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平成15年10月16日判決言x
平成14年(ワ)第6377号 学納金返還請求事件口頭弁論終結日 平成15年7月17日
判 決
主 文
1(1) 被告は,原告Aに対し,金90万9500円及びこれに対する平成14年7月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 原告Aのその余の請求を棄却する。
2 被告は,原告Bに対し,金90万9500円及びこれに対する平成14年7月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は,原告Aと被告との間においては,原告Aに生じた費用の3分の1を原告Aの負担とし,その余は被告の負担とし,原告Bと被告との間においては,全部被告の負担とする。
4 この判決の第1項(1)及び第2項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は,原告Aに対し,130万9500円及びこれに対する平成14年7月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告Bに対し,金90万9500円及びこれに対する平成14年7月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,被告の設置する私立大学の平成14年度入学試験に合格し,被告に入学金,前期分学費(授業料及び施設・設備費)及び委託徴収金(以下「学納金」と総称する。)を納入した上で入学を取りやめた原告らが,納入済みの学納金の返還を求めたところ,被告から,一度納入された学納金は返還しないとの約定を理由にその返還を拒否されたのに対し,同約定は消費者契約法及び民法90条により無効であるなどと主張して,被告に対し,原告Aは学納金全額相当額の,原告Bは前期分授業料及び委託徴収金相当額の不当利得返還(附帯請求は,上記各金員に対する訴状送達の日の翌日以降の民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払請求である。)を求めた事案である。
1 争いのない事実
(1) 入学試験要項の定め
ア 被告は,被告の設置する被告大学の平成14年度大学入試要項を頒布し,センター試験利用入学試験(C方式)及び一般入学試験Ⅱ(G方式)による入学手続について,次のように定めた。
(ア) 納付金(学納金)について入学金 40万円
前期分学費(授業料及び施設・設備費。以下,単に「前期分授業料」という。)
90万円
委託徴収金 9500円 (イ) 納入期限について
入学金 平成14年2月22日まで前期分授業料及び委託徴収金 同年3月22日まで
(ウ) 入学手続上の注意
a 納入期限を過ぎても学納金を納入しない者の入学は許可されない。
b 一度納入された学納金は返還しない(以下この定めを「本件特約」という。)。
ただし,平成14年3月22日午後5時までに入学辞退を申し出た場合,学納金のうち前期分授業料及び委託徴収金を返還する。
(2) 原告A関係
原告Aは,被告のセンター試験利用入学試験(C方式)に出願し,平成14年1月19日及び同月20日,大学入試センター試験を受験し,同年2月7日,合格と発表された。原告Aは,同月21日(納入期限の前日),被告に対し,入学金40
万円を納入した。
原告Aは,同年3月8日,他の大学の入学試験を受験し,同月15日,合格と発表された。
原告Aは,同月22日(納入期限の当日),被告に対し,前期分授業料90万円及び委託徴収金9500円の合計90万9500円を納入した。
原告Aは,同月25日,被告に対し,被告大学への入学を取りやめる旨通知し,被告は,辞退届の用紙を原告に対し郵送した。そして,原告Aは,同月27日付の「入学辞退届」に「私は一身上の都合のため,貴大学への入学を辞退致します。」と記載して被告宛提出し,被告は,同月29日,これを受理した。
原告Aは,同年6月7日,被告に対し,納入済みの入学金,前期分授業料及び委託徴収金を返還するよう請求した。
(3) 原告B関係
原告Bは,平成14年2月9日,被告の一般入学試験Ⅱ(G方式)を出願して受験し,同月16日,合格と発表された。原告Bは,同月21日(納入期限の前日),被告に対し,入学金40万円を納入した。
原告Bは,同年3月8日,他の大学の入学試験を受験し,同月23日,合格と発表された。
原告Bは,同月22日(納入期限の当日),被告に対し,前期分授業料90万円及び委託徴収金9500円の合計90万9500円を納入した。
原告Bは,同月26日,被告に対し,被告大学への入学を取りやめる旨通知し,被告は,辞退届の用紙を原告Bに対し郵送した。原告Bは,同月28日付の
「入学辞退届」に「私は他大学合格のため,貴大学への入学を辞退致します。」と記載して被告宛提出し,被告は,同年4月1日,これを受理した。
原告Bは,同年6月7日,被告に対し,納入済みの前期分授業料及び委託徴収金を返還するよう請求した。
2 争点
(1) 本件特約は消費者契約法9条1項により無効となるか。
(2) 本件特約は消費者契約法10条により無効となるか。
(3) 本件特約は民法90条により無効となるか。
(4) 原告らの請求はxxx違反ないし権利の濫用に当たるか。
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(本件特約は消費者契約法9条1項により無効となるか。)について
【原告らの主張】
ア 在学契約の法的性格及び入学辞退の効果
原告らと被告との間の在学契約の成立時期は,次のように考えるべきである。すなわち,被告が入学案内等を受験生に対し交付する行為が在学契約の申込みの誘引であり,原告らがそれぞれ被告に対し入学願書を提出する行為が在学契約の申込みとなる。これに対し,被告が入学試験の合格発表をすることがその承諾に当たると解すべきである。したがって,原告らと被告との間には,原告Aについては合格発表日である平成14年2月7日,原告Bについては合格発表日である同月16日,それぞれ入学者が学則に規定された入学手続を履践しないことを解除条件とする在学契約が成立した。
