Contract
最近の裁判例から
⑾−賃貸借面積の相違−
契約面積と実面積が2割相違していたとした既払いの差額賃料の不当利得返還請求が棄却された事例
(東京地判 令 2・3・10 ウエストロー・ジャパン) xx xx
契約面積が約35坪と記載された賃貸借契約につき、実際の面積約28坪を超える部分の賃料差額について錯誤無効による不当利得返還請求及び説明義務違反による損害賠償を求めた事案において、面積の広狭が賃貸借契約締結の主要部分ではなかったとして、請求が棄却された事例(東京地裁 令和2年3月10日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
清掃用具の販売・レンタル業者のX(原告・法人)は、xxx年3月、マンションの1階部分を事務所及び作業所として月額賃料40万円で当時のオーナーから借り受け、以降、11回の更新を重ねて約30年間使用してきた。
本件賃貸借契約では、建物から公道に至るまでの空きスペースも駐車スペースとして賃貸借の対象としており、1階部分と併せて契約面積を「約35坪」と表記したうえで契約締結されたものであった。
Xは、平成29年3月、本件物件(1階部分)の実面積が約23坪であり、駐車スペースと合わせても約28坪しかないと主張し、過去に支払い済みの実面積との差額賃料を返還するよう求めた。
しかし、これを拒否されたため、平成30年 2月、本件マンションの契約当時のオーナーの相続人であるYに対して、総額1,382万円余(消滅時効にかからない平成22年2月以降分についての請求)の支払いを求める訴訟を提起した。
Xの主張内容は次のとおりである。
①錯誤無効(主位的請求)
本件物件の面積が約35坪あるものと誤信して契約締結したものであり、実面積である約 28坪を超える部分については要素の錯誤があり無効である。
②説明義務違反(予備的主張)
契約面積に大きく及ばない坪数しかない事実を隠して説明しており、契約面積と実面積の差に係る過払賃料についてYは損害賠償義務を負う。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示して、Xの請求を棄却した。
(錯誤無効)
賃貸借契約を締結するか否かの判断に際しては、賃料と面積のみならず、使用目的を念頭においた賃借物件の立地や契約可能な時期及び期間、賃借物件の形状及び状態、駐車場の有無等の諸要素が勘案されるものであり、必ずしも面積の広狭が賃貸借契約を締結する際の主要部分となるものではない。
本件賃貸借契約書上、面積はいずれも「約 35坪」と記載され、Xは本件賃貸借契約の締結に際し、本件物件を内覧してそのxxx状態等を確認した上で、月額40万円の賃料にて本件物件を賃借することを決定したものであり、その際にXが本件物件の実際の坪数や坪単価を問題とすることはなく、その後も30年弱の間、本件物件が35坪に満たないことを問
題としたことはなかったのであるから、Xにおいて、本件物件の面積が実際に35坪程度あることが本件賃貸借契約の主要部分であったということはできない。
そうすると、本件物件の実際の面積は本件駐車スペースを含めても約28坪であり、契約面積の約35坪には満たないものの、当該事実をもってXに要素の錯誤があったと認めることはできない。
(説明義務違反による損賠賠償義務)
本件賃貸借契約締結時に本件物件の契約面積が約35坪とされた経緯は明らかではなく、故意による虚偽告知がされたものとは認めるに足りない。
次に、Xは、本件物件を内覧してそのxxx状態等を確認し、本件物件の現況を受け入れた上で、本件賃貸借契約を締結したものであり、契約面積は約35坪とされているものの、 Xにおいて本件物件の実際の面積が35坪程度あることが賃貸借契約における主要な部分であるということはできないことは前記で説示したとおりである。
このような本件賃貸借契約における各事情を踏まえると、Yにおいて、Xに対し、契約面積は約35坪となっているものの、実際の面積はそれよりも狭いという事実を説明すべきxxx上の義務を負うものと直ちにいうことはできないし、少なくとも、上記義務違反によりXに不足面積分の賃料相当額の損害が生じたといえる関係にもない。
