A 説 独占禁止法限定適用説（7）
xx＊
xx
弁護士
ライセンス契約における最高製造・販売数量制限条項が，独占禁止法に違反するものであるとはいえず，無効とはならないとされた事例（1）
（大阪地裁平成 18 年１月 16 日判決（平成 16 年（ワ）第 10298 号））
判例時報 1947 号 108 ～ 121 頁〔マンホール鉄蓋事件〕
《東京弁護士会 知的財産xx部 判例研究 16》
1．ライセンス契約とは
特許発明は特許権者の意思により他者に実施させることができ，この場合に実施を許された者の権利が許諾による実施権であるところ，特許法上，専用実施権と通常実施権の二種類の実施権が規定されている（特許法 77 条，78 条）。特許権との関係で，「ライセンス契約」とは，厳密には，通常実施権の許諾契約と専用実施権の設定契約のことを指す（2）。ただ，実際には専用実施権の設定契約がなされることは少なく（3），ライセンス契約といった場合には，前者の通常実施権の許諾契約を指すことが多いようである（そこで，本稿においては，通常実施権の許諾契約の方のみを「ライセンス契約」ということにする）。ライセンス契約は，それによって，他社の特許権を活用する一方，自社で開発コストを削減しつつ新たな技術を開発することを可能とするものであるから，今日，ライセンス契約の重要性は計り知れない。
この点，ライセンス契約は，特許権者（または専用実施権者）と通常実施権者の間で締結されるが，その中で，対価，許諾の範囲（期間，地域，技術分野の制限等），改良発明の取扱い，競合品の取扱い，特許権の効力についての不争義務等といった具体的内容が定められるのが通常である。
しかし，次に述べるとおり，ライセンス契約の上記内容等を通じた特許権者の行為が独占禁止法上の問題をもたらすことがある。
2．ライセンス契約に基づく特許権者の権利行使に対する独占禁止法の適用
（1）①特許法と独占禁止法との関係
特許制度は，産業上有用な成果物を排他的に利用す
発を促進させ，ひいては産業の発達に寄与することを目的とするものである。しかし，かかる特許権の排他的性質から，ライセンス契約に基づく特許権者の権利行使，つまり，地域を限定してライセンスするというような特許権の物権的行使と考えられるような行為や，単にライセンス契約に付随して競合品の取扱いを制限するというような契約上の権利の債権的行使と考えられるような行為によって，市場における独占獲得を通じて競争秩序が害されるおそれは払拭し得ない。そこで，まず，特許法等知的財産xxと独占禁止法 との関係を調整する規定であるとされる独占禁止法 21 条（4），とりわけ同条の「権利の行使と認められる
行為」という文言をいかに解釈すべきかが問題となる。
独占禁止法
第 21 条 この法律の規定は，著作xx，特許法，実用新案法，意匠法又は商標法による権利の行使と認められる行為にはこれを適用しない。
この点，独占禁止法 21 条の解釈に関する見解は様々であるが，知的財産権の行使に関し，同条によって独占禁止法の適用範囲が後退しないと解する点ではほぼ一致しているようである（5）。ここでは，本稿で取り上げる裁判例を検討する上で必要な範囲においてのみ，同条に関する見解を大まかに分類し，それぞれの見解を支える主な理由を紹介するに止める（6）。
A 説 独占禁止法限定適用説（7）
知的財産権法上の権利の行使と認められる行為と，そうではない行為とに二分し，前者に対して独占禁止法 21 条より同法の適用が除外されるが，後者に対しては当然に適用される。ただし，前者の例外として，
る権利を特定の主体に認めることにより，当該成果物
の研究・開発のための投資の回収を可能にし，研究開
＊ ロヴェルズ法律事務所外国法共同事業
知的財産権法上の権利の行使が知的財産権制度の趣旨を逸脱したり，権利の濫用に該当したりする場合には，独占禁止法上が適用される（8）。
B 説 独占禁止法全面適用説（9）
独占禁止法 21 条は，知的財産権は他の財産権同様，それが排他的・独占的であること自体を理由に独占禁止法違反とされることはないという当然のことを定めた規定にすぎない。知的財産権と独占禁止法との間には特段の関係はなく，独占禁止法 21 条の規定に関係なく知的財産権の行使に対しても独占禁止法が適用される。
（2）②最高製造・販売数量制限が，独占禁止法 21 条
の定める「権利の行使と認められる行為」に該当するか
ア 「権利の行使と認められる行為」の内容
次に，ライセンス契約においては，販売地域の制限，製造数量等の制限，原材料等の購入先の制限等，様々な制限が課され得るところ，①において B 説（独占禁止法全面適用説）を採った場合，同見解は，独占禁止法 21 条は，知的財産権の行使が排他的・独占的であることを理由にそれ自体が独占禁止法違反とされることはないという当然のことを定めた規定にすぎず，同条の規定自体は特に意味を有するものではないと捉えるため，同条に定める「権利の行使と認められる行為」の意義を解釈する必要性は乏しいと思われる（10）。
他方，A 説（独占禁止法限定適用説）を採った場合，本判決で問題となっている最高製造・販売数量制限が，独占禁止法 21 条によって同法の適用が除外される「権利の行使と認められる行為」に該当するかが問題となる。「権利の行使と認められる行為」に該当すれば，最高製造・販売数量制限には原則として独占禁止法が適用されないことになるからである。
この点，ライセンス契約等においていかなる制限を設けることが独占禁止法 21 条の「権利の行使と認められる行為」に該当するのか，つまり，その制限に違反した場合特許権侵害を構成するような制限であるのか，その制限に違反しても特許権侵害は構成することはなく単に債務不履行の問題が生じるにすぎないような制限で足りるのか問題となるも，A 説（独占禁止法限定適用説）に属する見解で後者の考え方を前提としている見解は見当たらないようである（11）。とすると，通常実施権の地域的制限，時間的制限，内容的制限の違反が特許権の侵害を構成するとされる点について，
一般に学説上異論はないと思われるところ（12），上記のように，その制限への違反行為が特許権侵害を構成するような制限の設定を「権利の行使と認められる行為」ということを前提とすれば，地域的制限，時間的制限，内容的制限は「権利の行使と認められる行為」ということになろう。
このように，A 説（独占禁止法限定適用説）を採る場合，ライセンス契約における制限の設定が「権利の行使と認められる行為」であるとして独占禁止法の適用が原則として除外されるかを検討する前提として，問題となっている制限について，その制限違反が特許権侵害を構成するか否かをまず検討する必要がある。
ここでは，最高製造・販売数量制限違反の事例ではないが，いかなる制限について，その制限の違反が特許権侵害になるか単なる債務不履行に止まるかを検討した事件として，次に掲げる，大阪地裁平成 14 年 12月 26 日判決（平成 13 年（ワ）第 9922 号）育苗ポット事件（第xx），大阪高裁平成 15 年 5 月 27 日判決
