近時,新国立競技場の建設問題が大きな話題と なったが,2020年に向けて,東京を中心に大型の 建設プロジェクトが目白押しである。とりわけ,公共事業による基盤の整備が急ピッチで進められ ており,大型のプロジェクトは,国や自治体等が,競争入札等を経て,共同企業体(ジョイントベン チャー,JV)と請負契約を締結することが多い。このような請負契約の締結過程では,契約内容の 透明化や公平性維持,さらには紛争予防や紛争解 決の簡便化の視点から,契約書ないし付属文書と...
不動産法の最前線
共同企業体による公共工事請負契約における約款の解釈
──違約金約款の解釈をめぐる最二判平成26.12.19からの検討
Xxxxxxx XXX:Takushoku University x xx*
Ⅰ はじめに
近時,新国立競技場の建設問題が大きな話題と なったが,2020年に向けて,東京を中心に大型の 建設プロジェクトが目白押しである。とりわけ,公共事業による基盤の整備が急ピッチで進められ ており,大型のプロジェクトは,国や自治体等が,競争入札等を経て,共同企業体(ジョイントベン チャー,JV)と請負契約を締結することが多い。このような請負契約の締結過程では,契約内容の 透明化やxx性維持,さらには紛争予防や紛争解 決の簡便化の視点から,契約書ないし付属文書と して,通常,国や自治体等が作成した約款を用い て契約が締結される。本稿では,そのような請負 契約が締結される際に示される自治体作成の約款 の文言の解釈が問題になった判例(最二判平成 26.12.19)1を通して,不動産をめぐる公共工事請 負契約約款の解釈をめぐる諸論点について,近時 の学説や民法改正の動向をふまえながら検討する。
Ⅱ 判例の紹介
1 事案の概要
X(xx市─原告・被控訴人・被上告人)は,平成20年 2 月,xx市a地区ほかの下水管きょ工事を一般競争入札に付したところ,本件工事の請負を目的としてA社とY社(被告・控訴人・上告
人)が結成した本件共同企業体がこれを落札した。同年 3 月,Xと本件共同企業体は,請負金額を 2 億7090万円とする本件工事の請負契約を締結した。その後,平成21年 3 月に請負金額が3667万余増額
され, 3 億0757万円余となった。
平成22年 4 月,xx取引委員会は,本件工事を含む一連の下水管きょ工事において談合が行われたとして,AとYを含む20以上の事業者に対して排除措置命令や課徴金納付命令を行った。これらの命令は,Aについては確定したが,Yは審判を請求したため,Yについては確定せず,原審口頭弁論終結時にも確定していなかった。
本件の請負契約の契約書では,注文者であるXは「甲」,請負人である本件共同企業体は「乙」と表記されていた。また,この契約書に添付されたX市工事請負契約約款には,①「乙が共同企業体である場合は,その構成員は,別添の共同企業体協定書に従い共同連帯してこの契約を履行しなければならない。」(同約款 1 条12項),②「乙は,」乙が本件契約の当事者となる目的でした行為に関し,xx取引委員会が,乙に独占禁止法違反行為があったとして排除措置命令または課徴金納付命令(以下,併せて「排除措置命令等」)を行い,これが確定した場合,「甲の解除権の行使の有無にかかわらず,不正行為に対する賠償金として,請負金額の10分の 2 に相当する額を甲の指定する
x xx*(xxx xxxx)正会員・拓殖大学准教授
1 xxx「最近の不動産判例の動き」日本不動産学会誌29巻 1 号,114-115頁において紹介した。
期間内に支払わなければならない。」(同約款53条 1 項),③「乙は,」上述②の「不正行為に対する賠償金を甲の指定する期間内に支払わないとき…は,遅延日数に応じ,年8.25パーセントの割合で計算した遅延利息を甲に支払わなければならない。(」同約款54条 1 項),と規定する賠償金条項が置かれていた。
そこで,Xは,平成22年 9 月,A及びYに対し,本件賠償金条項に基づく賠償金として,本件契約の請負金額の10分の 2 に相当する6151万円余の支払を請求した。Aは,上記賠償金の内金922万円余を支払ったが,Yが支払わないため,Xは,平成23年 7 月,本件訴えを提起して,Yに対し,上記賠償金の残額5228万円余及びこれに対する遅延損害金の支払を請求した。
