Contract
【令和4 年3 月作成】
56 労働協約
1 労働協約とは
労働組合と使用者が団体交渉等において組合員の労働条件等について合意に達した事柄を文書化し、双方の代表者が署名または記名押印したものを「労働協約」という【労働組合法第14 条】。上記の定義が守られていれば、書面の名称や形式は問わない。例えば、名称が「労働協約」ではなく「覚書」や「協定」等であっても、あるいは一項目のみに関する合意であっても労働協約となる。
判例では、書面が作成され、かつ、両当事者が署名又は記名押印しない限り、労使間合意には労働協 約としての規範的効力は生じないとしたものがある【xx自動車教習所事件 最三小判 平13.3.13】。また、労働協約に何を定めるかは強行法規に反しない限り、原則として締結当事者(労働組合と使用
者)で自由に取り決めることができる。
2 労働協約の有効期間
(1)期間を定める場合の上限
労働協約において定めることができる期間は、最長3 年であり、3 年を超えて協約を締結したとしても3 年の協約を締結したものとみなされる【労働組合法第15 条第1 項、同条第2 項】。これは、長期の拘束力を認めると、社会経済情勢の変化等への適切な対応が阻害されたり、労使関係の硬直化を招く恐れがあり、そのような事態を防止することを目的としている。
(2)期間の自動更新・自動延長
期間満了による無協約状態を避けるために、自動更新や自動延長の規定を設ける場合がある。自動更新の場合は現協約と同一有効期間の協約が新たに成立することとなるが、自動延長の場合は新協約の締結ではなく、暫定的に現協約の期間を延長するものと考えられる。なお、自動延長に期間を定める場合には、延長期間はもとの協約の有効期間と合せて3 年を超えることはできない【労働組合法第 15 条第1 項及び同条第2 項】、【昭24.8.8 労発 第317 号】。なお、延長期間が満了すれば、当該協約は失効する。
(3)解約
期間を定めずに締結された労働協約は、労使一方の当事者が署名または記名押印した文書によって相手方に少なくとも 90 日以上前に予告すれば解約することができる【労働組合法第 15 条第 3 項及び
第4 項】。この解約権の行使に制限は設けられていないものの、支配介入に当たるため積極的に解約権を濫用することは認められない。判例では、実質的に協議を尽くさないまま使用者が労働組合に対して労働協約の解約の通告をしたことが不当労働行為と判断されたものがある【駿河銀行事件 東京高判 平2.12.26】。
3 労働協約の効力
労働協約には主に「規範的効力」と「債務的効力」という2つの効力が生じる。
「規範的効力」は労働協約の基準が個々の労働者の労働契約内容を規律する効力であり、労働組合法では労働協約に定められた労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は無効とし、無効となった部分及び労働契約に定めがない部分は、協約の基準の定めによると規定されている【同法第 16 条】。また、就業規則は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない【労働基準法第92 条】。
一方「債務的効力」は協約締結の当事者間で認められ、通常の契約と同様に強行法規に反しない限り、当事者の契約自由の原則のもと、広く認められる債権債務としての効力である。この効力は「規範的効力(労働者の待遇に関する基準)」部分も含め労働協約全体に生じるが、特に「規範的効力」の範囲外となる「債務的効力」のみが生じる部分は「債務的部分」と称される。それぞれの効力が及ぶ
具体的な事項を例示すると次のとおりとなる。
(1) 規範的効力が生じる部分(労働者の待遇に関する基準)
ア 給与及び退職金に関する事項(賃金、賞与、昇給、退職金の額や支給時期等)イ 労働時間、休日、休暇に関する事項
ウ 安全衛生・職場環境に関する事項エ 災害補償に関する事項
オ 人事に関する事項(人事異動、昇任・降格、休職、懲戒、解雇などの取扱い等)カ 福利厚生に関する事項 など
(2) 債務的部分(債務的効力のみが生じる部分)
ア 組合組織に関する事項(組合員の範囲、ユニオン・ショップ制等)
イ 組合活動に関する事項(就業時間中の組合活動、企業施設の利用、在籍専従者制度等)ウ 団体交渉に関する事項(交渉事項の範囲、交渉手続き、担当者、交渉委任禁止等)
エ 労働争議に関する事項(団交不調時の労働委員会のあっせん申請義務、争議行為開始前の通知義務、争議行為中の保安要員の確保、スキャップ禁止協定、争議行為中の遵守事項等)など
4 労働協約の拡張適用(一般的拘束力)
(1)事業所単位の一般的拘束力
