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[55] 労働協約の解約
(集団)
(1 ) 「 労働協約」は、その成立要件に関する労組法の規定(14 条)に基づき、「労働組合と使 用者又はその団体との間の労働条件その他に関する協定であって、 書面により作成され、 両当事者が署名または記名押印したもの」と定義できる。
(2 ) 「 労働条件その他の労働者の待遇」 に関する労働協約の定めは、 単なる法人と労働組合との合意にとどまらず、 直接個々の組合員の労働契約の内容( 労働条件) を規律する。 これは労働協約の「 規範的効力」と呼ばれる。さらに、労基法 92 条は、「就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない。」 と定めており、 労働協約のもつ規範的効力が就業規則の定める労働条件に優越することを明らかにしている。
(3 ) 労働協約は、使用者と労働組合間の契約として債務的効力を有する。協約当事者( 使用者と労働組合) は、 労働協約で定められた内容について、これを遵守・ 実行する義務(履行義務)を負う。
(4 ) このような履行義務に対応して、労働協約の有効期間中は、当該労働協約で定められた事項については、その改廃を求めた争議行為を行わない義務(平和義務)が生じる。
(5 ) 期間の定めのない労働協約は、 当事者の一方が、 署名しまたは記名押印した文書で少なくとも 90 日前の予告をすることによってこれを解約することができる(労組法 15 条 3 項・4 項)。
事件の概要
1 当事者 ①労働組合:○1 企業別 2合同労組 3その他 組合員数( 366 人 )
②使 用 者 :業種( リース業 ) 従業員数( 811 人 )
③申 請 者 :○1 労 2 使 3 双方 4 その他
2 調整申請に至るまでの経過
これまで、X組合とY法人は団体交渉の都度、合意事項について、労働協約としての性格を
持つ確認書を取り交わしてきた。平成 15 年 4 月に締結した基本協約には自動更新条項があり、確認書には期間の定めはなかった。
平成 24 年 12 月、X組合は、Y法人と別件で協議中、突然、Y法人からの基本協約その他 3
件の確認書を 90 日後に解約する旨の通知を手交された。このことについて、25 年 1 月中旬、
第 1 回の団体交渉が行われ、Y法人は解約理由として「取り巻く環境が変化し、運営の自由度がなくなった」ことを説明した。1 月下旬、第 2 回の団体交渉が行われ、X組合は解約の撤回 を求めたが、法人は 90 日後の解約は労組法第 15 条を踏まえたものであり合法と主張した。一方で、Y法人はこれまでの確認書の一部について盛り込んだ基本協約改定案を組合に提示した。 2 月初旬に行われた第 3 回団体交渉の中で、X組合は、Y法人の基本協約改定案は、①団交の 機会・時間の制限、②会議室使用料や組合室の水光熱費の有料化、③労働条件変更時の事前協議廃止等の問題があることについて交渉を行い、文書での回答を求めた。
その後、3 月から 4 月にかけて 4 回団体交渉を行い、Y法人は基本協約の改定案について一定の譲歩を行ったが、組合との合意には至らず、Y法人から「この件については、これ以上の修正の余地は無い。」旨の回答が行われたため、X組合は、あっせんを申請した。
労働側主張 | 使用者側主張 |
・労働協約の解約は、これまで培ってきた信 | ・基本協約には自動更新条項があり、期間の定め |
頼関係をなし崩しにするものであり、認める | もないことから、このままでは法人を取り巻く情 |
わけにはいかないので、解約通知を一旦撤回 | 勢が変化しているにも関わらずその履行を強制 |
すること。 | されることとなり、好ましくない。 |
・法人は、労働協約の解約理由として、法人 | ・7 回にわたる団体交渉の中で見直しの必要性に |
を取り巻く状況の変化を主張するのみで、資 | ついて具体的理由を示しながら誠実に交渉に応 |
料を提示しての具体的説明もない。 | じている。 |
・法人の基本協約改定案は、①団体交渉の機 | ・一方的解約ではなく、改定案を提示している。 |
会・時間の制限、②会議室使用料や組合室の | できることとできないことを整理したい。 |
水光熱費の有料化、③労働条件変更時の事前 | |
協議廃止等の問題がある。 |
3 主な争点と労使の主張争点 労働協約の解約
4 調整開始より終結に至るまでの経過(用いた調整手法)