これに対してYは,本件賠償金条項は,請負人 が共同企業体である場合には,その構成員のすべ てについて排除措置命令等が確定したときに賠償 金支払義務が発生するとするものであって,Yに 対する排除措置命令等は確定していないのだから,賠償金支払義務は発生していないとした。
本件原審(東京高裁第20民事部)は,「乙」を本件共同企業体のほか「A又はY」を意味するものと解し,Aの排除措置命令及び課徴金納付命令が確定している以上,本件賠償金条項に基づく賠償金の支払義務をYも連帯して負うとして,Xの請求を認容した。Yは上告受理申立てをしたところ,第二小法廷は弁論を開いた上で,原判決を破棄自判し,後掲の判旨のように判示した。
なお,Xは,本件とは別の下水管きょ工事について,B及びCからなる「B・C共同企業体」との間で同様の工事請負契約を締結していたところ,後にBにつきxx取引委員会の排除措置命令及び課徴金納付命令が確定した事案で,Cに対し本件賠償金条項と同様の条項(ただし賠償金の額は
「請負金額の10分の 3 相当額」)に基づいて,同様の賠償金請求訴訟をしていた。この別件訴訟の控訴審(東京高裁第 8 民事部)は,本件の原審とは逆にXの請求を棄却し(東京高判平成24年11月22
日・xx取引委員会審決集59巻第 2 分冊334頁),これに対してXから上告受理申立てがされ,第二 小法廷は,別件訴訟についても弁論を開いた上で,本判決と同旨の理由により,同日付けで上告棄却 の判決をしている(公刊物未登載)。
2 判旨
「本件賠償金条項における賠償金支払義務は,飽くまでも「乙」に対する排除措置命令等の確定 を条件とするものであり,ここにいう「乙」とは,本件約款の文理上は請負人を指すものにすぎない。もっとも,本件賠償金条項は,請負人が共同企業 体の場合には,共同企業体だけでなく,その構成 員について排除措置命令等が確定したときにも賠 償金支払義務を生じさせる趣旨であると解するの が相当であるところ,本件契約において,上記
「乙」が「A建設又はY」を意味するのか,それ とも「A建設及びY」を意味するのかは,文言上,xx的に明らかというわけではない。
そして,Xは,共同企業体の構成員のうちいず れかの者についてのみ排除措置命令等が確定した 場合に,不正行為に関与せずに排除措置命令等を 受けていない構成員や,排除措置命令等を受けた が不服申立て手続をとって係争中の構成員にまで 賠償金の支払義務を負わせようというのであれば,少なくとも,上記「乙」の後に例えば「(共同企 業体にあっては,その構成員のいずれかの者をも 含む。)」などと記載するなどの工夫が必要であり,このような記載のないままに,上記「乙」が共同 企業体の構成員のいずれかの者をも含むと解し,結果的に,排除措置命令等が確定していない構成 員についてまで,請負金額の10分の 2 相当額もの 賠償金の支払義務を確定的に負わせ,かつ,年 8.25%の割合による遅延損害金の支払義務も負わ せるというのは,上記構成員に不測の不利益を被 らせることにもなる。
したがって,本件賠償金条項において排除措置命令等が確定したことを要する「乙」とは,本件においては,本件共同企業体又は「A建設及びY」
をいうものとする点で合意が成立していると解するのが相当である。このように解しても,後にYに対する排除措置命令等が確定すれば,Xとしては改めてYに対して賠償金の支払を求めることができるから,本件賠償金条項の目的が不当に害されることにもならない。」
なお,xxxx裁判官の補足意見がある。
Ⅲ 分析
1 判例の意義と射程
本判決は,本件賠償金条項の文言等について,その意味がxx的に明らかではないとして,判旨のような解釈を示した事例判例である。その一方で,本件のような賠償金条項は,国ないし他の地方公共団体等においても用いられており,本判決では条項の文言の改訂の方向性をも示すなど,実務上の意義は大きい。また,文言xxx意味が不明確な約款上の条項を解釈する場合に,いわゆる不明確条項解釈準則とも重なり合う解釈を示した点で,参考になる。
2 ジョイントベンチャーの法的性質
ジョイントベンチャー(以下「JV」)は,営利 を目的とするものであれば事業の範囲に限定はな いが,もっぱら建設業界において用いられており,建設工事共同事業体を指すものである2。本件の 連帯責任に関する条項の意味を考えるうえで, JVの法的性質が問題になる。
学説には,JVは,結成後はたとえ組合員が 1名になっても解散せず,組合員の個々の個性を超えた社団としての性格を有するものであって,たとえ構成員の 1 名が破産したとしても,なお存続
