Contract
最近の判例から
⑴−ローン特約条項による契約解除−
マンションの一室の売買契約におけるローン特約条項による契約の解除について、買主の請求が認容された事例
(東京地判 平28・11・22 金融法務事情2062-74) xx xxx
マンションの一室の売買契約において、銀行融資承認取得期限までに承認が得られなかった買主がローン特約条項に基づき売買契約の解除と手付金の返還を求めた事案において、ローン特約条項に定める手付金返還拒絶事由やそれ以外に法的に支払を拒否しうる事情があるとはいえないとして、買主の請求を認容した事例(東京地裁 平成28年11月22日判決 認容 控訴 金融法務事情2062号74頁)
1 事案の概要
原告X夫妻は、平成27年9月、売主xx業者Yとの間で、Y所有のマンション一室を代金4780万円で買い受ける旨の不動産売買契約を締結し、手付金100万円を支払った。残代金4680万円と諸費用は銀行から借り入れ、平成27年10月末日までに支払う予定だった。
X夫妻は、売買契約に先立ち、銀行に住宅ローンの事前相談を行い、A行からは総額 5040万円、B行からは総額5030万円で正式申込を受け付ける旨の回答を得ていた。
本件売買契約書では、融資金額は都市銀行より総額5020万円、融資未承認の場合の解除期限は平成27年10月23日とし、下記のローン特約条項が記載されている。
<ローン特約条項>
1 買主は、この契約後すみやかに、表記の融資のために必要な書類を揃え、その申込手続きをしなければならない。
2 前項の融資の全部または一部について承認を得られないとき、買主は標記の融資未
承認の場合の契約解除期限10月23日までであれば本契約を解除することができる。
3 前項によってこの契約が解除された場合、買主は、受領済の金員を無利息で遅滞なく買主に返還しなければならない。
4 買主自主xxxの場合、買主は、融資利用に必要な書類を9月30日までに金融機関に提出し、その提出書類の写しを売主に提出しなければならない。買主が必要な手続きをせず提出期間が経過し、売主が必要な催告をしたのち標記の融資未承認の場合の契約解除期限10月23日が過ぎた場合、或いは故意に虚偽の証明書等を提出した結果、融資の全部又は一部について承認が得られなかった場合には、第2項の規定は適用されないものとする。
本件売買契約の際に、X夫妻はYから、本件マンションの東側に8階建てのマンションが建築される予定であるとの説明を受けた。その後、X夫妻は、xxx事前相談を行っ たA・B行に加えて、C行にも住宅ローンの正式申し込みを行った。その金額は、A行
5140万円、B行5120万円、C行5080万円と、いずれもローン事前相談時の金額及び売買契約書記載の融資金額を上回る金額だった。
審査の結果、A・C行は、X夫妻に対して融資を承認しない旨を通知し、B行は審査結果を解除期限である同月23日までに回答しなかったため、同日、X夫妻はYに対して、ローン特約条項に基づき本件売買契約を解除する旨通知すると共に、手付金100万円を返金
するように求めたが、Yが手付金返還を拒否したためX夫妻が提訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次の通り判示し、X夫妻の請求を認容した。
⑴ ローン特約条項該当性 Yは、X夫妻が故意に既存の借入れを銀行
に申告せず、虚偽の証明書等を提出したことにあたる旨主張するが、その債務の内容は13万円弱の携帯電話の割賦代金であり、これを申告しなかったことを理由に融資の全部の承認が得られなかったとは認め難い。
⑵ ローン特約条項の不適用 Yは、X夫妻が事前相談を前提として本件
売買契約を締結し、その契約書に融資金額を 5020万円と明示したにも拘らず、事前相談の金額を超えて融資を申し込んでいるのであるから、xxx上、ローン特約条項を適用する前提を欠くと主張するが、5020万円を本申込みの上限とする記述は存在せず、保証料等の諸費用部分を合理的な理由により増額して申し込むことには相当性があり、その増額幅も小さく、本件売買契約の合意として許容されているというべきある。
⑶ ローン特約条項の濫用 Yは、X夫妻が本件マンションの東側に8
