Contract
事件番号 | 平成21年(ワ)第2837号 | |
判 | 決 | |
主 | 文 |
1 被告は,原告X1に対し,99万円,原告X2株式会社に対し,55万円及びこれらに対する平成21年8月12日から各支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,原告X1に生じた費用と被告に生じた費用の25分の9との合計額の9分の7を原告X1の,9分の2を被告の各負担とし,原告X
2株式会社に生じた費用と被告に生じた費用の25分の16との合計額の
14分の13を原告X2株式会社の,14分の1を被告の各負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 被告は,原告X1に対し,439万3000円及びこれに対する平成21年
8月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告X2株式会社に対し,771万6000円及びこれに対する平成21年8月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 仮執行宣言第2 事案の概要
本件は,被告が市民の閲覧に供している道路縦覧地図に誤った情報が記載され,これにより自らの所有地が建築基準法(以下「法」ということがある。)
42条2項に規定する道路(以下「2項道路」という。)として接道義務を満たしているものと信じて売買契約を締結した原告X1及び上記売買契約を媒介した原告X2株式会社が,上記各契約の締結によりそれぞれ損害を被ったとして,被告に対し,国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づき,
各損害の賠償及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成21年8月12日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求めた事案である。
1 前提事実
(1) 当事者等
ア 原告X2株式会社(以下「原告X2」という。)は,不動産取引の仲介等を目的とする株式会社である(甲15,弁論の全趣旨)。
A(以下「A」という。)は,平成2年に原告X2に在籍出向し,平成
3年に転籍した原告X2の従業員であり,原告X2において不動産取引の仲介業務に従事しており,一級建築士及び宅地建物取引xx者の各資格を有している(甲29,証人A〈以下「証人A」という。〉)。
イ 原告X1(以下「原告X1」という。)は,別紙物件目録記載1の土地
(以下「本件土地」という。)を所有している(争いなし)。
本件土地は,別紙物件目録記載2及び3の土地(以下「本件通路」という。)を経て,公道に通じている(争いなし)。
(2) 本件土地売買契約に至る経緯等
原告X1は,平成17年ころ,原告X2に対して,本件土地の売渡しの仲介及びそれに付随する調査業務を依頼した。同依頼に基づき,原告X2の従業員であるAは,上記調査を開始し,同年12月ころ,京都市都市計画局建築指導部指導課(以下「被告指導課」という。)に備え置かれている道路縦覧地図(下記(8)参照)において,建築基準法上の道路(以下「法上の道路」という。)として水色に着色されていることを確認した。Aは,本件土地が
2項道路に接しており,法43条に規定する接道義務を満たす土地であると判断し,原告X1に対し,その旨報告するとともに,株式会社B(以下「B」という。)に本件土地を紹介した。
(以上につき甲29,証人A,弁論の全趣旨)
なお,被告指導課(京都市都市計画局建築指導部指導課)の課名は,平成
10年4月当時は審査課であったが,その後,指導課,次いで建築指導課と変更されてきた(以下,時期を問わず「被告指導課」と略記する。)(甲1
0,40,乙8,9,弁論の全趣旨)。
(3) 本件土地売買契約等
ア 原告X1は,平成18年2月26日,Bとの間で,本件土地を代金30
00万円で売るとの合意をし(以下「本件売買契約」という。),Bは,原告X1に対し,同日,手付金として300万円を支払った(甲1,弁論の全趣旨)。
イ Aは,本件売買契約に先立ち,後記本件媒介契約に基づき,重要事項説明書を作成し,本件売買契約締結の際,原告X1及びBに対し,同説明書記載のとおり,本件土地の接面道路である本件通路の種別は2項道路であること,並びに売主である原告X1は,同通路の掘削同意書及び同通路の位置指定道路接続同意書を取り付けてこれを買主であるBに引き渡す義務を負う等の特約事項等につき説明し,同説明書を原告X1及びBに交付した(甲1,2,29,証人A,弁論の全趣旨)。
(4) 媒介契約等
ア 原告X1及びBは,平成18年2月26日,本件売買契約に先立ち,それぞれ原告X2との間で一般媒介契約を締結し,媒介手数料につき,同日限り,媒介手数料48万円及び消費税等2万4000円を,本件売買契約の決済日である同年6月29日限り,媒介手数料48万円及び消費税等2万4000円を支払う旨,それぞれ合意した(以下,併せて「本件媒介契約」という。)(甲1,15ないし18)。
イ 原告X1及びBは,同日までの間に,原告X2に対し,媒介手数料48万円に消費税等2万4000円を加えた合計50万4000円を,それぞれ支払った(甲8,9,弁論の全趣旨)。
(5) 道路位置指定の事前申請及びそれに対する回答並びにその後の協議等
ア Bは,株式会社C(以下「C」という。)に,本件土地のうち本件通路に接続する部分についての道路位置指定の申請手続等を依頼した。Cの従業員であるD(以下「D」という。)は,平成18年6月27日,被告指導課に対し,Bの代理人として,本件通路が2項道路であることを前提に本件土地において位置指定道路を築造するという計画概要を伝え,位置指定道路予定部分につき道路位置指定が可能か等の事前審査を依頼し,同年
