Contract
令和元年12月26日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官平成29年(ワ)第13447号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 令和元年9月26日
判 決
5 主 文
1 被告会社は,Cに対し,450万円及びこれに対する平成29年5月18日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告らは,連帯して,Dに対し,55万円及び,被告会社についてはこれに対する平成29年5月18日から,Eについてはこれに対する同月13日から,F
10 及びGについてはこれに対する同月14日からそれぞれ支払済みまで年5分の
割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,Cに生じた費用の100分の30及び被告会社に生じた費用の1
00分の10をCの負担とし,D,E,F及びGに生じた各費用の100分の9
15 5並びに被告会社に生じた費用の100分の60をDの負担とし,Cに生じた費
用の100分の70,Dに生じた費用の100分の1及び被告会社に生じたその余の費用を被告会社の負担とし,D,E,F及びGに生じたその余の各費用をE, F及びGの負担とする。
5 この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。
20 事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 被告会社は,Cに対し,627万5016円及びこれに対する平成29年5月
18日(本訴状送達日の翌日)から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告らは,連帯して,Dに対し,1100万円及び,被告会社についてはこれ
25 に対する平成29年5月18日(本訴状送達日の翌日)から,Eについてはこれに対
する同月13日(本訴状送達日の翌日)から,F及びGについてはこれに対する同月
14日(本訴状送達日の翌日)からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,①Cが,被告会社との間で,Cの子であるXの自立支援を内容とする業務
5 委託契約(以下「本件契約」という。)を締結したところ,被告会社が本件契約に基づ
く債務を履行しなかったと主張して,被告会社に対し,債務不履行に基づき,本件契約の代金相当額(570万4560円)及び弁護士費用相当額(57万0456円)の損害賠償金並びにこれに対する(被告会社への)本訴状送達日の翌日である平成2
9年5月18日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支
10 払を求め,②Dが,被告会社の代表者であるE並びに被告会社の職員であるF及びG
(以下,この3名を指すときは「Eら」という。)において,Xの意に反して同原告の自由を奪い,劣悪な生活環境下に置くとともに,同原告に暴力を加えてその精神状態を悪化させたと主張して,被告らに対し,Eについては共同不法行為又は会社法42
9条1項に基づき,F及びGについては共同不法行為に基づき,さらに,被告会社に
15 ついては会社法350条又は使用者責任に基づき,慰謝料(1000万円)及び弁護
士費用相当額(100万円)の損害賠償金並びに被告会社についてはこれに対する平成29年5月18日(本訴状送達日の翌日)から,Eについてはこれに対する同月1
3日(本訴状送達日の翌日)から,F及びGについてはこれに対する同月14日(本訴状送達日の翌日)からそれぞれ支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員の
20 連帯支払を求める事案である。
1 前提事実(認定に用いた証拠は括弧内に示した。)当事者
x X(昭和63年2月生まれ)は,Xとその夫であるHとの間の二女である。Dは,高校時代から,学校に行かずに自宅にいることが多く,大学に入学して,一人暮
25 らしを始めたものの,1年で大学を退学して,実家に戻り,アルバイトをして生活し
ていた。Xは,平成25年頃から,小説を執筆してインターネットに投稿するように
なり,平成26年頃からは,xx市a区所在のH名義のマンション(以下「本件マンション」という。)で一人暮らしをするようになった。(甲11,23,C本人,D本人,弁論の全趣旨)
イ被告会社は,平成22年3月に設立された,引きこもりに対する自立支援サ
5 ービス等を提供する会社である。
Xは,元警察官で被告会社の代表者であり(乙62),Xは被告会社の相談室長,Xは被告会社の相談職員である。
被告会社においては,Eがひきこもり支援相談士という民間資格を有しているほかに,医療や福祉等の資格を有している職員はいなかった。また,Iは,平成27
10 年8月又は9月頃から同年末頃まで被告会社の職員であったが,Eにおいて,Iに自
立支援の経験があるか否かは把握していなかった。(乙58,E本人,F本人,G本人)
⑵ 本件契約の締結
Cは,平成27年9月16日,被告会社との間で,Dの社会復帰を支援するための
15 人材育成プログラム業務(以下「本件業務」という。)を委託する契約(本件契約)を
締結した。本件契約に係る契約書(以下「本件契約書」という。)には,以下のような内容の記載がある。(甲2,乙4の2・3)
ア 本件契約の目的(本件契約書1条)
本件契約は,Xが社会に復帰し,自立した社会人として健全な社会生活を送るため
20 に,Cの委託を得て,本件業務を提供し,Dの社会復帰を支援することを目的とする。
イ 本件業務の内容(本件契約書2条1項)
被告会社がDの社会復帰支援を行うための準備業務(社会復帰支援を行うために必要となる情報(Dの生い立ち,性格,生活状況等)のCからのヒアリング等の情報収集業務)(以下「支援準備業務」という。)。
25 DがCと別居し,自立した生活が営むことができるようにするためのDに対す
る住居(寮)の提供(以下「住居の提供」という。)。
XがCの庇護下を離れ,寮に転居をするための支援活動(以下「転居支援業務」という。)。
寮において,Xが自立して日常生活を行うことができるようにするためのDに対する生活指導,助言(以下「生活指導業務」という。)。
5 Dが社会において自立した社会活動を行うことができるようにするための職
業訓練支援・指導,就職支援等(以下「就職支援業務」という。)。ウ 本件業務の提供の段階(本件契約書2条2項,3項)
本件業務の提供は,以下の3つの段階(ステージ)に区分されて行われ,被告会社は,各ステージが完了したと認めるときは,その旨をCに報告し,Cは,各ステージ
10 の完了ごとに,被告会社の定める様式による業務完了確認書を被告会社に提出し,そ
の提出をもって,各ステージの業務の完了とする。
第1ステージ:Xが,Xの庇護下を出て,被告会社の事務所に自らの意思で来所し,被告会社による社会復帰支援のプログラムの内容の説明を受けるまでの期間。
第2ステージ:第1ステージ完了後,Xが被告会社による社会復帰支援のプロ
15 グラムを受けることを決意し,寮において,自立した日常生活を始めるまでの期間。第3ステージ:Dが社会人としての自立した社会活動を行うことができるよう
になるまでの期間。
エ 本件契約の有効期間は,契約締結日から90日間とする(本件契約書5条)。オ Cは,被告会社に対し,本件業務の対価として570万4560円(消費税を
20 含む。)を被告会社の預金口座に振り込む方法で支払う(本件契約書3条1項,2項)。
⑶ 本件契約締結後の経過等
ア Cは,平成27年9月17日,被告会社に570万4560円を支払った。x Xxを含む被告会社の職員8名は,平成27年9月28日,Xが一人で居住し
ていた本件マンションに赴き,同原告を被告会社の用意した車に乗せて,被告会社の
25 提供するxx県柏市所在のアパート(以下「柏寮」という。)に転居させた。C及びH
は,同日,(本件マンションの駐車場で)Dが柏寮に向かったことを確認し,第1ステ
ージの業務完了確認書に署名・押印をして,被告会社に提出した。(乙12,35の
3,C本人,E本人)
ウDは,平成27年9月28日から,柏寮で生活した。この時,Xx被告会社の女性職員がDに付き添うなどの対応をした。(甲11,乙62)
5 Dは,平成27年10月15日から,被告会社の提供する埼玉県越谷市所在の
A寮に転居した。A寮は,2LDKであり,6畳の洋室に被告会社の男性施設長,4.