階建てのマンションが建築されることを了解して売買契約を締結したのに、後になって眺望が気になり白紙解除したいと申し出たところ、Yから手付金を没収すると言われ、銀行からの融資の承認を得られなければローン特約条項により契約を解除して手付金の返還を受けられることに着目し、敢えて事前相談で承認されていた額を超えて融資申込みをしたのであるから、権利の濫用であると主張するが、上記の通りX夫妻の本申込みには合理性、相当性があるからYの主張は認められない。
また、Yは、銀行が事前相談で承認したのに本申込みで否認することは考え難く、X側に問題があったと主張するが、銀行側の正式審査により融資が得られないことは起こり得ることであり、本事案でX夫妻の帰責性がある事情により本申込みを承認しない旨決定されたことを認めるに足る証拠はない。
3 まとめ
買主において、予定していた金融機関からの融資が得られなかったために、売買代金が支払えず、支払義務違反を理由に手付金等が没収される等の結果が生じることは、買主にとって極めて酷な事態となる。このような観点から、買主の責に帰しない事由により融資が得られなかった場合に、買主保護のために売買契約解除を認めるというのがローン特約条項の趣旨と言われている(東京地判 平9・ 9・18 判例時報1647-122)。
本件のように、金融機関から融資が得られなかったことが、買主において客観的な障害
(客観的資力不足)によるものとして、買主のローン解除が認められた事案として、事前審査で説明していた自己資金が用意できず、本審査において、融資申込みを取り下げた買主のローン解除を認めた事例(東京地判 平 23・6・22 RETIO85-88)、ローン期間を70歳とする融資の申込みが否認された買主に対し、ローン期間を75歳として申し込む義務があったとする売主主張を棄却した事例(東京地判 平9・9・18 RETIO42-52)、都市銀行より融資を断られた買主に対し、ノンバンクにも融資申入れをする義務があったとした売主主張を棄却した事例(東京地判 平16・7・30 RETIO62-60)等があるので、あわせて参考としていただきたい。
(調査研究部xx調整役)
最近の判例から
⑵−媒介業者の注意義務−
転売予定先が購入を見送ったことにつき、買主側との交渉を担当した仲介業者に対する転売業者の損害賠償請求が棄却された事例
(東京地判 平28・8・1 ウエストロー・ジャパン) xx xx
不動産の転売を行おうとした不動産業者が、買主の購入意向が固まったとして、所有者と購入契約を締結したが、その直後に買主が契約しないとしたことから、買主との売買交渉をしていた仲介業者に対し、買主の売買契約締結の最終意思を確認する注意義務違反があったとして、所有者と締結した購入契約の違約解除金、転売利益等を損害とする賠償を請求した事案において、仲介業者に注意義務違反は認められないとしてその請求を棄却した事例(東京地裁 平成28年8月1日判決棄却 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成24年10月1日、媒介業者Y(被告)よりAが所有する本件不動産の紹介を受けた買主B(個人)は、売買代金を2億5000万円、売主の承諾が得られ次第売買契約を締結するとした不動産取纏依頼書をYに提出した。
同月4日、A側の交渉窓口となっていた媒介業者Cの代表取締約Dは、Yに対し、今回の取引は、Aの譲渡所得税対策のため、Aと Bの直接の売買ではなく、Dが代表取締役を務めるX(原告・xx業者)を間に入れ、AからXへの売買(第一契約)と、XからBへの売買(第二契約)という2段階売買にしたいと伝えた。XがAから購入する代金額は2億1500万円、とし、Cが媒介業者になるものとされた。
同月10日、CはYに対し、本件不動産の隣地境界承諾書の一部が、前所有者と隣地所有者との不仲により揃わないため、境界明示を同年1月作成の実測求積図で代替(本件代替案)できれば、Aは第一契約を締結するので、 Bの意向を確認してほしいと依頼した。
同月11日、Yは本件代替案をBに説明した。同月12日には、Yは「境界承諾書が取得できない場合もあり、そのような場合には実測求測図で境界を明らかにして売買契約を締結することがある。」と説明をしたところ、Bは、
「そういうものなんですか。」と回答した。Yは、Bの対応から本件代替案が了承されたと理解して、Cに対し、Bの了解が得られたと報告し、同月15日までに第一契約の契約書を確認したいと伝えた。
同月15日、XはAとの間で代金を2億1500万円とする第一契約を締結し、これを媒介したCは、Yに同契約書の写しを送付した。
