Point
① 手早く契約書の起案者の意図を見抜くよう努めます。
② 契約書が定型書式を参考にしたと思われる場合、一般的な契約条項の列挙にとどまっていないかを確認します。
③ 契約書が定型書式を参考にしていないと思われる場合、起案したのが自社なのか相手方なのか、当該案件のために書き下ろしたものなのか、繰り返し利用されているものなのかを確認し、審査する必要があります。
④ 契約書の条項の流れが、契約の目的→契約の内容→付随的な義務→担保→債務不履行(損害賠償・解除等)→契約期間→紛争解決という順番になっているかを確認します。
⑤ 契約書の条項の加除・修正が可能であるかどうか、依頼部署に確認します。
Point
◆手早く契約書の起案者の意図を見抜く
契約書を要領よく確認・検討するためのコツは、手早く契約書の背後にあるもの、すなわち、契約書の起案者は、まず、どのような意図をもって起案したかを見抜く必要があります。取引やその後に起こり得る紛争を有利に導こうとしているのか、自社とのトラブルを恐れているのか、税金上の都合で何らかの帳票が必要だからと考えているのか、いろいろな想定ができます。眼光紙背に徹することです。
次に、どれだけの時間と労力をかけて起案したかを想像しましょう。注目すべきは、契約書の条数です。日本の契約書は、アメリカの契約書などと比較して、細かなことを書き込まないものが多いといわれています。筆者の経験からすると、契約内容が民法上の典型契約か、非典型契約かによって異なりますが、おおむね20条くらいの契約書が多いように感じます。条数が20条以内のものであれば、日本的な契約書として契約の大まかな点を規定したにすぎず、細部は解釈に委ねられると考える必要があります(A4で1、2枚又はB4の左右2段組みで1枚程度)。このような簡潔な契約書がよいかどうかは別として、関係者の頭にスッと入ってくるということで、現場では好まれる傾向があるのも確かです。別の見方をすると、このような契約書は契約の両当事者に
とって、契約書を交わすメリットとデメリットという観点からは等しい、無難な契約書ということができます。しかし、それでは依頼部署の実現しようとしている契約の目的を十分に達成できない場合がありますので、この点は、依頼部署に対し、当該契約書によると細部は解釈に委ねられることを説明することが肝要です。
これに対し、条数が20条を超えるものであれば、起案者は、時間と労力をかけて当該案件のために特別に書き下ろしているわけですから、その意味で、より工夫された契約書になっているものといえます。この場合は、依頼部署が起案したのか、それとも相手方が起案したのかを確認し、注意深い審査が必要です。
◆契約書が定型書式を参考にしたと思われる場合
契約書を起案する場合、他の契約書を参考にそれを修正しながら起案するのが普通です。そこで、審査担当者は、契約審査の対象となる当該契約書が、どのような契約書を参考にして起案されたかをイメージすることが大切です。
契約書は、契約書のひな型を掲載した市販の出版物などから引用した定型的な参考書式(以下「定型書式」といいます。)に基づいて起案される場合と、定型書式によらないで、当該案件のために特別に書き下ろされる場合とがあります。後者には、当該契約の一方当事者が常日頃利用しているときと、当該案件のために今回特別に書き下ろすときとがあります。
定型書式を参考にしたと思われる場合には、「一般的な契約条項の列挙にとどまっていないか」「いざというときに役立たないのではないか」を考えなければなりません。すなわち、市販の出版物にある定型的な契約書のひな型は、多くのケースに利用できるように、あえて一般的な契約条項を列挙するにとどまっていることが多く、定型書式に従って起案される場合には、細やかな規定が抜け落ちてしまいがちになることです。例えば、債務不履行の場合の損害賠償額の予定条項や、逆に損害賠償を制限する条項などは定型書式には入っておらず、これに従うと契約書にも入りません。
