第98回 D社ほか(偽装請負と黙示の雇用契約の成立)事件
第98回 D社ほか(偽装請負と黙示の雇用契約の成立)事件
[一審]さいたま地裁 平27.3.25判決 労判1129号16ページ、労経速2267号12ページ、労働法律旬報1859号41ページ
掲載誌:労判1129号5ページ、労経速2267号3ページ、判時2288号 102ページ、労働法律旬報1859号32ページ
注文者の工場における業務の一部が元請業者から下請業者へと再委託されていたところ、①注文者の工場内で労務を提供していた下請業者の労働者について、注文者が直接具体的な指揮命令をして作業を行わせているような場合には当たらないため、偽装請負には該当せず、 ②注文者と下請業者の労働者との間に黙示の雇用契約が成立していたものと評価することはできないと判断した事例
D社ほか(偽装請負と黙示の雇用契約の成立)事件(東京高裁 平 27.11.11判決)
※裁判例および掲載誌に関する略称については、こちらをご覧ください
1 事案の概要
原告(控訴人、以下「X」)は、注文者(被告、被控訴人、以下
「Y1」)の工場(以下「本件工場」)において、訴外元請業者であるZの下請業者(被告、被控訴人、以下「Y2」)の従業員として勤務していた。本件において、Xは、①Y1に対して、XとY2との間の雇用契約(以下
「本件雇用契約」)、ならびにY1とZとの間の業務委託契約(以下「本件元請業務委託契約」)およびZとY2との間の業務委託契約(以下「本件下請業務委託契約」。本件元請業務委託契約と併せて「本件各業務委託契 約」)はいわゆる偽装請負であるから公序良俗に反して無効であり、Xと Y1との間に黙示の雇用契約が成立しているとして、雇用契約上の地位確認および賃金支払いを求めた。
また、Xは、② Y1、Y2およびその他の被控訴人ら(以下「Yら」)に対し、同人らが共同して二重の偽装請負の状態を作出するなどしてXに損害
を加えたとして、共同不法行為等に基づく損害の賠償を求めた。
原審(さいたま地裁 平27.3.25判決 労経速2267号12ページ)は、Xの請求をいずれも棄却した。
[1]本判決の認定した事実
本判決において認定された事実の概要は以下のとおり。
年月日 | 事 実 |
H16.9.1 | Y1とZが本件元請業務委託契約を締結。 |
H16.9末 頃 | ZとY2が本件下請業務委託契約を締結。 |
H17.1~2 頃 | X、Y2との間で本件雇用契約を締結し、Y2に入社。 |
H17.2.4 | X、本件工場にて勤務を開始。 プリント基板製造工程の一部であるバンプ工程作業等の業務に従事。 Y1におけるバンプ工程作業は、①バンプ前工程と②バンプ後工程に区別され、Y1では、前者①のような製造条件が完全に標準化されていない作業や、目視による微細な品質判定が要求される作業などを 「コア業務」としてY1の従業員に実施させ、後者②のような、作業内容が比較的単純定型の作業をコア業務以外の業務としてZやY2の従業員に実施させていた。 |
H20.11頃 | Y1における製品の受注数量の急激な落ち込みが明らかになり、Y1およびZとの間で、本件元請業務委託契約を解除する方針を決定。 |
H21.1.31 | ZとY2との間で、本件下請業務委託契約を合意解除。 Y2はXを解雇し、本件雇用契約は終了した。 |
H21.3.11 | X、Y2を相手方として、XがY2の雇用契約上の地位の確認等を求める労働審判手続の申し立て。 |
H21.3.31 | Y1とZとの間で、本件元請業務委託契約を合意解除。 |
H21.6.10 | 埼玉労働局長が、Y1、Y2およびZそれぞれに対し、「労働者派遣事業の請負により行われる事業との区分に関する基準(昭和61年労働省告示第37号)」(以下「37号告示」)に照らして、本件各業務委託契約に基づく業務委託の実態は偽装請負であり、労働者派遣法に違反するとして、改善措置を執るよう指導。 |
[2]主な争点
本件の主な争点は、XとY1との間に黙示の雇用契約が成立していたものと評価できるか否かである。この争点に関わる事情として、Xは、本件雇用契約および本件各業務委託契約はいわゆる偽装請負であり、職業安定法 44条および労働基準法6条に違反し、ひいては公序良俗に反して無効であ
