Contract
民法(債権法)改正委員会第14回全体会議資料
はじめに
約款・消費者契約条項の規律
09. 1. 24
第2準備会
契約が、多数取引に画一的に用いることを予定してあらかじめ作成された契約条項(以下、約款という)を用いて締結される場合、約款をそのまま契約内容とする契約の拘束力を認めてよいかどうかが問題となる。
第1に、約款による契約も契約である以上、相手方がその内容を認識した上で合意をすること
が必要であるが、現実には、約款の使用者がその内容を相手方に開示しないまま、約款を契約内容とする旨契約で合意することが行われることがあり、そのような場合、そもそも、約款が契約内容を構成することの法的基礎が欠けるのではないかが問題となる。
第2に、約款による契約の締結は、約款が多数の取引に定型的に用いられているものであるこ
と自体により、当事者間に交渉力の格差をもたらす点で、両当事者が交渉を通じて契約条項を定めて契約を締結する場合とは異なる。実際、約款によって契約が締結されるときには、相手方にとっては、契約を締結するか否かの選択が存在するのみで、個別条項についての実質的な交渉可能性は存在しない場合も少なくない。また、約款の条項が多数にわたる場合にはとくに、相手方は、1つ1つの条項に対し、その内容を理解し吟味するだけの注意を向けることが難しくなるため、個別の条項の有する意味について十分に認識しないまま、契約が締結される事態が生じる(いわゆる約款の隠蔽効果)。
このように、約款による契約においては、契約内容形成への両当事者の意思の関与を基礎とする内容の正統性の保証が相手方については機能していないため、約款の条項については、不当条項を法律により是正する必要性と正統性が存在する。
ところで、契約内容の正統性の保証が契約当事者の自由かつ対等な交渉に支えられており、それが機能しない場面であるがゆえに、約款の不当条項を法律により是正する必要性と正統性が存在することは、情報力および交渉力に構造的な格差のある消費者契約において、約款が用いられていない場合にも同様に問題となる。
消費者契約における不当条項規制は、現在、消費者契約法で定められているが、民法(債権法)
改正委員会では、消費者契約の民法への統合も視野に入れた検討が行われている。消費者契約も、約款を用いてなされることが圧倒的に多いが、消費者契約における当事者の情報力および交渉力の構造的な不均衡は、事業者と消費者という属性から生じるものであるので、約款によらない契約についても同じ問題がある。現に、現行消費者契約法は、約款によると否とに関わらず、消費者契約に含まれる契約条項を内容規制の対象としている(消費者契約法8条ないし10条参照)。したがって、契約内容形成への一方当事者の関与が希薄であるために契約内容の正統性の保証が存在しないことを理由とする、契約条項の内容規制の必要性と正統性は、消費者契約については、
約款が用いられていない場合も含めてあてはまることであり、したがって、消費者契約に関しては、約款によらない契約についても不当条項の規律を行うのが適切である。
そこで、以下では、まず、約款が契約内容に組み入れら得るための要件について提案をする。そして、つぎに、約款と消費者契約とが、一方では約款の定型性により、他方では、事業者と消費者という属性により、当事者間の交渉力に構造的な格差をもたらしているという点で共通することに着目し、契約条項の内容規制については、約款による契約および消費者契約の双方を対象としてその規律を定める提案を行う。
I 約款の定義
【II-2-1】約款
(1) 約款とは、多数の契約に用いるためにあらかじめ定式化された契約条項の総体をいう。
(2) 約款を構成する契約条項のうち、個別の交渉を経て採用された条項には、xxの規定は適用されないものとする。
提案要旨
1 多数の取引に画一的に用いることが予定された定型的契約条項(以下、約款という)を用いて契約が締結される場合、両当事者が交渉を通じてともに契約内容を形成する場合とは異なる状況が存在する。
第 1 に、約款による契約においては、約款が相手方に開示されず、相手方が契約条項を認識しないまま契約を締結することも少なくない。
第 2 に、相手方が約款の存在およびその内容を認識していた場合にも、約款が多数の取引に定型的に用いられているという事実自体が、約款作成者と相手方との間の交渉力の構造的な不均衡を生じさせる。また、条項の定型性は、個別の条項の意味について隠蔽する効果をもつため、相手方は、個別の条項の意味について厳密に検討しないまま、口頭で特定の条項が提示されたのであれば拒絶したであろう条件でも不用意に受け入れる可能性がある。
2 これらの効果は、約款の定型性が生み出すものであるので、消費者契約のみならず、事業者間契約についても基本的には同じことがあてはまる。実際、相手方が事業者である場合であっても、約款の使用に抗して、特定の条項について交渉し、その内容を変更することは、その約款が広範囲に画一的に使用されている場合には、現実には困難なことが多い。そのことは、約款使用者が当該取引について独占的な地位を占めているときには、より顕著となる。
また、現在検討されている事業者・消費者概念によれば、法人その他の団体は消費者ではなく、事業者となり、そこには NPO 法人など、取引に関する専門性が低い者が多数含まれることにも留意すべきである。
3 このように、多数の取引を処理するために作成された契約条項の定型性および、それが多数の契約で使われているところに、交渉不均衡や規範上の影響力の原因を見いだし、そこに介入の根拠を求めるならば、規律の対象となる約款は、1 回限りの契約に用いるために一方当事者が作成した契約条項には及ばないと解すべきである。
一方、約款であるためには、多数の取引に用いることが予定されていれば足り、約款使用者自身が約款を作成したことは必要ではない。
4 同様に、個別に交渉がなされた条項については、約款の規律の対象外とする。個別交渉がなされたうえで締結された合意であれば、約款が用いられていることに起因する問題は解消されるといえるからである。
もっとも、この場合の個別の交渉とは、形式的な交渉で足りず、あくまで実質的な交渉でなければならない。実質的な交渉があったといえるためには、当初の条項が変更されることまでは必要ではないが、約款使用者と相手方との間で、約款の条項とは異なる他の可能性について検討がされたことが前提となる。具体的には、相手方が、単にありうる他の可能性について説明を約款使用者から受けただけでは足りず、他の選択肢の採否について、約款使用者との間で、能動的な交渉行動をしたことが必要である。特定の条項について、約款の規律を外すことが正統化されるためには、相手方が約款使用者との交渉行動を通じて、他の可能性について検討したうえで、あえて特定の条項が選択されたことが必要だからである。「個別の交渉を経て採用された条項」という文言は、その趣旨を表現する。したがって、たとえば、約款とは別に、約款使用者が特定の条項を書面で提示し、相手方が、約款使用者に求められるまま、その条項を契約内容とすることに同意してその旨署名したような場合には、個別の交渉があったとはいえない。
5 他方、個別の交渉を経ていない条項については、契約の中心部分に関する契約条項を含め、約款の条項はすべて規律の対象とする。
この点、学説には、約款の規律の対象として、契約の中心部分に関する条項を除外する見解もある。この考え方は、一方で、対価、目的物そのものなどについては、実質的開示を前提とする、交渉と熟慮の結果に基づく合意がなされることが必要であり、中心部分に関する条項については、条項の認識可能性が存在することを理由に拘束力を認めるべきではなく、他方で、その前提が満たされれば、当事者の自己決定に委ねるべきであって内容規制を行うべきではないことをその理由とする。その前提として、給付の内容や対価については、市場の競争原理によりコントロールされており、相手方は、その点については選択が可能であるといわれることもある。
しかし、たとえば、携帯電話のように、対価の条件が複雑になっていて、わかりにくい場合などには、契約条項の隠蔽機能は、中心部分に関する条項にもあてはまる。このとき、対価の内容について約款使用者の相手方が精確に理解していなければ合意は成立しないとすることは、必ずしも両当事者の利益に適うとはいえないと考えられる。そして、このように、中心部分に関わる条項について、交渉と熟慮に基づくきちんとした合意を常に要求することが現実的ではないとすれば、むしろ、中心部分を定める条項を含め、希薄な意思に基礎づけられた契約として、内容規制が必要である。
以上より、本提案では、中心部分に関する条項も含めて、約款の規律を行うこととし、その範囲をとくに限定することはしない。
【解説】
① 多数の取引に画一的に用いることが予定された定型的契約条項(以下、約款という)を用いて契約が締結される場合、両当事者が交渉を通じてともに契約内容を形成する場合とは異なる状況が存在する。
まず、約款が用いられる場合、その内容がそもそも相手方に開示されず、その結果、相手方が契約条項を認識しないまま当該契約条項を内容とする契約の締結に合意することがある。このような場合には、そもそも、当該契約条項の拘束力を正当化しうるかどうかが問題となる。
② つぎに、相手方が約款の存在およびその内容を認識していた場合にも、多数取引の画一的処理を目的とする契約条項の定型性は、約款作成者と相手方との間の交渉力の構造的な不均衡を生じさせる。実際にも、相手方は、契約内容に包括的に同意するか否かの選択しか有さず、相手方には契約内容形成の自由がないことが多い。また、条項の定型性は、個別の条項の意味について隠蔽する効果をもち、相手方は、口頭で特定の条項が提示されたのであれば拒絶したであろう条件でも不用意に受け入れる可能性がある。
③ さらに、多数の取引に同一の条件が用いられていることは、それ自体が、相手方にとって当該取引だけを例外扱いするよう交渉するためのコストを増加させる効果をもつ
(=約款という形式がもたらす実質的交渉可能性の減殺)。したがって、当該条項が任意規定による場合よりも当事者間の関係に著しい不均衡を生じさせる場合には、法による内容規制が必要となる。
④ これらの効果は、約款の定型性が生み出すものであるので、消費者契約のみならず、事業者間契約についても同じことが基本的にはあてはまる。実際、相手方が事業者である場合であっても、約款の使用に抗して、特定の条項について交渉し、その内容を変更することは、その約款が広範囲に画一的に使用されている場合には、現実には困難なことが多い。そのことは、約款使用者が当該取引について独占的な地位を占めているときには、より顕著となる。
また、現在検討されている事業者・消費者概念によれば、法人その他の団体は消費者ではなく、事業者となり、そこには NPO 法人など、取引に関する専門性が低い者が多数含まれることも考慮すべきである。
⑤ 他方で、このように、多数の取引を処理するために作成された契約条項の定型性および、それが多数の契約で使われているところに、交渉不均衡や規範上の影響力の原因を見いだし、そこに介入の根拠を求めるならば、規律の対象となる約款は、1 回限りの契約に用いるために一方当事者が作成した契約条項には及ばないと解すべきである。
〔適用事例 1〕
建物甲の所有者 A は、家業を継ぐために実家に戻ることになったが、不動産市況の低迷のため、甲を売却するより賃貸するのが得策であると考え、知人の紹介で B に甲を賃貸す
る契約を締結した。その際、A は、市販の建物賃貸借契約書の書式を購入して B に提示し、両者がこれに署名して契約を締結した。
〔適用事例 1〕のように、1 回の取引にたまたま定型的なひな型が用いられた場合には、多数の契約に画一的に適用される契約条項が用いられることによる交渉力格差の問題は生じないと考えられる。このような場合には、相手方が、定型的なひな形における特定の条項につき、修正を求めることは、事業者間契約及び非事業者間契約においては相当程度期待できる。
⑥ 同様の理由から、個別に交渉がなされた条項については、約款の規律の対象外とする。個別交渉がなされたうえで締結された合意であれば、約款が用いられていることに起因する問題は解消されるので、組み入れ要件をはじめ、約款であるゆえに特別の規律をする根拠はなくなるからである。
この点、比較法的には、個別の交渉がなされた条項については約款規制の対象から外す法制(ドイツ民法 305 条、ヨーロッパ契約原則 2:104 条(組み入れ要件)、4:110 条 2 項(内容規制))と、個別交渉がある場合にも規制の対象とする法制(オランダ民法)とに分かれている。
約款に対する規律の正当化根拠および、約款の規律が、事業者間契約および非事業者間契約にも広く及ぶことから、本提案は、個別の交渉がなされた条項については、約款の規律の対象外とする。
⑦ もちろん、この場合の個別の交渉とは、形式的な交渉で足りず、あくまで実質的な交渉でなければならない。実質的な交渉があったといえるためには、当初の条項が変更されることまでは必要ではないが、約款使用者と相手方との間で、約款の条項とは異なる他の可能性について検討がされたことが前提となる。具体的には、相手方が、単にありうる他の可能性について説明を約款使用者から受けただけでは足りず、他の選択肢の採否について、約款使用者との間で、能動的な交渉行動をしたことが必要である。特定の条項について、約款の規律を外すことが正統化されるためには、相手方が約款使用者との交渉行動を通じて、他の可能性について検討したうえで、あえて特定の条項が選択されたことが必要だからである「。個別の交渉を経て採用された条項」という文言は、その趣旨を表現する。したがって、たとえば、約款とは別に、約款使用者が特定の条項を書面で提示し、相手方が、約款使用者に求められるまま、その条項を契約内容とすることに同意してその旨署名したような場合には、個別の交渉があったとはいえない。
⑧ また、消費者契約については、事業者と消費者との間に情報力および交渉力の後続的な格差が存在することを考えるならば、さらに別の考慮が必要であることには、留意を要する(後述 IV 参照)。
⑨ ところで、学説には、約款の規律の対象として、中心部分に関する条項を除外する見解もある。この考え方は、一方で、対価、目的物そのものなどの中心部分については、
実質的開示を前提とする交渉と熟慮の結果、きちんと合意されることが必要であり、中心部分に関する条項については、条項の認識可能性が存在することを理由に拘束力を認めるべきではなく、他方で、中心部分については、当事者の自己決定に委ねるべきであることを理由とする。
⑩ しかし、たとえば、携帯電話のように、対価の条件が複雑になっていて、わかりにくい場合などには、契約条項の隠蔽機能は、中心部分にもあてはまる。このとき、対価の内容について約款使用者の相手方が精確に理解していなければ合意は成立しないとすることは、必ずしも両当事者の利益に適うとはいえないと考えられる。そして、このように、中心部分に関わる条項について、交渉と熟慮に基づくきちんとした合意を常に要求することが現実的ではないとすれば、むしろ、中心部分を定める条項を含め、希薄な意思に基礎づけられた契約として、内容規制が必要である。
以上より、本提案では、中心部分に関する条項も含めて、約款の規律を行うこととし、その範囲をとくに限定することはしない。
II 約款による契約の締結
1 約款の組み入れ要件
【II-2-2】約款の組み入れ要件
(1) 約款は、約款使用者が、契約締結時に相手方がその内容を現実に認識しうる状態にして(以下、開示という)、当事者がその約款を当該契約に用いることに合意したときは、その内容となる。ただし、契約の性質上、契約締結時までに約款を開示することが著しく困難な場合において、約款使用者が相手方に対し、契約締結時に約款を用いる旨の表示をし、かつ、約款を相手方により認識しうる状態においたときは、約款は契約締結時に開示されたものとみなす。
(2) 前項の規定にも関わらず、約款使用者の相手方は、その内容を契約締結時に知っていた条項につき、約款が開示されなかったことを理由として、当該条項がその契約の内容とならないことを主張できない。
提案要旨
1 約款による契約も、契約である以上、約款の拘束力の根拠は、契約当事者の意思に求められなければならない。そうであるとすれば、相手方が約款の内容について具体的に認識可能な状態に約款が開示され、その状態において約款を契約内容とすることが合意されて始めて、約款は契約内容になるというのが論理的である。
このことは、約款の内容が適正であるかどうかとは関係なく、約款を契約内容とするために必要な要件である。したがって、当該約款が、監督官庁の認可等を受けている場合にも、異なった扱いをする理由はない。