◆契約書が定型書式を参考にしていないと思われる場合
当該契約書が定型書式を参考にしていないと思われる場合には、まず、次の二つのことを考えなければなりません。
第1に、どちらの契約当事者が当該契約書の起案を担当したのかということです。自社の依頼部署が起案した場合には、当該依頼部署の契約の目的を実現するために、特別に何かの参考書式を参考にして、又はひな型となるような契約書を合成して、当
該案件のために特別に書き下ろしているわけですから、その意味で、より工夫された契約書になっていると見て間違いありません。しかし、依頼部署の意図が的確に当該契約書上に表現されているとは限りませんし、依頼部署が勇んで、相手方にとってあまりにも重いペナルティ条項を入れているなど、契約当事者間のバランスを欠く条項、独占禁止法違反等、コンプライアンス上の問題があるかもしれません。この点を確認する必要があります。
これに対し、相手方が起案した場合には、全条文にわたって特に注意深く審査する必要があります。当該契約に向けて相手方が特別に書き下ろした契約書は、全体として、相手方に一方的に有利なものであることもあり、また、自社の依頼部署にとって思わぬ落とし穴となる条項があるかもしれないからです。
第2に、契約書が定型書式を参考にしていないと思われる場合でも、繰り返し利用されているひな型による場合もあるということです。当該契約書が、自社が繰り返し利用しているひな型に基づいて起案されたものであるならば、審査担当者にとっておおむね安心してよい契約書といえるでしょう。これに対して、相手方が、繰り返し利用しているひな型の場合には、原則として、全条文にわたって注意深く審査する必要があります。
以上の関係を表にすると次のとおりです。
【契約書が定型書式を参考にしていないと思われる場合の留意点】
自社起案 | 当該案件のために書き下ろしたもの | 勇み足がないか確認を要する。 |
繰り返し利用しているもの | おおむね安心してよい。 | |
相手方起案 | 当該案件のために書き下ろしたもの | 全条文にわたって特に注意深く審査する。 |
繰り返し利用しているもの | 全条文にわたって注意深く審査する。 |
◆契約書の条項の流れ
契約書の条項には流れがあります。審査担当者は、次のような流れをつかんでおくと、契約条項の抜け漏れに気付きます。また、この流れに沿わない条項については、依頼部署に対して修正を指示しましょう。細かいようですが、契約書の条項の流れは大切です。この流れが乱れていると、依頼部署の担当者に思わぬ誤解やトラブルを与える元になります。
【契約書の条項の流れ】
契約の目的 | 前文又は第1条に記載してあることが多い。ここから、契約の目的及び売買、賃貸借等の契約類型が分かる。 |
契約の内容 | 売買の場合には、売買の対象となる目的物の特定がなされる。この場合、対象物件は、契約書の冒頭又は末尾の物件目録に記載されることも多い。これに対し、対価としての代金の支払が義務の場合には、代金額、支払時期及び支払方法(現金による振込か、約束手形か)が定められる。 |
付随的な義務 | 秘密保持条項、反社会的勢力排除条項等、契約の内容に付随的な条件等がここに置かれる。 |
担 保 | 譲渡担保設定条項等。なお、連帯保証条項は最後に置かれることが多い。 |
債務不履行(損害賠償・解除等) | 債務不履行の効果として、損害賠償、契約の解除が続く。これらについては、契約書に特に定めがなくても、民法の一般的な損害賠償の規定(民・新民415・416)や契約の解除の規定(民540・541・543・ 545、新民540〜543・545)が適用される。 |
契約期間 | 期間満了の場合の措置、自動更新条項等。 |
紛争解決 | 誠実解決条項、専属的合意管轄等の条項。 |
弁護士に聞きたい!
