Contract
第56課 債権 ― 与える債務となす債務
前課までは、債権が発生し、存続し、消滅する様子について簡単にみてきたが、ここでは、その債権の内容について少し考えてみよう。債権は、「人に何かを求める権利」であることはすでに学んだ。それではその「何か」とはなんだろうか。これが債権の目的、逆の側から言えば債務の「内容」の問題である。
債務者は何をなすべきか。債務者がなすべき一定の財産上の行為を「給付」という。一口に「給付」あるいは債務者のなすべき行為といっても、様々なものがあるが、これはいろいろな角度から分析することができる。
まず、債務者が、例えば、働くとか、何かを作るとか、楽器の演奏をするとか、債務者自体の行為が給付の内容になっていることがある。これを「なす債務」という。これに対し、債務者の行為ももちろん伴うが、主眼は何か物を渡すことにあることもある。これを「なす債務」に対して、「与える債務」という。売主が売った物を引き渡す債務、逆に、買主が代金を支払う債務などは、いずれも「与える債務」である。また、「なす債務」の中には、一定の行為をするのではなく、「しない」、つまり「なさない債務」というものも含まれる。例えば、ある業種の会社に雇われていて、その後独立して商売を始めた人が、一定期間その会社と同じ業種の営業をしない(これを「競業避止―きょうぎょうひし」という)などである。
このような「なす債務」と「与える債務」の区別は、債務者が任意に債務を履行しない場合に、どのような強制手段がとれるかという問題を考える場合に役に立つ。すなわち、「与える債務」であれば、債務者が任意に履行しなければ、(もちろん、裁判手続と執行手続によって)債務者からその目的となっている物あるいは金銭を取り上げて債権者に渡すという「直接強制」が可能である。「なす債務」の場合には、物理的強制力で債務者を働かせたり物を作らせたりすることはできないので、なす債務のうち、債務者以外のだれか別の者にその行為を行わせ、その費用を債務者から取り立てる「代替執行」によることになる。また、なす債務のうち、債務者以外の他人が行っても意味のないもの、あるいは他人ではできないものについては、直接強制はもちろん、代替執行も意味がないので、債務を履行するまで、一定の金銭の支払いを命じて、心理的に履行を強制するという「間接強制」によらざるを得ないのである。
債権(あるいは債務)の性質による分類方法はこのほかにもある。債権に
は「特定物債権」、「種類債権」、「金銭債権」、「利息債権」、「選択債権」などのカテゴリーが存在し、これを利用した分類を行うことによって、多種多様な債権を整理し、それぞれの債権の性質に応じて、その効果や強制手段などを適正に判断することができるのである。
1 重要語句
a 直接強制・代替執行・間接強制
債務者が任意に債務の履行をしない場合にこれを実現する手段については民法第414条に規定がある。ただ、間接強制については、民法ではなく、民事xxx第172条に規定されている。強制的な履行は、直接強制が原則であり、直接強制が不可能な場合にのみ代替執行や間接強制が許され、さらに、間接強制は、その性質上債務者の人格を不当に圧迫し、個人の尊厳を傷つけるおそれがある場合もあるので、慎重に、かつ限定的にしか行われない。(例えば、夫婦間には家族法上、「同居義務」があるが、判例は、夫婦の同居義務の間接強制は許されない、としている。)
b 特定物債権
特定の物の個性に着目して取引をした場合、つまり世の中に一個しか存在しない物を目的とした債権をいう。中古自動車の引き渡し請求権などは、特定物債権である。特定物債権であるか否かの違いは、売買において、契約後にその物が壊れたり無くなったりした場合に、その損害を売主、買主のどちらが負担するかという問題(特定物売買における「危険負担」の問題―民法534条)などで大きな差異を生じる。
c 種類債権
個々の物の個性には着目せず、ある性質を有する物を取引の対象にした場合そのような物を目的とした債権である。例えば、ある銘柄のビール2ダースの売買契約をした場合には、通常、1本1本のビールの個性に注目しているわけではなく、その銘柄のビールであればよいわけである。このような物を「種類物」といい、これを給付の目的としている債権を「種類債権」という。
d 金銭債権
金銭債権は、金銭の支払いを給付内容とする債権で、種類債権の究極的なものであると言ってよいが、他の債権と異なり、理論上、履行不能となることはないなど、特殊な性質を有する。
e 利息債権
利息の支払いを目的とする債権である。法律行為は原則として自由であるが、利息については、放任すると法外な高利をとる業者がはびこりかねないので、「利息制限法」という特別法で規制をしている。
f 選択債権
AまたはBのどちらかの引き渡しを求める、という内容の債権である。 AとBが全くことなる種類の物であっても良い。債務者、あるいは合意がある場合には債権者または第三者が、選択をすることなどによって、物が特定し、それ以降は特定物債権と同じになる。