翌日、Yは、Xに買付証明書を送付し、Xから区画割図を受け取った。区画割図(Yの算出面積約1000m2)と当初の書面記載の面積(826.70m2)との間に齟齬が あったため、 YはXに問い合わせたが、明確な回答がないまま買付期限(同年5月末)が経過した。
最近の判例から
⑴−媒介契約の成立−
媒介契約書を作成せずに行ったxx業者の媒介行為について、媒介契約の成立が認められた事例
(名古屋高判 平24・9・11 判時2168-141) xxxxx
xx業者が、土地の買主との間で媒介契約を締結し、媒介により土地売買契約が成立したと主張し、買主に対して報酬を請求した事案において、原審はxx業者の請求を一部認容したため、買主が控訴したが、原審の判決は相当であるとして買主の控訴を棄却した事例(名古屋高裁 平成24年9月11日判決 判例時報2168号141頁)
1 事案の概要
xx業者X(原審原告、被控訴人)は、平成22年4月8日、買主Y(原審被告、控訴人)に代金4000万円で本件土地の購入者を募っている旨の書面を送付した。
翌日、Yは、Xに買付証明書を送付し、Xから区画割図を受け取った。区画割図(Yの算出面積約1000m2)と当初の書面記載の面積(826.70m2)との間に齟齬があったため、 YはXに問い合わせたが、明確な回答がないまま買付期限(同年5月末)が経過した。
同年6月22日、XはYに、本件土地の面積は1016m2で金額は4800万円になると電話連絡をし、翌日、YはXに、買付期限を同年7月末までとする買付証明書を送った。
Xは、Yからの求めにより、本件土地の所有者Aほか3名作成の売渡承諾書を取り付け、同年7月21日、これをYに送信した。
Xは、同年8月4日、本件土地の売買契約書及び重要事項説明書の案をYに送信した。これらの書面には、媒介業者あるいは宅地建物取引業者として、甲、乙、Xの3社が記載
されていた。 Y代表者、X取締役B、甲代表者、乙代表
者及び測量士らは、同年8月半ばころ、本件土地の現地調査を行い、本件土地にCの建物が越境していることが判明した。
Yは、当初提示された区画割図どおりの形状にして売り渡すよう強く求めた。
Xは、Yの意向に沿って甲及び乙を通じて Cとの交渉を行ったが、越境状態を解消するには至らず、Yに連絡しないでいた。
Xは、同年10月26日、Yが直接売主と話をするとの申し出を承諾し、Y代表者はBとともにA宅を訪問した。Yは、翌日、X及びAに対し、本件土地を角の欠けたままの状態で買い取る旨伝えた。
YとAらとは、同年11月7日、本件売買契約を締結した。
上記契約締結には、甲及び乙の代表者並びにBが立ち会い、売買契約書及び重要事項説明書には、媒介業者ないし宅地建物取引業者として甲、乙、Xの3社の記載があった。
Xは、平成23年1月6日ころ、Yに電話をかけ、媒介契約書の作成をするように求め、 Yは50万円なら払ってもよい旨返答した。
Xは、同月12日、乙の従業員らとともにYの事務所を訪れ、Yに対し報酬の支払いを求めた。なお、Xと乙との間では、媒介報酬を折半することとなっていた。Yは、75万円という金額を提示したが、合意に至らなかった。
同月13日、本件売買契約の決済が行われ、 Bもこれに立ち会った。
Xが手数料154万1925円の支払いを求めYを訴え、原審(名古屋地判平成24年3月30日)は75万円の支払いを認めたため、これを不服とするYが控訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Yの控訴を棄却した。
⑴ YとXは、Yが平成22年4月9日にXへ買付証明書を送付したことにより、媒介契約を締結し、買付期限が、何ら売買契約に向けた交渉の進展を見ることなく経過したことにより失効したものというべきである。
しかし、Yが、同年6月22日、Xから新たに示された条件に従い、改めて買付証明書を発行したことからすれば、YとX間において、同日、改めて本件媒介契約が締結されたものと認めるのが相当である。
⑵ XからYへの連絡が途絶えたのは、Cとの交渉が進展しなかったためであるところ、その時点でXが売買契約成立に向けての行為を断念したとは認められないし、その後に締結された本件土地の売買契約書及び重要事項説明書にXが媒介業者ないしは宅地建物取引業者として記載され、Bが本件売買契約の締結及び決済に立ち会っていることからすれば、本件媒介契約が同年8月半ば過ぎ頃に終了したと認めることはできない。
そして、その後、Bは、本件売買契約の成立までYと売主側との窓口役として行動したことが認められるから、これらはXの媒介行為であると評価することができ、本件売買契約の成立との間には因果関係があるものというべきである。
⑶ 本件媒介契約において、報酬金額の明示の取り決めがされたことを認めるに足りる証拠はない。もっとも、無報酬とする旨の特約の存在を認めるべき証拠もないことからすれ
ば、本件媒介契約においては、YがXに対し相当報酬額を支払う旨の黙示の合意が成立していたと認められる。
XとYとの間には本件媒介契約以前に2回の媒介取引があるが、常に国土交通省告示で定められている最高額による報酬が支払われていたものではないことが認められる。
このことに、Yが本件売買契約締結後のBとの交渉において75万円の支払いを呈示したこと、Xが、Yに対して本件土地を紹介した上、媒介業者としての業務に従事してきたこと、Xが乙との間で媒介報酬を折半することを合意しており、Xが請求する額が実質的に乙の分を含んでいること、他方で、Xが、Cによる越境の事実を看過した上、その後の交渉経過を報告することなくYに対する連絡を途絶えさせるなど、媒介業者としての対応に不十分な点があったといえることなどの諸事情を総合考慮すれば、本件媒介契約の報酬額としては、75万円と認めるのが相当である。
3 まとめ
本事案において、媒介契約書面の作成はなかったものの、取引交渉経過から黙示の媒介契約の成立が認められた。入札要項の交付と入札書の提出により媒介契約の成立が認められた事例(平成23年3月9日東京高判 RETIO 86-84)、買付証明書記載の有効期限をもって媒介契約の有効期間として有効期間の経過により媒介契約の効力を失ったとした事例(平成22年1月27日東京地判 RETIO80-150頁)も併せて参考とされたい。
