TITLE:
TITLE:
契約の解除と原状回復の不能( Digest_要約 )
AUTHOR(S):
xx, xx
CITATION:
xx, xx. 契約の解除と原状回復の不能. 京都大学, 2017, 博士(法学)
ISSUE DATE:
2017-03-23
URL:
xxxxx://xxx.xxx/00.00000/xxxxxx.x00000
RIGHT:
学位規則第9条第2項により要約公開
(要約)
契約の解除と原状回復の不能
xx xx
第xx はじめに一 問題の所在
契約が債務不履行を理由として解除された場合において、契約にもとづき既に給付が履行されていたときには、給付を受けていた当事者は、相手方に対する原状回復義務を負う。しかし、給付の目的物が滅失している場合等、給付の返還が不能である場合には、どのように扱われることになるか。原物での給付の返還が不能である以上、その価額の返還が要求されるのか。それとも、価額の返還は要求されず、原状回復義務は履行不能を理由として消滅し、双務契約においては、その消滅が、反対給付返還請求権の存在に影響を与えることになるのか。また、原状回復義務の不履行(履行不能)を理由として、損害賠償責任を負うことはあるか。さらに、解除がされる前に、目的物が滅失等していたときには、そもそも契約を解除することが認められるのか。
この問題(以下、「解除と原状回復の不能」の問題という。)は、現行法のもとで、様々な観点から議論されてきたが、「民法の一部を改正する法律案」(以下、「改正法案」という。)のもとでは、改正法案548条が適用され解除権が消滅する場面を除き、基本的に、価額返還義務によって解決されることになる(以下、「価額返還義務構成」という。)と考えられている。しかし、そこでは、以下のように、検討すべき問題が多く残されている。本論文は、以下の一連の問題を検討することによって、価額返還義務構成のもとで、どのような原状回復ないし清算が実現されるべきなのかを明らかにすることを目的としている。
(1)価額返還義務
現行法のもとで、価額返還義務構成を支持する立場は、価額返還義務による清算が、逸出した給付の客観的価値の回復を可能にすると位置づけており、そこでは、契約の清算においては、契約からの「離脱」が目的とされていることが前提とされていた。しかし、改正法案の審議過程においては、価額返還義務の内容について、契約価格を上限とすべき場合があるのではないかが議論されていた。これによれば、価額返還義務構成のもとでも、契約からの「離脱」は、完全には実現されない。このことは、どのように考えればよいのか。さらに、債権法改正をめぐる議論もしくは現行法のもとでの議論では(以下、無効について主張されているものを含めて取り上げている。)、原則として価額返還義務を肯定すべき理由として、①給付の受領者が、給付の取得と引換えに反対給付相当額が失われることを覚悟していたことや②給付の受領者が、契約上の履行として給付を受領し、自己の支配下においたこと(その意味での「財産上の決定」を下したこと)も、挙げられていた。これらの考え方によれば、反対給付に
関する給付受領者の覚悟ないし決定が、清算においても意味を持つことになる。ここでも、契約からの「離脱」がどこまで認められるかが問題になっているとみることができる。また、③双務契約の清算においては、双方の給付間の双務性を考慮すべきであることから、原則として価額返還義務を肯定すべきであるとの考え方も、広く支持されている。このことは、①②とどのような関係にあると考えればよいのか。以上に対し、④目的物を支配領域においていた者に責任を認めるべきであること(支配領域原理)から、原則として価額返還義務を肯定すべきであるとの見解も有力に主張されている。この見解は、上記の考え方とどのような関係にあるのか。さらに、⑤「解除と原状回復の不能」の問題には、売買契約における危険負担ルールとの関係という検討課題も存在することが指摘されている。このことは、④とどのような関係にあるのか。
(2)損害賠償
「解除と原状回復の不能」の問題においては、給付の原物による原状回復が不能に なっているのであるから、原状回復義務者は、原状回復義務の履行不能を理由とする 損害賠償責任を負うことがないかが問題になりうる。日本法のもとでは、この点につ いて、あまり議論がされていないが、どのように考えるべきなのか。仮に、損害賠償 責任の発生を認める場合には、価額返還義務との関係はどのように捉えるべきなのか。二 検討の方法と対象
以上の問題を検討する手がかりを得るため、本論文では、ドイツ法との比較法的検討を行う。ドイツでは、2002年の債務法改正によって、「解除と原状回復の不能」の問題について、原則として、返還が不能となった給付の価値の補償義務
