Q117 避難地域内の借家に妻と子ども2人(小6,小3)と住んでいたが,今般,避難指示により,身の回りの荷物だけをもって避難した。賃貸借契約はどうなるのか。家 賃を払い続けなければならないのか。避難指示が解除されたら,すぐに家賃を払わなければならないのか。
第3編
私人間の紛争・トラブル及びそれに関する東京電力への損害賠償
第1 賃貸借契約
Q117 避難地域内の借家に妻と子ども2人(小6,小3)と住んでいたが,今般,避難指示により,身の回りの荷物だけをもって避難した。賃貸借契約はどうなるのか。家賃を払い続けなければならないのか。避難指示が解除されたら,すぐに家賃を払わなければならないのか。
本件事故発生から5か月以上も借家の使用ができず,未だ収束していない状況に鑑み,避難地域内の建物賃貸借契約は,履行不能により終了したと考えられ,家賃を支払う義務はない。避難指示が解除されても,既に建物賃貸借契約は終了していることから,家賃の支払義務はない。
解 説
1 建物の滅失と賃貸借契約の終了
借家が地震やそれに伴う火災等により滅失するに至ったときは,建物賃貸借契約は,履行不能により終了するのが原則である(焼失につき最判昭 42・6・22 民集 21・6・1468 )。最判昭 42・6・22 は,罹災のままの状態では風雨をしのぐべくもなく倒壊の危険さえあり,完全修復には多額の費用を要し,建物全部を取り壊して新築する方が経済的であるときは,当該建物は全体としてその効用を失い,滅失し,建物賃貸借契約は終了したとする。建物が滅失したか否かは,その主要な部分が消失して,賃貸借の趣旨が達成されない程度に達したか否かによって決するべきで,消失した部分の修復が通常の費用では不可能と認められるかどうかも斟酌すべきとする。大阪地判平6・12・12 判タ 880 ・230 は,特定の階層部分や一部屋は滅失していなくとも,建物全体としてみたときに,上記の滅失の基準に該当するか否か検討するとしている。
本件事故により,建物自体には損傷はない。しかし,今般の避難指示は,一時的なものではなく,本件事故発生後5か月以上を経過しても,未だに避難指示が解除されていないことから,避難指示の出された地域内(警戒区域)の場合,借家人は賃貸建物には居住できず,建物全体の効用を失っており,xxの賃貸建物を使用収益させる義務は履行不能となり消滅するものと考えられる。そして,賃貸借契約は,目的物の全部の履行不能により終了すると考えられているので,この場合,賃貸借契約は終了するものと考えられる。
また,計画的避難区域については,1か月を目処に避難のため立退きを求められる地域であり,賃貸人及び借家人がその指示に従うことが前提になっているので,賃貸人及び借家人双方の責めに帰すべからざる事由によって履行不能により建物を使用させる義務が消滅したと考えることができる。したがって,この場合も賃貸借契約は終了するものと考えられる。
緊急時避難準備区域の場合は,自主的な避難を求められている地域であり,当然には建物の使用収益が不能ということはできず,賃貸借契約は当然には終了しない。
2 家賃の支払義務
借家が警戒区域や計画的避難区域の避難区域内にあるときは,目的物を使用収益させる義務の全部が,賃貸人及び借家人双方の責めに帰すべからざる事由によって,履行不能になると考えられるので,反対債務である賃料債務も民法 536 条1項により消滅するため,家賃を支払う必要はない。
また,前述のとおり,少なくとも避難が長期化している現時点では,賃貸借契約が終了しているので,家賃の支払義務はない。
緊急時避難準備区域の場合は,当然には賃料債務は消滅しない。しかし,同区域は,特に子ども,妊婦,要介護者,入院患者等は立ち入らないことが求められる区域なので,子ども,妊婦,要介護者等の自力での避難が困難な者がいる世帯等については,賃料債務が消滅したと解するのが相当である。
本件のように,小6と小3の子どもがいる世帯は,自力での避難が困難であるとは必ずしもいえないものの,本件事故による放射性物質への被ばくの危険を回避するため,避難行動に出ることは社会通念上合理的であるといえ,避難の期間の家賃の支払義務の免除について,賃貸人と協議した方がよい。
賃貸人は,得られなかった家賃相当額を東京電力に損害賠償することになる(中間指針・第3〔損害項目〕10(備考)6))。
3 避難指示解除後の家賃の支払義務
借家が,警戒区域や計画的避難区域内にあるときは,賃貸借契約は既に終了していると考えられるので,避難指示が解除されても家賃を支払う必要はない。元の借家に戻る場合には,新たに賃貸人と賃貸借契約を締結されたい。
緊急時避難準備区域の場合は,原則として賃貸借契約は終了しないので,避難指示が解除されるとされないとにかかわらず,家賃は支払わなければならないが,前述のとおり,避難期間中の家賃の支払義務について賃貸人と協議をしている場合には,避難指示解除後,帰宅に要する相当期間経過後は,家賃の支払義務が発生すると考えられる。
Q118 借地に自宅を建てて住んでいたが,避難地域に指定された。建物も古くなったし,当分戻れそうもない。借地契約を解約したい。更地に戻して返還する必要があるのか。更地に戻す費用は東京電力に請求できるのか。
避難地域に指定されたとしても,借地権設定者との合意によらない限り,借地契約を解約できないと考えられる。解約に当たっては,更地に戻して土地を返還しなければならない。避難地域内の建物で生活できないことを理由として,更地化にする費用は,東京電力に請求できると考えられる。
解 説
1 借地契約の解約
避難地域に指定されたという事由は,借地契約書に解約事由として定められているとは思えないので,当事者間で合意による解約ができない限り,借地契約を終了させることができないかが問題になる。ただし,転借地権者がいる場合は,合意による借地契約の解約の場合でも,同人の権利を保護するためにも同人の同意が必要であろう。
建物賃貸借契約とは異なり(Q117 参照),避難地域に指定されて建物が使用できなくなっても,土地が滅失するわけではないので,借地権は消滅しない。