以上のとおり、Yには、Xが主張する説明義務違反は認められない上、Xに上記説明義務違反と相当因果関係のある損害が生じたということもできないから、YがXに対し、債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償義務を負うとはいえない。
よって、Xの主位的請求及び予備的請求はいずれも理由がないから棄却する。
3 まとめ
本事案では、物件の実面積が35坪程度あることが賃貸借契約の主要部分であったとは言えないとされ、Xに要素の錯誤は認められなかった。また、契約面積が35坪とされた経緯が明らかではなく、Xが物件を内覧していたことなどから、Yの説明義務違反は認められず、損害も生じたということもできないとして、Xの請求は棄却された。
賃貸借契約後に賃借人から契約書上の面積と実面積の相違や過払い賃料の返還を数量指示賃貸等を理由として主張される事案が見受けられるが、裁判においては、賃借人の請求が認められない事案が多い。
「14年間に渡る事務所の賃借人が契約面積より実面積が狭いことを理由として減額賃料を支払ったことから、賃貸人が契約解除、物件明渡し等を請求した事案で、賃借人の錯誤無効、数量指示賃貸等の主張が棄却され、賃貸人の請求が認容された事例」(東京地判 平 27・11・2 RETIO108-142)、また、「契約更新時に実測で契約床面積変更による賃料改定が行われたことから、賃借人が賃貸人に対して不足面積分の賃料等相当額の返還を求めた事案において、床面積を乗じた賃料を定めた事情、測量した事実が認められないことから、数量指示賃貸には当たらないとして請求が棄却された事例」(東京地判 平27・9・17 RETIO 103-118)があるので参考にされたい。
(調査研究部次長)
最近の裁判例から
⑿−賃料未払いによる契約解除−
漏水事故を理由に一方的に賃料を減額して支払う賃借人に対する賃貸人の契約解除・未払賃料等の請求が認められた事例
(東京地判 令 3・2・26 ウエストロー・ジャパン) xxx xx
入居した部屋の上階からの漏水事故により
「事故物件」になったとして、自らが適正と主張する賃料しか支払わない賃借人に対する、賃貸人の、賃貸借契約解除による建物明渡し、未払賃料及び遅延損害金等の請求が認められた事例(東京地裁 令和3年2月26日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成29年7月、X(原告・賃貸人)は、本件アパートを前所有者Aより購入し、本件アパートに入居するY(被告・賃借人)らに対する賃貸人の地位を引き継ぎ、管理を管理業者Bに委託した。
<Yとの本件賃貸借契約の概要>
・契約期間 :平成27年8月18日から2年間
・賃料 :月7万2000円
・遅延損害金:年14%
令和元年7月16日、Yが入居する本件居室の上階202号室の漏水により、本件居室の天井部分が破損・落下する事故(本件漏水事故)が発生したため、そのことをBに通知した。
Bは、本件建物の破損状況を確認し、同年 8月11日、漏水事故の原因であった202号室のユニットバスのホースの脱却部を修繕し、 Yに、本件居室の天井部分の修繕等の日程調整を依頼した。
しかし、Yは、この修繕に協力をせず、同年8月17日、Bに対して、本件居室が漏水事故により「事故物件」になったとして、家賃減額をした上で本件賃貸借契約を更新する旨
の通知をし、同年9月以降、本件居室の賃料を3万7500円として、その金額をXに支払い居住を継続した。
Xは、Yが減額した賃料しか支払わないため、令和2年7月6日、Yに対し、未払賃料の支払いの催告と、送達後7日以内に支払わない場合には契約を解除する旨の通知をした。しかし、Yがこれに応じなかったことから、
Xは、同年7月21日に賃貸借契約を解除したとして、Yに対し、本件居室の明渡し、未払賃料・契約解除日以降の使用料相当損害金並びにこれらに関する遅延損害金の支払いを求める本件訴訟を提起した。
Yは、上階に設置されていたユニットバスが耐用年数を超えた時点でXが交換する義務を怠たり、損害を被ったため自らが適正とする賃料を支払っていたので、賃料の不払いを理由に契約の解除はできないなどと主張した。