在学契約とは,被告が,原告らに対し,広く知識を授けるとともに,知的・道徳的及び応用的能力を展開させるための教育を提供するべき義務を負担し,原告らが,被告に対し,上記教育役務に対応する対価を支払う義務を負う継続的双務契約であり,その法律的性質は準委任契約(民法656条)である。
原告らは,被告に対し入学を取りやめることを通知したことによって,前記在学契約を解約し,同契約は,将来に向かって効力を失った(民法656条,同651条1項及び同652条)。
イ 消費者契約法の適用
個人である原告らは,消費者契約法2条1項に規定された「消費者」に該当する。また,法人である被告は,同法2条2項に規定された「事業者」に該当する。
したがって,原告らと被告との間でそれぞれ締結された在学契約は,同法2条3項に規定された「消費者契約」に該当し,同法の適用対象となる。
ウ 消費者契約法9条1号の要件該当性
本来,準委任契約において委任者が受任者に対し費用ないし報酬の前払をし,その後同契約が終了した場合には,不要となった費用及び報酬を返還
しなければならない。本件において,学納金は,被告の教育役務提供義務の対価であるから,教育役務を提供しない段階で契約が終了すれば,その対価たる費用及び報酬は当然に返還されるべきである。しかるに,本件特約は,被告の返還義務を排除し,消費者の金銭負担を定めるものであるから,納入された学納金を違約金ないし解約料として没収するものであると解釈でき,消費者契約法9条1項にいう「契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項」であるといえる。
そして,消費者は,事業者の事業内容の詳細を知り得ず,消費者契約法の趣旨とする消費者保護の観点からして,事業者において,当該条項において設定された解除の事由,時期等の区分に応じ,当該消費者契約と同種の消費者契約に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えないものであることを主張立証すべき責任があると解すべきである。
一般に私立大学においては,毎年の入学試験の合格者数と実際の入学者数の差を考慮し,入学辞退者が出ることを予測しつつ入学定員に比べて多めに学生を合格させて一応の入学手続を行わせるといった状況にある。被告 も,平成13年度入学試験において,入学定員240名に対し774名もの受験生を入学試験に合格させ,最終的には280名を入学させている。平成14年度も同様の状況であったことが推認される。実際,被告は,平成14年度において補充合格させていないと主張するが,そうであれば,その事実も損害が発生していないことの根拠となる。このように,被告には,予め定員確保に向けた措置を講じているから,原告らが被告大学への入学を辞退したからといって,被告にとって何ら予想外のことではなく,被告には何ら経済的な損害など生じていない。
したがって,原告らが前納した学納金全額が,「当該条項において設定された解除の事由,時期等の区分に応じ,当該消費者契約と同種の消費者契約に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超える」ものであること
は,明らかである。
以上のとおり,本件特約は,消費者契約法9条1号により,無効である。
【被告の主張】
ア 在学契約の法的性格及び入学辞退の効果
原告らが入学を辞退した時点においては,原告らは被告に入学しておらず,原告と被告の間に在学契約は未だ成立していない。
一般に,合格者が入学式に出席し,学生証の交付を受けるなどして,大学に入学する意思を明示的に示した段階において,初めて在学契約が成立するのであり,原告らが学納金を納付し,被告が入学許可書を発送した時点においては,原告らは被告に入学する権利を確保しているに過ぎず,一種の予約契約が成立しているにすぎない。
また,被告においては,合格者で,入学式に出席するなどして入学の意思を明確にした後になって,在学することを希望しないことを表明した者については,退学願を提出させ,教授会の承認を経て「退学者」として退学させている。これに対し,入学辞退者は,被告の学籍を取得していない者として,入学辞退の手続には教授会の承認も必要としていない。このような実情に照らせば,入学式に出席することによって学納金納付者の入学の意思表示があり
(すなわち,在学契約の申込み),被告において,学生証などを交付して入学手続を完了した時点で(平成14年度においては,平成14年4月5日),承諾の意思表示がされ,その時点で在学契約が成立するものというべきである。したがって,平成14年3月の時点では,原告らと被告との間では在学契約
は成立していないのであるから,在学契約の解除(解約)などという事態は,およそ想定できない。原告らが入学を取りやめたことは,いわゆる「滑り止め」大学として受験した被告の入学式に出席する前に,他の大学に合格したことが判明して被告への入学を辞退したものであるから,その大学に入学できる権利(オプション)を放棄したものと理解するのが妥当である。
イ 消費者契約法の適用
一般に,在学契約が消費者契約法の適用を受ける消費者契約であることは認める。
ウ 消費者契約法9条1号の要件該当性
学納金は,大学に入学する資格を確保するための給付(いわゆる入学権利金)としての性格を有するものである。すなわち,合格者は,大学との間にお
いて,学納金を納付した時点で学生としての資格を確保するために一定の給付を行い,それによって,同大学に入学することのできる権利を取得したものと考えられる。このことは,受験生が,いわゆる「滑り止め」大学を受験して学納金を納付することによって,たとえ第1志望の大学に合格しなかった場合であっても,浪人せずにいわゆる「滑り止め」大学には入学できるという地位を確保しているという実態にも合致するものである。
そして,学納金のうち,前期分授業料についても,大学に入学した後は授業料に充当されるにしても,入学する前の段階では入学金と同じく入学権利金としての性格を有するものである。
