米国ジョージア州事件―最高裁第二小法廷判決 平成 21 年 10 月 16 日(労判 992 号 5 頁) 主要な争点 ① 本件雇用契約が被告の主権的な権能の行使か、それとも私法的ないし業務管理的行為か。(私法的ないし業務管理的行為)② 私法的ないし業務管理的行為である場合には、民事裁判権からの免除が受けられる場合である「主権的な権能を侵害するおそれがある特段の事情」があるか。(否定)③ 本件請求は国及びその財産の裁判権からの免除に関する国際連合条約(以下免除条約という)11 条...
平成 22 年 11 月 16 日
米国ジョージア州事件―最高裁第二小法廷判決 平成 21 年 10 月 16 日(労判 992 号 5 頁) | |
主要な争点 | ① 本件雇用契約が被告の主権的な権能の行使か、それとも私法的ないし業務管理的行為か。(私法的ないし業務管理的行為) ② 私法的ないし業務管理的行為である場合には、民事裁判権からの免除が受けられる場合である「主権的な権能を侵害するおそれがある特段の事情」があるか。(否定) ③ 本件請求は国及びその財産の裁判権からの免除に関する国際連合条約(以下免除条約と いう)11 条 2(c)の「復職」1を主題とする訴訟に当たるか。(否定) |
事案の概要 | 州港湾局は、ジョージア州法により設立された米国ジョージア州(被告、控訴人、被上告人であり、以下 Y という)の一部局であり、Y、米国及び姉妹州の内外取引を育成、促進することなどを目的とする。Y は、X(原告、被控訴人、上告人)を極東代表部の現地職員として期間を定めずに雇用した。その後、X は解雇された。X は不当解雇であり解雇は無効であるとして、Y に対して、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と賃金の支払を求めた。これに対して、Y は民事裁判権の免除を主張した。 一審は民事裁判権の免除を否定し、解雇権の濫用として本件解雇は無効であるとした。 Y が控訴した第二審(原審)では、裁判所は本件雇用契約関係の性質は私法的・業務管理的行為に区分されるとした。しかし、「主権的な権能を侵害するおそれがある特段の事情」があるとしてY の民事裁判権の免除を認めた。X が上告。 |
判旨 | ⮚ 争点①:私法的ないし業務管理的行為に当たる 「私法的ないし業務管理的行為については、我が国による民事裁判権の行使がその主権的な権能を侵害するおそれがあるなどの特段の事情がない限り、我が国の民事裁判権から免除されないと解するのが相当である。…極東代表部には我が国の厚生年金保険…労働者災害補償保険が適用されていたというのであるから、本件雇用契約は、…私法的な契約関係に当たると認めるのが相当である。極東代表部の業務内容も、我が国において Y の港湾施設を宣伝し、その利用の促進を図ることであって、…以上の事情を総合的に考慮すると、本件雇用関係は、私人間の雇用契約と異なる性質を持つものということはできず、私法的ないし業務管理的なものというべきである。」 ⮚ 争点③:免除条約 11 条 2(c)の「復職」を主題とする訴訟に当たらない 「各国代表者の間で行われた議論においては、労働者が使用者である外国国家に対して金銭的救済を求めた場合に、外国国家は原則として裁判権から免除されないことが共通の認識となっていたところである(当裁判所に顕著な事実であり、その後成立した外国等に対する我が国の民事裁判権に関する法律 9 条 1 項、2 項 3 号、4 号もこのことを前提としている。)(別紙参照)。…解雇が無効であることを理由に、雇用契約上の権利を有する地位にあることの 確認及び解雇後の賃金の支払を求める本件請求は、同条 2(d)にいう「裁判手続の対象とな |
1 免除条約については別紙参照。
2009 年 1 月時点では、オーストリア、イラン、レバノン、ノルウェー、ポルトガル及びルーマニアの 6 カ国が締結し
ている(本条約は 30 カ国が締結することにより発効することとなる。2009 年 1 月時点では未発効)。日本は 2007 年 1
月 11 日に署名している。
裁判所は民事裁判権の免除範囲を解釈するにあたり、この条約について言及している。解釈に際しては、条約の審議過程も考慮され、原審と最高裁の間でその解釈が分かれたものである。この解釈の結果によっては、「主権的な権能を侵害するおそれがある特段の事情」が認められることになりうる。
る事項が個人の解雇又は雇用契約の終了に係るもの」に当たると解すべきであ…る。」 ⮚ 争点②:「主権的な権能を侵害するおそれがある特段の事情」に当たらない 「解雇の場合は、政府のxxによって安全保障上の利益を害するおそれがあるものとされた場合に限って免除の対象とされるなど、裁判権免除を認めるに当たり厳格な要件が求められていることに徴しても、原審の指摘するような事情が主権を侵害する事由に当たるものとは認められない。」 | |