同月16日、BはYに対し、境界承諾書のない隣地とのトラブル懸念が払拭できないとして、第二契約の話は白紙にしたいと伝えた。 Yは境界確認に関する新たな提案等を行い、再考を促したが、結局、第二契約は締結に至らなかった。
XはBに対し、契約締結上の過失等を理由とする損害賠償請求訴訟を提起したが、第xx、控訴審とも棄却され、その後確定した。 XはYに対し、XとBとの売買交渉の仲介
をしていたYには、媒介契約に基づく善管注意義務、または、xx業者としての業務上の一般的注意義務があり、売買契約締結についてのBの最終意思を確認する注意義務違反があるとして、転売利益1000万円、Aに支払った違約金等1500万円、慰謝料500万円ほか、計3393万円余の損害賠償を求め、本件訴訟を提起した。
2 判決の要旨
裁判所は、次の通り判示し、Xの請求を棄却した。
① XとYとの間で、本件不動産の売買に係る媒介契約書が作成された事実はなく、他に媒介契約の成立を認める証拠はないことから、媒介契約の成立を前提とする善管注意義務違反をいうXの主張は理由がない。
② xx業者は、直接の委託関係はなくとも、xx業者の介入を信頼して取引した第三者に対して、xxxxを旨とし、取引上の過誤による不測の損害を生ぜしめないように配慮すべき業務上の一般的注意義務を負う。
しかし認定事実によれば、Bは、同年10月 1日付不動産取纏め依頼書をYに交付していること、その後、隣地境界承諾書がそろわないことが判明したことから、Yは本件代替案をBに提示し、これを前提とする重要事項説明書の文案を示すなどの対応をしたこと、同月12日のYの「実測求積図で境界を明らかにして売買契約を締結することがある」旨の説明に対し、Bは明確な拒絶をせず「そういうものなんですか」と、Yの説明を受け入れたと理解してもおかしくないような回答をしたこと、その後Bより思い違いを訂正するような申出はないまま推移し、Bが第二契約の白紙撤回の意思を明らかにしたのは、第一契約が締結された同月15日の翌日のことであったことなどの事実が認められるのであり、この
ような事実関係の下においては、Yの対応につき、xx業者としての一般的注意義務違反があったということはできないというべきである。
③ 以上によれば、Xの請求は理由がないからこれを棄却する。
3 まとめ
契約締結を見送った買主に対し、契約締結上の過失があるなどとして、賠償請求をしたが敗訴(RETIO99-62参照)した原告が、今度は買主側の仲介業者に対して損害賠償を求めた事案である。原告敗訴の本件判決および買主に対する判決の結果については、異論はないものと思われる。
ところで、売主・買主が確定された場合に、仲介依頼を受けていたxx業者が、取引の間に入り、転売によって媒介手数料の上限規制の潜脱をはかろうとする事案が見られることとがある。
本件原告は、本件不動産の所有者からの節税対策の依頼により、原告が転売することになったと説明するが、だとすればなぜ第一契約解除に所有者の理解を得られず違約金を支払うことになったのか疑問があり、また、転売には売却リスクが当然伴うものであるところ、訴訟において媒介業者には原告の転売リスクを回避させる義務があるとの主張は、原告は、実質は媒介であったと言っているようにも聞こえ、仮に、実質媒介行為であるとすると、規定の媒介手数料を超える転売益を得ることを予定していたことになり、xx業法 46条2項に違反していることになる。
「xx業者が行った転売行為が媒介行為の潜脱行為であると認められた事例(xxx判平24・3・13 RETIO89-72)」があるので、併せて参考とされたい。
(調査研究部調査役)
最近の判例から
⑶−建物の瑕疵−
建物に瑕疵があり、売主には不完全履行があったとする買主による損害賠償請求の一部が認容された事例
(東京地判 平26・4・25 ウエストロー・ジャパン) xx xx
宅地建物取引業者から賃貸目的で建物を購入した買主が、同建物の瑕疵又は売主の不完全履行により、賃貸ができないとして、売主に対して、建物工事に要した費用及び建物の月額賃料相当割合の逸失利益の支払いを求めた事案において、建物には隠れた瑕疵があり、売主は建物を瑕疵のない状態で引き渡す債務を負っていたにもかかわらずその履行が不完全であったとして、買主の請求の一部(建物工事に要した費用)が認容された事例(東京地裁 平成26年4月25日判決 一部認容 控訴
(控訴棄却)ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
