秘密保持契約書(AI)の解説
秘密保持契約書(AI)の解説
想定シーン
原則として JPO モデル契約書の想定シーンを踏襲するが、下記 X 社と Y 社について、
【ケース1】 X 社が日本企業、Y 社が中国企業
【ケース2】 X 社が中国企業、Y 社が日本企業
という2つの状況を想定し、中国における共同研究開発に入る前のアセスメント(業務委託)を想定したものとする。
これら2つのケースが異なることによって、契約書又はその解説に違いがある場合についてはそれぞれ解説する。
1. スタートアップ X 社
動画・静止画から人物の姿勢をマーカーレスで推定する高度な AI 技術(マーカーを用いず複数の動画・静止画データを基に人物の身体形状および関節点を独自の AI アルゴリズムにより推定する技術)を持つスタートアップ X 社は、人体の姿勢推定機能を有する独自開発の学習済みモデル(ベースモデル)を保有している。X 社は、スポーツ領域、工場における生産性向上領域などにおける姿勢推定で非常に優れた評価を受け知名度を上げた後、同技術を様々な領域へ応用してきた。
2. 介護施設向けリハビリ機器の製造販売メーカーY 社
介護施設向けリハビリ機器を製造販売する機器メーカーY 社は、介護施設における被介護者の見守り用に高度な機器を有するカメラシステム(見守りカメラシステム)の製造販売を検討している。Y 社は、X 社の「人体の姿勢推定 AI 技術」の評判を聞き、当該技術を見守りカメラシステムに組み込むことで、被介護者の転倒・徘徊等の予防に活用できないかと考えた。
3. 導入可能性の検討
Y 社から問い合わせを受けた X 社は、Y 社から、Y 社が既に保有している高齢者の居室内の動画データのうち少量をサンプルデータとして受領し、X 社の保有するベースモデル(X 社が保有する既存の学習済みモデル)が Y 社の介護事業における見守り業務へ導入可能であるかどうかについて検討することとなった。
ここで行われる検討は、あくまで X 社のベースモデルに Y 社が保有するデータを入力することによって得られた出力結果をアセスメントするのみで、X 社のベースモデルの学習を行うことを目的とするものではない。
4. X 社の意向
X 社として、Y 社との取引で目指していることは以下のとおり。
① 検証の結果、X 社が保有するベースモデルがY社の介護事業における見守り業務に応用可能であることが判明した場合、次に X 社が保有するベースモデルをカスタマイズし Y 社の見守りカメラシステムに導入できるかどうかの検証(PoC)を行う必要がある。できれば早期(秘密保持契約締結後 2 か月以内)に PoC に進みたい。
② PoC の結果、Y 社の見守りカメラシステムに導入できることが判明した場合には、Y社との共同開発に進みたい。共同開発の際に新たに生成されたカスタマイズモデルは、保育施設、障害者施設などにも展開可能である可能性が高いため、Y 社との間で、見守りカメラシステムに搭載するカスタマイズモデルを共同研究により開発する場合であっても、今後の展開可能性を失わないようにしたい。
③ 共同開発フェーズへ進んだ際には当該事実を公表して自社の保有するAI 技術を PR する材料にしたい。
5. X 社の現状
① 専任の法務・知財担当はなく、また知見も乏しい(外部の弁護士、弁理士任せ)。
② 現在の主たる協業先であるスポーツ業界、フィットネス業界ともに、成果物であるカスタマイズモデルを直接納品することなく SaaS 方式により提供している。そのため、姿勢推定に関するコア技術は秘匿化可能である。
目次
中国におけるタイムスタンプ 8
中国における個人情報保護・サイバーセキュリティ・データセキュリティの規定 14
◼ 7 条(PoC 契約および共同研究開発契約の締結) 17
特許と専利の違い 29
◼ はじめに
AI 開発に際しては、想定シーン記載のとおり、本開発に先立ち、事業会社の課題の把握およびスタートアップの技術の事業会社への導入可能性の検討が行われる。
このようなスタートアップの技術の事業会社への導入可能性の検討を行うフェーズを、経済産業省
が 2018 年に公開した「AI・データの利用に関する契約ガイドライン(AI 編)」において「アセスメント」と呼んでいることから、本モデル契約上もこれに倣う。
具体的には、スタートアップは、アセスメント段階において事業会社から限定的なサンプルデータの提供を受けて、スタートアップの保有する AI 技術の事業会社への導入可能性を検証する。AI に関する専門的知識を持ち合わせていないことが多い事業会社とスタートアップがアライアンスを組み、共同開発やその後のサービス提供を行っていく場合には、このようなアセスメント段階を経ることで、早い段階で事業会社・スタートアップ間の認識のすり合わせを行うことは重要といえよう。
なお、事業会社の状況によっては、事業会社における課題の掘り起こしのためのコンサルティングをスタートアップが依頼されることもある。その場合、アセスメント段階の契約は以下の秘密保持契約書ではなく業務委託契約書に近い内容になろう。
◼ 前文
X 社(以下「甲」という。)と Y 社(以下「乙」という。)とは、甲が保有する AI技術を、乙の介護事業における見守り業務に導入するに当たり、乙が甲に対して提供するデータを甲が保有する学習済みモデルに入力して得られた出力結果を評価し(ただし、甲が保有する学習済みモデルの学習は行わない。)、甲が保有する AI 技術の乙の介護事業における見守り業務への導入可能性を甲乙共同で検討する目的(以下「本目的」という。)で、甲または乙が相手方に開示等する秘密情報の取扱いについて、以下のとおりの秘密保持契約(以下「本契約」という。)を締結する。
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 追記・変更なし。
②解説について
⚫ 追記・変更なし。
<ポイント>
・ 本モデル契約の目的について規定している。
・ 秘密保持契約においては、秘密情報は定義された目的の範囲でのみ使用等が認められる。したがって、まず、形式的な留意点としては、(i)必ず目的を定め、(ii)上例のように「以下「本目的」という。」と定義することが必須である。
<解説>