(Wertersatzpflicht)が認められている。このことは、逸出した財産の回復を可能に するとして、肯定的に評価されているが、価値補償義務の基礎付けや内容については、現在でも立場が分かれている。さらに、債務法改正後のドイツ民法典(以下、債務法 改正前のドイツ民法典を「旧 BGB」、改正後のドイツ民法典を「新 BGB」という。)には、価値補償の規定とあわせて、原状回復義務の不履行(履行不能)に関し、損害 賠償の規定もおかれている。しかし、この規定についても、どのように理解すべきか が争われている。ドイツでは、価値補償義務構成によって、どのような原状回復ない し清算が実現されるべきであるかが問われているといえるのである。以上のことから、本論文では、ドイツ法との比較法的検討を行っている。以下では、ドイツ法の議論を 分析・検討し、その結果と日本法を比較することによって、日本法の議論の特徴と問 題点を析出し、今後さらに検討を深めるべき点を明らかにする。
第二章 ドイツ民法典の制定とその後の議論状況
本章では、旧 BGB のもとでの議論状況を分析・検討している。旧 BGB には、労務の給付等の場合を除き、「解除と原状回復の不能」の問題について、損害賠償と解除権喪失の規定がおかれていた。給付の返還不能について、原状回復義務者の「過失」等が認められる場合に、これらの効果が発生するとされていたのである。旧 BGB の
もとでは、まずは、これらの規定を前提として、その意味をどのように理解するかという点をめぐって議論が展開されたが、無効の効果との対比を考慮した議論や比較法的な観点、特に私法の調和に向けた国際的な潮流を視野に入れた議論も展開されていた。その結果、旧 BGB のもとでも、一定の範囲で、価値補償や反対給付返還請求権の喪失という法律効果を認めるべきことが主張されていた。本章では、以上の議論の流れを、代表的な論者の見解を取り上げることによって紹介したうえで、新 BGB の成立過程における議論にとって特に重要な意味をもつ部分について、以下のように整理している。
一 価値補償
(1)価値補償の目的
旧 BGB のもとでは、価値補償の目的に関して、二つの考え方がみられた。第一は、 保持される理由のなくなった給付の返還を可能にするものとして価値補償を捉える 考え方である。そこでは、契約が解除された以上、給付を保持する理由がなくなり、給付を返還しなければならないことを前提として、原物での返還が不能である場合に、価値の形で給付を返還させることが価値補償の目的とされていた。これは、価値補償 を「給付の巻戻し」の手段として捉える考え方であるといえる。第二は、清算関係に おける不利益の分配・負担を可能にするものとして価値補償を捉える考え方である。これは、価値補償をそのような不利益を賦課するものであるとし、その意味での「帰 責」の手段として捉える考え方であるといえる。
(2)価値補償義務を負うべき理由と要件
①解除法の規定を前提として展開された議論においては、目的物の扱いに「不注意」
(「不注意」の判断基準については、分別のある人物が自己の事務について用いる注意であるとの見解と、問題となっている具体的な人物が自己の事務について通常用いる注意であるとの見解が主張されていた。)が認められる場合に、それによって生じた不利益を相手方に転嫁することはできないという考え方によって、価値補償が認められていた。これは、見方を変えれば、価値補償という効果との関係では、契約により取得した目的物を自己のものとして利用する自由が、上記の「注意」を尽くしていた範囲では尊重されることを意味している。②無効の効果との対比を考慮した議論においては、②a 売買契約における危険負担のルールとの関係によって価値補償を認める見解のほかに、②b 契約における反対給付に関する決定を理由として、価値補償が認められる可能性が示されていた(もっとも、無効の場合と異なり、解除については、詳細な議論は行われていない。)。これは、当事者が契約において行った反対給付に関する決定が、解除の場面でも意味を持ち続ける可能性があることを意味している。③私法の調和に向けた国際的潮流を視野に入れた議論においては、ハーグ統一売買条約が参照され、原則として原状回復義務者が不利益を負担すべきこととされていた。以上に対し、例外として、価値補償義務を負わない場面を認めるべきかどうかも問題とされていた。そこでは、ⅰ原状回復権利者の側に原状回復の不能の原因がある場合、
ⅱ偶発的事由によって(原状回復義務者の「行為」によらずに)、原状回復が不能に
なった場合、ⅲ当事者の「行為」によって原状回復が不能になった場合であっても、それが、「通常の使用」による場合について、免責を認めるべきかどうか、認めるとしてどの範囲で認めるべきかが問題とされていた。ⅲでは、価値補償という効果との関係では、契約により取得した目的物を自己のものとして利用する自由が、「通常の使用」の範囲で尊重されることになるといえる。
