1)代理の基本的要件 (a)顕名原則の維持
第1編「総則」
第5章「法律行為」第3節「代理及び授権」 参考資料
民法(債権法)改正委員会 全体会議
2009 年 1 月 24 日
Ⅰ.前 注
1.委任と代理の区別
【Ⅱ-3-1】(委任と代理の区別)
現民法と同様に、委任(等)の契約当事者間の内部関係と、おこなわれた行為の相手方との外部関係を区別した上で、後者の外部関係は、「代理」に関する問題として、前者の内部関係とは独立に定める。内部関係については、基本的に債権編の各種の契約の規律にゆだねるが、外部関係の規律と密接に関連する場合は、「代理」の規律とあわせて定めることとする。
提 案 要 旨
現民法は、旧民法と異なり、委任の内部関係を債権編の契約各則に定め、外部関係を総則編に定めることとし、総則編の「代理」の節では、委任契約と直接関係しない規定を付け加えている。
本提案でも、この現民法の立場を基本的に維持し、相手方との外部関係を「代理」に関する問題として、委任とは独立して規律することとする。代理が問題となる場面では、法律行為を実際におこなう者- 法律行為の「行為者」- とその法律行為にもとづく権利義務が帰属する者- 法律行為の「当事者」- とが異なることになり、法律行為の行為者と当事者が一致している場合にはとくに問題とならなかった法律行為の当事者を確定する規範が必要になると考えられるからである。
これによると、委任の内部関係については、基本的に債権編の各種の契約の規律にゆだねることになる。もっとも、外部関係の規律が内部関係の規律を前提とするなど、両者が密接に関連する場合には、両者を完全に分断して規律しようとすれば、規律の意味がかえってわかりにくいものになるおそれもある。したがって、内部関係については、基本的に債権編の各種の契約の規律にゆだねるものの、外部関係の規律と密接に関連する場合は、
「代理」の規律とあわせて定めることを妨げないものとする。
解 説
(1)現民法の立場
①旧民法は、フランス民法典にならい、委任を代理の効果を生じさせる契約(「代理」契約)であるととらえ、契約当事者間の内部関係と、おこなわれた行為の相手方との外部関係をあわせて規定していた(旧民法財産取得編第 11 章 229 条~ 259 条)。
②これに対して、現民法は、このような立場を意識的にしりぞけ、委任の内部関係を債権編の契約各則に定め、外部関係を総則編に定めることとし、総則編の「代理」の節では、委任契約と直接関係しない規定を付け加えた。その理由は、次のように述べられている。
「既成法典ハ財産取得編第十一章ニ於テ代理ト云ヘル標題ニテ委任者ト代理人トノ関係及ヒ第三者ト委任者又ハ代理人トノ関係ヲ併セ規定シタリト雖モ其規定ノ十中八九ハ委任者 ト代理人トノ契約関係ニ属シ彼ノ第三者ト本人又ハ代理人トノ関係ニ至リテハ之ヲ規定ス
ル条項甚タ不充分ナリトス 既成法典ハ近世ノ学理ニ基キ実際ノ必要上ヨリ一般ノ法律行為ニ付キ純然タル代理ヲ認メタルニ拘ラス尚ホ此点ニ付キ羅馬法ノ旧套ヲ脱セサル如キ観アルハ頗ル惜ムヘキコトト謂フヘシ 今本案ニ於テ茲ニ代理ニ関スル規定ヲ掲クルモノハ主トシテ此缺点ヲ補ハントスルノ主意ニ外ナラサルナリ」◆ 1
③このように、委任と代理を区別するという考え方は、委任に関する現民法 643 条にもあらわれている。旧民法では、「当事者ノ一方カ其名ヲ以テ其利益ノ為メ或ル事ヲ行フコトヲ他ノ一方ニ委任スル契約」とされ(旧民法財産取得編 229 条 1 項)、契約の目的は代理
にかぎられていた。これに対して、現民法 643 条は、委任は「法律行為をすることを相手方に委託」する契約であると定め、目的を代理にかぎっていない。起草者によると、「委任者ノ為メニ代理ヲ為スト云フコトテナクトモ第三者ノ為メ又希ナ場合デアリマセウガ受任者、受任者ノ為メニモ法律行為ヲ為スト云フコトテアレハ同シ規則ガ行ナワレテ至当テアラウ」とされている◆ 2。このように、現民法の委任契約は、受任者が自己の名で委任者のために法律行為をする場合-【Ⅱ-3-32】であつかう間接代理の場合- 等もふくめることを明確に意図して立法されたものであり、少なくとも委任と代理を直結するという立場はしりぞけられている。
(2)改正の方向
④本提案では、以上のような現民法の立場を維持することとしている。
⑤たしかに、代理権の発生原因を委任契約そのものに求めるかどうかについては、現民法のもとでも争いがある。現民法の起草者も、代理権の発生原因は委任契約であるという考え方を前提としていたことは、「委任による代理」(現民 104 条・111 条 2 項)という表現が用いられていることなどからもうかがえる。
⑥しかし、そのように代理権の発生原因を委任契約そのものに求めるかどうかという問題と、相手方との外部関係を「代理」に関する問題として独立に規律するかどうかという問題とは、密接に関連するとはいえ、ひとまず別の問題というべきだろう。
⑦相手方との外部関係を「代理」に関する問題として独立に規律する必要があると考えられるのは、法律行為を実際におこなう者- 法律行為の「行為者」- とその法律行為にもとづく権利義務が帰属する者- 法律行為の「当事者」- とが異なることに着目するためである。このような場合には、法律行為の行為者と当事者が一致している場合にはとくに問題とならなかった法律行為の当事者を確定する規範が必要となる。問題をこのようにとらえるならば、代理権が委任にもとづいて発生するときでも、相手方との外部関係は
「代理」に関する問題として委任とは独立して規律することが要請される。
⑧これによると、委任の内部関係については、基本的に債権編の各種の契約の規律にゆだね、委任の外部関係については、それとは別に「代理」の問題として規律することになる。もっとも、外部関係の規律が内部関係の規律を前提とするなど、両者が密接に関連する場合も考えられる。たとえば、代理権の範囲や復代理、代理権の消滅に関する問題などがそれにあたる。そのような場合にまで、両者を完全に分断して規律しようとすれば、結果として、規律の意味がわかりにくいものになるおそれがある。したがって、基本方針としては、「代理」の個所では、外部関係について規律するとしても、必要がある場合には、内部関係についてもあわせて規律することを妨げないものとする。
2.任意代理と法定代理
◆ 1 未定稿本・民法修正案理由書・自第一編至第三編』(以下では『民法修正案理由書』として引用)96
頁以下(xxxx編『民法修正案(前三編)の理由書』(有斐閣・1987 年)に所収)。
◆ 2『法典調査会民法議事速記録』(日本学術振興会版)35 巻 38 丁裏(xxxxの発言)。
【Ⅱ-3-2】(任意代理と法定代理)
現民法と同様に、「代理」においては、任意代理と法定代理をあわせて規律し、必要に応じて、それぞれに特有の規律を定める。
提 案 要 旨
現民法の「代理」に関する規定は、基本的に、任意代理と法定代理に共通して適用されるものとして構想されている。ただし、両者を完全に同じものとしてとらえているわけではなく、「委任による代理」にのみ適用される規定、法定代理にのみ適用される規定がおかれていることからもわかるように、必要に応じてそれぞれに特有の規律を定める必要があるという態度がとられている。
本提案でも、この現民法の立場を基本的に維持することとする。【Ⅱ-3 -1】で述べたように、法律行為の行為者と当事者が異なる場合に、法律行為の当事者を確定するための規範を整備するところに「代理」を独立して定める必要があるとするならば、ひとまず現民法と同様に、任意代理と法定代理を一括して規定することにも意味があると考えられるからである。
もちろん、このことは、任意代理と法定代理の間に質的な違いがあることを無視するものではなく、必要に応じてそれぞれの特性にしたがった規律を定めるべきであることはいうまでもない。現民法のなかには、本来は任意代理を想定した規定を過度に一般化したものもあるため、現民法の規定が法定代理にもそのままあてはまるかどうか、あらためて検討しなおし、適宜修正をくわえる必要がある。
解 説
(1)現民法の立場
①【Ⅱ-3-1】について述べたように、旧民法は、委任を代理の効果を生じさせる契約として両者を一体としてとらえていたのに対し、現民法は、委任の内部関係を債権編の各種の契約に定め、外部関係を総則編に定めることとし、総則編の「代理」の節では、委任契約と直接関係しない規定を付け加えた。その際、とくに意識されたのは、「委任による代理」( 任意代理) だけでなく、「法律上の代理」(法定代理)もふくめて、「代理」の相手方と本人・代理人との関係に関する規定を整備することである。
②これは、「代理」の節の立法理由として、次のように述べられているところからもうかがえる。「凡ソ法律行為ハ其ノ行為ノ性質ニ反セサル限ハ他人ヲシテ之ヲ為サシムルコトヲ得サル可カラス 加之法律ハ或場合ニ於テ他人ノ代理人トシテ諸般ノ法律行為ヲ為サシムル必要アリ 是ニ於テカ委任ニ因ル代理ト法律上ノ代理トノ区別ヲ生ス 而シテ代理カ 其何レノ種類ニ属スルヲ問ハス常ニ二種ノ関係ヲ生ス 本人ト代理人トノ関係及ヒ第三者ト本人竝ニ代理人トノ関係即チ是ナリ 本案ニ於テハ独逸民法草案ノ例ニ倣ヒ茲ニ主トシテ第三者ト本人及ヒ代理人トノ関係ニ付キ必要ノ規定ヲ掲ケタリ」◆ 3
③このように、現民法の「代理」に関する規定は、基本的に、任意代理と法定代理に共通して適用されるものとして構想されている。ただし、両者を完全に同じものとしてとらえているわけではなく、「委任による代理」にのみ適用される規定(現民 104 条・111 条 2項)、法定代理にのみ適用される規定(現民 106 条)がおかれていることからもわかるよ
◆ 3 前掲注 1)『民法修正案理由書』96 頁以下。
うに、必要に応じてそれぞれに特有の規律を定める必要があるという態度がとられている。
(2)改正の方向
④本提案では、以上のような現民法の立場を基本的に維持することとしている。
⑤たしかに、現民法については、旧民法から転換する際に、本来は委任による場合を前提としていた規定を代理一般にあてはまるものとして定めたために、法定代理にまで適用する根拠があきらかでない場合や適用すると実際に問題が生じる場合があることも指摘されている◆ 4。たとえば、現民法 102 条が「代理人は、行為能力者であることを要しない」と定めているのは、「委任による代理」の場合は、本人の判断でそのような者を代理人とすることは妨げないという考慮から正当化できる。しかし、同じ考慮は法定代理の場合にはあてはまらない上、現民法 111 条 1 項 2 号で、事後的に代理人が後見開始の審判を受けたときには、代理権は消滅すると定めていることと実質的には抵触している。このほか、表見代理に関しては、従来から、法定代理の場合に適用を認めるべきではないとする学説が有力に主張されているところである。
⑥このような問題は、旧民法のように、「代理」に関する問題も委任の規律のなかに統合して定めることとすれば、回避することができる。しかし、それでは、法定代理の場合に、本人および法定代理人と相手方との関係がどのようになるのか、定かではなくなり、混乱を招くことになる。現民法において、法定代理にもあてはまるルールを定めておきながら、今になって旧民法の立場に立ち戻ることは、現実的とはいいがたい。
⑦もちろん、「代理」については、任意代理を前提とした規定を定めた上で、法定代理については、それらの規定を準用し、必要に応じて特則を定めるという方法も考えられる。任意代理と法定代理とでは、そもそも代理人のした行為の効果が本人に帰せられる根拠に違いがあり、そのような違いをふまえて規定するためには、こうした方法を採用することも十分考えられる。
⑧しかし、【Ⅱ -3-1】で述べたように、法律行為の行為者と当事者が異なる場合に、法律行為の当事者を確定するための規範を整備するところに「代理」を独立して定める必要があるとするならば、ひとまず現民法と同様に、任意代理と法定代理を一括して規定することにも意味があると考えられる。
⑨もちろん、このことは、任意代理と法定代理の間に質的な違いがあることを無視するものではなく、必要に応じてそれぞれの特性にしたがった規律を定めるべきであることはいうまでもない。上述したように、現民法の規定のなかには過度に一般化したかたちで規定されているものがあると考えられるため、現民法の規定が法定代理にもそのままあてはまるものかどうか、あらためて慎重に検討しなおし、適宜修正をくわえる必要がある。
3.代理と法律行為・契約
【Ⅱ-3-3】(代理と法律行為・契約)
代理に関する規定の配置方法について、次の2つの考え方がある。以下では、暫定的にA案を前提として検討を進める。
【A案】
現民法と同様に、「代理」を法律行為の「当事者」- 法律行為に基づく権利義務が帰属する者- に関する問題としてとらえて規律し、総則編の「法律行為」に関する規律のなかで定める。
◆ 4 xxx「委任契約における代理(1)-(3)」名城法学 39 巻 1 号 1 頁・2 号1頁、41 巻 2 号 73 頁(1989-91
年)、とくに(3)73 頁以下・156 頁以下を参照。
【B案】
「代理」を契約の「当事者」- 契約に基づく権利義務が帰属する者- に関する問題としてとらえ、債権編の「契約の当事者」に関する規律として定めた上で、契約以外の法律行為については、行為の性質に応じて準用する旨の規定をおく。
提 案 要 旨
代理に関する規定の配置方法については、現民法と同様に、「代理」を法律行為の「当事者」に関する問題としてとらえて規律し、総則編の「法律行為」に関する規律のなかで定めるという考え方(【A案】)と、「代理」を契約の「当事者」に関する問題としてとらえ、債権編の「契約の当事者」に関する規律として定めた上で、契約以外の法律行為については、行為の性質に応じて準用する旨の規定をおくという考え方(【B案】)がある。
この問題は、「法律行為」に関する規定を総則編に定めるか、債権編に定めるかという問題と重なる。この問題については、【Ⅱ- 1-1】で、暫定的に、「法律行為」に関する規定を総則編に定めるという考え方にしたがって検討を進めることとした。そこで、本提案でも、暫定的に【A案】を前提として検討を進めることとする。
解 説
(1)現民法の立場
①【Ⅱ-3-2】について述べたように、現民法は、旧民法と異なり、総則編に「代理」の節を設け、「委任による代理」( 任意代理)だけでなく、「法律上の代理」(法定代理) もふくめて、「代理」の相手方と本人・代理人との関係に関する規定を整備している。
②現民法が、このように「代理」に関する問題を総則編の「法律行為」の章のなかに規定したのは、それが「一般ノ法律行為ニ缺クヘカラサル意思表示ノ規定ト密接ノ関係ヲ有ス ル」からである◆ 5。
③この点について、起草担当者だったxxxxは、旧民法には「総則ト云フモノヲ設ケテ純然タル代理関係ヲ規定スル場所ガナカッタノテアリマスケレドモ、吾々ノ見ル所ニ依レハ是ハ法典ノ為メニハ一ノ欠点デアッテ甚ダ遺憾ノ事」に思えるため、総則を設け、そのなかに代理に関する規定を置いたと述べている◆ 6。
④また、xxxxも、「代理ヲ総則ニ出シタト云フノハ、ヤリ処ニ困ツタト云フ訳デハナイノデアリマス、此方ガ順序デアラウト思ヒマシタ」、「代理ニ依ツテナス法律行為ハ如何ナル効力ヲ有xxxxフヤウナコトハ、是ハ物権ニ就イテモ起レバ、人権ニ就イテモ起リ、親族編ノ事柄ニ就イテモ起ルノデアリマス、各種ノ権利ノ共通タル、即チ法律行為ト 云フモノハ、其法律行為ヲ自ラナサズシテ、他人ヲシテナサシムルノヲ、総テ此ニ代理人ト云フノデアリマス、ソレ故ニ茲ニ総則ノ中ニ入レルノガ穏当デアル、法律行為ニ関スルコトデアルカラ、法律行為ノ小分ケトシテ規定スルノガ穏デアラウト云フ所カラ、特ニ此ニ規定致シマシタ」という説明をしている◆ 7。
(2)改正の方向
⑤このような現民法の立場を維持するのが、A案である。これに対して、法律行為に関す
◆ 5 前掲注 1)『民法修正案理由書』96 頁以下。
◆ 6『法典調査会民法議事速記録』(日本学術振興会版)1 巻 4 丁裏。
◆ 7『衆議院民法中修正案委員会速記録』2 号訂正 7 頁(xxxx編『第九回帝国議会の民法審議』(有斐閣・1986 年)99 頁)。
る規定は、「契約に関する規定群」の中に置くとする考え方によると、代理に関する規定も債権編の「契約の当事者」に関する個所におくことになる。これが、B案である。
⑥A案を採用するか、B案を採用するかは、「法律行為」に関する規定を総則編に定めるか、債権編に定めるかという問題と重なる。この問題については、Ⅱ-1-1で述べたとおりであり、本提案では、暫定的に、「法律行為」に関する規定を総則編に定めるという考え方にしたがって検討を進めることとしている。
⑦これにくわえて、「代理」の問題に関しては、B 案のように、これを「契約の当事者」に規定することには、次のような問題があることも指摘しておかなければならない。
⑧まず、契約関係においても、契約を締結する段階だけでなく、契約から派生するさまざまな権利義務に関する行為- たとえば履行の請求、登記の申請、占有の移転、債権譲渡の通知や承諾、債務の免除、相殺の意思表示、解除の意思表示等- についても、「代理」が問題となる◆ 8。さらに、「代理」は、契約を離れて、さまざまな法律行為や準法律行為のほか、登記や登録の申請をはじめ、各種の公法上の行為や訴訟行為等についても問題となる。「代理」に関する規定は、これらの行為に関する「代理」についても妥当する基本原則を提供するものであるとするならば、現民法どおり、総則編に「法律行為」に関する規定として定めるべきだろう。
4.代理に関する規律の編成
【Ⅱ-3-4】(代理に関する規律の編成)
現民法の「代理」に相当する節を「代理及び授権」とあらため、以下のように編成する。
第3節 代理及び授権第1款 代理
第1目 代理の基本原則第2目 表見代理
第3目 無権代理第2款 授権
提 案 要 旨
【Ⅱ-3-33】で検討するように、本提案では、授権を「代理」にならぶ問題として規律する。この代理と授権は、いずれも「法律行為の当事者」- 法律行為にもとづく権利義務が誰に帰属するか- という問題に属するものであり、共通性を有すると考えられる。そこで、【Ⅱ-3-4 】では、現民法の「代理」に相当する節を「代理及び授権」とあらため、そのなかに代理に関する規定に続けて、授権に関する規定をおくこととする。その上で、「代理」の節にふくまれる規律を明確化するために、あらたに目を設けて整 理することとする。具体的には、現民法 99 条から 108 条までと 111 条に相当する規律を
第1目「代理の基本原則」に定め、現民法 109 条から 112 条(111 条を除く)に相当する
規律を第2目「表見代理」、現民法 113 条以下に相当する規律を第3目「無権代理」に定
◆ 8 たとえばジュネーブ代理条約やヨーロッパ契約法原則、ヨーロッパ私法共通参照枠草案等は、いずれも契約における代理をあつかうものであるが、規定の内容は代理人が「行為」をした場合として、契約の締結に限定していない。
めることとする。
解 説
(1)法律行為の当事者・代理に関する規律の編成
①【Ⅱ-3-33】で検討するように、本提案では、授権を「代理」にならぶ問題として規律する。これによると、代理と授権を実際にどのように規定するかが問題となる。
②この点については、代理と授権は、いずれも「法律行為の当事者」- 法律行為にもとづく権利義務が誰に帰属するか- という問題に属するものであり、その意味で共通性を有すると考えられる。そこで、【Ⅱ-3-4】では、現民法の「代理」に相当する節を「代理及び授権」とあらため、そのなかに代理に関する規定に続けて、授権に関する規定をおくこととする。
(2)代理に関する規律の編成
③このほか、現民法の代理の節のなかには、多様な規定が定められているため、見通しがよいとはいえない。これを明確化するため、新たに目を設けて、整理をすることが望ましいと考えられる。
④【Ⅱ-3-4】では、まず、現民法 99 条から 108 条まで(111 条をふくむ)を「代理の基本原則」に関するものとして、第1目に位置づける。
⑤また、現民法 109 条以下は、「表見代理」を「有権代理」と同じ効果をもつものとして定め、それに続いて現民法 113 条以下で「無権代理」を定めるという考え方にもとづいている。【Ⅱ -3-4】では、これを維持して、第2目「表見代理」、第3目「無権代理」としている。
⑥これに対して、表見代理もあくまでも無権代理であることを重視すれば、無権代理の原則を確認した上で、その例外として表見代理に関する規定を続けることも考えられる。しかし、相手方からみれば、自分のした法律行為の効果が本人に帰属することになるかどうかが第一次的な問題であり、有権代理であるといえなくても、表見代理の要件をみたすならば、同じ結果がもたらされる。このように考えるならば、現民法の規定の仕方にも合理性があり、これをあえて変更する必要はないと考えられる。
Ⅱ.代理の基本原則
1.代理の基本的要件と効果
1)顕名原則と代理権の発生原因
【Ⅱ-3-5】(代理の基本的要件)
(1)代理人が本人の名で法律行為をする権限( 以下、「代理権」という。)を本人から与えられた場合(この場合の代理を「任意代理」、この場合の代理権を「任意代理権」という。)又は法律の規定によって有する場合( この場合の代理を「法定代理」、この場合の代理権を「法定代理権」という。)において、代理人がその代理権の範囲内において本人の名ですることを示してした法律行為は、本人に対して直接にその効力を生ずる。 (2)前項の規定は、第三者が代理人に対してした法律行為について準用する。
【Ⅱ-3-6】(商法 504 条との関係)
商法 504 条の準則は、一般法化しない。
【Ⅱ-3-7】(本人を特定しない顕名)
本人を特定しない顕名について、とくに規定しない。
〔関連条文〕
現民法 99 条、商法 504 条
提 案 要 旨
現民法 99 条 1 項は、代理人のした行為の効果が代理人ではなく本人に帰属するための要件として、代理人が「本人のためにすることを示して」することを要求している。このように代理人が「本人のためにすることを示して」することは、一般に、顕名と呼ばれ、現民法 99 条 1 項は、代理に関する顕名主義の原則(以下では「顕名原則」という。)を定めた規定として理解されている。
少なくとも民事代理について顕名原則を採用することに対して、とくに異論はない。
【Ⅱ-3-5】でも、これを維持することとしている。
この顕名原則の趣旨については、争いがあるが、ここでは、顕名は- 本人への効果帰属を基礎づける- 意思表示ではなく、代理人のした行為の効果が本人に帰属し、あるいは代理人に帰属しないという効果が認められるための一つの要件として位置づけることとしている。このような意味で顕名が要件とされるのは、相手方がした行為の当事者- 効果が帰属する主体- が誰であるかをあきらかにすることにより、相手方に不測の不利益をこうむらせないようにするためである。
顕名の表記については、現民法の「本人のためにすることを示して」という文言を、
【Ⅱ-3- 5】(1)では、「本人の名ですることを示して」にあらためている。「本人のためにする」という表現は、一般的な用語法によると、本人の「利益」のためにするという意味で理解される余地もあるからである。これにより、Bが、Aの代理人として、Aが当事者となることを示して行為する場合はもちろん、BがAとして行為する場合(いわゆる署名代理)も、ここにふくまれることが明確になる。
現民法 99 条 1 項は、「代理人がその権限内において」とのみ定め、代理人の「権限」が認められる原因について、とくに明示していない。しかし、【Ⅱ-3 -2】で述べたように、代理においてひとまず任意代理と法定代理をともに規定するとするならば、代理の基本的要件と効果を定めた現民法 99 条に、その旨を明記すべきである。
このうち、任意代理の発生原因については、これまで、本人の代理権授与行為という単独行為で足りるのか、両当事者の契約が必要なのか、後者であるとして、その契約は委任契約そのものか、無名契約か、事務処理契約かということが争われてきた。しかし、最近では、いずれの見解によっても、結論に違いは出てこないため、議論の意味自体が疑われている。そこで、【Ⅱ- 3-5】(1)では、任意代理の発生原因について、単に「権限を本人から与えられた場合」とするにとどめ、代理権授与行為の性質決定については立ち入らないこととしている。
また、法律行為の行為者と当事者が異なる場合に、法律行為の当事者を確定するための規範を整備するところに代理を独立して定める必要があると考えるならば、代理の規律においても、「法律行為」の代理を定める方が適当である。【Ⅱ -3- 5】(1)は、このような考慮から、「代理人がその代理権の範囲内において本人の名ですることを示してした法律行為は、本人に対して直接にその効力を生ずる」と定めている。
もっとも、このように規定するだけだと、受働代理の場合は、厳密にいえば、これにふくまれないことになる。そこで、【Ⅱ- 3-5】(2)では、「第三者が代理人に対してした
法律行為」についても、能働代理に関する(1)を準用することとしている。
次に、【Ⅱ-3-6】では、上述したように、民法では、顕名原則を維持すべきであり、商法 504 条を一般法化しないこととしている。その上で、商法 504 条をどのように改正するかは、商事代理について民法の特則を定める必要がどの程度あると考えるかによる。これは、商法の問題であるが、取引の実情を広く調査するとともに、後述する現民法 100 条に相当する規律では本当に足りないのかどうか、さらに、取次について新たに規定が整備されるとするならば、それでもなお商事代理について特則を定める必要があるのかということを慎重に検討すべきである。
以上のように、顕名原則を採用する場合、代理人が代理人として行為していることは示しているが、本人を特定しないで法律行為をした場合に、その効果が本人に帰属するかどうかが問題となる。しかし、これについては、日本では十分に議論されていない状況にあり、実際にどの程度問題になるかも定かではない。そこで、【Ⅱ-3 -7】では、この問題についてはxxの規定をおかず、今後も解釈にゆだねることとしている。
解 説
【適用事例1】
Aは、自分の所有する土地甲の売却をBにまかせることにし、甲の売却に関する一切の権限をBに与え、必要書類と印鑑をBに預けた。Bは、これに基づいて、Aを代理して甲をCに 5000 万円で売却する旨の契約を締結した。
【適用事例2】
Aは、自分の所有する土地甲の売却をBにまかせることにし、甲の売却に関する一切の権限をBに与え、必要書類と印鑑をBに預けた。Bは、これに基づいてCに甲を 5000 万円で売却する旨の契約をする際に、直接Aの名を名乗り、契約書にもAの名で署名押印した。
(1)代理の基本的要件 (a)顕名原則の維持
①現民法 99 条 1 項は、代理人のした行為の効果が代理人ではなく本人に帰属するための要件として、代理人が「本人のためにすることを示して」することを要求している。このように代理人が「本人のためにすることを示して」することは、一般に、顕名と呼ばれ、現民法 99 条 1 項は、代理に関する顕名主義の原則(以下では「顕名原則」という。)を定めた規定として理解されている。
(ア)顕名原則の趣旨
②少なくとも民事代理について顕名原則を採用することに対して、とくに異論はない。
【Ⅱ-3-5】でも、これを維持することとしている。
③もっとも、同じく顕名原則を維持するといっても、顕名原則の趣旨をどのように理解するかによって、その意味も違ってくる。この点については、次の2つないし3つの考え方がある◆ 9。
④第一は、顕名を- 本人への効果帰属を基礎づける- 意思表示としてとらえる見解である( 意思表示説)。これは、代理人のした行為の効果が本人に帰属するのは、代理人に
◆ 9 xxxx「代理における顕名主義について- 民法 100 条と商法 504 条の横断的考察」法律論叢 75
巻 2=3 号 37 頁以下(2002 年)を参照。
代理権があるだけでなく、代理人が代理意思を有し、それを表示したからであるとみる。この代理意思の表示が顕名であり、本人への効果帰属はそうした代理人の意思表示にもとづいて認められると考えるわけである。これは、いわゆる代理人行為説に典型的にみられる理解であるが、かならずしもそれにかぎられるわけではない。
⑤第二は、顕名をこの意味での- 本人への効果帰属を基礎づける- 意思表示としてとらえず、代理人のした行為の効果が本人に帰属し、あるいは代理人に帰属しないという効果が認められるための一つの要件にすぎないとみる見解である(要件説)。これはさらに、顕名を要件とする目的ないし理由をどのように理解するかによって、次の2つの考え方に分かれる。
⑥1つは、顕名は、相手方がした行為の当事者- 効果が帰属する主体- が誰であるかをあきらかにすることにより、相手方に不測の不利益をこうむらせないようにするために必要とされる要件であるとみる見解である( 相手方の保護要件説)。これは、本人の側からみれば、代理人に代理権があるかぎり、代理人が代理意思をもってした行為の効果が本人に帰属したとしても、問題はないという理解を前提とする。むしろ、それが代理人に代理権があたえられた目的に合致すると考えるわけである。しかし、相手方の側からすれば、それだけでただちに本人への効果帰属が認められると、意図していなかった者との法律行為を強いられることになる。顕名は、相手方にとって、誰が法律行為の当事者になるかをあきらかにすることにより、そのような不測の事態をふせぐための要件として位置づけられる。
⑦もう1つは、顕名は、代理人が自分のした行為の効果が帰属することを免れるために必要とされる要件であるとみる見解である( 代理人の免責要件説)。この見解は、本人への効果帰属に関するかぎり、代理人が代理権を有し、代理意思をもって行為をすれば、本来、それで認めてよいはずであると考える(そのかぎりでこれは非顕名主義に連なる)。顕名がとくに必要とされるのは、本人への効果帰属というよりも、代理人への効果帰属を排除するためだと理解するわけである。
⑧このように、顕名の趣旨をどのように考えるかによって、顕名原則の意味と射程も違ってくる。たとえば、意思表示説によると、顕名は、本人への効果帰属が認められるために不可欠であり、現民法 100 条但書は限定的に理解されることになる。これに対して、相手方の保護要件説によると、顕名が必要とされるのは、相手方に不測の不利益をこうむらせないようにするためでしかないことから、顕名はかならずしも不可欠なものではなく、相手方が不測の不利益をこうむらない場合は本人への効果帰属を認めてもよいことになる
(現民法 100 条但書はそのような趣旨の規定として理解される)。また、代理人の免責要件説によっても、本人への効果帰属について、顕名は少なくとも不可欠の要件ではなく(この見解をつらぬくと要件ですらなくなる)、代理人の免責要件についても、顕名にかぎる必要はないという理解がみちびかれやすくなる。
⑨以上のうち、現民法の規定ともっとも整合的なのは、相手方の保護要件説と考えられる。【Ⅱ-3- 5】でも、さしあたりこの見解を基礎としている。ただし、これにしたがった具体的な提案は、現民法 100 条に相当する【Ⅱ-3-8】で検討することとする。 (イ)顕名の表記
⑩現民法で「本人のためにすることを示して」とは、その行為の効果が本人に帰属することを示してという意味であり、他の立法例等において「本人の名において」というのと同様であると理解されている。このような理解は、少なくとも法律の専門家の間では確立したものであり、とくに問題はないということもできる。
⑪しかし、「本人のためにする」という表現は、一般的な用語法によると、本人の「利益」のためにするという意味で理解される余地もある。実際また、商法の問屋に関する規定で
も、「問屋トハ自己ノ名ヲ以テ他人ノ為メニ物品ノ販売又ハ買入ヲ為スヲ業トスル者ヲ謂フ」とされ(商法 551 条)、法律においても、用語法はかならずしも一定しているわけではない。
⑫この点を明確化するために、これを「本人の名でした」とあらためることも考えられる。これは、他の立法例等(ドイツ民法 164 条・ヨーロッパ契約法原則 3:203 条等)にもみら
れる方法であり、商法 551 条の規定とも対応している。
⑬もっとも、「本人の名でした」という場合、常に本人の名を名乗る- 本人がAで代理人がBである場合に、Bが「Aとして」行為をする(【適用事例2】のように、いわゆる署名代理の場合がこれにあたる)- 必要があると誤解される可能性もないわけではない。
⑭そこで、このような疑義を払拭するために、【Ⅱ-3-5 】(1)では、これを「本人の名ですることを示して」とあらためることとした。これにより、Bが、Aの代理人として、 Aが当事者となることを示して行為する場合(【適用事例1 】) はもちろん、BがAとして行為する場合(【適用事例2】)も、ここにふくまれることが明確になる。
(b)代理権の発生原因
⑮現民法 99 条 1 項は、「代理人がその権限内において」とのみ定め、代理人の「権限」が
認められる原因について、とくに明示していない。この点については、現民法 104 条(復
代理人の選任)および同 111 条 2 項(代理権の消滅事由)において「委任による代理」と
述べられ、同 106 条において「法定代理人」が言及されていることから、間接的に示唆されているにすぎない。
⑯しかし、【Ⅱ -3-2】で述べたように、代理においてひとまず任意代理と法定代理をともに規定するとするならば、代理の基本的要件と効果を定めた現民法 99 条に、その旨を明記すべきである。これにより、本人への効果帰属を主張する者は、代理人が代理権を本人から与えられたこと、または、法律の規定によって有すること(法律により定められた代理権の発生原因事実があること)を主張・立証する必要があることもあきらかとなる。
⑰このうち、任意代理の発生原因については、これまで、本人の代理権授与行為という単独行為で足りるのか、両当事者の契約が必要なのか、後者であるとして、その契約は委任契約そのものか、無名契約か、事務処理契約かということが争われてきた。これは、主として、代理人側の事情- たとえば制限行為能力等- を理由として、本人と代理人間の内部関係をなす法律行為- 委任契約等- が無効とされる場合に、相手方がどのようにして保護されるかという問題を念頭において論じられてきた。しかし、最近では、いずれの見解によっても、結論に違いは出てこないため、議論の意味自体が疑われている。
⑱そこで、【Ⅱ-3-5 】(1)では、任意代理の発生原因について、単に「権限を本人から与えられた場合」とするにとどめ、代理権授与行為の性質決定については立ち入らないこととした。
(2)「法律行為」の代理- 能働代理と受働代理
①現民法 99 条は、ドイツ民法 164 条にならい、「意思表示」の代理を定め、1 項で能働代理、2 項で受働代理を規定している。その理由は、「第二項ハ第三者カ代理人ニ対シテ催告又ハ解約ノ通知ノ如キ単独行為ヲ為シタル場合ヲ規定シタルモノトス 蓋シ此場合ニ於テハ直ニ第一項ノ規定ヲ適用スルコト能ハサルニ因リ特ニ之ヲ置ケリ」と述べられている
◆ 10。このような立場は、それ自体不都合を来しているわけではなく、そのまま維持することも十分考えられる。
②これに対して、上述したように、法律行為の行為者と当事者が異なる場合に、法律行為の当事者を確定するための規範を整備するところに代理を独立して定める必要があると考
◆ 10 前掲注 1)『民法修正案理由書』97 頁。
えるならば、代理の規律においても、「法律行為」の代理を定める方が適当である。
【Ⅱ- 3-5】(1)は、このような考慮から、「代理人がその代理権の範囲内において本人の名ですることを示してした法律行為は、本人に対して直接にその効力を生ずる」と定めている。
③もっとも、このように規定するだけだと、「第三者カ代理人ニ対シテ催告又ハ解約ノ通知ノ如キ単独行為ヲ為シタル場合」は、厳密にいえば、これにふくまれないことになる。現民法 99 条では明確だったことが改正によって不明確になるならば、混乱をもたらすおそれがある。そのように考えるならば、「法律行為」の受働代理についても、xxの規定を定めるべきである。【Ⅱ-3-5】は、このような考慮から、(2)で、受働代理、つまり「第三者が代理人に対してした法律行為」についても、能働代理に関する(1)を準用することとしている。
④このように「法律行為」の受働代理として規定すると、第三者の意思表示がそれだけでは法律行為を構成しない場合- たとえば契約の申込み・承諾の意思表示等- はどうなるのかという疑問が出てくるかもしれない。しかし、その場合は、双方の側で法律行為がおこなわれたと考えればよいため、(1)でカバーされると考えられる。
(3)商法 504 条との関係
①商法 504 条について、商行為法 WG 最終報告書(2 頁)は、次のように述べている。
○民法の代理に関する顕名主義の例外として非顕名代理を定める本条の規定の立法論的なあり方は商法固有の問題であるが,その前提では,以下のような選択肢があると考えられ,今後各方面からの意見を仰ぐ必要がある。
A案 最判昭和 43 年 4 月 24 日民集 22 巻 4 号 1043 頁の判示をリステイトした規定に改める。
B案 上記最判のような相手方に契約当事者を本人とするか代理人とするかの選択肢を与える解決とは異なる別の規定に改める。
C案 本条を廃止する。
(1)本条は,商行為の便宜のためにxx法上の undisclosed principal の法理を参考にして民法の代理の顕名主義の原則に対する例外を規定したものであるが,かつては,商行為の代理といえども顕名主義の例外を認めることは立法論としては適切でないとして,廃止すべきであるという意見が商法学説上は有力であった。しかし,前掲最判により一応の判例法理が確定されたことなどもあり,最近の学説では本条を廃止すべきであるという意見が多数を占めるとはいえない状況となっている。もっとも,商取引の実務において本条の非顕名代理がどのように利用されているのかは必ずしも明らかでなく,本条が立法論的にきわめて合理的であるという実証もされていないと思われる。以上を踏まえて,上記のとおり3つの選択肢を提示するものである。
②現民法の起草者の一人であったxxxxは、商法 504 条に相当する規定( 旧商法 242 条)について、「是レ頗ル実際ニ便利ナル所ニシテ世ノxxニ伴ヒ漸漸此主義ヲ採用スルニ至ルヘキハ余カ信シテ疑ハサル所ナリ 然リト雖モ民法ニ於テハ各国ノ立法例及ヒ学説大抵皆此主義ヲ採ラス代理人カ本人ノ為メニ法律行為ヲ為スノミニテハ未タ足レリトセス必ス本人ノ名ヲ以テ之ヲ為スコトヲ要スルモノトセリ 本条ニ於テハ此普通説ヲ採リ本人ノ為メニスルコトヲ示シテ意思表示ヲ為スコトヲ必要トセリ」と述べている◆ 11。しかし、商
◆ 11 xxxx『民法要義・xxx』(有斐閣書房・訂正増補第 33 版・1911 年)257 頁。
法 504 条については、上記商行為法 WG 最終報告書も指摘しているように、商法学者のなかでも問題視する者が少なくなく、これをそのまま民事代理にも妥当すべき一般原則として位置づける者は、現在ではみられないといってよいだろう。
③上述したように、民法においては、顕名原則を維持すべきであり、少なくとも商法 504
条を一般法化する必要はないと考えられる(【Ⅱ-3-6】)。
④その上で、商法 504 条をどのように改正するかは、商事代理について民法の特則を定める必要がどの程度あると考えるかによる。これは、いうまでもなく、商法の問題である。ただし、その際、商行為法 WG がいうように(商行為法 WG 最終報告書 4 頁)、取引の実情を広く調査するとともに、後述する現民法 100 条に相当する規律では本当に足りないのかどうか、さらに、取次について新たに規定が整備されるとするならば、それでもなお商事代理について特則を定める必要があるのかということを慎重に検討すべきだろう。
(4)本人を特定しない顕名
【適用事例3】
Aは、日ごろから買いたいと思っていたC所蔵の絵画甲がオークションで売りに出されることを知り、Bを代理人として、1 億円までならば買い入れるよう指示したが、その際、自分の名が表に出るのは好ましくないと考え、Aの名は伏せるよう頼んだ。そこで、Bは、その指示にしたがい、「某資産家」の代理人として、甲を 1 億円で落札した。
①顕名原則を採用する場合、代理人が代理人として行為していることは示しているが、本人を特定しないで法律行為をした場合に、その効果が本人に帰属するかどうかが問題となる。
②この問題について、学説のなかには、「法律行為の主体が誰であるかを示すものが顕名だと考えるならば、それが誰であるかは特定されなければならないであろう」として、この場合に本人への効果帰属を否定する者もあるのに対し◆ 12、この場合も「効果の帰属者がだれであるかが重要な意味をもつような契約の場合なら、相手方のほうで契約を成立させる意思表示をしないであろうし、当事者がだれかを問わないような種類・内容の取引であって、ただちに本人が確定されなくてもよいと相手方が諒解する場合なら、代理行為の成立を認めても格段不都合はないように思われる」として、この場合に本人への効果帰属を認める者もある◆ 13。
③比較法的にみると、このような場合に、代理人に無権代理人と同様の責任を認めたり、代理人に効果の帰属を認めるものも少なくない。たとえば、ヨーロッパ契約法原則 3:203条は、「代理人が本人の名で契約を締結する場合において、この本人が誰であるかを後に明らかにするべきものとしていながら、相手方が要求した後の合理的な期間内にこれを明らかにしなかったときには、代理人自身が当該契約に拘束される」としている。これは、代理人は、本人が誰であるかをあきらかにすることを拒むことによって、みずから相手方に拘束されるというリスクを引き受けているからであると基礎づけられている。
④もっとも、はたして代理人にそこまでの責任を課すことが適当かどうかについては、慎重に検討する必要がある。いずれにしても、これらの問題について、日本では十分に議論されていない状況にあり、実際にどの程度問題になるかも定かではない。そこで、
【Ⅱ-3-7】では、この問題についてはxxの規定をおかず、今後も解釈にゆだねることとしている。
◆ 12 xxxxx編『現代民法講義1民法総則』(法律文化社・1985 年)201 頁[xx八xx執筆]。