xx業者には媒介契約の内容を書面として相手方に交付する義務があることを改めて確認し(xx業法34条の2第1項)、報酬トラブルが生じないよう、取引の早い段階で書面化することが望まれる。
(調査研究部調査役)
最近の判例から
⑵−がけ条例の説明義務−
売主業者及び媒介業者のがけ条例の重説義務違反並びに 売主業者の軟弱地盤に係る瑕疵担保責任が認められた事例
(東京地判 平24・5・31 ウエストロー・ジャパン) xx xx
媒介業者の仲介により売主業者から土地を購入した買主が、がけ条例の適用の調査・説明を怠ったとして両業者に不法行為による損害賠償を、また軟弱地盤であったとして売主業者に瑕疵担保責任に基づく損害賠償を求めた事案において、いずれの損害賠償も一部が認容された事例(東京地裁 平成24年5月31日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
買主Xは、平成22年2月25日、媒介業者Zの仲介により売主業者Yから3870万円で土地
(以下「本件土地」という)を購入した。本件売買契約書及び重要事項説明書には、以下の記載(特約等)がある。
ア 本物件において、建築物を建築する際に、建築を依頼した施工業者等に地盤調査、地耐力調査を要請されることがあり、その結果によっては地盤補強工事等が必要となる場合があります。(略)それらの調査費用及び地盤補強工事等が必要になった場合に発生する費用については、買主負担となります。
イ 本物件は、xxx安全条例第6条(以下「がけ条例」という)の制限に関する条例を受ける場合があります。
Xは、本件売買契約締結にあたり、Zに対して、がけ条例の適用の有無を尋ねたところ、正確には分からないとして、Yに聞くよう答え、Yは適用があっても問題なく対応が可能と答えた。また、XはYから建物参考プランについて説明を受けたが、がけ条例や地盤補
強工事については説明されなかった。
その後、Xは一級建築士Gに設計を依頼したところ、Gから、本件土地にがけ条例の適用があり、建物はRC構造にする必要があること、及び地盤が軟弱であり地盤補強工事等に777万円が必要になるとの指摘を受けた。
そこで、Xは調査・説明義務違反として、 Y及びZに対し、不法行為等に基づき損害賠償等を求めるとともに、当該土地が軟弱地盤であったとして、Yに対し、瑕疵担保責任に基づき損害賠償等を求めたものである。
2 判決の要旨
裁判所は、以下のとおり判示してXの請求を一部認容した。
⑴ がけ条例の適用の有無に関する調査・説明義務違反の有無等
認定のとおり、Xは、本件売買契約を締結するに当たり、予算の上限を5300万円とした上で、本件参考プランの参考価格1430万円を木造の建物の建築に必要な費用の基準として、本件土地の代金額を3870万円とすることを希望したものであり、建物の建築費用について、1430万円を超えるような事由があるかどうかということに大きな関心を持っていたものと認められる。現に、Xは、Yらに対し、がけ条例の適用の有無について質問していることは、上記認定のとおりである。そうすると、本件土地にがけ条例の適用があるかどうかということは、Xが本件売買契約を締結するに当たっての重要な要素であったというべ
きである。
したがって、宅地建物取引業者であるY及びZは、Xに対し、がけ条例の適用の有無について、十分に説明すべき義務を負うものであり、これを怠った場合には、Xに対し不法行為責任を負う。
⑵ 本件土地の地盤に隠れた瑕疵があるか 証拠によれば、本件土地については、地盤
が十分ではなく、木造、RC構造を問わず、
2階・地下1階建ての建物を建てる場合には、不同沈下の可能性が懸念されることから、地盤の強化を図るための地盤補強工事が必要となることが認められる。
本件土地に地盤補強工事が必要であることは、本件売買契約の目的物の隠れた瑕疵に当たるというべきであるから、Yは、Xに対し、瑕疵担保責任を負う。
しかし、Yにおいて、本件土地は地盤補強工事等が不要な土地であり、仮に地盤補強工事等が必要とされる場合であっても、一般的に1430万円の範囲内で建物を建てることができると受け止められてもやむを得ない説明をしたものであり、がけ条例についてと同様に、本件土地の地盤の硬軟の程度が建物の建築費用に全く影響せず、本件土地上に建物を建てる場合に何ら影響を及ぼすことのない事象を記載した定型の不動文字にすぎないとの誤解を生じさせたといわざるを得ない。
そうすると、本件土地は、地盤補強工事等が実質は不要なものとして売ったものと認められるから、本件土地に地盤補強工事が必要であることは隠れた瑕疵に当たり、Yは瑕疵担保責任を免れるものではない。
⑶ 損害の有無及び額
① がけ条例についての説明義務違反により生じた損害
証拠によれば追加建築費用633万円余及び追加設計費用58万円余のほか、家賃6か月分
61万円、慰謝料150万円、弁護士費用90万円の合計1021万円余と認められる。
② 軟弱地盤により生じた損害
証拠によれば、本件土地の地盤補強工事等の費用は、およそ750万円程度が必要となることが認められるから、その額が瑕疵担保責任に基づく損害となるというべきである。
よって、Xの請求は、Y及びZ各自に対し、不法行為に基づく損害賠償として1012万円余、 Yに対し、瑕疵担保責任に基づき750万円の支払を求める限度で、それぞれ理由がある。
3 まとめ
本件では、売買契約書及び重要事項説明書に、がけ条例の適用の可能性がある旨及び地盤補強工事等の費用を買主が負担する旨の記載があったが、買主の質問に対して、がけ条例の適用があっても対応可能である、本件土地の付近では地盤補強工事も大丈夫だろうという趣旨の回答をしたなどと認定され、売主及び媒介業者の責任が認められた。
本件媒介業者のがけ条例に対する説明が全く不十分であることは明白といえる。また、売主業者は、地盤について「地盤調査や地盤補強工事が必要となる場合がある」と説明していることで瑕疵責任はないと主張しているが、判決の通り、このような説明で瑕疵担保責任が免責されることはないことに注意が必要である。実務で、参考になる事例である。
