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平成14年9月27日 判決言渡
平成14年(ハ)第3341号 敷金返還請求事件
主 文
1 被告は,原告に対し,金35万7360円及びこれに対する平成14年1月8日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを20分し,その3を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
被告は,原告に対し,金41万7000円及びこれに対する平成14年1月8日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,xxx港区a丁目b番c号所在鉄筋コンクリート造5階建マンション d号室30.13平方メートル(以下「本件建物」という。)を,被告から賃借して(以下「本件賃貸借契約」という。)敷金41万7000円を差し入れていた原告が,本件賃貸借契約を解約して,本件建物から立ち退いたのに,賃貸人である被告が敷金を返還しないとして,敷金41万7000円及び遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 争いのない事実
(1) 原告は,被告から,本件建物を次の約定で賃借し,その際,原告は,被告に対し,敷金41万7000円を差し入れた。
① 賃貸借期間 平成12年4月19日から2年間
② 賃 料 月額13万9000円
③ x x 金 27万8000円
④ 敷 金 41万7000円
なお,敷金は,本件建物の明渡しがあったときは,遅滞なくその全額を無利息で返還しなければならない。ただし,本件建物の明渡し時に,賃料の滞納,原状回復に要する費用の未払その他本件賃貸借契約から生ずる賃借人の債務の不履行が存在する場合は,当該債務の額を敷金から差し引くことができる。この場合には,賃貸人は敷金から差し引く債務の額を賃借人に明示しなければならな い。
(2) 本件賃貸借契約は,原告の解約申入れによって終了した。
(3) 原告は,被告に対し,平成13年12月31日到達の内容証明郵便により,敷金41万7000円を内容証明郵便到達後1週間以内に支払うよう催告した。
(4) 被告から,原告に対し,平成13年12月4日付け見積書で,原状回復費用として,本件建物内のクロス張替費用,クッションフロアー張替費用,玄関ドア交換費用,つり込み施工費,クリーニング費用及び残材処理費の名目で合計金50万0
745円が提示された。
2 争点
(1) 本件賃貸借契約に際し,作成された住宅賃貸借契約書(以下「本件賃貸借契約書」という。)の特約事項3項の効力
(2) 原告が負担すべき原状回復費用の額
(被告の主張)
本件賃貸借契約書の特約事項3項は,「室内のリフォーム,壁,付属部品等の汚 損,破損の修理,クリーニング,取替,ペット消毒については賃借人の負担でこれらを行うものとする」旨,更に,同7項は,「ペットを飼育する場合,甲(被告)へペットの写真を提出するものとする」旨それぞれ定めている。
ところで,原告は,ペット(犬)を飼育し,室内のみならず,ベランダにまで排尿させる状態であった。
通常,賃貸用マンションにおいては,ペット不可のところがまだ多いが,本件建物では,ペット可とした上で,ペットについては,動物臭や毛,のみ等衛生の問題も残るので,特約事項を挿入しているものであり,その合理性はある。
一方において,賃借人のxxxとともに生活する権利を肯定はするが,他方において,ペットと居住することによって生じる衛生等の問題点については,賃借人が負担するのがxxに合致する。これが,ペット可ということで,賃料を近隣の賃貸マンションの賃料相場より高く設定しているのであれば,ペットの飼育を認めること
による負担は賃料に含まれているとの解釈も可能かもしれないが,本件賃貸借契約の場合には,そのような事情は存在しない。
したがって,本件においては,特約事項第3項がストレートに適用されるべき事案であり,クロス張替料金について,被告が原告に請求するのは当然である。
玄関ドアについては,何箇所にもわたって,窪みが作られており,通常の用法では到底生じない損害が存在し,なおかつ修理では完全に補修できず,交換しかない。これは,原告の通常の使用によって発生した瑕疵ではなく,用法違反である。
被告が本件建物の原状回復に要する費用は次のとおりである。
① クロス張替え 洋間 壁 4万2900円
② 同 同 天井 1万1700円
③ 同 キッチン 壁 3万6400円
④ 同 同 天井 1万4300円
⑤ 同 玄関 壁 2万0800円
⑥ 同 同 天井 3900円
⑦ 同 トイレ 天井 壁 1万9500円
⑧ クッションフロアー張替え 8万7400円
⑨ 玄関 鉄ドア 交換 15万0000円
⑩ つり込み施工費 3万5000円
⑪ 1DKクリーニング 5万0000円
⑫ 残材処理費 5000円
⑬ 消費税 2万3845円
合計金 50万0745円
(原告の主張)
本件賃貸借契約は,原告の解約申入れにより終了したが,被告から,原状回復費用として,平成13年12月4日付けで,本件建物内のクロス張替費用,クッションフロアー張替費用,玄関ドア交換費用,つり込み施工費,クリーニング費用及び残材処理費の名目で合計金50万0745円もの見積書が提示された。
しかしながら,原告は,本件建物を僅かに1年半強しか使用しておらず,本件建物について,通常の損耗以外に特別の損害を与えた事実はない。
したがって,甲第3号証に記載された費用は,いずれも原状回復費用として支払う必要のないものである。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)について
(1) 証拠によれば,次の事実が認められる。
① 原告は,被告に対し,本件建物を平成13年12月初旬に明け渡したこ
と。