するという理解から,一種の権利能力なき社団とする説3と,JVは構成員たらんとする者(建設会社)の契約によって結成され,構成員の変動を予定しておらず,定款もなく,構成員全員によって代理権を与えられた代表者(全構成員の代理人)によって業務を執行し,その法的効果は各構成員に帰属し,各構成員は対外的に個人財産をもって責任を負うことなどから民法上の組合の一種であるとする説4がある。判例5は,「共同企業体は,基本的には民法上の組合の性質を有するもの」と判示しており,組合説が通説とされている。
3 約款による契約の解釈と民法改正
⑴ 本件における約款による契約の解釈
契約の解釈方法については,従来は,取引のx xの観点から客観的に表現されている範囲で本人 の意思を探求すべきであるとされてきたが,現在 では,当事者の主観的意思の探求を重視すべきこ とが主張され,通説的見解となっている6。一方,約款の解釈については,一般の契約の解釈とは異 なり,その約款が予定する平均的な合理的理解可 能性を基準として統一的に解釈されるべきであり,個別の契約における個別具体的な事情は考慮され るべきではないとするのが通説とされる7。
問題となるのは,客観的意味にせよ,当事者の 付与した意味にせよ,あるいは平均的な合理的理 解可能性にせよ,それが明確ではない場合である。本判決や補足意見は,合理的意思解釈の枠内にお いて,条項内容を確定している。その際に,不明 確条項解釈準則と呼ばれる,合理的な解釈を尽く してもなお複数の解釈が残る場合に,「表現者に 有利に」または「義務者に有利に」解釈するとい
2 xxxx「ジョイント・ヴェンチャー」xxx=xxx=xxx監修『契約法大系第 8 巻国際取引契約⑴』有斐閣(1983年)335-336参照。
3 xxxx「建設業における共同企業体の構成員の倒産」判例タイムズ543号25頁。
4 前掲注 2 論文336頁。
5 最三判平成10.4.14民集52巻 3 号813頁。
6 xxxx「判批」私法判例リマークス52号(2016上)16頁。詳細は,xxx『新訂民法講義Ⅰ』岩波書店(1965)249- 251頁,xxxx『民法総則』有斐閣(1965年)187頁以下,特に194-196頁等参照。
7 xxxxx「約款による契約の解釈」同志社法学42巻 4 号51頁以下参照。
う考え方8につながる解釈と同様の判示をしており,本判決の行った条項解釈は積極的に評価されている9。
⑵ 民法改正における議論
約款による契約については,近時の民法改正に おいても議論がなされ,法案が作成されている。そもそも約款については,その法的拘束力の根拠 について多くの議論10があり,1960年代ごろまで は,約款を自治法規的に理解する見解(自治法規 説),ある種の企業取引では約款による旨の慣習 または慣習法が成立しているとする見解(白地慣 習説)などが主張されていた。これは,当時の約 款問題のほとんどが,保険,銀行取引,運送等の 約款取引における伝統的な取引類型に関するもの であり,なおかつその多くが,主務官庁による規 制が予定されるものであったからとされる。その 後,約款を用いた多様な契約が出現し,集団的な 消費者被害をもたらすような不当な約款条項も 様々な形で出現したことで,これらの規制が需要 な課題となった。そこで,約款が法律行為(契 約)に基づいて拘束力が生じるという出発点から,相手方が約款に拘束されるにはいかなる要件が備 わっているか必要があるかという視点から議論す る見解(契約説)が主流となっているとされる11。そして,このような約款法理の流れを受けて,今 般提案されている以下に示す法案も,この契約説 によるものと解されている。
(定型約款の合意)
第548条の 2 定型取引((ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって,その
内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものをいう。以下同じ。)を行うことの合意(次条において「定型取引合意」という。)をした者は,次に掲げる場合には,定型約款(定型取引において,契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体をいう。以下同じ。)の個別の条項について合意したものとみなす。
一 定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき。