最近の判例から
⑶−媒介契約と売買契約の関係−
xx業者が、不動産を媒介ではなく直接買い受ける取引においては、媒介契約によらずに売買契約によるべき合理的根拠を具備する必要があるとした事例
(xxx判 平24・3・13 判タ1383-234) x xx
不動産の売主の子が、当該不動産を買い取って同日に転売したxx業者が差額を利得したことについて、xx業者及びその担当者に対し、不法行為に基づき差額分の損害賠償を請求した事案において、顧客が不動産を売却する際に、xx業者が媒介ではなく直接買い受ける取引においては、媒介契約によらずに売買契約によるべき合理的根拠を具備する必要があり、これを具備しない場合には、xx業者は売買契約による取引ではなく媒介契約による取引に止めるべき義務があるとした事例
(福岡高裁 平24年3月13日判決 上告 判例タイムズ1383号234頁)
1 事案の概要
X(控訴人)の母親であるA(死亡)は、xx業者Y1(被控訴人会社)の従業員であるY2(被控訴人)に対し、本件物件の売却に関する業務を依頼した。Y2は、隣接する土地の所有者Bに対し購入を勧め、Bが2100万円で購入することを承諾したところ、Y1において、本件物件をAから1500万円で買い取り、同一日にBに対し2100万円で売却し、これら契約における売買代金は同日に支払われた。
本件は、Xが、Y1が差額600万円を得たことについて、Y1及びY2に善管注意義務ないし誠実義務違反があるとして、主位的に、不法行為に基づき、Y1及びY2に対し、連帯してAが被った損害600万円及び遅延損害
金の支払を求め、予備的に、債務不履行ないし不当利得に基づき、Y1に対し、600万円及び遅延損害金の支払を求めた事案である。これに対し、Y1及びY2は、A・Y1間 の売買契約の利点について、スピード、確実
性、安心感を挙げて合理性がある旨主張した。原審(福岡地裁)は、債務不履行等の事実
はないとして、Xの請求をいずれも棄却したところ、Xが控訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示し、原判決を変更した。
⑴ Y1及びY2による不法行為の有無
xx業法46条がxx業者による代理又は媒介における報酬について規制しているところ、これは一般大衆を保護する趣旨をも含んでおり、これを超える契約部分は無効であること(最高裁昭和45年2月26日第xx法廷判決)並びにY1及びY2はxx業法31条1項によりxxxx義務を負うこと(なお、その趣旨及び目的に鑑み、同項の「取引の関係者」には、xx業者との契約当事者のみならず、本件のように将来xx業者との契約締結を予定する者も含まれると解するのが相当である。)からすれば、xx業者が、その顧客と媒介契約によらずに売買契約により不動産取引を行うためには、当該売買契約についてのxx業者とその顧客との合意のみならず、媒
介契約によらずに売買契約によるべき合理的根拠を具備する必要があり、これを具備しない場合には、xx業者は、売買契約による取引ではなく、媒介契約による取引に止めるべき義務があるものと解するのが相当である。
⑵ 媒介契約によらずに売買契約による合理的根拠の有無
① 売買と転売の両取引について、Aからは何ら苦情は出ず、死亡するまでAはY2やその家族と親密な関係にあったことからすれば、Aの意に反したものとは認められない。
② 媒介契約によらずに売買契約による利点が存在していたかについては、
・ 「スピード」については、Aが売却の意向を示してから契約まで半年以上が経過していること、
・ 「確実性」については、売買と転売は同一日に行われており、Y1は契約を締結しない余地が残されていたこと、
・ 「安心感」については、売買契約において、瑕疵担保責任の免除等Aにとって有利な条項はない上、転売契約においても、Y1に有利な特約を結ぶとともに、物件の問題点を重要事項説明書に記載して瑕疵担保責任の対象から除外する措置によりA・B間の売買契約であっても紛争の顕在化を防止することはできたことから、両取引による利点の存在を認めることはできない。
③ 以上によれば、Aにおいて、本物件の売却について媒介契約ではなく売買契約により行い、Y1が600万円もの差益を得たことについて、合理性を説明することはできないから、Y1及びY2には、少なくとも合理的根拠が具備されていないにもかかわらず売買契約で取引を行った過失が認められるから、Xに対し、共同不法行為として連帯して損害賠償をする義務を負う。
⑶ Y1及びY2の不法行為による損害
Y2は、媒介契約におけるのと同様に、売却先を確保し、売買契約を締結するのに必要な行為を行ったことが認められ、本物件が 2100万円で売却された場合の媒介手数料の上限金額は国土交通省告示によれば72万4500円となり、Aの損害は、差益600万円ではなく媒介手数料72万4500円を控除した527万5500円の範囲とするのが相当である。
3 まとめ
本件は、売主から物件の売却に係る媒介業務を依頼されたxx業者が、売却先を探す過程で購入希望者を確保しておき、自ら購入して転売することによる差益を得たことについて、媒介契約によらずに売買契約により不動産取引を行うべき合理的根拠を具備する必要があるとの新たな判断基準を示し、詳細な検討を加えた判示として、実務上参考になる。xx業法46条は、消費者保護の趣旨もあっ て代理・媒介手数料の上限額について規定しており、この上限額を超える転売利益を得る行為を無限定に認めては、同条2項を潜脱す
ることになるとの判断である。
そもそも、媒介契約によるか売買契約によるかという論点は、xx業者が、民法644条の善管注意義務を負うとともに、xx業法31条
1項のxxxx義務及び同法34条2項の取引 態様の明示義務を負うこと、同法47条1号の業務に関する禁止行為にも幅広く関連しており、xx業者の基本に立ち戻るものであろう。なお、類似の判例としては、浦和地判・昭