（平成 15 年（ネ）第 320 号）育苗ポット事件（控訴審）が参考になる。
イ 育苗ポット事件の概要
育苗ポットの分離方法・治具に係る特許権を有する原告が，同特許発明の実施品であるポットカッターについて，被告と，原告の製造に係る連結育苗ポットの切り離し以外の目的に使用しないという条項を付した貸与契約を締結したところ，被告が上記条項に反し，ポットカッターを原告以外の製造に係る連結育苗ポットの切り離しに使用したため，かかる行為は原告の特許権の侵害にあたるとして，差止め，損害賠償を請求したというものである。
第xxは，時間的制限，場所的制限，内容的制限について，通常実施権者がその制限範囲を超えて特許発明を業として実施するときは，特許権の侵害となる一方，原材料の購入先等について種々の約定がなされることがあるとしても，その違反は，単なる契約上の債務不履行となるに止まるとした。その上で，原告以外の製品に対して原告の特許発明の実施品を使用しないという条項により通常実施権に制限を付すことも，特許権の本来的行使に該当せず，単なる契約上の制限に止まるとした。
〔大阪地裁平成 14 年 12 月 26 日判決（平成 13 年（ワ）第 9922 号）育苗ポット事件（第xx）〕
「特許権者から実施範囲を使用に限定して実施許諾
を受けた通常実施権者が特許発明に係る物を使用するに際し，特許権者の競業者の製品への使用に供することを排除することは，特許権者が通常実施権者に対して，競争品の使用等又は競争技術の採用の制限，若しくは原材料，部品等の購入先の制限を課すことと径庭がなく，それ自体は，特許発明の実施行為に関することではあるけれども，実施の区分，期間，地域，技術 xxxを制限するものとは異なり，特許権者が本来決定権を有しない，特許発明の実施とは無関係の制限を課すものであるから，特許制度の目的に照らしても，特許権の本来的効力を実現するために必要な範囲を超えるものというべきである」（下線筆者付加）
控訴審も，原告以外の製品に対して原告の特許発明の実施品を使用しないという制限は，原材料の制限を課すこととあまり変わりはなく，実施の区分，期間，地域，技術xxxを制限するものとは異なり，特許権の本来的効力を実現するために必要な範囲を超えるものというべきであるとして，上記条項は通常実施権の範囲の制限とは別異の約定であり，これに違反しても債務不履行を構成するにすぎないとした（13）。
〔大阪高裁平成 15 年 5 月 27 日判決（平成 15 年（ネ）第 320 号）育苗ポット事件（控訴審）〕
「…通常実施権…の範囲は当事者間の契約（設定行 為）によって決定されるもので，これを特許権の全範囲に設定することもできるし，また，その一部に制限して設定することもできる…。上記制限としては，時間的制限，場所的制限，内容的制限があり，そのうち内容的制限には，特許法 2 条 3 項が定める生産，使用，譲渡等の実施態様のうち一つ又は複数に制限する場合，特許請求の範囲の複数の請求項のうち一部の実施のみに制限する場合，複数の分野の製品に利用できる特許について分野ごとに制限する場合等が考えられる。そして，通常実施権者がその制限範囲を超えて特許発明を業として実施するときは，…特許権の侵害とな（る）。これに対し，現実の通常実施権設定契約において，原材料の購入先，製品規格，販路，標識の使用等について種々の約定がなされることがあるとしても，これらは，特許発明の実施行為とは直接関わりがなく，いわば，それに付随した条件を付しているにすぎず，その違反は，単なる契約上の債務不履行となるにとどまると解するのが相当である。」（下線筆者付加）
しかし，育苗ポット事件においては，ライセンス契約において種々の制限がライセンシーに課され，内容的制限，時間的制限，場所的制限違反は特許権侵害を構成する等との一般論が述べられたものの，その中で，ライセンシーによる最高製造・販売数量制限の違反が，特許権侵害を構成するのか，単なる債務不履行に止まるのかについては言及されなかった。
このように，最高製造・販売数量制限違反が特許権の侵害を構成するか，当該制限を定めたライセンス契約違反とされるに止まるのかは，依然として争いがあった。一つの考え方として，1 台の工作機械を製作する通常実施権を付与された者が 2 台製作したという事例を想定し，この数量制限を越えた部分が特許権侵害とならないのは「特許常識上疑問」であるとしつつ，これを特許権侵害と解すると，価格制限違反等他のすべての制限違反もすべて特許権侵害となってしまうという，もう一つの「特許常識」に反するという理由で，結局債務不履行に止めるべきである，というものがある（14）（15）。
ウ 小括
以上をまとめると，A 説（独占禁止法限定適用説）を採り，その制限違反が特許権侵害を構成するような制限が独占禁止法 21 条の「権利の行使と認められる行為」であるということを前提としつつ，最高製造・販売数量制限違反が特許権侵害を構成するという見解を採れば，同制限の設定は「権利の行使と認められる行為」として，原則として独占禁止法の適用を受けないことになろう。逆に，最高製造・販売数量制限違反が債務不履行を構成するにすぎないという見解を採れば，同制限の設定は「権利の行使と認められる行為」とはいえず，独占禁止法の適用を受けることになろう。
しかし，詳細は 6（1）ウにおいて後述するが，このような理由で独占禁止法の適用の有無が変わるとするのは適当ではないと思われる。ここでは，B 説（独占禁止法全面適用説）を採り，特に独占禁止法 21 条の「権利の行使と認められる行為」の意義を解釈することはせず，問題となる行為に対して独占禁止法上の観点からの検討をなすのが直截であろう。
（3）③最高製造・販売数量制限は「不xxな取引方法」
であるとして，独占禁止法上違法となるか
そして，最高製造・販売数量制限が，独占禁止法 21 条に定める「権利の行使と認められる行為」にあたらないと評価されると，独占禁止法が適用され（16），
当該制限が「不xxな取引方法」（独占禁止法 19 条）に該当するとして，独占禁止法上違法となるかが問題となる。なお，「不xxな取引方法」の内容は，独占禁止法 2 条 9 項や，xx取引委員会が指定した昭和 57 年 6 月 18 日xx取引委員会告示第 15 号「不xxな取引方法」（「一般指定」と呼ばれる）において定められているところ，最高製造・販売数量制限は，そのうちの拘束条件付取引（一般指定 13 項）に該当し得る。
独占禁止法
第 19 条 事業者は，不xxな取引方法を用いてはならない。
第 2 条
9 この法律において「不xxな取引方法」とは，次の各号のいずれかに該当する行為であつて，xxな競争を阻害するおそれがあるもののうち，xx取引委員会が指定するものをいう。四 相手方の事業活動を不当に拘束する条件をもつて取引すること。
一般指定