2 判決の要旨
裁判所は次のとおり判示し、Xの請求を全部認容した。
(Xの本賃貸借契約の解除について) Yは、本件漏水事故により、本件居室は事
故物件になったとして賃料の減額を求めたが、Xが取り合わなかったことから賃料の一部を支払っていたもので、そのような経緯からすれば、Xの本件賃貸借契約解除の意思表示の効力が制限されるかのような主張をする。しかしながら、賃料減額が合意されていな いことは当事者間に争いがなく、賃料減額に
係る司法判断もされず、居住を継続していたことからすると、Yが本件賃貸借契約の約定賃料の支払義務を免れるものではない。
また、Yは、Xの天井部の修繕の協力要請には消極的な態度を示すとともに、Xが賃料減額交渉に積極的な態度をとっていないと考え、対抗措置として、適正額と考える減額した賃料しか支払いをしなかったのであるから、その支払は、Yの一方的な判断に基づいてされたものというほかなく、正当な理由による不払いということはできない。
従って、賃料不払に至る理由やその経緯が、 Xの本件賃貸借契約解除の意思表示の効力を制限する事情に当たるとはいえない。
(Yが主張するXの義務違反について)
Yは、202号室で耐用年数を超えるユニットバスを交換しなかったことが、Xの義務違反であると主張するが、本件賃貸借契約書において耐用年数を超えるユニットバスを交換する義務を貸主が負担することを定めた条項はなく、そうすると、貸主であるXが、本件アパートの借主らに対し、賃貸借の目的である部屋を使用収益させる義務を超え、耐用年数を超えるユニットバス等は交換しなければならない義務までも負担すると認めることはできない。
また、Yは、Xが漏水事故を平成29年7月に認識していたにもかかわらず、修繕しなかった義務違反があると主張するが、その事実を客観的に裏付ける証拠はなく、本件漏水事故の発生後、Xが修繕を完了したとの告知がされるまでの間、本件建物が倒壊する危険があるなどと考えながら生活をせざるを得なくなり精神的苦痛を被った旨主張するが、Xは本件漏水事故の前後を通じて本件建物に居住を継続しており、住居として使用することに支障があったとは考え難い。
従って、漏水事故により、Yが何らかの具
体的損害を被ったものと認めることはできない。
(結論)
以上によれば、XのYに対する解除によって、本件賃貸借契約は終了しているものと認められ、XのYに対する、本件建物の明渡し、未払賃料28万円余及びこれに対する年14%の遅延損害金、契約解除日以降の建物明渡し済みまでの使用料相当損害金の請求には理由があるからこれを認容する。
3 まとめ
賃貸借契約で合意をした賃料の減額は、原則、契約当事者間の合意があってできるものであり、合意がなければ、裁判所に調停の申し立てを行い、調停が不調になった場合は、裁判所に賃料の減額請求訴訟を行うことができる。それを行わないまま、一方的に賃料を減額して支払う行為は、家賃の未払いであり、その継続は、賃貸人との信頼関係の破壊にあたり、賃貸人からの契約解除の要件に該当することになると考えられる。
本件と同様に、賃借人が一方的に賃料を減額して支払った結果、賃貸人の契約解除と未払賃料の請求が認められた事例として、東京地判 平27・11・2 RETIO108-142、東京地判 平 25・4・22 RETIO93-162等が見られる。
(調査研究部上席調整役)
最近の裁判例から
⒀−クリーニング特約・礼金特約−
クリーニング費用、礼金の特約が、消費者契約法10条に違反しないとされた事例
(東京地判 令 2・10・7 ウエストロージャパン) xx xx
賃借人が、賃貸借契約時に支払ったクリーニング費用・礼金は消費者契約法10条により無効である、解約月の退去後分賃料について賃貸人が不当に利得しているなどと主張して、その返還を求めたが、いずれの主張も理由がないとして棄却された事例。(東京地裁令和2年10月7日判決 ウエストロージャパン)
1 事案の概要
平成26年9月28日、賃借人X(原告)は、賃貸人Y(被告)との間で、本件建物につき、契約期間を同日から平成28年9月30日まで、賃料92,000円、共益費4,000円、その他費用 1,920円とする賃貸借契約を締結した。
