Contract
主 文
1 1審原告の控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。
(1) 1審原告が,1審被告に対し,別紙3の内容の雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
(2) 1審被告は,1審原告に対し,平成18年3月以降,毎月25日限り,
24万0773円及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(3) 1審原告が,1審被告に対し,リペア作業に就労する義務のないことを確認する。
(4) 1審被告は,1審原告に対し,90万円及び内45万円に対する平成1
7年11月23日から,内45万円に対する平成18年3月9日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(5) 1審原告のその余の請求をいずれも棄却する。
2 1審被告の控訴を棄却する。
3 訴訟費用は,1審被告の控訴状貼用印紙の費用を1審被告の負担とし,その余の費用を1,2審を通じて2分し,その1を1審被告の,その余を1審原告の各負担とする。
4 この判決の1(2),(4)項は仮に執行することができる。
事 実 及 び 理 由
第1 控訴の趣旨
1 1審原告
(1) 原判決を次のとおり変更する。
(2) 1審原告が,1審被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
(3) 主文1(2)項同旨
(4) 1審原告が,1審被告に対し,PDPパネル製造-リペア作業及び準備
作業などの諸業務に就労する義務のないことを確認する。
(5) 1審被告は,1審原告に対し,600万円及びうち300万円に対する平成17年11月23日から支払済みまで,うち300万円に対する平成1
8年3月9日から支払済みまで各年5分の割合による金員を支払え。
(6) 訴訟費用は,第1,2審とも1審被告の負担とする。
(7) (3),(5)につき仮執行宣言
2 1審被告
(1) 原判決中1審被告敗訴部分を取り消す。
(2) 1審原告の請求をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも1審原告の負担とする。第2 事案の概要
1 本件は,1審原告が,プラズマディスプレイパネル(PDP)を製造する1審被告に対して,①1審被告との間で締結した雇用契約が期間の定めのない契約であり解雇は無効であると主張して,雇用契約上の権利を有することの確認を,②平成18年3月から毎月25日限り月額24万0773円の賃金及びこれに対する各支払期日の翌日からの遅延損害金の支払を,③PDPのリペア作業を命じられたことは,1審原告がそれまで従事していた封着工程からの配転命令であるとした上で,同命令が無効であるとしてリペア作業に就労する義務のないことの確認を,④1審被告が1審原告を解雇,雇止めしたことが不法行為にあたるとして300万円の慰謝料及びこれに対する請求の趣旨の変更申立書送達日の翌日である平成18年3月9日からの遅延損害金の支払を,⑤1審被告からリペア作業を命じられたこと等が不法行為にあたるとして300万円の慰謝料及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成17年11月23日からの遅延損害金の支払を,それぞれ求めた事案である。
原審は,期間満了により雇用契約が終了したなどとして,③の請求を却下し,
①,②,④の請求をいずれも棄却し,⑤の請求のうち45万円及びこれに対す
る遅延損害金の支払の限度で認容したため,これを不服とする1審原告,1審被告が本件各控訴をそれぞれ提起した。なお,1審原告は,当審において,1審被告が1審原告に対して信義則上の雇用義務を負い,債務不履行又は不法行為に基づく②の請求と同額の損害賠償請求を予備的に追加した。
2 前提となる事実,訴訟物,争点,争点に関する当事者の主張は,以下のとおり当審での補充主張を付加する他は,原判決「事実及び理由」第2・1ないし
3,第3のとおりであるからこれを引用する(略語は原判決の用法による。)。
〔1審原告〕
(1) 雇用契約の成否及び内容
(ア) 1審原告・パスコ間の契約は,1審原告が1審被告に対して労務を提供し,パスコが1審被告から受け取る業務委託代金から自らの利益を控除した残額を1審被告に代わって賃金の形式で支払うことを約した無名契約であって,実態は労働契約の名を借りた労務供給契約である。かかる契約は, 労働基準法6条( 中間搾取の排除), 職業安定法44条
(労働者供給事業の禁止)及び労働者派遣法に違反し,公序良俗に反し無効である。仮に有効であるとしても,労働契約ではないから,1審被告・1審原告間の労働契約関係を否定するものではない。
1審被告・パスコ間の契約は,業務委託基本契約書(乙28)上,請負契約ではなく業務委託契約であり,法形式上は準委任契約で受託者の独立性は弱い上,本件工場において1審被告従業員とパスコ従業員が混在して業務に従事し,後者が前者の指揮命令を受けていたとの状況からすると,実態は労働者供給契約である。また,業務委託個別契約書(乙
29,30)上,PDP1台あたりの業務委託料が設定されているが,上記の稼働状況からすると,1台あたりでの料金計算は困難ないし不可能であり,かかる設定は形だけのものであるし,また,作業機器等を賃
貸するとの規定も不自然であり,脱法行為を隠蔽するための虚偽の契約である。
(イ) かかる状態で1審原告が労働を提供し,1審被告がこれを受領して対価を支払っており,労働提供・報酬受領の意思と労働受領・報酬支払の意思が合致しているとの実態に即せば,当事者の意思解釈としても両者間に労働契約を結ぶ意思が存在したものであり,請負といった法形式や当事者のその余の認識は労働契約の成否に関係しない。1審原告がパスコに対して,契約終了に伴う解雇予告手当と給与違算分の支払や社会保険の遡及加入を求めたなどの行為は,法形式上の使用者であるパスコに対して事実上の救済を求めたにすぎない。
1審被告は,1審原告を指揮命令し,労働時間や休日労働を指示し,朝会出席を義務づけ,社訓を唱和させ,請負先の変更に伴うパスコからの移籍斡旋等の労務管理を行っていたものであり,使用従属関係があった。
1審被告がパスコに支払った請負代金の実質は,1審原告を含む労務受領対価であり,パスコの利益を控除して賃金として交付されていたものであり,1審被告もこれを認識していた。1審原告・1審被告間に労働契約が存すると解さなければ,1審原告の1審被告に対する労務提供の根拠を欠くこととなり不合理である。
(ウ) したがって,1審原告・1審被告間には,1審原告が本件工場において就労を開始した平成16年1月20日以降に期間の定めのない労働契約が成立した。
(ア) 雇用安定を求める法の趣旨からすれば,平成16年3月1日の法改正による製造業に対する労働者派遣事業の解禁後1年を経過した平成1
7年3月1日の時点で,労働者派遣法40条の4に基づき1審被告に1
審原告に対する直接雇用申込義務が生じ,1審被告が労務提供を受け続けたことは雇用契約申込にあたり,1審原告が労務提供し続けたことにより期間の定めのない雇用契約が成立した。
(イ) 仮に(ア)が認められない場合でも,雇用安定を求める法の趣旨からすれば,1審被告は,信義則上,1審原告と期間の定めのない労働契約を締結する義務を負う(当審追加の予備的主張)。
ウ 本件契約書における期間の定めの有無,効力(本件雇用契約3)
(ア) 契約は当事者間の合意により成立するから,1審原告が雇用期間に異議を述べた以上,本件雇用契約3の契約書(別紙2,甲18・本件契約書)の期間の定めの合意は成立しておらず,雇用期間に期間の定めはない。
(イ) 本件雇用契約3は,職業安定法,労働者派遣法違反の指摘を受けた結果,締結されたものであるところ,雇用安定を求める法の趣旨からすれば,直接雇用の申込をすればその内容を問題とせずにそれまでの違法状態が解消すると解すべきでない。労働者派遣法の趣旨からすれば期間の定めのない雇用申込が原則であること,本件雇用契約3は締結経緯に照らして同法に基礎を置くものであり単なる新規採用ではないこと,1審被告は違法状態を自ら作出しながら短期間の有期雇用を提案し,1審原告に不利益を押しつけ,業務従事後は他の従業員から隔離し,不必要なリペア作業に従事させる嫌がらせを行うなどの強度の違法行為を行ったことからすると,信義則上も1審被告に雇用契約締結の自由(採用の自由)を認めるべきでない。
