Contract
平成26年11月12日判決言渡
平成25年(ワ)第32921号 損害賠償請求事件
主 文
1 原告が,被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は,原告に対し,36万2350円及びこれに対する平成26年1月2
9日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用はこれを5分し,その2を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
5 この判決は,第2項に限り仮に執行することができる。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 原告が,被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は,原告に対し,平成26年1月28日限り,36万2350円及び平成26年2月から本判決確定の日まで,毎月28日限り37万7555円並びにこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
本件は,被告と雇用契約を締結して労務を提供していた原告が,被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位の確認を求めるとともに,同契約に基づく賃金 支払請求権に基づく賃金又は不法行為ないし債務不履行に基づく損害賠償請求 権に基づく当該賃金相当額の損害として,平成26年1月分の36万2350 円,同年2月から本判決確定の日まで,毎月28日限り37万7555円の支 払及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の 割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
1 前提事実(争いのない事実,後掲証拠及び弁論の全趣旨により認められる事
実)
(1) 当事者
被告は,道路運送事業に依る一般乗用旅客自動車運送事業等を目的とする株式会社であり,原告は,被告との間で雇用契約を締結した従業員である
(弁論の全趣旨)。
(2) 原被告間の雇用契約
ア 原告は,被告との間で,平成18年6月1日,原告が被告に対し労務を 提供し,これに対し,被告が原告に対し賃金を支払うことを約することを 内容とする,期間の定めのない雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)を締結し,平成24年10月21日以降,被告A営業所に配置され,午前
7時出庫,翌日午前2時帰庫(2時間の休憩時間を含む。)の隔日制勤務のタクシー乗務員として勤務していた(甲11,乙5)。
イ 被告の給与規定(甲7)における賃金の定めは,概要,次のとおりである。
① 基本給 日額6800円×乗務日数(3条)
② 精勤手当 月額2万円(4条)
③ 業務手当 月額2万円(5条)
④ 無事故手当 月額1万円(6条)
⑤ 基準外労働手当 所定の就業時間を超えて勤務した場合には時間外勤務手当,法定休日に勤務した場合には休日出勤手当,深夜に勤務した場合には深夜勤務手当を支給(9条)
⑥ 公休出勤手当 法定休日を除く被告が定めたシフト上の公休日に出勤した場合には日額9180円を支給(11条)
⑦ その他諸手当 諸事情によりその他手当を支給(14条)
⑧ 利益配分・利益配分の割増金 以下の数式で算出される利益配分・利益配分の割増金を支給(15条,16条)
(売上-固定経費-変動経費-①基本給-会社配分-②精勤手当-④無事故手当)×100%
ウ 賃金の締め日は毎月20日,支払日は当月28日(17条,18条)である。
(3) 賃金の支払状況
(2)のとおり,原告の賃金は月により変動するものであるが,賃金の支払状況は次のとおりである。
① 平成24年11月分(平成24年11月20日締め日,同月28日支払日の賃金を指す。以下同じ)
34万1741円(甲8の1) | ||
② | 同年12月分 | 35万2849円(甲8の2) |
③ | 平成25年1月分 | 26万9648円(甲8の3) |