XはYに対し、同月26日、本件契約の初期費用として、クリーニング費32,400円、礼金 46,000円を支払った。また、Xは、本件契約に際し、保険会社と賃貸住宅居住者総合保険を締結し、保険料として12,450円を支払った。
XはYに対し、平成28年7月27日付書面にて同年8月末日をもって解約すると通知し、 8月22日に本件建物を明け渡した。
しかし令和元年6月、XはYに対し、下記のように主張して、計12万円余の返還を求める本件訴訟を提起した。
<Xの主張>
①クリーニング費用相当額:クリーニング特約は消費者の義務を荷重するものであるから、消費者契約法10条に反し無効である。
②契約終了月の退去後期間の賃料相当額:X
は、平成28年8月22日に本件建物から退去しており、同月分賃料のうち、23日から31日までの賃料等をYは不当に利得している。
③礼金相当額:本件契約において、礼金の趣旨・内容は明示されておらず、消費者に対して民法上にない義務を負わせるものであり、消費者契約法10条に反し無効である。
④保険料相当額:Yは、Xが本件建物の入居に際して加入する住宅保険の商品選択をさせず、Yが指定する商品の契約を締結させ、 Xに割安な保険商品を選択する権利を侵害し、Xに損害を与えた。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Xの請求をすべて棄却した。
⑴ クリーニング費用の返還請求について Xは、本件クリーニング特約が消費者契約
法10条により無効であると主張する。
しかしながら、本件契約書にはクリーニング費として32,400円を支払うこと、同費用は入居期間の長短にかかわらず清掃費用に充当され、返金されないこと、賃借人が清掃をした場合でも返金されないことが明記されており、その内容はxx的に明確である。
そして、本件重要事項説明書にも同趣旨の記載があることなどに照らせば、消費者であるXにおいてもその負担内容を理解することが容易であるといえ、本件クリーニング特約において定められている金額がクリーニング
費用として社会相当性を逸脱したものとは認められない範囲にとどまっていることも合わせて考えれば、本件クリーニング特約が、xxxに反して消費者であるXの利益を一方的に害するものであるとは認められない。
本件クリーニング特約が、消費者契約法10条により無効というXの主張は採用できない。
⑵ 退去後期間の賃料の返還請求について Xは、平成28年8月の中途で本件建物を退
去したから、退去日後の同月分賃料はYが受領する法律上の根拠がないとして、その賃料相当額の返還を求めている。
しかし、本件においては、XがYに対して平成28年8月末日での解約を申し入れているから、本件契約は同日をもって終了したというべきであり、同日以前にXが本件建物を退去したとしても、Yにおいて退去日以降同月末日までの賃料を受領する法律上の原因がないことになるとは言えない。
よって、本件契約終了月の退去後期間分の賃料相当額に関するXの請求には理由がない。
⑶ 礼金の返還請求について Xは、本件礼金条項はxxxに反して消費
者であるXの利益を一方的に害するものであるから消費者契約法10条により無効と主張し、同金員の返還を求めている。
しかし、本件契約書には、礼金として賃料 0.5ヵ月分相当を支払うこと、礼金は返金されないことが明記されており、その内容はxx的に明確である。
賃貸借契約を締結するに際しては、賃借人から賃貸人に対して礼金として賃料の1,2か月分程度の金員を交付するが、同金員の返金は予定されていないという慣行が広く存在することは公知の事実であること、本件契約における礼金が賃料0.5か月分にすぎないものであることを合わせて考えれば、消費者契約
法10条に違反して無効というXの主張は採用できない。
⑷ 保険料相当額 Xは、YがXに加入する住宅保険の商品選
択をさせず、Y指定商品の保険契約を締結させたことにより、Xにおいて割安な保険契約を締結する商品選択権を侵害し、また、Yは保険会社から手数料を得ているから不当利得があると主張している。