・ 一般的な解説は、「モデル契約書_秘密保持契約書(新素材)」3 頁の解説のとおりである。同 解説のとおり、秘密保持契約は、秘密情報の開示者と受領者で利害関係が大きく異なるという特徴を有している。そのため、秘密保持契約を締結するにあたっては、自己が主として情報の開示者側に立つのか、あるいは主として情報の受領者側に立つのかということを毎回検討する必要がある。
・ 「モデル契約書_秘密保持契約書(新素材)」における想定シーンでは、スタートアップ X が、自動車メーカーY に、開発した新素材の技術情報を提供するという場面であった。そのため、主としてスタートアップが開示者に立つ場面を想定していた。
・ 他方、本モデル契約においては「はじめに」に記載したとおり、AI 開発のアセスメント段階で事業会社がスタートアップに対して限定的なサンプルデータを提供し、スタートアップはサンプルデータを基に自身が保有する AI 技術の事業会社への導入可能性について検証を行う。すなわち、アセスメント段階においては、主として事業会社が情報の開示者側に、スタートア ップが情報の受領者側に立つことが一般的である。
◼ 1 条(秘密情報の定義)
第 1 条 本契約において「秘密情報」とは、一方当事者(以下「開示者」とい う。)が相手方(以下「受領者」という。)に対して本目的のために開示した情報および開示のために提供した記録媒体、素材と機器その他の有体物に含まれる情報であって、文書等の有体物や電子メール等の電子的手段によって開示される情報にあっては秘密であることが明記されたもの、口頭その他無形の方法によって開示される情報にあっては 14 日以内に文書等により当該情報の概
要、開示者、開示日時を特定した上で秘密である旨通知して開示されたものをいう。なお、本契約に基づき乙が甲に対して提供する別紙「対象データ」記載の各データ(以下「対象データ」という。)は「秘密情報」に含まれるものとする。
2 前項の定めにかかわらず、以下の情報は秘密情報の対象外とするものとする。
① 開示者から開示等された時点で既に公知となっていたもの
② 開示者から開示等された後で、受領者の帰責事由xxxxに公知となったもの
③ 正当な権限を有する第三者から秘密保持義務を負わずに適法に開示等されたもの
④ 開示者から開示等された時点で、既に適法に保有していたもの
⑤ 開示者から開示等された情報を使用することなく独自に取得し、または創出したもの
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 追記・変更なし。
②解説について
⚫ 中国タイムスタンプ機構および日本タイムスタンプの中国の裁判での利用可能性を追記している。
<ポイント>
・ 秘密保持契約により保護される秘密情報の定義に関する条項である。
・ 情報開示側(本件における事業会社)としては、自身が開示する情報を十分に保護すべく、秘密情報をできるだけ広く定義したいのに対し、情報受領者側(本件におけるスタートアップ)としては、特にリソースが不足しがちなスタートアップの場合、情報管理のコストと秘密保持義務違
反のリスクを軽減するべく、秘密情報の範囲を可能な限り絞って明確にしておくことが望ましい。このように、秘密情報の定義は重要な交渉マターとなる。
<解説>
秘密情報の定義の考え方(第 1 項)
・ 一般的な解説は、「モデル契約書_秘密保持契約書(新素材)」4 頁以下に記載する解説のとおりである。秘密保持契約により保護される秘密情報の定義を巡っては、秘密情報に含まれる情報の範囲の広狭が、開示者側に立つ当事者と受領者側に立つ当事者との間で問題となる。そこで、「モデル契約書_秘密保持契約書(新素材)」においては、秘密情報の範囲を無限定とする【オプション 1】、開示時における秘密指定を要求する【オプション 2】、開示時における秘密指定および口頭開示の情報にあっては事後的な指定まで要求する【オプション 3】という 3 つのオプションを示していた。
・ AI 開発に先立って行われるアセスメント段階では、事業会社が情報の開示者側に、スタートアップが情報の受領者側に立つことが多いことから、あらゆる情報が秘密情報に該当するとなると情報管理コストが大きくなるため、情報受領者たるスタートアップの立場からは、可能な限りその外延を明確にすることが望ましい。
・ とりわけ、AI ビジネスにおいては、事業会社から開示を受けたデータを用いずにスタートアップが新たな AI モデルの開発を行っていた場合でも、秘密情報の範囲が不明確であることが原因で、事業会社から事業会社が提供したデータの目的外使用であるとの主張が行われる可能性がある。
・ そのため、秘密情報の外延を明確にすべく、本モデル契約においては「モデル契約書_秘密保持契約書(新素材)」の 3 つのオプションのうち、開示時における秘密指定および口頭開示の情報にあっては事後的な指定まで要求する【オプション 3】を採用した。
・ なお、事業会社がスタートアップに提供する秘密情報については、提供方法次第であるが、性質上、データ上に「Confidential」や「秘」等の表示を行うことが困難な場合がある。そこで、別途、事業会社がスタートアップに提供する対象データについては、「Confidential」や「秘」等の表示がなくても秘密情報に該当することを明示的に記載した上で、対象データの細目を別紙にて限定列挙の上特定することが実務上行われている。これを踏まえ、本モデル契約においても、第 1 項の「なお」書きにおいて対象データが「Confidential」や「秘」等の表示がなくても秘密情報に該当することを明記した。
秘密情報の例外(第 2 項)
・ 第 2 項においては、秘密情報の対象外とする情報を規定している。
・ 特に重要なのは、契約締結前に既に自社が保有していた情報が「④開示者から開示等された時点で、既に適法に保有していたもの」であることを証明できるかという点である。その点について証明ができないと、契約締結後においてどの技術がどちらのものかについて争い(コンタミネーション)が発生するリスクがある。