2 また、民法に約款の組入れ要件を定めることは、約款使用者が、約款を相手方に開
示・提示することを促進し、結果として適正な手続きに基づく約款の使用を実現可能にするという意味がある。
3 以上より、本提案では、約款が当該契約の内容となるための要件として、第 1 に、約款が相手方に開示されること、第 2 に、約款の開示を前提として、契約当事者がその約款を契約に組み入れる旨合意することを原則とする(【II-2-2】(1)本文)。
本提案における約款の開示がなされたというためには、相手方が現実に約款の内容を認識することまでは必要ないが、約款を相手方に交付するなどにより、約款の内容を認識しようとすれば容易に認識できる状態に相手方をおくことを指す。たとえば、約款を契約締結時までに約款使用者が相手方に交付すれば、仮に、相手方がその内容に目を通さずに、約款を契約内容とすることに合意し、相手方が約款の内容を現実的には知らなかったとしても、約款は契約内容となる。
4 もっとも、契約によっては、たとえば、鉄道運送契約など、個々の顧客に対して、契約締結時までに現実に約款を開示し、約款による旨の同意を得ることがその性質上著しく困難な場合もある。
そこで、そのような場合には、約款が契約締結時に相手方によって認識しうる状態におかれて、約款を内容とする旨の合意がなされれば、現実に約款の内容を相手方が認識していなくても約款が契約となるものとする(【II-2-2】(1)ただし書き)。
「相手方が約款を認識しうる状態」とは、公共交通機関であれば、各駅や営業所に約款を掲示することがそれにあたる。「相手方が約款を認識しうる状態」におくことと、約款の開示との違いは、「相手方が約款を認識しうる状態」については、相手方が自らアクションを起こせば容易に約款の内容を知りうる状態に置くことは必要であるが、約款の開示のように、約款使用者の側で、約款を交付するなどにより、約款の内容を認識しようとすれば容易にその内容を認識できるような状態に相手方をおくことまでは要求しない点にある。したがって、たとえば、バスの停留所から乗客がバスに乗って運送契約が締結される場 合、停留所またはバスの乗車口に、当該契約に運送約款が用いられることおよび、約款を備え付けてある場所を明記したうえで、バスの営業所に約款を備え付けてあれば、乗車時
に当該約款について乗客が認識していなくても、約款は開示されたものとみなされる。
5 これらの準則により、約款が開示されていない場合は、たとえ、相手方が約款を構成する特定の条項について現実に知り、当該契約にその約款を用いることについて合意がされていても、約款はその契約の内容とはならない。
しかしながら、相手方が、約款を構成する条項のうち、契約締結時に実際にその内容を認識していた条項について、開示の不存在を理由に約款の内容を構成しないと主張するこ
とは、当該条項を認識しつつ、その条項を含んだ約款によって契約を締結するという意思に矛盾する。とくに、約款の規律が事業者間取引にも妥当することからすれば、当該取引において約款の内容となることがよく知られている条項につき、たまたまある取引について約款が開示されていなかった場合に、約款の不開示を理由に、相手方が現実にその内容を知っていた条項が契約内容に組み込まれないとするのは、当事者の契約締結意思という観点からも、また、取引の安全という観点からも問題がある。
そこで、xxxの観点から、【II-2-2】(2)では、約款の開示がない場合にも、当該約款を契約の内容とする合意があれば、相手方は、契約締結時に自らその内容を認識していた特定の条項については、その内容を構成しないことを主張できないものとする。
もちろん、相手方が特定の条項について知っていた場合であっても、約款の開示がなされていない以上、相手方は、自分がその内容を知っていた特定の条項について、合意内容に取り込まれていたと主張することができるにとどまり、約款に含まれるそれ以外の条項が契約内容を構成することはない。
また、【II-2-2】(2)は、あくまで、当該条項が契約内容に組み入れられるという結果をもたらすに過ぎないので、たとえば、その条項が不当条項である場合には、相手方は、組み入れ要件の不備を理由に当該条項の拘束力を否定することはできないが、その条項が不当条項であって無効であることを主張できることは当然である。
【解説】
① 約款を用いた契約では、約款の内容や存在さえも相手方に知らされないことがありうるが、約款による契約も、契約である以上、約款の拘束力の根拠は、契約当事者の意思に求められなければならない。そうであるとすれば、相手方が約款の内容について具体的に認識可能な状態に約款が開示され、その状態において約款を契約内容とすることが合意されて始めて、約款は契約内容になるというのが論理的である。
約款の拘束力につき、判例は、大判大 4・12・24 民録 21 輯 2182 頁において、約款の拘束力を当事者の意思に求めつつ「、当事者双方が特に普通保険約款によらない旨の意思を表示しないで契約したときは、反証のない限り、その約款による意思をもって契約したものと推定すべき」であるとして、相手方が約款の存在を認識していたかどうかに関わりなく約款の拘束力を正当化しているが、相手方が約款の内容を知らない場合にも約款による意思は推定できないなど、判例に対しては、学説の批判が強い。
約款による取引が、大量な取引を迅速に処理するためにあることを考慮すれば、それぞれの個別的条項に向けられた顧客の意思まで要求することは非現実的であってできないとしても、約款も契約である以上、約款が契約内容になる、ということの合意は必要であり、かつ、その前提として、少なくとも、契約締結時までに相手方が約款の内容を知ろうと思えば容易に知りうる状態にあったことが、約款が契約内容に組み入れられるために必要で
ある。
② このとき、約款の内容が相手方に開示された状態で契約当事者が約款を契約の内容とする合意がなされることは、約款の内容が適正であるかどうかとは関係なしに、約款を契約内容とするために必要な要件である。したがって、約款内容が相手方に開示され、約款を契約内容とする合意があって、初めて約款が当該契約の内容となることにつき、当該約款が監督官庁の認可等を受けている場合にも、異なった扱いをする理由はない。したがって、監督官庁の認可等を受けていると否とに関係なく、約款が契約内容になるための要件について同じ規律が適用される。
③ このように、約款について積極的組み入れ要件を規定することは、約款使用者が、約款を相手方に開示・提示することを促進し、結果として適正な手続きに基づく約款の使用を実現させる意味がある。したがって、民法に約款の組入れ要件を定めることは、約款の開示を促進するうえでも望ましいと考えられる。
④ 以上より、本提案では、約款が当該契約の内容となるためには、原則として、第 1に、約款が相手方に開示されること、第 2 に、約款の開示を前提として、契約当事者がその約款を契約に組み入れる旨合意することを要件として定めることとする(【II-2-2】(1)本文)。
本提案における約款の開示があったといえるためには、約款を相手方に交付するなどにより、約款の内容を認識しようとすれば容易に認識できる状態に相手方をおくことを指す。たとえば、約款を契約締結までに約款使用者が相手方に交付すれば、仮に、相手方がその内容に目を通さずに、約款を契約内容とすることに合意したときは、相手方が約款の内容を現実的には知らなかった場合であっても、約款が契約内容となる。
そのほか、契約を締結する場所に、相手方に見えるように契約を特定してその約款の内容を掲示し、または約款を備え付けたうえで、約款使用者がその約款を指し示すことも、約款の開示にあたる。たとえば、宿泊しようとホテルに入ってきた顧客に対し、ホテルの従業員がフロントに備え付けた約款を指し示して、その約款が当該宿泊契約の内容となることを告げることは、約款の開示にあたる。
⑤ しかしながら、たとえば、バスの停留所からバスに乗った場合の運送契約など、なかには、契約締結時までに、個々の顧客に対して約款を交付し、あるいは、約款の条項すべてを契約締結場所に掲示して、相手方が約款内容を具体的に認識可能にすることが、その契約の性質上著しく困難な場合もある。そのような契約についても、約款の具体的な認識可能性を約款の組み入れ要件として要求することは現実的ではなく、かつ、多数の契約を画一的に処理する約款の効用を損なうおそれもある。
したがって、このような場合には、例外を設けることが必要である。
そこで、本提案では、契約の性質上契約締結時までに約款を開示することが、契約の性質上客観的に著しく困難であるときは、約款使用者が相手方に対し、契約締結時に約款を用いる旨の表示をし、かつ、相手方が約款を認識しうる状態におけば足りるものとする
(【II-2-2】(1)ただし書き)。
⑥「相手方が約款を認識しうる状態」とは、具体的には、たとえば、公共交通機関であれば、各駅や営業所に約款を掲示することがそれにあたる。「相手方が約款を認識しうる状態」におくことと、約款の開示との違いは、「相手方が約款を認識しうる状態」については、相手方が自らアクションを起こせば容易に約款の内容を知りうる状態に置くことは必要であるが、約款の開示のように、相手方が何もしなくても、契約締結の場所において、相手方が約款内容を容易に認識可能であることまでは要求しない点にある。
したがって、たとえば、バスの停留所から乗客がバスに乗って運送契約が締結される場合、停留所またはバスの乗車口に、当該契約に運送約款が用いられることおよび、約款を備え付けてある場所を明記したうえで、バスの営業所の約款が備え付けてあれば、当該約款について乗客が認識していなくても、約款は開示されたものとみなされる。
⑦ しかし、例外が認められるのは、あくまで約款の認識可能性の程度についてのみであり、約款は両当事者の合意があって初めて契約内容となることは、どのような場合にも共通の準則である。すなわち、約款を当該契約に用いる旨の合意が約款を契約内容に組み入れる必要であることには、例外はない。
もっとも、約款を当該契約に用いる旨の合意は、常に明示の合意でなければならないものではなく、黙示の合意でも足りる。実際にも公共交通機関との間で締結される運送契約など、約款による旨の黙示の合意によることも多いであろう。したがって、たとえば、バス停にバスによる運送契約につき、約款が用いられることおよび、約款は営業所に備え付けていることが記載されている場合にも、運送契約締結時に、約款による旨の合意を旅客と運送会社との間ですることが必要であるが、約款が開示されている場合には、通常、約款による旨の黙示の合意を認めることが可能であろう。
⑧ では、約款使用者の相手方が、契約締結時に、約款を構成する特定の条項を知っていた場合に、約款が開示されていないことを理由に、約款が契約内容を構成せず、したがって、自己の認識していた特定の条項もまた契約内容とはならないことを主張できるか。まず、理論的には、当該契約にその約款を用いることについて、少なくとも黙示の合意 がなされていなければ、相手方が、約款使用者はその約款を契約内容とする意思で契約を締結したことを契約締結時に知っていたとしても、約款はその契約の内容とはならない。したがって、約款が契約内容となるためには、約款を契約内容とする合意が必要であることに変わりはない。これに対して、約款が契約内容となるための前提として約款が開示されていることが必要であるのは、約款の認識可能性がない状態でそれを契約内容とする合意があったとしても、その拘束力を合意により正当化することはできないからである。そうであるとすれば、約款を構成する特定の条項の内容につき、相手方がその内容を認識していた場合、約款を契約内容とする合意がなされていれば、その拘束力を承認するための
前提は、当該条項については備わっているといえる。
実際、契約締結時にその内容を認識していた特定の条項について、約款が開示されなか
ったことを理由に、約款を構成することおよびその内容を自分が知っていた条項についてそれが約款の内容を構成しないと主張することは、当該条項を認識しつつ、その条項を含んだ約款によって契約を締結するという意思に矛盾すると考えられる。とくに、約款の規律が事業者間取引にも妥当することからすれば、その内容がよく知られており、かつ、相手方もそのことを知っていた特定の条項につき、開示要件の不備を理由に、相手方が自らその内容を知っていた条項の効力を否定することは、当事者の契約締結意思という観点からも、また、取引の安全という観点からも問題がある。
⑨ 比較法的にも、ヨーロッパ契約原則 2:104 条は、個別に交渉されなかった契約条件につき、契約締結時までに相手方にそれを気づかせるために合理的な手段をとった場合にのみ、当該条件を知らなかった当事者に対して援用しうるとしている。本条は、個別に交渉されなかった契約条件について、組み入れの合意まで要求していない点で、本提案とは異なるが、個別に交渉されなかった条項の効力を否定できるのは、その条項の存在を知らなかった相手方に限られるという考え方において共通する。
⑩ そこで、【II-2-2】(2)では、約款の開示がされていない場合にも、当該約款を契約内容とする合意がなされれば、相手方は、契約締結時に自らその内容を認識していた特定の条項については、当該条項が契約の内容とならないことを主張できないものとする。
もちろん、相手方が特定の条項について知っていた場合であっても、約款全体の開示がなされていない以上、約款全体が契約内容を構成することはない、単に、本来であれば契約の内容を構成しない特定の約款条項につき、悪意の相手方は、その効力を否定する旨の主張を遮断されるに過ぎない。したがって、相手方がその拘束力を否定できなくなるのは、相手方が実際にその内容を知っていた条項に限られる。
これに対して、組み入れの合意がなされていないときには、約款を契約内容とする合意を欠く以上、たとえ相手方が特定の契約条項の内容を現に知っていたとしても、その条項は契約内容を構成しない。
また、【II-2-2】(2)は、あくまで、当該条項が契約内容に組み入れられるという結果をもたらすに過ぎないので、たとえば、その条項が不当条項である場合には、相手方は、組み入れ要件の不備を理由に当該条項の拘束力を否定することはできないが、その条項が不当条項であって無効であることを主張できることは当然である。
⑪ ところで、契約条項の存在およびその内容が相手方に知らされないまま契約が締結される可能性は、約款による契約のほか、一方当事者があらかじめ契約条項を作成し、あるいは、市販の契約条項を契約内容として用い、相手方は契約内容形成に関わっていない場合にも広く存在する。
これらの場合にも、相手方が条項の存在を認識し、かつ、それを契約内容とすることに合意して初めて当該条項が効力を生じることは、約款の場合と異なるところはない。現実にも、建物賃貸借契約において、家主が賃借人との間で家賃などの契約条件について合意したのち、すなわち、賃貸借契約成立の後、より詳細な契約条項を定めた書面を契約書と
して署名を求めることはありうる。その意味では、契約条項の組み入れ要件の問題は、約款についてのみ問題となるわけではない。
しかし、このように、多数取引に用いることが予定されずに定型的契約条項を用いて 1回的に契約が締結される場合、当該契約条項は、約款による取引の場合と異なり、大量の契約を画一的に処理することによる迅速な取引活動の促進という約款の機能を有しているわけではなく、通常の契約条項を異なる扱いをする必要性も正当性も大きくはない。言い換えれば、約款による以外の場合は、契約の一般原則を適用すれば足りる。
以上より、契約条項に拘束力が生じるための要件として本提案が適用されるのは、約款による契約に限られる。
⑫ なお、約款の組み入れ要件は、約款が当該契約の内容となるために必要な最低限の要件であるから、約款に含まれる個別の条項が、契約を締結するか否かに関し相手方の判断に影響を及ぼす場合には、情報提供義務・説明義務の規定(【II-5-4】参照)に従い、当該条項の内容につき、相手方にその情報を現実に提供する義務を負う(約款使用者は、約款を使用していることにより、xxx上、相手方が契約を締結するか否かに関し相手方の判断に影響を及ぼす事項について情報提供義務を負うのが一般的であろう)。たとえば、宿泊契約につき、約款が相手方に交付され、約款による旨の合意がなされた場合であっても、約款使用者は、契約を締結する前に、相手方に対し、宿泊契約が解約された場合の解約料に関する約款条項につき、宿泊日の何日前からいくらかかるかについて、相手方に説明する義務を負う。
したがって、約款使用者がその義務に反して説明をしなかったときは、約款の当該条項は契約内容を構成するが、約款使用者は、自らの情報提供義務・説明義務違反により相手方が被った損害を賠償する義務を負う(【II-5-4】(2)参照)。