第 13 項（拘束条件付取引） 前二項に該当する行為のほか，相手方とその取引の相手方との取引その他相手方の事業活動を不当に拘束する条件をつけて，当該相手方と取引すること。
（4）④最高製造・販売数量制限がライセンス契約において定められた場合，当該条項は無効となるか
上記の過程を経て，最高製造・販売数量制限が独占禁止法上違法であるとされても，直ちに，ライセンス契約において定められた当該制限条項が無効となるわけではない。
この点，最高裁昭和 52 年 6 月 20 日判決（昭和 48年（オ）第 1113 号）民集 31 巻 4 号 449 頁が，「独禁法 19 条に違反した契約の私法上の効力については，その契約が公序良俗に反するとされるような場合は格別として，上告人のいうように同条が強行法規であるからとの理由で直ちに無効であると解すべきではない。」と判示しているように，ライセンス契約中の最高製造・販売数量制限条項が無効であるとするためには，単に当該制限条項が独占禁止法上違法であることを主張立証するだけでは足らず，さらに一歩踏み込んで，当該制限条項が公序良俗違反であることも主張立証しなければならない。
3．「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」の内容
（1）知的財産ガイドラインの性質
既に述べたとおり，特許xx知的財産権の利用は，時には，独占禁止法上の問題をもたらすことがある。すなわち，知的財産の利用には，本判決で問題となった最高製造・販売数量制限や，1 で前述したような，ライセンス契約における許諾の範囲（期間，地域，技術分野の制限等），競合品の取り扱い等，様々な形態のものが考え得るところ，それらは，「不xxな取引方法」（独占禁止法 19 条，2 条 9 項，一般指定）や「私的独占又は不当な取引制限」（同法 3 条）等に該当するとして，独占禁止法上違法と評価されることもある。
ここで，様々な知的財産の利用形態に対する独占禁止法上の評価をより具体的に示したものが，xx取引委員会によって 2007 年 9 月 28 日に公表された「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」（以下「知的財産ガイドライン」という）である。
無論，知的財産ガイドラインは，xx取引委員会が独占禁止法上の運用基準を示したものにすぎず，裁判所がなす判断を拘束するものではないが，実務上，専門機関の考え方として参考となるものである。
なお，本判決がなされた時期は，まだ，知的財産権に関するガイドラインとしては，上記知的財産ガイドラインは策定されておらず，1999 年 7 月 30 日に公表された「特許・ノウハウライセンス契約に関する独占禁止法上の指針」（以下「旧ガイドライン」という）が存在していた。旧ガイドラインは知的財産ガイドラインの策定に伴い廃止されているが，本判決において問題となった最高製造・販売数量制限に関する内容は，知的財産ガイドラインと旧ガイドラインとの間で大差ないこと，本判決では旧ガイドラインそのものを取り上げて判示されたものではないことから，本稿では，基本的には知的財産ガイドラインを中心に，旧ガイドラインについては必要な範囲で言及するに止めることとする。
（2）知的財産ガイドラインの内容
知的財産ガイドラインは，前記の，①独占禁止法 21 条の解釈，②最高製造・販売数量制限への独占禁止法 21 条適用の有無，③最高製造・販売数量制限の独占禁止法上の違法性について，次のように定めている。
ア ①独占禁止法 21 条の解釈（下線筆者付加）
知的財産ガイドライン
第 2 独占禁止法の適用に関する基本的な考え方
1 独占禁止法と知的財産法
独占禁止法第 21 条は，「この法律の規定は，著作xx，特許法，実用新案法，意匠法又は商標法による権利の行使と認められる行為にはこれを適用しない。」と規定している…。したがって，技術の利用に係る制限行為のうち，そもそも権利の行使とはみられない行為には独占禁止法が適用される。
また，技術に権利を有する者が，他の者にそ の技術を利用させないようにする行為及び利用できる範囲を限定する行為は，外形上，権利の行使とみられるが，これらの行為についても，実質的に権利の行使とは評価できない場合は，同じく独占禁止法の規定が適用される。すなわち，これら権利の行使とみられる行為であっても，行為の目的，態様，競争に与える影響の大きさも勘案した上で，事業者に創意工夫を発揮させ，技術の活用を図るという，知的財産制度の趣旨を逸脱し，又は同制度の目的に反すると認められる場合は，上記第 21 条に規定される「権利の行使と認められる行為」とは評価できず，独占禁止法が適用される…。
それが「権利の行使とはみられない行為」であれば独占禁止法が適用されるとし，「権利の行使とみられる行為」であっても，知的財産制度の趣旨を逸脱したり，同制度の目的に反したりすると認められる場合には，
「権利の行使と認められる行為」とは評価されずに独占禁止法が適用されるとしている。
このような，知的財産ガイドラインの考え方は，独占禁止法 21 条の文言とはまた異なる「権利の行使とみられる行為」なる概念を用いてはいるものの，結局は，知的財産を利用する行為を「権利の行使とみられる行為」か検討した上で二種類に分け，一方には，例外的場合にのみ独占禁止法を適用し，他方には，当然に独占禁止法を適用するという点においては，A 説（独占禁止法限定適用説）に近いものである（17）。
かかる知的財産ガイドラインの内容を図に表すと，次の図 1 とおりとなる（18）。
イ ②最高製造・販売数量制限の独占禁止法 21 条適用の有無，③同制限の独占禁止法上の違法性（下線筆者付加）
知的財産ガイドライン
第 4 不xxな取引方法の観点からの考え方
3 技術の利用範囲を制限する行為
ある技術に権利を有する者が，他の事業者に 対して，全面的な利用ではなく，当該技術を利用する範囲を限定してライセンスをする行為は，前記第 2 － 1 に述べたとおり，外形上，権利の行使とみられるが，実質的に権利の行使と評価できない場合がある。したがって，これらの行為については，前記第 2 － 1 の考え方に従いx
x的財産ガイドライン第 2 － 1 は，「権利の行使と認められる行為」は，独占禁止法 21 条により同法の適用が除外されるということを前提に，問題となる知的財産の技術の利用行為を「権利の行使とみられる行為」と「権利の行使とはみられない行為」とに二分し，
図 1
利の行使と認められるか否かについて検討し， 権利の行使と認められない場合には，不xxな取引方法の観点から問題となる。
（1）（略）
（2）製造に係る制限ア （略）
イ 製造数量の制限又は製造における技術の使用回数の制限
…製造数量又は使用回数の上限を定める ことは，市場全体の供給量を制限する効果がある場合には権利の行使とは認められず，xx競争阻害性を有する場合には，不xxな取引方法に該当する（一般指定第 13 項）。
4 技術の利用に関し制限を課す行為
