Contract
2 敷引きをめぐる争い
消費者契約法と賃貸借契約の敷引特約の有効性
(最高裁判所平成23年3月24日判決)
【事件の概要】
A:被告(賃貸人、事業者) B:原告(賃借人、個人)
Aは、Bに対し、平成 18 年 8 月 21 日、本件建物を、以下の約定で賃貸し、これを引き渡した。
(ア) 賃貸期間 平成 18 年 8 月 21 日から平成 20 年 8 月 20 日
(イ) 賃料: 1か月 9 万 6000 円
(ウ) 更新料:契約更新時に、1か月分の 9 万 6000 円を支払う
(エ) 保証金:金 40 万円(契約締結時)
(オ) 保証金等の清算(敷引特約): Aは本物件の明渡しがあったときは、以下のとおり、契約締結から明渡しまでの経過年数に応じた額を本件保証金から控除してこれを取得し、その残額をBに返還する。
経過年数1年未満 | 控除額18万円 |
2年未満 | 21万円 |
3年未満 | 24万円 |
4年未満 | 27万円 |
5年未満 | 30万円 |
5年以上 | 34万円 |
Bは、本件賃貸借契約を解約し、Aに対し、平成 20 年 4 月 30 日、本件建物を
明け渡した。Aは、経過年数が2年未満であるため、平成 20 年 5 月 13 日、Bに
対し、保証金 40 万円から本件敷引金 21 万円を差し引いた残額である 19 万円を返還した。
これに対し、Bは、本件敷引特約が消費者契約法第 10 条により無効であるとして、Aに対し、保証金返還請求権に基づき、敷引金に対応する保証金 21 万円及び遅延損害金の支払を求めた。
主要な争点
敷引特約は消費者契約法10条により無効か
本判決(最高裁判所の判決)
(1) まず,消費者契約法10条は,消費者契約の条項が,民法等の法律の公の
秩序に関しない規定,すなわち任意規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重するものであることを要件としている。
本件特約は,敷金の性質を有する本件保証金のうち一定額を控除し,これを賃貸 人が取得する旨のいわゆる敷引特約であるところ,居住用建物の賃貸借契約に付さ
れた敷引特約は,契約当事者間にその趣旨について別異に解すべき合意等のない限り,通常損耗等の補修費用を賃借人に負担させる趣旨を含むものというべきであ る。本件特約についても,本件契約書19条1項に照らせば,このような趣旨を含むことが明らかである。
ところで,賃借物件の損耗の発生は,賃貸借という契約の本質上当然に予定され ているものであるから,賃借人は,特約のない限り,通常損耗等についての原状回復義務を負わず,その補修費用を負担する義務も負わない。そうすると,賃借人に通常損耗等の補修費用を負担させる趣旨を含む本件特約は,任意規定の適用による場合に比し,消費者である賃借人の義務を加重するものというべきである。
(2) 次に,消費者契約法10条は,消費者契約の条項が民法1条2項に規定す
る基本原則,すなわちxxxに反して消費者の利益を一方的に害するものであることを要件としている。
賃貸借契約に敷引特約が付され,賃貸人が取得することになる金員(いわゆる敷 引金)の額について契約書に明示されている場合には,賃借人は,賃料の額に加 え,敷引金の額についても明確に認識した上で契約を締結するのであって,賃借人の負担については明確に合意されている。そして,通常損耗等の補修費用は,賃料にこれを含ませてその回収が図られているのが通常だとしても,これに充てるべき金員を敷引金として授受する旨の合意が成立している場合には,その反面におい て,上記補修費用が含まれないものとして賃料の額が合意されているとみるのが相当であって,敷引特約によって賃借人が上記補修費用を二重に負担するということはできない。また,上記補修費用に充てるために賃貸人が取得する金員を具体的な一定の額とすることは,通常損耗等の補修の要否やその費用の額をめぐる紛争を防 止するといった観点から,あながち不合理なものとはいえず,敷引特約がxxxに反して賃借人の利益を一方的に害するものであると直ちにいうことはできない。もっとも,消費者契約である賃貸借契約においては,賃借人は,通常,自らが賃借する物件に生ずる通常損耗等の補修費用の額については十分な情報を有していない上,賃貸人との交渉によって敷引特約を排除することも困難であることからすると,敷引金の額が敷引特約の趣旨からみて高額に過ぎる場合には,賃貸人と賃借人との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差を背景に,賃借人が一方的に不利益な負担を余儀なくされたものとみるべき場合が多いといえる。