④ | 同年2月分 | 36万4534円(甲8の4) |
⑤ | 同年3月分 | 32万6862円(甲8の5) |
⑥ | 同年4月分 | 28万7665円(甲8の6) |
⑦ | 同年5月分 | 32万9053円(甲8の7) |
⑧ | 同年6月分 | 36万4425円(甲8の8) |
⑨ | 同年7月分 | 51万8269円(甲8の9) |
⑩ | 同年8月分 | 46万9236円(甲8の10) |
⑪ | 同年9月分 | 47万7274円(甲8の11) |
⑫ | 同年10月分 | 42万9110円(甲8の12) |
(4) 原告の自損事故及びその後の事実経過
ア 原告は,平成25年11月13日午前1時20分頃,横浜市αの狭い公道を走行中,運転していた被告の黒色営業車両(車種・○,登録番号・品川○。以下「本件車両」という。)の左側後部を,付近のアパートの外側に設置されたゴミ置場のコンクリート土台部分に接触させる自損事故(以
下「本件自損事故」という。)を起こし,本件車両の左側後部に傷を付けた(甲6の1から3まで,甲11,乙1,6,乙7の1から4まで)。
イ 原告は,本件自損事故の発覚を免れるため,所持していた黒色タッチペンを用いて,本件車両に付いた傷を塗り隠して隠蔽した(以下「本件隠蔽行為」という。)後,平成25年11月13日午前3時頃,被告A営業所に帰庫した。
原告は,同日,被告に対し,本件自損事故を起こして本件車両に傷を付けたことを報告しないで,退社した(以下「本件報告懈怠」という。)。
(甲11,乙3)ウ 原告は,平成25年11月13日午後5時前に被告A営業所に出社し, B社長(当時の被告代表取締役。以下「B元社長」という。)及びCxx に対し,本件自損事故を起こして本件車両に傷を付けたことを報告すると
ともに,本件隠蔽行為をしたことを申告した(甲11,乙3)。
エ 原告は,平成25年11月13日,被告に対し,「始末書・進退伺い書」と題する書面(乙1。以下「本件始末書・進退伺い書」という。)を提出 した。本件始末書・進退伺い書には,「私Dは,平成25年11月13日 午前1時20分頃,横浜市α×番地1号先にて。自損事故を起こしながら,報告を怠りかつ傷をタッチペンにてぬり,隠蔽工作をしてしまいました。
22日前の平成25年10月21日に,第一原因事故を起こしたばかりであり,同一月度に度重なる不祥事をおこし,誠に申し訳御座いません。私の進退については,社長にご一任申し上げます。」との記載がある。(乙
1)
オ 原告は,平成25年11月21日,被告A営業所において,同営業所の E営業所長(以下「E所長」という。)と面談した(甲11,乙5)。
(5) 被告による解雇予告通知等
ア 被告は,平成25年12月16日,原告に対し,原告を即日普通解雇
(以下「本件解雇」という。)する旨の同日付け解雇予告通知書(甲5)を送付し,同月17日,同通知書が原告に対し到達した。同通知書に記載された解雇理由は,本件報告懈怠及び本件隠蔽行為が,被告の就業規則
(甲1。以下「本件就業規則」という。)20条2号,3号及び10号に該当するというものであった。(甲5,11)
x 被告は,平成25年12月16日,原告に対し,解雇予告手当として,
39万2760円を支払った(甲10,弁論の全趣旨)。
(6) 本件就業規則
本件就業規則(甲1)には,概要次の定めがある。ア 20条(普通解雇)
次の各号の一に該当する場合は解雇する。
② 66条の懲戒解雇に該当し,その程度が軽いとき
③ 67条の譴責,減給,出勤停止等に該当し,その程度が重いとき
⑩ その他前各号に準ずるやむを得ない理由があるときイ 23条(退職の手続き)
従業員が自己の都合により退職しようとするときは,少なくとも14日前までに所属長を経て退職願を提出し,会社の承認があるまでは従前の職務に従事しなければならない。ただし,退職願提出後14日を経過したときは,この限りでない。
ウ 65条(懲戒基準)
次の①から⑲各号に該当した場合は,その情状によって,67条(1)乃至(4)により懲戒する。
⑥ 故意,怠慢又は過失によって,社業に支障又は損害を及ぼしたとき
⑩ 不正行為をして従業員の体面を汚したとき
