a) 受任をめぐる問題 (b) 契約交渉をめぐる問題
特 集《 契 約》 1 |
会員 xx xx |
目 次 かかる背景の下,パテント編集委員会からの依頼
1.はじめに
2.「契約代理」の範囲
2.1 契約の対象
2.2 契約の種類
で,弁護士として三十数年間,契約をめぐる交渉・ドラフティングに携わってきた者の雑感を述べさせていただくことにする。
2.3 業務の態様 (2) ところで,依頼者A社が,その相手方B社との
3.受任の際の心構え
3.1 自己契約・双方代理の禁止
3.2 倫理規定上,職務を行い得ない場合
3.3 契約代理の報酬
特許・ノウハウライセンス契約締結の依頼をしてきたとする。この場合,A社の代理人として,いかなる点に留意すべきであろうか。
3.4 依頼者との意思の疎通 次の 3 つの切り口で考えると,分かりやすいように
3.5 小 括
4.交渉の心構え
4.1 法的交渉の二類型
4.2 交渉のパターン
思われる。
(a) 受任をめぐる問題
(b) 契約交渉をめぐる問題
4.3 当事者双方の契約の目的の確認 (c) ドラフティングをめぐる問題
4.4 小 括 以下,この順序に従って筆をすすめるが,その前
5.ドラフティングの心構え
5.1 ドラフティングの目的
5.2 「良い契約」とは何か
5.3 準拠法と法廷地(仲裁地)の選択への配慮
に,改正法によって許された「契約代理の範囲」につ
いて整理しておきたい。
5.4 実体法への配慮 2.「契約代理」の範囲
6.契約締結後の「管理」の指導
6.2 「管理」の具体例
2.1 契約の対象
7.むすび 改正法は,次のとおり規定する。
…………………………………………………… 「弁理士は,前二項に規定する業務のほか,弁理
(1) 弁理士の職域拡大に向けての,いわゆる「仲裁代理」と「契約代理」を含む新弁理士法は,平成 12年 4 月 26 日公布され,平成 13 年 1 月 6 日から施行されたものの,例外として,「契約代理」に関する弁理士法 4 条 3 項の規定(以下「改正法」という。)は「公布の日から 2 年を越えない範囲内において政令で定める日」から施行されるとされた。行政書士会からの異議もあり,施行日は延び延びになっていたが,平成 14年 2 月 1 日から施行されるに至ったので,読者の関心も高いものと推測される。
士の名称を用いて,他人の求めに応じ,特許,実用新案,意匠,商標,回路配置若しくは著作物(著作xx(昭和xxx年法律第四十八号)第二条第一項第一号に規定する著作物をいう。)に関する権利若しくは技術上の秘密の売買契約,通常実施権の許諾に関する契約その他の契約の締結の代理若しくは媒介を行い,又はこれらに関する相談に応ずることを業とすることができる。ただし,他の法律においてその業務を行うことが制限されている事項については,この限りでない。」
改正法によれば,契約の対象は,(a)工業所有権(特許,実用新案,意匠,商標),(b)著作物に関する権利,
(c)半導体集積回路の回路配置に関する権利,(d)技術 ③ 弁護士法 72 条
上の秘密(ノウハウ)である。 改正法 4 条 3 項のただし書は,「ただし,他の法律においてその業務を行うことが制限されている事項につ
(1) 改正法の規定
上掲のように,改正法は,契約の種類について,「売買契約,通常実施権の許諾に関する契約その他の契約」と規定する。
この点について,『条解 弁理士法』60 頁は,「売買契約,通常実施権の許諾契約は契約の例示であり,いわゆる,ライセンス契約,リース契約等あらゆる契約 を含むものである」と解説している。
(2)「紛争性のある契約」について
『条解 弁理士法』は「あらゆる契約」を含むと解説するが,改正法にいう「その他の契約」に「和解契約」
いては,この限りでない」と規定するが,ここでいう
「他の法律」に弁護士法 72 条が該当することは明らかである。
しかして,同条は,
「弁護士又は弁護士法人でない者は,報酬を得る目的で訴訟事件,非訟事件及び審査請求,異議申立て,再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定,代理,仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い,又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし,この法律に別段の定めがある場合は,この限りでない。」
は含まれるのか,という議論がある。 と規定しており,「和解」を業とすることができないこ
