Contract
【第2章 労働契約の成立及び変更】
総論
労働契約は、その締結当事者である労働者及び使用者の合意により成立し、又は変更されるものです。
一方、我が国においては、個別に締結される労働契約では詳細な労働条件は定められず、就業規則によって統一的に労働条件を設定することが広く行われています。また、労働契約関係は、一定程度長期にわたる継続的な契約関係であるのが通常であり、社会経済情勢の変化を始めとする契約当事者を取り巻く事情の変化に応じて、当初取り決めた労働契約の内容を統一的に変更する必要が生じる場合があることから、就業規則の変更により労働契約の内容である労働条件を変更することが広く行われてきたところです。
この就業規則の法的性質については、秋北バス事件最高裁判決(昭和43年12月25日最高裁大法廷判決。最高裁判所民事判例集22巻13号3459頁)において、「合理的な労働条件を定めているものであるかぎり、経営主体と労働者との間の労働条件は、その就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、その法的規範性が認められるに至っている」と判示され、また、就業規則によって労働条件を不利益に変更する効力については、「新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないと解すべき」であるが、
「当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者においてこれに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない」と判示され、その後の累次の最高裁判決においても同様の考え方がとられ、判例法理として確立しているものです。
しかしながら、就業規則に労働契約における権利義務関係を確定させる法的効果を認める法的根拠が成文法上は存在せず、また、判例法理は、労働者及び使用者の多くにとって十分には知られておらず、どのような場合に就業規則による労働条件の変更が有効に認められるのかについての予測可能性は必ずしも高くない状況にありました。
このような状況の中で、個別労働関係紛争が多く発生していることにかんがみれば、労働契約の内容の決定及び変更の枠組みを明らかにし、実態として多く行われている就業規則の変更による労働条件の変更に当たっては、変更後の就業規則を労働者に周知させること及び就業規則の変更が合理的なものであることが必要であること等を判例法理に沿って明らかにすることにより、使用者は安易に一方的に就業規則を変更することにより労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできないこと等が明らかとなり、その結果、使用者が就業規則において合理的な労働条件を定めることが促され、これにより、就業規則において不合理な労働条件が定められ、又は不合理な労働条件の変更が行われたこと等を契機とした個別労働関係紛争の防止につながることが期待されるものです。
このため、法第2章において、労働契約が合意により成立し、又は変更されるという「合意の原則」を定めた上で、我が国における労務管理実務において定着している就業規則について、労働契約との法的関係等を規定することにより、労働契約の内容の決定及び変更に関するルールを明らかにしたものです。
これらの内容は、判例法理に沿って規定したものであり、判例法理を変更するものではありません。
労働契約の成立
第6条 労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。
【解説】
(1) 趣旨
当事者の合意により契約が成立することは、契約の一般原則であり、労働契約についても当てはまるものであって、法第6条は、この労働契約の成立についての基本原則である
「合意の原則」を確認したものです。
(2) 内容
① 法第6条は、労働契約の成立は労働者及び使用者の合意によることを規定するとともに、「労働者が使用者に使用されて労働」すること及び「使用者がこれに対して賃金を支払う」ことが合意の要素であることを規定したものです。
② 法第6条に「労働者が使用者に使用されて労働し」と規定されているとおり、労働契約は、使用従属関係が認められる労働者と使用者との間において締結される契約を把握する契約類型であり、労働者側からみた場合には、一定の対価(賃金)と一定の労働条件のもとに、自己の労働力の処分を使用者に委ねることを約する契約です。
③ 民法第623条の「雇用」は、労働契約に該当するものです。また、民法第63