したがって,学納金は,入学金,前期分授業料を問わず,合格者が大学に入学できる資格を確保するための権利金としての性格を有し,この権利の対価であるから,「損害額の予定又は違約金を定める条項」に該当しないことは明らかである。
仮に,学納金を返還しない旨の合意が消費者契約法9条1項にいう「損害額の予定又は違約金を定める条項」に当たるとしても,本件における40万円ないし90万円という学納金の金額が,同条項にいう「当該事業者に生ずべき平均的な損害を超える」こと及びその金額については,当然,原告らが主張立 証責任を負うべき事項である。すなわち,消費者契約法9条1号は,民法420条1項に修正を加えたものであるところ,消費者にとっては,事業者に生じた具体的損害の額を主張立証することが困難であるが,「当該事業者に生ずべき平均的な損害」については主張立証が可能と解されるから,その限度まで立証責任を軽減したものというべきである。
被告は,私立大学として優秀な学生を擁し社会的に高い評価を得るという利益があるところ,学生の入学辞退によって過去及び将来,毎年にわたって優秀な学生を確保できなくなることによる社会的評価の低下という非財産的損害を被ったものである。また,被告は,原告らが卒業するまでの4年間に得られたであろう学費相当額630万円を得ることができなくなったから,これも被告の被った損害というべきである。被告は,平成14年度入試においては,平成14年3月22日以降に補欠者を繰り上げて合格させていないため,この損害は填補されないままとなっており,その結果,被告の被った損害は,40万円ないし90万円を大きく超えるものとなっている。
したがって,本件特約は,消費者契約法9条1号によって,無効となるものではない。
(2) 争点(2)(本件特約は消費者契約法10条により無効となるか。)について
【原告らの主張】
本件特約は,準委任契約の解約に基づく消費者の前払報酬及び前払費用の返還請求権を排除することを内容とするから,消費者契約法10条1号前段にいう「民法…の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限…する消費者契約の条項」に該当する。
消費者契約法10条後段については,当該契約条項によって消費者が受ける不利益と事業者が受ける不利益とを均衡し,両者が均衡を失していると認められる場合に,当該契約条項が無効となると解すべきである。
本件特約は,準委任契約の解除による事業者の役務提供義務の消滅を前提としつつ,事業者による役務の提供に伴うはずの報酬ないし費用に関する消費者の返還請求権を排除しており,同号後段に規定された「民法1条2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害する」契約条項に該当する。
したがって,本件特約は,消費者契約法10条1号により,無効である。
【被告の主張】
前記(1)【被告の主張】のとおり,原告らと被告との間で在学契約は成立していないから,準委任契約の解約権ないし解除権が原告らに発生する余地はない。
また,学納金は,大学に入学できる資格を確保するための権利金としての性格を有し,この権利の対価として被告に納入されたものであるところ,合格者が被告大学に入学することを確保する権利は実際に保障されており,それによって,契約の目的を達しているのであるから,消費者の権利は何ら制限されていないし,ましてや「消費者の利益を一方的に害するもの」でもない。
そもそも,消費者契約法10条は,その立法過程からして,契約における価格や目的といった,契約の中心をなす条項については適用されないものである。すなわち,同条が予定している適用範囲は,契約における付随条項(例えば,売買
契約における商品の引渡時期,場所,引渡方法,代金の支払方法等)についてのみであり,価格と対価の均衡性そのものについてはその規制対象とされていない。
したがって,本件特約は,消費者契約法10条1号によって無効となるものではない。
(3) 争点(3)(本件特約は民法90条により無効となるか。)について
【原告らの主張】
法律行為が民法上暴利行為として無効とされる要件は,①他人の無思慮・窮迫に乗じること,②甚だしく不相当な財産的給付(暴利)を約させることの2点であるところ,本件特約は,次のとおり,上記①,②の要件をいずれも満たす。
まず,被告は,学納金の納入期限を他大学の合格発表前に設定し,原告ら は,希望する他大学の合否が未定の段階で,被告に入学するか否かの決断をせざるを得ない立場に立たされていた。しかも,本件特約は,被告から出される一方的な条件であり,受験生にはその変更の余地はないのである。仮に,原告らが学納金を納入せず,他大学にも不合格であるとすると,原告らは,大学入学準備のため,さらに1年間準備をするか,場合によっては大学進学自体を断念しなければならず,その精神的・経済的負担は多大なものがある。このように原告らは,被告が一方的に定めた本件特約によって事実上学納金を納入せざるを得ないのであるから,当該学納金の納入は,原告らの窮迫に乗じたものとしかいえない。
次に,準委任契約が解除された場合,学納金として支払われた前払費用及び前払報酬は,対価としての委任事務の履行ないし教育役務の提供がなされていない以上,経済的対価性が全く認められない。にもかかわらず,被告は,原告らのみならず,他の多くの受験生から過去長期間にわたってこのような不当な方法で甚だしく不相当な財産的給付(暴利)を得て被告大学を運営してきた。
以上のとおり,本件特約は,明らかに,被告が入学希望者の特殊かつ不安定な立場を利用して,甚だしく高額な学納金を不当に利得する暴利行為に該当するから,本件特約は,民法90条により無効である。
【被告の主張】
被告は,入試要項で本件特約について明示しており,原告らも当然これを承知した上で被告の入学試験を受け,学納金を納付している。原告らは,被告大学を
「滑り止め」として利用し,被告大学に入学する権利を確保しつつ,入学金及び授業料等の納付期限を過ぎた日に合格発表が行われる大学を第1志望として設定したのであって,これは原告らが自ら選択した方策である。よって,原告らの窮迫に乗じたものとは到底いい難い。
