-EU 法,
第1節 ドイツ労働法の一般的な特徴
1.労働条件を規制する基本的な法1
ドイツでは,労働条件は以下の3つのレベルで規制されている。
-EU 法,
-憲法,
-一方では法律および判例法,他方では労働協約,事業所協定,労働契約。
(1)EC 法2
初期の EC において,労働法は重要でなく,主要な問題は経済的自由であった。EC 法においては,ドイツのような労働法と社会保障法の区別はおかれていなかった。男女同一賃金と,安全衛生法が EC 労働法の 2 つの出発点であった。移動の自由は,労働法および社会保障法に関係する基本的自由であるが,ドイツ法に対してはほとんど影響を及ぼしていない。
こうした状況は,マーストリヒト条約とニース条約によって変容した。これらの条約は,労働法の多くの題材について,EC に権限を与えた。この間,安全衛生法は著しく発展した。その他,かなりの問題が,EC 法によって規制された。
EC 法は,ドイツにおいて-とりわけ,労働法領域で-EC 指令が,EC に由来することがわからないような形で,ドイツ法に転換されている。
以下の法規制が,EC 法が転換されたものである。
-EC 指令(1991/533/ECC)-労働条件明示法,
-EC 指令(2001/23/EC)-民法典 613a 条,
-EC 指令(1980/887/ECC)-社会法典第 3 編 183 条以下,
-EC 指令(1998/59/EC)-解雇制限法 17 条,
-EC 指令(1997/81/EC)-パートタイム労働・有期労働契約法,
-EC 指令(1999/70/EC)-パートタイム労働・有期労働契約法,
-EC 指令(1991/383/ECC)-労働者派遣法,
-EC 指令(1993/104/EC)-労働時間法,
-EC 指令(1994/53/EC)-若年労働者保護法,
1 ドイツの労働法に関する教科書として:Brox/Rüthers, 15th ed.; Dütz, 8th ed.; Hanau/Adomeit, 12th ed.; Xxxxxxxx/Xxxxxxxxx, volume 1, 2nd ed. 2002, volume 2, 1999; Junker, 2nd ed.; Lieb, 8th ed.; Xxwisch, 6th ed.; Xxxx, 3rd ed.; Preis, Individualarbeitsrecht, 2nd ed. 2003; Kollektivarbeitsrecht, 2003; Xxxxxxx/Xxxxxxxxxx, 13th ed. 2003; Xxxxxxxxxxäger, 2nd ed.2003; Xxxxxxx/Xxxxxx, 5th ed. 1998.
2 包括的なものとして:Hanau/Steinmeyer/Wank, Handbuch des europäischen Arbeits- und Sozialrechts,
2002. その他:Xxxxx/Marhold, Europäisches Arbeitsrecht, 2001; Krimphove, Europäisches Arbeitsrecht, 2nd ed. 2001; Schiek, Europäisches Arbeitsrecht, 1997.
-EC 指令(1996/34/EC)-連邦育児手当法,
-EC 指令(1995/46/EC)-連邦情報保護法。
差別禁止に関わる 2000/43/EC 指令及び 2000/78/EC 指令が,これからさらにドイツ法に転換されなければならない。
さらに,EC 法は,「EC 法と調和する解釈」を通して機能する。このことは,ドイツ法は常に,EC 法に沿って解釈されなければならないということを意味する。判断が分かれ得る場合には,EC 法に調和する解釈が選ばれなければならないのである。しかし,これは,同時に,ドイツ法の解釈の限界にも服する。もしそれが不可能ならば,ドイツ法は,EC 法と調和せず,また,調和するように解釈され得ないという点で,無効である。
例:ドイツの労働時間法において,待機時間は休息時間とされていた。EC裁判所は,労働時間指令にいう待機時間は労働時間であると解釈した。連邦労働裁判所は,ドイツ法の解釈の見直しは不可能であって,労働
時間法は立法者によって EC 法に適合するように改正されるべきであるとした3。
加盟国に共通する EC 法の解釈は,審理中の事件との関係で疑問が生じた場合には,EC裁判所による解釈を求めることが,上級裁判所にとっては義務であり,他の全ての裁判所にとっても可能な選択肢であることによって,実現されている。
(2)憲法
憲法と,「通常の法」,すなわち憲法の下位にある全ての法の関係に関しては,以下の 3 つの面について述べる必要があろう。
ア. 労働法に特に関係する基本的自由権がある。
(ア)基本法 12 条は,職業の自由を定める。これは,自営業者および労働者の自由である。国は,この自由に対して,比例原則によってのみ介入できる。
例:解雇の法は,使用者の自由と労働者の自由とを調整しなければならない4。
(イ)基本法 9 条 3 項は,団結体(Koalition)に参加する自由を定める。団結体とは,使用者の団体および労働者の団体を意味する。連邦憲法裁判所の解釈によれば,この自由は以下の内容を含む。
-個々の使用者及び労働者が,団結体に参加する自由(積極的団結の自由),
-個々の使用者及び労働者が,団結体に参加しない自由(消極的団結の自由;ユニオン・ショップ協定が有効となる日本とは異なる),
-使用者及び労働者が,団結体を設立する自由,
3 BAG 2003.2.18-1 ABR 2/02, Wank, Recht der Arbeit, 2004, 246(評釈)を参照。
4 BVerfGE 84, 133, 147.
-団結体が存在し,活動する自由,
-国家による,かかる団結体が機能する制度を創設し,維持することの保障(労働協約や争議行為制度を含む)5。
例:勤務時間中に行われる労働組合の宣伝活動6。
国の果たす役割は二重である。まず,この制度は,労働協約法に具体化されているが,国による助成を必要とする。例えば,組合は,十分に力をもっていなければ(「社会的強大性」),労働協約を締結しうる憲法9 条3 項のための団結体であるとはみなされない7。他方で,国は,団結体を形成する自由に干渉するかもしれず,従って,裁判所によるコントロールを受けなければならない。
労働協約それ自体が,憲法,とりわけ基本法上の他の自由権によって制限される。このことが,国(の行為)が制限される場合と同じような態様で生じるのか(直接的効果),異なった態様で生じるのか(憲法の間接的効果)については,議論がある。通説は,平等取扱の原則については,労働協約当事者も,国家と同様にこの原則の適用を受けると解している8。
イ.他の基本法上の規定は,労働法と特別の関係をもたないものの,労働法においても配慮されなければならない。たとえば,労働者の人格の自由は,尊重されなければならない(基本法 1 条及び 2 条)。また,信教の自由(基本法 4 条)によって,使用者は,イスラム教信者である労働者が,頭部スカーフを巻くことを受忍しなければならない9。
ウ.自由権のもともとの考え方は,市民に,国家の法律に対する防御方法を与えることである。このような自由権の捉え方が,「通常の法令」の解釈にあたって基準とされてきた。すなわち,「通常の法令」については,「憲法適合的解釈」10が行われる。国家の法が EC 法と調和しなければならないのと同様,「通常の法令」も,憲法と調和しなければならない。
もし,より憲法に適合的な解釈が可能ならば,その解釈を選ばなければならない。もしそれが不可能で,基本的な法律が憲法に適合的でないのならば,その法律は無効である。しかし,これは,憲法裁判所以外の裁判所によっては宣言され得ない(基本法 100 条)。
(3)労働法
労働法は,個別的労働法と,集団的労働法および争議行為法に分けられる。安全衛生法は,個別労働法の特殊な一領域である。ほとんどの労働法は,法律によって規制されている。ほとんど完全に判例法によっているのは,争議行為法である。しかし,ドイツ労働法において