2 不意打ち条項の排除
【II-2-3】
約款の不意打ち条項に関する規定は設けない。
提案要旨
相手方にとっておよそ合理的に予測できない内容の条項(いわゆる不意打ち条項)は、組み入れ要件が満たされた場合にも契約内容とならない旨の規定は設けないこととする。
【解説】
約款の組み入れ要件が満たされた場合であっても、相手方にとっておよそ合理的に予測できない内容の条項が存在する場合、約款の隠蔽効果を考慮するならば、そのような条項
(以下、不意打ち条項という)については、契約内容にならないのではないかが問題となりうる。
しかし、ある条項が、相手方にとっておよそ合理的に予測できたかどうかを基準とする一般的な規定をおくことが適切かどうかについては、慎重に検討する必要がある。
たとえば、不意打ち条項についてxxで規律するドイツ民法 305c 条は、相手方が通常はそれを考慮に入れる必要がないほどに異常な条項について、契約内容を構成しない旨定めている。この基準は、たしかに、特定の取引についての慣行が存在し、それを前提に当事者が行動している場合には適合的であるが、それ以外の場合も考えると、一般的に適用できる基準であるかどうか、議論の余地がある。
他方、約款にはしばしば、ある意味で相手方にとって合理的に予測できない条項が隠蔽されているのであり、およそ一般的に、相手方にとって合理的に予測できなかったことを理由に個別条項の拘束力を否定すると、契約締結の状況や相手方の属性によって様々な条項の拘束力が否定される可能性を生み、約款による契約の拘束力が不安定となるおそれがある。したがって、不意打ち条項に関する規定は設けないことにする。
III 契約条項の解釈
【II-2-4】契約条項使用者不利の原則
(1) 約款の解釈につき、【II-6-1】(本来的解釈の準則)および【II-6-2】(規範的解釈の準則)によってもなお、複数の解釈が可能なときは、条項使用者に不利な解釈が採用される。
(2) 事業者が提示した消費者契約の条項につき、【II-6-1】(本来的解釈の準則)および【II-6-2】(規範的解釈の準則)によってもなお、複数の解釈が可能なときは、事業者に不利な解釈が採用される。〔ただし、個別の交渉を経て採用された条項については、この限りではない。〕
提案要旨
1 約款の解釈にも、契約解釈に関する一般準則が適用になるので、約款の条項につき、複数の解釈が可能であり、かつ、約款使用者の相手方が、約款使用者の意思と同じ意思を有していたとはいえない場合には、まず、【II-6-1】(本来的解釈の準則)および【II-6-2】
(規範的解釈の準則)に従い、当事者が当該事情のもとにおいて合理的に考えるならば理解したであろう意味に従って解釈されなければならない。
2 約款の契約条項の意味が不明瞭であるためにその解釈がxx的でない場合、約款を用いた契約において実質的な交渉を期待できないことおよび、当該契約条項が一方当事者によって作成されたものであり、自ら使用した契約条項の意味不明瞭のリスクは作成者が負うべきであるという理由から、契約解釈の一般原則に対する特別のルールとして、約款使用者不利の原則を採用することが考えられる。
同様のことは、消費者契約において、事業者が消費者に、約款でなくても、特定の契約条項を示して契約を締結した場合にあてはまる。このような観点から、約款および消費者契約について、契約条項使用者不利の原則を採用するのが【II-2-4】である。
すなわち、約款または事業者が提示した契約条項につき、契約解釈の一般準則を適用してもなお、複数の解釈の可能性が存在する場合には、約款については条項使用者に、消費者契約については条項を提示した事業者にそれぞれ不利な解釈が採用される。
3 約款を構成する条項であっても、個別の交渉を経て採用された条項については、約款であるために生じる問題は交渉によって除去されるため、規律の対象とはならないことは、すでに示した通りである(【II-2-1】)。
消費者契約についても、同じことがいえるかどうかについては、考え方が分かれうる。すなわち、一方で、消費者契約であっても、事業者と消費者との間で個別に交渉がされたといえるのであれば、各当事者の内容形成への関与があった以上、契約の解釈について、当事者が交渉して合意をした契約の条項と扱いを異にすべきではないとの考え方がある。
他方、このような考え方に対しては、消費者契約においては、約款と異なり、消費者ま たは事業者という人的な属性が実質的な交渉の可能性を縮減しているので、約款による契 約の場合のように、特定の条項について個別に交渉がなされたとしても、現実に実質的な 交渉がなされることは期待できないとの批判がある。したがって、約款については、個別 に交渉された条項は規律の対象から外されるとしても、消費者契約に関しては、事業者と 消費者との間に交渉力の構造的な格差が存在する以上、個別に交渉された条項についても、規制の対象から外すことは適切ではなく、このことは契約の解釈にも妥当するというのが、もう 1 つの考え方である。
この問題については、議論の分かれているところであるので、本提案においては、どちらの可能性も残すこととする。すなわち、消費者契約についても個別に交渉された条項については規律の対象から外れるという考え方を前提とするのが、(2)のただし書きである。これに対して、消費者契約については、個別に交渉された条項も規律の対象となるという考え方によれば、(2)のただし書きは不要となる。
なお、約款については、【II-2-1】において、個別に交渉がされた条項については規律の対象から外れることが前提となっている。
4 本提案が、作成者不利の原則ではなく、使用者不利の原則を採用するのは、一方当
事者が自ら作成した約款に限らず、業界に共通の約款や、市販のひな型を多数の契約に画一的に用いる目的で使用する場合など、相手方に一定の契約条項を契約の内容として示した場合を広く含む趣旨である。なぜなら、約款使用者は、自らその約款を作成したと否とを問わず、特定の定型的な契約条項を多数の契約に画一的に用いる場合には、その内容を自ら検討することが可能であり、かつ、実質的な交渉力を有しない相手方との関係で、その条項の解釈が多義的であることのリスクを負うべきことに変わりはないからである。
5 また、本提案が、相手方有利の原則ではなく、契約条項使用者不利の原則とするのは、条項使用者が意味不明瞭のリスクを自分で負うという考え方に基づく。
当該契約条項に複数の解釈可能性が存在する場合に、どちらが契約条項使用者に不利であるかは、相手方との関係で個別的・相対的に判断される。したがって、特定の契約条項にαとβという 2 つの解釈可能性がある場合に、相手方 A との関係ではαが、相手方 B との関係ではβが条項使用者にとって不利ということもありうる。また、この準則は、契約条項使用者が自己に不利な解釈が採用されることを拒絶できないことを意味するにとどまるので、相手方が、それよりも条項使用者に有利な解釈を主張することは妨げられない。
【解説】
① 約款を用いた契約においては、約款の有する定型性および、それが多数の契約に用いられることによる規範上の影響力により、条項の内容につき当事者間に実質的な交渉を期待するのが困難であることは、すでに述べたとおりである。
② もちろん、約款の解釈にも、契約解釈に関する一般準則が適用になるので、約款の条項につき、複数の解釈が可能であり、かつ、約款使用者の相手方が、約款使用者の意思と同じ意思を有していたとはいえない場合には、まず、【II-6-1】(本来的解釈の準則)および【II-6-2】(規範的解釈の準則)に従い、当事者が当該事情のもとにおいて合理的に考えるならば理解したであろう意味に従って解釈されなければならない。
しかしながら、それでもなお、約款の契約条項の意味を契約解釈の一般準則に従って確定することができない場合もありうる。とくに、約款による契約においては、約款使用者の相手方は条項の内容形成に関与しておらず、場合によっては、当該条項について現実の認識を有していないことさえあるため、特定の条項の客観的意味が複数存在するときに、相手方が当該事情のもとで、ある条項を合理的に理解したであろう意味を想定した場合、当事者の視座に基づいて意味を付与することによって契約を解釈することには自ずと限界がある。
③ では、そのような場合、契約の解釈はどのようになされるべきか。本提案は、約款を用いた契約においては、当事者間に実質的な交渉を期待できないこと、および、当該契約条項が一方当事者によって作成されたものであり、自ら作成した契約条項の意味不明瞭のリスクは作成者が負うべきことから、約款の契約条項の意味を契約解釈の一般準則に従
って確定することができない場合には、条項使用者に不利な解釈を採用することを定める
(【II-2-4】(1))。
④ ところで、契約内容の形成につき、両当事者による実質的な交渉を期待できないことは、約款による契約の場合だけでなく、約款でなくても、消費者契約において、事業者が特定の契約条項を示して契約を締結した場合にあてはまる。
というのも、消費者契約において、事業者があらかじめ作成した契約条項を消費者に提 示する場合、たとえば、不動産業者が賃貸借契約につき、契約条項を示す場合のように、 契約条項が顧客ごとにカスタマイズされており、それが、多数取引に画一的に適用される ことを前提とせず、したがって当該条項が約款に該当しない場合であっても、消費者契約 においては、事業者・消費者間に交渉力の構造的格差が存在することから、消費者は、条 項の内容を具体的に認識したとしても、その内容形成に実質的関与することはできず、一 方の提示した契約条件等に他方が否応なく従わざるを得ないという状況にあるからである。そこで、【II-2-4】(2)では、消費者契約についても、【II-6-1】(本来的解釈の準則)および
【II-6-2】(規範的解釈の準則)に従い、当事者が当該事情のもとにおいて合理的に考える
ならば理解したであろう意味に従って解釈されてもなお、複数の解釈の可能性が残る場合について、事業者不利の解釈準則を採用することとする。
⑤ 立法の可能性としては、さらに進んで、自ら作成した条項が複数の解釈可能性を持つことによる不利益を作成者が負うべきことは、約款に限らず、契約条項一般にあてはまるといえることから、契約条項一般について、一方当事者が用意した契約条項を用いて契約が締結された場合に、作成者不利の原則を採用することも考えられる。
しかしながら、契約条項をたまたま一方当事者がドラフトし、それに相手方が合意した場合に、一方当事者が契約条項を作成したということを理由に、広く一般的に条項作成者が契約条項作成によるリスクを負担すべきであるとは必ずしもいえない。その意味で、契約条項一般につき、作成者不利の原則を採用することには疑問の余地がある。
むしろ、一方当事者が契約条項を提示した場合のうち、とりわけ、契約当事者間に交渉力の不均衡があるために両当事者が契約内容の形成に関与していないことが、複数の解釈可能性が存在する場合に使用者不利の原則を採用する正統性を定型的に支えている、約款および消費者契約に限って条項使用者不利の原則を採用することが適切である。
⑥ そこで、本提案は、約款および、消費者契約において事業者が契約条項を提示した場合について、それが契約解釈の一般準則にしたがった解釈を施してもなお、複数の解釈が可能な場合に、約款については条項使用者に、消費者契約については条項を提示した事業者にそれぞれ不利な解釈が採用されることを明らかにする。
⑦ ところで、約款を構成する条項であっても、個別の交渉を経て採用された条項については、約款であるために生じる問題は交渉によって除去されるため、規律の対象とはならないことは、すでに示した通りである(【II-2-1】)。
消費者契約についても、同じことがいえるかどうかについては、考え方が分かれうる。
すなわち、一方で、消費者契約であっても、事業者と消費者との間で個別に交渉がされた といえるのであれば、各当事者の内容形成への関与があった以上、契約の解釈について、当事者が交渉して合意をした契約の条項と扱いを異にすべきではないとの考え方がある。他方、このような考え方に対しては、消費者契約においては、約款と異なり、消費者ま
たは事業者という人的な属性が実質的な交渉の可能性を縮減しているので、約款による契 約の場合のように、特定の条項について個別に交渉がなされたとしても、現実に実質的な 交渉がなされることは期待できないとの批判がある。したがって、約款については、個別 に交渉された条項は規律の対象から外されるとしても、消費者契約に関しては、事業者と 消費者との間に交渉力の構造的な格差が存在する以上、個別に交渉された条項についても、規制の対象から外すことは適切ではなく、このことは契約の解釈にも妥当するというのが、もう 1 つの考え方である。
⑧ この問題については、議論の分かれているところであるので、本提案においては、どちらの可能性も残すこととする。すなわち、消費者契約についても個別に交渉された条項については規律の対象から外れるという考え方を前提とするのが、(2)のただし書きである。これに対して、消費者契約については、個別に交渉された条項も規律の対象となるという考え方によれば、(2)のただし書きは不要となる。
なお、約款については、【II-2-1】において、個別に交渉がされた条項については規律の対象から外れることが前提となっている。
⑨ この解釈原則が適用になる条項、すなわち、対象となる条項の定義については、比較法的には、「内容の不明瞭な条項」という定義を用いる法制もある。が、これでは、対象となる条項の範囲が不明確であり、隠れた内容規制につながるおそれがある。したがって、より明示的に「複数の解釈が可能な条項」と規定することが適切である。
⑩ また、本提案が、作成者不利の原則ではなく、使用者不利の原則を採用するのは、一方当事者が自ら作成した約款に限らず、業界に共通の約款や、市販のひな型を多数の契約に画一的に用いる目的で使用する場合など、相手方に一定の契約条項を契約の内容として示した場合を広く含む趣旨である。なぜなら、約款使用者は、自らその約款を作成したと否とを問わず、特定の定型的な契約条項を多数の契約に画一的に用いる場合には、その内容を自ら検討することが可能であり、かつ、実質的な交渉力を有しない相手方との関係で、その条項の解釈が多義的であることのリスクを負うべきことに変わりはないからである。
⑪ さらに、本提案が、相手方有利の原則ではなく、契約条項使用者不利の原則とするのは、条項使用者が意味不明瞭のリスクを自分で負うという考え方に基づく。
当該契約条項に複数の解釈可能性が存在する場合に、どちらが契約条項使用者に不利であるかは、相手方との関係で個別的に判断される。したがって、特定の契約条項にαとβという 2 つの解釈可能性がある場合に、相手方 A との関係ではαが、相手方 B との関係ではβが条項使用者にとって不利であるということもありうる。また、この準則は、契約条
項使用者が自己に不利な解釈が採用されることを拒絶できないことを意味するにとどまるので、相手方が、それよりも条項使用者に有利な解釈を主張することは妨げられない。
⑩ 消費者契約については、対象となる条項は、事業者が消費者に対して提示した契約条項である。実際には、消費者契約の条項もまた、多数の契約に画一的に用いられることが予定された約款であることがほとんどであると考えられるが、上記④で示したように、仮に、それが約款でなくても、消費者契約についても、条項使用者不利の原則を適用することが正当と考えられるので、事業者が消費者に当該条項を提示した場合には、事業者不利の解釈原則が適用される。
これに対して、消費者契約の条項が、消費者から提示されたものであったり、事業者と消費者との間の協議に基づいて作成された条項である場合には、事業者不利の解釈原則は適用されず、一般的な契約の解釈準則に服することになる。
⑫ また、【II-2-4】(2)の場合の事業者不利の解釈原則は、あくまで、個別の消費者との関係で問題となる個別の解釈の問題であるので、消費者契約の特定の条項について、適格消費者団体による差止請求との関係では、この準則の適用は問題とはならない。したがって、消費者契約のある条項につき、複数の解釈可能性があり、そのうちもっとも事業者に不利な解釈を採用すれば、特定の消費者との関係で当該条項が消費者契約法 8 条ないし
10 条により無効とはならないことは、直ちに、適格消費者団体による差止め請求を妨げない。
⑬ なお、規律の対象とする消費者契約を、現在の消費者契約法と同様にするか、それとも、消費者と、事業者が事業としてまたは事業のためにする契約に限定すべきかは、条項使用者不利の原則の適用を受ける消費者契約の範囲についても問題となるが、つぎの、内容規制の箇所において、まとめて検討することとする。
