判例集)」がある。
この事件は,次のようなものである。原告は,従業員に,工作機械の設計図(原告設計図)を制作させ,被告は,原告設計図を参考にして,同種の工作機械の設計図(被告設計図)を制作し,これに基づいて工作機械(被告機械)を制作した。
原告は,被告設計図の制作及び被告機械の制作がそれぞれ,原告設計図の著作権を侵害すると主張して,それらの制作の差止及び損害賠償等を請求した。
原告設計図の著作物性の有無,及び,その著作権の保護範囲が争点となった。
裁判所は,原告設計図の著作物性を認め,被告設計図の制作は原告設計図の著作権を侵害するとして,被告設計図の制作の差止等及び損害賠償請求を認めたが,被告機械の制作自体は,原告設計図の著作権を侵害しないとした。
裁判所が採用した論理は,米国の Sega v. Accoladeに極めて近く,他の著作物に含まれる機能的な要素を学ぶことは当然適法としつつ,unfair なコピーを違法と断ずるものだった。判断内容を列挙すると,次のようになる。
(1)アイデアや機能は著作権で保護されないが,機能によって支配されているとまでいえない表現は著作権によって保護される。
(2)後発のメーカーが先発メーカーの製品を参考とすることは当然のことであり,そのために,公表された資料を収集分析する他,自ら適法に入手した製品を分解して各部の形状,寸法を測定したり,先発メーカーの製品を購入使用している第三者の許諾を得て,各部の形状,寸法を測定することも原則として適法な行為であると解される。しかし不当な表現(寸法及びその寸法
に基づき図示された形状)の丸写しまで適法とされるものではない。
(3)被告設計図は,原告設計図の表現をそのまま引用したものであり,同種の技術を用いて同種の機械を製作しようとすればその設計図の表現は自ずから類似せざるをえないという範囲を越えているから,原告の有する複製権を侵害する。
上の機械設計図事件は設計図コピーの事件であり,コンピュータプログラムの判例ではないが,先発メーカーの製品をベースにして独自製品を開発することを認めており(ただし必要限度を超えた模倣は複製権侵害とされた),コンピュータプログラム事件が将来起こった場合,参考にされ得る事件であると考えられる。
一方,学説の多くは,リバースエンジニアリングは原則として著作権法上許容されるべきものとしている。ただその根拠はさまざまである。例えば,
a.特許法 69 条を類推適用する。技術進歩の促進 b.独占禁止法を適用すべきだとする見解 特に基
本ソフトの場合,ハードウェアやアプリケーションソフトの製品市場及び技術市場における競争にも影響を与えるからである。
現在,コンピュータプログラムについて,リバースエンジニアリングに関する明示的規定がなく,判例も現れていない中で,産業界ではリバースエンジニアリングを禁止する契約が幅広く行われている。
なお,平成 18 年 7 月に公表された文化審議会の
「契約・利用ワーキングチーム検討結果報告」[1]においても,契約でリバースエンジニアリングの制限を行うことについて,次の見解が出されている。
リバースエンジニアリングは「当事者間で合意をしたのであれば,契約自由の原則に基づき,基本的にはこれを無効とする理由はない」が,しかし,特許法では試験又は研究による技術進歩を鑑みて特許権を制限していることを鑑みれば(特許法 69 条),「技術的性格の強いプログラムの著作物についても,リバースエンジニアリング等を認めることで技術進歩が促進されるという観点も考えられることから,リバースエンジニアリング等を制限するような契約条項について,場合によっては無効とすべきであるとの考えもありうる」とし,また「競争法の観点からも,とりわけ相互接続性の確保を目的として行うものについては,リバ
ースエンジニアリング等の制限を無前提に認めるのは問題があると考えられる」と結論付けている。
学説もリバースエンジニアリングの必要性を認め,契約による制限を最小限とすべきとしているものがあり,リバースエンジニアリングの制限を課する契約の有効性は,ケースバイケースで判断されることになると思われる。
注
(注 1)クリックオンライセンスの具体例:『Microsoft(R) Window(s R)2000 Professional 日本語版使用許諾契約書
重要-以下のライセンス契約書を注意してお読みください。…本製品をインストール,複製,または使用することによって,お客様は本契約書の条項に拘束されることに承諾されたものとします。本契約書の条項に同意されない場合,マイクロソフトは,お客様に本製品のインストール,使用または複製のいずれも許諾できません。そのような場合,未使用の本製品を直ちに購入店へご返品いただければ,お支払いいただいた金額を全額払戻しいたします。(以下省略)』
(注 2)例えば Windows_OS ソフトウェアに付属している使用許諾契約書に次のような条項がある。「Microsoft
(R) Windows(R)2000 Professional 日本語版使用許諾契約書
1.~ 4.(省略)
『5.リバース エンジニアリング,逆コンパイル,逆アセンブルの制限 お客様は,本製品をリバースエンジニアリング,逆コンパイル,あるいは逆アセンブルすることはできません。』
6.~ 16.他(省略)」
[1]文化審議会著作権分科会法制問題小委員会「契約・利用ワーキングチーム検討結果報告」平成 18 年 7 月
[2]平成 17 年度会員継続研修テキスト「著作権業務研修」
第 4 回-著作権契約-
[3]「コンピュータプログラムの法的保護」中央知的財産研究所研究報告第 19 号(平成 18 年 6 月 30 日)
[4]「招聘・特別・短期派遣研究員成果報告会」知xxフォーラム Vol. 65, pp.17 ~ 25, 2006
(原稿受領 2007.4.9)