5 BVerfGE 50, 290, 368.
6 BVerfGE 93, 352.
7 BVerfGE 58, 233.
8 Erfurter Kommentar - Xxxxxxxxx, GG, 4th ed. 2004, Einl. Rdnr.46 f.
9 BAG, NZA 2003, 483.
10 Schlaich/Korioth, Das Bundesverfassungsgeright, 5th ed. 2001, p. 294 et seq.
多くの訴訟があること,そして特別な裁判権があることから,これらの法律,とりわけ解雇の法に関わる非常に多くの裁判例がある。
ア.個別的労働関係法
(ア)個別的労働関係法について,労働契約に関する成文法典は存在しない。民法典 611条以下にいくつかのルールがあり,営業法にも規定がある。契約をどのように締結するか,契約違反及び時効に関する規制は,民法典に存在する。書式化された労働契約は,民法典 310
条 4 項によって参照される民法典 305 条以下の約款規制によって規制される。労働契約は,書面によって締結されなくてもよい。しかし,契約の最も重要な部分は,使用者によって,書面の形で与えられなければならない(日本の労働基準法施行規則 5 条 1 項に類似する労働条件明示法)。
採用差別に関わる規制は,今のところ,男女間についてのみ,民法典 611a 条に規定されており,これは EC 法に基づいている。EC の新しい指令 2000/78/EC に伴い,新しい差別禁止事由が出てくることになるだろう。それによって,三菱樹脂事件11のようなケースで日本とは異なる結論が出ることとなろう。
(イ)有期雇用,パートタイム雇用(以上 2 つはパートタイム労働・有期労働契約法),および,派遣労働(労働者派遣法)は,非典型雇用とみなされている。
有期雇用は,正当な理由,例えば特別な職務や代理などの法定の列挙事由に基づく場合にのみ許容される。さらに,有期労働契約の期間の上限は 2 年間であり,その間更新は 3 回ま
で許容される(パートタイム労働・有期労働契約法 14 条)。2004 年 1 月 1 日から,新しく設
立された企業においては,最初の 4 年間は,正当事由なく有期労働契約を締結することが可能である(パートタイム労働・有期労働契約法 14 条 2a 項)。さらに,58 歳以上(2006 年末までは 52 歳)の労働者との有期労働契約の締結にも正当事由は必要ないが,このことが EC 法に適合的か否かについては争いがある。
パートタイム労働者や有期雇用労働者は,フルタイムや無期雇用労働者と平等に取り扱われなければならない。このことは,彼らが,比例原則に従って,均等な賃金を得ることを示す。従って,賃金コストを節約するためにパートタイム労働者を雇ったり,また日本において可能な擬似パートを雇うことは,ドイツの使用者にとって,何ら有利に働かない。
日本では職業安定法によって規制されている請負労働と派遣労働との区別は,ドイツでは労働者派遣法の解釈として処理される。
11 最大判昭和 48・12・12 民集 27 巻 1536 頁。
平等取扱の原則は,今や,派遣労働者についても適用される(労働者派遣法 3 条 1 項)。しかし,労働者派遣業のための特別の労働協約の締結が許容されている12。
高齢のパートタイム労働者については,特別の法がある(高齢者パート法)。この法律により,雇用の最後の数年について短時間働くか,一定年数フルタイムで働いて,早く引退するかのどちらかが可能となる。後者(ブロックモデル)が選ばれることが多い。
(ウ)労働時間は,労働時間法によって,EC 法に適合するよう規制される。一般的なルールとして,1 日に 8 時間以上,特別の場合には 10 時間以上,働いてはならない。しかし,労働協約によって,とりわけ待機時間が多い活動については,異なる条件を定めることができる。
また,開店が許される時間に関する法(閉店法)もあり,労働法の一部であるといわれているが,一部の学者によって,使用者の自由への不必要な干渉であり違憲であるとの主張がなされている。
連邦休暇法は,有給休暇日数を,少なくとも年間 24 労働日と定めるが,労働協約により,より長い期間を定めることもできる。日本とは異なり,有給休暇は,可能な限り必ず取得されている。休暇の取得が(疾病や解雇により)不可能な場合には,労働者は,代わりに金銭を得る。
(エ)責任の問題は,契約法および不法行為法上の私法の一般ルールによって処理される。しかし,労働者については,故意または重過失で行動した時のみ完全な責任を負うという軽減が認められている。単純過失の場合には,損害は労働者と使用者間で分配される。これは判例法であったが,立法者は民法典 615 条第 3 文(訳者注:民法典 619a 条の誤りか?)に規定しようと試みた。
(オ)疾病の場合,労働者は,最大 6 週間の賃金を使用者から受け取る(賃金継続支給法
3 条)。それ以降の賃金は,社会保障制度から支給される(社会法典第5編)。
(カ)使用者の領域から生じた,労働不能リスクは,使用者自身によって負担される(民法典 611 条及び 615 条)。これは,労務が給付されなくとも,使用者は賃金を支払い続けなければならないことを意味する(この場合の賃金額は,日本の労働基準法 26 条によれば 60%であるが,ドイツでは 100%である)。
(キ)特別なグループを保護する特別な法も存在する。例えば妊娠や出産を保護する母性
12 Recht der Arbeit 2003, 311 の労働協約に関する箇所を参照。
保護法や,若者を保護する若年労働者保護法,障害者を保護する社会法典第 9 編である。
すなわち,解雇に関する限りでは,母性保護法 9 条は,事実上,妊娠中の労働者を解雇することは不可能であるという結論を導く。障害者を解雇する前には,専門家の同意が必要である。事業所委員会委員は,非常解約告知によってしか解雇されず,かつ,事業所委員会の他の委員の同意なしには解雇されない(解雇制限法 15 条及び事業所組織法 103 条)。
(ク)性別(民法典 611a 条及び b 条,612 条 3 項),パートタイム,又は,有期労働契約の労働者であること(パートタイム労働・有期労働契約法),もしくは,派遣労働者であること(労働者派遣法)による差別を禁ずる特別な法がある。2000/78/EG の指令を受けて,さらにこうした法が増えることが予想される(訳者注:2004 年 12 月に,かかる EC 指令を転換するための包括的な差別禁止法案が連邦議会に提出された)。
(ケ)安全衛生法の基礎は,民法典 618 条にある。しかし,この私法上のルールは,完全に,健康と安全に関する行政法,とりわけ,労働保護法や職場法(Arbeitsstättengesetz)などによって実行されている。
(コ)解雇の場合には,解雇制限法(解雇制限法は少なくとも 10.25 人13以上の労働者を有する事業所において半年以上雇用された労働者に適用される14)が,解雇には特別の理由が要求されると共に,経済的理由による解雇においては,誰を解雇するかの選択が司法審査に服する15。
解雇制限法は,我々にとって最も重要な法律のひとつである。解雇について,非常に多くの訴訟が提起されている。解雇制限法が適用される場合には,通常解約告知を行う使用者には正当な理由が必要である(解雇制限法 1 条 2 項)。この正当な理由とは,労働者の行動,労働者の適性,または,経済的事由である。
労働者の行動を理由とする解雇は,労働者が労働契約上の義務に背いた場合にのみ,可能である。
適性を理由とする解雇は,労働者が要求されるレベルに達していない場合に可能である。しかし,使用者は,高齢の労働者が新しい技術を学ぶことができないことについては,受忍しなければならない。他の理由としては,疾病がある。疾病それ自体は解雇の理由となりえず,疾病から生じる組織的な問題のみが,理由となりうる。さらに,労働者の予後がよくな
13 訳者注:週の所定労働時間が 20 時間以下のパートタイム労働者は 0.5 人,30 時間未満のパートタイム労働者は 0.75 人と数えられる(解雇制限法 23 条 1 項 4 文)。
14 10.25 人以上となったのは 2004 年 1 月 1 日からである。
15 参考文献としては,Commentaries by Xxxxxxx, Erfurter Kommentar, 4th ed. 2004; Ascheid/Preis/Xxxxxxx, 2nd ed. 2004; Xxxxxx u. a. (KR), 6th ed. 2002; Hueck/v. Hoyningen-Huene, 13th ed. 2002.