IV 契約条項の内容規制
1 不当条項の効力に関する一般規定
【II-2-5】不当条項の効力に関する一般規定
(1) 約款または消費者契約の条項〔(個別の交渉を経て採用された消費者契約の条項を除く。)〕であって、当該条項が存在しない場合と比較して、条項使用者の相手方の利益をxxxに反する程度に害するものは無効である。
(2) 当該条項がxxxに反する程度に相手方の利益を害しているかどうかの判断にあたっては、契約の性質および契約の趣旨、当事者の属性、同種の契約に関する取引慣行および任意規定が存する場合にはその内容等を考慮するものとする。
提案要旨
1 契約の内容が、当該当事者にとっては合理的な内容を有するであろうことは、それが当事者の自由な合意によって決められたという事実に裏付けられている。しかし、約款による契約および消費者契約においては、各当事者による契約内容の形成は実質的に働かず、そのため、契約内容には合理性の保障がない。両者は、この点で共通する。
このように、約款および消費者契約の条項に関しては、当事者がその交渉を通じて内容を形成した契約条項よりも、一方当事者の利益が不当に害されることのないよう、積極的に内容規制を行う必要がある。
そこで、約款および消費者契約の双方に適用される、不当条項に関する一般的規定をおくのが【II-2-5】である。すなわち、約款は消費者契約の条項は、それによって相手方の利益をxxxに反する程度に害するときは、無効とする。
2 まず、相手方の利益をxxxに反する程度に害しているかどうかを比較する基準は、その条項がない場合と比較してなされる(【II-2-5】(1))。
この点、現行消費者契約法 10 条は、条項が無効となるための要件として、民法、商法その他の法律の公の秩序に反しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、消費者の義務を加重する条項であることを要求する。しかし、契約の条項について任意規定の存在しない場合もあるので、【II-2-5】(1)では、端的に、当該条項が存在しない場合と比較するものとする。当該条項に関して任意規定が存在するときは、任意規定を適用した結果が、当該条項が存在しない場合ということになる。
3 つぎに、相手方の利益をxxxに反する程度に害するかどうかの判断は、それぞれの契約の相手方との関係で個別的になされる。【II-2-5】(2)では、その判断に際して考慮されるべき要素として、契約の性質および契約の趣旨、当事者の属性、同種の契約に関する取引慣行および任意規定が存する場合にはその内容を挙げる。したがって、xxxに反
するかどうかの判断に際しては、たとえば、約款による契約の場合、条項使用者の相手方が事業者であるか、それとも消費者であるかにより、相手方の利益をxxxに反する程度に害しているかどうかの判断が異なりうる。
4 個別の交渉を経て採用された消費者契約の条項については、ここでも、規律の対象
から外す考え方と、消費者契約については個別の交渉を経て採用された条項も規律の対象とする考え方を併記する。
5 事業者と消費者との間の契約であれば、4 により個別の交渉を経て採用された条項が規律の対象から外れうることを除き、消費者契約は、約款によると否とに関わらず、また、事業者が事業のためまたは事業として消費者と契約を締結したかどうかという限定無く、すべての消費者契約が【II-2-5】以下の内容規制の対象となる。
【解説】
(1) 規律の対象
① 契約の内容が、当該当事者にとって合理的な内容を有するであろうことは、それが 当事者の自由な合意によって決められたという事実に裏付けられている。しかし、約款に よる契約および消費者契約においては、各当事者による契約内容の形成は実質的に働かず、そのため、契約内容には合理性の保障がない。両者は、この点で共通する。
② まず、約款による契約においては、約款の隠蔽効果による相手方の約款内容に対する認識の不十分とそれによる契約締結の意思の希薄さ、約款の定型性がもたらす実質的な交渉可能性の低さにより、相手方が実質的に契約内容形成へ参与しているとは言い難い。言い換えれば、約款による契約には、契約内容の合理性の前提となる、両当事者による契約内容形成への実質的な関与が欠けている。これは、約款による契約が事業者間で締結された場合にもあてはまり、このことは、とくに、約款使用者の市場における占有率が高い場合や、事業者が業者に共通の約款を使用している場合などには、さらに顕著となる。
したがって、約款の契約条項については、一方当事者の利益を不当に害する条項については、その不利益を積極的に除去する必要がある。
③ ところで、約款のなかには、監督官庁の認可等が必要な約款もあり、監督官庁の認可を受けた約款についても、内容規制の対象となるかどうかが問題となりうる。しかしながら、監督官庁による認可は、それぞれの行政目的に従ってなされるものであり、当該条項が、約款使用者との関係で相手方の利益を害し、xxxに反する程度までに契約の均衡を失わせるものかどうかという観点からなされるものではない。反対に、民法における不当条項の内容規制は、もっぱらこの観点からなされるものであって、それとは異なる目的も内容も有するものではない。したがって、約款は、【I-2-1】にあてはまるものであれば、それが監督官庁の認可に服すると否とを問わず、内容規制の対象となる。
④ 各当事者による契約内容形成という基礎を欠くために、契約条項の合理性の保証が
存在しないことは、消費者契約にもあてはまる。消費者契約においては、事業者と消費者との間の構造的な情報力および交渉力の不均衡のために、消費者が契約内容形成に実質的に働きかけることはできず、そのため、契約内容には合理性の保障がないからである。
具体的には、事業者は、同種の契約を大量に反復・継続して締結していることから、たとえ、約款によらずとも、特定の契約条項を使用する場合には、その契約条項の意味と機能を熟知しうる立場にある。これに対して、消費者が、反復・継続して締結する契約があるとしても、それは身の回りの消費財に関する契約に限られており、かつ、それらの契約についても、消費者が契約の相手方との間で生じた法的な問題を処理するという経験をすることは稀である。その結果、消費者と事業者との間には、条項の意味および機能についての理解に構造的な差が存在する。
⑤ また、消費者は、不当な契約条項により理由のないリスクやコストを負担させられ ることになっても、対価がそれほど高額ではないことが多く、紛争解決にかかるコストと 対比して紛争解決コストが高額であるときは、当該条項の効力を争うことが実際上難しい。
⑥ そして、事業者と消費者との間の情報力および交渉力の構造的格差は、その人的な属性に起因するから、契約が約款を用いてなされたどうかにかかわらず問題となる。
したがって、消費者契約においては、約款による契約であると否とを問わず、当事者間に実質的交渉可能性を期待できないことを理由として、当該条項が任意規定による場合よりも当事者間の関係に著しい不均衡を生じさせる場合には、その条項の効力を失わせるべく法が介入する必要がある。
現行消費者契約法 8 条ないし 10 条もまた、条項の形式を問うことなく特定の条項を無効としており、本提案は、この点において、現行法の立場を維持するものである。
⑤ さて、約款を構成する条項であっても、個別の交渉を経て採用された条項については、約款であるために生じる問題は交渉によって除去されるため、規律の対象とはならないことは、すでに示した通りである(【II-2-1】)。
消費者契約についても、同じことがいえるかどうかについては、考え方が分かれうる。すなわち、第 1 に、消費者契約であっても、事業者と消費者との間で個別に交渉がされたといえるのであれば、各当事者の内容形成への実質的な関与があった以上、内容規制の対象とすべきではないとの考え方がある。
他方、このような考え方に対しては、消費者契約においては、約款による契約と異なり、消費者と事業者という人的な属性が消費者の実質的な交渉の可能性を縮減しているので、約款による契約の場合のように、特定の条項について個別に交渉がなされたとしても、現実に実質的な交渉がなされることは期待できないとの批判がある。したがって、約款については、個別に交渉された条項は規律の対象から外されるとしても、消費者契約に関しては、事業者と消費者との間に交渉力の構造的な格差が存在する以上、個別に交渉された条項についても、内容規制の対象から外すことは適切ではないというのが、第 2 の考え方である。
さらに、第 3 に、約款による交渉力の不均衡と、消費者が当事者であることによる交渉力の不均衡が重なった場合についてのみ、個別に交渉された条項についても、内容規制の対象とするという考え方もありうる。しかし、わが国の現行消費者契約法 8 条ないし 10条が、消費者契約について、約款を用いていると否とを問わず、また、個別に交渉された条項も規制の対象としていることからすると、第 3 の考え方は、第 1 の考え方と同様、現行消費者契約法よりも規律の対象が狭くなることには注意が必要である。
⑥ この点、比較法的に見ると、EC 不xx条項指令 3 条 1 項は、事前に作成され、消費者がその内容に働きかけることができなかった条項を、個別交渉を経なかった条項とつねにみなすことを前提として(同条 2 項)、個別交渉を経た条項については規律の対象から
除外している。これは、考え方にとしては第 3 のものに近い。そして、スペイン消費者法
10 条の 2 の 1 項、イタリア消費法典 34 条 4 項などは、EC 不xx条項指令に従い、個別交渉を経た条項については内容規制の対象とはしていない。しかしながら、EC 不xx条項指令が個別交渉を経た条項を内容規制の対象から外したことに対しては、批判も強い。実際、EU 加盟国のなかでも、フランス消費者法典 L132-1 条、ルクセンブルク消費者保護法(1983)は、個別交渉を経た条項についても、内容規制の対象としている。また、オーストリア消費者保護法(2002)は、個別的な交渉があれば有効であるがなければ無効というタイプの不当条項のリストと、交渉の有無に関係なく無効となる不当条項のリストを設けており、EU のなかでも、各国の対応は分かれている。
⑦ この問題については、わが国でも議論の分かれうるところである。先に述べたように、一方では、消費者契約と約款による契約とでは、個別の交渉により両当事者が内容形成に実質的に関与できたといえるかどうかに大きな違いがある。しかし、他方では、とりわけ、消費者契約条項の内容規制の必要性と正統性を、約款による契約と同様、両当事者間に交渉力の不均衡があり、そのために消費者が契約の内容形成に関与できていないことに求めるのであれば、消費者契約と約款による契約とを同じに扱うべきであるという議論も無視することはできないであろう。
そこで、以下の提案では、これら 2 つの考え方に沿って、個別の交渉を経た条項についても規律の内容とする案と、個別の交渉を経た条項は適用の対象から外す案とを、併記することとする。
⑧ ところで、内容規制の対象となる消費者契約の条項については、別の観点から、その対象を限定する可能性が考えられる。すなわち、事業者と消費者との間に存在する情報力および交渉力の構造的格差は、法人その他の団体がその事業とは無関係に消費者と契約した場合には、存在しないのではないかという問題である。というのも、このような場合にも、団体である以上、法人が消費者として扱われないことは正当であるが、契約条項への介入の正当化根拠である、多数の契約を反復・継続的な締結、あるいは、当該契約に関する専門家であるということのいずれも、この場合にはあてはまらないともいいうるからである。したがって、考え方としては、消費者契約の内容規制については、事業者が事業
のためまたは事業として消費者と契約を締結した場合に限るという方向性もありうる。
⑨ もっとも、このような方向性に対しては、現行消費者契約法の規律よりも内容規制 に服する契約条項の範囲が狭まる結果をもたらすという問題がある。この点、本提案にお いては、消費者契約ではなくても、約款が用いられた契約については、個別に交渉された 条項を除き、約款の条項であることを理由とする内容規制がされることを前提としている。したがって、現行消費者契約法よりも規律の対象が狭められる結果を招来する可能性は少 ないとも考えられる。
しかしながら、現行消費者契約法との連続性という観点のほか、実際上も、事業のためまたは事業として消費者と契約を締結した場合に限るとすると、その主張立証責任を事業者側に負わせるとしても、条項の内容規制の対象となる消費者契約の範囲が不明確になるおそれがある。また、本提案の内容に照らして具体的に検討するならば、消費者契約に関する不当条項リストとして挙げられている条項は、いずれも、法人その他の団体が事業のためまたは事業として消費者と契約を締結した場合に限って、無効とすべき性質のものではない。以上より、本提案では、現行消費者契約法と同様、すべての消費者契約を規律の対象とする。
(2) 不当条項に関する一般規定
① 以上より、約款および消費者契約の双方に適用される、不当条項に関する一般的規定をおくのが【II-2-5】である。不当条項リストを定めるかどうか、定めるとしてどのように定めるのかにかかわらず、不当条項に関する一般規定が必要であることに変わりはない。不当条項リストを作成するとしても、すべての不当条項を挙げることは不可能であり、不当条項かどうかを判断する基準を抽象的な形で示すことにより、個別リストに書かれていない事例についても不当条項を規律できるようにする必要があるからである。
その際、約款も消費者契約も、当事者間に実質的な交渉を期待できない点に内容規律の共通の根拠が存在することから、本提案では、その点に着目した共通の一般条項をおく。すなわち、約款は消費者契約の条項は、それによって相手方の利益をxxxに反する程度に害するときは、無効とする。
② 具体的には、不当条項として無効となるのは、「当該条項が存在しない場合と比較して、条項使用者の相手方の利益をxxxに反する程度に害する」条項である。
比較法的には、EC 不xx条項指令 3 条 1 項が消費者契約について「当事者の権利義務に著しい不均衡を生じさせ、消費者に不利益をもたらすこと」を、あるいは、ドイツ民法 307 条が約款について、約款使用者の相手方を「不相当に不利益に取り扱う」ことを要件として条項の効力を否定している。わが国においても、消費者契約について、消費者契約法 10 条が同様の規定を設けており、これらの規定は、実質的な交渉に基礎づけられた内容形成が期待できない場合の契約条項について、交渉力において劣る当事者の利益をxxxに反して一方的に害する場合にその条項を無効とする点で共通している。本提案は、こ
れらと同じ趣旨を規定するものである。
③ もっとも、消費者契約法 10 条では、条項が無効となるための要件として、民法、商法その他の法律の公の秩序に反しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、消費者の義務を加重する条項であることが必要とされている。しかし、当該条項について任意規定の存在しない場合もあるので、【II-2-5】では、端的に当該条項が存在しない場合と比較するものとする。それによれば、当該条項に関して任意規定が存在するときは、任意規定を適用した結果が、当該条項が存在しない場合にあたることになる。
④ つぎに問題となるのが、約款の場合、条項の不当性を、個々の当事者との関係で条項の効力を個別的に判断すべきか、多数の相手方に対して一律に適用されることを前提に、画一的に判断すべきか、である。
確かに、約款は、多数の相手方に対して一律に適用されるが、そのことは、その効力について、相手方との個別的な関係によって判断することを否定するものではない。むしろ、相手方の利益をxxxに反する程度に害するといえるかどうかは、個別的に、たとえば、当該契約の相手方が事業者か、消費者かによって異なりうるところであり、一律に判断することは、柔軟な解決が妨げられ、妥当な解決が導かれない場合が生じるおそれがある。実際、事業者間で約款が用いられる場合、約款使用者である事業者と相手方である事業
者の関係によっては、多数の取引相手に一律に適用される契約Aで害される相手方の利益を、相手方との間で別に締結された個別の契約Bにおいて、回復することが図られること もありうるところであり、それが、取引慣行として定着していることも考えられる。もちろん、特定の契約における条項の不当性を判断する際に、その契約とは別の契約の条項の内容まで考慮に入れることが許されるかどうかは、なお慎重に検討しなければならないが、個別の契約ごとの事情を考慮する余地を残すことにより、当事者間の実質的な利益の均衡を確保することが可能になると考えられる。