5畳の洋室にD,リビング・ダイニング・キッチンの一部をそれぞれパーテーションで区切った部分に別の男性被支援者及び当直者が居住していた。(甲11,乙34,3
5の4・5)
10 Dは,平成27年11月2日から,被告会社の提供する埼玉県越谷市所在のB
寮に転居し,そこで一人暮らしをした(甲11,乙35の4・6)。
エ C及びHは,平成27年10月6日,第2ステージの業務完了確認書に署名・押印したほか,同年12月18日には,同月15日をもって,Dに対する支援業務の全てが完了したことを確認し,業務委託契約完了確認書のC及びHの記名部分に押印
15 をして,それぞれ被告会社に提出した(乙20,32)。
2 争点及びこれに関する当事者の主張
【Cの請求関係】
⑴ 被告会社の債務不履行の有無(争点⑴)
(Cの主張)
20 被告会社は,本件契約に基づいて,Dが社会に復帰し,自立した社会人として健全
な社会生活を送るために,社会通念上必要と認められる支援業務(具体的には,①医 療,福祉,心理学等に関する専門的な学歴,職歴又は資格を有する者がDから聴取り を行い,Dが抱えている悩み及び不安並びにDの状況及び課題を十分に把握すること,
②上記聴取りによって把握した問題点に応じて,専門家からDに対して適切な助言,
25 心理的援助を行うこと,③専門家による適切な助言,心理的援助により,Xに対して
内的変化を促すこと)を実施すべき債務を負っていた。
しかしながら,被告会社がDに対して実施した業務は,医療,福祉,心理学等に関 する専門的な学歴,職歴等を何ら有さない被告会社の職員による話し相手のみであり,これらの分野における資格を有する者による事情聴取,適切な助言,心理的援助等は なされなかったから,被告会社が上記債務の履行を怠ったことは明らかである。
5 したがって,被告会社は,本件契約の債務不履行責任を負うというべきである。
(被告会社の主張)
争う。被告会社が提供する本件業務において,医師や心理学の専門家が関与することは本件契約の内容となっていないから,本件業務にこれらの専門家の関与がなかったことをもって被告会社に債務不履行があるとはいえない。
10 被告会社が提供すべき本件業務の内容は,本件契約書2条1項記載の各業務である
ところ,被告会社はこれらを3ステージに分けて実施した。そして,各ステージの業務完了後に,Xはこれらが完了したことを確認の上,業務完了確認書を被告会社に提出しており,被告会社が提供すべき業務(本件業務の履行)は完了しているから,被告会社に債務不履行はない。
15 ⑵ 損害の発生及びその額(争点⑵)
(Cの主張)
被告会社は,本件契約に基づく債務を履行していないから,Cが本件契約に基づき被告会社に対して支払った570万4560円が,被告会社の債務不履行によって発生した損害であるといえる。
20 また,被告会社の債務不履行が著しく反社会的又は反倫理的なものであることから
すれば,上記損害額の1割に相当する57万0456円は,弁護士費用相当額の損害として被告会社の債務不履行と因果関係を有するというべきであるから,Cの損害額は合計627万5016円である。
(被告会社の主張)
25 争う。
【Dの請求関係】
⑶ Xxの共同不法行為責任の有無(争点⑶)
(Dの主張)
x Xは被告会社の代表者として,F及びGは被告会社の担当者としてDの生活管理を共同して実施していたのであるから,Eらは,Dの生命身体の安全をはじめ健康
5 管理にも十分配慮し,Dのその時々の心身の状態に応じた慎重かつ適切な支援及び生
活管理上の措置を講じたり,専門家に依頼するなどして,医学的かつ科学的にDを支援することができる体制を確立し,Dの個別の身体的,精神的状態を把握して,適切な医療的措置を講じたりすべき業務上の注意義務を負っていた。
x しかしながら,Xらは, とおり,故意又は重過失により,
10 一体となって,Xの自由を奪って,劣悪な生活環境下に置いたほか,DがIから暴力
を受けていたのを黙認,放置するなどしたものであるから,Eらは,Dに対し,共同不法行為責任を負うというべきである。
Xxは,平成27年9月28日,Dの同意なく,本件マンションの玄関ドアの内鍵を壊して,被告会社の職員約5名とともに本件マンションに侵入し,Dを取り囲
15 み,その腕をつかんで,Dに対して,Xxの言うとおりにすれば,両親(C及びH)
と話せるとの虚偽の事実を告げて,Dをワゴン車に乗せ,行先も知らせずにxx県柏市内のアパート(柏寮)に連れて行った(以下「本件行為1」という。)。
Xxは,Dをただ「寮」と称する一般のアパートに住まわせるだけで,Dの健康管理をせず,同原告の心身の状態に応じた支援及び生活管理上の措置を何ら講じな
20 かった(以下「本件行為2」という。)。
Xは,平成27年10月1日,Dに正座をさせ,同原告に対し,未明より約7 時間にわたって説教をした。Eらは,Dから携帯電話,現金,保険証,身分証を取り 上げ,Xが逃亡すれば同原告の友人やその家族に危害を加える旨を示唆し,Xらと警 察とが連携している旨を述べ,Xが逃亡できないようにして同原告の自由を制限した。
25 (以下「本件行為3」という。)
EらがDの監視担当者としたXは,平成27年10月1日,(F及びGが帰っ
た後に)Dに対し,殴る,蹴る,箸で刺す等の暴行を加えた(これにより,Dの右大腿部にあざが残った。)。また,Iは,暴力団と関係していること,「警察沙汰」には慣れていることを述べ,Dを脅迫した。さらに,Iは,Dを乗せた車で交通違反を繰り返し,Dを怖がらせた。(以下「本件行為4」という。)
5 Xxは,Dに対し,楽しそうな顔や笑顔でピースサインをすることを要求し,
撮影する写真や動画の対象となることをDに対して強要した。また,Eらは,撮影した写真や動画をもって,Dを脅した。さらに,Eらは,自分が変わったのは施設のおかげです,施設に入れてくれた両親に感謝しているといった内容を日記に記載するよう,Dに対して強要した。(以下「本件行為5」という。)
10 Eらは,痴漢やストーカー被害で男性にトラウマがあったDに対し,男性しか
居住していない寮に居住することを強いた(以下「本件行為6」という。)。
Xxは,Dが働こうとしても逃げるつもりだと言って1時間程度の散歩しか許さなかった(以下「本件行為7」という。)。
Eらは,Dがカラオケ店の面接に受かっても,夜勤はダメだという理由で辞め
15 させた(以下「本件行為8」という。)。