⑲ その他本条前各号に準ずる程度の不都合な行為を行ったときエ 66条(懲戒解雇)
次の各号に該当した場合は67条(6)によって懲戒解雇する。ただし,情状により(1)乃至(4)に留めることがある。
⑩ 前1項各号の中で特に情状の重いとき
⑮ 営業中・私用の如何を問わず生じた交通違反及び事故,並びに免許証停止・紛失・失効,再交付等に対して,直ちに届出が会社に為されなかったとき
オ 67条(懲戒の定義)
1.懲戒を次のとおりとする。
(1) 譴責
始末書をとり,将来を戒める。
(2) 減給
始末書を提出させ減給する。ただし,減給の額は1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え,総額が1賃金支払期間の賃金の10分の1を超えることはない。
(3) 停職
始末書をとり,10日以内の出勤を停止し,原則としてその期間中の賃金を支給しない。ただし,事情によりその一部を支給することがある。
(4) 乗務停止
けん責するとともに,一定期間乗務を停止,再教育を受けさせ,又は他の業務に従事させる。
(5) 査問委員会
労使による査問委員会を開催,社員としての適・不適を諮問し,適は再教習1週間,条件を付けてドライバーとして復職。不適の場合は職種変更とする。本人が拒否し欠席の場合であっても査問委員会を開催し,その決定事項に従わなければならない。なお,従わない場合に
おいては,(6)の懲戒解雇の処置をとる場合がある。
(6) 懲戒解雇
予告期間を設けることなく,即時に解雇し,退職金は支払わない。この場合において,所轄労働基準監督署長の認定を受けたときは予告手当を支給しない。
2 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 本件雇用契約が合意解約されたか。
(被告の主張)
原告は,平成25年11月13日,被告に対し,原告が辞職することを 含め,自らの進退の決定を全面的に被告に委ねる趣旨の本件始末書・進退伺い書を提出することで,本件雇用契約の合意解約の申入れをした。
これを受けて,E所長が,同月17日に翌月の勤務シフトを記載するとと もに,退職者として原告の氏名を記載した本務表を掲示することで,原告に よる本件雇用契約の合意解約の申入れに対し黙示の承諾をしたことにより, 同日,本件雇用契約は合意解約された。また,E所長による本務表の掲示が 本件雇用契約の合意解約について黙示の承諾といえないとしても,同所長は,同月21日に原告と面談した際,原告による本件雇用契約の合意解約の申入 れに対し明示の承諾をしたことにより,同日,本件雇用契約は合意解約され た。
(原告の主張)
原告が本件始末書・進退伺い書を被告に提出した時点で,原告に被告を退職する意思はなく,このことを本件雇用契約の合意解約の申入れとみることはできない。
(2) 本件雇用契約が,原告による解約申入れにより終了したか。
(被告の主張)
本件雇用契約が合意解約されていないとしても,原告は,平成25年11
月13日,被告に対し本件始末書・進退伺い書を提出することにより,本件 雇用契約の解約申入れをしたところ,本件雇用契約は,民法627条により,原告の解約申入れの日から2週間を経過した同月28日の経過をもって終了 した。
(原告の主張)
争点(1)における原告の主張と同旨
(3) 本件解雇の効力
(原告の主張)
ア 本件報告懈怠及び本件隠蔽行為が,解雇の対象となる非違行為に当たることは争わない。
イ 原告は,入社以降,真面目にタクシー乗務員として勤務しており,事故歴はあるものの,懲戒処分歴はなく,勤務懈怠により注意を受けたこともなかった。
本件自損事故は,原告の軽度な過失により,本件車両に1メートル程度のひっかき傷を付けるという比較的軽微な物損を与えたに留まるものであり,修繕費についても損害保険会社により填補されており,被告に実害はなかった。原告は,本件報告懈怠をした当日中に,被告に対し本件隠蔽行為を含めた詳細な報告を行うとともに謝罪をし,本件始末書・進退伺い書を自発的に提出している。そのような原告に対する処分としては,本件就業規則に基づいて譴責等の軽度の懲戒処分がされるか,あるいは,労使協定に基づいて無事故手当や乗務手当が支給されないという不利益処分がされれば足りるものであり,本件解雇は処分として重すぎるものである。