和58年9月30日(判タNo520-166)、東京地判・昭和37年4月23日(ジュリストNo868-88)があるので、参考とされたい。
(調査研究部長)
最近の判例から
⑷−売主の説明責任−
長期間賃借して使用していた土地建物を賃借人に売却した売主に、アスベスト使用及び土壌中のヒ素の存在についての説明義務は無いとした事例
(東京地判 平24・8・9 ウエストロー・ジャパン) xx xx
建物及びその敷地を約45年間賃借していた者が、建物及びその敷地を賃貸人から購入し、購入から約8年後に建物の建替えをしようとしたところ、建物にアスベストが使用されていたことが判明し、土地に基準を超える濃度のヒ素が存在したとして、売主には、建物のアスベストの存在及び土地のヒ素の現況を調査し、事前に撤去するか買主に説明する義務があったとして、売主に対し、不法行為に基づき、除去費用の一部及び遅延損害金の支払を求めた事案において、いずれも棄却された事例(東京地裁 平24年8月9日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
⑴ 平成11年4月、医療法人X(原告)は、鉄鋼の製造加工・販売を目的とする法人Y
(被告)から、XがYより昭和30年頃から賃借して病院、診療所等として利用していた建物( 約3675m2)及びその敷地(約 3874m2)を、現状のままとの約定で、代金15億7千万円で購入した。
⑵ 平成19年7月、Xは、建物の建替えを計画し、建物の調査を行ったところ、アスベストが使用されていることが判明した。また、同年12月に行った土壌検査で、土地から基準値の5.5倍のヒ素が検出された。
⑶ 本件土地建物の賃貸借開始前の土地利用状況及び本件建物の建築・増築等の経緯は
次のとおりである。
①昭和14年、Yは、本件土地を売買により取得し、昭和16年~ 18年までの間、本件土地上で、船舶や機械の歯車や軸受に利用される銅とアルミニウムの合金の加工・保管を行っていた。
②昭和29年~ 30年頃、Yは、本件建物を建築した。なお、この建築工事においてアスベストは使用されていなかった。
③昭和30年頃、Xは、Yの出資により発足し、XとYは本件土地建物の賃貸借を開始した。なお、Xの歴代の理事長は、Yの代表者が兼務し、Xの実際の運営はXが開設する病院の理事・院長が担った。
④Yは、本件建物について、昭和31年~ 32年頃に4階部分を増築し、昭和47年頃に建物1階玄関ホール待合室を増築した。なお、当該工事においてアスベストが用いられた。
⑷ 平成23年10月、Xは、次のように主張して、Yに対し、不法行為に基づき、除去費用の一部及び遅延損害金の支払を求めて提訴した。
①Yは、Xが、本件建物を病院として使用する予定であること、並びに、建物の建替え計画を有することを認識していたのだから、建物のアスベストの存在を説明する義務があった。
②本件土地上で製鉄業を営んでいたYは、
ヒ素が、合金の固さを高めるために添加されること、ヒ素が流失し、もしくは、流失している可能性があることを認識していたのだから、土地のヒ素の現況を調査し、事前に除去工事を行うか、または、土地にヒ素が含有されていることを説明する義務があった。
③本件土地周辺で、昭和48年頃に六価クロム鉱滓が発見されて社会問題となったことがあるのだから、病院として使用する予定であることを認識していたYは、本件土地の現況を調査し、六価クロムの除去工事を行うか、または、説明する義務があった。
2 判決の要旨
裁判所は次のように判示し、XのYに対する請求は理由がないとしていずれも棄却した。
⑴ 売買契約がなされた平成11年当時、アスベストを使用した建物を解体する場合、解体業者には、アスベストの飛散防止装置の設置等が規定されていたが、莫大な解体費用を要していたとまでは認められず、建物の取引価格に重大な影響を与える事由であったとは解されない。
⑵ 売買契約当時、昭和30年代に建築された建物について、アスベスト使用の有無を調査するのが通常であったとはいえないことは明らかで、Yに、アスベストの現況を調査し、事前にアスベスト除去工事を行うか、または、本件建物がアスベストを含有することを説明する義務があったとはいえない。
⑶ 昭和16年~ 18年に、Yが製造していた製品のヒ素濃度はごく微量で、本件土地中のヒ素はYが流出させたものではなく、自然的原因によるものと判断され、保管・加工を行っていたことをもって、本件土地のヒ素の現況を調査し、事前にヒ素除去工事
を行うか、または、本件土地にヒ素が含有されていることを説明する義務があったということはできない。
⑷ Xは、売買までの約45年間、本件土地建物において病院を運営し、この間、不都合を感じていた事情は認められない。XとYは、本件土地建物を現状のままで売買することとして売買契約を締結したこと、Xが、六価クロムの状況についてYに聞き、または、自ら調査するなどして確認することなく本件売買契約を締結していることから、 Yに、本件土地の現況を調査し、事前に六価クロム除去工事を行うか、または、本件建物が六価クロムを含有することを説明する義務があったとはいえない。
3 まとめ
本判決は、売買契約締結時の規制及び取引上慣行を検討し、アスベストの存在に関する売主の説明義務を否定し、また、買主が長期間にわたって何の支障もなく使用し、現状のまま売買をすると約定した契約の下では、売主にヒ素を流失させている要因がない以上、売主には説明義務は無いとしたもので、土壌汚染のような隠れた瑕疵についての説明義務に関する実務上の参考になる事例といえる。
ただし、現在において、本件のような来歴を持つ土地については、土壌調査を行わないと、瑕疵担保責任を問われる可能性が高いので注意が必要である。
(調査研究部調査役)
最近の判例から
⑸−建物の瑕疵担保責任−
土地の不同沈下により中古の建物が傾斜していたことにつき、建物の基礎の隠れた瑕疵を認め、売主の瑕疵担保責任が認容された事例
(東京地判 平24・6・8 判時2169-26) xx xx