本件の場合,「建物も古くなった」とあるので,旧借地法に基づく借地権である可能性がある。旧法による借地権は,期間満了前に朽廃したときは当然に消滅するが(旧借地法2条1項ただし書),避難地域に指定されても建物自体が朽廃したわけではないので,同法による当然消滅の主張はできないと考えるべきであろう。なお,借地借家法には「朽廃」の規定がない。
よって,借地契約の解約は,借地権設定者との合意解約しかできないと考えられる。 ただし,賃料については,実際上土地の使用収益ができない以上,その期間は賃料請求
権も消滅する。
借地権設定者は,減収となった賃料分については,東京電力に対し,請求できる(中間指針・第3〔損害項目〕10(備考)6))。
2 建物買取請求権の有無
借地人は,借地契約の終了に当たり,建物を壊して更地で戻す原状回復義務を負っている。
合意解約の場合は,借地借家法 13 条1項の「存続期間が満了した場合において,契約の更新がないとき」には当たらないので,特別な合意がない限り,建物買取請求権を行使できない。よって,借地権設定者との合意がない限り,原則どおり,更地にして返還しなければならない。
3 原状回復費用と東京電力への損害賠償
借地契約の終了に伴って,建物を収去し更地に戻す等の原状回復費用を負担するのは,借地契約上の賃借人の義務である。よって,本件事故がなければ被害者が現在有しているであろう仮定的利益状態と,本件事故のために被害者が現在有している現実の利益状態との間の「差額」がないようにも思われるが,しかし,交通事故の事案で,死は早晩免れず,死者の霊を祀ることが当然にその遺族の責務とされることであっても,不法行為の際に葬儀費用,墓碑建設,仏壇購入のために費用を支出した場合には,その支出が社会通念上相当と認められる限度において,不法行為により通常生ずべき損害として,加害者に請求できるとされていること(大審大 13・12・2民集3・522,最判昭 44・2・28 民集 23・2・ 525 )と比較し,原状回復費用についても同様に,社会通念上相当と認められる限度において,東京電力に対する損害賠償として認められる可能性がある。
特に,避難地域内に建物が存在することで,建物は放射性物質に被ばくし汚染されたとの事実上の推定が働く。避難指示が解除される目処が立たず,当分の間建物に居住できない蓋然性が高い場合は,中間指針に従い,被ばくによって建物に居住するという効用を喪失し,あるいは平均的・一般的な人の認識を基準として,建物の価値の全部を喪失したと認められ,当該建物の廃棄費用相当額として,更地化する費用を請求できると考えられる
(中間指針・第3〔損害項目〕10(指針)Ⅱ,Ⅲ)。
しかし,避難地域の指定から解除されれば建物を使用できるという状況で,しかも早晩避難地域の指定が解除される見込みがあり,単に「建物が古くなった」ことを理由に更地にする場合には,建物の価値の全部を喪失したとは認められず,「原子力損害」には該当しないため,更地費用を東京電力に請求することは困難である。
Q119 避難地域で1階6戸,2階6戸のアパートを経営していた。避難指示が出されたので,8戸の借主から退去するので敷金を返還して欲しいといわれた。しかし,手元に8戸分の敷金を全部返還できる資金がない。敷金はすぐに返さなければならないか。
原則として,建物賃貸借契約に定められた,建物明渡し時から相当期間内に敷金全額を返還しなければならないが,賃借人に事情を話し,分割払による返還を協議されたい。
解 説
1 敷金の返還義務
敷金は,賃貸借が終了し,かつ目的物を返還した時に返さなければならず,賃貸借契約が終了する原因を問わない。
アパートが警戒区域,避難地域,又は計画的避難区域内にあるときは,避難指示が長期化している現時点において,賃貸借契約は当然に終了すると考えられるため(Q117 参照),賃借人からアパートの明渡しを受けた時,賃貸人は敷金の全部を返還しなければならない。敷金の返還時期についても,建物明渡し時から一定期間内に支払う旨の定めが,建物賃貸借契約書にあるのが通例である。敷金返還債務のような金銭債務については,民法 419 条
3項により,不可抗力の抗弁が排除され,支払を免れることはできないため,契約書に定めた時期に,敷金を返還しなければならない。
実務的には,賃借人に事情を話し,敷金の返還について,分割支払の協議を行うことになる。
2 不可抗力による敷金不返還の合意の有効性
ところで,特約で,不可抗力により賃貸借契約が終了したときは敷金を返還しないとされている場合がある。本件は,巨大地震に伴う原発事故というまさに不可抗力により賃貸借契約が終了したケースである。しかし,借家人保護の見地から,このような特約は無効と解されるケースもあり,延焼の事例ではあるが,特約の効力を否定して保証金の返還請求権を認めた事例がある(大阪地裁昭 52・11・29 判時 884 ・88)。
敷引特約(貸主が,原状回復費用などの名目で,返還予定の敷金から一部減額するための特約)については,xxxに反して賃借人の利益を一方的に害するものであると直ちにいうことはできないが,賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる損耗や経年により自然に生ずる損耗の補修費用として通常想定される額,賃料の額,礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らし,敷引金の額が高額に過ぎると評価すべきものであるときは,当該賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅に低額であるなど特段の事情のない限り,xxxに反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものであって,消費者契約法 10 条により無効となるというのが,最高裁判例である(最判平 23・3・24裁時 1528 ・15,最判平 23・7・12 裁時 1535 ・5)。