（1）（略）
（2）販売に係る制限
ア ライセンス技術を用いた製品を販売で きる地域及び販売できる数量を制限する行為については，基本的に前記 3 の柱書及び同⑵の考え方が当てはまる。しかし，当該権利が国内において消尽していると認められる場合又はノウハウのライセンスの場合であって，xx競争阻害性を有するときは，不xxな取引方法に該当する（一般指定第 13 項）。
上記のとおり，知的財産ガイドラインによれば，最大製造数量制限は，技術の利用範囲を制限する行為として，「権利の行使とみられる行為」であるとしているものの，市場全体の供給量を制限する効果があれば，
「権利の行使とは認められ」ないとしている（知的財産ガイドライン第 4 － 3 柱書，（2）－イ）。
そして，その場合には，最大製造数量制限行為のxx競争阻害性が検討され，当該独占禁止法上違法とされる「不xxな取引方法」（独占禁止法 19 条，2 条 9 項，一般指定 13 項）に該当するか否かの検討がなされるとしている（知的財産ガイドライン第 4 －（2）－イ）。ここで，xx競争阻害性は，競争者等の取引機会を排除しまたは競争機能を直接的に低下させるおそれ，価格・顧客獲得等の競争そのものの減殺のおそれ，競争手段としての不当性，自由競争基盤への侵害を考慮して検討される（知的財産ガイドライン第 4 － 1 －（2），
（3 ）。
以上のことは，最大販売数量制限についても同様である（知的財産ガイドライン第 4 － 4 －（2 ）。
次の図 2 は，上記の最高製造・販売数量制限の独
占禁止法上の違法性を検討手順に関する，知的財産ガイドラインの考え方をまとめたものである。
4．小括
知的財産ガイドラインおよび裁判例の内容等を鑑みると，ライセンス契約における最高製造・販売数量制限条項の無効を主張するためには，次に掲げることを主張立証することが必要となろう。
ⅰ 独占禁止法の適用の有無
最高製造・販売数量制限が，技術保護の制度を逸脱し，または同制度の目的に反することを示す事情（行為の目的，態様や競争に与える影響の大きさ（市場全体の供給量を制限する効果））（知的財産ガイドライン第 2 － 1，第 4 － 3 －（2）－イ，4 －（2）－ア）
図 2
ⅱ 独占禁止法上の違法性
最高製造・販売数量制限が，xx競争を阻害することを示す事情（競争者等の取引機会を排除しまたは競争機能を直接的に低下させるおそれ，価格・顧客獲得等の競争そのものの減殺のおそれ，競争手段としての不当性，自由競争基盤への侵害）（知的財産ガイドライン第 4 － 1 －（2），（3），3 －（2）－イ，4 －（2）－ア）
ⅲ 公序良俗違反
最高製造・販売数量制限が独占禁止法上違法であって，公序良俗違反であることを示す事情（最高裁昭和 52 年 6 月 20 日判決（昭和 48 年（オ）第 1113 号））
ここで，上記ⅰ，ⅱで考慮すべき要素は，行為の目的，態様，市場に与える影響等，独占禁止法上の概念という点で共通していると考えられるところ，そのようなお互いに性質が類似する概念を上記ⅰとⅱとにおいて区別して判断することは不要であり，ⅰの論点を別個に設けずにⅱの論点の枠組内においてのみ，独占禁止法の観点からの検討をすれば足りると思われる。この点については 6（1）ウにおいて後述する。
5．裁判例の紹介
（1）事案の概要
ア 原告は，マンホール鉄蓋に係る特許等（以下「本件特許等」という）を有していたところ，被告との間で，本件特許等の実施品である製品（以下「本件特許製品」という）の製造・販売を被告に許諾するライセンス契約（以下「本件ライセンス契約」という）を締結した。
本件ライセンス契約においては，同契約の有効期間内に被告が製造・販売できる本件特許製品の数量に上限を設ける旨の条項が設けられていた（以下「最高製造・販売数量制限」という）。
しかるに，被告は，最高製造・販売数量制限の条項にもかかわらず，同数量を超えた本件特許製品を製造・販売するに及び，その旨の被告への報告も行わなかった。
そこで，原告は，被告に対し，被告の最高数量・販売数量制限の条項に反した本件特許製品の製造・販売は，本件ライセンス契約に違反するものとして，債務不履行に基づく損害賠償および遅延損害金の支払を請求した。
イ この点，北部九州の各自治体では，その領域内で使用するマンホールについて，本件特許製品を仕様
として指定しているところが多く，そのようなところでは，事実上，本件特許製品でなければ，各自治体の下水道向けのマンホールとして取引の対象とされないようになっていた。
ここで，原告は，各自治体から本件特許製品を仕様として指定を受けるにあたり，各自治体からの求めに応じ，各自治体がマンホールの製造販売業者として認定している業者に対しては本件特許等のライセンスをする旨約した書面を，各自治体に対して差し入れていた。
被告は，原告と，本件ライセンス契約を締結し，本件特許製品を製造・販売することになっていたが，前記の最高製造・販売数量制限条項の他，本件ライセンス契約においては，次のようなことも定められていた。すなわち，被告がかかる制限を超えないで本件特許製品を製造・販売するに止まる場合は，原告は，被告から，実施料を徴収しないことになっていたが，被告がかかる制限を超えて本件特許製品を製造・販売する場合は，被告は，原告に対して，超過数量分のマンホールの OEM 製造を委託すること，被告は，四半期ごとに本件特許製品の製造･販売数量を，製造・販売数量が最高製造・販売数量制限に達したときにはその旨を，原告に対して報告することであった。
（2）争点
Ⅰ 本件ライセンス契約の最高製造・販売数量制限条項は無効か。
Ⅱ 最高製造・販売数量制限超過分についての，被告自らによる製造販売は違法性がないか。
Ⅲ 本件原告の請求は権利の濫用か。
Ⅳ 損害賠償の額
（3）裁判所の判断
裁判所は次のとおり判示し，原告の請求を一部認容した。
ア 争点Ⅰ（最高製造・販売数量制限条項の効力）について
「独占禁止法 21 条は，『この法律の規定は，著作x x，特許法，実用新案法，意匠法又は商標法による権利の行使と認められる行為についてはこれを適用しない。』と規定しているが，特許権者等が他人に通常実施権を許諾する場合に，被許諾者が製造販売することのできる数量に上限を設けることは，業として特許発明の実施をする権利を専有するという特許権者の権利
（特許法 68 条）やこれと同様の実用新案権及び意匠権
者の権利（実用新案法 16 条，意匠法 23 条）の開放を一部にとどめるというものであるから，原則として特 xx等による権利の行使と認められる行為として，独占禁止法 21 条が適用されるべきものではある。しかし，同条は，特許xxの行使に名を藉りた濫用的な競争制限行為にまで独占禁止法の適用を除外する趣旨ではないと解されるから，そのような場合には，特許xxの通常実施権許諾契約を締結するに当たり，許諾数量を制限する行為が独占禁止法上違法な行為とされ，さらにそれが公序良俗違反と評価される場合には，そのような条項は無効とされるべきものである。