中古の建物と敷地の売買契約において、買主らは、本件建物が傾斜しているのは、本件土地の地盤そのものが宅地として通常有すべき品質・性能を有しない瑕疵に当たるとし、瑕疵を補修することは不可能であるから、契約の目的を達することができないと主張し、売買契約の解除及び損害賠償を求めた事案において、本件建物の基礎に隠れた瑕疵があると認めた上で、売主の損害賠償責任として本件建物の補修費用等を認容した事例(東京地裁 平成24年6月8日判決 一部認容(確定)判例時報2169号26頁)
1 事案の概要
⑴ 売主Y(被告)から本件土地及び本件建物(本件土地と併せて「本件土地建物」という。)を買い受けた買主Xら(原告)が、本件建物が南西方向に傾斜しているのは本件土地が不同沈下したことによるもので、本件建物の基礎であるべた基礎には杭基礎にしなかった瑕疵があり、本件土地の地盤そのものが宅地として通常有すべき品質・性能を有していないとして、本件土地建物には隠れた瑕疵があるが、瑕疵を補修することは不可能であるから、契約の目的を達することができないためYとの間の本件売買契約を解除したと主張し、それぞれ、Yに対しては瑕疵担保責任又は民法709条の不法行為に基づき、本件土地の造成に関与したY1会社(被告会社)
に対しては民法709条又は民法716条(注文者の責任)の不法行為又は使用者責任(民法 715条)に基づき、連帯してXらに生じた売買代金諸費用、慰謝料、調査費用、交渉費用、弁護士費用の損害金及びこれに対する民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
⑵ これに対し、Yは、本件建物の傾斜は、売買契約後の外的要因によるものであるから、本件土地建物の隠れた瑕疵に当たらないし、本件建物の傾斜は補修可能であるから、 Xらは本件売買契約を解除することはできないなどと主張し、これに加えてY1会社は、本件建物の傾斜は、本件擁壁の水抜き穴が塞がれていたこと、地下水の自然的な変化又は外的工事による地層水の漏出によって生じた可能性もあるなどと主張し、争った。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Xらの請求を一部認容した。
⑴ 本件建物の傾斜の原因
本件建物及び本件擁壁の傾斜は、本件土地の地盤の盛土下にある腐植土層の二次圧密による沈下並びに擁壁背面の埋戻し土及び盛土の水締め効果によって、本件土地の地盤が不同沈下したために発生したものということができる。
⑵ 本件土地建物の瑕疵
上記のように、本件土地の地盤は、二次圧密を生じさせる腐植土層を含み、かつ、水締め効果も生じるような軟弱な地盤であり、また、本件建物に認められる傾斜はXらの受忍限度を超えるものであり、宅地として利用する上での瑕疵があると認めることができる。本件建物及び擁壁は南西方向に傾斜しており、本件土地及び建物の沈下は現在でも進行中であるから、本件建物の基礎であるべた基礎は上記沈下に対応することができていない基礎である。本件建物の基礎を構造耐力上安全なものと認めることができず、本件建物の基礎には、瑕疵があるということができる。
⑶ 隠れた瑕疵
このような本件土地の地盤及び本件建物の基礎の瑕疵は、本件売買契約前から存在していたものであったと認められるが、これらの瑕疵は、Xらが体感するようになった異常の発生や専門家の調査によって初めて明らかになったものであり、買主であるXらが通常の注意を用いても発見することができなかったと認めることができるのであるから、本件土地の地盤の性状に宅地としての利用上の瑕疵があり、本件建物の基礎に構造耐力上の安全性を欠く瑕疵があることは、いずれも隠れた瑕疵に当たると認めることができる。
⑷ Yの瑕疵担保責任に基づき、本件売買契約を解除できるかについて
本件建物の傾斜を補修することによって、本件建物は居住用建物として利用可能となり、本件売買契約の目的は達成できるから、 Xらは、Yの瑕疵担保責任に基づき、本件売買契約を解除することはできない。
⑸ Y1会社の不法責任又は使用者責任
地盤調査等について、専門的知識を有する他社に発注しているが、Y1会社が受注業者に不適切な指図をしたとは認められない。
⑹ Xらの損害について
① 本件建物の予備調査費用、地盤調査費用、本件建物の傾斜の程度、その原因及び補修方法に関する調査費用として合計102万1580円が、本件と相当因果関係のある損害であると認められる。
② 本件建物の傾斜は、本件建物の下部に鋼管を圧入し、本件建物をジャッキアップすることによって補修可能であるため、補修費用 1830万円、弁護士費用は、Xらにつき合計
190万円と認められる。
3 まとめ
本判決は、本件中古建物の傾斜は本件土地の不同沈下によって発生したものであるから、本件建物の基礎に隠れた瑕疵があると認められるとしたが、本件建物の傾斜を補修することにより居住用建物として利用可能であるとして売買契約を解除することはできないとし、売主の損害賠償責任として、本件建物の傾斜の原因・補修方法に関する調査費用、補修費用相当額、弁護士費用等を賠償すべきことを命じた事例である。
また、瑕疵担保責任の賠償の範囲は信頼利益説(当該瑕疵がないと信じた事によって被った損害)、履行利益説(当該瑕疵がなかったら得られたであろう利益)などの見解があるが、本判決は、瑕疵の調査費用と補修費用相当額を賠償する義務を売主に対し認めたもので、特に新しい判断を示したものではないが、実務上参考になろう。
なお、「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」には、放置するといずれは居住者等の生命、身体又は財産に対する危険が現実化することになる瑕疵も含まれるとされた事例( xxx判 平24・1・10 RETIO87-108、最高裁平23・7・21 RETIO84-101ほか)も併せて参考にされたい。
(調査研究部xx調整役)
最近の判例から
⑹−瑕疵担保免責特約の効力−
土壌汚染対策法で定められた調査では発見されなかった地下水汚染について、瑕疵担保免責特約の適用を認めた事例
(東京地判 平24・9・25 判時2170-40) xx xx