(Eらの主張)
x Xxが共同不法行為責任を負う旨の主張は争う。上記2⑴の(被告会社の主張)のとおり,医師や心理学の専門家が関与することは(本件契約による)被告会社の業務内容ではないから,Eらには,Dが主張するような注意義務は存在しない。
20 イ また,Dの主張する本件行為1から8までに関するEらの主張は,以下のとお
りである。
本件行為1について
Xxは,本件契約の履行として,Dの転居を実行したものであるし,本件マンションがH名義であることを確認の上,施錠を切断すること等についてあらかじめCから
25 同意を得ていた。また,上記転居の実行に当たってはC及びHも同行し,これを見届
けた。Xが親との話合いの趣旨や支援業務の趣旨を説明したところ,Dは寮に行くこ
とを承諾したものである。なお,Eらにおいて,Dに対して,言うとおりにすれば同原告の両親と話せると述べたことはない。
本件行為2について
Iら被告会社の職員は,Xに対して日常生活全般にわたって指導,支援をした。
5 本件行為3について
Xxは,Xの自由を奪うような行為は行っていない。Fは,Cから携帯電話や財布などを預かってもらいたいとの連絡を受けたので,Dに対して,支援期間中はこれらの貴重品類は預かる旨を提案し,Xの同意を得た上で保管するに至ったものである。
本件行為4について
10 IはDの監視担当者ではなく,また,同人がDに対して暴行や脅迫をした事実もな
い。
本件行為5について
Dの写真等の撮影枚数が多数あり,その撮影頻度も多いことからすれば,これらの 写真等が強要されて撮影されたとはいえないし,Dの日記の分量や記載内容の詳細さ,
15 迫真性から,Xらが上記日記の内容を強要したとはいえない。
本件行為6について D自身から,柏寮よりも越谷の寮に行きたいとの申出があったために,一時的にA寮に転居することを認めたにすぎず,Eらが男子寮に転居することを強要した事実はない。
本件行為7について
20 Eらが,Xが働こうとしたことを妨げたことはない。Xは,被告会社の就職支援を
受けて,平成27年11月16日にコンビニエンスストアの面接を受けて採用され,そこでアルバイトをしていた。また,この頃,Dは,パソコン教室にも通うようになった。
本件行為8について
25 Dは,被告会社の就職支援を受けて,平成27年10月27日にカラオケ店の面接
を受けて採用され,同月29日,同カラオケ店に振込口座をファクシミリで送信して,
就業を開始したが,店長をはじめ店員との折り合いがつかず,1週間程度で辞めた。このように,Dがカラオケ店でアルバイトをしなかったのは同原告の都合であり,Eらが辞めさせたものではない。
⑷ Eの監督是正義務違反の有無(争点⑷)
5 (Dの主張)
Eは,被告会社の代表取締役として,被告会社の業務が適法なものとなるよう,F, Gらを含む被告会社の職員による違法な業務の執行を監督,是正すべき義務を負っていたにもかかわらず,これを怠ったから,Eには上記義務違反が認められる。したがって,Eは,会社法429条1項の責任を負うというべきである。
10 (Eの主張)
争う。F,Gを含む被告会社の職員が違法な業務を執行した事実は存在しないから, Dの主張には理由がない。
⑸ 被告会社の会社法350条に基づく責任及び使用者責任の有無(争点⑸)
(Dの主張)
15 Eは,被告会社の代表取締役として被告会社の業務の一環としてDに対する不法行
為を行ったものであるから,被告会社は,会社法350条に基づき,Eの行為についての損害賠償責任を負うというべきである。
F及びGは,被告会社の職員として被告会社の業務の一環としてDに対する不法行為を行ったものであるから,被告会社は,民法715条1項に基づき,F及びGの使
20 用者として,損害賠償責任を負うというべきである。
(被告会社の主張)
いずれも争う。EらがDに対して不法行為を行ったとはいえないから,Dの主張には理由がない。
⑹ 損害の発生及びその額(争点⑹)
25 (Dの主張)
Dは,Xxの(共同)不法行為により肉体的・精神的苦痛を被った。これを慰謝す
るための金員は1000万円を下らない。
また,弁護士費用相当額の損害は100万円である。
(被告らの主張)争う。
5 第3 判断
1 認定事実
前記前提事実に加え,証拠(認定に用いた証拠は括弧内に示した。)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
⑴ア Dは,教員である両親(すなわちC及びH)から幼少期より厳しく育てられ,
10 言うことを聞かないと,(Hから)橋から吊されて落とされそうになったり,(Cから)
包丁を突きつけられたりしたこともあった(甲11,23,24)。
イ Dは,高校生の頃,学校に行かない日が多くなったが,C及びHは,その原因が,Dがいじめられていることにあると決めつけて学校に苦情を言いに行った。また, Hは,家族の者と口論になるとすぐに激高し,暴れるなどした。家族の間で話合いは
15 行われず,Dと両親との関係は良くなかった。(甲11,23,24,C本人,D本人)
ウ Cは,平成27年8月,Hが飲酒後に些細なことで怒り,暴れ出して警察を呼ぶ事態となったことから,(xx県君津市内の)自宅を出て,本件マンションに行き,そこで,Dと同居するようになった。しかし,Xは,同年9月15日,Hとの関係をめぐり,Xとの間で口論となり,DがCを叩いたことから,本件マンションを飛び出
20 した。(甲11,23,24,C本人,D本人)。
エ Cは,平成27年9月16日,被告会社に架電し,Fと話をした結果,被告会社の事務所に行くことになり,Fの求めにより,同日,Dの生い立ち,性格,生活状況等を記載した5枚綴りのメモ(以下「本件メモ」という。)を作成した上,上記事務所を訪問し,Xと面談した。また,Xは,上記事務所に到着後,「社会復帰支援センタ
25 ー お客様相談シート」と題する書面(以下「本件相談シート」という。)に記入し,
本件メモとともに提出した。本件メモには,Dが,高校生の頃から引きこもりである
こと,大学に入学してもほとんど学校に行かずに2年生の時に退学したこと,高校1 年から現在まで数多くの病院やカウンセリングに行ったが人間不信となったこと,D が,このようになったのはこの10年親が何もしなかったからだとし,許すことはな いと言ったり,親を殺すか自分で死んでもらうしか道はないと言ったりしていること,