そこで,xxxに反して賃借人の利益を一方的に害するような特約でなければ,敷金の全額を免れる可能性がある。
このような特約がなければ,アパートの明渡しが完了次第,相当な期間内に敷金を支払わなければならない。
敷金は,賃貸借契約が終了すれば,終了理由を問わず返還しなければならないものであり,本件事故によらず賃貸借契約が終了しても,返還しなければならないものである。よって,今回,敷金の返還を求められたとしても,これを賃貸人の損害とみることは難しく,東京電力にその賠償を求めることは困難と思われる。
1度に8戸分の敷金を返還するために,金融機関から借入れをしなければならなくなった金利相当額の損害は,通常生ずべき損害とはいえず,東京電力がかかる事情について予見可能性があるとはいえないから,やはり,東京電力にその賠償を求めることは困難と思われる。
Q120 避難地域外で貸アパートを経営している。借主が避難してしまい,家賃は支払われないまま,連絡もつかない。部屋を他の人に貸したいが,賃貸借契約を解除することができるか。置いてある荷物はどうすればよいか。
公示による意思表示や公示送達による建物明渡訴訟提起により,賃貸借契約を解除した上で,判決に基づき建物の明渡しの強制執行を行う。建物内の荷物の処分は,未払賃料を被請求債権として動産差押えの手続によるべきである。
解 説
1 催告と解除,公示送達
避難地域外にあるアパートなので,借主の避難によっても,当然には建物賃貸借契約は終了しない(Q117 参照)。
原則として,賃貸借契約を解除する為には,催告をした上で,解除の意思表示を相手方に到達させなければならない(民法 541 条)。借主との連絡の付かない本件では,公示によ
る意思表示(民法 98 条)の方法により賃料の支払を催告し,解除する方法があるが,公示
による意思表示の手続には時間を要するため,建物明渡請求を提訴する際の訴状に,一定時期までの未払賃料全額の支払を請求し,期限までに支払がない場合には契約を解除する旨の記載し,後述の公示送達手続(民訴 110 条)を利用して解除の意思表示を行うことが多い。
無催告解除特約がある場合,賃貸人と賃借人との間の信頼関係は完全に破壊され,賃貸借契約を継続することが不可能となった等,催告しなくても不合理とは認められない事情がある場合には無催告解除特約による解除は有効とされているが(無催告解除を有効とした裁判例としてxx判昭 60・12・10 判時 1219 ・86),催告をした方が無難である。裁判では,被告の連絡先が分からない本件においては公示送達の手続をとることになる。
無催告解除特約がない場合でも,賃貸借契約の継続が困難といえるほどの信頼関係の破壊があるといえる特段の事情がある場合には,催告の手続がなくとも解除ができるといわれているが,本件のように避難により連絡が取れないために賃料が支払われていないという事情の場合には,連絡が取れない期間が相当長期に至っている等でない限り,特約なき無催告解除は困難であると思われる。
公示送達の手続には,申立ての際には郵便物が届かないこと,住民票の異動がないこと又は借室の現状に関する調査報告書(郵便物がたまっている,電気メーターがほとんど回っていないなど)等の資料を提出する必要がある。
2 自力救済の禁止・残置物の処理
自力救済は,原則として禁止され,法律の定める手続によったのでは,権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合においてのみ,その必要な限度を超えない範囲で,例外的に許される(最判昭 40・12・7民集 19・9・2101 )。避難して賃借人と連絡が取れないだけであるため,自力救済が許される特別の事情が存するとは思われない。
部屋を他人に貸すためには,借主に対し建物明渡請求訴訟の勝訴判決を得て,明渡しの強制執行する必要がある。建物内の荷物は,建物明渡請求とともに未払賃料請求を合わせて訴訟提起をして判決を取得するのが通例なので,未払賃料を被請求債権として動産差押えを行い,貸主が当該動産を競落して所有権を取得してから廃棄等して処分するのが通例である。
第2 売買契約
Q121 建売住宅の購入契約をし,手付金を支払ったところ,その場所が政府指示等による避難の対象区域に指定されてしまった。契約を解除できるか。手付金を返してもらえるか。契約を解除する方法としては,手付解除,契約条項による解除,事情変更の原則による
解除が考えられる。解 説
1 手付解除
手付解除(民法 557 条1項)の方法による場合,買主は手付を放棄する必要があるので,手付金は返してもらえない。
ただし,手付解除は,解除の時点で,売主が契約の履行に着手している場合にはできない(同条項)。したがって,既に売主が建物を引き渡していたり,登記手続を行っていたり,履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をしていた場合には,手付解除はできない。
2 契約条項による解除
全国宅地建物取引業協会連合会の標準的な売買契約書には,「引渡し前に,天災地変等の売主,買主のいずれの責にも帰すことのできない事由によって物件が滅失した場合には,買主は契約を解除でき,毀損したときは,売主は,物件を修復して買主に引き渡すものとするが,修復が著しく困難又は過大な費用を要するときは,売主は売買契約を解除することができ,買主は毀損によって契約の目的を達することができないときは,この契約を解除することができる」という規定が存在している。
物理的に滅失や毀損はないため,対象区域に指定されたことは,直ちに「滅失」や「毀損(一部滅失)」と同視はできないが,本件事故発生から5か月以上を経過しても,本件事故の収束時期は不明で,避難指示が解除されていない現況に鑑み,建物を利用できなくなっており,建物の滅失又は修復困難な毀損と評価することが可能と思われる。そして,避難地域指定により,その建物を使用することも,転売することもできなくなるので,契約の目的を達成することはできないと評価できると思われる。