換言すれば,弁理士が関与できる契約は,(a)紛争性のない契約に限られるのか,それとも,(b)紛争性のある契約も扱えるのか,という疑問である。
これについては,次のような諸点を考慮しなければ
とは,これまた明白である。
④ 私 見
以上の①~③によると,紛争性のある契約は「不可」と解するのがxxな解釈になるのであろう。
ならない。 日本弁理士会研修所発行の『契約代理・仲裁代理 テ
① 国会での討論
平成 14 年 4 月 4 日開催の参議院・経済産業委員会における,xx経済産業大臣による,弁理士の侵害訴訟代理に関する弁理士法改正の趣旨説明中に,「二年前の法改正の際に,ライセンス契約など紛争性のない契約に限り代理が認められている」との発言がある。(1)
② 弁理士法 4 条 2 項 2 号の反対解釈
仲裁代理を認めた改正弁理士法 4 条 2 項 2 号によれば,「特許,実用新案,意匠,商標,回路配置又は特定不正競争に関する仲裁事件の手続(これらの事件の仲裁の業務をxxかつ的確に行うことができると認められる団体として経済産業大臣が指定するものが行う仲裁の手続(当該手続に伴う和解の手続きを含む。)に限る)についての代理」と規定されているから,経済産業大臣が指定した専門的仲裁機関(2)における仲裁・調停の手続に伴う和解の手続が認められることは,xx上明らかである。
しかし,この規定の反対解釈として,「和解契約」に言及しない契約代理に関する改正法 4 条 3 項は,紛争性のある契約を排除しているとの解釈が出てくるのではないか。
キスト』を執筆されているxxx弁護士・弁理士も,
「新法下では,仲裁と全く切り離された調停ないし和解代理は想定されておらない」と述べておられる(『パテント』54 巻 2 号 32 頁)。
しかしながら,日常,知的財産権侵害問題に接し,修羅場にどっぷり浸かっている実務家の感覚からすると,どうも腑に落ちないものがある。
そもそも,「紛争性ゼロの財産的取引契約」などというものがあるのだろうか。「契約」は,対立する当事者の申込と承諾という 2 つの意思表示の合致から成立する。そして,知的財産は「独占性」を本質的要素とするので,予防法学的見地から,紛争回避のため,権利の譲渡や実施許諾を求めるということになる。したがって,かかる知的財産を対象とする契約の場合,「すべて紛争性が潜在している」と言えるのではないだろうか。つまり,紛争の顕在化を念頭においた「相談」とか「ドラフティング」が必要不可欠なのである。
また,例えば,特許侵害論争に端を発し,訴訟前や訴訟中に,「特許の有効性を争わない。しかし,通常実施権は付与する」という旨の特許ライセンス契約を締結して,紛争や訴訟を和解により終了させるというこ
とは,極めて普遍的な出来事である。
改正法が認めている「通常実施権の許諾に関する契約」の中に,例えば,いわゆる「精算条項」(「当事者双方は,本件に関し,互いに何ら債権債務のないことを確認する」という趣旨の条項)とか,「乙は,甲に対し,本契約に定めた実施料以外に,解決金として金○
○○円を支払う」といった条項を入れた契約は,どうなるのか。厳密には,これらの条項に関していえば「和解契約」であり,ライセンス契約と和解契約との「混合契約」ないし「無名契約」ということになる。
1 つの考え方は,このような場合,和解契約がライセンス契約に付随しているから許される,というものであり,もう 1 つは,契約は一体であり,紛争性のある和解契約が混合しているから,結局,弁理士は関与できない,というものであろう。しかし,形式的に常に分類化できるものかどうか,ときには,線引きが困難なケースもありえよう。
結論として,筆者の個人的見解では,以上に加えて,仲裁代理,侵害訴訟代理とxx,弁理士の業務範囲を拡大してきた背景が弁理士の専門性に着目してのことであること,更に,平成 14 年 4 月 17 日に公布された
侵害訴訟代理に関する改正弁理士法 6 条の 2 は,仲裁
代理に関する平成12 年の改正弁理士法4 条 2 項 2 号の
「当該手続に伴う和解の手続を含む」といった文言を含んでいないこと等に思いを致すとき,本改正法 4 条
3 項についても,立法論ではなく,解釈論として,紛争性の枠をはずした解釈をなすべき時が来ているのではないか,と思料する。
(1) 改正法の規定
改正法は,業務の態様として,(a)契約の締結の代理を行うこと,(b)契約の締結の媒介を行うこと,(c)(a)及び(b)に関する相談に応ずること,をあげる。
(2) 「交渉」について