8月10日ころまで,被告指導課の職員と事前協議を行った(甲29,乙
7,証人A,弁論の全趣旨)。
イ しかし,被告指導課の職員は,同月11日,Dに対し,本件通路は2項道路に該当せず,本件土地における位置指定道路の築造ができない旨回答した(甲29,証人A,弁論の全趣旨)。
(6) 本件売買契約及び本件媒介契約の合意解除
ア 原告X1は,Bとの間で,平成21年6月26日,本件売買契約を合意解除した(甲13)。原告X1は,Bに対し,上記合意解除に基づき,受領した手付金300万円を返還した(証人A)。
イ 原告X2は,原告X1及びBとの間で,平成21年6月26日,本件媒介契約を合意解除した(甲8,9)。原告X2は,原告X1及びBに対し,それぞれ,上記合意解除に基づき,受領した媒介手数料及び消費税等の合計50万4000円を返還した(甲29,弁論の全趣旨)。
(7) 被告(京都市)における2項道路の一括指定
本件土地は,昭和25年11月23日時点で都市計画区域内に位置したところ,特定行政庁である京都府知事は,同年12月8日,同年11月23日
(以下「基準時」ともいう。)現在都市計画区域内において現に建築物が立ち並んでいる幅員4メートル未満1.8メートル以上の道で袋路を除くものを2項道路に指定し(京都府告示第820号)(乙1),昭和31年11月
に被告(京都市)に建築主事を置いて以降,特定行政庁となった京都市長は,昭和34年11月1日,京都市告示第232号において,法42条2項の規定により,基準時において,旧大xx,旧京北町大字広河原及び旧xxxxの区域を除く京都市の区域において現に建築物が立ち並んでいる幅員4メートル未満,1.8メートル以上の道(但し,袋路を除く。)を一括して2項道路に指定した(乙2)。
(8) 被告(京都市)における道路縦覧地図の作成等
ア 被告(京都市)には,法42条1項1号,2号,4号及び5号所定の各道路の図面を所管する部署があり,市民は,上記各部署に問い合わせることで当該道路の該当性を確認することができるが,法42条1項3号の道路及び2項道路については,そのような図面等がない。かつて,被告(京都市)において,建築物の敷地に接する道が法上の道路に該当するか否かは,建築主事が建築確認等の際に,建築計画が建築基準法の規定に適合するか否かの確認事項のうちの1つとして調査を行い,過去の建築主事の取扱等も参考とした上で判断していた。しかし,これでは,どの道が法上の道路であるか否かが市民にとって明らかでなかったことから,被告(京都市)において,平成10年4月前ころ,京都市建築基準法による道路の台帳等の整備に関する事務要領(以下「事務要領」という。)を策定し,市長が都市計画区域内の道の種別(2項道路,法42条1項3号所定の道路等)を判定すること(以下「道路判定」という。),判定した道について道路台帳及び道路判定地図を作成すること,道路判定地図は,道の種別に応じて色分けし,被告指導課に備えて,一般の縦覧に供することなどを定めた。道路判定地図は,同月1日から作成が開始され,同年秋ころから,道路縦覧地図の名称で一般の閲覧に供されるようになった(以下,事務要領に基づき作成されたこの道路判定地図を「道路縦覧地図」という。)。
(以上につき,甲10,弁論の全趣旨)
イ 道路縦覧地図は,都市計画基本図(縮尺2500分の1)の道の種別に応じ,次のとおり色分けされている(甲10,11,乙4,弁論の全趣旨)。 (ア) 法42条1項又は2項による道路 水色
(イ) 京都市建築基準条例4条による道路(避難通路) 桃色
(ウ) 法上の道路に該当しない道路(非道路) 赤色
(エ) 未判定の道路 着色なし
ウ 道路縦覧地図の凡例には,「ご注意)本図は,事実関係の発生や新たな資料の発見等により更正しています。」との記載されている(乙4)。
エ 道路縦覧地図は,被告指導課に備え付けられ,一般の縦覧に供されている(争いなし)。
オ 道の種別の判定,道路縦覧地図の作成,追記,更正等の事務を担当する京都市長の補助職員は,被告指導課の職員である(乙7,8,弁論の全趣旨)。
カ 被告指導課は,ホームページ上で,道路縦覧地図について,次のとおり教示している(甲11)。
(ア) 建築指導課備付けの「道路縦覧地図」で,建築基準法上の道路であるかどうかについて確認することができます。
(イ) | 「道路縦覧地図」は下表のとおり着色しています。 | |
a | 法42条による道路 | 水色 |
b | 京都市条例第4条の規定が適用される道(避難通路) | 桃色 |
c | 法による道路ではない道(非道路) | 赤色 |
(ウ) 下記の場合は,建築指導課道路担当までお問い合わせください。 a 調べたい道に色が塗られていない
道路担当による道路調査が必要となる場合があります。 b 非道路(赤色)にしか接していない敷地で建築をしたい
『法43条第1項ただし書許可』が必要となります。
(9) 本件通路の道路判定と道路縦覧地図への着色等
ア 被告指導課の職員は,平成14年12月27日,昭和21年及び同30年に撮影された各航空写真(以下,それぞれ「昭和21年航空写真」及び
「昭和30年航空写真」という。)及び昭和27年作成の修正地図(以前に作成された市街図の修正図と推測される。以下「昭和27年修正地図」という。」)においては,道の存在及び立ち並びが確認できないが,国土地理院が昭和46年に撮影した航空写真では道の存在,立ち並び及び通り抜けが確認できる,昭和42年から使用している切図(都市計画地図に過去に建築主事が法上の道路か否かを判断した道及び平成10年4月以降に特定行政庁である京都市長が道路判定を行った道の種別並びに過去の建築確認に関する情報を記載した被告の内部資料)に2項道路と記載してあり,以降歴代切図に2項道路として明記され,建築確認処分も6敷地7回にわたり行われている,現況は幅員3mから4.24mを有しており,通り抜けが確認できるとの理由で,本件通路を2項道路であると判定し,同時期に,道路縦覧地図において本件通路部分を水色に着色した(甲3,乙8,