したがって,本件の売買契約において,このような規定が存在しているのであれば,契約を解除して,手付金を返してもらうことは可能であると考えられる。
対象区域に指定されていない場合には,建物の滅失や毀損と評価することは難しくなるため,当該契約条項による解除は困難であるが,ホットスポットと呼ばれる放射線量が高い地域は,過大な除染費用を要する場合や除染によっても修復が困難である場合には,上記の「修復が著しく困難又は過大な費用を要するとき」に該当し,売主及び買主は,売買契約を解除することができると考えられる。
解除となった場合,売主は,本件事故がなければ当該契約が成立又は継続していたとの確実性が認められる場合は,合理的な範囲で賠償すべき損害と認められることとされている(中間指針・第3〔損害項目〕10(備考)6))ので,契約が成立している場合には,当該不動産の売買によって得られた利益及びこれに要した経費を損害として請求できる。また,もともとの不動産の価値については,Q42 参照。
3 事情変更の原則による解除
(1) 対象区域に指定された場合
判例(最判昭 29・2・12 民集8・2・448 ,最判平9・7・1民集 51・6・2452 )は,
①契約締結後に著しい事情の変更が生じたこと,②著しい事情の変更について当事者が予
見することができなかったこと,③著しい事情の変更が当事者の責めに帰すことができない事由によって生じたこと,④契約どおりの履行を強制することが著しくxxに反し,xxに反することが認められる場合には,事情変更の原則による解除の法理を認めている。
したがって,対象区域の指定が,以上の要件に該当すれば,事情変更の原則の適用による解除は認められるが,判例は事情変更の原則の適用について厳格な姿勢がとられているため,対象区域の指定の事情についても事情変更の原則による解除が認められない可能性がある。特に④の要件について,売主にとっては,契約の解除を認めることがかえってxxに反する結果となりかねないので,事情変更の原則が本件で適用される可能性は低いといえる。
当該解除が認められた場合には,原状回復義務(民法 545 条1項)により,手付金の返還を受けることができる。
(2) 対象区域ではないが,放射線量が高いといわれている場合
この場合は,上記(1)①ないし④の要件(特に④の要件)を充足するとはいえず,事情変更の原則による解除は困難である。
4 上記解除がいずれもできない場合の売買代金債務について
上記の解除が認められない場合には,買主は約定どおり売買代金を支払わなければならない。
対象区域の指定を受けたことで,事実上,建売住宅の引渡しを受けることができなくなったが,特定物売買の場合には,危険負担の債権者主義(民法 534 条1項)が適用され,目的物の滅失又は損傷の場合,債権者の負担に帰するとされ,買主は,約定どおりの売買代金を支払わなければならない。あるいは,前述のとおり,売買契約書で定められた違約金(支払済みの手付金を充当する)を支払って,売買契約を解除せざるを得ないが,不動産売買においては,代金支払と引渡し,登記が引換えになっているのが通例で,引渡し,登記の時まで債権者主義をとるべきではないという見解も有力である。この見解によれば,手付金の返還は難しいが,残売買代金を支払う義務がないと考え得ることになる。
約定どおり売買代金を支払った買主としては,当該売買代金相当額を,東京電力に対し損害賠償することができる。
第3 建築請負契約
Q122 避難地域内の所有地上に自宅建物の建築請負契約を締結したが,工事着手前に避難地域に指定されてしまった。建物を建てても住めないので,請負契約を解除したいが,解除できるか。建築中であった場合や建物完成後引渡し前であった場合はどうか。
建物完成前であれば,請負契約を解除できるが,建築業者が準備した材料費や出来高分の労賃相当額を賠償しなければならない。
解 説
1 民法 641 条による,建物完成前の解除
原則としては契約書の条項に定めたものに従うべきであるが,定めがない場合には,民法の定めに従う。
民法 641 条は,注文者に,仕事の完成前であれば,請負人に損害賠償することを条件に,特段の理由なく請負契約を解除することを認めている。したがって,工事着工前の場合には,民法 641 条に基づく解除ができる。建築中の場合にも原則として解除ができるが,当該建物が可分であって,建築済みの部分のみでも注文者に利益があるような場合には,未完成の部分のみ解除できる(大判昭7・4・30 民集 11・780)。建物完成後引渡し前の場合には同条の解除はできない。
民法 641 条の解除をする場合,注文者は,請負人に生じた損害を賠償しなければならない。具体的には,工事の着工前であっても,既に請負人が当該建築のために購入した材料で他の工事に転用不可能なもの等がある場合には,その材料費が賠償の対象になる。また,建築中に解除した場合には,その工事の進度に応じた材料代や労賃などを賠償する必要がある。
支払済みの請負代金は,解除により返還されるが(民法 545 条1項),請負人に損害賠償の必要がある場合には,その差額分が返されるに過ぎない。
2 建物完成後引渡し前であった場合について
この場合,前述のように民法 641 条の解除はできない。また,避難地域に指定されたことは,仕事の目的物である建物の瑕疵とはいえず,建物は土地の工作物であることから,民法 635 条ただし書により,同条の解除もできない。また,既に建物は完成しているので債務不履行の問題にもならない。
したがって,この場合契約の解除をすることは困難である。
3 支払わなければならない請負代金について
支払わなければならない請負代金については,中間指針に従い,被ばくによって建物に居住するという効用を喪失し,あるいは平均的・一般的な人の認識を基準として,建物の価値の全部を喪失したものと認められる(中間指針・第3〔損害項目〕10(指針)Ⅰ),Ⅱ))ため,本件事故発生時点における建物の時価である請負代金相当額を損害として,東京電力に対し賠償請求できる。
第4 雇用契約