二 定型約款を準備した者(以下「定型約款準備者」という。)があらかじめその定型約款を契約内容とする旨を相手方に表示していたとき。
2 前項の規定にかかわらず,同項の条項のうち,相手方の権利を制限し,又は相手方の義務を加重 する条項であって,その定型取引の態様及びその 実情並びに取引上の社会通念に照らして第 1 条第 2 項に規定する基本原則に反して相手方の利益を 一方的に害すると認められるものについては,合 意をしなかったものとみなす。
このように,定型約款については定義規定が置かれ,第548条の 2 は,約款規定が直接適用される対象である「定型約款12」について定義を設けるとともに,定型約款の条項が契約当事者間で合意したものとして契約の中に組み入れられるための要件(いわゆる組入要件)を規定する13。そして,この定型約款の規定が適用されるものを「定型取引」として類型化し,ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって,その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものとしている。これは,従
8 xxxxx『契約解釈の限界と不明確条項解釈準則』日本評論社(2003年)10頁以下。
9 xxxxx「判批」判例評論681号(判例時報2268号)20頁。
10 詳細はxxxx『約款規制の法理』有斐閣(1988年)参照。
11 xxxxx「民法改正と約款規制」法曹時報67巻 7 号,(2015年)1811-1812頁。詳細はxxxxx『商法総則概論』有斐閣(1932年),xxxx『普通契約條款』勁草書房(1957年),xxxx『商事法の研究』有斐閣(2015年)を参照。
12「定型約款」概念について,民法改正論を踏まえた詳細な議論はxxxx「約款の採用要件について」xxxほか編『日
本民法学の新たな時代』有斐閣(2015年)539頁以下,543頁以下参照。
13 前掲注11xx論文1805頁。
来約款法理の主な対象となってきた消費者契約14のみならず,事業者間契約における契約条項も,この要件を満たす限り,定型約款に該当するものとされる15。
また, 2 項においては,消費者契約法10条と同様の枠組みを採用するが,同法のように契約内容となったうえで,不当性ゆえに無効となるのとは異なり,不当条項はそもそも契約に組み込まれない。これは,消費者契約法における情報格差・交渉力格差を基礎に据えたものではなく,合意内容の希薄性,契約締結の態様,健全(合理的)な取引慣行その他取引全体に関わる事情を広く考慮に入れて当該条項の不当性の有無が評価されることを含意するとされる16。本判決との判断の違いが見て取れる。
4 請負契約約款における入札談合に関する違約金の性質
本件では,約款の問題として解決してしまったために,実体法上の論点については言及しないで終わってしまった。その 1 つが請負契約約款における入札談合に関する違約金の性質についてである17。
この点,競争入札において談合が行われた場合に国や地方公共団体等が採りうる民事上の法的措置としては,民法709条又は独禁法25条に基づく損害賠償請求を行う方法のほか,入札談合に基づいて締結した契約は公序良俗違反等により無効であるとして,民法703条,704条に基づく不当利得
返還請求権を行う方法が考えられるとされる18。本件賠償金条項のような賠償金条項は「違約金
条項」とも呼ばれており,従前の学説の中には,その法的性質を民法420条 1 項にいう「損害賠償額の予定」と説明するものがある19。しかしながら,地方自治法等に規定されるように,通常の双務契約とは異なる公契約の特徴も見て取れるし,判例20では,契約締結に必要な情報を提供すべき義務(説明義務)の違反について,xxx上の義務違反ではあるが契約そのものの債務不履行はないとされる。談合も,契約締結過程での義務違反であり契約そのものの不履行ではないと解される21。これについては,xx取引委員会の排除措置命令等が確定したとの条件が成就すれば所定の賠償金の支払義務が生ずるという仕組みに着目すると,その法的性質は,単なる停止条件付き債務を定めたものと解することが,本判決理由の中で
「本件賠償金条項における賠償金支払義務は,飽くまでも『乙』に対する排除措置命令等の確定を条件とするもの」と判示していることとも整合的であるとする見解がある22。