⑤ そこで、【II-2-5】(2)は、不当性の判断が個別的に相手方との関係でなされることを前提として、xxxに反するかどうかの主要な判断要素をxxで例示する。すなわち、xxxに反するかどうかの判断に際して、契約の性質および契約全体の趣旨、あるいは、約款による契約の場合には、とくに相手方が事業者であるか、それとも消費者であるかどうかなど、契約当事者の属性、さらには、同種の契約に関する取引慣行および当該事項について任意規定規定が存在する場合にはその内容を考慮要素とする。契約全体の趣旨としては、たとえば、約款使用者である売主 A と相手方である買主 B との間に適用される約款に、A の重大な義務違反による債務不履行につき免責を定めるα条項と、B の重大な義務違反による債務不履行につき免責を定めるβ条項とがともに含まれていた場合、端的にβ条項だけを見れば、相手方の利益を一方的に害するともいいうるが、この約款を全体としてみれば、B の利益を一方的に害するとはいえない。このように、ある条項を単独でみたときには、相手方の利益をxxxに反する程度に不当に害するかのようであっても、契約全体の趣旨からは、それが否定されることもある。
もっとも、【II-2-5】では、不当条項の効力を個別的に問題としているからこそ、不当性の判断は相手方との関係で個別的になされるが、不当条項の差止めについては、当該条項の不当性を抽象的に判断するため、【II-2-5】(2)は、差止めの場合に当然に適用になるわけではない。
⑥ 最後に、不当条項の効果について、本提案は、ある条項が条項使用者の相手方または消費者の利益をxxxに反する程度に害する場合の効果を、相手方または消費者だけが主張できる相対無効とする。
不当条項の効果については、無効ではなく取消しとすることも考えられる。どちらも、相手方にのみ不当条項の効力否定を許容するという点では同じである。不当条項の効力を否定することが、相手方および消費者の利益を保護するためにあること、錯誤についても無効ではなく取消しとされていることからすれば、取消しとすることも十分考えられる。とはいえ、不当条項については、条項の効力を一部否定する場合がありうる。このとき、不当条項の効果を取消しであるとすると、それは、条項の一部取消しということになるが、これまであまり馴染みがない一部取消しという概念を持ち込むことに問題はないか、検討の余地がある。
また、よりxx的に、多くの取引に用いることが想定された契約条項については、個人の利益はもちろん、取引秩序の維持という観点も存在する。そうだとすると、個々の消費者がその取消しを求めうるとするよりも、そのような条項は、取引秩序に反する条項として無効とし、ただし、条項使用者はその無効を主張できないとするのが適合的ではないかと考えられる。
⑦ 不当条項の効果の定め方としては、そのほか、当該条項を「書かれていないものとみなす」こともありうる。これは、フランス消費法典(132 条-1(6)項)が採用する表現である。不当条項を「書かれていないものとみなす」ことは、不当条項の効果につき、一部無効とする解釈を否定することを意味する。この場合には、当該条項を全部無効とした上で、任意規定によって補充する方法を採用することを意味する。
条項の一部無効については、無効・取消しのところでも検討が行われているところであり、法律行為一般については、原則として、特定の条項の内容が部分的に無効となる場合においても、当該条項の無効はその限度において認めれば足りるともいいうる。しかし、約款や消費者契約にこの原則をそのままあてはまると、条項使用者が、交渉力における相手方に対する優位性を奇貨として、条項が一部無効とされうることを承知の上で、全部無効とはならないことを見越して、不当条項を使用することを助長する可能性がある。したがって、約款や消費者契約の条項については、不当条項が作成されることを一般的に抑制するという政策的目的および、条項使用者に対する制裁という観点から、原則として、条項の一部無効を否定すべきである。
このように考えると、不当条項については、「書かれていないものとみなす」という規定の方法をありうるところであるが、わが国では、従来から無効という表現を用いることが
一般的であることを考えると、「書かれていないものとみなす」よりも、無効とするのがより適切であろう。
以上より、不当条項の効果は、相対無効の意味で、無効とすることとし、その具体的な効果については、法律行為の無効に関するルールを適用するのを原則とする(【II-4-7】ないし【II-4-9】参照)。
2 不当条項リスト
(1) 約款および消費者契約に共通する不当条項リスト
【II-2-6】約款および消費者契約に共通する不当条項リスト
約款および消費者契約に共通する不当条項リストを作成する。
不当条項リストは、それに該当すれば、条項使用者の相手方の利益をxxxに反する程度に害するとみなされるリストと、条項使用者の相手方の利益をxxxに反する程度に害することが推定されるにとどまるリストを別に設けるものとする。
提案要旨
1 不当条項に関する一般規定のほか、不当条項リストを設けるのが適切である。なぜなら、一般的な規定だけでは、具体的にいかなる条項がそれにあてはまるのか見通しを立てることが容易ではないからである。不当条項リストには、不当条項性を明確に示すことにより、紛争の予防および、紛争の容易な解決を促進するという役割と、具体的な例を示すことにより、不当条項に関する一般規定の解釈に際しての指針と枠組みを与える役割とがある。
これらの役割は、約款の使用者にとっても重要である。すなわち、不当条項リストを定 めることは、何が不当条項となるかに関する情報を条項使用者にも提供することを通じて、条項使用者が不当条項にあたるおそれのない契約条項を作成するための助けとなる。さら に、不当条項リストによる不当条項の情報提供機能はまた、裁判外の紛争処理を促進する 役割を果たす。
したがって、一般的な規定に加えて、不当条項リストを設けることが適切である。
2 不当条項リストを作成するにあたって、まず、約款と消費者契約に共通する不当条項リストを作成するのが【II-2-6】の趣旨である。
約款と消費者契約とは、当事者間の交渉力の不均衡により、両当事者による契約内容の形成は実質的に働かず、そのため、契約内容には合理性の保障がない点で共通する。したがって、当該条項が存在しない場合と比較して、条項使用者の相手方の利益をxxxに反
する程度に害する条項として、一般的規定の解釈の指針となる不当条項リストの内容も、両者に共通するものが多いと考えられる。
もっとも、約款による契約は事業者間契約も広く含み、対象とする契約の態様も多様であるため、その不当条項リストは不当条項の典型例を掲げた、相対的に抽象度の高い一般的なリストにとどまらざるをえない。
他方、消費者契約の条項については、約款による契約と否とを問わず、別に消費者契約の条項にのみ適用される不当条項リストを作成する(後掲【II-2-9】以下参照)。というのは、消費者契約については、事業者と消費者との間の情報力および交渉の構造的格差に内容規制の根拠があることを考えれば、規律の対象を約款以外にも拡大する必要があるのみならず、xxxに反して相手方の利益を害するかどうかに関する判断も異なりうること、さらに、必ずしも法的知識の十分ではない消費者にとって使い勝手の良いものである必要があり、不当条項リストも、より具体的な条項を挙げることが求められるからである。
3 つぎに、不当条項リストを作成するにあたっては、それにあてはまれば、ただちに当該条項が条項使用者の相手方の利益をxxxに反する程度に害するとみなされる条項のリストと、それに該当するとしても、なお、他の個別の事情により、条項使用者の相手方の利益をxxxに反する程度に害するものではないという反証を条項使用者に許す性質の不当条項リストとに分けて規定する。
2 つのリストを作成するのは、不当条項リストは、一方では、明確性の観点からは、そ の要件が明確であって、それに該当すれば他の要素を考慮することなく不当条項と評価さ れることが望ましいが、他方、規律の内容によっては、その条項が不当条項にあたる疑い が強い場合であっても、その契約の他の事情を併せて勘案する必要がある場合も存在する からである。さらに、後者の場合にも、明確な要件の下に不当条項であることを推定した 上で、他の事情により不当性を否定する立証責任を条項使用者または事業者に課すことが 望ましい場合と、評価的要件(たとえば、「合理的な理由なく」など)を不当性の要件とし、 その点については条項使用者の相手方または消費者に立証責任を負わせた上で、それに該 当すればもはや他の事情は考慮することなく無効とみなすのが適切な場合とが考えられる。そして、最後の場合については、評価的要件を含むが、条項リストに該当すればただちに 無効とみなされるリストに入ることになる。
【解説】
① 不当条項については、一般規定のほかに、不当条項リストを設けるのが適切である。なぜなら、一般規定だけでは、具体的にいかなる条項がそれにあてはまるのか見通しを立てることが容易ではないからである。不当条項リストには、不当条項性を明確に示すことにより、紛争の予防および、紛争の容易な解決を促進するという役割と、具体的な例を示すことにより、一般規定の解釈に際しての指針と枠組みを与える役割とがある。
これらの役割は、約款の使用者にとっても重要である。すなわち、不当条項リストを定めることは、条項使用者に対しても、何が不当条項となるかに関する情報を提供することにより、条項使用者が不当条項にあたるおそれのない契約条項を作成するための助けとなる。さらに、不当条項リストによる不当条項の情報提供機能はまた、裁判外の紛争処理を促進する役割を果たす。
したがって、一般的な規定に加えて、不当条項リストを設けることが適切である。
② つぎに、不当条項リストを作成するにあたっては、約款および消費者契約に共通する不当条項リストを定めることとするのが【II-2-6】の趣旨である。
約款と消費者契約とは、約款についてはそれが多数の契約に画一的に使用されることに、消費者契約については事業者と消費者との地位に、それぞれ由来する当事者間の交渉力の不均衡により、両当事者による契約内容の形成は実質的に働かず、そのため、契約内容には合理性の保障がない点で共通するからである。したがって、当該条項が存在しない場合と比較して、条項使用者の相手方の利益をxxxに反する程度に害する条項として、一般的規定の解釈の指針となる不当条項リストの内容も、両者に共通するものが多いと考えられる。
③ 比較法的に見ると、ヨーロッパでは、消費者契約についてのみ不当条項リストを作成する立法例が多い。これは、もともと、EU 諸国では、消費者契約の規律として契約条項の規律が行われていることがその背景にあると考えられる。
他方、消費者契約以外についても約款の規律をする立法例のうち、消費者契約以外については一般条項しか定めない立法例としてドイツ法、オーストリア法が、それ以外についても適用される不当条項リストを備える立法例として、オランダ民法典(ただし、一定の規模を超える事業者を相手方とするときは適用されない)がある。
④ 確かに、可能性としては、消費者契約に限って不当条項リストを作成するという方法もある。従来、約款の規律が議論されてきたのは、実際には多くが消費者契約を想定したものであること、消費者契約に射程を絞ることによって必要な内容規律を踏み込んで行うことができることなどから、不当条項リストについても、消費者契約だけを対象とするということも考えられないわけではない。
しかし、約款による契約もまた、事業者間の契約を含め、当事者間の交渉力の不均衡により、両当事者が契約の内容形成に関与していない点で消費者契約と同様に内容的な規律を必要としていることに留意すべきである。そして、紛争が生じた場合における当事者双方にとっての予見可能性、不当条項に該当するかどうかについての解釈の手がかりの必要性、および、不当条項リストが約款作成者の行為規範としても作用すること、などを考慮すれば、約款についても、一般条項のほかに、不当条項リストを提示することが適切である。
⑤ もっとも、約款による契約は事業者間契約も広く含み、対象とする契約の態様も多様である。したがって、その不当条項リストは不当条項の典型例を掲げた、相対的に抽象
度の高い一般的なリストにとどまらざるをえない。
このような考え方に対しては、そのような不当条項リストは、透明性および予見可能性を高めるとは必ずしもいえず、不要であるとの批判もあり得る。しかし、非常に具体的で透明性の高いリストのかたちで不当条項リストを作成するのであれば、それは長大なものとならざるをえず、かえって、見通しの悪い規定になって、使い勝手の悪いものとなる。本来の意味で予見可能性を向上させ、約款使用者にとっても適正な約款を作成するための助けとなるためには、ある程度抽象性が高い不当条項リストを提示することによって、条項使用者の相手方の利益をxxxに反する程度に害するというのがどういうことであるのかにつき、その解釈の指針を示すことが、不当条項リストがその機能をより良く果たすことにつながると考えられる。
⑤ なお、消費者契約の条項については、約款による契約と否とを問わず、別に消費者契約の条項にのみ適用される不当条項リストを作成することが予定されている( 後掲
【II-2-9】以下参照)。消費者契約については、事業者と消費者との間の情報力および交渉の構造的格差に内容規制の根拠があることを考えれば、規律の対象を約款以外にも拡大する必要があるのみならず、xxxに反して相手方の利益を害するかどうかに関する判断も異なりうること、さらに、必ずしも法的知識の十分ではない消費者にとって使い勝手の良いものである必要がある。そのためには、消費者契約における不当条項リストの内容は、消費者契約に実際に紛争が生じている条項であって、消費者によって手がかりとなる具体的な条項を挙げることが望ましい。
⑥ 具体的に、不当条項リストを作成するにあたっては、不当条項リストに該当すれば、ただちに当該条項が条項使用者の相手方の利益をxxxに反する程度に害するとみなされるリストと、不当条項リストに該当するとしても、なお、個別の事情により、条項使用者の相手方の利益をxxxに反する程度に害するものではないという反証を許すリストとに分けて定めるものとする。
2 つのリストを作成するのは、不当条項リストは、一方では、明確性の観点からは、そ
の要件が明確であって、それに該当すれば他の要素を考慮することなく不当条項と評価さ れることが望ましいが、他方、規律の内容によっては、その条項が不当条項にあたる疑い が強い場合であっても、その契約の他の事情を併せて勘案する必要がある場合も存在する からである。さらに、後者の場合にも、明確な要件の下に不当条項であることを推定した 上で、他の事情により不当性を否定する立証責任を条項使用者または事業者に課すことが 望ましい場合と、評価的要件(たとえば、「合理的な理由なく」など)を不当性の要件とし、 その点については条項使用者の相手方または消費者に立証責任を負わせた上で、それに該 当すればもはや他の事情は考慮することなく無効とみなすのが適切な場合とが考えられる。そして、最後の場合については、評価的要件を含むが、条項リストに該当すればただちに 無効とみなされるリストに入ることになる。
(2) 約款と消費者契約に共通する不当条項リストの例
【II-2-7】不当条項とみなされる条項の例
約款または消費者契約の条項〔(個別の交渉を経て採用された消費者契約の条項を除く。)〕であって、次の各号に定める条項は、当該条項が存在しない場合と比較して条項使用者の相手方の利益をxxxに反する程度に害するものとみなす。
(例)
(a) 条項使用者が任意に債務を履行しないことを許容する条項
(b) 条項使用者の債務不履行責任を制限し、または、損害賠償額の上限を定めることにより、相手方が契約を締結した目的を達成不可能にする条項
(c) 条項使用者の債務不履行に基づく損害賠償責任を全部免除する条項
(d) 条項使用者の故意または重大な義務違反による債務不履行に基づく損害賠償責任を一部免除する条項
(e) 条項使用者の債務の履行に際してされた条項使用者の不法行為に基づき条項使用者が相手方に負う損害賠償責任を全部免除する条項
(f) 条項使用者の債務の履行に際してされた条項使用者の故意または重大な過失による不法行為に基づき条項使用者が相手方に負う損害賠償責任を一部免除する条項