2条の「請負」、同法第643条の「委任」又は非典型契約であっても、契約形式にとらわれず実態として使用従属関係が認められ、当該契約で労務を提供する者が法第2条第1項の「労働者」に該当する場合には、当該契約は労働契約に該当するものです。
④ 法第6条の「賃金」については、第2条の(2)④と同様です。
⑤ 法第6条に「合意することによって成立する」と規定されているとおり、労働契約は、労働契約の締結当事者である労働者及び使用者の合意のみにより成立するものです。したがって、労働契約の成立の要件としては、契約内容について書面を交付することまでは求められないものです。
また、法第6条の労働契約の成立の要件としては、労働条件を詳細に定めていなかった場合であっても、労働契約そのものは成立し得るものです。
労働契約の内容と就業規則の関係
第7条 労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。
【解説】
(1) 趣旨
我が国においては、個別に締結される労働契約では詳細な労働条件は定められず、就業規則によって統一的に労働条件を設定することが広く行われていますが、就業規則で定める労働条件と個別の労働者の労働契約の内容である労働条件との法的関係については法令上必ずしも明らかでありません。
このため、法第7条において、労働契約の成立場面における就業規則と労働契約との法的関係について規定したものです。
【第7条については、次の裁判例が参考になります】
○ 労働契約と就業規則との関係について、秋北バス事件最高裁判決
(最高裁昭和43年12月25日大法廷判決)(→P49参照)
○ 秋北バス事件最高裁判決を踏襲した電電公社帯広局事件最高裁判決 (最高裁昭和61年3月
13日第xx法廷判決)(→P51参照)及び日立製作所武蔵工場事件最高裁判決 (最高裁平成
3年11月28日第xx法廷判決)(→P53参照)
○ 就業規則が拘束力を生ずるために周知が必要であるとしたものとして、フジ興産事件最高裁判決(最高裁平成15年10月10日第二小法廷判決)(→P61参照)
(2) 内容
① 法第7条は、労働契約において労働条件を詳細に定めずに労働者が就職した場合において、「合理的な労働条件が定められている就業規則」であること及び「就業規則を労働者に周知させていた」ことという要件を満たしている場合には、就業規則で定める労働条件が労働契約の内容を補充し、「労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件による」という法的効果が生じることを規定したものです。
これは、労働契約の成立についての合意はあるものの、労働条件は詳細に定めていない場合であっても、就業規則で定める労働条件によって労働契約の内容を補充することにより、労働契約の内容を確定するものです。
② 法第7条本文に「労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において」と規定されているとおり、法第7条は労働契約の成立場面について適用されるものであり、既に労働者と使用者との間で労働契約が締結されているが就業規則は存在しない事業場において新たに就業規則を制定した場合については適用されないものです。また、就業規則が存在する事業場で使用者が就業規則の変更を行った場合については、法第10条の問題となるものです。
③ 法第7条本文の「合理的な労働条件」は、個々の労働条件について判断されるものであり、就業規則において合理的な労働条件を定めた部分については同条の法的効果が生じ、合理的でない労働条件を定めた部分については同条本文の法的効果が生じないこととなります。
就業規則に定められている事項であっても、例えば、就業規則の制定趣旨やxx精神を宣言した規定、労使協議の手続に関する規定等労働条件でないものについては、法第
7条本文によっても労働契約の内容とはならないものです。
④ 法第7条の「就業規則」とは、労働者が就業上遵守すべき規律及び労働条件に関する具体的細目について定めた規則類の総称をいい、労働基準法第89条の「就業規則」と同様ですが、法第7条の「就業規則」には、常時10人以上の労働者を使用する使用者以外の使用者が作成する労働基準法第89条では作成が義務付けられていない就業規則も含まれるものです。
⑤ 法第7条の「周知」とは、例えば、ⅰ)常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること ⅱ)書面を労働者に交付することⅲ)磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること等の方法により、労働者が知ろうと思えばいつでも就業規則の存在や内容を知り得るようにしておくことをいうものです。このように周知させていた場合には、労働者が実際に就業規則の存在や内容を知っているか否かにかかわらず、法第7条の「周知させていた」に該当するものです。