契約の「締結」とは,何を意味するのか。契約締結に関連する「交渉」は,許されるのか。「締結」という概念の中に,「交渉」は含まれるのであろうか。
「締結」という概念は,最狭義に解すると,「代理人として署名(記名)押印すること」のみを意味するのであろうが,これでは子供の使いになってしまい,かかる解釈が失当であることは言うまでもなく,もう少
し幅広く,「ドラフティング」を含むことについても異論はないであろう。
改正法は,「相談」を認めているから,「交渉のあり方について指導すること」は,「相談」の一部とみることができようが,もう一歩進めて,「弁理士自らが交渉自体を行うこと」はどうであろうか。
文言解釈からすれば,「不可」ということになるのであろうか。
しかしながら,契約交渉の入口に相当する「相談」と,出口にあたる「契約の締結」を認めておいて,「途中は駄目ですよ」というのは,実際の仕事の手順を考えた場合,極めて非現実的であり,依頼者・弁理士の双方にとって不便極まりない。なぜなら,「相談」は弁理士の特許事務所で,「交渉」は弁護士の法律事務所へ駆けつけ,「締結」は再び特許事務所へと右往左往する結果,(a)時間的ロス,(b)交渉方針の首尾一貫性の欠如のおそれ,(c)費用の増大(弁護士と弁理士への支払い)といった依頼者の不利益に帰着するからである。
以上の理由で,「相談」と「ドラフティング」の間に境界線を引くことは事実上不可能であるから,個人的には,「弁理士による交渉は可」と解したい。
3.受任の際の心構え
3.1 自己契約・双方代理の禁止
同一の法律行為について,当事者の一方が相手方の 代理人となること(自己契約)や,同一人が当事者双方 の代理人を兼ねること(双方代理)は,代理人の恣意に よって本人の利益が不当に害されるおそれがあるため,民法 108 条はいずれも禁止している。
したがって,本人の利益が害されるおそれのない場合には,例外的に許される場合があり,民法 108 条但書は,そのような場合として「債務の履行」を掲げているが,通説・判例は但書を拡張し,例えば,「本人があらかじめ双方代理や自己契約を許諾しているとき」には本条の禁止は及ばないとしている。
3.2 倫理規定上,職務を行い得ない場合
単純に民法 108 条に違反するということは稀であろ
うが(3),弁護士倫理 26 条及び 27 条で職務を行い得ないとされている次のような事件は,受任するにあたって,弁理士としても十分注意すべきである。(4)
(a) 事件の協議を受け,その程度及び方法が信頼関係に基づくときは,その協議をした者を相手方とするその事件(つまり,当該法律相談を受けた者を相手方とするその事件)
(b) 受任している事件と利害相反する事件
(c) 受任している事件の依頼者を相手方とする他の 事件
(d) 受任している事件の相手方からの依頼による他の事件
(e) 公務員若しくは法令により公務に従事する者又は仲裁人として職務上取り扱った事件(例えば,民事調停委員や知的所有権仲裁センターの仲裁人・調停委員などとして関与した事件)
(f) 同一の法律事務所で執務する他の弁護士若しくは同一の場所で執務する外国法事務弁護士又はそれぞれの依頼者との関係において,職務のxxを保ち得ない事由のある事件
わが国でも,合併などにより大規模な法律事務所や 特許事務所が次々と誕生しており,(f)は重要である。日本の法律事務所は比較的ルーズなようであるが, 米国の法律事務所ではコンピューターを使ってかなり厳格に利益相反チェックをしている。筆者の経験でも,何百人もの弁護士を擁する事務所が,知的財産とは無
縁の会社法部門で法律相談を受けたことがあり,かつ,依頼者の同意が得られなかったことを理由に,特許侵害係争の受任を拒否したxxxがあった。
(1) 倫理規定の定め
弁護士倫理 36 条は,「弁護士は,依頼者に対し,受任に際して,その報酬の金額又は算定方法を明示するように努めなければならない」と定め,37 条は「弁護士は,事案の実情に応じ,適正・妥当な報酬を定めなければならない」と定める。弁理士倫理 9 条も,「会員は,事件の受任に際し,報酬について依頼人に説明し,合意を得なければならない」と規定する。
したがって,契約の締結事件を受任の際には,依頼者と相談の上,報酬(着手金と報酬金)をあらかじめ決めなければならない。
しかし,知的財産権侵害訴訟事件の受任の際でも,代理人費用をどのようにするかは頭の痛い問題であるが,契約代理の場合は更に深刻である。なぜなら,わ
が国では,侵害訴訟を提起するには必ず「訴額」を決め,印紙を貼用せねばならず,かかる「訴額」をもって,各弁護士会の報酬規定でいう「事件の経済的利益」とみなし,所定の率で自動的に算出できるが,契約締結業務の場合,性質上,将来の成功・不成功,得られる利益額などが漠としているからである。