そうすると,消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は, 当該建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額,賃料の額,礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らし,敷引金の額が高額に過ぎると評
価すべきものである場合には,当該賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅 に低額であるなど特段の事情のない限り,xxxに反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものであって,消費者契約法10条により無効となると解するのが相当である。
(3) これを本件についてみると,本件特約は,契約締結から明渡しまでの経過
年数に応じて18万円ないし34万円を本件保証金から控除するというものであっ て,本件敷引金の額が,契約の経過年数や本件建物の場所,専有面積等に照らし,本件建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額を大きく超えるものとまではいえない。また,本件契約における賃料は月額9万6000円であって,本件敷引金の額は,上記経過年数に応じて上記金額の2倍弱ないし3.5倍強にとどまっていることに加えて,上告人は,本件契約が更新される場合に1か月分の賃料相当額の更新料の支払義務を負うほかには,礼金等他の一時金を支払う義務を負っていない。
そうすると,本件敷引金の額が高額に過ぎると評価することはできず,本件特約 が消費者契約法10条により無効であるということはできない。
(なお、同趣旨の最高裁判例が、平成23年7月12日に出されている)
本判例のポイント
従来では、敷引金の法的性質を詳細に検討し、賃貸事業者(又はその仲介業者)と消費者である賃借人の交渉力の差も加味して、本件敷引特約について、「賃貸借契約に関する任意規定の適用による場合に比し、賃借人の義務を加重し、xxxに反して賃借人の利益を一方的に害するものである」とし、消費者契約法 10 条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)により無効であると判断しているものも多かった。
しかしながら、本件敷引金の額は,上記経過年数に応じて上記金額の2倍弱ないし
3.5倍強にとどまっていることに加えて,上告人は,本件契約が更新される場合に
1か月分の賃料相当額の更新料の支払義務を負うほかには,礼金等他の一時金を支払 う義務を負っていないことを鑑み、敷引金の額が高額に過ぎると評価することはできず,本件特約が消費者契約法10条により無効であるということはできないとの判断を下した。
これにより、今後3.5倍という敷引き率であれば、有効と判断されると考えられ る。
なお、通常想定される額,賃料の額,礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等 に照らし,敷引金の額が高額に過ぎると評価すべきものである場合には,xxxに反
して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものであって,消費者契約法10条により無効となると解するとの主旨であるため、一律に敷引特約が有効となるのでは ないため、これ以上の敷引率の場合には、無効となるケースもあろう。この辺は、今後の判例を待ちたい。
第5節 更新料
賃貸借契約の期間が満了した場合、契約の更新にあたって賃借人から賃貸人に支払われる金銭を「更新料」という。
この更新料というものは法律上決まっているものでも無ければ、全国的にその授受が為されているというものでもなく、またその金額にもばらつきがある。歴史的には借地契約において更新手続の費用を支払うということが行われるようになり、東京などの大都市とその近郊においては建物の賃貸借においても更新料を支払うという場合が多く見られるようになってきている。しかしながら、法律上の定めもなければ全国的に一般化しているともいえないものだけに、裁判によって更新料の支払いなどが争わる事案もかなりの数に上っていた。
この問題に、一定の終止符を打つ最高裁判例が、平成23年7月15日に出された。
(最高裁判所平成23年7月15日判決)
【事件の概要】
A:被告(賃貸人、事業者) B:原告(賃借人、個人)
Aは、Bに対し、平成 15 年 4 月 1 日、本件建物を、以下の約定で賃貸し、これを引き渡した。
(ア) 賃貸期間 平成 15 年 4 月 1 日から平成 16 年 3 月 31 日