なお、労働基準法第106条の「周知」は、労働基準法施行規則(昭和22年厚生省令第23号)第52条の2により、ⅰ)からⅲ)までのいずれかの方法によるべきこととされていますが、法第7条の「周知」は、これらの3方法に限定されるものではなく、実質的に判断されるものです。
⑥ 法第7条本文の「労働者に周知させていた」は、その事業場の労働者及び新たに労働契約を締結する労働者に対してあらかじめ周知させていなければならないものであり、新たに労働契約を締結する労働者については、労働契約の締結と同時である場合も含まれるものです。
⑦ 法第7条は、就業規則により労働契約の内容を補充することを規定したものであることから、同条本文の規定による法的効果が生じるのは、労働契約において詳細に定められていない部分についてであり、「就業規則の内容と異なる労働条件」を合意していた部分については、同条ただし書により、法第12条に該当する場合(合意の内容が就業規則で定める基準に達しない場合)を除き、その合意が優先するものです。
【事業場に就業規則がある場合には、労働者の労働条件は、次のように決まります】
① 労働契約は、「労働者が使用者に使用されて労働」することと「使用者がこれに対して賃金を支払う」ことについて、労働者と使用者が合意することにより成立します。
② 労働者と使用者の合意により労働者の労働条件が決定します。
③ 労働契約において労働条件を詳細に定めずに労働者が就職した場合において、「合理的な労働条件が定められている就業規則」であることに加え、「就業規則を労働者に周知させていた」ことという要件を満たす場合には、労働者の労働条件は、その就業規則に定める労働条件によることとなります。
④ ただし、「就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分」は、その合意が優先することとなります(合意の内容が就業規則で定める基準に達しない場合を除きます)。
労働契約の内容の変更
第8条 労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。
【解説】
(1) 趣旨
当事者の合意により契約が変更されることは、契約の一般原則であり、労働契約についても当てはまるものであって、法第8条は、この労働契約の変更についての基本原則である「合意の原則」を確認したものです。
(2) 内容
① 法第8条は、「労働者及び使用者」が「合意」するという要件を満たした場合に、
「労働契約の内容である労働条件」が「変更」されるという法的効果が生じることを規定したものです。
② 法第8条に「合意により」と規定されているとおり、労働契約の内容である労働条件は、労働契約の締結当事者である労働者及び使用者の合意のみにより変更されるものです。したがって、労働契約の変更の要件としては、変更内容について書面を交付することまでは求められないものです。
③ 法第8条の「労働契約の内容である労働条件」には、労働者及び使用者の合意により労働契約の内容となっていた労働条件のほか、法第7条本文により就業規則で定める労働条件によるものとされた労働契約の内容である労働条件、法第10条本文により就業規則の変更により変更された労働契約の内容である労働条件及び法第12条により就業規則で定める基準によることとされた労働条件が含まれるものであり、労働契約の内容である労働条件はすべて含まれるものです。
就業規則による労働契約の内容の変更
第9条 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。
第10条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。
【解説】 (1) 趣旨
労働契約関係は一定の期間にわたり継続するという特徴を有しており、その継続する期間においては、労働契約の内容が変更される場合が少なくありません。
この労働契約の内容である労働条件の変更については、法第8条の「合意の原則」によることが契約の一般原則ですが、我が国においては、就業規則によって労働条件を統一的に設定し、労働条件の変更も就業規則の変更によることが広く行われており、その際、就業規則の変更により自由に労働条件を変更することができるとの使用者の誤解や、就業規則の変更による労働条件の変更に関する個別労働関係紛争もみられるところです。
