Contract
特別条件付契約における承諾前死亡について
xx xx
■アブストラクト
特別条件付契約において、保険契約者側の当初の保険契約の申込み、 告 知(診査 )、第1回 保険料相当額の支払い後 、特別条件付 契約の成立
前に被保険者が死亡した場合に、 保険者に変更承諾(当初の契約の申 込みの拒絶と特別条件付契約の申込み) の義務を課し、 保険金を支払 うべきかについては、学説上、 これを肯定する見解と否定する見解に 分かれている。
本稿においては、 まずは特別条件が付されない契約における承諾前 死亡について検討し、保険法制定、 民法(債権関係)改正の影響につ いて論じた後、 関連する下級審裁判例とともに特別条件付契約におけ る承諾前死亡について検討する。
私見としては、 当初の契約申込み時点における保険契約者の特別条 件付契約の締結の意思が不明であること、及び保険法3 9条1項の規 定により、 変更承諾義務は基本的に否定すべきであるが、例外的に、 当初の契約申込み時点において、保険契約者が特別条件が付されても 契約を締結する旨の意思を表明していた場合には変更承諾義務を認め るべきであると解する。
なお 、保険者の 実務としては 、特別条 件の程度が高い場合を除いて、当初の契約申込み時点において、 特別条件付契約についても保険契約 者の承諾の意思があったものとみなして変更承諾を行うこと 、または、 特別条件付契約において一律に変更承諾を行うことも可能であると考 える。
■キーワード
承諾前死亡、保険適格体、 特別条件付契約、 変更承諾( 当初の契約の 申込みの拒絶と特別条件付契約の申込み )、保険法39条 1項
Ⅰ はじめに
生命保険契約は、 保険契約者となるものが、契約の申込みを行い、 保険者が承諾することによって成立する(民法522条1項、 保険法
2条1号参照 )。通常 、契約の申込みに 際して 、保険契約者 となるものは、申込みの意思表示に加え、第1回目の保険料相当額を支払う 1 とともに 、被保険 者となるものが自らの健康状態等に関して告知を行う。 そして 、通 常 、申 込みの意思表示 、第1回目 の保険料相当額の支払い、 告知を受けた後、保険者が承諾の意思表示を行う 2 。この場合におい て、 申込み、第1回目の保険料相当額の支払い、告知が行われた後、 保険者による承諾の意思表示がなされる前に被保険者が死亡した場合 に、保険金が支払われるべきであるかが問題となる。これが承諾前死 亡の問題である。
承諾前死亡に関しては、保険法には規定がなく、最高裁判決も存し ない。学説は、 肯定説、 否定説があり、 かつては争われていたが、 現在では、被保険者が保険適格体 3 である限り、承諾前に死亡した場合 においても保険金が支払われるべきであるとする考え方が多数説であ
1 ただし、 日本生命保険においては、現在の新契約においては、第 1 回保険料相当額の支払いを、契約成立の条件とはしていない。 また、 約款 上、いわゆる責任遡及条項を設けており、契約が成立した場合、申込み または告知のいずれか遅い時点まで遡って保障することとしている。
2 承諾の意思表示は 、通常 、保険証 券(保険法 40 条の契約締結時の書面)
の交付をもって代えられ る(xxxx=xxx=xxxx=xxx x『保 険法[ 第 4 版]』 251 頁[ xxx](有斐閣、 2019 年)参照 )。
3 保険適格体とは、保険契約の被保険者となりうるのに適当な性質・状 態をいう(xxxx『 生命保険法入門』 101 頁(有斐閣、 2006 年 ))。 xxxxは、特別条件を付して保険契約を締結できる場合(特別条件体) を含めて保険適格体と解していると思われるが、 本稿においては、 まず は、 保険適格体とは、特別条件を付さずに保険者が承諾できる場合をい うこととする。
る。 また、 保険実務でも、 こうした場合に保険金を支払う取扱いとし ている 4 。
本稿は、 保険者の保険契約引受時の査定の結果、 特別条件が付され る契約において、 被保険者が承諾前に死亡した場合に、 保険金を支払 うべきかについて検討を行うものである 5 が、まずは、特別条件が付 されない契約における承諾前死亡に関する議論について検討した上で、保険法制定、民法( 債権関係)改正の影響について論じた後、 関連す る下級審裁判例とともに、特別条件付契約における承諾前死亡につい て検討することとする。
なお、本稿は、 筆者の所属する団体の見解を代表するものではない ことを予めお断りしておく。
Ⅱ 特別条件付とはならない契約における承諾前死亡
1.問題の所在
承諾前死亡は、保険契約の成立前に発生した保険事故に対して保険 契約の本来的な給付事由である保険金支払いを行うかどうかという問 題である。したがって、一般的な契約法理に従うのであれば、契約が 成立していない以上、 契約当事者が契約上の履行義務を負うことはな
4 生命保険各社は、承諾前死亡について有責とする取扱いについて、昭 和 37 年 7 月 9 日の保険審議会答申「生命保険募集に関する答申」 以来、実務に反映させてきたようである(xxx「責任遡及条項と承諾前事故 の取扱い」保険学雑誌 459 号 104 頁( 1972 年 )、xxxx「承 諾前死亡 事故負責の法理・免責条項における故意・過失条項」生命保険経営 44 巻 4 号 55 頁( 1976 年) 参照 )。同答申は 、「承諾前死亡については、第 1
回保険料相当額受領の当時または被保険者の診査の当時において、被保 険者が当該条件による契約の被保険者として健康上の要件を客観的にそ なえていたことが明らかである場合には、保険者の承諾がなされる前に 被保険者が死亡しても保険会社が責任を負うという原則を更に徹底し、 保険約款に記載されている遡及条項の実効性を確保することが必要であ る」としている。
5 特別条件付契約における承諾前死亡について、詳細に分析された最新 の研究として、xxxx「特別条件付承諾と承諾前死亡に関する諸問題」 xx法学論集 61 巻 4 号 219 頁( 2020 年) 参照。
いし、契約するかどうかは自由に決定することができる( 契約自由の 原則、 民法52 1 条 1 項) ことになる。
この点、生命保険契約において、 承諾前死亡の場合に、 保険金支払 いを認める考えは、 生命保険契約の責任開始時期に関する約款条項を前提とする。 生命保険契約においては、 契約上の責任開始に関し、 次のような条項 6 が設けられていることが一般的である。
第〇条(責任開始)
1 会社は、 つぎの時から保険契約上の責任を負います。
(1) 保険契約の申込を承諾した後に第1 回保険料を受け取った場合
第1回保険料を受け取った時
(2)第1回保険料相当額を受け取った後に保険契約の申込を承諾 した場合
第1回保険料相当額を受け取った時(告知前に受け取った場 合には、告知の時)
当該条項の( 1) は、契約成立後に保障責任が開始される時点を第
1回保険料の支払時とする責任開始条項であり 、(2 )は 、契 約成立後 に保障責任の開始時点を遡らせる責任遡及条項である 7 。
責任遡及条項は、 契約が成立した場合、 契約上の責任は、契約成立 後に開始するのが原則であるところ、契約の成立に向けて、 保険契約 者側がなすべき重要なことがらである契約申込み、告知、第1回保険 料相当額の支払いをすべて終えた時点まで保障を遡らせることとして いる。責任遡及条項は、保障責任の開始時点を、責任開始条項と同じ 時点( 保険契約者側の申込み、告知、保険料支払いの最も遅い時点) とし、保険者の承諾の時期を問題としない規定となっている。
6 日本生命保険相互会社・有配当終身保 険( H11 )普通保険約款参照。
7 責任遡及条項を生命保険各社が導入したのは、昭和 31 年 4 月の約款 改定の時である(xx・前掲(注 4 ) 86 ~ 89 頁、xxx「承諾前死亡の 問題点」生命保険経営 44 巻 1 号 44 頁( 1976 年)参照 )。
このような約款条項を前提にすると、 客観的には、保険契約者側の 申込み・告知・ 保険料支払い後、承諾前に被保険者が死亡していたと しても、保険者がそのことに関して不知である場合、保険適格体であ る限り契約の申込みに対する承諾がなされ、保険契約が成立し、責任 遡及条項により、保障責任が遡及するため、保険金が支払われること になる。
これに対し、 会社が被保険者の死亡を知った場合に、承諾を拒絶で きるとすると 、保険金 の支払いがなされないことになる 。そうす ると、保険金の支払いが、 保険者の知・不知に左右されることになり、妥当 ではないのではないか、したがって、このような場合に、保険者に保 険契約の申込みに対する承諾を行う義務(承諾義務)を認めるべきで はないかが問題となる。
8 xxxx「生命保険契約にもとづく保険者の責任の開始」文研所報 47 号 64 ~ 66 頁( 1979 年) [ ①文献]、同「生命保険契約の成立および責任 の開始」ジュリスト 734 号 33 頁( 1981 年) [ ②文献]、同「生命保険契
約における承諾前死亡 」大阪学院大学通信 26 巻 9 号 43 頁( 1995 年 )[ ③文献]、同・前掲( 注 3 ) 98 ~ 99 頁、xxxx『保険法(上 )』3 28 頁( 有斐閣、 2018 年)参照。
2.裁判例
下級審裁判例においては、 保険者の承諾義務を否定するもの( 盛岡 地判平成4年9 月2 8日生判7巻1 58 頁 9 ) もあるが、一般論とし て、保険者には承諾義務を負う場合があることを前提にするものが多 い。
すなわち、 一般的には承諾義務があると認めるが、当該事例におい ては 、承諾義務は ないとするも の【Ⅰ 類型 】(東京高判平成 3 年4月2
2日生判6巻3 45 頁(原審:東京地判平成2年6月1 8日生判6巻
207頁 )10 、東京 高判平成7年11月29 日生判8巻30 3頁 11 、名古屋地判平成9年1月23日生判9巻24頁 12 、東京高判平成2
2年6月30日生判22巻224頁(原審:東京地判平成2 1年7月
9 当判決は、 約款は、保険契約成立前は法律上の効力を有するものでは ないこと、保険者は承諾するかどうかについて自由を有することから、 xxx上、保険金を支払う義務はないとした。なお、東京地判平成 13 年 8 月 31 日生判 13 巻 688 頁は、保険者の承諾義務を否定し契約に基づく 保険金請求を否定するとともに、被保険者が精神病に罹患し通院治療を 受けており、保険適格性がないものと判断してもあながち不合理とはい えず、承諾すべきことがxxx上要求されることもなく、承諾の拒否が 違法となるものでないことは明らかであり、不法行為による損害賠償請 求も否定されるとした。
1 0 保険者が、診査により、医学的観点からは問題ないと判断したが、 高額契約であるので契約確認の調査の手続きを採ることとしたところ、 保険事故が発生した事例。保険事故発生後の確認の結果、契約申込の時 点において多くの取引上の債務等の滞納の発生、他の保険会社に高額の 保険に加入していた事実等が判明した。評釈として、xxxx・文研保 険事例研究会レポート 80 号 5 頁( 1992 年 )、xxxx・文研保 険事例研