9,弁論の全趣旨)。
イ 被告指導課の職員は,Bの事前審査の依頼(前記(5))を受けて再度検 討し,昭和21年航空写真及び昭和27年修正地図からは,当該道が確認できず,一帯はxxが広がっており,建築物の存在も各資料からは確認できないと判断するに至り,京都市都市計画局建築指導部長は,平成18年
8月25日,本件通路を非道路であると判定し,前記アの判断を更正し,その後,道路縦覧地図において本件通路部分は赤色に着色された(乙3,
9,弁論の全趣旨)。
2 争点
(1) 被告職員の行為の違法性
(2) 原告X1の損害及び因果関係
(3) 原告X2の損害及び因果関係
(4) 過失相殺の可否
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(被告職員の行為の違法性)について
(原告らの主張)
ア 被告において,道路縦覧地図が備え付けられて以降,ある通路が法上の道路であるとして着色されている場合には,不動産業者は,その記載を絶対的なものと信じて対象物件が接道条件を満たすか否かを判断しており,その情報が正確に保たれなければ不動産業者の業務遂行は不可能になる。とりわけ2項道路については,特定行政庁の指定が要件となっており,不動産業者及び市民は,特定行政庁の提供した情報なくして指定の有無を判断することが不可能であるから,道路縦覧地図の記載は,不動産業者及び市民にとって,2項道路か否かの判断において,唯一絶対の情報源として極めて重要であるといえ,被告職員には,道路縦覧地図に正確な情報を記載する義務及び誤った情報を正確なものに是正していく義務がある。
なお,被告は,道路判定が事実上の行為であり,道路縦覧地図の作成及び縦覧は行政サービスの一環に過ぎないなどとして上記注意義務の存在を否定するが(下記被告の主張ア),道路判定及び道路縦覧地図の整備,備付けは,法42条2項の特定行政庁の「指定」を具体化する唯一の手段であって,特定行政庁による「指定」と被告による具体的な道路判定決定が一体となって,2項道路の指定がなされたというべきであるから,法42条に根拠を有するといえ,失当である。
イ 本件通路は,2項道路の要件を満たさないから,被告職員は,同通路を
2項道路と判定して道路縦覧地図にその旨記載してはならない職務上の義務を負う。しかし,被告職員は,平成14年12月27日,同通路を2項道路と判定して,同時期に道路縦覧地図の同通路部分を水色に着色して,
市民の閲覧に供した。
また,被告職員は,道路縦覧地図の本件通路部分の上記虚偽記載を早期に是正して,道路に関する正確な情報を市民に提供する職務上の義務を負っていたが,これを怠った。
ウ 被告職員は,平成14年12月25日までに,本件通路が2項道路の要件を満たしていないことを知ったにもかかわらず,故意に本件通路を2項道路であると判定して,上記のとおり道路縦覧地図にその旨記載した。
また,被告職員は,平成18年8月23日までに,6敷地7回にわたり本件通路を法上の道路と扱って建築確認を行ったものであり,これらの機会に航空写真等を参考にして同通路が法上の道路でないことを知り得たのに,過失によりこれを看過して道路縦覧地図の是正措置を採らなかった。
エ 道路縦覧地図の情報は極めて重要なものであり,被告職員がその情報を訂正する場合には,関係者に対して,十分な説明を行う義務があるというべきであるにもかかわらず,本件において,被告職員は原告らに対して,道路縦覧地図の記載内容を変更する理由や長期間誤った情報が放置されてきた経緯等について説明を行わず,前記義務を怠った。
(被告の主張)
ア(ア) 原告らの主張アの事実は否認し,主張は争う。
(イ) 同イのうち,本件通路が2項道路の要件を満たさないこと,被告職員が平成14年12月27日,同通路を2項道路と判定して,同時期に道路縦覧地図の同通路部分を水色に着色して市民の閲覧に供したことは認めるが,その余の事実は否認し,主張は争う。
(ウ) 同ウのうち,被告職員が本件通路を法上の道路として扱って建築確認をしたことは認めるが,その余は争う。
(エ) 同エは争う。
イ 道路判定は,昭和34年に行われた2項道路の一括指定の範囲を明らか
にする事実上の行為で,法に定められたものでなく,これにより新たな法的効果を生じるものではないし,道路判定の結果を記載した道路縦覧地図についても,その作成が法において規定されているものではなく,あくまで,被告が行政サービスの一環として参考情報を提供する形で作成し,一般の縦覧に供しているに過ぎず,被告職員が原告らの主張するような道路縦覧地図に正確な情報を記載する義務及び誤った情報を正確なものに是正していく義務を負うことはない。
ウ 被告職員は,道路縦覧地図に記載した情報について更正があり得る旨を同地図において注意喚起しており,少なくとも原告らの主張するような前記義務は負わないし,必要な注意義務は尽くしているといえ,被告職員の行為が国賠法上の違法行為に該当することはない。
(2) 原告X1の損害及び因果関係
(原告X1の主張)
原告X1は,被告職員の前記違法行為により,下記の損害を被った。ア 土地測量費用等 99万3000円
本件土地の測量等費用は,本件売買契約の決済時に売買代金から原告X
1が支払う予定となっていたもので,原告X1の負担に帰すものであり,原告X1の損害である。見積書の宛先が原告X2となっているのは,事務手続上の問題に過ぎない。
イ 原告X1の慰謝料 300万円
原告X1は,本件土地売却代金を,息子の住宅建築資金の返済のために 充てる予定であったが,本件売買契約の解除を余儀なくされた結果,それが不可能となり,自らの老後資金を取り崩すことを余儀なくされるなどし,甚大な精神的苦痛を受けたものであり,同苦痛は300万円をもって慰謝するのが相当である。