しかし、賃貸物件を保障対象とする保険の選択については、賃貸人の利益にも重大な影響があることを鑑みると、賃貸人が保険商品を指定することにも一定の合理性が認められ、そのことによって直ちに不法行為を構成するとはいえない。
そして、Xも、最終的にはYが指定する保険契約を締結したうえで本件建物に入居しているものであるし、YがXに対し、本件保険契約の締結を違法に強制した事実を認めることはできず、また、Xが本件保険契約を締結したことによって、Yが法律上の原因なく何らかの利得をしたということもできないことから、Xの主張は理由がない。
⑸ 結論
以上により、Xの請求はいずれも理由がないため、これを棄却する。
3 まとめ
本件と同様に、消費者契約法10条に関し、クリーニング特約が反していないとされた事例として、東京地判 令2.9.23 RETI0123-118が、礼金が反していないとされた事例として、東京地判 平20.9.30 RETI073-194が見られる。
また、更新料特約が、消費者契約法10条に違反しないとされた事例としては、最二判平25.7.15 RETI083-119が見られるので参考にしていただきたい。
(元調査研究部調査役)
最近の裁判例から
⒁−自力救済−
連絡が取れない賃借人の動産を賃貸人が処分したことについて賃借人の慰謝料請求が認容された事例
(東京地判 令 2・2・18 ウエストロー・ジャパン) xx x
賃借人が逮捕され、連絡が取れなくなった賃貸人が、緊急連絡先である賃借人の実母に連絡し、居室内の動産の扱いについて相談を行い、賃貸人側で処分して欲しいとの依頼を受けて動産処分を行ったが、賃借人が実母に、非常時の事務処理を委任していた事実や、賃借人本人の承諾があったとは認められないとして、賃借人の慰謝料請求を一部認容した事例(東京地裁 令和2年2月18日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
賃借人Ⅹ(原告)は、賃貸人Y(被告)の 亡父が所有するアパートの一室(本件居室)について、平成20年11月より入居していた。平成29年2月10日、Xは、xx物侵入・窃 盗未遂の容疑で逮捕され、同年5月1日に執行猶予判決が言い渡されるまで拘留されてい
た。
Xが逮捕されたことを知ったYは、緊急連絡先として伝えられていたA(Xの実母)に架電し、Xが逮捕されたこと、Aが家賃の支払いをするのであれば、Xの荷物(本件動産)を本居室内に置いておくことができること、家賃の支払いができないのであれば、本件動産を預かって欲しいことを連絡したが、Aは家賃の支払いをすることはできないし、本件動産を預かることもできないので、Yに処分を依頼したい旨申し出た。
平成29年2月18日頃、AはYに宛てて、Xが迷惑をかけたことについて謝罪する旨、及
び本件居室退去の件で、Xの保証人と称し、 Yに対して全ての権限を一任する旨が記載された手紙を送付した。Yは、平成29年4月10日頃、業者に依頼して、本件居室に置かれていた本件動産(ノートパソコン除く)を処分した。
釈放されたXは、平成29年5月1日、本件居室に赴いたところ、本件居室内のX所有の本件動産が処分されていたため、Yと連絡を取った。Yは、同日本件居室に赴いて、Xに対し、本件動産を処分したことを伝え、生活用品を買いそろえるための10万円及び保管していたノートパソコンを交付した。
Xは、本件動産をYにより無断で処分されたと主張し、Yに対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、Yにより処分された本件動産の価額18万円及び慰謝料200万円等の支払いを求める訴えを提起した。
2 判決の要旨
裁判所は、次の通り判示し、Ⅹの請求を一部認容した。
⑴ 本件動産処分の違法性について Yは、本件動産の処分については、Aの承
諾を得ており、XはAに対して承諾の権限を与えていたのであるから、Yが本件動産を処分したことについては、Xの承諾があるか、又は事務管理に基づくものとして違法性は阻却されると主張する。
しかし、XがAに対して、緊急時の事務処理を委任していた事実や、本件居室の賃貸人
