Contract
はしがき
本書に先行して出版した『実践 !! 契約書審査の実務〈改訂版〉』(先行書)では、典型的な契約類型について広く契約条項の修正のポイント等を解説し、好評を得て、改訂版を刊行するに至った。そこでこのたび、つまずきやすい類型ごとにこれをシリーズ化する運びとなった。
シリーズの第2弾となる本書では、企業においてよく目にする業務委託契約という契約類型に絞り、契約条項全般について法務担当者が共通に抱く疑問点について、その考え方を示したものである。
業務委託契約は、委託される業務の内容が多岐にわたり、その内容によって法的性質も異なるうえ、非常に紛争になりやすい契約類型である。このような点から、契約書の審査にあたり注意を要する契約類型であるといえる。また、仮に紛争になった場合には、解決までに時間を要することも多い。さらに、新民法の下においては、請負の担保責任や報酬に関する規定が改正されていることから、旧民法の下の規定との違いを認識しておく必要もある。
本書では、業務委託契約において紛争の原因となりやすい条項ごとに、紛争防止に資する条項の定め方やチェックポイントをまとめ、法務担当者が日ごろ抱える疑問等の解消を図っている。業務委託契約の内容は多種多様であるが、本書でまとめた基本を押さえれば、どのような内容の業務委託契約にも対応できることを実感していただけるだろう。
もとより、業務委託契約書に限らず、契約書を審査するにあたって基本となる考え方や、契約書一般にも適用できる条項等を取り上げているため、契約書審査の勘所をもつかむことができる内容となっている。
新民法との関係では、施行日である 2020 年 4 月 1 日まで 1 年を切り、契約書の見直しを検討している法務担当者も多いことから、契約書一般における見直しのポイントを第 1 章において解説した。
本書は、先行書と同じく、企業の担当者から弁護士、司法書士、行政書士等の専門家まで、契約書作成・審査の実務に携わるすべての方々を読者として想定している。
執筆者のバックグラウンドは様々であるが、いずれも業務委託契約の実務経験豊かな弁護士である。本書は実務書という位置づけであり、わかりやすさを優先し、ポイントに絞って解説したことから、学術的な精緻さに欠ける部分もある。また、先行書では典型的な契約類型を広く取り扱っていることから、本書の内容が先行書と重複している部分があることはご容赦いただきたい。
裁判例と実務を中心に解説したが、判決文も任意の箇所を引用し、適宜要約し、下線を引くなど原文と異なるニュアンスが生じている可能性がある。そこで、裁判には、掲載されている法律雑誌等を明示し、疑問点等は原文で確認しやすいようにした(なお、当該法律雑誌のほか裁判所HPに掲載されている裁判例も多い)。また、根拠となる法律の条文も付記し、該当条文にもあわせて目を通すことにより理解が深まることを期待した。
ひな形は、請負型と準委任型を掲載したが、本文中の同契約の解説においては、便宜上、条項の内容を変更している場合がある。
最後に、本書執筆にあたりお世話になった学陽書房のxxxxxx、xxxx氏に深く感謝する次第である。
2019 年6月
xxxx法律事務所 弁護士 xx xxx
実践 !! 業務委託契約書審査の実務
もくじ
はしがき ⅱ
凡例 ⅷ
第1章
改正民法をめぐる契約書審査の全体像
Ⅰ 新民法による影響の全体像 2
ケース1
民法改正が各種取引や他の法令に与える影響
Ⅱ 新民法の施行時期と経過措置 8
ケース2
施行時期と経過措置についての基本と例外
Ⅲ 新民法の施行時期と施行日前に締結された契約 12
ケース3
施行日前に締結された契約についての適用関係
Ⅳ 消滅時効の時効期間はどのように変わるのか 16
ケース4
債権と時効
Ⅴ 時効の完成猶予と更新 21
ケース5
消滅時効による債権消滅を防止するための方法
Ⅵ 法定利率・中間利息控除の改正と影響 26
ケース6
法定利率の適用のタイミング