Q123 自宅は避難区域外であるが,小さな子どもがいるので,東京の親類を頼って自主避難をし,会社にはその旨の連絡を入れて,3月いっぱい出勤しなかった。4月に入ってからは出勤しているが,3月に自主避難していたことを理由として懲戒解雇された。この懲戒解雇は有効か。
自主避難が相当と思われる場合には,解雇が違法無効となることが多いと思われる。 ただし,居住地域の放射線量や職場離脱期間等の具体的事情によっては,職務懈怠や業
務命令違背を理由とする普通解雇ないし懲戒解雇が有効となる場合もあり得る。
解 説
1 普通解雇事由と懲戒解雇事由
解雇が有効であるためには,客観的に合理的な理由と社会通念上相当であると認められることが必要である(労働契約法 16 条)。
一般に,普通解雇事由としては,①労務提供の不能や労働能力又は適格性の欠如・喪失,
②規律違反,③経営上の必要性(整理解雇),④ユニオン・ショップ協定,懲戒解雇事由としては,①経歴詐称,②職務懈怠,③業務命令違背,④業務妨害,⑤職場規律違反,⑥従業員たる地位・身分の規律の違反が,それぞれ挙げられている(xxxx『労働法』424 ~ 431 頁,481 ~483 頁(弘文堂,第9版,2010 年))。
労働者が職場で就業しないことは,労務提供の不能ないし適格性の欠如・喪失ないし規律違反として普通解雇事由となり得るほか,態様が悪質な場合には,職務懈怠として懲戒解雇事由となり得ることが考えられる。
避難区域内の居住する労働者が避難した結果,職場で就業できなくなることがやむを得ない場合には,解雇に客観的な合理的な理由があるとは認められないので,使用者はそのことを理由に労働者を解雇することはできないと思われる。それによって使用者に損害が生じた場合,使用者が東京電力に対して損害賠償を請求して対処すべきである。
本設問における問題は,避難区域外に居住する労働者が避難した場合に同様の取扱いができるかどうかである。
2 避難区域外での避難が労働契約関係に及ぼす影響
避難区域外であっても,放射線量が高い場所は少なくない。電離放射線障害防止規則では,3か月当たりの実効線量が 1.3 ミリシーベルトを超える区域は放射線管理区域とされ,そこで業務に従事する労働者ついては少なくとも6か月に1回の健康診断が義務づけられている(電離則3条1項1号,56 条1項)。この規制は,通常の業務に従事して放射線管理されていることが前提での被ばく限度であることに注意が必要である。
低線量被ばくによる確率的影響についてはしきい値がないと考えられていることからすれば,放射線防護の観点からは,可能な限り,放射線被ばくしないことに越したことはない。とりわけ,年少者や妊婦は放射線感受性が強いので,特別の配慮が必要である。
ICRP(国際放射線防護委員会)も,公衆の被ばく線量限度は年間1ミリシーベルトとすることを勧告している。
したがって,福島第一原発からの距離,近隣地域の累積空間線量等から,相当程度の放射線に被ばくするおそれがある場合には,避難することは合理的な選択であり,やむを得ないと考えられる。その場合において,通勤可能な地域に早期に避難先を発見できるならばともかく,そうでない場合に一時的に遠方に避難することもやむを得ないこともあろう。子どもをいる家庭であればなおさらである。子どもだけを避難させることもできないわけ
ではないが,そのような条件がある家庭ばかりではなく,近時注目されているワーク・ライフ・バランス(Work-life balance)やディーセント・ワーク(Decent work)の考え方からすれば,親と子の離別を求めることも相当でないことが多いだろう。このような場合には,使用者が,労務提供の不能ないし適格性の欠如・喪失ないし規律違反として普通解雇をしたり,職務懈怠として懲戒解雇をしたりすることは,客観的に合理的な理由があるとはいえず,解雇は違法無効となり得る。また,使用者が損害を受けた場合には,使用者が東京電力に対して損害賠償請求し得る。
もっとも,相当程度の放射線被ばくを心配する必要がない地域において,労働者が殊更に放射線被ばくを恐れ,使用者による度重なる出勤命令にも応じずに長期間欠勤し,労働者において改善の見込みがない場合には,労務提供の不能,適格性の欠如・喪失ないし規律違反としての普通解雇や,職務懈怠としての懲戒解雇にも客観的に合理的な理由があると考えられ,このような解雇は有効となり得る。
Q124 福島への転勤を拒否する者に対し,転勤命令拒否で解雇することはできるか。
避難区域等,相当程度の被ばくの恐れがある地域においては,このような解雇は違法無効となることが多いと思われる。
解 説
1 転勤命令の有効性(一般論)
労働者の配置を変更することを「配転」といい,これにより勤務地が変更される場合は
「転勤」と称される(xxxx『労働法』441 頁(弘文堂,第9版,2010 年))。一般に,使用者は就業規則等に基づき配転命令権を有し,労働者が配転命令に従わない場合には,使用者の解雇に客観的に合理的な理由があるとされる場合がある(労働契約法 16 条)。
本設問では配転命令の効力が問題となるが,業務上の必要性と労働者の利益との調和が図られなければならない。この点のリーディング・ケースとされる東亜ペイント事件に関する最判昭 61・7・14 労働判例 477 ・6は,「使用者は業務上の必要に応じ,その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが,転勤,特に転居を伴う転勤」には,「使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく,これを濫用すること」は許されず,「当該転勤命令につき業務上の必要が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても,当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等,特段の事情の存する場合でない限りは,当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである」と判示している。