・ かかるリスクを回避するため、特許出願に馴染む技術であれば、契約締結以前に特許出願を済ませておく方法がある。もっとも、AI 開発関連でスタートアップが事業会社から受領するのは、技術情報ではなく学習用のデータであるため、コンタミネーション防止のためには、必要に応じて、いつの時点でいかなるデータをスタートアップ自身で保有していたかを、タイムスタンプ[1]等により、立証できるようにしておくことが考えられる。
[1] 電子データに時刻情報を付与することにより、その時刻にそのデータが存在し(日付証明)、またその時刻から、検証した時刻までの間にその電子情報が変更・改ざんされていないこと(非改ざん証明)を証明するための民間のサービス。一般財団法人日本データ通信協会が認定する時刻配信業務認定事業者が時刻を配信し、この配信された時刻に基づいて、同協会が認定する時刻認証業務認定事業者がタイムスタンプの発行サービスを行っている。
⚫ 中国では、北京聨合信任技術服務有限公司と国家時刻配信センターと共に設立した権威あるタイムスタンプサービス機構-聨合信任タイムスタンプサービスセンターのサービスを利用できる。(公式サイト:xxxxx://xxx.xxx.xx/xxxx/xxxxxxx/)
⚫ 日本のタイムスタンプ機構によるタイムスタンプにて確保した資料は、理論上、中国でも証拠として利用できるが、実務上、まだ実例がない。中国で証拠として利用する際に、日本のタイムスタンプ機構の資格、中立性、技術能力、データ非改ざん性などを合わせて証明する必要がある。よって、中国で紛争を生じる可能性に鑑みれば、中国のタイムスタンプ機構も併せて利用することが考えられる。
(参照)JETRO「中国におけるタイムスタンプの活用について」(2019 年 9 月)
xxxxx://xxx.xxxxx.xx.xx/xxx_xxxxxx/xxxxx/xxxx/xx/xx/xxx/xxxxxx_00000000.xxx
中国におけるタイムスタンプ
◼ 2 条(秘密保持)
第 2 条 受領者は、善良なる管理の注意義務をもって秘密情報を管理し、その秘密を保持するものとし、開示者の事前の書面等(書面および甲乙が書面に代わるものとして別途合意した電磁的な方法をいう。本契約において以下同じ。)による承諾なしに第三者に対して開示または漏洩してはならない。
2 前項の定めにかかわらず、受領者は、秘密情報を、本目的のために必要な範囲のみにおいて、受領者の役員および従業員(以下「役員等」という。)に限り開示できるものとする。
3 受領者は、前項に定める開示に際して、役員等に対し、秘密情報の漏洩、滅 失、毀損の防止等の安全管理が図られるよう必要かつ適切な監督を行い、その在職中および退職後も本契約に定める秘密保持義務を負わせるものとする。役員等による秘密情報の開示、漏洩、本目的以外の目的での使用については、当該役員等が所属する受領者による秘密情報の開示、漏洩、本目的以外の目的での使用とみなす。
4 受領者は、次項に定める場合を除き、秘密情報を第三者に開示する場合には、書面等により開示者の事前承諾を得なければならない。この場合、受領者は、当該第三者に対して本契約書と同等の義務を負わせ、これを遵守させる義務を負うものとする。
5 前各項の定めにかかわらず、受領者は、次の各号に定める場合、当該秘密情報を開示することができるものとする。(ただし、1 号または 2 号に該当する場合には可能な限り事前に開示者に通知するものとする。)また、受領者は、かかる開示を行った場合には、その旨を遅滞なく開示者に対して通知するものとする。
① 法令の定めに基づき開示すべき場合
② 裁判所の命令、監督官公庁またはその他法令・規則の定めに従った要求がある場合
③ 受領者が、弁護士、公認会計士、税理士、司法書士等、秘密保持義務を法律上負担する者に相談する必要がある場場合
6 本条第 1 項ないし第 3 項の定めにかかわらず、甲および乙は、相手方の事前の承諾なく、以下の事実を第三者に公表することができるものとする。甲乙間で、甲が保有する AI 技術を、乙の介護事業における見守り業務に導入するための導入可能性の検討を開始した事実
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 追記・変更なし。
<ポイント>
・ 開示者から提供を受けた秘密情報の管理方法と開示できる対象に関する条項である。
<解説>
Need to know 原則
・ 本条において実現しようとしている重要な点の 1 つは、いわゆる Need to know 原則である。
・ 秘密保持契約においては、(i)開示者が特定された目的のために秘密情報を開示等し(前文および第 1 条)、(ii)受領者は当該目的遂行のために必要な範囲でのみ当該秘密情報を社内関係者
に共有し(本条第 2 項)、(iii)受領者は当該目的以外には秘密情報を利用しない(第 3 条)、という点が重要となる。Need to know 原則は、このうち、(ii)に関するものである。
・ この Need to know 原則が契約文言に反映されていないと、不必要に情報が受領者たる会社内に広まり、受領者の会社の規模が大きくなればなるほど、情報の目的外利用や流出のリスクが高まることとなる。契約交渉の過程でこの Need to know 原則を反映する文言が削除されていないかは、慎重に確認する必要がある。
・ なお、秘密保持義務を課したとしても、受領者が当該義務に違反して秘密情報を第三者に開示等したり目的外使用したりしても、当該義務違反を立証することは非常に難しいケースが多い。
共同開発を検討開始した事実の公表
・ スタートアップにとって重要な条項となるのが本条第 6 項である。スタートアップにとって、事業会 社とのアライアンスの検討開始の事実は、投資家等に対する効果的な PR 材料になる場合が多く、スタートアップがかかる事実の公表を望むケースが多い。
・ しかし、本条第 6 項のような規定が入っていない場合、秘密情報の定義の内容によっては、かかる事実の第三者への公表が守秘義務違反となるか否かが曖昧なケースも存在し、スタートアップが公表に踏み切れないケースや、事業会社に事前に許可を求め、社内決裁等の関係で発表すべきタイミングに発表できないケースも散見される。
・ 本モデル契約では、スタートアップが有する AI 技術の導入可能性の検討開始の事実は公表しても問題ないと合意できたと想定し、公表を積極的に許可する規定を設け、かかる弊害を回避している。