Ⅶ 保証契約の内容・条項はどのように変わるのか 31
ケース7
事業上の契約が個人保証を要する場合
Ⅷ 定型約款に関する規定の新設 36
ケース8
定型約款による契約成立の要件
Ⅸ 売買に関する契約はどう変わるのか 41
ケース9
不動産の売買取引
第2章
業務委託契約書審査全般のポイント
Ⅰ 業務委託契約の法的性質 46
ケース10
業務委託契約書審査・作成についての留意点
Ⅱ 契約の目的 52
ケース11
目的条項に詳細な取り決めを設けるべきか
Ⅲ 契約の成立 57
ケース12
契約の成立条件を定める条項
Ⅳ 引渡し・検収と報酬の支払い 61
ケース13
「納入」「検収」という用語の意味合いと留意点
Ⅴ 損害賠償 65
ケース14
業務委託契約書に損害賠償条項が存在しない場合
Ⅵ 遅延損害金 72
ケース15
業務委託契約に遅延損害金額の定めが存在しない場合
Ⅶ 債権譲渡条項の考え方 75
ケース16
債権譲渡禁止条項についての考え方
Ⅷ 再委託 80
ケース17
再委託の可否と留意点
Ⅸ 契約の解除 84
ケース18
契約解除条項についての留意点
Ⅹ 継続的契約の終了 90
ケース19
契約の期間・更新に関する条項と契約の終了
第3章
請負型・業務委託型の業務委託契約書審査のポイント
Ⅰ 業務の内容 96
ケース20
業務の内容を契約書とは別途定めることとする条項
Ⅱ 対価等の支払い 100
ケース21
対価の範囲と額、支払方法について定める条項
Ⅲ 瑕疵担保責任・契約不適合責任 105
ケース22
旧民法の下で作成された瑕疵担保責任条項の修正
Ⅳ 中途解約 110
ケース23
中途解約に関する定めが置かれていない場合の解約の可否
Ⅴ 所有権と危険負担の移転時期 114
ケース24
所有権の移転時期を定める条項と危険負担の関係
第4章
準委任型の業務委託契約書審査のポイント
Ⅰ 業務の内容 120
ケース25
委託業務の内容を明確にする条項
Ⅱ 対価等の支払い 124
ケース26
対価の範囲と額、支払方法について定める条項
Ⅲ 中途解約 129
ケース27
契約期間のみが定められている場合の解約の可否
巻末資料(ひな形)
ひな形1
業務委託契約書(請負型) 136
ひな形2
業務委託契約書(準委任型) 145
ケース 22
旧民法の下で作成された瑕疵担保責任条項の修正
従来の業務委託契約書に次の瑕疵担保責任条項がある。新民法の施行に当たって修正すべき点はあるか。
「第○条(瑕疵担保責任)
xは、第○条に定める検収完了から1年以内に目的物に瑕疵を発見し、乙に対し、その旨を通知したときは、当該瑕疵が甲の責めに帰すべき事由による場合を除き、当該瑕疵の修補又は代金の減額を求めることができ、また、これらの請求に代えて、又はこれらの請求とともに損害の賠償を求めることができるものとする。」
Ⅲ
瑕疵担保責任・契約不適合責任
◉新民法では、請負人の担保責任に関し、売買の規定が包括準用される。
◉「瑕疵」の概念は、種類または品質に関して「契約の内容に適合しない」
(以下「契約不適合」という)という概念に置き換えられた。
◉注文者のとりうる救済手段は、①履行の追完(修補、代替物・不足分の引渡し)請求、②報酬減額請求、③損害賠償請求、➃解除となった。
◉必ずしも契約目的を達成できないとまではいえない場合にも催告解除をすることが可能であることが明確となった。
◉請負における担保責任に関して、存続期間の基算点や注文者がなすべき行為が緩和され、売買における担保責任と同様の規律となった。
Ⅲ 瑕疵担保責任・契約不適合責任
105
❶ 売買における担保責任の準用
請負は、請負人が仕事を完成させることの対価として、注文者が報酬を支払うことを内容とする契約であり、(仕事を完成した後に)目的物を相手方に引き渡す代わりに対価を受領するという点で、売買と類似する側面を有している。旧民法では、目的物に「瑕疵」が存在した場合の取扱いについて、売買と請負について別々に規定が設けられていたが、新民法では、請負における担保責任に関し、売買における契約不適合責任に関する規律を包括的に準用した(新民 559)。これにより、両者について適用される規律の平仄を合わせている。