本件雇用契約3の締結当時,1審原告は無職であり,1審被告の申込を受けなければ生活できない状況に追い込まれたなど,契約締結の自由はなかった。
したがって,期間を有期に限定する条項は,公序良俗に反し無効であ
る。
(2) 雇用契約の帰趨
ア 解雇の有無及びその効力
(ア) 不当労働行為による本件解雇の無効
1審原告による1審被告に対する直接雇用の要求や大阪労働局への是正申告に対し,1審被告はパスコとの契約を解消して1審原告を本件工場から排除し,その収入を途絶させて交渉継続を極めて困難にし,期間を限定した雇用契約書の作成を強い,1審原告を隔離して不必要で過酷なリペア作業に従事させるなどした上で解雇したとの一連の経緯からすれば,本件解雇は,1審原告の正当な組合活動に対する嫌悪の意図に基づいた差別的な取扱等にあたり,公序良俗違反により無効である。
(イ) 労働者派遣法による本件解雇の無効
労働者派遣法49条の3は,派遣労働者に派遣先の同法違反の事実を申告することを認め,これを理由とする不利益取扱を禁止するところ,本件解雇は上記のとおり1審原告への報復措置であるから,本件解雇は強行法規である同法に違反しており無効である。
平成18年4月施行の公益通報者保護法の目的は,通報をもって事業者から解雇の不利益を受けないよう被用者の保護を図ることにあり,施行前の解雇ないし雇止めであっても同法の趣旨ないし精神は準用ないし適用されるべきである。
イ 雇止めの無効
本件雇用契約3が有期契約であったとしても,日立メディコ事件最高裁判決等に照らして,①従事する業務の客観的内容(業務内容の恒常性・臨時性等),②契約上の地位の性格(契約上の地位の基幹性・臨時性等),
③当事者の主観的態様(採用に際しての使用者の継続雇用を期待させる説明等),④更新の手続・実態(反復更新の有無・回数・勤続年数等),⑤
他の労働者の更新状況,⑥その他(有期労働契約を締結した経緯等)の事情を総合的に考慮し,更新拒絶が信義則違反,権利濫用あるいは不当労働行為に当たるかを具体的に検討しなければならない。
1審被告が製造するPDPは当面その製造業務がなくなるとは考えられず,1審原告の業務内容に恒常性がある。1審原告は,平成16年1月から本件工場で封着工程に従事していたのであり,その後従事させられたリペア作業は不必要な作業であるし,仮に必要性があったとしても例外的作業であるから,必要性がなくなったのであれば封着工程に戻さなければならず,1審原告の業務内容をリペア作業と捉えて恒常性を否定することはできない(①)。
本件雇用契約3は,実質的には期間を限定した契約ではないし,仮に限定したものであるとしても,労働者派遣法40条の4に基づく申込により締結されたものであり,法の趣旨は一定期間派遣先で労働している派遣労働者の雇用安定を図る点にあるから,法は更新を予定しているというべきであり,1審原告の雇用契約上の地位は臨時的なものではない(②)。
1審原告は,1審被告の労働者派遣法違反の是正を求めた交渉を通じて,
1審被告に期間の定めのない雇用責任があることを前提に契約を締結したものであり,期間の定めのないものと認識していた。1審被告は,雇用期間を限定した理由につき,平成17年7月14日,同月28日の交渉の際に,現時点では従業員を直接雇用する体制が整っていないが遅くとも平成
18年3月までに適法な請負化を図り,その段階で1審原告に就労しても らう旨説明したから,1審原告は,少なくとも同月までは更新を拒絶され ないと認識していたし,適法な請負化が図られない場合には引き続き雇用 されることを期待していたものであり,かかる期待は合理的である(③)。
1審原告の他に期間工はおらず,1審被告は,1審原告を早期に排除する意図で,期間工という特別な雇用契約上の地位を作出した(④,⑤)。
本件雇用契約3締結の経緯からすれば,正当な是正を求めたにすぎない
1審原告の労働者としての法的地位は保護されなければならず,1審被告が契約を更新しても不利益は全くない(⑥)。
したがって,1審原告においては,複数回にわたって有期契約が更新された場合と同視できるほどの更新を求める正当性があり,更新に対する合理的な期待があるから,信義則上,解雇権濫用法理が類推適用され,1審被告の更新拒絶は許されず,本件雇用契約3は平成18年1月末及び3月末において当然更新され,更新の蓋然性が認められる限り,従前と同様の条件による労働契約がその後も継続することになる。
(3) 不法行為の存否その1(違法な解雇,雇止めによる慰謝料請求)ア 不法行為
1審被告が,職業安定法ないし労働者派遣法違反の形態で1審原告を稼働させ,1審原告がこれを告発すると共に本件労働組合に加入して直接雇用を求めると,1審原告を期間工とし,不必要なリペア作業を命じ,他の従業員と隔離し,最後に本件解雇ないし雇止めをしたとの一連の経緯に照らせば,本件解雇ないし雇止めは1審原告に対する不当労働行為ないし報復的行為として不法行為にあたる。また,1審被告は,1審原告を封着工程から排除した後も,同従業員が製造工程でパスコに代わったアクティス従業員を指揮命令するなどの違法行為を続けていたため,これを告発されることを防ぐため,1審原告を封着工程から排除したものである。
仮に,本件雇用契約3の期間の定めがあるとしても,公序良俗に反し無効であり,1審被告による契約終了の通告は解雇にあたるし,期間の定めが有効としても,上記に照らせば1審被告による雇止めは信義則上違法であり,不法行為にあたる。
イ 慰謝料額
1審原告の受けた精神的苦痛に対する慰謝料は300万円が相当である。
(4) 不法行為の存否その2(差別的な取扱による慰謝料請求)ア 不法行為
(ア) 1審原告はパスコの契約を更新され続け,休日出勤を求められるなど,従前担当していた封着工程での作業能力に問題はなかったし,他の従業員との軋轢もなかったところ,1審被告は,1審原告に担当させる合理性も必然性もないのに,労働契約を自由に締結することが極めて困難な1審原告に一定期間のみリペア作業に従事させることに固執し,作業内容を十分に説明しないまま,報復的行為ないし他の従業員からの隔離の一環としてこれを命じた。
(イ) 1審被告が以前に国内及び上海工場でリペア作業を行った実績によ り,コストパフォーマンスの点を含め,PDPリユース計画の必要性・ 実効性を判断するための客観的データは既に十分揃っていたものであり,更なるデータ収集を目的とするリペア作業の必要はなかった。PDP1
63枚のリペア作業が完了したのは平成18年2月上旬であるところ,
1審被告の主張によってもその数か月後に一部がライフテストに回されたにすぎず,1審原告は不必要な作業をさせられた。
(ウ) リペア作業は,労働災害が発生するほどの強度の苦痛ではないにしろ,1審原告において非常に細かな集中力を要し,極度の緊張感を伴う精神的・肉体的に苦痛な作業であり,1審被告は1審原告に対する報復的行為としてこれに従事させた。
(エ) したがって,1審被告が1審原告をリペア作業に従事させたことは,不法行為にあたる。
イ 慰謝料額
1審原告の受けた精神的苦痛に対する慰謝料は300万円が相当である。 (5) 信義則上の義務による債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求
(当審追加の予備的請求)
ア 債務不履行ないし不法行為
使用者及び労働者と一定の法的関係にある者は,労働権尊重の理念に基づき(憲法27条1項,民法90条),労働者の雇用保障に配慮する信義則上の義務を負うところ,1審被告は1審原告を1年半にわたり指揮命令してPDP製造業務に従事させて利益を得,かつ,この就労は職業安定法
44条ないし労働者派遣法違反であるから,1審被告は1審原告との間で,契約上の根拠なく違法な状態で指揮命令して利益を得ていた関係にあり,
1審原告の雇用保障に配慮する信義則上の義務を負う。
具体的には,①相当期間経過後は1審原告を期間を定めず直接雇用する義務,②労働者派遣法の派遣期間上限1年を経過した平成17年3月1日以降も指揮命令を行い労務を受領し,1審原告は期間を定めず直接雇用されることを希望していたから,同日より前に直接雇用申込をする義務,③パスコとの請負契約を解除するにあたり,1審原告の雇用保障のために同年7月21日の時点で期間を定めず直接雇用する義務,④平成18年1月
31日の本件雇用契約3の期間満了時点で,当該契約を更新する義務を負っていた。
イ 1審原告の損害
1審原告は,1審被告による上記義務違反( 債務不履行ないし不法行為)により,1審被告から賃金を得られないのみならず,1審被告での就労を通じてのキャリア形成の機会を奪われたものであり,法令遵守の精神からも日本を代表する企業の一つである1審被告に相応の責任を負わせるべきであり,1審原告に対する最低限の補償をさせるべきである。