(g) 条項使用者の債務の履行に際して生じた人身損害について、契約の性質上、条項使用者が引き受けるのが相当な損害の賠償責任を全部または一部免除する条項 ただし、法令により損害賠償責任が制限されているときは、それをさらに制限する部分
提案要旨
1 約款および消費者契約の条項に共通の不当条項リストについては、これに該当すれば、相手方の利益をxxxに反する程度に害するとみなす条項と、そのような不当性を推定する条項とに分けて規定する。
【II-2-7】は、前者の例をいくつか示すものである。
2 どのような条項が相手方の利益をxxxに反する程度に害するとみなされるかについては、まず、契約の相互交換性に反して条項使用者の相手方の利益を害し、それがxxxに反する程度に至っている条項、具体的には契約の拘束力を実質的に失わせるに等しい効果をもつ条項((a)ないし (c))とそれに準じる条項(d)が考えられる。
また、(e)は、消費者契約については、消費者契約法 8 条 3 号により無効とされているが、このような条項は個別の合意による場合でさえその有効性が問題となりうるものであ
り、その適用を消費者契約に限る理由はない。同様に、(d)および(f)も、消費者契約については、消費者契約法 8 条 2 号および 4 号によりそれぞれ無効とされているが、これらの条項は、消費者である場合に限ってとくに無効とすべきものではなく、当事者間の交渉力の構造的・定型的不均衡を理由として条項使用者が相手方の利益を不当に侵害する条項として、その効力を否定すべきことは約款による契約についてもあてはまる。
さらに、人身損害についての責任を制限する条項については、その法益の重要性および処分不可能性により、全部免除については個別の合意であっても公序良俗違反により認められないが、契約の性質上、条項使用者が引き受けるのが相当な損害の賠償責任を一部免除する条項についても、約款および消費者契約の条項については、無効とみなす((g))。
3 なお、消費者契約についても、個別の交渉がなされた条項は内容規制の対象から外す考え方向性がありうることは、【II-2-5】を参照。
【解説】
① 約款および消費者契約の条項に共通の不当条項リストのうち、【II-2-7】では、それに該当すれば、他の事情を勘案することなく、その条項を、条項使用者の相手方の利益をxxxに反する程度に害するものとみなす不当条項の例をいくつかあげる。
② このような不当条項の典型は、契約の相互交換性に反し、契約の拘束力を条項作成者との関係で実質的に失わせる条項である。
(a)「条項使用者が任意に債務を履行しないことを許容する条項」は、そのもっとも極端な例であり、EU 指令のほか、フランス消費法典、イギリス不xx契約条項法、ギリシャ消費者保護法、韓国約款規制法などで、不当条項リストに挙げられている。具体的には、条項使用者がその任意によって契約を履行しないことを許容し、条項使用者が契約を履行しないことを選択すると、相手方は履行請求できないとする条項を指す。このような条項は、契約の拘束力を条項使用者との関係で無意味にするものであり、契約を締結することと矛盾する。このように、契約の有効性とは両立し難い条項は、条項使用者の相手方の利益をxxxに反する程度に害するものといえる。
③ つぎに、(b)「条項使用者の債務不履行責任を制限し、または、損害賠償額の上限を定めることにより、相手方が契約を締結した目的を達成不可能にする条項」とは、条項使用者の債務不履行責任を一部または全部免責することにより、結局、条項使用者に対する契約の拘束力を実質的に失わせ、相手方にとっては契約の目的を達成できなくなるような内容の条項をさす。たとえば、フランスのクロノポスト事件(24 時間以内の配達義務を負いつつ、履行遅滞の場合の損害賠償の上限を極めて低く設定した条項が無効とされた例)のような場合がこれにあたる。そのほか、たとえば、高価な宝石を対象とする寄託契約において、保管業者の損害賠償義務を上限 10 万円とする条項などが考えられる。
【II-2-7】の(a)が、端的に条項使用者が債務をしないことを許容し、相手方の履行請求
を否定する場合を指すのに対して、ここでは、条項使用者が契約において引き受けない事由を不当に拡大し、あるいは、損害賠償額の上限を契約の目的に照らして非常に低く設定することを通じて、相手方が契約を締結する目的を実質的に奪い、もって契約の拘束力を失わせることが問題となる。すなわち、契約における双務性の考慮のほか、自ら債務を負った条項使用者がそれを実質的に免れうるようにする条項は、自己矛盾を来しており、その効力は認められないことから、このような条項はxxxに反するといえる。比較法的には、韓国約款規制法 6 条 2 項 3 号が、同種の条項の不当性を推定している。
④ (c)「条項使用者の債務不履行に基づく損害賠償責任を全部免除する条項」は、(a)
と同様、条項使用者が、契約を締結したことと相容れないことを定め、実質的に相手方との関係で一方的に契約の拘束力を免れることを可能にする条項として、条項使用者の相手方の利益をxxxに反する程度に害するものである。現行消費者契約法 8 条 1 号に同様の規定が存在するが、これがxxxに反して相手方の利益を害することは、消費者契約に限られたことではない。そこで、同様の規定を、約款と消費者契約に共通の不当条項リストに掲げるものである。
⑤ (d)「条項使用者の故意または重大な義務違反による債務不履行に基づく損害賠償責任を一部免除する条項」は、現行消費者契約法 8 条 2 号に同様の規定がある。この規定についても、債務者の故意または重大な義務違反がある場合にもその債務履行に基づく損害賠償責任を制限することが相手方の利益をxxxに反する程度に害するといえるのは、消費者契約契約の場合に限らない。
実際、約款の規律に関するドイツ債務法 309 条 7 号 b、韓国約款規制法 7 条 1 号においても、消費者契約に限らず、約款による契約一般について、同様の規定がある。そのほか、消費者契約について規律するものとして、オーストリア消費者保護法 6-1-9、フランス消費法典 R132-1、がある。
なお、消費者契約法 8 条 2 号は、事業者の故意または重過失による損害賠償義務の一部免除を対象とするが、改正案においては、重過失に代わり、重大な義務違反という用語が用いられているので、本提案はこれによる。
⑥ (c)および(d)が条項使用者の債務不履行に基づく損害賠償の免責であるのに対し、
(e)および(f)は、条項使用者の不法行為に基づく損害賠償の免責にして、同様の免責規定をおく。現行消費者契約法 8 条 3 号および 4 号に、それぞれ同様の規定がある。
⑦ 以上のうち、(b)ないし(f)の条項については、許容される範囲での免責として有効とするのではなく、条項すべてが無効とすることが、不当な契約条項の作成を抑止するために必要である。したがって、本号に該当する条項は、その全部につき無効とすることが予定されている(法律行為の無効に関する【II-4-7】参照)。
⑧ これに対して、(g)「条項使用者の債務の履行に際して生じた人身損害について、契約の性質上、条項使用者が引き受けるのが相当な損害の賠償責任を全部または一部免除する条項」とは、(b)ないし(f)の条項のうち、とくに、人身損害について、それが生命・
身体という重要かつ処分の対象とはならない法益を対象とするものであることに着目して、条項使用者が契約の性質上引き受けるのが相当な損害について、全部または一部免除する 条項を不当条項とする。
たとえば、旅客運送契約においては、運送契約という契約の客観的な性質上、旅客を安全に運送することが要請されており、条項使用者である運送者は、事故などにより人身損害が生じた場合にはその責任を引き受けているといえる。にもかかわらず、鉄道事故など、運送契約の履行に際して旅客に人身損害が生じた場合に、その損害賠償責任の一部または全部を免除する条項は、その契約の性質上、条項使用者が引き受けるべき責任の免責を許すものであり、それが、人間の生命・身体という重要な法益に関わる以上、相手方の利益をxxxに反する程度に害するものといえる。
同様に、雇用契約において、業務の性質上危険を伴う仕事に従事させておきながら、使用者が自らの安全配慮義務を負う場合についても、その違反により被用者に人身損害が生じたときの責任の全部または一部の免責を定める条項は、本号により無効である。
本号における「契約の性質」は、その契約の客観的性質をいう。具体的には、当該人身損害の危険を条項使用者が負担すべきかどうかは、その契約の客観的性質により決定される。したがって、その趣旨を強調しようとするのであれば、「契約の性質上」を、「契約の客観的性質上」とすることも考えられる。
⑨ 人身損害に関する免責に関する条項の効力を否定する規律は、比較法的にも広く見られる。たとえば、EU 指令のほか、ドイツ債務法 307 条 a、オーストリア消費者保護法 6-1-9、フランス消費法典 R.132-1、イギリス不xx契約条項法 2-1、ギリシャ消費者保護法 2-7-13 などにおいて、同様の規律が採用されている。
⑩ (g)を不当条項リストに入れることに対しては、運送約款などで、すでに人身損害につき責任制限が定められていることに対する影響が懸念されることも考えられる。しかしながら、鉄道事故などにおいて、人身損害について責任制限を約款により認めることの当否こそが、問題とされるべきであろう。もっとも、法令により、特定の契約の履行に際しての人身損害の責任制限が認められている場合は、当該約款は法令に従ったものとして、その効力が認められる。(g)のただし書き部分は、そのことを明示するものである。
【II-2-8】不当条項と推定される条項の例
約款または消費者契約の条項〔(個別の交渉を経て採用された消費者契約の条項を除く。)〕であって、次の各号に定める条項は、当該条項が存在しない場合と比較して条項使用者の相手方の利益をxxxに反する程度に害するものと推定する。
(例)
(a) 条項使用者が債務の履行のために使用する第三者の行為について条項使用者の責任を制限する条項
(b) 条項使用者に契約内容を一方的に変更する権限を与える条項
(c) 期間の定めのない継続的契約において、猶予なしに契約を解除する権限を条項使用者に与える条項
(d) 継続的契約において相手方の解約権を任意規定の適用による場合に比して制限する条項
(e) 条項使用者に契約の重大な不履行があっても相手方は契約を解除できないとする条項
(f) 法律上の管轄と異なる裁判所を専属管轄とする条項など、相手方の裁判を受ける権利を任意規定の適用による場合に比して制限する条項
提案要旨
1 【II-2-8】では、約款および消費者契約の契約条項について、条項使用者の相手方の利益をxxxに反する程度に害すると推定される不当条項リストの例を示す。
不当性を推定するリストには、【II-2-7】とは異なり、これらのリストの 1 つに該当するとしても、契約の趣旨全体および契約の性質など、当該契約における個別的な考慮して当該条項の不当性が排除されるべき場合を挙げる。したがって、約款使用者または事業者が、他の事情から、なおそれがxxxに反する程度に相手方の利益を害さないことを立証した場合には、その条項は無効とならない。
2 例示した条項リストのうち、まず、(a)は、 自己の履行補助者の行為について条項使用者が自らの責任を制限する条項は、相手方にとって取引の安全を害するものである一方、条項使用者が他人を介して契約を行うことによるリスクを不当に回避するものであって、特別の事情のない限り、相手方の利益をxxxに反する程度に害するものとする趣旨である。
また、(b)については、いったん成立した契約は、両当事者の合意によらなければ変更できないのが原則であるから、契約内容につき、条項使用者に一方的変更権を付与する条
項は、相手方の利益をxxxに反する程度に害しうるものである。もっとも、条項使用者が契約内容を一方的に変更する権限を有することに合理的な理由があり、かつ、その変更内容がそれ自体合理的である場合には、そのような条項も不当とはいえない。そこで、この種の条項は不当性を推定するにとどめる。
(c)は、期間の定めのない継続的契約において、猶予なしに契約を解除する権限を条項使
用者に与えることは、相手方の法的地位を極度に不安定にすること、また、(d)は、期間の定めの有る無しに関わらず、相手方の解約権を不当に制限することは許されないことから、不当条項と推定するものである。
また、(e)は、相手方を法律に定められた要件を超えて契約に拘束する点に、不当性を推定する根拠が見いだされる。
(f) は、相手方が裁判を受ける権利を制限し、または排除する条項について、その不当性を推定するものである。このような条項を不当条項リストに掲げるのは、契約当事者は多くの場合、紛争になったときのことまで考えずに契約を締結しており、消費者契約のみならず、約款を用いた契約においてもその点に注意が向けられることは少ないからである。
「法律上の管轄と異なる裁判所を専属管轄とする条項」をとくに例示するのは、わが国においてしばしば問題となる一つの典型例を明示する趣旨である。
【解説】
① 【II-2-8】では、約款および消費者契約の契約条項につき、条項使用者の相手方の利益をxxxに反する程度に害することが推定される不当条項リストの例を挙げる。
不当性を推定するリストには、【II-2-7】とは異なり、これらのリストの 1 つに該当するとしても、当該契約における他の事情などから条項使用者が不当性の不存在を立証した場合には、当該条項の不当性が排除される場合を挙げる。これらのリストに該当する条項については、条項使用者が相手方の利益をxxxに反する程度に害さないことを立証すれば、不当性は否定される。
② 本案に掲げた条項は、いずれも、EU 指令において同様の規定が不当条項リストにも取り込まれているものである。
③ まず、(a)「条項使用者が債務の履行のために使用する第三者の行為について条項使用者の責任を制限する条項」は、条項使用者の履行補助者の行為について、条項使用者が自らの責任を制限する条項は、相手方にとって取引の安全を害するものである一方、条項使用者が他人を介して契約を行うことによるリスクを不当に回避するものであって、特別の事情のない限り、相手方の利益をxxxに反する程度に害するものであるといえる。
④ (b)「条項使用者に契約内容を一方的に変更する権限を与える条項」は、目的物、目的とされる役務の内容、代金、支払い期限、支払方法そのほかの契約内容を条項使用者が一方的に変更できる権限を条項使用者に与えることである。いったん成立した契約は、
両当事者の合意によらなければ変更できないのが原則であり、条項使用者に一方的変更権を付与する条項は、相手方の利益をxxxに反する程度に害するものであるということができる。たとえば、学校の授業料を一方的に値上げすることができる旨の条項や、ピアノリサイタルを開催する契約において、主催者が演奏者を自由に変更する権限を有する旨の条項などがそれにあたる。もっとも、契約の性質などにより、条項使用者に契約内容を変更する権限を付与することが不当ではない場合もありうるので、不当性を推定するにとどめる。したがって、契約内容を一方的に変更することに合理的な理由があり、かつ、その変更内容がそれ自体合理的である場合、あるいは、一方的に変更したとしても相手方にとって不利益のない場合には、不当性の推定は覆される余地がある。後者の場合には、さらに、契約の性質によっては、その契約から不当な損失を被ることなく離脱する自由が確保されているかどうかなども、考慮要素となる。たとえば、上記のピアノリサイタルを開催する契約において、主催者が演奏者を変更できるのが、演奏者の病気などにより演奏者が演奏をできないなどの合理益な場合に限定され、かつ、顧客が変更後に切符の払い戻しを受けられる場合には、不当性の推定は覆ると解される。これに対して、学校の授業料の変更については、たとえば、それが大学の授業料である場合には、相手方にとっては、大学との就学契約から離脱できることに自由が確保されることに意味はないので、契約内容を一方的に変更することに合理的な理由があり、かつ、その変更内容がそれ自体合理的であるかどうかが、重要な判断要素になると考えられる。
⑤ 比較法的には、EU 指令、オーストリア消費者保護法 6-2-3、フランス消費者法典 R.132-2 条、イギリス不xx条項法 3-2b(i)、韓国約款規制法 10 条 1 号、イタリア民法 1469 条 11、オランダ民法典 6-237-c などが、正当な理由なく契約内容を一方的に変更する権限を付与する条項を無効としている。本提案も基本的には同じ趣旨である。しかし、正当な理由のないことを条項使用者の相手方や消費者が立証しなければならないのは、そのための情報が条項使用者に偏在していることから妥当ではないので、本提案においては、条項の不当性を推定することとした。