究会レポート 97 号 17 頁( 1994 年)参照。
1 1 1 年前の胃潰瘍の治療について告知義務違反があった事例 。評釈 とし て、 xxxxx=xxxx・文研保険事例研究会レポート 116 号 7 頁
( 1996 年 )、xxxx ・文研保険事例研究会レポート 119 号 1 頁( 1996
年)参照。 原審は、 Ⅱ 類型の新潟地判平成 7 年 6 月 5 日。
1 2 被保険者となるべき者が契約転換の申込みの約半年前から投薬治療 を受け、同申込みのあった 2 日後に肝癌などと診断され入院し、約 2 か月後に死亡した事例。評釈として、xxx・文研保険事例研究会レポー ト 125 号 11 頁( 1997 年 )、xxx・保険毎日新聞 1997 年 12 月 1 日 2
頁、xxxx・文研保険事例研究会レポート 134 号 5 頁( 1998 年 )、x
xxx・福岡大学法学論叢 43 巻 3 号 287 頁( 1998 年)参照。
29日生判21 巻5 17頁) 13 、青森地判平成25年11 月2 6日
14 )、一般的 な承諾義務があると解する余地があるが、当該事例にお いては保険者に承諾義務はないとするも の【Ⅱ類型】( 東京地判昭和5
4年9月26日生判2巻245頁・ 判タ403号133 頁 15 、 札幌 地判昭和56 年3月31日生判3巻24 頁・ 判タ443 号1 46頁
16 、 東京地判昭和61 年10月30日生判4巻415頁 17 、 青森 地判十和田支部平成2年8月9日生判6 巻214頁 18 、 新潟地判平成7年6月5 日生判8 巻152頁 19 、 大阪地判平成7年1 1月30
1 3 特別条件付契約における承諾前死亡の事例。評釈として、xxx・ 保険事例研究会レポート 247 号 1 頁( 2010 年 )、xxxx・保険事例研
究会レポート 253 号 12 頁( 2011 年 )、xxxx・金商 1386 号(xxx x・xxxx編『増刊 保険判例の分析と展開 』)50 頁( 2012 年 )、xx xx・法律のひろば 66 巻 1 号 66 頁( 2013 年 )、xxxx・保険毎日新
聞 2015 年 8 月 25 日 4 頁参照。詳細後述。
1 4 特別条件付契約における承諾前死亡の事例。評釈として、xxx・ 保険事例研究会レポート 285 号 13 頁( 2015 年 )、xx・法学研 究(慶應
義塾大学) 89 巻 12 号 27 頁( 2016 年 )、xx xx・ 保険事例研究会レポ
ート 331 号 1 頁( 2020 年)参照。詳細後述。
1 5 両手及び背部の湿疹の疾患により治療中(保険者は何らかの疾患に より治療中の場合は契約申込みを承諾しない取扱い)であった事例。評 釈として、xxx・判タ 423 号 48 頁( 1980 年 )、xxxx・文研月報
111 号 10 頁( 1981 年 )、xxxx・文研保険事例研究会レポート 11 号 7
頁( 1985 年 )、xxx x・文研保険事例研究会レポート 22 号 10 頁( 1986
年 )、xxxx・文研保険事例研究会レポート 31 号 8 頁( 1987 年 )、 xxxx・文研保険事例研究会レポート 63 号 5 頁( 1990 年 )、xx xx・ 別冊ジュリスト保険法判例百選 108 頁( 2010 年)参照。
1 6 医的診査(健康診断書の提出)を終えていなかった事例。評釈とし て、xxxx・判タ 462 号 41 頁( 1982 年 )、xxxx・文研保険事 例研 xxレポート 11 号 7 頁( 1985 年 )、xxx x・文研保険事例研究会レポ
ート 22 号 10 頁( 1986 年 )、xxxx・文研 保険事例研究会レポート 31
号 8 頁( 1987 年 )、x xxx・別冊ジュリスト生命保険判例百選[ 増補 版] 230 頁( 1988 年 )、 xxxx・文研保険事例研究会レポート 51 号 6
頁( 1989 年 )、xx xx・文研保険事例研究会レポート 63 号 5 頁( 1990 年 )、 xxxx・ 別冊ジュリスト商法(保険・ 海商) 判例百選[ 第 2 版] 84 頁( 1993 年)参照。
1 7 特別条件付契約における承諾前死亡の事例 。評 釈として 、xxxx・ 文研保険事例研究会レポート 37 号 1 頁( 1988 年 )、xxxx・文研 保険
事例研究会レポート 51 号 6 頁( 1989 年) 参照。詳細後述。
1 8 保険者が、告知をもとに心電図検査を要する旨の決定をしたが、 心電図検査がなされないうちに保険事故が発生した事例。 評釈として、x xxxx・文研保険事例研究会レポート 99 号 5 頁( 1994 年)参照。
1 9 Ⅰ類型の前掲・ 東京高判平成 7 年 11 月 29 日の原審。 評釈は、注 11
参照。
日生判8巻31 0頁 20 、 東京高判平成9年10月16日生判9 巻4
36 頁(x x:東京地判平成8年12 月1 9日生判8巻7 18 頁)21 )がある。 また、 承諾義務を負うとはいっていないものの、保険者が承 諾しない合理的な理由があるも の【 Ⅲ類型 】( xx地判昭和54 年2月
1日生判2巻2 23 頁 22 、東京地判昭和5 4年6月12日生判2巻
240頁 23 、東京地判 昭和60年6月28 日生判2巻22 6頁 24 、東京地判昭和6 2年5月25日判時12 74号129 頁 25 、 札幌地 判平成2年3月29 日生判6巻18 9頁 26 、 水戸地判平成3年11 月7日生判6巻42 4 頁 27 ) がある。 保険実務が承諾前死亡におい て被保険者が保険適格体の場合は保険金を支払っていることもあり
28 、直接的に承諾義務を認めるものはみられない。
Ⅰ~Ⅲ類型の前後関係については、 必ずしも時系列に沿っているわ けではないが、 概ねⅢ類型→Ⅱ類型→Ⅰ 類型の順に推移している。Ⅰ 類型においては、保険適格体に該当していたか等承諾前死亡の枠組み に沿って保険金支払いの要否の根拠が明示されているのに比べ、Ⅱ類 型、特にⅢ類型においては、 必ずしも承諾前死亡の枠組みに沿って根
2 0 告知(診査)がなされていなかった事例。
2 1 被保険者の自殺の蓋然性が高く、過去の入院の事実について告知x x違反があり、保険金額も高額であった事例。
2 2 診査を終えておらず 、5 年間にわたり肝硬変症等による入院歴があっ
た事例。
2 3 第 1 回保険料相当額の支払いがなかった事例。
2 4 被保険者が自殺した事例。仮に精神病による自殺であったとしても 精神障害による治療歴についての告知義務違反があったとされた事例。
2 5 受取人を契約者兼被保険者のいとこにする契約であったが、保険者 は 2 親等以内の親族でない場合は原則として申込みを受理していなかっ た事例。評釈として、xxxx・文研保険事例研究会レポート 51 号 6 頁
( 1989 年 )、xxxx ・文研保険事例研究会レポート 61 号 1 頁( 1990
年 )、xxxx・文研保険事例研究会レポート 63 号 5 頁( 1990 年 )、 x
xxx・ジュリスト 976 号 112 頁( 1991 年)参照。
2 6 フィリピンで射殺された事例。 単に契約不成立を根拠とするのでは なく、 承諾前死亡の事例として不支払とするには、申込み時点において モラルリスク面から謝絶とする事実があったのか、保険事故について自 殺(承諾殺人) 又は受取人による故殺と認定されるのか等についての判 断が必要であったと思われる。
2 7 短期間に多額の保険に加入し自殺したと認定された事例。
2 8 日本生命保険 生命保険研究会編著『生命保険の法務と実務[ 第 3
版]』 130 ~ 131 頁[ xxxx](きんざい、 2016 年)参照。
拠が明示されているわけではなく、 裁判例の中には、その根拠があい まいなもの 29 も散見される。
今日においては、 Ⅰ 類型が基本であり、 承諾前死亡の場合に承諾x xを認めるという一般論だけでなく、保険適格体該当性等承諾前死亡 の枠組みに沿って明確な認定が必要とされていると考えられる。
具体的に、これまでの裁判例において、 承諾義務がない等により保険金を不支払いとした根拠を分類すると、①第1回保険料相当額の支 払いがなかったもの 30 、②告知(診査)が完了していなかったもの
31 、 ③告知( 診査)内容から申込み内容では引受けができなかった と判断されるもの 32 、④告知義務違反があったもの 33 、 ⑤(告知 義務違反があったかどうかは認定せず) 保険適格体ではなかったとす るもの 34 、⑥ 道徳的危険( モラルリスク)の面から申込み内容のま までは保険引受けができなかったと判断されるもの 35 、 ⑦ 自殺等免責事由に該当するもの 36 があげられる。このうち、③~ ⑥ について は、保険適格体であったかどうかの判断に包含され、保険契約者側の 契約申込み 、告 知(診 査 )、第 1 回保険料相当額の支払いがなされれば、
2 9 前掲(注 26 )・ 札幌地判平成 2 年 3 月 29 日等参照。
3 0 前掲(注 23 )・ 東京地判昭和 54 年 6 月 12 日参照。
3 1 前掲(注 22 )・ xx地判昭和 54 年 2 月 1 日、 前掲(注 16 )・ 札幌地 判昭和 56 年 3 月 31 日、前掲(注 18 )・ 青森地判十和田支部平成 2 年 8月 9 日、前掲(注 20 )・ 大阪地判平成 7 年 11 月 30 日参照。
3 2 前掲(注 15 )・東京地 判昭和 54 年 9 月 26 日、前掲( 注 17 )・東 京地 判昭和 61 年 10 月 30 日、 前掲(注 13 )・ 東京高判平成 22 年 6 月 30 日
(原審: 東京地判平成 21 年 7 月 29 日 )、 前掲(注 14 )・ 青森地判平成
25 年 11 月 26 日参照。
3 3 前掲(注 24 )・東京地 判昭和 60 年 6 月 28 日、前掲(注 11 )・東 京高 判平成 7 年 11 月 29 日(原審: 新潟地判平成 7 年 6 月 5 日 )、前 掲(注
21 )・ 東京高判平成 9 年 10 月 16 日(原審: 東京地判平成 8 年 12 月 19
日)参照。
3 4 前掲( 注 12 )・名古屋 地判平成 9 年 1 月 23 日、前掲( 注 9 )・東京 地判平成 13 年 8 月 31 日参照。
3 5 前掲(注 25 )・ 東京地判昭和 62 年 5 月 25 日、前掲(注 26 )・ 札幌地 判平成 2 年 3 月 29 日、 前掲(注 10 )・ 東京高判平成 3 年 4 月 22 日(原
審:東京地判平成 2 年 6 月 18 日)参照。
3 6 前掲(注 24 )・ 東京地判昭和 60 年 6 月 28 日、前掲(注 26 )・ 札幌地 判平成 2 年 3 月 29 日、前掲(注 27 )・ 水戸地判平成 3 年 11 月 7 日、 前