いことが必要であり(消極的予測),通常,永続的な疾病の場合のみがこれに当たる。
経済的理由による解雇は,ある職場を不要とするような経営的判断がある場合にのみ可能である。その判断それ自体は,恣意的でない限り裁判所の審査の対象とならない。しかし,裁判所は,この決断から,一人の労働者の(解雇という)結果までの間の全ての段階を審査する。もし,(空席の)別の職場への配転可能性があれば,使用者は配転をしなければならない。
アメリカでxxに実施されている不当な差別による解雇の審査は,ドイツでは,アメリカに比べてずっと重要性が小さい。
しかし,民法典 613a 条 4 項によって,営業譲渡を「理由とする」解雇が禁止されているので,営業譲渡があったのか,企業は存続していたのか,単に契約の相手方が新しくなったのかという点,そして,解雇が経済的理由によって正当化されるのかという点について,多くの訴訟が行われている。営業譲渡に関する法は,日本のように会社分割だけではなく,上記の企業再編のすべてを対象とする16。
10 人以下しか労働者のいない企業では,解雇は意のままに可能であるように思われる。長い間,裁判所によるコントロールはほとんどなかった。しかし,憲法裁判所は,労働裁判所に対して,民法典 242 条(xxxxの原則)による濫用審査を求めている。
予告期間を置かない非常解約告知は,労働者が契約上の義務に著しく反した場合に可能となる。この手段が裁判所によって認められることはまれである。
近年,解雇の法の改正に関して集中的に議論がなされている。法や裁判所が依然として当該労働者の企業への復帰が法の目的であると捉えているにもかかわらず,現実には,一旦解雇された労働者が企業に戻ることは稀である。したがって,復帰のための訴えを,補償金を求める訴えに置き換えるべきであるという提案がなされている。解雇制限法の新しい第 1a条は,この方向性を示している。
実際には,解雇された労働者のうち,使用者を訴える者は非常にわずかである(しかし日本に比べればずっと多い)。ほとんどの場合には,裁判所による判断はなく,裁判所の提案に基づく和解があるのみである。和解額をどの程度の高さにするかについて争いがあるので,解雇制限法 1a 条は,労働契約関係のあった期間の年数につき,月額賃金の半分という額を提示している。
(サ)典型的な規範的引退年齢は 65 歳である。労働法上,社会保障制度による年金が存在する限り(一般に存在する),雇用契約を終了させることが許されている。しかし,一方,非常に多くの労働者が,疾病や解消契約のために,この年齢に達しない。
16 参考文献として,Wank, JILL Forum Special Series no. 12, March 2001.
退職手当の詳細は,企業年金法( Gesetz zur Verbesserung der betrieblichen Altersversorgung)によって規制されている。企業年金制度を導入するかどうかは企業の自由であるが,一旦導入した場合には詳細な制定法と判例法によって規制される。
(シ)ドイツの労働法制度を理解するためには,社会保障制度に目を向けることが必要である。最初の 6 週間の疾病手当は使用者から支払われ,さらに長期の手当は社会保障制度から支払われる。労働災害の際には,労働者は使用者を訴えることはできないが,「労災保険組合(Berufsgenossenschaft)」からの支払いを受ける(共済保険であり,日本の労災保険法とは異なる)。社会保障制度から引退給付が支払われる(しばしば,企業による引退手当によって補足される)。
イ.集団的労働関係法
集団的労働関係法は,事業所組織法,労働協約法,争議行為法という 3 つの領域に分けることができる。企業レベルの共同決定に関する法にも言及する必要がある。
労働者の利益が,上に挙げた 3 つの異なる面から捉えられていることは,ドイツ法の特徴である。
(ア)事業所組織法は,事業所委員会に与えられた多くの権限について規定している。事業所委員会は,全ての労働者によって選挙され,全従業員を代表する。事業所委員会の委員の多くは労働組合の組合員でもあり,そして,法は事業所委員会に,労働組合の助けを求めることを許しているが,しかし,事業所委員会制度は労働組合による代表とははっきりと区別されている。
これは,日本における状況とは異なっている。というのも,日本では,使用者は事業所の労働者の過半数代表と,労使協定を締結できるからである。また,これも日本法とは対照的に,事業所組織法によって規定された特定の主題に関する事業所協定は規範的効力を有する。
したがって,事業所組織法 87 条で規制されている事項と,日本の「就業規則」によって規制されている事項とは,形式的労働条件と付加的給付について,部分的にのみ同じであるが,労働協約と同時に賃金が問題となる限りでは,異なっている。
共同決定を求める事業所委員会の権限(企業レベルの共同決定に対置される事業所レベルの共同決定)は,人事的事項,社会的事項,経済的事項から成る。人事的事項における共同決定とは,解雇の度に,事業所委員会の意見が聴取されなければならないということである。この意見は拘束的なものではない。しかし,もし意見聴取が行われなかった場合には,当該解雇は無効である(事業所組織法 102 条)。連邦労働裁判所は,本条項を,事業所委員会が十分な情報を与えられていた場合にのみ,委員会の意見が正しく聴取されたことになる,と解釈している。使用者は,解雇される労働者に対して解雇理由を知らせることを求められて
いないにも関わらず,この義務は解雇それ自体をコントロールするための手段としてしばしば裁判所により利用される。
事業所委員会は,また,列挙された事由により,労働者の配転を禁じることができる(事業所組織法 99 条)。
もっとも強力な権限は,事業所組織法 87 条によって,社会的事項について認められている。事業所委員会は,たとえば一時的な労働時間の短縮,有給休暇の計画,安全衛生対策,そして,とりわけ賃金制度について,労働協約によって規制されていない限り,共同決定権を有する。事業所組織法 77 条 3 項及び 87 条が,事業所協定は労働協約,とりわけ賃金に関する協約に,干渉してはならないと規定しているにもかかわらず,実際には,賃金上昇は,二段階,すなわち,まず労働協約によって,続いて,事業所協定によって,行われる。
事業所協定の変更は,法律の改正のルールと同様,裁判所によっては(ほとんど)審査されない。したがって,事業所協定によって認められた利益は,個別的な労働契約によって認められた同様の利益よりも容易に変更することができる。