◼ 3 条(目的外使用の禁止)
第 3 条 受領者は、開示者から開示された秘密情報を、本目的以外のために使用してはならないものとする。
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 追記・変更なし。
<ポイント>
・ 秘密情報の使用範囲を前文に定めた目的に限定する条項で、秘密保持契約には絶対に欠くことのできない主要な条文のひとつである。
<解説>
・ 前条(秘密保持義務)においては、秘密情報の管理義務を定めた上で秘密情報を第三者に対して開示・漏洩することを禁止するとともに(第 1 項)、受領者内部における開示範囲(第 2 項)を定めた。
・ しかしながら、これらの第三者開示禁止および受領者内部における開示範囲に関する定めだけでは、秘密情報の受領者内部での他目的への流用行為を禁止することはできない。そこで、開示者は本条のような規定を設け、受領者内部における目的外使用を禁止する必要がある。
・ AI 開発に先立って行われるアセスメント段階においては、事業会社がスタートアップに対してアセスメント目的で提供するデータを、スタートアップが事業会社に無断でスタートアップが保有するベースモデルの学習に用いるなど、アセスメント以外の目的で使用することを禁止する意義を有す る。
◼ 4 条(秘密情報の複製の取り扱い)
第 4 条 受領者が、本目的のために必要な範囲において秘密情報を複製(文書、電磁的記録媒体、光学記録媒体およびフィルムその他一切の記録媒体への記録を含む。)する場合には、複製により生じた情報も秘密情報に含まれるものとする。
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 追記・変更なし。
<ポイント>
・ 秘密情報が複製された場合、当該複製物たる情報も当然秘密情報に該当する。そこで、秘密情報が複製されることも想定し、その複製された情報も秘密情報の対象とすることを確認した条文である。
◼ 5 条(個人情報の提供)
第 5 条 乙が、個人情報の保護に関する法律(本条において、以下「法」という。)に定める個人情報または匿名加工情報(以下総称して「個人情報等」という。)を含んだ対象データを甲に提供する場合には、法に定められている手続を履践していることを保証するものとする。
2 乙は、本共同開発の遂行に際して、個人情報等を含んだ対象データを甲に提供する場合には、事前にその旨を明示する。
3 甲は、第 1 項にしたがって個人情報等が提供される場合には、日本および中国 の個人情報保護法を遵守し、個人情報等の管理に必要な措置を講ずるものとする。
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 個人情報保護法に「日本および中国の」の条件を追加している。
②解説について
⚫ 関連個人情報の取り扱いについて、中国個人情報保護法にも従う必要性を追加している。
<ポイント>
・ 事業会社がスタートアップに提供する対象データその他の秘密情報に個人情報や匿名加工情報が含まれている場合に関する条項である。
<解説>
・ アセスメントにおいては、事業会社からスタートアップに対してサンプルデータが提供されるが、そのデータの中に個人情報が含まれていることがある。その場合、スタートアップにおいては、データ提供者である事業会社が、当該データの取得・利用・提供等の各フェーズにおいて個人情報保護法に則った手続きを行っているかどうか知ることができない。そこで、第 1 項において個人情報保護法に則った手続きが履践されていることについての事業会社の保証を定めている。
・ また、第 2 項では、サンプルデータに個人情報等を含める場合には、スタートアップにおいて不意打ちとならないよう、事業会社に明示することを義務付けている。
・ 他方、事業会社から提供する情報の中に個人情報が含まれている場合、スタートアップも個人情報保護法に基づき、当該情報を適切に管理等する義務が生じることを第 3 項において規定した。もっとも、スタートアップが個人情報保護の体制を十分に整えられない状況の場合は、形式的にスタートアップに適切に個人情報を取り扱う義務を課すだけでは、個人情報が流出し、状況によっては事業会社もその責任を問われかねず、事業会社にとって実質的なリスクヘッジにならない場
合もあろう。そのため、スタートアップの管理体制を踏まえて、スタートアップに管理義務を課しつつも、事業会社から体制構築に向けたアドバイス提供等、相互に協力することも考えられる。
中国における個人情報保護・サイバーセキュリティ・データセキュリティの規定
⚫ ケース1の場合、中国企業である乙は日本企業である甲に個人情報を含むデータを提供することに該当する場合、中国の関連法律に遵守しなければならない。
⚫ 「中華人民共和国個人情報保護法」が 2021 年 11 月 1 日より発効する。個人情報の定義や国外への提供などについて規定されている。第 4 条の定めによれば、個人情報とは、電子または他の方法で記録された識別されたまたは識別可能な自然人に関する各種情報をいい、匿名化処理後の情報を含まない。また、外国に提供する場合、所定手続きが必要であり、かつ個人からの同意を取得する必要がある。関係条項を下記のとおりご参照いただきたい。
⚫ 上記の「中華人民共和国個人情報保護法」以外にも、2017 年 6 月 1 日より発効した「ネットワーク安全法(サイバーセキュリティ法)」および 2021 年 9 月
1 日より発効した「データ安全法」もある。この二つの法律には、重要データ処理の安全審査、越境安全管理方法などを規定しているが、詳細の実施指南などがまだ発行されていない。「個人情報越境安全評価弁法」、「ネットワーク安全レベル保護条例」、「データ越境安全評価指南」などの規定は制定されているが、まだ意見募集中である。関連立法の進展をご留意いただきたい。
(参考)JETRO「中国におけるサイバーセキュリティー、データセキュリティーおよび個人情報保護の法規制にかかわる対策マニュアル」( 2021 年 11 月) xxxxx://xxx.xxxxx.xx.xx/xxx_xxxxxx/_Xxxxxxx/00/0x000000xx000x0x/000000.xxx
