争いとなった事案〈No4〉
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設 計 者 に 係 る 事 案 の 事 例 ー ④
契約書を交わさないままに進んだ設計業務 について、基本設計業務は完了しているかどうかが
争いとなった事案〈No4〉
■事案の概要
ある1級建築士事務所は、高齢者関連福祉施設の設計を依頼されました。当該施設の建築主は、1年近く当該建築士事務所と打合せを重ねましたが、やがて当該建築士事務所の建築士は、自分たちの希望をかなえてくれるというよりは、自らの建築の作風を押し付ける傾向があると判断するようになり、結局当該建築士事務所とは全く別の建築士事務所にあらためて設計業務を委託することにしました。その間、依頼者と当該建築士事務所との間では特に業務委託を締結し、契約書を交わすということはしていませんでした。
設計業務の継続を断られた当該建築士事務所は、設計契約が成立しているとして、契約解除以前になした業務についてその割合報酬を請求しました。当該建築士事務所の主張は、基本設計まで完了しているので、その分の報酬を支払ってほしいというものでした。しかし建築主側では、解除した時点までに当該建築士事務所からはスケッチや簡単な模型程度の説明しか受けておらず、実際には基本設計図も受領していないことから基本設計が完了しているとは到底思えないと主張しました。
■ポイントと解説
本事案では、契約書の有無にかかわらず、設計者は設計内容の説明を行い、建築主はそれを受けてきた事実があるので、契約は成立し、設計業務は行われていたと考えられます。現在では重要事項説明義務などがあり、業務の開始時点で契約のことを想定していない限り業務が進められない環境が整いつつありますが、本事例のように委託、受託があったかどうかなどを曖昧にしたまま業務が進行し、結果的に争いとなるケースは以前から多かったようです。
基本設計段階が終わった時点とは、一般に建築物の全体像が確定し、構造設計や設備設計などを含む実施設計段階に移ることを建築主が合意した時点と考えられます。また基本設計図書の作成・交付も必要でしょう。本事案の場合、そうした意味では建築主の合意は得られていないので、基本設計は完了しておらず、業務量として基本設計相当の業務量が既になされたという主張になると思います。設計がどこまで進んでいたか、その進捗割合
(出来高)を考えるには、①その時点までに完成し建築主に提供され説明された設計図書など(スケッチや模型も含む)を設計図書全体の中に占める割合から判断する、②その時
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までかかった業務量が設計業務全体で想定される業務量に占める割合から判断する、などの方法があると思われます。
■トラブルの回避策
建築士と紛争事例
設計者は作成した設計図書など(スケッチや模型も含む)に加えて、打合せ記録やそれまでの設計者たちの業務の記録などを普段から整えておくことが大切です。また十分な説明義務の履行と、建築主側の同意を得ながら業務を進めることも肝要でしょう。建築士の業務は、基本的に契約によって建築主の望む建築物を実現するためになされるもので、本事案のように、建築主の側から自分たちの求めていたものと違うという判断を下された場合には、建築士の側でも自らの業務履行の方向性が適切であったかなどについても、再考する必要があるかもしれません。
※参照法令、契約約款など
・契約成立は民法上の問題。当該事例の場合は、契約書が無くても契約は諾成で成立していると考えられる。
・たとえば四会連合協定建築設計・監理等業務委託契約約款では第26条第2項で建築主の任意の解除権を認めている。
A 設計者に係る事案の事例
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