Contract
第64課 債権 ― 契約その5(契約の履行と解除)
成立要件を満たし、有効要件も備わった契約は、当事者間で拘束力を生じる。すなわち、履行されなければならない。売買であれば、売主は目的物の所有権を買主に移転しなければならないし、買主は代金を支払わなければならない。家の賃貸借であれば、家主は賃借人にその家を使わせなければならないし、賃借人は家賃を払わなければならない。いったん契約をした以上、正当な理由もないのに、気が変わったからといって、自分の負担した債務を履行しないことは許されないわけである。当事者それぞれが、契約という合意に基づく約束によって負担した債務の内容を実現することが、契約を履行するということであり、結局これは債務の履行に他ならない。契約の履行とは、契約によって発生した当事者各自の債務を履行することである。そして、これは、債務の消滅という観点から見れば「弁済」であることはすでに学んだ。
ところが、相手方当事者が任意に債務を履行してくれない(弁済しない)場合もある。その場合には、すでに学んだように、当事者は、相手方当事者に対し、裁判所に訴えてその履行を強制したり、損害賠償請求をしたりすることができる。しかし、強制履行と損害賠償だけで全てが解決するだろうか。特に双務契約の場合には、自分の債務も残っているわけで、相手方にあくまでも履行を求めていくのであれば、自分の債務も履行しなければならない。この場合、もはや契約の本来の目的を達することはあきらめて、自分自身も契約の拘束力から免れる方が得策ではないか?また、実現ができなくなったような契約にいつまでも縛られているのは不合理ではないか?このような時には契約の拘束力を解くのが最善の方法ではないか?これが契約の「解除」(民法第540条以下)の問題である。
解除とは、いったん成立して効力も有する契約を、どちらかの当事者が一方的な意思表示で契約成立時に遡って「なかったことにする」制度である。無論、契約の解除はいつでも自由にできるわけではなく、相手方が債務不履行をしたとか、契約であらかじめ決めてあった事態が生じたなどの条件があって、初めてすることができる。このように解除をすることのできる権利を「解除権」という。解除権は、法律の規定によって発生するものと、当事者間で、契約の際に「このようなことがあった場合にはこの契約を解除することができます。」というような約束をしてあった場合に、そのような約束に基づいて発生するものがあり、前者を「法定解除権」、後者を「約定解除権」という。解除権を有する当事者は、この権利を行使することによって、もはや不合理となってしまった契約の拘束力から免れることができる。その上で、まだ損害が残っていれば、併せて相手方にその損害の賠償を求めることもできるのである。
1 重要語句 a 解除
もう少し正確に「解除」を定義してみると、「契約が締結された後に、その一方の当事者の意思表示によって、その契約がはじめからなかったのと同じ状態に戻す法律行為」ということができよう。解除は、一方的意思表示によって法律関係に変動をもたらす行為であるから、法律行為のうち、単独行為に分類される。
解除が行われると、解除の効果として、契約当事者間に、状態を元に戻す義務、すなわち「原状回復義務」が生じる(民法第545条第1項本文)。つまり、まだ履行をしていない債務については、履行する義務はなくなり、すでに履行してしまっているものについては、物を返還するとか、支払われた金銭に相当する金額を返還するなどである。しかし、契約が履行されているとき、その履行を前提として新たな法律関係に入った第三者(例えば、AからBが物を買い、BがそれをさらにCに売り渡した後、AがBとの契約を解除した場合のC)は、解除によって不測の損害を被る危険性がある。そのため、民法は第545条第1項但し書きで、「第三者の権利を害することができない」と規定し、この場合の原状回復を制限している。
なお、継続的な関係を維持することを予定している賃貸借や雇用、委任などの契約については、解除による原状回復といっても、すでにやってしまったことを元に戻すわけにはいかない。このような契約については、継続的な関係の維持を前提としない売買などとは違った考慮を要するので、本来の解除とは異なり、遡って契約がなかったことにするのではなく、将来に向かってのみ債権債務関係を消滅させるという扱いがなされており(賃貸借に関する民法第620条など)、本来の解除と区別するため、これを「解約」あるいは「解約告知」などと呼んでいる。
b 法定解除権
法定解除権は、一般的に相手方の債務不履行によって生じる(民法第
541条、第543条)ほか、各種の契約の性質や状況に応じて、契約関係の維持が不合理となるような特定の事由が生じた場合に発生することもあり、詳しくは各種の契約について定めた箇所にそれぞれ定められている(例えば民法第567条など)。
c 約定解除権
例えば、製造業者Aと卸売業者Bの間である製品を売買する際に、「BがAから買い受けた製品を3か月以内に小売店に転売できなかった場合には、AもBも本契約を解除することができる」などという条項を売買契約に入れれば、これは約定解除権を定めたものと理解できる。