◆ 13 xxx『民法総則』(青林書院・第 2 版・1984 年)310 頁。
2)顕名がない場合
【Ⅱ-3-8】(顕名がない場合)
(1)代理人が本人の名ですることを示さない場合でも、相手方が、代理人が本人の名ですることを知り、又は知ることができたときは、代理人が本人の名でしたものとみなす。 (2)代理人が本人の名ですることを示さないでした法律行為は、前項の場合を除き、自己の名でしたものとみなす。
〔関連条文〕現民法 100 条
提 案 要 旨
現民法 100 条は、代理人が顕名をしなかった-「代理人が本人のためにすることを示さないでした」- 場合に、本文で、代理人が「自己のためにした」ものとみなし、但書で、相手方が、「代理人が本人のためにすることを知り、又は知ることができたとき」は、本人に効果が帰属するとしている。
これは、現民法制定時の理解によると、代理取引の円滑を確保するために、代理人に「制裁」として効果帰属を認めることを目的とした規定であり、但書も、そのような「制裁」を認める必要がない場合として位置づけられていた。しかし、但書は、顕名がなくても本人に効果が帰属することを意味するため、顕名原則との関係が問題となる。
【Ⅱ-3-5】であきらかにしたように、顕名は、代理人のした行為の効果が本人に帰属し、あるいは代理人に帰属しないという効果が認められるための一つの要件として位置づけられる。このような意味で顕名が要件とされるのは、相手方がした行為の当事者-効果が帰属する主体- が誰であるかをあきらかにすることにより、相手方に不測の不利益をこうむらせないようにするためである。
このような顕名原則の趣旨- 相手方の保護要件説- からすると、代理人が顕名しないときでも、相手方が、代理人が本人の名ですることを知り、又は知ることができたときは、本人への効果帰属が認められても、相手方に不測の事態が生じるわけではない。したがって、現民法 100 条但書は、この考え方によると、維持してよい。
ただし、以上によると、現民法 100 条但書は、顕名原則を補完する準則として位置づけられるため、そのことを明確にすることが望ましい。そこで、【Ⅱ- 3-8】では、これを(1)として、顕名がおこなわれない場合でも、現民法 100 条但書に相当する要件がそなわれば、本人への効果帰属が認められることを明記することとした。その上で、(2)では、顕名がおこなわれない場合には、(1)の場合を除き、代理人に効果帰属が認められることをあきらかとしている。
解 説
(1)現民法の立場
①顕名原則を採用する場合は、代理人が顕名をしないときにどうかなるかということが問題となる。現民法 100 条は、そのような場合の準則として、代理人が顕名をしなかった
- 「代理人が本人のためにすることを示さないでした」- 場合に、本文で、代理人が
「自己のためにした」ものとみなし、但書で、相手方が、「代理人が本人のためにするこ
とを知り、又は知ることができたとき」は、本人に効果が帰属すると定めている。
②起草者が現民法 100 条を定めた理由は、次のように説明される◆ 14。
③まず、代理人が法律行為をするにあたって、本人のためにする意思を表示せず、しかも自己のためにする意思をもたないときは、xxの意思は表示されず、現に表示された意思はxxの意思と異なるのだから、「一般ノ原則」によるときは、この意思表示はまったく効力を生じない。
④しかし、代理人が本人のためにする意思を表示することをおこたった場合は、たとえ自己のためにする意思をもたなかったときでも、「其意思表示ノ拘束ヲ受ケシムルコトハ実際ニ於テ極メテ必要ナリトス」。要するに、現民法 100 条本文は、本人のためにすることを示して意思表示をなすべき要件に「背キタル制裁ナリトス」。もしこの場合に法律行為がまったく効力を生じないとするならば、相手方はそのために不測の損害をこうむることになる。
⑤もっとも、これは、代理人が本人のためにすることを示さなかったために、代理人が本人に代わって法律行為をすることを相手方が知らなかった結果として、代理人は法律行為をする意思を有したものと認めるべき場合に適用すべきものである。もし相手方が代理人の資格を知っていたか、これを知ることができた場合は、現民法 99 条 1 項の規定を準用するのが適当である。「是レ日常取引ノ円滑ヲ保ツニ缺クヘカラサル制限タルヲ信スルナリ」。
⑥現民法 100 条の起草過程をみると、本文にあたる規定は当初から提案され、議論されていたのに対して、但書にあたる規定は、法典調査会でも整理会でもあらわれておらず、その後の段階で付加されたものであり、その経緯はあきらかではない。以上の説明をみても、起草者が主として念頭においていたのは、代理取引の円滑を確保するために、代理人に「制裁」として効果帰属を認めることであり、但書も、そのような「制裁」を認める必要がない場合として位置づけられていることがわかる。
(2)現民法 100 条但書の理解
⑦現民法 100 条但書は、顕名がなくても本人に効果が帰属することを意味するため、顕名原則との関係が問題となる。顕名原則の趣旨については、【Ⅱ -3- 5】について述べたように、考え方に対立があり、現民法 100 条但書の意味についても、それを反映して、次のような見解が主張されている。
⑧まず、顕名原則に関する意思表示説によると、顕名は、本人への効果帰属が認められるために不可欠であり、顕名によらずに本人への効果帰属を認めることはできないため、現民法 100 条但書は、顕名は黙示でもよいことを注意的に規定したものと理解されることに
なる。現民法 100 条但書を文言どおり顕名のない場合の規定であると解すると、代理の場合にかぎって、表意者が表示しなかった内心の意思(本人のためであるという意思)によって、意思表示の内容が定められることになるが、相手方が表意者の意思を知っていた場合はともかく、相手方が表意者の意思を過失によって知らなかった場合にまで、表意者の内心の意思が積極的に表示内容として認められる理由はないはずであるといわれるのも
◆ 15、顕名を意思表示とみる理解を前提としている。
⑨これに対して、顕名原則に関する相手方の保護要件説によると、顕名が必要とされるのは、相手方に不測の不利益をこうむらせないようにするためでしかないことから、顕名はかならずしも不可欠なものではなく、相手方が不測の不利益をこうむらない場合は本人への効果帰属を認めてもよいことになる。現民法 100 条但書は、まさにそのことを定めた規
◆ 14 前掲注 1)『民法修正案理由書』97 頁以下。
◆ 15 xxxx『民法の基礎1』(有斐閣・第 3 版・2008 年)249 頁。
定として理解される。
⑩また、顕名原則に関する代理人の免責要件説によっても、本人への効果帰属について、顕名は少なくとも不可欠の要件ではなく(この見解をつらぬくと要件ですらなくなる)、代理人の免責要件についても、顕名にかぎる必要はないという理解がみちびかれやすくなる。ただし、この点については、代理人は顕名さえすれば効果帰属をまぬがれることができるのに、それをおこたったにもかかわらず、なにゆえ相手方に悪意または過失があれば、代理人が免責されるのかが問題となり、代理人の免責要件という観点だけでは現民法 100条但書を説明しきれないという疑問もある。
(3)改正の方向
⑪相手方の保護要件説のいうように、本人の側からみれば、代理人に代理権があるかぎり、代理人が代理意思をもってした行為の効果が本人に帰属したとしても、問題はない。むしろ、それが代理人に代理権があたえられた目的に合致する。
⑫しかし、相手方の側からすれば、それだけでただちに本人への効果帰属が認められると、意図していなかった者との法律行為を強いられることになる。顕名は、相手方にとって、誰が法律行為の当事者になるかをあきらかにすることにより、そのような不測の事態をふせぐための要件として位置づけられる。
⑬このような考え方は、【Ⅱ-3-3 3】で提案するように、処分授権を認めるという立場とも整合的である。授権においては、被授権者は自己の名で行為するため、顕名に相当するものはおこなわれない。それにもかかわらず、授権者への効果帰属が認められるのは、授権者にとっては、まさにそれがみずから意図したことだからである。しかし、それのみで授権を一般的に認めるならば、相手方は被授権者が契約当事者(債務者)であると信じていたのに、授権者が契約当事者(債務者)だったことになり、相手方に不測の不利益をあたえるおそれがある。そのため、【Ⅱ-3- 33】では、そのようなおそれがない処分授権にかぎってこれを認め、義務設定授権は認めないこととしている。これはまさに、顕名に関する相手方の保護要件説と同様の考え方にもとづく。
⑭このように、顕名原則の趣旨を相手方の保護要件説にしたがって理解するならば、代理人が顕名しないときでも、相手方が、代理人が本人の名ですることを知り、又は知ることができたときは、本人への効果帰属が認められても、相手方に不測の事態が生じるわけではない。したがって、現民法 100 条但書は、この考え方によると、維持してよい。
⑮ただし、以上によると、現民法 100 条但書は、顕名原則を補完する準則として位置づけられるため、そのことを明確にすることが望ましい。そこで、【Ⅱ- 3-8】では、これを(1)として、顕名がおこなわれない場合でも、現民法 100 条但書に相当する要件がそなわれば、本人への効果帰属が認められることを明記することとした。その上で、(2)では、顕名がおこなわれない場合には、(1)の場合を除き、代理人に効果帰属が認められることをあきらかとしている。
2.代理行為の瑕疵
【Ⅱ-3-9】(代理行為の瑕疵)
(1)代理人のした意思表示の効力に影響を及ぼすべき事実の有無は、代理人について決するものとする。
(2)任意代理の場合は、本人は、自ら知っていた事情について代理人(この場合の代理人を「任意代理人」という。)が知らなかったことを主張することができない。ただし、本人がその事情を代理人に告げることが期待できなかったときは、この限りでない。 (3)前項の規定は、任意代理に場合に、本人が過失によって知らなかった事情について
も、準用する。
〔関連条文〕現民法 101 条
提 案 要 旨
(1)現民法 101 条 1 項は、「意思表示の効力が意思の不存在、詐欺、強迫又はある事情を知っていたこと若しくは知らなかったことにつき過失があったことによって影響を受けるべき場合には、その事実の有無は、代理人について決するものとする」と定めている。代理においては、意思表示の内容を決定し、実際に意思表示をおこなうのは代理人である以上、その意思表示が無効となるかどうか、または取り消すことができるかは、代理人について決すべきである。したがって、現民法 101 条 1 項は、基本的に維持してよいと考えられる。
ただし、「意思表示」に関する提案では、事実錯誤や不実表示による取消しを認めることとしているため、意思の不存在と意思表示の瑕疵という単純な二分法におさまらなくなっているほか、意思能力が欠けている場合についても、取消しないし無効を認めることとしている。そこで、【Ⅱ- 3-9】(1)では、「意思表示の効力に影響を及ぼすべき事実の有無」とあらためることにより、ここで問題とされるべき場合を包括的にとらえることとしている。
また、現 101 条 1 項については、代理人が詐欺・強迫を受けた場合だけでなく、代理人が詐欺・強迫をした場合もふくんでいるかどうかについて、争いがある。この点については、代理人が詐欺・強迫または不実表示をした場合は、現民法 96 条 1 項に相当する【Ⅱ
-1-15 】【Ⅱ-1-1 6】または不実表示に関する【Ⅱ-1- 14】がそのまま適用されると考えれば足り、【Ⅱ-3 -9】(1)では、「代理人のした意思表示の効力に影響を及ぼすべき事実の有無」と定めることにより、代理人が詐欺・強迫または不実表示を受けた場合にかぎって適用されることをあきらかにすることとしている。
(2)現民法 101 条 2 項は、「特定の法律行為をすることを委託された場合において、代理人が本人の指図に従ってその行為をしたとき」に、本人は、みずから知っていた事情について代理人の善意を主張できず、また、みずから過失によって知らなかった事情についても代理人の無過失を主張できないと定めている。しかし、学説では、特定の法律行為を委託したかどうかにかかわりなく、本人が代理人に知らせて、代理人の行動をコントロールする可能性があったときは、それをおこたった本人は、代理人の善意・無過失を主張できなくなってもやむをえないと考える見解も主張されている。
【Ⅱ-3-9】(2)(3)では、この見解を基礎としつつ、まず、本人が代理人の行動をコントロールできないと定型的に考えられる法定代理の場合と、本人がみずから代理人を選任する任意代理の場合を区別し、本人がみずから知っていた事情および過失によって知らなかった事情について代理人の善意・無過失を主張できなくなるのは、任意代理の場合にかぎることとしている。ただし、任意代理であっても、実際には、本人が代理人の行動をコントロールできない場合も考えられる。そこで、【Ⅱ- 3-9】(2)(3)では、但書で、
「本人がその事情を代理人に告げることが期待できなかったときは、この限りでない」とし、この場合は、本人は代理人の善意・無過失を主張できることとしている。
解 説
(1)現民法 101 条 1 項
①現民法 101 条 1 項は、「意思表示の効力が意思の不存在、詐欺、強迫又はある事情を知っていたこと若しくは知らなかったことにつき過失があったことによって影響を受けるべき場合には、その事実の有無は、代理人について決するものとする」と定めている。これは、「代理人ハ自己ノ意思ヲ表示スルモノトスルノ主義」にしたがって起草されたとされ
◆ 16、いわゆる代理人行為説にもとづくものと理解されている。
②もっとも、代理においては、意思表示の内容を決定し、実際に意思表示をおこなうのは代理人である以上、その意思表示が無効となるかどうか、または取り消すことができるかは、かならずしも代理人行為説によらなくても、代理人について決すべきである。したがって、現民法 101 条 1 項は、基本的に維持してよいと考えられる。
③しかし、現民法 101 条 1 項の規定の仕方については、再考を要する。
(a)意思の不存在と意思表示の瑕疵の二分法の削除
④まず、現民法 101 条 1 項は、「意思表示の効力が意思の不存在、詐欺、強迫又はある事情を知っていたこと若しくは知らなかったことにつき過失があったことによって影響を受けるべき場合」と定めている。これは、意思表示について、意思の不存在- 2004 年民法現代語化の前は「意思ノ欠缺」- と意思表示の瑕疵という二分類を前提としている。
⑤しかし、「意思表示」に関する提案では、錯誤についても、事実錯誤の場合に取消しを認めるほか、不実表示にもとづく取消しも認めることとしているため、意思の不存在と意思表示の瑕疵という単純な二分法にはおさまらなくなっている。
⑥そのほか、意思能力が欠ける場合についても、新たに取消しないし無効を認める可能性もあり、その場合は、この点についても手当てが必要となる。
⑦そこで、【Ⅱ- 3-9】(1)では、「意思表示の効力に影響を及ぼすべき事実の有無」とあらためることにより、ここで問題とされるべき場合を包括的にとらえた上で、これを代理人について決すると定めることとした。これにより、現在の消費者契約法 4 条による取消しに相当するものなども、広くカバーできることとなる。
(b)代理人側の意思表示への限定
⑧次に、現 101 条 1 項については、代理人が詐欺・強迫を受けた場合だけでなく、代理人が詐欺・強迫をした場合もふくんでいるかどうかについて、争いがある。
⑨判例は、代理人が詐欺・強迫をした場合もふくむと考えているのに対して◆ 17、学説では、代理人が詐欺・強迫をした場合は、101 条 1 項の問題ではなく、96 条 1 項がそのまま適用されると考える見解が有力である◆ 18。もともと起草者は代理人の意思表示について規定するつもりであったことのほか、101 条 1 項を本人側の詐欺・強迫についても適用すると、本人が詐欺・強迫をおこなった場合に説明に窮することになるというのがその理由である。
⑩ここでは、この学説にしたがい、代理人が詐欺・強迫または不実表示をした場合は、現民法 96 条 1 項に相当する【Ⅱ-1-15】【Ⅱ-1-16】または不実表示に関する【Ⅱ
-1-14】がそのまま適用されると考えれば足り、【Ⅱ -3- 9】(1)では、「代理人の した意思表示の効力に影響を及ぼすべき事実の有無」と定めることにより、代理人が詐欺
・強迫または不実表示を受けた場合にかぎって適用されることをあきらかにすることとしている。
◆ 16 前掲注 1)『民法修正案理由書』98 頁以下。
◆ 17 大判明治 39 年 3 月 31 日民録 12 輯 492 頁
◆ 18 xxx『新訂民法総則』(岩波書店・1965 年)349 頁、xxx・前掲注 15)253 頁等。
(2)現民法 101 条 2 項
⑪現民法 101 条 2 項は、「特定の法律行為をすることを委託された場合において、代理人が本人の指図に従ってその行為をしたとき」に、本人は、みずから知っていた事情について代理人の善意を主張できず、また、みずから過失によって知らなかった事情についても代理人の無過失を主張できないと定めている。1 項に対してこのような例外が定められたのは、「此場合ニ於テハ本人ハ代理人ノ意思ニ一任セサリシヲ以テナリ」とされている◆ 19。これによると、本人が特定の法律行為を委託したといえない場合には、本人が事情を知っていたとしても、その事情を考慮することができないことになる。
⑫これに対し、学説では、少なくとも本人が代理人の行動をコントロールできる場合は、その事情を代理人に知らせるべきであり、それを怠った以上、代理人の善意・無過失を主張できないと考える見解が有力である◆ 20。この見解は、「自己の利益を守ることができたのに、それをおこたった本人は、それによって不利益をこうむってもやむをえない」という考え方にしたがって、現民法 101 条 2 項を理解する。それによると、特定の法律行為を委託したかどうかにかかわりなく、本人が代理人に知らせて、代理人の行動をコントロールする可能性があった以上、それをおこたった本人は、代理人の善意・無過失を主張できなくなってもやむをえないと考えるわけである。
⑬【Ⅱ-3-9】(2)(3)では、この見解を基礎としつつ、まず、本人が代理人の行動をコントロールできないと定型的に考えられる法定代理の場合と、本人がみずから代理人を選任する任意代理の場合を区別し、本人がみずから知っていた事情および過失によって知らなかった事情について代理人の善意・無過失を主張できなくなるのは、任意代理の場合にかぎることとしている。ただし、任意代理であっても、実際には、本人が代理人の行動をコントロールできない場合も考えられる。そこで、【Ⅱ- 3-9】(2)(3)では、但書で、
「本人がその事情を代理人に告げることが期待できなかったときは、この限りでない」とし、この場合は、本人は代理人の善意・無過失を主張できることとした。その際、(2)で、
「本人が自ら知っていた事情」について定め、(3)で、「本人が過失によって知らなかった事情」について定めているのは、以上のような原則と例外構成を定式化するための技術的な理由による。
3.代理人の行為能力
【Ⅱ-3-10】(代理人の行為能力)*
( 1 ) 本人は、制限行為能力者に代理権を与えることができる。この場合において、
【Ⅱ-3-5】に基づき本人に対して直接にその効力を生ずべき法律行為は、その代理人が制限行為能力者であることによってその効力を妨げられない。
(2)法令の規定によって代理権を有する者(以下、「法定代理人」という。) が制限行為能力者であるときは、当該法定代理人が本人の名でした法律行為は、当該法定代理人が自己の名でしたのであれば取り消すことができた限りで、これを取り消すことができる。
*次のように定めるという考え方もありうる。 (1)代理人は、行為能力者であることを要しない。
(2)【Ⅱ-3-5】に基づき本人に対して直接にその効力を生ずべき法律行為は、その
代理人が制限行為能力者であることによってその効力を妨げられない。
◆ 19 前掲注 1)『民法修正案理由書』98 頁以下。
◆ 20 xxxx『x法総則』(弘文堂・第 4 版・1986 年)246 頁等。
〔関連条文〕現民法 102 条
提 案 要 旨
(1)現民法 102 条は、「代理人は、行為能力者であることを要しない」と定める。これは、旧民法財産取得編 234 条が委任について定めていたことを、法定代理をふくむ一般規定として定めたものである。しかし、起草者があげる理由のうち、本人があえて無能力者を代理人に選ぶのであれば、それを禁じる必要はないという理由は、任意代理の場合にのみあてはまることである。また、代理人自身は損失を受けないため、無能力者の保護を害することはないという理由も、本人が無能力者たる代理人がした行為の効果を帰せられる理由を述べていない。近時の学説でも、制限行為能力者その者は保護されるのに、制限行為能力者を法定代理人とする本人は、その制限行為能力者の判断能力の不十分さから生ずる危険をそのまま負担することになってしまうという問題が生じていることが指摘されている。
(2)これによると、現民法 102 条は、まず、任意代理については基本的に維持してよいと考えられる。
その際、【Ⅱ-3 -10】(1)で、「本人は、制限行為能力者に代理権を与えることができる」と定め、制限行為能力者を任意代理人として選任できることをあきらかにする。その上でさらに、その実践的な意味をあきらかにするために 、「こ の場合において、
【Ⅱ-3-5】に基づき本人に対して直接にその効力を生ずべき法律行為は、その代理人が制限行為能力者であることによってその効力を妨げられない」と定めることとしている。いずれも、現民法 102 条の趣旨を明確化するための修正である。
(3)これに対して、法定代理については、そもそも制限行為能力者が法定代理人となることを(どのような場合に)認めるべきか、また、法定代理人が制限行為能力者となった場合に、どのように対処すべきかということが問題となる。これは、現民法 102 条だけで
なく、代理権の消滅事由に関する現民法 111 条に相当する規定のほか、親子法や親族法と深くかかわる問題である。
もっとも、たとえば、後見法では、ノーマライゼーションの考え方から、後見開始の審判を受けたことは後見人の欠格事由とされていないのに対し( 現民法 847 条)、現民法 111
条 1 項 2 号では、後見開始の審判を受けたことが代理権の消滅事由とされ、そのかぎりで抵触を来している。しかし、現実の問題として、xx被後見人が後見人になることが本人にとって積極的に望ましいと考えられているわけではなく、後見法でも、現実には、そのような者が家庭裁判所によって実際に後見人に選任されることはないと想定されていた。ここで、かりに現民法 111 条 1 項 2 号を削除すれば、事後的に後見人が後見開始の審判を受けたときは、一定の要件- 「後見の任務に適しない事由があるとき」- のもとで解任請求(現民法 846 条)によって対処するしかないことになる。しかし、後見人が後見開始の審判を受けたことがただちに「後見の任務に適しない事由」にあたるとするのは、後見人の欠格事由にあたるとするのと変わりはなく、前提となる考え方と齟齬をきたさざるをえない。その意味で、後見法の理念と現実とのあいだにはジレンマが存在しているのであり、現民法 111 条 1 項 2 号は、そのジレンマが顕在化するのを防ぐ役割をはたしている
と評することもできる。このことは、現民法 111 条 1 項 2 号、およびそれと関連する現民
法 102 条の当否は、後見法の見直しと切り離して語れないことを意味している。
また、親子法に関しても、制限行為能力者が親権者となった場合と親権者が制限行為能
力者となった場合について、現在では、現民法 835 条の管理権喪失宣告制度しか用意されていない。はたしてそれで現実の問題に十分対処できるかどうかは、問題である。ここでも、現民法 111 条や 102 条だけではなく、親子法をふくめて、制度全体の見なおしを検討する必要があるというべきだろう。
しかし、本委員会の作業対象は債権法を中心としたものであり、親族法は当面の対象としていない。そのため、現民法 102 条および 111 条 1 項 2 号についても、ここで親族法もふくめた抜本的な改正を提案することはできず、全面的な見なおしは将来の課題とするほかない。
これによると、当面は、現民法 102 条をそのまま維持することも考えられる。「*」で示した案は、このような考え方にもとづく。
しかし、このように現民法 102 条をそのまま法定代理にも適用することは、本人の保護という観点からすると、問題があることは否定できない。そこで、【Ⅱ-3 -10】(2)では、最低限の手当てとして、制限行為能力者が法定代理人としてした行為は、制限行為能力者が自己の行為としてしたのであれば取り消すことができる限度で、取消しを認めることを提案している。これは、ノーマライゼーションの考え方を前提としつつ、それと不整合をきたさない限度で、本人の保護をはかることを目的としたものである。
解 説
(1)現行法の状況 (a)起草過程
①現民法 102 条は、「代理人は、行為能力者であることを要しない」と定める。これは、旧民法財産取得編 234 条が委任について定めていたことを、法定代理をふくむ一般規定として定めたものである。その理由は、「代理行為ニ依リテ自ラ損失ヲ受クルコトナキヲ以テ無能力者ノ保護ヲ害スルコトナシ」、「無能力者ト雖モ苟モ本人ニ於テ自己ノ代理人ト為スニ足ルモノトセハ敢テ之ヲ禁スルノ必要ヲ見サルナリ」とされている◆ 21。
②もっとも、後者の理由- 本人が無能力者をあえて代理人として選ぶのであれば禁じる必要はない- は、任意代理にのみあてはまることであり、前者の理由- 代理人自身は損失を受けないため無能力者の保護を害することはない- も、本人が無能力者たる代理人がした行為の効果を帰せられる理由を述べていない。
③実際また、起草者自身、「実際ハ殆ンド委任ノ場合ニ付テノミ適用セラレルデアラウト考ヘマス」と述べ、「法律上ノ代理ニ付テハ少シ只今ノxxゲタ理由ニ依ルコトハ出来マセヌ」、「併ナガラ広イ規定ニシテ置イタ方ガ実際便利デアロウト考ヘタ」、「若シ委任ニ限ル規定トシテ置ケバ法律上ノ代理ニ付テハ一々反対ノ規定ヲ掲ゲネバナラヌ事ニナル」と述べている◆ 22。
④このように、現民法 102 条は、主として任意代の場合を想定した規定であり、法定代理の場合は、同様の理由はあてはまらないものの、一々規定をおかずにすむようにするために、さしあたり法定代理の場合もふくめて規定されたものということができる。
(b)学 説
⑤学説では、これまで、「法定代理人は、本人の意思に基づくものではないから、事情が異なる」としつつ、現民法 102 条は法定代理にも適用があるとするのが一般だった。たしかに、民法では、本人の利益を保護するために、制限行為能力者が法定代理人となること
◆ 21 前掲注 1)『民法修正案理由書』99 頁。
◆ 22『法典調査会民法議事速記録』(日本学術振興会版)1 巻 66 丁表[xxxx委員の発言]。
を禁ずる特別の規定を設けている場合が少なくない(現民法 833 条・847 条・867 条等)。しかし、このような制限のない場合- たとえば制限行為能力者が親権者になる場合等
- には、制限能力者も法定代理人となることは妨げられないとされている◆ 23。
⑥これに対し、最近では、このように法定代理の場合に現民法 102 条をそのまま適用するのは問題であることが指摘されている◆ 24。制限行為能力制度によって、制限行為能力者その者は保護されるのに、制限行為能力者を法定代理人とする本人は、その制限行為能力者の判断能力の不十分さから生ずる危険をそのまま負担することになってしまうのは問題だからである。とくに、親権者が後発的に後見開始の審判を受けたときは、現民法 111 条 1
項 2 号により、代理権は消滅し、本人の保護がはかられるのに対して、子の出生当初からxx被後見人であったときは、その判断能力が不十分なことによる危険を子が負担するのは、あきらかに保護のバランスをくずしているというわけである。
⑦このような問題は、上記のように、従来から制限行為能力者が親権者になる場合等において生じていたが、1999(平成 11)年の改正で、行為無能力制度が制限行為能力制度へと変更されたことにより、問題となる場面が拡大することになった。改正前は、民法旧 846
条 2 号により、禁治産者と準禁治産者は、後見人になることができないとされていたのに
対し、改正によって、この欠格事由は削除された(現民法 847 条)。その結果、たとえば、未xx者の親権者が死亡した場合に、その親権者が遺言で指定した後見人が制限行為能力者であるときでも、その指定された者が後見人となることは妨げられないというような事態が生じることになった。そのため、少なくともこの改正の際に、現民法 102 条についても改正を検討する必要があったとされている。
(2)任意代理の場合
①現民法 102 条の起草過程からもわかるように、この規定が主として想定しているのは任
意代理の場合である。少なくとも、この任意代理については、現民法 102 条を維持してよいと考えられる。
②現民法 102 条は、かならずしも文言からあきらかでないが、任意代理に関するかぎり、本人が望むのであれば、制限行為能力者を任意代理人として選任することを認めた規定である。そこで、【Ⅱ-3-10】(1)の前段では、この趣旨を明確化するために、「本人は、制限行為能力者に代理権を与えることができる」と定めることとしている。
③もっとも、このように制限行為能力者も任意代理人として選任できるとすることの実践的な意味は、この場合でも、【Ⅱ-3 -5】の原則どおり、代理人がした法律行為の効果は本人に帰属し、代理人が制限行為能力者であったことを理由としてその法律行為の効力が否定されないということである。そこで、【Ⅱ -3-10】(1)の後段では、この趣旨を確認するために、「この場合において、【Ⅱ- 3-5】(1)に基づき本人に対して直接にその効力を生ずべき法律行為は、その代理人が制限行為能力者であることによってその効力を妨げられない」と定めることとしている。
(3)法定代理の場合
①これに対し、法定代理の場合に、現民法 102 条をそのまま維持してよいかどうかは、少なくとも再考を要すると考えられる。
(a)現行法の確認
②まず、前提として、現行法上、制限行為能力者が法定代理人となるのはどのような場合であり、その場合にどのような可能性があるかということを確認しておこう。
(ア)xx被後見人の場合
◆ 23 xx・前掲注 18)350 頁以下等。
◆ 24 xxxx『x民法大系Ⅰ民法総則』(有斐閣・第 2 版・2005 年)301 頁。
③法定代理人が後見開始の審判を受けた場合は、現民法 111 条 1 項 2 号により、代理権が消滅する。したがって、この場合は、そもそもxx被後見人が法定代理人として本人を代理しても、無権代理となり、相手方の保護は、代理権消滅後の表見代理に関する現民法 112
条にゆだねられることになる。いずれにしても、この場合は、現民法 102 条は問題とならない。
④これに対し、すでに後見開始の審判を受けているxx被後見人が法定代理人になることができるかどうかは、問題である。
⑤たしかに、現民法 111 条 1 項 2 号によると、法定代理人が事後的に後見開始の審判を受けたときは、代理権が消滅するのだから、xx被後見人は- 法定代理人となると同時に代理権が消滅する以上- そもそも法定代理人になることができないと考えることもできる。
⑥ところが、現民法 847 条は、後見人の欠格事由として、後見開始の審判を受けたことをあげていない。これは、ノーマライゼーションの考え方から、xx被後見人が一律に後見人となることができないとするのは問題だと考えられたためである。◆ 25 これによると、現行法上、xx被後見人も後見人- したがってまた法定代理人- となることは排除されていないといわざるをえない。
⑦もっとも、現民法 843 条 4 項によると、xx後見人を選任する際には、「xx後見人となる者の職業および経歴並びにxx被後見人との利害関係の有無」「その他一切の事情」を考慮しなければならないとされている(保佐・補助の場合も、現民法 876 条の 2 第 2 項
・867 条の 7 第 2 項でこの規定が準用されている)。そのため、後見開始の審判を受けている者をわざわざxx後見人に選任することは、実際には考えられないということが、改正時から指摘されていた◆ 26。
⑧これに対して、xx被後見人が親権者となることは、当然可能である。この場合は、現民法 835 条によると、「親権を行う父又は母が、管理が失当であったことによってxxxの財産を危うくしたとき」にかぎり、子の親族または検察官の請求によって、家庭裁判所がその親権者の管理権の喪失を宣告することができる。これにより、管理権の喪失が宣告されれば、現民法 838 条 1 号により、未xx後見が開始し、現民法 839 条以下により、未xx後見人が選任されることになる。しかし、このような管理権の喪失の宣告が認められない場合や、認められる場合でも実際に宣告がおこなわれるまでは、xx被後見人が未xx者の法定代理人として代理行為をすることが可能である。現民法 102 条は、この場合に適用される可能性がある。
(イ)被保佐人・被補助人の場合
⑨次に、法定代理人が保佐開始の審判もしくは補助開始の審判を受けた場合は、現民法 111
条によると、代理権は消滅しない。この場合は、まさに現民法 102 条の問題となる。
⑩ここで、この法定代理人が後見人である場合は、現民法 846 条により、後見人について
「後見の任務に適しない事由があるとき」は、家庭裁判所は、後見監督人、被後見人もしくはその親族もしくは検察官の請求により、または職権で、これを解任することができるとされている(保佐・補助の場合も、現民法 876 条の 2 第 2 項・867 条の 7 第 2 項でこの規定が準用されている)。したがって、後見人等が保佐開始の審判もしくは補助開始の審判を受けたときは、現実には、この解任請求によって対処するしかない。
⑪この法定代理人が親権者である場合は、上述したところと同様に、現民法 835 条により、
◆ 25 xxxx=xxxx=xxx『x問一答新しいxx後見制度』(商事法務・新版・2006 年)118 頁・154頁以下のほか、321 頁以下も参照。
◆ 26 xx=xx=xx・前掲注 25)154 頁以下を参照。
その親権者が「管理が失当であったことによってxxxの財産を危うくした」ときに、管理権の喪失の宣告を家庭裁判所に請求し、未xx後見に移行することによって対処することになる。
⑫これに対し、すでに保佐開始の審判もしくは補助開始の審判を受けている被保佐人・被補助人が法定代理人になることができるかどうかについては、基本的に、xx被後見人の場合と同様である。つまり、後見・保佐・補助に関しては、このような者がxx後見人・保佐人・補助人に選任されることは排除されていないものの、実際には考えられない。また、被保佐人・被補助人が親権者となった場合は、ここでも、管理権の喪失の宣告という方法によるしかない。その場合は、そもそも管理権の喪失の宣告が認められない場合や、認められる場合でも、実際に未xx後見に移行するまでのあいだは、現民法 102 条が問題となる可能性がある。
(b)改正の方向
(ア)親族法改正の必要性
⑬以上のように、制限行為能力者が法定代理人となることを(どのような場合に)認めるべきか、法定代理人が制限行為能力者となった場合に、どのように対処すべきかという問題は、現民法 102 条や 111 条といった代理に関する規律だけでなく、親子法や後見法と深くかかわっている。ところが、現行法のもとでは、代理に関する規律と親子法・後見法とのあいだに抵触がみられるほか、はたして制度全体として現実に対処することができているのかどうかという問題も生じている。
⑭たとえば、上述したように、後見法では、ノーマライゼーションの考え方から、後見開始の審判を受けたことは後見人の欠格事由とされていない。ところが、現民法 111 条 1 項 2号では、後見開始の審判を受けたことが代理権の消滅事由とされ、そのかぎりで抵触を来しているといわざるをえない。後見法によると、xx被後見人が法定代理人となることは排除されていないにもかかわらず、後見開始の審判を受けただけで代理権が消滅することは、説明がつかないからである。後見法の立場を貫けば、本来、現民法 111 条 1 項 2 号は削除する必要があるはずである。
⑮もっとも、現実の問題として、xx被後見人が後見人になることが本人にとって積極的に望ましいと考えられているわけではなく、後見法でも、現実には、そのような者が家庭裁判所によって実際に後見人に選任されることはないと想定されていた。ここで、単純に現民法 111 条 1 項 2 号を削除すれば、事後的に後見人が後見開始の審判を受けたときは、一定の要件- 「後見の任務に適しない事由があるとき」- のもとで解任請求によって対処するしかないことになる。しかし、後見人が後見開始の審判を受けたことがただちに
「後見の任務に適しない事由」にあたるとするのは、後見人の欠格事由にあたるとするのと変わりはなく、前提となる考え方と齟齬をきたさざるをえない。
⑯このように、後見法の理念と現実とのあいだにはxxxxが存在しているのであり、現民法 111 条 1 項 2 号は、そのジレンマが顕在化するのを防ぐ役割をはたしていると評する
こともできる。このことは、現民法 111 条 1 項 2 号、およびそれと関連する現民法 102 条の当否は、後見法の見直しと切り離して語れないことを意味している。
⑰また、後見人・保佐人・補助人が、事後的に保佐開始の審判や補助開始の審判を受けた場合は、現行法のもとでは、上記の解任請求によって対処するしかない。ここでも、保佐開始の審判や補助開始の審判を受けたことがただちに後見等の「任務に適しない事由」にあたるとすれば、ノーマライゼーションの考え方と齟齬をきたすことになる。しかし、その一方で、現実にこのような事態が生じれば、本人の保護をどのようにしてはかるかということが問題とならざるをえない。ここでは、現民法 111 条や 102 条だけではなく、後見法をふくめて、制度全体の見なおしを検討する必要があるというほかない。
⑱また、親子法に関しても、制限行為能力者が親権者となった場合と親権者が制限行為能力者となった場合について、現在では、現民法 835 条の管理権喪失宣告制度しか用意されていない。はたしてそれで現実の問題に十分対処できるかどうかは、問題である。ここでも、現民法 111 条や 102 条だけではなく、親子法をふくめて、制度全体の見なおしを検討する必要があるというべきだろう。
(イ)当面の対処
⑲以上のように、法定代理に関するかぎり、現民法 102 条および 111 条 1 項 2 号に相当する規定を見なおすためには、親族法の改正をふくめて検討せざるをえない。しかし、本委員会の作業対象は債権法を中心としたものであり、親族法は当面の対象としていない。そのため、現民法 102 条および 111 条 1 項 2 号についても、ここで親族法もふくめた抜本的な改正を提案することはできず、全面的な見なおしは将来の課題とするほかない。
⑳これによると、当面は、現民法 102 条をそのまま維持することも、1つの考え方である。
「*」で示した案は、このような考え方にもとづく。これによると、任意代理と法定代理を区別する必要はなくなるため、現民法 102 条と同じく、「代理人は、行為能力者であることを要しない」と定めれば足りることになる。しかし、【Ⅱ-3- 10】(1)で述べたのと同じように、その実践的な意味をあきらかにすることが望ましいと考えられるため、ここでも、(2)で、「【Ⅱ-3 -5】に基づき本人に対して直接にその効力を生ずべき法律行為は、その代理人が制限行為能力者であることによってその効力を妨げられない」と定めることとしている。
○21 この「*」で示した案によると、制限行為能力者も法定代理人となることができ、現行法のもとでは、後見人の解任請求や親権者の管理権喪失制度によって、本人の保護をはかることになる。そのような対処ができない場合やそのような対処が実際にされるまでにおこなわれた代理行為については、(2)で、その効力は妨げられないことになる。
○22 しかし、上述した近時の学説が指摘するとおり、このように現民法 102 条をそのまま法定代理にも適用することは、本人の保護という観点からすると、問題があることは否定できない。そこで、【Ⅱ- 3-10】(2)では、最低限の手当てとして、制限行為能力者が法定代理人としてした行為は、制限行為能力者が自己の行為としてしたのであれば取り消すことができる限度で、取消しを認めることを提案している◆ 27。これは、ノーマライゼーションの考え方を前提としつつ、それと不整合をきたさない限度で、本人の保護をはかることを目的としたものである。
○23 このように、制限行為能力者が法定代理人としてした行為について取消しを認める場合、誰が取消しをおこなうことができるかということが問題となる。これは、現民法 120条に相当する【Ⅱ- 4-15】(1)によると、「制限行為能力者またはその代理人、承継人若しくは同意をすることができる者」ということになる。この点についても、本来、親族法の全体的な見直しを必要とするところであるが、当面の対処としては、これによることになる。
○24 以上に対して、制限行為能力者自身の自己決定の尊重と本人のための財産管理をおこなう資格とは別次元の問題であり、むしろここでは、本人を保護するために、制限行為能力者はそもそも法定代理人になることはできないとすることも、十分考えられる。しかし、本当にそのような立場を採用すべきかどうかは、親族法全体のあり方とかかわる問題であり、将来の検討課題とするほかない。
◆ 27 これは、xx・前掲注 24)301 頁の提案- 現民法 102 条に、但書として、「制限行為能力者である法定代理人の代理行為は、自らの行為を取り消すことができる範囲内において取り消すことができる」という文言を付加すればよいとする- を参考にしたものである。
