Contract
最近の裁判例から
⒀−契約締結上の過失−
賃借申込人が契約締結直前に一方的に交渉を破棄したことによる賃貸人からの契約締結上の過失に伴う損害賠償請求が認められた事例
(東京高判 平30・10・31 金融商事判例1557-26) xx x
転貸人が既存テナント退出に伴い後継テナントを募集したところ、これに応じた賃借申込人との交渉がなされ、契約条件について合意に達したにもかかわらず、賃借申込人が契約締結を拒否し、一方的に交渉を打ち切ったとして、転貸人が新賃借人からの賃料収入が得られるまでの間の賃料相当損害金等の支払いを求めた事案において、転貸人の請求が一部認められた事例(東京高裁 平成30年10月 31日判決 金融商事判例1557-26)
1 事案の概要
都内に所在するビルを一括賃借していたX
(原告・被控訴人、マスターリース会社・転貸人)は、店舗の1区画(以下「本件物件」という)のテナントから退去予告通知を受けたことから、平成28年10月頃、管理運営業務を委託していたAをして、契約形態:定期建物賃貸借契約、契約期間:平成29年2月から 10年間、敷金:賃料の10か月分を条件として賃借希望者を募る賃料入札を実施した。
これに応札したY(被告・控訴人、飲食店経営)は、最高額の応札者ではなかったが、その後に近隣に閉店予定の既存店があるため出店意向が強い旨を申入れ、提示賃料を引上げた。これを受けてXとAは、Aを通じて賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という)締結に向けた交渉を開始し、入札時に最も好条件を提示した賃借申込人との交渉を打ち切った。
同年11月、AはYに対して、入札条件を踏
まえた賃貸借契約書(以下「本件契約書」という)の案文を送付し、その後Yの依頼に基づく再契約に係る契約条項についての交渉や各種資料等の提示要請へのAの対応が続けられた。同年12月22日、YはAに対して、リーガルチェックが終了し、早急に内装工事に着手したいとして、製本済本件契約書の交付を求め、これを受領したが、同月27日、Yの代表者の了解が得られないとして、再契約に係る契約条項の再交渉を求めた。
平成29年1月6日、YからAに、再交渉結果を踏まえて修正された本件契約書の交付を求める連絡があり、その翌日にXが未調印の本件契約書がYに交付され、Xは本件賃貸借契約締結に係る社内手続きを完了させた。
その後もYの各種資料の提示依頼にAが対応するなか、同月12日、YはAに対して、Yの代表者の出張により本件契約書の押印に時間を要する旨連絡したところ、前倒しすることで合意していた同月16日の賃貸借開始日が迫っていたこともあり、同月16日にAは一旦本件契約書をYから回収し、その日のうちに Xは押印を完了し、これをYに交付した。
その後AはYに対する本件契約書への記名押印を依頼していたところ、退去予定だった近隣既存店について、耐震補強工事完了後に再度賃借できる可能性がでてきたため、本件賃貸借契約を締結しない可能性がある旨をYから伝えられた。同年2月1日、XはYに対して本件契約書への記名押印を求めるとともに、1週間以内にこれに応じない場合は、本
件賃貸借契約を解除する旨の通知をしたところ、同月3日にYは1月27日に本件賃貸借契約の申込を撤回しており、契約締結意思がないと回答した。
これに対してXは、同年3月にYにxxxx義務違反があったとして、代替テナントから賃料収受ができた時までの賃料相当損害金等として、2051万円余の支払いを求めて提訴したところ、第xxでは代替テナントとの賃貸借開始日までの賃料相当損害金等として、 1411万円余の請求が認められたことから、これを不服としたYが控訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Yの控訴を棄却した。
(契約締結上の過失の有無)