また,被告においては,事故を隠蔽したときは,査問委員会又は事故調査委員会により,不利益処分の内容が決定されることとなっているが,原告についてそのような手続は採られていない。
なお,原告が平成25年11月21日にE所長と面談した際に,同所長
に対し自らを解雇するように要求したことはあるが,これは,同月17日に掲示された本務表に,原告の意思に反して,退職者として原告の氏名が記載されていたことについて,原告が自主退職したのではないことを明らかにするためにしたものである。
したがって,本件解雇は,社会通念上著しく妥当を欠くものであり,解雇権を濫用したものとして無効である。
(被告の主張)
ア 本件就業規則20条2号
本件報告懈怠は,本件就業規則66条15号に該当する。
本件隠蔽行為は,本件就業規則65条6号,10号,19号に該当する。そして,本件隠蔽行為が,本件自損事故により本件車両についた約2メー トルの損傷について,原告の保身のために,被告に起こる不利益を顧みな いで行われた極めて身勝手かつ卑劣な行為であり,複数の乗務員で同一車 両を使用する被告内のチームワークや和を乱すとともに,被告との間の信 頼関係を破壊するものであること,原告が本件隠蔽行為について反省して いるとはいえないことからすれば,同規則66条10号に該当する。
もっとも,原告が本件自損事故当日の夕方に本件自損事故を起こして本件車両に傷を付けたことを報告するとともに,本件隠蔽行為をしたことを申告し,本件始末書・進退伺い書を提出して,自らの進退を被告へ一任するなどしたとの事情を考慮すれば,本件報告懈怠及び本件隠蔽行為は,本件就業規則66条に該当するが,その程度が軽いものといえるから,普通解雇事由を定める本件就業規則20条2号に該当する。
イ 本件報告懈怠及び本件隠蔽行為は,本件就業規則65条6号,10号及 び19号に該当し,アのとおりの事情に鑑みれば,同規則67条に該当し,その程度が重いといえるから,普通解雇事由を定める本件就業規則20条
3号に該当するとともに,その他前各号に準ずるやむを得ない理由がある
といえるから,普通解雇事由を定める本件就業規則20条10号にも該当する。
ウ アで記載した事情に加えて,本件解雇は,原告が平成25年11月21日にE所長と面談した際に,失業保険の受給における有利性等を理由に,原告を解雇することを要求したことから,離職に当たっての原告の希望を尊重して行った措置であることも併せ考えれば,本件解雇は,解雇権を濫用したものということはできず,有効である。
(4) 原告が支払を請求することができる賃金又は当該賃金相当額の損害の範囲
(原告の主張)
原告の賃金は月により変動するが,平成24年10月分から平成25年1
0月分までの平均賃金は月額37万7555円であり,同額の賃金又は当該賃金相当額の損害金の支払を請求することができる。
そして,原告は,前提事実(5)イのとおり,平成25年12月17日に被告から支払われた39万2760円を,未払となっている同年11月分賃金及び平成26年1月分の賃金の内金1万5205円に充当したから, 原告が支払を請求することができる賃金又は当該賃金相当額の損害金は,同月分の
36万2350円,同年2月から本判決確定の日まで,毎月28日限り37万7555円となる(なお,平成25年12月分の賃金は未払である。)。
原告は現在も被告における就労の意思を有している。
(被告の主張)
原告は,遅くとも平成25年11月21日にE所長と面談した時点において,就労の意思を喪失したものであり,同日以降の賃金又は当該賃金相当額の損害金の支払を請求することはできない。また,原告は,平成26年2月
5日に,訴外株式会社F(以下「訴外会社」という。)に就職して,同月1
1日からタクシー乗務員として勤務しており,原告本人尋問でも被告におけ