❷「瑕疵担保責任」と「契約不適合責任」の違い
(1)「瑕疵」は「契約不適合」に置き換える
具体的な改正点としては、請負における担保責任に関し、売買と同様、
「瑕疵」に代えて、「契約不適合」という概念を用いている。これは、従来の判例を明文化したものである(法務省 HP の民法の改正に関する説明 資 料 P.42:xxxx://xxx.xxx.xx.xx/xxxxxxx/000000000.xxx〔2019.4.10閲覧〕)。建設業法などの関係法令においても基本的に「瑕疵」という用語を修正している。
(2) とりうる救済手段
注文者のとりうる救済手段は、旧民法では、修補請求、損害賠償請求、解除であった(旧民 634、635)のに対し、新民法では、売買と同様、
①履行の追完(すなわち、修補、代替物・不足分の引渡し)請求、②報酬減額請求、③損害賠償請求、④解除となった(新民 562 〜 564)。
(3) 催告による解除を認める範囲の拡大
解除権の行使については、旧民法では、契約目的を達成できない場合に、注文者に契約解除を認めていた(旧民 635)ため、必ずしも契約目的を達成できないとまではいえない場合について、注文者が催告のうえ、
契約を解除(旧民 541)することができるかという点について見解の対立があった。これに対し、新民法では、旧民法 635 条に相当する規定が削除され、債務不履行に関する一般原則が適用されることとなり、契約目的を達成できないとまではいえない場合にも、催告解除(新民 541)が可能であることが明確となっている。
旧民法では、請負の目的物に瑕疵があり、契約目的を達成できない場合であっても、請負の目的物が建物その他の土地の工作物であるときは、契約解除を認めていなかった(旧民 635 ただし書)が、このように解除を制限することには合理性を見出しがたいことから、新民法ではかかる制限は撤廃されている。
(4) 担保責任の存続期間は、「不適合を知ってから1年」
担保責任の存続期間に関しては、従前は目的物の引渡しから1年以内に瑕疵の修補または損害賠償の請求および契約の解除をしなければならない(旧民 637)とされていたのに対し、新民法ではかかる期間制限が緩和され、注文者が契約不適合を知った時が、「1年」という期間制限の起算点とされている。すなわち、仕事の目的物の種類または品質が契約内容に適合しない場合に、注文者がその不適合を知った時から1年以内にその旨を通知しないときには、履行の追完請求、報酬減額請求、損害賠償請求、解除をすることができなくなり(新民 637)、基本的に売買契約(新民 566)と同様の規律が設けられている(ただし、数量に関する担保責任については、このような1年という期間制限は適用されない)。なお、ここでの「通知」とは、内容把握が可能な程度に、不適合の種類・範囲を伝えることをいう。
Ⅲ 瑕疵担保責任・契約不適合責任 107
➌ 契約上でとりうる手当て
新民法では、請負契約における担保責任について、売買契約に関する規定が準用される(新民 559)。したがって、注文者が目的物の修補、代替物の引渡し、不足分の引渡しのうち、いずれかを選択した場合であっても、請負人は、注文者に不相当な負担を課すものでないときには、注文者が請求した方法と異なる方法による履行の追完をすることができる(新民 562
Ⅰただし書)。注文者においては、自己の選択する方法で履行の追完がなされるようにすべく、請負において新民法 562 条1項ただし書は適用されないことを契約上であらかじめ合意しておくことも考えられる。