経済的事項に関する共同決定も,とりわけ,事業所組織法 112 条の社会計画について非常に重要である。例えば,一定数の労働者が解雇される場合には,社会計画を作成し,補償金を提示しなければならない。このことにより,奇妙な状況が生じる。すなわち,もし一人の労働者が解雇されるのであれば,彼は復職を求めて訴訟を起こすことしかできない。しかし,複数の労働者が解雇された場合には,たとえ,当該企業に重い負担が生じるとしても,そして,たとえ当該企業の組織変更の目的が節約であったとしても,被解雇者は補償金を求めることができる。
(イ)団体交渉は,労働協約法によって規制されている。裁判所によれば,組合は一定の規模と力を持つ場合に限って,この法律を満たすものと認識される。
他の要素としては,組織と,使用者からの独立性がある(日本の労組法 5 条参照)。組合と,使用者団体もしくは個別の使用者との間の労働協約は,直律的強行的効力をもつ(労働協約法 4 条 1 項)。労働協約は,労働時間や賃金のみならず,個別の労働契約に含まれうるあらゆる事柄を規制することができる。
(ウ)争議行為法は,判例法である。主要なルールは,こうした紛争における請求については,裁判によるコントロールを及ぼさないことである。しかし,日本とは異なり,これらは,比例原則によって規制されている。これは,ストライキが許容されるためには,事前に交渉がなければならず,そして,たとえば,ロックアウトされる労働者の数はストライキを行っている労働者の数に割合的に一致しなければならないということを意味する。
ストライキ権は,組合のみに限定されている。労働協約の有効期間が経過した後,組合によって行われるストライキは,違法とはならない。山猫スト,政治ストおよび同情ストは違
法である。ドイツにおけるストライキの数が他の幾つかのヨーロッパ諸国よりも少ないにもかかわらず,ドイツで生じるストライキは,非常に効果的である。組合は,ある企業から他の企業へと次々と短時間のストライキを行う戦略(波状スト)を発展させてきた。ロックアウトは,ドイツでは非常にまれである。
(エ)もう一つのドイツの特徴は,企業レベルの共同決定である。ドイツの株式会社は,単独の役員会を置いているのではなく,監査役会と取締役会を置いている。監査役会は,オーナーと株主によって送り込まれたメンバーと,労働者側(当該企業の労働者と組合)から送り込まれたメンバーから成っている。この監査役会の権限は,経営陣を選び,経営陣と契約を締結し,企業のガイドラインを作成し,経営をコントロールすることである。このような企業レベルの共同決定は,西ヨーロッパの中で独特のものである。
この制度の長所といわれているのは,労働者の利益が,企業の政策の中に統合され,これによって,衝突を解消するためのより平和的な方法が導かれることである。対照的に,この制度は,企業が競争することを不可能にするような妥協を導くともいわれている。そして,労働者は,彼らの代表が,本当に労働者の利益の代表なのか,経営陣の側にいるのかを知ることができない。
ウ.労働訴訟はドイツで非常に頻繁であるが,とりわけ解雇に関するものが多い。ほとんどの訴訟が裁判官の提案に基づく補償金和解によって終了する。雇用は終了するが,労働者は補償金を手に入れ,その額は雇用期間の長さに関連付けられている。使用者は,解雇が適法だったと信じていたとしても補償金(の支払い)に応じる傾向があるが,これは,民法典 611 条及び 615 条によって,訴訟が継続した期間について,使用者は,敗訴した場合には,労務が給付されなかったにもかかわらず,賃金を支払わなければならないからである。連邦労働裁判所の(私見によれば)誤った法解釈のせいで,使用者は,訴訟期間中のためだけに労働者を雇うこともできない。よって,数ヶ月経つと,債権者の受領遅滞による責任が補償金よりも高いコストをうむことになってしまう。
2.雇用を規制する法的手段
(1)法律
アメリカのような国とは対照的に,労働法に関わる規制が法律として多数存在している
(第1節1(3)参照)。そして,訴訟が一般的であることから,労働法のほとんどすべての論点について,多くの裁判所による判断がある。
(2)労働協約
上記の通り,労働条件を規制する最も重要な手段は,労働協約である。法律上,労働協約
は,労働者が組合員であって,使用者が使用者団体の構成員である場合にのみ適用可能である。しかし実際には,ほとんどの労働契約が,労働協約を援用している。とりわけ使用者が使用者団体の構成員である場合にはこのことが妥当する。
一つの理由は,使用者が,労働契約の締結時に,応募者が組合員であるかを尋ねることが禁じられていることである。他方で,応募者が労働協約よりも低い賃金で雇用された場合,彼が組合に加入するや否や,協約上の賃金を請求できることになる。結局,使用者は,全ての労働者について平等な条件として,協約上の労働条件を保障することによって,組合を労働者にとって魅力的な存在にしないことを望むのである。
(3)事業所協定
もう一つの規制手段として,事業所協定がある。事業所組織法は,事業所の一般的な規制が必要となる場合には,事業所委員会が通常関与すべきことを定める。その合意は義務的なものであり,したがって使用者と事業所委員会が合意に達しなかった場合には,仲裁手続に訴えることになる。
さらに,事業所組織法が事業所委員会の関与を要求していない事項についても,使用者と事業所委員会が,任意的な合意に基づき,規制を定めることも可能であるが,その重要性は比較的小さい。
事業所協定は,労働協約と同じく直律的強行的効力を有する。異なるのは,それが企業の全ての労働者に対してついて拘束力をもつことである。
(4)個別的契約
上述の通り,個別的契約に委ねられる部分はわずかである。しかし日本とは異なり,多くの場合労働者は特別な職務を与えられている。つまり,使用者は,この職務に関わる変更を一方的になすことはできない。
労働契約の中で,ドイツ法においては,書式化された契約と,(真の)個別契約は区別されている。書式契約は,近年の債務法改正以降,民法典 305 条以下によって規制される17。
真の個別労働契約は,民法典 138 条(公序良俗)及び民法典 242 条(信義誠実)によって規制されるに過ぎない。
その他,個別労働契約は,若干の修正を受けつつ民法典の債務法における一般的規制に服する18。
17 以上に関する参考文献には多くのものがあるが,もっとも最近のものとして,Thüsing/Leder, Betriebs-Berater 2004, 42。
18 参考文献として,Gotthardt, Arbeitsrecht nach der Schuldrechtsreform, 2nd ed. 2003; Wank, Festschrift für Schwerdtner, 2003, p. 247 – 257.