(3)価値補償義務の内容
旧 BGB のもとで価値補償を導入すべきであるとする見解の多くは、給付の客観的価値が補償されるべきであるとしていた。これに対し、契約における反対給付に関する決定を理由として価値補償が認められる場合には、契約価格が上限とされる可能性がある。その場合には、解除の場面でも、当事者が契約において行った対価決定が意味を持ち続けることになる。
二 反対給付返還請求権の喪失
旧 BGB の規定のもとでは、「解除と原状回復の不能」について、損害賠償も解除権の喪失も認められない場合、本来、自らの給付の返還は不能であるにもかかわらず、反対給付の返還請求を行うことが可能とされていた。しかし、無効の効果との対比から、この場合にも、原状回復請求権間の双務的な結びつきを認め、一方の給付の返還が不能である場合には、反対給付返還請求権は失われるとの見解(「事実上の双務性」の考え方)が主張されていた。ここでは、当事者が契約において行った双務性の合意が、契約が解除された場合でも意味を持ち続けているということができる。
三 損害賠償
旧 BGB のもとでの伝統的通説は、本章の冒頭で紹介した「過失」にもとづく損害賠償責任について、過失責任原則にしたがって厳格に解釈していた。すなわち、法定解除においては、原状回復義務者が解除原因を認識し、または、認識することができた時点以後の行為でなければ、損害賠償責任は認められないと考えられていた。
第三章 債務法現代化法の成立過程における議論状況
本章では、新 BGB の成立過程における議論状況を分析・検討している。「解除と原状回復の不能」の問題については、新 BGB の規定は、基本的に、債務法改正委員会による改正草案(以下、「委員会草案」という。)にもとづいている。本章では、主に、委員会草案の内容を紹介したうえで、その内容を旧 BGB のもとでの議論状況との関係でどのように位置づけることができるかを検討している。
一 価値補償
(1)価値による清算モデルへの転換
債務法改正委員会は、「解除と原状回復の不能」の問題について、無効の効果と整合的に扱うべきであるとの立場に立ち、解除権喪失に関する規定を削除し、原則として、価値補償義務を認める規定をおいている。このことによって、解除原因が存在すれば、原状回復が不能であっても、常に解除が認められることになる。すなわち、交換された価値がそのままの状態におかれることはなく、価値補償の形で原状回復が実
現されることになるのである。ここでは、「給付の巻戻し」の手段としての価値補償という考え方に相当するものが採用されているといえる。
(2)価値補償義務を負うべき理由と要件
そのうえで、債務法改正委員会は、原則として価値補償を認めるべき理由として、売買契約における危険負担ルールとの関係及び事実上の双務性の考え方を挙げている。ここでは、価値補償を「帰責」の手段として捉える考え方が前提とされているといえる。さらに、委員会草案には、一定の場合には、例外として価値補償義務を負わないとする規定がおかれていた。このうち、特に大きな例外として、法定解除の場合、解除権者(原状回復義務者)が自己の事務において通常用いる注意を尽くしていた場合には、価値補償義務を負わないことが定められていた。これは、旧 BGB のもとで、価値補償を認めるために主張されていた考え方の一つに対応している。すなわち、旧 BGB のもとでは、目的物の扱いについての「不注意」(問題となっている具体的な人物が自己の事務について通常用いる「注意」を尽くさなかったこと)が認められる場合に、価値補償義務を負うべきことが主張されていた。ここでは、原状回復義務者が法定解除権者である場合について、上記の注意を尽くしていた範囲では、価値補償義務を負わないとされているのである。原状回復義務者が法定解除権者である場合、契約により取得した目的物を自己のものとして利用する自由が、ここでの「注意」を尽くしていた範囲で尊重されているといえる。
(3)価値補償義務の内容
委員会草案では、価値補償義務の内容は、給付目的物の契約価格によって定められることとされていた。つまり、契約において行われた対価合意が、清算の場面でも存続することとされていた。価値補償による清算が、原状回復を実現し、契約からの離脱を可能とするものであるとしても、ここでは、契約からの完全な離脱が認められているわけではなかったといえる。
二 損害賠償
委員会草案は、原則として価値補償義務を認めるとともに、原状回復義務の不履行
(履行不能)について、義務違反による損害賠償の一般規定にしたがって、損害賠償責任が発生することも定めていた。損害賠償責任が認められる範囲については、旧 BGB のもとでの伝統的通説と同様の考え方が示されていた。