本件においては，原告は，特許xxの実施許諾を通じて各自治体における人孔鉄蓋市場を支配し得る地位にあり，しかもそのような支配的地位は，単に本件特許xxを実施した自由競争により獲得されたものではなく，他の認定業者に実施許諾することを約束した上で，日之出型鉄蓋を各自治体の仕様とする指定を得たことによって獲得したものであって，そのように獲得した支配的地位を背景にして許諾数量の制限を通じて市場における需給調整を行う場合には，特許xxの行 為に名を藉りた濫用的な競争制限行為となり得る余地があるものである。そして被告が主張するように，原告が各製造業者に対する許諾数量を決定する場合に，まず，人孔鉄蓋について各自治体における一年間の推定総需要なるものを決めて，その 25％を原告の取り分として除いた上で，残りの 75％を当該市町村の認定業者数で均等割した数量を基準として決定しているという場合には，それにより各自治体領域内の鉄蓋市場における事業者間の市場における需要調整が実質的に行われているとすれば，具体的事情によっては独占
禁止法上の問題が生じ得る可能性があるといえる。
しかしながら本件では，そもそも被告が主張するような推定需要に基づく各認定業者への許諾数量配分を原告が行っているか否かについてすらこれを認めるに足りる証拠がない（被告は乙 1 を提出するが，そこでは推定需要数と被告への許諾数量しか判明せず，他の認定業者に対する許諾数量は明らかでない。）。しかも，仮に原告がそれを行っているとしても，それによって各地方自治体領域内の鉄蓋市場においてxx競争が阻 害される状態が生じているか否かについては，そのような配分が原告の一方的な決定によるものか各認定業者との間の合意によるものか，許諾数量はあくまで推定需要に基づくものであるが，それによる需給調整効
果が実際の結果としても実現されているのか，許諾数 量の限度では原告は実施料を徴収しておらず，超過数量分も OEM 製造を受託することとされているが，それにもかかわらず許諾数量制限のために原告や認定業者の間で実際に競争が行われていないといえるか等の，市場状況をめぐる具体的事情が明らかになる必要があるが，本件ではこれらの事情については何ら明らかでない（被告が本件の第 8 回口頭弁論期日において被告代表者本人尋問を申請しようとした趣旨には，この点に関する立証も含まれていると解されるが，これらの事項は，被告代表者本人尋問によって認定し得る性質のものではない。）。なお被告は，平成 16 年度において被告が原告と通常実施権許諾権契約を締結せずに福岡市の入札に応じたところ，落札価格が大幅に下落したとの点を指摘するが，このような事実があるとしても，従前の高値落札価格が許諾数量制限のために生じていたことまでを認めるに足りる証拠は本件では提出されていない。
したがって，本件で提出された証拠によっては，本 件各契約の許諾数量制限方式が特許xxの権利を濫用したもので，独占禁止法に違反するものであるとは認めるに足りないから，本件各契約 4 条（19）が無効であるとはいえない。」（下線筆者付加）
イ 争点Ⅱ（違法性の欠如）について
被告によるOEM 製造体制整備の要求にもかかわらず原告はこれに応じないという本件ライセンス契約違反行為をなしたから，被告は，報告義務条項，最高製造・販売数量制限条項に制約されず，同制限条項に違反しても違法性を欠く旨主張した。
しかし，裁判所は，原告による OEM 製造義務は，被告が許諾数量を超えて鉄蓋を販売する場合に初めて具体的に生じる義務であること，その前提として被告による制限数量に達した旨の報告義務が規定されていること，にもかかわらず，被告が原告に対して制限数量に達した旨の報告をせず具体的な発注を行っていないことを理由に，原告に OEM 製造義務の不履行があるとはいえないとし，かかる不履行を前提とする被告の上記主張を退けた。
ウ 争点Ⅲ（原告の請求の権利濫用性）について
裁判所は，原告の請求が民事再生手続中の被告を破産させる目的である旨の被告の主張を退けた。
エ 争点Ⅳ（損害賠償の額）について
裁判所は，被告の債務不履行の内容は，本件ライセ
ンス契約に定める最高製造・販売数量超過分の原告への製造委託義務の不履行であり，それによる損害の額は，被告が原告に製造委託していれば原告が得られたであろう利益の額とした。そして，この損害賠償額を，原告が OEM 製造し販売していた場合の売上額（原告の見積額，超過個数をもとに算定）と原告の利益率をもとに算定した。ここで，裁判所は，原告の利益率の算定にあたって，原告の得るべき利益の額は，原告の得るべき売上額から，その製造販売に必要となった費用を控除することによって算定すべきところ，それは，超過数量分を追加的にOEM 製造した場合に追加的に必要となった費用のみを控除すべきとした。本件では，平均販売価格から製造原価が控除されたが（粗利益），それ以上に，運送費，保管手数料等，販売費および一般管理費は控除されずに，損害額が算定された。
6．裁判例への評釈
（1）最高製造・販売数量制限に対する独占禁止法の適用の有無
ア 本判決の判断
本判決は，まず，原告被告間で締結された本件ライセンス契約における最高製造・販売数量制限が，独占禁止法の適用を除外するための要件である「…特許法
…による権利の行使と認められる行為」（同法 21 条）に該当するか否かの検討を行った。
本判決においては，特許権者が他人に通常実施権を許諾する場合に，最高製造・販売数量制限を設けることは，特許発明を実施する権利を専有するという特許権者の権利の開放を一部に止めるものであり，特許法による権利の行使と認められるとして，原則として，独占禁止法 21 条により，同法の適用が除外されるが，特許権の行使に名をかりた濫用的な競争制限行為は，独占禁止法が適用され，同法上違法となり得る旨判示された。
前記 2（2）のとおり，最高製造・販売数量制限違反が特許権侵害ではなく単に債務不履行を構成するに止まるという見解に立つ場合，なお，最高製造・販売数量制限が「権利の行使と認められる行為」（独占禁止法 21 条）に該当するとして独占禁止法の適用を免れるという結論を導くには，当該制限違反が，特許権侵害を構成する余地がなく単に債務不履行の問題を生じさせるに止まる場合でも，「権利の行使と認められる行為」に該当するという前提に立つ必要がある。
しかし，前記 2（2）アのとおり，特許権侵害を構成するような行為が「権利の行使と認められる行為」に該当するという前提に立てば，最高製造・販売数量制限は単に債務不履行を構成するにすぎないとして
「権利の行使と認められる行為」には該当しないことになる。
この場合，最高製造・販売数量制限は，独占禁止法 21 条には該当しないとして，直ちに独占禁止法上の違法性が検討されることになろう。
イ 本判決と知的財産ガイドラインとの比較