2 福島への転勤命令の有効性
現在,福島は,避難区域内はもちろん,避難区域外であっても相当程度の放射線被ばくを心配しなければならない。転勤は,転勤先で相当期間生活を送ることが前提となる。業
務上の必要性のある場合であっても,そのような地域で業務に従事させ生活を送らせることが「労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるもの」といえるかどうかが問題となる。
電離放射線障害防止規則では,3か月当たりの実効線量が 1.3 ミリシーベルトを超える区域は放射線管理区域とされ,そこで業務に従事する労働者ついては少なくとも6か月に
1回の健康診断が義務づけられている(電離則3条1項1号,56 条1項)。この規制は,通常の業務に従事して放射線管理されていることが前提での被ばく限度であることに注意が必要である。
低線量被ばくによる確率的影響についてはしきい値がないと考えられていることからすれば,放射線防護の観点からは,可能な限り,放射線被ばくしないことに越したことはない。とりわけ,年少者や妊婦は放射線感受性が強いので,特別の配慮が必要である。
ICRP(国際放射線防護委員会)も,公衆の被ばく線量限度は年間1ミリシーベルトとすることを勧告している。
とすれば,避難区域内への転勤はもちろんのこと,避難区域外への転勤であっても,福島第一原発からの距離,近隣地域の累積空間線量等から,相当程度の放射線に被ばくするおそれがある場合には,そのような地域での就労や生活が「労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるもの」といえる場合もあると考えられる。特に放射線感受性の高い子どもや妊婦,自主的避難の困難な要介護者や入院患者等がいる世帯等については,不利益の程度は大きい。このような場合には,配転命令が違法無効であって,これを拒否したときの解雇には客観的で合理的な理由があるとはいえず違法無効となると思われる。
なお,多くの事業所では,雇用契約締結時,とりわけ期間の定めのない労働契約においては,労働者がどのような地域への配転をも受忍するような条項が盛り込まれていることが多い。労働者と使用者の交渉力の較差からすれば,このような包括的な配転受忍条項自体非常に問題で,このような条項があったとしても,具体的に配転が問題になった時点において配転命令の有効性が検討されなければならないが,更に本件事故による放射能汚染を念頭に置いてこのような労働契約を締結することは通常考えられないことからすれば,なおのことこのような条項によって直ちに配転命令が有効になることはないだろう。
配転命令を行うことができない結果,業務上の損害が生じた場合には,使用者は東京電力に対して損害賠償請求を行うことができる。
Q125 本件事故の影響で会社の経営が非常に苦しい。従業員を解雇せざるを得ないが,解雇は認められるか。就業規則には1か月以上前に予告することとあるが,すぐに解雇するためには予告手当を支払う必要はあるか。
整理解雇の4要件(4要素)(①人員削減の必要性,②解雇回避努力,③被解雇者選定の妥当性,④手続の妥当性)を充足する場合には,解雇は有効となる。
本件事故の影響によって事業の継続が不可能となったことについて労働基準監督書の認定を受けた場合には,解雇予告手当は不要となり得る。
解 説
1 整理解雇の可否
労働契約法 16 条は,使用者が行う解雇には,客観的で合理的な理由と,社会通念上の相当性を要求している。整理解雇は,労働者の非違行為を前提にしないことから,①人員削減の必要性,②解雇回避努力,③被解雇者選定の妥当性,④手続の妥当性の厳格な4要件ないし4要素を満たすことが必要であると考えられている。
本件事故の影響によって,経営状況が悪化し,事業拠点の移転や労働者の配転・賃金引下げ等では事業の維持が困難となるなど,これらの要件ないし要素が満たされる場合には,整理解雇も有効となる。
2 解雇予告手当の要否
使用者は,整理解雇を含む解雇を行う場合には,原則として,30 日前にその予告をするか,30 日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払わなければならない(労働基準法 20条1項本文)。
ただし,「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合」には予告又は予告手当の支払を要しない(同条項ただし書)。ただし,その場合には労働基準監督署の認定を要する(同条3項)。ここにいう「やむを得ない事由」とは,事業主の故意過失によらない火災による事業場の消失,震災による事業場の倒壊などをいい,「事業の継続が不可能」とは,事業の全部又は一部の継続が不可能になったことをいうのであり,多少の人員整理や経営努力等をすれば再開復旧の見込みが明らかな場合は認められないとされる(昭 63・3・14 基発 150 号)(東京大学労働法研究会編『注釈労働基準法上巻』356頁(有斐閣,初版,2003 年))。
本件事故が使用者にとって「天災事変その他やむを得ない事由」に当たることは明らかであるから,本件事故の影響によって事業の継続が不可能になったことについて労働基準監督書の認定を受けた場合には,解雇予告手当は不要となる。
第5 ローン・リース
Q126 警戒区域内に自宅があり,住宅ローンが残っている。自宅に住むことができないのに,住宅ローンを支払わなければならないか。返済の猶予や免除は認められないか。返済したローンについて東京電力に賠償を請求できるか。
各金融機関に支払猶予を申し入れ,支払を停止した上で,①私的整理ガイドラインに基づく債務整理,②債権買取制度の利用,③減価分の東京電力への損害賠償請求といった手段をとることが考えられる。ローン残高や支払済みのローンを東京電力に賠償請求することはできない。
解 説