Xは入居者募集にあたり、定期建物賃貸借契約とすることを条件としており、Yもこれを認識の上入札に参加したこと、及びYとの交渉にあたりXとAは、定期建物賃貸借契約の性質を損なうような契約条項の変更には応じられない旨を一貫して主張していたこと、が認められる。
本件賃貸借契約の締結交渉は、一連の交渉を積み重ねて契約締結の準備が行われ、遅くとも賃貸借開始予定日であった平成29年1月 16日には、Xに本件賃貸借契約の成立が確実であるとの合理的な期待を抱かせるに至ったものというべきであり、平成28年12月27日以降に契約条項の文言を巡って最終調整が行われたものの、Yによる度重なる契約条項の修正依頼は、定期建物賃貸借という契約交渉当初からの前提条件を、製本済賃貸借契約書が交付され押印直前となった段階に至ってから覆すものといわざるを得ず、Xの上記期待を正当な理由なく侵害するものとして、xxxに反する行為と認めるのが相当である。
よって、Yのxxx違反にあたらないとする主張は採用できないことから、Yは本件賃貸借契約の締結交渉を破棄したことにつき、不法行為責任を負う。
(損害額)
Xは、Yから本件賃貸借契約の締結意思がない旨の通知を受けた2月3日以降、改めて本件物件の賃借人募集と交渉を開始し、同年 5月31日を賃貸借開始日とし、当初2か月間をフリーレントとする賃貸借契約を代替テナントと締結したことが認められる。Xは、フリーレント期間中の賃料相当損害金の支払いも求めているが、その期間の設定が代替テナントとの賃貸借契約締結に必要不可欠であったとは認められず、Xに認められる賃料相当損害金は、本件賃貸借契約において予定されていた賃料額の1月16日から5月30日までの期間分に相当する1411万円余となる。
3 まとめ
本事例は、賃貸人が求めた賃借人の契約締結上の過失に基づく賃料相当損害金の請求が一部認められたものである。
本事例のように、相手方に契約の成立が確実であるとの合理的な期待を抱かせ、その期待を正当な理由なく侵害した場合には、契約締結上の過失があったとして、損害賠償請求が認められることもあることから、実務においても留意する必要があろう。
なお、事業用建物の賃貸借契約について、契約締結義務違反が認められた事例としては、東京高判平20・1・31(RETIO73-190)が、否定された事例として、東京地判 平28・1・21(RETIO 111-84) や東京地判 平22・2・26(RETIO84-
112)があることから、併せて参考にされたい。
(調査研究部調査役)
最近の裁判例から
⒁−大規模修繕の説明義務−
大規模修繕工事の説明がなかったとして賃料支払いを拒む借主に対する貸主の賃貸借契約の解除を認めた事例
(東京地判 平29・7・20 ウエストロー・ジャパン) xx xx
賃貸借契約締結時に大規模修繕工事についての説明がなかったとして、貸主に賃貸借契約の不成立を通知し、賃料の支払いを拒んだ借主に対し、貸主が、賃貸借契約の解除、建物の明渡及び未払い賃料等の支払いを求める訴訟を提起し、その請求が認められた事例(東京地裁 平成29年7月20日判決 認容 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
Ⅹ(原告・貸主)及びY(被告・借主)は平成27年1月、マンションの一室について、次の条件で賃貸借契約(本件契約)を締結し、 XはYに物件を引き渡した。
①賃料月額:5.5万円(共益費込み)
②賃貸期間:平成27年1月から2年間
③支払期限:当月分を毎月5日支払い
Yが入居した数日後から、本件マンションでは、工事施工会社Aにより以下の内容の大規模修繕工事が実施された。
①工事期間:平成27年1月~6月
②作業時間:午前8時30分~午後5時30分
③工事範囲:足場設置解体工事、外装修繕
工事、塗装工事、防水工事等 YはXに対し、平成27年2月分までの賃料 は支払ったものの、同年3月分以降の賃料は
支払わなかった。
平成27年3月、YはXに対し、本件契約締結の際に大規模修繕工事の実施及び工事によって生じる居住生活の不利益・支障等について全く説明がなかったうえ、未だ契約書原本