第 1 回のあっせんにおいて、労使双方から意見を聴取したが、労使双方の主張の隔たりは大きく、歩み寄りも見られなかったことから、次回までに双方が譲歩できる見直し案を考えてくるように促した。
第 2 回あっせんでは、X組合は、主張していた「労働協約の解約を一旦撤回すること」との要求には固執せず、基本協約について「労働条件の変更についての組合への事前協議」条項が残れば、Y法人の改定案を受け入れてもよいとし、3 件の確認書を整理した新しい労働協約についても組合側の譲歩案を整理するなどの歩み寄りを見せた。
これに対して、Y法人は、X組合の譲歩案のうち、基本協約中の「労働条件変更時の組合への事前協議」については、「事前通知」とする点は譲れないとし、新しい労働協約中に「賃金改善に関する条項」を設けることは、Y法人を取り巻く厳しい状況下では実現困難であり、新しい協約には入れられないと主張した。
そこで、あっせん員から積極的にあっせん案を提示して調整につとめ、次のようなあっせん案で、労使双方の合意が得られ、本事件は解決した。
5 あっせん案の要旨及び案の内容を決めた背景・理由
(あっせん案の要旨)
① 労使双方は、基本協約について、相互の信頼関係を互いに尊重し、26 年 3 月までに新たに基本協約を締結すべく努力すること。
② 3 件の確認書を整理した新たな労働協約について、団体交渉を継続し、早期の解決に向けて互いに努力すること。
③ Y法人は、労働条件の変更については、事前にX組合に通知し、労働条件の不利益変更については、事前にX組合と協議すること。
④ 賃金に関することは、昨今の法人を取り巻く厳しい状況を踏まえつつ、毎年の団体交渉で誠実に話し合うこと。
解 説
(1) 本事件は、期間の定めのない労働協約の解約をめぐる事案である。
「労働協約」は、その成立要件に関する労組法の規定(14 条)に基づき、「労働組合と使用者又はその団体との間の労働条件その他に関する協定であって、書面により作成され、両当事者が署名または記名押印したもの」と定義できる。この要件を満たす文書であれば、その表題や形式は問わない。すなわち、「労働協約」と題される必要はなく、「賃金協定」、「団体交渉議事確認書」、「覚書」などでも労働協約足り得る。これに対し、口頭による合意や、署名または記名押印を欠く書面による合意は、合意内容が明確でも労働協約足り得ない(xx自動車教習所事件―最三小判平 13・3・13 労判 805 号 23 頁)。ただし、使用者が合理的理由もなく合意内容の書面化を拒否している場合には、不当労働行為の問題が生じる(大阪貨物事件―中労委決昭 48・3・7 命令集 49 集 231 頁、xxxx学園事件―中労委決平 18・7・19 命令集 135 集 996 頁)。
労組法 16 条は、「労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は、無効とする。この場合において無効となつた部分は、基準の定めるところによる。労働契約に定がない部分についても、同様とする。」と定め、「労働条件その他の労働者の待遇」に関する労働協約の定めは、単なる法人と労働組合との合意にとどまらず、直接個々の組合員の労働契約の内容(労働条件)を規律する。これは労働協約の「規範的効力」と呼ばれる。さらに、労基法 92 条は、「就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない。」と定めており、労働協約のもつ規範的効力が就業規則の定める労働条件に優越することを明らかにしている。なお、労働協約も就業規則も、労基法等の法令に反することはできない(日本シェーリング事件―最一小判xx・12・14 労判 553 号 16 頁)。
労働協約は、使用者と労働組合間の契約として債務的効力を有する。協約当事者(使用者と労働組合)は、労働協約で定められた内容について、これを遵守・実行する義務(履行義務)を負う。そこで一方当事者は、他方当事者が協約規定に違反したり、それを実行しなければ、その履行を請求し、または不履行(違反)によって生じた損害の賠償を求めることができるのが原則である
(エム・ディー・エス事件―東京地決平 14・1・15 労判 819 号 81 頁。東京金属事件―水戸地下妻支決平 15・6・19 労判 855 号 12 頁)。また、このような履行義務に対応して、労働協約の有効期間中は、当該労働協約で定められた事項については、その改廃を求めた争議行為を行わない義務(平和義務)が生じる。