5 Cに物を投げたり,叩いたり,蹴ったりすること,前年の12月に医師が(Dについ
て)発達障害の可能性が大で,躁鬱病だと思うと言っていたこと,高校の時には適応障害と診断されたことなどが記載されている。また,本件相談シートには,Dの現在の生活状況について,引きこもり,鬱状態,父母に死ねと言うと記載され,非社会活動について,期間が10年であり,原因は集団行動や人が嫌いであると記載され,相
10 談内容として,Dの自立,家族との関係だけでなく人とのつながりができるようにと
記載されている。(乙1の2,2,C本人,F本人)。
x Xは,平成27年9月16日,被告会社の事務所で,Xと相談した後,被告会社との間で本件契約を締結した。なお,本件契約の締結に先立ち,Xは,本件契約の条項を読み上げた。(前記前提事実⑵,C本人,E本人,F本人)
15 ⑵ 本件契約締結後の平成27年9月22日及び同月26日,Cは,被告会社宛て
に,Xが,自分の人生はもう終わったので,家族を殺してから死にたいと言っていた旨,過去にDから叩かれたり蹴られたり怒鳴られたりしたこと等をメールで伝えた
(乙8の1,2)。
⑶ア Eらを含む被告会社の職員8名は,平成27年9月28日,Dを被告会社の
20 提供する寮に転居させるべく,Dの居住していた本件マンションに向かった。本件マ
ンション(の駐車場)には,C及びHも自家用車で来ていた。そして,Cは,合鍵を用いて本件マンションの玄関ドアをxxしたが,ドアの内側にチェーンがかけられており,入室できなかったため,Fがあらかじめ用意していたバールで上記チェーンを破壊してC及びFが入室した。そして,Cは,Dに対し,これが親のできる最後のこ
25 とですと告げた。XとXが退出した後,Xは,被告会社の女性職員とともに入室して,
DにCから依頼を受けて自立支援を行うことやこれから寮へ行く旨を話した。Dは,
当初寮へ行くことを拒否する態度を示したものの,最終的に,被告会社の用意した車に乗り,Eや被告会社の職員とともに柏寮に行った。(甲23,C本人,D本人(上記認定に反する部分を除く。),E本人,F本人)
イ C及びHは,平成27年9月28日,Dが柏寮に向かったことを確認し,第1
5 ステージの業務完了確認書に署名・押印をしたほか,Fの求めにより,今回のことが
両親の考えた最後のレール(又はチャレンジ)であるとして,頑張るようにとのDへのメッセージを(ビデオレターとして)録画した(乙10から12まで(xxを含む。), C本人,F本人)。
ウ Cは,平成27年9月29日,被告会社側の指示で,本件マンションの玄関の
10 鍵を交換した(乙14,E本人)。
⑷ア Dは,平成27年9月28日,柏寮に入居し,IがDの担当者となった。Xは,同月30日の夕刻には,被告会社の自立就職支援を受けることに同意する旨の同意書を作成したが,一方で,友人に電話で連絡を取り,柏寮から逃げ出すことを計画し,Iに友人と遊ぶと言って友人との待ち合わせ場所付近まで送ってもらい,その友
15 人とともに,本件マンションに戻った。しかし,本件マンションの玄関の鍵が交換さ
れていたため,鍵屋を呼んで,室内に入ろうとしたものの,結局入れず,Cから連絡を受けたIがDを車で迎えに来て,再び柏寮に戻ることとなった。もっとも,Xは,帰路の途中で,停車中の車から降りて,警察に通報し,駆けつけた警察官と柏警察署に行き,(これに同行したIとともに)事情聴取を受けた。その後,F及びGが柏警察
20 署に赴き,Xとも話をし,Xは,同年10月1日午前2時半頃,Fらとともに,柏寮
に戻った。(甲11,乙13の1・2,乙15の3から5まで,乙16の1・3,D本人,E本人,F本人,弁論の全趣旨)
なお,被告会社は,平成27年10月1日,Dの携帯電話や現金等を預かった(乙
28,D本人,E本人,弁論の全趣旨)。
25 イ 柏寮においては,基本的に,日中は,被告会社の女性職員がDに付き添い,夜
間は,被告会社の女性職員が柏寮前の路上で待機して,Dの様子を見守ることが多か
った。Dの生活スケジュールは,(その後の越谷での生活時も含めて)概ね午前6時から6時30分頃に起床し,午前7時から7時30頃に朝食,正午頃に昼食,午後6時から7時頃に夕食をとり,午後9時から10時頃に就寝するというものであった。また,Xは,平成27年10月5日には,ヨガ教室に通う手続を行った。なお,Dが柏
5 寮にいる間に,同原告が食事,買物等をしている状況をスマートフォンで撮影した写
真がIから被告会社に送信されていたが,被告会社側においてDに対する支援内容や同原告の状況等を記載した書類が作成された形跡はない。(乙18,19,22,24
(8頁),34,35の1・2,41,43,E本人)
ウ C及びHは,平成27年10月6日,Dに対する支援業務の第2ステージが終
10 了したことを確認し,第2ステージの業務完了確認書に署名,押印をした(乙20,
C本人)。
エ Dは,平成27年10月8日から同月14日にかけて,柏寮の近くにあった寺院J,特定非営利活動法人K,柏市地域支援センターLに赴き,自由を制限された環境にいて,外部との連絡がほとんどできない状態にあることに困っている旨を申告す
15 るなどした。また,Xは,同月13日,柏警察署に行って,そこで柏市保健所の職員
と面談した。(甲3の1,5,6,8の1,11,乙42,弁論の全趣旨)
オ Dは,平成27年10月15日,越谷市所在のA寮に転居し,そこで施設長,被支援者の別の男性,当直者の3名とともに生活した。なお,A寮への転居は,Xの希望によるものであった。Xは,同日から同年11月15日まで日記を書いた。また,
20 Dは,同年10月28日,カラオケ店の面接を受けて同店に採用された。なお,同月
15日から同年12月2日までの間に,Dが食事の準備,食事,買物をしている状況や(被告会社の職員らと)カラオケをしている状況等をスマートフォンで撮影した写真が被告会社の職員から被告会社に送信されたほか,被告会社の職員によって,同年
10月15日から同月31日まで(Dに係る)支援業務日誌が作成されたが,このう
25 ち,業務概要欄に記載があるのは,同月15日分ののみであり,その内容も「話し相
手」と記載されているのみであった。(乙22・17頁,乙24から27まで,乙34,
45,46,48,49,52)
カ Dは,平成27年11月2日,A寮から同じく越谷市所在のB寮に転居し,一人暮らしを始めた(乙22・22頁,乙34・57頁)。