を受領していないので、本件契約は成立していないとして、契約違反通告書(本件通告書)により通知した。
XはYに対し、平成27年5月に賃料不払いを理由として支払期限付きの契約解除通知を発信したが、支払期限までにYからの入金等はなかった。このため、XはYに対して、「Yの賃料不払により本件契約が解除された」として、建物の明渡し及び解除日の翌日から明渡し済みまでの賃料相当損害金、未払賃料の支払いを求めて提訴した。
これに対しYは、「Xは大規模修繕工事によりYの生活被害等が発生することを故意に隠ぺいし、媒介業者及びYを欺罔して本件契約を締結した。」、このため、「工事期間中に生活上の制約・制限を受け、騒音等による身体的不調を被った。また、住宅設備の故障・欠陥により不便な生活を強いられた。」として、400万円以上の損害賠償を求める反訴を提起した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Xの請求を認容し、Yの反訴請求は棄却した。
(賃貸借契約の成立及び有効性)
証拠等によれば、平成27年1月、XとYの間で本件契約が締結され、XがYに本件建物を引き渡した事実が認められることから、本件契約は有効に成立していると認められる。 Yは、大規模修繕工事の説明がなかったこ とや、契約書原本の交付を受けていないこと
をもって、本件契約が成立していないと主張するが、後述のとおり、本件契約締結の際、 Yは大規模修繕工事の存在及びその内容を認識していたと認められることから、いずれの事実をもってしても、上記本件契約の有効性の認定を左右しない。
また、Yは、平成27年3月の本件通告書により本件契約が無効になっているとも主張するが、その根拠は不明確であると言わざるを得ない。
(Xの賃貸借契約違反)
Yは、Xが大規模修繕工事により居住者の生活被害等が発生することを秘して、Yを欺罔し本件契約を締結させたと主張するが、その事実を認めるに足りる証拠はない。
確かに、本件契約書や重要事項説明書には大規模修繕工事に関する記述はないが、本件契約締結に先立って、工事施工会社Aより本件マンション居住者に対して大規模修繕工事の概要が周知されており、本件マンションには大規模修繕工事に係る工程掲示板が存在し、全体工程表、週間工程表、本日の作業、明日の作業予定、洗濯物情報、お知らせなどが掲示されていること、Yは本件契約に先立って本件建物の内見をしていることから、当然、Yにおいて、大規模修繕工事の存在及びその内容は十分に認識していたものと認められる。
したがって、賃貸借契約違反に関するYの主張は採用できない。
(建物の瑕疵)
Yが主張する建物の瑕疵について、「ベランダ側サッシガラスのひび、トイレ床面の汚損、浴室タイル壁面のひび、共用エレベーターのドアガラスのひび」が認められるが、タイル壁面のひびを除くその他の破損・汚損について、本件契約締結当時に存在していたと認めるに足りる証拠はなく、その他Yの本件
建物の使用権を妨げる警備・管理上の欠陥が存すると認められる証拠はない。
(結論)
以上からすれば、Yによる賃料等の不払について、正当な事由は何ら認められないことから、Xの請求は理由があるからこれを認容し、Yの反訴請求は理由がないから棄却する。
3 まとめ
本件では、賃貸借契約締結前に借主がマンションを内見していたことから、その際に大規模修繕工事の存在及び内容を認識していたと認められた。このため、借主の賃料不払いは正当な事由がないとされ、賃貸借契約の解除が認められている。契約書や重要事項説明書では大規模修繕工事の記載はなかったが、現地・物件確認によりその存在や内容を知ることができたとするもので、実務においても現地・物件確認の重要性を示した事例とも言えよう。
マンションの大規模修繕工事については、工事期間が長期にわたり居住者の生活にも一定の制約や支障等が発生する可能性もある。また、当機構での電話相談においても分譲マンションの借主が大規模修繕工事の実施を知らなかったことについての相談事例も見受けられる。