掲( 注 21 )・ 東京高判平成 9 年 10 月 16 日(原審: 東京地判平成 8 年 12
月 19 日)参照。
3.学説の状況
学説においては 、現在 は 、こうした場 合に保険者に承諾義務を認め、 保険金を支払うべきであるとするのが多数説 38 であるが 、か つては、 承諾義務を法的に認めることに関して、 強い疑問があるとする見解
39 が存在した。
3 7 同旨・前掲(注 4 )xx 39 頁参照。xxxx 、「当該の死亡事故 なか りせば承諾したであろう申込」に対しては、これを承諾すべきであり、 保険金を支払うべきである、というのが結論であるとする。
3 8 xx・前掲(注 3 ) 100 頁、xxxx・前掲(注 8 ) 330 ~ 333 頁、 xxxx「判批」別冊ジュリスト生命保険判例百選[ 増補版]61 頁( 1988 年 )、xx x『商法Ⅳ( 保険法)[ 改訂版]』293 頁(青林書院、1997 年 )、xxx x「生命保険契 約の成立 」xxx 編『 現在裁判法体系 25 生命保険・損害保険』19 ~ 27 頁(新日本法規出版、 1998 年 )、 xxxxx「 生命保
険契約の成立 」xxx =xxx 編『 新・裁判実務体系 19 保険関係訴訟法』
222 ~ 230 頁(青林書院、2005 年 )、xxx xx『商取引法[ 第 8 版]』507
頁(弘文堂、2018 年 )、xxx『保険法入門 』149 ~ 150 頁(日本経済新
聞出版社、 2009 年 )、 xxxx=xxxx編『保険法解説』 222 頁[ xx
xx](有斐閣、2010 年 )、xx x『保険法』198 ~ 199 頁(成文堂、2018
年 )、xxx『保険法概説 [ 第 2 版]』 198 頁(中央経済社、 2018 年 )、x xxx編『 スタンダード商法Ⅲ 保険法』 76 ~ 79 頁[ 𡈽𡈽xxx]( 法律文化 社 、2 019 年 )、xxx x=xx=xx=xx・前 掲(注 2 )258 頁[ xx]、xxx「生命保険契約における危険選択とxxxxの原則- とくに承諾前 死亡および復活時の承諾義務について- 」『共済と保険の現在とxx 』254
~ 260 頁(文眞堂、 2019 年 )、xxxx=x xxx=xxx『ポイント レクチャー保険法[ 第 3 版]』 204 ~ 207 頁( 有斐閣、 2020 年)等参照。
3 9 xxx x『続保険契約の法的構造 』18 3 ~ 184 頁(有斐閣 、19 56 年 )、
xxx「承諾前死亡について」保険学雑誌 436 号 60 ~ 62 頁( 1967 年 )、xxx x『生命保険契約法の理論と実務 』5 03 ~ 504 頁(保険毎日新 聞社、 1997 年、初出は 1968 年 )、xxx・前掲(注 15 )xx・文研保険事例 研究会レポート 14 頁(講師コメント )、 同・ 前掲(注 15 ) xx・ 文研保険事例研究会レポート 12 頁(講師コメント )、同・前掲(注 15 )xx・ 文研保険事例研究会レポート 8 ~ 9 頁(講師コメント)参照。
xxxxは、 保険者に諾否決定の自由がある以上、保険者が任意に 応じることで慣行化されることはともかく、そこに規範的性格をもたせることには甚だ疑問である 40 とする。約款の解釈としてそこまで の義務を負わせられるか疑問であるし、 仮にxxxを根拠とした場合 にどのような要件が備われば認められるか解決が難しく、 また、 保険 制度の本質的要請である危険の選択という問題に関係しているため、 困難な問題である 41 とする。
これに対し、 承諾義務を認める見解( xx説) は、 承諾前死亡の場 合に承諾義務がないものとすると、 保険者が被保険者の死亡の事実を 知らずに承諾した場合のほかは、保険者が承諾することは原則として なく、約款の責任遡及条項は、実質的意味の甚だ少ないものにならざ るを得ないため、 保険者の承諾義務を認めるべきである 42 とする。 また、 被保険者たるべき者の保険適格性を要件とすることにより、 保険者が、危険選択について有する利益と保険加入者の利益の調和点とすることができる 43 とする。 したがって、 保険者は、 被保険者たる べき者が保険適格体である限り、 xxx上、申込みを承諾して保険契 約を成立させる義務があると解すべきである 44 とする。
また 、xxx の具体的な内容については 、「 責任遡及条項を含んだ約 款による生命保険契約の締結を目的として交渉関係に入った保険者に
4 0 xx・前掲(注 39 ) 183 - 184 頁参照。
4 1 xx・前掲(注 39 ) 184 頁参照。
4 2 xx・前掲(注 8 ) [ ①文献]90 ~ 91 頁参照。
4 3 xx・前掲(注 8 ) [ ①文献]90 ~ 91 頁参照。
4 4 xx・前掲(注 3 ) 100 頁参照。xxxxは 、「責任遡及条項に関す る上記の解釈が保険加入者の利益の保護という政策的目的を加味した、 政策論的な解釈であることは事実である 」( xx・前 掲(注 8 )[ ① 文献]91
~ 92 頁)とする。
あっては以後同条項を有名無実化するような行動は許されない」とい うxxxを援用するとする見解 45 がある 46 。
以上の見解の他に、 承諾前死亡の場合に保険金を支払うべきである とする見解として、 若干の根拠や内容が異なるが、概ね、 申込み、告 知、第 1 回保険料相当額の支払いが終了した時点で、 被保険者が保険 適格体でなかったことを解除条件とする保険契約が成立する( 解除条 件付即時契約成立説)とする見解 48 もある。 この見解に対しては、契約は申込みと承諾によって成立するという基本的な原則に反する
49 等の批判がなされており 、この見解 を否定する裁判例 50 もある。
4 5 xxxxx・前掲(注 18 )鹿島・文研保険事例研究会レポート 10
頁(講師コメント )、同・前掲(注 11 )xx=xx・文研保険事例研究
会レポート 14 頁( 講師コメント)参照。同見解を引用するものとして、 x・前掲(注 13 ) 9 頁、xx・前掲(注 38 ) 256 頁参照。xxxxも、
「責任遡及条項中の契約成立前の保険者の行動にかかわる事項を定めて いると解される部分は、保険者に対しては契約成立前においてすでに拘 束力があると考えるべきであろう 」(xx・前掲(注 8 ) [ ②文献] 34 頁) とする。
4 6 かつては、外観理論を根拠とする見解もみられた( xxxx「契約 の成立時期と効力発生時期- 約款の比較研究- 」生命保険経営 22 巻 3 号 21
頁( 1954 年 )、同『保険契約法論 Ⅰ(生命保険 )』23 4 頁(千倉書房、1966 年 )、同・前掲(注 4 ) 54 頁参照 )。 なお、 xxxxはこの見解に立って いない(xx・前掲(注 8 ) [ ①文献] 93 頁参照 )。
4 7 xxxx・前掲(注 8 ) 331 頁参照。
4 8 xxxx『現代の保険事業 企業規制の論理』163 ~ 166 頁(同文舘 出版 、19 92 年、初出は 1974 年 )、xxxx x「承諾前死亡と契約の成否」
生命保険経営 44 巻 3 号 20 ~ 21 頁( 1976 年 )、xxxx「生命保険契約 の成立に関する一考察- 我が国の約款と慣習を中心として-」文研所報 50 号 16 ~ 26 頁( 1980 年 )、xx・前掲(注 13 ) 71 頁参照。
4 9 xx・前掲(注 3 ) 104 頁参照。
4.私見
承諾前死亡において、 契約者による申込み、第 1 回保険料相当額の 支払い、被保険者による告知(診査)がなされ、 被保険者が保険適格 体である限り、 保険事故が発生しなければ保険契約が成立し、保険金 が支払われる状態にあったのであるから、 保険者の知・ 不知によって 保険金支払いが左右されることは妥当ではなく、 xxxを根拠に、 保険者に法的義務として承諾義務を課すべきであると考える。 責任遡及 条項を含んだ約款による生命保険契約の締結を目的として交渉関係に 入った保険者にあっては、以後同条項を有名無実化するような行動は 許されないというxxxを援用すべきである。
また、 ここでいう保険適格体とは、 保険者が保険契約の申込みに対 する承諾を行える状態にあることが必要であるから、 健康状態はもと より、 他保険契約の重畳状態等道徳的危険の観点からも保険契約の締 結ができる状態であることが必要である 52 と解する(道徳的危険が 存する場合に承諾義務を否定する裁判例として、 前掲・ 東京高判平成
3年4月22日(原審:東京地判平成2 年6月18日) 53 参照 )。 保険適格性の有無の判断基準は、 各保険者の基準によるか、何らか
の客観的な基準によるべきかについては、 通常の場合の生命保険契約
5 0 即時契約成立説を否定する裁判例として、前掲(注 16 )・札幌地判昭 和 56 年 3 月 31 日、 前掲(注 12 )・名古屋 地判平成 9 年 1 月 23 日参照。
5 1 xxxx・前掲(注 11 ) 5 頁参照。当見解は、 承諾前死亡の場合に 保険金の支払拒絶をできる場合は、 保険契約上の抗弁による拒絶のみな らず、 承諾前という特殊性に鑑みて、より広い範囲で支払拒絶できると 考えるべきであるとする。
5 2 xx・前掲( 注 8 ) [ ③文献]50 頁、 xxxx・ 前掲(注 8 ) 333 頁参
照。
5 3 評釈は、注 10 参照。
の諾否の決定の基準は、原則として各保険者が自由に決定しうるとこ ろであるから、 各保険者の基準によるべきである 54 と考える。
そして、 判断の基準時は、責任遡及条項による保険者の責任開始の 時であるが、その判断の資料は、保険者がその当時入手していたもの に限定されず 、事後に 入手できたものも根拠として良い 55 と考える。
この点に関連し、 二つのケースについて考察したい。
一つ目のケースは、告知の時点においては、 被保険者に自覚症状は あったものの告知事項に該当する事実はなかったが、その後、医療機 関を受診し 、がん と診断され 、交通事故 で承諾前に死亡した場合 56 はどう考えるべきであろうか。私見としては、この場合は、 責任開始の 時点においては、自覚症状しかなかったのであるから、 保険法が告知 義務を質問応答義務と定め た(保険法 37 条 )趣旨に鑑みて 、保 険者は 承諾義務を負うと考える。
二つ目のケースは、 契約者が短期間に複数の保険会社の契約に加入 し、 責任開始時点において、 保険者が知っていたら引受けない程の保 険契約の重畳状態になり、 その後、 承諾前に死亡したが、借金を苦に 自殺したことが相当程度疑われる( が裁判で立証するには証拠が不足 している)場合 57 はどうであろうか。 この場合は、 保険適格体の概 念にはモラルリスク面も含むと解し、 保険者は承諾義務を負わないと すべきであると考える。