また、注文者は、相当の期間を定めたうえ、履行の追完を催告し、その期間内に履行の追完がないときに報酬減額請求をすることができる(新民 563)。これは、新民法における報酬減額請求が、契約の一部解除に類する機能を有することから、契約の解除と同じく、債務者に対する履行の催告
(新民 541)が、報酬減額請求の要件とされたものと説明される。注文者側としては、履行の追完請求をせずに、報酬減額を請求したいと考える場合もありうることから、請負契約上で、報酬減額請求の前提として履行の追完について催告することを要しない旨規定することも考えられる。
➍ 本ケースの考え方
本ケースの条項は、注文者(甲)の救済手段として、瑕疵の修補請求、代金減額請求、損害賠償請求を規定している。新民法下では従来の救済方法に加え、新民法 541 条または 542 条の定めに従い、注文者が解除権を行使することも可能である。
このほか、「瑕疵担保責任」を「契約不適合責任」へと新民法の概念に直したうえ注文者側として、設問の条項を修正して、①履行の追完請求の内容として、瑕疵の修補に限らず、代替物または不足物の引渡しを求めることも可能であること、②請負人側(乙)で履行の追完方法を選択することができないように、新民法 562 条1項ただし書の適用を排除すること、
③代金減額請求の要件として、履行の追完についての催告を要しないこと
Ⅰ
業務の内容
ケース 25
委託業務の内容を明確にする条項
委託者(甲)は、新商品の開発のためマーケティング調査を実施したいと考え、マーケティング調査会社である受託者(乙)に調査を依頼した。受託者から提示された業務委託契約書には、次のような記載がある。委託者としては、どのように修正すべきか。
「第○条(委託業務)
甲は、乙に対し、以下の業務を委託し、乙はこれを受託する。
(1)委託業務
①マーケティング調査業務
②前号に付帯する業務
(2)契約期間:○年○月○日~○年○月○日
(3)業務委託料:○○円」
◉合意による業務内容は、業務委託契約の法的性質の判断材料となるとともに、契約債務不履行の判断基準となる。
◉業務内容は可能な限り具体的に定める必要がある。
◉成果物の引渡しが予定されている場合には、その旨も明記する。
120 第 4 章 準委任型の業務委託契約書審査のポイント
❶ 業務の内容を明確にすることの重要性
(1) 法的性質の判断材料となる
これまでにも述べたとおり、民法上の典型契約の性質を有している契約には、補充的に民法、商法の規定が適用されるため、契約の法的性質により、当事者が負う権利義務が異なる。業務委託契約は、その内容に応じて請負または準委任(場合によっては両方)の性質を有するが、いずれを有するかは、業務内容によって判断される。それゆえ、業務の内容は極めて重要であり、可能な限り詳細に定めておくことが望ましい。
(2) 債務不履行の判断基準となる
準委任型の業務委託において、委託業務の内容は、まさに受託者が負う債務の内容である。その内容が明確に定められていなければ、受託者が行った業務が「債務の本旨に従った履行」といえるのか否かが不明確となる。このような点からも、委託業務の内容は具体的に記載することが重要である。
❷ 明確化の方向性
(1) 基本的な事項
準委任の場合、委託者に対する信用を基礎としていることから、誰が委託業務を行うかが重要となる場合も多い。たとえば、スポーツ競技のコーチング契約などは、準委任と考えられるが、有名なコーチに指導を受けたいと考えて選手は相手方と契約したのに、その人とは違う人がコーチとして来たというのでは、契約をした選手は納得しないであろう。
また、よくある紛争事例としては、受託者が行った業務の内容が、委託者が想定していたレベルよりも低く、業務完了後に委託者が債務不履行を主張するという事案である。
このような紛争を避けるためには、委託する業務について、抽象的に列記するだけではなく、いつ、誰が、どこで、何の(何に対しての)、どのような業務を、どのように行うかを明確に定めておくことが重要で
Ⅰ 業務の内容 121