3.様々な法的手段の競合
(1)法律とその他の法源
労働法においては,非常に多くの規定が強行規範である。しかし,これは片面的にしか働かない。労働協約,事業所協定および個別の契約が,より労働者の利益にはたらく場合には,ほとんどの場合これらを締結することが可能である。他方で,これらの手段は全て,制定法によって与えられた基準を下回ってはならない。このような,法律と私的合意との間の関係は,有利性原則(Günstigkeitsprinzip)とは呼ばれないが,同じ考え方に沿ったものである。しかし,現行法は,労働協約がこの基準を下回ることを許している。これは,他の題材に おいて埋め合わせがあるだろうという考えに従うものである。法律上特別に列挙されたこの
ような場合には,労働協約を参照する個別の雇用契約も,この例外にならう。
(2)労働協約とその他の法源
(3)事業所協定とその他の法源
事業所協定は,典型的には,事業所組織法 87 条によって提示された事項に関するものである。したがって,一方で法律や労働協約が,労働契約の内容(実質的労働条件)を規定するのに対して,事業所協定は,当該企業における具体的な労働時間といった形式的な労働条件を規定する。
特に,労働協約と事業所協定が競合した場合が重要な問題である。事業所組織法は 77 条 3項,87 条で,労働協約が優先すると述べている。しかし,この優先性がどの程度までのものかについては争いがある(第2節2を参照)。
(4)個別的労働雇用契約とその他の法源
個別的労働契約に関する限り,労働者が労働協約や事業所協定によって拘束されているとしても,個別の労働契約が,労働者にとってより有利な場合には,それは有効となる(有利性原則。第2節2参照)。
4.労働者の代表
ドイツでは,労働者の利益は,以下の三通りの方法で代表される。
-組合と労働協約,
-事業所委員会と事業所協定,
-事業所レベルの共同決定。
(1)労働組合
労働組合が,政治界の一部でもあり,政治的な任務において代表されているにもかかわらず,労働法に関する限りでは,組合は労働組合の組合員である労働者のみを代表する。これらの労働者のみが,労働協約によって拘束される(使用者も協約に拘束される場合に限る)。実際には,労働者が組合員であるか否かにかかわらずほとんどの個別の労働契約が労働協約を参照している。もし組合員でなければ,労働協約は,当該個別労働契約の一部として,この(労働協約の)参照によって,適用される。
労働協約の中核的な主題は,個別の労働契約に含まれうるすべての事項である。
一般に,二種類の労働協約が存在する。一つは賃金に関する協約で一般に一年間のみ有効であり,もう一つは一般に数年間効力を有する,その他の労働条件に関する協約である。
現在,二つの新しい傾向がみられる。一つは,より事業所委員会に対して柔軟でオープンな労働協約である。二つ目は,賃金コストを削減するための労働協約である。
争議行為は,労働組合と使用者(団体)にのみ許されている。
(2)事業所委員会
事業所組織法により,従業員は,事業所委員会の設置のための選挙を行うことが可能である。実際には,全ての大企業に,事業所委員会が設置されている。これに対して,ほとんどの小規模企業には,事業所委員会は存在しない。
事業所委員会選挙の選挙権者はこの企業の労働者のみである。一般に,候補者は組合の候補者名簿に載っており,結局,これが,当該企業独自の候補者名簿と一致する。
労働協約が全ての労働条件を規制し得るのに対して,事業所組織法は事業所委員会に対して,限定された権限しか与えていない。
すなわち,特に,
-人事的事項に関する共同決定,
-社会的事項に関する共同決定,
-経済的事項に関する共同決定,である。
事業所委員会の選挙権者は,当該企業の全ての労働者である。そして,事業所協定は全ての労働者に適用される。これは,労働組合への加入の有無とは無関係である。
(3)企業レベルの共同決定
さらに,全ての大企業において,監査役会(Aufsichtsrat)が,株主代表半分,労働者代表半分から構成されるという,企業レベルの共同決定が存在する。企業レベルの共同決定に
ついては,3 つの異なる法律が存在する。
-最初のものは,石炭鉄鋼産業において導入されたモンタン共同決定法である
(Montanmitbestimmungsgesetz)。ここでは,監査役会は,同数の株主代表と労働者代表から成る(五対五)。議決権を持つ議長が「11 人目」である。
-二つ目の制度は,比較的小規模の企業に関するもので,1952 年の事業所組織法によって規制されている。ここでは,監査役会のメンバーの 3 分の 1 が労働者を代表している。
-1976 年以来,全ての大企業について,共同決定法(Mitbestimmungsgesetz)が適用されている。ここでは,監査役会は半分が株主の代表者,残りの半分が労働者の代表者(当該企業の労働者および組合から選出される)から成っている。交渉が行き詰った場合には,議長(常に株主側)が,2票を有する。
5.日本とドイツの相違
(1)労働組合
少なくとも組合の権限については,ドイツにおいても(日本と)同様であり,憲法および憲法裁判所によって認められている(第1節1(2)参照)。
一般的な考え方は,労働法は,基本的な基準を与えるものであって,労働協約はより立ち入った取り決めをすることができるが,企業内でのさらに良い条件の設定も許すというものである。実際には,制定法は一方で高い基準にまで到達しており,労働協約はいまや最低限の基準を保障するものではないが,制定法に優る基準を置いている。
労働協約は,組合員に対してのみ直律的強行的効力を有する。
(1)事業所委員会
ドイツには,就業規則は存在しない。このため,以下の二つの状況がありうる。まず,事業所委員会がある場合には,労働条件に関わるほとんど全ての事項が,使用者によって一方的には決められず,事業所協定によって規制される。
事業所委員会がない場合にのみ,使用者はこれらの主題を単独で決定することができる。いずれの場合にも,事業所委員会があろうとなかろうと,以下の二つを分けなければなら
ない。すなわち,
-労働契約の内容以外の条件,
-労働契約の範囲内の規律。
例えば,労働者が週に 35 時間は働かねばならないか,それとも 40 時間働くかは,労働契約によって規制されている。それは,契約によってのみ変更でき,使用者によって一方的に変更されることはない。しかし,労働者がどの道具を利用しなければならないかは,使用者の命令によって決まる。毎日何時から仕事が始まるかということも,事業所協定の規制か,
事業所委員会が存在しない場合には使用者の命令によって,決められる。
企業においては,労働者は組合によって代表されてはおらず,労働協約によってのみ代表される。事業所協定の規制は,当該企業内の全ての労働者について,組合への加入の有無にかかわらず直律的強行的効力を持つ。
(2)柔軟性を実現するための手段
日本と比較して,ドイツの労働法は,柔軟性を得るための効果的な手段を欠いている(第
4節参照)。
日本とは異なり,ドイツの労働契約は通常,労働者が従事すべき特定の職務を規定する。新しい職務や,異なる労働条件は使用者によって一方的には命令されえない。両当事者が変更に合意しない場合には,使用者は不利な状況におかれる。使用者は,変更解約告知を行わなければならないことになるが,広く認識されているように,これは柔軟性を欠く手段である。日本では対照的に,契約によって与えられている職務がより広範なので,より簡単に企業内での配転が可能となる。
集団的労働法における変更は,より容易である。というのも,lex posterior(後法は前法を廃すの法則)に従うからである。但し使用者は,労働者の代表の同意を必要とする。
企業レベルでは,使用者は,事業所委員会の同意の変更が必要だということについて事業所委員会を説得するかもしれない。
労働協約に関する限りでは,産業全体と一つの企業では状況が異なる。問題は,労働協約全体を破壊せずに当該企業内の労働条件を変更するにはどうしたらよいかである(第 2 節 2参照)。
第2節 重要な変化
1.様々な要素や姿勢
約 10 年前から,そして現在も,規制緩和に関する議論が行われている。実際には,制定法の規制緩和は生じておらず,むしろ法的な規制の増加が続いている。柔軟性への要求も,制定法によっては実現されていない。
労働協約についてのみ,企業レベルの両当事者が,一定の修正を行うことを認めた点で,柔軟性が増している。
労働時間については,柔軟性が増し続けている。数年前,全ての労働者が,開始・終了の時刻を固定した一定の労働時間を決められていた。現在は,フレックスタイムが広く浸透し,柔軟に利用される不確定な労働時間が存在している。
家族生活と労働との調和という問題に関する限り,議論は,国の偽善的な態度に特徴付けられている。国は,まだ,家族に対し,十分な子供のケアセンターや,幼稚園,学校での引
受を提供していないため,母親は仕事をやめるか,パートタイムに変更するか,どちらかを選択している。同時に,国は,使用者がもっと男女を平等に扱うべきだと主張しているのである!