4.代理権の範囲
【Ⅱ-3-11】(代理権の範囲)
(1)任意代理人は、その任意代理権が与えられる原因となった契約により定められた行為のほか、その目的を達成するために必要な行為をする権限を有する。
(2)法定代理人は、法令の規定により代理権の範囲が明らかでないときは、次に掲げる行為のみをする権限を有する。
(ア)保存行為
(イ)代理の目的である物又は権利の性質を変えない範囲内において、その利用又は改良を目的とする行為
〔関連条文〕
現民法 103 条・28 条
提 案 要 旨
(1)現民法 103 条は、「権限の定めのない代理人」に認められる代理権の範囲について定
め、第 1 号で「保存行為」、第 2 号で「代理の目的である物又は権利の性質を変えない範囲内において、その利用又は改良を目的とする行為」をあげている。しかし、代理権の範囲は、本来、代理権の発生原因- 任意代理の場合は代理権の授与行為、法定代理の場合は法令の規定- の解釈によって定まるのが原則である。現民法 103 条が「権限の定めのない代理人」というのも、そのような代理権の発生原因の解釈によっても代理権の範囲が確定できない場合を意味すると考えられる。
もっとも、同じく代理権の発生原因の解釈によって代理権の範囲が定まるといっても、任意代理と法定代理とでは発生原因を異にするため、両者を統一的に定めるのは適当ではない。そこで、【Ⅱ-3- 11】では、代理権の範囲について、任意代理と法定代理を区別して規定することとしている。
まず、任意代理については、任意代理人が「その任意代理権が与えられる原因となった契約により定められた行為」をする権限を有することは、当然である。また、任意代理人が「その目的を達成するために必要な行為をする権限」を有しなければ、「その任意代理権が与えられる原因となった契約」- 代理権授与行為- をした意味がない以上、やはり任意代理人はそこまでの権限を有すると考える必要がある。このことは、多くの場合、代理権授与行為の解釈によってみちびくことが可能だと考えられるが、これは、自明のこととまではいえないため、xxの規定で確認しておくことに意味があると考えられる。
以上のような考慮から、【Ⅱ-3- 11】(1)は、最近の比較法的な動向- 国際動産売買に関する代理に関する条約 9 条 1 項、ユニドロワ原則 2.2.2 条 2 項、ヨーロッパ契約法原則 3:201 条 2 項のほか、ヨーロッパ私法共通参照枠草案Ⅱ.-6.104 条- を参考にして、任意代理権の範囲に関する原則として、「任意代理人は、その任意代理権が与えられる原因となった契約により定められた行為のほか、その目的を達成するために必要な行為をする権限を有する」と定めることとしている。
(2)これに対して、法定代理の場合は、代理権の範囲は法令の規定の解釈によって確定されるのが原則である。しかし、このこと自体は自明のことであり、xxで定める必要はとぼしいと考えられる。
そうすると、残る問題は、法令の規定により法定代理権の範囲があきらかでない場合で
ある。
現民法では、法定代理権の範囲を法律で定める際に、現民法 103 条を直接または間接に参照して、それを超える範囲で代理権を認める場合に一定の要件や手続を定めている(現民法 28 条、918 条 3 号、943 条 2 号、950 条 2 号、953 条)。ここで、かりに現民法 103 条に相当する規定を全面的に削除してしまえば、法定代理について、法令の規定により代理権の範囲があきらかでない場合に、疑義が残ることになる。そこで、【Ⅱ-3-11】(2)では、現民法 103 条に相当する規定を法定代理について存置することとしている。
解 説
(1)現行法の趣旨
①現民法 103 条は、「権限の定めのない代理人は、次に掲げる行為のみをする権限を有する」とし、第 1 号で「保存行為」、第 2 号で「代理の目的である物又は権利の性質を変えない範囲内において、その利用又は改良を目的とする行為」をあげている。
②これは、委任による代理権の範囲に関する旧民法財産取得編 232 条を受けた規定である。その趣旨についても、「抑モ代理権ノ範囲ヲ定ムルハ畢竟意思ノ解釈ニ帰スヘキモノタルコト論ヲ俟タスト雖モ若シ本人カ代理権ノ範囲ヲ定メスシテ汎博ナル委任ヲ与ヘタル場合ニ於テ代理人カ売買贈与其他ノ処分行為ヲモ為スコトヲ得ルトセハ本人ノ意思ニ反スルコ ト多ク其危険甚タ大ナルヘキニ依リ法律ヲ以テ其権限ノ範囲ヲ定ムルニ便トス」とされ、任意代理を念頭においた説明がなされている◆ 28。
③ただ、起草者も、現民法 103 条が法定代理にも適用されるものとして想定していた。実際、xxxxは、その旨を明言し、法定代理について規定ごとに代理権の範囲を定めるとすると、「大変錯雑シテ来シマスカラ、夫レヨリカ此処ニ規定ヲシテ置ケバ」「其場所場所ニ於テ委イ規定ヲ設クル必要ガナイト云フ便利ガアル」と述べている◆ 29。
(2)改正の方向
④代理権の範囲は、本来、代理権の発生原因- 任意代理の場合は代理権の授与行為、法定代理の場合は法律の規定- の解釈によって定まるのが原則である。現民法 103 条が「権限の定めのない代理人」というのも、そのような代理権の発生原因の解釈によっても代理権の範囲が確定できない場合を意味すると考えられる。
⑤現民法 103 条の問題は、原則に相当するものが定められていないため、代理権の範囲が原則としてどのようなものなのかがあきらかにされていないところにある。したがって、改正にあたっても、代理権の範囲に関する原則を明文化することが望ましいと考えられる。
⑥もっとも、任意代理と法定代理とでは、発生原因を異にするため、この基本原則に相当するルールを統一的に定めるのは適当ではない。そこで、【Ⅱ -3- 11】では、代理権の範囲について、任意代理と法定代理を区別して規定することとしている。
(a)任意代理
⑦まず、任意代理については、任意代理人が「その任意代理権が与えられる原因となった契約により定められた行為」をする権限を有することは、当然である。これは、任意代理権の授与についても、契約自由の原則(【Ⅰ -2-1 】) が妥当することから基礎づけられる。
⑧問題は、どのような行為をする権限が「その任意代理権が与えられる原因となった契約により定められた」といえるかである。これはまさに、「その任意代理権が与えられる原
◆ 28 前掲注 1)『民法修正案理由書』99 頁以下。
◆ 29『法典調査会民法議事速記録』(日本学術振興会版)1 巻 104 丁裏。
因となった契約」- 代理権授与行為- の解釈の問題である。
⑨その際、本人が任意代理人に任意代理権を与える旨の契約をするのは、それによって一定の目的を達成するためだと考えられる。ここで、任意代理人がその目的を達成するために必要な行為をすることができなければ、任意代理人に任意代理権を与える旨の契約をした意味がない。したがって、任意代理人は、「その目的を達成するために必要な行為をする権限を有する」と考える必要がある。
⑩このことは、たとえ代理権授与行為で明示されていなくても、多くの場合、その解釈
- 【Ⅱ-6-1】の本来的解釈、ないしは少なくとも【Ⅱ-6-3】の補充的解釈-によってみちびくことが可能だと考えられる。しかし、これは、自明のこととまではいえないため、xxの規定で確認しておくことに意味があると考えられる。
⑪以上のような考慮から、【Ⅱ-3- 11】(1)では、任意代理権の範囲に関する原則として、「任意代理人は、その任意代理権が与えられる原因となった契約により定められた行為のほか、その目的を達成するために必要な行為をする権限を有する」と定めることとしている。
⑫比較法的にいえば、国際動産売買に関する代理に関する条約 9 条 1 項のほか、ユニドロ
ワ原則 2.2.2 条 2 項、ヨーロッパ契約法原則 3:201 条 2 項等で、代理人は、代理権があたえられた目的を達成するために必要な行為をする権限を有することがxxで定められている。また、ヨーロッパ私法共通参照枠草案Ⅱ.-6.104 条では、1 項で、代理権の範囲は代理権授与行為によって定まるという原則を確認した上で、2 項で、代理人は、代理権があたえられた目的を達成するために必要なすべての付随的行為をおこなう権限を有すると定められている。【Ⅱ-3-11】(1)は、このような立場を参考にしたものである。
⑬問題は、このような基本原則によっても任意代理権の範囲を確定できない場合があり、その場合のためのデフォルト・ルールとして、現民法 103 条に相当する規定を残す必要があるかどうかである。
⑭しかし、「目的を達成するために必要な行為」が確定できない場合とは、そもそも目的が確定できない場合か、目的は確定できても、何がその達成のために必要かが確定できない場合である。前者の場合は、そもそも法的に有効な代理権授与行為がおこなわれたかどうか、疑問である。後者の場合は、目的を確定できるにもかかわらず、現民法 103 条 1 号
・2 号所定の行為に代理権の範囲を限定することが、はたして常に適当といえるかどうか、やはり疑問が残る。
⑮【Ⅱ- 3-11】(1)では、このような理由から、任意代理に関するかぎり、上記の基本原則を定めれば足りると考え、現民法 103 条に相当する規定を削除することとしている。 (b)法定代理
⑯これに対して、法定代理の場合は、代理権の範囲は法令の規定の解釈によって確定されるのが原則である。しかし、このこと自体は自明のことであり、xxで定める必要はとぼしいと考えられる。
⑰そうすると、残る問題は、法令の規定により法定代理権の範囲があきらかでない場合である。
⑱現民法では、法定代理権の範囲を法律で定める際に、現民法 103 条を直接または間接に参照して、それを超える範囲で代理権を認める場合に一定の要件や手続を定めている。現民法 28 条、918 条 3 号、943 条 2 号、950 条 2 号、953 条がそれにあたる。具体的には、不
在者の財産管理人に関する 28 条が現民法 103 条を直接参照し、その他の規定は、すべて 28
条を準用するという形式となっている。
⑲かりに現民法 103 条に相当する規定を全面的に削除してしまえば、法定代理について、法令の規定により代理権の範囲があきらかでない場合に、疑義が残ることになる。そこ
で、【Ⅱ-3-11】(2)では、現民法 103 条に相当する規定を法定代理について存置することとしている。
⑳これによると、現民法 103 条 1 号・2 号の行為が、法定代理権の範囲に最低限ふくまれるものとして位置づけられる。その際、1 号の保存行為、2 号の利用行為がそれにあたるとしても、2 号の改良行為まで、そのような最低限の行為にふくめることについては、疑義があるかもしれない。もっとも、あまり代理権の範囲を絞りすぎると、特別な手続を発動すべき場合が多くなり、当事者および裁判所等の負担が大きくなるおそれもある。そこで、【Ⅱ-3-11】(2)では、現民法 103 条にならって、その 1 号・2 号の行為をあげることとしている。
5.復代理
1)任意代理人による復代理人の選任
【Ⅱ-3-12】(復代理に関する規律の配置) 任意代理人による復代理人の選任については、任意代理人と復代理人の間の内部関係と、相手方との外部関係を区別し、「代理」の節では、後者の外部関係の規律に必要なことを規定し、前者の内部関係の規律は、債権編の各種の契約の規律にゆだねる。 |
【Ⅱ-3-13】(任意代理人による復代理人の選任) 任意代理人は、復代理人を選任することができない。ただし、本人の許諾を得たとき、又は代理人自らが代理権に係る行為をすることを期待できないときは、この限りでない。 |
【Ⅱ-3-14】(復代理人を選任した場合の代理人の責任) 復代理人を選任した場合の代理人の責任に関する現民法 105 条に相当する規律は、債権編の各種の契約の規律にゆだねる。 |
〔関連条文〕
現民法 104 条・105 条
提 案 要 旨
(1)現民法は、総則編の「代理」の節において、復代理人の選任に関する問題を規定している。そこでは、相手方との外部関係に関する規定だけでなく、代理人と復代理人の間の内部関係に関する規定も定められている。
しかし、任意代理に関するかぎり、代理人と復代理人間の内部関係は、委任契約に関する問題にほかならない。そこで、【Ⅱ -3-12】では、内部関係の規律は、債権編の各種の契約の規律にゆだね、「代理」の節では、外部関係の規律に必要なことにかぎって規定することとしている。
(2)現民法 104 条は、任意代理人が復代理人を選任できるかどうかについて定めている。これは、委任契約からみれば、自己執行義務に関する問題であり、上記の区別に照らせば、債権編の各種の契約で定めるべき事柄としてとらえられる。
しかし、代理人が復代理人を選任できるかどうかは、復代理人として行為する者に代理権が認められるかどうかという問題にほかならない。その意味で、この問題に関する規定は、外部関係を規律する上で不可欠といわざるをえない。したがって、「代理」の節にお
いても、現民法 104 条に相当する規定を定めるべきであると考えられる。
現民法 104 条は、「委任による代理人は、本人の許諾を得たとき、又はやむを得ない事由があるときでなければ、復代理人を選任することができない」と定めている。これは、復代理禁止原則を採用し、2つの場合にその例外を認めているものと理解できる。
【Ⅱ-3-13】では、この規範構造を明確化し、本文で、「任意代理人は、復代理人を選任することができない」という原則を宣言した上で、但書で、「本人の許諾を得たとき」または「やむを得ない事由があるとき」に相当する場合は、例外的に復代理人を選任できることとしている。
もっとも、このうち、「やむを得ない事由があるとき」の意味はかならずしもあきらかではなく、例外が許される場合を限定しすぎている可能性もある。【Ⅱ-3-13】では、例外が認められる場合を必要に応じて拡張できるようにするために、「代理人自らが代理権に係る行為をすることを期待できないとき」とあらためることとしている。
(3)以上に対して、復代理人を選任した場合の代理人の責任に関する現民法 105 条に相当する規律は、内部関係に関する事柄である。そのため、【Ⅱ -3- 14】は、これを債権編の各種の契約の規律にゆだねることとしている。
解 説
(1)規律の配置
①現民法は、総則編の「代理」の節において、復代理人の選任に関する問題を規定している。そこでは、相手方との外部関係に関する規定だけでなく、代理人と復代理人の間の内部関係に関する規定も定められている。
②しかし、任意代理に関するかぎり、代理人と復代理人間の内部関係は、委任契約に関する問題にほかならない。それにもかかわらず、内部関係に関する問題の一部のみを委任契約とは切り離して「代理」の節で定めるのは、かならずしも適当とはいいがたい。
③したがって、【Ⅱ-3-12】では、内部関係の規律は、債権編の各種の契約にゆだね、
「代理」の節では、外部関係の規律に必要なことにかぎって規定することとしている。
(2)任意代理人による復代理人の選任 (a)「代理」における規定の必要性
④現民法 104 条は、任意代理人が復代理人を選任できるかどうかについて定めている。これは、委任契約からみれば、自己執行義務に関する問題であり、上記の区別に照らせば、債権編の各種の契約で定めるべき事柄としてとらえられる。
⑤しかし、代理人が復代理人を選任できるかどうかは、復代理人として行為する者に代理権が認められるかどうかという問題にほかならない。その意味で、この問題に関する規定は、外部関係を規律する上で不可欠といわざるをえない。
⑥したがって、「代理」の節においても、現民法 104 条に相当する規定を定めるべきであると考えられる。もちろん、その際には、債権編の各種の契約に定められる受任者の自己執行義務に関する規定と齟齬を来さないように注意する必要がある。
(b)改正の方向
⑦現民法 104 条は、「委任による代理人は、本人の許諾を得たとき、又はやむを得ない事由があるときでなければ、復代理人を選任することができない」と定めている。これは、二重否定となっているため、理解しづらいが、規定の構造としては、復代理禁止原則を採用し、2つの場合にその例外を認めているものと理解できる。【Ⅱ- 3-13】では、この規範構造を明確化し、本文で、「任意代理人は、復代理人を選任することができない」という原則を宣言した上で、但書で、「本人の許諾を得たとき」または「やむを得ない事
由があるとき」に相当する場合は、例外的に復代理人を選任できることとしている。
⑧もっとも、現民法 104 条の例外事由のうち、「やむを得ない事由があるとき」の意味はかならずしもあきらかではなく、また、例外が許される場合を限定しすぎている可能性もある。この点を考慮して、例外が認められる場合を必要に応じて拡張できるようにするために、【Ⅱ -3-13】では、「代理人自らが代理権に係る行為をすることを期待できないとき」とあらためることとしている。
(3)復代理人を選任した場合の代理人の責任
⑨以上に対して、復代理人を選任した場合の代理人の責任に関する現民法 105 条に相当する規律は、内部関係に関する事柄である。そのため、【Ⅱ-3 -14】は、これを債権編の各種の契約の規律にゆだねることとしている。
⑩なお、「委任」の節では、以上の問題に関し、現在のところ、次のような提案が検討されている(第 7 回全体会議資料 26 頁)。
【Ⅳ-7-5】(受任者の自己執行義務)
① 受任者は、委任者の許諾を得たとき、又はやむを得ない事由があるときでなければ、第三者に対し、委任事務を処理することを委託することはできない。ただし、当該事務の処理を第三者に委託することが委任の目的に照らして相当であると認められるときは、この限りでない。
②*(甲案)受任者が報酬を受けない委任において、受任者は、前項の規定により復受任者に選任したときは、自ら委任事務を処理する義務を免れ、復受任者の選任及び監督についてのみ義務を負う。
(乙案)受任者は、前項の規定により復受任者に選任したときは、自ら委任事務を処理する義務を免れ、復受任者の選任及び監督についてのみ義務を負う。
③ 受任者は、委任者の指名に従って復受任者を選任したときは、復受任者の選任について責任を負わない。ただし、受任者が、復受任者が不適任又は不誠実であることを知りながら、その旨を委任者に通知し又は復委任契約を解除することを怠ったときは、この限りでない。
2)法定代理人による復代理人の選任
【Ⅱ-3-15】(法定代理人による復代理人の選任)
(1)法定代理人は、復代理人を選任することができる。
(2)法定代理人は、復代理人を選任したときは、復代理人の行為について責任を負う。ただし、法定代理人が、自ら代理権に係る行為をすることを期待できない場合において、復代理人を選任したときは、その選任及び監督についてのみ、本人に対してその責任を負う。
〔関連条文〕現民法 106 条
提 案 要 旨
現民法 106 条は、「法定代理人は、自己の責任で復代理人を選任することができる。この場合において、やむを得ない事由があるときは、前条第 1 項の責任のみを負う。」と定
めている。この第 1 文の「復代理人を選任することができる」という部分は、法定代理人が復代理人を選任することができるかどうかという外部関係に関する問題を規律するものであるのに対して、第 1 文の「自己の責任で」という部分と第 2 文は、この場合に法定代理人が本人に対して負うべき責任という内部関係に関する規律である。
もっとも、任意代理と異なり、法定代理に関しては、「代理」の節で外部関係のみを規律することにすれば、法定代理の場合の内部関係は、規律すべき場所がなくなることになる。そこで、【Ⅱ -3-15】では、現民法 106 条を基本的に維持し、外部関係だけでなく、内部関係についても「代理」の節で規定した上で、両者の関係の区別を明確化するために、(1)で外部関係に相当する部分を定め、(2)で内部関係に相当する部分を定めることとしている。
(2)の内部関係に関しては、現民法 106 条第 1 文にふくまれる規律が原則にあたるため、
これを本文とし、現民法 106 条第 2 文がその例外にあたるため、これを但書として規定し
ている。その際、現民法 106 条第 2 文が責任の軽減事由としてあげる「やむを得ない事由があるとき」は、【Ⅱ-3-1 3】と同様に、「自ら代理権に係る行為をすることを期待できない場合」にあらためることとしている。
解 説
(1)規律の配置
①現民法 106 条は、「法定代理人は、自己の責任で復代理人を選任することができる。この場合において、やむを得ない事由があるときは、前条第 1 項の責任のみを負う。」と定
めている。この第 1 文の「復代理人を選任することができる」という部分は、法定代理人が復代理人を選任することができるかどうかという外部関係に関する問題を規律するものであり、任意代理人に関する現民法 104 条の規定に対応する。それに対して、第 1 文の「自
己の責任で」という部分と第 2 文は、この場合に法定代理人が本人に対して負うべき責任
という内部関係に関する規律であり、任意代理人に関する現民法 105 条の規定に対応する。
②もっとも、任意代理に関しては、内部関係の規律は債権編の各種の契約にゆだねることができるとしても、法定代理に関しては、同様に考えることができない。「代理」の節で外部関係のみを規律することにすれば、法定代理の場合の内部関係は、規律すべき場所がなくなることになってしまう。したがって、法定代理の場合に関しては、現行法どおり、外部関係だけでなく、内部関係についても「代理」の節に規定せざるをえない。
(2)改正の方向
③以上のような考慮から、【Ⅱ- 3-15】では、現民法 106 条を基本的に維持することとしている。
④ただし、その際、外部関係と内部関係の規律の区別を明確化するために、現民法 106 条
第 1 文の外部関係に関する部分を(1)とし、現民法 106 条第 1 文および第 2 文の内部関係に関する部分を(2)として定めることとしている。
⑤(2)の内部関係に関しては、現民法 106 条第 1 文にふくまれる規律が原則にあたるため、
これを本文とし、現民法 106 条第 2 文がその例外にあたるため、これを但書として規定している。
⑥また、現民法 106 条第 2 文では、法定代理人の責任が軽減される事由として「やむを得ない事由があるとき」が定められている。しかし、この意味は、かならずしもあきらかではなく、また、単に緊急時等で復代理人を選任しなければならないときに、一般的に責任の軽減が正当化されるかどうかも、疑義がある。そこで、これについては、【Ⅱ-3-13】と同様に、「自ら代理権に係る行為をすることを期待できない場合」とあらためることと
している。
3)復代理人の権限
【Ⅱ-3-16】(復代理人の権限)
(1)復代理人が本人の名においてその権限内の法律行為をしたときは、本人に対して直接にその効力が生ずる。
(2)復代理人は、第三者に対して、代理人と同一の権利を有し、義務を負う。
〔関連条文〕現民法 107 条
提 案 要 旨
現民法 107 条 1 項は、「復代理人は、その権限内の行為について、本人を代表する」と定める。これは、相手方との外部関係に関する規律であり、「代理」において定めるべき事柄にあたる。その際、この規定は、復代理人は「本人を代表する」と定め、法定代理人について用いられる文言を採用しているが、その理由はかならずしもあきらかではない。むしろ、復代理人も代理人として行為していることに変わりはないことからすると、現民法 99 条 1 項と同様の定め方をした方が適当と考えられる。そこで、【Ⅱ-3-16】(1)では、「復代理人が本人の名においてその権限内の法律行為をしたときは、本人に対して直接にその効力が生ずる」と定めることとしている。
現民法 107 条 2 項は、「復代理人は、本人及び第三者に対して、代理人と同一の権利を有し、義務を負う」と定める。このうち、「本人」に対してという部分は、本人と復代理人の間の内部関係に関する規律であり、債権編の各種の契約において定めるべき事柄にあたる。それに対して、「第三者に対して」という部分は、相手方との外部関係に関する規律であるため、「代理」において定めるべき事柄にあたる。そこで、【Ⅱ-3-16】(2)では、前者の部分は削除して、委任に関する【Ⅳ- 7- 17】にxxx、ここでは、「復代理人は、第三者に対して、代理人と同一の権利を有し、義務を負う」と定めることとしている。
解 説
(1)現民法 107 条 1 項の修正
①現民法 107 条 1 項は、「復代理人は、その権限内の行為について、本人を代表する」と定める。これは、相手方との外部関係に関する規律であり、【Ⅱ-3 -12】で述べたところによると、「代理」において定めるべき事柄にあたる。
②現民法 107 条 1 項は、復代理人は「本人を代表する」と定め、法定代理人について用いられる文言を採用しているが、その理由はかならずしもあきらかではない。むしろ、復代理人も代理人として行為していることに変わりはないことからすると、現民法 99 条 1 項と同様の定め方をした方が適当と考えられる。そこで、【Ⅱ-3 -16】(1)では、「復代理人が本人の名においてその権限内の法律行為をしたときは、本人に対して直接にその効力が生ずる」と定めることとしている。
(2)現民法 107 条 2 項の修正
③現民法 107 条 2 項は、「復代理人は、本人及び第三者に対して、代理人と同一の権利を
有し、義務を負う」と定める。このうち、「本人」に対してという部分は、本人と復代理人の間の内部関係に関する規律であり、【Ⅱ -3-12】で述べたところによると、債権編の各種の契約において定めるべき事柄にあたる。それに対して、「第三者に対して」という部分は、本人への効果帰属に関する問題とは異なるものの、相手方との外部関係に関する規律であるため、「代理」において定めるべき事柄にあたる。そこで、【Ⅱ-3-16】 (2)では、前者の部分は削除し、「復代理人は、第三者に対して、代理人と同一の権利を有し、義務を負う」と定めることとしている。
④現民法 107 条 2 項のうち、「本人」に対してという部分は、一般に、本人と復代理人の間に、直接の委任関係があるのと同様の権利義務を認めるものと理解されている。
⑤この規定に関連して、最近の学説では、一般的な理解にしたがい、復代理を「代理人が自己の名で復代理人を選任すること」ととらえるならば、現民法 107 条 2 項により本人と復代理人間に直接の委任関係に相当するものが認められていることを基礎づけるのが困難になるという指摘もある。それによると、復代理を「代理人が本人の名で復代理人を選任すること」と理解するならば、本人と復代理人の間にはまさに直接の委任契約が締結されることになるため、現民法 107 条 2 項は当然のことを定めたものと理解できるとされている◆ 30。
⑥もっとも、現民法 107 条 2 項は、むしろ「代理人が自己の名で復代理人を選任する」場合にこそ必要になる規定というべきである。というのは、この場合は、たしかに本人と復代理人の間には、直接の委任関係はないとしても、復代理人はまさに本人の事務を処理している以上、一種の直接訴権に相当するものを認めるべき関係にあるからである◆ 31。
⑦これによると、現民法 107 条 2 項は、代理人が無資力かどうかを問題とすることなく、本人は、代理人が復代理人に対して有する権利を直接行使することができ、復代理人は、代理人が本人に対して有する権利を直接行使することができることを定めたものと考えられる。ただし、上述したように、この問題は債権編の各種の契約で定めるべき事柄であることから、【Ⅳ -7-17】でこのような趣旨を明確化する規定をおくこととしている。
6.利益相反行為
【Ⅱ-3-17】(利益相反行為)
(1)代理人が次に掲げる法律行為をしたときは、本人は、自己に対してその行為の効力が生じないことを主張できる。ただし、代理人が当該行為をすることについて本人が許諾したとき、又は本人の利益を害しないことが明らかであるときは、その限りでない。
(ア)本人を代理して自らと行為をすること
(イ)本人及び相手方の双方を代理して行為をすること
(ウ)(ア)(イ)の他本人と代理人又はその利害関係人との利益が相反する行為
(2)代理人が(1)の行為((1)(ア)(イ)に反する行為を除く。)をしたことについて、相手方が善意であり、かつ重大な過失がなかったときは、本人は、自己に対してその行為の効力が生じないことを主張できない。
(3)(1)の場合において、第三者が、(1)の行為がされたことについて善意であり、かつ重大な過失がなかったときは、本人は、自己に対してその行為の効力が生じないことを主張できない。
◆ 30 xx・前掲注 24)311 頁以下。
◆ 31 xx・前掲注 9)93 頁以下を参照。
〔関連条文〕現民法 108 条
提 案 要 旨
(1)現民法 108 条は、たしかに文言上は親権者に関する現民法 826 条や後見人に関する
860 条と異なり、自己契約と双方代理にかぎってこれを禁止しているが、その基礎には、代理人は本人に対してxx義務を負い、それに反する利益相反行為を禁止するという共通の考え方があるとみることができる。実際また、このような考慮から、判例および学説でも、現民法 108 条について、自己契約・双方行為そのものに該当しないけれども、本人と代理人(またはその利害関係人)の利益が相反する行為に拡張ないし類推することが認められてきた。
そこで、【Ⅱ-3-1 7】(1)では、これを正面から認め、自己契約と双方代理とならんで、利益相反行為を一般的に禁止する規定をおくこととしている。その際、まず、(ア)で自己契約、(イ)で双方代理を定めた上で、(ウ)で利益相反行為に関する受け皿規定として、
「本人と代理人又はその利害関係人との利益が相反する行為」を定めることとしている。利益相反にあたるかどうかについては、現民法 826 条・860 条に関するいわゆる形式説にしたがい、「行為の外形」のみから判断すべきであり、行為の縁由や動機、行為の結果等の具体的事情を考慮すべきではないという考え方を前提としている。このように、代理人のxx義務違反が「行為の外形」から定型的・客観的に認められる場合を利益相反行為としてとらえることとしても、そこからもれる場合- 代理人の背信的な目的に即して具体的・主観的にxx違反が認められる場合- は、代理権濫用に関する【Ⅱ-3-18】でカバーできると考えられる。
【Ⅱ- 3-17】(1)但書では、現民法 108 条が自己契約と双方代理の禁止の例外として定めるもののうち、本人が許諾した場合は、そのまま維持している。これに対して、「債務の履行」は、代物弁済のほか、期限が到来していない債務や争いのある債務の弁済などについては、本人を害するような新たな利益の変動が生ずる可能性があるため、適当とはいいがたい。そこで、これは「本人の利益を害しないことが明らかであるとき」にあらためている。
現民法 108 条に違反した場合の効果は、無権代理と考えるのが一般である(無権代理構成)。しかし、利益相反行為は、あくまでも内部関係において代理人が本人に対して負う義務の違反行為である。しかも、利益相反行為は定型的・客観的にxx義務に反すると評価されるだけであり、本人がそれによって実際に自己の利益が害される- 実質的にxx義務に反している- とみずから判断した場合にかぎって、効果の不帰属を認めれば足りるはずである。
そのための構成として、利益相反行為は取り消すことができるとする構成(取消構成)を採用することも考えられる。しかし、この場合は、代理行為そのものに瑕疵があるわけではないため、本人が代理行為を取り消すという構成には違和感が残る可能性もある。そこで、【Ⅱ -3-17】では、「本人は、自己に対してその行為の効力が生じないことを主張できる」という構成を採用することとしている(効果不帰属主張構成)。
(2)現民法 108 条は、自己契約と双方代理がおこなわれた場合の効果を定めていないため、相手方の信頼保護についてもとくに言及していない。たしかに、自己契約と双方代理では、相手方の信頼保護は問題にならないとしても、それ以外の利益相反行為については、相手方の信頼保護が問題となる余地がある。
【Ⅱ-3-18】で述べるように、代理権濫用に関しては、相手方からみれば、代理人
は本人側に属する者であり、そのような者が背信的な意図を秘匿して代理行為をおこなっているため、狭義の心裡留保- 表意者が相手方が誤信させようとして、意図的に真意を秘匿している場合- に類するとみて、相手方が悪意のときに、本人は効果不帰属の主張をおこなうことができるとしている。ただし、代理権濫用の場合は、狭義の心裡留保の場合と異なり、本人がみずから相手方を誤信させる行為をしているわけではないため、重大な過失のある相手方は、そのような本人による効果不帰属の主張を否定できないとしている。
利益相反行為も、代理人が本人に対して負うxx義務の違反である点で、代理権濫用と同じである。しかし、利益相反行為は定型的・客観的にxx義務に反すると評価される行為であるため、相手方は、通常、それがxx義務に違反する行為であることを知っているか、少なくとも、知らなかったとしても重大な過失があると考えられる。このような考慮から、【Ⅱ -3-17】(2)では、証明責任の転換を認め、相手方が善意であり、かつ、重大な過失がなかったことを主張・立証したときに、本人による効果不帰属の主張を認めないこととしている。
(3)相手方からの転得者等、第三者の保護については、第三者の側からみれば、本人側の内部的な事情を理由に効果不帰属の主張が認められることになるため、意思表示の無効
・取消しに関する問題と同様の問題としてとらえることができる。
利益相反行為の場合は、第三者からみれば、代理人は本人の側に属する者であり、そのような者が内部関係において背信的行為をおこなっている以上、非真意表示・狭義の心裡留保・虚偽表示と同様に、第三者の保護要件として、善意にくわえて無過失まで要求することはできないと考えられる。ただし、利益相反行為の場合は、本人自身は知りつつそのような行為をしたわけではないため、重大な過失のある第三者まで、そのような本人による効果不帰属の主張を否定できると考えるべきではない。
そこで、【Ⅱ-3-1 7】(3)では、利益相反行為がおこなわれたことについて第三者が善意であり、かつ重大な過失がなかったときに、本人は効果の不帰属を主張できないとしている。
解 説
1)利益相反行為の禁止
【適用事例1】
Aは、自己の所有する土地甲(時価 5000 万円)の売却について、Bに代理権をあたえた。この場合において、Bは、Aを代理してみずから甲を 4000 万円で買い受ける旨の契約をした。
【適用事例2】
Aは、自己の所有する土地甲(時価 5000 万円)の売却について、Bに代理権をあたえた。この場合において、Bは、Cから適当な土地の購入を頼まれていたので、AとCを代理して、AC間で甲を 4000 万円で売却する旨の契約をした。
(1)利益相反行為の禁止- 原則 (a)現行法の状況
①現民法 108 条は、自己契約と双方代理の禁止を定めている。このような禁止が定められた趣旨は、「凡ソ代理人カ本人ノ為メニ代理ヲ為スニ当リテハxx以テ其事ニ従ハサル可
カラス」というところに求められている。自己契約 (【適用事例 1 】) と双方代理
(【適用事例2 】)においては、本人の利益と代理人の利益が衝突し、代理人が自己の利益を優先しやすく、そのような場合に代理人に本人の利益を優先せよというのも「難キヲ人ニ責ムル」ものといわざるをえない。したがって、このような行為はそもそもできないということを原則としたわけである◆ 32。
②このように、現民法 108 条は、たしかに文言上は親権者に関する現民法 826 条や後見人
に関する 860 条と異なり、自己契約と双方代理にかぎってこれを禁止しているが、その基礎には、代理人は本人に対してxx義務を負い、それに反する利益相反行為を禁止するという共通の考え方があるとみることができる。
③実際また、このような考慮から、判例および学説でも、現民法 108 条について、自己契約・双方行為そのものに該当しないけれども、本人と代理人(またはその利害関係人)の利益が相反する行為に拡張ないし類推することが認められてきた。たとえば、次のような場合が、その代表例としてあげられる。
【適用事例3】
Cは、C所有のアパート甲をAに月 5 万円で賃貸する旨の契約を締結する際に、将来の
紛争にそなえて、Aの代理人を選ぶ権限をCにあたえる旨の特約を付けた。その 1 年後、
Xは家賃を増額しようと考え、Aの代理人としてBを選任し、Bと交渉の結果、家賃を月 10
万円にする旨の契約を締結した。
④【適用事例3】のCは、Aの代理人Bと交渉して契約を締結しているため、自己代理にも双方代理にもあたらない。しかし、相手方であるCが本人Aの代理人を自由に選ぶ権限をあたえられている場合は、Cが自分に都合のよい人間を代理人に選べば、結局、Aの利益が害されるおそれが強い。その意味で、この場合は、自己契約と結果において大差がないため、現民法 108 条の趣旨に準拠すると、このような委任は無効であり、締結された契約は本人Aに対してその追認がないかぎり効力を生じないとされている◆ 33。
(b)改正の方向
⑤以上のような現民法 108 条の拡張ないし類推を認めることについては、とくに異論はない。そこで、【Ⅱ-3- 17】(1)では、これを正面から認め、自己契約と双方代理とならんで、利益相反行為を一般的に禁止する規定をおくこととしている。
⑥その際、まず、(ア)で自己契約、(イ)で双方代理を定めた上で、(ウ)で利益相反行為に関する受け皿規定を定めることとしている。(ウ)では、自己契約と双方代理もこの利益相反行為の下位事例であることを示すために、「(ア)(イ)の他」という文言を挿入している。
⑦また、(ウ)では、利益相反行為を「本人と代理人又はその利害関係人との利益が相反する行為」と定式化している。単に「本人と代理人との利益が相反する行為」としなかったのは、本人と相手方との利益が相反し、かならずしも本人と代理人自身の利益が相反しているとはいえない双方代理も、利益相反行為の下位事例として位置づけるためである。また、このような定式を採用することにより、たとえば代理人の配偶者などのように、代理人と経済的基盤を同じくする者を相手方とする場合もここにふくめられることになる。
⑧いずれにしても、このように利益相反行為を一般的に禁止するという定め方をする場合は、そこでいう利益相反の有無をどのように判断するかが問題となる。
⑨この問題は、現民法では、826 条・860 条について議論されている。そこでは、争いが
◆ 32 前掲注 1)『民法修正案理由書』102 頁。
◆ 33 大判昭和 7 年 6 月 6 日民集 11 巻 1115 頁。
あるものの、判例および通説的な見解は、いわゆる形式説を採用している。それによると、利益相反行為にあたるかどうかは、「行為自体」ないし「行為の外形」のみから判断すべきであり、行為の縁由や動機、行為の結果等の具体的事情を考慮すべきではないとされる
◆ 34。これは、そのように解さなければ、相手方に不測の損害をおよぼすおそれがあるからであるとされる。
⑩このような立場は、現民法 108 条の改正にあたっても踏襲してよいと考えられる。それは、単に現民法 826 条・860 条の解釈との整合性を保つという考慮によるだけではなく、
【Ⅱ-3-18】において、代理権濫用に関する規定を新設することとも関係している。というのは、同じく代理人が本人に対して負うxx義務に違反している場合のうち、その違反が「行為の外形」から定型的・客観的に認められる場合を利益相反行為としてとらえることとしても、そこからもれる場合- 代理人の背信的な目的に即して具体的・主観的にxx違反が認められる場合- は、代理権濫用に関する規定でカバーできると考えられるからである。
【適用事例4】
資産家Aは、自分では財産を管理・運用できないため、事情にくわしいBに、自分の財産の管理・処分について一切の権限をあたえた。Bは、自分が金融業者Cから 2000 万円を借り入れる際に、Aを代理してAの所有する土地甲に抵当権を設定する旨の契約をした。
⑪この【適用事例4】の抵当権設定契約は、自己契約にも双方代理にもあたらない。しかし、このような抵当権設定契約は、「行為の外形」上、代理人B の利益になるだけで、本人Aには何の利益にもならない。したがって、このような行為は利益相反行為にあたることになる。
⑫このように、利益相反行為を一般的に禁止する旨の規定にあらためたとしても、現民法 826 条や 860 条等の規定は、意味を失わない。とくに、例外を認める手続として特別代理人の選任を定めているところなどに、特則としての意味があるからである。もちろん、それらの場合において、特別代理人の選任制度がはたして適当といえるかどうかは別問題である。しかし、この点は親権・後見等に関する全体的な制度設計とかかわるところであり、そのようなものとして慎重な検討を必要とする。
(2)利益相反行為の禁止- 例外 (c)現行法の状況
⑬現民法 108 条は、自己契約と双方代理の禁止の例外として、立法当時は「債務の履行」のみを定め、2004 年民法現代語化の際に、「本人があらかじめ許諾した行為」が付け加えられている。
⑭現民法 108 条は、全体としてドイツ民法(第2草案 126a 条、現 181 条)にならったものであり、債務の履行について例外を定めているのも同様である。このような例外が認められたのは、債務の履行については、自己契約と双方代理の「弊害」が生じないと考えられたためである◆ 35。すでに本人が債務を引き受けている以上、その履行について本人が新たな不利益を受けることはないはずであり、その意味で代理人は利益相反状況におかれ
◆ 34 大判大正 7 年 9 月 13 日民録 24 輯 1684 頁、最判昭和 37 年 10 月 2 日民集 16 巻 10 号 2059 頁等。くわしくは、xxx「親子間の利益相反行為(1)(2)」民商法雑誌 57 巻 1 号 37 頁・3 号 385 頁(1967 年)、xxxx「民法 826 条(親権者の利益相反行為)」xxxx=xxxx編『民法典の百年Ⅳ』(有斐閣・1998年)103 頁を参照。
◆ 35 前掲注 1)『民法修正案理由書』102 頁。