Q12 定義条項の意義
最近、契約の目的規定の後の第2条あたりに、「定義」との条項があるのをよく見かけます。このような「定義」条項を設ける意味はどこにあるのでしょうか。
A 契約書の条項数が多数にわたる場合、例えば、秘密保持契約、特許実施権許諾契約、ソフトウェア開発委託契約、フランチャイズ契約等の非典型的な契約書の場合において、重要な用語を契約書中の各条項中に定義付けていると、読んでいるうちに忘れてしまい、後から探しにくいことがあります。そこで、冒頭に定義規定を設けるのです。条項数が20条ほどの契約書であれば、あえて設ける必要はないと思います。
新民法と契約審査
〇前文・目的規定の重要性
新民法では、履行不能について、「債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能である」と定義付けています(新民412の2
①)。また、債務不履行に基づく損害賠償請求についての債務者の帰責事由について、「債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるとき」と定義付けています(新民415①ただし書)。いずれも、取引上の社会通念と共に
「契約その他の債務の発生原因」に照らしてその有無が判断されます。新民法が、契約当事者の意思を重視していることの現れです。
また、売主の瑕疵担保責任についても、新民法は、「隠れた瑕疵」(民570)の考え方から離れて、契約の内容に適合しないもの(以下「契約不適合」といいます。)と規定しました(新民562①本文)。
これらは、新民法では、当事者の契約内容に着目して、履行不能になるか否か、債務者の帰責事由の有無、契約不適合になるか否かを判断するということであり、今後、契約書において、契約内容をできる限り明確に定めることが求められます。そこで、契約書の前文において、契約に至った経緯や動機等を端的に記載したり、目的規定において、当事者の意図や実現を目指す価値を明示したりすることも有力です。
例えば、開発委託契約であれば、その前文において、委託者は、その先開発委託した技術を何に利用するのかを記載することで、開発委託契約の債務の内容を示し、履行不能や債務者の帰責事由、契約不適合の判断に資することができます。
前文・目的規定をこのような目的のために記載するのは新しい発想です。
◆契約書条項の加除・修正の可能性
契約書を相手方が起案し、自社に提出するような場合、相手方との力関係いかんによっては、相手方が当該契約書は相手方の通常用いているものであり、条項の加除・修正はできないと主張してくることもあります。
この場合でも、審査担当者としては、それを鵜呑みにしてはいけません。相手方が自社の商品の買い手であり、力関係としては上手であっても、契約書の条項について
合理的な指摘をすれば、受け入れてくれることも多々あります。また、参考書式が相 手方のひな型であり、それ自体の条項を修正することができないとしても、別途、個別に覚書を交わして、当該案件に特有な事項を盛り込むことが可能な場合もあります。しかし、それでも、条項の加除・修正ができないという場合には、次の点について
依頼部署に注意を促す必要があります。
第1に、契約書の各条項を現実に実行できるのかということです。実行できない条項を持つ契約書を交わすというのはおかしいと思うかもしれませんが、実際にはよくあります。
例えば、製作物供給契約の受給者の立場において契約審査をする場合において、「受給者は、製作物が供給された日から1週間以内に供給された全製作物を検品し、その性能・品質が本件契約書に定めたものに合致しない場合には、直ちにその旨を供給者に通知しなければならない。受給者がこれを怠った場合は、以後、製作物について欠陥の申立てはできないものとする。」という条項に直面したとします。
しかし、実際に、製作物が供給された日から1週間以内に全製作物を検品するということが可能でしょうか。もちろん、製作物の内容によっては可能かもしれませんが、この点、依頼部署に、「契約書にある検品は実際問題として実施するのですか?」と確認する必要があります。その回答が「できない」というものであれば、その旨を相手方に申し出て条項を変更する必要があります。相手方もできないことを強いるのは難しいと考えるでしょうから、交渉の余地が生まれてくるはずです。
第2に、条項の加除・修正ができない場合には、当該契約書を交わす場合、「〇条は、
……というもので注意が必要です。」と注意点を指摘するのが大切です。難しい問題を難しい問題としてあらかじめ覚悟しておくことが大切です。
(xxxx)
書式例3
秘密保持契約書
秘密保持契約書
〇〇株式会社(以下「甲」という。)と〇〇株式会社(以下「乙」という。)は、甲乙間で〇〇の共同開発事業(以下「本事業」という。)を行うに当たり、相互に開示又は提供される情報の取扱いについて、次のとおり秘密保持契約を締結する。