更に、この保険適格体に特別条件を付せば保険者が承諾できる場合 を含むかどうかについては、後程検討する。
5 4 xx・前掲( 注 8 ) [ ②文献]34 頁、 xxxx・前掲( 注 8 ) 333 頁x x。前掲(注 10 )・東 京高判平成 3 年 4 月 22 日参照。
5 5 xx・前掲( 注 8 ) [ ②文献] 34 頁、 xxxx・ 前掲(注 8 ) 333 頁x x。
5 6 当該事例は、 前掲(注 12 )・ 名古屋地判平成 9 年 1 月 23 日の事例を
参考に筆者が想定した架空の事例である。
5 7 当該事例は、 前掲(注 10 )・ 東京高判平成 3 年 4 月 22 日、 前掲(注 27 )・ 水戸地判平成 3 年 11 月 7 日、前掲(注 21 )・ 東京高判平成 9 年 10 月 16 日の事例を参考に筆者が想定した架空の事例である。
被保険者が申込みの当時、保険適格体であったことの立証責任につ いては、学説上、保険者の引受基準は保険加入者側には知りえないこ とであるから、 保険者が立証責任を負うべきであるとの見解が多数説
58 であるが、 承諾前死亡は、xxxにより例外的に承諾義務を負わ せて責任を負わせるものであるから、 保険金請求者側が負うべきとの 見解 59 もあり、裁判例においては、保険金請求者側にあるとしてい る 6 0 。
この点、 私見としては、引受基準が保険者の内部基準であり、外部 からは知りえないことに対する配慮は必要であり 、保険 金請求者側が、責任開始の当時、被保険者が保険者の引受基準に該当するであろう状 態にあったことを立証すれば要件充足が推認される 61 など推認の手 法を採用することが合理的である場合もある 62 と考える。しかしな がら、既に述べた通り保険適格体の概念はかなりxxな領域をカバー する要件であり、この要件の立証責任を負う側は、承諾前死亡による 保険金支払い全体の立証責任を負うといっても過言ではないため、 x
5 8 xx・前掲(注 8 )[ ①文献]97 頁、同・[ ② 文献]35 頁、xxxx・前掲( 注 8 ) 333 頁、 xx・前掲(注 12 ) 11 頁、 xxxx=xx= xx= xx・ 前掲(注 2 ) 259 頁[ xx]、x・ xx( 注 13 ) 6 頁、x・ 前掲( 注 38 ) 198 頁、xxxx・前掲(注 5 ) 224 頁参照。xxxxは、承諾前死 亡の要件について 、「 責任遡及条項の下で保険者が第一回保険料を受領し たときは、保険者は申込の承諾義務を負う。但し、責任発生の時に被保 険者が保険適格体でなかったときはこの限りでない」と定式化する。
5 9 xx・前掲(注 38 )230 頁、xxxxx・前掲( 注 11 )xx=xx・ 文研保険事例研究会レポート 14 頁(講師コメント) 参照。
6 0 前掲(注 19 )・新潟地 判平成 7 年 6 月 5 日、前掲(注 12 )・名古屋 地判平成 9 年 1 月 23 日、前掲( 注 13 )・東京 高判平成 22 年 6 月 30 日( 原審:東京地判平成 21 年 7 月 29 日)参照。
6 1 前掲(注 13 )・ 東京高判平成 22 年 6 月 30 日(原審:東京地判平成 21 年 7 月 29 日)は 、「保険者内部の引受け 基準が開示されていないこと に照らすと、保険契約者が同基準を満たしていることまでの立証をする 責任を負うものと解するのは相当でなく、保険契約者において、健康、 モラルリスク等の観点から、被保険者の健康状態等の保険契約上の危険 が一般的に当該保険が引き受けるものと推認される危険の範囲内にとど まることを立証した場合には、保険者において内部の引受け基準を満た していないことを立証しない限り、保険者に承諾を拒否する合理的な理 由がないものと認めるべきである」とする。
6 2 例えば、保険者の引受基準が、他の保険会社と異なる特異なもので あった場合などがあげられる。
諾前死亡が契約自由の原則に対する例外的なものであることに鑑み、 最終的にノンリケットになった場合の立証責任は、一般的には保険金 請求者側が負うものと考える。
Ⅲ 保険法制定前商法64 2条、保険法39条1項との関係
1.保険法制定前商法64 2条との関係
保険法制定前商法642 条(683 条1項)は 、「保険契約 ノ当時当 事者ノ一方又ハ被保険者 63 カ事故ノ生セサルヘキコト又ハ既ニ生シ タルコトヲ知レルトキハ其契約ハ無効トス」と定めている。 仮に商法
642条が当事者の一方が保険事故の発生したことを知っている場合 には、一律に契約が成立することを排除する趣旨であるとすれば、 約款の定める責任遡及条項及び承諾前死亡の場合に保険金支払いを認め ることは許されないのではないかが問題となる。
この点につき、 xxxxは、 商法64 2 条は、事故の発生または不 発生の確定を知る関係者が相手方の不知に乗じて不当の利得を企画す る弊害を防ぐ趣旨の規定であり、責任遡及条項及び承諾前死亡におい て保険者が承諾することが同条により許されないものではない 64 としていた。また、 xxxxは、具体的に、①保険契約者が申込みの時 にすでに事故の発生を知っている場合でも有効な契約の成立を認める 旨の約定、及び②保険者側が承諾の時すなわち契約成立以前に事故不 発生の確定を知っていた場合にも有効な契約の成立を認める旨の約定 は許されないと解すべきであるが、 ③申込みの後、保険者の承諾によ って契約が成立するまでの間に保険契約者又は保険金受取人が事故の 発生を知った場合でも有効な契約の成立を認める旨の約定、 及び④保
6 3 本条の「 被保険者」 は、生命保険の場合は、保険金受取人と読み替 える(xx・前掲(注 8 ) [ ①文献] 29 頁参照 )。
6 4 xx・前掲(注 39 ) 187 頁参照。
険者が事故の発生を知って承諾した場合でも契約は有効とする旨の約 定は、有効と解してよい 65 としていた。
2.保険法39 条1 項との関係
保険法39 条 1 項は 、「 死亡保険契約を締結する前に発生した保険事 故に関し保険給付を行う旨の定めは、保険契約者が当該死亡保険契約 の申込み又はその承諾をした時において、当該保険契約者又は保険金 受取人が既に保険事故が発生していることを知っていたときは、無効 とする」と定めている 66 。立案担当者によれば、 同条は、 保険給付 を受けることが不当な利得となる場合に限って、遡及保険についての 定めを無効としている規定である 67 としている。また、約款の責任 遡及条項が同条に該当し無効となるかについては、 同条は、 保険契約 者等が保険契約の申込み時に保険契約者等が保険事故( 給付事由)の 既発生について悪意である場合に限って保険契約を無効としているこ と、保険者の責任を保険契約の申込みよりも前にさかのぼらせるもの を対象にしていることから、 責任遡及条項が無効になることはない
68 としている。
私見としても責任遡及条項が保険法39 条 1 項に該当し無効となる ことはないし、 特別条件が付されない契約について承諾前死亡を認め る場合(の責任遡及条項) も、同様に、 保険法39条1 項に該当し無 効となるものではないと考える。 特別条件付契約となる場合の承諾前 死亡に関しては、後程検討する。
なお、保険法は、 承諾前死亡の問題そのものについては何らかの解答を与えたものではない 69 とされている。
6 5 xx・前掲(注 8 ) [ ②文献]32 頁参照。
6 6 また、保険法制定前商法 642 条は契約(保険契約全体)を無効とす
るのに対し、保険法 39 条 1 項は、遡及条項(保険給付を行う旨の定め) を無効とする。
6 7 xxx編「一問一答 保険法」 61 頁(商事法務、 2009 年) 参照。
6 8 萩本編・前掲(注 67 ) 63 頁参照。
6 9 xxxx=xx・前掲(注 38 )222 頁[ xx]、xxx=xxxx=x xxx 編『保険法改正 の論点 』33 頁[ xxxx ](法律文化社 、2 009 年 )、xxx編著『逐条解説保険法』 500 頁[ xx](弘文堂、 2019 年) 参照。
したがって、同条をそのまま適用した場合、契約者と被保険者が同 一人である場合で、 同人が申込み・ 告知・第 1 回保険料相当額の支払 い後、 保険者の承諾前に死亡した場合、 保険者が死亡の事実を知れば 申込みの効力が否定されるため 、承 諾することができないことになる。 一方 、契約者と 被保険者が異なる場合で被保険者が死亡した場合には、 同条は適用されないので、承諾義務が生じることになり、自己の生命 の保険契約か他人の生命の保険契約かで結論が異なることになる。
7 0 本文記載の民法 525 条の他に、 民法 412 条の 2 第 2 項が定められたことも影響があるものと考える。同条項は 、「契約に基づく債務の履行が その契約の成立の時に不能であったことは、第 415 条の規定によりその 履行の不能によって生じた損害の賠償を請求することを妨げない」とす る。原始的不能の場合であっても契約はそのためにその効力を妨げられ ず、その最も代表的な法的効果として、債務不履行を理由とする損害賠 償を条文上に表記したのであり、これが唯一の効果ではない(xxxx
『民法(債権関係) 改正法の概要』62 頁(きんざい、2017 年) 参照) と
され、承諾前死亡を認める根拠にもなると考える。
7 1 xxxx= xxxx 編「一問一答 民 法( 債権関係 )改正 」21 9 頁(商 事法務、 2018 年) 参照。
7 2 xx= xxx・前掲(注 71 ) 219 頁参照。
意する。
Ⅴ 特別条件付となる契約における承諾前死亡について
1.問題の所在
生命保険契約の申込みを受けて、 保険会社は、 告知書扱契約におい ては告知書の告知内容、 診査医扱契約においては、診査結果等を基に 当該被保険者の健康状態等を査定し、 超過死亡率を算出する。その結 果、標準体であれば契約を引受け、 謝絶体であれば契約の引受けを謝 絶し、特別条件を付せば引受け可能な場合には、契約者にその条件を 付した形で契約を締結するか意思確認を行った上で契約者の承諾が得 られれば、条件付契約として成立する。
契約の条件には、いくつか種類があり、 超過死亡率に応じて割増保 険料を徴収する特別保険料領収法、 契約後一定期間のリスクが高い場
7 3 xxx編著「新しい民法と保険実務」 64 頁[ xxxx](保険毎日新 聞社、2019 年) 参照。同じく、 民法(債権関係) 改正の承諾前死亡への 影響について論じるものとして、xxxx「承諾前死亡と債権法改正の 影響」生命保険経営 87 巻 6 号 45 頁( 2019 年) 参照。同論文では、生命 保険契約の申込みが 、「部会資料にいう「暫 定的・経過的な意思表示」ではなく、ほとんど「確定的」な意思表示である 」( 61 頁)ことも考慮し ている。
合に一定期間保険金を削減する保険金削減支払法、特定の部位に生じ る疾病等を担保範囲から除外する特定部位不担保法などがある 74 。