この頃から,Dは,アルバイトを始めたり,パソコン教室に通ったりするようにな
5 った。具体的には,平成27年11月4日及び5日に前記カラオケ店におけるアルバ
イトに行った(ただし,同月6日に退職した。乙22・24頁,弁論の全趣旨)。同月
12日にはイオンレイクタウンに面接に行き(乙22・27頁,乙34・66頁),さらに同月16日には,コンビニエンスストアに面接に行き,採用となった(乙24・
10,11頁,27,弁論の全趣旨)。また,Xは,同月20日,パソコン教室に入会
10 の申込みを行った(甲11,乙54から56まで)。
キ 平成27年12月15日,本件契約の期間が満了となり,同月18日,C及び Hは,同月15日をもって,Dに対する本件業務が全て完了したことを確認し,業務委託契約完了確認書に押印をした。なお,Cは,同月9日,被告会社に対し,感謝の意を示す内容のメールを送付した。(乙29,32)
15 2 争点⑴(被告会社の債務不履行の有無)について
⑴ 本件契約に基づく被告会社の債務の内容について
ア 本件契約書上,被告会社が行う旨が明記されている本件業務の内容は,前記前提事実⑵ とおりである。
ところで,本件契約書には,本件契約の目的として,被告会社において,D
20 が社会に復帰し,自立した社会人として健全な社会生活を送れるように支援する旨が
記載され(前記前提事実⑵ア),E本人も,本件契約の目的が引きこもりの人が実際に 社会に復帰して自立して生活できるように支援することである旨供述している。また,被告会社は,Cより,Dが引きこもりである旨を申告されていたところ(前記認定事 実⑴エ),引きこもりの原因が家庭環境,本人の資質,病気,障害等さまざまであるこ
25 とは,Eも認識しているところである(E本人(32,33頁))。
そうすると,被告会社は,本件契約の目的を達成するために,①支援対象者(す
なわちD)の状態をできる限り的確に把握するための情報収集を行い,②引きこもり 等の問題があるというのであれば,その原因を分析して,それに即した支援方法を策定・実施することが本件契約の債務の本旨として求められているというべきである。ウ したがって,被告会社は,本件契約上,上記の債務の本旨に従って本件業務を
5 提供すべき債務を負っていたというべきである。
エ そこで,被告会社の行った業務(本件業務)が上記にいう債務の履行であったといえるかについて,以下において検討する。
⑵ 支援準備業務について
ア 確かに,被告会社(具体的にはF)は,前記認定事実⑴エのとおり,平成27
10 年9月16日,Xが作成した本件メモ及び本件相談シートに従って,Dの生い立ち,
性格,生活状況等の聴取りを行っている。しかし,C本人は,上記の各文書に記載し た事実については誇張やxxでない記載がある旨供述しているところ,本件の証拠上,それらの文書に記載されたDの生活状況等がどこまで正確な内容であったといえる のかは必ずしも明らかではない。また,Dに対する支援方法を策定するには,Dの家
15 族のみならず,同原告本人からの聴取り等を含めた同原告の状況をできる限り的確に
把握するための情報収集や,それを踏まえた引きこもり等の問題の有無の探索及び
(問題があると思われる場合の)その原因の分析といった活動も必要不可欠なものであると考えられる。しかし,被告会社において,Dを本件マンションから柏寮に転居させた平成27年9月28日及びそれより前に,Dから聴取りは行っておらず(E本
20 人),柏寮に転居後も上記のような情報収集等の活動が十分に行われたことをうかが
わせる事情は見当たらない。
イ この点,Xは,被支援者をDとする「社会復帰を支援するための人材育成プログラム」を作成したほか,さらに,Dが寮に入ってから同原告の言動等をEや被告会社の職員が見聞きして1週間から2週間程度かけて上記のプログラムを具体化して
25 指導員が指導する内容をチェックリスト化した「良識ある社会人としての道徳観念・
生活態度の習得項目」と題する書面(以下「本件チェックリスト」という。)を作成し
た旨陳述及び供述し,それらを陳述書の添付資料として提出している(上記のプログラムは乙62の94頁から99頁までで,その中(98頁)に本件チェックリストが含まれている。)。
しかし,上記のプログラムについては,その「実施内容」欄(乙62・96頁)に
5 「被支援者の社会復帰支援を行うための情報収集等準備業務。」,「被支援者が自立し
た生活が営むことができるようにするための住居の提供。」,「被支援者が家族の庇護下を離れ,自立した住居へ転居をするための協力・支援活動。」,「被支援者が自立して日常生活を行うことができるようにするための丙(注:被支援者のことを指すものと解される。)に対する生活指導,助言。」,「被支援者が社会において自立した社会活動
10 を行うことができるようにするための就職活動支援等。」と本件契約書第2条1項記
載の業務内容と同様のごく一般的な事項しか記載されていない。また,本件チェックリストも別紙のとおり,指導目標として「道徳観念」,「社会人として役割(ママ)」,
「自立した社会人として」,「その他」の4つが掲げられ,それぞれの指導目標に対応する「自立した社会人としての態度・考え方を身に付けること」として,合計18の
15 項目が列挙されているが,なお,一般的,抽象的な域を出る内容のものではない。そ
して,被告会社において,Dが柏寮に入ってから一,二週間の間に同原告の言動等をどのように観察して,その結果が本件チェックリストの作成にどのように反映されたのかが明らかではないこと,上記のプログラムの被支援者情報における「病歴」欄(乙
62・95頁)には,Dに何らかの精神疾患の可能性がある旨が記載されているにも
20 かかわらず,被告会社に医療や福祉等の資格保有者はおらず(前記前提事実⑴イ),被
告会社において,Dを医療機関に受診させることもなかったこと(E本人),上記のプログラム等の作成に当たって医療や福祉等の資格保有者に監修してもらったというようなこともないこと(E本人)からすれば,(Eにおいて)上記のプログラム等を作成したとしても,そのことをもって,Dに対する支援方法を策定するに当たって,被
25 告会社において,(必要な情報収集はもとより)問題点の探索や問題点がある場合の
その原因の分析活動が十分に行われたということはできない。
ウ 以上で説示したことからすれば,被告会社による支援準備業務は,本件契約の債務の本旨に従った履行があったというには不十分なものであったというべきである。