る就労の意思がない旨を供述している。第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実(第2の1記載の事実)のほか,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) 被告は,従来から,同社の労働組合との間で,第一原因事故及び自損事故を起こしたタクシー乗務員の処分について協定書を取り交わしており,平成21年に改訂された協定書(甲2)では,自損事故について,損害額,修理費及び事故回数に応じて,再教習,無事故手当の不支給,事故代の徴収等の不利益処分がされ,事故の隠蔽については,修理費に関係なく,業務手当及び無事故手当の不支給,降格及び査問の不利益処分がされることとされていた。
被告と同社の労働組合との間で平成25年4月18日に取り交わされた協 定書(乙2)では,第一原因事故及び自損事故を起こした乗務員の処分は, 被告及び労働組合から各1名以上の構成員で構成される事故調査委員会によ り決定されることとされた。また,自損事故については,乗務員の事故歴及 び修理代に応じて,無事故手当の不支給,事故代の徴収,修理代の実費負担,研修の受講等の不利益処分がされ,事故を隠蔽した場合の処分が重くされ, 修理費に関係なく,事故調査委員会により別途処分が決定されることとされ た。
(甲2,乙2,証人Eの証言(以下「証人E」と表記する。)・7頁,11 頁,21頁,26頁から28頁まで,原告本人尋問の結果(以下「原告本人」と表記する。)・15頁)
(2) 原告は,平成25年10月21日午前9時頃,xxxxxxxの路上で乗務中に,前方不注視により,オートバイに被告営業車両を追突させる第一
原因事故(人身事故)を起こし,そのことを被告に報告した(甲11,乙1,
4,証人E・8頁,原告本人・4頁))。
(3) 原告は,平成25年11月13日午前1時20分頃,本件自損事故を起こし,本件車両の左側後部に少なくとも長さ1mのひっかき傷を付けた。この傷の修繕費用として2万7436円(消費税込み)の見積書が作成されている。(甲6の1から3まで,甲11,乙1,6,乙7の1から4まで,証人E・3頁,4頁,原告本人・3頁)
(4) 原告は,前記(2)のとおり,本件自損事故の約20日前に第一原因事故
(人身事故)を起こしていたことから,本件自損事故の発覚を免れるため,コンビニエンスストアの駐車場で本件隠蔽行為を行い,平成25年11月1
3日午前3時頃,被告A営業所に帰庫した後,本件報告懈怠をした。原告が本件隠蔽行為に使用した黒色タッチペンは,事故を隠蔽するために,あらかじめ所持していたものであった。(甲11,乙3,原告本人・3頁,4頁,
18頁)
(5) 被告A営業所のCxxは,平成25年11月13日午前6時30分から行われた出庫点検の際,本件車両の相勤者(被告では,1台の営業車両に2名の乗務員が交替で乗務するところ,原告と交代で本件車両に乗務する乗務員)からの報告により,本件車両に付いた傷及びこれを塗り隠した形跡を発見した。出庫点検に立ち会っていたB元社長は,上記相勤者に対し,原告に連絡をとるように指示した。(乙3,5)
(6) 原告は,平成25年11月13日,被告を退社した後,本件自損事故の現場に赴いて現場写真(甲6の1から3まで)を撮影し,被告の心証を良くして穏便な処分にしてもらうために,自宅で本件始末書・進退伺い書を作成した。
その後,原告は,同日午後5時前に被告A営業所に出社し,B元社長及び Cxxに対し,上記現場写真を示しながら本件自損事故の状況を報告するとともに,本件隠蔽行為をしたことを申告して,その動機を説明し,これらに
ついて謝罪した。
原告は,この際,B元社長に対し,本件始末書・進退伺い書を提出し,B元社長はこれを受け取った。原告は,前記(1)記載のとおりの労使協定に基づき,無事故手当の不支給や事故代の請求等の不利益処分を受けることや,乗務停止などの懲戒処分を受けることは覚悟していた。他方で,本件始末 書・進退伺い書を受け取ったB元社長は,原告に対し,被告を退職する意思を有しているか確認しなかった。
原告は,Cxxから,処分が決定するまでの間,自宅待機を指示され,同日以降,タクシー乗務員として乗務をしていない。
(甲6の1から3まで,甲11,乙1,3,5,原告本人5頁から10頁まで,13頁から15頁まで,24頁,25頁,36頁,37頁)