ウ 弁護士費用 40万円
エ 合計 439万3000円
(被告の主張)
ア 原告X1の主張は争う。
イ 原告X2の従業員のAには,下記(4)(過失相殺の可否)に係る(被告 の主張)ア(ア)(イ)のとおり,過失が認められるところ,Aが本来尽くす べき注意義務を果たして,本件通路が2項道路に該当するか否かの調査を十分に行っていれば,被告が本件通路を法上の道路であると判断していることについて容易に疑義を生じたはずであり,被告に問い合わせる等の方法により,本件通路が2項道路に該当しないことが事前に判明したといえるし,また,Aが位置指定道路の指定に係る事前相談を適切に行っていれば,本件通路が2項道路に該当せず,位置指定道路の築造が不可能であることが事前に判明したといえ,本件売買契約及び本件媒介契約が締結されることはなかったといえるから,仮に被告職員の行為に過失が認められるとしても,当該行為と原告らの損害との間には相当因果関係が認められない。
ウ 原告X1の主張する土地測量等費用につき,見積書中,地目変更登記が行われていないことからすると,地目変更登記費用,これに見合う間接費,消費税相当額及び登記印紙代が土地測量に係る損害から控除されるべきである。また,上記土地測量によって得られた図面等の成果物は,今後の本件土地の取引や土地利用に有益なものであり,これら成果物の作成に要した費用を損害と見ることはできない。
エ 原告X1の慰謝料につき,原告X1は本件土地が売却されるのであれば金額にはこだわらなかったのであり,本件通路が非道路であったとしても建築基準法43条ただし書の許可を得ることで本件土地上に建築物をxxすることが可能であったから,原告X1の慰謝料は認められない。
(3) 原告X2の損害及び因果関係
(原告X2の主張)
原告X2は,被告職員の前記違法行為により,下記の損害を被った。ア 仲介手数料相当額 201万6000円
被告職員の違法行為によって本件媒介契約を解除することになり,原告 X2は,得べかりし仲介手数料相当額の損害を受けた。本件売買契約が締結された当時,道路判定の更正はいまだなされておらず,本件土地は宅地として不動産取引を行うことができる土地であったから,履行利益の賠償が認められるべきである。
仮に,履行利益の損害が認められないとしても,原告X2は,契約締結及び履行に向けた担当社員の人件費及び事務費など,仲介手数料に相当する上記額の損害を被った。
イ 信用失墜による無形の損害 500万円
原告X2は,被告の道路縦覧地図の記載を信じて,誤った内容の重要事項説明書を作成して,Xの信頼を失った。Bは,京都府下で年間約400棟の分譲住宅を供給する有力な不動産業者であり,原告X2のxxの顧客であり,こうした信頼失墜に相当する損害金額は上記額を下らない。
ウ 弁護士費用 70万円
エ 合計 771万6000円
(被告の主張)
ア 原告X2の主張は争う。
イ 前記(2)被告の主張イ記載のとおり。
ウ 本件通路が2項道路ではないため位置指定道路を築造して接道義務を満たすことは不可能であるから,本件売買契約及び本件媒介契約は成り立たたず,原告X2が得られるべき仲介手数料は存在しない。また,原告X2の主張する仲介手数料相当額は,会計上の考え方に基づくものであり,実際に被った実害を計算したものではなく,損害として認められない。
エ 信用失墜による無形の損害について,原告X2の主張からすれば,本件 売買契約の解除に至ったのは,信頼に足りるはずの道路縦覧地図の記載を被告が覆したからであり,何ら原告X2の過失によるものではないから,原告X2の信用を何ら失墜させるものではなく,損害として認められない。
(4) 過失相殺の可否
(被告の主張)
ア 原告X2の従業員のAには,下記(ア)(イ)のとおり,本件道路が2項道 路に該当するか否かの調査方法が不十分であったという過失,位置指定道路の築造が可能か否かの事前相談を怠ったという過失がそれぞれ認めら れ,原告X2に対して被告が責任を負うべき割合は3割を大きく下回るというべきである。
(ア) 2項道路に該当するか否かに係る調査方法について Aは,一級建築士及び宅地建物取引xx者の資格を有し,被告の区域
内における2項道路の要件も熟知していたのであるから,本件通路が2項道路であるか否かの調査を行うに当たり,道路縦覧地図の記載及び現地を確認するだけでなく,原告X1から過去の状況を聞き取るなどの調査をすることが必要であり,これにより容易に疑義を生じたはずであるから,Aには前記調査を怠った過失が認められる。
(イ) 位置指定道路の築造が可能か否かの事前相談について
被告指導課においては,道路位置指定の申請に先立ち,位置指定道路を築造しようとする者(以下「築造主」という。)に対して,被告指導課の職員と事前相談を行うよう求めており,築造主から事前相談調書等が提出され,被告内での事前審査を経て,それを築造主に回答しなければ,ある土地に位置指定道路が築造可能か否か分からず,それは道路位置指定の手引(乙6)においても明記しているところ,本件売買契約においては,位置指定道路の築造が契約内容となっていたから,Aには,
本件売買契約を仲介するに当たり,本件売買契約締結前に,位置指定道路の事前相談を被告指導課に対して行うべき義務があり,それを怠った Aには過失が認められる。特に,Aは,本件通路が2項道路か否かについて,本件売買契約締結前,既に,強い疑義を感じていたから,位置指定道路の築造が可能か否かを被告指導課に事前に相談する必要性は高かった。