⑶ 転居支援業務について
5 被告会社において,平成27年9月28日,本件マンションに赴き,Xを被告会社
の提供する柏寮に転居させたことは,前記認定事実⑶アで認定したとおりである。しかしながら,被告会社が,Cから聴取りを行ったほかに,Dの状態をできる限り的確に把握するための活動をしないまま転居支援業務に着手していること,本件マンションへの立入の態様も,特段の緊急性も認められないにもかかわらず,本件マンション
10 で一人暮らしをしていたDの同意を得ないで,玄関ドアの内側のチェーンをバールで
破壊するという不相当な方法によるものであった(なお,C及び本件マンションの所有者であるHは,上記の態様の立入も容認していたことがうかがわれるが,そのことから上記立入が相当であるということにはならない。)ことに照らすと,被告会社による転居支援業務は,本件契約の債務の本旨に従ったものとはいえないというべきで
15 ある。
⑷ 住居の提供について
被告会社において,Dに対し,平成27年9月28日から柏寮を,同年10月15日からA寮を,同年11月2日からB寮を提供したことは,前記認定事実⑷ア,オ,カで認定したとおりである。もっとも,住居の提供は,Dに対する支援の一環として
20 されるものであるところ,被告会社において,Dについて,必要な情報収集,問題点
の探索,問題点がある場合のその原因の分析を踏まえて支援方法が策定されたものとはいい難いことは前記⑵イで説示したとおりであるから,被告会社による住居の提供も,本件契約の債務の本旨に従った履行があったというには不十分なものであったというべきである。
25 ⑸ 生活指導業務について
ア E及びFは,本件チェックリストを目標にして本件業務が行われた旨供述する
ところ,確かに,前記認定事実⑷イ,オ及び乙22によれば,被告会社において,本件業務の提供期間中,Dの起床,就寝,食事等の生活スケジュールを一定程度管理していたことや,被告会社の職員が,Xが食事やその準備,買物等をする際に付き添ったり,同原告の話し相手になることもあったことが認められる。
5 イ しかし,前記認定事実⑷イ及びオで認定したとおり,被告会社において,支援
業務日誌が作成された期間は,約半月にとどまり,しかも,当該日誌の「業務概要」欄に業務内容が記載されたのはわずか1日で,「話し相手」と記載されたにとどまることからすると,被告会社が本件チェックリストを目標とした生活指導を適切に行っていたのか疑問がある。また,そもそも,本件チェックリストは,(これが作成されて
10 いたとしても,)被告会社において,Dについて,必要な情報収集,問題点の探索,問
題点がある場合のその原因の分析を踏まえて作成されたものとはいい難いことは前記⑵イで説示したとおりであるから,被告会社による生活指導業務は,本件契約の債務の本旨に従った履行があったというには不十分なものであったというべきである。
⑹ 就職支援業務について
15 ア Dが,B寮に転居して一人暮らしを始めた前後頃からアルバイトとして働いた
り,パソコン教室に通ったりするようになったことは,前記認定事実⑷カで認定したとおりである。そして,乙27及び乙54から56までによれば,Dがコンビニエンスストアでアルバイトとして働いたり,パソコン教室に通ったりすることに関して,被告会社側による一定の支援があったことがうかがわれる。
20 イ もっとも,被告会社において,Dについて,必要な情報収集,問題点の探索,
問題点がある場合のその原因の分析を踏まえて支援方法が策定されたものとはいい難いことは前記⑵イで説示したとおりであるから,上記のような断片的な支援があったからといって,被告会社による就職支援業務について,本件契約の債務の本旨に従った履行があったというには不十分なものであったというべきである。
25 ⑺ 被告会社の主張の検討
被告会社は,Cが本件業務の各ステージの完了後に,これが完了したことを確認の
上,業務完了確認書を被告会社に提出しており,被告会社が提供すべき業務(本件業務の履行)は完了しているから,被告会社に債務不履行はない旨主張する。しかしながら,被告会社において業務日誌も不完全なものしか作成されていない中で,Cに対して,本件業務の遂行状況をどの程度正確に伝えられたのかも疑問であるといわざる
5 を得ないことからすれば,上記の業務完了確認書の提出があったからといって,直ち
に,被告会社に債務不履行がなかったということはできない。
3 争点⑵(損害の発生及びその額)について
⑴ 前記2において説示したとおり,被告会社による本件業務の履行は本件契約の債務の本旨に照らしてその大部分が不完全なものであったといえる。そうすると,被
10 告会社の上記債務不履行によってCが被った損害は本件契約の対価としてCが被告
会社に支払った金員のうち500万円と認めるのが相当である。
⑵ Cは,被告会社の債務不履行が著しく反社会的又は反倫理的なものであるとして弁護士費用相当額の損害も認められるべきである旨主張する。しかしながら,Cが, Xの母親としてDに関する重要な情報を有しているとみられる立場にありながら,本
15 件契約の締結に先立ち,後に,自ら虚偽又は誇張であると主張するDに関する内容が
記載された本件メモや本件相談シートを被告会社に提出していること(前記認定事実
⑴エ),本件契約締結後も,上記と同様に,後に,自ら虚偽又は誇張であると主張する Dに関する内容が記載されたメールを被告会社に送っていること(前記認定事実⑵),平成27年9月28日には被告会社がDを本件マンションから柏寮に転居させる業
20 務に協力していること(前記認定事実⑶ア),Dが本件マンションに戻ろうとした際
もこれを被告会社に知らせるなどして,被告会社によるDの柏寮への連れ戻しに協力していること(前記認定事実⑷ア),加えて,本件業務の各ステージについて,業務完了確認書(最後は,業務委託契約完了確認書)に署名又は押印して,被告会社に提出していること(前記認定事実⑶イ,⑷ウ,キ)などの事情に照らせば,被告会社の債
25 務不履行がCに対する関係で反社会的又は反倫理的なものであるとはいえないから,
弁護士費用相当額の損害が上記債務不履行と相当因果関係のあるものということは
できない。
⑶ 上記⑵で指摘したCの行為は,被告会社の上記債務不履行を自ら助長させたものといえるから,同原告にも一定の落ち度があるというべきであり,上記⑴の損害額から1割(50万円)を過失相殺するのが相当である。