(2) 実 情
日本弁護士連合会報酬等基準(平成 7 年 10 月 1 日施行)は,「契約締結交渉」に関し,着手金と報酬金のそれぞれにつき,経済的利益の額に応じた料率を定める方式をとっている。(5)
では,各弁護士は実際にどのように請求しているのであろうか。
筆者の知る限りでは,外国事件を手がけている弁護士(いわゆる「渉外弁護士」)は,国内契約,国際契約を問わず,時間制で請求することが多いようである。上述のように,経済的利益の決定が困難だから,それなりに合理的といえよう。
時間制の場合,1 時間当りの報酬額が問題となるが,日弁連の報酬基準では「1 万円~5 万円」である。金額は,地域(東京か地方か),経験年数,事務所や弁護士の知名度,依頼者との関係などにより,様々である。
3.4 依頼者との意思の疎通
代理権が本人と代理人との間の代理権授与行為(授権行為)によって生じるという代理制度の本質に鑑み, (a)常に代理人と十分協議して,本人の利益に反しないようにすることはもちろん,本人の利益を最大限にするように努めること,(b)しかし,最終的には本人の意向に反しないようにして,依頼者との信頼関係を保つようにしなければならない。
依頼者は代理委任契約を一方的に解除できるし(民法 651 条 1 項),他方,弁理士も,自己の良心に反すると考えるに至れば,辞任すべきであろう。(6)
3.5 小 括
奈良弁護士会所属の弁護士が多数の依頼者から預かった多額の金員を横領したことが発覚し,弁護士本人の責任追及はもちろんのこと,懲戒処分を遅らせ,被害を拡大させた点で,奈良弁護士会の法的責任をも追求するという深刻な事件が,最近のマスコミを賑わせている。
紛争事件に身を投じる弁護士は,いわば社会の汚れ役で,不祥事と背中合せになる危険性が高く(7),弁護士倫理の遵守が強調され,筆者の属する大阪弁護士会でも,弁護士倫理研修の受講が義務づけられている。 3.1~3.4 で上記した点は,依頼者との信頼関係を保 つ上でいずれも重要なことであり,これまで比較的倫理問題とは縁遠い出願業務中心の弁理士にとっても,契約代理業務に本格的に取り組む以上,心得ておくべ
き要点ではあるまいか。
筆者は,先に 2.2(2)④ で,知的財産を対象とする契約の締結については,実務的にみて,「すべて紛争性が内在している」と言えるのではないかと述べた。しかし,理論的にいえば,法律関係にかかる交渉は,「紛争解決交渉」と「取引契約締結交渉」の二類型に分けられる。(8)
前者は,「示談」「和解」「調停」「あっせん」などと呼ばれるが,この場合,最終的な解決手段として「訴訟=判決」が背後に控えていて,裁判所による判決を予測しつつ,交渉はなされる。したがって,交渉が物別れに終れば,後日法廷で相まみえるという意味で,
「強いられた交渉」といえる。
これに対し,後者は,契約を締結するか否かは当事者の自由であり,交渉が物別れになれば,再会を強いられることはない(「契約自由の法則」)。取引契約締結交渉にあっては,暴利行為など例外的な場合(民法 90条)を除いて,契約の内容は判決規範たる実体ルールからの評価とは無縁である。
交渉のアプローチは,「対決論争型」と「問題解決型」の二つに分類できる。(9)
前者は,伝統的交渉モデルであるが,当事者間の目標は同一であるとの前提の下,解決はゼロサム的なものとなり,交渉は競争対決的な展開となりやすい。
一方,後者は,新しい交渉モデルで,各当事者の真の目的の実現に向けて,統合的な解決を図ろうとする。解決は非ゼロサム的なものとなり,交渉は協調的な展開となりやすい。「問題解決型」は,「ギブ・アンド・
テイク交渉」ともいえる。
実際の交渉パターンの主流は,「対決論争型」と「問題解決型」の組合せからなり,通常は,前者が先行し後者が続くのであろうが,前者が後者に対して限定的に働かないよう,大所高所に立った「大人の交渉」が望まれる。
4.3 当事者双方の契約の目的の確認
『孫子(謀攻篇)』に,「彼を知り己れを知れば,百戦して殆(xx)うからず。彼を知らずして己れを知れば,一は勝ち一は負く。彼を知らず己れを知らざれば,戦うごとに必ず敗る」とある。(10)
上述したように,「問題解決型交渉モデル」を目指すのであれば,まず,依頼者の目標を十分に理解し,次に,相手方の狙いを的確に推察しなければならない。国際特許ライセンス契約を例にとれば,ライセン サーの戦略としては,次のような多岐にわたるものが