このため、法第9条において、法第8条の「合意の原則」を就業規則の変更による労働条件の変更の場面に当てはめ、使用者は就業規則の変更によって一方的に労働契約の内容である労働条件を労働者の不利益に変更することはできないことを確認的に規定した上で、法第10条において、就業規則の変更によって労働契約の内容である労働条件が変更後の就業規則に定めるところによるものとされる場合を明らかにしたものです。
これらの規定により、就業規則の変更によって生じる法的効果を明らかにし法的安定性を高めるとともに、使用者の合理的な行動を促すことを通じ、労働条件の変更に関する個別労働関係紛争の防止に資するようにすることとしたものです。
法第9条及び第10条は、以下の確立した最高裁判所の判例法理に沿って規定したものであり、判例法理に変更を加えるものではありません。
【第9条及び第10条については、次の裁判例が参考になります】
○ 労働契約と就業規則との関係について、秋北バス事件最高裁判決(→P49参照)
○ どのような場合に就業規則の変更が「合理的なものである」と判断されるのかを明らかにしたものとして、xx市農業協同組合事件最高裁判決(最高裁昭和63年2月16日第三小法廷判決)(→P55参照)
○ 就業規則の変更が「合理的なものである」か否かを判断するに当たって考慮すべき7つの要素を明らかにしたものとして、第四銀行事件最高裁判決(最高裁平成9年2月28日第二小法廷判決)(→P57参照)
○ 一部の労働者のみに大きな不利益が生じる就業規則の変更による労働条件の変更事案について、就業規則の変更の合理性を否定したものとして、みちのく銀行事件最高裁判決(最高裁平成12年9月7日第xx法廷判決)(→P59参照)
○ 就業規則が拘束力を生ずるために周知が必要であるとしたものとして、フジ興産事件最高裁判決(最高裁平成15年10月10日第二小法廷判決)(→P61参照)
(2) 法第9条の内容
① 法第9条本文は、法第8条の労働契約の変更についての「合意の原則」に従い、使用者が労働者と合意することなく就業規則の変更により労働契約の内容である労働条件を労働者の不利益に変更することはできないという原則を確認的に規定したものです。
法第9条ただし書は、法第10条の場合は、法第9条本文に規定する原則の例外であることを規定したものです。
② 法第9条の「就業規則」については、法第7条の(2)の④と同様です。
③ 法第9条の「労働者の不利益」については、個々の労働者の不利益をいうものです。
(3) 法第10条の内容
① 法第10条は、「就業規則の変更」という方法によって「労働条件を変更する場
合」において、使用者が「変更後の就業規則を労働者に周知させ」たこと及び「就業規則の変更」が「合理的なものである」ことという要件を満たした場合に、労働契約の変更についての「合意の原則」の例外として、「労働契約の内容である労働条件
は、当該変更後の就業規則に定めるところによる」という法的効果が生じることを規定したものです。
② 法第10条は、就業規則の変更による労働条件の変更が労働者の不利益となる場合に適用されるものです。なお、就業規則に定められている事項であっても、労働条件でないものについては、法第10条は適用されないものです。
③ 法第10条の「就業規則の変更」には、就業規則の中に現に存在する条項を改廃することのほか、条項を新設することも含まれるものです。
④ 法第10条の「就業規則」及び「周知」については、法第7条の(2)の④及び⑤と同様です。
⑤ 法第10条本文の合理性判断の考慮要素
ⅰ)法第10条本文の「労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況」は、就業規則の変更が合
理的なものであるか否かを判断するに当たっての考慮要素として例示したものであり、個別具体的な事案に応じて、これらの考慮要素に該当する事実を含め就業規則の変更に係る諸事情が総合的に考慮され、合理性判断が行われることとなるものです。
ⅱ)法第10条本文の「労働者の受ける不利益の程度」については、実際に紛争となる事例は、就業規則の変更により個々の労働者に不利益が生じたことに起因するものであり、個々の労働者の不利益の程度をいうものです。
また、法第10条本文の「変更後の就業規則の内容の相当性」については、就業規則の変更の内容全体の相当性をいうものであり、変更後の就業規則の内容面に係る制度変更一般の状況が広く含まれるものです。
ⅲ)法第10条本文の「労働条件の変更の必要性」は、使用者にとっての就業規則による労働条件の変更の必要性をいうものです。