買主X(原告)は、宅地建物取引業者である売主Y(被告)から、平成25年2月27日、 11階建て区分所有マンションの1・2階部分
(1階は1世帯部屋、2階は独立したワンルーム6部屋、以下「本件建物」という。)を代金2300万円で購入した(以下「本件売買契約」という。)。
Yは、本件売買契約締結に際し、Xに対し、
「故障不具合がないガス給湯器が全世帯個別の台所、浴室、洗面所に付帯している。公営水道及び都市ガスは、直ちに負担金なく利用可能である。給排水管の故障は発見していない。」と説明をした。
Yは、同年3月21日、Xに本件建物を引き渡したが、本件建物は、本件売買契約締結及び引渡しの時点で、次の状態であった。
1階の洗面所並びに2階のワンルーム6部
屋の浴室及び洗面所にはガス給湯器及びガス配管が付帯されておらず湯が出ず、2階の給排水管も故障していた。上記各室において給湯及びガスを正常に利用するためには、給湯工事費及び給湯・ガス配管工事費等合計1064万円余の工事を要する。
また、2階の6部屋は違法な水道工事が施されており、これを是正して各部屋にメーターを付けなければ水道利用ができず、違法水道利用を止めるため、1階、2階給水管切り離し工事費110万円余、水道メーター設置のため、水道利用加入金94万円余及び給水装置工事費189万円を要する。
さらに、2階の3室の浴室を使用するためには、排水管更新工事111万円余を要する。
Xは、上記各状態は通常人の普通の注意で発見できない瑕疵であり、Yは、本件売買契約に基づき、本件建物を上記瑕疵のない状態で引き渡す債務を負っていたところ、その履行が不完全であったと主張し、上記瑕疵又は不完全履行により、本件建物を他人に貸すことができないため、前記各工事費の合計1569万円余に加え、11か月間の本件建物の月額賃料相当額の割合による逸失利益535万円余の損害も負ったと主張して、Xに対して、2104万円余の支払いを求めて提訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Xの請求を一部認容した。
⑴ 本件建物の各状態は、通常人の普通の注
意で発見できない瑕疵であると認められ、また、YはXに対し、本件建物を上記瑕疵のない状態で引き渡す債務を負っていたというべきところ、その履行が不完全であったと認められる。
本件建物の各部屋には水道及び給湯蛇口並びに風呂が存在することが認められること、宅地建物取引業者であるYが、本件売買契約締結に際しXに説明した内容に照らすと、上記説明内容は、当事者の特に保有すべきものと定めた性質であり、かつ、これらが本件建物に備わっていないことは、通常人の普通の注意では発見できないと認められる。
⑵ Yは、本件建物は特定物であるところ、特定物の売買について、瑕疵担保責任とは別に債務不履行責任が生ずることはない旨主張する。しかしながら、本件売買契約締結に際し、Xに説明した内容は、売買契約の目的を達成する上で特段の意味を有するから、本件建物自体は特定物であっても、YはXとの間で、その説明内容を実現する旨合意したと解するのが合理的であり、各工事費計1569万円余は、前記瑕疵又は不完全履行と相当因果関係のある損害であると認められる。
⑶ Xは、前記瑕疵又は不完全履行により、本件建物引渡日である平成25年3月21日から平成26年2月20日までの本件建物の月額賃料相当額(1階18万7000円、2階30万円)の割合による逸失利益535万円余の損害を負った旨主張する。しかしながら、Xは、Yに対し、本件建物の瑕疵により発生した逸失利益の損害賠償を請求するためには、本件建物に前記瑕疵がなければ、当該期間中、本件建物を賃貸し、賃借人から同額の賃料を得ていたこと、前記瑕疵のために同期間中賃貸を行うことができなかったことを証明する必要があるところ、同事実を認めるに足りる証拠はない。
⑷ 以上によれば、Xの本訴請求は売主の瑕
疵担保責任又は不完全履行責任に基づく損害賠償金1569万円余を求める限度で理由があるから、その範囲でこれを認容し、その余は理由がないからいずれも棄却する。
3 まとめ
本件では、当事者が特に保有すべきものと定めた性質が取引物件に備わっていないなどとして、買主の請求する高額の工事費全額が損害として認められている。本件は古い収益物件の取引であり、買主側にも不用意な点はあったようにも見えるが、契約解除も考え得るような各設備の状態からすれば妥当な判断と思われる。
