Contract
共同研究開発契約書(大学・大学発ベンチャー)
想定シーン
1. 教授 A の研究室のゼミ生 C は、X 社を設立した。X 社は Y 大学とライセンス契約を締結し、教授 A の発明した新素材および当該素材が添加された樹脂組成物の基本技術については自社単独で実施できるようになった。
2. しかし、当該素材をヘッドライトカバーに応用するにあたっては、技術の改良・深化が必要であり、また、大学の研究活動の中で生まれたこれらの発明をそのまま実施するだけでは、実用的な観点からの課題の検討が不足し、量産化等の実用に耐えられない状態であった。そこで、X 社は、独自に調査・検討してきた実用化に向けての課題やその解決手法のアイディアを活かしつつ、基本技術を改良・深化させるべく、基本技術を発明した Y 大学に対して共同研究開発を行いたい旨を申し出た。Y大学としても、大学の研究活動の中で生まれた発明が実用化されることは望ましいため、X 社からの共同研究開発に申し出に応じることとした。
3. 契約交渉においては、双方の意向として、以下の点が挙げられた。
【X 社の意向】
① 資金調達の観点からも Y 大学との共同研究開発を開始した時点および一定の成果が出た時点で、それぞれ公表したい。
② (1)上場審査やM&A に先立つデューデリジェンスにおいてマイナス評価を受けないために、また、(2)自由度を確保して多数の企業とのアライアンスを実施し市場を拡大して売上を増加させるために、研究開発の結果生まれた成果物にかかる知的財産権は自社の単独帰属としたい。
③ 成果物にかかる知的財産権の自社単独帰属が難しい場合であっても、自社による独占的な実施は確保したい。
④ 成果物に関して特許出願を行う際、事業計画を踏まえて役に立つ特許権になるよう、出願打合せは外部の弁理士と事業戦略のディスカッションも交えながら、丁寧に行いたい。
⑤ 製品が完成した場合、Y 大学と共同研究開発した技術であることを表示し、ブランディングに活用したい。
【Y 大学の意向】
① 研究成果については、学会や論文等で可能な限り速やかに発表したい。
② 研究施設は提供するが、研究費用はできるだけ X 社に負担してほしい。
③ 成果物に関する知的財産権の取得・行使によって、他の大学や研究機関等における教育・研究活動が阻害されることは避けたい。
④ 成果物に関する知的財産権に関して、X 社に独占実施を認めるのであれば、いわゆる不実施補償の支払を求めたい。
⑤ 成果物に関して特許出願を行う場合、費用は X 社に負担してもらいたい。
⑥ 成果物に関する知的財産権に関して、X 社に譲渡または独占実施を認める場合、X 社が当該特許発明を実施せず、特許発明がいわば塩漬けになってしまうことは回避したい。
4. 上記について、特に(ア)成果物に関する権利帰属、(イ)成果物に関する特許出願の費用負担、(ウ)研究費用の負担、(エ)不実施補償の支払の有無が争点となった
(その余の点は合意に至った。)。
5. X 社は、共同研究開発の成果としての知的財産権について、自社単独帰属にできるのであれば、(イ)~(エ)の各費用等の負担に応じるという案および成果としての知的財産権は共有にしつつも Y 大学から第三者への実施許諾を認めないことで X 社の独占が維持できるのであれば、(イ)~(エ)の各費用等の一部は負担するとの案を提示した。
6. これに対し、Y 大学は、研究費の確保を優先したいと考え、(a)研究費は X 社が負担し、(b)成果物に関する権利の帰属は共有とし、出願費用はX 社負担とするのであれば、(c)不実施補償の支払は不要とする案を提示した。
7. これに対し、X 社は、Y 大学の提案に応じるが、Y大学の共有持分をX社の新株予約権●個で購入することができるオプションが欲しい旨を主張し、協議の結果、最終的に、その内容で合意することとなった。
目次
前文 4
1 条(目的) 5
2 条(定義) 6
3 条(役割分担) 8
4 条(スケジュールの作成) 9
5 条(経費負担) 11
6 条(情報の開示等) 16
7 条(知的財産xxの帰属および成果物の利用) 17
8 条(名称使用) 23
9 条(公表) 24
10 条(第三者との間の紛争) 25
11 条(秘密保持義務) 26
12 条(権利義務譲渡の禁止) 29
13 条(解除) 30
14 条(期間) 31
15 条(存続条項) 32
16 条(損害賠償) 32
17 条(通知) 33
18 条(準拠法および紛争解決手続き) 33
19 条(協議解決) 35
前文
X 社(以下「甲」という。)と Y 大学(以下「乙」という。)は、第 1 条で定める
研究開発を共同で実施することについて、以下のとおり合意したので、共同研究開発契約(以下「本契約」という。)を締結する。
<ポイント>
本モデル契約は、スタートアップが大学と共同研究開発を行うにあたって締結する契約である。
<解説>
大学等のアカデミア(以下本解説において単に「大学」という。)と共同研究開発を行う場合、事業会社と共同研究開発を行う場合とは異なり、以下の点に留意する必要がある。
① 大学は企業と異なり、大学単独で発明を事業化することが想定されていないこと
(この点は、7 条の解説で述べる不実施補償の議論とも関連する。)
② 大学が企業と共同研究開発を行う主たる動機は、共同研究開発を通じて実社会の現場での技術課題や問題に触れて、大学の研究活動を活性化させることおよび研究費を企業から得ることにあること
③ 大学職員による研究成果については、学会発表の時期や内容に対する配慮が必要となること
また、スタートアップと共同研究開発を行う場合、以下の点に留意する必要がある。
① 共同研究開発の成果物に関する権利や利用関係の設定、スタートアップが支払う対価の算定根拠等において、投資家等のスタートアップのステークホルダーに適切な説明ができる形にしなければ、スタートアップの株式上場に悪影響を及ぼすおそれが大きく、ひいては共同研究開発から得られる双方のリターンが小さくなるおそれがあること
② スタートアップのビジネスモデルが固まっていない段階においては、将来のビジネスモデルや製品を前提に対価等を定めることに困難を伴うこと(そのため、スタートアップが、研究開発の費用等を負担する場合、その一部または全部について、現金ではなく、代わりに株式または新株予約権によって対価を支払うことも有力な選択肢の 1 つとなること。)
想定シーンのようなスタートアップと大学との共同研究開発においては、成果物に関する権利帰属および利用関係の整理、研究開発費用や成果物に関する知的財産権の出願費用の費用負担、不実施補償の取扱い等が主たる争点となるところ、上記の留意点を踏まえつつ、交渉していく必要がある。
1 条(目的)
第 1 条 甲および乙は、共同して下記の研究開発(以下「本研究」という。)を行う。
記
本研究のテーマおよび目的:乙が開発した新素材および当該素材が添加された樹脂組成物に関する技術(以下「本件技術」という。)の改良・深化
<ポイント>
共同研究開発(本研究)のテーマおよび目的に関する規定である。
<解説>
共同研究開発のテーマ
共同研究開発のテーマの記載の抽象度
① 共同研究開発のテーマは、抽象的に規定し過ぎると双方の認識に齟齬が生じやすい。一方、具体的に規定し過ぎると拡張や変更の度に契約修正の必要が生じる。
② そこで、ある程度の幅を持たせつつ抽象的過ぎず、かつ、具体的過ぎない記載とすることも考えられる。
③ 他方、本モデル契約においては、まだビジネスモデルや製品の仕様が定まっていない想定シーンを前提としており、目指していくゴールも共同研究開発の過程で試行錯誤しながら具体化していく段階であるため、「乙が開発した技術(以下
「本件技術」という。)の改良・深化」として、抽象的な記載に留めた。
共同研究開発のテーマの広狭
① 共同研究開発のテーマの定義は、知的財産xxの取扱いに影響する。
② 例えば、共同研究開発のテーマの定義が広すぎると、自社固有の研究成果(知的財産xx)が共同研究開発(本研究)の成果と解釈され、本モデル契約に従って知的財産権の帰属や成果物の利用関係が規律される(双方が活用可能なものとなる。)リスクがある。