他方で,これを不法行為責任とみる見解もある。独占禁止法25条は,同法の規定に違反した事業者 は被害者に対して損害賠償責任を負うとする。民 法709条による損害賠償責任とは異なる(独禁法 26条など)ので独占禁止法25条による請求権と民 法709条による請求権は併存するが,独占禁止法 上の責任も不法行為責任であると解されており,また,上述の議論からも,債務不履行責任ではな
14 消費者契約にかかる諸論点については,xxxx「民法改正による約款規制と消費者法 不動産取引を中心に」日本不動産学会誌30巻 1 号を参照。なお,同号所収の民法改正特集各論考も参照されたい。
15 むしろ事業者間契約こそが主対象であるとの指摘もある。詳細はxxx「「債権法」改正の文脈──新旧両規定の架橋のために第 7 回」法学教室433号89頁,特にxxxx発言への言及を参照。
16 xxxx『民法(債権関係)改正法案の概要』金融財政事情研究会(2015年)207-208頁。
17 xxxx「判批」民商法雑誌151巻 2 号164頁。
18 xxxx「談合関係訴訟の現状と今後の課題」判例タイムズ1363号, 5 頁。
19 xxxx「入札談合に対する損害賠償の予約条項についての考察」xx取引616号68頁等。
20 最二判平成23.4.22民集65巻 3 号1405頁及びその評釈であるxxxx「判批」ジュリスト1414号231頁,xxxxx「判批」xx取引729号92頁参照。
21 前掲注17論文165頁。
22 判例時報2247号,匿名囲み記事。
く不法行為責任とするものである23。
このような視点で見ると,別件原審判決は,本 件賠償金条項は不法行為責任について定めるもの であり損害賠償額の予定であると解している。対 して,本件の原審判決が指摘するように,契約約 款において不法行為責任に関する定めをおくこと ができるのかは疑問とし,賠償金条項による支払 い義務を契約に基づく義務であると解している。また,別件原審判決は,賠償金条項は不法行為責 任について定めると解するので,契約責任に関す る本件連帯条項は賠償金には適用されないとした。他方,本件の原審判決のように,賠償金は契約に 基づく義務であると解するなら本件連帯条項が適 用され,排除措置命令等が確定していない構成員 も賠償義務を負うことになるが,しかし,これは 約款によって「連座制24」を認めることになると する25など,理論的に明らかとはいえない部分が 多い。
5 残された問題
⑴ 賠償金支払い義務者の射程
本件のように,共同企業体の構成員のうち 1 社についてのみxx取引委員会の排除措置命令等が確定した場合に,当該構成員(本件でいうA)に対して本件賠償金条項に基づく賠償金の支払義務を負わせることができるのかについて,本件賠償金条項に明示的な記載はないものの,これを設けた趣旨等を踏まえれば当該構成員に対しては支払義務を負わせることができると解する余地がある
ようにも思われるが,両論あり得うるとする見解26がある。これについては,面白い指摘としながら,本判決が「A又はY」か「A及びY」かという形で問題を解決したためで,賠償金については各事業者が個別に追うと解するなら,このような問題は生じないという見解27もあって,さらなる理論的検討を要するものと思われる28。
また,個別交渉により作成された条項や,約款の「作成」者ではなく,市販の標準約款などの単なる「使用」者だった場合にも本件同様の解釈
(準則)が用いられるかは明らかではない29。
⑵ 具体的な解決の妥当性
本件は,いわば談合に関与していない業者にどのような責任を負わせることが必要であり合理的であるかが問われた事案でもある。本件については,xx取引委員会審決等データベースの情報によれば,Yの審判請求は棄却となり,取消請求も棄却,上告却下をたどり,排除措置命令は確定したということである30。本判決も述べる通り,本判決を前提としても,排除措置命令確定後に改めて,XがYに賠償金の支払いを請求することは妨げられず,妥当な解決を導ける。
⑶ 賠償金条項の改訂の方向性
本件では,賠償金条項の改訂を促す判示がなされたが,排除措置命令等を受けていない構成員に対して明確に支払い義務を負わせるような内容に改訂することには問題があるとの指摘がある31。
23 前掲注17論文165頁。