(7) E所長は,Cxxから,上記(5)及び(6)のとおりの報告を受け,原告が本件始末書・進退伺い書を提出したことから,被告を退社する意思を有していると一方的に考え,原告に対し,退職の意思を有しているか確認することなく,B元社長及びCxxと協議の上,平成25年11月17日頃,同月2
1日以降の勤務シフト及び退職者欄に原告の氏名を記載した本務表(甲3)を作成し,被告A営業所内に掲示した。E所長は,上記のとおり,原告に退職の意思があると一方的に考えていたことから,前記(1)の事故調査委員会を開催する必要性はないと考えており,事故調査委員会を開催することはなかった。他方で,原告は,他の乗務員からの連絡により,原告が退職者扱いとなっていることを知って,驚くとともに立腹した。(甲3,11,証人 E・4頁,8頁から11頁まで,15頁から17頁まで,21頁,22頁,
29頁,30頁,原告本人11頁から12頁)
(8) 原告は,平成25年11月21日午後3時頃から,被告A営業所において,E所長と30分から40分程度の間,面談をした。E所長は,原告が本件隠蔽行為をしたことの悪質性を強調し,今後タクシー乗務員として勤務を
続けさせることが困難であることを告げた上で,原告に対し自主退職することを打診したが,原告は,(5)のとおり本務表(甲3)の退職者欄に原告の氏名が記載されたことに立腹していたことから,X所長の打診を拒否し,自らを解雇するとともに,解雇通知書と離職票を交付するように求め,X所長はこれを了承した。なお,原告がE所長との面談において,被告での勤務を継続したい旨の申入れをすることxxxxxで,原告が,被告に対し,本件就業規則23条が定める退職願を提出したことはなかった。(甲3,11,乙5,証人E・11頁から13頁まで,18頁から21頁まで,原告本人1
6頁,17頁,26頁,27頁)。
(9) 原告は,原告訴訟代理人を通じて,被告に対し,平成25年12月5日付けのご通知書(甲4の1)を送付し,同年11月21日にE所長から口頭で解雇されたにもかかわらず,解雇通知書及び解雇理由通知書の送付を受け
ていないと主張して,各通知書の交付を求めた(甲4の1及び2,甲11)。
(10) 原告は,平成25年12月13日,同年11月21日付けで解雇されたことの無効を主張して,本件訴えを提起した(記録上明らかな事実)。
(11) 被告は,平成25年12月16日,原告に対し,本件解雇をする旨の同日付け解雇予告通知書(甲5)を送付し,同月17日,同通知書が原告に対し到達した。本件解雇に関し査問委員会を開催するなど懲戒処分の手続がとられたことはなかった。(甲5,証人E・31頁)
(12) 原告は,平成26年1月20日過ぎ頃から就職活動をし,同年2月5日,訴外会社に就職し,同月11日からタクシー乗務員(正社員)として勤務し ている。訴外会社では,締め日を毎月末日,支払日を翌月15日として賃金 が支給されており,原告は,次のとおりの賃金の支給を受けた。なお,原告 は,同年7月2日に実施された原告本人尋問において,被告に復職するので はなく,訴外会社で勤務を続けたいとの意向を述べている。(甲13,原告 本人・27頁から29頁まで,37頁,38頁)
平成26年3月分(平成26年2月29日締め日,同月3月15日支払日の賃金を指す。以下同じ) 20万1598円(甲14の1)
同年4月分 37万3539円(甲14の2)
同年5月分 33万7310円(甲14の3)
同年6月分 30万5316円(甲14の4)
2 争点(1)(本件雇用契約が合意解約されたか。)について
(1) 被告は,本件雇用契約が合意解約された旨主張し,原告が,平成25年
11月13日に,被告に対し,本件始末書・進退伺い書を提出したことが,本件雇用契約の合意解約の申入れである旨主張し,E証人は証人尋問においてこれに沿う証言をし,同証人(乙5)及びB(乙3)の各陳述書にはこれに沿う供述部分がある。
(2) 労働者がする雇用契約終了の申入れは,口頭でされる場合と書面でされる場合のいずれにおいても,労働者が当該雇用契約を終了させようとする意思が示されているかを慎重に検討する必要があるというべきである。本件就業規則23条において,従業員が自己都合で退職するときに退職願を提出することを求めるのは,後日,当該従業員の真意を巡って争いが生ずることを避けることに配慮したものと解される。