参考 | 控訴審判決(東京高判平成 19 年 9 月 4 日労判 955 号 83 頁)の判決要旨 ⮚ 争点③について 「我が国の労働法関係の解釈によれば、…裁判所は、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認及びその地位があることを前提に解雇後の賃金の支払を命じうるに止まるとする解釈が定着しているが、このような救済も、雇用主たる外国国家の主権的機能に不当な干渉をされない利益という観点からは、英国法の規定するような復職命令と同様に扱われるべきであり、X が求める本訴請求は、上記国連裁判権免除条約 11 条 2(c)の「復職」(reinstatement)の範疇に属するものと解するほかない。」 ⮚ 争点②について 「本件解雇は、州港湾局の日本代表部事務所の閉鎖に伴う解雇であるところ、このような解雇について、それが無効であり、X がなおY に対し雇用契約上の権利を有する地位にあるか否かの審理を我か国の裁判所が行おうとすると、本件解雇についての「正当事由」の有無が主要な審理対象となり、正当事由があったか否かについては、Y の上記事務所を閉鎖する必要性、ひいては Y が採用する外国における産業振興等の事業政策、その財政状況等を明らかにしなければならないが、この点は、外国国家の主権的機能にかかわることであり、本件解雇に関する紛争を解決するについて、上記のような実体審理を行い、不当解雇と認定した場合に、その救済として、X がY に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認し、解雇後の賃金の支払を命ずることは、まさに我が国の裁判所が Y に雇用継続を命じて、その主権的機能にかかわる裁量権に介入することにほかならず、外国国家の主権を侵害するおそ れがあるといわなければならない。」 |
コメント | 外国国家を使用者とする解雇紛争の民事裁判権の有無について、制限免除主義を採用した最判平成 18 年 7 月 21 日の枠組みに従って判断した事案である。 平成 22 年 4 月 1 日から外国等に対する我が国の民事裁判権に関する法律が施行されたため、 今後このような紛争になった場合には同法の解釈適用によって判断される。同法 9 条 2 項の解釈として、労働者が解雇の効力を争う裁判手続である限り、4 号の「解雇その他の労働契約の終了に関する効力」に関する裁判手続の対象になると解されている。そして、この 4 号においては後段の厳格な要件を満たさない限り裁判権が免除されることはないから、労働者が解雇の効力を争う裁判手続のほとんどについて民事裁判権が免除されないことになる。 |
別 紙
■国及びその財産の裁判権からの免除に関する国際連合条約(平成16 年12 月2 日に国際連合第59 回総会において採択)
【第1 部 序】第2 条1.
(b)「国家」とは、次のものをいう。
(I) 国家及びその政府の各種の機関
(II) 国家の主権的権限の行使としての行為を行う権限を有し、その資格で行為を行っている連邦国家の支邦又は国家の地方政府
…以下略…
(c)「商業取引」とは、次のものをいう。
(I) 物品の販売又は役務の提供のためのあらゆる商業上の契約又は取引
(II) 貸付又は金融的性質を有する他の取引のためのあらゆる契約
(当該貸付又は取引に関する保証又は賠償の義務を含む。)
(III) 商業的、工業的、貿易的又は専門的性質を有する他のあらゆる契約又は取引。但し、雇用契約は含まない。
【第2 部 一般原則】
第5 条 国家は、国家自身及びその国家財産に関し、この条約の規定に従って、他国の裁判所の裁判権からの免除を享受する。
【第3 部 国家免除を援用できない訴訟】第10 条(商業取引) ……略
第11 条(雇用契約)
1. 関係国の間で別段の合意のない限り、国家は外国の領域においてその全部又は一部が遂行され又は遂行されるべき労働のための当該国家と個人との間の雇用契約に関する訴訟に管轄権を有する当該外国の裁判所において、裁判権からの免除を援用することはできない。
2. 1 は次の場合には適用しない。
(a) 被用者が統治権限の行使における特定の任務を行うために採用された場合
(b) ……略
(c) 訴訟の主題が個人の採用、雇用の更新又は復職についてである場合
(d) 訴訟の主題が個人の解雇又は雇用の終了についてであり、かつ、雇用する国家の国家元首、政府の長又は外務大臣が決定するところに従い、当該訴訟が当該国家の安全保障の利害に関係するものである場合
※本条約は国及びその財産に関して他の国の裁判所の裁判権からの免除が認められる具体的範囲について定めている。
■外国等に対する我が国の民事裁判権に関する法律
第 9 条 外国等は、当該外国等と個人との間の労働契約であって、日本国内において労務の全部又は一部が提供され、又は提供されるべきものに関する裁判手続について、裁判権から免除されない。
2 前項の規定は、次に掲げる場合には、適用しない。
1 省略
2 前号に掲げる場合のほか、当該個人が、当該外国等の安全、外交上の秘密その他の当該外国等の重大な利益に関する事項に係る任務を遂行するために雇用されている場合
3 当該個人の採用又は再雇用の契約の成否に関する訴え又は申立て(いずれも損害の賠償を求めるものを除く。)である場合
4 解雇その他の労働契約の終了の効力に関する訴え又は申立て(いずれも損害の賠償を求めるものを除く。)であって、当該外国等の元首、政府の長又は外務大臣によって当該訴え又は申立てに係る裁判手続が当該外国等の安全保障上の利益を害するおそれがあるとされた場合
5 省略
6 省略