地球規模の競争や産業構造の変化のような,他の一般的な要素は,労働法の変化を導くには至っていないが,社会保障法における労働者の権利の大幅な削減を導いている。
企業が,生産を,賃金コストがより低い国へ移動するという傾向がみられる。東ヨーロッパでは,例えば,ドイツの 5 分の 1 しか人件費がかからない。これは,ますます多くの労働者が,もはやドイツでは必要とされていないということを意味する。結果として,制定法や労働協約によって,労働条件をより簡素化すると共に,より柔軟化すべきである。しかし,政治家や労働者団体,労働組合は,こうした避けがたい展開について労働者に情報提供することを行っていない。
2.個別的規制と集団的規制との関係
(1)個別的契約
一般的に,ドイツ労働法において,この関係は変化していない。集団的労働法との対比で,個別的な契約の役割については長い間議論がある。しかし,これはある意味で学問的なものである。非常に多くの制定法,労働協約,事業所協定,および判例法が存在し,個別的な規制に残された領域は多くない。さらに,個人の自由に言及する学者は,企業における本当の力関係を無視している。使用者に対して自己の利益を訴えることができるのは,専門家のみであり,ほとんどの労働者は使用者によって提示された条件を受諾しなければならないのである。
(2)有利性原則(Günstigkeitsprinzip)
ア.「有利性原則」の解釈については,激しい議論がされてきた。この原則はもともと,集団的な組織に対抗して,有利な条件を決定することに成功した個人を救うためのものである。上記の通りこのような個別的契約に残された領域は少ないが,この原則は未だに有効である。
イ.近年,この原則を異なって解釈しようとする見解が出てきた。「有利性原則」に関して,考慮されるべき主要な原則が三つある。この解釈の原則について,近年,労働協約から企業レベルへの権限の委譲という政策的考慮とあいまって,改めて議論されている19。
19 参考文献としては,Adomeit, NJW 1984, 26; Bonin, Standortsicherung versus Tarifbindung, 2003; Buchner, Der Betrieb 1996, Beilage 12, 1; Buchner, Festschrift für Herbert Wiedemann, 2002, 211; Dieterich, Der Betrieb 2001, 2398; Ehmann/Schmidt, NZA 1995, 193; Hromadka, Der Betrieb 2003, 42; Hromadka, NJW 2003, 1273; Löwisch, Juristenzeitung 1996, 811; Möschel, Betriebs-Berater 2003, 1951; Schliemann, NZA 2003, 122; Wolter, NZA 2003, 1317; Zachert, Der Betrieb 2001, 1198.
この原則の有力な解釈は,集団的規制と個別的規制との比較は,全ての内容に及ぶものでも,二つの条項だけにとどまるものでもなく,二つの首尾一貫した要素の比較でなければならないというものである。例えば,基本給額と付加給付の額,有給休暇日数と休暇手当の額,というように(「客観的グループ比較」,これに対して,有給休暇日数と労働時間の長さには,客観的な関連性は欠ける)。
二つめの原則は,この比較は,客観的な観点からなされなければならず,労働者個人の観点からはなされないというものである。
三つ目に,有利性原則の理念は集団的組織から個人を守ることにある。
数年前から,一部の学者が,この原則の解釈を変更しようとしている。この新しい解釈については,二つの典型的な状況がある。
-労働者が,労働協約によって提示された労働時間よりも長く働きたい(そしてより多くを稼ぎたい)場合。
-使用者が,企業を閉鎖すると脅している。労働者は,自分の雇用を守るために賃金カットに応じる場合。
これらの場合において,新しい見解は,以下のように論じる。
賃金の高さと,雇用保障は比較しうる。通説的見解は,これは,りんごと梨を比べるようなもの(訳者注:およそ比較の対象になりえないもの同士を比べる不適切な比較を意味するドイツ語の表現)であり,客観的な関連性を欠く,という。
また,新しい見解では,どちらの規制がより有利かについては,個人の判断に委ねられるべきであるとする。これは,市民がその有効性に合意するならば税法は有効だといっているように思われる。
最後に,「有利性原則」は個々の労働者に着目しているのに対して,上記のようなケースは,従業員の集団的な組織が,労働組合の集団的組織に反対票を投じることを意味する。
全てを考え合わせると,新しい解釈は,もともとの「有利性原則」の考え方とは何の関係もない。この見解で引き出そうとされている変化は,制定法を改正することでのみ達成することができ,「有利性原則」の解釈の変更一つによっては達成しえない。
第3節 集団労働関係法における重要な変化
1.法規範からの逸脱
ドイツでは,立法者は,自分が発見したような妥当で公正な結論は,他の誰にも発見できないと考える。したがって,ほとんどの労働法は全ての人について拘束的である。例えば,解雇に関する法律は,労働協約,事業所協定,個別契約のいずれによっても,逸脱を一切認めない。
上記の通り,それを許すという法律がない限り,労働者にとって有利である場合に限って,上記の全ての手段は,法律と異なる規制を行うことを可能とする。
労働者にとって有利でない,いかなる規制も,一般に許されない。少数の法律は(近年増加しているが),少なくとも労働協約には,労働者の不利益な逸脱を許している。こういった場合には,労働協約を援用している個別契約も,法規範を逸脱することができる。立法者の考え方は,労働組合は,労働者の利益を守ることができるし,他の点で埋め合わせをはかることができるだろうというものである。
労働協約を援用しない個別労働契約は,強行的な法規範を逸脱することは許されない。
2.有利性原則の代替案
(1)上記の通り(第2節2参照),雇用保障と賃金の削減が衝突する場合について,一部の学者や政治家は,有利性原則の修正的解釈によって答えを見出そうとしている。連邦労働裁判所は,長い間これに反対している20。
もし,このような解釈を許せば,使用者は,企業にとって危険な状況が生じており,賃金の削減が必要であることを簡単に主張できてしまうだろう。その過程をコントロールする法的手段は存在しないだろう。この問題は,一人の労働者でなく全従業員に関わるので,個別労働契約の単純な修正では解決できず,一般的なプロセスによってのみ解決すべきであろう
21。
(2)変更条項
他の方法として,より好ましいのは,労働協約に変更条項を定めておくことである。これまでのところ,このような条項を置く労働協約は増えてきているが,依然として多くの労働協約においてこういった条項が欠けている。
ア.労働協約の両当事者の同意による変更
さらに,既に現行法においても,企業レベルで,労働協約の両当事者が合意することによって労働協約から逸脱することを認めている。このことは,多くの事案において実行されているが,労働協約の当事者はこのことが公に知られることを望んでいない。こういった場合には,使用者が,事業所委員会と一緒になって,賃金の削減によって雇用を守るという回答