③ 他方、共同研究開発のテーマの定義が狭すぎると、実際は共同研究の成果であるにもかかわらず、本契約書の枠外とされてしまい、当該成果に関して勝手に特許出願をされてしまうまたは本来禁止したい範囲の競業行為を規制できない等の弊害を生じる可能性がある。さらに、研究のスコープがピボット1するたびに、本モデル契約の範囲から逸脱してしまい、再交渉を余儀なくされるリスクもある。
④ 上記の留意点を踏まえ、共同研究開発のテーマが具体的に定まってきた段階で、共同研究開発のテーマを、xxxず狭すぎない実態に即したものに修正するこ とも考えられる。
共同研究開発の目的
共同研究開発の目的は、両当事者の秘密保持義務の内容および範囲を画するものとしても重要である。
秘密保持義務条項では、両当事者は共同研究開発の目的以外の目的で秘密情報を使用してはならないとの条件が設けられることが一般的である(本モデル契約では 11 条 3 項。)。
秘密保持義務の内容および範囲を確定する際に、本条で定める共同研究開発の目的が参照されることになる。
2 条(定義)
第 2 条 本契約において使用される用語の定義は次のとおりとする。
① バックグラウンド情報
本契約締結日に各当事者が所有しており、本契約締結後 30 日以内に、当該当事者が他の当事者に対して書面でその概要を特定した、本研究に関連して当該当事者が必要とみなす知見、データおよびノウハウ等の技術情報を意味す
1 ここでは、「方向転換」や「路線変更」を表す語として使用している。
る。
② 本単独発明
特許またはその他の知的財産権の取得が可能であるか否かを問わず、本研究の実施の過程で各当事者が、相手方から提供された情報に依拠せずに独自に創作した発明、発見、改良、考案その他の技術的成果を意味する。
③ 本発明
特許またはその他の知的財産権の取得が可能であるか否かを問わず、本研究
の実施の過程で開発または取得した発明、発見、改良、考案その他の技術的成果であって、前号に定める本単独発明に該当しないものを意味する。
<ポイント>
本モデル契約で使われる主要な用語の定義に関する規定である。
<解説>
バックグラウンド情報(本条①)
共同研究開発を始めるにあたり、最も重要な事柄の一つがバックグラウンド情報(共同研究開発契約締結時にすでに保有していた技術情報。)の管理である。
この管理を怠ると、契約締結前に保有していた情報(バックグラウンド情報)と契約締結後に新たに生じた情報(フォアグラウンド情報)が混在することにより、バックグラウンド情報であることの主張立証が困難となり、各情報に関する知的財産権の帰属が曖昧になってしまう。
そうなると、本来単独の特許として出願できたはずのバックグラウンド情報が、共同研究開発上の成果物とされてしまい、共有特許や相手方の単独特許となってしまうリスク(コンタミネーションリスク)が生じる。
このリスクを極小化するため、本モデル契約では、共同研究開発の開始時点において既に各自が保有しているバックグラウンド情報をリストにして開示等・交換することとしている。その他、以下のような管理を行うことも考えられる。
① 特許出願になじむ技術情報(例:物の構造、形状、成分、組成のように、第三者が実施していることを検出できる情報。)については特許出願をしておく。
② ①以外の技術情報(例:製造にかかるノウハウ、データ、アルゴリズムのように、第三者が実施していることを検出しにくい情報。)については、公証制度やタイム
スタンプサービスの利用により、共同研究開発契約締結時に既に保有していたという証拠化を図る。
また、相手方による必要以上の技術情報の開示等が要求されるリスクを回避するため、本条ではバックグラウンド情報を当該当事者が「必要とみなす」ものとの定義し、開示等するバックグラウンド情報の範囲を自ら決定できることとしている。
このように、(i)開示等するバックグラウンド情報の範囲を自ら決定できるようにしてお くこと、(ii)開示等したバックグラウンド情報の相手方における扱い(例:秘密保持義務、目的外使用禁止義務、特許出願禁止義務等。)を定めておくことが重要である(本モデル契約では第 11 条第 1 項の「秘密情報」の定義にバックグラウンド情報を含めることでこの点に対処している。)。
「本単独発明」および「本発明」(本条②③)
本モデル契約では第 7 条において、「本単独発明」に関する知的財産権は当該発明を創出した者に帰属し、「本発明」については大学とスタートアップの共有とする旨規定しているため、「本単独発明」と「本発明」の区別は極めて重要である。
ここでいう「本発明」とは、「本単独発明」に該当しない発明と定義されているが、実質的には共同でなされた発明のことを指している。
3 条(役割分担)
第 3 条 甲および乙は、本契約に規定の諸条件に従い、本研究のテーマについて、次に掲げる分担に基づき本研究を誠実に実施しなければならない。
① 甲の担当:本件技術をヘッドライトカバーに適用する際の課題(以下「本件課題」という。)の調査・検討
② 乙の担当:研究施設の貸出、本件課題の改良・深化のための研究・開発
<ポイント>
両当事者の役割分担(担当業務)を定めた規定である。
共同研究開発契約は、基本的にはそれぞれの役割分担(担当業務)の範囲内で、誠実に研究開発を行い、その成果を報告し合う義務を相互に負う、準委任契約であるという考えが有力である。役割分担を研究実態に沿って明記することで、それぞれの当事者が行うべき義務の範囲が明確になる。
なお、本モデル契約は、当事者に完成義務を負わせる規定を設けておらず、請負契約として構成していないので、契約中に特記事項がない限り、一定の成果を求められることはない。
<解説>
役割分担の範囲の考え方
役割分担は、双方の認識の齟齬を回避すべく、当事者間で認識のすり合わせをしておく必要がある。これを怠ると、ある役割については双方ともに全く着手がなされていないということになりかねない。
もっとも、共同研究開発が未実施あるいは開始直後の段階では詳細な役割分担を決めることが困難である。また、共同研究開発の進行に伴って発生する新たな役割
(作業)が不明であることからも、詳細な役割分担を定めることは困難であろう。
そのような場合においても、本条のように、役割分担の大きな枠組みについてだけでも規定しておくことが望ましい。双方が合意した「枠組み」があれば、後に役割分担の詳細を協議する際もスムーズだからである。
4 条(スケジュールの作成)
第 4 条 甲および乙は、本契約締結後速やかに、前条に定める役割分担に従い、本研究テーマに関する自らのスケジュールをそれぞれ作成し、両社協議の上これを決定する。
2 甲および乙は、前項のスケジュールに従い開発を進めるものとし、進捗状況を逐次相互に報告する。また担当する業務について遅延するおそれが生じた場合は、速やかに他の当事者に報告し対応策を協議し、必要なときは計画の変更を
行うものとする。
<ポイント>
共同研究開発(本研究)の具体的内容として、スケジュールの定め方を規定する条項である。
<解説>
どのようなタイミングで両者が協議し、具体的なスケジュールや研究テーマをどのように確定し、どのように本研究遂行中の問題を解決していくかを決めておくことが重要である。
本条では、本モデル契約の締結後速やかにスケジュールを定めることとなっているが、契約締結時に詳細なスケジュールを定めることは困難である場合も多い。そのような場合は、契約締結時に大まかなスケジュールだけでも定めておき、研究開発の進行に応じ、その都度スケジュールを具体的なものにアップデートしていくことが望ましい。なお、契約締結後に、スケジュール等を協議する場として協議会を設定することがあり、かかる場合には以下のオプション条項を導入することも考えられる。
【オプション条項:協議会の設置】
第●条 甲および乙は、本研究の効率化および甲乙間の合意形成を容易にするため、甲乙各々から選ばれた委員からなる協議会を設ける。
2 甲および乙は、自らが選任した協議会の委員の変更・追加・削減を行う場合は、その変更・追加・削減に関わる委員の名前と共にその旨を相手方当事者に連絡する。
3 協議会での決定は、全委員の合意により行われる。協議会において全委員の合意が得られず決定ができなかった問題は、甲および乙の最高責任者間の協議により決められる。
4 協議会は、次の事項について決定を行う。