前記のとおり,学納金は,大学に入学できる資格を確保するための権利金としての性格を有しているところ,このことは,被告への入学を確保することによっ て,原告らが他の大学に合格しなかった場合のリスク,すなわち,少なくともさらに1年間,浪人するか,場合によっては大学進学自体を断念しなければならないという多大な精神的・経済的リスクを回避できたのであり,その対価として,90 万9500円は決して多額ではない。
さらに,被告は,入学定数に基づいた財政計画を立てており,入学金・授業料等は重要な資金源である。ここで,入学辞退者に学納金を返還すると,財政計画上,補欠者を繰上げ合格させて,資金を確保しなければならないが,xx合格でない補欠合格者を多数入学させることは望ましいことではないし,特に4月以降となれば補欠者を繰上げ合格とすることは事実上不可能となる。
被告は,学納金のうち前期分授業料及び委託徴収金の納入期限を平成14年3月22日と定めたが,平成14年度の大学入試では同年3月22日までに合格発表の行われる大学も多く,決して入学手続の早い段階で納入させているわけではない。
このような事情からいって,本件特約は民法90条に違反するものではない。
(4) 争点(4)(原告の請求はxxx違反ないし権利の濫用に当たるか。)について
【被告の主張】
仮に,本件特約が消費者契約法9条1号によりその全部又は一部が無効になるとしても,その返還を求めることはxxxxの原則に反するとともに権利の濫用にも該当し,許されない。
原告らは,他大学に合格したために被告大学への入学を辞退したものであるから,被告大学をいわゆる「滑り止め」大学として受験し,学納金を納付したこと
は明らかである。原告らは,学納金を納入するだけの資力を有していたからいわゆる「滑り止め」の効果である「入学資格の確保」という利益を享受できたものである。このような利益を享受しておきながら,いわゆる「本命の」大学に合格したことが後になって判明したからといって学納金の返還を求めることは,およそxxに反するものである。
また,学納金を返還することになれば,入学予定者が入学式直前まで定まらず,大学側の入学準備手続に大きな支障を来すことは目に見えている。このような事情が容易に想像されるにもかかわらず学納金の返還を求めることは権利の濫用である。
【原告らの主張】争う。
第3 争点に対する判断
1 はじめに
争点に対する判断を行う前提として,在学契約の法的性格,原告らと被告との間の在学契約の成立時期及び入学辞退の効果について検討しておくこととする。
(1) 大学は,学術の中心として,広く知識を授けるとともに,深く専門の学芸を教授研究し,知的,道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする(学校教育法52条)。大学とそこに在籍する学生との関係は,大学がその学生に対し,上記目的に応じた教育の機会を提供すること及びこれに必要な施設等の利用を許すことを中核とする義務を負い,学生がその費用を負担し報酬を支払う義務を 負うことを内容とする準委任契約類似の無名契約(在学契約)に基づくものであると解すべきである。
(2) そして,上記内容の在学契約は,大学の行う入学試験に合格した者が,被告大学に入学することを前提として,被告に対し入学金を納入するなどの入学手続をとることを申込みの意思表示とし,これに対して大学が異議を留保することなく必要書類及び入学金を受領することを黙示の承諾の意思表示として成立するものと解するのが相当である。その理由は次のとおりである。
現行の大学受験制度においては,受験生が同一年度に複数の大学に対し入学出願することが可能であり,実際にも複数の大学に入学出願する者が少なくなく,むしろその方が多数であることは周知のとおりである。また,その結果,一人の受験生が複数の大学に合格することも少なくないことはいうまでもない。そのような場合には,複数の大学に入学することは通常あり得ないから,受験生の選択する一つの大学に入学を申し込み,他の大学に対しては入学を申し込まないまま終わることになる。さらに,当初から受験する当該大学に入学する意思のないまま,腕だめし等の目的で入学試験を受ける者も稀有とはいえないであろう。このような点にかんがみると,出願時点では,当該受験生が確定的に自己の受験する大学に入学する意思を有しているとはいえないことが少なくないと解されるから,入学出願それ自体をもって在学契約の申込みの意思表示とは解することは,受験生の通常の意思から離れることになる。また,以上の事情に照らせば,大学の行う合格発表が,在学契約における大学側の承諾の意思表示であると解することもできない。他方,大学の入学試験に合格した者のうち,同大 学に入学金を納入した者(以下「入学金納入者」という。)は,同大学に入学する確定的な意図をもって入学を申し込んだものと解される(もっとも,入学金納入者が,後に希望順位の高い他の大学に合格すれば,本件の原告らのように入学 金を納入した大学への入学を辞退することも予想される。しかし,入学する意思をそもそも有しない者は,入学金を納入することもないのであるから,少なくともその時点では確定的に当該大学に入学する意思をもって入学金を納入し,在学契約の申込みをしたことは明らかである。)。また,大学においても,合格者と発表し入学金を受領した時点で当該年度の学生として取り扱う意思があったと解するのが合理的である。したがって,本件においても,前記争いのない事実のとおり,原告らがそれぞれ入学金を納入し被告がこれを受領した時(平成14年2 月21日)をもって,在学契約が成立したと解するのが相当である。
なお,学校年度は,4月1日から翌年の3月31日までとされていることからすれば,受験生は,在学契約後直ちに学生の身分を取得すると解すべきではな く,これを取得する時期は,その年の学校年度開始日(4月1日)であると解するべきである。
(3) また,大学と学生(入学金納付者を含む。)との間に成立する在学契約の主たる内容は,学生が大学の提供する教育機会を利用して主体的に知的道徳的及