申込者の契約の申込みに対して 、特別条件 を付して承 諾(変更承 諾) した場合の法的な評価は、民法52 8条により、申込みの拒絶ととも に新たな申込みをしたものとみなされる 75 と解される。
この場合に、 特別条件付となる契約において、 当初の契約申込み・ 告知・第 1 回保険料相当額の支払いの後、保険者のいわゆる変更承諾 の前に被保険者が死亡した場合に、 保険者は変更承諾( 当初の契約の 申込みの拒絶と特別条件付契約の申込み) を行う義務が生じるかが問 題となる。
なお 、より 段階を追って検討すると 、①保険 契約者の当初の申込み、 第 1 回保険料相当額の支払い、告知(診査)がなされたが、 保険者が 未だ引受けの査定を行っていなかった段階 77 、②保険者の引受けの 査定がなされ、 特別条件付きで承諾ができるとの結果が出た後、 契約 者にその旨の通知を行うまでの段階、 ③ 通知を行ったが契約者が承諾 するかどうか悩んでいた等承諾する前の段階、 ④ 契約者が特別条件を
7 4 xx・前掲(注 8 )[ ①文献]31 頁、同・[ ② 文献]29 頁、日本生命保険 生命保険研究会編著・前掲(注 28 ) 125 ~ 126 頁[ xxxx] 参照。
7 5 xx・前掲(注 8 )[ ①文献]31 頁、xxxx「生命保険契約において 特別条件等が付加された場合のクーリング・オフの起算日についての考 察 」『共済と保険の現在とxx』 38~ 39 頁(文眞堂、 2019 年) 参照。
7 6 xxxxx「生命保険契約の成立と責任開始、特別条件の付加」 xxxx監著『生命保険の法律相談』 83 頁( 学陽書房、 2006 年) 参照。
7 7 この段階において、承諾前死亡が発生した場合、保険者は引受査定 を行う義務を負うかが問題となるが、 私見としては負うものと解する。 また、 保険者の引受査定の結果、追加の資料(医師の診断書等)が必要 となった場合に、追加資料の提出前に被保険者が死亡し、保険者が引受 判断できない場合は、保険者は承諾義務を負わないものと解する。
承諾したが、特別保険料を支払っていなかった段階 78 、 ⑤ 特別保険 料を支払った段階に分けられ、それぞれの段階で考慮要素が異なって くると思われる。
2 .裁判例
特別条件を付す契約において承諾前死亡が発生した裁判例として、 下級審判決を3 例検討する。
(1) 前掲・ 東京地裁昭和61年1 0月3 0日判決 79
[事実の概要]
昭和58年1 月3 1日、 A は、保険契約者兼被保険者であるB の代 xxとして 、保 険金額を3000万円とする保険契 約(本 件保険契約) の申込みをY保険会社に対して行い、第1回保険料相当額として、1
0万9500円(月額保険料)を支払った。
同日、YがB につき健康診断を行ったところ、心電図異常が発見さ れた。Xはその後、 同年2月25日に再度心電図検査をうけたが、こ の検査でも異常が発見された。
Yは、保険料割増で引受けるとの判断に達し、その旨を保険契約者 の代理人であるAに連絡するため、 同年3 月1日以降、 何回かAに面 会しようとしたが、 Aの事情により面会できなかった。 この状態のう ちに、同年3月31 日にBが死亡した。
Yは、昭和5 8年4月6日に、A に対し、第1回保険料充当金の返 金手続をした。
保険金受取人Xは、①Yの明示の承諾、②Yの黙示の承諾、③第1 回保険料充当金領収書の条項に基づく承諾、および④xxxにもとづ く承諾を主張し、保険契約の成立を主張して、保険金の支払いを求め て提訴した。
[判旨]請求棄却
7 8 この段階で承諾前死亡が発生した場合、契約者の特別条件付契約の
承諾の意思は表明されているため 、保険金を 支払うべきであると解する。
7 9 前掲(注 17 )参照。
「( ①について)
Yにおいて、 保険契約締結の承諾をする場合は、一般に、 申込者よ
り保険契約申込書のほか検診書とそれに類する必要書類の提出を受け、 それらをY契約課で医務査定し、その結果、承諾することができると
されるものについては保険証券を発行し、その証券発行をもって承諾 の通知に代えるものとされていることが認められる。
しかし、本件保険契約締結の申込みに対してYが保険証券を発行し たことについては、 本件全証拠によっても認めることができない。右 の点に関し、 証人A は第1回保険料充当金支払時に保険契約は成立し たと供述するが、Y が、本件保険契約締結の申込みについて特別に、 通常の承諾方法と異なる方法を採って即時に承諾したものと認めるべ き特段の事情も窺えないのであって、右供述はたやすく信用すること ができず、他に①の事実を認めるに足りる証拠はない。
(②について)
Aの保険契約締結の申込みに対して、Y が異議なく放置していたも のということはできず、Yの黙示の承諾があったものと解することは できない。
(③について)
第1回保険料充当金領収書の記載条項は、保険契約申込人の申込み の意思表示が第1回保険料充当金の領収日から4日以内は自由に撤回 しうることを規定したものにすぎないのであって、右期間の経過によ りYの承諾があったものと扱われる趣旨ではないから、 Xの③の主張 は、それ自体失当であるといわなければならない。
(④について)
Xが昭和58 年1 月31日にY嘱託医の健康診断、心電図検査を受 けたことは、当事者間に争いがない。しかし、その時点においてBの
健康状態に何らの異常がなかったことについては、Aの妻がY嘱託医 から「Bに健康上の障害はない」と言われたとする証人Aの供述部分 は、Bの心電図検査の結果に異常が発見され、保険契約の締結につい て健康上問題があったという事実に照らし、たやすく信用することが できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
そうすると、 本件は、Yが第1回保険料充当金を受領し、 被保険者 の診査をした当時、 被保険者の身体、健康、その他において保険契約 の締結を拒否すべき事由が全くなかったのに、被保険者が承諾前に死 亡したことを奇貨として保険契約締結の申込みを承諾しないという場 合に当たらないから、xxxに基づく承諾があったとすることはでき ない 。」
本件は、保険会社が、特別条件を付せば承諾を行うことができる旨 の内部的な決定を行ったのち、契約者側に伝えようとして面会しよう としている段階で被保険者が死亡した点に特徴がある。
当判決は、特別条件を付す場合については、第1回保険料相当額支払い・告知の当時、 保険会社が契約の締結を拒否すべき事由がなかっ たのに被保険者が承諾前に死亡したことを奇貨として承諾しないとい う場合には当たらないので、xxxに基づく承諾があったとすること はできないとしている。
ただし、 本件において、原告は、 約款の責任遡及条項にもとづく主 張をしておらず、裁判所も約款の責任遡及条項のことは考慮しないで 判断している 80 。 また、原告は、保険者がいわゆる変更承諾を行う 義務を負うとの主張も行っていない。
(2) 前掲・ 東京高裁平成22年6 月3 0日判決(原審:東京地裁平 成21年7月2 9日判決) 81
8 0 xx・前掲(注 17 ) 3 頁参照。
8 1 前掲(注 13 )参照。 当判決の評価は分かれており、当判決の結論に 対し、賛成するものとして、x・前掲(注 13 ) 3 頁、xx・前掲( 注 13 )
[事実の概要]
X株式会社( 原告、控訴人)は、 平成18年6月30 日、 Y生命保 険会 社(被告 、被控訴 人 )に対し 、当 時X社の代表取締役であったA (当時57歳)を被保険者 、Xを死亡保険 金受取人 、死亡保険金 額を2 億円 とする生命保険契約(本件保険契約)を申込み、第1回保険料相当額 として、819 万1 600円( 年間保険料) を支払った。
本件保険契約に適用される約款には、 Yが第1回保険料相当額の金 員を受け取った後に保険契約の申込みを承諾した場合には、 原則として、第1回保険料相当額を受け取った時から保険契約上の責任を負う が、被保険者に関する告知の前に第1回保険料相当額を受け取った場 合には、その告知の時から保険契約上の責任を負う旨のいわゆる責任 遡及条項がある。
Aは、同日、 Yの担当診査医に対し、 約1年半前に一過性脳虚血発 作( TIA)かもしれないフラフラ感があり、以後、高血圧症で治療 を受けており、 降圧剤を処方され、 朝夕に内服薬を服用していること を告知した。同時に、担当診査医から2 回の心電図検査を受け、Yの 担当診査医は、 心電図(ECG)T 波に陰転が認められたことを検診 書に記載した。
これを受けて、 Yは、同年7月13 日、 本件保険契約について、年 間保険料を53 8万8000円増額するとともに、死亡保険金の金額 を契約日から1 年以内に保険事故が発生した場合には2 5% (500
0万円 )、1年 超2年以内の場合には50 %(1億円 )、 2年超3年以 内の場合は75 %( 1億7500万円) とする特別条件(本件特別条 件) を付せば、 保険を引き受けられるとの内部的な決定をした。
しかし、Aは、 それより先の7月1 0日、高血圧性心肥大による急 性左心不全により死亡した。
76 頁、反対するものとして、xxxx・前掲( 注 13 ) 14 頁、xxxx・ 前掲(注 13 )x・保険事例研究会レポート(座長コメント )、xx・前 掲(注 13 ) 54 頁、xx・前掲(注 13 ) 6 頁参照。
同月中旬、Aの死亡を知ったYは、 上記内部決定を撤回して、本件 保険契約の申込みに対する承諾を拒絶するとともに、同月2 5日、X に対し、第1回保険料相当額を返還した。
Xは、主位的に、 ① Aが保険適格体であったからYは承諾義務を負 う旨、予備的に、 ② Yは、内部決定を募集代理店、Xの顧問税理士に 通知し本件変更契約の申込みをしており、Xはこれを承諾することが できる旨、 ③ そうでないとしても、 Yは本件変更契約の申込みをする xxx上の義務を負う旨主張し 、保 険金支払を求めて訴えを提起した。 [判旨]控訴棄却
「 Aが、本件保険契約の保険適格性を有するものとは認めることが できないし、 Y がX に対し本件変更契約の申込みをしていたものと認 めることはできない 。(①、②を否定 )
Xは、Yが本件特別条件を内部決定していることをもって、本件特 別条件をXが承諾する蓋然性が高いときは、同日にAが本件特別条件 の保険適格性を有するものとして、 本件保険契約の申込みを本件特別 条件付で承諾する義務を負い、責任遡及条項による責任の遡及が適用 されるべきであると主張する。
しかしながら、 責任遡及条項を含む約款が適用される生命保険契約 の締結に際し承諾前死亡が生じた場合において、被保険者が当該生命 保険契約の保険適格体であるときに、保険者が、xxx上、 当該生命 保険契約の申込みを承諾する義務を負うと解されるのは、このような ときには、保険者には当該生命保険契約の申込みに対する承諾を拒絶 する合理的理由がないにもかかわらず、 被保険者の死亡の事実を知っ た保険者に承諾拒絶の自由を認めることは、実質的に責任遡及条項の 意味をほとんど失わせ、第1回保険料相当額を払い込んだ保険契約者 の保険給付を受ける正当な期待を害することになるためである。これ に対し、 本件においては、Aの健康状態は、保険契約上の危険が本件 保険契約が引き受けるものと推認される危険の範囲にとどまると認め