また,被告においては,平成16年から平成17年にかけて2項道路指定処分の存在を争う訴訟を提起されるとともに,平成17年7月には国で「市街地における敷地と道路の合理的利用に関する研究会」が設置され,2項道路等の法上の道路に関する規定の在り方について検討を行っていたことなどから,平成17年当時から,2項道路であるか否かの道路判定を行うに当たっては,基準時の道の状況を厳格に判断しなければならない状況にあったので,平成17年12月当時,本件土地における位置指定道路築造に係る事前相談が被告になされた場合には,位置指定道路の築造が不可能との回答をしたことが推察される。
イ 原告X1は土地の売主,原告X2はその一般媒介契約上の仲介業者という関係にあるから,原告X2の過失を原告X1の過失と同視することができ,Aが行った本件通路が2項道路であるか否かの調査が不十分であったこと,Aが位置指定道路築造の事前相談を怠ったことは,原告X1との関係においても過失相殺の根拠となる。
(原告らの主張)
ア 被告の主張は争う。
イ 2項道路に該当するか否かの調査につき,周辺住民から基準時の状況を聞き取ることは不可能に近く,聞き取り結果の正確性も担保されないのであるから,不動産業者がそのような聞き取りを行わなかったことをもって過失として斟酌されることはない。
ウ また,被告は,道路縦覧地図の記載だけでは不十分で,道路位置指定の事前協議をすべきであるとの指摘を,道路縦覧地図においても,ホームページにおいても行っておらず,そのような指導をしたこともない。実際上も,道路位置指定の事前協議の際には確定測量図面の提示が求められるところ,売買契約締結前に,高額の費用を要する確定測量図面を作成した上,上記事前協議を行うなど,全く非現実的であり,そのようなことは実務上行われていない。また,道路位置指定の事前相談を行うべき者は位置指定道路の築造主であり,本件においてはBであって原告X1ではない。被告の作成した道路位置指定の手引は,道路築造に関する技術的問題を列挙するだけで,道路判定とは無関係である。したがって,被告の主張は失当である。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(被告職員の行為の違法性)について
(1) 原告らは,特定行政庁による「指定」と被告による具体的な道路判定決 定が一体となって2項道路の指定がなされるものであるから,道路縦覧地図の整備,備付けは法42条に根拠があるとし,これを理由に被告職員の情報提供義務違反を主張する。
しかし,前記前提事実(7)のとおり,本件土地は,基準時時点で都市計画 区域内に位置したところ,京都府知事は,昭和25年12月8日,基準時現在都市計画区域内において現に建築物が立ち並んでいる幅員4メートル未満
1.8メートル以上の道で袋路を除くものを2項道路に一括指定し,特定行政庁である京都市長が,昭和34年11月1日,重ねて,同様の一括指定をしているところ,このような一括指定により,前記の条件に合致するすべての道につき,個別にみなし道路指定の効果が生じており,これにより京都市内における2項道路の指定は完結しているといえる(最高裁平成10年(行ヒ)第49号同14年1月17日第xx法廷判決・民集56巻1号1頁参
照)。そうすると,道路判定は,特定の道が既に一括指定がなされた2項道路に該当するか否かについての指定行政庁の認識を表明する事実上の行為であって,道路判定の結果を記載した道路縦覧地図の作成及び縦覧についても,特定の法令の規定に基づくものとはいえない。よって,原告らの上記主張は採用できない。
(2) しかし,公務員の行為につき直接的な法令上の根拠規定が存在しないと の一事により,当該行為が国賠法1条1項の適用上違法の評価を受けることを免れることはできない。市民に対する行政サービスの一環として行われる情報提供に関する行為であっても,これに関与する地方公共団体の職員が,個別の市民に対する関係で,正確な情報を提供する義務等を負うものと解すべき場合があるというべきである。
これを本件についてみると,前記前提事実(8),証拠(甲10,11,2
9,証人A)及び弁論の全趣旨によれば,①道路縦覧地図が作成される前,京都市内の不動産業者を含む市民は,ある土地が接道条件を満たすか,その土地に接続する道が法上の道路に該当するか否かを調べるために,被告指導課に赴き,被告指導課の担当者と面接をし,同担当者は過去の建築主事の法上の道路の取扱等を参考に,口頭で前記事項について説明をしていたこと,
②道路縦覧地図は,被告職員の事務処理のxx,迅速化,省力化等を目的とするとともに,不動産取引の円滑等のため,特定の道が法上の道路に該当するか,法42条1項3号所定の道路又は2項道路に該当するか否か(についての所管行政庁の認識)を市民に対して明らかにすることを目的として作成されたものであること,③道路縦覧地図は,従前,道の法上の道路該当性等に関して説明を行ってきた被告指導課が道路判定を行い,その判定結果を記載することにより作成するものであること,④道路縦覧地図が備え置かれて以降,不動産業者等の市民が,被告指導課の職員に,ある道の法上の道路該当性等について相談した場合,被告指導課の職員は,道路縦覧地図の記載を
見て判断するよう指示していること,⑤被告指導課は,ホームページ上においても,道路縦覧地図の記載により法上の道路であるか否かを確認できる旨を教示し,調査したい道に色が塗られていない場合及び法上の道路でない道にしか接していない敷地で建築をしたい場合には,被告指導課まで問い合わせるべき旨教示していることが認められる。このような事実からすれば,道路縦覧地図は,道路判定事務を担当する被告指導課が,特定の道が既に一括指定がなされた2項道路に該当するか否かについての市民に対する情報提供を主たる目的の1つとして作成したものであり,被告指導課は,市民に対し,京都市内の道の法上の道路該当性につき,道路縦覧地図により確認できる旨広報するとともに,同地図による確認を促しているといえる。また,被告においては,基準時に現に建築物が立ち並んでいる幅員4メートル未満,1.