これを本件についてみると,本件始末書・進退伺い書(乙1)は「私の進退については,社長にご一任申し上げます。」との記載があるが,この記載をもって,原告が,労使協定に基づく不利益処分や就業規則に基づく懲戒処分を受けつつ本件雇用契約を継続することを一切希望せずに,被告を退職して本件雇用契約を終了させようとする意思が明確に示されているとみることはできない。原告が本件就業規則23条に基づく退職願を提出しておらず,退職者欄に原告の氏名が記載された本務表(甲3)が掲示されたことについて,原告が驚くとともに立腹したという事実は,このことを裏付けるものである。原告がE所長との面談において,被告での勤務を継続したい旨の申入
れをすることがなかったことは,結論を左右するものではない。
他方で,B元社長やE所長が,原告に対し被告を退職する意思を有しているか確認していないにもかかわらず,本件始末書・進退伺い書の上記記載をもって,被告を退職する意思を有していると判断した根拠は必ずしも明確ではなく,上記記載を被告に都合良く解したと見る余地が十分にある。したがって,この点に関するB元社長やE証人の証言又は陳述書における供述部分は採用できない。
(3) したがって,原告が,平成25年11月13日に,被告に対し,本件始末書・進退伺い書を提出したことが,本件雇用契約の合意解約の申入れである旨の被告の主張を採用することはできないから,本件雇用契約が合意解約された旨の被告の主張を採用することはできない。
3 争点(2)(本件雇用契約が,原告による解約申入れにより終了したか。)について
(1) 被告は,本件雇用契約が合意解約されていないとしても,原告は,平成
25年11月13日,被告に対し本件始末書・進退伺い書を提出することにより,本件雇用契約の解約申入れをし,本件雇用契約は,原告の解約申入れの日から2週間を経過した同月28日の経過をもって終了したと主張する。しかし,本件始末書・進退伺い書(乙1)の「私の進退については,社長 にご一任申し上げます。」との記載をもって,本件雇用契約の解約申入れと
評価することができないことは,争点(1)に対する判断における説示したとおりである。
(2) したがって,この点に関する被告の主張は採用することはできない。
4 争点(3)(本件解雇の効力)について
(1) 労働契約法16条は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない解雇は,解雇権を濫用したものとして無効となる旨を規定する。
(2) これを本件についてみると,被告では1台の営業車両に2名の乗務員が交代で勤務する勤務形態が取られており,事故により当該営業車両に生じた
損傷についての責任の所在を明確にする見地から,特に事故の隠蔽について,通常の自損事故よりも重い不利益処分をする旨の労使協定が取り交わされて いるところ,本件報告懈怠及び本件隠蔽行為は,本件自損事故の約20日前 に第一原因事故(人身事故)を起こしていた原告が,本件自損事故の発覚を 免れるという自己保身のために行ったものであり,職業運転手である原告の 職業倫理上許されない行為である上,原告が事故を隠蔽するため,あらかじ め所持していた黒色タッチペンを使用して本件隠蔽行為に及んだ点でも悪質 である。
(3) しかし,原告にはこれまで懲戒処分歴はなく,勤務態度に問題を指摘されていたとの事情もうかがわれない上,これまでに本件隠蔽行為と同種の行為を繰り返していた証拠はない。原告は,本件報告懈怠及び本件隠蔽行為をした日のうちに被告A営業所に出社して,本件自損事故の状況を報告するとともに,本件隠蔽行為をしたことを申告して謝罪し,本件始末書・進退伺い書を提出したという経緯が認められることに鑑みれば,1回の本件報告懈怠及び本件隠蔽行為により,原告と被告との間の信頼関係が,本件解雇によって本件雇用契約を解消しなければならない程度にまで破壊されたものと評価することはできない。そして,被告の主張によれば,本件報告懈怠及び本件隠蔽行為が懲戒処分に相当するとされる一方で,本件就業規則67条には,従業員との雇用関係の継続を前提とする懲戒処分も定められているのである
から,被告はそのような懲戒処分を選択する余地もあったというべきである。また,被告と同社の労働組合との間で取り交わされた協定書(乙2)で,