であったYの亡父やYに対して、緊急時には Aに連絡してほしいとか、Aの指示にしたがってほしい旨を述べた事実を認めるに足る証拠はなく、AがXの保証人を名乗り、Aから Yに対して本件動産の処分が依頼されていたとしても、このことをもって本件動産処分についてXによる承諾があったと認めることはできない。また、Yが本件動産を処分した平成29年4月10頃において、Xが本件居室の賃借人であったことに争いはなく、Xが本件動産を処分したことが、Xの事務管理に当たるということもできない。
したがって、Yの主張は採用することができず、Yは、Xの承諾を得ないまま本件動産を処分したことについて、少なくとも過失があったいえるから、Xに対し、不法行為による損害賠償責任を負うことを免れない。
⑵ 物損について Yが処分した本件動産については、その内
容が必ずしも明らかではないものの、仮に別紙目録記載の各動産(液晶テレビ及び冷蔵庫を除く)について、Xが主張する再調達費用の金額がその交換価格であると認められたとしても、その総額は9万778円であるから、 YがXに対して10万円を交付していることに照らし、損害は既に填補されたものと言わざるを得ない。
⑶ 慰謝料について Yが本件居室内の本件動産を全て処分した
ことにより、Xは、本件居室内で逮捕・拘留される以前の生活を直ちに続けることができなくなったものと認められ、従来通りの生活の再建のためには各種の生活用品をそろえるなどの一定の時間や手数がかかることはごく自然であるといえるから、個々の動産が滅失・損傷した場合とは異なり、本件動産一式を失ったことによってXに一定の精神的苦痛が生じたものといえる。ただし、Yは帰宅し
たXに対して直ちに10万円を交付していること、本件動産処分に関して、実母であるAに対処方針を相談して、同人の承諾を得ていること、Xが逮捕されてから本件動産の処分まで2か月程度の期間を空けていることがそれぞれ認められ、各事情を総合すると、Xの被った精神的損害を慰謝するに相当な額は、30万円が相当である。
よって、Yは、Xに対し、不法行為に基づき、慰謝料30万円を支払う義務を負うというべきである。
3 まとめ
本事案は、いわゆる自力救済に関した事案であり、賃貸人としては、訴訟手続きをとったうえで明渡しと未払賃料の支払い請求、残置物の処分等を行う必要がある。
賃貸人は、賃借人が逮捕され、先行き不透明であること、実親の承諾を得ていることから、残置物の処分は可能と判断したものと推察されるが、実母にその権限はなく、賃借人の承諾があったとは認められないと判断されている。
本件のように、借主と長期間連絡が取れないケースで、前述した訴訟手続きを取る以外は、貸主は借主の動産について処分権限を持っている代理人の承諾を得るか、契約書の約定で動産処分ができる旨を定め、前もって借主の合意を得ておく必要があるので、実務上の参考とされたい。
(調査研究部調査役)
最近の裁判例から
⒂−賃貸人の義務−
詐欺行為を行った法人に事務所を貸した賃貸人やその代表者らに対する詐欺被害者からの損害賠償請求が棄却された事例
(東京地判 令 2・3・9 ウエストロー・ジャパン) 葉山 隆
詐欺被害に遭った個人(複数)が、詐欺行為を行った法人、その代表者、その営業部長、及びその法人が賃借し、本店として使用していた建物の転貸人、その代表者、その取締役
(建物所有者)らに対して、共同不法行為責任等に基づく損害賠償を求め、建物賃貸人らに対する請求は棄却された事例(東京地裁令和2年3月9日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成25年12月、Y1社(被告・法人)は、 Y4社(被告・法人・不動産賃貸業) と、 Y5(被告・個人・Y4社取締役)が所有する東京都a区内に所在するマンションの一室
(本物件)を賃借する契約(本契約)を締結し、本物件を本店として、事業活動を行っていた。また同月、Y2(被告・個人・Y1社営業部長)は、Y7社(被告・法人)名義で通信会社と契約されている携帯電話回線(本件回線)をY4社からレンタルする契約を締結した。
平成29年頃、Y2は、レアメタル等の先物取引を行えば、確実に多額の利益が得られる、としてXら(原告・個人16人)を勧誘し、XらにY1社との間で係る先物取引の仲介委託契約を締結させ、金員を預託させた(本件詐欺行為)。Y2は、その勧誘にあたり、本件回線を使用していた。