① 本研究の具体的な遂行方法
② 本研究の遂行方法またはスケジュールの変更
③ 本研究が事業化した際の当事者の権利
④ 本研究の内容変更または中止
⑤ その他協議会が定める事項
5 甲および乙は、本契約の目的を達成するために、別途定める頻度で定期的に協議会を開催し、各当事者の担当業務の進捗状況および本研究の成果の報告を受けると共に、前項に挙げられた事項について協議決定する。さらに、甲および乙は、甲または乙が必要と認める場合は協議会を随時開催するものとする。
6 協議会の議事は、その都度、議事録その他の書面により合意する。
<ポイント>
当事者同士の協業を円滑にするために、情報交換や進捗方法の調整を行うための会議の開催について定める規定である。
3 項の最高責任者間の協議どうしてもまとまらず、協議会として決定できない(デッドロックになる)場合の処理も定めておくことも考えられる。もっとも、決定できない事項が本モデル契約を継続する上で必須のものであるならば、最終的には「本契約を継続し難い重大な事由」(13 条 1 項④号)にあたるとして、本モデル契約を解除することになろう。
<解説>
大学とスタートアップとの協業にあたっては、学術的な価値を追求するべく丁寧に時間をかけて研究開発を進めたい大学のスピード感と手元資金が尽きるまでの限られた期間の中で迅速に進めたいスタートアップのスピード感が合わず、アライアンスがうまくいかないケースが少なくない。
この課題を解決するために、協議会への出席者について、本研究について一定の決裁権をもったメンバーを入れることを義務化することも考えられる。
5 条(経費負担)
第 5 条 本研究を行うにあたって生じた経費のうち、甲の書面による承諾を得たものについては、甲が全て負担する。ただし、甲は、本研究に必要であると合
理的に考えられる経費については、不当に承諾を拒否しないものとする。
<ポイント>
本研究に必要な経費を誰が負担するかを定める条項である。
なお、共同研究開発の実施場所、研究・開発担当者、購入した設備の所有権が契約終了後どちらの当事者に帰属するかについての規定を定めることも考えられる。
<解説>
研究開発の経費をめぐる交渉
大学との共同研究開発の場合、大学が共同研究開発の結果生じる成果物を活かした事業の実施主体にならないこと、それゆえ事業からの収益に依らずに研究開発の
費用を大学外から調達する必要性が高いこと等の理由から、共同研究開発の費用はスタートアップが負担するということも珍しくはない。
ただし、留意されるべきは、経費をどちらが負担するかという点は、後述する成果物の利用関係(特にスタートアップの独占実施を認めるか否か。)、不実施補償の支払の有無および内容の交渉等と密接に関連している、ということである(例えば、研究開発の費用を全て負担するから不実施補償としての何らかの対価の支払いは発生させない、といった交渉がありうる。)。
そのため、これらの各項目をそれぞれ独立して交渉するのではなく、相互に関連する項目として意識して交渉することが重要となる。
新株予約権による経費の支払
大学が企業との共同研究開発を行う動機の 1 つには、研究開発費の獲得があるところ、スタートアップは大手の事業会社ほどの資金力がないことも多く、キャッシュによりその研究開発費用全額を負担することが難しいことも珍しくない。
しかし、スタートアップは、短期間での大きな成長を目指していくがゆえに、株価が急上昇する可能性をも秘めている。そのため、例えば研究開発費用の一部をスタートアップの新株予約権をもって支払う場合、大学としては、当該スタートアップが成長すれば、実際に生じた研究開発費用よりも多額の価値を有する株式(またはこれを売却した場合の現金)を取得できる可能性がある。
また、想定シーンのように、いまだスタートアップのビジネスモデルすらも十分に固まっていない段階では、共同研究開発の成果を活かした事業から得られる売上や利益率を予測することは困難であり、成果から得られるものを大学・スタートアップ間で適切に分配するということが困難である。しかし、新株予約権による支払を認める場合には、共同研究開発の成果を活かした事業の成果がスタートアップの株価に反映されていくこととなるため、「共同研究開発の成果の適切な分配」という観点においても、新株予約権による支払にはメリットが大きいものといえる。
このような座組は、両者の「共同研究開発を成功させる」というモチベーションの向上につながるのみならず、大学とスタートアップが二人三脚でスタートアップの成長を目指していくことにもつながり、より良い大学・スタートアップ間の共同研究開発の増加につながる可能性を秘めたものといえよう。
なお、スタートアップは次の点にも留意する必要がある。すなわち、投資契約においては、従業員への新株予約権(いわゆるストックオプション)の付与以外の場合における新株予約権の発行が事前承諾事項とされている場合も少なくない。そのため、大学やその他の政府系研究機関とのライセンス契約や共同研究開発においても新株予約権を柔軟かつ迅速に発行できるように、また、発行数の枠も十分確保できるように、投資家との契約交渉を進めるべきことに留意されたい。
また、スタートアップが、新株予約権の発行数(潜在株式比率)が一定割合を上回ってしまうと上場審査時に支障が生じるおそれがあるとして、それ以下とするよう投資家と事実上合意していることがある。具体的には、適否はともかく、上場時の潜在株式比率を 10%以下とすることが合意されていることが少なくない。そのため、大学としても、この点にも配慮しつつ、付与を受ける新株予約権の個数を検討することが望ましい。
【コラム】投資家が経営陣に認めているエクイティ・インセンティブの枠について
エクイティ・インセンティブ制度(※)は、スタートアップ企業が資金以外の経営リソース(例えば人的リソースや技術ライセンスなど。)を獲得するために繰り出すことができる「武器」の最も強力なものといえる。これは、スタートアップが数年以内に企業価値をゼロから上場することができる程度にまで上昇させることを目論むプロジェクトに等しいために、上場企業のエクイティ・インセンティブでは提供することができないほど株式や新株予約権によるリターンの伸びしろが大きいことによる。
(※)資本戦略の一つであり、スタートアップの株価は一貫して上昇することを前提に、参画する経営陣候補者や従業員、あるいは業務提携先や大学等の研究機関等に対して、株式や、株式を安価に取得することができる権利(新株予約権)を提供すること。
一方で、スタートアップにとって重要なステイクホルダーである投資家の立場からすると、スタートアップがエクイティ・インセンティブとして普通株式や普通株式を目的とする新株予約権を自由に発行してしまうと、その分、企業価値が実現した際の自らの取り分割合が小さくなってしまうことになる。したがって、投資時に、エクイティ・インセンティブとして発行することができる普通株式やこれを目的とする新株予約権に上
限を設け、この上限の範囲でのみ、経営陣はエクイティ・インセンティブを提供することができるということになっている。
上記を踏まえると、投資家から与えられた枠内でエクイティ・インセンティブをどのように活用するかが、戦略的に極めて重要と言える。また、プロジェクトの実現のために多くのステイクホルダーを巻き込まなければならない種類のビジネスを手掛けるスタートアップ企業は、その分だけ、エクイティ・インセンティブの枠を多く持っていなければならず、投資家から大きめの枠を設定しもらう必要があると言える。
しかし、現在の日本のスタートアップ実務では、投資家が経営陣に認めているエクイティ・インセンティブの枠が小さい運用となっている。日本の多くのベンチャーキャピタルは、発行済み株式総数の 10%程度、大きく認めても 15%程度しか枠を認めていないケースが多い。投資家が本来狙うべきものは、投資リターンの倍率、すなわち投下資本に対して何倍のリターンとなったかという点にあるはずである。この点を重視する海外のベンチャーキャピタルは、大きな投資リターンを獲得するため、より大きな枠を認める傾向があり、発行済株式総数の 20%かそれ以上のエクイティをインセンティブに用いることを認めている事例が多くみられる。