考えられる。(11)
(a) ライセンス収益への期待
(b) 商品の輸出による貿易摩擦や関税障壁を回避
(c) 自社技術の補完
(d) 研究開発費の早期回収,新プロジェクトの資金源
(e) グラント・バック条項の利用によるライセンシーの改良技術の吸い上げ
(f) 自社規格の標準化(デファクト・スタンダード)
(g) 系列化
(h) 実施料を支払わせることによる,価格競争上の優位性確保
(i) ライセンシーによる競争技術の開発防止
(j) 緊急時における商品供給源(セカンド・ソース)の確保
(k) 不要特許の再利用
(l) クロスライセンスによる弱い技術分野・自社技術の補完
(m) 特許の無効化の防止
(n) 紛争の和解(紛争処理費の節約,紛争未解決による悪影響の防止)
(o) 市場分割
これに対し,ライセンシーの戦略としては,次のようなものが考えられる。(11)
(a) 自社利益への期待
(b) 自社技術の補完
(c) 研究開発費の軽減,研究開発期間の短縮,研究開発の失敗のリスクの回避
(d) ライセンサーの改良技術への期待
(e) 紛争の和解(紛争処理の節約,紛争未解決による悪影響の防止)
(f) 系列化による経営の安定
『交渉』は難しいもので,「感受性」と「経験」と「誠実さ」が大切なのではなかろうか。
交渉にあたっての詳細かつ具体的な注意事項はいくらでも列挙できるが,本稿にそぐわないので一切言及しない。しかし,4.1~4.3 に述べた基本的なところは,十分念頭においていただきたいと思う。
ドラフティングの第 1 の目的は,当事者の意図するところ,すなわち,当事者による交渉と妥協の結果である「合意内容」を明確に表現すること,第 2 は,明確にされた当事者の意図を実際に具体化する際に生じる問題(履行の具体的方法,不履行・履行不能の場合の処理など)について,当事者を拘束するルールを設定しておき,当事者間に無用の紛争が生じないようにすること,第 3 は,依頼者の契約の目的,経営戦略の実現を真に可能とする「良い契約」を作成すること,などである。
「良い契約とは何か」に対する答えは,様々である。xxの契約実務では,xxxxxx・xxxxx
(vagueness doctrine)という原則があり,取引の重要条件について合意があいまいであれば契約は成立しないとされているので,契約文書は長文になりがちである。しかし,長ければよいというものでないことは言うまでもない。
結論的に言えば,「良い契約」とは,(a)期待利益とリスクとが契約上合理的にバランスした形で規定されていること,(b)divorce document(紛争ないし問題が発生したときのための文書)として,しっかりと構成
されていること,(c)法的紛争をもたらさずに契約の目的を効果的に達成しうる契約であること(いわば,剣の奥義が,剣を抜かずに相手を制することにあるごとく),などである。(12)
① (a)についての補足
期待利益とリスクや出損(コスト)とが,経済的に見合っていなければならない。
例えば,第三者の特許侵害の場合の法的責任,製造物責任,紛争解決費用の負担などのリスク(費用負担)が販売価格に反映させることができているか否か,などのチェックが必要なのである。
② (b)についての補足
紛争の際に役立つためには,自己の権利条項(相手方の義務条項)が明確でなければならない。
例えば,不可抗力条項の場合,不可抗力の実例として「ストライキ」を明示しても,自社の労働組合のストライキについて不可抗力の抗弁となしうるか否か,といった問題がある。契約文言の明確さが求められる所以である。
③ (c)についての補足
(c)で意味していることは,契約の一方当事者がある契約条項を発効することによって生じる新しい状態
(post-contractual bargaining position)が当該当事者にとって極めて不利であるために,実際上はその発効が不可能となるような仕組みのことである。
具体例でいうと,合弁契約書において,特許権を保有する当事者の一方が合弁会社にライセンスする場合に,株主構成に変更があったときはライセンス契約を解除し得る旨の規定があると,相手方当事者は持株を他に売却することが事実上不可能となり(けだし,かかる状態の下では,株式の買手は出現しない。),相手方はバーゲニング・パワーを失ってしまう。
5.3 準拠法と法廷地(仲裁地)の選択への配慮
(1) 被告地主義について
国際取引契約では,(a)契約の効力,解釈及び履行が どの国の法律に準拠して決められるとするか(準拠法), (b)不履行の場合に法廷地(又は仲裁地)をどこにする か,という問題に常に直面する。