土壌汚染対策法ほか関係法令に基づく調査方法では発見されなかった六価クロムによる地下水汚染について、売主は瑕疵担保責任を含め一切の責任を負わないとする免責特約の適用が争われた事案において、本件汚染を認識していなかったことについて、売主に悪意と同視すべき重大な過失があったとは認められない等として、買主の請求を棄却した事例
(東京地裁 平成24年9月25日判決 一部認容一部棄却(控訴)判例時報2170号40頁)
1 事案の概要
平成19年10月5日、買主X(原告:家具の製造等を目的とする株式会社)は、売主Y(被告:自動車の部品を製造・販売等する株式会社)から、土壌汚染対策法で特定有害物質とされている鉛、テトラクロロエチレン、六価クロムを使用していた土地及び建物を、売買代金155億円余で購入した。
なお、不動産売買契約書には、次の条項(「本件免責特約」)が定められている。
① 売主は、本件建物について、いかなる場合も瑕疵担保責任を負わないものとし、瑕疵が発見された場合であっても、買主は、その瑕疵に基づきこの契約の無効を主張し、この契約を解除し、損害賠償の請求をすることはできない。
② 売主は、土壌汚染対策法で定められた調査、分析方法に準拠した土壌調査を実施した結果、一部に基準値超過があったことを確認した。売主は、基準値超過部分の土壌
改良工事及び地下水浄化工事を平成20年5月末までに実施することを確約し、買主はこれを了承した。
③ 将来において土壌又は地下水に汚染が発見された場合であっても、理由の如何を問わず、売主は、その瑕疵担保責任を含め、一切の責任を負わないものとする。
④ 買主が本件建物の建替え時において、本件建物の竣工図面に記載されていない地中埋設物の存在が判明し、買主の建物建築に支障が生じる場合には、買主及び売主は協議の上、売主はこれらを処理する費用を負担する。
平成20年3月31日付けでYからXに所有権が移転され、本件土地の土壌汚染及び地下水汚染対策工事が同年9月末まで遅延することを合意した。
Yは、同年10月に土壌汚染対策法に基づく調査及び対応は終了したものの、地下水浄化対策時に地下水に六価クロム(「本件汚染」)が検出された旨を、平成21年7月には本件汚染の六価クロム除去工事費の負担には応じられず、Xに負担してもらう旨を通知した。
これに対し、Xは、Yには本件契約締結時に本件汚染を認識していなかったことについて重大な過失があった等として、本件免責特約の適用について争った。
2 判決の要旨
裁判所は次のように判示して、本件汚染に係るXの請求を棄却した。
⑴ Xは、Yが本件契約締結時に、本件土地につき六価クロムによる汚染が生じていたことを認識していたから、本件汚染については本件免責特約が適用されないと主張する。
しかし、Yが、本件契約締結時に本件汚染が生じていたことを認識していたことを直接裏付ける証拠はない。
Xは、Yは平成18年1月16日の時点で、本件土地においては六価クロムの使用履歴があり、六価クロムによる土壌汚染の可能性があったことを認識していたのであるから、Yは本件汚染について悪意であるとか、Yの主張を前提とすると、六価クロムが使用されていたYの施設が、本件土地に埋設されていたものではなく、地上にあったから、六価クロムの漏洩を現認できたのであり、本件汚染について悪意であったと推認することができると主張する。しかし、本件土地上の工場において、かつて、六価クロムが使用されていたという事実と本件土地に本件汚染が存在しているということは別個の事実であり、土地上の工場で六価クロムが使用されていれば、土地中に六価クロムが存在するのが一般であるとの経験則が存在するとは認められないから、Xの主張は採用できない。
⑵ Xは、売主が本件土地上で六価クロムを扱っていた以上、本件契約締結時に本件汚染を認識していなかったことについて重大な過失があったと主張する。しかし、前提となる事実によれば、Yは、本件土地の土壌調査機関の選定作業を行っていた平成18年4月18日、xxx環境局環境改善部有害化学物質対策課を訪問し、実施しようとしていた調査方法を説明し、Yが予定していた調査方法で問題がないことを確認したこと、Yは、同月末ころ、本件土地の土壌調査機関として、土壌汚染対策法指定調査機関であるA社を選定したこと、A社は、同年8月14日、同月15日及
び同年9月23日に本件土地の現地調査を実施し、同年10月、その報告書を売主に提出したことが認められる。
以上の認定事実によれば、Yは本件契約締結に先立って、本件土地の土壌調査を行っており、しかもその方法は土壌汚染対策法の指定調査機関であるA社に対して、土壌汚染対策法やxxx環境確保条例に準拠した方法によって行うように指示したものであるところ、この土壌調査の結果、本件土地からは、基準値を超える六価クロムは検出されなかったのであるから、Yがかつて本件土地上において六価クロムを使用していたことがあるからといって、本件汚染を認識していなかったことについて、Yに悪意と同視すべき重大な過失があったとは認められない。他に、本件全証拠によっても、以上の認定を覆すべき事実及び証拠があるとは認められない。
3 まとめ
買主は、本件汚染は汚染処理が完了しない時点で発見されたものであるから、免責特約の「将来において」発見されたものに見当たらないとも主張しているが、裁判所は、そのように解すべき事情は当たらないとして否定している。買主の請求のうち、地中埋設物の撤去費用の一部については認容したが、その他の請求は棄却した。買主は控訴している。控訴審において異なる判断が示されたときには、改めて紹介することとする。
(調査研究部上席xx研究員)
最近の判例から
⑺−土地の瑕疵担保責任−
xxxx品製造工場跡地の売買契約において、土壌中のアスベスト含有につき売主の瑕疵担保責任が否定された事例
(東京地判 平24・9・27 判時2170-50) xx xxx