第1条(秘密情報)
1 本契約において、秘密情報とは、本事業遂行の目的で、書面、電子メール、口頭、電子記憶媒体その他形態を問わず、相手方(以下「開示者」という。)より提供又は開示された技術上及び営業上の情報のうち、開示の際に秘密である旨明示されたものをいう。
2 口頭で開示された情報については、開示者が、開示の時点で秘密である旨を明示し、かつ、その相手方(以下「被開示者」という。)に対し、開示の日より10日以内に当該情報の概要及び当該情報が秘密である旨を明示した書面が提供された場合に限り、秘密情報として取り扱う。
【チェック事項】
秘密情報の範囲については、開示される情報の種類、内容、情報の適正管理、今後の事業展開等を踏まえ、秘密である旨の明示を要件とするか否かを含め、その範囲を具体的に特定するべきです。
なお、秘密である旨の明示をもって秘密情報の範囲を特定する場合には、特に口頭で開示された情報について、当該情報が秘密情報に含まれるか否かの解釈に争いが生じることがないように、運用を具体化しておくことが望ましいです。
3 前2項の規定にかかわらず、次に定める情報は秘密情報に含まれない。
① 開示者から開示を受けた時点で、既に公知であったもの
② 開示者から開示を受けた後、被開示者の責めによらないで公知となったもの
③ 開示者から開示を受ける以前から被開示者が既に保有していたことを証明し得るもの
④ 正当な権利を有する第三者から秘密保持義務を負うことなく開示されたもの
⑤ 開示者から開示された情報を使用することなく、被開示者が独自に開発、知得したもの
【チェック事項】
秘密情報からの除外事由を定める場合には、情報開示の目的のみならず、自社の事業展開を踏まえた考慮が必要です。本契約のように共同開発の事業を目的とする場合、自社が独自に知得した情報の利用が制限されることにより、自社の製品開発
第2章 3 秘密保持の方法 115
ともに、開示者に対しその事実を証明する書面を提出しなければならない。第9条(事故時の対応)
秘密情報が漏洩した場合又はそのおそれが生じた場合、被開示者は直ちに開示者に対し情報の内容、流出経路及び流出範囲等を報告し、開示者の指示に従い、秘密情報の回収等適切な処置を講じて損害の発生及び拡大防止に努めなければならない。
第10条(損害賠償)
甲及び乙は、本契約に違反して相手方に損害を与えたときは、その損害(当事者が予見し、又は予見することができた特別事情による損害、合理的な範囲内における弁護士費用を含む。)を賠償しなければならない。
第11条(有効期間)
1 本契約の有効期間は、本契約締結日から2年間とする。ただし、期間満了の3か月前までに甲又は乙から本契約を延長させる旨の意思表示がなされたときは、甲乙協議の上、当該期間を延長することができる。
2 第2条ないし第10条及び第12条の規定は、本契約が終了した後も効力を有する。
第12条(合意管轄)
本契約又は本契約に関連して、甲乙間に生じる全ての紛争は、〇〇地方裁判所を第xxの専属的合意管轄裁判所とする。
第13条(協議事項)
甲及び乙は、本契約に規定のない事項及び本契約の条項に関して疑義が生じたときは、xxxxの原則に則り、誠意をもって協議する。
以上の契約を証するためこの証書2通を作成し、甲及び乙は各々その1通を保有するものとする。
平成〇年〇月〇日
〇〇県〇〇市〇〇〇丁目〇番〇号甲 〇〇株式会社
代表取締役 〇 〇 〇 〇 印
〇〇県〇〇市〇〇〇丁目〇番〇号乙 〇〇株式会社
代表取締役 〇 〇 〇 〇 印
◆チェックリスト
秘密情報の対象 | |
1 情報を提供する側の場合 ・情報を提供する目的は何か ・情報を提供する目的を達成するために提供しなければならない情報は何か ・情報を提供する形態はどのようなものを想定しているのか(口頭・書面・記憶媒体等) ・秘密とすべき情報に漏れはないか(不正競争2⑥参照) ・秘密情報と称して個人情報を提供していないか(個人情報保護法違反をしていないか) ・秘密保持義務の除外規定に過不足はないか ・基本契約に付随して秘密保持契約が締結されるような場合、その優劣関係に問題はないか | □ □ □ |
□ □ | |
□ □ | |
2 情報提供を受ける側の場合 ・情報提供を受ける目的は何か ・情報提供を受ける目的を達成するために提供を受けることが必要な情報は何か ・情報提供を受ける目的との関係で、秘密情報の対象を限定する必要はないか ・情報提供を受ける形態(口頭・書面・記憶媒体等)との関係で、秘密情報の対象を限定する必要はないか ・情報管理体制との関係で、「秘密であることを明示したもの」などの限定を付す必要はないか ・秘密保持義務の除外規定に過不足はないか | □ □ |
□ □ | |