この点に関し，知的財産ガイドラインは，前記のとおり，最高製造・販売数量制限は，原則として「権利の行使と認められる行為」（独占禁止法 21 条）として，独占禁止法が適用されないが，当該制限が技術保護制度の趣旨を逸脱するもの等である場合は，独占禁止法が適用されると規定している。本判決は，最高製造・販売数量制限への独占禁止法の適用について，今まで争いはあったものの，知的財産ガイドラインと同様の考え方を採ることを明らかにしたものとして意義を有するものである（知的財産ガイドライン第 4 － 3 柱書，
（2）－イ，4 －（2）－ア，なお，旧ガイドライン第 4 － 4 －（1）－ウ参照）。
本件では，結局，被告が主張するような需要調整が行われていることを認めるに足る証拠がないとした。また，本判決は，仮に，原告が推定需要に基づく各 認定業者への許諾数量配分を行っていたとしても，それが原告の一方的な決定か各認定業者との合意によるものか，需給調整効果が生じているか等，最高製造・販売数量制限の態様，市場における需給調整効果を考慮して，xx競争阻害性を判断しているところ，この点においても，本判決は，知的財産ガイドラインと同様の考え方と沿うものといえよう（知的財産ガイドライン第 4 － 3 －（2）－イ，4 －（2）－ア，なお，旧ガイドライン第 4 － 4 －（1）－ウ，（2）－ア，5 －（3）－ア
参照）。
ウ 本判決の判断方法の検討
前記のとおり，本判決は，最高製造・販売数量制限が，独占禁止法 21 条の「権利の行使と認められる行為」に該当するとしつつ，濫用的な競争制限行為があった場合には独占禁止法が適用され，独占禁止法上違法となるか否かを検討するという，前記 2（1）に挙げた A 説（独占禁止法限定適用説）に沿うと思われる判断手順を採っている。
ここで，本判決は，「そのように獲得した支配的地位を背景にして許諾数量の制限を通じて市場における 需給調整を行う場合には，特許xxの行為に名を藉りた濫用的な競争制限行為となり得る余地があるものである。」（下線筆者付加）というように，独占禁止法の適用の有無を判断するにあたり「市場における需給調整」という独占禁止法上の概念を挙げている。この点，独占禁止法が適用されるか否かという問題と，同法が適用されるとして同法上違法とされるか否かという問題は区別されるべきものであるとすれば，本判決のような A 説（独占禁止法限定適用説）の考えに従うと，本来区別される問題であるべき上記 2 つの問題を検討する際，市場における需給調整機能やxx競争阻害性等，独占禁止法上の概念を両方の問題において考慮し検討することになるか，不自然に切り分けて各々の問題で検討することにならざるを得ないところ，その判断手順は決して合理的なものとはいえないであろう。
また，本判決を含め，A 説（独占禁止法限定適用説）
を採る場合，前記 2（2）のとおり，最高製造・販売数量制限等ライセンス契約を通じての制限が，その制限違反が特許権侵害を構成するものとして「権利の行使と認められる行為」に該当するか否かの検討も行わなければならないところ，その結論は必ずしも容易に導けるものではない。そしてかかる結論を導き出したところで，結局，「権利の行使と認められる行為」に該当するか否かにかかわらず，独占禁止法が適用されるべき場合は適用されるとするのであれば，「権利の行使と認められる行為」の該当性の判断はどれほどの意味を有するのか疑問である。
そもそも，ライセンス契約において定められる制限について，その制限違反が特許権侵害を構成するものか，単に債務不履行を構成するにすぎないかという違いによって，当該制限の設定行為について独占禁止法が原則適用されるか否かの結論が左右されても良いということを，積極的に正当化できる理由は見出し難い。 A 説（独占禁止法限定適用説）を採るにせよ，特許権の物権的行使であり独占禁止法 21 条の「権利の行使と認められる行為」に該当する場合であっても，例外的にとはいえ，独占禁止法が適用される場合があることを認めるというのであれば，なおさらであろう。
上記のような不都合は，本判決において問題となっている行為が「権利の行使と認められる行為」（独占禁止法 21 条）に該当するか否かという問題からアプ
ローチしていることに起因すると思われる。
そうである以上，本件の場合はもちろん，一般的に，本件ライセンス契約における最高製造・販売数量制限規定を含めた知的財産の利用に係る制限については，当該制限違反が特許権侵害を構成するか否かに関わらず，単に，独占禁止法が適用されるものとして，需給調整を考慮しxx競争阻害性を検討した上で，独占禁止法上の違法性を評価するのが直截であり，独占禁止法 21 条の文言解釈からは多少離れてしまうにせよ，その点を差し置いてもなお適当と思われる。
エ 本判決の控訴審判決およびその後の裁判例
実際，A 説（独占禁止法限定適用説）で採られるアプローチに関し，「権利の行使と認められる行為」に該当するか，その例外的場合に該当するかを判断するのは迂路であるとして，端的に，独占禁止法に違反するか否かを検討するべきとする見解がある（20）。
本稿においてはその詳細は採り上げないが，本判決の控訴審である知財高裁平成 18 年 7 月 20 日判決（平成 18 年（ネ）第 10015 号）は，次に示すとおり，本判決とは異なり，最高製造・販売数量制限を独占禁止法 21 条に定める「権利の行使と認められる行為」に該当するか否かについては特に判断せず，ただ，同条は，特許xxの権利行使と認められる場合には，独占禁止法を適用しないことを確認的に規定したものであり，特許制度等の趣旨を逸脱等するような権利行使については独占禁止法の適用が除外されないと，前記 2
（1）で挙げた B 説（独占禁止法全面適用説）に沿うような判示をなした（21）。これは，まったく推測の域を出ないが，控訴審も，独占禁止法 21 条に定める「権利の行使と認められる行為」に該当するか否か，該当するとしても例外的に独占禁止法が適用されるか否か，という A 説（独占禁止法限定適用説）の判断手順が迂遠であると考えたことの一つの現れであると思われる。
〔知財高裁平成 18 年 7 月 20 日判決（平成 18 年（ネ）第 10015 号）〕
「独占禁止法 21 条は，『この法律の規定は，著作xx，特許法，実用新案法，意匠法又は商標法による権利の行使と認められる行為についてはこれを適用しない。』と規定している。この趣旨は，特許権は，業としての特許発明の実施の独占権であり（特許法 68 条），実用新案権，意匠xxもこれと同様の実施の独占権である
こと（実用新案法 16 条，意匠法 23 条等）から，特許xxの権利行使と認められる場合には，独占禁止法を適用しないことを確認的に規定したものであって，発明，考案，意匠の創作を奨励し，産業の発達に寄与することを目的（特許法 1 条，実用新案法 1 条，意匠法 1 条）とする特許制度等の趣旨を逸脱し，又は上記目的に反するような不当な権利行使については，独占禁止法の適用が除外されるものではないと解される。」