1審被告が前記義務を履行していれば,1審原告は労働契約上の地位を得て,平成18年3月から毎月賃金として24万0773円を得ることができたから,1審被告は,同月25日から毎月賃金相当額の損害を賠償すべきである。
〔1審被告〕
(1) 雇用契約の成否及び内容ア 黙示の雇用契約の成否
(ア) 1審原告・1審被告間の雇用関係を判断するにあたっては,本件雇用契約3の内容のみを判断すれば足り,職業安定法44条及び労働者派遣法違反の有無を判断する必要はない。各法違反をもって1審原告・1審被告間に雇用契約を認めようとする1審原告の主張は立法論に過ぎない。
委託された業務の完遂が求められるのは請負契約も業務委託契約も同様であり,業務委託契約であるからといって受託者の独立性が弱いということはなく,1審被告・パスコ間の業務委託契約の法的性質如何は,
1審被告・1審原告間の本件雇用契約3に何ら関係しない。
(イ) 1審被告・パスコ間に資本関係や役員派遣はなく,独立した別法人であり,パスコが1審被告から支払われる請負代金を考慮して自らの従業員の賃金を決定する意味で,請負代金額が1審原告の賃金に与える影響はあるが,これをもって発注者が請負業者の従業員の賃金を決定して支払っていることにはならない。
1審原告は,1審被告ではなくパスコに対して,契約終了に伴う解雇予告手当と給与違算分の支払や社会保険の遡及加入を求め,パスコがこれに応じたことからすれば(乙11,13,15),1審原告はパスコを使用者として認識しており,1審原告・1審被告間に賃金支払関係はない。当事者の認識等は,当事者の意思を認定するにあたって重要な要素であり,専門家である弁護士や本件労働組合の支援下でなされた1審原告の言動は,自らの状況を十分に理解してなされたもので,本件雇用契約3締結前には1審被告との間に雇用契約がないことを前提に行動していたものであり,労働契約の成立を検討するにあたって重要な要素と
なる。
1審被告は,パスコ従業員の採用に何ら関与しておらず,配属先・就業場所の決定,労働時間の管理,人事評価,勤務体制の決定等をしておらず,1審原告・1審被告間に黙示の雇用契約は存在しない。作業の効率性等の観点から業務連絡を主目的として1審被告従業員とパスコ従業員が共に朝会を行っていただけであり,1審被告が1審原告に朝会出席や社訓唱和を義務付けたことはないし,休日出勤の要請,指示や請負会社の移籍を指示したこともない。
イ 労働者派遣法に基づく雇用契約の成否
本件雇用契約3締結前後の1審原告と本件労働組合の言動,交渉経緯からすれば,同契約締結前に1審被告は労働者派遣法40条の4に基づく雇用申込を行っておらず,同条に基づく雇用契約は成立していない。
ウ 本件契約書における期間の定めの有無,効力
(ア) 契約交渉過程において,一方当事者が異議を述べたとしても,異議を述べた事項がそのまま契約内容となるわけではなく,締結された契約内容は合意が成立した段階で締結された契約書の記載から判断され,1審原告は期間の定めを承諾したものである。これは1審原告と大阪労働局との平成17年8月5日のやり取り(甲58・11頁等),1審原告がパスコに1審被告との雇用関係が今後どうなるか分からないとして賃金2ないし3年分の解雇予告手当としての支払を要求したこと(1審原告調書45頁),1審原告と本件労働組合が本件雇用契約3締結後の交渉において,同契約に期間の定めがあることを前提として「雇用契約を期限の定めのない雇用契約とすること」を求めたこと(乙7~9, 1
6)等から明らかである。
(イ) 使用者には憲法上の権利として採用の自由が認められており(三菱樹脂本採用拒否事件最高裁判決),雇用契約の期間の定めが公序良俗に
反することはありえないし,本件雇用契約3締結に至る経緯からして,当事者双方が十分に協議を行って締結された契約の一部が公序良俗に反して無効となるとは考えられない。
1審被告は,1審原告の雇用問題の円満な早期解決を図るべく,その 要求を最大限受け入れ,本件雇用契約3の申入れを行ったから,1審被 告が不当労働行為の意思や1審原告排除の意思を有していたことはない。リペア作業は1審被告にとって必要な業務であるし,1審原告に対する 報復等を行ったこともない。
1審原告は,交渉において,1審被告の直接雇用拒否の返答を受けて,パスコとの雇用契約継続及び第三者との雇用契約締結を検討する時間を 十分に有していたこと,1審原告はパスコからセット部門に移らないか との打診を受けており,パスコとの雇用契約を継続した上での交渉の継 続は可能であったこと等からすれば,1審被告が,1審原告の窮迫を生 じさせり,窮迫に乗じて本件雇用契約3を締結させたものではなく,1 審原告が自らの自由意思で選択した結果である。
1審被告は,1審原告を直接雇用する義務はなく,仮に労働者派遣法
40条の4に基づく雇用申込義務を負っていたとしても,期間の定めのない労働契約という企業にとって極めて負担の大きい契約の申込義務及び締結義務を負っていないから,本件雇用契約3を締結したことにより不正な利益を得たわけではない。
(2) 雇用契約の帰趨
ア 解雇の有無及びその効力
本件雇用契約3は,期間満了により終了したから,1審被告が1審原告を解雇したものではない。
なお,終了時点で公益通報者保護法は施行されていないから,その準用はありえないし,仮に施行後であっても,1審原告が派遣労働者であった
ことはないから,同法5条2項の適用の前提を欠く。イ 雇止めの成否
1審原告が主張する要素をもっても,1審原告が本件雇用契約3の更新につき合理的な期待・利益を有していたとはいえず,同契約の雇止めに関して,解雇権濫用法理の類推適用は認められない。
1審原告が従事したリペア作業は,PDPリユース計画の試験的な実施に伴い行われた業務であり,常時生じる業務ではない(①)。
雇用期間は,平成17年8月22日から平成18年1月31日までで,更新が認められるとしても同年3月末日までと短期間であるし,同契約が労働者派遣法40条の4に基づき締結されたものとしても,同条は期間の定めのない雇用申込を行うべきことを定めていないから当然に更新が予定されているとはいえない(②)。
雇用期間の定めに関しては,交渉において最後まで協議され,1審被告が1審原告に対して期間の定めのない雇用契約は締結しないと明確に説明していたこと,1審原告は1審被告が契約を更新しないと明言したことを前提に期間満了前の平成17年11月に本件訴訟を提起したことからすれば,1審原告が本件雇用契約3が更新されると認識していなかったことは明らかである(③,⑥)。
本件雇用契約3は,一度も更新されていない(④)。
本件雇用契約3の締結時及び終了時において,1審被告が直接雇用していた者は1審原告のみであって,1審原告が他の従業員との比較において更新を期待する余地はなかった(⑤)。
(3) 不法行為の存否その1(違法な解雇ないし更新拒絶による慰謝料請求)本件雇用契約3は,PDPリユース計画において要するテストサンプル数 の目途がついたこと,1審原告の勤務態度に問題があったことから,期間満了により終了したのであり,報復目的等に基づき解雇したものではないし,
雇止めには合理的な理由があり,解雇権濫用法理の類推適用による違法な更新拒絶があったわけでもない。
(4) 不法行為の存否その2(差別的な取扱による慰謝料請求)ア 1審被告からの排除
1審原告の本件工場内の行動範囲を制限したのは,1審被告のセキュリ ティ規程に基づくものであり,他の従業員も同様の通行制限を受けていた。朝会への参加を指示しなかったのは,リペア作業が班を形成しない単独業 務であったことによる。
イ リペア作業の必要性等
(ア) 本件雇用契約3で定める業務内容を1審原告が従前担当していた封着工程とする義務はないから,1審被告が業務内容をリペア作業としたことは不法行為を構成しない。
1審被告は,1審被告・パスコ間の契約を業務請負契約と認識してお り,1審原告との話合いにおいて労働者派遣法に基づく雇用申込を行う と説明していないから,申込が同法違反等の1審原告の主張に端を発し ているとしても,同法40条の3又は40条の4の適用又は準用が想定 される場面ではなく,同契約に定める業務内容を封着工程とする必然性 はない。仮に,同法の適用又は準用を念頭において申込がされたとして も,契約自由の原則の下では当事者の合意内容として明確に定められた 契約書が法律関係を規律するし,1審被告は採用の自由を有するから, 申込に際して業務内容を含む労働条件をどう定めるかはその自由である。同法40条の4に基づく義務は申込義務であり,同法40条の3は努力 義務であるから,業務内容を従前の作業内容から変更して申込をするこ とが許されないものではない。