□ | |
□ | |
利用目的 | |
・提供した秘密情報の利用目的が制限されているか(特に情報を提供する側から) | □ |
開示対象者 | |
1 情報を提供する側の場合 ・契約の相手方の役員、従業員のうち、どの範囲の者まで情報の開示を認めるか(契約の相手方の規模・契約目的との対比) ・契約の相手方の役員、従業員に情報が開示されるに当たり、当該役員らに対し秘密保持の措置を求めているか ・契約の相手方の役員、従業員に情報が開示されるに当たり、契約の相手方内部における情報管理体制に問題はないか(管理体制の検査等を行う必要があるか) ・契約の相手方の管理について、管理責任者の選任などを具体的に明示するこ とが必要な場合に該当するか | □ |
□ | |
□ | |
□ |
第3章 1 売買契約 119
第3章 売買契約の審査
第
3章
1 売買契約
① 売買契約においては、取引当事者、目的物(特に、その品質、性能、仕様等)及び代金額といった契約の基礎的事項の確認をするとともに、契約書の各条項が民法や商法の規定と異なる場合には、その内容の検討、民法や商法に規定がある事項について契約書に定めがない場合には、その規定の内容を補充的に記載することの検討をすることになります。
② 新民法では、原則として目的物の引渡し後の滅失・損傷を理由に買主が履行の追完請求、代金減額請求、損害賠償請求及び解除の権利主張をすることができない旨が規定されましたが(新民567)、確認的に条項を入れた方が望ましいといえます。
③ 売買契約の解除は、原則的に契約の一般原則と同様ですが、商法に特則がありますので注意しましょう。
④ 新民法では、売買の目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときの売主の担保責任として、損害賠償請求や契約解除が定められています。
Point
◆売買契約の審査
(1) 売買契約の審査のポイント
売買契約の審査のポイントは次のとおりです。
① 契約の基礎的事項(取引当事者、目的物及び代金額)の確認
② 契約書の各条項が民法や商法の規定と異なる場合には、その内容の検討
③ 民法や商法に規定がある事項について、契約書に定めがない場合には、その規定の内容を補充的に記載することの検討
(2) 売買契約の内容
売買契約とは、売主がある財産権を買主に移転し、買主がこれに対してその代金を支払う契約をいい(民555)、売買契約が成立すると、売主は目的物の引渡義務を負い、買主は代金支払義務を負います。
第3章 1 売買契約 123
した場合でも買主は代金を支払わなければならないとされています(民534①)。
目的物が滅失してしまったのに、代金を支払わなければならないという現行民法の規定は不合理であるため、実務では、特約で危険の移転時期を目的物の引渡し時と定めることが多いようです。
新民法では、目的物の滅失・損傷に関する危険が、目的物の引渡しによって売主から買主に移転し、原則として引渡し後の滅失・損傷を理由に買主が履行の追完請求、代金減額請求、損害賠償請求及び解除の権利主張をすることができない旨が規定されたことにより(新民567)、現行民法下における不合理性は明確に解消され、特約条項を入れなくても問題はないと考えられます。しかしながら、確認的に条項を入れた方が望ましいといえるでしょう。
新民法と契約審査
〇危険負担制度の見直し
新民法においては、目的物の所有者が危険を負担すべきとの考えに立っていた現行民法534条及び535条は削除され、当事者双方の責めに帰さない事由によって債務の履行が不可能となった場合は、債権者は反対給付の履行を拒むことができると規定されました(新民536①)。また、目的物の滅失等の危険の移転について、新民法567条1項は、「売主が買主に目的物(売買の目的として特定したものに限る。以下この条において同じ。)を引き渡した場合において、その引渡しがあった時以後にその目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、買主は、その滅失又は損傷を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。この場合において、買主は、代金の支払を拒むことができない。」と定めており、目的物の滅失及び損傷に関する危険は、目的物の引渡しによって移転することが明記されました。これらの規定により、現行民法下における危険負担制度の不合理性は解消されたため、あえて特約を設ける必要性はなくなりましたが、念のため危険の移転時期について定めた方がよいことは本文で述べたとおりです。
なお、新民法536条1項においては、債権者は反対給付の履行を拒むことができるのみであるため、債務を消滅させるためには解除をする必要があることに留意しましょう。