(イ) 賃料: 1か月 3 万 8000 円
(ウ) 更新料:契約更新時に、2 か月分の 7 万 6000 円を支払う
なお、入居期間にかかわりなく、更新料の返還、精算等には応じない。
Bは、平成16年から18年までの毎年2月頃、3回に渡り本件賃貸借契約をそれぞれ1年間更新する旨の合意をし、その都度、Aに対し、更新料として 7 万
6000 円支払った。
これに対し、Bは、本件更新料条項が消費者契約法第 10 条により無効であるとして、Aに対し、不当利得返還請求権に基づき、支払済みの更新料 22 万 8000 円の支払を求めた。
主要な争点
更新料条項は消費者契約法10条により無効か
本判決(最高裁判所の判決)
ア 消費者契約法10条は,消費者契約の条項を無効とする要件として,当該条
項が,民法等の法律の公の秩序に関しない規定,すなわち任意規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重するものであることを定めるところ,ここにいう任意規定には,xxの規定のみならず,一般的な法理等も含まれると解するのが相当である。そして,賃貸借契約は,賃貸人が物件を賃借人に使用させることを約し,賃借人がこれに対して賃料を支払うことを約することによって効力を生ずる(民法601条)のであるから,更新料条項は,一般的には賃貸借契約の要素を構成しない債務を特約により賃借人に負わせるという意味において,任意規定の適用による場合に比し,消費者である賃借人の義務を加重するものに当たるというべきである。
イ また,消費者契約法10条は,消費者契約の条項を無効とする要件として,
当該条項が,民法1条2項に規定する基本原則,すなわちxxxに反して消費者の利益を一方的に害するものであることをも定めるところ,当該条項がxxxに反して消費者の利益を一方的に害するものであるか否かは,消費者契約法の趣旨,目的
(同法1条参照)に照らし,当該条項の性質,契約が成立するに至った経緯,消費者と事業者との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差その他諸般の事情を総合考量して判断されるべきである。
更新料条項についてみると,更新料が,一般に,賃料の補充ないし前払,賃貸借
契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有すると考えられるため、更新料の支払にはおよそ経済的合理性がないなどということはできない。
また,一定の地域において,期間満了の際,賃借人が賃貸人に対し更新料の支払をする例が少なからず存することは公知であることや,従前,裁判上の和解手続等においても,更新料条項は公序良俗に反するなどとして,これを当然に無効とする取扱いがされてこなかったことは裁判所に顕著であることからすると,更新料条項が賃貸借契 約書にxx的かつ具体的に記載され,賃借人と賃貸人との間に更新料の支払に関する明確な合意が成立している場合に,賃借人と賃貸人との間に,更新料条項に関する情報の質及び量並びに交渉力について,看過し得ないほどの格差が存するとみることもできない。
そうすると,賃貸借契約書にxx的かつ具体的に記載された更新料条項は,更新 料の額が賃料の額,賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り,消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらないと解するのが相当である。
これを本件についてみると,前記認定事実によれば,本件条項は本件契約書にxx的かつ明確に記載されているところ,その内容は,更新料の額を賃料の2か月分とし,本件賃貸借契約が更新される期間を1年間とするものであって,上記特段の事情が存するとはいえず,これを消費者契約法10条により無効とすることはできない。
本判例のポイント
前述したが、更新料は、法律上の定めもなければ全国的に一般化しているともいえないものだけに、裁判によって更新料の支払いなどが争わる事案もかなりの数に上っていた。本判決により、この問題に、一定の終止符を打つものと思われる。
なお、金額がxx的に明白に記載されていないもの、通常想定される額,賃料の額, 礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らし,敷引金の額が高額に過ぎると評価すべきものである場合には,xxxに反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものであって,消費者契約法10条により無効となると解するため、一律に更新料が有効と解するのではなく、個別の判断が求められるであろう。