られないものであったことは上記原判決認定のとおりであるから、本 件保険契約の申込みに対する承諾を拒絶する合理的理由があると認め られるところ、 特別条件を付すれば当然に当初から保険適格性を有す るものとみることができるものではなく、Y内部の決定をもって本件 特別条件を付したことにより、本件特別条件付の保険契約における保 険適格性があるものとして 、本件特 別条件を新たな提案として提示し、 Xがこれを承諾してその内容で新たに保険契約の申込みがなされるも のと解すべきである。
したがって、 本件保険契約の申込みをもって本件変更契約の申込み と解することはできない。また、変更後の第1回保険料相当額の支払 をしていないことからも、本件変更契約による保険の利益を受けるに ついて、YにおいてXの期待を保護すべきxxx上の義務を負うとは いえない 。」
本件は、被保険者が死亡した後、 被保険者の死亡の事実を知らなか った保険会社が、特別条件を付せば承諾を行うことができる旨の内部 的な決定を行い、 募集代理店に特別条件を提示する予定であることを 通知した 82 のち、被保険者の死亡を知り、 当該内部決定を撤回した 点に特徴がある。
当判決は、 Aの健康状態が保険適格体でないことからY が本件保険 契約の申込みを拒絶する合理的理由があること、Xが変更後の第1回 保険料相当額の支払いをしていないことから、Yが特別条件付きで承 諾する義務を負うことを否定している。
ただし、 当判決は、変更承諾を新たな提案と位置づけ、X がこれを 承諾してその内容で新たに保険契約の申込みがなされると解している
8 2 この点、原告は、契約者の顧問税理士まで通知がなされていたと主 張したが、裁判所は、 内部決定は営業部に通知され、 同営業部が本件代 理店に特別条件を提示する予定であることを通知したことが認められる が、本件代理店が本件税理士ら原告の関係者に内部決定の具体的内容を 通知したことは、 これを裏付ける証拠はなく、原告が本件特別条件の具 体的な内容を承知していなかったことにも照らすと、容易に採用するこ とができないとしている。
が、これは従来の一般的な考え方である、変更承諾は、 当初の申込み の拒絶と新たな申込みであり、相手方がこれを承諾すれば特別条件付 契約が成立するという理解とは異なる。
[事実の概要]
平成24年2 月1 2日、X₁及びX₂( 原告。以下、原告らという) の父であるAは、X らを保険金受取人として、自らが被保険者となる生命保険契約( 本件保険契約)を含む四種類の保険契約が組み合わさ れた保険商品について、Y保険会社(被告)に対し契約の申込みをした。
本件保険契約の約款には、Yが契約の申込者から本件保険契約にお ける第1回保険料相当額を受け取った後に本件保険契約の申込みを承 諾した場合には、被保険者の健康状態等の重要事項に関する告知を受 けた時と第1回保険料相当額を受け取った時のいずれか遅い時を責任 開始時とする責任遡及条項が定めてあった。
また、本件保険契約を含む保険商品の重要事項説明書には、Yが保 険契約の申込みを承諾する前に被保険者が死亡した場合であっても、
①被保険者が死亡していなければ保険契約の申込みを承諾したであろ うと認められること、②被保険者の死亡時までにYが告知を受けてい ること、③Yが第1 回保険料相当額を受領していること、 の三つの要 件を満たせば、 保険契約を承諾したものとして取り扱うと記載されて いた。
Aは、平成2 4年2月15日にY に対して告知を行うべく、医師に よる診査を受けた。 同日、この診査に基づく告知をYに対して行うと
8 3 前掲(注 14 )参照。 当判決の評価は分かれており、当判決の結論に 対し、賛成するものとして、xx・前掲(注 14 ) 14 頁、反対するものと して、 xx・前掲(注 14 ) 9 頁、x・前掲(注 14 ) 43 頁、xxx・前 掲( 注 14 ) xx・ 保険事例研究会レポート 22 頁(座長コメント )、xx xx・前掲(注 14 ) xx・保険事例研究会レポート 10 頁(座長コメン ト)参照。
ともに、本件保険契約に係る第1回保険料相当額1万7 61 5円をY に支払った。
医師の診査の結果、Aから尿蛋白が「 2+」基準に該当する量が検 出されるとともに、 不整脈が認められると診断された。 なお、Yの定 める保険契約の申込みに対する承諾の可否等を審査する内部基準によ れば、保険契約の申込みを承諾できる被保険者のリスク評価を100 点とすると、不整脈と医師に診断された者のリスク評価は2 50点と され、尿蛋白が「2 +」と診断された者は更に50点加点されること になっていた。 Yは、診査結果をもとに、保険契約の申込みに対する 承諾の可否を検討し、同月20日、 Aについてのリスク評価は300 点となるので、 保険料を一般的な被評価者の3倍とする条件(本件特 別条件) を付せば、 生命保険契約を締結できると判断した。
同年2月21 日に、Aは雪下ろし作業中に屋根の雪の下敷きとなる 事故に遭った。 事故後、同年2月2 3日にAは死亡した。
Xらは、Yにはxxx上本件保険契約を承諾する義務があると主張 し、保険金の支払いを求めて提訴した。
[判旨]請求棄却
「 本件保険契約には責任遡及条項が含まれていることに加え、Yx xの重要事項説明書には前記のとおりの記載がされていたことに照ら せば、かかる記載の条件が満たされた場合、すなわち、 ①被保険者が 死亡していなかったならば保険契約の申込みを承諾したであろうと認 められること、 ②Y が被保険者の死亡時までに同人の健康状態等の重 要事項に関する告知を受けたこと、 ③Y が被保険者の死亡時までに保 険契約申込者から第1回保険料相当額を受領していることの3つの要 件を満たしている場合には、保険契約申込者は、Yが保険契約の申込 xx承諾した上で、 責任遡及条項の規定にしたがってY が保険契約上 の義務を負うとの合理的な期待を有するものと認められる。 そうする と、前記の各要件を満たす場合には、Y は、自ら作成した重要事項説
明書の記載に反して保険契約の申込みを拒絶することはxxx上許さ れないというべきであり、保険金受取人に対し、Yが保険契約の申込 xx承諾した場合と同様の義務を負うものと解するのが相当である。 本件において前記の各要件を満たすか否かについて検討するに、亡
Aには医師の診査によって尿蛋白の検出や不整脈が認められたのであ るから、亡Aは一般的な被保険者と比べて早期に死亡する確率が高い との判断を前提に、 かかる事情の認められない被保険者に比べて保険 料を引き上げるなどの付加的な条件を付することは、保険料を支払う ことによって被保険者の生存又は死亡という偶然の事実が発生した場 合に約定の保険給付を受けるという生命保険契約の性質に照らし、合 理的なものというべきである。
なお、Xらは、亡Aの告知に応じたY の対応として、 本件特別条件 を付する方法以外にも保険金の削減支払等によって対応することもあ り得た旨主張する。 しかしながら、 本件特別条件はYの内部基準に沿 って決定されたものであり、恣意的に定められたものではない。よっ て、亡Aの申込みに対して付した条件の内容についても、不合理な点 は認められない。
そうすると、 Yが亡Aの本件保険契約の申込みに対して、 自らの内 部基準に沿って本件特別条件を付した上で承諾することができると判 断したことは不合理とはいえず、本件においては、Yが被保険者であ る亡Aが死亡していなかったならば本件保険契約の申込みを承諾した であろうと認めることはできない。
したがって、本件においては、前記①の要件を満たさないので、Y が本件保険契約の申込みを拒絶することがxxx上許されないという ことはできない 。」
本件は、保険会社が、特別条件を付せば承諾を行うことができる旨 の内部的な決定を行った翌日に被保険者が死亡した点に特徴がある。
当判決は、被保険者の健康状態から特別条件を付すことが合理的で あるから、保険者は承諾義務を負わないと判断し、請求を棄却した。 ただし、 当判決は、 特別条件を付す契約において、 承諾前死亡の場
合に、 保険者がいわゆる変更承諾を行う義務があるかについては、x x側からその旨の主張がなかったことから 84 、 明示的には判断して いない。
以上、特別条件を付す契約において承諾前死亡が発生した場合にお ける下級審事例3例は、 いずれも特別条件付であれば承諾できる旨を保険契約者に通知する前に被保険者が死亡した事例であり、 3 例すべ てにおいて保険金請求を棄却する旨の判決がなされている。
ただし 、x xの主張が十分でなかったことや 、裁判所 の変更承 諾(当 初の契約の申込みの拒絶と特別条件付契約の申込み) に対する理解が 一般的な考え方と異なっている(裁判例(2)参照)ことも原因になっている面もある。
3 .学説の状況
8 4 xx・前掲(注 14 ) 5 頁参照。
学説上は 、特 別条件を付す契約において承諾前死亡が発生した場合、 保険者がいわゆる変更承諾を行う義務を負うかについては、 これを肯 定する見解 85 と否定する見解 86 がある。
肯定説は、 保険適格性は保険者の責任開始時における被保険者の状 態を基準に判断すべきであること 87 、特別条件付でも保険適格性が 認められること 88 から、通常の場合と別異に取り扱う必要はないこ とを根拠とする。謝絶体ではないのであるから、保険者としては、も し被保険者が死亡していなかったであればなしたこと、 すなわち変更 承諾(当初の契約の申込みの拒絶と特別条件付契約の申込み) をなす べきであり、それに対し、保険契約者( 又はその遺族) が承諾するこ とによって契約が成立し 89 、保険金が支 払われることになるとする。
肯定説の中には、 非常に高額の保険料になるなどの変更承諾であっ て、被保険者が生きていれば(すなわち、通常であれば)保険契約者 になる者がおよそその新たな申込みを承諾しなかったであろうと思わ れる場合にも、 保険者に変更承諾の義務を課すべきかの問題は残る
8 5 xx・前掲(注 8 )[ ①文献] 102 頁、同・前掲( 注 8 )[ ②文献] 36 頁、 同・前掲( 注 8 ) [ ③文献]54 頁、 xxxx・ 前掲(注 8 ) 334 頁、xx・前掲(注 38 ) 508 頁、 xx・前掲(注 38 ) 24 ~ 25 頁、xxxx・前掲