1 現在,警戒区域に指定された地域への立入りは法的に禁じられており,これに違反すれば罰則が科されることがある(原子力災害対策特別措置法 20 条3項,災害対策基本法 63条1項,116 条2号)。したがって,警戒区域内の住宅に居住することは,法律上認められていない。
2 日本の住宅ローンは債務者の全財産を責任財産としているため,住宅が警戒区域内にあるため利用不可能になっても,当然に住宅ローンが免除されるわけではない。したがって,本件事故後も,住宅xxxの返済義務は残存する。
3 警戒区域内からの避難者に対しては,現在,避難に伴う損害への充当分として,1世帯当たり 100 万円(単身世帯の場合 75 万円)が支払われているほか,追加仮払補償金とし
て,平成 23 年6月 10 日現在の避難者に対し,1人当たり 30 万円が支払われることとなっている。未申請の場合,まずはこれら仮払金の支払を申請することができる(Q21)。
4 政府と日本銀行は,平成 23 年3月 11 日,全金融機関に対して,災害被災者に対する返済猶予等の措置を講ずるよう要請している。したがって,下記の手続をとるまでの暫定的な対応として,各金融機関等に対して,返済の猶予や条件変更を申し入れることが有効である。各金融機関が相談窓口を設置し,ウェブサイト上で連絡先を提供している。
また,各金融機関の了承を得るまでもなく,返済を一時停止することも検討に値する。例えば,下記私的整理ガイドラインは,東日本大震災前に期限の利益喪失事由が発生していなければ,その後支払を停止したとしても,ガイドラインに基づく債務整理の対象となるものとされている。
5 中間指針は,対象区域内(警戒区域も含まれる)の財物の価値が失われた場合について,現実の価値喪失部分及びこれに伴う必要が合理的な範囲の追加的費用について損害と認められるとしている(中間指針・第3[損害項目]10(指針)(指針)Ⅱ))。警戒区域内に所在する住宅(土地・建物)は,今後数十年にわたって利用できなくなるものと考えられるため,住宅の価値はそのほとんどが失われたものとして,住宅の本件事故時における時価評価額について,原賠法に基づき東京電力に損害賠償を請求し,賠償額をローン支払に充てることができる。
6 自宅の他に目立った資産が存在しない場合は,政府の「二重債務問題への対応方針」に基づき平成 23 年7月に定められた「個人債務者の私的整理に関するガイドライン」(私的整理ガイドライン)による債務整理を債権者に申し出ることが考えられる。同ガイドラインは,本件事故によりローンの返済が困難になった場合にも適用される(同ガイドライン Q&A・Q.3─1参照)。
私的整理ガイドラインに基づく債務整理は,破産や民事再生と同等以上の弁済を求められるなどの制約があるものの,債権者の任意の協力による債務の減免を受けることができる。他に目立った資産が存在しない債務者にとっては,①簡易・迅速な手続で債務整理を行うことができること,②弁済計画案の策定について弁護士等の専門家の支援を受けられ
ること,③信用情報機関に事故情報が登録されず新規融資が受けやすいなどのメリットがある。私的整理ガイドラインに基づく債務整理は本年8月 22 日から開始される。
7 今後も警戒区域外で事業の継続を希望する事業者は,政府が出資する機構による債権買取制度を利用することも考えられる。本稿の執筆段階においては,政府が支援する債権買取制度について,その主体,規模,買取範囲等について,与野党間での協議が行われている。今後の協議の行方を注視する必要がある。
8 なお,これらの手続をとらず,あるいはこれらの手続をとったにもかかわらず残存したローン残高やその支払そのものは,本件事故前に生じていた債務であり,本件事故との因果関係がなく,東京電力に損害として賠償を求めることはできない。
Q127 警戒区域内で事業をしていたが,避難により事業の中断を余儀なくされた。事業用のローンが残っているが,支払わなければならないか。金融機関への返済について,東京電力に賠償を請求することはできるか。
各金融機関に支払猶予を申し入れ,支払を停止した上で,①私的整理ガイドラインに基づく債務整理,②債権買取制度の利用,③担保物件の減価分の東京電力への損害賠償請求といった手段をとることが考えられる。ローン残高や支払済みのローンを東京電力に賠償請求することはできない。
解 説
1 事業者の多くは金融機関からの借入金について返済義務を負っており,本件事故に起因する事業の中断によりこの返済が困難になることは明らかである。しかし,不可抗力は金銭債務に対する抗弁とはならず(民法 419 条3項),本件事故の存在は,当該事業者と金融機関との間の法律関係に影響を与えるものではない。本件事故後も,事業者は金融機関に対する返済義務を引き続き負うものと考えざるを得ない。
2 各金融機関に支払猶予を申し入れ,支払を停止することができること,私的整理ガイドラインや債権買取制度の利用による債務整理が可能であることは,Q126 と同様である。
3 金融機関に対する返済義務は,本件事故前に生じていた債務であり,本件事故後に残ったローンやその支払については,本件事故との因果関係がないため,東京電力に損害賠償を請求することはできない。
ただし,事業の中断に伴う営業損害については,東京電力に対して損害賠償を請求することができるから,東京電力から得た営業損害への賠償金から,ローンを支払うことが考えられる。
また,金融機関からの借入れに担保物件が存在している場合には,担保物件の減価分について東京電力から賠償を受けた上で,その賠償金を返済原資に充てることが考えられよう。
Q128 警戒区域内に店舗があるが,店舗内の什器備品はすべてリースである。避難指示によって店舗を営業することができないが,リース料を支払わなければならないか。いつ店舗を再開できるか分からないため,店舗を閉鎖したいが,残存リース料の支払は免除されないか。支払ったリース料について,東京電力に賠償を請求できるか。