び応用的能力を展開させることにあり,憲法26条の趣旨にかんがみれば,受験生ないし学生がいかなる場所及び方法で教育を受けるかについては,その自由な意思を最大限尊重すべきである。したがって,受験生ないし学生がある大学 の教育役務の提供を受けない旨の意思も最大限尊重すべきであって,大学は,学生から在学契約の解約(解消)の申出があった場合には,これを拒否することができないというべきである。このように,在学契約成立後であっても,入学金納入者は,その学生たる地位を得ることを辞退することは自由であり,大学はその申出を拒否することはできないのであって,その場合,在学契約は,入学金納入者の解約の意思表示が大学に到達することによって将来に向かって効力を失うと解すべきである。したがって,本件においても,前記争いのない事実のとおり,原告らがそれぞれ被告に対し入学辞退を通知した時(原告Aについて平成14年
3月25日,原告Bについて同月26日)をもって,在学契約は将来に向かって効力を失ったと解するのが相当である。
2 争点(1)(本件特約は消費者契約法9条1項により無効となるか)について
(1) 消費者契約法の適用の有無について
消費者契約法にいう「消費者契約」とは,消費者と事業者との間で締結される契約をいい,消費者とは個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。),事業者とは法人その他の団体等をいうところ(同法2条),原告らはいずれも個人であって事業として又は事業のために契約の当事者となったものでないことは明らかであり,被告は学校法人であるから,原告らと被告間に成立した在学契約は,消費者契約法の適用を受ける消費者契約に該当する。
そして,証拠(乙1)から明らかなように,原告らは,在学契約の締結に際し,入学試験要項に定める入学金納付等の条項を被告と交渉して変更するなどの余地はなく,消費者契約法の趣旨とする交渉力の格差からの消費者の保護(同法1条)が妥当するものであり,実質的にも消費者契約法を適用すべき妥当性があるといえる。
なお,本件においては,被告は,在学契約が消費者契約法の適用を受けることについて特に争っていない。
(2) 消費者契約法9条1項の適用について
消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項であって,これらを合算した額が,当該条項において設定された解除の事由,時期等の区分に応じ,当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるものについては,当該超える部分についてその条項は無効である(消費者契約法9条1項)。
そこで,まず,いったん納入した学納金を返還をしない旨を定めた本件特約が,消費者契約の解除に伴う損害賠償の額の予定ないし違約金を定めた条項であるか否かが問題となるので,本件特約のうち,入学金の不返還を定めた部分と前期分授業料及び委託徴収金の不返還を定めた部分とに分けて考察することとする。
ア 入学金について
前記争いのない事実のとおり,原告らが納入すべきものとされている入学金は,合格発表後学校年度の開始する1か月以上前の比較的早い時期に納入すべきものとされており,当然のことながら,入学金は,受験生が学生たる身分を取得した後は,その納入が義務付けられているものではない。
前示のとおり,在学契約は,大学がその学生に対し,教育の機会を提供すること及びこれに必要な施設等の利用を許すことを中核とする義務を負い,学生が費用を負担し報酬を支払う義務を負うことを内容とする準委任契約類似の無名契約(在学契約)というべきものである。しかし,前示のとおり,在学契約は,受験生が大学に対し入学金を納入して契約締結の申込みをし,これを大学が承諾することにより成立するものであり,被告大学の入学試験要項(乙
1)には「納入期限を過ぎても納付金を納入しない者の入学は許可されませ ん。」との記載があることからすれば,入学金は,授業料その他学生が教育の機会を提供されること等の対価として支払うべき費用・報酬とは異なり,在学契約締結の前提として学生(受験生)が支払うべきものと位置づけられるものである。
大学との在学契約は,何人であってもその締結申込みができるというものではなく,入学試験によって選抜された合格者たる受験生のみにその申込資
格が付与されている。そうすると,その大学に合格した受験生にとっては,在学契約締結により,大学から教育の機会を提供され,これに必要な施設等の利用を許されるという権利を取得し得ることになることとは別に,まず,自らがその大学の学生という身分を取得し得ること自体が一定の価値を有するものといえ,受験生にもそのように理解されているということができる。また,前示のとおり,現行の大学受験制度においては,受験生が同一年度に複数の大学に対し入学出願することが可能であり,実際にも複数の大学に入学出願する者が少なくなく,むしろその方が多数であることは周知のとおりである。そのような場合,受験生は,自らが志望する大学に志望順位を付け,志望順位の高い大学の合否が不明な時点で,次順位以降の志望大学に,いわゆる「滑り止め」と称して入学手続を行い,志望順位の高い大学の合否の結果を見た上で最終的に入学すべき大学を決定する者も広く認められるところである。そのような場合,大学浪人となることを忌避する学生としては,志望順位の高い大学が不合格となった場合に備え,志望順位の低い大学に入学し得る地位を取得するため,入学金を納入して入学手続を行っているものといえる。そうすると,そのような地位を取得すること自体が相当の価値を有するものと理解されていることになる。