ないと考えたのだろう。このような考慮から、たとえば、不動産の処分がおこなわれた場合における移転登記の申請や◆ 36、すでに契約内容について合意がされた場合におけるxx証書の作成◆ 37 などについて、実際に例外が認められている。
⑮しかし、債務の履行であれば常にそのようにいえるわけではない。実際、たとえば、代物弁済のほか、期限が到来していない債務や争いのある債務の弁済などについては、本人を害するような新たな利益の変動が生ずる可能性がある。そのため、これらの場合は、現民法 108 条にいう「債務の履行」にあたらないと解されている◆ 38。
(d)改正の方向
⑯以上のうち、本人が許諾した場合に例外を認めることについては、問題がない。利益相反行為が禁止される理由は、それによって本人の利益が害されるおそれがあることにある以上、本人が許諾した場合にまでその禁止をつらぬく必要はないからである。むしろ、代理人が利益相反行為をしようとするならば、本人の許諾を得ることがいわば本則であると考えられる。したがって、【Ⅱ-3-17】(1)の但書では、現民法 108 条但書の順序を逆にして、本人が許諾した場合を例外事由の第一として定めることとしている。
⑰これに対して、利益相反行為の禁止の例外が認められる場合として「債務の履行」をそのままあげるのは、上記のような状況にかんがみると、かならずしも適当といえない。実際、「債務の履行」といっても、債務の内容が抽象的に定められていればいるほど、その履行について選択の幅が大きくなる。「債務の履行」であれば、本人に新たな不利益を課すことがないといえるのは、「債務」の内容が相当程度特定されている場合にかぎられる。
⑱むしろ、利益相反行為が禁止される趣旨からすると、「本人の利益を害しない」場合に例外を認めれば足りると考えられる。もっとも、単純に「本人の利益を害しない」場合に例外を認めるとするならば、さまざまな実質的考慮が必要と考えられる可能性があり、「本人の利益を害しない」かどうかをめぐってしばしば紛糾をまねくおそれもある。たとえば、本人の不動産の処分について自己契約や双方代理等がおこなわれた場合に、その処分の目的や対価の使途等まで考慮に入れて実質的に判断するならば、本人の利益を害するかどうか、単純に判断できない場合が少なくないと考えられる。しかし、そのような紛争を許すとするならば、行為の外形から客観的に利益相反の有無を判断することとした意味が失われることになりかねない。そこで、【Ⅱ-3-17】(1)の但書では、この点を考慮して、例外が認められる場合を「本人の利益を害しないことが明らかであるとき」に限定することとしている。
2)利益相反行為の効果 (1)現行法の状況
①現民法 108 条本文は、「同一の法律行為については、相手方の代理人となり、又は当事者双方の代理人となることはできない」と定め、これに反した場合の効果は明示していない。
②この点について、かつては、現民法 108 条本文が公益のための規定であることを理由に、これに反した効果を無効と考えるものもあった◆ 39。しかし、現在では、現民法 108 条本文は代理権の制限を定めた規定と理解し、代理人がそれに反した場合は無権代理となると
◆ 36 大判昭和 19 年 2 月 4 日民集 23 巻 42 頁、最判昭和 43 年 3 月 8 日民集 22 巻 3 号 540 頁等。
◆ 37 最判昭和 26 年 6 月 1 日民集 5 巻 7 号 367 頁等。
◆ 38 xx・前掲注 18)342 頁等。
◆ 39 大判明治 43 年 2 月 10 日民集 16 輯 76 頁。
考えるのが一般である◆ 40。これによると、本人に効果は帰属しないこととなるが、無権代理一般と同じく、本人は事後的に追認することができるとされる。
(2)改正の方向
③改正にあたっては、現民法 108 条と異なり、少なくとも利益相反行為の効果を明示すべきであると考えられる。この点を明示せず、解釈にゆだね続けるのは、適当といいがたい。 (a)効果の内容
④その際、利益相反行為の効果をどう考えるべきかが問題となる。上記のように、現民法の下では、これを無権代理と考えるのが一般である(無権代理構成)。これによると、追認の可能性をはじめ、無権代理の一般的効果がこの場合にも妥当することになる。
⑤これに対して、利益相反行為は取り消すことができるとする構成も考えられる(取消構成)。これは、ヨーロッパ契約法原則 3:205 ◆ 41 等にみられるほか、日本でも一部の特別法で採用されている◆ 42。これは、利益相反行為がおこなわれても、その効果の帰属を認めるかどうかの選択を本人に認めれば足りるという考え方にもとづく。
⑥上述したように、自己契約および双方代理はもちろん、利益相反行為にあたるかどうかは、行為の外形から客観的に判断される。そのため、実質的にみれば本人にとって利益になる場合も、そこにふくまれる可能性がある。したがって、実際にその効果の帰属を認めるかどうかの判断は、本人にゆだねることが望ましい。ただ、無権代理構成を採用しても、本人に追認を認めれば、効果帰属を認めるかどうかの最終的な判断を本人にゆだねることに変わりはない。両者の違いは、効果の不帰属を原則とした上で本人に効果帰属の選択を認めるか(無権代理構成)、効果の帰属を原則とした上で本人に効果不帰属の選択を認めるか(取消構成)にある。
⑦利益相反行為は、代理人が本人に対して負うxx義務に定型的・客観的に反する行為として位置づけられる。そのため、これを最初から代理権の範囲外の行為であるとみても、円滑な代理取引を害するとまではいえないと考える余地もある。これによると、効果の不帰属(無権代理)が原則とされることになる。
⑧しかし、利益相反行為は、あくまでも内部関係において代理人が本人に対して負う義務
◆ 40 大判大正 11 年 6 月 6 日民集 1 巻 295 頁、大判大正 12 年 5 月 24 日民集 2 巻 323 頁、最判昭和 47 年 4
月 4 日民集 26 巻 3 号 373 頁。xx・前掲注 18)343 頁等も参照。
◆ 41 ヨーロッパ契約法原則 3:205 条 利益相反
(1)代理人の締結した契約によって、代理人が利益相反状態に陥り、かつこの利益相反を相手方が知っていたか、または知らずにいることなどありえなかった場合には、本人は、4:112 条から 4:116 条の規定に従って、この契約を取り消すことができる。
(2)次の各号のいずれかに該当する場合には、利益の相反があると推定される。 (a)代理人が、相手方の代理人としても行為していた場合
(b)当該契約が、代理人個人を相手方として締結された場合
(3)ただし、次の各号のいずれかに該当する場合には、本人は契約を取り消すことができない。
(a)本人が、代理人がそのような行為をすることについて同意していた場合、またはそれについて知らずにいることなどありえなかった場合
(b)代理人が利益の相反について本人に開示し、かつ本人が合理的な期間内に異議を述べなかった場合
◆ 42 たとえば、信託法 31 条では、「第三者との間において信託財産のためにする行為であって、自己が当該第三者の代理人となって行うもの」(同条 1 項 3 号)については、当該第三者に悪意または重過失があった場合を除き、受益者はその行為を取り消すことができるとされている(同条 7 項)。ただし、信託財産に属する財産を固有財産に帰属させ、または固有財産に属する財産を信託財産に帰属させる場合や
(同条 1 項 1 号)、信託財産に属する財産を他の信託の信託財産に帰属させる場合は(同条 1 項 2 号)、
「無効」構成が採用され(同条 4 項)、受任者の追認によって行為時に遡って効力を生ずるとされている
(同条 5 項)。
の違反行為である。しかも、利益相反行為は定型的・客観的にxx義務に反すると評価されるだけであり、本人がそれによって実際に自己の利益が害される- 実質的にxx義務に反している- とみずから判断した場合にかぎって、効果の不帰属を認めれば足りるはずである。
⑨そのための構成として、上述した取消構成を採用することも考えられる。しかし、この場合は、代理行為そのものに瑕疵があるわけではないため、本人が代理行為を取り消すという構成には違和感が残る可能性もある。そこで、【Ⅱ-3 -17】では、「本人は、自己に対してその行為の効力が生じないことを主張できる」という構成を採用することとしている(以下では、効果不帰属主張構成と呼ぶ)。
(b)効果の定め方
⑩以上のほか、利益相反行為がおこなわれた場合の効果を定めるとしても、現民法 108 条のように、利益相反行為の禁止を定めた上で、その違反の効果を定めるべきか、それとも、効果のみを定めるべきかどうかということが問題となる。
⑪かりに前者の考え方にしたがい、利益相反行為の禁止を定めた上で、その違反の効果を定めるとすると、利益相反行為の禁止は、代理人に対する行為規範として位置づけられる。これは、委任による代理の場合、委任者と受任者の内部関係の問題と重なる。実際、「委任」の節では、【Ⅳ-7-4】で、xx義務- 「受任者は、委任者のためxxに委任事務を処理しなければならない」- を定めることとしている。この【Ⅳ-7-4】では、現民法 108 条との関係について、「同条は、代理権の範囲の制限という代理の効果(外部関係)に関するものであるが、それに対応する委任者と受任者の間の内部関係については規定を欠いており、内部関係についても同趣旨の規定を置くことが適当である」ということが指摘されている(第4準備会第7回全体会議資料 25 頁)。これによると、108 条に相当する規定では、代理権の制限を定めることが想定されているため、ここで利益相反行為の禁止を代理人に対する行為規範のかたちで定めると、委任に関する規定と重複が生じるものと受けとめられる可能性が出てくる。
⑫もちろん、108 条に相当する規定が適用される対象は、委任による代理にかぎられない。とくに現民法 826 条や 860 条等のような特別規定が定められていないところでは- たとえば不在者の財産管理人等- 、代理人に対する行為規範が定められていることに意味も出てくる。委任による代理に関しても、利益相反行為の禁止は、受任者のxx義務を代理行為について具体化したものと位置づけることもできる。復代理がそうであるように、内部関係と外部関係を峻別することは実際には困難である以上、この程度の重複はやむをえないということもできる。
⑬しかし、利益相反行為がおこなわれた場合の効果が定められていれば、少なくとも代理の問題については十分である。行為規範に相当するものも、必要であれば、そこから読み取ることもできる。【Ⅱ- 3-17】では、このような考慮から、利益相反行為がおこなわれた場合の効果のみを定めることとしている。
3)相手方の信頼要件
①現民法 108 条は、自己契約と双方代理がおこなわれた場合の効果を定めていないため、相手方の信頼保護についてもとくに言及していない。
②もっとも、自己契約の場合は、相手方が代理人自身であるので、いずれにしても、相手方の信頼保護は問題にならない。また、双方代理の場合も、相手方は双方代理がおこなわれたことを知らないことがありうるとしても、相手方の代理人自身が双方代理をしているため、相手方の信頼保護はやはり問題にならない。しかし、上述したように、自己契約と双方代理以外の場合もふくめるとするならば、利益相反行為にあたることに相手方が気づかない可能性も出てくる。
③現民法 108 条に関する一般的な理解と同様に、利益相反行為の効果を無権代理ととらえ
るならば、相手方の信頼保護は表見代理に関する規定(とくに現民法 110 条に相当する規
定)にゆだねられることになる。しかし、【Ⅱ- 3-17】(1)では、無権代理構成ではなく、効果不帰属主張構成を採用することとしたため、この場合は、表見代理の規定は直接適用されない以上、相手方の信頼保護について特別な規定をおく必要がある。
④【Ⅱ-3-18】で述べるように、代理権濫用に関しては、相手方からみれば、代理人は本人側に属する者であり、そのような者が背信的な意図を秘匿して代理行為をおこなっているため、狭義の心裡留保- 表意者が相手方が誤信させようとして、意図的に真意を秘匿している場合- に類するとみて、相手方が悪意のときに、本人は効果不帰属の主張をおこなうことができるとしている。ただし、代理権濫用の場合は、狭義の心裡留保の場合と異なり、本人がみずから相手方を誤信させる行為をしているわけではないため、重大な過失のある相手方は、そのような本人による効果不帰属の主張を否定できないとしている。
⑤利益相反行為も、代理人が本人に対して負うxx義務の違反である点で、代理権濫用と同じである。しかし、利益相反行為は定型的・客観的にxx義務に反すると評価される行為であるため、相手方は、通常、それがxx義務に違反する行為であることを知っているか、少なくとも、知らなかったとしても重大な過失があると考えられる。
⑥このような考慮から、【Ⅱ-3-1 7】(2)では、証明責任の転換を認め、相手方が善意であり、かつ、重大な過失がなかったことを主張・立証したときに、本人による効果不帰属の主張を認めないこととしている。このように、相手方が善意で、重過失がない場合として考えられるのは、実際には、相手方が【Ⅱ-3-17】(1)の例外事由があること、つまり本人が許諾したと信じた、または本人の利益を害さないと信じた場合にかぎられるのではないかと考えられる。
4)第三者の保護
①【Ⅱ- 3-17】(2)によると、代理行為の相手方の信頼は上記の要件によって保護することができるものの、相手方からの転得者等、第三者の保護についてどのように考えるかが問題となる。
②この点については、第三者の側からみれば、本人側の内部的な事情を理由に効果不帰属の主張が認められることになるため、意思表示の無効・取消しに関する問題と同様の問題としてとらえることができる。
③意思表示の無効・取消しに関しては、○α 意思無能力については、第三者保護規定を設けず、○β 非真意表示・狭義の心裡留保・虚偽表示については、善意の第三者保護、○γ 錯誤・不実表示・詐欺・強迫・断定的判断の提供にもとづく誤認・困惑による取消しについては、善意無過失の第三者保護を定めることとしている。これは、基本的には、無効・取消しの要件をみたす以上、その効果が認められ、相手方が例外的に保護されるためには、正当な信頼、つまり善意無過失が必要であるという考え方を前提としている。その上で、表意者が真意でないことを知りつつ任意に誤った意思表示をした場合- ○β に相当する場合
- は、そのような者が第三者に過失があると主張できるのは不当であると考え、第三者は善意であれば足りるとしている。
④利益相反行為の場合は、本人からみれば、代理人という他人によって背信的行為がおこなわれたことになり、本人自身は知りつつそのような行為をしたわけでない以上、○γ の系列に類すると考えることもできる。しかし、第三者からみれば、代理人は本人の側に属する者であり、そのような者が内部関係において背信的行為をおこなっている以上、○β の系列に類すると考えるべきである。したがって、ここでは、第三者の保護要件として、善意にくわえて無過失まで要求することはできないと考えられる。
⑤ただし、利益相反行為の場合は、本人自身は知りつつそのような行為をしたわけではないため、重大な過失のある第三者まで、そのような本人による効果不帰属の主張を否定できると考えるべきではない。
⑥そこで、【Ⅱ-3-1 7】(3)では、利益相反行為がおこなわれたことについて第三者が善意であり、かつ重大な過失がなかったときに、本人は効果の不帰属を主張できないとしている。
7.代理権の濫用
【Ⅱ-3-18】(代理権の濫用)
(1)代理人が自己又は第三者の利益をはかるために相手方との間でその代理権の範囲内の法律行為をすることにより、その代理権を濫用した場合において、その濫用の事実を相手方が知り、又は知らないことにつき重大な過失があったときは、本人は、自己に対してその行為の効力が生じないことを主張できる。
(2)(1)において、代理人が濫用した代理権が法定代理権である場合は、その濫用の事実を相手方が知り、又は知らないことにつき過失があったときに限り、本人は、自己に対してその行為の効力が生じないことを主張できる。
(3)(1)(2)の場合において、第三者がその濫用の事実について善意であり、かつ重大な過失がなかったときは、本人は、自己に対してその行為の効力が生じないことを主張できない。
〔関連条文〕 新規現民法 93 条
提 案 要 旨
(1)代理権の濫用について直接定めた規定は、現民法には存在しない。しかし、この問
題については、従来からさかんに議論され、現民法 93 条但書を類推するという判例法理も確立している。
代理権濫用は、代理人が自己または第三者の利益をはかるために、客観的にはその権限内にある行為をすることをいうものと理解されている。これは、本人と代理人の内部関係において、代理人にxx義務が認められるとすると、このxx義務違反としてとらえられる。このような義務はあくまでも本人と代理人の内部関係における義務であり、代理権の範囲はそれとは別に客観的に確定されると考えるのが一般である。しかし、代理人が内部関係上の義務に違反していることが外部からうかがいしれるような場合にまで、同様に考えるべき必要性はない。むしろ、このような場合には、背信行為をされた本人を代理行為への拘束から解放する可能性を認めてよいと考えられる。
このように、代理権濫用は、それ自体としては有権代理であり、原則として本人にその効果が帰属すると考えられる。その上で、相手方の信頼を害さないかぎりにおいて、代理権濫用を理由に例外的に本人への効果帰属を否定しようとするわけであるから、これはまさに- 利益相反行為に関する【Ⅱ-3-17】で採用した- 効果不帰属主張構成と親和的である。そこで、【Ⅱ-3 -18】では、所定の要件がそなわる場合に、「本人は、自己に対してその行為の効力が生じないことを主張できる」と定めることとしている。
以上のような効果不帰属の主張を認めるための要件は、まず第一に、代理権の濫用である。これは、代理人が自己または第三者の利益をはかるためにその代理権の範囲内の行為
をしたことと定義される。
現在の判例法理は、任意代理の場合と法定代理の場合を区別し、親権者の代理権濫用について、代理権濫用が認められるのは「子の利益を無視して自己または第三者の利益を図ることのみを目的としてされるなど、親権者に子を代理する権限を授与した法の趣旨に著しく反すると認められる特段の事情」がある場合にかぎられるとしている。このような親権者をはじめ、法定代理人による代理権の行使にどれだけの裁量が認められるべきかは、それぞれの法定代理制度の趣旨によって異なりうる。そこで、代理権濫用を規定するにあたっては、そのような法定代理制度の趣旨による解釈を許容するような定め方をすることが望ましいと考えられる。【Ⅱ -3- 18】で、「代理人が自己又は第三者の利益をはかるために相手方との間でその代理権の範囲内の法律行為をすることにより、その代理権を濫用した」場合と規定したのは、「代理権を濫用した」場合にあたるかどうかを判断する際に、そのような解釈を許容する趣旨である。
相手方の主観的要件については、現在の判例・通説である 93 条類推適用説によると、相手方に悪意または過失があることが要件とされる。しかし、心裡留保については、【Ⅰ
- 1-9】で、相手方が真意を知ることを期待しておこなう非真意表示については、現民法 93 条と同様、相手方の過失を要件とするのに対し、表意者が真意を有するものと相手方に誤信させるため、表意者がその真意でないことを秘匿しておこなう狭義の心裡留保については、相手方が悪意のときにかぎり、意思表示の無効を認めることとしている。
これによると、代理権濫用の場合は、相手方からみれば、代理人は本人側に属する者であり、そのような者が背信的な意図を秘匿して代理行為をおこなっているため、狭義の心裡留保に類すると考えられる。したがって、93 条類推適用説を前提として、【Ⅰ-1-9】に即して考えるならば、相手方が悪意のときにかぎり、本人は効果不帰属の主張をおこなえることになる。これは、代理人に対しては、通常、本人のコントロールを期待することができ、本人は代理人の行為によって利益を得ている以上、その背信的行為によるリスクは本人が負担すべきであるという考え方にもとづく。
もっとも、代理権濫用の場合は、狭義の心裡留保の場合と異なり、本人がみずから相手方を誤信させる行為をしているわけではない。このような本人との関係では、少なくとも濫用の事実について善意であっても、重大な過失のある相手方は、本人による効果不帰属の主張を否定できると考えるべきではない。
したがって、【Ⅱ -3- 18】(1)では、「その濫用の事実を相手方が知り、又は知らないことにつき重大な過失があったときは、本人は、自己に対してその行為の効力が生じないことを主張できる」としている。
(2)もっとも、法定代理の場合は、みずから代理人を選んでいるわけではなく、代理人をコントロールすることも期待できない以上、その背信行為のリスクを負担するのが原則であるとはいえない。もちろん、代理権濫用の事実を相手方がまったく知りえなかったような場合にまで本人を保護することは、内部的義務によって代理権の範囲が画されている
- しかも表見代理も認めない- と考えることに等しく、相手方をいちじるしく不安定な地位におくことになる。
そこで【Ⅱ-3- 18】(2)は、「代理人が濫用した代理権が法定代理権である場合」について独立した規定を設け、「その濫用の事実を相手方が知り、又は知らないことにつき過失があったときに限り、本人は、自己に対してその行為の効力が生じないことを主張できる」としている。
( 3 ) 相手方からの転得者等、第三者の保護については、 利益相反行為に関する
【Ⅱ-3-17】で述べたのと同じく、第三者の側からみれば、本人側の内部的な事情を理由に効果不帰属の主張が認められることになるため、意思表示の無効・取消しに関する
問題と同様の問題としてとらえることができる。
代理権濫用の場合は、第三者からみれば、代理人は本人の側に属する者であり、そのような者が内部関係において背信的行為をおこなっている以上、非真意表示・狭義の心裡留保・虚偽表示と同様に、第三者の保護要件として、善意にくわえて無過失まで要求することはできないと考えられる。ただし、代理権濫用の場合は、本人自身は知りつつそのような行為をしたわけではないため、重大な過失のある第三者まで、そのような本人による効果不帰属の主張を否定できると考えるべきではない。
そこで、【Ⅱ- 3-18】(3)では、【Ⅱ-3 -17】(3)と同様に、濫用の事実について第三者が善意であり、かつ重大な過失がなかったときに、本人は効果の不帰属を主張できないとしている。
解 説
(1)現行法の状況
①代理権の濫用について直接定めた規定は、現民法には存在しない。しかし、この問題については、従来からさかんに議論され、判例法理も確立している。
②まず、代理人がその代理権を濫用して、自己または第三者の利益をはかる行為をした場合は、支配的な見解によると、それ自体としては権限内の行為であって代理権の踰越にはあたらず、原則として本人にその効果が帰属するとされる。
③その上で、背信行為をされた本人をどのような場合に保護するかという問題に関して、判例◆ 43 および通説◆ 44 は、心裡留保に関する現民法 93 条但書を類推すべきであるとする。この場合は、たしかに、代理人は、本人に法律効果を帰属させる意思(代理意思)をもって、その旨の表示( 顕名)をしている。しかし、実質的に考えれば、この場合の代理人は、本当は自己または第三者の利益をはかるつもりで、本人のためにすることを表示している。そこに、心裡留保に類似した状況をみてとり、現民法 93 条但書を類推するわけである。これによると、代理権の濫用について相手方に悪意または過失があるときに、代理行為は
「無効」となる。つまり、本人にその効果が帰属しないことになる。
④これに対して、学説では、いわゆるxxx説も主張され、代理権の濫用について相手方に悪意または重過失がある場合は、そのような相手方が代理行為の効果が本人に帰属すると主張するのは、xxに反し許されないとされている◆ 45。
(2)改正の方向
(a)明文化の必要性
①代理権濫用に関する規定を新設するかどうかを検討するにあたっては、まず、代理権濫用の位置づけをあきらかにしておく必要がある。
②代理権濫用は、一般に、代理人が自己または第三者の利益をはかるために、客観的にはその権限内にある行為をすることをいうものと理解されている。これは、本人と代理人の内部関係において、代理人にxx義務が認められるとすると、このxx義務違反としてとらえられる。
③このような義務はあくまでも本人と代理人の内部関係における義務であり、代理権の範囲はそれとは別に客観的に確定されると考えるのが一般である。代理人が内部関係上の義
◆ 43 最判昭和 38 年 9 月 5 日民集 17 巻 8 号 909 頁(法人の理事)、最判昭和 42 年 4 月 20 日民集 21 巻 3
号 697 頁(任意代理)、最判平成 4 年 12 月 10 日民集 46 巻 9 号 2727 頁(法定代理)等。
◆ 44 xx・前掲注 18)345 頁、xx・前掲注 13)312 頁等。
◆ 45 xx・前掲注 20)240 頁以下等。
務に違反しているかどうかは、外部から容易にうかがいしれない場合が多く、そのような義務によって代理権の範囲が画されるとするならば、円滑な代理取引が害されるおそれがある。また、本人もみずから認めた行為が客観的におこなわれているのだから、その行為に対する責任を問われてもやむをえず、代理人が背信的な行為をするリスクは、そのような代理人を選んだ本人が負担すべきである。このように考えるならば、代理権の濫用は、無権代理と異なり、それ自体としては有権代理であって、原則として本人にその効果が帰属すると考えられる。
④しかし、以上のような考慮から、これを有権代理として考えるとしても、代理人が内部関係上の義務に違反していることが外部からうかがいしれるような場合にまで、同様に考えるべき必要性はない。むしろ、このような場合には、背信行為をされた本人を代理行為への拘束から解放する可能性を認めてよいと考えられる。
⑤このような代理人のxx義務違反の行為については、すでに【Ⅱ-3-17】で検討したように、利益相反行為に関する規定をおくこととしている。しかし、同じく代理人のxx義務違反として位置づけられるとしても、利益相反行為は、「行為の外形」から定型的
・客観的に判断されるものであるのに対して、代理権濫用は、代理人の背信的な目的に即して具体的・主観的に判断されるところに違いがある。代理権濫用についてとくに規定をおくことにより、利益相反行為に関する規定だけではその類型に該当しないためにもれる場合でも、背信的な行為をされた本人を一定の限度で保護することが可能になる。
(b)効果の構成
⑥現在の判例・通説である 93 条類推適用説によると、効果は「無効」とされ、本人に代理行為の効果が帰属しないことになる。
⑦もっとも、代理権濫用の場合は、上述したように、それ自体としては有権代理であり、原則として本人にその効果が帰属すると考えられる。その上で、相手方の信頼を害さないかぎりにおいて、代理権濫用を理由に例外的に本人への効果帰属を否定しようとするわけであるから、これはまさに効果不帰属主張構成と親和的である。
⑧そこで、【Ⅱ-3-18】では、【Ⅱ- 3-17】と同じく、所定の要件がそなわる場合に、「本人は、自己に対してその行為の効力が生じないことを主張できる」と定めることとしている。
(c)濫用要件
⑨以上のような効果不帰属の主張を認めるための要件は、まず第一に、代理権の濫用である。これは、上述したように、代理人が自己または第三者の利益をはかるためにその代理権の範囲内の行為をしたことと定義される。
⑩ただ、現在の判例法理は、任意代理の場合と法定代理の場合を区別し、親権者の代理権濫用について、代理権濫用が認められるのは「子の利益を無視して自己または第三者の利益を図ることのみを目的としてされるなど、親権者に子を代理する権限を授与した法の趣旨に著しく反すると認められる特段の事情」がある場合にかぎられるとしている。「親権者が子を代理してする法律行為は、親権者と子との利益相反行為に当たらない限り、それをするか否かは子のために親権を行使する親権者が子をめぐる諸般の事情を考慮してするxxな裁量に委ねられているものとみるべきである」というのが、その理由である◆ 46。
⑪このように、法定代理の場合に代理権濫用が認められる場合を限定的に解することについては、学説でも批判が少なくない。親権者は、現民法 827 条により、子の財産の管理にあたって払うべき注意義務を軽減されているとはいえ、あくまでも「自己のためにするのと同一の注意をもって、その管理権を行わなければならない」。そのような義務に反して
◆ 46 前掲注 43)最判平成 4 年 12 月 10 日。
いるならば、相手方の信頼を害さないかぎり、子の利益を保護すべきであり、「子の利益を無視して自己または第三者の利益を図ることのみを目的としてされる」場合などに限定すべき理由はないと考えるわけである◆ 47。
⑫親権者をはじめ、法定代理人による代理権の行使にどれだけの裁量が認められるべきかは、それぞれの法定代理制度の趣旨によって異なりうる。このこと自体は、判例法理も前提としていることである。そこで、代理権濫用を規定するにあたっては、そのような法定代理制度の趣旨による解釈を許容するような定め方をすることが望ましいと考えられる。
【Ⅱ-3-18】で、単に「代理人が自己又は第三者の利益をはかるためにその代理権の範囲内の法律行為をした」場合と規定するのではなく、そのような「法律行為をすることにより、その代理権を濫用した」場合と規定したのは、「代理権を濫用した」場合にあたるかどうかを判断する際に、そのような解釈を許容する趣旨である。
(d)相手方の主観的要件
⑬相手方の主観的要件については、現在の判例・通説である 93 条類推適用説によると、相手方に悪意または過失があることが要件とされる。
⑭もっとも、心裡留保については、【Ⅰ-1- 9】で、非真意表示と狭義の心裡留保を区別し、相手方が真意を知ることを期待しておこなう非真意表示については、現民法 93 条と同様、相手方の過失を要件とするのに対し、表意者が真意を有するものと相手方に誤信させるため、表意者がその真意でないことを秘匿しておこなう狭義の心裡留保については、相手方が悪意のときにかぎり、意思表示の無効を認めることとしている。表意者に真意がないことを理由として意思表示の無効を認めてよいのは、相手方に正当な信頼が認められない場合- 悪意または過失がある場合- であるのが原則であるとしても、表意者が相手方を誤信させようとして、意図的に真意を秘匿している場合は、相手方に過失があることを理由に意思表示の無効を主張できるとするのは問題だからである。
⑮これによると、代理権濫用の場合は、相手方からみれば、代理人は本人側に属する者であり、そのような者が背信的な意図を秘匿して代理行為をおこなっているため、狭義の心裡留保に類すると考えられる。したがって、93 条類推適用説を前提として、【Ⅰ-1-9】に即して考えるならば、相手方が悪意のときにかぎり、本人は効果不帰属の主張をおこなえることになる。これは、代理人に対しては、通常、本人のコントロールを期待することができ、本人は代理人の行為によって利益を得ている以上、その背信的行為によるリスクは本人が負担すべきであるという考え方にもとづく。
⑯もっとも、代理権濫用の場合は、狭義の心裡留保の場合と異なり、本人がみずから相手方を誤信させる行為をしているわけではない。このような本人との関係では、少なくとも濫用の事実について善意であっても、重大な過失のある相手方は、本人による効果不帰属の主張を否定できると考えるべきではない。
⑰したがって、【Ⅱ -3- 18】(1)では、「その濫用の事実を相手方が知り、又は知らないことにつき重大な過失があったときは、本人は、自己に対してその行為の効力が生じないことを主張できる」としている。これは、従来のxxx説と、結論的に一致している。
⑱もっとも、このような理由によるとするならば、法定代理の場合は、同様に考えることができない。というのは、法定代理の場合は、みずから代理人を選んでいるわけではなく、代理人をコントロールすることも期待できない以上、その背信行為のリスクを負担するのが原則であるとはいえないためである◆ 48。もちろん、代理権濫用の事実を相手方がまったく知りえなかったような場合にまで本人を保護することは、内部的義務によって代理権
◆ 47 xxx「判批:最判平成 4 年 12 月 10 日」金融法務事情 1364 号 50 頁以下(1993 年)。
◆ 48 xx・前掲注 20)240 頁以下。
の範囲が画されている- しかも表見代理も認めない- と考えることに等しく、相手方をいちじるしく不安定な地位におくことになる。したがって、法定代理の場合でも、少なくとも相手方に過失があるときに、本人の保護、つまり効果不帰属の主張を認めるべきである。
⑲そこで、【Ⅱ-3 -18】(2)は、「代理人が濫用した代理権が法定代理権である場合」について独立した規定を設け、「その濫用の事実を相手方が知り、又は知らないことにつき過失があったときに限り、本人は、自己に対してその行為の効力が生じないことを主張できる」としている。
(3)第三者の保護
①代理行為の相手方の信頼は、以上のような要件によって考慮することができるものの、相手方からの転得者等、第三者の保護についてどのように考えるかが問題となる。
②この点については、利益相反行為に関する【Ⅱ-3-17】で述べたのと同じく、第三者の側からみれば、本人側の内部的な事情を理由に効果不帰属の主張が認められることになるため、意思表示の無効・取消しに関する問題と同様の問題としてとらえることができる。
③意思表示の無効・取消しに関しては、○α 意思無能力については、第三者保護規定を設けず、○β 非真意表示・狭義の心裡留保・虚偽表示については、善意の第三者保護、○γ 錯誤・不実表示・詐欺・強迫・断定的判断の提供にもとづく誤認・困惑による取消しについては、善意無過失の第三者保護を定めることとしている。これは、基本的には、無効・取消しの要件をみたす以上、その効果が認められ、相手方が例外的に保護されるためには、正当な信頼、つまり善意無過失が必要であるという考え方を前提としている。その上で、表意者が真意でないことを知りつつ任意に誤った意思表示をした場合- ○β に相当する場合
- は、そのような者が第三者に過失があると主張できるのは不当であると考え、第三者は善意であれば足りるとしている。
④上述したように、代理権濫用の場合も、第三者からみれば、代理人は本人の側に属する者であり、そのような者が背信的な意図を秘匿して代理行為をおこなっている以上、○β の系列に類すると考えるべきである。したがって、ここでは、第三者の保護要件として、善意にくわえて無過失まで要求することはできないと考えられる。
⑤ただし、代理権濫用の場合は、本人自身は知りつつそのような行為をしたわけではないため、重大な過失のある第三者まで、そのような本人による効果不帰属の主張を否定できると考えるべきではない。
⑥そこで、【Ⅱ- 3-18】(3)では、【Ⅱ-3 -17】(3)と同様に、濫用の事実について第三者が善意であり、かつ重大な過失がなかったときに、本人は効果の不帰属を主張できないとしている。
8.代理権の消滅事由
【Ⅱ-3-19】(代理権の消滅事由)
現民法 111 条を、次のように修正し、第1節「代理の基本原則」のなかに定める。
(1)任意代理権は、特段の合意がある場合を除き、その任意代理権が与えられる原因となった契約が終了したときに、消滅する。ただし、【Ⅳ-7-15】(現民法 654 条に相当する規定)により、代理人又はその相続人若しくは法定代理人が必要な処分をしなければならないときは、その限度で任意代理権は消滅しないものとする。
(2)法定代理権は、次に掲げる事由によって消滅する。
(ア)本人の死亡又は代理人の死亡
(イ)代理人が破産手続開始の決定を受けたこと (ウ)代理人が後見開始の審判を受けたこと
【Ⅱ-3-20】(商行為の委任による代理権の消滅事由の特例)
商法 506 条に相当する規律は、商法に存置する。ただし、商法 506 条に相当する規定の要否とその内容については、商法の側でなお慎重な検討を要する。
〔関連条文〕
現民法 111 条、商法 506 条
提 案 要 旨
(1)現民法 111 条は、第 1 項で、代理権一般の- つまり「委任による代理」と「法律による代理」に共通する- 消滅原因として、「本人の死亡」と「代理人の死亡又は代理人が破産手続開始の決定若しくは後見開始の審判を受けたこと」を規定し、第 2 項で、「委任による代理権」の消滅原因として、「前項各号に掲げる事由」のほか、「委任の終了」を規定している。もっとも、委任については、現民法 653 条で、現民法 111 条 1 項各号と
同様の事由が「委任の終了事由」にふくめられているため、現民法 111 条 2 項は、「前項各号に掲げる事由」に関しては重複することになっている。
以上のように、現民法 111 条に関しては、少なくとも整理が必要と考えられることから、【Ⅱ-3- 19】では、任意代理権と法定代理権を区別した上で、それぞれ次のように修正することとしている。
まず、【Ⅱ-3-19 】(1)で、任意代理権は、特段の合意がある場合を除き、任意代理権があたえられる原因となった契約が終了したときに、終了するものとする。さらに、
【Ⅳ-7-15】(現民法 654 条に相当する規定)により、代理人又はその相続人若しくは法定代理人が必要な処分をしなければならないときは、その限度で任意代理権は消滅しないものとしている。
また、【Ⅱ-3-19】(2)では、法定代理権に関して、現民法 111 条 1 項を基本的に維
持することとした上で、わかりやすさの観点から、現民法 653 条にならって、(ア)で死亡、 (イ)で破産手続開始決定、(ウ)で後見開始の審判という事由ごとに規定することとしている。
このうち、後見開始の審判については、【Ⅱ- 3-10】でもふれたように、これを代理権の消滅事由とすることは、親族法の規定と抵触している。というのは、後見法では、ノーマライゼーションの考え方から、後見開始の審判を受けたことは、後見人の欠格事由とされていないからである(現民法 847 条)。もっとも、現実の問題として、xx被後見人が後見人になることが本人にとって積極的に望ましいと考えられているわけではなく、後見法でも、現実には、そのような者が家庭裁判所によって実際に後見人に選任されることはないと想定されていた◆ 49。ここで、かりに現民法 111 条 1 項 2 号を削除すれば、事後的に後見人が後見開始の審判を受けたときは、一定の要件- 「後見の任務に適しない事由があるとき」- のもとで解任請求(現民法 846 条)によって対処するしかないことになる。しかし、後見人が後見開始の審判を受けたことがただちに「後見の任務に適しない事由」にあたるとするのは、後見人の欠格事由にあたるとするのと変わりはなく、前提となる考え方と齟齬をきたさざるをえない。その意味で、後見法の理念と現実とのあいだ
◆ 49 xx=xx=xx・前掲注 25)154 頁以下を参照。
にはxxxxが存在しているのであり、現民法 111 条 1 項 2 号は、そのジレンマが顕在化
するのを防ぐ役割をはたしていると評することもできる。このことは、現民法 111 条 1 項 2
号、およびそれと関連する現民法 102 条の当否は、後見法の見直しと切り離して語れないことを意味している。
しかし、本委員会の作業対象は債権法を中心としたものであり、親族法は当面の対象としていない。そのため、現民法 111 条 1 項 2 号についても、ここで親族法もふくめた抜本的な改正を提案することはできず、全面的な見なおしは将来の課題とせざるをえない。そこで、【Ⅱ-3-19】(2)では、さしあたり現民法 111 条 1 項をそのまま維持することとし、最低限必要な手当てを、現民法 102 条に相当する【Ⅱ-3- 10】(2)でおこなうことにとどめている
(2)現民法 111 条は、表見代理に関する現民法 109 条および 110 条に続いて、現民法 112
条のいわば前提として定められている。
しかし、現在では、現民法 112 条も、表見代理、つまり本来は無権代理であるけれども、例外的に代理権があるものとみなされる場合であると理解するのが一般である。
【Ⅱ-3-24】では、これにしたがい、現民法 112 条が表見代理に関する規定であることを明確化することとしている。
そこで、現民法 111 条に相当する規定は、第1目「代理の基本原則」のなかに定めることとする。
(3)商法 506 条は、「商行為の委任による代理権は、本人の死亡によっては、消滅しない」と定める。この規定の適用対象は、実質的には個人商人にかぎられることが指摘されている。
上述したように、【Ⅱ -3-19】(1)では、任意代理権については、その任意代理権が与えられる原因となった契約が終了したときに、任意代理権も消滅することとしている。これによると、商法 506 条を民法に統合するかどうかは、委任の終了事由の検討にゆだねられることになる。【Ⅳ- 7-14】では、そのような統合は予定されていないため、商法 506 条は、商法に存置することになる。ただし、商法 506 条に相当する規定の要否とその内容については、商法の側でなお慎重な検討を要する。
解 説
1)代理権の消滅事由 (1)現行法の状況
①現民法 111 条は、第 1 項で、代理権一般の- つまり「委任による代理」と「法律による代理」に共通する- 消滅原因として、「本人の死亡」( 1 号)と「代理人の死亡又は代理人が破産手続開始の決定若しくは後見開始の審判を受けたこと」(2 号)を規定し、第 2項で、「委任による代理権」の消滅原因として、「前項各号に掲げる事由」のほか、「委任の終了」を規定している。
②もっとも、委任については、現民法 653 条で、現民法 111 条 1 項各号と同様の事由が「委
任の終了事由」としてふくめられている。そのため、現民法 111 条 2 項は、「前項各号に掲げる事由」に関しては重複することになっている。