このような抑制的なエクイティ・インセンティブ制度の運用実態は、起業家が手掛けるプロジェクトのスケールの小ささ、エクイティ・インセンティブ制度のスタートアップ企業にとっての戦略的重要性に対する投資家以外のステイクホルダーの理解不足にも起因するといえる。エクイティ・インセンティブ制度の戦略性を経営陣がより深く理解し、企業価値向上のためにより有効にエクイティ・インセンティブを活用することができるようになれば、ベンチャーキャピタルは、より広いエクイティ・インセンティブ枠を許容するようになるはずである。
グローバルなスタートアップを生み出すためにも、各ステイクホルダーがエクイティ・インセンティブ制度の戦略的重要性を理解し、上で述べたような観点からその運用を変えていくことが日本のスタートアップ実務の課題の一つということができよう。
【コラム】共同研究における対価の考え方
大学と共同研究契約を締結する際、その対価は、直接経費、間接経費というコストの積み上げで決定されることが多い。ここでいう直接経費、間接経費は、当該共同
研究を遂行する上で大学が追加的に直接的、間接的に負担することとなる経費を指しており、共同研究の対価は実費負担のみという整理である。
この考え方は、国からの競争的研究費(補助金や委託費)で採用されており、かつ、競争的研究費においては合理的といえるが、適正な利益獲得が前提とされ、知的資産への適切な価値づけがなされている民間企業同士の取引では一般的とはいえない。
そもそも民間企業が大学と共同研究を行う理由は、大学に民間企業の求める「知」があり、その「知」を獲得したいと考えるからであって、大学の「知」に対して社会的な価値付けを行い、適正な対価を支払うことが産学連携の健全な発展には欠かせないものである。
しかし、大学が民間企業から得る共同研究の対価においても、これまで長きに亘って競争的研究費と同様のコスト積み上げ方式を採用することが取引慣行となっており、産学連携活動が大学や研究者の負担を増加させる結果となっていたのである。こうした背景から、2020 年 6 月 30 日に文部科学省および経済産業省から「産学官連携による共同研究強化のためのガイドライン【追補版】」が出され、共同研究契約
の対価設定方法として、コスト積み上げ方式に加え、総額方式やタイムチャージ方式、さらには成功報酬や成果報酬の採用が可能である旨の紹介および提言がなされた。それを受け、多くの大学において本ガイドラインを踏まえた柔軟性のある対価設定が導入・検討されている。
① 総額方式
対価を総額で合意する方法
② タイムチャージ方式
対価を直接コスト+直接関与時間に対するタイムチャージ+間接コストで積算する方法
③ 成果報酬方式
将来の成果に対して合意された報酬を得る方法
一般的に、スタートアップは、大手企業に比べて資金力に乏しいものの、知の創造拠点である大学との関係は重要である。そのため、例えば研究実施時にはコスト積み上げ方式でのコスト負担しかできなくても、成果報酬や新株予約権の付与を組み合わせることで、大学の共同研究へのコミットメントを強くし、両者の関係をより強固に
していくことは有意義である。本ガイドラインの趣旨を取り入れ、今後、スタートアップ、大学双方メリットのある様々な対価設定事例が出てくることが期待される。
【変更オプション条項:各自負担】
甲および乙は、本研究を行うにあたって自己に生じた経費を、書面によって別途合
意しない限り、甲乙各自が負担しなければならない。
6 条(情報の開示等)
第 6 条 甲および乙は、本契約締結後 30 日以内に、各自のバックグラウンド情報を書面で相手方に開示等し、特定しなければならない。
2 甲および乙は、本契約の有効期間中、自己が担当する業務から得られた技術情報を速やかに相手方当事者に開示等する。ただし、第三者との契約により当該
開示等を禁止されているものについては、この限りではない。
<ポイント>
両当事者がバックグラウンド情報と各自の担当業務から得られた技術的情報を相手方に開示等する規定である。
<解説>
バックグラウンド情報のうち、特許出願等に馴染むものについては、コンタミネーション防止の観点から、相手方に開示等する前に特許出願等を済ませておくことが望ましい。
ただし、特許出願等を済ませていたとしても、特許出願等の内容が公開前の場合は、相手方に開示等するかどうかを慎重に判断する必要がある。
また、バックグラウンド情報は、「本研究に関連して当該当事者が必要とみなす知見
…」であるから、これに該当しない情報、つまり、本研究に関連しない情報や本研究に必要でない情報まで開示等しないように注意する必要がある。
なお、一部のノウハウ等が文章化されていない場合(特定の技術者の頭の中にしかない場合。)には、本条 1 項に基づきバックグラウンド情報をリストにして開示等させることにより、ノウハウ等の文章化を図ることができる(可視化することができる。)と
いうメリットもある。
7 条(知的財産xxの帰属および成果物の利用)
第 7 条 本単独発明にかかる知的財産権は、その発明等をなした当事者に帰属するものとする。甲は乙に対し、甲の単独発明の実施をすることを、また、乙は甲に対し、乙の単独発明を実施することをそれぞれ許諾する。許諾の条件は別途協議の上定める。
2 本発明にかかる知的財産権は、甲乙の共有とする。共有持分の割合は、本発明の創出にあたっての寄与度に応じて決定するものとする。ただし、甲は、乙に対し、甲の新株予約権●個を対価として、乙の共有持分の全部を買い取ることができるものとする。
3 甲が単独または乙と共同して本発明にかかる知的財産権を取得するべく、出願等(知的財産権の取得、維持および保全をいう。)を行うときは、当該出願等の費用は甲が負担するものとする。
4 本契約の有効期間中、乙は、本発明にかかる特許権の権利存続期間満了までの間、本発明を自ら実施せず、また、甲以外の第三者に対し、本発明の実施許諾を行わないものとする。ただし、甲が正当な理由なく●年間本発明を実施しなかった場合にはこの限りではない。
5 本契約の有効期間中、甲は、乙の事前の承諾を得ることなく、第三者へ本発明の実施許諾を行うことができるものとする。
6 前項の場合、甲は、乙に対し、当該第三者への許諾により得られたライセンス料の●%(以下「乙ライセンス報酬」という。)を支払うものとする。ただし、本条 2 項ただし書に基づき、甲が乙の共有持分を買い取った場合には、同支払義務は発生しないものとする。
7 甲は、乙に対し、乙ライセンス報酬の算定のため、本契約締結日以降、[期間]毎に、当該期間の本発明の第三者への実施許諾の状況(許諾先、許諾条件その他ライセンス料の計算に必要な情報を含む。)を当該期間の末日から 15 日以内に書面で報告するとともに、同 30 日以内に当該期間に発生した乙ライセンス報酬を、乙の指定する銀行口座に振込送金する方法により支払うものとする。振込手数料は乙が負担する。
8 前項の支払いが遅延した場合の遅延損害金は年 14.6%とする。
9 本契約の有効期間中、甲は、乙を含む学術または研究機関による、研究・開発・教育のいずれかの目的による本発明の実施について、本発明にかかる知的財産権を行使しないものとする。
10 本契約の有効期間中、甲および乙は、本研究の遂行の過程で発明等を取得した場合は、速やかに相手方にその旨を通知しなければならない。相手方に通知した発明が本単独発明に該当すると考える当事者は、相手方に対して、その旨を理由とともに通知するものとする。
11 甲および乙は、相手方の同意なくして、相手方から開示等を受けた技術情報
(バックグラウンド情報を含む。)およびサンプル、本研究の遂行の過程で相手方が創作した本単独発明、考案またはその他の相手方が取得した技術情報もしくはノウハウについて、日本を含めたいかなる国にも特許、実用新案、商標、著作権またはその他のいかなる知的財産権も出願または登録してはならず、いずれかの当事者がこれに違反した場合は、その違反した当事者に当該出願または登録に関する権利またはその持分を無償で譲渡すべき旨を請求することができる。
12 本契約の有効期間中、甲および乙は、本発明に改良、改善等がなされた場合、その旨を相手方に対して速やかに通知した上で、本条の定めを適用して当該改良、改善等に係る成果を取り扱うものとする。
