IASB 公開草案「サプライヤー・ファイナンス契約(IAS 第 7 号及び IFRS 第 7 号の修正案)」の概要
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IASB 公開草案「サプライヤー・ファイナンス契約(IAS 第 7 号及び IFRS 第 7 号の修正案)」の概要
ASBJ 専門研究員
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1.はじめに
国際会計基準審議会(IASB)は、2021 年 11月に、公開草案「サプライヤー・ファイナンス契約(IAS 第 7 号及び IFRS 第 7 号の修正案)」
(以下「本公開草案」という。)を公表した(コメント期限:2022 年 3 月 28 日)。本公開草案は、サプライヤー・ファイナンス契約に適用される IFRS 基準の要求事項を補完するために、 IAS 第 7 号「キャッシュ・フロー計算書」(以下「IAS 第 7 号」という。)及び IFRS 第 7 号
「金融商品:開示」(以下「IFRS 第 7 号」という。)を修正し、注記において追加的な情報を開示することを企業に要求することを提案している。本稿では、本公開草案の内容の概要を紹介する。なお、文中の意見にわたる部分は、筆者の私見であることをあらかじめ申し添える。
2.本公開草案の公表に至る経緯
本公開草案は、IFRS 解釈指針委員会(以下
「委員会」という。) に寄せられたサプライチェーン・ファイナンス(リバース・ファクタ
リング)契約に関する次の質問への対応を契機として検討されたものである。
⑴ リバース・ファクタリング契約に関連する債務の表示方法(すなわち、関連する請求書がリバース・ファクタリング契約の一部である場合に、受け取った財又はサービスに対して支払う負債をどのように表示するか。)
⑵ リバース・ファクタリング契約に関して、企業が財務諸表上、開示することが求められる内容
委員会は、この質問に対し、IFRS 基準における適用される要求事項を説明するために 2020 年 12 月、アジェンダ決定「サプライチェーン・ファイナンス契約─リバース・ファクタリング」を公表した。委員会は、このアジェンダ決定の中で IFRS 基準における諸原則及び要求事項は、サプライチェーン・ファイナンス契約に関連する負債及びキャッシュ・フローの表示並びに当該契約により生じる流動性リスクに関して注記において開示すべき情報を企業が決定するための適切な基礎を提供していると結論を下した。この結果、委員会はこれらの事項についての基準設定プロジェクトを作業計画に追加しないことを決定した。
しかし、財務諸表利用者からは、既存の要求
事項を適用して企業が提供する情報だけでは、投資家のニーズのすべてを満たせない可能性があり、特に、サプライチェーン・ファイナンス契約の性質及び当該契約が企業の運転資本に及ぼしている影響に関する情報は入手できない可能性や、当該観点からの具体的な開示要求事項がなければ、どの企業が当該契約を締結しているのか、及び当該契約が財務諸表に及ぼす影響について明確ではないため、比較可能性が妨げられる可能性があるとの指摘が寄せられた。
このため、IASB は、追加的な開示要求事項を含めるために IFRS 基準を改訂することにより、企業が締結したサプライチェーン・ファイナンス契約に関する有用な情報を投資家に対して提供できるようになると結論付けた。
3.本公開草案の概要
IASB は、本公開草案の検討にあたり、サプライチェーン・ファイナンス契約ではなく、
「サプライヤー・ファイナンス契約」という用語を使用している。IASB は、サプライチェーン・ファイナンス契約という用語は、企業が仕入先に対して負っている金額について資金を供給する契約(支払債務ファイナンス又はリバース・ファクタリング契約など)に限定されているのが通常であるが、この用語はより幅広く債権及び棚卸資産の資金を供給する契約を指すために使用される場合もあると考えている。そのため、本公開草案では、本公開草案が提案の範囲を「企業が仕入先に対して負っている金額について資金を供給する契約」に限定しているということを適切に反映するために、サプライチェーン・ファイナンス契約ではなく「サプライヤー・ファイナンス契約」の文言を使用している。この上で、本公開草案は IAS 第 7 号及び IFRS 第 7 号を修正し、注記において追加的
な情報を開示することを企業に要求することを提案している。
なお、IASB は、本プロジェクトの範囲に、債権又は棚卸資産の資金に直接関連する契約を含めるか検討したが、改めて利用者の考え得る的を絞った情報ニーズの評価が必要となること、こうした情報ニーズは、サプライヤー・ファイナンス契約に関するニーズと完全に合致する可能性は低く、範囲を広げると開示の改善が遅れる可能性があるため、含めないことを提案している( 本公開草案 BC11 項)。また、 IASB は、本公開草案の提案の範囲に含まれる負債について買掛金か又は他の金融負債かを評価するためのガイダンス及びキャッシュ・フローの発生及び分類に関するガイダンスの開発を行うべきかどうか検討したが、本プロジェクトの一部として取り扱っていない。この理由は、サプライヤー・ファイナンス契約に関連するものよりも広範囲の負債及びキャッシュ・フローを考慮することが必要となるためと説明されている(本公開草案 BC20 項)。