第四章 債務法現代化法の成立とその後の議論状況
本章では、新 BGB のもとでの議論状況を分析・検討している。新 BGB の規定は、基本的に、委員会草案にもとづいており、そこで認められている価値補償と損害賠償のそれぞれについて、議論が展開されている。さらに、新 BGB のもとでも、反対給付返還請求権の喪失を認めるべき場合があるとする見解が主張されている。
一 価値補償
(1)価値補償義務を負うべき理由と要件
新 BGB のもとでは、法定解除権者が自己の事務において通常用いる注意を尽くし
ていた場合には、価値補償義務を負わないとする規定について、賛否が分かれている。この規定に賛成する見解は、法定解除権者が、契約によって取得した目的物を自己のものとして利用する自由が尊重されることになることを肯定的に捉えているが、売買契約における危険負担のルールとの関係を重視し、そのような例外を認めるべきではないとする見解や、買主(原状回復義務者)は、反対給付の喪失と引換えに、目的物を自己のリスクにおいて所有することになっていたはずであるとして、批判する見解も主張されている。
(2)価値補償義務の内容
新 BGB のもとでは、価値補償義務の内容は、契約価格を基礎として定められる。このルールについても、見解が分かれている。賛成する見解は、これを、主観的等価性の原則、そして、私的自治の保護に資するものであると評価しているが、反対する見解は、解除の目的は、まさに、そのような等価関係からの解放にあるとしている。ここでは、解除の目的についての考え方が問われている。
二 損害賠償
新 BGB は、原状回復義務の不履行を理由とする損害賠償について規定しているため、契約が解除される前の行為(原状回復義務が発生する前の行為)について、損害賠償責任を認めることができるかどうかが議論されている。旧 BGB のもとにおけるのと異なり、損害賠償責任は、契約が解除された後の行為についてしか認められないとの見解も主張されているが、旧 BGB のもとにおけるのと同様に、契約が解除される前の行為についても、一定の時点以降は、損害賠償責任の成立を認める見解も有力に主張されている。それによれば、損害賠償との関係では、解除原因を認識等した時点以降は、契約により取得した目的物を自己のものとして利用する自由が制限されることになる。一方で、その時点までの間は、その自由が尊重されているといえる。三 反対給付返還請求権の喪失
新 BGB のもとでは、例外として価値補償義務を負わない場合には、(損害賠償の問題を除き、)原状回復義務者は、給付の返還が不能であるにもかかわらず、反対給付の返還を請求することができる。しかし、価値補償義務を負わない場合であっても、現存する利益は返還しなければならないとの規定を手がかりに、原状回復義務者は、解除によっていかなる利益も得てはならないとして、反対給付の一方的な返還請求を認めるべきではないとする見解が主張されている。価値補償義務を原則として認めることは、上記のとおり、事実上の双務性の考え方からも、基礎付けられていた。この見解によれば、価値補償義務が否定される場合であっても、反対給付返還請求権の喪失を認めることで、事実上の双務性の考え方が貫徹されることになるといえる。
第五章 終わりに
本章では、ドイツ法の検討の結果から明らかになったことをまとめたうえで、それに照らして、日本法における議論の特徴と問題点を明らかにしている。
一 ドイツ法の検討の結果
ドイツでは、「解除と原状回復の不能」をめぐって多様な議論が展開されてきたが、立場の分かれ目は、以下のように整理することができる。
(1)給付の巻戻しと帰責
まず、「解除と原状回復の不能」という問題の前提は、契約が締結され、解除権が発生していることである。解除権が発生している以上、その解除権を行使すれば、原状回復、つまり給付の巻戻しが認められるはずであるが、問題は、その原状回復が不能になっていることである。この場合にも、なお給付の巻戻しが形を変えて問題になっているだけだとみるのか。それとも、原状回復が不能になったことによる不利益をどちらの当事者が負担すべきか、その意味での不利益の帰責が問題になっているとみるのか。そこでは、原物の返還と価値の返還を異質なものとみるかどうかが問題になる。両者を異質なものとみなければ、価値補償は、「給付の巻戻し」の手段として位置づけられることになる。これに対し、原物の返還は、受け取った物をそのまま返還すればよいだけであるのに対し、価値の返還は、自己の財産から金銭が支出されることになるため、特別な不利益にあたるとして、両者を異質なものであるとみれば、価値補償は、「帰責」の手段として位置づけられることになる。
(2)契約による帰責