賃貸物件の媒介業務においては、大規模修繕工事に関する情報は重要事項説明の対象とはなっていないが、紛争を予防する観点から、媒介業者が貸主からのヒアリングや現地調査で把握した情報があれば、契約時に借主に説明しておくことが望ましい。
(調査研究部調査役)
最近の裁判例から
⒂−賃貸保証委託契約−
借主による保証委託契約の解除等が信頼関係の破壊にあたるとして、貸主からの賃貸借契約の解除が認められた事例
(東京地判 平30・6・5 ウエストロー・ジャパン) xx xx
建物の借主が、貸主に承諾なく保証会社との保証委託契約を解除する旨の意思表示を行ったことなどは、信頼関係の破壊にあたるとして、貸主が、賃貸借契約解除に基づく建物明渡し及び賃料相当損害金の支払いを求める訴訟を提起し、その請求が認められた事例(東京地裁 平成30年6月5日判決 認容 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
Ⅹ(原告・貸主)は、平成28年10月に媒介業者Aを通じ、本件建物について賃料6万8千円、保証会社必須との広告を出し、これを見たY(被告・借主)が賃借の申入れをした。
同月に媒介業者AはYに対して重要事項説明を行い、X及びYは賃貸借契約を締結した。賃貸借契約書には特約事項として、「Yが自己の責任と負担にて保証会社Bと保証委託契約を締結し、契約の更新も必ず行う」との約定があった(重要事項説明書にも同様の記載あり)。YはBとの保証委託契約を締結し、保証料を支払った。
同年11月、YはXに対し、本件保証委託契約は賃貸人にのみ利益があり賃借人に何ら利益がないので公序良俗に反し無効であるなどと主張し、保証委託契約解除、保証委託料の X負担等を文書で通知した。
Yは、12月に12月及び1月分の賃料を現金書留によりXに送付したが、Xは契約に関する事項は媒介業者Aに委託しているので、Aに連絡するよう返信した。
YはXが賃料を受領しなかったため、12月に賃料を法務局に供託した。以降、Yは平成 29年1月から8月まで、賃料の供託を継続した。
一方、保証会社Bは、12月にYから「保証委託契約を解除した。保証料を返還してほしい」旨の内容証明郵便を受領した。BはYに連絡をしたが、書面による連絡を要請されたため、平成29年2月にBの社員は、本件建物のYを訪問した。その際、YからBの社員へ暴力行為があり、警察官が呼ばれ事情聴取が行われ、Bの社員は暴行罪で被害届を出した。
XはYに対し、平成29年4月に内容証明郵便により信頼関係破壊による賃貸借契約の解除の意思表示をしたが、Yは書面を受け取らず、再送についても受け取りを拒否した。
平成29年5月、XはYに対して、信頼関係破壊による契約の解除を主張し、賃貸借契約終了に基づく建物の明渡し及び賃貸借契約終了後である平成29年6月から建物明渡済みまで1ヵ月6万9千円の割合による賃料相当損害金の支払いを求め提訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Xの請求を認容した。
認定の事実によれば、本件賃貸借契約において、賃料の不払いがあるとか、Yによる本件建物の使用方法が不適切であるなどの事情を認めることはできない。Yは本件賃貸借契約において定めた賃料支払方法で賃料を支払
っていないものの、供託しているものであるから、賃料の不払いがあると評価することはできない。
しかしながら次の各事情が認められる。
①本件賃貸借契約においては、Yが保証会社 Bとの間で保証委託契約を締結することが特約事項とされているのに、Yは、Xに対して本件賃貸借契約の締結日から1、2ヵ月の間にXに本件保証委託契約の解約及び保証委託料の返還を求め、保証会社Bに対しても本件保証委託契約の解除通知を送付した。
②本件賃貸借契約においては、賃料は、保証会社Bによる口座振替で支払うこととなっているところ、Yは、平成28年10月及び11月分の賃料支払い方法が口座振替ではないため、必ずしも口座振替である必要はなく、また、本件保証委託契約に瑕疵があり、Xに直接話合いを求めたと主張するが、10月及び11月分の賃料は契約成立時に仲介業者Aを通じて支払いをしたに過ぎず、本件賃貸借契約の特約事項で賃料支払方法は保証会社Bの口座振替と合意されていたものであることからこれを遵守すべきであり、Yの主張は採用できない。