8メートル以上の道(但し,袋路を除く。)を一括して2項道路と指定されているところ,基準時から50年以上経過した現在,上記要件の充足の有無を判断するには,主として,基準時又はその前後の時期における航空写真ないし地図等の資料から基準時の状況を認定するほかなく,個々の不動産取引に際して,取引関係者が前記資料を収集の上,基準時の状況を認定して判断することは極めて困難といえる。加えて,ある道が2項道路であるか否かは客観的事情により確定され,被告の認識はいささかもこれに影響するものではないとはいえ,取引関係者が独自の判断をしたところで,それが被告の認識判断と相違するなら,実際上,円滑な不動産取引の実現は望めない。
したがって,特に不動産取引のため,ある道が2項道路か否かの判断をす るための手段としては,被告指導課に備え付けられた道路縦覧地図の記載を確認することが最も便宜かつ確実性の高い手段であるといえる。そうすると,不動産業者を含む市民は,ある道が2項道路を含む法上の道路に該当するか否かを判断するために,道路縦覧地図の記載を第一次的な根拠とし,当該道路縦覧地図に記載された情報については,それを信じるのが通常であるとい
える。
以上を総合すれば,被告指導課の職員には,個別の市民に対する関係で,道路縦覧地図への情報の記載を正確に行うべき職務上の義務が存するというべきであって,道路縦覧地図の作成及び縦覧が法令上の根拠を有さず,行政サービスの一環としてなされているとしても,それをもって,前記義務の存在を否定することはできないというべきである。もっとも,道路縦覧地図に記載した情報に不正確な点があっても,不動産取引や市民生活に与える影響がほとんどない場合や,その記載時点で被告指導課職員が現に入手し及び入手可能であった資料による限り不正確な記載となったことがやむを得ない場合等であれば,被告指導課職員に上記職務上の義務違反があったとは直ちにいえないというべきである。
(3) 本件においては,前記前提事実(9)アのとおり,被告指導課の職員は,平
成14年12月27日にした本件通路の道路判定の際,昭和21年航空写真,昭和27年修正地図及び昭和30年航空写真等を参照したものであるが,上記各航空写真及び修正地図(x0)によれば,昭和21年,昭和27年及び昭和30年当時において,本件通路部分付近は田であり,同通路及びその沿道に当たる位置に道及び建物の存在は確認できない。これによると,基準時である昭和25年11月23日当時,本件通路部分は田であって,そこに道は存在しなかったと推測せざるを得ず,もちろん沿道に建物が立ち並ぶことはあり得ない。被告指導課の職員も,上記道路判定の理由中で「昭和21年航空写真,30年航空写真及び修正地図(注・昭和27年修正地図を指す。)においては,道の存在及び立ち並びが確認できない」としている(乙8)。そうすると,被告指導課の職員は,平成14年12月27日ころ,2項道路の要件を明らかに満たさない本件通路を2項道路として道路縦覧地図に記載したものと認められ,誤った情報を道路縦覧地図に記載して市民に提供したといえる(昭和21年航空写真には,本件通路の位置の一部に道とも見られ
る部分があるが,仮にこれが道であるとしても,沿道の建物の立ち並びは全く見当たらない。)。したがって,被告指導課職員の上記行為は,少なくとも過失により,道路縦覧地図への情報の記載を正確に行うべき個別市民に対する職務上の義務に違反したものというべきである。
なお,上記道路判定の判定理由(乙8)からすると,昭和46年撮影の航 空写真で道の存在が確認できること,昭和42年以降使用の切図に2項道路と記載してあること,6敷地7回にわたり建築確認がなされていることから,基準時に道が存在したと判断した可能性もあるが,昭和21年航空写真,昭和30年航空写真及び昭和27年修正地図の資料価値を無視するに等しい明らかに不合理な判断であり,このような被告指導課職員の行為が上記義務違反との評価を免れることはできない。
したがって,被告は,国賠法1条1項に基づき,被告指導課職員の前記違法行為によって原告らに生じた損害につき,賠償する責任を負うというべきである。
(4) この点,被告は,被告職員は,道路縦覧地図において,記載した情報に ついて更正があり得る旨を注意喚起しているので,道路縦覧地図に正確な情報を記載すべき義務を負わず,必要な注意義務は尽くしている旨主張する。正確な情報を記載することと更正可能性につき注意喚起することは同義ではなく,同質同等のものと評価することもできないから,上記注意喚起が上記義務の履行に当たらないことは明らかであり,被告の主張は,専ら同注意喚起を理由に上記義務の発生を否定することにあると解される。しかし,前記認定説示の道路縦覧地図の性質及び機能に照らすと,第xx的には,被告指導課職員は正確な情報記載義務を負うと解すべきであり,これを否定し,更正の可能性を強調することにより道路縦覧地図の信頼性を被告自ら否定し,あたかもその信頼性の低さを是認すべきであるかにいうのは不当である。(前記のとおり,なすべき調査等を尽くした担当職員の行為は職務上の義務違反
との評価を受けないから,職員に過度の責任を負わせるとの懸念は当たらない。)
2 争点(2)(原告X1の損害及び因果関係)について
(1) 土地測量費用等(原告X1主張額99万3000円)
ア 前記前提事実(2),(3),証拠(甲29,乙14の2,証人A)及び弁論 の全趣旨によれば,Aは,本件売買契約に先立ち,道路縦覧地図の記載を根拠に本件通路を2項道路と判断し,その旨,本件売買契約当事者である原告X1とBに伝えたこと,本件売買契約においては,本件通路が2項道路であり,本件土地に位置指定道路を築造できることを前提として売買代金額が定められていたこと,仮に,本件通路が2項道路でないことを前提に,本件土地について建築基準法第43条第1項ただし書の規定に基づく許可を得た場合には,本件土地上に建築できる建物数が,本件通路が2項道路であることを前提に原告X1及びBが建築を予定していた建物数を下回ることになり,本件売買契約の代金額に見合わなくなること等から,本件売買契約の契約目的を達成できないことが認められる。そうすると,被告指導課の職員が道路縦覧地図において本件通路を2項道路として水色に着色していなければ,Aが本件通路を2項道路と判断することはなく,本件売買契約が締結されることもなかったと認めることができるから,被告は,原告X1が本件売買契約を締結したことによって支出するに至った費用等の損害につき,賠償する責任を負うというべきである。
イ また,前記前提事実(3),証拠(甲2,12,14,証人A)及び弁論 の全趣旨によれば,原告X1は,本件売買契約に基づいて,Bに対して筆