<ポイント>
本共同研究開発に関わる知的財産権の帰属や成果物の利用について定めた規定である。
本モデル契約では、両者の利益の最大化を目指すべく、以下の点に留意した。
① スタートアップの上場や M&A の障害とならないよう、共同発明の結果生じた「本発明」については、スタートアップの独占的な実施が確保できるようにしたこと。
② スタートアップは様々な会社と迅速にアライアンスを締結していく必要性が高いため、事前の大学の同意がなくとも第三者に「本発明」の実施許諾を行うことができるようにしたこと。
③ 他方、大学がスタートアップと共同研究開発を行う動機の 1 つには研究開発費の獲得という点があるところ、5 条解説において前述したように、研究開発費用の一部を新株予約権によって支払うことを認める場合には、将来的なスタートア
ップの成長によって獲得できる研究開発費用を増額できることにつながり、上記
①および②は大学の利益にも資すること。
本条には、本モデル契約の終了とともに失効するもの(4 項、5 項、9 項、10 項)と本モデル契約の終了後も存続するもの(1 項~3 項、6 項~8 項、11 項)が混在している(15 条)。そこで、分かりやすさの観点から前者には「本契約の有効期間中」と記載している。
<解説>
知的財産権の帰属の考え方
知的財産権の帰属の決定方法は、
① 誰が発明したかを問わず、いずれかの当事者に単独帰属させる、
② 全て当事者間の共有、
③ 当該知的財産を発明した当事者に帰属、
④ 当事者間で都度協議、
に大別できる2が、共同で開発した知的財産権については、創出された発明の最大活用の観点から、スタートアップに単独帰属させることを積極的に検討することが望ましいことは、新素材分野におけるモデル契約(モデル契約書_共同研究開発契約書
(新素材))において述べたとおりである。
また、以前は、大学の公的な性格に鑑み(特に国立大学の場合。)、研究成果に係る知的財産権を一私企業に独占させることが困難な場合があると大学から主張されるケースも散見された。しかし、近時においては、上記のようにスタートアップに単独帰属させることによるメリットについての理解も徐々に広がり、スタートアップへの知的財産権の単独帰属を認めるケースも珍しいことではなくなってきた。
そこで、本モデル契約においては、研究成果に係る知的財産権を大学とスタートアップの共有とした上で、スタートアップが、その新株予約権を対価として、大学の共有持分を買い取ることができるとする権利を付与することとした。なお、知的財産権を
2 特許法の原則として、発明時の特許を受ける権利を発明者に帰属させる原則(発明者主義)が存在することを前提とした上での議論である点には留意されたい。
共有とする場合の留意点については、「モデル契約書_共同研究開発契約書(新素材)」7 条の解説を参照されたい。
モデル契約書_共同研究開発契約書(新素材)
URL : xxxxx://xxx.xxx.xx.xx/xxxxxxx/xxxxxxx/xxxx-xxxxxxxxxx-
portal/index.html
成果の利用についての考え方
特許権をスタートアップに単独帰属させた場合および特許権そのもののスタートアップへの単独帰属が難しく共有とする場合、(直接的に共有の場合について言及したものではないものの)マザーズの「上場審査に関する Q&A」における「例えば、専用実施権(注 4)の付与を受けることにより、申請会社が排他的に当該知的財産権を利用でき、また、申請会社自身が特許侵害に対抗できるような契約になっていますか。」との記載があることも踏まえる必要があろう。すなわち、特許権を単独で保有している場合はもちろん、共有持分を有している場合においても、共有持分権者単独でも特許侵害行為に対しては訴訟の提起の対応をとることはできる(「申請会社自身が特許侵害に対抗できる。」)。しかし、共有の場合、共有持分権者はそれぞれ特許発明の実施が許されるため、「申請会社が排他的に当該知的財産権を利用でき」る状態が確保されているとはいえない。
そこで、共有とする場合においては、スタートアップの排他的な利用を確保するべく、大学の実施および大学から第三者へのライセンスを禁止することが考えられる(本条 4 項本文)。なお、当該排他的な利用期間について、十分な期間が確保できていなければ、スタートアップの事業継続性に疑義が生じてしまい、ひいては上場審査や M&A、資金調達時におけるデューデリジェンスにおいてリスク事項として指摘されてしまうおそれがある。そこで、本モデル契約においては、「本発明にかかる知的財産権の権利存続期間満了までの間」との期間を設定した。
ただし、大学としても、特定のスタートアップに独占を許したものの、当該スタートアップが研究成果を活用しないことにより研究成果が塩漬けになってしまうことは、研究の発展や研究成果の活用を通じた研究開発費用の回収などの観点から、望ましくない。そのため、本モデル契約においては、一定期間スタートアップが本発明を正当な
理由なく実施しない場合には、大学は自己実施や第三者へのライセンスが可能となるようにしている(本条 4 項ただし書)。
第三者へのライセンス
成果物にかかる知的財産権が共有となる場合、特許権を例にとると、共有持分権者が第三者に通常実施権を許諾する場合には、他の共有持分権者の承諾が必要となる(特許法 73 条 3 項)。
他方で、各種リソースが不足しがちであり、また、短期間で大きく成長するために多くの企業とアライアンスを進めていく必要のあるスタートアップとしては、自社事業を展開していくにあたって、必要に応じて自社事業の遂行に必要な特許発明については、迅速かつ自由度高く第三者にライセンスアウトしていく必要がある。
そこで、スタートアップが、大学の事前の承諾なく、自由に第三者へのライセンスを行えるようにすることが望ましい(本条 5 項)。
他方、スタートアップによる本発明の排他的利用を認めるために第三者へのライセンスや自己実施を控えている大学との関係では、第三者へのライセンス収入をスタートアップのみが得られるとすることは、不xxとなる。そこで、第三者から得られたライセンス収入を大学・スタートアップ間で分配することが望ましいといえよう(本条 5項)。
アカデミアへの権利不行使
大学が特定のスタートアップに成果物の排他的な利用を許すことへの懸念の 1 つには、そのことにより研究や教育活動に支障が生じることをおそれることが考えられる。特許法 69 条 1 項においては、「試験または研究」のためにする実施については特許権の効力が及ばないとしているものの、「試験または研究」の意義等、解釈の余地が残ることから、契約において上記大学の懸念を払しょくするための条項を設けることも有用といえよう。
具体的には、スタートアップからアカデミアによる研究や教育の目的による本発明の実施については権利行使をしないこととしている(本条 8 項)。
不実施補償
大学と企業間の契約では、大学が、自ら事業を実施することが想定されないことを理由に、企業に対して、「不実施補償」なるものを求めることが少なくない。
不実施補償とは、大学と企業との間で共同研究開発を行って成果物に関する特許権が共有となった場合、両者ともに共有持分権者として各々相手方の同意なく実施できるところ(特許法 73 条 2 項)、大学はそもそも商業的に自己実施を行わない機関であり、第三者へライセンスすること以外に共同研究開発の成果を収益化できないという不利な立場を補償するものとして、大学が企業に対してその支払を求めるものがその典型である。企業に独占実施を認める場合には、大学の収入源は事実上当該企業を通じた収益のみとなるため、求められる補償の程度は、大学から第三者へのライセンスを認める非独占時よりも高いものとなる。
また、不実施補償について、合意により企業の独占実施を認める際に、共有者である大学が「本来第三者に実施許諾できたにもかかわらず、合意により第三者への実施許諾を通じて収入を得る権利を放棄する」ことの対価(いわば第三者に実施させないこととすることへの補償。)として、支払われているものとする理解もある3。
これらの理解によれば、企業に独占実施が認められない場合には、大学には自己実施を行う権利が留保されることとなるため、不実施補償を支払うべき実質的理由はない。