ドイツ法において特徴的なのは、以上のような帰責を正当化する理由を契約当事者 の決定に求める考え方が展開されてきたことである。双務契約の内容は、給付を行う という決定(給付決定)、給付と引換えに反対給付を行うという決定(双務性の決定)、 そして、反対給付の価値の決定(対価決定)からなると捉えられるが、まず、旧 BGB で認められていた解除権の喪失は、第一の給付約束からの離脱も認めないことを意味 する。しかし、解除原因があるにもかかわらず、給付約束からの解放が認められない のでは、解除を認めた意味がない。このような考慮から、新 BGB では、解除権の行 使が認められている。もっとも、解除を認めるとしても、第二の双務性の決定の拘束 力からの離脱を認める必要はないと考える可能性もある。事実上の双務性の考え方は、双務性の合意から、反対給付返還請求権の喪失を導くものであったが、新 BGB のも とでは、原則として価値補償義務が発生することを基礎付けている。さらに、ドイツ 法のもとでは、反対給付に関する決定を理由として価値補償を認める可能性も示され ており、ここでも、双務性の決定の拘束力を認めるべきであると考えられていた。さ らに、第三の対価決定の拘束力についても、そこからの離脱を認める必要はないと考 える可能性もある。新 BGB のルールは、まさに、契約が解除された場合であっても、 対価合意の拘束力を認めるものであったが、これに反対する見解も、有力に主張され ていた。
(3)他の他律的な根拠による帰責と免責
以上のような契約による帰責と並んで、ドイツでは、他の他律的な根拠による帰責ないし免責を認める可能性も問題とされていた。売買契約における危険負担のルールとの関係-支配領域原理-により、原則として価値補償を認める考え方、契約により取得した目的物を自己のものとして利用する自由を一定の範囲で尊重し、価値補償義
務を負わない場合を認める考え方等について、議論が行われてきた。二 日本法の分析
以下では、以上のようなドイツ法の検討から得られた分析枠組みに照らし、日本法の特徴と課題を分析する。
(1)価額返還
第xxのとおり、改正法案のもとでは、価額返還義務構成が前提とされているとx えられる。しかし、そこでは、価額返還義務を認めるべき理由が、十分に詰められて おらず、価額返還義務がどのようにして正当化されているのかが明らかではない。そ の結果、価額返還義務がどのような場合に認められ、どのような場合には認められな いのかも、明確であるとはいえないことになっている。その原因の一つは、改正法案 が、双務性の要請をどのように捉えているかが明確でないところにある。すなわち、改正法案の審議過程では、契約によって生じた義務の双務的な結びつきに着目してい ると解される説明と、原状回復義務者(給付の受領者)が反対給付を失うことを認め ていたことに着目していると解される説明がみられ、それぞれの説明においても、検 討すべき問題が残されている。このほか、原則として価額返還義務を認めるべき理由 として、支配領域原理も挙げられているが、その理由は、必ずしも明確とはいえない。 支配領域原理は、売買契約における危険負担のルールとの関係から援用することが可 能であるが、日本法のもとでは、直接の根拠として挙げられている。日本法では、こ れとは異なる考え方が採用されているとみる余地もあるが、いずれにしても、支配領 域原理が妥当する理由が問われることになる。この点は、改正法案のもとでは、危険 の移転に関する567条1項をどのように理解するかという問題でもあり、さらに検 討する必要がある。以上に対し、日本法のもとでは、価額返還義務を負わない場合に ついて、ほとんど議論がされていない。ドイツ法の分析枠組みに照らせば、契約によ り取得した目的物を自己のものとして利用する自由を一定の範囲で認めるべき場合 がないかが問題となる。この点についても、検討を深めることが今後の課題といえる。さらに、価額返還義務の内容については、どのように理解するべきか。上記の分析枠 組みに照らせば、対価決定の拘束力からの離脱を認めるべきかどうかが問題となるが、改正法案の審議過程では、価額返還義務の内容については、コンセンサスが得られず、今後の解釈に委ねられている。この点の検討を深めることが、残された課題であるこ とは間違いない。
(2)損害賠償
最後に、日本法のもとでも、原状回復の不能を理由として、損害賠償責任を認めるべき場合がないかどうかを検討する必要がある。そこでは、一定の時点以降は、損害賠償との関係でも、契約により取得した目的物を利用する自由を制限すべきかどうかが問われることになる。もっとも、改正法案のもとでは、法律にもとづく債務(原状回復義務)の不履行に関する損害賠償責任については、415条1項ただし書をどのように理解するべきかが問題となる。この点についても、さらに、検討を深める必要がある。