労働協約は、本来、締結した労働組合の組合員に対してのみ効力を生じ、それ以外の労働者への効力は生じない。この原則に対する例外措置として、「一の工場事業場に常時使用される同種の労働者の 4 分の3 以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至ったときは、当該工場事業場に使用される他の同種の労働者に関しても、当該労働協約が適用される」【労働組合法第17 条】とされており、これを労働協約の「一般的拘束力」という。
一般的拘束力との関係で、多数派組合の労働協約が少数派組合の組合員に適用されるかについては、学説・判例上、肯定・否定両説に分かれているが、いずれの場合も少数組合がより有利な協約を求めて団体交渉等を行うこと自体は否定されていない。
(2)地域的な一般的拘束力
一の地域において従事する同種の労働者の大部分が一の労働協約の適用を受ける場合には、当該労働協約の当事者の申立てに基づき、労働委員会の決議により厚生労働大臣又は都道府県知事は、当該地域において従業する他の同種の労働者及びその使用者も当該労働協約の適用を受けるべきことの決定をすることができる【労働組合法第18 条第1 項】。
ただし、この制度は、職業別または産業別労働組合が締結する横断的な労働協約が前提であるため、企業別労働協約が主流の我が国の労働組合の実情を見ると活用されるケースは少ない。
5 労働協約による労働条件の不利益変更
労働協約で定められた労働条件その他の労働者の待遇に関する基準は、規範的効力により締結した労働組合に加入する組合員及び一般的拘束力を受ける労働者に適用されるが、その基準が適用を受ける労働者にとって不利益となる場合においても適用されるのかが問題となる。
これについて判例では、原則として不利益がある場合においても適用を受けるとしながら、適用するか否かは組合員に生じる不利益の程度、会社の経営状況による労働条件変更の必要性、協約内容全体の合理性、組合員の意思が協約締結に当たってどの程度反映されたか等を総合的に考慮することが必要であるとされている。
また、一般的拘束力を受ける非組合員についても、判例では、定年年齢及び退職金算定基準の引下げにおける不利益変更を伴う労働協約が非組合員へ適用されるかが争われた事案で、原則的には非組合員にも規範的効力が及ぶとしたものの、非組合員は組合の意思決定に関与しないことなどから、協約の不利益の程度、非組合員の組合資格の有無等に照らし、拡張適用が著しく不合理であると認められる特段の事情があるときには規範的効力は及ばないとし、適用を否定したものがある【朝日火災海
上保険事件(xx) 最三小判 平8.3.26】。
6 会社合併・会社分割・事業譲渡における労働協約の取扱い
〔合併・分割・事業譲渡の概要及び主要判例は「№51」を参照〕
(1)会社合併
合併においては、消滅会社(合併前の会社)の権利義務は、吸収合併存続会社または新設合併設立会社(合併後の会社)に包括的に継承される【会社法第750 条第1 項、第754 条第1 項】。したがって、消滅会社と締結した労働協約も原則的にそのまま承継されることとなる。
ただし、現実には合併の背景にある会社の経営状況や合併後の会社で複数の労働条件が併存する場合等に一定の労働条件の調整による労使間の協議が行われることが想定される。
(2)会社分割
会社分割では、労働協約のうち債務的部分については、分割会社(分割前の会社)と労働組合が合意し、分割契約等に記載することで承継会社(分割後の会社)等に継承することができる。
また、分割会社と労働協約を締結する労働組合の組合員が、承継会社等に承継された場合は、承継会社と当該組合との間で、同一の内容の労働協約(前述の労使合意により承継された債務的部分を除く)が締結されたとみなされる【会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律第6 条】。
(3)事業譲渡
事業譲渡においては、譲渡会社の財産が譲受会社に承継されるかどうかは原則として当事者間の契約によって決まる。よって譲渡会社と労働組合が締結していた労働協約が譲受会社に承継されるか否かは、譲渡会社、譲受会社、労働者(労働組合)の三者の合意によって決まるというのが通説となっている。
「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針(厚生労働省 平28.8作成)」では、譲渡会社等は事業譲渡に当たり、労働者の過半数で組織する労働組合(なければ労働者の過半数を代表する者)との協議に当たっては、その雇用する労働者の理解と協力を得るために労使対等の立場で誠意をもって協議することへの留意事項が示されている。また、譲渡会社等は労働組合から事業譲渡に伴う労働者の労働条件等に関して適法な団体交渉を申し入れられた場合に、当該協議が行われていることをもって、その申入れを拒否することはできないことにも留意が必要とされている【同指針第2 第2 項(1)イ、ハ】。