上記の点にかんがみると,入学金とは,その大学に入学し得る地位を取得することの対価として受験生から大学側に納入されるものというべきであり(その意味で,入学金を「入学権利金」と称することも許されよう。),上記の事情に照らせば,このように解することが当事者間の合理的意思に適うものというべきである。したがって,入学金の納入は,入学金納入者がその大学に入学し得る地位を取得したことによってその目的を達したものというべきであって,入学金納入者が後に入学を辞退し,これにより,その大学から教育の機会を提供されたり,これに必要な施設等の利用を許されるという給付を受けなかったからといって,その返還を求め得るものとはいえないというべきである(な お,受験生が入学金を納入した上で入学申込みをすれば,大学側としては,その受験生が現実に入学するか否かを問わず,学校年度が始まる前からその者の入学に備えて一定の人的,物的準備行為その他の事務手続を行わざるを得ないことからすれば,入学金は,かかる事務手続等の対価たる性格をも有すると解すべきである。そして,大学側がかかる事務手続等を行った以 上,受験生がその後になって入学を辞退したからといって,その返還すべき義務を負わないことはいうまでもない。)。
そうすると,本件特約中,入学金を返還しない旨の条項は,損害賠償額の予定又は違約金の条項と解することはできず,同条項について消費者契約法
9条1項の適用の余地はない。
イ 前期分授業料及び委託徴収金について (ア) 返還義務の有無
前期分授業料及び委託徴収金は,文字どおり,被告大学の前期分の授業その他教育役務の提供及びこれに付随して必要となる学校環境等の整備等を大学が行うに必要な費用等について学生(入学金納入者を含む。)に負担を求めるべき相当額を算出したものであると解される。
この点,被告は,前期分授業料及び委託徴収金も入学金と同様,入学権利金であると主張する。確かに,前示のとおり,被告大学の入学試験要項(乙1)には,前期分授業料及び委託徴収金を含む学納金を納入しない者には入学を許可しないと記載されているものの,その文言上,前期分授業料及び委託徴収金は,入学金とは名称を異にしていることはもちろん,納入期限も別異に定められているなど明確に区別されている。また,前期分授業料は,後期分授業料と同額に定められていることからすれば,それはまさに授業料そのものであり,その中に入学し得る地位を取得する対価
(入学権利金部分)が含まれていると解することは困難である。また,委託徴収金は,学友会入会金(1000円),学友会費(2500円)及び育友会費
(6000円)を内容とするものであって(乙1),その趣旨及び金額に照らし,その中に入学し得る地位を取得する対価(入学権利金部分)が含まれているとは到底解されない。したがって,前期分授業料及び委託徴収金は,学生が教育を受ける機会の提供を受け,これに必要な施設等の利用を許されることに伴う費用・報酬の前払の約定に基づき納入されたものにほかならないというべきであって,上記の趣旨を超えて,上記入学権利金部分を
含むものと認めることはできない。なお,被告が,会計上の処理として,学納金を一括して処理し,学期開始後授業料相当額を授業料として振替処理しているとしても,それは飽くまで被告の内部処理の問題であり,上記結論を左右するものではない。したがって,この点の被告の主張は理由がない。
そうすると,入学金納付者が,前期分授業料を納入した後で学校年度が開始する前に入学を辞退した場合には,対価たる教育役務等の提供を受けることなく終わり,反対給付の履行がなされ得ないことが明らかになったのであるから,その対価である前期分授業料を被告に保持させておく根拠はなく,被告は,原告に対し,在学契約の解消に伴って前期分授業料相当額を返還すべき義務があるというべきである。また,委託徴収金は,上記のとおり,被告大学の学友会及び育友会の委託に基づき入会金及び会費として徴収されたものであるところ,これらの徴収金が委託者である学友会及び育友会に支払われたと認めるに足りる証拠はなく,被告にその給付が現存すると認められる。そして,原告らが被告大学の学生たる地位を取得しないまま入学を辞退した以上,原告らないしその保護者が学友会及び育友会に加入することもなかったのであるから,これらの徴収金の性質上,これらの金員を被告が保持すべき理由はなく,原告らに返還されるべきものというべきである。
そうすると,本件特約中,前期分授業料及び委託徴収金を返還しない旨の条項は,民法上返還すべき前期分授業料及び委託徴収金の返還義務を免れさせるものであるから,消費者契約法9条1項にいう「損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項」に該当するというべきである。したが って,前期分授業料及び委託徴収金を合算した額(各90万9500円)が,上記条項において設定された解除の事由,時期等の区分に応じ,原告らと被告間の在学契約と同種の在学契約の解除に伴い被告に生ずべき平均 的な損害を超えるときは,その超える部分は無効となり,原告らに返還すべき義務を負うことになる。
(イ) 消費者契約法9条1項にいう平均的な損害の有無の立証責任の所在消費者契約法9条1項は,民法420条に定める損害賠償額の予定ない
し違約金の制度を前提としつつ,裁判所がその額を増減することができないとされている民法上の原則を消費者契約について例外を設け,消費者契約法9条1項所定の平均的な損害を超える部分に限り損害賠償額の予定ないし違約金の合意を無効とすることとしたものであるということができる。
消費者契約法9条1項の上記条文の構造によれば,合意にかかる損害賠償額の予定及び違約金の額が同項所定の平均的な損害を超える事実は,損害賠償額の予定ないし違約金の合意に対する権利障害事由として,上記合意の効力を否定する者,すなわち消費者がその主張立証責任を負うと解することが主張立証責任の所在に関する法の原則に合致するものであり,相当であるというべきである。