ると主張したことから、本件各業務委託契約に請負契約という法形式に沿う実態があるか否かについて、特に焦点を当てて検討がなされている。
2 判断
本判決はまず、①本件各業務委託契約について、請負契約という法形式に沿う実態があるか否かについて、Y2による指揮命令がなく、Y1がY2の従業員に対して直接具体的な指揮命令をして作業を行わせているような場合に当たるとは認められないとしてこれを肯定した。その上で、②その他の認定事実も含めて総合すると、XとY1との間に黙示の雇用契約が成立していたものと評価することはできないと判断した。上記①②の各判断の詳細は以下のとおりである。
[1]本件各業務委託契約について、請負契約という法形式に沿う実態があるか否か(偽装請負の該当性)
本判決は、(1)Xが担当した工程はバンプ後工程である貫通工程等であ
り、必要書類を参照するほかに逐一指示を要しないものであって、一つの設備において同時に複数人が作業をすることはなかったこと、(2)Y2の従業員については、Y2が基本的な労務管理を行っていたこと、(3)Y2の従業員が使用する作業着やネームプレートについてはY2が指定しており、その使用するクリーンルーム前xxについても基本的にY1の従業員が使用するものと区別されていたことから、Y2は自らその従業員に対する指揮命令を行っており、Y1がY2の従業員に対して直接具体的な指揮命令をして作業を行わせているような場合に当たるとはいえないと判断した。
[2]XとY1との間に黙示の雇用契約が成立していたものと評価できるか否か
その上で、本判決は、(1)Y2はY1から独立して独自に採用活動を行っ
ており、(2)Y2の従業員に対する賃金支給は、Y2独自の制度に基づいて Y2が実施し、その賃金額の決定をY1が行っていたことをうかがわせる事情もなく、(3)その他Y2が在籍従業員の配置転換やXの解雇を行うなど具体的な就業を管理していたことは明らかであること等を総合すれば、XとY1との間に黙示の雇用契約が成立していたものと評価することはできないと判断した。
3 実務上のポイント
[1]偽装請負の該当性判断
注文者と請負人の間で形式的には業務委託契約の法形式を取りつつも、請負人の従業員が注文者の事業所内で、注文者の指揮監督下において労務を提供している場合、その実態は請負人による注文者への労働者派遣と何ら異なるものではなく、いわゆる偽装請負として、労働者派遣法に基づく厳格な規制の潜脱(編注:禁止されている手段以外の手段を用いること
で、意図的に法の規制を免れること)であるとの指摘がなされるところである。そこで、いかなる場合に、偽装請負として労働者派遣法の潜脱と評価されるか、その判断基準が問題となる。
同種論点のリーディング・ケースであるパナソニックプラズマディスプレイ事件(最高裁二小 平21.12.18判決 労判993号5ページ)は、請負契約において、「請負人に雇用されている労働者に対する具体的な作業の指揮命令は専ら請負人にゆだねられている」ことから、「請負人による労働者に対する指揮命令がなく、注文者がその場屋内において労働者に直接具体的な指揮命令をして作業を行わせているような場合には、たとい請負人と注文者との間において請負契約という法形式が採られていたとして も、これを請負契約と評価することはできない」として、このような場合に、注文者と労働者との間に雇用契約が締結されていないのであれば、請負人も含めた上記三者間の関係は、労働者派遣法2条1号にいう労働者派遣に該当すると判示する。
本判決も、上記パナソニックプラズマディスプレイ事件を引用しており、その判断基準を踏襲している。
ところで、本判決の原審も、本判決と同様に上記パナソニックプラズマディスプレイ事件を引用しその判断基準に沿った検討を行っている。しかし、本件各業務委託契約が請負形式の法形式に沿った実態を有しているか否かという争点につき、Y1がY2の従業員による生産管理や生産結果について相当程度管理していたことが認められ、Y1がXに対して直接具体的な指揮命令をして作業を行わせていたということができる。
