Contract
第1章 就業規則
第1 解説・就業規則作成の手引
1 .就業規則について
就業規則とは「労働者が就業上遵守すべき規則,労働条件に関する具体的細目について定められる規則の総称」である。
統制や規律のない企業は,憲法や法律のない国家と同じで,企業における職場秩序を保つことも困難であり,その結果は労働能率を低下させ,企業経営の発展は望めない。労働能率の低い企業では,労働者の労働条件を改善することも困難であり,低い労働条件に対する労働者の不満は,さらに労働能率を低下させ,その結果は労働意欲の低下とトラブルの原因にもなってしまうことであろう。このような悪循環を繰り返しては,結局企業にとっても労働者にとっても大きな損害をもたらすものといえよう。
そこで,ある程度以上の労働者を雇用して労働能率を最高度に発揮させようとすれば,そこに働く労働者が整然とした組織のもとで,一定の職場規律や労働条件を画一的・統一的に定めることが必要となってくる。このような必要から生まれたのが就業規則である。
そこで就業規則の内容を合理的に定め,しかもそれを統一のとれた形で運営することによって,企業内の労使関係の安定に役立ち,また服務関係を明確にすることによって職場秩序が確立され,さらに全体の労働関係が統一された姿で行われることによって,「よりよい労務管理」が推進される基礎となるといえよう。
2 .就業規則の性格
前述のとおり就業規則は,労働者の働く条件や職場内で守らなければならない規律を規定するものであるが,この点で就業規則と相類似した内容をもつ労働契約,労働協約との関係等をみておこう。
⑴ 労働契約との関係
就業規則と労働契約の関係をみてみると,個々の労働者が使用者と締結する労働契約の内容は,つねに就業規則の内容よりも低いものであってはならない。もし個々の労働契約で定められた労働条件が就業規則より低い場合には,その部分の労働条件は,就業規則の相当部分に置き換えられることになる。例えば,就業規則で 1 日 7 時間労働と定められている場合に,ある労働者との労働契約が 8 時間と
なっていても,その労働契約のその部分は無効で当然に 1 日 7 時間労働となる。
〔 参考―労働契約法第12条 〕
就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は,その部分については無効とする。この場合において無効となった部分は,就業規則で定める基準による。
⑵ 労働協約との関係
労働協約と就業規則とは,いずれも労働条件についての規定をその主なる内容としているが,労働協約は,労働組合と使用者との団体交渉の結果,その合意によって締結された法的規範である。一方,就業規則は,労働者側の意見を聞くとはいえ,使用者が一方的に作成する規範である。したがって労使間の合意によって成立した労働協約が就業規則よりも優位に立つことは,法律上当然といわなければならない。もし就業規則で決められた事項が労働協約に抵触するものがある場合には,行政官庁が変更を命ずることができることになっている。
〔 参考―労働基準法第92条 〕
就業規則は,法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない。行政官庁は,法令又は労働協約に抵触する就業規則の変更を命ずることができる。
〔 参考―規範的部分と債務的部分 〕
労働協約の内容を大別して,労働条件など個々の労働者と使用者との間の内容となる規定,たとえば,賃金,労働時間,休日,人事,福利厚生などの各条項を規範的部分といい,一方個々の労働者には直接関係なく,使用者と労働組合との間に一定の権利,義務の関係を設定した部分,たとえば団体交渉のルール,組合活動,組合保障(ショップ制),平和義務などを債務的部分という。
規範的効力とは労働組合法第16条に,労働協約に定められた労働条件,その他労働者の待遇に関する基準に違反した労働契約はその部分について無効であり,その無効となった部分は協約に定められた基準に従うこととなっている。
たとえば,労働協約で最低賃金が日額 1 万円となっているのに,個々の労働契約で日額8,000円の
労働契約を結んでも,その契約は無効であり,当然労働協約で定められた最低賃金の日額 1 万円の賃金が支払われることになる。
3 .就業規則の作成
労働基準法第89条は,「常時10人以上の労働者を使用する使用者」に対しては必ず就業規則を作成することを義務づけている。この義務づけられた就業規則の作り方について,若干その要領と内容を述べておこう。
⑴ どんな要領で作成するか
就業規則は企業の経営状態の実情にそって決めるべき性質で,そのプロセスは次のとおりである。
① 自己の企業で実施している服務規律や労働条件,あるいは賃金の支払方法等の諸制度や慣行を箇条書に整理してみる。
② その中から就業規則に記載しなければならない事項や,記載した方がよいと思われる事項を選び出し,就業規則要綱案を作ってみる。
③ この要綱案に列挙された事項と,後で述べる⑷記載事項,労働基準法上記載しなければならない事項と比較して,記載洩れがないかどうかを検討する。
④ 法令や労働協約がある場合には,それに違反していないかを検討する。