また、本件では賃料相当の逸失利益は認められず、売主のほか買主も控訴しているが、東京高裁(平成26・12・10判決)も、買主の請求は、原判決の範囲で理由があるなどとして控訴を棄却している。
なお、高裁は不完全履行の責任及び将来の逸失利益の賠償責任については、「本件売買契約において、売主が買主に対し、本件建物を引き渡すこと以外に特別の債務を負担することや瑕疵担保責任の範囲を超えて特別の損害賠償を負うことが定められたと認めるに足りる証拠はないことから、買主主張の不完全履行の責任についてこれを認めることはできない」、「瑕疵担保責任(民法570条)において、売主が賠償責任を負う損害の範囲は、いわゆる信頼利益に限られ、これにより、将来の逸失利益の賠償を請求することはできないと解するのが相当である。そして、売主が不完全履行の責任を負わないことは前記のとおりであるから、買主の逸失利益の賠償請求は理由がない」と判示しているので参考に供したい。
(調査研究部次長)
最近の判例から
⑷−高圧送電線振れ幅下地の説明−
高圧送電線の振れ幅下地であることの調査説明義務違反を理由とする買主のxx業者に対する慰謝料請求が認められた事例
(東京地判 平27・12・25 ウエストロー・ジャパン) xx xx
戸建住宅の買主が、売主不動産業者および媒介業者に対し、近くに高圧送電線が存在し、購入物件がその振れ幅に一部掛かることの説明がされなかったとして、瑕疵担保責任、説明義務違反等に基づき、主位的に契約解除を、予備的に損害賠償等を求めた事案において、契約解除は認められなかったが、説明義務違反について慰謝料の請求が認められた事例
(東京地裁 平成27年12月25日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成24年10月、買主Ⅹ(原告)は、売主不動産業者Y1(被告)との間で、媒介業者 Y2(被告)の媒介により、本件不動産(本件戸建住宅および本件道路)を3,320万円で購入する売買契約を締結し、Ⅹは、Y1に対し売買代金全額を、Y2には仲介手数料89万円余を支払った。
しかしY2は、本件不動産の上空付近を通っている電力会社の所有する高圧送電線(本件送電線)についての調査を行わなかったため、本件不動産は本件送電線の直下には存しないが、本件送電線の振れ幅に、本件宅地のうち7.97㎡および本件道路のうち31.91㎡が掛かること、当該部分については電力会社との間で、xx物築造および工作物設置の制限、補償料の支払い等を内容とする契約を締結する必要があることを見落とし、本件売買契約
に際しⅩに説明しなかった。
その後、本件不動産の上空に本件送電線が存することを知ったⅩは、本件不動産にはxx物の制限等があり、また本件送電線の存在は、本件建物やⅩら家族に危険が迫る可能性がある等の理由から、購入目的を達することができないとして、Yらに対して、主位的に、瑕疵担保責任または説明義務違反による債務不履行に基づき売買契約の解除と売買代金の返還・契約解除に伴う損害賠償金の支払いを求め、予備的に、調査または説明義務違反として、債務不履行または不法行為に基づき損害賠償金等の支払いを求め、本件訴訟を提起した。
Yらは、本件送電線に関し調査説明を行わなかったことは認めたが、本件不動産は第1種低層住居専用地域にあり、本件制限は建築基準法等の制限を超えて影響を及ぼすものではないこと、危険性等も具体的なものではないこと、売買価格も本件送電線が上空にあることを考慮して割安に設定してあることを主張した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Xの請求の一部を認容した。
⑴ Ⅹの売買契約の解除請求について
本件送電線の振れ幅は、本件不動産の一部に掛かるに留まるものではあるが、電力会社
との契約により制限を受けるものであり、また多額ではないが補償金が支払われることから、「瑕疵」があるとは認められる。
しかし制限を受けるのは本件宅地のわずか 7.97㎡であって、当該部分には本件建物は存在していないか、仮に存在しても、その範囲はわずかであること、本件制限のうち建築(高さ)等の制限は、行政上の規制を超えるものではないし、それ以外の制限も、特殊な用途の建物の建築を制限するものや一時的な立ち入りを認めるにすぎないものといえ、直ちに、住宅として本件建物の存立や安定的な住環境の維持に影響を及ぼすとは認められない。