しかし、意図したもの否かを問わず、また、不実施補償との名称を使用するか否かを問わず、企業に独占実施が認められない場合であっても、不実施補償の名目で、例えば、特許権取得の実費等に相当する金員の支払が要求される場合が少なからず存在する。もっとも、その支払の根拠を不明確なものとしてしまうと、スタートアップが投資家への説明責任を果たすことが難しくなり、投資家にかかる支払が懸念材料の
1 つと判断されてしまうおそれもある4。そのため、大学からスタートアップに対し、価
3 同様の考えによると思われるものとして、産総研が共有特許について、企業側に独占実施を認めない場合には不実施補償は請求せず、企業に独占実施を認める場合に限り、「独占実施料」を請求する旨表明している例がある
(xxxxx://xxx.xxxx.xx.xx/xxxx_x/xxxx/xxxxxxxx/xx00000000.xxxx)。
4 この場合、不実施補償の発生を防止するべく、スタートアップが共同発明から知的財産が発生しないように進めていくという事態が発生しかねず、ひいては大学の収入の減少にもつながりかねないため、対価関係を明確にすることは大学にもメリットがあるといえよう。
値あるものが提供されるのであれば、これに対する対価は支払うべきであるが、不実施補償名目ではなく、実態に則した(そして支払根拠等を明確にできる)名目で支払われることが望ましい。大学としても、適正な対価を得られれば、その名目にこだわる必要はないはずであり、不実施補償をめぐる無用な混乱を生じさせないことは、両者にとって望ましい運用といえよう5。
例えば、共同研究開発に至る前の大学の保有する技術を活用することへの対価として、成果物の利用関係についてスタートアップに独占実施を認めるか否かを問わず、何らかの支払いを求める場合がある。このような場合、かかる保有技術に価値があるのであれば、不実施補償としての対価ではなく、当該技術を特定した上で、これに対するライセンス料として支払う整理が考えられる(例えば、「モデル契約書_共同研究開発契約書(新素材)」7 条 2 項参照。)。
また、大学のブランドを利用することを理由に対価の支払いを求められる場合がある。この場合においても、例えば「●●大学発ベンチャー」の名称使用の許諾に対する対価として整理することが望ましいであろう。
本モデル契約においては、上記の懸念も考慮し、不実施補償としての対価は発生させず、代わりに、成果物に関する権利帰属を共有としつつも(2 項)、出願費用および研究開発費用の全てをスタートアップが負担することとした(3 項)。
8 条(名称使用)
第 8 条 乙は、甲に対し、乙の名称、略称、マーク、エンブレム、ロゴタイプ、標章、乙の本研究担当者等の氏名等(以下「乙名称等」という。)を甲の製品の広告の目的その他の営利目的に使用することを許諾する。
2 甲は、前項の許諾に基づき乙名称等を使用する場合、以下の各号に定める事項遵守するものとする。
① 乙の信用・ブランド等を毀損する態様で乙名称等を使用しないこと
② 乙名称等について、乙の事前の書面による承諾なく商標出願を行わないこと
<ポイント>
5 例えば、電気通信大学は、企業が不実施補償を嫌うことに配慮し、不実施補償の支払いは不要としつつも、共有となる特許の取得費用や維持管理費用を企業のみが負担するという形で調整している(xxxx://xxx.xx.xxx.xx.xx/xxx/xxxxxx/xxxxxxxxxxx.xxxx#00 )。
大学の名称についての使用許諾について定めた規定である。
<解説>
技術力をその競争力の一要因として掲げるスタートアップとしては、その技術力をアピールするために、例えば「●●大学発ベンチャー」等、大学の名称を使用することにより自社のブランディングを図ることが有益な場合が少なくない。
そこで、本モデル契約においては、大学の名称の使用を許諾する条項を入れている
(本条 1 項)。本条では、スタートアップの製品全般について大学名称等の使用を許諾しているが、本研究にかかる成果を利用した製品に限定して大学名称等の使用を許諾することも考えられる。
他方、大学としては、大学の信用を棄損する態様で大学の名称を使用されては困る
という懸念もあるため、スタートアップによる大学の名称の使用にあたっての遵守事項も併せて定めることとした(本条 2 項)。なお、大学として、大学の名称の仕様についてのガイドラインを保有している場合においては、当該ガイドラインを引用して遵守事項を定めることも考えられよう。
9 条(公表)
第 9 条 甲および乙は、相手方の事前の同意を得ることなく、本研究開始の事実として、別紙●●に定める内容を開示等、発表または公開することができる。
2 甲および乙は、本研究にかかる成果の公表(以下「本公表」という。)を行う場合は、その内容および時期について事前に協議し、相手方の合意を得なければならない。
3 前条の定めに関わらず、乙は、その学術的使命を果たすため、本研究期間中および本研究終了日から 6 ヶ月以内に行われる本公表については、以下の各号に規定する事項を遵守することを条件に行うことができるものとする。
① 本公表にあたっては第 11 条(秘密保持義務)を遵守すること
② 甲に対し、本公表の予定日の 30 日前までに、その内容を通知すること
③ 甲が本発表の内容に第 11 条(秘密保持義務)に規定される秘密情報等が含まれていると判断したときまたは甲が本研究に関して特許出願を行うに際して
その準備期間を要すると判断したときは、甲は、当該通知後 15 日以内に、乙
に対し、当該部分につき合理的な範囲で内容修正または本公表の延期を求め
ることができ、この場合、乙は、甲と協議の上対応すること
<ポイント>
共同研究開発の開始および成果の公表の手続きについて定める規定である。
<解説>
まず、共同研究開発を開始した事実については、契約締結の時点で具体的な公表内容を合意し、それを記載した別紙を契約書に添付しておくことが望ましい。
共同研究開発の成果の公表については、大学との共同研究開発特有の事情に留意する必要がある。すなわち、スタートアップとしては、共同研究開発の成果に関して、当該成果を自社事業の成長に効果的に活用するべく、慎重に出願戦略を検討したいという要望がある。
他方、大学は学術研究のために共同研究開発に取り組んでいるという側面があり、当該研究成果を学会や学術論文等で迅速に発表したいという要望があり、教授が学術発表の準備ばかりに注力している場合や、その発表時期次第では、学術発表用の論文を下書きに出願書類を作成せざるを得ず、十分な出願戦略を検討することができなかったという事案も散見される。
しかし、当然のことながら、学術発表の観点から優れた論文と、出願戦略の観点から優れた特許明細書は異なるものであり、当該論文がいかに学術的に優れていようとも、その内容では事業成長のためのツールたる特許としては価値がないという場合も珍しくない。
そこで、スタートアップが出願戦略を検討する時間を確保するべく、学術発表を行うにあたっては、その内容を発表の 30 日以上前に通知することとし、その内容次第では、特許出願の準備のために発表内容の変更や発表時期の延期を求めることができるものとした。
10 条(第三者との間の紛争)
第 10 条 本研究に起因して、第三者との間で権利侵害(知的財産権侵害を含む。)および製造物責任その他の紛争が生じたときは、甲および乙は協力して処理解
決を図るものとする。
2 甲および乙は、第三者との間で前項に定める紛争を認識した場合には速やかに他方に通知するものとする。
3 第 1 項の紛争処理に要する費用の負担は以下のとおりとする。
① 紛争の原因が、専ら一方当事者に起因し、他方当事者に過失が認められない場合は当該一方当事者の負担とする。
② 紛争が当事者双方の過失に基づくときは、その程度により甲乙協議のxxx負担割合を定める。
③ 上記各号のいずれにも該当しない場合、甲乙協議のxxx負担割合を定める。
<ポイント>
研究開発時に起こりうる第三者との主なトラブルは、知的財産xxの権利の侵害または製造物責任に関するものである。本条はこのようなトラブルが発生した場合の両当事者の責任と費用負担について定めた規定である。
<解説>