なお，本判決およびその控訴審判決後，本件と同様の事案についてなされた判決においても，上記控訴審判決と同様，問題となっている行為が「権利の行使と認められる行為」（独占禁止法 21 条）にあたるか否かについては明言されていない（22）。
オ その他
本判決は，最高製造・販売数量制限について，独占禁止法が適用され同法上違法と評価されるためには，
「許諾数量の限度では原告は実施料を徴収しておらず，超過数量分もOEM 製造を受託することとされているが，それにもかかわらず…実際に競争が行われていないといえるか等の，市場状況をめぐる具体的事情が明らかになる必要がある。」としているが，かかる判示の仕方からすれば，本件では，最高製造・販売数量制限が独占禁止法上違法とされなかった理由として，原告が一定数量に関しては実施料を徴収しなかったこと等が大きかったとも考えられる。逆に言えば，原告が多額の実施料を徴収していたならば，被告らライセンシーは安価な本件特許製品を製造・販売することができず，原告らの間で競争が制限されていたとし，独占禁止法上違法と評価することがより可能であったといえよう。
（2）独占禁止法と公序良俗違反との関係
本件において，前記 2（4）のとおり，仮に，最高製造・販売数量制限が独占禁止法 19 条の禁じる不xxな取引方法として同法上違法とされたとしても，同法が強行法規であることを理由に，直ちに，同制限が無効となるわけではない。原告の請求が棄却されるためには，被告としては，最高製造・販売数量制限を具体的事情と併せて考慮した上で，同制限が公序良俗違反であることを主張立証しなければならなかったが，この点について，本判決は特に何ら判断を示さなかった。独占禁止法違反とされる行為が公序良俗違反にもあたり無効とされる場合はどのような場合か，今後の裁判例の
集積を待ちたい。
（3）特許権侵害の主張と本件ライセンス契約違反との関係
本件においては，本件ライセンス契約違反が主張されているところ，仮に，特許権侵害のみを主張した場合，どのような違いが生じたであろうか。
ア 法的評価の問題
この点，前記 2（2）イのとおり，最高製造・販売数量制限は，当該制限に違反しても，特許権侵害を構成せず，単に債務不履行に止まるとする見解がある。育苗ポット事件判決も，通常実施権の内容的制限，地域的制限，時間的制限は，その違反が特許権の侵害を構成するとしているが，最高製造・販売数量制限に関しては，何ら判断を示さなかった。
とすれば，本件において，原告が少なくとも特許権侵害を理由とする請求を立てることをしなかったのは，最高製造・販売数量制限違反が，単なる契約上の債務不履行のみを構成し得るにすぎず，特許権の侵害を構成しないと評価される可能性が否定できなかった以上，適切であったと考えられる。
その他，特許権侵害と契約違反の両方を主張するという方法も考えられたが，いずれにしろ，原告は，被告が本ライセンス契約の最高製造・販売数量制限条項に違反したことを主張することには変わりないのであるから，契約違反のみを主張する方が直截であったのであろう。
イ 損害賠償額・差止請求
他方，特許権侵害を主張した場合は，契約違反を主張した場合に比べ，損害額の算定に関する特別規定（特許法 102 条）を用いること，差止請求を行うこと（特許法 100 条）ができる。この点は，契約違反のみを主張した場合に比べ，有利となる場合があるといえよう。ウ 無効の抗弁
しかし，特許権侵害を主張した場合は，相手方から無効の抗弁（特許法 104 条の 3）を主張されるリスクがある。では，契約違反を主張した場合にも，無効の抗弁は主張され得るであろうか（23）。
この点，特許権に係るライセンス契約が締結されていたところ，当該特許権が無効となった場合，実施料の返還を要するか否かという問題において，通常，実施料の返還を不要とする見解を挙げる理由として，無効となる可能性はライセンス契約締結時にある程度織込済みであるというものがある（24）。このことは実施
料返還の場面であろうと，最高製造・販売数量制限違反行為がなされた場面であろうと，基本的には同じであると考えられる。
とすれば，契約違反を主張した場合においては，相手方は問題となっている特許の無効の抗弁を主張しても，最高製造・販売数量超過分について，債務不履行責任を免れることはできないと考えられる。
以上
注
（ 1 ）本稿は，2007 年 10 月 24 日に開かれた東京弁護士会知的財産xx部判例等検討小部会における上記判決の報告のために筆者が作成したレジュメの内容に，同部会でなされた議論を踏まえて加筆したものである。本稿の元となったレジュメの作成段階から，xxx弁護士から数々の有益な意見等を頂いた。この場を借りて深くお礼を申し上げる次第である。
（ 2 ）xxx『標準特許法〔第 2 版〕』（有斐閣，2005 年）169 頁。
（ 3 ）専用実施権の設定契約がなされることが少ない理由としては，特許権者が当該特許発明を実施する場合でも，それが専用実施権設定後に設定行為で定められた範囲に属するものであれば，専用実施権者から許諾を受ける必要があるというように，専用実施権が強力な権利であることが挙げられる（xx・前掲（2）170 頁）。
（ 4 ）平成 12 年法律第 76 号による改正前の 23 条。
（ 5 ）xxxx「知的財産権と独禁法（1）－工業所有権と独禁法」日本経済法学会編『経済法講座 2 独禁法の理論と展開［1］』（三省堂，2002 年）175 頁。
（ 6 ）その他にも，特許xx知的財産権の行使と認められる行為については，独占禁止法 3 条や 19 条に違反するものであっても独占禁止法が全面的に適用されないとする見解があるが（創設的適用除外説），今日，この見解を採る者は少ないとされている。以上，xxxxx「知的財産権の行使」xxxx編『現代 裁判法体系 22
独占禁止法』（新日本法規出版，1998 年）333 ～ 336 頁。独占禁止法 21 条の解釈に係る学説の整理については，茶園・前掲（5）167 ～ 186 頁，xxxx＝xxxx『特許・ライセンスの日米比較〔第 4 版〕』（弘文堂，2004 年） 123 ～ 151 頁に詳しい。
（ 7 ）xxxx，xxxx他が採る見解も，問題となる行為が「権利の行使と認められる行為」か否かを検討する点において A 説（独占禁止法限定適用説）に近いと思われる（xxx「知的財産法と独占禁止法」経済法学会年
報第 10 号（有斐閣，1989 年）28 ～ 38 頁，xxxx『市場・知的財産・競争法』（有斐閣，2007 年）4 ～ 11 頁）。
（ 8 ）知的財産権法上の権利の行使と認められる行為の例外として，知的財産権法上の権利の行使が知的財産権制度の趣旨を逸脱する場合を挙げる説は，趣旨逸脱説，権利の濫用に該当する場合を挙げる説は，権利濫用説と呼ばれることがある（xx・前掲注（6）334 頁）。
（ 9 ）xxx教授他が採る見解は B 説（独占禁止法全面適用説）に近いと思われる（xxx「知的財産権と独占禁止法」経済法学会年報第 10 号（有斐閣，1989 年）10 ～ 14 頁）。