界確認書を引き渡す義務,地目変更登記を完了する義務を負うこととなり,原告X1は,かかる義務を履行するため,原告X2を通じ,Cに対して,本件土地に関して敷地確定等の業務を委任したこと,Cは,前記準委任契約に基づき,現地調査等の調査を行い,敷地確定のために筆界確認書を作
成するとともに,本件土地の測量等を行い,境界確定図を作成するなどしたこと,ただし,Cは,受任した業務のうち,地目変更登記について,これを完了していないことが認められる。このような事実からすれば,原告 X1は,本件売買契約を締結したことにより,Cに対し,Cが既に履行した業務に対応する報酬額を支払うべき義務を負うに至ったと認めることができ,かかる報酬額は,被告指導課職員の前記違法行為と相当因果関係を有する損害と認めることができる。
ウ そして,証拠(甲12,14)及び弁論の全趣旨によれば,Xが原告X
1に対して請求することのできる報酬額は,受任した敷地確定等の業務の報酬額99万3000円から地目変更登記費用5万円,これらに見合う間接費1万円,消費税相当額3000円及び登記印紙代3万円の合計額を差し引いた90万円であると認められ,被告は,同額につき,賠償する責任を負う。
間接費の計算式:15万3000円×(5万円÷76万5000円)=
1万円(1円未満四捨五入)
合計額の計算式:99万3000円-(5万円+1万円+3000円+
3万円)=90万円
エ これに対し,被告は,Aが本来尽くすべき注意義務を果たして,本件通路が2項道路に該当するか否かの調査を十分に行っていれば,被告が本件通路を法上の道路であると判断していることについて容易に疑義を生じたはずであり,被告に問い合わせること等により,本件通路が2項道路に該当しないことが事前に判明したといえるし,Aが位置指定道路の指定に係る事前相談を適切に行っていれば,本件通路が2項道路に該当せず,位置指定道路の築造が不可能であることが事前に判明したといえ,本件売買契約及び本件媒介契約が締結されることはなかったから,仮に被告の行為に過失が認められるとしても,当該行為と原告らの損害との間には相当因果
関係が認められないと主張する。しかし,被告の主張するAの過失は,原告X2との関係における過失相殺の可否において考慮すべき事項であっ て,被告指導課職員の違法行為と原告X1の損害との因果関係を否定する事情とはならないというべきであるから,被告の前記主張は採用することができない。なお,後記4,(1),(2)記載のとおり,Aに被告主張の各過 失を認めることはできない。
オ また,被告は,原告X1は,現実にCに対して上記費用の支払をしてい ない旨及び本件土地の測量によって得られた図面等の成果物は,今後の本件土地の取引や土地利用に有益なものであり,これらの成果物に係る費用を損害と見ることはできない旨を主張する。しかし,前者については,前記イのとおり,原告X1がCに対して報酬支払義務を負うに至った時点で,原告X1の損害は確定したといえるし,後者は損益相殺の主張とも解されるが,本件通路が2項道路でない以上,被告指導課職員の前記違法行為がなければ,原告X1が近い将来本件土地を売却処分し又は自ら活用する蓋然性が高かったとはいえないから,原告X1が同違法行為により被告主張の利益を受けたと認めることはできない。
(2) 慰謝料(原告X1主張額300万円)
前記前提事実(6),証拠(甲29,証人A)及び弁論の全趣旨によれば, 原告X1が本件売買契約の代金を息子の住宅の建築資金に充てるつもりであったこと,原告X1は思いがけず本件売買契約を解除するに至り,Bから手付金として受領していた300万円を息子に既に手渡していたため,Bに対する返済が必ずしも容易でなかったことが認められ,これらを総合しても,原告X1に財産的損害の賠償によって慰謝されない程度の精神的苦痛が生じたと認めることはできず,原告X1の主張する慰謝料を損害として認めることはできない。
(3) 弁護士費用(原告X1主張額40万円)
前記認定の損害額や本件訴訟の経過等に照らし,前記被告指導課職員の違法行為と相当因果関係を有する損害としての弁護士費用は,9万円が相当である。
(4) 合計額
原告X1の損害の合計は,99万円となる。計算式:90万円+9万円=99万円
3 争点(3)(原告X2の損害及び因果関係)について
(1) 仲介手数料相当額(原告X2主張額201万6000円)
ア 原告X2は,得べかりし仲介手数料相当額の損害を被った旨主張してい るところ,前記のとおり,2項道路該当性は道路判定とは無関係に一括指定により定まっており,本件通路は2項道路の該当要件を満たさない以上,本件媒介契約締結当時,本件通路は2項道路ではなかったのであるから,本件通路が2項道路であることを前提として,原告X2が本件媒介契約を締結して仲介手数料を得ることはそもそも不可能であったといわざるを得ない。したがって,かかる得べかりし利益を被告指導課職員の違法行為と相当因果関係を有する損害として認めることはできない。
イ 一方,前記第3,2,(1),ア認定の事実からすれば,被告指導課の職 員が道路縦覧地図において本件通路を法上の道路でない道として赤色に着色していれば,Aが本件通路を2項道路と誤信することはなく,本件媒介契約が締結されることもなかったと認めることができるから,被告は,原告X2が本件媒介契約が締結されたことによって支出するに至った費用等の損害につき,賠償する責任を負うというべきである。
この点,原告X2は,契約締結及び履行に向けて,担当社員の人件費及び事務費などを支出しており,仲介手数料に相当する上記額の損害を被ったと主張し,その人件費及び事務費等の額につき200万円以上の実害を受けた旨の証人Aの証言及び供述(甲29)がある。しかし,その額が具
体的計算に基づいたものでないことをA自身も認めていることからすれ ば,上記額を裏付ける証明力を有するとは認められない。また,その他事務費等に係る損害に関する証拠も存せず,本件媒介契約の締結及び履行に向けていかなる損害が発生するのか,損害の発生及びその額のいずれも明らかでなく,原告X2が本件媒介契約を締結することによって支出するに至った費用等の損害の発生を認めるに足りない。
(2) 信用失墜による無形損害(原告X2主張額500万円)
ア 前記前提事実(2)ないし(6),証拠(甲29,証人A)及び弁論の全趣旨 によれば,Bは京都府内で年間約400棟の分譲住宅を供給する不動産業者で,原告X2と長く取引関係を続けていたこと,Aが,道路縦覧地図の記載を見て,本件通路が2項道路であることを前提にBに本件不動産の買
受けを持ちかけ,BはAの情報を信じて本件土地の買受けを承諾したこと, Bは,本件通路の道路判定が更正されたことにより,本件売買契約の目的を達成できなくなり,本件売買契約を解除したこと,原告X2とBとの取引数が,本件売買契約解除後に多少減少したことが認められ,前記被告指導課職員の違法行為によって,原告X2は,Bからの取引上の信用を失ったと認めることができる。これらの事情を総合すると,このような信用失墜に関し,原告X2に50万円相当の無形損害が生じたと認めるのが相当である。