労働条件の優劣は,業務内容のみではなく,契約期間,賃金等も総合考慮して判断すべきであり,本件雇用契約3(契約期間約6か月,時給
1600円)は,1審原告とパスコの雇用契約(契約期間2か月,時給
1180円)と比べて好条件であるから,業務内容をリペア作業としたことのみをもって1審原告の労働条件が下がるものではない。本件雇用契約3の契約書には,明確にリペア作業を業務内容とする旨規定されており,1審原告の作業内容の問い合わせに対して1審被告担当者が説明したから,業務内容が変更されることは1審原告も十分に予測していたものであり,業務内容が変更されないとの期待を有していたとはいえない。1審被告は,平成17年8月2日時点で1審原告に対して,リペア作業を業務内容とする労働条件通知書を交付しており,1審原告からの問い合わせに対してその内容を説明しており,労働契約一般においてこれ以上に業務内容を説明するということは多くなく,1審原告からは更に詳細な説明を求められることはなかった。
1審被告従業員には,1審原告と同様に帯電防止用シート(黒色)内で単独で作業を行う者が多々存在しており(パネル検査工程,ユニット検査工程及び総合検査工程の124名の従業員・乙21),1審原告の作業環境が殊更に特殊であったものではない。なお,1審原告の作業場については,その強い要望で透明の特注品に取り替えられたし,1審原告は休憩室や食堂等の行き来等で他の従業員と接触する機会を有していたから,終日ひとりきりになっていたわけでも,リペア作業を命じることが他の従業員との接触を制限することになっていたわけでもない。原判決は,帯電防止用シートを黒色から透明なものに変更した際にこれまで設置していなかった衝立を1審原告の作業場の周囲に設置したと判示したが(原判決27頁),台車やフォークリフトがPDPを乗せた台車に接触して1審原告に被害が生じないようにするため,1審原告の作業場を設置した当初から設けていた(乙25・4頁,a調書8頁)。
1審被告が1審原告を封着工程に配置しなかったのは,本件雇用契約
3の締結時期がPDPリユース計画の試験的実施を検討していた時期と重なっていたこと,契約期間が約6か月間であったこと,1審原告の封着工程における作業能力,勤務態度や素行等の適性を考慮した判断であり,封着工程に配置しなかったことに合理的な理由がある。
1審被告は,1審原告の業務内容をリペア作業と決定する以前に,期間雇用契約の申込を行っており,リペア作業がなければ雇用契約の申込はなかったとの関係にない。1審原告の担当業務をリペア作業と決定したのは,1審被告が労働条件通知書(甲14)を交付した平成17年8月2日(第6回交渉)の直前であり,同年7月11日の不良PDPの連続発生以前から1審原告を直接雇用した際の担当業務の検討が行われており,リペア作業がなくとも1審原告を直接雇用することは検討されていた。
(イ) リペア作業の国内での再実施は,PDPの性能向上に伴い不良品の発生率が高くなっていたとの背景の下,高額部品であるPDPの再生利用によるコスト削減を目的として平成17年3月ころから検討されていたものであり,その必要性が低いことはない。1審被告は,再生利用の試験的実施のため,過去に国内工場においてなされ,上海工場においてなされていたPDPのリペア作業と同様,性能が向上して端子間隔がより狭くなったPDPもリペア可能かを判定するためのサンプルを作成する必要があり,再生利用が国内工場においてなされることを前提に20
00万円を投資してリペア装置を購入して茨木第二工場に導入し,試験を実施していたものであり,リペア作業は1審原告のためにあえて探し出してきた不要な作業ではない。PDPリユース計画の前倒し実施,1審原告を封着工程の作業に就けた場合に生じる問題点,本件雇用契約3の契約期間等を総合的に考慮して,1審原告の業務内容をリペア作業と決定したものであって,その決定には合理的な理由があり,人事権行使
の裁量の範囲内にある。1審被告は,1審原告がリペアしたPDPの内
100枚(あらゆる事態に備えて,テストサンプルを余分に作るのは当 然であり, 上海工場に送った100枚だけが試験に必要なものではな い。)を,平成17年12月28日にPDPを再圧着するための装置を 設置する上海工場に輸送し,再圧着して平成18年3月下旬ころ日本に 返送させた上で,一部につき同年5月15日からライフテスト(PDP が製品寿命に達するまでに重大な問題が生じないかを確認するための試 験)を実施したところ,通電開始から5421時間が経過した同年12 月27日時点で,PDP1枚の端子部分でスパークが発生し,パネルの 画面上明らかな縦線不良が発生したため,リペアされたPDPは製品化 できないとその時点では判定せざるを得なかった。なお,これをもって,リユース計画が完全に消滅したわけではなく,リペア装置を活用するた めの対策検討がなされている。
(ウ) リペア作業が通常の労働に伴う精神的,肉体的負担を超えて,特段の苦痛を与える作業とはいえず,1審原告が殊更特殊な作業環境に置かれていたわけでもないこと,リペア作業により作成するテストサンプルの必要数及び手配期間からすると,他の従業員と交代でリペア作業に従事させるなどの配慮をする必要があったとはいえず,かかる配慮をしなかったことが違法であるとまではいえない。
仮に1審原告が本件雇用契約3の申込を拒否することが困難な状況にあったとしても,上記に照らせば,業務内容をリペア作業とすることは違法ではない。
(エ) したがって,1審被告が1審原告にリペア作業従事を命じたことは不法行為にあたらない。
(5) 信義則上の義務による債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求 使用者には採用の自由があり,明文の規定なく信義則のみを根拠として,
期間の定めのない雇用契約を締結する義務が発生することはなく,1審原告の主張は独自の見解にすぎない。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提となる事実,証拠(〔以下,枝番を含む〕甲1~6,8~33,5
8~60,62,63,65~68,乙1~17,21,22,24~30,証人b,同c,同a,1審原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 当事者間の関係
ア 1審被告は,松下電器と東レによる共同出資により設立された会社であり,本件工場等でPDPを製造しているが,1審原告が本件工場で作業に従事した平成16年1月当時,製造ラインには,松下電器や東レからの出向による従業員と,パスコやアクティス等との間で雇用関係のあった者が従事しており,1審被告との間で直接の雇用関係にある者はなかった(以下,出向社員を「1審被告従業員」と表記する。)。
イ パスコは,平成10年1月,株式会社杉原産業の茨木事業所が分離独立 して設立された,家庭用電気機械器具の製造業務の請負等を目的とする会 社であり,取引先メーカーの要望に応じて,業務委託契約等の形式により,その従業員を作業に従事させていた。
ウ 1審被告とパスコは,少なくとも平成14年4月1日以降,PDPの生産業務につき業務委託基本契約書を作成し,これに基づいて業務委託個別契約書を作成し,生産1台あたりの業務委託料を設定して,1審被告がパスコにこれを支払い,同契約書上,パスコが1審被告から設備,機械,器具等の貸与設備を借り受け,請負業務実施に伴う事務所として一部建物を賃借して,各賃借料を支払う旨規定していた(乙28~30)。但し,パスコの1審被告からの設備の借り受け状況,業務委託料の支払状況等の実
態は明らかでない。
なお,パスコと1審被告の間に資本関係があるとか,役員の交流,従業員の出向等の人的関係があるとか,パスコの取引先(派遣先ないし請負・ 業務委託発注者)が1審被告に限られていたとか,1審原告のパスコの採 用面接に1審被告従業員が立ち会ったといった事情を認めるに足りない。 エ 1審原告は,茨木市福祉文化会館においてパスコ従業員による面接を受けて,平成16年1月20日,同社との間で,契約期間を2か月間,更新 あり,賃金時給1350円,就業場所本件工場内パスコ茨木事業所,従事 する業務クリーンルーム内での製造・機械管理・運搬・材料補給などの諸 業務,その他勤務日,休日,休暇,交通費等の労働条件を別紙1(甲8) のとおり定めて雇用契約を締結し,本件工場内において,パスコ従業員に 当初クリーンルームに案内され,その場で,1審被告従業員からPDP製