また、Ⅹが主張する荒天や積雪により本件送電性が破損する等の危険性は抽象的なものにすぎないし、電波障害や電磁波等も、科学的な根拠に裏付けられた具体的・客観的なものとはいえない。
従って、本件制限が瑕疵に当たるとはいえ、その制限は大きいとまではいえず、また本件送電線の存在自体も直ちに瑕疵に当たるとはいい難いことから、Ⅹは瑕疵担保責任または説明義務違反による債務不履行に基づき売買契約を解除することはできない。
⑵ Ⅹの損害賠償請求権について
本件制限は瑕疵に当たるから、Ⅹが損害を 受けた場合には、Yらは賠償する義務を負う。しかし、Y提出の不動産価格査定報告書に
よれば、本件不動産の売却価格は近隣不動産の売却価格に比して低額になっており、本件送電線の存在を考慮して決定されたものと推認でき、かかる値引き率はⅩ提出の査定書が示す値引き率とも大きく食い違っていない。このことから、本件不動産の価格は、本件送電線を考慮して決定されたと認めることができ、本件不動産の財産的価値に係る損害賠償請求を認めることはできない。
もっとも、xは本件送電線の説明を受けな
いまま本件売買契約を締結させられることになったのであって、Yらの説明義務違反は、
Ⅹが十分な情報の提供を受けた上で締結するか否かの決定機会を奪った不法行為に該当すると認められ、これに対する慰謝料として、本件一切の事情も併せ鑑みて、Yらは連帯して、慰謝料100万円、弁護士費用相当額10万円の支払い義務を負うものと認められる。
3 まとめ
本件は、売買契約締結の際に、高圧送電線の存在および制限を説明しなかった不法行為について、買主が、売主不動産業者および仲介業者に対し、契約の解除と損害賠償を求めたが、高圧送電線による制限は法令上の制限を超えるものではないこと、高圧送電線の危険性等も具体的・客観的でないこと、本物件の価格は高圧送電線を考慮した設定となっていること等を理由に解除は認めらなかったが、説明・調査義務違反による慰謝料として 100万円の支払いが認められた事例である。
高圧送電線の直下または近隣の不動産は、圧迫感、景観の面からも通常一般的に避けられる傾向があり、おそらく本件売主はその点を配慮して減価したと思われるが、電力会社の制限範囲に存するかどうかを確認しなかったことは、媒介業者の手落ちといえよう。
高圧線は高所にあり、直下にあるか、振れ幅に掛かるかは目視では確認しにくいため、不動産業者におかれては、電力会社に確認する必要があることに留意されたい。
また、高圧線下地の価格査定については、不動産流通推進センターのマニュアルに記載されており、こちらも併せて参考にされたい。
(調査研究部調査役)
最近の判例から
⑸−xxxx義務−
不動産の譲渡人が非居住者に該当し、譲受人が源泉徴収義務を負うとされた事例
(東京地判 平28・5・19 ジュリスト1498-10) xx x
個人売主から不動産を購入した買主が、売主は非居住者に該当しないと判断して所得税の源泉徴収を行わずに譲渡代金を支払ったところ、税務当局から源泉所得税の告知処分を受けたため、これを不服として当該処分の取消しを求めた事案において、売主が非居住者に該当し、これに該当しないとした買主の判断に注意義務が尽くされていないとして、その請求が棄却された事例(東京地裁 平成28年5月19日判決 棄却 ジュリスト1498号10頁)
1 事案の概要
平成19年12月、買主X(原告・法人・xx業者)は、xxx杉並区内の、売主A(個人)が一部を駐車場として賃貸し、一部に住宅(以下「本件建物」という)が建てられていた土地(以下「本件土地」という)について、Aと売買金額7億6000万円にて売買契約を締結し、翌年3月にその引渡しを受けた。
XとAの契約に向けた交渉は、Xの担当者が本件建物を訪れて何回かにわたり行われた。契約・引渡時ともに、Aの住民票は、本件建物に置かれて、不動産登記記録および固定資産税評価証明書上も本件建物もしくは国内の旧住所がAの住所地となっていた(その後、平成23年3月に戸籍とともに住民票は職権で抹消された)。また決済前に、Xの担当者らは司法書士とともにAの介護保険被保険者証を確認するとともに、Aから国内居住者を前提とした譲渡益課税についての質問を受け、これに対して税理士に確認する等して回
答を行っていた。
一方、売買代金は、Aの希望により米国内の銀行口座26か所に分けて振込まれた。その際、社内の経理セクションからAが非居住者にあたるか確認するよう指示があったため、 Aにその旨確認したものの、Aからは居住者であるとの回答があった。