参照:「中華人民共和国個人情報保護法」
第 3 条 中華人民共和国国内で自然人個人情報を処理する活動は、本法を適用する。
中華人民共和国の国外で中華人民共和国国内の自然人個人情報を処理する活動には、以下のいずれかに該当する場合、本法も適用される。
(一)国内の自然人に製品またはサービスを提供することを目的とする。
(二)国内の自然人の行為を分析し、評価する。
(三)法律、行政法規に規定されたその他の状況。
第 38 条 個人情報処理者は業務等の必要により、中華人民共和国国外に個人情報を提供する必要がある場合、下記の条件のいずれかを備えなければならな い。
(一)本法第 40 条の規定に基づき、国家ネット情報部門の組織した安全評価に合格する。
(二)国家ネット情報部門の規定に基づき、専門機関を通じて個人情報保護認証を行う。
(三)国家ネット情報部門が制定した標準契約に従い、国外の受領者と契約を結び、双方の権利と義務を約定する。
(四)法律、行政法規又は国家ネット情報部門が規定するその他の条件。
中華人民共和国が締結又は参加する国際条約、協定は、中華人民共和国の国外に個人情報を提供する条件等について定めがある場合、その定めに従い執行することができる。
個人情報処理者が、国外の受領者が個人情報を処理する活動が、本法で定められた個人情報保護の基準に達することを保障するために、必要な措置を講じなければならない。
第 39 条 個人情報処理者が中華人民共和国国外に個人情報を提供する場合、国外の受領者の名称または氏名、連絡先、処理目的、処理方式、個人情報の種類及び個人が国外の受領者に本法で規定する権利の行使方法と手順などの事項を個人に告知し、個人の同意を取得しなければならない。
◼ 6 条(秘密情報の破棄または返還)
第 6 条 受領者は、本契約が終了した場合または開示者からの書面等による請求があった場合には、自らの選択および費用負担により、開示者から開示を受けた秘密情報(複製物および同一性を有する改変物を含む。以下本条において同じ。)を速やかに破棄または返還するものとする。
2 受領者は、開示者が秘密情報の廃棄を要請した場合には、速やかに秘密情報が化体した媒体を廃棄し、当該廃棄にかかる受領者の義務が履行されたことを証明する文書の提出を開示者に対して提出するものとする。
3 前 2 項の規定にかかわらず、甲は、乙から開示を受けた秘密情報のうち対象データについては、次条(PoC 契約および共同研究開発契約の締結)に基づき PoC 契約または共同研究開発契約が締結された場合に限り、同契約上に定められた、対象データの利用条件のもとで利用することができる。
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 追記・変更なし。
<ポイント>
・ 受領した秘密情報の返還義務等を定めた条項である。
<解説>
・ 繰り返しとなるが、アセスメント段階では、スタートアップの保有する AI 技術が事業会社に導入可能であるかどうかを検証し、次のフェーズである PoC および共同研究開発に移行するかどうかの検討を行う。
・ 事業会社がアセスメント目的でスタートアップに提供する対象データは、第 1 条(秘密情報の定義)に定められているとおり、秘密情報に該当する。
・ しかし、スタートアップおよび事業会社が次のフェーズに移行することを合意している場合においても、スタートアップから事業会社に対し対象データを一度返還等しなければならないのは煩瑣である。そこで、第 3 項を設け、対象データについては、PoC 契約または共同研究開発契約が締結された場合に限り、同契約上の対象データの利用条件に従い利用できるものとした。
◼ 7 条(PoC 契約および共同研究開発契約の締結)
第 7 条 甲および乙は、本契約締結後、PoC(技術検証)または共同研究開発段階への移行および PoC 契約または共同研究開発契約の締結に向けて最大限努力し、乙は、本契約締結日から 2 か月(以下「通知期限」という。)を目途に、甲に対して、PoC 契約または共同研究開発契約を締結するか否かを通知するものとする。ただし、正当な理由がある場合には、甲乙協議の上、通知期限を延長することができるものとする。
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 追記・変更なし。
<ポイント>
・ PoC または共同研究開発契約への移行についての規定である。
<解説>
・ 秘密保持契約を締結したものの、その後音沙汰がなく、スタートアップが他の競合企業とのアライアンスを検討する機会を逸してしまう場面も少なくないが、次回資金調達までの短期間の中で実績作りや資金繰りを成し遂げなければいけないスタートアップとしては致命傷になりかねない。
・ そこで、当事者に PoC 契約または共同研究開発契約締結の努力義務を課すとともに、次のステップに進むかどうか未確定なままで時間が経過することを避けるため、事業会社に対し一定期間内に PoC 契約または共同研究開発契約を締結するか否かの通知義務を課している。
・ ただし、検討に要する時間は案件や状況に応じて異なり、適切な期間を契約締結時に定めることは困難であることもあるため、通知期限は目安とした上で、正当な理由があれば協議の上同期限の延長を可能とした。
◼ 8 条(損害賠償)
第 8 条 本契約に違反した当事者は、相手方に対し、損害賠償を請求することができる。
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 変更オプションを追記している。
<ポイント>
・ 本条は、本モデル契約の履行に関しての損害賠償責任について規定している。
<解説>
・ 第 1 条の解説で触れたとおり、アセスメントに際しての秘密保持契約においては、スタートアップは主として秘密情報を受領する立場にある。そのため、とりわけ、資金力の乏しいスタートアップにおいては、損害賠償の範囲を無制限とはせず、通常損害に限定する、逸失利益を明示的に除外するなどのリスクヘッジが必要になることがある。
・ これに対し、主としてデータを開示する立場にある事業会社側においては、提供者側の視点からの主張を行うことになる。