開発委託の場合には、開発者側に、成果物が第三者の知的財産権を侵害しないことの表明保証を求める場合も少なくないが、本件は両当事者の知見を合わせて成果物の創出に向けて取り組む共同研究開発であるから、第三者の知的財産権の侵害が発覚した場合には、両者協力して処理解決することとし、紛争を認識した場合は他方に速やかに通知することとしている。
責任と費用は、紛争の原因がある当事者の負担とし、当事者双方の過失による場合には過失の度合いにより協議の上負担する旨規定している。
11 条(秘密保持義務)
第 11 条 甲および乙は、本研究の遂行のため(以下「本目的」という。)、文書、口頭、電磁的記録媒体その他開示等(以下「開示等」という。)の方法および媒体を問わず、また、甲または乙が相手方(以下「受領者」という。)に開示等した一切の情報およびデータ、素材、機器およびその他有体物、本研究のテーマ、本研究の内容および本研究によって得られた情報(別紙●●に列挙のものおよびバックグラウンド情報を含む。以下「秘密情報等」という。)を秘密として保
持し、秘密情報等を開示等した者(以下「開示者」という。)の事前の書面によ
る承諾を得ずに、第三者に開示等または漏えいしてはならない。
2 前項の定めにかかわらず、次の各号のいずれか一つに該当する情報については、秘密情報等に該当しない。
① 開示者から開示等された時点で既に公知となっていたもの
② 開示者から開示等された後で、受領者の帰責事由xxxxに公知となったもの
③ 正当な権限を有する第三者から秘密保持義務を負わずに適法に開示等されたもの
④ 開示者から開示等された時点で、既に適法に保有していたもの
⑤ 開示者から開示等された情報を使用することなく独自に取得しまたは創出したもの
3 受領者は、秘密情報等について、事前に開示者から書面による承諾を得ずに、本目的以外の目的で使用、複製および改変してはならず、本目的のために合理的に必要となる範囲でのみ、使用、複製および改変できるものとする。
4 受領者は、秘密情報等について、開示者の事前の書面による同意なく、秘密情報等の組成または構造を特定するための分析を行ってはならない。
5 受領者は、秘密情報等を、本目的のために知る必要のある自己の役員および従業員(以下「役員等」という。)に限り開示等するものとし、この場合、本条に基づき受領者が負担する義務と同等の義務を、開示等を受けた当該役員等に退職後も含め課すものとする。
6 本条第 1 項および同条第 3 項ないし第 5 項の定めにかかわらず、受領者は、次の各号に定める場合、可能な限り事前に開示者に通知した上で、当該秘密情報等を開示等することができる。
① 法令の定めに基づき開示等すべき場合
② 裁判所の命令、監督官公庁またはその他法令・規則の定めに基づく開示等の要求がある場合
③ 受領者が、弁護士、公認会計士、税理士、司法書士等、秘密保持義務を法律上負担する者に相談する必要がある場合
④ 甲が、甲の株式または新株予約権の取得を検討する第三者に対し、当該検討にあたって秘密情報を開示等することが必要な場合(ただし、当該第三者に
守秘義務を課すものとする。)
7 本研究が完了し、もしくは本契約が終了した場合または開示者の指示があった場合、受領者は、開示者の指示に従って、秘密情報等(その複製物および改変物を含む。)が記録された媒体、ならびに、素材、機器およびその他の有体物を破棄もしくは開示者に返還し、また、受領者が管理する一切の電磁的記録媒体から削除するものとする。なお、開示者は受領者に対し、秘密情報等の破棄または削除について、証明する文書の提出を求めることができる。
8 受領者は、本契約に別段の定めがある場合を除き、秘密情報等により、開示者の知的財産権を譲渡、移転、利用許諾するものでないことを確認する。
9 本条は、本条の主題に関する両当事者間の合意の完全なる唯一の表明であり、本条の主題に関する両当事者間の書面または口頭による提案その他の連絡事項の全てに取って代わる。
10 本条の規定は、本契約が終了した日からさらに 5 年間有効に存続するものと
する。
<ポイント>
相手から開示等提供を受けた秘密情報等の管理方法に関する条項である。
<解説>
従前に締結した秘密保持条項との関係整理
秘密保持契約やPoC契約に引き続いて共同研究開発契約を締結する場合、共同研究開発契約よりも前に締結した契約における秘密保持条項と共同研究開発契約における秘密保持条項の関係が問題となる。
共同研究開発契約においては新たな秘密保持条項を設けずに既存の(従前の契約で定めた)秘密保持条項が引き続き適用されるとすることもあるが、本モデル契約においては共同研究開発契約で新たに定める秘密保持条項が、既存の秘密保持条項を上書きすることとしている(本条 9 項)。
共同研究開発契約において、既存の秘密保持条項とは異なる内容の秘密保持条項を設ける場合は、特にそれらの優先関係に留意しなければならない。
秘密情報の定義(秘密である旨の特定の要否)
秘密情報の定義については、当事者間でやりとりされる情報を包括的に対象とする場合と、個別に秘密である旨の特定を要求する場合があるが、本モデル契約では、様々な情報、データ、素材等がやりとりされることが多い共同研究開発段階において、秘密である旨の特定を忘れることによるリスクが大きいと考え、秘密である旨の特定を要さない前者を採用している。
他方で、秘密情報を「一切の情報」と包括的に定義すると、範囲が広過ぎるとして有効性が争われ、逆に保護の範囲が狭まってしまう(秘密情報とは保護に値する情報を意味すると限定解釈される。)リスクが発生する。このリスクを排除するためには、
「秘密を指定」する条文を採用すればよい。
なお、「秘密を指定」する条文オプションとその背景となる秘密情報の範囲に関する考え方については、「モデル契約書_秘密保持契約書(新素材)」に詳細に解説しているため、そちらも参考にされたい。
モデル契約書_秘密保持契約書(新素材)
URL : xxxxx://xxx.xxx.xx.xx/xxxxxxx/xxxxxxx/xxxx-xxxxxxxxxx-
portal/index.html
秘密情報の定義(秘密情報に有体物を含めるか否か)
共同研究開発では、無体物である情報やデータに加え、有体物である素材それ自体がやり取りされることが多いところ、この素材は、当事者にとっては秘密情報と同様の重要性を持つものである。そこで、本モデル契約では、素材を含む有体物をも保護することとし、有体物を含む保護の対象全体を「秘密情報等」と整理している。 また、本モデル契約では、秘密情報等に「別紙●●に列挙のもの・・・を含む」という文言を入れることで、特に秘密情報等として保護すべきものが(別紙に列挙することで)秘密情報等の範囲から漏れることを防止できる立て付けにしている。
さらに、本モデル契約では、「本契約締結の前後にかかわらず」の文言を入れることで、締結前の秘密情報も保護の対象となることを明らかにしている。
12 条(権利義務譲渡の禁止)
第 12 条 甲および乙は、互いに相手方の事前の書面による同意なくして、本契
約上の地位を第三者に承継させまたは本契約から生じる権利義務の全部もし
くは一部を第三者に譲渡し、引き受けさせ、もしくは担保に供してはならない。
<ポイント>
第 13 条 甲または乙は、相手方に次の各号のいずれかに該当する事由が生じた場合には、何らの催告なしに直ちに本契約の全部または一部を解除することができる。
① 本契約の条項について重大な違反を犯した場合
② 支払いの停止があった場合または競売、破産手続開始、民事再生手続開始、会社更生手続開始、特別清算開始の申立てがあった場合
③ 手形交換所の取引停止処分を受けた場合
④ その他前各号に準ずるような本契約を継続し難い重大な事由が発生した場合
2 甲または乙は、相手方が本契約のいずれかの条項に違反し、相当期間を定めてなした催告後も、相手方の債務不履行が是正されない場合は、本契約の全部ま
たは一部を解除することができる。
権利義務の譲渡禁止を定めた一般的条項である。 13 条(解除)
<ポイント>
契約解除に関する一般的な規定である。
<解説>
以下のように、いわゆるチェンジオブコントロール(COC)が解除事由として定められることがある。しかし、そうすると、M&A が解除事由となりかねず、上場審査やデューデリジェンスにおいてリスクと評価され得る。