造業務封着工程の作業に従事するよう指示された。
1審原告・パスコ間の契約は,2か月毎に改めて契約書を作成し又は作 成しないまま更新され,1審原告は,平成16年1月20日から平成17 年7月20日まで,パスコから給与,通勤手当を支給された。その間,1 審原告がパスコから指示されて本件工場以外の場所で就業したことはない。
(2) 1審原告の作業内容
ア 1審原告は,平成16年1月20日から平成17年7月20日まで封着工程(デバイス部門の一工程)に従事したところ,班長と呼ばれる工程管理者と,これを補佐する現場リーダーがいたが,いずれもパスコ従業員ではなく,1審被告従業員であった。
イ 1審原告の封着工程における具体的な業務の流れは次のとおりであった。 (ア) 午前7時45分~8時00分
1審被告従業員の指導の下,1審被告従業員とパスコ従業員とが一緒に朝会を行い,引継事項や報告事項を確認したりし,その際,松下電器
の綱領,信条及び遵奉精神を唱和した。 (イ) 午前8時00分~午後7時30分ころ
着火用の酸素ボンベの残量確認や,接着剤の塗布状態の確認をするなど通常作業の準備を行った上,クリーンルームから送られてくるPDPに対し,放電ガスを内部に封じ込め,次の排気工程へパネルを送る作業を行った。実際には,機械によって行われる作業が多く,1審原告は,接着剤の塗布状態を目で確認し,塗布状態の悪いものについては,接着剤の入ったフリットポットを交換したり,不良品の検査(ゲッター管の高さや位置の確認)をしたりしていた。
このような作業は,1審被告従業員とパスコ従業員,アクティス従業員が混在して共同で行っていた。
終業間際になって,作業工程で生じた不要なガラス管を専用の台車で回収し,廃棄場所に保管した。
(ウ) ときおり,1審被告従業員,パスコ従業員等が参加する勉強会が実施された。業務命令に基づくもので,残業代が支給された。
ウ 1審原告は,封着工程に案内された直後,1審被告従業員から,作業で分からないことがあればリーダーに積極的に尋ねるよう告げられ,3日である程度覚えてもらわないと辞めてもらうと告げられた。
1審原告の封着工程での作業は指示を受けながらすることを要したが,
1審被告従業員が直接指示し,パスコ従業員(正社員)が指示していなかった。
休日出勤については,パスコ正社員が現場のパスコ従業員(臨時社員) に出勤を要請して意思確認をした上で休日出勤を指示したこともあったが,
1審被告従業員が直接指示することもあった。
1審原告の更衣室,休憩室は,1審被告従業員と同じ部屋であり,休憩時間は1審被告従業員が指示した。
本件工場には,パスコ正社員が常駐していたが,労働時間の管理等をそもそも行っていたか,具体的にどのような態様で行っていたかは必ずしも明らかでない。
(3) 1審原告による直接雇用の要求と大阪労働局による是正指導
ア 1審原告は,平成17年2月末ころ,1審被告従業員から,パスコからアクティスに移籍するよう持ちかけられた。
1審原告は,同年3月初め,アクティスに連絡をとり時給額を1300円と説明され,契約書を持参して条件面を説明するよう求めたところ,説明に際して契約書は持参されず,後に時給額も1200円とか1000円とか言われ,嘘を言われたとして移籍話を断った。
イ 1審原告は,これを契機として就業状態が労働者派遣法等に違反しているとして,同年4月27日,1審被告に対して,直接雇用を申し入れた。
1審原告は,1審被告から回答が得られないため,同年5月11日,本 件労働組合に加入し,団体交渉を通じて,引き続き直接雇用を申し入れた。本件労働組合は,同年5月19日,同月20日付各書面(甲12,乙
3)によって,1審原告が1審被告への派遣労働者であり,労働者派遣法上の直接雇用の申込義務が発生していることを前提として,1審被告に,
1審原告に対する申込を行うよう,団体交渉を申し入れた。なお,本件労働組合は,同月20日付書面(乙10)によって,パスコに,1審被告が
1審原告に直接雇用の申込を行うようお願いしてほしいと申し入れた。
1審被告は,当初,1審原告との間に雇用関係がないので,団体交渉には応じないという姿勢をとっていたが,同月24日,話合いには応じることとし,その旨回答した。
ウ 1審原告は,同月26日,大阪労働局に対して,本件工場における勤務実態について,パスコ従業員が1審被告従業員から直接指示・監督を受けるものであり,実際には業務請負でなく労働者派遣であり,請負契約を装
って労働者派遣事業をすることは,職業安定法44条,労働者派遣法に違反する行為である旨申告した。
エ 1審被告は,同年6月1日,大阪労働局による調査を受け,同年7月4日,改善計画書を提出し,同局から,パスコとの業務委託契約は労働者派遣に該当し,労働者派遣法24条の2,26条違反の事実があると認定され,同契約を解消して労働者派遣契約に切り替えるようにとの是正指導を受けた。なお,1審被告は,指導を受けた理由につき,1審被告従業員と請負(派遣)労働者の混在による指揮命令系統の曖昧さ,設備・材料等の受渡方法の不備によるものと認識した。1審被告の改善計画は,デバイス部門(封着工程を含む)における請負契約を労働者派遣契約に切り替えるというものであった。
オ パスコは業務請負から撤退することとなり, 1審被告は,アクティス
(後のコラボレート)との間で労働者派遣契約を締結し,同年7月21日から派遣労働者を受け入れ,PDPの製造業務を続けることとした。
(4) 1審原告・本件労働組合と1審被告との交渉(話合い)経緯
ア 同年6月7日,第1回目の交渉が持たれ,1審原告と本件労働組合は,
1審被告に対し,1審原告を直接雇用するよう要求した。
1審被告(担当者c)は,1審原告の希望を聴取し,時間をとって検討したいと答えた。
その後,同月20日(第2回),同年7月4日(第3回)の交渉が持たれた。
イ 1審被告は,同月14日(第4回)の交渉において,1審原告に対し,直接雇用の申込をし,申込内容を記載した「労働条件について」と題する書面(甲13)を交付した。同書面には,契約期間が平成17年8月1日から平成18年1月31日までの6か月間(但し,同年3月末日を限度としての更新はあり得る。),業務内容が「PDPパネル製造・設備運転・
運搬・材料補給などの諸業務及び関連業務」と記載されていた。1審原告は,契約期間が自動更新されるものと勘違いし,いったん了承の意向を示したが,間違いに気づき,直ちに拒否した。
1審被告が,雇用期間を限定した理由は,従業員を直接雇用する体制になっていないため期間の定めのない契約ができないこと,遅くとも同年3月末までに1審被告の生産体制を適法な請負による作業に切り替えることができることからであった。
ウ パスコは,平成17年7月20日限りでデバイス部門から撤退することとなり,1審原告は,パスコ正社員からセット部門に移るよう打診されたが,1審被告に直接雇用を求めてデバイス工程での仕事を続けたいと考えて,これを断り,同日限りで,パスコを退職した。
1審原告は,同月23日,本件工場に赴き,1審被告の従業員として出勤したと言ったが,1審被告従業員からパスコとの契約が切れていなけれ ば二重契約にあたる,不法侵入にあたると言われるなどして,退出した。 エ 本件労働組合は,賃金と雇用期間につき協議された平成17年7月28日(第5回)の交渉において,1審被告に対し,直接雇用を期間の定めの ない契約とし,業務内容を1審原告が従事していた封着工程とするよう申 し入れ,パスコの契約内容が期間2か月,自動更新,60才定年である旨 を述べた。しかし,1審被告は,これに応じないと回答したため,本件労 働組合から,雇用契約書に異議を留める旨の記載をしたいとの申し入れが されたのに対し,かかる記載がなされるのであれば,契約を締結しないと
して,これを拒否し,異議を留めるのであれば別の書面にするよう求めた。オ 1審被告は,同年8月2日(第6回)の交渉において,契約期間を平成
17年8月から平成18年1月31日まで(契約更新はしない。但し,同年3月末日を限度としての更新はあり得る。),業務内容を「PDPパネル製造-リペア作業及び準備作業などの諸業務」と記載した労働条件通知
書(甲14)を交付し,最終期限とする平成18年3月末以降の契約更新をしないと発言したが,上記業務内容を具体的に説明せず,また,賃金につき時給1400円は有期雇用としては安いので例えば1600円にはならないのかとの本件労働組合側の発言を受けて,時給1600円を提示することとし,後日その旨の労働条件通知書(甲15)を作成した。