⑤ これを機会に労務管理全般の検討,具体的には雇用制度(定年延長・勤務延長・再雇用),服務
規律,表彰制度,賃金制度,賞与制度,退職金制度,育児休業制度,介護休業制度,労働条件制度,福利厚生制度等も検討する。
⑵ 対象労働者について
就業規則は,その事業場における服務規律や労働者の労働条件の細目を示そうとするものであるから,その事業場におけるすべての労働者を対象としているものである。すなわち嘱託であるとか,機密事項を取扱っている労働者だからといって,それだけの理由で就業規則が適用されない労働者が,事業場内で 1 人でもいるということは考えられない。しかし,その反面,同一の就業規則をすべての労働者に一律に適用しなければならないとも考えられない。
その企業の実態によっては,社員就業規則,従業員就業規則,パートタイマー就業規則の 3 本立てにすることもできるし,または必要に応じて特殊な勤務,態様にある者については例外を設けて補ってもよいわけである。しかし,現在,一般的には「社員就業規則」と「パートタイマー就業規則」の 2 本立てのところが多くみられる。
⑶ 労働者の意見を聴くこと
就業規則は具体的な労働条件を内容としているから,就業規則を作成又は変更する場合は,使用者は労働者の意見を聴かなければならない。
この点,労働基準法では「当該事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においては,その労働組合,労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては,労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならない」と規定している。
就業規則は,使用者が作るものであるが,その内容には労働者の意思を反映させようというものである。そして,これによって労働条件の決定についての労使対等の原則と,本来使用者が就業規則を作成するということとの調和点を考慮されているものである。
⑷ 記載事項
労働基準法第89条第 1 項第 1 号~10号にかけて,記載しなければならないことを規定している。これを分類すると,
① 就業規則を定める以上必ず記載しなければならない事項
② 使用者がこのことについて労働者に適用する定めをする場合,あるいは慣習として実施している場合には,必ず記載しなければならない事項
の 2 つに分けられている。
① 必ず記載しなければならない事項(絶対的必要記載事項)
ア 始業及び終業の時刻,休憩時間,休日,休暇(育児休業および介護休業を含む)ならびに労働者を 2 組以上にわけて交替で就業させる場合においては,就業時転換に関する事項
イ 賃金の決定,計算及び支払の方法,賃金の締切及び支払の時期ならびに昇給に関する事項ウ 退職に関する事項(解雇の事由を含む)
② 定めをする場合には必ず記載しなければならない事項(相対的必要記載事項)
ア 退職手当,その他の臨時に支払われる賃金,手当,賞与及び最低賃金の定めをする場合におい
ては,これに関する事項
イ 労働者に食費,作業用品その他の負担をさせる定めをする場合においては,これに関する事項ウ 職業訓練,安全及び衛生に関する定めをする場合においては,これに関する事項
エ 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する定めをする場合においては,その種類及び程度に関する事項
オ 表彰及び制裁の定めをする場合においては,その種類及び程度に関する事項
カ 当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合においては,これに関する事項
③ 任意記載事項
①②の記載事項のほかの事項を記載することは自由であって,これは任意記載事項と俗に呼ばれている。例えば,就業規則の制定趣旨ないしxx的精神の宣言や,就業規則の変更についての労働組合との協議約款等などがこれにあたる。
以上の関係をとりまとめて分かりやすく図表に示すと別図①のとおりとなる。
別図① 労働基準法上の記載事項の分類
・始業・終業時刻,休憩時間
・休日,休暇
・交代制勤務における就業時転換
・賃金(賃金の決定,計算,支払方法,締め切り,支払時期,昇給)
・退職(定年制,自己都合退職,解雇等)
絶対的必要記載事項
・退職手当(適用範囲,決定,計算,支払方法,支払時期)
・臨時賃金(賞与),最低賃金額
・食費,作業用品などの労働者負担
・安全・衛生
・表彰・制裁
・職業訓練
・災害補償,業務外の傷病扶助
・その他事業場のすべての労働者に適用される事項(例:試用期間,人事異動,休職・復職,旅費,福利厚生など)
相対的必要記載事項
・絶対的必要記載事項,相対的必要記載事項以外の事項
・(例:就業にあたっての心得,留意事項など)
任 意 的 記 載 事 項
⑸ 就業規則の構造
就業規則は,法に基づいて別規程することが認められている。この場合,内規とかマニュアル,取扱規程など,どこまでが就業規則に該当するかという問題も起こってくる。ここに,就業規則に「含まれる部分」と「含まれない部分」に分けた,「就業規則の構造」を別図②のごとく分析したので, 1 つの