第 8 条 甲、乙いずれかの一方が本契約に規定した義務に違反した場合、相手 方に**(金額)の違約金を支払わなければならない。上記の違約金が、本契約の違反により相手に齎す損失を補填するに足りない場合、不足部分について、被害者側は相手方に損害賠償を追及する権利がある。
<ポイント>
⚫ 本条は、本モデル契約の履行に関しての違約責任について規定している。
<解説>
⚫ 損害賠償の責任のみを規定する場合、追及する際に、損失を齎したことを証明する必要がある。それに対し、違約金を規定すれば、相手が違約行為があることを証明できれば、違約金を追及できるので、守約方にとって有利である。
◼ 9 条(差止め)
第 9 条 契約当事者は、相手方が、本契約に違反し、または違反するおそれがある場合には、その差止め、またはその差止めに係る仮の地位を定める仮処分を申し立てることができるものとする。
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 追記・変更なし。
◼ 10 条(期間)
第 10 条 本契約の有効期限は本契約の締結日より 1 年間とする。ただし、本契約の終了後においても、本契約の有効期間中に開示等された秘密情報について は、公知情報になるまで、本契約の規定(本条を除く。)が有効に適用されるものとする。
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 契約期間終了後の秘密保持義務期間は、1 年間から公知情報になるまでに変更する。
<ポイント>
・ 契約の有効期間を定めた一般的条項である。
<解説>
・ 契約期間のみならず、契約期間終了後に、どの程度の期間秘密保持義務を負担するかについても注意が必要である。契約期間が 3 か月など短く設定されていても、残存条項により 10年など契約終了後も長期間に亘って秘密保持義務を負うケースもある。
・ 残存条項の期間は厳しい交渉が行われる項目のひとつである。期間は 2~3 年とすることが多いが、ビジネスおよび開示等される情報の性質(対象となる秘密情報等が陳腐化する期間はどの程度かなど)により調整が必要である。本秘密保持契約においては、PoC 段階や共同研究開発段階と比較して、提供される動画データの事業上の機密性や分量が高いものではないことから、残存期間を 1 年間とすることも考えられるが、関係情報が公知情報になるま で秘密保持義務を有すると約定すれば、情報開示方にとって有利である。
◼ 11 条(準拠法および裁判管轄)
第 11 条 本契約に関する一切の紛争については、日本法を準拠法とし、●地方裁判所を第xxの専属的合意管轄裁判所とする。
<変更オプション A:被告地主義>
第 11 条 本契約に関する紛争については、甲(ケース1)/乙(ケース2)が
轄裁判所とする。
<変更オプション B:主に開発を行う場所>第 11 条 本契約に関する紛争については、
(ケース1)中華人民共和国法を準拠法とし、●●人民法院を第xxの専属的 合意管轄裁判所とする。
(ケース2)日本国法を準拠法とし、●地方裁判所を第xxの専属的合意管轄 裁判所とする。
被告となる場合は、日本国法を準拠法とし、●地方裁判所を第xxの専属的合意管轄裁判所とする。 乙(ケース1)/甲(ケース2)が被告となる場合は、中華人民共和国法を準拠法とし、●●人民法院を第xxの専属的合意管
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 準拠法について、執行性を考慮して被告地主義等に基づくオプションを追加している。
⚫ 仲裁条項について、仲裁地としての香港の例示及び被告地主義等に基づくオプションを追加している。
②ポイント・解説について
⚫ 準拠法、調停及び国際仲裁についての解説を追加している。
<ポイント>
・ 準拠法および紛争解決手続きに関して裁判管轄を定める条項である。
<解説>
・ クロスボーダーの取引も想定し、準拠法を定めている。
・ 紛争解決手段については、上記のように裁判手続きでの解決を前提に裁判管轄を定める他、各種仲裁によるとする場合がある。
⚫ 中国企業と日本企業との共同開発であっても、JPO モデル契約書のように、日本国法を準拠法とし、日本の裁判所を管轄裁判所として約定することは、中国の法律規定に違反せず、有効な約定である。
⚫ しかし、日本と中国の間では判決執行協力条約が存在しないため、日本裁判所による判決は中国で強制執行できない。よって、契約紛争について、日本の判決を中国で執行できない虞があることを留意すべきであり、好ましいとは言えない。一方、営業秘密の保護に関し、中国の法律規定は日本法と実質な相違点があまりないので、中国法を準拠法とし、中国の裁判所を管轄裁判所として約定することもよい。
⚫ したがって、オプション1として、被告地主義の条項を追加した。
⚫ また、オプション2として、本研究について、主に Y 社(乙)の場所で進める前提であれば、契約の履行地と密接関係地は Y 社の所在地であると考える。証拠収 集、訴訟便利と判決執行の面から、Y 社の所在地裁判所を管轄地とする約定するとも考えられる。
⚫ なお、契約に関する紛争とは別に、本件は営業秘密保持契約であるところ、違約した場合は営業秘密侵害となるので、違約紛争の約定にかかわらず、中国で
は、営業秘密侵害訴訟を提起できることに留意されたい。
<変更オプション A:第三国・地域>
第 11 条 本契約に関する一切の紛争については、日本国法を準拠法とし、(仲裁機関名:(例)香港国際仲裁センター)に付託し、(仲裁規則:(例)香港国際仲裁センターの仲裁規則、UNCITRAL 仲裁規則など)に従って、仲裁地として(都市名:(例)中国香港特別行政区)において仲裁により終局的に解決されるものとする。手続言語は英語とする。
<変更オプション B:被告地主義>
第 11 条 本契約に関する一切の紛争については、甲(ケース1)/乙(ケース
2)が被申立人となる場合は、日本国法を準拠法とし、(仲裁機関名:日本の 仲裁機関名)に付託し、(仲裁規則:前記仲裁機関の仲裁規則、UNCITRAL 仲裁規則など)に従って、仲裁地として日本国xxxにおいて仲裁を行うものと