これに対し,原告らは,消費者保護を目的とする消費者契約法の立法趣旨や消費者が上記平均的な損害を立証することの困難性等を挙げ,損害賠償額の予定ないし違約金の額が平均的な損害の額を超えないことにつき事業者が主張立証責任を負う旨主張する。しかし,事業者が平均的な損害の主張立証責任を負うと解することは,消費者契約について損害賠償額の予定ないし違約金の合意を一般的に無効とし,事業者により平均的な損害の主張立証がされた部分に限り有効とするという解釈を採ることにほかならないが,かかる解釈は,上記合意のうち平均的な損害を超える部分に限り無効とする旨定めた消費者契約法9条1項の上記条文の構造と整合しないといわざるを得ない。また,消費者契約法9条1項は,上記のとおり, 損害賠償額の予定ないし違約金の合意がある場合,裁判所がその額を増減することができないとする民法上の原則に修正を加え,その合意のうち平均的な損害を超える部分を無効とするという方法で消費者保護を図ったものというべきであって,平均的な損害についての主張立証責任を事業者に負わさなければ消費者契約法の立法趣旨が達成できないということはできない。さらに,立証の難易は,主張立証責任の所在を決める際の一つの考慮要素であるが,それが決定的な基準になるものではないことはいうまでもない。契約の相手方である事業者の事業内容に精通しない消費者が,当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべ
き平均的な損害の額を立証することが容易ではないことは否定できないものの,当該事案において事業者が被った実損害の立証を強いられるのとは異なり,事例の集積等によりその額を客観的,定型的に算定することが可能であるといえるから,上記立証の困難性は,消費者契約法9条1項の上記条文の構造との整合性の欠如を無視してまで事業者に平均的な損害の額を超えないことについて主張立証責任を負わせる理由としては十分とはいい難く,この点に関する原告らの主張は採用できない。
(ウ) 原告らが納入した前期分授業料及び委託徴収料の合計額は,本件で被告が被るべき「平均的な損害」を超えるか。
a 前記争いのない事実のとおり,原告Aは,被告大学の合格発表の日の後である平成14年3月25日に,原告Bは,同じく同月26日になって,被告に対し被告大学への入学を取りやめる旨通知し,それぞれその2日後の日付で「入学辞退届」を提出している。一般に,その時点で最終合格者を調整し,また,合格者を補充することは不可能か,不可能でないとしても著しく困難であったことが窺えないではない。しかしながら,証拠(甲
37)によれば,平成13年度の被告大学の入学定員は240名であった のに対し,合格者数は774名であり,入学者数は280名であったと認められ,これによれば,被告は,平成13年度において入学定員をはるかに超える学生を被告大学に入学させていたことが明らかである。平成14年度の被告大学の入学定員,合格者数,入学者数は,被告においてこれを明らかにせず,他にこれを直接認めるに足りる証拠はないが,他に反対証拠のない本件においては,平成13年度のそれと同様の状況であったと推認するのが相当である。これによれば,被告は,平成14年度においても,合格者が入学を辞退したことによって定員を下回る入学者数し か得られなかったという状況にはならなかったと推認することができる。このような状況からすれば,原告らの辞退の申出の時期が学校年度の開始日に相当程度近いとしても,原告の入学辞退により被告は損害を被らなかったと認めることができる。
なお,前示のとおり,現行の大学受験制度においては,受験生が同一年度に複数の大学に対し入学出願することが可能であり,実際にも複数の大学に入学出願することが少なくなく,入学金納付者においても最終的に入学する大学をより志望順位の高い大学に変更する者がいることが広く認められる。したがって,大学も,入学金納入者の全員が最終的に入学するとまでは予定しておらず,各年度,ある程度の割合で入学を辞退する者があらわれることを想定し,これを見越して合格者を発表していると解するのが合理的である。大学が例年このようないわばリスクを 回避するための制度的な工夫をしていることからすれば,仮に,合格者が入学を辞退したことによって大学が定員を下回る入学者数しか得られない年度があったとしても,大学に生ずべき平均的な損害はないものと認めるのが相当である。
b これに対し,被告は,私立大学として優秀な学生を擁し社会的に高い評価を得るという利益があるところ,学生の入学辞退によって過去及び将来,毎年にわたって優秀な学生を確保できなくなることによる社会的評価の低下という非財産的損害を被ったものであると主張する。しかしなが ら,消費者契約法9条1項にいう「平均的な損害」に被告のいうような非 財産的損害を含むと解することはできない上,原告ら2名が被告大学の入学を辞退したことが,被告大学の社会的評価の低下を招いたと認めるに足りる証拠はない。
また,被告は,原告らが卒業するまでの4年間に得られたであろう学費相当額630万円を得ることができなくなったことにより同額の損害を被ったと主張する。しかし,学生が自主的に特定の大学への入学を辞退し,又は同大学から退学する旨を申し出たときは,その意思を最大限尊重すべきであって,大学は当該学生との在学契約の解約(解消)の申出を拒絶することはできないというべきであることは,前記1で説示したとおりである。そして,大学側は,このような場合,かかる中途退学者に対して,教育役務及び教育施設の利用の提供なくして卒業時までの全期間の授業料等の支払を請求することはできないというべきであり,現にそのようなことは予定されていないことが明らかである。したがって,在学契約の
上記性質に照らし,大学側は学生が中途退学することによって同学生の卒業時までに得られたであろう授業料等の収入を得られないことになったとしても,大学側はこれを甘受すべきものなのであり,かかる得べかりし収入の喪失をもって大学側の損害ということはできないものというべきである。
c 以上説示したところによれば,原告らが被告大学への入学を辞退したことにより被告が被るべき平均的な損害は存在しないというべきである。したがって,本件特約中,前期分授業料及び委託徴収金を返還しない旨を定めた部分は,その全部が原告らと被告との在学契約と同種の在学契約の解除に伴い被告に生ずべき平均的な損害の額を超えることになる。
(3) 以上のとおり,本件特約中,前期分授業料及び委託徴収金を返還しない旨を定めた部分は,その全部が無効になるというべきであるから,被告は,原告らに対し,それぞれ前期分授業料及び委託徴収金合計90万9500円を返還すべき義務を負うことになる。
3 争点(2)(本件特約は消費者契約法10条により無効となるか。)について