③Xは、本件建物の管理や諸手続きを媒介業者Aに委任しており、その旨Yに伝えていたのに、Yは平成28年11月に文書を直接Xに送付した。
④Yは、平成29年2月に来訪した保証会社Bの社員に対し、押し倒し、20分程度廊下に押しつけるという暴力を振るい、後日、再度の Bの来訪に際しても警察官を呼んだ。Yは暴力を振るったことを否認するものの、保証会社Bの社員の証言からして暴力を振るったことを認めることができる。また、Yは、警察官からBの社員が再訪したら躊躇なく110番通報してくださいと言われたと主張するが、裏付ける何らの証拠はなく、主張は採用できない。
以上の認定の各事情によれば、Yが本件賃貸借契約で定めた保証会社Bとの保証委託契約について理由がないのに解約を求め、また、合意した賃料支払方法に従わず、Xが賃貸借契約の管理を委任した媒介業者Aを通じないで直接交渉を求め、Yと交渉に当たったBの社員に理由なく暴力を振るい、更に賃貸人からの連絡をことごとく拒絶する態度をとっているなどの原因により、その基礎となる信頼関係が破壊されているといわざるを得ない。
以上によれば、Xの請求は理由があるからこれを認容する。
3 まとめ
本件は、借主による保証委託契約の解除等が信頼関係の破壊にあたるのかが争われた事例である。判決では、保証委託契約の解除に加え、借主の定められた賃料支払方法・手続の不履行、借主による保証会社社員への暴力行為なども含め、信頼関係は破壊されたとして、契約解除が認められている。
他の賃貸借保証関係の事例としては、賃貸借契約締結時に賃借人において連帯保証人を立てるとの合意がなされたが、賃借人が半年を経過しても連帯保証人署名済みの契約書を提出しなかったことにより、信頼関係が破壊されたと判断し、賃貸借契約の解除及び建物明渡請求が認められた事例(東京地判 平25・ 7・17 RETIO 95-78)があるので、参考にされたい。
(調査研究部調査役)
最近の裁判例から
⒃−結露に対する賃貸人の対応−
窓の結露発生への不十分な対応を理由とする、賃借人の賃貸人に対する転居費用等の請求が棄却された事例
(東京地判 平30・2・16 ウエストロー・ジャパン) xx xx
共同住宅の賃借人が、賃貸人には窓及びサッシに大量に発生した結露への対応を怠った債務不履行があるとして転居費用等を請求した事案において、賃貸人に修繕義務はないとしてその請求を棄却した事例(東京地裁 平成30年2月16日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成27年1月、賃借人Xと賃貸人Yは、都内に所在する共同住宅の1室(本件建物)について、賃貸借契約(本件賃貸借契約)を締結した。
平成27年4月、Yの従業員は、Xの求めに応じて本件建物を訪問し、本件建物の北西に設置されている窓(本件窓)に結露が発生していることを確認した。
平成27年6月、Yは、Xに対し、本件建物とは別の居室への移転を勧めたが、実現しなかった。
平成28年11月、Xは、Yに対し、本件窓に発生した結露に対する対策を講じなかったことが債務不履行に当たるとして、同年12月8日をもって本件賃貸借契約を解除し、同日、本件建物を明け渡した。
その後Xは、
⑴ 本件建物が建築された平成22年当時には、エネルギーの使用の合理化等に関する法律に基づいて定められた「住宅に係るエネルギーの使用の合理化に関する設計及び施工の指針」(省エネ基準)が適用されて
いたところ、これによれば、熱貫流率が 4.65W/m2・K以下のサッシを使用することとされているにもかかわらず、本件窓はこれらに適合していない。省エネ基準に適合していない本件窓が設置されている本件建物を賃貸したのであるから、Yには債務不履行があったというべきである。