カ 1審原告と本件労働組合は,1審原告がパスコとの契約関係を解消して収入のない状況であり,これまでの交渉の経緯から雇用期間につき異議を留める記載を契約書にすることに固執しては雇用契約書の締結が困難であると考え,別途,異議を留める旨の意思表示をした上で,契約書を作成することとした。
1審原告は,1審被告に対し,代理人弁護士作成の平成17年8月13日到達の内容証明郵便において,契約期間と業務内容につきそれぞれ異議を留めて, 当面は上記契約書記載の業務に就業する旨の通知をした上で
(甲16),1審被告が準備した雇用契約書(別紙2,本件契約書,甲1
8・乙2)に署名押印して,同月19日に1審被告に交付し,1審被告は,上記通知に対して,平成17年8月19日付で,前記労働条件通知書の内 容がこれまでの本件労働組合を通じての交渉経過を踏まえ,踏み込んだ条 件とした合理的な内容であると認識している旨返答した(甲17)。
本件契約書に記載された雇用契約の内容は,概ね以下のとおりである 契約期間 平成17年8月22日から平成18年1月31日(但し,
平成18年3月末日を限度として更新することがある。)就業場所 本件工場
業務内容 PDPパネル製造-リペア作業及び準備作業などの諸業務勤務時間 午前8時30分始業 午後5時15分終業 休憩45分間賃 金 基本賃金 時間給1600円
通勤手当 実費(1か月毎の定期代)
支払方法 毎月末日締切 翌月25日支払 銀行振込可昇給,賞与,退職金 無
契約更新 契約の更新はしない(但し,平成18年3月末日を限度としての更新はあり得る)
契約の更新は,契約期間満了時の業務量,1審原告の勤務成績・態度・能力,1審被告の経営状態により判断する。
キ パスコは,1審原告に対して平成17年8月,同月20日分までの解雇予告手当を支給し,また,その要求に基づき,平成18年1,2月ころ,パスコ在籍期間中の社会保険の遡及加入手続を行い,特殊健康診断の受診料の負担を約した(乙14,15)。
(5) 本件契約書作成後の1審原告の業務内容
ア 1審原告は,平成17年8月22日,1審被告から直接雇用された従業員として出社し,本件契約書の読み上げを受けて入社手続を行い,人事担当社員から社会保険等の説明を受け,事務手続を済ませて退社した。
翌23日から実際の業務に従事することとなり,午前中は,松下グループの事業内容一般についての説明と,ブラウン管とPDPとの違いの説明を受け,午後に,本件工場の4階クリーンルームに案内され,PDPのリペア作業とその準備作業に従事するよう命じられた。
リペア作業とは,PDPの周囲に取り付けられたFPC(屈曲性のある回路基板で,PDPに電源や信号を伝える。)やACFテープ(異方性導電膜で,FPCとパネル端子との接着導通をさせる。)の取付異常等により,縦線不良・横線不良等が発生した不良PDPにつき,FPC及びAC Fテープを取り外すことにより,再生利用可能なものにする作業であり,具体的には,FPCを取り外した上で,PDPの端子上に残っているAC Fテープの残片を竹串等を使用して取り除くというものであった。この作業は,平成14年3月ころまでは,1審被告の国内工場で実施されていた
が,その後のPDPの性能向上に伴い端子間の距離がより狭まったため,国内工場で不良品が発生した場合はこれを廃棄しており,関連会社の上海工場においてのみその後担当者1名で断続的に実施されていた。
イ 1審被告は,1審原告がリペア作業に従事するにあたり,作業手順やチェックポイント,安全上の注意事項等を記載した作業指図書を交付した。
1審原告がリペア作業を命じられた場所は,外部の運送会社が背面板を搬入し,これを投入機に投入する部屋であり,不良PDPと回路基板とを解体する作業場所の近くにあり,空きスペースがあったために,同スペース内にリペア作業の作業場が設置された。その部屋で常時作業する者は,
1審原告の他にはいなかった。
リペア作業では,ガラスの表面や電極端子間を竹串等で擦る作業を行う ため,静電気が発生し,ほこりが集塵しやすく,これを防止するため,作 業場は帯電防止用シート(当初は黒色であった。)で囲まれていた。なお,
1審被告の従業員には,帯電防止用シート(黒色)内で単独で作業を行う者が多々存在していた。
1審原告は,黒色の帯電防止用シートについて不平を述べたところ,1審被告は,同年9月,透明のシートに変更した。
1審原告は,当初,竹串で異物を除去していたが,竹箸に変更するよう申し入れて受け入れられ,その後,しゃもじに変更するよう申し入れて受け入れられた。
ウ 1審被告は,同年12月初めころ,1審原告の作業の進捗状況をみて,本件契約書による雇用期間満了が予定された平成18年1月31日までのリペア枚数予定を163枚とした。
1審原告は,当初,1日2枚程度のペースでリペア作業をしていたが,その後,作業効率が向上し,上記時点までに約120枚を処理した。
エ 1審被告は,その後,1審原告がリペアしたPDPの一部を再圧着装置
を有する上海工場に輸送して再圧着させて返送させ,その一部につきライフテストを実施し,問題が生じなければ多数のリペア済みPDPのライフテストを行うこととした。
1審被告は,予定枚数に満たない枚数分については,平成18年2月以降,他の従業員に交替で予定枚数に達するまでリペア作業を5日間担当させ,これを終え,その後リペア作業を行っていない。
(6) 雇止めの意思表示
ア 本件労働組合は,本件契約書作成直後の平成17年8月25日以降,書面にて,1審原告の雇用契約を期間の定めのない雇用契約とすること,1審原告の作業を従前従事していた作業に変更すること等を求める交渉を申し入れていた(乙7~9,16,17)。
イ 1審原告は,同年11月11日,1審被告に対し,期間の定めのない雇用契約上の地位を有することの確認等を求めて本件訴訟を提起した。
ウ 1審被告は,同年12月初めにはPDPリユース計画において必要となるテストサンプル数の確保の目処が付いたことなどとして,同月28日,平成18年1月31日の満了をもって,1審原告との雇用契約が終了する旨通告した。
エ 1審原告と本件労働組合は,これに抗議したが,1審被告は,上記同日の満了をもって,1審原告との雇用契約関係は終了したとして,その就業を拒否している。
オ 平成17年11月から平成18年1月までの1審原告の賃金額(支給額面)は,月平均24万0773円(1円未満切捨て)であった(甲20~
22)。
2 雇用契約の成否及びその内容
(1) 黙示の雇用契約(本件雇用契約1)の成否
ア 職業安定法4条6号は「労働者供給」を「供給契約に基づいて労働者を
他人の指揮命令を受けて労働に従事させることをいい,労働者派遣法2条
1号に規定する労働者派遣に該当するものを含まないものとする」と定義するから,労働者派遣法2条1号の「労働者派遣」の定義(自己の雇用する労働者を,当該雇用関係の下に,かつ,他人の指揮命令を受けて,当該他人のために労働に従事させることをいい,当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まないものとする)に該当し,同法に適合する就業形態は,職業安定法4条6項の定義する労働者供給に該当せず,同法44条に抵触しないものと解される。
しかし,前記1(1),(2)の認定によれば,1審被告・パスコ間の契約の 契約書上の法形式は業務委託契約とされ,PDP生産1台あたりの業務委 託料が設定され,生産設備の賃借が規定されたものであるが,設備の借り 受け状況,業務委託料の支払状況等の実態は何ら明らかでなく,パスコと 臨時雇用契約書を作成してPDP製造業務封着工程に従事した1審原告は,パスコ正社員ではなく1審被告従業員の指揮命令,指示を受けて,1審被 告従業員と混在して共同して作業に従事するなどしていたものであり,1 審被告においても上記契約が職業安定法施行規則4条1項所定の適法な派 遣型請負業務足りうること若しくは労働者派遣法に適合する労働者派遣で あることを何ら具体的に主張立証するものではないから,1審被告・パス コ間の契約は,パスコが1審原告を他人である1審被告の指揮命令を受け て1審被告のために労働に従事させる労働者供給契約というべきであり,
1審原告・パスコ間の契約は,上記目的達成のための契約と認めることができる。仮に,前者を労働者派遣契約,後者を派遣労働契約と見得るとしても,各契約がなされて1審原告がPDP製造業務へ派遣された日である平成16年1月20日時点(平成15年改正前労働者派遣法下)においては,労働者派遣事業を,臨時的・一時的な労働力の迅速・的確な需給調整を図るための一般的なシステムとする一方,労働者に対する不当な支配や