イ 被告は,原告X2の主張からすれば,本件売買契約の解除に至ったのは,信頼に足りるはずの道路縦覧地図の記載を被告が覆したからであり,何ら原告X2の過失によるものではないから,原告X2の信用を何ら失墜させるものではなく,信用失墜による無形損害は認められないなどと主張する。しかし,不動産仲介業者である原告X2が同じ業界の不動産業者であるBに虚偽の情報を提供して,一旦締結に至った本件売買契約の解除を余儀なくさせた事実から,少なからぬ原告X2の信用失墜を招いたことが容易に
推認され,現に前記解除の前に比して原告X2とBとの取引数が減少している事実も窺えるのであるから,被告の前記主張は採用することができない。
(3) 弁護士費用(原告X2主張額70万円)
前記認定の損害額や本件訴訟の経過等に照らし,前記被告指導課職員の違法行為と相当因果関係を有する損害としての弁護士費用は,5万円が相当である。
(4) 合計額
原告X2の損害の合計は,55万円となる。計算式:50万+5万=55万
4 争点(4)(過失相殺の可否)について
(1) Aの本件通路が2項道路に該当するか否かに係る調査方法について
被告は,Aは一級建築士及び宅地建物取引xx者の各資格を有し,京都市内における2項道路の要件も熟知していたから,本件通路が2項道路であるか否かの調査を行うに当たり,道路縦覧地図の記載及び現地を確認するだけでなく,原告X1から過去の状況を聞き取るなどの調査をする義務があり,これにより容易に疑義を生じたはずであるから,このような調査を怠った過失が認められ,過失相殺すべきであると主張する。
しかし,前記前提事実(1)ア,証拠(甲29,証人A)及び弁論の全趣旨 によれば,Aは一級建築士及び宅地建物取引xx者として京都市内における
2項道路の要件も熟知していたことが認められるが,前記第3,1,(2)の とおり,2項道路の要件該当性の具体的判断については,その要件の内容を知る不動産業者等においても極めて困難であって,Aが,周辺住民からの聞き込み等により,基準時における道の存在及びxx物の立ち並びの要件を調査しなかったことをもって,原告X2の不注意として評価することはできない。したがって,被告の上記主張は採用することができない。
(2) Aが位置指定道路の築造が可能か否かの事前相談を怠った点について
被告は,被告指導課においては,道路位置指定の申請に先立ち,築造主に対して,被告指導課の職員と事前相談を行うよう求めており,築造主から事前相談調書等が提出され,被告内での事前審査を経て,それを築造主に回答しなければ,ある土地に位置指定道路が築造可能か否か分からず,それは道路位置指定の手引(乙6)においても明記しているところ,本件売買契約においては,位置指定道路の築造が契約内容となっていたから,Aには,本件売買契約を仲介するに当たり,本件売買契約締結前に,道路位置指定の事前相談を被告指導課に対して行うべき義務があり,それを怠ったAには過失が認められると主張する。
しかし,証拠(甲29,乙5ないし7,証人A)及び弁論の全趣旨によれば,①被告においては,従来から,道路位置指定については事前審査を先行させ,事前審査で指定可能と判断した場合に初めて道路位置指定申請書を受け付け,工事着工の指示をして工事完了検査後,道路位置指定処分をするという取扱をしていること,②事前審査は,まず,築造主に対し,被告の都市計画局都市景観課(平成18年5月以降は被告指導課)の職員との事前相談を行わせた上,事前審査依頼調書(同月以降は事前相談調書)に付近見取図,道路配置図,道路断面図,現況写真,公図,登記事項証明書,求積図,地積測量図及びその他必要な図書(敷地縦横断面図等)を添付して提出するように求めていること,③売買契約締結前に確定測量図(地積測量図)を作成することは実務上ほとんどないこと,④事前審査依頼調書等が提出された後,関係部局等が協議を行った上で,事前審査の結果,すなわち,位置指定道路の指定が可能か否かを築造主に対して伝えていることが認められるところ,このような事実からすれば,事前相談,事前審査依頼を求められている築造主又はその代理人ではない不動産仲介業者が,売買契約に先立って,事前相談をし,築造主に地積測量図ほかの必要図書を準備させた上,事前審査依頼
調書(事前相談調書)を提出させ,事前審査の結果を待って接道条件の有無を確認するというのは非現実的で,実際上もそのような取引慣行があるとは認められず,原告X2に,道路縦覧地図の確認等をすべき義務に加え,被告指導課に対して位置指定道路の築造が可能か否かの事前相談をすべき義務はあったとは解されない(被告のいう事前相談義務が文言どおり「事前相談」すべき義務だとすると,事前相談の段階では道路位置指定の可否の判断は示されないはずであるから,これをするだけでは無意味である。被告のいう事前相談が事前審査を含む趣旨だとすると,築造主でもその代理人でもない原告X2が事前審査依頼調書を提出しても,上記都市景観課は受理しないはずであるから,原告X2が事前審査依頼義務を負うことはない。)。また,仮に,A(原告X2)が,平成17年12月時点で,事前相談をし,それを経てBに事前審査依頼調書を提出させたとしても,上記都市景観課が道路位置指定不可との回答をしたことを認めるべき確たる証拠はない。したがって,被告の上記主張は採用することができない。
5 以上によれば,原告X1の請求は,被告に対し,国賠法1条1項に基づき,
99万円及びこれに対する違法行為の後の日であり,訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成21年8月12日から支払済みまで民法所定の年
5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,原告X2の請求は,被告に対し,同項に基づき55万円及びこれに対する同日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,原告らのその余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
京都地方裁判所第4民事部
裁判長裁判官 x x x
裁判官 x x x x
裁判官 x x x x 郎
(別紙)
物 件 目 録
1(本件土地)
所 在 京都市a区b町地 番 c番
地 目 x
x x 445平方メートル
2(本件通路)
所 | 在 | 京都市a区b町 |
地 | 番 | d番 |
地 | 目 | 宅地 |
地 | 積 | 250.90平方メートル |
3(本件通路)
所 | 在 | 京都市a区b町 |
地 | 番 | c番e |
地 | 目 | 宅地 |
地 | 積 | 31.40平方メートル |