第一原因事故及び自損事故を起こした乗務員の処分を決定する際に開催されるべき事故調査委員会が,原告について開催されていない。この点,E証人は,本件始末書・進退伺い書の記載をもって,被告を退職する意思を有して
いると考えたので,事故調査委員会を開催しなかった旨の証言をするが,上記の記載がE証人の証言するような趣旨のものとみることができないことは前記説示のとおりであり,被告が上記協定書に反する取扱いをしたことを正当化するものということはできない。
これに対し,被告は,本件解雇は,原告がE所長と面談した際に,失業保険の受給における有利性等を理由に,原告を解雇することを要求したことから,離職に当たっての原告の希望を尊重して行った措置である旨主張し,E証人は証人尋問においてこれに沿う証言をし,同証人(乙5)の陳述書にはこれに沿う供述部分がある。しかし,E証人の証言等を裏付けるに足りる的確な証拠はない。したがって,この点に関する被告の主張は採用することはできない。
(4) 以上の検討によれば,本件解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認めることはできないから,解雇権を濫用したものとして無効であるというべきである。
5 争点(4)(原告が支払を受けることができる賃金又は損害の範囲)について
(1) 本件解雇は無効であるところ,原告が民法536条2項に基づき,本件解雇日以降の賃金の支払を請求するためには,原告が被告における就労の能力及び意思を有していることが必要であると解される。このことは,当該賃金相当額の支払を不法行為又は債務不履行に基づく損害として請求する場合でも,同様である。
(2) これを本件についてみると,前記前提事実(3)及び前記認定事実(10), (12)によれば,原告は,平成25年12月13日,同年11月21日付けの解雇の無効を主張して本件訴えを提起したところ,平成26年1月20日過ぎ頃から就職活動をし,同年2月5日に訴外会社に就職し,同月11日からタクシー乗務員(正社員)として勤務しており,原告の平成24年10月分から平成25年10月分までの被告の平均賃金と遜色のない賃金の支払を受
けていることが認められる。
そして,原告が訴外会社に就職した際に,被告に対し,本件解雇が無効であれば被告に戻る意思があることを示したとの事情もうかがわれないことも併せ考えれば,原告は,平成25年2月5日に訴外会社に就職した時点で,被告における就労の意思を喪失したものと認めるのが相当であり,被告に対し,同月以降の賃金又は当該賃金相当額の損害の支払を請求することはできないというべきである。
これに対し,原告は,現在も被告における就労の意思を有していると主張するが,上記の原告の供述及びそのような供述がされた経緯に照らしても採用することはできないから,この点に関する原告の主張を採用することはできない。
また,被告は,原告が,遅くとも平成25年11月21日にE所長と面談した時点において,就労の意思を喪失したと主張するが,このことを認めるに足りる証拠はないから,この点に関する被告の主張を採用することはできない。
(3) そして,前記前提事実(2),(3),(5)イ,証拠(甲7)及び弁論の全趣旨によれば,原告の賃金は月により変動し,被告の賃金規定上,従業員が月度で途中退社した場合に賃金の日割計算を予定する規定はないところ,原告が主張するとおり,平成24年10月分から平成25年10月分までの平均賃金は月額37万7555円であり,原告は,同年12月17日に被告から支払われた39万2760円を,未払となっている同年11月分賃金及び平成
26年1月分の賃金の内金1万5205円に充当したから,原告が支払を請求することができる賃金又は当該賃金相当額の損害金は,同月分の36万2
350円となる。
6 結論
よって,原告の請求は主文1項及び2項の限度で理由があるからこれを認容
し,その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第36部
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