⑵ Xは、Yに対し、本件窓に大量の結露が発生していることを伝えていたのであるから、Yには、結露の発生を除去する義務及び本件窓のサッシを取り換えるなどする修繕義務があったのに、Yはこれらの義務を怠ったのであるから、Yには債務不履行があったというべきである。
と主張して、Yに対し、結露対策のために購入した物品の費用、転居費用、本件建物に係る賃料の過払分、慰謝料等の合計58万円余を請求した。
これに対し、Yは、
⑴ Xが指摘する省エネ基準に適合していないからといって違法な建築物にはならない。また、本件賃貸借契約において、本件建物が省エネ基準に適合していることが合意されていたものでもなく、Xが主張するような義務をYが負うことはない。
⑵ 本件窓のサッシは、大手メーカーによる一般的な仕様のものであり、これを使用したことが債務不履行になるとは考え難い。また、Yは、Xの求めに応じて本件建物を訪問して状況を確認したり、別紙物件目録記載の建物のうち本件建物とは別の居室へ
の移転を勧めたりするなどの十分な対応をしてきたのであるから、何ら債務不履行はない。
と、反論した。
2 判決の要旨
裁判所は次の通り判示し、Xの請求を棄却した。
(省エネ基準の位置づけ)
エネルギーの使用の合理化等に関する法律の内容からすると、省エネ基準は、内外におけるエネルギーをめぐる経済的社会的環境に応じた燃料資源の有効な利用の確保に資するという我が国におけるエネルギー政策上の観点からの規制というべきであって、省エネ基準が適用される建築物を目的物とする売買、賃貸借等の私法上の契約においては、当該建築物が省エネ基準に適合していることを合意するなどしない限り、省エネ基準に適合させることが債務の内容になることはないものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、本件賃貸借契約において、本件建物が省エネ基準に適合していることを合意した形跡はうかがわれないのであるから、Yが賃貸人として省エネ基準に適合する建物を賃貸する義務を負っていたということはできず、Xの前記主張は採用することができない。
(Yの修繕義務等)
⑴ 一般に、建物の窓等に結露が発生するということは、特に冬季においてはしばしば見られることであって、そのことのみから当該建物を居住の用に供し得ないというものではないのであるから、賃貸借契約の目的である建物の窓等に結露が発生するからといって、直ちに賃貸人に修繕義務等が生じるというものではない。確かに、本件建物においては、熱貫流率が6.51W/m2・Kのサッシが使用され
ており、省エネ基準では熱貫流率が4.65W/ m2・K以下のサッシを使用することとされていることに照らすと、必ずしも良好な性能を備えているものとはいい難く、冬季に本件建物内を快適な環境(室温20ないし23度、湿度 50ないし60%)を保ったまま結露の発生を防ぐことは難しいとも評価されていることも踏まえると、本件建物は、比較的結露が発生しやすい環境にあるものということができるところではあるが、他方で、本件窓に使用されたサッシは、一般的な仕様の製品であって、その性能が著しく劣るものであるとも認められないのであるから、Yに、賃貸人として、結露の発生を除去する義務であるとか、本件窓のサッシを取り換えるなどする修繕義務があったということはできない。
⑵ 仮に、賃貸人として何らかの対応をすべき債務があるとしても、Yは、Xの求めに応じて本件建物を訪問して状況を確認したり、別紙物件目録記載の建物のうち本件建物とは別の居室への移転を勧めたりしたのであるから、Yに債務不履行はないというべきである。
3 まとめ
結露の発生をめぐるトラブルはよく見られるものであるが、本判決は、賃貸人の修繕義務を考えるに当って参考となる事例である。住宅に関する相談を受付けている公益財団 法人住宅リフォーム・紛争処理支援センター
(住まいるダイヤル)のホームページには結露に関する相談事例が掲載されており、参考とするのも一つの方法であろう。
(調査研究部調査役)