② 本件賃貸借契約書の15条1項には,「乙は,本契約が終了する日までに(括弧内の記載は省略)本物件を明渡さなければならない。この場合において,乙は,乙又はその同居人,関係者の故意又は過失の行為により,本物件又は本物件の属する建物に破損,汚損,故障その他損害(喫煙による汚損を含む。)を生じさせたときは,甲の承諾のもとに,乙の費用負担で,本物件又は本物件の属する建物を原状回復しなければならない。但し,乙が任意に原状回復をしない場合には,甲は,乙の費用負担のもとに,原状回復することができる。」旨定められていること。
(「乙」は原告を,「甲」は被告を意味する。)」
③ 本件賃貸借契約書の特約事項3項には,「本契約,解約時に於ける室内のリフォーム,壁,付属部品等の汚損,破損の修理,クリーニング,取替,ペット消毒については賃借人の負担でこれらを行うものとする。尚,この場合専門業者へ依頼するものとする。」旨定められていること。
(2) ところで,通常の建物の賃貸借において,賃借人が賃借建物を返還するに際して負担する「原状回復」とは,賃借人の故意,過失による建物の毀損や,通常の使用を超える使用方法による損耗等について,その回復を約定したものと解するのが相当であって,賃借人の居住,使用によって通常生ずる建物の損耗についてまで,それがなかった状態に回復すべきことまで求めているものではないというべきである。
しかし,修繕義務に関する民法の原則は,任意規定であるから,借地借家法の趣旨等に照らして無効とするほど賃借人に不利益な内容の合意でない限り,当事者間の合意によって,民法と異なる内容の合意をすることも許されるものと解され
る。
(3) そこで,上記の解釈を前提として,本件賃貸借契約書の特約事項3項の合意の効力を検討すると,「室内のリフォーム」については,何らの限定もなく賃借人が室内のリフォームの費用を負担するという合意は,室内のリフォームは,大規模な修繕になることからすると,借地借家法の趣旨等に照らして無効といわざるをえ ず,また,「壁,付属部品等の汚損,破損の修理,クリーニング,取替」については,その文言からすると,本件賃貸借契約書15条1項に定める「原状回復」と同じことを定めたに過ぎないと解される。
しかし,「ペット消毒については賃借人の負担でこれらを行うものとする。尚,この場合専門業者へ依頼するものとする。」との合意は,ペットを飼育した場合には,臭いの付着や毛の残存,衛生の問題等があるので,その消毒のために,上記のような特約をすることは合理的であり,有効であると解される。
2 争点2について
(1) 証拠によれば,次の事実を認めることができる。
① 本件建物に居住したのは,原告の長女であるA(契約当時20歳)であり,同人が本件建物に居住した期間は,1年7か月強であること。
② Aは,本件建物内において,小型犬であるチワワを飼育したこと。
(2) 上記1(2)の解釈及び(3)検討の結果に基づき,被告主張の原状回復費用について,個別に検討する。
① 被告の主張①ないし⑦の洋間,キッチン,玄関及びトイレのクロス張替えについて
クロス張替えの根拠に関する主張が,本件賃貸借契約書の特約事項3項の「室内のリフォーム」に当たるとすれば,その理由がないこと上記説示のとおりであり,本件賃貸借契約書15条1項の「原状回復」に当たるとすれば,賃借人の故意,過失によって上記クロスを破損,汚損その他の損害を生じさせた事実を認めるに足りる証拠はない。また,ペット飼育による消毒のためであれば,クロスを張り替えるまでの必要性は認められない。
② 被告の主張⑧のクッションフロアー張替えについて
証拠によれば,クッションフロアーに,Aがつけたと推認される煙草のこげ跡とみられる損傷が存在し,その修理費(部分補修)として,3800円を要することが認められる。
上記の費用以外には原告が負担すべき費用のないこと,上記①のクロス張替えに関する説示と同様である。
③ 被告の主張⑨の玄関の鉄ドアの交換について
証拠によれば,玄関の鉄ドアの外側の部分に傷がついていることが認められるが,傷は居室の外部についているのであって,賃借人の故意,過失によってその傷がつけられた事実を認めるに足りる証拠はない。
④ 被告の主張⑩のつり込み施工費について
証拠によれば,つり込み施工費は玄関鉄ドアの交換に際し必要とされる費用とのことであるから,玄関鉄ドアの交換が認められない以上発生する費用ではない。
⑤ 被告の主張⑪の1DKクリーニングについて
上記説示のとおり,ペット消毒については賃借人の負担でこれを行う旨の合意は有効と解されるのであり,1年7か月強の賃貸借期間中,仮に,Aが証言するように,本件建物内で犬を飼育した期間が100日くらいであり,殆ど飼育用のゲージ内で飼育していたとしても,臭いの付着や毛の残存,衛生の問題から室内を消毒する必要性のあることが認められる。被告から消毒費用としての具体的な主張立証はないものの,室内クリーニングによって,実質的に消毒的な効果が代替され得るものと思われるし,証拠によれば,Aは,洗面所の鏡の周囲にシールを貼 り,そのままで退去した後,被告がクリーニング費用の費目で原状回復したことが認められるので,1DKクリーニング費用5万円は原告の負担とするのが相当である。
⑥ 被告の主張⑫の残材処理費について
上記説示のとおり,クッションフロアーに部分補修を必要とする煙草のこげ跡とみられる損傷が存在し,その残材を処理する必要性が認められるところ,証拠によれば,その費用は,残材の量の多寡ではなく,主に人件費であると認められるが,被告の主張では大量の残材を処理することが予定されていたのに,上記のとおり原告の負担とされる部分は少量の残材分にしか過ぎないのであるから,残材処理費は3
000円の範囲内で原告の負担とするのが相当である。
(3) 上記検討の結果によれば,クッションフロアーの部分補修費用3800 円,1DKクリーニング費用5万円,残材処理費3000円及びそれらの消費税2
840円の合計金5万9640円が原告の負担すべき費用となる。
3 以上によれば,原告の請求は,原告が被告に預け入れた敷金41万7000円から,上記原告が負担すべき費用である5万9640円を控除した35万736
0円の支払を求める限度で理由があるが,その余の請求は理由がないので棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京簡易裁判所民事第1室
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