⑥ (c)「期間の定めのない継続的契約において、条項使用者に猶予なしに契約を解除する権限を与える条項または、継続的契約において相手方の解約権を任意規定の適用による場合に比して制限する条項」の前半部分は、期間の定めのない継続的契約において、条項使用者に猶予なしに契約を解除する権限を与えることは、相手方の法的地位を極度に不安定にすることから、そのような条項は不当性が推定される。また、(d)は、期間の定めの有る無しに関わらず、相手方の解約権を不当に制限することは原則として許されず、相手方の利益をxxxに反する程度に害すると推定する趣旨である。
⑦ (e)「条項使用者に重大な不履行があっても相手方は契約を解除できないとする条項」については、契約の拘束力からの解放についての法律上の要件は、契約の拘束力に関する公序規定であると解することができるので、それ以上に相手方を契約に拘束する条項は、相手方の利益をxxxに反する程度に害するものと推定される。
⑧ (f)「法律上の管轄と異なる裁判所を専属管轄とする条項など、相手方の裁判を受ける権利を任意規定の適用による場合に比して制限する条項」は、相手方が裁判を受ける権利を制限する条項を指す。裁判を受ける権利の実質性の確保は非常に重要であることから、これらについては、不当性を推定する。そのなかで、専属的裁判管轄の合意をとくに例示するのは、わが国において、この条項が問題となることが少なくないからである。(f)にあたる条項としては、管轄に関する合意のほか、約款使用者または事業者が指定する機関で仲裁を行うべき条項、条項使用者が立証すべき事柄について相手方または消費者に立証責任を転換する条項、条項使用者以外の第三者をまず訴えるべきことを定める条項などが考えられる。
(2) 消費者契約に関する不当条項リスト
【II-2-9】消費者契約に関する不当条項リスト
消費者契約については、約款による契約であると否とを問わず消費者契約の条項のみに適用される不当条項リストを、約款と消費者契約に共通の不当条項リストとは別に作成する。
不当条項リストは、それに該当すれば、条項使用者の相手方の利益をxxxに反する程度に害するとみなされるリストと、不当性が推定されるにとどまるリストを別に設けるものとする。
提案要旨
1 約款および消費者契約に共通の不当条項リストとは別に、約款によると否とに関わらず、消費者契約のみを対象とする不当条項リストを作成する。その結果、消費者契約については、【II-2-7】【II-2-8】の不当条項リストと、後掲【II-2-10】の不当条項リストが、ともに適用になる。
2 消費者契約もまた、約款による契約と同様、交渉力の構造的な格差により、契約の一方当事者である消費者が、事業者と対等に交渉を行うことを通じて契約内容形成に実質的に関与することができないことに、内容規制の必要性と正統性が存する。しかし、その一方で、消費者を特徴づけるのはその人的な属性であることにも留意する必要がある。この点からは、消費者契約における不当条項リストには、まず、必ずしも法的知識の十分ではない消費者にとって使い勝手の良いものとなるため、消費者契約における不当条項リストの内容は、消費者契約に実際に紛争が生じている条項であって、消費者によって手がか
りとなる具体的な条項を挙げることが望ましい。
また、事業者間の契約については、ある条項が直ちに条項使用者の相手方の利益をxxxに反する程度に害するものとは言いにくい場合であっても、消費者契約に射程を限定すれば、不当条項と認められる条項の外延を明確に示すことが可能であり、かつ必要な場合も存在する。後者の観点からは、【II-2-7】や【II-2-8】と同程度に抽象的な不当条項リストであっても、事業者間契約にまで適用される不当条項リストに入れることはその多様性から難しくても、消費者契約に限れば問題のない不当条項というものも考えられる。
3 不当条項リストを作成するにあたっては、【II-2-6】と同じ理由により、不当条項リストに該当すれば、ただちに当該条項が条項使用者の相手方の利益をxxxに反する程度に害するとみなされるリストと、不当条項リストに該当するとしても、なお、個別の事情により、条項使用者の相手方の利益をxxxに反する程度に害するものではないという反証を許すリストとに分けて定めるものとする。
【解説】
① 消費者契約は、約款による契約と同様、交渉力の構造的な格差により、契約の一方当事者である消費者が事業者と対等に交渉を行うことを通じて、契約内容形成に実質的に関与することができないことに、内容規制の必要性と正統性が存する。
② しかし、その一方で、消費者を特徴づけるのはその人的な属性であることにも留意する必要がある。この点からは、消費者契約における不当条項リストには、まず、必ずしも法的知識の十分ではない消費者にとって使い勝手の良いものとなるため、消費者契約における不当条項リストの内容は、消費者契約に実際に紛争が生じている条項であって、消費者によって手がかりとなる具体的な条項を挙げることが望ましい。具体的な不当条項リストを紛争の実態に応じて作成することは、消費者に対する情報提供としての役割もある。
③ 具体的な不当条項リストを民法に規定することに対しては、消費者紛争の実態にあわせて民法を随時改正することは難しいことから、消費者契約に固有の不当条項リストは、民法とは別の形式で規律することによって解決すべきであるとの批判もありうる。
しかし、不当条項の一覧性という観点からは、一般条項と、約款および消費者契約に共通する条項リストとともに、消費者契約のみに適用される不当条項リストが民法に挙げられていることは、消費者にとって便宜である。
④ また、事業者間の契約については、ある条項が直ちに条項使用者の相手方の利益をxxxに反する程度に害するものとは言いにくい場合であっても、消費者契約に射程を限定すれば、事業者と消費者という人的属性により、不当条項と認められる条項の外延を明確に示すことが可能であり、かつ必要な場合も存在する。後者の観点からは、【II-2-7】や
【II-2-8】と同程度に抽象的な不当条項リストであっても、事業者間契約にまで適用される不当条項リストに入れることはその多様性から難しくても、消費者契約に限れば問題の
ない不当条項というものも考えられる。
⑤ 消費者契約における不当条項については、現行消費者契約法 8 条が事業者の責任を免除する条項等について、また、9 条が消費者の支払う損害賠償の額を予定する条項等についてのブラックリストを掲げている。
しかし、消費者契約に関して、その効力が裁判上争われる条項は、これらの事項に限られない。比較法的に見ても、EC 指令に基づく EU 各国の規定と比較してみても、わが国の消費者契約法における不当条項リストの内容は非常に限定的である。不当条項リストが充実することは、必ずしも法的知識の十分でない消費者およびそのような消費者を支援する者にとって、紛争を解決するために有用であるのみならず、紛争予防の観点からは、消費者のみならず事業者にとっても、どのような契約条項を作成すればその有効性に問題が生じないのかについての予見可能性を高めることになり、ひいては、消費者取引における紛争の予防と取引の安全に資するという利点がある。したがって、消費者契約の不当条項リストについては、その内容を現在よりも充実させる必要がある。
⑥ 以上より、約款および消費者契約に共通の不当条項リストとは別に、約款によると否とに関わらず、消費者契約のみを対象とする不当条項リストを作成する。その結果、消費者契約については、【II-2-7】【II-2-8】の不当条項リストと、後掲【II-2-10】の不当条項リストが、ともに適用になる。
⑦ 不当条項リストを作成するにあたっては、【II-2-6】と同じ理由により、不当条項リストに該当すれば、ただちに当該条項が条項使用者の相手方の利益をxxxに反する程度に害するとみなされるリストと、不当条項リストに該当するとしても、なお、個別の事情により、条項使用者の相手方の利益をxxxに反する程度に害するものではないという反証を許すリストとに分けて定める。
【II-2-10】消費者契約に関して不当条項とみなされる条項の例
消費者契約の条項〔(個別の交渉を経て採用された消費者契約の条項を除く。)〕であって、次の各号に定める条項は、当該条項が存在しない場合と比較して消費者の利益をxxxに反する程度に害するものとみなす。
(例)
(a) 事業者が、合理的な必要性がないにもかかわらず、消費者に対する当該契約上の債権を被担保債権とする保証契約の締結を契約の成立要件とする条項
(b)
(c)
(b)
消費者の事業者に対する抗弁権を排除または制限する条項
消費者の事業者に対する相殺を排除する条項
債権時効期間につき、債権時効の起算点または期間の長さに関して、法律
の規定による場合よりも消費者に不利な内容とする条項
提案要旨
1 消費者契約の条項につき、消費者の利益をxxxに反する程度に害するとみなされる不当条項リストに挙げる条項の例を示すのが、【II-2-10】である。この不当条項リストは、消費者契約が約款による場合にも、よらない場合にも適用される。
2 このうち、(a)にあてはまるのは、たとえば、賃貸借契約において、高額な敷金の差し入れに加えて連帯保証人を求める条項などである。
このような条項は、保証人を立てることの難しい消費者にとっては、住居を選択する余地が非常に狭めるなどの結果をもたらすものであり、消費者の契約の自由を不当に制限する。他方で、事業者には、保証人を立てる以外の方法で自己の債権の履行を確保することが十分に可能な場合もあり、そのような場合に、あえて保証人を立てることを契約の成立要件として要求することは、消費者の利益をxxxに反する程度に害するといえる。
そこで、消費者が事業者に対して負う債務を担保するために他の担保があるなど、保証契約の締結に合理的な必要性がないにもかかわらず保証契約の締結を契約の成立要件とする条項を無効とするのが、(a)である。
つぎに、(b)は、交渉力において事業者に対して構造的に劣位に立つ消費者の防御的な権能を排除または制限するものであり、(c)は、それに加えて、消費者にとっての事業者に対する債権の担保を奪うものとして、消費者の利益をxxxに反する程度に害する条項といえる。
そのほか、(d)は、債権時効に関する【V-8-7】(4)が採用されることを前提に、不当条項リストの 1 つとして挙げるものである。
【解説】
① 【II-2-10】は、消費者契約のみに適用される不当条項のうち、それに該当すれば、他の事情を考慮することなく、当該条項は消費者の利益をxxxに反する程度に害するものとして無効とされる条項に含まれる不当条項の例を挙げるものである。
② このうち、まず、(a)「事業者が消費者に対する契約上の債権を担保するために保証人を立てることに合理的な必要性がないにもかかわらず保証契約の締結を契約の成立要件とする条項」に該当するのは、過度の担保の差し入れを条項使用者が契約の成立要件とする条項、具体的には、たとえば、賃貸借契約において、高額な敷金の差し入れに加えて連帯保証人を求める条項などである。
賃貸借契約や入学契約などにおいて、保証契約の締結が一種の身元保証の役割を果たしていると同時に、債権の保証の役割も有していることがしばしばある。その結果、賃借人の債務を担保するために別に敷金を受け取るにもかかわらず、保証契約の締結が求められるため、賃借人が一定の条件を備えた保証人を立てることを余儀なくされ、保証人を立てることの難しい者が住居を選択する余地が不当に狭められる状況が存在する。他方で、事業者には、保証人を立てる以外の方法で自己の債権の履行を確保することが十分に可能な場合もあり、そのような場合に、あえて保証人を立てることを契約の成立要件として要求することは、消費者の契約締結の自由を不当に制限するものであり、消費者の利益をxxxに反する程度に害するといえる。同様のことは、消費貸借契約においても存在し、そのために、消費者が、非常に条件の悪い融資を受けざるを得ないという状況が生じることがある。
そこで、消費者が事業者に対して負う債務を担保するために他の担保があるなど、保証契約の締結に合理的な必要性がないにもかかわらず保証契約の締結を契約の成立要件とする条項を無効とするのが、(a)である。
③ (b)は、交渉力において事業者に対して構造的に劣位に立つ消費者の防御的な権能を排除または制限するものであり、(c)は、それに加えて、消費者にとっての事業者に対する担保を奪う機能をも有するものとして、消費者の利益をxxxに反する程度に害する条項であるといえる。比較法的にも、EU 指令をはじめとして、ヨーロッパの多くの国でブラックリストの中に挙げられているほか、韓国約款規制法でも相当な理由なしにこれらの権利を制限する条項は無効とされている。具体的には、(b)については、オーストリア消費者保護法 6-1-7、ドイツ債務法 309 条 2b、フランス消費法典、ギリシャ消費者保護法 22-7-20、オランダ民法 6-236-c が、また、(c)については、オーストリア消費者保護法
6-1-7、ドイツ債務法 309 条 3、フランス消費法典、ギリシャ消費者保護法 22-7-22 が同様の規定をおいている。
④ そのほか、(d)は、債権時効に関する【V-8-7】(4)が採用されることを前提に、不当条項リストの 1 つとして挙げるものである。
【II-2-11】消費者契約に関して不当条項と推定される条項の例
消費者契約の条項〔(個別の交渉を経て採用された消費者契約の条項を除く。)〕であって、次の各号に定める条項は、当該条項が存在しない場合と比較してxxxに反し消費者の利益を一方的に害するものと推定される。
(例)
(a) 契約の締結に際し、入会金、前払い金、授業料、預かり金、担保その他の名目で事業者になされた給付を返還しないことを定める条項 ただし、本法その他の法令により事業者に返還義務が生じない部分があるときはそれを超える部分
(b) 消費者が法律上の権利を行使するために事業者の同意を要件とし、または事業者に対価を支払うべきことを定める条項
(c) 事業者のみが契約の解除権を留保する条項
(d) 条項使用者の債務不履行の場合に生じる相手方の権利を任意規定の適用による場合に比して制限する条項
(e) 消費者による債務不履行の場合に消費者が支払うべき損害賠償の予定または違約金を定める条項 ただし、当該契約につき契約締結時に両当事者が予見しまたは予見すべきであった損害が事業者に生じているときはその損害の額を超える部分
(f) 当該契約に基づき支払うべき金銭の全部又は一部を消費者が支払期日(支払回数が 2 以上である場合には、それぞれの支払期日。以下この号において同じ。)までに支払わない場合における損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項 ただし、当該契約につき契約締結時に両当事者が予見しまたは予見すべきであった損害が事業者に生じているときはその損害の額を超える部分
提案要旨
1 消費者契約の条項につき、消費者の利益をxxxに反する程度に害すると推定される不当条項リストに挙げる条項の例を示すのが、【II-2-11】の趣旨である。これらのリストには、【II-2-10】と同様、法律に必ずしも通暁していない消費者にとって手がかりとなるような具体性のある条項、および、事業者との関係で情報力・交渉力において劣る消費者の人的属性ゆえに、消費者との関係で内容規制をする必要性および正統性のある条項とがある。
2 【II-2-11】条項は、【II-2-10】の場合と異なり、不当条項リストに該当したとしても、他の事情により、当該条項がxxxに反する程度に消費者の利益を害さないことを事業者が立証すれば、無効とはならない。
3 このうち、(a)は、契約の締結に際して条項使用者になされるべきあらゆる給付であって、いったんなされたならば、どのような理由があってもの返還しない旨定める条項をいう。具体的には、入学金、授業料や会費の前払い、賃料の前払いなどが想定されている。
(b)は、消費者が法律上の権利として認められている行為を行うために事業者の同意を要求し、あるいは、当該行為を行う対価の支払いを求める条項をいう。
(c)については、各当事者がそれぞれに解除権を特定の場合に留保することには問題がないが、事業者だけが一方的に解除権を留保するのは、契約の相互性から見て消費者の利益をxxxに反する程度に害するものと推定することができる。
(d)は、条項使用者の契約不履行につき、過失による場合に相手方の権利を制限する条項である。故意または重大な義務違反の場合にも相手方の権利を制限するのは、契約の拘束力を実質的に失わせるものであって当然に無効とされるのに対し、過失の場合についてのみ相手方の権利を制限する条項については、個別の事情に基づく反証を許容する趣旨である。