5 ⑷ したがって,被告会社の債務不履行によるCの損害は450万円と認められる。
4 争点⑶(Xxの共同不法行為責任の有無)について
⑴ 本件行為1について
ア 前記認定事実⑶アのとおり,被告会社においてDを本件マンションから柏寮に転居させる際,Fが本件マンションの玄関ドア内側のチェーンを破壊し,その後,E
10 らを含む被告会社の職員が本件マンションに立ち入っていることが認められる。そし
て,本件マンションはDが一人で居住していたところ,特段の緊急性も認められないにもかかわらず,Dの同意を得ないでされたEらを含む被告会社の職員による上記行為はDの本件マンションに対する管理権を侵害するものであるから,不法行為を構成するというべきである。
15 イ 他方,Xは,上記の際に,被告会社の職員が,同原告の腕をつかんだ上,言う
とおりにすれば,(同原告の)両親と話せる旨の虚偽の事実を述べた旨主張し,D本人がこれに沿う陳述及び供述をする。しかしながら,本件マンションへの立入にCが同行して,Dにこれが親のできる最後のことである旨を告げたほか,HとともにDが柏寮に向かうところまでを確認していたこと,Eが,DにCから依頼を受けて自立支援
20 を行うことやこれから寮へ行く旨を話したこと(前記認定事実⑶ア,イ)といった事
実関係に照らして,被告会社の職員においてDに対して有形力を行使したり,(Dが主張するような)虚偽の事実を告げていたとまで認めることは困難であるから,上記陳述及び供述を直ちに採用することはできず,このほかに上記の主張を認めるに足りる的確な証拠はない。
25 ⑵ 本件行為2について
確かに,被告会社において,Dについて,必要な情報収集,問題点の探索,問題点
がある場合のその原因の分析を踏まえて支援方法が策定されたものとはいい難いことは前記2⑵イで説示したとおりであり,そのような中でされた本件業務がDの心身の状態に応じた措置であったともいい難い。しかしながら,本件行為2により,具体的にDの何らかの権利又は法律上保護すべき利益が侵害されたとまでは認められず,
5 かかる行為が,被告会社の本件契約に基づく債務不履行を構成すること超えて,Eら
の不法行為を構成するとまではいえない。
⑶ 本件行為3について
ア 前記認定事実⑷ア,イ,オによれば,被告会社が,平成27年10月1日,Dから携帯電話や現金等を預かったこと,Dが柏寮及びA寮で居住していた際は被告会
10 社の職員が同原告に付き添うなどする時間が多かったことが認められる。
イ そして,確かに,被告会社が提供した寮が,いずれも外側から鍵をかけた場合に中に居住する者がその鍵を解錠して外に出ることが物理的に不可能な構造を有していたとは認められないこと,実際に,Dが,柏寮で居住していた期間中に,柏警察署,寺院J,特定非営利活動法人K,柏市地域支援センターLなどに赴いていたこと
15 などからすれば,逃亡することが全く不可能な状況に置かれていたとまでは認められ
ない。しかしながら,Eらを含む被告会社の職員により作り出された上記アのような状況や,Dが柏寮に転居した翌々日に本件マンションに戻り,柏警察署にまで行ったものの,結局,(被告会社の職員に連れられる形で)柏寮に戻ることになったというエピソード(前記認定事実⑷ア)からすると,Dにおいて被告会社の提供した寮から自
20 己の欲する他の場所に自由に移転(転居)できる環境にはなかったことが認められる。
ウ この点,Eらは,本件業務の提供に際し,Xから被告会社の自立支援を受けることの同意を得た旨主張し,その旨の記載があるD作成の平成27年9月30日付け同意書(乙13の1)を提出する。しかしながら,上記同意書が差し入れられた当日にDは本件マンションに戻り,さらに,柏警察署にも行っており,その後も,寺院J,
25 特定非営利活動法人K,柏市地域支援センターLなどに赴き,同原告が自由を制限さ
れた環境にいて,外部との連絡がほとんどできない状態にあることに困っている旨な
どを申告していること(前記認定事実⑷エ)などからすれば,上記同意書はDの真意に基づくものではなかったと認められる。また,Xは,後日,引っ越した際の荷物はセンターに委ねる旨の同意書(乙17)を差し入れているが,かかる記載からすれば, Dが,その携帯電話や現金等についてまで被告会社が預かることに同意していたとは
5 認められない。
エ 以上のように,Eらを含む被告会社の職員において,Xの真の同意を得ることなく携帯電話や現金等を預かり,被告会社の用意した寮で居住させ,自己の欲する他の場所へ自由に移転(転居)することが困難な状況を作り出したことが認められるところ,(Eらにおいて,Dが逃亡すれば同原告の友人や家族に危害を加える旨等を示
10 唆したことは,証拠上必ずしも明らかではないものの)当該行為によって,Dが自由
な意思に基づいて行動する権利・利益(行動の自由)が害されたといえるから,本件行為3のうち,上記部分は不法行為を構成するというべきである。
オ Dは,本件行為3に含まれるものとして,FがDに正座をさせ,同原告に対し, 約7時間にわたり説教をした旨も主張し,D本人がこれに沿う陳述及び供述をするが,
15 これを裏付ける客観的な証拠はないから,直ちに上記陳述及び供述を採用することは
できず,そのほかに上記の主張を認めるに足りる的確な証拠はない。
⑷ 本件行為4について
ア Dは,平成27年10月1日に,Iから殴る,蹴る,箸で刺すといった暴行を受けた旨主張し,D本人が,Iから右大腿部の内側を拳で殴られ,腰を蹴られ,右手
20 の甲を箸で刺されたなどと,これに沿う陳述及び供述をするとともに,同月14日付
けで撮影された右大腿部の上部内側にあざのある写真(甲22)を提出している。 イ 上記写真に顔は写っていないものの,そこに写っている人物の衣服の模様と,
平成27年10月14日付けで撮影された写真(乙18・28頁)におけるDの衣服の模様が同様であることを考慮すると,同日時点で,Dの右大腿部上部内側部分にあ
25 ざがあったことが認められる。しかし,Xは,Iから暴行を受けたと主張する同月1
日から上記写真が撮影された同月14日の前までの間に,寺院J,特定非営利活動法