一般条項であるから枝葉末節の条項のように思われるかもしれないが,実務的には,両当事者の面子や意地も加わり,意外と深刻化し,交渉決裂の危機に瀕す
ることもあるのである。
決裂を回避するために,筆者の場合,訴えられる当事者の国の都市をもって裁判地(又は仲裁地)とし,その国(米国なら州)の法律をもって準拠法とする「被告地主義」を採用することが多い。
また,たとえ交渉自体は当事者間同士でなされていても,あえて弁護士名で相手方当事者に対し直接,被告地主義の長所を記載したオピニオン・レターを出して,相手方の説得に乗り出すこともある。
xxx被告地主義に対しては,「実際に裁判や仲裁を 提起するまで準拠法が決まらないから,双方とも訴提 起前に何国法を根拠に議論してよいかわからない」と の理由で反対する説も有力であるが(13),賛成できない。なぜなら,第 1 に,決裂を避け,交渉を成立させるこ
とがまず肝要であるし,第 2 に,紛争事件を裁断する裁判官(又は仲裁人)にすれば,外国法を入手し,理解し,事案に適用することは,実際問題として極めて困難である,第 3 に,相手方当事者の国へ赴いて訴訟手続(又は仲裁手続)を遂行するということは,労力及び費用の点からとても大変なことなので,当事者はまず話し合いによる紛争の円満解決に注力する,といった理由による。
(2) 自国法選択の問題点
以上にもかかわらず,1つ注意すべきことは,自国法を選択することが必ずしも紛争を自己に有利な解決に導くことを意味しない,ということである。
なぜなら,渉外的要素を含む私法事件について準拠法を指定する一国の法規の総称である「国際私法」 (international private law)は,民法,商法,特許法などの「実質法」と違い,「牴触法」(conflict of laws)だからである。「国際私法」は,比喩的にいえば,法の交通整理をする実体法(「手続法」に対する。)なのである。
例えば,日本国の依頼者A社が米国のB社に重要なノウハウをライセンスしたとする。A社は当然,ノウハウの拡散を防ぐための諸規定をライセンス契約に入れるよう努力するわけであるが,もし準拠法を日本国法とすれば,不正競争防止法や,せいぜい民法による法的救済しか受けることができない。これに対し,B社所在の州法を準拠法として指定しておけば,米国の各州では,19 世紀からの判例の積み重ねにより,コモン・ロー上,ノウハウ(米国では「トレード・シーク
レット」ということが多い。)の保護が確立されてきているので,却って,十分な損害賠償が得られるなど, A社にとり有利であることも十分考えられる。
5.4 実体法への配慮
(1) 契約の成立に関して
国際契約の交渉では,正式契約に至るまでの間に “Letter of Intent”(以下「LOI」という。)のほか, “ Memorandum of Understanding ”“ Heads of Agreement”といった名称の書面がよく作成され,その効力如何をめぐる法律相談が持ち込まれることがある。果して,LOI は「契約」なのか,否か。
LOI は,交渉途中で,それまでの合意事項の確認又は交渉続行の意思を表明する書面である。
LOI には,「免除条項」(escape clause)と呼ばれる,法的効力を否定する文言が挿入されることが多いが,免除条項があれば常に拘束力がないかというと,一概にそうは言い切れない。裁判所は,書面全体からみて,否定表現が明確でないとか,否定表現が顕著でない(例えば,細かい活字の標準書面)などの場合には,法的拘束力を否定し,また,書面の作成者には厳しく解釈することがある。(14)
また,LOI 中に,正式契約に言及する“subject to the preparation and approval of formal contract”(正式契約書を整え,これを承認することを条件として)なる文言があれば拘束力がないと思われがちであるが,LOIで重要条件が合意され,未合意は重要でない条件だけであるとか,LOI を正式契約としておかしくない状況とかであれば,拘束力が認められることがあるので,要注意である。(15)
他によく見られるのは,“subject to our attorney's approval”(当社弁護士の承認を条件とする)とか, “subject to approval by our board of directors”(当社取締役会の承認を必要とする)といった文言の入った LOI である。弁護士や取締役は当事者サイドの者であるから,未だ確定的約束事は成立していない,とも言えるが,裁判所は,合意の法的強制力を認めることもあるので,これまた要注意である。(16)