中間搾取等の危険が顕在化するおそれなどが認められる業務分野について は労働者派遣事業を認めるべきでないとの労働者保護等の観点から,物の 製造の業務への労働者派遣及び受入は一律に禁止され(同法附則4項,同 法4条3項),その違反に対しては1年以下の懲役又は100万円以下の 罰金(同法附則6項)との派遣元事業者に対する刑事罰が課されるなどさ れていたものであって,各契約はそもそも同法に適合した労働者派遣足り 得ないものである。そうすると,いずれにしろ,脱法的な労働者供給契約 として,職業安定法44条及び中間搾取を禁じた労働基準法6条に違反し,強度の違法性を有し,公の秩序に反するものとして民法90条により無効 というべきである。
ところで,特定製造業務への派遣事業は平成16年3月1日施行の労働者派遣法改正により禁止が解除されたから,1審原告が同月20日から期間2か月として改めて締結又は更新された1審原告・パスコ間の契約に基づき1審被告・パスコ間の契約に従い稼働したことが同法上可能な労働者派遣と評価し得るとしても,派遣可能期間は1年とされ(同法40条の2第2項,附則5項),1審原告の派遣は解禁後1年を経過した平成17年
3月1日を超えて同年7月20日まで継続されていたから,少なくとも, パスコにおいて,同法35条の2第1・2項に違反し,1審被告において,同法40条の2第1項に加えて,大阪労働局が認定したとおり同法24条 の2(派遣元事業主以外の労働者派遣事業を行う事業主からの労働者派遣 の受入れの禁止),同法26条(労働者派遣契約の内容等)に違反したほ か,そもそも労働者派遣契約ないし派遣労働契約の締結にあたって遵守が 求められる多くの手続規定を遵守,履践していないことが明らかである。
そうすると, 平成16年3月20日以降も, 1審被告は上記違法状態
(幾多の労働者派遣法違反)下で1審原告を就業させることを認識していた若しくは容易に認識し得るものであったこと,平成17年4月27日に
1審原告が就業状態が労働者派遣法等に違反していると認識して直接雇用を申し入れた後も1審原告をして就業させたこと等を考慮すれば,1審被告・パスコ間,1審原告・パスコ間の各契約は,契約当初の違法,無効を引き継ぎ,公の秩序に反するものとして民法90条により無効というべきである。
したがって,1審被告・パスコ間,1審原告・パスコ間の各契約は締結当初から無効である。
イ 労働契約も他の私法上の契約と同様に当事者間の明示の合意によって締結されるばかりでなく,黙示の合意によっても成立し得るところ,労働契約の本質は使用者が労働者を指揮命令及び監督し,労働者が賃金の支払を受けて労務を提供することにあるから,黙示の合意により労働契約が成立したかどうかは,当該労務供給形態の具体的実態により両者間に事実上の使用従属関係,労務提供関係,賃金支払関係があるかどうか,この関係から両者間に客観的に推認される黙示の意思の合致があるかどうかによって判断するのが相当である。
前記認定・説示によれば,1審被告・パスコ間の契約,1審原告・パスコ間の契約がいずれも無効であるところ,1審原告は,期間2か月,更新あり,賃金時給1350円の前提で本件工場でPDP製造封着工程の業務に労務を提供し,1審被告は,これを受けて,その従業員を通じて1審原告に本件工場での同工程での作業につき直接指示をして指揮,命令,監督して上記労務の提供を受け,1審原告は,1審被告従業員と混在して共同して作業に従事し,その更衣室,休憩室は1審被告従業員と同じであり,同工程における就業期間が1年半に及び,その間に他の場所での就業をパスコから指示されたこともなく,休日出勤についても1審被告従業員が直接指示することがあり,本件工場にパスコ正社員が常駐していたものの,作業についての指示をしておらず,労働時間の管理等を行っていたか不明
であり,1審被告は,1審原告を直接指揮監督していたものとして,その間に事実上の使用従属関係があったと認めるのが相当であり,また,1審原告がパスコから給与等として受領する金員は,1審被告がパスコに業務委託料として支払った金員からパスコの利益等を控除した額を基礎とするものであって,1審被告が1審原告が給与等の名目で受領する金員の額を実質的に決定する立場にあったといえるから,1審被告が,1審原告を直接指揮,命令監督して本件工場において作業せしめ,その採用,失職,就業条件の決定,賃金支払等を実質的に行い,1審原告がこれに対応して上記工程での労務提供をしていたということができる。
そうすると,無効である前記各契約にもかかわらず継続した1審原告・
1審被告間の上記実体関係を法的に根拠づけ得るのは,両者の使用従属関係,賃金支払関係,労務提供関係等の関係から客観的に推認される1審原告・1審被告間の労働契約のほかなく,両者の間には黙示の労働契約の成立が認められるというべきである。
この点,1審被告は,1審原告が,パスコに対して契約終了に伴う解雇予告手当等の支払を求めるなどパスコを使用者として認識しており,本件雇用契約3締結前には1審被告との間に雇用契約がないことを前提に行動していたとして,黙示の労働契約の成立を否定する。しかし,上記1審原告の言動は,明示的には前記1審被告・パスコ間の契約,1審原告・パスコ間の契約が存在する状況において,1審被告と対立しつつ直接の労働契約を要求して交渉中のものであり,同契約の成立を否定する意思があったとはいえず,パスコとの契約を解消して収入が途絶することが予想されていた1審原告において,あくまで1審被告との間の労働契約が明示的には成立していないことを前提として,形式的には雇用者であったパスコに種々の要求をしたり,形式的には雇用者ではなかった1審被告に直接雇用の要求をしたことをもって,上記契約の成否が左右されると解することはで
きない。
そして,上記労働契約の内容は,期間2か月,更新あり,賃金時給13
50円等,1審原告・パスコ間の契約における労働条件と同様と認めるのが相当であるところ,1審被告従業員により上記契約成立後直ちにPDP製造封着工程業務への従事を指示され,1審原告がこれに応じたから,同業務が従事する業務として合意されたと解すべきである。
したがって,1審原告主張の期間の定めがないとの点は認められず,上記認定,説示した範囲での労働契約の成立を認めることができる。
(2) 労働者派遣法に基づく雇用契約(本件雇用契約2)の成否
1審原告は,製造業務への労働者派遣が解禁されてから1年を経過した平成17年3月1日の時点で,労働者派遣法40条の4に基づき1審被告に1審原告に対する直接雇用申込義務が生じ,1審被告が労務提供を受け続けたことは雇用契約申込にあたり,1審原告が労務提供し続けたことにより期間の定めのない雇用契約が成立した,仮にそうでないとしても,同法の趣旨から信義則上同内容の雇用契約が成立したと主張する。
しかし,前記(1)の認定・説示のとおり,1審被告・パスコ間の契約は労働者供給契約,1審原告・パスコ間の契約は同目的達成のための契約であって,労働者派遣法に適合した労働者派遣がなされていない無効のものであるから,同法40条の4の適用があることを前提に1審原告・1審被告間において当然に同条に基づき直接雇用申込義務が生じると解することは困難である。
また,同法同条の趣旨は,派遣受入可能期間の制限に抵触する前に,派遣 先に雇用契約の申込をすることを義務づけることにより期間制限に違反した 労働者派遣が行われることを防止し,労働者派遣から派遣先の直接雇用へと 移行させることにあるから,派遣先が派遣受入可能期間を超えてなお同条に 基づく申込をしないまま,派遣労働者の労務提供を受け続けている場合には,
同条の趣旨及び信義則により,直接雇用契約の締結義務が生じると解しうるとしても,契約期間の定め方を含む労働条件は当事者間の交渉,合意によって決せられるべき事柄であって,派遣先において同条に基づき当然に期間の定めのない契約の締結義務が生じるとまでは解されない。このことは,信義則に基づく直接雇用の契約締結義務が認められる場合も同様といえる。
したがって,本件雇用契約2の成立は認められない。
(3) 本件雇用契約3における期間の定めの有無,効力
1審原告・本件労働組合,1審被告の交渉を経て,本件契約書の作成により本件雇用契約3が締結されたことによって,別紙2のとおり,賃金が時給