したがって、スタートアップとしては、解除事由に COC が含まれている場合、削除かまたは少なくともその適用対象を絞ることを求めることを検討すべきであろう。
他方、大学には、(部分的・間接的にせよ)税金が投入され得られた研究成果・技術が国外において日本の国益を害する態様で利用されることは避けるべきという懸念がある。
とはいえ、海外企業による M&A の途を完全に禁ずると、スタートアップが然るべく評価され、対価を得る EXIT のチャンスを喪失させることとなるため、海外企業による M
&A が一律に解除事由にあたるとすることは不適当である。
そこで、外国為替及び外国貿易法(以下「外為法」という。)による規制を基準にすることが考えられる。すなわち、外為法においては、大量破壊兵器等の開発等に用いられるおそれのある技術の移転等について、許可が必要とされている。ライセンス対象技術がかかる外為法の規制対象の技術ではない場合または対象ではあるが同法に基づく許可を得た場合であって、それにもかかわらず、大学が移転を許さないとして(成果物の利用関係等について定めている。)共同研究開発契約を解除できるとするのは必ずしも妥当であるとは言い難いため、外為法に違反する技術移転がなされた場合には大学からの共同研究開発契約の解除を認める、という落としどころが考えられよう。
【解除事由として定められる COC の例】
他の法人と合併、企業提携あるいは持ち株の大幅な変動により、経営権が実質的に
第三者に移動したと認められた場合
【外為法違反を解除事由とした場合の例】
本発明の移転について外国為替及び外国貿易法における規制に違反した場合
14 条(期間)
第 14 条 本契約の有効期限は本契約締結日から 1 年間とする。本契約は、当初
期間や更新期間の満了する 60 日前までにいずれかの当事者が更新しない旨を
書面で通知しない限り、さらに 1 年間、同条件で自動的に更新される。
2 乙は、本研究が技術的に見て成功する可能性が低いと合理的に判断されるまたは事業環境が変化し本研究の事業化が困難であると合理的に判断される等
の合理的理由がない限り、前項に定める更新を拒絶することができない。
<ポイント>
契約の有効期間を定めた一般的条項である。
<解説>
共同研究開発契約の有効期間は、「1 年間」などの具体的な期間を定めるケースや開発の進捗を終了条件として定めるケースなどがあるが、いずれのケースにおいても契約の終了時期が明確に分かることが重要である。
本条 2 項は、大学が更新を拒絶できる場合を、本研究の成功や事業化が困難と判断されるような合理的理由がある場合に限定している。大学との共同研究開発が継続していることが、スタートアップの資金調達における VC 側の考慮要素となり得るため、大学からの合理性のない更新拒絶を防止する趣旨である。
このような「合理的理由」は、様々なものが考えられるため契約締結時点でxx的に定めることは困難である。もっとも、研究テーマによっては更新拒絶を可能とすべき具体的な数値基準を定めることもできよう。当事者間のトラブルを避ける観点から は、可能であれば、そのような具体的な基準を定めておく方が望ましい。
15 条(存続条項)
第 15 条 本契約が期間満了または解除により終了した場合であっても第 7 条(知的財産xxの帰属および成果物の利用)1 項ないし 3 項および 6 項ないし 8 項
および 11 項、第 8 条(名称使用)、第 9 条(公表)、第 10 条(第三者との間の
紛争)、本条、第 16 条、第 18 条(準拠法および紛争解決手続き)ならびに第
19 条(協議解決)の定めは有効に存続する。
<ポイント>
第 16 条 甲および乙は、本契約の履行に関し、相手方が契約上の義務に違反し
または違反するおそれがある場合、相手方に対し、当該違反行為の停止または予防および原状回復の請求とともに損害賠償を請求することができる。
契約終了後も効力が存続すべき条項に関する一般的規定である。 16 条(損害賠償)
<ポイント>
契約違反が生じた場合に違反行為の停止および損害賠償請求ができることを規定している条項である。
<解説>
損害賠償責任の範囲・金額・請求期間は、本研究の内容やコストの負担を考慮して当事者間の合意により決められる。
本研究は、損害立証が困難な秘密情報を取り扱うものであり、かつ、収益性が不明確な研究開発段階の契約であることから、本条では、損害賠償請求だけでなく違反行為の停止または予防および原状回復の請求が行えることとしている。具体的には、特定の行為を求める仮処分や訴訟手続きなどを行うこととなる。
17 条(通知)
第 17 条 本契約に基づく他の当事者に対する通知は、本契約に別段の規定がない限り、すべて、他方当事者に書面または各種記録媒体(半導体記録媒体、光記録媒体および磁気記録媒体を含むが、これらに限らない。)を直接交付し、郵便を送付しまたは他方当事者が予め了承する電子メールもしくはメッセージ
ングアプリを利用して電磁的記録を送信することにより行うものとする。
<ポイント>
本モデル契約における通知方法の原則を定めた規定である。書面だけでなく USB メモリなどの媒体によるやり取りも可能とし、また、郵便やファックスに加え、相手方が了承すれば電子メールやメッセージングアプリでの通知も認める規定としている。
18 条(準拠法および紛争解決手続き)
第 18 条 本契約に関する紛争については、日本法を準拠法とし、●地方裁判所
を第xxの専属的合意管轄裁判所とする。
<ポイント>
準拠法および紛争解決手続きに関してとして裁判管轄を定める条項である。
<解説>
クロスボーダーの取引も想定し、準拠法を定めている。
紛争解決手段については、上記のように裁判手続きでの解決を前提に裁判管轄を定める他、調停や仲裁によるとする場合がある。
【変更オプション条項 1:知財調停】
第 18 条 本契約に関する知的財産権についての紛争については、日本国法を準拠法とし、まず[東京・大阪]地方裁判所における知財調停の申立てをしなければならない。
2 前項に定める知財調停が不成立となった場合、前項に定める地方裁判所を第xxの専属的合意管轄裁判所とする。
3 第 1 項に定める紛争を除く本契約に関する紛争については、日本国法を準拠法
とし、第 1 項に定める地方裁判所を第xxの専属的合意管轄裁判所とする。
<解説>
紛争解決手段について、どの裁判管轄ないし紛争解決手段が適切かは一概には決められず、当事者の話し合いで決定するのが望ましい。話し合いによる解決を目指す場合、東京地方裁判所および大阪地方裁判所において創設された知財調停を利用することが考えられる。
「知財調停」は、ビジネスの過程で生じた知的財産権をめぐる紛争を取り扱う制度であり、仲裁手続き同様、非公開・迅速などのメリットがあるだけでなく、専門的知見を有する調停委員会の助言や見解に基づく解決を行うことができ、当事者間の交渉の進展・円滑化を図ることができるというメリットがある。
運用面では、原則として、3 回程度の期日内で調停委員会の見解を口頭で開示等することにより、迅速な紛争解決の実現を目指すとされており、迅速に解決でき、コストや負担を軽減できる可能性がある。
知財調停を利用するためには、東京地方裁判所または大阪地方裁判所いずれかを,合意により調停事件の管轄裁判所とする必要がある。
知財調停は、当事者双方が話合いによる解決を図る制度であるため、当事者が合意できず調停不成立となった場合は、訴訟等の手続きにより別途紛争解決が図られることとなる。
【変更オプション条項 2:仲裁】
本契約に関する一切の紛争については、日本国法を準拠法とし、(仲裁機関名)の仲
裁規則に従って、(都市名)において仲裁により終局的に解決されるものとする。
<ポイント>
紛争解決手続きとして仲裁を指定する条項である。
<解説>
仲裁手続きは、裁判と比べて非公開・迅速などのメリットもあることから、スタートアップのような事案では、本条に変えて仲裁条項に変えるという選択肢もある。
19 条(協議解決)
第 19 条 本契約に定めのない事項または疑義が生じた事項については、xxx
xに協議の上解決する。