(2) 契約の有効性に関して
① 強行法規への配慮
国際契約の種類によって,適用される基本的な実体法が異なるとしても(合弁契約なら「会社法」,特許ラ
イセンス契約なら「特許法」),それ以外にも種々の関連法を考慮しなければならない(例えば,為替管理に
6.契約締結後の「管理」の指導
関する法,輸出入規制の法,租税法など)。 6.1 「管理」の必要性
その中でも最も重要な法律は,独占禁止法であろう。国によって名称は様々であるが(米国では「反トラスト法」,EU では「競争法」。ただし,いずれも独占禁止法体系の総称),強行法規であるが故に「契約自由の原則」の例外となり,独占禁止法違反の契約条項を含む契約は,全体的として又は部分的に,無効となるか又は履行不能となる。したがって,独占を本質的要素とする知的財産権に関連する契約の締結に係わる者にとって,独占禁止法の理解は必須である。
② サイドレターの有効性
(side letter)を取り交すことがあるが,その有効性が問題となることがある。
適用される強行法規の当該国の法律から有効性を判 断すればよいともいえるが,当該契約が問題とされる 法廷地の国の法律では有効とされる場合にどうなるか。準拠法指定の効力の問題もからんでくるので,実務的 には,関係各国のすべての法律から有効性をチェック すべきである。
(3) 契約違反に対する履行強制に関して
① 履行強制の障害事由
時間と費用(代理人の報酬など)をかけても,契約違反があったときに責任追及の実があがらないと,折角の契約書は「絵に描いた餅」と化してしまう。
履行強制の障害となる事由としては,(a)違反の事実が把握しにくい,(b)損害額の立証が困難である, (c)債務名義がとれても相手方に資力がない,(d)契約上の義務負担者が法人であるため,例えば,転職する従業員個人に対して法的責任の追及ができない,などといったことが考えられる。
そこで,ドラフティングに際しては,相手方が違反した時の対策を念頭において,有効な履行強制又は制裁措置を規定しなければならない。
② 依頼者の違反の可能性
①と裏腹の関係になるが,ドラフティングを担当する代理人としては,依頼者自身が契約違反することができるか否か,違反したときに上手く法的責任を免れることができるか否か,にまで配慮しておくことが望ましい。
いったん契約を締結したら,その時点で弁理士の代理人としての役割は終了するのであるが,依頼者に対して「,契約締結後の管理」を指導することが望ましい。
これは実例であるが,大企業の依頼者でも,相手方と紛争が生じて,古い契約書の原本(両当事者が記名押印したもの)を捜したが,交渉経過途中のドラフトはファイルにあっても,原本がどうしても見当らない,などということがある。要するに「,契約の管理の悪さ」に起因するものである。
6.2 「管理」の具体例
そこで,特許・ノウハウライセンス契約を例にとって,依頼者に対し「契約の管理」をどのように指導すべきか,瞥見しておく。
(1) 契約締結直後になすべきこと
(a) 契約書原本を所定の場所に保管
(b) 契約書の要約を作成し,社内の関係部署に配布
(c) 契約書に規定されている各種権利・義務の履行に関する「スケジュール」を作成
(2) ライセンサーが契約期間中になすべきこと
(a) ノウハウを適時に提供
(b) 技術指導の適時の実施
(c) 実施料収受の管理と検査(ライセンサーにとっては最重要項目であり,支払いに不正がないか,公認会計士に依頼したりして,ライセンシーの帳簿検査を実施しなければならない。)
(d) ライセンシーの製品の品質のチェック(米国では,特許ライセンス契約のライセンサーの PL責任が問われることがあるので,要注意)
(e) 技術講習会ないし license consortium の開催
(ライセンス・コンソーシアムとは,世界各国のライセンシーを集めて,互いの各種情報を交換し,共有する組織である。米国の大企業の重要特許ライセンスの場合などに見られる。)
(f) ライセンス市場における情報収集(権利侵害状況,許諾製品ないし競合製品の開発・販売状況の把握)
(3) ライセンシーが契約期間中になすべきこと
(a) 実施料の支払状況のチェック(遅滞していな
いか,ミニマム・ロイヤルティを越えているか。) 弁理士倫理は,受任の可否について 1 ヵ条おいている。