⑴ 開示要求の範囲
IASB は、前記のとおり開示対象をサプライヤー・ファイナンス契約の文言を用いて「企業が仕入先に対して負っている金額について資金を供給する契約」に限定しているが、この契約の範囲を直接定義せず、「1 つ又は複数の資金供給者が、企業が仕入先に対して負っている金額を支払うことを申し出て、企業が当該資金供給者に対して仕入先が支払を受けるのと同じ日又はその後の日に支払を行うことに同意することを特徴とする」ことを提案している(本公開草案 BC5 項及び IFRS 第 7 号の修正[案]第 44G 項)。これは、サプライヤー・ファイナンス契約の実務及び契約が時とともに進化する可能性を踏まえたものであり、詳細な定義を定めることは新しい実務及び契約が発展するにつれ
て時代遅れとなるリスクがあるとされたためである。
⑵ 開示目的及び開示要求
サプライヤー・ファイナンス契約に関して、 IAS 第 7 号を修正し、財務諸表の利用者が、企業の負債及びキャッシュ・フローに対する当該契約の影響を評価できるようにすることを開示目的として明記するとともに、次の事項を開示することを提案している(本公開草案IAS 第 7号の修正[案]第 44F 項及び第 44H 項)。1
① 各契約の契約条件
② 各契約について、報告期間の期首及び期末現在での、次の情報
イ) 企業が財政状態計算書において認識している当該契約の一部である金融負債の帳簿価額及び当該金融負債が表示されている科目
ロ) 上記イ)に基づいて開示している金融負債のうち、仕入先が資金供給者からすでに支払を受けている金融負債の帳簿価額
ハ) 上記イ)に基づいて開示している金融負債の支払期日の範囲
③ 報告期間の期首及び期末現在での、サプライヤー・ファイナンス契約の一部ではない買掛金の支払期日の範囲
これらの情報は、以下について財務諸表利用者が理解できるようにすることを目的として提案されている(本公開草案 BC14 項)。
① サプライヤー・ファイナンス契約が企業の
負債及びキャッシュ・フローにどのように影響を与えるのか(当該契約の対象となっている金融負債の金額と、フリー・キャッシュ・フローや支払日数などの主要な財務比率に対する影響の両方に関して)。
② 当該契約が資金調達源の集中を通じて流動性リスクに対する企業のエクスポージャーに与える影響及び当該契約が利用可能でなくなったとした場合に企業がどのように影響を受けるのか。
⑶ 財務活動から生じた負債の変動
サプライヤー・ファイナンス契約が、企業の営業キャッシュ・フロー及び財務キャッシュ・フローに与える影響の理解を助けるため、 IASB は、IAS 第 7 号で開示することが要求されている財務活動から生じた負債の変動の例示に当該契約を追加することを提案している(本公開草案 IAS 第 7 号の修正[ 案] 第 44B 項
(da )。
⑷ 流動性リスクの開示
IFRS 第 7 号において、企業の流動性リスクのエクスポージャーについての情報の開示の要求事項の範囲の例として、サプライヤー・ファイナンス契約を追加することを提案している
( 本公開草案 IFRS 第 7 号の修正[ 案]B11F項)。この提案は、企業は通常、負債の一部を 1 つ又は少数の資金供給者に集中させており、
1 米国財務会計基準審議会(FASB)においても、サプライヤー・ファイナンス・プログラムの債務の開示に関するプロジェクトの中で、同様の検討が進められており、2021 年 12 月 20 日に公開草案が公表されている。開示要求に関しては、IASB の本公開草案と比較して以下の点が異なっている。
⑴ 企業が財政状態計算書において認識している当該契約の帳簿価額について、IASB の公開草案では、期首と期末の残高の開示のみを要求しているが、FASB の公開草案では、期首から期末までのロールフォワード
(期首と期末の残高のほか、当期中にプログラムに加えられた金額、プログラムを通じて決済された金額)を開示することを要求している。
⑵ FASB の公開草案では、開示対象となる契約の範囲が、仕入先が早期支払を要求するオプションが付されたものに限定されているほか、IASB の本公開草案において開示が要求されている、当該金融負債のうち、仕入先が資金供給者からすでに支払を受けている金額や支払期日の範囲、及び当該契約以外の買掛金の支払期日の範囲については、開示を要求していない。
当該契約がストレス時に取り消されるとした場合、その取消しは期限到来時に企業が負債を決済する能力に影響を与える可能性があるため、流動性リスクの情報を提供することの重要さを強調することを意図している( 本公開草案 BC21 項)。
⑸ 発効日及び経過措置
本公開草案の発効日は公開後に決定するとされており、IAS 第 8 号「会計方針、会計上の見積りの変更及び誤謬」に従って遡及適用しなければならないことを提案している(本公開草案 IAS 第 7 号の修正[案]第 62 項及び IFRS 第 7 号の修正[案]第 44II 項)。
4.今後の予定
本公開草案のコメント期限は、2022 年 3 月 28 日である。IASB は、本公開草案における提案に対するコメントレターを検討して、本修正案を公表するかどうかを決定するとしている。