民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって,民法1条2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは無効となる(消費者契約法10条)。
上記2で説示したように,本件特約中前期分授業料及び委託徴収金を返還しない旨を定める部分は,消費者契約法9条1項によりその全部が無効になるから,消費者契約法10条によりその効力が問題になるのは,原告Aと被告との間における本件特約中入学金を返還しない旨を定める部分ということになる(原告Bは,そも そも入学金相当額の返還を求めていない。)。
そこで,検討するに,上記2で説示したとおり,入学金は,受験生がその大学に入学し得る地位を取得する対価(入学権利金)として大学に納入されるものであると解するのが相当であり,民法上,入学金納入者がその後に入学を辞退したからといって大学に返還義務が発生するものではないというべきである。
したがって,被告は,民法上,原告Aから納入を受けた入学金を返還すべき義務を負うものではないから,本件特約中入学金を返還しない旨を定めた部分が,民 法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項ということはできず,また,民法1条2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるともいえない。
よって,本件特約中入学金の不返還を定める部分が消費者契約法10条により無効となるとはいえない。この点の原告の主張は理由がない。
4 争点(3)(本件特約は民法90条により無効となるか。)について
前記2で判示したように,本件特約中前期分授業料及び委託徴収金を返還しない旨を定めた部分は消費者契約法9条1項によりその全部が無効になるから,民法90条によりその効力が問題になるのは,前期3と同様,原告Aと被告との間における本件特約中入学金を返還しない旨を定める部分ということになる。
原告Aは,本件特約中入学金を返還しない旨を定める部分は,原告らの希望する他大学の合否が未定の段階で,被告大学に入学するか否かの決断を迫るものであり,原告らが入学金を納入せず,かつ,他大学に合格しなかった場合,原告Aとしては,大学入学の準備のためさらに1年間準備をするか,場合によっては大学進学自体を断念しなければならず,その精神的・経済的負担は多大であり,事実上入学金を納入せざるを得ない状態に追い込むから,他人の窮迫に乗じたものであり,民法90条の公序良俗に反するものである旨主張する。
前示のとおり,入学金とは,主としてその大学に入学し得る地位を取得する対価として受験生から大学に対し納入されるものであり,本件において原告Aが被告に入学金を納入したのも,いわゆる浪人を避けるため,被告大学に入学し得る地位を取得するためにほかならず(甲42),原告Aにおいても入学金をそのような趣旨のものとして理解していたことが推認される。そして,複数の大学を受験する受験生が初めに合格した大学が志望順位の低い大学であった場合,その受験生としては,いわゆる浪人をすることを覚悟して,入学金を納入せずにその大学への入学を断念した上で,志望順位のより高い大学に合格することに賭けるか,あるいは,浪人をすることを避けることを優先して,入学金を納入してその大学へ入学し得る
地位を取得しておいてから,より志望順位の高い大学を目指すかは,受験生が自由に選択することができるのであって,前者の途を選択することが一律に困難であると断定することはできない以上,そこには何ら受験生の窮迫に乗ずるという契機を見出すことができない。したがって,原告Aが後者の途を選択し,被告大学に入学し得る地位を取得するために被告に入学金を納入した以上,それは上記のとおり入学金納入の趣旨,目的を理解した原告Aの自由な判断の結果というほかな い。
また,入学金の額(40万円)についても,前期分授業料の額(90万円)との比較その他の事情を考慮しても,入学資格の保持の対価(入学権利金)として甚だしく不相当な財産的給付を約させるものであるとまではいえない。
他に,本件特約中入学金を返還しない旨を定めた部分が公序良俗に反すると認めるべき事情は,本件証拠上認められない。
以上の諸点にかんがみると,本件特約中入学金を返還しない旨を定めた部分が公序良俗に反し無効ということはできず,原告のこの点の主張は採用できない。
5 争点(4)(原告らの請求は信義則違反ないし権利の濫用であるか。)について
被告は,原告らが被告大学に入学し得る資格を取得するという利益を享受しながら,その後に志望順位の高い大学に合格したことが後になって判明したからといって学納金の返還を求めることは,信義則に反し,権利の濫用に当たる旨主張する。
しかし,原告らの本件請求中,原告Aの入学金返還請求が認められないことは前示のとおりである。また,原告らの前期分授業料及び委託徴収金の返還請求については,これらの学納金が被告大学に入学し得る地位を取得する対価として納入されたものではないから,被告の主張は前提を欠き失当である。
他に,原告らの請求が信義則に反し,権利の濫用であるとは認めるべき事情を本件証拠上認めることができず,この点に関する被告の主張は理由がない。
6 結論
以上のとおり,本件特約中,前期分授業料及び委託徴収金の不返還を定める部分は無効であるから,在学契約の解消に伴い,納付した学納金のうち前期分授業料及び委託徴収金相当額の返還及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成14年7月5日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める原告らの請求は理由があるからこれを認容す る。そして,入学金の返還を求める原告Aの請求は理由がなく,これを棄却すべきである。
よって,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第22民事部
裁判長裁判官 田中俊次裁判官 朝倉佳秀
裁判官 小 川 紀代子