xxxx品の製造工場であった売買対象地から、引渡し完了より4年経過後、大気汚染防止法の基準値を超えない石綿が検出されたところ、売主につき破産手続開始決定がされたことから、買主が瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権につき債権届出をしたが、破産管財人が異議を述べたため、破産債権の確定を求めた事案において、売買契約当時法令上の規制がなく、含有されていた石綿が人の健康に係る被害を生ずるおそれがある限度を超えて含まれていたとも認められないなどとし、瑕疵を否定し、請求を棄却した事例(東京地裁 平24年9月27日判決 棄却(控訴)判例時報2170号50頁)
1 事案の概要
⑴ 売主B社は、本件土地をxxxx品の製造工場に使用していた訴外A社から、昭和53年10月31日付売買契約により取得した。
⑵ 平成15年12月19日頃、B社は、C区に対し、本件土地について、「土地買取希望申出書」を提出した。交渉の過程において、買主X(C区土地開発公社、原告)からは、当初本件土地を公園として使用するとの説明がされたが、後に産業再生活用地として使用することに変更された。そして、上記申出に対し、平成16年5月27日、C区は、Xとの間で「用地取得依頼契約」を締結し、本件土地を産業再生活用地として取得することをXに依頼した。
⑶ 平成16年6月18日、契約に向けXとB社は、B社が法令に基づく調査を実施し、調査
の結果、有害物質が検出された場合には、法令に基づく対策を実施する、費用は汚染土壌の処理につきXとB社が各半額を負担するものを除き、B社の負担とする旨の覚書を締結した。
⑷ B社は、当該覚書に基づき汚染状況調査を実施したが、一部にふっ素及びその化合物が基準値を超過して存在することが判明し、汚染拡散防止措置を実施した。
⑸ XとB社は、平成16年8月12日、本件土地をXに売却する契約を締結し、同月27日、 B社はXに引渡した。同契約には、B社は本件土地につき法令に基づく調査を行い、有害物質が検出された場合は、法令に基づく対策を実施し、その費用は汚染土壌の処理につき XとB社が各半額を負担するものを除き、B社の負担とする特約があった。
⑹ 平成20年7月1日、XはC区に対し、本件土地を工業用地及び出張所用地として売却した。
⑺ C区は、平成20年10月頃、調査会社に依頼し、本件土地中における繊維状石綿含有等の調査を実施したところ、表層から1.5m以内の埋土層から大気汚染防止法の基準値を超えない石綿が検出された。
⑻ その後、B社につき破産手続開始決定がされたことから、Xが瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権につき債権届出をしたところ、B社の破産管財人であるY(被告)が全額を否認したため、XがYに対し、瑕疵担保責任に基づく損害賠償として、石綿を除去す
るための費用相当額の債権の確定を請求した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示し、Xの請求を棄却した。
⑴ 民法570条にいう瑕疵とは、目的物に何らかの欠陥があることをいうところ、何が欠陥かは、契約当事者の合意、契約の趣旨に照らし、通常又は特別に予定されていた品質・性能を欠くか否かによって決せられる。そして、売買契約の当事者間において目的物がどのような品質・性能を有することを予定していたかは、法令の定めを充たすことを前提とし、売買契約の明示の約定のほか、売買契約の取引通念上、当該目的物が通常備えるべき品質・性能が重要な基準となる(最高裁平成 22年6月1日判決)。
⑵ 本件売買契約当時の法令は、石綿を含有する土壌又は建設発生土に適用されるものはないと解される。
⑶ 本件覚書において、B社が求められていた調査は土壌汚染対策法及び環境確保条例に基づく有害物質の調査であり、それらの法令において土壌中の石綿については何ら規定がなかった。そのため、B社が平成16年8月2日付けで知事に提出した「土壌汚染状況調査報告書」における有害物質には石綿が含まれず、そもそも調査項目にすらなっていなかった。また、B社は、それに先立つ同年6月25日付けで知事に対し、「土地利用の履歴等調査届出書」を提出したところ、そこには、本件土地が、「A社・xx工場」として使用されていたこと、業種及び主要製品は「不明」であることが記載されていたが、行政から、本件土地の土壌中の石綿について調査を求められたことはなかった。
⑷ 以上によれば、①石綿を含有する土壌あるいは建設発生土それ自体については、本件
売買契約当時、法令上の規制はなく、②本件売買契約において求められていた性能は、土壌汚染対策法及び環境確保条例が定める有害物質が基準値以下であることであり、③本件売買契約当時の実務的取扱いとしても、石綿含有量を問わずに、石綿を含有する土壌あるいは建設発生土を廃xxxに準じた処理をするという扱いが確立していたとはいえず、さらに、そもそも本件土地に含有されていた石綿が、「土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがある」限度を超えて含まれていたとも認められないから、本件土地に瑕疵があったとはいえない。
3 まとめ
本判決は、売買対象である土地に石綿の含有が判明し、売主の瑕疵担保責任の有無が争点になった事案において、石綿を含有する土壌又は建設発生土それ自体については、本件売買契約当時、法令上の規制はなく、石綿が、土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがある限度を超えて含まれていたとも認められないなどとして、瑕疵を否定し、請求を棄却した事例である。
瑕疵の判断基準につき最高裁平成22年6月
1日判決を引用の上、石綿を含有する土壌又は建設発生土についての法令の定め、本件売買契約に至る経緯、売買契約当時の実務的取り扱い等を検討し、瑕疵を否定しており、実務上参考になると思われる。
なお、本件は控訴中であり、今後の動向を注視したい。
また、土地の取引において土壌汚染が論点となることが多くなっているが、その場合の瑕疵の判断基準について、最高裁平22. 6. 1、 RETIO 80-136を参照されたい。
(調査研究部調査役)
最近の判例から
⑻−隣地事業者の不法行為責任−