（10）茶園・前掲注（5）179 頁参照。
（11）独占禁止法 21 条の解釈に関し，かつて通説であったとされる，いわゆる「権利範囲論」は，特許xxに係る行為を，特許法等に定める物権的権利の行使である本来的行使と，その権利の範囲を超える範囲で，一般契約上の権利または債権的権利の行使である非本来行使とに区別して，同法 21 条にいう「権利の行使」とは前者を指し，これについては原則的に独占禁止法の適用が除外されるとしている。また，最近のいわゆる「再構成された権利範囲論」は，同法 21 条にいう「権利の行使」とは特許xxの本来的行使であるが，同条によって独占禁止法の適用範囲が実質的に後退することはないとしている（以上，茶園・前掲（5）168 ～ 169 頁）。ただ，いずれにしろ，上記のとおり，同法 21 条の「権利の行使」は特許xxの本来的行使，すなわち，特許法等に定める物権的権利の行使のことであり，少なくとも，それを超える単なる債権的権利の行使としか評価し得ない行使はこれに含まれないと考えているようである。この点，仮に，特許権侵害という物権的権利の行使の問題ではなく，債権的権利の行使が問題となる単なる債務不履行の問題を構成するにすぎない行為に対し，独占禁止法 21 条による同法の適用除外を認めるということになると，単なる債務不履行に止まる行為から，同法の適用を受けない行為を見出すことになるところ，その根拠，正当性が不明である。特許xx侵害を構成する行為をもって「権利の行使と認められる行為」と捉えるべきであろう。
（12）xxxxx『技術援助契約』（有斐閣，1962 年）194， 196 頁，大阪地裁昭和 60 年 6 月 28 日判決（昭和 56 年（ワ）第 860 号）判例タイムズ 567 号 280 頁。同判決は，ライセンス契約により，建築用換気口枠に関する実用新案権の実施品の販売行為について実施許諾を得た者が，下請業者を使って実施品の製造行為まで行っていた事案にお
いて，製造行為は同契約による許諾の対象外として，当該製造行為を実用新案権の侵害と評価したものである。
（13）育苗ポット事件については，xxxx「特許ライセンス契約違反と特許権侵害の調整法理に関する一考察」xxxx外 3 名編『知的財産法の理論と現代的課題－xxxx先生還暦記念論文集』（弘文堂，2005 年）248 ～ 249 頁，xxxxx「実施許諾契約と許諾外の行為」AIPPI 50
巻（2005）6 号 2 ～ 9 頁に詳しい。xx弁護士は，ライ
センス契約における制限のうち，特許法 78 条 2 項の「設定行為で定められた範囲」を画するものとそうでないものを区別することも，政策的に考慮してよいし，他社製品への特許発明の実施品の使用禁止条項は，仕様の態様そのものを制限するものと評価できるものであり，特許権侵害があったと認めて良かったのではないかと，同事件の判示内容に疑問を呈している。
（14）xx・前掲（12）197 頁。
（15）なお，最低製造・販売数量制限違反については，「100個作ることをノルマとして課されておきながら，98 個しか作れなかった場合，98 個すべてが権利侵害となるのは不自然であるというのも，おそらく常識に適う。」として，特許権侵害と考える必要はないとする見解がある（xxxx「数量制限違反の特許法上の評価」xxxx編集代表『知的財産法と現代社会－xxxx判事退官記念』（信山社出版，1999 年）353，355 頁）。
（16）前記 B 説（独占禁止法全面適用説）は「権利の行使と認められる行為」（独占禁止法 21 条）という規定自体に何らかの意義を見出す見解ではないため，同説に立った場合，最高製造・販売数量制限の「権利の行使と認められる行為」の該当性を特に問題とせず，直接，同制限が「不xxな取引方法」（独占禁止法 19 条）として独占禁止法上違法となるか否かを検討することになろう。
（17）なお，米国司法省および連邦取引委員会が 1995 年に公表した「知的財産権のライセンスに関する反トラスト法ガイドライン」（Antitrust Guidelines for the Licensing of Intellectual Property）には，知的財産権と他の財産権はすべての点において同一ではないものの，知的財産権に対しても，他の財産権に対して用いられるような一般的な反トラスト法上のアプローチがなされるとしている
（同ガイドライン 2.1 参照）。このことからすれば，米国の上記ガイドラインは，独占禁止法上，基本的には知的財産権を他の財産権と異なる扱いをしないとする点にお
いて，B 説（独占禁止法全面適用説）の考え方に親和性を有するものといえよう。
（18）xxxx編著『Q&X xxxxxxxと独占禁止法（別冊NBLno.59）』（商事法務研究会，2000 年）106 頁。ただし，同書は，知的財産ガイドラインではなく旧ガイドラインに関するものである。
（19）本件ライセンス契約における最高製造・販売数量制限条項のこと。
（20）茶園・前掲（5）181 ～ 182 頁。
（21）もっとも，本件の控訴審は，特許xxの権利行使であれば独占禁止法が適用されないと，独占禁止法が適用されない場合について言及していることから，問題となる行為について，それが「権利の行使と認められる行為」
（独占禁止法 21 条）に該当するか否かを検討すべきであるという考えに立っているとも思われなくもない。しかし，かかる言及は，特許xxの行使それ自体を理由に独占禁止法が適用されることはないという当然のことに触れたにすぎないと読み取れること，むしろ，前記のとおり，最高製造・販売数量制限を設けることが「権利の行使と認められる行為」か否かについて判断していないことに鑑みれば，やはり，控訴審においては，「権利の行使と認められる行為」の該当性の検討は特に必要ではないと考えられていたと思われる。
（22）大阪地裁平成 20 年 1 月 22 日判決（ 平成 19 年（ ワ）
第 2366 号）， 大阪地裁平成 18 年 12 月 7 日判決（ 平成
18 年（ワ）第 1304 号）。
（23）ライセンス契約において，特許の有効性を争わないといういわゆる不争条項が存在する場合や，不争条項が存在しなくても，ライセンス契約を締結しておきながら対象となる特許は無効であると主張すること自体，xxxに反するのではないかという疑問から，そもそも，実施権者によるライセンス契約違反が問題となる訴訟において，実施権者側が特許の無効を主張し得るかという問題はある。このような不争条項に関する問題点については，xxxx「特許の実施許諾契約等をめぐる問題点」xxxx外 4 名編『知的財産法の理論と実務 1 特許法［1］』
（新日本法規出版，2007 年）389 ～ 401 頁が詳しい。
（24）xxxx「権利無効の場合の既払実施料返還の要否」xxxx外 2 名編『特許判例百選［第三版］』（有斐閣，
2004 年）207 頁。
（原稿受領 2008.7.23）