ⅳ)法第10条本文の「労働組合等との交渉の状況」は、労働組合等事業場の労働者の意思を代表するものとの交渉の経緯、結果等をいうものです。
「労働組合等」には、労働者の過半数で組織する労働組合その他の多数労働組合や事業場の過半数を代表する労働者のほか、少数労働組合や、労働者で構成されその意思を代表する親睦団体等労働者の意思を代表するものが広く含まれるものです。
ⅴ)法第10条本文の「その他の就業規則の変更に係る事情」は、「労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況」を含め就業規則の変更に係る諸事情が総合的に考慮されることをいうものです。
ⅵ)法第10条本文の合理性判断の考慮要素と判例法理との関係については、次のとおりであり、同条本文は、判例法理に沿ったものです。
○ 就業規則の変更の合理性判断に関する裁判例として、第四銀行事件最高裁判決においては、
① 就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度
② 使用者側の変更の必要性の内容・程度
③ 変更後の就業規則の内容自体の相当性
④ 代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況
⑤ 労働組合等との交渉の経緯
⑥ 他の労働組合又は他の従業員の対応
⑦ 同種事項に関する我が国社会における一般的状況
という7つの考慮要素が列挙されていますが、これらの中には内容的に互いに関連し合うものもあるため、法第10条本文では、関連するものについては統合して列挙しているものです。
具体的には、第四銀行事件最高裁判決において示された「①就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度」「②使用者側の変更の必要性の内容・程度」「③変更後の就業規則の内容自体の相当性」「⑤労働組合等との交渉の経緯」について、法第10条本文ではそれぞれ「労働者の受ける不利益の程度」「労働条件の変更の必要性」「変更後の就業規則の内容の相当性」「労働組合等との交渉の状況」として規定したものです。
このうち、法第10条の「変更後の就業規則の内容の相当性」には、就業規則の内容面に係る制度変更一般の状況が広く含まれるものであり、第四銀行事件最高裁判決で列挙されている考慮要素である「③変更後の就業規則の内容自体の相当性」のみならず、「④代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況」「⑦同種事項に関する我が国社会における一般的状況」も含まれるものです。また、これらの考慮要素に含まれない事項についても、
「その他の就業規則の変更に係る事情」という文言で包括的に表現されているものです。また、法第10条の「労働組合等との交渉の状況」の労働組合等には、労働者の過半数 で組織する労働組合その他の多数労働組合や事業場の過半数を代表する労働者のほか、少数労働組合や、労働者で構成されその意思を代表する親睦団体等労働者の意思を代表するものが広く含まれるものであり、第四銀行事件最高裁判決で列挙されている「⑤労働組合
等との交渉の経緯」「⑥他の労働組合又は他の従業員の対応」はこれに該当するものです。したがって、法第10条の規定は判例法理に沿った内容であり、判例法理に変更を加え
るものではありません。
○ xx市農業協同組合事件最高裁判決においては、「特に、賃金、退職金など労働者にとつて重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。」と判示されており、法第10条の規定は、この判例法理についても変更を加えるものではありません。
○ みちのく銀行事件最高裁判決においては、秋北バス事件最高裁判決、大曲市農業協同組合事件最高裁判決及び第四銀行事件最高裁判決の判旨を引用した上で、「本件における賃金体系の変更は、短期的にみれば、特定の層の行員にのみ賃金コスト抑制の負担を負わせているものといわざるを得ず、その負担の程度も前示のように大幅な不利益を生じさせるものであり、それらの者は中堅層の労働条件の改善などといった利益を受けないまま退職の時期を迎えることとなるのである。就業規則の変更によってこのような制度の改正を行う場合には、一方的に不利益を受ける労働者について不利益性を緩和するなどの経過措置を設けることによる適切な救済を併せ図るべきであり、それがないままに右労働者に大きな不利益のみを受忍させることには、相当性がないものというほかはない。」と判示され、また、