デベロッパーが、隣地事業者からの市条例に定める利害関係者への説明会の開催通知等がなかったことで、ホテル事業を断念せざるを得なかったとして損害賠償を請求したが棄却された事例
(東京地判 平24・4・26 ウエストロー・ジャパン) xx x
リゾートホテルの建設・転売を予定していたデベロッパーが、隣地における会員制ホテル建設が市条例に定める利害関係者への説明会の開催通知等もなく進められたことにより、日照や海への眺望が妨げられることになったため、同ホテルの建設を断念せざるを得なくなり、かつ土地の資産価値も大幅に下落する財産的損害を被ったとして、同隣地事業者の不法行為を理由に、同隣地事業者に対し損害賠償請求をした事案において、当該デベロッパーは、同隣地の建築計画を知っていたと認められるとして、その請求が棄却された事例 (東京地裁 平成24年4月26日 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
⑴ 原告X(デベロッパー)は、平成23年5月28日、甲からX土地を購入した。被告Y(隣地事業者)は、X土地に隣接するY土地を所有し、Y土地上に会員制リゾートホテルの建設を計画し、平成23年5月1日に着工した。
⑵ Yのホテル建設工事は、乙市まちづくり条例の開発事業にあたり、Yは、平成19年4月27日、条例に基づき、開発事業の事前協議書を乙市長に提出した。Yは、平成19年5月 23日午後7時、条例に基づき、利害関係者に対し説明会を開催し、同月31日、説明会報告書を乙市長に提出した。しかし、X土地の当時の所有者であった甲は、上記説明会の開催
通知を受け取ったこともなく、説明会にも出席していない。Yは、別途甲に対し事前協議書の内容について説明をしたこともない。
⑶ Xの主張は次のとおりである。
① XがX土地を甲から購入したのは、Yのホテル建設工事着工後であるが、これはXが隣地Yのホテルの情報を得られなかったからである。Yは、xに対して説明会開催を知らせる郵便を発信したが「宛て所尋ね当たらず」で返送された旨主張するが、その立証はなく、仮にそれが事実だとしても、郵便が到達していない以上、条例に違反している。甲の住所はX土地の登記簿の記載と異なっていたものの、商業登記簿を参照すれば、住所は容易に判明するはずであるし、そこには代表取締役の住所も記載されているから、如何様にも連絡のとりようがあったことからすると、Yには甲への説明義務を怠った過失がある。
② Xは、X土地上にリゾートホテルを建設し丙へ売却する意向をもってX土地を買受けたが、Yが建設しているホテルはX土地の海側に面しているため、これが完工すれば、Xリゾートホテルは、日照や海への眺望が妨げられ、その結果集客が見込めなくなる。そのため、Xはリゾートホテルの建設を断念せざるを得なくなり、また丙への転売利益を得ることができなくなるばかりか、X土地自体の資産価値も大幅に下落してしまい、その結果財産的損害は3億円をくだらない。
⑷ Xは、前記Yの不法行為及びXの損害との因果関係や、Yの違法性及び過失を理由に、 Yに対し1億円及び遅延損害金の支払いを求めて提訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Xの請求を棄却した。
⑴ Xは、平成23年5月10日に甲からX土地購入の契約書を作成しているが、当時、Yのホテル建設予定地には、フェンスによる仮囲いがされた上で、「(仮称)aホテル建設予定地」と大書きした看板、乙市まちづくり条例に基づく事業計画表示板及び開発行為許可標識が仮囲いの上に掲示されていた。
⑵ リゾートホテルを建設した後に丙へ売却する意向をもってX土地を買い受けたと主張するXが、現地や周辺土地の状況を確認しないまま土地を買うはずはない。そうであるとするならば、Xが、隣地であるY土地を含むホテルの開発事業予定地に仮囲いがなされている状況を見ないはずはなく、その仮囲いの延長上においてX土地から主要国道沿いにわずか55mないし90mしか離れていない位置に設置されていた事業計画表示板・開発行為許可標識及び「(仮称)aホテル建設予定地」と大書きした看板を見なかったはずがない。 Yが上記ホテルの開発事業の事前協議についての説明会の開催について、当時のX土地所有者である甲に通知したか否か、また他の方法で説明したか否かにかかわらず、Xは、Yのホテル建設計画を知っていたと認められる。
⑶ Xが主張する損害は、XがYのホテル建設計画を知らなかったことにより生ずべき損害であるから、Xが隣地ホテルの建設計画を知っていたと認められる以上、X主張の損害は、Xが不法行為として主張する甲に対し開発事業の説明をしなかったというYの行為に
より生じた損害とはいえない。Yには、不法行為による損害賠償としてXの上記損害を賠償すべき義務はない。Xの請求は理由がない。
3 まとめ
本件は、隣地事業者のホテル建設計画が、市のまちづくり条例に基づく利害関係者への開催通知の郵便が宛先不明のためデベロッパーが取得した土地の前所有者に到達せず、その結果隣地の計画が、デベロッパーに承継されず、デベロッパーは、予定したリゾートホテル建設等を断念せざるを得なくなり、損害を被ったとする事案である。そして、判示としては、事実認定において、デベロッパーが土地取得当時に、隣地には仮囲いがなされ、ホテル建設予定地の看板や標識が掲示されていて、それをデベロッパーは見なかったはずはないとして、その損害賠償請求は棄却された。仮に、デベロッパーの土地取得当時に、隣地土地の仮囲い等がなされておらず、かつ隣地事業者が利害関係者であるデベロッパーが取得した土地の前所有者の住所の探索が尽くされていない事情や、その他特段の事情があった場合は、市のまちづくり条例に基づく利害関係者への通知に過失があったとして、損害賠償請求が一部認められる余地もあったと考えられる。
デベロッパー等の開発業者の中には、下請け会社等に近隣対応を一任する例も多いようであるが、本件の市条例に定めるような説明会の開催等に関し、後日話を聞いていないという異議申立て等の近隣トラブルが生じないよう、実務上適切な対応が必要と思われる。
(調査研究部調査役)