③「委任による代理権」については、「委任の終了」を消滅原因としてあげているのに対し、「法律による代理権」については、それに相当する消滅原因をあげていないのは、そのような消滅原因は各種の法定代理人によって違うため、親族編のそれぞれの個所で規定
することを予定しているからであるとされている◆ 50。
(2)改正の方向
④以上のように、現民法 111 条に関しては、少なくとも整理が必要と考えられることから、【Ⅱ-3- 19】では、任意代理権と法定代理権に区別した上で、それぞれ次のように修正することとしている。
(a)任意代理権の消滅事由
⑤【Ⅱ-3-19】(1)では、まず、任意代理権は、「特段の合意がある場合を除き、その任意代理権が与えられる原因となった契約が終了したときに、消滅する」としている。
⑥ここでは、現民法 111 条 1 項各号に相当するものをあげていない。しかし、これらの事
由は、現民法 653 条に相当する【Ⅳ-7-14】で、委任の終了事由とされているため、
「その任意代理権が与えられる原因となった契約が終了したとき」に吸収されることになる。
⑦「特段の合意がある場合を除き」としているのは、任意代理の場合は、当然のことである。現民法のもとでも、任意代理では、特約によって、本人または代理人の死亡にかかわらず代理権が消滅しないとすることができるとされている◆ 51
⑧【Ⅱ-3-19】(1)では、さらに、「【Ⅳ-7-15】(現民法 654 条に相当する規定)により、代理人又はその相続人若しくは法定代理人が必要な処分をしなければならないときは、その限度で任意代理権は消滅しないものとする」としている。これは、現民法 654条のもとでも、同様に考えられているのを明文化したものである◆ 52。
(b)法定代理の消滅事由
⑨【Ⅱ-3-19】(2)では、法定代理権に関して、現民法 111 条 1 項を基本的に維持す
ることとした上で、わかりやすさの観点から、現民法 653 条にならって、(ア)で死亡、(イ)で破産手続開始決定、(ウ)で後見開始の審判という事由ごとに規定することとしている。
⑩このうち、後見開始の審判については、【Ⅱ- 3-10】でもふれたように、これを代理権の消滅事由とすることは親族法の規定と抵触しているという問題がある。
⑪ 1999(平成 11)年の改正までは、民法旧 846 条 2 号により、禁治産者と準禁治産者は、後見人になることができないとされていたのに対し、改正によって、この欠格事由は削除された( 現民法 847 条)。これは、ノーマライゼーションの考え方から、xx被後見人が一律に後見人となることができないとするのは問題だと考えられたためである。
⑫しかし、このように、後見法によると、xx被後見人が法定代理人となることは排除されていないにもかかわらず、後見開始の審判を受けただけで代理権が消滅するとするのは、抵触しているといわざるをえない。後見法の立場を貫けば、本来、現民法 111 条 1 項 2 号は削除する必要があるはずである。
⑬もっとも、現実の問題として、xx被後見人が後見人になることが、本人にとって積極的に望ましいと考えられているわけではなく、後見法でも、現実には、そのような者が家庭裁判所によって実際に後見人に選任されることはないと想定されていた。したがって、単純に現民法 111 条 1 項 2 号を削除すれば、事後的に後見人が後見開始の審判を受けたときは、一定の要件-「後見の任務に適しない事由があるとき」- のもとで解任請求によって対処するしかないことになる。しかし、後見人が後見開始の審判を受けたことがただちに「後見の任務に適しない事由」にあたるとするのは、後見人の欠格事由にあたるとするのと変わりはなく、前提となる考え方と齟齬をきたさざるをえない。
◆ 50『衆議院民法中修正案委員会速記録』4 号 34 頁[xxxx]。
◆ 51 最判昭和 31 年 6 月 1 日民集 10 巻 6 号 612 頁。
◆ 52 xx・前掲注 18)359 頁等。
⑭このように、後見法の理念と現実とのあいだにはxxxxが存在しているのであり、現民法 111 条 1 項 2 号は、そのジレンマが顕在化するのを防ぐ役割をはたしていると評する
こともできる。このことは、現民法 111 条 1 項 2 号の当否は、後見法の見直しと切り離して語れないことを意味している。
⑮したがって、法定代理に関するかぎり、現民法 111 条 1 項 2 号に相当する規定を見なおすためには、本来、親族法の改正をふくめて検討せざるをえない。しかし、本委員会の作業対象は債権法を中心としたものであり、親族法は当面の対象としていない。そのため、現民法 111 条 1 項 2 号についても、ここで親族法もふくめた抜本的な改正を提案することはできず、全面的な見なおしは将来の課題とせざるをえない。
⑯そこで、【Ⅱ-3-19】(2)では、さしあたり現民法 111 条 1 項をそのまま維持することとし、最低限必要な手当てを、現民法 102 条に相当する【Ⅱ- 3- 10】(2)でおこなうことにとどめている。
(3)規定の位置
⑰現民法 111 条は、表見代理に関する現民法 109 条および 110 条に続いて、現民法 112 条
のいわば前提として定められている。これは、現民法 112 条が、現民法 111 条による「代理権の消滅」は善意の第三者に「対抗することができない」という構成を採用していることによる。
⑱しかし、現在では、現民法 112 条も、表見代理、つまり本来は無権代理であるけれども、例外的に代理権があるものとみなされる場合であると理解するのが一般である。2004 年の民法現代語化に際しても、現民法 112 条には「代理権消滅後の表見代理」という標題が付記されている。
⑲【Ⅱ-3-24】で検討するように、現民法 112 条については、これにしたがい、表見
代理に関する規定であることを明確化することとしている。これによると、現民法 112 条に相当する規定は、109 条および 110 条に相当する規定に続けて定めるのが望ましい。
⑳そこで、現民法 111 条に相当する規定は、第1目「代理の基本原則」のなかに定めることとする。
2)商行為の委任による代理権の消滅事由の特例
①商法 506 条は、「商行為の委任による代理権は、本人の死亡によっては、消滅しない」と定める。
②この規定の「商行為の委任による代理権」については、商行為について代理する権限と解する見解もあるが、判例◆ 53 および通説は、代理権を授与する行為である委任が委任者にとって商行為である場合、つまり商行為である代理権授与行為によって与えられた代理権にもとづいて代理がされた場合と解している。
③商行為法WG最終報告書 4 頁以下では、商法 506 条が実質的に意義を有するのは、個人商人が商業使用人や代理商に対して営業上の行為の委任をするような場合であり(この委任は附属的商行為に該当するとされる)、このような商業使用人のケースなどを念頭においた限定をした上で本条を維持することが望ましいとしている。ただし、営業のための行為すべてについて代理権が存続するということが適切でない場合も考えられるとし、たとえば一回限りの高額の取引や営業主の死亡により営業が廃止されるべき場合などについてや、例外を設けることが検討される必要があるとする。しかし、そのような例外を規定すれば、代理権が存続するかどうかが不明確になるという問題があることも指摘されている。
④民法との統合の可能性については、「商人以外の事業者にも本条の適用範囲を拡大した上で民法に統合することも考えられなくはないが、本条の適用対象が実質的に個人商人に
◆ 53 大判昭和 13 年 8 月 1 日民集 17 巻 1597 頁。
かぎられるものとすれば、事業者についても個人事業者に実質的にかぎられることになろう」とし、「医者や弁護士のような者が個人事業者としてまずは想定されるが、そのほかにどのような個人事業者がありうるかを考えながら統合の可否を検討すべきであろう」とする。結論として、同報告書は、「民法において代理権が本人の死亡によっては消滅しないことがありうるとする規律をどのように具体化するかにもよるが、適切な定型的要件を確定した上で商法に代理権が消滅しない場合に関する特則を設けることは十分検討に値する」としている。
⑤上述したように、【Ⅱ -3-19】(1)では、任意代理権については、その任意代理権が与えられる原因となった契約が終了したときに、任意代理権も消滅することとしている。これによると、商法 506 条を民法に統合するかどうかは、委任の終了事由の検討にゆだねられることになる。
⑥しかし、「委任の終了事由」に関する【Ⅳ- 7- 14】では、委任者の死亡について、
「特定の事務を目的とする委任であって、委任者の死亡によっても終了しない旨の合意があったときは、この限りでない」とする但書を付加することとしている。これは、「自己の死後の事務を含めた法律行為等の委任契約」は委任者の死亡によっても契約を終了させない旨の合意を包含するものであり、「民法 653 条の法意がかかる合意の効力を否定する
ものでないするものでないことは疑いを容れない」とした判例◆ 54 を受けたものであるが、無限定にそのような合意の効力を認めることは適切でないとして、委任事務の内容があらかじめ特定されていることを求めたとされている( 第4準備会第7回全体会議資料 33 頁)。
⑦これによると、商行為法WG最終報告書が指摘する場合はカバーされないことになるため、商法 506 条に相当する規定は、商法に存置することになるだろう。ただし、商法 506条に相当する規定の要否とその内容については、商法の側でなお慎重に検討する必要がある。
Ⅲ.表見代理
1.前 注
【Ⅱ-3-21】(表見代理の類型)
(1)表見代理に関しては、現民法どおり、個別類型を定めることとし、包括的規定はおかない。
(2)その際、現民法の3類型- 代理権授与の表示による表見代理、権限外の行為の表見代理、代理権消滅後の表見代理- を維持し、必要な修正をおこなうにとどめる。
提 案 要 旨
(1)現民法は、表見代理について、109 条に代理権授与の表示による表見代理、110 条に権限外の行為の表見代理、112 条に代理権消滅後の表見代理を規定している。この3つの類型は、実務上定着しているほか、従来の裁判例をみても、表見代理として問題となる場面を- 重畳適用の問題は残るものの- ひとまずカバーしていると考えられる。そこで、【Ⅱ- 3-21】(1)では、表見代理に関しては、現行法どおり、個別類型を定めることとし、包括的規定はおかないこととしている。
現民法の3類型については、相互に重複する場合があるほか、重畳適用の可能性が議論
◆ 54 最判平成 4 年 9 月 22 日金法 1358 号 55 頁。
されている。
まず、現民法 109 条は、「他人」が代理権を授与されている場合も適用を排除しない構
造になっているため、現民法 110 条と重複して問題となりうる。しかし、問題は、重複することそのものにあるのではなく、いずれの規定によるかによって結論が違ってくるかどうかにある。この点について、かりに違いが生じないとするならば、あえて重複を避けるための措置をとる必要はないと考えられる。
また、重畳適用の可能性については、とくに、(a)本人が相手方に表示した代理権の範囲を越えた代理行為がおこなわれた場合と、(b)代理権が消滅した後、その代理権の範囲を越えた代理行為がおこなわれた場合が問題とされている。このうち、(a)の場合に重畳適用が認められることを明確化するためには、109 条にその旨を付加する規定をおけば足りる。また、(b)についても、110 条にその旨を付加する規定をおけば足りる。したがって、あえて現民法の3類型を組み換える必要はないと考えられる。
現民法の3類型のほかに、新たな類型を創設する要請は、現在のところないとみることができる。そこで、【Ⅱ -3-21】(2)では、現行の3類型を維持した上で、必要な修正をおこなうにとどめることとしている。
解 説
(1)包括的規定を創設すべきか
①現民法は、表見代理について、109 条に代理権授与の表示による表見代理、110 条に権限外の行為の表見代理、112 条に代理権消滅後の表見代理を規定している。この3つの類型は、実務上定着しているほか、従来の裁判例をみても、表見代理として問題となる場面を- 重畳適用の問題は残るものの- ひとまずカバーしていると考えられる。
②国際的には、包括的な規定を定める傾向がみられる。しかし、そこでは、本人が関与していない場合でも、相手方の信頼に合理性があれば、本人が責任を負うとするものもみられる◆ 55。これは、偽造の場合でも、本人が責任を負う可能性があることを意味し、本人の権利がいちじるしく害されるおそれがある。少なくとも、このようなかたちでの包括的な規定は採用すべきではないと考えられる。
③そこで、【Ⅱ-3-2 1】(1)では、表見代理に関しては、現行法どおり、個別類型を定めることとし、包括的規定はおかないこととしている。
(2)現民法の3類型を維持すべきか
④現民法の3類型については、相互に重複する場合があるほか、重畳適用の可能性が議論されている。そのため、現民法の類型を見直す必要がないかどうかが問題となる。
⑤まず、現民法 109 条は、「他人」が代理権を授与されている場合も適用を排除しない構
造になっているため、現民法 110 条と重複して問題となりうる。しかし、問題は、重複す
◆ 55 たとえば、国際動産売買における代理に関する条約 14 条 2 項は、「本人の行為のために相手方が、代理人が本人のために行為する権限を有し、代理人がその権限の範囲内で行為しているものと信じたことが合理的でありxxxxにかなうときは、本人は代理人に権限がないことを相手方に対し主張することができない」とする。また、ユニドロワ原則 2.2.5 条 2 項も、「本人の行為のために相手方が、代理人が本人のために行為をする権限を有し、代理人がその権限の範囲内で行為しているものと信じたことが合理的であるときは、本人は代理人に権限がないことを相手方に対し主張することができない」とする。これに対し、ヨーロッパ契約法原則 3:201 条 3 項は、「表見代理人のした行為について、本人の表示または行為により、相手方が表見代理人に権限が与えられていたものと信じ、かつ、そのように信じることが合理的でありかつxxxxxxxったものである場合には、本人は、表見代理人に代理権を授与していたとみなされる」とし、「本人の表示または行為」によることを明示的に要件としている。
ることそのものにあるのではなく、いずれの規定によるかによって結論が違ってくるかどうかにある。この点について、かりに違いが生じないとするならば、あえて重複を避けるための措置をとる必要はないと考えられる。
⑥また、重畳適用の可能性については、とくに、(a)本人が相手方に表示した代理権の範囲を越えた代理行為がおこなわれた場合と、(b)代理権が消滅した後、その代理権の範囲を越えた代理行為がおこなわれた場合が問題とされている。このうち、(a)の場合に重畳適用が認められることを明確化するためには、109 条にその旨を付加する規定をおけば足りる。また、(b)についても、110 条にその旨を付加する規定をおけば足りる。したがって、あえて現民法の3類型を組み換える必要はないと考えられる。
⑦現民法の3類型のほかに、新たな類型を創設する要請は、現在のところないとみることができる。そこで、【Ⅱ -3-21】(2)では、現行の3類型を維持した上で、必要な修正をおこなうにとどめることとしている。
2.代理権授与の表示による表見代理
【Ⅱ-3-22】(代理権授与の表示による表見代理)
(1)相手方に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、次のいずれかに該当する場合を除き、その代理権の範囲内においてその他人が相手方との間でした行為について、自己に対してその行為の効力が生じないことを主張できない。
(ア)相手方に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者が、その表示された代理権が与えられていないことを知らなかった場合。ただし、その者に重大な過失があるときは、その限りでない。
(イ)相手方が、その表示された代理権が与えられていないことを知っていた場合。
(ウ)相手方が、その表示された代理権が与えられていないことを過失によって知らなかった場合。ただし、相手方に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者が、その表示された代理権を与えていないことを知りながら、相手方にその表示された代理権を与えたと誤信させるためにその表示をしたときは、その限りでない。
(2)相手方に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲を越えてその他人が相手方との間でした行為についても、相手方がその行為についてその他人に代理権があると信ずべき正当な理由があるときは、(1)と同様とする。
(3)(1)(2)は、相手方に対して自己の名称を使用して法律行為をすることを他人に認めた場合に準用する。
(4)他人に代理権を与える旨の書面を交付した者は、その他人が相手方に対してその書面を呈示したときは、相手方に対しその他人にその書面に記載された代理権を与えた旨を表示したものと推定する。代理人を特定せずに代理権を与える旨の書面を交付した者も、その書面を取得した者が相手方に対してその書面を呈示したときは、相手方に対してその者にその書面に記載された代理権を与えた旨を表示したものと推定する。
〔関連条文〕現民法 109 条
提 案 要 旨
(1)現民法 109 条のように、本人が相手方に対して代理権授与の表示をした場合に、それを信じた相手方を保護する規定は必要である。したがって、この規定は、基本的に維持
してよいと考えられる。ただし、【Ⅱ -3-22】では、規定の趣旨をわかりやすくするという観点から、次の3つの修正をおこなうこととしている。
第一に、代理権授与の表示がされた相手を「第三者」と呼ぶのではなく、代理行為の「相手方」であることを明確にするために、これを「相手方」にあらためている。
第二に、効果として、代理権授与表示をした者が「その責任を負う」と定めているのを、一般的な理解にしたがい、「自己に対してその行為の効力が生じないことを主張できない」とあらためている。
第三に、但書で、「その他人が代理権を与えられていないことを知り」と定めているのを、その趣旨を明確にするために、「その表示された代理権が与えられていないこと」にあらためている。
このほか、現民法 109 条に定められた代理権授与表示は、いわゆる観念の通知であり、
意思表示ではないとされる。しかし、現民法 109 条により、法律行為をしたのと同じ効果が認められることから、一般に、能力および意思表示に関する規定を類推すべきであると考えられている。このうち、次の2つ点は、表見代理の成否を左右するものとして、とくに明確化を要すると考えられる。
第一に、代理権授与表示をした者が、その表示された代理権が与えられていないことを知りながら表示をした場合は、真意を秘匿して表示した狭義の心裡留保に関する規定が類推される。これによると、相手方に悪意がある場合にかぎり、その表示をした者は、自己に対してその効力が生じないと主張できる。そこで、【Ⅱ- 3-22】(1)(ウ)の但書は、
「相手方に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者が、その表示された代理権を与えていないことを知りながら、相手方にその表示された代理権を与えたと誤信させるためにその表示をしたときは、その限りでない」としている。
第二に、代理権授与表示をした者が、その表示された代理権が与えられていないことを知らずに表示をした場合は、錯誤に関する規定が類推される。そこで、【Ⅱ -3- 22】 (1)(ア)では、錯誤の規律に即して、「相手方に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者が、その表示された代理権が与えられていないことを知らなかった場合」は、自己に対してその効力が生じないと主張できるとし、その表示をした者に「重大な過失があるときは」、その例外を認めることとしている。
(2)現民法 109 条は、表見代理が成立するための要件として、代理権を与えた旨を表示された他人が「その代理権の範囲内において」相手方との間で行為をしたことが必要とされている。これに対し、その他人がその代理権の範囲を越えて相手方との間でした行為については、判例は、109 条と 110 条を重畳的に適用することにより、相手方がその行為についてその他人に代理権があると信じ、かつそのように信ずべき正当の理由があるときは、本人が責任を負うとしている。
そこで、【Ⅱ-3 -22】(2)では、これにしたがい、「相手方に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲を越えてその他人が相手方との間でした行為についても、相手方がその行為についてその他人に代理権があると信ずべき正当な理由があるときは、(1)と同様とする」と定めることとしている。
(3)他人に自己の名称を使用して法律行為をすることを認めた場合についても、判例は、
「現民法 109 条、商法 23 条等の法理」に照らし、外形を信頼して取引した第三者に対する責任を認めている。【Ⅱ -3- 22】(3)は、これにしたがい、「相手方に対して自己の名称を使用して法律行為をすることを他人に認めた場合」に、代理権授与表示による表見代理を認める規定を準用することとしている。
(4)現民法 109 条については、法定代理についても適用されるかどうかについて、議論がある。しかし、法定代理権を本人が授与する旨の表示をしても意味がないことから、現
民法 109 条は任意代理にのみ適用されると考えるのが一般である。そこで、【Ⅱ-3-22】では、「代理権を与えた旨の表示をした者」と規定することにより、任意代理のみを対象とすることを示すこととしている。
(5)現民法 109 条が実際に適用される主たる場面は、白紙委任状が交付された場合であり、すでに判例法理が確立している。【Ⅱ-3- 22】(4)では、ルールの明確化をはかるために、可能な範囲でそれを明文化することとしている。その際、代理権授与表示との関係で意味をもつのは、代理権の授与を内容としているものであることから、「委任状」ではなく、「他人に代理権を与える旨の書面」という表現を用いることとしている。
まず、被交付者濫用型- 本人から白紙委任状を直接交付された者が、本人から代理権を与えられていないにもかかわらず、白紙委任状を濫用して無権代理行為する場合- のうち、白地部分が補充されて呈示された場合は、特別な事情がないかぎり、相手方からみれば、本人に相当する者がそのような表示をしたと理解することに合理性がある。それに対して、白地部分が補充されないまま呈示された場合は、それだけで、代理権授与表示があると信じても合理性はない。そこで、【Ⅱ-3 -22】(4)は、これを代理権授与表示に関する推定ルールとして構成することとし、「他人に代理権を与える旨の書面を交付した者は、その他人が相手方に対してその書面を呈示したときは、相手方に対しその他人にその書面に記載された代理権を与えた旨を表示したものと推定する」と定めている。
次に、転得者濫用型- 白紙委任状を直接交付された者からさらに別の者が白紙委任状を取得し、代理人欄が空白になっているのを利用して代理行為をする場合- のうち、委任事項欄が濫用された場合は、相手方からみれば、濫用された内容で代理権を授与する旨の表示をしたと解することができ、本人がそこまで代理権を授与することを意図していなかったという事情は、錯誤に類すると考えられる。しかし、【Ⅱ-3-22】(1)(ア)では、錯誤に相当するルールを明文化することとしているため、これにより代理権授与表示をした者の保護は必要な限度ではかることが可能である。
そこで、【Ⅱ-3-2 2】(4)では、転得者濫用型についても、代理権授与表示の推定ルールとして規定するにとどめることとしている。そのような推定を認めることに合理性があると考えられるのは、呈示された書面に代理権の範囲が記載されている場合であるため、【Ⅱ-3 -22】(4)の後段では、「代理人を特定せずに代理権を与える旨の書面を交付した者も、その書面を取得した者が相手方に対してその書面を呈示したときは、相手方に対してその者にその書面に記載された代理権を与えた旨を表示したものと推定する」と定めている。
解 説
1)規定の必要性と定式の明確化
①現民法 109 条は、「第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、その責任を負う」とした上で、「ただし、第三者が、その他人が代理権を与えられていないことを知り、又は過失によって知らなかったときは、この限りでない」と定めている。
②この規定については、起草過程では、いわゆる単独授権ないし外部授権(有権代理)を認めたものとする立場(xxxx)xみられたが、あくまでも無権代理であることを前提として、表示を信じた相手方を保護するためにそのような表示をした本人の責任を認めた
規定、つまり表見代理を認めた規定として理解するのが一般である◆ 56。
③このように、本人が相手方に対して代理権授与の表示をした場合に、それを信じた相手方を保護する規定は必要である。したがって、現民法 109 条は、基本的に維持してよいと考えられる。
④ただし、現民法 109 条の内容は、一読して、かならずしもわかりやすいものとはいえない。そこで、【Ⅱ-3-2 2】では、規定の趣旨をわかりやすくするという観点から、次の3つの修正をおこなうこととしている。
⑤第一に、現民法 109 条は、「代理権授与の表示がされた相手を「第三者」と呼んでいるため、その「第三者」が代理行為の「相手方」であることがただちにわかりにくくなっている。そこで、この点を明確にするため、【Ⅱ-3-22】では、「第三者」を「相手方」にあらためることとしている。
⑥第二に、現民法 109 条では、効果として、代理権授与表示をした者が「その責任を負う」と定めている。これは、本人が、無権代理人の行為であることを理由としてその行為の効果が自分に帰属することを拒絶できない- 自分から相手方に対して効果の帰属を主張できるわけではない- という趣旨であり、本人としての義務を負担するだけでなく、権利も取得すると解するのが一般である◆ 57。 そこで、この趣旨を明確にするために、
【Ⅱ-3-22】では、代理権授与表示をした者は「自己に対してその行為の効力が生じないことを主張できない」とあらためることとしている。
⑦第三に、現民法 109 条は、但書で、「第三者が、その他人が代理権を与えられていないことを知り、又は過失によって知らなかった」ときに、表見代理の成立を否定している。そこで「その他人が代理権を与えられていない」とは、本文において「他人に代理権を与えた旨を表示した」ことを受けて、そこで表示されたとおりにその他人が代理権を与えられていないことを意味している。しかし、この対応関係が文脈にゆだねられているため、かならずしもわかりやすいとはいえない。そこで、【Ⅱ -3- 22】では、この点を明確にするため、但書で「その他人が代理権を与えられていないこと」を「その表示された代理権が与えられていないこと」にあらためることとしている。
2)表見代理の要件構成
①現民法 109 条は、「第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した」ことを表見代理の成立要件として定め、「第三者が、その他人が代理権を与えられていないことを知り、又は過失によって知らなかった」ことをその阻却要件として定めている。このうち、代理権授与表示を成立要件として定めることは、基本的に維持してよいが、阻却要件については、再検討を要すると考えられる。
(1)現行法の状況
②まず、現民法 109 条に定められた代理権授与表示は、いわゆる観念の通知であり、意思
表示ではないとされる。しかし、現民法 109 条により、法律行為をしたのと同じ効果が認められることから、一般に、能力および意思表示に関する規定を類推すべきであると考えられている◆ 58。
③このほか、代理権授与表示の確定方法については、明言されることは少ないものの、おそらく一般には、表示の外形から客観的に判断されるべきであると考えられているものと
◆ 56 現民法 109 条の起草過程およびその後の判例・学説の展開については、xxxx「x見代理」xxxxxx代表『民法講座・第 1 巻』(有斐閣・1985 年)489 頁を参照。
◆ 57 xx・前掲注 18)366 頁等。
◆ 58 xx・前掲注 18)356 頁、xx・前掲注 20)258 頁、xxxx『x理取引の保護法理』(有斐閣・2001
年)135 頁以下等。
みてよいだろう。もっとも、学説のなかには、この場合も、意思表示の解釈方法を適用ないし類推すべきであり、意思表示の解釈方法としていわゆる意味付与比較説を採用するならば、代理権授与表示があったかどうかについても、表示者と相手方が当該表示に付与した意味のいずれに正当性があるかによって判断すべきであると主張する見解もある◆ 59。ただし、この見解も、2004 年民法現代語化により、相手方の主観的要件が明定された後は、代理権授与表示の存否そのものは客観的に判断し、それとは別に相手方の主観的態様を問題とすることにならざるをえなくなったが、全体としては意味付与比較説と同様の判断がおこなわれることに変わりはないとしている◆ 60。
④阻却要件のうち、当初から規定されていたのは、相手方の悪意だけである。しかし、その後、相手方の正当な信頼を保護するという 109 条の趣旨に照らして、相手方が過失によって知らなかった場合も、表見代理の成立を否定すべきであるとする判例法理が確立し
◆ 61、2004 年の民法現代語化の際に、それが明文化されるにいたった。
(2)改正の方向
(a)意思表示に関する規定と対比した阻却要件の整備
⑤まず、代理権授与表示について、能力および意思表示に関する規定が類推されるとしても、そのことをxxで定めるかどうかは、別問題である。他にも準法律行為に相当する行為が数多くあるなかで、この代理権授与表示についてのみ準用規定をおくならば、他の準法律行為について、解釈上の疑義を招くことになる。したがって、この点については、基本的に解釈にゆだねるべきであると考えられる。
⑥ただ、どの規定をどのように準用すべきかという点について疑義があるなど、とくに明確化を要すると考えられる問題については、実際にどのような要件のもとに表見代理の成否が左右されるかを明確に定めるべきであると考えられる。このような観点からすると、少なくとも、次の2つの点について、現民法 109 条は修正する必要があると考えられる。
⑦第一に、代理権授与表示をした者が、その表示された代理権が与えられていないことを知りながら表示をした場合は、真意を秘匿して表示した狭義の心裡留保に関する規定が類推されることになる。【Ⅰ-8-9】では、非真意表示と狭義の心裡留保を区別した上で、前者については現民法 93 条と同様とするのに対し、後者については相手方に悪意がある
場合にかぎり意思表示の無効を認めることとしている。これによると、現民法 109 条どおりに、相手方に過失がある場合に常に表見代理の成立を否定することは、狭義の心裡留保に関するルールと抵触することになる。実際、代理権授与表示をした者が、その表示された代理権が与えられていないことを知りながら、相手方にその表示された代理権が与えられていることを信じさせるためにその表示をしたときは、そのような表示を信じた相手方に過失があるという主張を認めるべきではない。したがって、相手方の過失を表見代理の阻却要件として定めるとしても、このような狭義の心裡留保に相当する場合は、それを認めないとすることをxxで定めるべきである。【Ⅱ- 3-22】(1)(ウ)の但書は、このような考慮から、「相手方に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者が、その表示された代理権を与えていないことを知りながら、相手方にその表示された代理権を与えたと誤信させるためにその表示をしたときは、その限りでない」としている。
⑧第二に、代理権授与表示をした者が、その表示された代理権が与えられていないことを知らずに表示をした場合は、錯誤に関する規定が類推されることになる。もっとも、表見代理に関する規定は、表示の外観を信じた相手方を保護することを目的とするという観点
◆ 59 xxx・前掲注 58)『代理取引の保護法理』108 頁以下。
◆ 60 xxx・前掲注 15)265 頁以下。
◆ 61 最判昭和 41 年 4 月 22 日民集 20 巻 4 号 752 頁。
からすると、表示をした側の内部事情を考慮して、表見代理の成立を否定してよいかどうかについて、疑義が生じる可能性がある。しかし、本来の意思表示についても、たとえ相手方がその意思表示を信頼したとしても、表意者に錯誤があれば、その拘束力からの解放が認められる以上、意思表示をしたのと同様の効果が認められる表見代理についても、代理権授与表示について錯誤に相当するものがあれば、同様にその拘束力からの解放に相当するものを認めることが要請される。したがって、この点を明確にするために、
【Ⅱ-3-22】(1)(ア)では、錯誤の規律に即して、「相手方に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者が、その表示された代理権が与えられていないことを知らなかった場合」は、自己に対してその効力が生じないと主張できるとし、その表示をした者に「重大な過失があるときは」、その例外を認めることとしている。
(b)代理権授与表示の意味と射程
⑨代理権授与表示の確定方法については、とくにxxで定めることは難しい。現民法と同様、この点は解釈にゆだねざるをえない。ただし、上述したように、現民法 109 条に関しては、代理権授与表示の有無自体は、表示の外形から客観的に判断することで一致をみている。上記の阻却要件も、このことを前提としている。
⑩このほか、現民法 109 条においては、どのような場合に代理権授与表示がおこなわれたとみるかについて、とくに次の2つのものが問題とされている。
⑪第一は、他人に肩書き等を付与する場合である。このようなものも、その肩書き等が客観的にみて代理権の存在を推測させるものであるときは、代理権授与表示として認められている。たとえば、部長という肩書きは、一般に、代理権の存在を推測させる肩書きにあたるとされている。もっとも、このような肩書き等の付与については、現民法 109 条の場合と同様に考えれば足り、とくにxxの規定をおくまでもないと考えられる。また、表見支配人( 商法 42 条)、表見代表取締役( 会社法 354 条)、表見代表執行役( 会社法 421 条)等に関する特則も、それぞれについてとくに見直しの必要がないかぎり、維持してよいと考えられる。
⑫第二は、他人に自己の名称を使用して法律行為をすることを認めた場合である。
【適用事例1】
東京地方裁判所の職員の福利厚生をはかるため、その互助組織として、「東京地方裁判所厚生部」という名称の団体Bが形成され、裁判所の部局である総務課厚生係の一室を利用し、同じ職員が事務を担当していた。Bに従事する職員らは、業者Cらから継続的に物品を購入し、その際、庁用の裁判要旨を使用した発注書・支払証明書といった官庁の取引類似の様式を用い、支払証明書には東京地方裁判所の庁印を使用していた。
⑬この場合は、代理権を与える旨を表示しているわけではないため、厳密にいえば、109条の要件をみたさない。しかし、判例は、「およそ、一般に、他人に自己の名称、商号等の使用を許し、もしくはその者が自己のために取引する権限ある旨を表示し、もつてその他人のする取引が自己の取引なるかの如く見える外形を作り出した者は、この外形を信頼して取引した第三者に対し、自ら責に任ずべきであつて、このことは、民法 109 条、商法 23条等の法理に照らし、これを是認することができる」とし、この場合は「東京地方裁判所当局が、『厚生部』の事業の継続処理を認めた以上、これにより、東京地方裁判所は、『厚生部』のする取引が自己の取引なるかの如く見える外形を作り出したものと認めるべきであり、若し、『厚生部』の取引の相手方であるCが善意無過失でその外形に信頼したものとすれば、同裁判所はCに対し本件取引につき自ら責に任ずべきものと解するのが相当で
ある」としている◆ 62。
⑭このような場合についても、表見代理の成立が認められることをあきらかにするために、【Ⅱ-3 -22】(3)は、「相手方に対して自己の名称を使用して法律行為をすることを他人に認めた場合」に、代理権授与表示による表見代理を認める規定を準用することとしている。ただし、このような規定をおく場合には、名板貸に関する商法 23 条の規定について、見直しを要するかどうかについて、別途検討する必要が出てくる可能性がある。 (3)現民法 109 条と 110 条の重畳適用
⑮現民法 109 条は、表見代理が成立するための要件として、代理権を与えた旨を表示された他人が「その代理権の範囲内において」相手方との間で行為をしたことが必要とされている。これによると、その他人がその代理権の範囲を越えて相手方との間でした行為については、現民法 109 条による表見代理は認められないことになる。
【適用事例2】
Aは、Dの代理人Bを介して、自分の所有するxxxをDに売却した。Aは、甲の登記名義の移転をDに委託することとし、a権利証、b印鑑証明書、cAの記名押印のある売xx( 金額・名宛人・日時白地)、dAの記名押印のある白紙委任状(目的物件を甲とし、登記一切の権限を与える旨の委任事項の記載のほかは白地)をBを介してDに交付した。 Dは、甲の移転登記が未了のまま、Bを代理人として、Cとの間で甲とC所有の山林乙を交換するための交渉にあたらせた。ところが、Aに無断でDからabcdの書類一式の交付を受けたBは、これらの書類一式をCに示してAの代理人のように装い、AC間で甲と乙の交換契約を締結した。その後、Cは、Aに対して、甲の所有権移転登記手続を求めた。
⑯判例は、このような場合でも、109 条と 110 条を重畳的に適用することにより、相手方
( C)がその行為(交換契約)についてその他人(B)に代理権があると信じ、かつそのように信ずべき正当の事由があるときには、本人(A)が責任を負うとしている◆ 63。
⑰もっとも、学説でも指摘されているように◆ 64、代理権授与表示に示されている範囲を越えた行為について、相手方が代理権の存在を信じたことに正当な理由が認められることは、実際にはあまりないと考えられる。しかし、わずかでも実際に考えられるのであれば、判例法理も確立し、学説でもそれ自体としては異論がない以上、それを確認する旨の規定をおくことが、無用の議論を招かないためにも必要だと考えられる。もちろん、そのような正当な理由が認められる場合は、端的にそこまで代理権授与の表示がされたと解釈することも不可能ではないが◆ 65、上述したように、代理権授与表示の有無自体は、表示の外形から客観的に判断することとするならば◆ 66、やはり別途規定をおくことが望ましいというべきだろう。
⑱このような考慮から、【Ⅱ-3 -22】(2)では、「相手方に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲を越えてその他人が相手方との間でした行為についても、相手方がその行為についてその他人に代理権があると信ずべき正当な理由がある
◆ 62 最判昭和 35 年 10 月 21 日民集 14 巻 12 号 2661 頁。
◆ 63 最判昭和 45 年 7 月 28 日民集 24 巻 7 号 1203 頁。
◆ 64 xxx・前掲注 15)287 頁。
◆ 65 xxx・前掲注 15)287 頁。
◆ 66 適用事例2でも、c売渡証書が呈示されているため、表示の外形から客観的に判断すれば、甲の売却について代理権授与表示があると解釈されることになり、交換契約の締結はその代理権の範囲外ということになる。
ときは、(1)と同様とする」と定めることとしている。
(4)任意代理への限定
⑲現民法 109 条については、法定代理についても適用されるかどうかについて、議論がある。しかし、法定代理権を本人が授与する旨の表示をしても意味がないことから、現民法 109 条は任意代理にのみ適用されると考えるのが一般である◆ 67。
⑳そこで、【Ⅱ-3-22】では、「代理権を与えた旨の表示をした者」と規定することにより、同様に、任意代理のみを対象とすることを示すこととしている。
3)代理権授与書面(委任状)に関する推定ルール (1)現行法の状況
①現民法 109 条が実際に適用される主たる場面は、白紙委任状が交付された場合であり、すでに判例法理が確立している。その概要は、次のとおりである。
(a)被交付者濫用型(非代理人濫用型)
②まず、本人から白紙委任状を直接交付された者が、本人から代理権を与えられていないにもかかわらず、白紙委任状を濫用して無権代理行為する場合は、次のように考えられる。
③第一に、白紙委任状が補充された上で相手方に呈示された場合は(補充呈示型)、その呈示された内容の代理権授与表示があったものと解される。
④第二に、白紙委任状が補充されないまま相手方に呈示された場合は( 非補充呈示型)、原則として、それだけでは 109 条の代理権授与表示があったと解されないが、白紙委任状以外に、土地の権利証や実印等、代理行為者に特定の代理権が授与されたことを推断させる事情がある場合は、109 条の代理権授与表示があったと解される◆ 68。
(b)転得者濫用型
⑤これに対し、白紙委任状を直接交付された者からさらに別の者が白紙委任状を取得し、代理人欄が空白になっているのを利用して代理行為をする場合は、さらに委任事項欄が濫用されるかどうかによって区別される。
⑥第一に、委任事項欄が濫用されていない場合は( 委任事項欄非濫用型)、その呈示された内容の代理権授与表示があったものと解される◆ 69。