し、手続言語は日本語とする。乙(ケース1)/甲(ケース2)が被申立人となる場合は、中華人民共和国法を準拠法とし、(仲裁機関名:中国の仲裁機関
名)に付託し、(仲裁規則:前記仲裁機関の仲裁規則、UNCITRAL 仲裁規則な
ど)に従って、仲裁地として中華人民共和国●●市において仲裁を行うものとし、手続言語は中国語とする。いずれの場合も仲裁により終局的に解決さ
れるものとする。
<変更オプション C:主に開発を行う場所>
第 11 条 本契約に関する一切の紛争については、
(ケース1)中華人民共和国法を準拠法とし、(仲裁機関名:中国の仲裁機関) に付託し、(仲裁規則:前記仲裁機関の仲裁規則、UNCITRAL 仲裁規則など)に従って、仲裁地として中華人民共和国●●市において仲裁により終局的に解決されるものとする。手続言語は中国語とする。
(ケース2)日本国法を準拠法とし、(仲裁機関名:日本の仲裁機関)に付託 し、(仲裁規則:前記仲裁機関の仲裁規則、UNCITRAL 仲裁規則など)に従って、仲裁地として日本国xxxにおいて仲裁により終局的に解決されるものとする。手続言語は日本語とする。
<ポイント>
⚫ 紛争解決手続きとして仲裁を指定する条項である。
<解説>
⚫ 仲裁手続きは、裁判と比べて非公開・迅速などのメリットもあることから、スタートアップのような事案では、本条に変えて仲裁条項に変えるという選択肢もある。
⚫ 紛争の解決方法としては、訴訟か仲裁を選ぶことができるが、訴訟は裁判所で、仲裁は仲裁機関で審議するが、それぞれxxxx・xxxxxがある。
⚫ 訴訟:メリットとしては、一裁終局ではなく、控訴や上訴が可能であるので、不利な一審結果があれば、またチャンスがある。最終結果のxx性などを確保できる。デメリットとしては、時間と費用が掛かるが、日中間、判決の承認と執行に関する協力条約がまだないので、日本/中国裁判所の判
決は中国/日本で執行できない。
⚫ 仲裁:メリットとしては、一裁終局なので、より迅速であり、また裁判と比べて非公開である。しかも、日中間、仲裁裁決の承認と執行に関する協力条約があるので、日本/中国仲裁機構の裁決は中国/日本で執行できる。デメリットとしては、一裁終局なので不利な仲裁裁決が出ても不服申立て
ができない。
⚫ 外国の仲裁機関による紛争解決を約定することは中国法に違反しない。日本の判決は中国で執行できないが、日中両国はニューヨーク条約(外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約)の締約国であるため、日本など外国の仲裁裁決について、中国の裁判所に執行を申請できる。よって、執行性に鑑みれば、仲裁を約定することは、訴訟の約定よりメリットがある。
⚫ なお、日本国法を準拠法とした場合、一方当事者が中国で訴訟を提起しようとする場合、他方当事者は仲裁条項があるとの理由で管轄権異議を提出できる。その際に、中国の裁判所は仲裁条項が有効であるかどうかを審査するが、仲裁条項有効性の準拠法(契約紛争の実体準拠法ではなく仲裁合意準拠法)に関する明確の約定がなければ、約束した仲裁地の法律に基づき判断し、仲裁地を明確に約定しない場合、裁判地の法律に基づき判断する。
⚫ よって、仲裁地を明確に約定することは重要であり、かつ、仲裁地の法律に基づき、同仲裁条項が有効であることを確保することも重要である。
(次頁に続く)
⚫ 仲裁地については、日本、中国(例えば、北京、上海)、被告地主義などの他、xx性を期待できる第三国・地域を仲裁地とすることも想定すべきである。中国内地の仲裁機構による裁決は中国で強制執行する際に、外国仲
裁機構による裁決の執行より便利である。また、アジア地域における国際仲裁の実績は香港及びシンガポールの評価が高い。
⚫ このうち香港については、仲裁判断の執行について中国で「最高人民法院关于内地与香港特别行政区相互执行仲裁裁决的安排」(2000 年)及び「最高人民法院关于内地与香港特别行政区相互执行仲裁裁决的补充安排」(2020
年)が定められ、2021 年の中国十四次五か年計画において「香港を国際紛争解決センター」とする方向性が示されており、中国との国際紛争解決において、香港の仲裁機関を選択し、香港を仲裁地とすることは一考に値す
る(下記参照)。ただし、中国内地の裁決の執行手続きと比べれば多少複雑となる。
(参照)JETRO 地域・分析レポート
「グローバルな知財紛争解決に「香港仲裁」の魅力」(2022 年 2 月 8 日)
xxxxx://xxx.xxxxx.xx.xx/xxx/xxxxxxxxxxx/0000/xx0xx0xx00x0xxx0.xxxx
⚫ なお、仲裁地(seat of arbitration)とは、仲裁判断が下されたとみなされ、かつ仲裁手続きを監督し、仲裁に関連して提起された訴訟を受理する権利などの管轄権を有する裁判所の所在する場所であり、仲裁の審理手続きなどが実際に行われる場所(venue of arbitration)や、仲裁を管理する仲裁機関(arbitral institution)とは、異なる概念であることに注意
されたい。
⚫ オプションでは、主に仲裁地について着目し、A:第三国・地域(香港等を想定)、 B:被告地主義、C: 主に開発を行う場所としたが、これ以外にも、準拠法・手続言語・仲裁機関・仲裁人の人数や国籍(本条項案では定めていない)等についても仲裁条項の交渉対象となりうる。
⚫ 例えば準拠法について、オプション A では日本国法としたが、本件が知的財産権に関連する契約であることを踏まえると、主な紛争対象となる知的財産権の発生根拠となる国・地域の法律を準拠法とすること、つまり、仲裁地を第三国・地域としつつもオプション B や C のように準拠法のみを被告地主義や主に開発を行う場所(契約履行地や証拠収集の観点)に基づいた条項とすることも一案である。
⚫ 仲裁規則については、仲裁機関の規則もしくは UNCITRAL(国連国際商取引法委員会)仲裁規則を用いることが一般的である。
◼ 12 条(協議事項)
第 12 条 本契約に定めのない事項または本契約について疑義が生じた場合については、協議の上解決する。 協議を経ても解決できない場合、何れかの当事者は 前条に従い、紛争解決を求めることができる。