同年12月頃、Y1社は本契約の解除をY4社に申入れて退去し、XらはY1社との連絡が取れなくなり、Xらが預託していた金員が
払い戻されない状態になった。
平成30年5月、Xらは未返還の金員(計 6065万円余)の支払いを求めて、Y2に対しては不法行為に、Y1社に対しては使用者責任に、Y3(被告・個人・Y1社代表取締役)に対しては共同不法行為等にそれぞれ基づき、Y4社・Y5・Y7社に対しても本件詐欺行為を幇助したとして、共同不法行為等に基づき、本訴を提起した。その後平成31年2月に、Y6(被告・個人・Y4社代表取締役)に対しても同様に提訴した。
令和2年1月、公示送達による呼出しを受けても出頭しなかったY1社・Y2・Y3に対する請求を全て認容する判決が言渡された。
一方Y4社らは、①本物件は、Y6の知人の紹介によりY1社に賃貸することとしたものであり、②本件回線については、Y4社は従前より携帯電話のレンタル事業を営んでいたところ、自社で保有できる回線数に制限があったことから、Y7社が保有する本件回線の運用を受託し、これを通信会社から求められている本人確認手続きを行ったうえでY2にレンタルしたものであり、本物件や本件回線が、本件詐欺行為に使用されることを知っていた、または知り得たものではなく、過失はないとして争った。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、XらのY4社らに対する請求を棄却した。
(Y4社・Y5・Y6の共同不法行為責任)
Xらは、Y4社が本物件をY1社に賃貸することとした経緯に説得的な説明がなされていないと主張するが、Y6の知人の紹介で本物件をY1社に賃貸したというY6の説明に、本物件が本件詐欺行為に利用されることをY4社らが知っていたとの疑いを生じさせるほどの不自然さはない。
またXらは、本件携帯電話についても、 Y4社がY7社から契約名義を借りていること等について説得的な説明がなされていないと主張するが、①Y4社は、平成25年以前から携帯電話回線のレンタル事業を行っていたところ、自社名義で保有することができる携帯電話回線数には上限があり、その不足分を補うためY7社から本件回線を含む複数の携帯電話回線の提供を受けていたこと、②Y4社は、Y2の本人確認手続きを行って本件回線をレンタルし、平成29年末頃までその利用料も問題なく支払われていたこと、から本件回線が本件詐欺行為に使用されることを知っていたといえるほどの不自然な点は見られない。
(Y7社の共同不法行為責任) Xらは、Y7社は本件回線をY4社に提供
するにあたり、これが不正利用されないような対策を講じず、運用を委託し続けたことから、本件詐欺行為に本件回線が使用されることを知っていた、もしくは知り得たと主張する。
しかしながら、Y7社がY4社に本件回線の運用を委託した際に、Y4社が本件回線を不正に利用するおそれがあったと窺わせる事情があったとは認められない。
(結論)
よって、Xらの請求はいずれも理由がないからこれを棄却する。
3 まとめ
本件は、詐欺行為を行った者への建物等の賃貸人に対する詐欺被害者らによる損害賠償請求が棄却された事例である。
一般的に、賃貸人は賃貸するにあたり、賃借人について一定の審査を行うであろうが、賃借人の業務内容や活動の状況を詳らかに把握することは困難であると考えられることから、係る判断になったものと考えられる。
賃貸した建物が犯罪行為に使用されたことに関するものとしては、賃借した事務所の住所が振込め詐欺関連のものとして警察庁ホームページで公開されていたことについて、賃借人による賃貸人や媒介業者への損害賠償請求が棄却された事例(東京地裁 平27・9・1 RETIO105-100)がある。
一方で、原野商法を行った宅建業者が事務所を賃借した際に保証人となった個人株主に対する被害者からの損害賠償請求について、個人株主は当該業者の詐欺行為について予見可能であったとして、請求が認められた事例
(東京地裁 平30・10・4 RETIO121-158) も見られるので、併せて参考にしていただきたい。
(調査研究部主任研究員)