よって本件各業務委託契約を請負契約と評価することはできないとし て、本判決とは異なる判断を行っている(ただし、Y1とXの間に事実上の使用従属関係および賃金支払い関係があったと認めることも困難であるとして、Y1とXの間の黙示の雇用契約の成立については否定した)。
このように、本判決は、本件各業務委託契約が請負形式の法形式に沿った実態を有しているか否かという争点につき、原審と同様の判断基準、およびほぼ同一の認定事実の下で、その評価の相違により正反対の結論を導いている点が注目される。
この点、本判決は、(1)Xが担当していた作業について、本件工場において実施されているバンプ工程という一連の工程の中に位置づけられるものの、Y1の従業員が担当するコア業務とは区別され、独立の作業として認識可能であって、かつ逐一の指示を必要とするものではなかったこと、および(2)Y2の従業員の勤怠管理は専らY2が行っており、また人事評価や人員配置等の基本的な労務管理を行っていたことを重視すると、Y2自らその従業員に対する指揮命令を行っていたということができ、その他、Y1によるXを含むY2の従業員に対する指揮命令をうかがわせる事情はあるものの、いずれもY1によるY2の従業員に対する具体的な指揮命令の存在を認めるに足りるものでないと判断しており、同一作業場内において注文者の
従業員と共に従事させる形態での業務委託契約が偽装請負と評価されないよう、実務上留意すべき事項を検討する上で参考となる。
ただし、本判決は、Y1における作業過程がコア業務とコア業務以外の業務に区別されるという個別具体的事情を重視しているようであり、原審と本判決とで偽装請負該当性についての判断を異にしていることからも、その射程範囲については慎重に捉える必要があろう。
[2]注文者と請負人の労働者との間における黙示の雇用契約関係の成立 XとY1との間の黙示的な雇用契約関係の成否に関する本判決の判断の詳
細は、上記2[2]のとおりであるところ、本判決は、上記パナソニックプ
ラズマディスプレイ事件が挙げる考慮要素を踏襲し、①Y2はY1から独立して独自に採用活動を行っていること、②Y2の従業員に対する賃金支給は、Y2独自の制度に基づいてY2が実施していること、③Y2が在籍従業員の配置転換やXの解雇を行うなど具体的な就業を管理していたことを指摘している。
注文者としては、下請業者の労働者との間で、黙示の雇用契約の成立が認められた場合、当該労働者に対して賃金支払い等、雇用者としての義務を負うことになる。本判決が指摘する上記の各考慮要素は、このようなリスクを回避するために実務上留意すべきポイントを明らかにするものとして、参考になる。
【著者紹介】
xxxx xxx xxxxx 森・xxxx法律事務所 弁護士 2012年京都大学法学部卒業、2014年弁護士登録。
◆森・xxxx法律事務所 xxxx://xxx.xxxxxxxx.xxx/
■裁判例と掲載誌
①本文中で引用した裁判例の表記方法は、次のとおり
事件名(1)係属裁判所(2)法廷もしくは支部名(3)判決・決定言渡日(4)判決・決定の別(5)掲載誌名および通巻番号(6)
(例)xx電話局事件(1)最高裁(2)三小(3)昭43.3.12(4)判決(5)民集22巻3号(6)
②裁判所名は、次のとおり略称した
最高裁 → 最高裁判所(後ろに続く「xx」「二小」「三小」および
「大」とは、それぞれ第一・第二・第三の各小法廷、および大法廷における言い渡しであることを示す)
高裁 → 高等裁判所
地裁 → 地方裁判所(支部については、「○○地裁△△支部」のように続けて記載)
③掲載誌の略称は次のとおり(五十xx)
刑集:『最高裁判所刑事判例集』(最高裁判所)判時:『判例時報』(判例時報社)
判タ:『判例タイムズ』(判例タイムズ社)
民集:『最高裁判所民事判例集』(最高裁判所)労経速:『労働経済判例速報』(経団連)
労旬:『労働法律旬報』(労働旬報社)労判:『労働判例』(産労総合研究所)
労民集:『労働関係民事裁判例集』(最高裁判所)