20 BAG AP Nr. 89 zu Art.9 GG.
21 訳注:この部分の主張を Wank 教授らの最近の論文によって補足すると,組合に加入しても,契約上より良い労働条件を獲得することは妨げられないという有利原則は,個々の労働者の個別的状況に結び付けられた契約自治の優位の現れであり,事業所,あるいは,従業員全体に関連付けることは想定されておらず,多数の同意は,利点の客観性を示しうるものであるが,個別同意の存在を示唆するものではなく,適切でもないこと,さらに,雇用の安定という条件は,給付訴訟あるいは確認訴訟によって貫徹しうるような,客観的な労働条件の改善とはいえない,という批判を行っている(Dieterich/Hanau/Hennsler/Oetker/Wank/Wiedemann, Empfehlungen zur Entwicklung des Tarifvertragsrechts, RdA 2004, 65, 69.)。
を見つけ出している。もし使用者と事業所委員会が,労働協約の締結当事者に,労働協約を守るよりも,この解決法による方が最終的には労働者にとって望ましいことを説得できた場合には,彼らはこれに賛成し,ある限定された期間において,この企業については協約からの逸脱が可能となる。
こうした方向性を,法律に持ち込もうとする政治的な動きが強まっている。労働協約の締結当事者に対して,企業内で見出された解決策に同意するか,これを拒否するかを決する限られた期間を設定すべきであるとするのである。企業レベルでの当事者には,当該解決法について,労働協約の締結当事者に対する情報提供義務が課されるべきである22。
イ.倒産の危機にある企業
3.団体交渉の分権化
一部の政治家,経済学者,労働法学者は,団体交渉制度が分権化されるべきであると主張する。現在のシステムは,企業レベルでの状況を視野に入れていないというのである。新しい「有利性原則」に関する議論(第2節2参照)は,この議論とつながっている。
日本においてほとんどの組合が企業レベルであるのに対して,ドイツには産業別の組合がある。産別組合は当該産業で働く全ての労働者を,企業内における彼らの特定の職務とは無関係に(たとえば鉄鋼会社におけるコック)組織している。
上記の議論に好意的な人々は,我々が既に有している集団的交渉制度の多様性を認識していないようである。彼らは,ドイツ全土について一つの労働協約,すなわち,すべての労働契約について一つの労働協約しか存在しないと考えているようである。反対に,ドイツでは今日,5 万もの労働協約が効力を有しているのである。確かに,ドイツの異なる地域には異なる労働協約があるといっても,同じ労働組合のものであればそれらは非常に似通っている。しかし,このことを認めたとしても,部門や地域ごとに異なる労働協約による分化は著しく,
22 参考文献として,Dieterich/Hanau/Henssler/Oetker/Wank/Wiedemann, Recht der Arbeit (RdA) 2003, 193.
23 Dieterich/Hanau/Henssler/Oetker/Wank/Wiedemann, Recht der Arbeit (RdA) 2003, 193.
やはりこの制度に反対する議論というのは説得力がない。
むしろ,労働協約から,企業レベルへと権限を委譲するという考え方は,二つのシステムを混同しているのであろう。上記の通り,労働協約制度は,組合加入を正当性の根拠とするが,事業所協定の正当性は,従業員の投票に基礎付けられている。さらに,労働協約はほとんど全ての労働条件を扱うが,事業所協定は限られた範囲の事項しか扱わない。最後に,労働協約の締結当事者のみが争議行為を許されており,事業所当事者には許されていない。これらの二つの異なるシステムが,権限が労働協約から事業所協定へと移動することによって,どのように,好ましい形で変容し得るかについて,今のところ何ら提案はなされていない。
近年,解雇の法と失業との間の関係について,議論が高まっている。この関係については争いがあるが,通説は,法が,企業の採用・解雇をあまりに拘束すれば,企業は採用を回避し,他の方法を利用する傾向が生じるであろうとする。企業は労働時間を延ばしたり,アウトソーシングを進めたり,有期雇用や派遣労働を利用する24。
また,企業が,労働条件を変更することによりどのようにして市場の変化に対応できるかという問題も,議論の多いところである。我々の制度を概観してみると,法制度は,変更にふさわしい仕組みを含んでいないことがわかる。
個別的労働法においては,一つの方法は,労働契約の条項の中に,使用者に,市場の状況に対応するための一方的な変更を許す条項を取り入れるという対策を取ることである。
労働契約が,こういった条項を含んでいないのならば,-そしてこれらは単に一定の限度で認められるだけであるが-変更解約告知(修正した契約の申し出と結びついた解雇)の方法しかない。「変更解約告知」について述べる者はみな,すくなくとも集団的な変更解約告知が問題となる場合には,この方法は妥当でないと述べざるをえないであろう。
したがって,ドイツの使用者は,集団的な労働法-とりわけ,アウトソーシング-の方法による変更に頼りつつある。こうすれば,新しい企業は,より使用者にとって有利な労働協約によって規制されることになる。
全てを考え合わせると,ドイツの労働法は労働条件を変更する速やかかつ妥当な手法を欠いている。
したがって,問題は,労働法がどのようにして労働市場に介入すべきかにあるのではなく,労働法が,企業が経営者として振る舞うための効果的な手段を提供すべきであるという点にある。労働法による労働者の保護が必要であるということが,一般に否定されるわけではない。
24 参考文献として,Bauer, NZA 2002, 529; Buchner, NZA 2002, 533; Hromadka, NZA 2002, 783; Preis, RdA 2003, 65; Rüthers, NJW 2002, 161; Wank, NZA Sonderbeilage 21/2003, 3.