(注 13 )x・保険事例研究会レポート 10 ~ 11 頁(座長コメント )、xx・ 前掲(注 13 ) 54 頁、 xx・前掲(注 13 ) 6 頁、xxx・前掲(注 14 )xx・保険事例研究会レポート 22 頁(座長コメント )、x・前 掲(注 14 ) 42 頁、xx・前掲( 注 38 ) 199 頁、xxxx編・前掲(注 38 ) 78 ~ 79 頁[ 𡈽𡈽岐]、 xxxx= xx= xx= xx・ 前掲( 注 2 ) 259 頁[ xx]、 xx・前掲(注 38 ) 258 ~ 260 頁、xx=xx=xx・前掲(注 38 ) 206
~ 207 頁、 xxxx・ 前掲(注 5 ) 225 ~ 242 頁、 xx・前掲(注 14 ) 5
~ 10 頁、xxxx・ 前掲(注 14 )xx・ 保険事例研究会レポート 10 ~ 11 頁(座長コメント)参照。
8 6 x・前掲(注 13 ) 7 ~ 10 頁、xx・前掲(注 14 ) 19~ 21 頁、 xx x・前掲(注 16 )xx・文研保険事例研究会レポート 11 頁(講師コメ ント )、xxxx・前掲(注 11 ) 5 頁、xx・前掲(注 13 ) 74 頁参照。
8 7 xx・前 掲(注 8 )[ ① 文献] 101 頁 、同・[ ②文献]36 頁 、同・[ ③文献] 54
頁、xxxx=xx=xx=xx・前掲(注 2 ) 259 頁[ xx] 参照。
8 8 xxxx・前掲(注 8 ) 334 頁参照。
8 9 「この場合にも、保険契約は保険者の変更承諾に対して保険契約者 が承諾をなすことによって成立する。保険契約者と被保険者とが同一人 である場合など、保険契約者も死亡しているときは、保険者の変更承諾 の意思表示は保険契約者の相続人に対してなすべく、これに対する承諾 もその相続人が行うことになる 」(xx・前掲(注 8 ) [ ①文献] 103 頁x x )。
90 など、被保険者が死亡しなかった場合を仮定した場合に、保険契 約者が新たな申込みを拒絶した蓋然性が高い場合について留保するものもある 91 。
以上の変更承諾義務肯定説に対し 、変更 承諾義務を否定する見解は、
① そもそもxxxに基づく保険者の承諾義務を認めること自体につい て、xx説のように有力な批判があったのであり、 変更承諾の義務な いし特別条件を付した保険契約の申込みの義務まで負わせることは、 保険者の契約自由が不当に制約されすぎること 92 、② 保険者の特別 条件の内容いかんによっては 、(被 保険者の死亡前には )保険契 約者が これを受け入れない可能性があったため、 当初の第1回保険料相当額 の支払いだけで、特別条件付契約について当然に法的に保護されるべ き期待を有するとはいえないこと 93 、③責任遡及条項は、 特別条件 付の保険契約が成立した場合まで、 当然に適用されるものではなく、 特別条件付契約が成立した場合に保障責任が当初の責任開始時に遡る のは、責任遡及条項の当然の結果ではなく、当該条項とは別の約定に 基づくものであること 94 、④ 割増保険料も支払われていないので、 責任遡及条項をそのまま適用することには無理であること 95 から変 更承諾義務を負うものではないとする。
これに対して、肯定説からは、 ① に対して、 特別条件を付さない通 常の承諾前死亡の場合と同様、保険者の契約自由は制約されるべきで
9 0 xxx・前掲(注 14 )xx・保険事例研究会レポート 22 頁(座長コ メント)参照。
9 1 xxxx編・前掲( 注 38 ) 79 頁[ 𡈽𡈽岐]、xxxx・前掲( 注 14 ) xx・保険事例研究会レポート 11 頁(座長コメント )、xxxx・前 掲(注 5 ) 242 頁参照。xxxxは、当該特別条件付の内容であれば保険には入 りたくないという契約者の意向が交渉段階で明らかであった場合には、 そのような特別条件で変更承諾する義務はない(xx・前掲(注 14 ) 9頁)とする。
9 2 x・前掲(注 13 ) 9 頁、xx・前掲(注 14 ) 21 頁参照。
9 3 x・前掲(注 13 ) 9 頁、xx・前掲(注 14 ) 20 頁参照。
9 4 x・前掲(注 13 ) 10 頁参照。
9 5 x・前掲(注 13 ) 10 頁、xx・前掲(注 14 ) 20 頁注 34 参照。
ある 96 、 あるいは、 保険者の自由を過度に制約する場合は例外的に 保険者の申込みの自由は守られるため問題にならない 97 、 ②に対し て 、契約 成立可能性の問題を考えると 、契約 成立可能性が低い場合は、 変更承諾義務を否定することになると思われるが、それでは、 契約成 立可能性の高低により変更承諾義務の有無が左右されることになり、 契約者間のxxを害する 98 、 ③ に対して、 約款の形式上は責任遡及 条項は当初の申込みに係る保険契約についてのものとなっているとし ても、契約成立に向けた義務の定めとしては、当初の申込みに対して 変更承諾する場合があることを予定していると解することは合理的で ある 99 、 ④に対して、 当初の第1回保険料相当額で一部弁済がなさ れており 、割増 保険料が支払われることは絶対的な条件ではない 100 等の反論がなされている。
4 . 私見
基本的に否定説の考え方が妥当であると考える。
上記、肯定説と否定説の大きな相違点は、否定説が当初の契約申込 み時点での保険契約者の特別条件付契約の締結意思の有無( 特別条件 付契約の成立の可能性) を問題にするのに対して、肯定説は、原則と して保険契約者側の事情は考慮せず、専ら保険者の義務の問題として とらえている点である。
私見としては、 承諾前死亡の問題は、 契約が成立していないのに、 契約上の給付義務を法的にいわば擬制的に負わせるべきであるとする
9 6 xxxx・前掲(注 13 ) x・保険事例研究会レポート 11 頁( 座長コ メント) 参照。
9 7 xxxx・前掲(注 5 ) 242 頁参照。
9 8 xxxx・前掲(注 13 )19 頁、xxxx・前掲( 注 5 ) 234 頁、x・ 前掲(注 14 ) 42 頁参照。
9 9 xx・前掲(注 14 ) 7 頁参照。
1 0 0 xxxx・ 前掲(注 13 ) x・ 保険事例研究会レポート 11 頁( 座長 コメント )、xxxx ・ 前掲(注 13 ) 19 頁、xxxx・ 前掲(注 5 ) 239 頁参照。 私見としては、当初の契約申込み時点において特別条件付契約 についても承諾する旨の意思の表明がない限り、当初の契約の第 1 回保 険料相当額の支払いは、特別条件付契約の第 1 回保険料相当額の支払い の一部弁済にはならないものと考える。
問題であり、 責任開始時点でそのまま保険契約が成立する状態にあっ たことが必要であるため、 やはり当初の契約申込み時点において保険 契約者の特別条件付契約の締結意思の有無、つまり客観的な特別条件 付契約の成立可能性を問題にする必要があると思われる。 そうでない と、 当初の契約申込み段階では、契約の成立可能性が不明で( 契約後 に) 保険事故が発生しても保険金が支払われるか不明であったのに、 契約成立前に保険事故が発生した場合には、保険者が変更承諾(当初 の契約の申込みの拒絶と特別条件付契約の申込み) の義務を課される 結果、保険金が支払われるという結果になり、 不合理である。
特別条件を付さない契約については、 保険契約者としてやるべきこ とを終えており、保険者の承諾を待つのみであるから、 当初の申込み 時点において、 客観的に契約が成立する条件が満たされており、契約 の成立可能性が確保されている。 しかし、 特別条件を付す場合には、 契約の成立は、 最終的には保険契約者の承諾の意思表示にゆだねられ ており、 当初の契約申込み時点において、 将来、保険事故が発生しな かった場合でも、保険契約者となるものが特別条件付契約に対して承 諾を行うかどうかは不明であるため、 契約が成立するかどうかは不明 であるといわざるを得ない。 特に、 この場合、承諾の意思表示を行う 申込者は完全な自由意思に基づいている。保険者であれば、 内部的な 基準等により合理的な意思決定を行うため、将来的な意思表示につい ても合理的に予測できるが、申込者には全くそういう制約はなく、単 に翻意するということも十分に考えられるため、将来の意思表示を推 測することはできない。
したがって、 特別条件を付す場合は、 当初の契約申込み時点で保険 契約者の特別条件付契約の締結の意思の有無が不明( 特別条件付契約 の成立の可能性が不明) であり、 そのまま特別条件付契約が成立する 状態になかったのであるから、 保険者に対して変更承諾(当初の契約
の申込みの拒絶と特別条件付契約の申込み) を行うことを法的な義務 として課すことは妥当ではないと考える。
この点について 、当 初の契約申込み時点においても 、保 険契約者は、 承諾前死亡が発生した場合には、当然、 保険料より保険金の方が多額 であるから、特別条件付保険契約を締結する意思があるので、変更承 諾を認めるべきであるとの反論も考えられる。しかし、 保険契約の締 結の意思があるというためには、承諾前に保険事故が発生した場合に 承諾する意思があるのみならず、保険事故が発生していない場合でも 承諾する意思があることが必要であると考える。
また、当初の契約申込み時点において、 保険契約者は少なくとも保 障を受ける意思はあったのであるから、 変更承諾を認めるべきである との反論も考えられる。しかし、保険契約は保険契約者による保険料 の支払いと保険者による保障の提供によって成り立っており(保険法
2条1号参照 )、保障 を受ける意思のみでは 、保険契約の 締結の意思が あったとはいえないと考える。
ただし、 例外的に、 当初の契約申込み時点において、 保険者側より 特別条件付となる可能性及び保険料の割増の程度等特別条件の内容について提示した上で、保険契約者がその場合でも契約を締結する旨の 意思を表明していた場合には、 保険者に変更承諾(当初の契約の申込 みに対する拒絶と特別条件付契約の申込み) の義務を課すべきである と考える。
次に、 私見において、 否定説が妥当と考えるもう一つの根拠は、 保険法39条1項との関係である。
保険法39条1 項は、 死亡保険契約を締結する前に発生した保険事 故に関し保険給付を行う旨の定めは、保険契約者が当該死亡保険契約 の申込み又はその承諾をした時において、当該保険契約者又は保険金 受取人が既に保険事故が発生していることを知っていたときは、無効 とすると定める。 したがって、 特別条件を付した場合において、承諾
前死亡が発生し、保険者が変更承諾( 当初の契約の申込みに対する拒絶と特別条件付契約の申込み) を行った後、保険契約者が承諾を行う 場合、 多くの場合、 保険契約者は被保険者が既に死亡していることを 知っているため、 当該保険契約は、 保険法39条1項に該当し、無効 となる 101 のではないかと考えられる。
この点について、 肯定説の多くは、 保険法39条 1 項との関係で問 題になることはない 102 とするが、 責任遡及条項が本条 1 項に抵触 し無効となる可能性があるとする見解 103 もある。
保険法39 条1 項との関係で問題となることはないとする見解は、保険法39条1 項が防止しようとしている弊害は生じない場合である こと 104 、同条は不当な利得の防止が趣旨であり、不当な利得とは、