平成22年3月頃に、所轄税務署が本事案についての税務調査を開始。米国内国歳入庁への照会も含めたその調査結果等を踏まえ、平成24年6月、Ⅹに対して源泉所得税7621万円余の納付を求める本件告知処分を行った。これを受けてxは、本件告知処分に従い一旦全額の納付を行う一方、本件告知処分に不服があるとして、これに係る異議申立て及び審査請求を行ったものの、いずれも棄却されたことから、平成26年3月、本件訴訟を提起した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Xの請求を棄却した。なお、その後xは控訴したが、同様の判断で棄却され、本件判決は確定した。
⑴ Aは決済時点で居住者にあたるか Aは、大学卒業後、昭和27年に米国に留学
し、その2年後頃に米国内で婚姻し、その翌年以降に2人の子供をもうけ、昭和34年までに米国の社会保障番号を取得し、その後米国籍も取得した。昭和61年に配偶者が死亡したものの、その後もAは米国内での勤務を続けた。平成4年頃にAは本件土地を実父より相続し、翌年に実母が死亡するまでの数年間は、
その介護のために日本国内に滞在した。平成 7年にAは本件建物を建築し、それ以降日本国内では、本件建物で生活していた。一方、 Aは平成12年に米国内に自宅を購入し、その後米国内では長男と同居して生活していた。かかる状況、ならびに、日本国内には米国 発給の旅券を用いていたこと、平成10年以降の各年は日本の滞在期間が1年の半分に満たないことからすると、Aの生活の本拠は米国
にあったと認められる。
したがって、Aは引渡し時点で、国内に住所を有しておらず、かつ、国内に居住していたとも、1年以上国内に居所を有していたとも認められず、居住者に該当しない。
⑵ Ⅹは注意義務を果たしていたか
xは、Aが非居住者かどうか確認する義務を負い、この注意義務を尽くしていなかった場合に源泉徴収義務を負うことについては、争いはない。
ⅩがAに対して本件譲渡対価を支払う際に注意義務を尽くしていたか否かについて検討するに、Ⅹの担当者は、Aの対応や本件建物の室内の様子から、Aが本件建物で生活しているものと認識しており、また、本件売買契約の締結に至る過程において入手した各種書類には、Aの住所が本件建物所在地(ないしは国内旧住所)である旨が記載されていたことを併せ考えれば、Ⅹの担当者において、Aが本件建物で生活しており、本件建物所在地がAの住所であると考えたこと自体は至極自然なことであったということはできる。
しかし、①本件不動産が売りに出されていることをⅩが認識した当時、本件建物に訪問してもAは常に不在で、電話連絡もつかなかったこと、②交渉開始後もAが約1か月間にわたり渡米していたことを認識していたこと、③Aからかつて米国で生活していたことを聞かされていたこと、④売買代金の送金先
が米国内の多数の銀行口座であり、受取人住所も米国内、かつ受取人名にもAの日本名とともに米国人姓(夫の姓であった)が記載されていたこと、からすると住民票等の公的な書類を確認したことのみをもって、Ⅹが注意義務を尽くしたということはできない。
⑶ 結論
以上によれば、Ⅹの請求は認められない。
3 まとめ
本件は、不動産の売主が非居住者に該当するか、該当するとした場合に、買主がその確認についての注意義務を果たしていたかが争われ、買主の請求が棄却された事例である。事実としては、売主は本件不動産の譲渡益 について国内での申告は行わず、また非居住者と判断される状況にあったようであり、裁判所は買主もこれを認識できたと判断した。しかし、Aが米国内に自宅を所有し、家族 もそこに居住していることをAから聞かされていなかったⅩからすれば、二重国籍は通常思いの至らないところであり、住民票も国内にあり、本人確認書類(被保険者証)も所持していた売主が非居住者であることを認識することは、判示されている通り、なかなか困
難ではなかったかと思われる。
また、本件裁判所が理由として掲げた①から③は、居住者であっても十分あり得る話であると思われ、Ⅹが、Aは居住者にしては不自然と認識できたとすれば、④の送金先である米国銀行、その数、住所、名義くらいしかないのではなかろうか。
いずれにせよ本件事案は、非居住者か否かの判断には、難しいものがあり、相手方へのヒアリングは当然として、税理士に確認を依頼する等、グローバル化の進む中、慎重な対応が必要なことを示した事案と言えよう。
(調査研究部調査役)