(e)および(f)は、現行消費者契約法 9 条 1 号および 2 号と同様の趣旨に基づく。ただし、消費者契約法では、事業者の平均的な損害の額を超える部分が無効とされているのに対し、本提案は、条項の有効性は当該契約について個別に判断されるべきであるという考え方に基づき、当該条項が存在しない場合には、当該契約につき事業者が実損害として請求しうる部分を基準とする。すなわち、基準となるのは、【I-7-5】により、契約締結時に両当事者が予見しまたは予見すべき事業者の損害である。そして、契約の性質・構造などにより、当該契約によって両当事者が予見しまたは予見すべき事業者の損害を超える部分の金銭についても事業者が一定の金額を得ることによりその契約全体の費用がまかなわれているなどの特別の事情がある場合には、それでもなお当該条項が消費者の利益をxxxに反する程度に害さないことを事業者が立証すれば、その部分については、当該条項の有効性が認められる余地はある。
【解説】
① 消費者契約の条項につき、消費者の利益をxxxに反する程度に害すると推定される不当条項リストに挙げる条項の例を示すのが、【II-2-11】である。これらのリストには、
【II-2-10】と同様、法律に必ずしも通暁していない消費者にとって手がかりとなるような具体性のある条項、および、事業者との関係で情報力・交渉力において劣後する消費者の人的属性ゆえに、消費者との関係で内容規制をする必要性および正統性のある条項とが考えられる。
② 他方、【II-2-11】に含まれる条項は、【II-2-10】におけると異なり、当該条項が消費者の利益をxxxに反する程度に害することを推定されるにとどまる。したがって、該当する条項についても、他の事情により、当該条項がxxxに反する程度に消費者の利益
を害さないことを事業者が立証すれば、無効とはならない。
③ この不当条項リストは、消費者契約が約款による場合にも、よらない場合にも適用される。【II-2-10】の場合と同じである。
④ まず、(a)「契約の締結に際し、入会金、前払い金、授業料、預かり金、担保その他の名目で事業者になされた給付につき、いかなる理由があっても返還しないことを定める条項」は、契約の締結に際して条項使用者になされるべきあらゆる給付であって、いったんなされたならば、どのような理由があってもの返還しない旨定める条項をいう。具体的には、入学金、授業料や会費の前払い、賃料の前払いなどが想定されている。
⑤ これらの条項については、たとえば、解約手付や適法な損害賠償の予定が定められたものとして、法律上、条項使用者が当該金銭を返還しないことに法的な理由がある場合、不返還条項は、それを越える部分についてのみ無効とすべきか、あるいは、全部無効とした上で法令などによる無効の補充をすべきか、が問題となる。
これは、約款および消費者契約の特定の条項の一部が、不当条項であることを理由に無効となった場合の効力一般に生じる問題であり、一部無効を認めると、条項使用者は、いずれにしても一部は有効性が認められることを見越して、当該契約条項を使用することとなり、結果として、不当条項の存在を助長する結果となりかねない。したがって、適正な約款および消費者契約条項の作成を促進するためには、約款および消費者契約については、条項の一部無効を否定することが必要である。
そして、このような場合に、条項を全部無効としたうえで、無効部分を法令により補充するとしても、事業者は法令によって返還義務を負わない金銭については自らのものとすることができる点では、条項の一部無効を認めるのと同じであり、条項を全部無効とすることにより、事業者に不当な結果をもたらすものではない。
そこで、一般的には約款および消費者契約の条項については、一部無効ではなく全部無効を認めるべきであるといえる。しかしながら、不当条項と推定される条項を列挙する場合には、具体的な条項が挙げられており、その場合には、消費者にとっての使いやすさという観点から、端的に、本法その他の法律により事業者に返還義務が生じない場合には、それを超える部分についてのみ無効となることを明示することが適切なのではないかと考えられる。
したがって、条項の一部について、たとえば、解約手付や適法な損害賠償の予定が定められたものとして、法律上、条項使用者が取得する権利がある部分については、条項が相手方に一方的に不合理であると推定されないものとする。
この点、最判平 18・11・27 民集 60 巻 9 号 3732 頁は、大学の在学契約における学納金不返還特約につき、授業料等に関する部分は,在学契約の解除に伴う損害賠償額の予定又は違約金の定めの性質を有するものとして、当該条項が有効である以上、大学はその返還義務を負わないと判断している。本提案によれば、損害賠償額の予定として有効かどうかは、(e)によることになるが、損害賠償の予定であると判断された場合には、(e)により
事業者が保持することのできる部分以外の部分について、不返還特約は条項使用者の相手方の利益を一方的に害するものと推定される。
⑥ なお、(a)については、不当性を推定するのではなく、当然に無効とすべきであるとも考えられるが、入会金など、その金額が適正であれば、所定の事務手続きの費用として、いったん手続きをした以上その後に返還しないこと正当な理由がある場合も存するのであり、その場合には、それを条項使用者が立証できれば、不当性は否定される。
⑦ つぎに、(b)「消費者が法律上の権利を行使するために事業者の同意を要件とし、または事業者に対価を支払うべきことを定める条項」は、相手方に法律上の権利として認められている行為を行うために条項使用者の同意を要求し、あるいは、当該行為を行う対価の支払いを求める条項をいう。後者の例として、たとえば、不動産賃貸借契約の更新料について、更新料を更新の対価であると考えれば、正当事由のない限り賃貸人は更新拒絶できないにもかかわらず、更新料を求める条項は正当な権利行使に対価を求めるものであって不当であると推定しうる。
⑧ (c)「事業者のみが契約を解除する権利を留保する条項」は、EU の多くの国で不当条項リストに入れられている条項である。各当事者がそれぞれに解除権を特定の場合に留保することには問題がないが、事業者だけが一方的に解除権を留保するのは、契約の相互性から見て消費者の利益をxxxに反する程度に害するものと推定することができる。
⑨ (d)「条項使用者の債務不履行の場合に生じる相手方の権利を任意規定の適用による場合に比して制限する条項」は、条項使用者が引き受けた事由によって生じた債務不履行が生じた場合に、相手方の権利を制限する条項である。このような場合のうち、条項使用者が故意またはその重大な義務違反により生じた債務不履行による損害賠償責任を全部または一部免除する条項は、相手方の権利を制限するのは、【II-2-7】(c)または(d)により、契約の拘束力を実質的に失わせるものであって当然に無効とされる。これに対し、そうではない場合についてのみ相手方の権利を制限する条項については、個別の事情に基づく反証を許容する趣旨である。
⑪ (e)「消費者による債務不履行の場合に消費者が支払うべき損害賠償の予定または違約金を定める条項」は、現行消費者契約法 9 条 1 号と同様の趣旨に基づく。同号は、解除原因について何の限定もおいていないが、それが、消費者の債務不履行を原因とする解除に伴う損害賠償の予定または違約金の定めであれば、(e)に該当する。これに対して、消費者による解除権行使の対価として当該金額の支払いが違約金として消費者に課されている条項は、本提案では(b)に該当する。また、本提案では、消費者契約法 9 条 1 号と異なり、損害賠償の予定または違約金の定めが、解除に伴うものである場合に限定されていない。したがって、消費者の債務不履行があった場合の損害賠償の予定または違約金の定めであれば、その対象となる。
⑫ ところで、消費者契約 9 条 1 号によれば、「損害賠償または違約金の額を合算した額が当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同
種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害を超えるもの 当該超える部分」が無効となる。これに対して、(e)では、当該条項のうち、「当該契約につき契約締結時に両当事者が予見しまたは予見すべきであった損害が事業者に生じているときはその損害」については、不当性の推定は及ばない。その立証は、事業者がしなければならない。条項の有効性は当該契約について個別に判断されるべきであるので、基準となるのは、当該条項が存在しない場合には、当該契約につき事業者が実損害として請求しうる部分であることを理由とする。すなわち、当該条項が消費者の利益をxxxに反する程度に害するかどうかは、当該条項が存在しない場合と比較して判断するのが原則であることからすれば、基準となるのは、【I-7-5】により、契約締結時に両当事者が予見しまたは予見すべき事業者の損害である。実際、消費者契約法 9 条 1 号に対しては、「当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ」、同種契約について生ずべき平均的損害は、複雑な要素を含むものであり、相手方に主張立証させることは不可能を強いるに近いという批判がある。本提案は、当該契約により当該条項がなければ事業者が消費者に請求しうる損害賠償の額を基準とすることにより、基準を単純・明確にするものである。そのうえで、契約の性質・構造などにより、当該契約によって両当事者が予見し予見すべき事業者の損害を超える部分の金銭についても事業者が一定の金額を得ることによりその契約全体の費用がまかなわれているなどの特別の事情がある場合には、それでもなお当該条項が消費者の利益をxxxに反する程度に害さないことを事業者が立証すれば、その部分については、等当該条項の有効性が認められる余地はある。この点で、本提案は、当該条項がなければ事業者が当該消費者に賠償請求しうる損害の額を超える部分について当然に無効とするのではなく、不当性を推定するにとどまるが、消費者契約法 9 条 1 号が同種の消費者契約における平均的損害を基準としているのに対して、当該契約における損害を基準とした上で、なお、契約ごとの個別の事情を考慮する余地を残すものであって、消費者契約法 9 条 1 号と比較して消費者に不利益となるものではなく、かつ、消費者・事業者の双方にとって、透明性の高い基準といえる。
⑬ (f) は、消費者契約法 9 条 2 号と同様の趣旨を定める。消費者契約法 9 条 2 号は、消費者の損害賠償責任額を、消費者が契約に基づく金銭債務の支払を遅延することにより事業者に生じる平均的な損害としつつ、無効とすべき上限利率については、中小企業倒産防止共済法(10 条、10 条の 2、16 条)、賃金の支払の確保等に関する法律(6 条)、建設業法(24 条の 5)などにおいて遅延損害金の上限が年 14.5%であること、および、実際に世間で使用されている契約書の多くで、遅延損害金が年 14.5%であることなどから、年
14.5%としている。これに対して、本提案では、(e)についてと同様の理由で、当該契約につき契約締結時に両当事者が予見しまたは予見すべきであった事業者の損害を基準としたうえで、それを越える部分について不当性を推定し、事業者が、その部分につき条項が消費者の利益をxxxに反する程度に害さないことを立証した場合には、その有効性を認める余地を残す。
V 不当条項の無効と契約の効力
【II-2-12】条項の無効と契約の効力
条項の無効の効果および、必要な場合の条項の補充については、法律行為の無効に関する規定を適用する。
提案要旨
約款または消費者契約の特定の条項が、不当条項であることを理由に無効とされた場合、他の条項の効力にその影響が及ばないこと、条項が無効とされたことによる補充が必要な場合の方法は、法律行為の一部が無効の場合と同様である(【II-4-7】ないし【II-4-9】参照)。したがって、法律行為の無効に関する規定を、この場合にも適用する。
【解説】
① 約款および消費者契約の特定の条項が不当条項であることを理由に無効となった場合の契約の効力は、法律行為の一部が無効となる場面の 1 つである。法律行為の一部が無効となった場合については、原則として残部に影響を及ぼさないことは、法律行為の一部が無効となった場合と原則として同じであるので、それによる。
② また、特定の条項が無効とされた場合に、当該条項の補充についても、法律行為の無効に関する準則が約款および消費者契約の条項にも該当する。
したがって、これらの点については、法律行為の無効に関する規定を約款および消費者契約の条項にも適用するものとする。
VI 不当条項の使用によって生じた損害の賠償
【II-2-13】不当条項の使用により相手方に生じた損失の償還
【II-2-5】ないし【II-2-11】に該当する無効な条項を使用した者は、その条項が存在しなければ相手方が被らなかった損失を償還する責任を負う。
提案要旨
不当条項の内容によっては、条項を無効としただけでは、相手方の救済として十分ではないことがありうる。
たとえば、継続的契約において、商品の引渡場所が一方的に変更されたために、商品の運送に費用が余計にかかった場合、当該条項を無効とすることは、将来の履行について引渡場所を変更前の場所で行うことができるという利益があるが、すでになされた出費については、条項の効力を否定するだけでは、相手方の原状を回復することはできない。このような場合には、同時に、相手方に対し、無効な条項の存在により被った損失の償還を受けるのを認めることが必要である。
そして、相手方が被ったこの損失は、条項使用者が本来使用してはならない不当条項を使用したことによって相手方に生じたのであるから、条項使用者は、その原状回復義務の一環として、自分が使用した無効な条項によって相手方に生じた損失を償還すべき義務を負うとするのが、【II-2-13】の趣旨である。
【解説】
① 不当条項が無効とされた場合、その条項に基づく契約の履行請求はできず、また、すでに何らかの履行がされていた場合には、原状回復がなされるべきことは、一般原則による場合と同様である。
② しかしながら、不当条項の内容によっては、条項を無効としただけでは、相手方の救済として十分ではないことがありうる。
このことは、とりわけ、継続的な契約において問題となる。たとえば、継続的契約において、商品の引渡場所が一方的に変更されたために、商品の運送に費用が余計にかかった場合、当該条項を無効とすることは、将来の履行について引渡場所を変更前の場所で行うことができるという利益があるが、すでになされた出費については、条項の効力を否定するだけでは、相手方の原状を回復することはできない。このような場合には、同時に、相手方に対し、無効な条項の存在により被った損失の償還を受けるのを認めることが必要である。
そして、相手方が被ったこの損失は、条項使用者が本来使用してはならない不当条項を使用したことによって相手方に生じたのであるから、条項使用者は、その原状回復義務の一環として、自分が使用した無効な条項によって相手方に生じた損失を償還すべき義務を負うとするのが、【II-2-13】の趣旨である。
③ すなわち、【II-2-13】によれば、不当条項を含む契約を締結した相手方が、その条項が有効であることを前提として行動したことにより、当該条項がそもそも存在しなければ被らなかったであろう損失を条項使用者に求めることができる。
その損失には、上の例のように、相手方が無効な条項の有効性を前提として出捐した費用のほか、たとえば、次のような例が考えられる。B は、売主 A の作成した約款を用いた売買契約により、輸入業者 A から、A が独占的に輸入している商品甲を継続的に輸入し、 C などに継続的に転売していた。ところが、当該約款に A が一方的に商品の代金を改定できる旨の条項があり、これに基づき、A は商品甲の代金を 3 倍に値上げした。B は、C らとの売買契約においては、甲の代金につき、原産地における甲の時価の変動を代金に反映させる条項は定めていたものの、A による一方的な代金の変更に対応していなかったため、 B は C らに従来の契約通りの値段で売却せざるをえなかった。
このような場合に、A による一方的な代金の改定権を定める条項の無効を理由として、 B は、A に対して、改訂前の代金と改訂後の代金との差額に、C らへの契約に基づいて Bが甲を売却した個数を乗じた金額について償還を求めることができる。