⑦第二に、委任事項欄が濫用された場合は(委任事項濫用型)、判例は、本人はその濫用された内容の代理権授与表示をしたとはいえないとする。不動産登記手続に要する書類(登記手続に必要な権利証、白紙委任状、印鑑証明書)は、「これを交付した者よりさらに第三者に交付され、転輾流通することを常態とするものではないから、不動産所有者は、前記の書類を直接交付を受けた者において濫用した場合や、とくに前記の書類を何人において行使しても差し支えない趣旨で交付した場合は格別、右書類中の委任状の受任者名義が白地であるからといつて当然にその者よりさらに交付を受けた第三者がこれを濫用した場合にまで民法 109 条に該当するものとして、濫用者による契約の効果を甘受しなければならないものではない」というのが、その理由である◆ 70。
(2)改正の方向
⑧問題は、以上のよう判例法理をふまえて、白紙委任状に関する特別なルールを明文化すべきかどうかである。
⑨まず、白紙委任状に関すルールは、明文化すべきではないと考える可能性もある。!こ
◆ 67 大判明治 39 年 5 月 17 日民録 12 輯 758 頁(後見人が親族会の同意を得ないまま被後見人に代わって手形を振り出したケース)。
◆ 68 前掲注 63)最判昭和 45 年 7 月 28 日。
◆ 69 前掲注 61)最判昭和 41 年 4 月 22 日、最判昭和 42 年 11 月 10 日民集 21 巻 9 号 2417 頁等。
◆ 70 最判昭和 39 年 5 月 23 日民集 18 巻 4 号 621 頁。
の規定についてのみ委任状のような概念が出てくるのは不自然であること、"委任状はかならずしも定型的なものではないため、白紙部分の濫用を明確に定式化することは困難であること、#明文化しなくても、まさに現在がそうであるように、現民法 109 条に相当する規定だけで対処可能であること、$無権代理人が白紙委任状を相手方に呈示することが、本当に本人の「表示」といえるかどうかは、本来疑問の余地もあることであり、それにもかかわらず明文化すれば、そのような疑問を封ずる恐れがあること、などがその理由として考えられる。
⑩しかし、現民法 109 条が現実に問題とされてきた主たる場面は、白紙委任状が交付された場合であり、判例法理も確立している以上、ルールの明確化をはかるために、可能なかぎり、それを明文化することが望ましいと考えられる。そこで、【Ⅱ -3- 22】(4)では、この場合を想定した規定を新設することとしている。
⑪その際、「委任状」という表現を用いることは、避けるべきであると考えられる。たしかに、日常の取引では、委任状という表現がしばしば用いられるものの、そこにふくまれうる内容は多様であり、かならずしも法律行為の代理を内容とするとはかぎられない。代理権授与表示との関係で意味をもつのは、代理権の授与を内容としているものであることから、【Ⅱ- 3-22】(4)では、「他人に代理権を与える旨の書面」という表現を用いることとしている。
(c)被交付者濫用型
⑫まず、判例法理のうち、被交付者濫用型に関するルールは、次のように理解できる。つまり、白地部分が補充されて呈示された場合は、特別な事情がないかぎり、相手方からみれば、本人に相当する者がそのような表示をしたと理解することに合理性がある。それに対して、白地部分が補充されないまま呈示された場合は、それだけで、代理権授与表示があると信じても合理性はない。
⑬このように理解するならば、このルールは、代理権授与表示に関する推定ルールとして構成することが可能である。そこで、【Ⅱ-3 -22】(4)では、「他人に代理権を与える旨の書面を交付した者は、その他人が相手方に対してその書面を呈示したときは、相手方に対しその他人にその書面に記載された代理権を与えた旨を表示したものと推定する」と定めることとしている。これは、「その他人が相手方に対してその書面を呈示したときは」とすることにより、被交付者が濫用した場合であることを示し、「その書面に記載された代理権を与えた旨を表示したものと推定する」とすることにより、委任事項欄がはじめから記載されているか、後に補充された場合であることを示している。
(d)転得者濫用型
⑭これに対して、転得者濫用型に関するルールについては、判例法理どおりに明文化すべきかどうか、検討を要する。とくに問題となるのは、委任事項濫用型である。
⑮委任事項濫用型については、上述したように、判例は、この場合にそもそも代理権授与表示を否定しているが、学説では、これを肯定した上で、現民法 95 条を類推すれば足りるという見解も主張されている◆ 71。この場合も、相手方からみれば、濫用された内容で代理権を授与する旨の表示をしたと解することができ、本人がそこまで代理権を授与することを意図していなかったという事情は、錯誤に類するものとして、現民法 95 条の類推により考慮できると考えるわけである。
⑯上述したように、【Ⅱ-3 -22】(1)(ア)では、錯誤に相当するルールを明文化することとしている。したがって、委任事項濫用型についても、濫用された内容で代理権授与表示があると解したとしても、(1)(ア)により代理権授与表示をした者の保護は必要な限度で
◆ 71 xx・前掲注 13)373 頁、xxx・前掲注 15)271 頁以下等。
はかることが可能である。そうすると、委任事項濫用型に関して、判例法理どおりに明文化する必要はないと考えられる。
⑰このような考慮から、【Ⅱ-3-2 2】(4)では、転得者濫用型についても、上記の被交付者濫用型と同様に、あくまでも代理権授与表示の推定ルールとして規定するにとどめることとしている。そのような推定を認めることに合理性があると考えられるのは、呈示された書面に代理権の範囲が記載されている場合である。そこで、【Ⅱ-3 -22】(4)の後段では、この場合については、「代理人を特定せずに代理権を与える旨の書面を交付した者も、その書面を取得した者が相手方に対してその書面を呈示したときは、相手方に対してその者にその書面に記載された代理権を与えた旨を表示したものと推定する」と定めることとしている。これは、まず、「代理人を特定せずに代理権を与える旨の書面を交付した」とし、「その書面を取得した者が相手方に対してその書面を呈示した」とすることにより、転得者濫用型にあたることを示している。また、「その者にその書面に記載された代理権を与えた旨を表示したものと推定する」とすることにより、委任事項欄がはじめから記載されているか、後に補充された場合であることを示している。
3.権限外の行為の表見代理
【Ⅱ-3-23】(権限外の行為の表見代理)
代理人が本人から与えられた権限外の行為をした場合において、相手方がその行為について代理人に代理権があると信じ、かつ、次の事情等を考慮して、そのように信じたことに正当な理由があると認められるときは、本人は、自己に対してその行為の効力が生じないことを主張できない。
(ア)当該行為について代理権があることを推測させる徴憑の有無
(イ)代理人が前号の徴憑を取得した経緯と本人がそれに関与した程度 (ウ)代理人の行為に対する本人の言動
(エ)当該行為により代理人が取得する利益の程度、当該行為により本人が負うべき不利益又は負担の程度その他当該行為について代理人に代理権があることを疑わせる事情の有無及びその程度
(オ)代理人に与えられた代理権について相手方が調査し又は確認するためにした行為の有無及びその程度
〔関連条文〕現民法 110 条
提 案 要 旨
(1)代理人が権限外の行為をした場合、本来は無権代理行為であり、本人にその効果は帰属しないものの、その行為について代理人に代理権があると信じた相手方を保護する必要があることについては、異論がないだろう。したがって、現民法 110 条に相当する規定は、維持してよいと考えられる。
もっとも、【Ⅱ-3-2 3】では、その趣旨を明確化するために、次の2つ修正をおこなうこととしている。
第一に、その信頼が保護される者を「第三者」と呼ぶのではなく、代理行為の「相手方]であることを明確にするために、これを「相手方」にあらためている。
第二に、効果に関して、現民法 109 条を準用する体裁をとっているのを、【Ⅱ-3-22】
と同様に、権限外の行為について、本人は「自己に対してその行為の効力が生じないことを主張できない」と定めることとしている。
(2)判例は、法定代理人が越権行為をした場合にも、法定代理権を基本権限として 110条の成立を認めてよいとしている。しかし、「権利者が権利を失うことを正当化するためには、その権利者自身に権利を失ってもやむをえない理由がなければならない」という表見法理の基礎にある考え方は、権利の尊重の要請にかなうものであり、基本原則として位置づけるべきである。これによると、法定代理については、権限外の行為の表見代理は認められないことになる。そこで、【Ⅱ -3- 23】では、「代理人が本人から与えられた権限外の行為をした場合」と定めることにより、これが任意代理の場合にかぎり適用されることを示すこととしている。
(3)現民法 110 条の「権限」の意味については、代理権にかぎられるかどうかが議論されている。この点について、【Ⅱ-3 -23】では、学説の多数にしたがい、「権限」は代理権にかぎられないという考え方を基礎としている。本人が法律行為をする権限をあたえたかどうかは、本人が外観の作出に関与した程度とかならずしも対応していない。本人の帰責性を判断するためには、端的に、濫用されるおそれのある権限、つまり対外的に重要な行為をする権限をあたえたかどうかを問題にすべきであると考えるわけである。
もっとも、もともと現民法 110 条でも代理権ではなく、「権限」という文言が用いられているため、この点に関するかぎり、修正をする必要はない。ただ、【Ⅱ- 3-23】では、文脈から「権限」が代理権に限られないことを明確にするために、「権限外の行為」という表現のほかは、代理権という文言を用いることとし、「権限外の行為」の「権限」がかならずしも代理権にかぎられないことを間接的に示すこととしている。
(4)現民法 110 条の「正当な理由」については、少なくとも、相手方が代理行為者に代理権があると信じたことに過失がなかったことをふくむ点に争いはない。問題は、「正当な理由」はそのような相手方の善意無過失にかぎられるかどうかである。伝統的な通説は、これを相手方の善意無過失と理解しているのに対し、最近の学説では、正当な理由を相手方の善意無過失に限定せず、本人側の事情もふくめて考える見解が有力になっている。判例は、基本的には伝統的な通説と同様に「正当な理由」を善意無過失に相当するものと位置づけているものの、そこでは、相手方の側の要素のみを考慮しているわけではない。
【Ⅱ-3-23】では、いずれかの立場にしたがってこれを修正するのは困難であると考え、現民法 110 条の文言を維持したうえで、判例において考慮されていると考えられるものを基礎として、(ア)から(エ)の判断要素を明示することとしている。
このうち、(ア)代理権があることを推測させる徴憑、(イ)代理人がその徴憑を取得した経緯と本人の関与の程度、(ウ)代理人の行為に対する本人の言動のほか、(エ)「当該行為により代理人が取得する利益の程度」、「当該行為により本人が負うべき不利益または負担の程度」は、本人がその行為について代理権を与えたことを疑わせる事情であると同時に、本人側の事情としても意味をもちうる要素である。これらの要素を考慮すべきことは、いずれの見解からも支持されるとみてよい。
このほか、判例では、以上の諸要素から、本人がその行為について代理権を与えたことを疑わせる事情があるときは、相手方は調査確認をする必要があり、それをおこたったときには、「正当な理由」がないとされることがある。(オ)「代理人に与えられた代理権について相手方が調査し又は調査するためにした行為の有無及びその程度」は、この点に関する要素である。
解 説
(1)規定の必要性と定式の明確化
①代理人が権限外の行為をした場合、本来は無権代理行為であり、本人にその効果は帰属しないものの、その行為について代理人に代理権があると信じた相手方を保護する必要があることについては、異論がないだろう。したがって、現民法 110 条に相当する規定は、維持してよいと考えられる。
②もっとも、【Ⅱ-3-2 3】では、その趣旨を明確化するために、次の2つの点で、定式の一部を修正することとしている。
③第一に、現民法 110 条は、その信頼が保護される者を「第三者」と呼んでいる。しかし、
判例◆ 72 および通説◆ 73 によると、表見代理でいう「第三者」とは、代理行為の直接の相手方を指すと理解されている。したがって、この点を明確化するため、「第三者」を「相手方」にあらためることとしている。
④第二に、現民法 110 条は、効果に関して、109 条を準用する体裁をとっている。しかし、これはかならずしもわかりやすいものとはいえない。そこで、ここでも、【Ⅱ-3-22】と同様に、権限外の行為について、本人は「自己に対してその行為の効力が生じないことを主張できない」と定めることとしている。
(2)「権限」
(a)任意代理への限定 (ア)現行法の状況
⑤現民法 110 条は、旧民法財産取得編 250 条 2 項 3 号◆ 74 を承継したものとされる。旧民
法では委任による代理に関して規定されていたのに対し、現民法 110 条では代理一般について規定されている。そのため、文言上は、法定代理の場合もふくむことになっているが、起草者自身は、この場合に本人が責任を負うのは本人にも「過失」があるからであると考えていたようである◆ 75。これによると、現民法 110 条を法定代理に適用することは想定されていなかったとみることもできる。
⑥しかし、判例は、法定代理人が越権行為をした場合にも、法定代理権を基本権限として 110 条の成立を認めてよいとする◆ 76。110 条は取引安全をはかり、相手方の利益を保護しようとするものであるというのが、その理由である。これは、学説において、取引安全を重視し、110 条による表見代理が認められる範囲を広げようとする考え方◆ 77 が支配的と
◆ 72 最判昭和 36 年 12 月 12 日民集 15 巻 11 号 2756 頁。
◆ 73 xx・前掲注 18)370 頁等。
◆ 74 旧民法財産取得編 250 条
(1)委任者ハ代理人カ委任ニ従ヒ委任者ノ名ニテ約束セシ第三者ニ対シテ負担シタル義務ノ責ニ任ス (2)委任者ハ左ノ場合ニ於テ代理人ノ権限外ニ為シタル事柄ニ付テモ亦其責ニ任ス
第一 委任者カ明示またハ黙示ニテ代理人ノ行為ヲ認諾シタルトキ
第二 委任者カ代理人ノ行為ニ因リテ利益ヲ得タルトキ但其利益ノ限度ニ従フ
第三 第三者カ善意ニシテ且代理人ニ権限アリト信スル正当ノ理由ヲ有シタルトキ
◆ 75『法典調査会民法議事速記録』(日本学術振興会版)1 巻 211 丁裏以下で、xxxx委員が、現民法 110条が適用される例として、100 円を借りるために委任状を交付したところ、その交付を受けた者が、すでに甲から 100 円を借りているにもかかわらず、まだ委任状を所持していることから、さらに乙から 100 円を借りたという場合をあげ、この場合は「既ニ委任状ヲ持ツテ居ル、誰ガ見テモ百円借リル権限ガアルト認ムベキ場合デアリマスカラ本人気ノ毒デアルケレドモ幾分カ過失デアル、第三者ニ取ツテハ全ク過失ガナイ」として、このような第三者を保護するために現民法 110 条を定めると述べている。
◆ 76 大判昭和 17 年 5 月 20 日民集 21 巻 571 頁(未xx者の親権者である母親が親族会の同意を得ずに未xx者を代理して株式を譲渡したケース)。
◆ 77 xx・前掲 18)372 頁等を参照。
なっていたことを受けたものとみることができる。
⑦これに対し、最近の学説では、法定代理人が越権行為をした場合には、110 条を適用すべきではないと考える見解が有力である◆ 78。法定代理の場合は、本人がみずから代理人を選ぶわけではないので、本人に帰責性があるとはいえない以上、表見代理の成立を認めるべきではないと考えるわけである。これは、表見代理が認められる根拠を、本人の側にxxに反する外観の作出・維持について帰責性があることを前提として、その外観を正当に信頼した者を保護するという考え方、つまり表見法理に求めるという考え方にもとづく。 (イ)改正の方向
⑧「権利者が権利を失うことを正当化するためには、その権利者自身に権利を失ってもやむをえない理由がなければならない」という表見法理の基礎にある考え方は、権利の尊重の要請にかなうものであり、基本原則として位置づけるべきである。これによると、法定代理については、 権限外の行為の表見代理は認められないことになる。 そこで、
【Ⅱ-3-23】では、「代理人が本人から与えられた権限外の行為をした場合」と定めることにより、これが任意代理の場合にかぎり適用されることを示すこととしている。 (b)「権限」の意味
(ア)現行法の状況
⑨現民法 110 条の「権限」の意味については、代理権にかぎられるかどうかが議論されている。
【適用事例1】
Aは、金融会社Dの投資外交員だったが、病身のため、実際の勧誘行為は息子Bにまかせてきた。このBの勧誘によって、CはDに 200 万円を貸し付けて投資することになったが、不安を感じたCは、Bに保証人になるよう求めた。そこで、Bは、Aに無断で印鑑等を持ち出し、Aを代理してAを保証人とする保証契約をCと締結した。その後、Dが倒産したため、CはAに保証債務の履行として 200 万円の支払いを求めた。
【適用事例2】
Bは、兄Aから土地甲を贈与された際に、甲の登記を移転するための手続に必要だとして、Aから実印、印鑑証明書、権利証をあずかった。ところが、Bは、自分がCから 5000万円の借金をするのにそれを利用し、Aを代理して、甲をA所有にしたままCのために抵当権を設定し、Aを連帯保証人とする旨の契約をCと締結した。
⑩判例は、現民法 110 条の「権限」は法律行為をする権限、つまり代理権にかぎられるとし、【適用事例1】では同条の適用を否定する◆ 79。同様に、たとえば印鑑証明書下付申請の委任を受けた者が本人を無権代理して抵当権を設定したケースでも、現民法 110 条の「権限」は「私法上の行為についての代理権」にかぎられるとし、公法上の行為についての代理権はこれにあたらないとして、現民法 110 条の表見代理は問題にならないとした◆ 80。しかし、その一方で、判例は、【適用事例2】のような場合に、公法上の行為を代行する権限であっても、その行為が特定の私法上の取引行為の一環としてなされるものであると
◆ 78 xxxx「x権代理と帰責性」xxxxx還暦記念『現代私法学の課題と展望・中』(有斐閣・1982年)57 頁のほか、xx・前掲注 20)263 頁、xxx『x法Ⅰ』(東京大学出版会・第 4 版・2007 年)190頁等。
◆ 79 最判昭和 35 年 2 月 19 日民集 14 巻 2 号 250 頁。
◆ 80 最判昭和 39 年 4 月 2 日民集 18 巻 4 号 497 頁。
きは、現民法 110 条の「権限」として表見代理の成立を認めることができるとしている◆ 81。
⑪これに対して、学説では、現民法 110 条の「権限」は、代理権にかぎられず、対外的に重要な行為をする権限であれば足りるとするのが多数である◆ 82。本人が法律行為をする権限をあたえたかどうかは、本人が外観の作出に関与した程度とかならずしも対応していない。法律行為といっても、些細なものから重大なものまであり、法律行為以外でも、重要な行為もあるからである。本人の帰責性を判断するためには、むしろ端的に、濫用されるおそれのある権限、つまり対外的に重要な行為をする権限をあたえたかどうかを問題にすべきであると考えるわけである。これによると、判例が、【適用事例2】のように、公法上の行為の代行権限でも、登記申請行為の委任の場合に、現民法 110 条の表見代理を認めていることも説明が可能になる。
(イ)改正の方向
⑫【Ⅱ- 3-23】でも、学説の多数にしたがい、「権限」は代理権にかぎられないという考え方を基礎としている。もっとも、もともと現民法 110 条でも代理権ではなく、「権限」という文言が用いられているため、この点に関するかぎり、修正をする必要はない。ただ、現民法では、代理権を指す言葉として通常「権限」という文言を用いているほか、代理行為がおこなわれるという文脈から「権限」とは代理権を指すと解するのが自然である場合が多かった。そこで、あえて文脈から「権限」が代理権に限られないことを明確にするために、「権限外の行為」という表現のほかは、代理権という文言を用いることとし、
「権限外の行為」の「権限」がかならずしも代理権にかぎられないことを間接的に示すこととしている。
(3)「正当な理由」 (c)現行法の状況
⑬現民法 110 条の「正当な理由」については、少なくとも、相手方が代理行為者に代理権があると信じたことに過失がなかったことをふくむ点に争いはない。問題は、「正当な理由」はそのような相手方の善意無過失にかぎられるかどうかである。
⑭伝統的な通説は、これを相手方の善意無過失と理解している(いわゆる善意無過失説)
◆ 83。これは、本人の静的安全の要請は「権限」要件で尽くされると考え、「正当な理由」
要件では相手方の事情のみを考慮すれば足りるという考え方にもとづく。
⑮判例は、基本的には伝統的な通説と同様に考えた上で、「正当な理由」の存否を次のように判断している◆ 84。まず、代理権の存在を推測させる徴憑- 実印、印鑑証明書、委任状、権利証(登記事項証明書)等- がある場合は、原則として「正当な理由」が肯定される。しかし、そのような場合でも、代理権の存在を疑わせる事情があるときは、相手方は代理権の存否について適当な調査または確認をすべきであり、相手方がそれを怠ったときは、「正当な理由」が否定されることになる。
⑯これに対して、最近の学説では、正当な理由を相手方の善意無過失に限定せず、本人側の事情もふくめて考える見解が有力になっている( いわゆる総合判断説) ◆ 85。これによると、正当な理由は、双方の事情を考慮することにより、相手方を保護し、本人に責任を課すべきかどうかを総合的に判断するための要件として位置づけられることになる。この
◆ 81 最判昭和 46 年 6 月 3 日民集 25 巻 4 号 455 頁。
◆ 82 xx・前掲注 13)381 頁、xx・前掲注 20)262 頁、xx・x掲注 78)195 頁等。
◆ 83 xx・前掲注 18)371 頁等。
◆ 84 xxxx『x法講義Ⅰ』(有斐閣・第 2 版・2005 年)366 頁以下、xxx・前掲注 15)278 頁以下等を参照。
◆ 85 xx・前掲注 20)262 頁、xx・x掲注 78)194 頁、xx・x掲注 78)55 頁以下等を参照。
見解は、表見代理を表見法理にもとづく制度として位置づけるという考え方を基礎としている。これによると、本人が「権限」を付与したことは、本人に帰責性が認められるための前提にすぎず、本人に最終的に最終的に責任を課すに足りるだけの帰責性があるかどうかは、「正当な理由」のなかで判断するしかないと考えるわけである。
(d)改正の方向
⑰以上のように、「正当な理由」の理解については、110 条の趣旨をどのようにとらえるかということと関連して、学説上対立がある。そのため、いずれかの立場にしたがってこれを修正するのは困難であると考えるならば、現民法 110 条の文言を維持するしかないことになる。
⑱しかし、「正当な理由」と定めるだけでは、どのように判断すればよいのか、手がかりがないため、問題が残る。このような観点からするならば、少なくともコンセンサスが得られる限度で、判断要素を明示することが要請される。【Ⅱ- 3-23】は、このような考慮から、判断要素の明文化を試みたものである。
⑲【Ⅱ-3-23】が掲げる判断要素は、判例において考慮されていると考えられるものを基礎としている◆ 86。上述したように、判例は、基本的には伝統的な通説と同様に「正当な理由」を善意無過失に相当するものと位置づけているものの、そこでは、相手方の側の要素のみを考慮しているわけではないと考えられる。
⑳たとえば、(ア)代理権があることを推測させる徴憑についても、それを代理人が偽造したか、盗取したか、本人の管理に落ち度はなかったか、本人が代理人に交付したか等、(イ)代理人がその徴憑を取得した経緯と本人の関与の程度は、「正当な理由」の判断に影響すると考えられる。また、代理人が権限外の行為をしようとしていることを本人が明示または黙示に承認していると考えられるような行動をとっている等、(ウ)代理人の行為に対する本人の言動も、「正当な理由」の判断に影響すると考えられる。
○21 また、(エ)「当該行為により代理人が取得する利益の程度」のほか、とりわけ「当該行為により本人が負うべき不利益または負担の程度」は、本人がその行為について代理権を与えたことを疑わせる事情として考慮されているが、これは、本人側の事情としても意味をもちうる要素である。
○22 したがって、これらの要素を考慮すべきことは、いずれの見解からも支持されるとみてよい。ただし、そこで掲げている定式の内容およびさらに判断要素をあげる可能性については、なお検討する必要がある。
○23 このほか、判例では、以上の諸要素から、本人がその行為について代理権を与えたことを疑わせる事情があるときは、相手方は調査確認をする必要があり、それをおこたったときには、「正当な理由」がないとされることがある。(オ)「代理人に与えられた代理権について相手方が調査し又は調査するためにした行為の有無及びその程度」は、この点に関する要素である。
○24 以上に対して、総合判断説に立つ論者は、本人側の事情として、さらに基本権限からの逸脱の程度をあげることが多い。実際になされた行為が本人の与えた権限から逸脱する程度が大きければ、本人が権限を与えることによって負うべきリスクの範囲を越え、そこまでの責任を基礎づける帰責性が本人にないと判断されやすくなるためである。このような考慮は、善意無過失説の立場からは出てこない。また、判例においても、このような事情が考慮されているかどうか、されているとして、どのように考慮されているかという点も、かならずしもあきらかではない。【Ⅱ-3 -23】は、このような理由から、少なく
◆ 86 判例の詳細な分析は、横浜弁護士会編『表見代理の判例と実務』(金融財政研究会・1984 年)137 頁以下を参照。
ともこの要素は明文化しないという前提に立っている。
4.代理権消滅後の表見代理
【Ⅱ-3-24】(代理権消滅後の表見代理)
(1)代理人が、本人から与えられた代理権が全部又は一部消滅したにもかかわらず、その代理権があるものとしてその代理権の範囲内の行為をした場合において、その代理権が全部又は一部消滅していたことを相手方が知らなかったときは、本人は、自己に対してその行為の効力が生じないことを主張できない。ただし、代理人にその代理権が全部又は一部消滅していたことを相手方が過失によって知らなかったときは、その限りでない。
(2)代理人が、本人から与えられた代理権が全部又は一部消滅したにもかかわらず、その代理権があるものとしてその代理権の範囲外の行為をした場合において、その代理権が全部又は一部消滅していたことを相手方が知らなかったときで、かつ、前条各号に掲げた事情を考慮して、相手方がその行為について代理人に代理権があると信ずべき正当な理由があるときは、本人は、自己に対してその行為の効力が生じないことを主張できない。ただし、代理人にその代理権が全部又は一部消滅していたことを相手方が過失によって知らなかったときは、その限りでない。
〔関連条文〕現民法 112 条
提 案 要 旨
現民法 112 条は、代理権の消滅事由に関する現民法 111 条を受けて、善意の第三者に対しては、その第三者に過失がある場合を除き、代理権の消滅を対抗できないと定める。このように、規定の定式は、現民法 109 条および 110 条と異なるものの、この規定は、現民
法 109 条および 110 条とともに、表見代理に関する規定として理解するのが一般である。そこで、【Ⅱ -3-24】では、これが表見代理に関する規定であることを明確化する ため、【Ⅱ-3 -22】および【Ⅱ- 3-23】と同様に、効果に関する定式を「その行為について代理人に代理権を与えたのと同じ責任を負う」とあらためることとしている。また、【Ⅱ- 3-24】では、表見法理の考え方にしたがい、法定代理については、代 理権消滅後の表見代理も認められないことを明確に定めることとしている。具体的には、
「本人から与えられた代理権が消滅した」と定めることにより、これが任意代理の場合にかぎり適用されることを明示している。
代理権消滅後の表見代理は、本来、代理権の「存在」に対する信頼を保護するための制度ではなく、代理権が「存続」していることを前提としていたのに、代理権が消滅することによって相手方が思わぬ不利益をこうむるのを防ぐための制度であると考えられる。そうでなければ、同じく代理権の「存在」を信じた相手方でも、代理行為をした者にまったく代理権があたえられたことがなければ、現民法 110 条の基本権限がない以上、表見代理が成立しないのに対して、たまたま代理行為者にかつて代理権が与えられ、それが消滅したという事情がある場合は、表見代理の成立が認められることになる。 そこで、
【Ⅱ-3-24】(1)では、相手方が過去において代理権が存在していたことを知っていたことを前提として、その代理権の消滅を知らなかったことが必要であると考え、「その代理権が消滅していたことを相手方が知らなかったときは」と定めることとしている。
また、代理権消滅後の表見代理についても、代理行為をした者が当初の代理権の範囲を越えた行為をした場合に、判例は、112 条にくわえて 110 条を重ねて適用することを認めている。【Ⅱ-3-24】(2)は、これを明文化したものである。
解 説
(1)表見代理に関する規定であることの明確化
①現民法 112 条は、代理権の消滅事由に関する現民法 111 条を受けて、善意の第三者に対しては、その第三者に過失がある場合を除き、代理権の消滅を対抗できないと定める。
②このように、規定の定式は、現民法 109 条および 110 条と異なるものの、この規定は、起草過程でも、「第三者ヲ保護スル為メ極メテ必要ナル規定」であるとされ◆ 87、その後の学説でも、現民法 109 条および 110 条とともに、表見代理、つまり本来は無権代理であるけれども、例外的に代理権があるものとみなされる場合に関する規定として理解するのが一般である。2004 年の民法現代語化に際しても、現民法 112 条には「代理権消滅後の表見代理」という標題が付記されている。
③そこで、【Ⅱ -3-24】では、これが表見代理に関する規定であることを明確化する方向で改正することとする。具体的には、【Ⅱ- 3-22】および【Ⅱ-3-23】と同様に、効果に関する定式を「本人は、自己に対してその行為の効力が生じないことを主張できない」とあらためることとしている。
④また、同様に、信頼が保護される者は代理行為の直接の相手方であることを明確化するために、「第三者」を「相手方」にあらためている。
(2)任意代理への限定
⑤現民法 112 条についても、法定代理に適用されるかどうかが問題とされている。
⑥判例は、子がxxに達した後に親権者であった者がした代理行為について、現民法 112条の適用を認めている◆ 88。従来の通説も、現民法 112 条は法定代理にも適用されると考えている◆ 89。これに対して、最近の学説では、現民法 110 条と同様に、これを否定すべきであると考える見解が有力になっている◆ 90。
⑦ここでも、【Ⅱ-3-23】で述べたとおり、「権利者が権利を失うことを正当化するためには、その権利者自身に権利を失ってもやむをえない理由がなければならない」という表見法理の基礎にある考え方は、権利の尊重の要請にかなうものであり、今後も基礎にすえるべきであると考えられる。したがって、【Ⅱ-3 -24】では、このような考え方にしたがい、法定代理については、代理権消滅後の表見代理も認められないことを明確に定めることとしている。具体的には、「本人から与えられた代理権が消滅した」と定めることにより、これが任意代理の場合にかぎり適用されることを明示している。
(3)相手方の主観的要件 (a)善意の対象
⑧現民法 112 条は、本文で、「代理権の消滅は、善意の第三者に対抗することができない」と定め、但書で「第三者が過失によってその事実を知らなかったときは、この限りでない」と定めている。この「善意」の対象については、相手方が過去において代理権が存在したことを知っていたことを前提として、その代理権の消滅を知らなかったことが必要か、そ
◆ 87 前掲注 1)『民法修正案理由書』104 頁。
◆ 88 大判昭和 2 年 12 月 24 日民集 6 巻 754 頁。
◆ 89 xx・前掲注 18)375 頁等。
◆ 90 xx・前掲注 20)269 頁、xx・x掲注 78)202 頁等。
れとも単に行為の時点で代理権が存在しないことを知らなかったことでよいのかが、問題とされている。
⑨判例は、当初、相手方が代理権の消滅前に代理人と取引したことがあるなど、その代理権が依然として存在すると信じてこれと取引をなすべき事情がある場合にかぎって、現民法 112 条が適用されるとしていた◆ 91。しかし、その後、相手方が代理権の消滅する前に代理人と取引をしたことがあることを要するものではなく、そのような事実は、同条所定の相手方の善意無過失に関する認定のための一資料になるにとどまるとしている◆ 92。学説では、さらに進めて、現になされた代理行為について代理権が存在することを信じただけで足りるとする見解もある◆ 93。これは、取引安全の趣旨に照らすと、表見代理を認めるために重要なのは、相手方が代理行為者に代理権があると信じてよかったかどうかだけであるという考え方にもとづく。
⑩しかし、代理権消滅後の表見代理は、本来、このような代理権の「存在」に対する信頼を保護するための制度ではなく、代理権が「存続」していることを前提としていたのに、代理権が消滅することによって相手方が思わぬ不利益をこうむるのを防ぐための制度であると考えられる。そうでなければ、同じく代理権の「存在」を信じた相手方でも、代理行為をした者にまったく代理権があたえられたことがなければ、現民法 110 条の基本権限がない以上、表見代理が成立しないのに対して、たまたま代理行為者にかつて代理権が与えられ、それが消滅したという事情がある場合は、表見代理の成立が認められることになる。
⑪そこで、【Ⅱ-3-2 4】(1)では、相手方が過去において代理権が存在していたことを知っていたことを前提として、その代理権の消滅を知らなかったことが必要であるとし、その旨を明らかにしている。具体的には、「その代理権が消滅していたことを相手方が知らなかったときは」と定めることとしている。
(b)要件構成と証明責任
⑫現行 112 条のうち、相手方の主観的要件に関しては、本人が相手方の悪意または過失について証明責任を負うと考えるのが多数説である◆ 94。これは、現民法 112 条の規定の構造と異なるが、代理権の消滅は本人と代理人間の事情であり、相手方にあきらかでないことが多いという考慮による。ただし、判例は、反証がないかぎり、相手方は代理権の消滅を知らないものと推定できるとするにとどめている◆ 95。
⑬しかし、代理権が消滅すれば、本来、無権代理であり、本人に代理行為の効果は帰属しない。表見代理はその例外を認めるものであることからすると、代理権が消滅したにもかかわらず、代理権があるものとみなされるためには、それを正当化する理由、つまり相手方の善意が必要であると考えられる。したがって、【Ⅱ-3 -24】(1)では、要件の構
成、したがってまた証明責任の所在については、現民法 112 条の規定の体裁を踏襲することとしている。
(4)110 条と 112 条の重畳適用
⑭代理権消滅後の表見代理についても、代理行為をした者が当初の代理権の範囲を越えた行為をした場合に、判例は、112 条にくわえて 110 条を重ねて適用することを認めている
◆ 96。【Ⅱ-3-24】(2)は、これを明文化したものである。
◆ 91 大判昭和 8 年 11 月 22 日民集 12 巻 2756 頁。
◆ 92 最判昭和 44 年 7 月 25 日判時 574 号 26 頁。
◆ 93 xx・前掲注 13)394 頁以下等。xx・前掲注 20)269 頁も同旨か。
◆ 94 xx・前掲注 13)394 頁以下、xx・前掲注 20)269 頁等。
◆ 95 大判明治 38 年 12 月 26 日民録 11 輯 1877 頁。
◆ 96 大判昭和 19 年 12 月 22 日民集 23 巻 626 頁。
Ⅳ.無権代理
1.無権代理の原則規定- 契約の無権代理
【Ⅱ-3-25】(契約の無権代理)
(1)代理権を有しない者( 以下、「無権代理人」という。) が他人の代理人として契約をしたときは、本人はこれを追認することができる。ただし、本人が追認を拒絶したときは、以後、追認することができない。
(2)前項の場合において、本人が追認したときは、別段の合意があるときを除き、契約の時にさかのぼってその契約は本人に対してその効力を生じる。ただし、第三者の権利を害することはできない。
(3)追認又はその拒絶は、相手方に対してしたときに限り、その相手方に対抗することができる。ただし、相手方がその事実を知ったときは、この限りでない。
〔関連条文〕
現民法 113 条・116 条・118 条
提 案 要 旨
(1)現民法 113 条 1 項は、「代理権を有しない者が他人の代理人としてした契約は、本人がその追認をしなければ、本人に対してその効力を生じない」と定める。これは、○α 無権代理行為の効果は本人に帰属しないという原則を前提とし、○β 本人が追認した場合は本人に効果が帰属するという例外を規定していると考えられる。
このうち、○α の原則は、現民法 99 条 1 項に相当する【Ⅱ-3-5】から当然に導かれ
るため、とくに規定する必要はない。したがって、現民法 113 条 1 項は、○β の原則を定めたものであることをよりいっそう明確に定めることにしてはどうかと考えられる。
そこで、【Ⅱ-3-25】では、まず、(1)で追認の可否を定めることとし、本文で、「代理権を有しない者( 以下、「無権代理人」という。)が他人の代理人として契約をしたときは、本人はこれを追認することができる」とした上で、但書で、「本人が追認を拒絶したときは、以後、追認することができない」とし、追認拒絶の効果を明確にすることとしている。
(2)その上で、【Ⅱ -3-25】(2)では、追認した場合の効果を定めることとする。もっとも、これによると、「本人が追認すれば、本人に対してその効力が生ずる」と定めることになり、そのようにして本人に効果が帰属する場合に、いつから帰属するかという問題について定めた現民法 116 条との重なりが大きくなる。
そこで、【Ⅱ-3-25】(2)では、現民法 113 条 1 項と 116 条を統合して、「本人が追認したときは、別段の合意があるときを除き、契約の時にさかのぼってその契約は本人に対してその効力を生じる。ただし、第三者の権利を害することはできない。」と定めることとしている。
現民法 116 条では、「別段の意思表示がないときは」と定めれているのを「別段の合意があるときを除き」にあらためたのは、相手方は、最初から効力があるものと考えて契約を締結したのだから、それを本人の意思だけで将来に対してのみ効力を生じさせることができるとしては、相手方の最初の意思に反するからである。
(3)現民法 113 条 2 項は、「追認又はその拒絶は、相手方に対してしなければ、その相手
方に対抗することができない。ただし、相手方がその事実を知ったときは、この限りでない。」と定める。【Ⅱ -3- 25】(3)は、これを基本的に維持した上で、証明責任の所在を明確化するために、「追認又はその拒絶は、相手方に対してしたときに限り、その相手方に対抗することができる。ただし、相手方がその事実を知ったときは、この限りでない。」とあらためることとしている。
解 説
【適用事例1】
Bは、父親Aに無断でその実印を持ち出し、Aの代理人と称して、A所有の土地甲をCに 5000 万円で売却する旨の契約を締結した。
(1)現民法 113 条 1 項と 116 条の統合 (a)現民法の立場
①現民法 113 条 1 項は、「代理権を有しない者が他人の代理人としてした契約は、本人がその追認をしなければ、本人に対してその効力を生じない」と定める。これは、○α 無権代理行為の効果は本人に帰属しないという原則を前提とし、○β 本人が追認した場合は本人に効果が帰属するという例外を規定していると考えられる。
②また、これとは別に、現民法 116 条は、そのようにして本人に効果が帰属する場合に、いつから帰属するかという問題を別に規定し、「追認は、別段の意思表示がないときは、契約の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない」と定めている。
(b)改正の方向
③まず、現民法 113 条 1 項が前提とする○α の原則は、現民法 99 条 1 項に相当する規定か
らみちびかれる。この現民法 99 条 1 項については、【Ⅱ-3-5】で、「代理人が本人の名で法律行為をする権限を本人から与えられた場合(この場合の代理を「任意代理」という。)又は法律の規定によって有する場合( この場合の代理を「法定代理」という。)において、代理人がその権限内において本人の名でした法律行為は、本人に対して直接にその効力を生ずる」というように修正することを提案している。これによると、代理人が本人を代理してした行為の効力が本人に対して直接生ずるためには、その行為について代理人が代理権を有していることが必要であることが示されている。これは、代理人がそのような代理権を有しているといえないときには、その行為の効力が本人に対して直接生ずるといえないことを示している。その意味で、○α の原則は、この規定から当然にみちびかれるため、あらためてとくに規定する必要はない。
④そうすると、現民法 113 条 1 項は、○β の原則を定めたものであることをよりいっそう明
確に定めることにしてはどうかと考えられる。もっとも、これによると、現民法 113 条 1項に相当する規定では、「本人が追認すれば、本人に対してその効力が生ずる」と定めることになり、現民法 116 条との重なりがさらに大きくなる。したがって、両規定を現民法