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 協議を経ても解決できない場合に前条での紛争解決手続きに進むことを明確化している。
②ポイント・解説について
⚫ 協議と紛争解決手続きの関係について解説している。
<ポイント>
・ 紛争発生時の一般的な協議解決の条項である。
<解説>
⚫ 通常、本契約に定めのない事項または疑義が生じた事項がある場合、まずは当事者双方の協議で解決する。そして、協議によって解決できない場合には、準拠法を利用して、法的アクションを通じて解決することになる。よって、第 12 条と第 11 条の順番を変更することも考えられる。
契約言語
合は、日本語版に従う。
版のいずれもxxとする。ただし、両言語版で解釈等につき相違が発生した場
また、日本語版、中国語
各 1 通を保有する。
中国語と日本語の
記名押印の上、
本書 2 通を作成し、甲、乙
中国語と日本語でそれぞれ
本契約締結の証として、
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 中国語と日本語を締結する旨を追記している。
②解説について
⚫ 日中企業間の契約の言語、効力を追記している。
<解説>
⚫ 日中企業間の契約として、契約の言語、効力について約束することもある。将来紛争解決の必要性に応じても、実効性のある契約書を締結するのであれば、お互いの母国語である「日本語」及び「中国語」で契約書を締結することが、最も適切と考える。両言語で契約を締結する場合、どちらをxxとするか、何れもxxとなる場合、どちらを準することを明確に約定したほうがよい。
参照:
日本の「民事訴訟規則」第 138 条1項
「外国語で作成された文書を提出して書証の申出をするときは、取調べを求める部分について、その文書の訳文を添付しなければならない。」
中国の「民事訴訟法の適用に関する解釈」第 527 条 1 項
「当事者が人民法院に提出する書面の資料が外国語である場合、同時に人民法院に中国語翻訳文を提出しなければならない。」
法定代表者:
年 月 日甲 :
住所:
乙 :
法定代表者:
住所:
◼ 立入検査条項
甲および乙は、相手方が本契約に従って秘密情報等を管理していることを確認するため、相手方に対し、検査内容および日程を書面等により事前に通知の上、合理的な範囲において相当な方法により対象となる施設に立入り、検査を行うことができるものとし、相手方はこれに合理的な範囲内で協力するものとする。
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 追記・変更なし。
<ポイント>
・ 秘密管理状況を確認するため、立入条項を設ける場合もある。
◼ 知的財産権の帰属条項
秘密情報等に関連して生じた特許権、実用新案権、回路配置利用権、意匠権、著作権、商標xxの知的財産権(以下総称して「xx的財産権」という。)は、すべて甲に帰属するものとする。
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 追記・変更なし。
②解説について
⚫ 特許と専利の違いの解説について追加している。
<ポイント>
・ 秘密保持契約の段階で知的財産権の帰属条項を入れるかどうかについてはケースによって判断が分かれるところである。
・ 今後、どのような協業を行うことができそうかまずは相談をしたい、といった軽い目的で秘密保持契約が締結される場合、知的財産権の帰属条項を入れないことで余計な交渉を減らし、スピードを重視するという考え方もある。
・ 他方、そのような目的であったとしても、極めてコアな情報の開示等が要求されることが想定され る場合は、知的財産権を保全・確保する目的で、上記のような条項を入れることも考えられよう。
・ なお、秘密保持契約しか締結していない時点(検討段階)で新たな知的財産権が生じるケースは少なく、また、PoC や共同研究開発に移行した際にいかなる知的財産権が生じうるのか、また、知的財産権の帰属を含む諸条件をいかに定めるのが妥当かの見通しを立てることが困難なケースも多いため、秘密保持契約において、知的財産権の帰属について契約上の条項として定めるケースは多くはない。
⚫ 日本語の「特許・実用新案・意匠」に対応する中国語は「発明専利・実用新型専利・外観設計専利」であり、「専利」は「特許」に対応する語ではない。契約書の日本語版・中国語版においてこの点を明確にしているか否かに注意すべきである。
特許と専利の違い
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 「技術輸出入管理条例」に関連する契約の届け出手続きの必要性について追記した。
【契約の届出手続き】
⚫ 本件契約の両方当事者は中国企業と日本企業であるが、情報とデータの提供のみで、技術の譲渡や許諾、サービスなどではないので、技術輸出入に該当しないと考える。「技術輸出入管理条例」に基づく届け出などの手続きは必要ではない。参照:
「中華人民共和国技術輸出入管理条例」
第 2 条 本条例でいう技術の輸出入とは、中華人民共和国の国境外から中華人民共和国の国境内に、または中華人民共和国の国境内から中華人民共和国の国境外に、貿易、投資または経済技術協力を通じて技術を移転する行為をいう。
前項に規定する行為は、特許権の譲渡、特許出願権の譲渡、特許実施許諾、ノウハウ譲渡、技術サービス及びその他の方式の技術移転を含む。
「技術輸出入契約登記管理弁法」
第 2 条 技術輸出入契約には、特許権譲渡契約、特許出願権譲渡契約、特許実施許諾契約、技術ノウハウライセンス契約、技術サービス契約及び技術輸出入を含むその他の契約を含む。
【別紙】「対象データ」
(1)データの概要
(例)介護施設に乙がカメラを設置したうえで撮影した動画データ。当該動画データについては、乙において個人情報が含まれない形に匿名加工を行うか、あるいは撮影対象である被介護者本人から第三者提供に関する同意を取得するなど個人情報保護法上に定められている手続を履践するものとする。
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