「事故の発生または不発生の確定を知る関係者が相手方の不知に乗じ て不当の利得を企画する」ことを防ぐ趣旨であるので問題にならない こと 105 を根拠とする。
しかしながら、 仮に、保険法39条1項の解釈として、 一般的に、
「不当な利得とは、 事故の発生または不発生の確定を知る関係者が相 手方の不知に乗じて不当の利得を企画することを防ぐ趣旨である」と 解釈するのであれば、 適切ではないと考える。なぜなら、このような 解釈は 、保険法 制定前において主張されていた考え方であり 、「 事故の 発生・不発生を知る関係者が主張すること」と「相手方の不知に乗じ る」という2つの要素が組み合わされているが、このうち前者は、保 険法39条のxxに採用され、後者は採用されていない。したがって
1 0 1 保険法 39 条 1 項により、条件付保険契約の責任遡及条項が無効に なるとともに、 既に死亡保険事故が発生しているので、保険契約全体も 無効になると考えられる。
1 0 2 xxxx・前掲(注 8 ) 334 ~ 335 頁、 xxxx=xx=xx=x x・前掲( 注 2 ) 259 頁[ xx]、xxxx編・前掲( 注 38 ) 78 頁[ 𡈽𡈽 岐]、xxxx・前掲(注 5 ) 242 頁、xx・前掲(注 14 ) 7 ~ 9 頁参照。
1 0 3 x・前掲(注 14 ) 44 頁、xx・前掲(注 69 ) 503 頁[ x] 参照
1 0 4 xxxx・前掲(注 8 ) 334 ~ 335 頁、 xxxx=xx=xx=x x・ 前掲( 注 2 ) 259 頁[ xx]、 xxxx・ 前掲( 注 38 ) 78 頁[ 𡈽𡈽 岐]、xxxx・前掲(注 5 ) 242 頁参照。
1 0 5 xx・前掲(注 14 ) 8 頁参照。
後者については、これを要件としないとする立法意思があると考えざ るをえないのではないか 106 と考える。 また、実質的に考えても、保険契約者が保険事故の発生を知った上で保険契約の申込みを承諾す ることは、不当であり、それ以上、 相手方の不知に乗じることまで求 める必要はないと考える。
この点、立案担当者も、 契約締結時にすでに保険事故や給付事由が 発生している場合には、免責事由等がない限り、必ず保険給付を受け ることができることになるが、保険契約者等がそのことを知りながら 保険契約の申込みまたは承諾をした場合に保険給付の受領を認めるこ とは、 不当な利得を許容することになり相当でないことから、遡及保 険の定めを無効とする 107 とし、特に相手方の不知に乗じることが要件であるとはしていない。また、 当該規定は、その性質上強行規定 である 108 としている。
したがって 、保険法3 9条1項の一般的解釈として 、「不 当な利得と は、事故の発生または不発生の確定を知る関係者が相手方の不知に乗 じて不当の利得を企画することを防ぐ趣旨である」と解することは妥 当でないと考える。
1 0 6 この点、保険法部会においては、部会委員から、無効とする場合を
「保険契約の申込みの時に、保険契約者等が事故の発生の事実を知って おり、かつ保険者が知らない場合」とするアイデアも出された(第 1 回 議事録 26 頁 )が 、その 後その案が採用されることはなかったようである。 保険法部会第 1 回議事録 21 ~ 27 頁、第 8 回議事録 50 ~ 55 頁・参考資料
「いわゆる遡及保険に関する規律 」、第 14 回・xxxx、第 24 回・要綱案参照
(法務省 HP http:// www. moj. go. jp/ shingi 1 / shingi_hoken_index. html )。
1 0 7 萩本編・前掲(注 67 ) 62 頁参照。
1 0 8 萩本編・前掲(注 67 ) 63 頁参照。
それでは、 次に、承諾前死亡の場合に限って、 特別条件付契約の承 諾を行うことは、不当ではないから保険法39条 1 項に該当しない
109 と解することはどうだろうか。
たしかに、当初の契約申込み時点においては、保険事故は発生して いないし、その時点で保険契約の申込者は保障を受ける意思は存在し ていたのであるから、不当に利得を得ようとしていたわけではないとも考えられる。 しかし、 この時点の申込者の意思は特別条件付契約の 承諾の意思を含んでいるとは通常言えず、特別条件付契約については 承諾の意思表示を行う前段階でしかなかったのであり、 保険法39条
1項のいう「当該死亡保険契約の承諾をした時」であるとはいえない といわざるを得ない。
したがって 、特 別条件付契約において保険契約者が承諾を行う場合、原則として、 保険法39条1項に該当し、 当該保険契約は無効になる と解さざるをえないと考える。そのため、そのような保険法上の強行 規定に該当し無効となる契約の成立につながる保険者の変更承諾(当 初の契約の申込みの拒絶と特別条件付契約の申込み) を法的に強制す ることは妥当ではないと考える。
ただし、例外的に、 当初の契約申込み時点において、保険者側より 特別条件付となる可能性及び保険料の割増の程度等特別条件の内容について提示した上で、保険契約者がその場合でも契約を締結する旨の 意思を表明していた場合には、当初の契約申込みの意思表示に特別条 件付契約の承諾の意思表示が包含されていたため、保険法3 9条1項 に該当せず、その結果、保険者に変更承諾(当初の契約の申込みの拒 絶と特別条件付契約の申込み)の義務を課してよいと考える。
1 0 9 この点、xxxxは、変更承諾は契約者の申込みに対してなされるものであり 、契約者の 申込みの時点では死亡が発生していないのだから、 変更承諾を利用して保険による不当な利得を目論むことは考え難い(x x・前掲(注 14 ) 8 頁) とする。 また、契約者に棚ぼた的な利益を与え ることが問題であるが、棚ぼた的利益の排除にこだわるルールにする必 要性は高くない(xx・前掲(注 14 ) 9 頁) とする。
以上により、 特別条件を付す契約において、承諾前死亡が発生した 場合、原則として、 保険者が変更承諾( 当初の契約の申込みの拒絶と 特別条件付契約の申込み) を行う法的義務は生じないが、 例外的に、 当初の契約申込み時点において、 保険者側より特別条件付となる可能 性及び保険料の割増の程度等特別条件の内容について提示した上で、 保険契約者がその場合でも契約を締結する旨の意思を表明していた場 合には、保険者に変更承諾(当初の契約の申込みの拒絶と特別条件付 契約の申込み) の義務が生じるものと考える。
このように、 当初の契約申込み時点における保険契約者の特別条件 付契約の締結の意思の有無により変更承諾義務の有無を判断すること に対しては、契約者間のxxを害するとの反論がある。 しかし、恣意 的に判断するわけではなく、 保険契約者の特別条件付契約の締結の意 思の有無(特別条件付契約の客観的な契約成立可能性) という基準で xxに判断するのであるから、 契約者間のxx性に反するわけではな いと考える。
また、保険適格体の概念に条件付契約として契約締結できる場合も 含んでいるとの反論も考えられるが、 保険適格体という概念は保険者 が危険選択について有する利益と保険加入者の利益の調和点である
110 ので 、その調和点 をどう考えるのかという問題であるから 、私 見として既に述べた理由により、 保険適格体の定義から条件付契約とし
1 1 0 xx・前掲(注 8 ) [ ①文献]90 ~ 91 頁参照。
て締結できる場合は原則として除くとする考え方も可能であると考え る 1 1 1 。
ただし、以上は、法的に保険者に対して変更承諾(当初の契約の申 込みの拒絶と特別条件付契約の申込み) を行う義務を課すべきかどう かという問題である。
保険者の実務としては、特別条件の程度が非常に高く、 当初の契約 申込み段階における契約者の将来の特別条件付契約の承諾の可能性が かなり低い場合を除いて、当初の契約申込み時点において特別条件付 契約についての承諾もなされていたものとみなして、変更承諾(当初 の契約の申込みの拒絶と特別条件付契約の申込み) を行い保険金を支 払うこと、 あるいは、 特別条件付契約において承諾前死亡が発生した 場合に、 一律に当初の契約申込み時点において、 特別条件付契約につ いても保険契約者の承諾の意思があったものとみなして変更承諾(当 初の契約の申込みの拒絶と特別条件付契約の申込み) を行い保険金を 支払うことも可能であると考える。
Ⅵ おわりに
かつて承諾前死亡が検討された際には、背景として、 保険契約の成立段階において、 保険契約者となるものの申込みから保険会社の諾否
1 1 1 なお、自説に従った場合、当初の契約申込み時点において、特別条件付契約の締結の意思が存在していたものとみなせない場合には、保険 者の変更承諾義務を否定するだけでなく、保険者が変更承諾を行ったの ち、保険契約者が条件付契約について承諾の意向を表明するまでの間に 承諾前死亡が発生した場合にも保険金支払いを否定すべきではないかが 問題になる。この場合、保険者の契約自由の原則に対する侵害はないことをもって保険金支払いとすべきか 、保険法 39 条 1 項との関係を重視し て原則として保険金不支払いとすべきかは、今後の検討課題としたい。 変更承諾義務を否定する見解の中でも、こうした場合は保険金支払いを 認めるべきであるとする見解(x・前掲(注 13 ) 9 頁)と、今後の検討 課題とする見解(xx・前掲(注 14 ) 21 頁) がある。なお、いずれにせ よ、実務においてこうした場合に変更承諾の撤回を行わないこと、保険 契約が無効であることを主張しないことは可能であると考える。
の決定までに時間がかかることから、その間の保険契約者側の保護の 必要性が高いことがあった。
しかし、 現在では、 保険会社の IT 技術の採用等により、 申込み・告知情報の契約引受部門への即時報告等が行われ、保険会社内のネッ トワーク構築などにより内部決定の迅速化が図られ、以前に比べ保険 契約者の申込みから保険者の承諾までの所要時間は、大幅に短縮でき ており、 その結果、 承諾前死亡の発生件数は、以前に比べ大きく減少 している。 そのため、 現在では、xx前死亡の論点について、以前と異なり、あまり政策的な考慮をすることなく理論的に検討することが できるものと考えている。
一方で、特別条件付契約については、契約者に対する丁寧な説明が 必要であり、また、 丁寧な説明により契約者の納得さえ得られれば、 健康状態等から保険加入のニーズは高いだけに、契約成立に至る場合 も一定あるものと思われ、いたずらにスピードばかりが求められるも のでもないと考える。
しかしながら、 いずれにせよ承諾前死亡が生じることは保険契約
者・保険会社双方にとって好ましいことではないので、 保険会社とし ては 、今後も不 断の努力を重ね 、契約 成立にかかる所要時間を短縮し、
承諾前死亡が発生しないよう努力していくことが必要であると考える。
(筆者は日本生命保険相互会社勤務)