24 このような性質については,JVの入札指名停止の場面などでは見られるようである。近時の一例として,東京国際空滑走路地の地盤改良工事をめぐる平成28年10月28日付国土交通省関東地方整備局総務部記者発表資料も参照[http:// www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000658729.pdf](2016年11月 1 日最終確認)。
25 前掲注17論文165頁。
26 前掲注22記事。
27 前掲注17論文166頁。
28 前掲注22記事も「当該構成員に対して民法709条等に基づく損害賠償請求をすることは,何ら妨げられるものではない」としている。
29 曽野裕夫「判批」平成27年度重要判例解説(ジュリスト1492号)68頁。
30 前掲注 9 論文21頁注12。
31 前掲注 9 論文20頁。
賠償金条項の目的は,立証軽減や不正行為の抑制 を図ることにあり,独禁法の遵守は「共同の事 業」に基づく債務ではなく,契約それ自体とは別 に課される一般的な義務というべきであるから32,不当な条項として無効となる懸念が生じないよう に改訂すべきである。排除措置命令等が確定した 構成員は支払い義務を負うという方向での明確化 が求められよう33。
Ⅳ むすび
本判決は,国及び地方公共団体等で広く用いられている工事請負契約約款の条項につき,高裁の判断が分かれている論点に,最高裁が判断を示したものとして,その実務的な意義は大きい。
他方で,約款による契約の解釈という点では,従来,約款の条項の趣旨等から条項自体を解釈す るものであったが,本判決では,約款の条項に基 づく当事者の合意内容を問題とする点で新たな判 断を示し,特に千葉裁判官の補足意見は「一般に,約款は,国民一般が当然に遵守義務を負う法令と は異なり,契約の一方当事者が多くの相手方に対 し同一条件の内容の契約を成立させるためにあら かじめ示した意思表示であり,これを前提とする 契約が成立した場合,この約款の文言等が明確で なく,その解釈,適用範囲等が問題になった場合 には,当該約款を抽象的な規範として捉えて解釈 するのではなく,あくまでも約款を前提に当事者 間で成立した契約における条項の解釈として行う べきであり,そこでは,当事者間において当該約 款によりどのような内容の意思の合致があったの か,すなわち契約における意思表示の内容は何か をみていく必要がある。」と述べている。この点 は,法案では採用されなかった中間試案第29と同 様の手法を採っていると解する見解34もある。
他方で,約款の文言のみならず当事者間の意思 の合致をみていくという必要からは,改正法施行 後の解釈による発展の可能性に期待する議論とし て,鹿野菜穂子の以下のような見解も重要である。すなわち,約款の内容に対する司法介入の正当性 について,従来,判例が,約款について正面から 内容コントロールを行うことには謙抑的であり,むしろ意思解釈の衣をまとって隠れた内容コント ロールにとどまってきたことへの批判ないし検討 として,契約自由の概念による呪縛があったので はないかと指摘する35。そのうえで,約款をめぐ る議論は,第 1 に,組入要件を課すことによって 約款による取引を契約の土俵に引き戻すとともに,第 2 に,司法による内容コントロールを施すこと によって,意思決定による双方の利益の調整とい う契約自由の原則の本来的な機能を回復すること にあったと指摘し,契約自由の原則によって司法 介入が制約されるのではなく,むしろ逆に,契約 自由の原則が機能不全を生じていることから,契 約自由の原則の機能を回復するために,司法介入 が要請されると捉えるべきであろう36と述べられ ている。上述のように,このまま改正がなされれ ば548条の 2 第 2 項に規定される信義則によると いう限定はあるものの,一般条項による解釈とな り,理論的にも興味深い。
今後の民法改正の動向はなお不透明な状況ではあるが,そのような中でも,本件のような工事請負契約において重要な取引方法である工事請負契約約款については,内容判断やその改訂の可能性も含め,民法及びその司法による解釈の重要性が増す方向にあると思われる。
*本研究はJSPS科研費JP26870591の助成を受けたものである。
32 山城一真「判批」判例セレクト2015[Ⅰ](法学教室425号)17頁。
33 前掲注 9 論文20頁。
34 奈良輝久「判批」金融・商事判例1473号13頁。
35 前掲注11論文1830頁。
36 前掲注11論文1831頁。