(b) 実施料の支払いを継続する必要性のチェック(包袋書類で,特許不成立・特許無効・特許取消・クレームの変更など。法令や判例等の変更による侵害性の変化はないか,競合製品の影響はどうか,特許有効期間が満了していないかなど)
(c) 第三者による権利侵害のチェック
(d) 第三者の権利を侵害していないか,をチェック
(e) 改良発明のライセンサーへの報告の必要性
(f) 不利になった契約条項につき,ライセンサーと交渉(競合製品の登場を理由とする実施料率やミニマム・クローズの変更など)
編集委員会から与えられたテーマが『契約代理人としての心構え』というベーシックなものであったので,
「交渉」や「ドラフティング」に関する具体的なテク ニックは一切捨象し,契約締結を依頼された弁理士の 立場から,基本的な心構えの要点のみ拾いあげてみた。他にも重要な留意点が多々あることは承知しているが,読者の研究の一里塚となれば幸いである。
注
(1) 『参議院会議録情報 第 154 回国会 経済産業委員会 第
「第 3 条 会員は,法令等に定めるほか独立の立場について疑問をもたれるような利害関係を有する場合には,当該利害関係を有する企業等から事件の依頼を受任してはならない。ただし,当事者の合意がある場合はこの限りでない。」
この一事をもってしても,弁護士の方が紛争に巻き込まれやすく,神経質になっていることが分かる。
なお,昭和 53 年に制定された「弁理士倫理」は全 25 ヵ条から成っていたのに,平成 12 年の全面改訂では,全 11ヵ条と半減している。量の問題ではないかもしれないが,若干気がかりではある。
着手金 | 事件の経済的な利益の額が, ● 300 万円以下の場合 2% ● 300 万円を超え,3000 万円以下の場合 1%+3 万円 ● 3000 万円を超え,3 億円以下の場合 0.5%+18 万円 ● 3 億円を超える場合 0.3%+78 万円 ※事件の内容により,30%の範囲内で増減額できる ※着手金の最低額は 10 万円 |
報酬金 | 事件の経済的な利益の額が, ● 300 万円以下の場合 4% ● 300 万円を超え,3000 万円以下の場合 2%+6 万円 ● 3000 万円を超え,3 億円以下の場合 1%+18 万円 ● 3 億円を超える場合 0.6%+156 万円 ※事件の内容により,30%の範囲内で増減額できる。 |
(5)
(6)「弁理士倫理」も,次のように規定している。
7 号』20 頁(参議院ホームページより) 「第 2 条 会員は,直接であると間接であるとを問わず,
(2) 平成 13 年 2 月 22 日経済産業省告示第 108 号及び第 109号により,工業所有権仲裁センター(現在は「xxx的財産仲裁センター」と改称)と社団法人国際商事仲裁協会が
事件の依頼を受ける目的をもって弁理士として品位を失墜するような行為又はこれに準ずる行為をしてはならない。」
指定されている。 (7) 日本弁護士連合会のホームページによれば,平成 5~7
なお,当初は,WIPO(世界知的所有権機関),ICC(国際商工会議所),AAA(米国仲裁協会)などの海外の仲裁機関を指定する案もあったが,ほとんどの先進国では仲裁代理人資格を制限していないため,特に規定する必要がないものとされた,とのことである(『条解 弁理士法』54 頁)。
(3) 日本弁護士連合会にも,懲戒請求事件の請求理由ごとの統計はない。しかし,昭和55~xxx年の『懲戒の議決例集』は刊行されており,これによると,163 件のうち 3 件
(No.79,145,143)が双方代理関係の事件である。
(4) 平成 12 年に全面改訂された弁理士倫理規定の全11 ヵ条のうち,「第 2 章 業務上の倫理」は 8 ヵ条から成る。これに対し,日本弁護士連合会の現在の倫理規定は平成 2 年に採択され,全 61 ヵ条のうち,「第 3 章 依頼者との関係における規律」に 25 ヵ条を費し,詳細に規定している。
年当時は約 50 件であった懲戒審査開始件数が,平成 13 年
には 93 件になり,悪化傾向が顕著である。
(8) xxxx編『法交渉学入門』4 頁
(9) xx・上掲書 5 頁
(10)「知彼xx百戦不殆。不知彼而xxxxx負。不知彼不xx毎戦必敗」
(11) xxxx監修『ライセンス契約実務ハンドブック』14 頁
(12) xxxxx『国際交渉と契約技術』100~116 頁
(13) xxxx『英文契約書作成のキーポイント』214 頁
(14) xxxx『契約成立とレター・オブ・インテント』163 頁
(15) xx・上掲書 170~193 頁
(16) xx・上掲書 202~206 頁
(原稿受領 2002.5.16)