ドイツの労働条件を規律する規範は,法律,労働協約,事業所協定,労働契約である。これら 4 つの規範には,この順に下位の規範に対する強行性が与えられており,原則として,労働協約は法律の,事業所協定は法律・協約の,労働契約は法律・協約・事業所協定の決定する労働条件を下回ってはならない。逆に,下位の規範によって上位の規範より有利な規制を行うことは承認されている(有利原則の承認)。こうした多様な労働条件決定規範の序列関係,そして,特に労働協約と事業所協定という 2 つの集団的労働条件規制手段の権限分配を含む複雑な規制権限の相互関係の中でドイツの労働条件は決定されている。
1.法律
Wank 論文が示すように,ドイツには労働法典は存在しないが,民法典 611 条以下の条文の他,個別的労働関係を規律する多数の労働立法が存在している。最低賃金については,協約規制が法律に準ずる重要性と広範性を持っていることから法規制は存在しないが,その他の労働条件については制定法により詳細な規制がなされているのがドイツの一つの特徴といってよい。労働法規には罰則や行政監督によって担保される労働保護法と,当事者が裁判所に裁判を提起することによって担保される労働契約法とがある。Wank 論文は制定法が詳細なだけでなく,訴訟件数も多く,労働法のほとんど全ての論点について裁判所の判断が示されていることを指摘する。
労働協約によって,法律の定める労働条件を下回る労働条件を決定することはできないのが原則であるが,法律上,労働協約によって法律の定める条件を下回る労働条件を定めることを許している場合がある。 いわゆる協約に開かれた強行法規( tarifdispositives Gesetzesrecht)である。この場合には労働協約によって法律上の労働条件を引き下げることが可能となる。また,こうした強行規範からの逸脱(derogation)の効果は,個別契約で当該協約を援用する場合にも認められる。
2.労働協約
ドイツの労働組合が産業別に組織されていることに対応して,労働協約も産業別に締結されるのが一般的である。労働協約は労働条件の最低基準を定めるものであり,その効果も,最低基準としての片面的効力のみが認められている(いわゆる「有利原則」の承認)。また,協約には規範的効力(強行的直律的効力)が認められ,協約を下回る労働条件を定める下位規範は無効となり,その部分は協約上の労働条件が規律することとなる。
労働協約の効力は原則として協約締結組合の組合員に対してしか及ばない。例外的に組合
員以外に協約の効力を及ぼす制度として「一般的拘束力宣言」制度が存在する(労働協約法 5 条)。しかし,協約が直接適用されない場合でも,使用者が協約の一方当事者である場合,自己の雇用する非組合員に対しても個別労働契約で協約を援用することにより,協約と同一内容の労働条件を適用するのが通常である。これは,一つには雇用に際して応募者が労働組合員であるか否かを問うことが禁じられていること,そして,一つには非組合員を低い労働条件で雇用した場合,当該労働者は組合に加入してより有利な協約の労働条件を享受しようという組合加入のインセンティブを与えることになることが背景にあるという。
3.事業所協定および事業所委員会の共同決定
事業所協定(Betriebsvereinbarung)とは,事業所組織法に基づいて設置される事業所委員会(Betriebsrat)が使用者との間で締結する書面による合意である。事業所委員会は事業所の全従業員の代表であり,そのメンバーは,当該事業所の従業員によって選挙される。事業所協定も,労働協約と同様,強行的直律的な効力を付与され,その効力は当該事業所所属の労働者全員に及ぶ。但し,事業所委員会は,常用労働者 5 名以上を使用する事業所で,その労働者のうち 3 人が被選挙権(6 ヶ月以上当該事業所・企業・コンツェルンに所属する場合に与えられる)を有する場合に設置されるが,設置は義務ではなく,労働者ないし組合が設置を要求しなければ設置が強制されるわけではない。その結果,小規模事業所では事業所委員会の設置率は低い1。事業所委員会が設置されていなければ,事業所組織法が与えている事業所委員会の権利も行使されないこととなる。
事業所協定は,事業場の全従業員に適用され,事業所秩序や一定の労働条件を定めるものであり,また,最低基準効を有する点でも日本の就業規則に対応するものということもできる(Wank 論文も両者を対置しつつその相違を指摘している)。しかし,事業所協定と就業規則には次の点で大きな相違がある。
第一に,就業規則は使用者により一方的に作成されるのに対して,事業所協定は,使用者と従業員代表との間の合意によって締結されるものである。また,歴史的には,ドイツでも当初,使用者の作成する就業規則により就業上の諸規則が定められていたが,これを使用者の一方的決定ではなく事業所委員会との共同決定に委ねるために共同決定制度が導入されたという経緯がある。
第二に,規定事項に関して,就業規則の場合は必要的記載事項が労基法上明定されている
(労基法 89 条)が,就業規則で規制できない事項に関して法は特段規制を行っていない。これに対して,事業所協定の場合は,労働協約で規制されている,あるいは規制されるのが通常である労働条件については事業所協定で規制を置くことができない(事業所組織法 77
1 事業所委員会の実態については,藤内和公「ドイツにおける従業員代表の活動―法的根拠と実際①―④」労働法律旬報 1367 号 51 頁,1369 号 40 頁,1371 号 43 頁,1373 号 42 頁(1995 年)参照。
条 3 項 1 文)。このいわゆる協約の「遮断効」を通じて,ドイツでは,労働条件規制について事業所協定(事業所レベルの使用者と事業所委員会による規制)よりも労働協約(使用者
(使用者団体)と産別の労働組合による規制)により大きな権限を与えるという法政策が採られている。そして,この遮断効の及ぶ範囲はかなり広く,賃金その他,協約の内容規範たりうる全ての規制に及ぶと解されている。その結果,労働条件を決定する法的ツールとしては労働協約が最も重要な機能を果たすことになる2。
もっとも,遮断効の規制は実務では必ずしも遵守されておらず,事業所協定によって事実上労働条件を規制している例は少なくないと言われていることにも留意する必要がある。産別レベルで締結されるのが一般である労働協約は,個々の企業の実情に応じた労働条件規制を行うことができない。そこで,近年,現場に近い事業所協定に労働条件を規制する余地を従来より広く認めるべきとの議論が高まってきている。遮断効との関係では,労働協約自身が明示的に事業所協定による規制を許容していればこれは可能となる(事業所組織法 77 条 3
項 2 文)が,協約がこれを許容していない場合には,事業所当事者は規制を行い得ないことになる。そこで,端的に事業所当事者に規制権限を与えるべきだとの議論もあるが,なお,伝統的な協約優位原則の枠組みの中で,協約当事者が許容する場合に限って事業所当事者の規制権限を認めるという考え方が有力のようである。Wank 論文は,協約規制の硬直性に対する批判について,ドイツに 5 万もの協約が存在し多様な規制を行っている事実を認識していないし,協約規制と事業所協定規制の性格の違いも十分に考慮していないとしている。
4.個別の労働契約
ドイツでは,法律,協約,事業所協定が労働条件を詳細に規定しているため,個別契約に具体的に委ねられる部分は限られている。但し,職務内容については個別契約上特定されていると解されており,使用者による一方的変更を制限する根拠となっているが,Wank 論文は,そのことが日本と比べて柔軟性の欠如をもたらしていることも指摘している。また,集団的労働条件規制規範(労働協約・事業所協定)と労働契約の関係には有利原則が適用されることから,明示的に約定されたものでない事項であっても,解釈によって労働契約の内容になったと解される労働条件については,これら集団的労働条件規制手段によって引き下げることはできない。そうした労働条件保護をもたらす解釈の受け皿としても労働契約は機能している。
Wank 論文は,ドイツの 5 分の1しか人件費のかからない東ヨーロッパとの価格競争等,
2 荒木尚志『雇用システムと労働条件変更法理』(有斐閣,2001 年)154 頁。なお,協約の遮断効と共同決定権
(事業所組織法 87 条 1 項柱書)そして事業所協定締結権(事業所組織法 77 条 3 項)の関係については,さらに複雑な議論があるが,これについては同書・155 頁以下,大内伸哉『労働条件変更法理の再構成』(有斐閣, 1999 年)191 頁以下等参照。
必然的に労働条件の柔軟化を迫る事態が存在すること等を指摘し,こうした現代的課題にドイツ労働法がどのように対応しようとしているのかをまとめている。有利原則の新たな解釈の模索,協約上の変更条項の導入,団体交渉の分権化の試み等のドイツ労働法の展開・議論を紹介した後,Wank 自身は,ドイツ労働法が労働条件を迅速かつ妥当に変更する手段を欠いていると総括している。
Wank 論文からは,詳細な労働法規,強力な協約規制,そして事業所協定という企業・事業所内の労働条件規制手段を持ち,有利原則のもとで手厚い労働条件を提供してきたドイツの労働法が,激変する雇用・労働環境に対して,伝統的枠組みを維持しつつ対応しようとしている事情を読みとることができる。