のように離して規定するのではなく、むしろ現民法 113 条に相当する規定のなかで統合して定める方が簡明である。
(2)追認・追認拒絶の可能性とその効果 (c)現民法の立場
⑤現民法 113 条 1 項は、上述した○α の原則を前提として規定しているため、追認をしなければ、本人に対して代理行為の効力が生じないという定め方になっている。これは、契約の無権代理の場合、本人は追認することができるということを前提として、追認した場合
ないしは追認しなかった場合の効果を定めていることを意味する。
⑥それに対して、現民法 113 条以下では、本人は追認を拒絶できることを前提としているものの(現民法 113 条 2 項・114 条)、追認を拒絶した場合の効果についてはとくに定めていない。
⑦この追認拒絶の効果については、一般に、本人に効力が生じないことに確定して、本人は以後追認することができなくなり、相手方は取り消す必要もなくなると理解されている
◆ 97。判例も、無権代理と相続に関するケースで、本人が追認拒絶をしたときは、無権代理行為の効果は無効(本人への効果不帰属)に確定し、その後になって無権代理人が本人を相続しても、無権代理行為が有効になることはないとしている◆ 98。
(d)改正の方向
⑧現民法 113 条 1 項(および 116 条)のように、追認することができるかどうかを明示的に定めずに、追認した場合の効果のみを定めるという方法は、法律行為の無効および取消しについても採用されている(現民法 119 条・122 条・124 条)。
⑨もっとも、追認に関する規定の方法として考えられるのは、これだけではない。たとえば、取消しに関する規定では、取消しができるかどうかということと( 現民法 5 条 2 項・9条・13 条 4 項・17 条 4 項・96 条等)、取り消した場合の効果(現民法 121 条)が区別して規定されている。追認に関しても、同様に、追認できるかどうかということと、追認した場合の効果をひとまず別に規定することも可能である。
⑩【Ⅱ-3-25】では、次の2つの理由から、後者の方法を採用することとしている。
⑪第一に、現民法によると、無権代理の追認については、契約と単独行為が区別され、契約の場合は追認が認められるのに対して、単独行為の場合は原則として追認が認められない( 現民法 118 条)。このような違いは、現民法のように、追認した場合の効果のみを規定するよりも、追認の可否と効果を区別して規定することにすれば、単独行為の無権代理の場合は追認が認められないと定めることが可能になるため、よりいっそう明確になると考えられる。
⑫第二に、追認の効果だけでなく、それとは別に追認の可否を定めることにより、追認拒絶の効果を定めることができるようになる。つまり、契約の無権代理の場合は、本人が追認できるとしても、本人が追認を拒絶したときは、以後、追認できなくなると規定することが可能になる。
⑬以上のような考慮から、【Ⅱ-3- 25】では、まず、(1)で追認の可否を定めることとし、本文で、「代理権を有しない者( 以下、「無権代理人」という。)が他人の代理人として契約をしたときは、本人はこれを追認することができる」とした上で、但書で、「本人が追認を拒絶したときは、以後、追認することができない」とし、追認拒絶の効果を明確にすることとしている(この但書の定式は、取り消すことができる旨の追認に関する現民法 122 条を参考にしている)。また、(2)では、現民法 113 条 1 項と 116 条を統合して、追認した場合の効果を定めることとしている。
(3)追認の効力
⑭現民法 116 条本文は、追認の効力について、「追認は、別段の意思表示がないときは、契約の時にさかのぼってその効力を生ずる」と定めている。このうち、追認に遡及効が認められることについては、異論はない。
⑮それに対し、「別段の意思表示」の意味については、争いがある。追認者に、追認の自
◆ 97 xx・前掲注 18)379 頁等。
◆ 98 最判平成 10 年 7 月 17 日民集 52 巻 5 号 1296 頁。
由があることを重視するならば、これは追認者の意思表示のみで足りることになる◆ 99。これに対し、通説は、相手方の同意が必要であるとする。相手方は、最初から効力があるものと考えて契約を締結したのだから、それを本人の意思だけで将来に対してのみ効力を生じさせることができるとしては、相手方の最初の意思に反するというのが、その理由である◆ 100。【Ⅱ -3-25】(2)では、この通説にしたがい、「前項の場合において、本人が追認したときは、別段の合意があるときを除き、契約の時にさかのぼってその契約は本人に対してその効力を生じる」と定めることとしている。
⑯現民法 116 条但書は、以上のように、契約の時にさかのぼって効力を生ずるとしても、
「第三者の権利を害することはできない」と定めている。もっとも、この規定が意味をもつ場合はかぎられているというのが一致した理解であり、相手方もしくは第三者の権利が対外的に主張できない場合は、対外的主張が認められるための要件、つまり対抗要件を定めた規定(民 177・178・467 Ⅱ等)によって処理され、現民法 116 条但書は適用されないと考えられている。これによると、現民法 116 条但書が適用されるのは、相手方・第三者双方の権利が対外的に主張できる場合にかぎられることになる。
【適用事例2】
Aは、Cに漁船を売却したが、その代金 1000 万円をAの息子BがAの代理人と称して勝手に受け取ってしまった。その一方で、Aに 1000 万円を貸し付けていたDは、Aが返済しないので、AがCに対して有していた売買代金債権甲を差押え、それを支払にかえて Dに移転する旨の転付命令を得た。ところがその後、Aが、Bのした弁済受領行為を追認した。
⑰【適用事例2】では、債権が弁済されれば、債務者Cはその弁済の効果、つまり債務の消滅を誰に対しても主張できる。また、転付命令が送達され、確定すれば、Dは、債権甲の取得を誰に対しても主張できる(民執 159 条)。この場合、Bによる弁済受領行為をAが追認すれば、AがCに対して有していた債権甲は弁済されたことになり、消滅する。しかし、それでは、その甲を差し押さえて転付命令を受けたDが害されることになる。このような場合に、第三者Dを保護するのが、現民法 116 条但書であるというわけである◆ 101。
⑱このように、現民法 116 条但書は、適用される場面は狭いものの、規定の必要性があることは一般に認められている。したがって、【Ⅱ -3-25】(2)でも、これをそのまま維持することとしている。
(4)相手方に対する対抗
⑲現民法 113 条 2 項は、「追認又はその拒絶は、相手方に対してしなければ、その相手方に対抗することができない。ただし、相手方がその事実を知ったときは、この限りでない。」と定める。これは、相手方に対する「対抗」の可能性について定めているだけであり、追認は、無権代理人に対しておこなっても、無権代理人に対する関係では効力を有するほか
◆ 102、相手方から本人に追認の効果を主張することも妨げられないと考えられている◆ 103。
⑳以上の点については、とくに異論はないことから、基本的に維持してよいと考えられる。ただ、現民法 113 条 2 項は、二重否定を用いているため、一読してわかりにくいほか、証
◆ 99 xxxx『x法総則』(有斐閣・1965 年)397 頁。
◆ 100 xx・前掲注 18)378 頁等。
◆ 101 大判昭和 5 年 3 月 4 日民集 9 巻 299 頁。
◆ 102 大判大正 5 年 4 月 4 日民録 22 輯 678 頁、大判大正 8 年 10 月 23 日民録 25 輯 1835 頁。
◆ 103 大判大正 14 年 12 月 24 日民集 4 巻 765 頁。
明責任の所在も読み取りにくくなっている。そこで、【Ⅱ -3- 25】(3)では、「追認又はその拒絶は、相手方に対してしたときに限り、その相手方に対抗することができる」と定めることとしている。
2.無権代理の原則規定- 単独行為の無権代理
【Ⅱ-3-26】(単独行為の無権代理)
(1)無権代理人が他人の代理人として単独行為をしたときは、本人はこれを追認することができない。ただし、次のいずれかに該当する場合は、その限りでない。
(ア)無権代理人が他人の代理人としてその行為をすることについて、相手方が異議を述べなかったとき。
(イ)無権代理人が代理権を有しないでその行為をすることについて、相手方が同意したとき。
(2)相手方が無権代理人に対して単独行為をしたときは、本人はこれを追認することができない。ただし、無権代理人が、本人の代理人としてその行為の相手方となることについて同意したときは、その限りでない。
( 3 ) ( 1 ) 但 書 又 は ( 2 ) 但 書 の 場 合 に つ い て は 、【 Ⅱ - 3 - 2 5 】(2)と(3)及び
【Ⅱ-3-27】から【Ⅱ-3-31】までの規定を準用する。
〔関連条文〕
現民法 113 条・116 条・118 条
提 案 要 旨
(1)現民法は、契約の無権代理と単独行為の無権代理を区別し、単独行為の無権代理に
ついて、118 条で、「単独行為については、その行為の時において、相手方が、代理人と称する者が代理権を有しないで行為をすることに同意し、又はその代理権を争わなかったときに限り、第 113 条から前条までの規定を準用する。代理権を有しない者に対しその同意を得て単独行為をしたときも、同様とする。」と定めている。
現民法の起草者がこのような区別をしたのは、契約の場合は、本人の追認がないかぎり、本人に対してその効力を生じないとするのが原則であるものの、現民法 113 条以下に定めるように、一定の範囲内で本人と相手方が無権代理行為に拘束される可能性を認めてよいのに対して、単独行為の場合は、無権代理人がした単独行為は、相手方に対して効力を生じないのを原則とし、現民法 118 条に掲げた場合に限り、契約に関する規定を準用すべきものと考えたからである。
この規定の趣旨を明確にするためには、契約の無権代理の原則と単独行為の無権代理の原則とを対比するかたちで定めることが考えられる。【Ⅱ- 3-25】(1)では、契約の無権代理については、本人は追認することができるという原則を定めることとした。そこで、【Ⅱ-3- 26】では、単独行為の無権代理については、本人はそもそも追認できないと定めることとすべきである。
現民法 118 条によると、この場合でも、「その行為の時において、相手方が、代理人と称する者が代理権を有しないで行為をすることに同意し」、または「その代理権を争わなかったとき」は、本人は追認できることになる。これは、ドイツ民法 180 条を参考にしたものであるが、ここでも、規定の趣旨と構造をかならずしも十分咀嚼せずに定式化したため、その意味が正確に理解しづらくなっている。
ドイツ民法 180 条では、まず、現民法 118 条の後者の場合に相当するものとして、「単独行為がされるべき相手方が、その単独行為に際して、代理人の主張する代理権について異議を述べなかった場合」あげられている。これによると、代理人が他人の代理人であることを示してその単独行為をしている場合に、相手方が異議を述べなかった- 代理人と称しているだけで、代理権がない(したがってその単独行為は効力を生じない)という異議を述べなかった- ときに、契約の無権代理に関する規定が準用され、本人に追認の可能性が認められることになる。
次に、ドイツ民法 180 条では、現民法 118 条の前者の場合に相当するものとして、「代理人が代理権を有しないで行為をすることに同意した場合」があげられている。これによると、相手方が- 以上のように代理人と称する者には代理権がないという異議を述べたときでも- その代理人が無権代理人として代理行為をすることは認めていた- 本人がそれを追認するならばその効力が生じることを認めていた- ときに、契約の無権代理に関する規定が準用され、本人に追認の可能性が認められることになる。
【Ⅱ-3-26】(1)では、以上のような規定の趣旨を明確にするために、ドイツ民法 180条の順序で規定することとし、(ア)「無権代理人が他人の代理人としてその行為をすることについて、相手方が異議を述べなかったとき」、または、(イ)「無権代理人が代理権を有しないでその行為をすることについて、相手方が同意したとき」に、本人は追認することができるとし、さらにその場合は、【Ⅱ-3- 26】(3)により、契約の無権代理に関する規定を準用することとした。
(2)【Ⅱ- 3-26】(2)では、受働代理に相当する場合を定め、(1)と同様に、まず、
「相手方が、代理権を有しない者に対して単独行為をしたときは、本人はこれを追認することができない」という原則を定める。
現民法 118 条後段は、この場合でも、代理権を有しない者の同意を得て単独行為をしたときにその例外が認められるとしている。そこで、【Ⅱ- 3-26】(2)の但書では、「無権代理人が、本人の代理人としてその行為の相手方となることについて同意したとき」にかぎり、本人は追認できるとし、さらに、【Ⅱ- 3-26】(3)で、この場合は、契約の無権代理に関する規定が準用されることを定めることとしている。
解 説
【適用事例1】
Aは、郷里の父親Fが死亡したため、Fが所有していた賃貸マンション甲を相続した。 Aは、甲が遠隔地にあったことから、それまでFがおこなっていた甲の清掃、設備類のメンテナンス等の管理業務をみずからおこなうことができず、これをCに委託することにした。Bは、20 年前から甲の一xx 1 をFから賃借し、この間に賃料の改訂がなされなかったため、現在の相場に比して、賃料額は 4 割程度安くなっていた。その後、Bが、無断
で甲 1 を改装し、学習塾を開いたため、他の住民とトラブルが生じ、Cとも再三にわたって口論になった。そこで、業を煮やしたCは、Aに無断で、Aの名でBとの賃貸借契約を解除する旨をBに告げ、2週間以内に甲 1 を立ち退くよう申し渡した。これに対し、Bは、
「Cは単なる管理人にすぎず、賃貸借契約を解除して、立退きを求めるような重要な事柄をCがまかされているはずはない」と述べて、この立退きの申渡しを無視し、その後も、甲 1 に住み、学習塾の経営を続けた。その半年後になって、甲を訪れたAは、Cから事情
を聞き、Cのした解除の意思表示を追認し、この間にBが不当に得た利得として甲 1 の約定賃料額と適正賃料額との差額の支払いをBに求めた。
【適用事例2】
【適用事例1】において、Cから甲 1 を立ち退くよう申し渡された際に、Bが、「自分は立退きを求められるようなことは何もしていない」とのみ述べて、この立退きの申渡しを無視した場合はどうか。
【適用事例3】
【適用事例1】において、Cから甲 1 を立ち退くよう申し渡された際に、Bが、「Cは単なる管理人にすぎず、賃貸借契約を解除して、立退きを求めるような重要な事柄をCがまかされているはずはない」と述べたのに対し、Cが、「BのしたことをきちんとAに伝えれば、きっとBに立退きを求めるはずだ」というので、Bは、「A とは、父親Fの代から旧知の間柄であり、そのAが自分に無茶をいうとは思えない。疑うのであれば、Aに聞いてみろ。」と述べて、この立退きの申渡しを無視した場合はどうか。
(1)現民法 118 条の趣旨と問題点
①現民法は、契約の無権代理と単独行為の無権代理を区別し、単独行為の無権代理について、118 条で、「単独行為については、その行為の時において、相手方が、代理人と称する者が代理権を有しないで行為をすることに同意し、又はその代理権を争わなかったときに限り、第 113 条から前条までの規定を準用する。代理権を有しない者に対しその同意を得て単独行為をしたときも、同様とする。」と定めている。
②現民法の起草者がこのように、契約の無権代理と単独行為の無権代理を区別したのは、契約の場合は、本人の追認がないかぎり、本人に対してその効力を生じないとするのが原則であるものの、現民法 113 条以下に定めるように、一定の範囲内で本人と相手方が無権代理行為に拘束される可能性を認めてよいのに対して、単独行為の場合は、「代理権ヲ有セサル者カ為シタル単独行為ハ相手方ニ対シテモ其効力ナキヲ原則xx」、現民法 118 条に掲げた場合に限り、契約に関する規定を準用すべきものと考えたからである◆ 104。
③そして、単独行為の場合にこのように考えるのは、「単独行為ハ契約ト異ナリテ全ク相手方ノ行為ニ非ス追認ニ因リテ其効力ヲ生スヘキモノトスルハ本人ノ為メニハ利益ナルコト論ヲ俟タスト雖モ相手方ニ於テハ其行為ノ効力不確定ナル為メ迷惑少ナシトセス」、「本人ニ対シテ或期間内ニ確答ヲ為スヘキ旨ヲ催告セシムルコトヲ得サルニ非スト雖モ斯ノ如キ煩労ヲ取ラシムルハ理由ナキ酷待ト謂ハサルヲ得ス」という理由にもとづく◆ 105。
④もっとも、現民法 118 条が参照したドイツ民法 180 条では、最初に「単独行為について、無権代理は許されない」- 単独行為は確定的に効力を生じず、本人は追認もできない
- という原則を規定しているのに対して、現民法 118 条はこの原則を明示しなかったため、全体として何を定めているか、非常に理解しづらくなっている。
⑤この規定の趣旨を明確にするためには、起草者自身の説明がそうであるように、契約の無権代理の原則と単独行為の無権代理の原則とを対比するかたちで定めることが考えられる。【Ⅱ- 3-25】(1)では、契約の無権代理については、本人は追認することができるという原則を定めることとした。そこで、単独行為の無権代理については、本人はそもそも追認できないと定めることとすべきである。これにより、本人に対して効果が帰属する可能性はないという趣旨が明確に示されることになる。
(2)能働代理の場合
⑥現民法 118 条は、前段で、能働代理の場合を定め、後段で、受働代理の場合を定めてい
◆ 104 前掲注 1)『民法修正案理由書』104 頁以下。
◆ 105 前掲注 1)『民法修正案理由書』104 頁以下。
る。
⑦そこで、【Ⅱ-3 -26】でも、まず、(1)で、能働代理に相当する場合を定め、「代理権を有しない者が他人の代理人として単独行為をしたときは」、「本人はこれを追認することができない」とする。
⑧現民法 118 条によると、この場合でも、「その行為の時において、相手方が、代理人と称する者が代理権を有しないで行為をすることに同意し」、または「その代理権を争わなかったとき」は、本人は追認できることになる。これは、上述したように、ドイツ民法 180条を参考にしたものであるが、ここでも、規定の趣旨と構造をかならずしも十分咀嚼せずに定式化したため、その意味が正確に理解しづらくなっている。
⑨ドイツ民法 180 条は、上記の原則に続いて、「しかし、単独行為がされるべき相手方が、その単独行為に際して、代理人の主張する代理権について異議を述べなかった場合、または、代理人が代理権を有しないで行為をすることに同意した場合には、契約に関する規定を準用する」と定めている。
⑩まず、「代理人の主張する代理権について異議を述べなかった場合」において重要なのは、代理人が代理権を「主張」していることである。これは、代理人が他人の代理人であることを示してその単独行為をしていることを意味し、それに対して相手方が異議を述べなかった- 代理人と称しているだけで、代理権がない(したがってその単独行為は効力を生じない)という異議を述べなかった- 場合に、契約の無権代理に関する規定が準用され、 本人に追認の可能性が認められるわけである。これによると、たとえば、
【適用事例1】では、CがAの代理人としてAB間の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたのに対し、BはCに代理権がないという異議を述べているため、この場合にあたらないが、【適用事例2】では、BはC がAの代理人として代理行為をしていること自体については、異議を述べていないため、この場合にあたる。この場合は、もともとBは、代理行為としては有効な行為がなされたと考えているため、後に無権代理であったことが判明した場合に、本人Aがそれを追認したとしても、思わぬ不利益をこうむるわけではない。
⑪次に、ドイツ民法 180 条にいう、相手方が「代理人が代理権を有しないで行為をすることに同意した場合」とは、相手方が- 以上のように代理人と称する者には代理権がないという異議を述べたときでも- その代理人が無権代理人として代理行為をすることは認めていた- 本人がそれを追認するならばその効力が生じることを認めていた- 場合を意味する。【適用事例3】のように、Cが無権代理行為をしていることを前提とした上で、本人Aがそれを追認するかどうかを相手方B自身が求めているような場合などが、これにあたる。この場合も、本人Aがこれを追認したとしても、相手方Bは、思わぬ不利益をこうむるわけではない。
⑫これに対し、現民法 118 条は、この2つの場合の順序を逆にし、後者の場合に相当するものとして、「相手方が、代理人と称する者が代理権を有しないで行為をすることに同意し」たときをあげ、その上で、前者の場合に相当するものとして、「その代理権を争わなかったとき」をあげている。しかし、規定の趣旨を明確にするためには、やはりドイツ民法 180 条の順序で規定する方が望ましいというべきだろう。
⑬そこで、【Ⅱ- 3-26】(1)では、後者の場合を(ア)、前者の場合を(イ)とし、そのいず れか に 該当 す る場 合 には 、 本人 が 追認 で きる こ とと し 、 さら に そ の 場 合 は、
【Ⅱ-3-26】(3)により、契約の無権代理に関する規定を準用することとした。
⑭その際、現民法 118 条にいう、相手方が「その代理権を争わなかったとき」は、上述した 前者 の 場合 に 対応 す るが 、 その 趣 旨は 文 言x x 確と は い いが た い 。 そ こ で、
【Ⅱ-3-26】(1)では、(ア)として、これを「無権代理人が他人の代理人としてその行為をすることについて、相手方が異議を述べなかったとき」にあらためることとしている。
⑮以上に対して、現民法 118 条については、単独行為の場合も、原則として現民法 113 条以下が準用される- 本人は追認できる- が、代理行為をした者の代理権を相手方が争ったときには、現民法 113 条以下は準用されない- 本人は追認できない- と考える立場もある◆ 106。しかし、これは、少なくとも、現民法 118 条が定められた趣旨を十分にふまえた解釈とはいいがたい。単独行為について、一方的な追認を認めれば、相手方に不利益を強いることになるという現民法 118 条が前提としている考え方は、十分合理性をもつと考えられる。したがって、【Ⅱ-3 -26】(1)では、上記のように、原則として追認は認められないものとし、(ア)または(イ)の場合にかぎって、その例外を認めることとしている。
(3)受働代理の場合
⑯また、【Ⅱ-3-26】(2)では、受働代理に相当する場合を定め、(1)と同様に、まず、
「相手方が、代理権を有しない者に対して単独行為をしたときは、本人はこれを追認することができない」という原則を定める。
⑰現民法 118 条後段は、この場合でも、代理権を有しない者の同意を得て単独行為をしたときにその例外が認められるとしている。そこで、【Ⅱ- 3-26】(2)の但書では、「無権代理人が、本人の代理人としてその行為の相手方となることについて同意したとき」にかぎり、本人は追認できるとし、さらに、【Ⅱ- 3-26】(3)で、この場合は、契約の無権代理に関する規定が準用されることを定めることとしている。この場合にかぎってこのような例外が認められるのは、後になって本人がこれを追認しても、相手方は思わぬ不利益をこうむることになるわけではないほか、この場合であれば、無権代理人も現民法 117条に相当する【Ⅱ-3-30】の責任を追及されてもやむをえないからである。
3.無権代理と相続- 追認・追認拒絶の可否
【Ⅱ-3-27】(無権代理と相続- 追認・追認拒絶の可否)
(1)代理権を有しない者が他人の代理人として契約をした後に、その無権代理人が本人を相続したときは、その無権代理人はその追認を拒絶することができない。
(2)代理権を有しない者が他人の代理人として契約をした後に、本人がその無権代理人を相続したときは、その本人はその追認をし又はその追認を拒絶することができる。 (3)代理権を有しない者が他人の代理人として契約をした後に、その無権代理人を相続し、その後さらに本人を相続した者は、その追認をし又はその追認を拒絶することができる。
(4)代理権を有しない者が他人の代理人として契約をした後に、本人を相続し、その後さらにその無権代理人を相続した者は、その追認をし又はその追認を拒絶することができる。
〔関連条文〕 新規
提 案 要 旨
(1)相続により、本人の性格と無権代理人の資格とが同一人に帰属した場合に、その者が、無権代理人としての資格がありながら、本人の資格にもとづいて追認を拒絶することができるかどうかが問題となる。【Ⅱ -3-27】は、この問題について、判例法理をふ
◆ 106 司法研修所編『増補民事訴訟における要件事実』(法曹会・1998 年)110 頁。
まえながら、あるべき規範を明文化しようとするものである。
この問題について、現在では、相続によって、本人の資格と無権代理人の資格が同一人に帰属した場合でも、本人の資格と無権代理人の資格が併存するかたちで残るとみる見解
( 資格併存説)が一般的となっている。もっとも、このように本人の資格と無権代理人の資格はそれ自体としては両立しうるものであるとしても、みずから無権代理行為をした者が追認を拒絶することにより、本人- つまり自分- への効果帰属を否定するのは、一種の矛盾行為にあたり、許されないというべきである。【Ⅱ- 3-27】では、このような考慮から、みずから無権代理行為をした者が本人の資格で追認を拒絶することがxxに反するとみる考え方(行為を基準としたxxx説)にしたがうこととしている。
(2)まず、無権代理人相続型- 本人が死亡し、無権代理人が本人を相続する場合-のうち、無権代理人が単独で本人を相続した場合は、以上の考え方によると、無権代理人がみずからした無権代理行為に対して本人の資格で追認を拒絶するのはxxxに反し許されない。そこで、【Ⅱ-3 -27】(1)は、「代理権を有しない者が他人の代理人として契約をした後に、その無権代理人が本人を相続したときは、その無権代理人はその追認を拒絶することができない」と定めることとしている。
次に、無権代理人相続型のうち、無権代理人と第三者が本人を共同相続した場合は、判例は、共同相続人全員が無権代理行為を追認しないかぎり、無権代理人の相続分に相当する部分においても、無権代理行為は当然に有効になるものではないとしている。しかし、行為を基準としたxxx説の考え方によれば、本人が有していた追認・追認拒絶権を相続した者は、本来、それぞれ独立にその権利を行使できるはずであり、無権代理行為をみずからした無権代理人にかぎって、追認を拒絶することがxxxに反し許されないとされるにとどまると考えるべきである。【Ⅱ -3-27】(1)が「無権代理人はその追認を拒絶することができない」とのみ定めているのは、この考え方にしたがい、無権代理人以外の他の共同相続人は追認を拒絶できるという趣旨である。無権代理行為の相手方は、現民法
115 条に相当する【Ⅱ-3-29】によると、無権代理であったことを知っていた場合を除いて、本人が追認しない間は、自己の申込みまたは承諾の意思表示を撤回することができる。相手方は、共有関係に立つことを望まないのであれば、この撤回をすればよいのであり、撤回をしない以上、追認を拒絶した他の共同相続人と共有関係に立つことになってもやむをえないと考えられる。
また、【Ⅱ-3-27】(1)では、無権代理人は「その追認を拒絶することができない」とのみ定め、本人がすでに追認を拒絶していた場合に、それを援用することは禁じていない。しかし、その場合でも、xxxによって個別的な援用禁止を認める可能性は今後も開かれている。
(3)本人相続型- 無権代理人が死亡し、本人が無権代理人を相続する場合- については、行為を基準としたxxx説によると、本人自身は無権代理行為をしていない以上、本人が追認を拒絶したとしても、何らxxxに反しないことになる。【Ⅱ-3-27】(2)は、このような考慮から、「代理権を有しない者が他人の代理人として契約をした後に、本人がその無権代理人を相続したときは、その本人はその追認をし又はその追認を拒絶することができる」と定めることとしている。
(4)双方相続型のうち、無権代理人相続先行型- 本人が死亡し、無権代理人と第三者が本人を相続した後に、無権代理人が死亡し、第三者が無権代理人も相続する場合- については、判例と異なり、行為を基準としたxxx説によると、双方を相続した第三者は、みずから無権代理行為をしていない以上、追認を拒絶したとしても、何らxxxに反しないことになる。【Ⅱ -3- 27】(3)は、このような考慮から、「代理権を有しない者が他人の代理人として契約をした後に、その無権代理人を相続し、その後さらに本人を相続し
た者は、その追認をし又はその追認を拒絶することができる」と定めることとしている。 (5)双方相続型のうち、本人相続先行型- 本人が死亡し、無権代理人と第三者が本人 を相続した後に、無権代理人が死亡し、第三者が無権代理人も相続する場合- については、行為を基準としたxxx説によると、双方を相続した第三者は、みずから無権代理行為をしていない以上、追認を拒絶したとしても、何らxxxに反しないことになる。
【Ⅱ- 3-27】(4)は、このような考慮から、「代理権を有しない者が他人の代理人として契約をした後に、本人を相続し、その後さらにその無権代理人を相続した者は、その追認をし又はその追認を拒絶することができる」と定めることとしている。
解 説
1)明文化の必要性と基本的な考え方 (1)明文化の必要性
①家族間で無権代理が行われた場合に、本人や無権代理人が死亡すると、相続により、本人の性格と無権代理人の資格とが同一人に帰属するという事態がおこりうる。そのような場合に、その者が、無権代理人としての資格がありながら、本人の資格にもとづいて追認を拒絶することができるかどうかが問題となる。これが、いわゆる「無権代理と相続」の主たる問題である。
②この問題については、相続の順序という観点からみれば、次のような類型が考えられる。 ( 1) 無 x x x x 相 続 型 本 人 が 死 亡 し 、 無 x x x x が 本 人 を 相 続 す る 場 合
(【適用事例1】、【適用事例2】)
( 2) 本 人 相 続 型 無 x x x x が 死 亡 し 、 本 人 が 無 x x x x を 相 続 す る 場 合
(【適用事例3】)
(3)双方相続型-無権代理人相続先行型 本人が死亡し、無権代理人と第三者が本人を相続した後に、無権代理人が死亡し、第三者が無権代理人も相続する場合(【適用事例4】) (4)双方相続型-本人相続先行型 無権代理人が死亡し、本人と第三者が無権代理人を相続した後に、本人が死亡し、第三者が本人も相続する場合(【適用事例5】)
【適用事例1】
Bは、父親Aに無断で、Aの代理人と称して、A所有の土地甲をCに 5000 万円で売却した。その後、Aが死亡し、BがAを単独で相続した。
【適用事例2】
【適用事例1】において、Aに、Bのほか、Kという子もいて、このBとKがAを相続した場合はどうなるか。
【適用事例3】
Bは、息子Aに無断で、Aの代理人と称して、A所有の土地甲をCに 5000 万円で売却した。その後、Bが死亡し、AがBを単独で相続した。
【適用事例4】
Bは、夫Aに無断で、Aの代理人と称して、A所有の土地甲をCに 5000 万円で売却した。その後、Bが死亡し、夫Aと子KがBを相続した後、さらにAも死亡して、KがAを相続した。
【適用事例5】
Bは、夫Aに無断で、Aの代理人と称して、A所有の土地甲をCに 5000 万円で売却した。その後、Aが死亡し、妻Bと子KがAを相続した後、さらにBも死亡して、KがBを相続した。
③この問題に関しては、学説上異論はあるものの、ほぼすべての問題類型について判例法理が確立している。そのようななかで、この問題についてxxの規定をおかず、今後も解釈にゆだねるのは、現に妥当しているないし妥当すべき規範をできるかぎり目にみえるようにするという観点からすると、適当とはいいがたい。したがって、少なくとも主要な問題については、判例法理をふまえながら、あるべき規範を明文化すべきである。
(2)基本的な考え方 (a)資格併存説の採用
④この問題については、かつては、相続によって、本人の資格と代理人の資格が同一人に帰属した場合は、本人と無権代理人がいわば一体になるとみる見解(資格融合説)が主張され、とくに無権代理人相続型のうち単独相続型については、判例もこのような考え方に立っていた◆ 107。
⑤しかし、現在では、相続によって、本人の資格と無権代理人の資格が同一人に帰属した場合でも、本人の資格と無権代理人の資格が併存するかたちで残るとみる見解(資格併存説)が一般的となっている。判例も、現在では、このような考え方に立っているとみることができる。
⑥ここで、本人の資格とは、無権代理行為を追認して自己に効果を帰属させるか、追認を拒絶して効果不帰属を確定する可能性であり、無権代理人の資格とは、本人から追認を得られないときには無権代理人としての責任を追及される可能性である。この両者の資格は、それ自体としては両立しうるものである。したがって、【Ⅱ- 3-27】では、相続によって両者の資格が同一人に帰属したとしても、一方が他方に吸収されるようなものではなく、両者は併存するという考え方を基礎としている。
(b)行為を基準としたxxx説の採用
⑦このように、両者の資格が併存すると考えるとしても、その上で、xxxに照らして、本人の資格を主張することが許されない場合があると考える見解(xxx説)と、そのような可能性を否定し、当事者はいずれの資格にもとづく主張も自由に選択できると考える見解(完全併存説)◆ 108 が対立している。
⑧判例および学説の多数は、xxx説に立っている◆ 109。もっとも、この見解のなかでも、双方相続型の場合において、xxx違反の基準を資格に求めるか- 先に取得した資格と矛盾する資格にもとづく主張をすることがxxに反するとみる(資格基準説)◆ 110 -、行為に求めるか- みずから無権代理行為をした者が本人の資格で追認を拒絶することがxxに反するとみる(行為基準説)◆ 111 - について、対立がある。判例は前者の資格基
◆ 107 大判昭和 2 年 3 月 22 日民集 6 巻 106 頁、最判昭和 40 年 6 月 18 日民集 19 巻 4 号 986 頁等。
◆ 108 xx・前掲注 13)363 頁、xx八xx「無権代理及び他人物売買と相続」同『法律行為論の研究』
(関西大学出版部・1991 年・初出 1988 年)391 頁以下等。
◆ 109 xxxx「『無権代理と相続』における理論上の諸問題」法曹時報 42 巻 4 号 17 頁以下(1990 年)等。
◆ 110 xx・前掲注 109)18 頁以下、xxx・前掲注 15)307 頁以下等。
◆ 111 xxxx=xxxx『民法総則』(弘文堂・第 7 版・2005 年)300 頁、xx・前掲注 78)178 頁以下、xxxx「判批・最判平成 10 年 7 月 17 日」私法判例リマークス 19 号 13 頁(1999 年)等。
準説に立っている。
⑨たしかに、本人の資格と無権代理人の資格はそれ自体としては両立しうるものであるとしても、みずから無権代理行為をした者が追認を拒絶することにより、本人- つまり自分- への効果帰属を否定するのは、一種の矛盾行為にあたり、許されないというべきだろう。【Ⅱ-3 -27】では、このような考慮から、上記の諸見解のうち、行為を基準としたxxx説にしたがうこととしている。
2)無権代理人相続型
①【Ⅱ- 3-27】(1)は、無権代理人相続型について、以上の考え方にしたがったルールを定めるものである。
(1)単独相続型
②無権代理人相続型のうち、無権代理人が単独で本人を相続した場合は(【適用事例1】)、行為を基準としたxxx説によると、無権代理人がみずからした無権代理行為に対して本人の資格で追認を拒絶するのはxxxに反し許されないと考えることになる。判例も、傍論であるが、これと同様の考え方を示したものがある◆ 112。これによると、【適用事例1】では、Bはみずからした無権代理行為について追認を拒絶できないため、相手方Cが甲の所有権を確定的に取得することになる。
③【Ⅱ-3-27】(1)は、このような考慮から、「代理権を有しない者が他人の代理人として契約をした後に、その無権代理人が本人を相続したときは、その無権代理人はその追認を拒絶することができない」と定めることとしている。
(2)共同相続型
④ 無x x xx 相 続型 の うち 、 無x x xx と 第三 者 が本 人 を 共同 相 続 し た 場 合は
(【適用事例2】)、行為を基準としたxxx説によるとしても、無権代理人と第三者に共同相続された本人の追認・追認拒絶権をそれぞれ独立に行使することを許すべきかどうかが問題となる。
⑤この点について、判例は、共同相続人全員が無権代理行為を追認しないかぎり、無権代理人の相続分に相当する部分においても、無権代理行為は当然に有効になるものではないとしている。この場合は、無権代理行為を追認する権利が、共同相続によって不可分的に帰属するため、全員の追認がないかぎり、無権代理行為を有効とすることができないというのがその理由である( 追認不可分説)。ただし、他の相続人全員が追認している場合は、無権代理人が追認を拒絶することはxxxに反するとされている◆113。
⑥これによると、他の共同相続人が一人でも追認を拒絶する場合- 【適用事例2】で、 Kが、Bのした無権代理行為について追認を拒絶する場合- は、無権代理人のみでは追認できないため、結果として、無権代理行為の効果は無権代理人にも他の共同相続人にも帰属しない- KとBは、Cに対し甲の返還を求めることができる- ことになる。これに対して、他の共同相続人全員が追認する場合- Kが、Bのした無権代理行為を追認する場合- は、無権代理人は、みずから無権代理行為をした以上、追認を拒絶できないため、全体として追認がなされたことになり、無権代理行為の効果が無権代理人と他の共同相続人に帰属する- Cは、確定的に甲の所有権を取得する- ことになる。
⑦これに対し、xxx説のなかには、追認・追認拒絶権をそれぞれ独立に行使することを認めてよいとする見解もある( 追認可分説)。行為を基準としたxxx説の考え方によれば、本人が有していた追認・追認拒絶権を相続した者は、本来、それぞれ独立にその権利を行使できるはずであり、無権代理行為をみずからした無権代理人にかぎって、追認を拒
◆ 112 最判昭和 37 年 4 月 20 日民集 16 巻 4 号 955 頁を参照。
◆ 113 最判平成 5 年 1 月 21 日判タ 815 号 121 頁。
絶することがxxxに反し許されないとされるにとどまるからである。
⑧これによると、他の共同相続人が一人でも追認を拒絶する場合- Kが、Bのした無権代理行為について追認を拒絶する場合- は、無権代理人はxxx上追認を拒絶できないため、追認を拒絶した他の共同相続人と相手方が目的物を共有する- Kの相続分の限度で、Kが甲の持分権を有し、Bの相続分の限度で、Cが甲の持分権を有する- ことになる。これに対して、他の共同相続人全員が追認する場合- Kが、Bのした無権代理行為を追認する場合- は、無権代理人はxxx上追認を拒絶できないため、全体として追認がなされたことになり、無権代理行為の効果が無権代理人と他の共同相続人に帰属する
- Cは、確定的に甲の所有権を取得する- ことになる。
⑨【Ⅱ-3-27】(1)は、このうち、後者の追認可分説の考え方に立っている。「無権代理人はその追認を拒絶することができない」とのみ定めているのは、無権代理人以外の他の共同相続人は追認を拒絶できるという趣旨である。
⑩この考え方に対しては、他の共同相続人が一人でも追認を拒絶する場合は、相手方は目的物の共有というもともと意図していなかった所有形態を押しつけられることになるという問題が生ずることが指摘されている。しかし、無権代理行為の相手方は、現民法 115 条に相当する【Ⅱ-3-29】によると、無権代理であったことを知っていた場合を除いて、本人が追認しない間は、自己の申込みまたは承諾の意思表示を撤回することができる。相手方は、共有関係に立つことを望まないのであれば、この撤回をすればよいのであり、撤回をしない以上、追認を拒絶した他の共同相続人と共有関係に立つことになってもやむをえないと考えられる。
(3)追認拒絶後相続型
【適用事例6】
Bは、Cから 5000 万円を借りる際に、父親Aに無断で、Aの代理人と称して、CのためにA所有の土地甲に抵当権を設定した、その旨の登記をした。これに気づいたAは、追認を拒絶し、Cに対して抵当権の登記の抹消を求める訴えを提起した。ところが、その訴訟の継続中に、Aが死亡し、BがAを単独で相続した。
⑪以上に対し、本人が無権代理行為について追認を拒絶した後に、無権代理人が本人を相続した場合も(【適用事例6 】)、以上の無権代理人相続型に関する考え方がそのままあてはまると考えてよいかどうかという問題がある。
⑫判例は、この場合は、すでに本人の追認があった以上、無権代理行為の効果は無効(本人への効果不帰属)に確定し、その後になって無権代理人が本人を相続しても、無権代理行為が有効になることはないとしている◆ 114。
⑬これに対し、学説では、本人が追認を拒絶しても、それによる原状回復がすでに完了していない場合は、無権代理人が自己の有利に本人の追認拒絶を援用することはxxx上許されないとする見解も主張されている◆ 115。無権代理人が追認を拒絶することがxxx上許されないのは、みずから無権代理行為、つまり本人に効果を帰属させる行為をしたにもかかわらず、本人としての資格を有するにいたった自己への効果帰属を否定するところに矛盾行為があるからである。自己への効果帰属を否定するという点では、本人から相続した追認拒絶権を行使することも、本人がした追認拒絶を援用することも変わらない以上、