「本件では、行員の約73%を組織する労組が本件第一次変更及び本件第二次変更に同意している。しかし、Xらの被る前示の不利益性の程度や内容を勘案すると、賃金面における変更の合理性を判断する際に労組の同意を大きな考慮要素と評価することは相当ではないというべきである。」と判示されており、法第10条の規定は、この判例法理についても変更を加えるものではありません。
⑥ 就業規則の変更が法第10条本文の「合理的」なものであるという評価を基礎付ける事実についての主張立証責任は、従来どおり、使用者側が負うものです。
⑦ 法第10条本文の「当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする」という法的効果が生じるのは、同条本文の要件を満たした時点であり、通常は、就業規則の変更が合理的なものであることを前提に、使用者が変更後の就業規則を労働者に周知させたことが客観的に認められる時点です。
⑧ 法第10条ただし書の「就業規則の変更によっては変更されない労働条件」として合意していた部分については、同条ただし書により、法第12条に該当する場合(合意の内容が就業規則で定める基準に達しない場合)を除き、その合意が優先するものです。
⑨ なお、法第7条ただし書の「就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分」については、将来的な労働条件について
ⅰ)就業規則の変更により変更することを許容するもの
ⅱ)就業規則の変更ではなく個別の合意により変更することとするもののいずれもがあり得るものであり、ⅰ)の場合には法第10条本文が適用され、ⅱ)の場合には同条ただし書が適用されるものです。
【事業場に就業規則がある場合には、労働者の労働条件は、次のように決まります】
① 労働者と使用者の合意により、労働者の労働条件は変更されます。
② 就業規則の変更により労働条件を変更する場合には、原則として労働者の不利益に変更することはできません。しかし、使用者が「変更後の就業規則を労働者に周知させた」ことに加え、「就業規則の変更が合理的なものである」ことという要件を満たす場合には、労働者の労働条件は、変更後の就業規則に定める労働条件によることとなります。
③ ただし、「就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分」は、その合意が優先することとなります(合意の内容が就業規則で定める基準に達しない場合を除きます)。
就業規則の変更に係る手続
第11条 就業規則の変更の手続に関しては、労働基準法(昭和22年法律第49号)第89条及び第90条の定めるところによる。
【解説】
(1) 趣旨
就業規則に関する規定は、法第2章のほか、労働基準法第9章においても定められており、使用者は、就業規則に関して、法の規定の趣旨及び内容を理解するとともに、労働基準法の規定について遵守しなければならないものです。
特に、労働基準法第89条及び第90条に規定する就業規則に関する手続は、法第10条本文の法的効果を生じさせるための要件ではないものの、就業規則の内容の合理性に資するものです。
このため、法第11条において、就業規則の変更の手続は、労働基準法第89条及び第
90条の定めるところによることを規定し、それらの手続が重要であることを明らかにしたものです。
(2) 内容
① 法第10条は、就業規則の変更により労働契約の内容である労働条件を変更することができる場合について規定していますが、法第11条は、労働基準法におい て、就業規則の変更の際に必要となる手続が規定されていることを規定したものです。
② 就業規則の変更の手続については、
ⅰ)労働基準法第89条により、常時10人以上の労働者を使用する使用者は、変更後の就業規則を所轄の労働基準監督署長に届け出なければならないこと
ⅱ)労働基準法第90条により、就業規則の変更について過半数労働組合等の意見を聴かなければならず、ⅰ)の届出の際に、その意見を記した書面を添付しなければならないこととされているものです。
③ 労働基準法第89条及び第90条の手続が履行されていることは、法第10条本文の法的効果を生じさせるための要件ではないものの、同条本文の合理性判断に際しては、就業規則の変更に係る諸事情が総合的に考慮されることから、使用者による労働基準法第89条及び第90条の遵守の状況は、合理性判断に際して考慮され得るものです。
就業規則違反の労働契約
第12条 就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。
【解説】
(1) 趣旨