労組法は、労働協約のあまりに長い有効期間は労使関係当事者が環境の変化に適切に対処することを妨げ、労使関係の安定を損なうとの配慮から、労働協約に有効期間の定めをする場合には、3 年を超える期間を定めてはならないとし、それより長い期間を定めている労働協約は 3年の有効期間の定めをした労働協約とみなすとした(15 条 1 項・2 項)。そして、期間の定めのない労働協約は、当事者の一方が、署名しまたは記名押印した文書で少なくとも 90 日前の予告をすることによってこれを解約することができるとする(15 条 3 項・4 項)。この通告をすることについて合理的な理由は必要とされておらず、当事者は任意にいつでも自由に解約することができると解される。しかし、労使関係のルールや便宜供与に関する労働協約の使用者による解約については、協約締結組合の運営を阻害し、実質的協議を尽くさずに解約通告をし、ことさら組合に不利な時期を選ぶなど、解約権の行使がもっぱら組合に打撃を与える目的で為されたと認定された場合には、不当労働行為が成立する場合がある(駿河銀行事件―東京地判平 2・ 5・30 労判 563 号 6 頁、東京高判平 2・12・26 労判 583 号 25 頁、xx金属事件―中労委決平 16・
3・3 命令集 128 集 1357 頁)。
(2) 本事件は、X組合が期間の定めのない労働協約の使用者による解約の撤回を求めたものであったが、労組法の規定上は使用者の 90 日前の予告による労働協約の解約は有効であると解されるところ、Y法人が協約の改正案をX組合に提示していたことから、安定的な労使関係秩序の構築の観点から、新たな労働協約の締結について労使双方に譲歩を求め、解決した事例である。
(参照すべき法令)
労働基準法
(法令及び労働協約との関係)
第九十二条 就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない。
2 行政官庁は、法令又は労働協約に牴触する就業規則の変更を命ずることができる。
労働組合法
(不当労働行為)
第七条 使用者は、次の各号に掲げる行為をしてはならない。 (略)
三 労働者が労働組合を結成し、若しくは運営することを支配し、若しくはこれに介入すること、又は労働組合の運営のための経費の支払につき経理上の援助を与えること。ただし、労働者が労働時間中に時間又は賃金を失うことなく使用者と協議し、又は交渉することを使用者が許すことを妨げるものではなく、かつ、厚生資金又は経済上の不幸若しくは災厄を防止し、若しくは救済するための支出に実際に用いられる福利その他の基金に対する使用者の寄附及び最小限の広さの事務所の供与を除くものとする。
(略)
(労働協約の効力の発生)
第十四条 労働組合と使用者又はその団体との間の労働条件その他に関する労働協約は、書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名押印することによつてその効力を生ずる。
(労働協約の期間)
第十五条 労働協約には、三年をこえる有効期間の定をすることができない。
2 三年をこえる有効期間の定をした労働協約は、三年の有効期間の定をした労働協約とみなす。
3 有効期間の定がない労働協約は、当事者の一方が、署名し、又は記名押印した文書によつて相手方に予告して、解約することができる。一定の期間を定める労働協約であつて、その期間の経過後も期限を定めず効力を存続する旨の定があるものについて、その期間の経過後も、同様とする。
4 前項の予告は、解約しようとする日の少くとも九十日前にしなければならない。
(基準の効力)
第十六条 労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は、無効とする。この場合において無効となつた部分は、基準の定めるところによる。労働契約に定がない部分についても、同様とする。
(参考となる判例・命令)
・xx自動車教習所事件―最三小判平 13・3・13 労判 805 号 23 頁
・大阪貨物事件―中労委決昭 48・3・7 命令集 49 集 231 頁
・xxxx学園事件―中労委決平 18・7・19 命令集 135 集 996 頁
・日本シェーリング事件―最一小判xx・12・14 労判 553 号 16 頁
・エム・ディー・エス事件―東京地決平 14・1・15 労判 819 号 81 頁
・東京金属事件―水戸地下妻支決平 15・6・19 労判 855 号 12 頁
・駿河銀行事件―東京地判平 2・5・30 労判 563 号 6 頁
・駿河銀行事件―東京高判平 2・12・26 労判 583 号 25 頁
・xx金属事件―中労委決平 16・3・3 命令集 128 集 1357 頁