各リース会社に支払猶予を申し入れ,支払を停止した上で,①私的整理ガイドラインに基づく債務整理,②債権買取制度の利用,③営業損失の東京電力への賠償請求といった手段をとることが考えられる。リース料を支払っても原則として損害賠償できないが,リースを中途解約した場合の規定損害金は東京電力に対して賠償請求できる。
解 説
1 リースが一般によく用いられているファイナンス・リース契約である場合,リース物件が警戒区域内にあるため利用できなくなったとしても,リース料の支払義務は免除されない。リースの実体は賃貸借ではなく金融的なものであると考えられており,リース料の支払義務は契約の締結と同時に全額について発生し,月々のリース料の支払という方式による期限の利益が付与されるだけであって,リース物件の使用とリース料の支払とは対価関係に立たないからである(最判平5・11・25 金法 1395・49)。多くのリース契約書では,リースが賃貸借であることを前提として,民法の危険負担の適用を特約で排除しており,こうした特約は有効と考えられているので(大阪地判昭 51・3・26 xx 32・1~4・176 ),仮にリースが賃貸借であるとの法的構成に立っても,リース料の支払義務はなくならない。
2 しかし,平成 23 年4月1日,経済産業省は,社団法人リース事業協会に対し,中小企業からのリース料猶予・契約期間延長の申込みについて,支払条件の変更等柔軟かつ適切な対応をとるよう要請している。したがって,下記の手続をとるまでの暫定的な対応として,リース会社に対して,リース料の猶予等を申し込むことが考えられる。各リース会社の相談窓口は,社団法人リース事業協会のウェブサイトに掲載されている。
3 また,私的整理ガイドラインや債権買取制度に基づき,債務の減免や債権の買取りを求めることもできる。詳しくはQ126 を参照。
4 本件事故により店舗の営業が不可能になった場合,東京電力に対して,売上減等について営業損害として請求することができる(Q64 参照)。前述のとおり,リース料の支払義務は免除されないが,この支払義務自体は,本件事故の前から存在するものであること,本来営業が継続していれば売上から支払うべきものであり売上減に対しては営業損害として賠償されることを考えると,仮にリース料を支払っても,損害とならない。
一方,店舗を閉鎖し,リース契約を中途解約した場合の規定損害金の支払を求められた場合,規定損害金は,店舗閉鎖と中途解約の結果新たに発生した債務と考えられること,規定損害金には将来の利息分が含まれ,残元本の支払を求められる事業ローンの一括返済の場合と異なること,営業損害の終期以降の残存リース料については損害となると考えられることなどから,中間指針・第3〔損害項目〕7(備考)8)の「倒産・廃業に伴う追
加的費用」として,本件事故との間に因果関係が認められ,損害賠償の対象とはなる。この場合,東京電力から支払を受けたこの部分の損害賠償金は,リース業者への規定損害金の支払に当てることとなる。
なお,仮に,破産や私的整理で規定損害金の支払責任がなくなった場合,その責任を免れた部分については,リース債務者には損害が発生しないので,東京電力に対し,損害賠償請求できない。
第6 その他
Q129 通っていた英会話学校やエステが警戒区域内にあり,いつ再開されるか分からない。既に支払ってしまった入会金やチケット代などはどうなるか。仮に避難指示が解除されて再開しても,もはやその英会話学校等に通う余裕はないが,解約できるか。解約精算金について東京電力に賠償を請求できるか。
契約条項に従い解約することができる。なお,解約精算金の額については,特定商取引に関する法律(以下「特商法」という)の制限がある。
解 説
1 英会話学校やエステの入会金は,会員としての地位を得ることに対する対価であって,その後の役務提供に対する対価ではない。したがって,仮に契約が中途で終了することになっても,入会金が極めて高額であってこれが役務提供の対価であると認められる特段の事情がない限り,入会金を返還を求めることはできないし,入会金の全部ないし一部を東京電力に対して賠償請求することも困難である。
2 英会話学校やエステとの契約には,通常,中途解約に関する条項が含まれる。避難指示の有無とは関係なく,この中途解約条項に基づき,契約を解除して,未利用部分について解約精算金を請求することができる。
3 ところが,これら契約の中には,中途解約の際の精算金について,契約締結時の単価よりも高額な単価で精算するなど特別の計算方法を定め,わずかな精算金しか支払われない場合がある。どうすればよいか。
利用契約について,契約額が5万円を超え,かつ契約期間がエステにおいては1か月を,英会話学校においては2か月を超える場合,当該契約は特定継続的役務提供契約として,特商法の規制対象となる(特商法 41 条,同施行令 11 条,12 条)。利用者には契約の途中
解約権が認められ(特商法 49 条1項),これにより解約された場合には,事業者は,契約に損害賠償額の予定がある場合でも,契約時単価によって算定された提供済みの役務対価相当額に,解除によって通常生じる損害額(エステの場合2万円又は契約残高の 10%のいずれか低い額,英会話学校の場合5万円又は契約残高の 20%のいずれか低い額)を加えた額を超える金銭を請求することはできない(特商法 49 条2項1号,同施行令 15 条)。
したがって,利用者は,高額の単価で精算するなどの条項が契約上定められていた場合
でも,特商法の規定に従って計算した額を超える賠償額を支払う必要はなく,残額を返還するよう求めることができる。
4 途中解約により負担した賠償額については,本件事故により生じた避難区域における財物価値の減少に該当するものとして,東京電力に対する損害賠償を求めることができる。
5 上記のほか,本来事業者が提供すべき役務が両者の帰責事由なく履行不能に陥っているため,危険負担の問題として考えることもできる。この場合,債務者主義(民法 536 条
2項)により,反対債務は消滅する。設問のように,役務の対価を当初一括で支払ってしまっている場合には,未利用部分の相当額を,不当利得として返還請求することも考えられよう。