就業規則は、労働条件を統一的に設定するものであり、法第7条本文、第10条本文及び第12条においては、一定の場合に、労働契約の内容は、就業規則で定めるところとなることを規定しているところです。
一方、就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた場合及び就業規則の変更によっては変更されない労働条件を合意していた場合には、それぞれ、法第7条ただし書及び第10条ただし書によりその合意が優先されることとなるものですが、就業規則を下回る個別の合意を認めた場合には、就業規則の内容に合理性を求めている法第7条本文及び第
10条本文の規定の意義が失われ、個別労働関係紛争をも惹起しかねないものです。
このため、個別労働関係紛争の防止にも資するよう、法第12条において、就業規則を下回る労働契約の効力について規定したものです。
(2) 内容
① 法第12条は、就業規則を下回る労働契約は、その部分については就業規則で定める基準まで引き上げられることを規定したものです。
② 法第12条の「就業規則」については、法第7条の(2)の④と同様です。
③ 法第12条の「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約」とは、例えば、就業規則に定められた賃金より低い賃金等就業規則に定められた基準を下回る労働条件を内容とする労働契約をいうものです。
④ 法第12条は、就業規則で定める基準以上の労働条件を定める労働契約は、これを有効とする趣旨です。
⑤ 法第12条の「その部分については、無効とする」とは、就業規則で定める基準に達しない部分のみを無効とする趣旨であり、労働契約中のその他の部分は有効です。
⑥ 法第12条の「無効となった部分は、就業規則で定める基準による」とは、労働契約の無効となった部分については、就業規則の規定に従い、労働者と使用者との間の権利義務関係が定まるものです。
⑦ なお、労働基準法第93条については、法附則第2条による改正により、「労働契約と就業規則との関係については、労働契約法第12条の定めるところによる」旨を規定したところであり、これは、改正前と同内容です。
法令及び労働協約と就業規則との関係
第13条 就業規則が法令又は労働協約に反する場合には、当該反する部分については、第7条、第10条及び前条の規定は、当該法令又は労働協約の適用を受ける労働者との間の労働契約については、適用しない。
【解説】
(1) 趣旨
就業規則が法令に反してはならないこと及び労働組合と使用者との間の合意により締結された労働協約は使用者が作成する就業規則よりも優位に立つことは、法理上当然であり、就業規則は法令又は労働協約に反してはならないものです。
一方、法第7条、第10条及び第12条においては、一定の場合に就業規則で定める労働条件が労働契約の内容となることを規定していますが、就業規則が法令又は労働協約に反している場合においても当該就業規則で定める労働条件が労働契約の内容となることは適当ではありません。
このため、法第13条において、法令又は労働協約に反する就業規則の効力について規定したものです。
(2) 内容
① 法第13条は、就業規則で定める労働条件が法令又は労働協約に反している場合には、その労働条件は労働契約の内容とはならないことを規定したものです。な お、法第13条は、労働基準法第92条第1項と同趣旨の規定であり、就業規則と法令又は労働協約との関係を変更するものではありません。
② 法第13条の「就業規則」については、法第7条の(2)の④と同様です。
③ 法第13条の「法令」とは、強行法規としての性質を有する法律、政令及び省令をいうものです。なお、罰則を伴う法令であるか否かは問わないものであり、労働基準法以外の法令も含むものです。
④ 法第13条の「労働協約」とは、労働組合法(昭和24年法律第174号)第1
4条にいう「労働組合と使用者又はその団体との間の労働条件その他に関する」合意で、「書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名押印したもの」をいうものです。また、法第13条の「労働協約に反する場合」とは、就業規則の内容が労働協約において定められた労働条件その他労働者の待遇に関する基準(規範的部分)に反する場合をいうものです。
⑤ 法第13条の「労働協約の適用を受ける労働者との間の労働契約については」とは、事業場の一部の労働者のみが労働組合に加入しており、労働協約の適用が事業場の一部の労働者に限られている場合には、労働協約の適用を受ける労働者(労働組合法第17条及び第18条により労働協約が拡張適用される労働者を含む。)に関してのみ、法第13条が適用されることをいうものです。