1600円となるなど,前記(1)の黙示の労働契約の内容が変更されたというべきところ,本件契約書には,契約期間を「平成17年8月22日から平成18年1月31日(但し,平成18年3月末日を限度として更新することがある。)」,業務内容を「PDPパネル製造-リペア作業及び準備作業などの諸業務」,契約更新を「契約の更新はしない(但し,平成18年3月末日を限度としての更新はあり得る)。契約の更新は,契約期間満了時の業務量, 1審原告の勤務成績・態度・能力,1審被告の経営状態により判断する」との記載があるものの,1審原告は,同代理人弁護士作成の内容証明郵便をもって有期とされる契約期間と従前従事していた封着工程ではない業務内容につきこれを不利益としてそれぞれ異議を留めた上で,本件契約書を作成したものであるから,同契約書どおりの期間の定め,更新方法及び業務内容の合意が成立したとはいえず,他方,期間の定めのないこととする合意や PDP製造封着工程の業務に限ってこれを行うとの合意があったとも認められない。
したがって,本件雇用契約3の締結後も,前記(1)の黙示の労働契約における契約期間及び業務内容が1審原告・1審被告間の労働契約の内容となるものであって,両者間の契約内容は別紙3のとおりとなる。
3 リペア作業等に従事する義務の存否
1審原告は,1審被告が1審原告にリペア作業を命じたことは従前従事していた業務である封着工程からの配転命令にあたり(本件配転命令),リペア作業に必要性はなく,同命令は1審原告に対する報復等の不当な動機,目的でなされたものであり,権利濫用として無効であるなどと主張する。
前記2の認定・説示のとおり,上記黙示の労働契約における1審原告の従事する業務内容は本件工場内でのPDP製造業務封着工程であるところ,リペア作業への変更を命じられたのであるから,かかる業務命令は配置転換命令に該当するといえる。
そして,前記1(4)・(5)のとおり,PDPの再生利用のためのリペア作業は,従前1審被告の国内工場で実施されていたが,その後関連会社の上海工場にお いて担当者1名で断続的に実施されていたのであるから,経営上,同作業を行 う必要性があったのかは疑問である上,上海工場に送られたPDPは1審原告 がリペアしたものの一部であり,再圧着後ライフテストが実施されたPDPは さらにその一部にすぎないこと,1審被告は,平成18年2月以降,予定枚数 に満たない枚数分(1審原告が作業した約120枚の残りである約40枚)を,他の従業員に交替で5日間担当させてこれを終えたものであり,リペア作業の 必要があったのであれば,当初からかかる方法により予定枚数を1日あたり約
8枚,20日間程度で終えることができたにもかかわらず,1審原告一人に5か月以上もかけてこれを行わせてきたこと等の事情からすれば,リペア作業の必要性は乏しかったというべきである。
そして,1審被告は,1審原告と本件労働組合から直接雇用の要求を受けて交渉を開始した平成17年7月14日の第4回交渉において,業務内容を「P DPパネル製造・設備運転・運搬・材料補給などの諸業務及び関連業務」と記載した「労働条件について」と題する書面を交付して,1審原告に期間工としての直接雇用の申込をしたこと,それ以前に1審原告は1年半にわたりPDP
製造業務封着工程に従事し,雇用期間2か月の契約を多数回に渡って更新しているから,同工程における作業能力,習熟度に問題はなかったものといえること等からすれば,リペア作業は,これを行う必要性が乏しかったにもかかわらず,1審原告一人にあてがうためにあえて設定した業務であったと推認するのが相当である。
そして,前記1(3)のとおり,1審原告が,前記業務命令の直前の平成17年4月27日に労働者派遣法等に違反するとして直接雇用を申し入れて以来,大阪労働局に1審被告が請負契約を装って労働者派遣をさせている旨申告し,これにより1審被告が大阪労働局による調査と是正指導を受け,PDP生産体制の変更を余儀なくされたこと,1審原告と本件労働組合から期間の定めのない直接雇用を求めた交渉を要求されたことにより,1審被告と1審原告が対立していたこと,リペア作業の内容自体は,通常の労働に伴う精神的,肉体的負担を超えて特段の苦痛を与える作業とまではいえないものの,1審原告が従事してきた封着工程に比べると,長時間・長期間に渡って孤独な作業を強いられる点において相応の肉体的,精神的負担を与えるものというべきことに照らせば,1審被告は,リペア作業を行う真摯な必要もこれを1審原告一人に行わせる必要も乏しかったにもかかわらず,1審原告の上記行為に対する報復等の不当な動機・目的によりこれを命じたものと推認するのが相当である。
したがって,前記業務命令は権利濫用として無効であり,1審原告はリペア作業に就労する義務はない。
4 雇用契約の帰趨
(1) 解雇の有無及びその効力
両者間の雇用契約は,平成17年8月22日の本件契約書による合意以降期間2か月毎に更新され,同年12月22日から同様に期間2か月として更新されていたから,1審被告が同月28日,平成18年1月31日の満了をもって1審原告との雇用契約が終了する旨通告し,その後その就業を拒否し
ていることは,解雇の意思表示にあたる。
1審被告は,PDPリユース計画において必要となるテストサンプル数確保の目処が付いたなどとして上記意思表示をしたところ,前提となるリペア作業への配置転換は無効であり,上記封着工程の業務作業が終了したなどの事情は見当たらないから,上記解雇の意思表示は解雇権の濫用に該当し無効というべきである。
(2) 雇止めの成否
仮に解雇の意思表示でなく,雇止めの意思表示としても,上記契約は,期間2か月,かつ更新できるものであり,平成16年1月以降多数回に渡って更新されていた上,1審原告の従事していた封着工程は現在も継続されており明らかに臨時的業務でなく,その雇用関係はある程度の継続が期待されていたところ,上記のとおり,雇止めの意思表示は,解雇の場合には解雇権の濫用に該当するものであり,更新拒絶の濫用として許されないというべきである。
(3) したがって,1審原告は,1審被告に対し,別紙3の内容の雇用契約上の権利を有する地位にあるから,1審原告の請求は上記内容の権利を有する地位にあることを求める限度で理由がある。
(4) 賃金
1審原告が1審被告から受領した賃金は,上記解雇又は雇止めの意思表示の直近3か月である平成17年11月から平成18年1月まで月平均24万
0773円(毎月末日締,翌月25日支払)であるから,1審原告はその主張どおり平成18年2月分以降,同額の賃金請求権を有し,口頭弁論終結後を含め,賃金支払請求を認めることができる。
したがって,1審原告の賃金支払請求は理由がある。
5 不法行為の成否
前記認定・説示によれば,1審被告が1審原告にリペア作業への従事を命じ
た業務命令並びに解雇又は雇止めの意思表示は不法行為を構成し,これによる
1審原告の精神的苦痛に対する慰謝料は各45万円合計90万円をもって相当と認められる。
したがって,1審原告の不法行為に基づく慰謝料請求は,90万円及び内4
5万円に対する平成17年11月23日(不法行為〔リペア作業従事の業務命令〕後である訴状送達日の翌日)から,内45万円に対する平成18年3月9日(不法行為〔解雇又は雇止め〕後である請求の趣旨の変更申立書送達日の翌日)から,各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がない。
第4 結論
そうすると,1審原告の雇用契約上の権利確認請求,リペア作業に就労する義務のないことの確認請求,損害賠償請求は前記の範囲で相当であり,賃金支払請求は全部相当であるが,その余の請求はいずれも不相当であるから,以上のとおり原判決を変更する。
よって,主文のとおり判決する。
大阪高等裁判所第8民事部
裁判長裁判官 若 林 諒
裁判官 小 野 洋 一
裁判官 菊 地 浩 明
(別紙3)
契約期間 2か月間・更新あり就業場所 本件工場
業務内容 PDP製造業務封着工程
勤務時間 始業:午前8時30分,終業:午後5時15分休憩:45分間
所定時間外労働:有休日労働:有
勤務日・ 1審被告カレンダーによる(但し,業務都合により事前に予告のうえ休日 変更することがある)
休 暇 年次有給休暇:無(但し,6か月以上継続勤務し,全労働日の8割以上勤務した場合は10日)
育児・介護休暇:無
賃 金 基本賃金:時間給1600円
通勤手当:実費(1か月毎の定期代)
所定時間外,休日又は深夜労働に対して支払われる割増賃金率:所定時間外(25%),休日:法定休日(35%),法定外休日(0%),深夜(25%)
賃金締切・支払日・方法:毎月末日締切,翌月25日支払,銀行振込可給与計算:15分単位で計算
昇給,賞与,退職金:無
退職に関 雇用期間中に自己都合により1審原告が退職を希望する時は,14日以する事項 上前に申し出ることにより退職できる。
1審原告の業務成績・業務能力が著しく不良であるときや,1審被告に対して損害などを与える行為等が認められた場合は1審被告は解雇でき
る。
保険適用 社会保険等の加入状況:厚生年金,健康保険雇用保険の適用:有
以上