人K,柏市地域支援センターLに赴いたほか,柏警察署に行って柏市保健所の職員と面談していた(前記認定事実⑷エ)にもかかわらず,暴行の証拠となるあざを見せた形跡はないところ,暴行により受傷したというのに2週間近くもの間複数の相談先にこれを見せなかったというのは不自然といわざるを得ないから,上記写真に写ったあ
5 ざがIの暴行によるものであるということはできない。そして,上記写真以外にDが
暴行を受けたことを示す客観的証拠もない以上,Iから暴行を受けた旨のDの上記陳述及び供述は直ちに採用できず,その他に上記ア記載のDの主張を認めるに足りる的確な証拠はない。
ウ また,Xは,Xが同原告を脅迫したり,同原告を乗せた車で交通違反を繰り返
10 して同原告を怖がらせた行為の違法性も主張し,Xはこれに沿う陳述をするが,同原
告の上記陳述を裏付ける客観的な証拠はないから直ちにこれを採用することはできず,その他に上記の主張を認めるに足りる的確な証拠はない。
エ したがって,Eらに本件行為4に係る不法行為は成立しないというべきである。
⑸ 本件行為5について
15 ア Dは,Eらに楽しそうな顔や笑顔でピースサインをするように強要された旨主
張する。そして,確かに,Xが笑顔の表情を見せている写真やピースサインをしている写真が存在するものの(乙24・2頁,11頁等),Eらに強要された結果として上記のような表情をしていたのかどうかは,本件の証拠上,必ずしも明らかではなく,上記の主張は採用できない。
20 イ また,Dは,(Eらから)被告会社の施設のおかげで自分が変わり,同施設に入
れてくれた両親に感謝している旨の日記を書くよう強要されたと主張する。そして,確かに,Xの日記(乙22)には,例えば,Eに対してDが抱え込んでいた胸の内を吐き出したところ,Eの言葉によって胸につかえていたしこりが解けていった旨の記述,被告会社の施設に入り,被告会社の職員や同じ寮の入居者らとの生活を通じて,
25 同原告の心情が変化していった旨の記述,周囲の人々に感謝している旨の記述がある。
しかしながら,DがEらに強要された結果として上記内容の日記を書いたのかどうか
は,本件の証拠上,必ずしも明らかではなく,上記の主張は採用できない。
ウ 以上のとおりであるから,Eらに本件行為5に係る不法行為は成立しないというべきである。
⑹ 本件行為6について
5 ア Dは,Eらによって男性しか居住していない寮に居住することを強いられた旨
主張する。そして,確かに,前記認定事実⑷オ,xによれば,Xは,平成27年10月15日から同年11月1日まで,A寮において,被支援者の男性らとともに生活をしていた事実が認められる。しかしながら,柏寮からA寮への転居はDの希望によるものであり(前記認定事実⑷オ),DがA寮で居住した期間も18日間にとどまるこ
10 とに鑑みれば,Eらが(Dに対して)A寮での居住を強要したとはいえず,また,D
が,上記期間,A寮に入居したことが,同原告の権利・利益を侵害したとまではいえない。
イ したがって,Eらに本件行為6に係る不法行為は成立しないというべきである。
⑺ 本件行為7について
15 ア Dは,Eらが,Dが働こうとしても逃げるつもりだと言って1時間程度の散歩
しか許さなかった旨主張する。しかしながら,Dは,平成27年11月初め頃から,カラオケ店やコンビニエンスストアでアルバイトをするようになっており(前記認定事実⑷カ),Eらが,Dが働くことを一切禁じていたとまでは認められない。
イ したがって,Eらに本件行為7に係る不法行為は成立しないというべきである。
20 ⑻ 本件行為8について
ア Dは,Eらによってカラオケ店のアルバイトを夜勤であることを理由に辞めさせられた旨主張し,D本人がこれに沿う陳述をする。確かに,Xは平成27年11月
4日から始めたカラオケ店でのアルバイトを同月6日に辞めているが(前記認定事実
⑷カ),その理由について,Xの上記陳述を裏付ける客観的な証拠はないから直ちに
25 これを採用することはできず,その他に上記の主張を認めるに足りる的確な証拠はな
い。
イ したがって,Eらに本件行為8に係る不法行為は成立しないというべきである。
⑼ 以上によれば,Xは被告の代表者として,F及びGは被告会社の職員としてDに対する本件業務の提供を共同して実施していたところ,その過程においてされた本件行為1及び3の各一部が(Dに対する)不法行為を構成するものである以上,Eら
5 は,上記各行為につき,共同不法行為責任を負うというべきである(なお,本件行為
1及び3の各一部についてEに共同不法行為責任が認められる以上,さらに,Xの監督是正義務違反の有無(争点⑷)について判断する必要はない。)。
5 争点⑸(被告会社の会社法350条に基づく責任及び使用者責任の有無)について
10 上記4⑼で説示したとおり,被告会社の代表者であるE及び被告会社の職員である
F及びGが,その職務を行う際にした本件行為1及び3の各一部について,それぞれ共同不法行為責任を負うから,被告会社は,Eの行為については会社法350条に基づき,F及びGの行為については民法715条1項に基づき,損害賠償責任を負うというべきである。
15 6 争点⑹(損害の発生及びその額)について
Dは,(共同不法行為と認定された)Eらによる本件行為1及び3の各一部の行為により,一定の精神的苦痛を受けたことが認められる。そして,上記の共同不法行為と認定された行為の態様や当該行為によるDの権利(利益)の侵害の程度その他本件に顕れた一切の事情を踏まえると,Dが被った精神的損害を慰謝するための金額は5
20 0万円が相当であるというべきである。また,本件不法行為と相当因果関係のある弁
護士費用相当損害額は,上記の認容額に照らせば,5万円と認めるのが相当である。第4 結論
以上のとおりであるから,Cの被告会社に対する請求は,450万円及びこれに対する本訴状送達日の翌日である平成29年5月18日から支払済みまで商事法定利
25 率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,Dの被告らに対
する請求は,55万円及び,被告会社についてはこれに対する平成29年5月18日
から,Eについてはこれに対する同月13日から,F及びGについてはこれに対する同月14日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由がある。
よって,主文のとおり判決する。
5
東京地方裁判所民事第44部
裁判長裁判官 x x x x
10
裁判官 x x x x
15 裁判官 x x x x 郎