◆ 114 最判平成 10 年 7 月 17 日民集 52 巻 5 号 1296 頁(ただし、双方相続型のうち無権代理人相続先行型に関するケース)。
◆ 115 xx・前掲注 109)20 頁、xx・x掲注 78)176 頁。
同様に、xxx上許されないと考えるわけである。
⑭【Ⅱ- 3-27】(1)では、無権代理人は「その追認を拒絶することができない」とのみ定め、本人がすでに追認を拒絶していた場合に、それを援用することは禁じていない。そのかぎりで、これは、上記の判例の立場にしたがっている。
⑮しかし、この立場によるとしても、たとえば、無権代理であることを知りつつ無権代理行為をした悪意の無権代理人が、本人のした追認拒絶の効果を援用することは、xxxに反するとみる可能性もある◆ 116。少なくともこのようなかたちで、無権代理人が本人のした追認拒絶の効果を援用することをxxxに反し許されないとみる余地は、判例においても否定されているとは考えられない。【Ⅱ-3- 27】(1)では、無権代理人が本人のした追認拒絶の効果を援用する可能性について、明示的に定めていないものの、このようにxxxによって個別的な援用禁止を認める可能性は今後も開かれているという理解を前提としている。
3)本人相続型
①本人相続型(【適用事例3 】)については、行為を基準としたxxx説によると、本人自身は無権代理行為をしていない以上、本人が追認を拒絶したとしても、何らxxxに反しないことになる◆117。
②【Ⅱ-3-27】(2)は、このような考慮から、「代理権を有しない者が他人の代理人として契約をした後に、本人がその無権代理人を相続したときは、その本人はその追認をし又はその追認を拒絶することができる」と定めることとしている。
4)双方相続型
(1)無権代理人相続先行型
①双方相続型のうち、無権代理人相続先行型については(【適用事例4 】)、上述したように、xxx説のなかでも、資格を基準にするか、行為を基準にするかで対立がある。
②判例◆118は、資格基準説にしたがい、この場合は、第三者は先に無権代理人の資格を得た以上、後から得た本人の資格で追認を拒絶するのは、xxに反することになる。これによると、この場合の第三者は、追認を拒絶できず、無権代理行為の効果が帰属することになる。
③これに対して、学説では、行為基準説にしたがい、みずから無権代理行為をした者が本人の資格で追認を拒絶することがxxに反するとみるべきであるとする◆ 119。これによると、この場合の第三者は、みずから無権代理行為をしていない以上、追認を拒絶できることになる。
(2)本人相続先行型
④双方相続型のうち、本人相続先行型については(【適用事例5】)、いまだ最高裁判例はないものの、資格基準説によれば、この場合は本人相続型のルールが妥当するはずであり、双方を相続した第三者は、先に取得した本人の資格にもとづき、追認を拒絶できることになる。
⑤これに対して、行為基準説によると、ここでも双方を相続した第三者は、みずから無権代理行為をしていない以上、追認を拒絶できることになる。
(3)改正の方向
⑥以上のうち、資格基準説に対しては、本人と無権代理人のいずれをどの順序で相続した
◆ 116 xx・x掲注 111)13 頁を参照。
◆ 117 前掲注 112)最判昭和 37 年 4 月 20 日。
◆ 118 最判昭和 63 年 3 月 1 日判時 1312 号 92 頁。xx・x掲注 109)18 頁以下等も参照。
◆ 119 前掲注 111)を参照。
かという偶然によって結論が左右されることになるのは不当であるという問題が指摘されている。このような考慮から、【Ⅱ- 3-27】(3)(4)では、行為基準説を採用することとしている。
⑦それによると、まず、無権代理人相続先行型について、【Ⅱ- 3-27】(3)は、「代理権を有しない者が他人の代理人として契約をした後に、その無権代理人を相続し、その後さらに本人を相続した者は、その追認をし又はその追認を拒絶することができる」と定めることとしている。
⑧また、本人相続先行型について、【Ⅱ -3- 27】(4)は、「代理権を有しない者が他人の代理人として契約をした後に、本人を相続し、その後さらにその無権代理人を相続した者は、その追認をし又はその追認を拒絶することができる」と定めることとしている。
4.無権代理の相手方の催告権
【Ⅱ-3-28】(無権代理の相手方の催告権)
代理権を有しない者が他人の代理人として契約をしたときは、相手方は、本人に対し、相当の期間を定めて、その期間内に追認をするかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。この場合において、本人がその期間内に確答をしないときは、追認を拒絶したものとみなす。
〔関連条文〕現民法 114 条
提 案 要 旨
契約の無権代理について、追認の可能性を認める以上、相手方は不安定な地位におかれる。現民法 114 条は、相手方に催告権を認めることにより、このような不安定な地位からまぬがれる可能性を認めたものである。このような手段を相手方に認める必要があることについて、とくに異論はない。したがって、現民法 114 条は、基本的に維持してよいと考えられる。
ただし、【Ⅱ-3-25】【Ⅱ-3-26】で述べたように、現民法 113 条に相当する規
定に続いて、単独行為による無権代理を規定することとしたため、現民法 114 条の「前条の場合において」という文言をそのまま維持することはできない。そこで、これをその内容に即して、「代理権を有しない者が他人の代理人として契約をしたときは」にあらためることとしている。
解 説
①契約の無権代理について、追認の可能性を認める以上、相手方は不安定な地位におかれる。現民法 114 条は、相手方に催告権を認めることにより、このような不安定な地位からまぬがれる可能性を認めたものである。このような手段を相手方に認める必要があることについて、とくに異論はない。したがって、現民法 114 条は、基本的に維持してよいと考えられる。
②ただし、【Ⅱ-3-25】【Ⅱ-3-26】で述べたように、現民法 113 条に相当する規
定に続いて、単独行為による無権代理を規定することとしたため、現民法 114 条の「前条の場合において」という文言をそのまま維持することはできない。そこで、これをその内
容に即して、「代理権を有しない者が他人の代理人として契約をしたときは」にあらためることとしている。
③また、現民法 114 条の第2文は、「この場合において、本人がその期間内に確答をしないときは、追認を拒絶したものとみなす」と定めている。この場合に、期間内に確答を発信することで足りるのか、相手方に到達することが必要であるかという点について、学説の多くは、期間内に相手方に到達することが必要であるとしている◆ 120。本条の趣旨が、相手方に不安定な地位からまぬがれる可能性を認めるところにあるとすると、到達が必要であると考えるべきだろう。
④しかし、現民法では、とくに発信で足りる場合には、「発する」と定めることとし(現民法 19 条・526 条等)、とくにそのように明示しない場合は、原則どおり、到達を必要とするという用語法が採用されている。したがって、【Ⅱ -3- 28】でも、このような用語法にしたがい、現民法 114 条の定式をそのまま踏襲することとしている。
5.無権代理の相手方の撤回権
【Ⅱ-3-29】(無権代理の相手方の撤回権)
代理権を有しない者が他人の代理人として契約をしたときは、本人が追認をしない間は、相手方は自己の申込み又は承諾の意思表示を撤回することができる。ただし、契約の時において代理権を有しないことを相手方が知っていたときは、この限りでない。
〔関連条文〕現民法 115 条
提 案 要 旨
現民法 115 条は、代理権を有しない者が他人の代理人として契約した場合について、相手方が代理権の不存在を知らなかったときは、契約の取消しを認めてよいが、相手方が代理権の不存在を知っていた場合は、これを認める必要はないとしている。【Ⅱ-3-29】では、これを基本的に維持することとしている。
ただし、無権代理の場合は、本人が追認をしない間は、本人に契約の効力が生じないため、「取消し」といっても、意思表示の取消し等の場合とは異なり、効力が生じないことを確定させるという意味をもつにすぎないそこで、【Ⅱ-3-29】では、この「取消し」を「撤回」にあらためることとしている。
解 説
①現民法 115 条は、代理権を有しない者が他人の代理人として契約した場合について、相手方が代理権の不存在を知らなかったときは、契約の取消しを認めてよいが、相手方が代理権の不存在を知っていた場合は、「本人ノ追認ヲ賭シテ契約ヲ為シタルモノナルヲ以テ恰モ彼ノ未xx者ト契約ヲ為シタルニ同シク前条ノ規定ニ依リ本人ニ対シテ催告ヲ為スコトヲ得ルノ他ノ保護ヲ享ク可キモノニ非サルナリ」◆ 121 という考慮にもとづいて規定されたものである。
◆ 120 xx・前掲注 20)251 頁等。
◆ 121 前掲注 1)『民法修正案理由書』106 頁以下。
②これに対し、比較法的にみると、相手方が代理権の不存在を知っていたときだけでなく、知らなかったことに過失があるときも、取消しに相当する可能性を認める必要がないとするものもみられる◆ 122。しかし、無権代理にまきこまれた相手方がそのような契約から離脱するという利益は正当なものであり、それが否定されるのは、相手方が悪意であった場合にかぎられるという考え方は十分合理性をもつ。したがって、現民法 115 条の立場は、維持してよいと考えられる。
③ただし、無権代理の場合は、本人が追認をしない間は、本人に契約の効力が生じないため、「取消し」といっても、意思表示の取消し等の場合とは異なり、効力が生じないことを確定させるという意味をもつにすぎない。そのため、学説では、これはむしろ意思表示の撤回に近いとされている◆ 123。そこで、【Ⅱ-3-29】では、この「取消し」を「撤回」にあらためることとしている◆ 124。
6.無権代理人の責任
1)無権代理人の責任の要件・効果
【Ⅱ-3-30】(無権代理人の責任)
他人の代理人として契約をした者は、その契約について代理権を有する場合を除き、相手方の選択に従い、相手方に対して履行又は履行に代わる損害賠償の責任を負う。ただし、次の各号のいずれかの場合は、この限りでない。
(ア)本人がその契約を追認した場合。
(イ)他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が知っていた場合。
(ウ)他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が過失により知らなかった場合。ただし、他人の代理人として契約をした者が、自ら代理権を有しないことを知りながら、自ら代理権を有することを相手方に信じさせたときは、その限りでない。
(エ)他人の代理人として契約をした者がその契約について行為能力の制限を受けていた場合。
(オ)他人の代理人として契約をした者が、自ら代理権を有しないことを知らなかった場合。ただし、その者に重大な過失があったときは、その限りでない。
〔関連条文〕現民法 117 条
提 案 要 旨
(1)現民法 117 条は、無権代理人がどのような場合に責任を負い、どのような場合に責任 を免 れ るか に つい て 、 一 読 して 分 かり づ らい 書 き方 に な って い る 。 そ こ で、
【Ⅱ-3-30】では、少なくとも無権代理人の責任を基礎づけるための要件と、それが否定されるための要件を整理して定め、証明責任の所在を明確化することを試みている。まず、【Ⅱ-3-30】本文では、現民法 117 条 1 項にいう「自己の代理権を証明でき
◆ 122 ジュネーブ代理条約 15 条 2 項等を参照。
◆ 123 xx・前掲注 20)251 頁等。
◆ 124 ドイツ民法 178 条も、これを相手方の撤回権として定めている。
ず」という文言を「その契約について代理権を有する場合を除き」とあらため、証明責任の所在は変えないまま、実体規定として構成することとしている。無権代理人に代理権がないことを積極要件と構成しないのは、そのように構成すると、相手方は、本人に対して履行請求をする場合は、代理人に代理権があることを主張・立証する責任を負うため、その真偽不明のリスクを負担するのに対し、無権代理人に対して履行請求をする場合は、無権代理人に代理権がないことを主張・立証する責任を負うため、その真偽不明のリスクを負担することになる結果、代理権の存否が真偽不明である場合、相手方はいずれに対しても履行請求できないことになってしまうからである。
このほか、現民法 117 条 1 項および 2 項に定められたその他の事由は、いずれも、無権代理人の責任が阻却される事由であり、無権代理人の側がその存在について証明責任を負うと考えられる。 したがって、 このことを明確化し、わかりやすくするために、
【Ⅱ-3-30】では、但書の構成を採用し、これらの事由を無権代理人の責任が否定されるための事由として、それぞれ独立の号として構成することとしている。
(2)現民法 117 条は、責任の効果を「履行又は損害賠償の責任」とのみ定めている。
【Ⅱ-3-30】では、そこでいう「損害賠償」の意味を明確にするために、これを「履行又は履行に代わる損害賠償の責任」と定めることとしている。
(3)現民法 117 条に定められている責任の阻却事由は、基本的に維持してよいと考えられるが、いくつかの点について検討を必要とする。
まず、相手方の過失については、これを重過失の意味で理解するか、通常の過失の意味で理解するかが争われている。
この場合に、無権代理人が代理権の不存在を知りながら、みずから代理権を有することを相手方に信じさせたときは、狭義の心裡留保に類する行為にあたるとみることができる。もちろん、無権代理人の責任は意思表示そのものにもとづく責任ではないとしても、その効 果は 履 行責 任 であ る こと か らす る と、 同 様に 考 える こ と がで き る 。 そ こ で、
【Ⅱ-3-30】(ウ)但書は、無権代理人の責任についても、このような場合は、相手方が悪意のときにかぎり、無権代理人は責任をまぬがれることとしている。
これに対して、無権代理人の善意、つまり無権代理人が代理権の存在を知らなかったことは、錯誤に対比することができると考えられる。そこで、【Ⅱ-3- 30】(オ)は、この場合は、無権代理人は、原則として責任を免れ、代理権の存在を知らなかったことについて重過失があるときにかぎり、責任を免れないこととしている。
解 説
【適用事例1】
Bは、父親Aに無断でその実印を持ち出し、Aの代理人と称して、A所有の土地甲をCに 5000 万円で売却する旨の契約を締結した。
(1)現民法の立場
①現民法 117 条は、第 1 項で、「他人の代理人として契約をした者は、自己の代理権を証明することができず、かつ、本人の追認を得ることができなかったときは、相手方の選択に従い、相手方に対して履行又は損害賠償の責任を負う」と定め、第 2 項で、「前項の規定は、他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が知っていたとき、若しくは過失によって知らなかったとき、又は他人の代理人として契約をした者が行為能力を有しなかったときは、適用しない」と定めている。
②この現民法 117 条は、その起草趣旨の説明によると、「代理権ヲ有セサル者カ他人ノ代
理人トシテ契約ヲ為シタル場合ニ於テ其相手方ニ対スル責任」を定めたものであり、この場合は、本人がその契約を追認すれば代理人に責任を認める必要はないとしても、追認がないときは、「相手方ニ対シテ代理権アリト信セシメタル過失ノ責ニ任セサルヘカラス」とされていた◆ 125。起草者は、その上で、その責任の内容について、損害賠償だけでなく、ドイツ民法草案にならって「履行又ハ賠償ノ責任」を認めることが「取引ノ安全ヲ維持スルニ適当」であるとしている。
③もっとも、現民法 117 条については、その後、これを代理取引の安全確保、代理制度の信用維持と利用促進の観点から、無権代理人の無過失責任を定めた規定であると理解する見解が主張され、通説となっている◆ 126。
④これに対し、最近では、起草者の理解を見直し、現民法 117 条の責任は、不法行為責任を越えて、無権代理人自身が契約したのと同じ責任を課すものであり、それを正当化するためには無権代理人に過失があることを必要とすると主張する見解も説かれている◆ 127。 (2)改正の方向
(a)規定の構成
⑤現民法 117 条は、無権代理人がどのような場合に責任を負い、どのような場合に責任を免れるかについて、一読して分かりづらい書き方になっている。さらに、「自己の代理権を証明することができず」というように、証明できるかどうかを実体規定のなかに明記しているのは、少なくとも他の大多数の規定と異なる(ドイツ民法◆ 128 に引きずられたと考えられる)。
⑥したがって、少なくとも無権代理人の責任を基礎づけるための要件と、それが否定されるための要件を整理して定め、証明責任の所在を明確化することにより、以上の問題を払拭すべきであると考えられる。
⑦具体的には、まず、【Ⅱ-3-30】本文では、現民法 117 条 1 項にいう「自己の代理権を証明できず」という文言を「その契約について代理権を有する場合を除き」とあらため、証明責任の所在は変えないまま、実体規定として構成することとしている。たしかに、無権代理人の責任が認められるためには、無権代理人に代理権がないことが積極要件になるとすることも、十分考えられるところである。しかし、そのように構成すると、相手方は、本人に対して履行請求をする場合は、代理人に代理権があることを主張・立証する責任を負うため、その真偽不明のリスクを負担するのに対し、無権代理人に対して履行請求をする場合は、無権代理人に代理権がないことを主張・立証する責任を負うため、その真
◆ 125 前掲注 1)『民法修正案理由書』107 頁。
◆ 126 xx・前掲注 18)380 頁、xx・前掲注 13)366 頁、xx・前掲注 20)255 頁等。最判昭和 62 年 6 月 7
日民集 41 巻 5 号 1133 頁も、この理解を前提とする。
◆ 127 xxxx「x権代理人の責任」同『代理取引の保護法理』(有斐閣・2001 年・初出 1993 年)324 頁以下。
◆ 128 ドイツ民法 179 条 無権代理人の責任
(1)代理人として契約を締結した者は、みずから代理権を有することを証明できない場合において、本人がその契約の追認を拒絶したときには、相手方に対し、その選択にしたがい履行または損害賠償をする義務をする義務を負う。
(2)代理人が代理権の不存在を知らなかったときは、代理人は、相手方が代理権の存在を信頼したことよりこうむった損害を賠償する義務を負う。ただし、それは、相手方が契約が有効であることについて有する利益の額を超えないものとする。
(3)代理人は、相手方が代理権の不存在を知りまたは知るべかりしときには、責任を負わない。代理人は、行為能力を制限されているときも、責任を負わない。ただし、代理人が法定代理人の同意を得て行為を していたときは、このかぎりではない。
偽不明のリスクを負担することになる結果、代理権の存否が真偽不明である場合、相手方はいずれに対しても履行請求できないことになってしまう。現民法 117 条 1 項が「自己の代理権を証明できず」としているのは、このような事態を防ぐためであると理解することができる。したがって、【Ⅱ-3-3 0】本文では、この点についての証明責任の所在に関しては、現民法 117 条 1 項の立場を維持することとしている。
⑧このほか、現民法 117 条 1 項および 2 項に定められたその他の事由は、いずれも、無権代理人の責任が阻却される事由であり、無権代理人の側がその存在について証明責任を負うと考えられる。 したがって、 このことを明確化し、わかりやすくするために、
【Ⅱ-3-30】では、但書の構成を採用し、これらの事由を無権代理人の責任が否定されるための事由として、それぞれ独立の号として構成することとしている。
⑨なお、その際、代理人に代理権がないことを但書のなかでこれらの事由にならぶ独立の号として構成せず、本文のなかで「その契約について代理権を有する場合を除き」と定めたのは、これにより、無権代理人の責任があくまでも代理権があるといえない場合に認められる責任であることを示すためである。
(b)効果の定式
⑩現民法 117 条は、責任の効果を「履行又は損害賠償の責任」とのみ定めている。しかし、そこでいう「損害賠償」は、履行に代わる損害賠償であると理解することに争いはない。したがって、このことを規定の上でも明確にするために、これを「履行又は履行に代わる損害賠償の責任」と定めることとしている。
⑪これにより、本条は、その他の「損害賠償」- 不法行為責任- についてはとくに規定していないこともよりいっそう明らかになる。
(c)現民法 117 条に定められた阻却事由
⑫現民法 117 条に定められている責任の阻却事由は、基本的に維持してよいと考えられるが、いくつかの点について検討を必要とする。
(ア)相手方の過失
【適用事例2】
Bは、父親Aに無断で、Aの代理人と称して、A所有の土地甲をCに 5000 万円で売却する旨の契約を締結した。その際、Cは、BがAの代理人だというのを鵜呑みにしてしまい、Bが呈示した委任状の体裁もおかしいのに、Aに直接問い合わせることをしなかった。その後、Bが無権代理をしていたことが判明し、Aが追認を拒絶したので、CはBに対して無権代理人の責任を追及しようとした。
⑬まず、相手方の過失については、これを重過失の意味で理解するか、通常の過失の意味で理解するかが争われている。
⑭これを重過失の意味で理解する見解は、通常の過失の意味で理解すると、相手方に過失があるときは、表見代理も無権代理人の責任も認められないことになり、117 条の存在意義がなくなってしまうことを理由とする。
⑮これに対して、判例◆ 129 は、これを通常の過失の意味で理解してよいとしている。これは、117 条が無権代理人の無過失責任を定めた規定であると理解した上で、無権代理人にそのような重い責任を課す以上、相手方が保護されるためには、無過失であることが要求されると理解するわけである。
⑯もっとも、無権代理人が代理権の不存在を知りつつあえて無権代理行為をした場合にま
◆ 129 前掲注 126)最判昭和 62 年 6 月 7 日。
で、相手方に過失があれば無権代理人は責任をまぬがれると考えてよいかどうかは、問題である。従来の通説は、このように無権代理人の主観的態様に応じた区別をしてこなかった。しかし、最近の学説では、故意に無権代理行為をした無権代理人が、相手方の過失を証明して責任を免れようとするのは、xxに反することであり、この場合は、相手方に過失があるときでも、無権代理人は責任をまぬがれないとする見解も有力に主張されている
◆ 130。
⑰【Ⅱ-1-9】では、心裡留保について、非真意表示と狭義の心裡留保を区別した上で、相手方が真意を知ることを期待しておこなう非真意表示については、現民法 93 条と同様、相手方の過失を要件とするのに対し、表意者が真意を有するものと相手方に誤信させるため、表意者がその真意でないことを秘匿しておこなう狭義の心裡留保については、相手方が悪意のときにかぎり、意思表示の無効を認めることとしている。
⑱これによると、無権代理人が代理権の不存在を知りながら、みずから代理権を有することを相手方に信じさせたときは、狭義の心裡留保に類する行為にあたるとみることができる。もちろん、無権代理人の責任は意思表示そのものにもとづく責任ではないとしても、その効果は履行責任であることからすると、同様に考えることができる。
⑲そこで、【Ⅱ-3-3 0】(ウ)但書は、無権代理人の責任についても、このような場合は、相手方が悪意のときにかぎり、無権代理人は責任をまぬがれ、相手方に過失があるだけであるときは、それを理由として無権代理人は責任をまぬがれないこととしている。 (イ)無権代理人の善意
【適用事例3】
Aは、Bに対し、Aが所有する土地甲の売却に関するいっさいの権限をあたえた。そこで、Bは、Cと交渉を重ね、甲を 5000 万円で売却する旨の契約を締結した。ところが、その全実に、Aが外国旅行中に死亡していたことが判明した。
⑳上述したように、現在の通説および判例は、現民法 117 条は無権代理人の無過失責任を定めた規定であると理解している。
○21 しかし、上述したように、起草者は、むしろ無権代理人に過失があることを当然の前提としていたと考えられ、学説でも、これを再評価する見解が主張されている。
○22 上述したように、【Ⅱ-3- 30】では、相手方の過失要件について、狭義の心裡留保に対比して、無権代理人の主観的態様を考慮することとした。それは、本条の責任が、履行または履行に代わる損害賠償であり、みずから契約をしたのと同じものであることを理由とする。
○23 このように考えるならば、無権代理人の善意、つまり無権代理人が代理権の存在を知らなかったことは、錯誤に対比することができると考えられる。そこで、【Ⅱ-3-30】 (オ)は、この場合は、無権代理人は、原則として責任を免れ、代理権の存在を知らなかったことについて重過失があるときにかぎり、責任を免れないこととしている。
(ウ)表見代理との関係
○24 このほか、表見代理が成立するときは、無権代理人に対して責任を追及できないと考える可能性もある。しかし、判例は、表見代理も無権代理であることに変わりはないため、表見代理が客観的には成立する場合でも、相手方は無権代理の効果を主張できると考えて
◆ 130 xxx「x批・最判昭和 62 年 7 月 7 日」xxxx=xxxxx『民法判例百選Ⅰ』(有斐閣・第 3版・1989 年)85 頁、xxxx「『無権代理と相続』に関する理論の再検討」法学論叢 134 巻 5=6 号 22 頁以下(1994 年)。
いる◆ 131。
○25 本人に十分な財産がなく、無権代理人の方にむしろ財産があるような場合を考えると、
117 条の要件をみたすにもかかわらず、実際に無権代理行為をした者に責任を追及できないのは適当ではないと考えられる。したがって、この点については、判例にしたがうこととする。
2)無権代理人の責任の相続
【Ⅱ-3-31】(無権代理人の責任の相続)
(1)代理権を有しない者が他人の代理人として契約をした後に、本人がその無権代理人を相続した場合において、その本人がその追認を拒絶したときは、その本人は前条の履行の責任を免れる。
(2)代理権を有しない者が他人の代理人として契約をした後に、その無権代理人を相続し、その後さらに本人を相続した者が追認を拒絶したときは、前項の規定を準用する。 (3)代理権を有しない者が他人の代理人として契約をした後に、本人を相続し、その後さらにその無権代理人を相続した者がその追認を拒絶したときは、(1)を準用する。
〔関連条文〕 新規
提 案 要 旨
(1)無権代理と相続に関する【Ⅱ- 3-27】では、相続によって、本人の資格と代理人の資格が同一人に帰属した場合でも、本人の資格と無権代理人の資格は併存するという考え方を採用した。これによると、本人相続型の場合- 無権代理人が死亡し、本人が無権代理人を相続する場合-、本人は、本人の資格で追認を拒絶できる。しかし、この場合 の本 人 は、 無 xx x xの 資 格も 相 続して い る た め 、 現民 法 117 条 に 相 当 する
【Ⅱ-3-30】により、無権代理人の責任- 履行または履行に代わる損害賠償の責任
- を追及される可能性が出てくる。
これがとくに問題となるのは、無権代理行為にもとづく債務が不動産の引渡債務のように、本人でなければ履行できないものである場合である。この場合に、本人が、本人の資格で無権代理行為について追認を拒絶しても、無権代理人から相続した無権代理人の履行責任を追及されれば、結果として、本人は無権代理行為を追認したのと同じことになる。それでは、本人に追認拒絶を認めた意味がないため、この場合は、本人に、無権代理人の履行責任の追及も拒絶できるとする考え方が主張されている。
【Ⅱ-3-31】(1)は、この考え方にしたがい、「代理権を有しない者が他人の代理人として契約をした後に、本人がその無権代理人を相続した場合において、その本人がその追認を拒絶したときは、その本人は前条の履行の責任を免れる」と定めることとしている。
これによると、無権代理行為にもとづく債務が金銭債務である場合も、本人は、無権代理人の履行責任を免れることになる。この場合は、もともと金銭債務の履行は、本人でなければできないものでないため、上述した考慮がそのままあてはまるわけではない。しかし、この場合は、いずれにしても本人は、履行に代わる損害賠償の責任を相続し、その責任を免れるわけではないため、実際上の不都合が生じるわけではない。そこで、規定を簡
◆ 131 最判昭和 33 年 6 月 17 日民集 12 巻 10 号 1532 頁、最判昭和 62 年 7 月 7 日民集 41 巻 5 号 1133 頁。
明なものとするため、(1)では、一律に履行責任をまぬがれることができることとした。 (2)同様の問題は、双方相続型においても生じる。【Ⅱ -3- 27】では、行為を基準 としたxxx説- 本人の資格と無権代理人の資格はそれ自体としては両立しうるものであるとしても、みずから無権代理行為をした者が追認を拒絶することにより、本人、つまり自分への効果帰属を否定するのは、一種の矛盾行為にあたり、許されないという考え方
- を採用した。これによると、双方相続型の場合は、いずれの資格を先に相続するとしても、双方の資格を相続した者はみずから無権代理行為をしていない以上、本人の資格で追認を拒絶できる。
これによると、双方相続型のいずれの場合についても、双方の資格を相続した者は、無権代理人の履行責任も免れなければならないことになる。【Ⅱ-3- 31】(2)は、双方相続型の無権代理人相続先行型、(3)は、双方相続型の本人相続先行型について、この趣旨を明らかにしたものである。
解 説
【適用事例4】
Bは、息子Aに無断で、Aの代理人と称して、A所有の土地甲をCに 5000 万円で売却した。その後、Bが死亡し、AがBを単独で相続した。
【適用事例5】
Bは、友人SがCから 300 万円を借りる際に、息子Aに無断で、Aの代理人と称して、 Aを保証人とする保証契約をCと締結した。その後、Bが死亡し、Aと弟KがBを相続したが、SがCに 300 万円を返せなくなったため、Cが保証債務の履行としてAとKに対し
300 万円の支払いを求めた。
(1)無権代理人相続型
①無権代理と相続に関する【Ⅱ-3-27】では、相続によって、本人の資格と代理人の資格が同一人に帰属した場合でも、本人の資格と無権代理人の資格は併存するという考え方を採用した。これによると、本人相続型の場合- 無権代理人が死亡し、本人が無権代理人を相続する場合- 、本人は、本人の資格で追認を拒絶できる。しかし、この場合の本人は、無権代理人の資格も相続しているため、現民法 117 条に相当する【Ⅱ-3-30】により、無権代理人の責任- 履行または履行に代わる損害賠償の責任- を追及される可能性が出てくる。
②これがとくに問題となるのは、【適用事例4 】のように、無権代理行為にもとづく債務が不動産の引渡債務のように、本人でなければ履行できないものである場合である。この場合に、本人が、本人の資格で無権代理行為について追認を拒絶しても、無権代理人から相続した無権代理人の履行責任を追及されれば、結果として、本人は無権代理行為を追認したのと同じ- AはCに甲を引き渡さなければならない- ことになる。それでは、本人に追認拒絶を認めた意味がないため、この場合は、本人に、無権代理人の履行責任の追及も拒絶できるとする考え方が主張されている。この種の場合には、相手方は、もともと無権代理人に対して損害賠償責任を追及できたにすぎない以上、相続という偶然の事情により、履行請求が可能になるという利益を与える必要はないと考えるわけである。判例も、他人物売買のケースで、売主を相続した権利者は、買主からの履行請求を拒絶できるとし
たものがある◆ 132。
③【Ⅱ-3-31】(1)は、この考え方にしたがい、「代理権を有しない者が他人の代理人として契約をした後に、本人がその無権代理人を相続した場合において、その本人がその追認を拒絶したときは、その本人は前条の履行の責任を免れる」と定めることとしている。
④これによると、【適用事例5 】のように、無権代理行為にもとづく債務が金銭債務-保証債務- である場合も、本人は、無権代理人の履行責任- 保証債務の履行義務-を免れることになる。この場合は、もともと金銭債務の履行は、本人でなければできないものでないため、上述した考慮がそのままあてはまるわけではない。しかし、この場合は、いずれにしても本人は、履行に代わる損害賠償の責任を相続し、その責任を免れるわけではないため、実際上の不都合が生じるわけではない。そこで、規定を簡明なものとするため、(1)では、一律に履行責任をまぬがれることができることとした。
(2)双方相続型
⑤このように、本人の資格で追認を拒絶できる者が、無権代理人の履行責任を追及される可能性は、単純な無権代理人相続型だけでなく、双方相続型- 本人が死亡し、無権代理人と第三者が本人を相続した後に、無権代理人が死亡し、第三者が無権代理人も相続する場合(無権代理人相続先行型)、無権代理人が死亡し、本人と第三者が無権代理人を相続した後に、本人が死亡し、第三者が本人も相続する場合(本人相続先行型)- においても、問題となる。
⑥【Ⅱ-3-27】では、行為を基準としたxxx説- 本人の資格と無権代理人の資格はそれ自体としては両立しうるものであるとしても、みずから無権代理行為をした者が追認を拒絶することにより、本人、つまり自分への効果帰属を否定するのは、一種の矛盾行為にあたり、許されないという考え方- を採用した。これによると、双方相続型の場合は、いずれの資格を先に相続するとしても、双方の資格を相続した者はみずから無権代理行為をしていない以上、本人の資格で追認を拒絶できる。
⑦これによると、双方相続型のいずれの場合についても、双方の資格を相続した者は、無権代理人の履行責任も免れなければならないことになる。【Ⅱ-3- 31】(2)は、双方相続型の無権代理人相続先行型、(3)は、双方相続型の本人相続先行型について、この趣旨を明らかにしたものである。
Ⅴ.授 権
1.間接代理
【Ⅱ-3-32】(間接代理)
間接代理については、「代理」にならぶ問題として規律するのではなく、授権に関する問題を除き、取次契約(委任契約)に関する規律にゆだねる。
〔関連条文〕
商法 551 条以下
提 案 要 旨
◆ 132 最判昭和 49 年 9 月 4 日民集 28 巻 6 号 1169 頁。xx=xx・前掲注 111)299 頁以下、xx・x掲注
109)25 頁等も参照。
間接代理とは、一般に、「他人の計算において自己の名でなされる行為」、ないしは、「自己の名でもって法律行為をしながら、その経済的効果だけを委託者に帰属させる制度」と定義され、その典型例は問屋の行為であるとされる。現民法には、間接代理に関する一般的な規定は存在しない。ただし、本人と間接代理人とのあいだでは、法律行為をすることの委託があると考えられ、これは委任契約ととらえられる。さらに、他人(委託者)の計算において自己の名でなされる行為は「取次ぎ」と呼ばれ、これを営業としてするときは商行為にあたるとされる(商法 502 条 11 号)。また、取次のうち、「自己ノ名ヲ以テ他人
ノ為メニ物品ノ販売又ハ買入ヲ為スヲ業トスル者」は「問屋」と呼ばれ、商法 551 条以下に一連の規定がおかれている。
間接代理については、一般に、間接代理人は自己の名で行為する以上、その行為の効果は間接代理人に帰属すると考えられている。もっとも、これは、「自己の名で行為する場合は、その行為の効果は自己に帰属する」という-【Ⅱ-3-5】で取り上げる顕名原則の前提にある- xx原則からみちびかれることであり、間接代理についてとくにその旨を確認する規定をおくまでもない。
これに対して、取次- とりわけ販売委託と買入委託- に関しては、委託者と相手方の外部関係について、このxx原則の例外を認めることが考えられる。問題は、その場合に、どこに配置するかは別として、それを「取次契約」に関する問題として規定するか、それとも「代理」にならぶ一般的な規定として定めるかである。とくに問題となるのは、次の4つの場合である。
第一は、販売委託の場合- 委託者Aが受託者Bに対して、Aの供給する商品甲をAの計算においてBの名で相手方Cに販売することを委託する場合- に、受託者Bが目的物甲を相手方Cに売却した後に、目的物甲の所有権は誰に帰属するかという問題である。この場合は、最終的に相手方Cが目的物甲の所有権を取得することを基礎づける必要がある。もっとも、これは、委託者Aが目的物の権利者であり、受託者Bと相手方Cが委託者Aの権利について売買契約を締結している場合にあたるため、いわゆる非権利者の処分行為ないしは授権に関する問題と重なる。非権利者の処分行為ないし授権に関する問題は、取次の場合にかぎらない問題であるため、かりに規定をおくとすれば、そのようなものとして取次とは別に規定すべきである(【Ⅱ-3-33】を参照)。
第二は、販売委託の場合に、受託者Bが目的物甲の所有権を相手方Cに売却した後に、委託者Aは相手方Cに対する売買代金債権を( どのように)取得するかという問題である。これは、第三の問題、つまり、買入委託の場合- 委託者Aが受託者Bに対して、商品乙をAの計算においてBの名で相手方Cから買い入れることを委託する場合- に、委託者 Aは目的物乙の所有権を(どのように)取得するかという問題と共通した側面をもっている。
まず、後者の場合は、AB間の取次契約の趣旨からして、受託者Bが相手方Cから目的物乙の所有権を取得した場合は、ただちにそれを委託者Aに譲渡することが合意されていると解釈できる。また、同様に取次契約の趣旨からして、目的物乙の占有を取得することを条件として、あらかじめ占有改定の合意がおこなわれていると解釈することもできる。したがって、少なくとも取次に関するかぎり、目的物乙の所有権が相手方C→受託者B→委託者Aへと移転すると考えたとしても、委託者Aの権利を保護することは可能である。また、前者の場合は、いったん受託者Bが取得した相手方Cに対する売買代金債権につ いて、AB間の取次契約の趣旨からして、同様に、受託者Bが相手方Cに対する売買代金債権を取得した場合は、ただちにそれを委託者Aに譲渡することが合意されていると解釈できる。ただし、この場合は、これだけでは対抗要件を具備できないため、かりに委託者
Aの権利を優先させるとするならば、対抗要件について手当が必要となる。
いずれにしても、これらの場合に、かりに委託者Aの権利を優先させるとするという立場をとるとすれば、それはAB間でおこなわれた契約が取次契約であることから基礎づけられる。したがって、これらの問題は、取次契約を超えて一般化することはできないものであり、どこに配置するかは別として、取次契約に関する個所で規律するのが適当である。
第四は、買入委託の場合に、相手方Cは委託者Aに対する売買代金債権ないし売買代金相当額の支払請求権を(どのように)取得するかという問題である。
この場合は、AB間の授権により、受託者Bが自己の名で相手方Cと売買契約を締結したときでも、委託者Aが直接相手方Cに対して代金債務を負担すると構成することも考えられる。これは、授権のなかでも、義務設定授権と呼ばれるものである。しかし、義務設定授権を認めるならば、相手方Cは契約当事者(債務者)がBであると信じていたのに、 Aが契約当事者(債務者)だったことになり、相手方Cに不測の不利益をあたえるおそれがある。したがって、かりに相手方Cが委託者Aに対する債権を取得する可能性を認めるとしても、取次を離れた一般ルールを定めることには慎重であるべきである。
そこで考えられるのは、AB間の取次契約、つまり委任契約により、受託者Bが委託者 Aに対して、代弁債請求権(現民法 650 条 2 項)を有することを前提として、相手方Cにその代位行使に相当するものを認める可能性である。もっとも、債権者代位権に関する【Ⅲ
- 1-1】および【Ⅲ-1-2】によると、この場合に債権者代位権を認めることは想定されていない。したがって、かりにこの場合に、なお相手方Cに特別な保護を認める必要があると考えるならば、相手方Cに直接委託者Aに対する債権を認める可能性もある。もっとも、このような可能性を認めるべきかどうかは、いずれにしても、AB間で取次契約
( 委任契約)が締結されていることと切り離して論じられるものではなく、さらに、現民法 650 条 2 項の代弁済請求権を維持するかどうかということとも密接に関係する。したがって、この問題も、取次契約( 委任契約)を超えて一般化することができないものであり、どこに配置するかは別として、取次契約(委任契約)の問題として検討すべきである。
以上によると、間接代理に関しては、一般的な規定をおく必要はなく、( 処分) 授権に関する問題を除き、どこに配置するかは別として、取次契約(委任契約)に関する問題として規律すべきであると考えられる。
解 説
(1)現行法の規定
①間接代理とは、一般に、「他人の計算において自己の名でなされる行為」◆ 133、ないしは、
「自己の名でもって法律行為をしながら、その経済的効果だけを委託者に帰属させる制度」
◆ 134 と定義され、その典型例は問屋の行為であるとされる。
②現民法には、間接代理に関する一般的な規定は存在しない。ただし、本人と間接代理人とのあいだでは、法律行為をすることの委託があると考えられ、これは委任契約ととらえられる。【Ⅱ- 3-1】でふれたように、現民法の起草者は、このような場合も委任にふくめることを明確に意図して現民法 643 条を定めているため、この点に疑問はない。
③さらに、他人(委託者)の計算において自己の名でなされる行為は「取次ぎ」と呼ばれ、これを営業としてするときは商行為にあたるとされる(商法 502 条 11 号)。また、取次のうち、「自己ノ名ヲ以テ他人ノ為メニ物品ノ販売又ハ買入ヲ為スヲ業トスル者」は「問屋」
◆ 133 xx・前掲注 18)327 頁。
◆ 134 xx・前掲注 20)226 頁。