秘密保持契約書(♙I)
秘密保持契約書(♙I)
想定シーン
1. スタートアップ X 社
動画・静止画から人物の姿勢をマーカーレスで推定する高度なAI 技術(マーカーを用いず複数の動画・静止画データを基に人物の身体形状および関節点を独自の AI アルゴリズムにより推定する技術)を持つスタートアップ X 社は、人体の姿勢推定機能を有する独自開発の学習済みモデル(「姿勢推定モデル」)を保有している。また、X 社は、スポーツ領域、工場における生産性向上領域、幼児向け施設における安全管理領域などにおいて様々な企業とアライアンスを組んで高い実績をあげており、各領域に特化した学習済みモデル(「領域特化モデル」)を保有している。具体的には、①姿勢推定モデルを用いて、まず対象者の姿勢を推定し、②同推定結果を領域特化モデルに入力して必要な出力結果(スポーツ領域であればフォームの評価、生産性向上領域であれば熟練工の作業との比較、幼児向け施設における安全管理領域であれば転倒の可能性等。)を出力するというものである。
2. 介護施設向けリハビリ機器の製造販売メーカーY 社
介護施設向けリハビリ機器を製造販売する機器メーカーY 社は、介護施設における被介護者の見守り用に高度な機能を有するカメラシステム(見守りカメラシステム)の製造販売を検討している。これは、介護施設の人手不足に対応して、施設の共用部分や居室内に設置したカメラを通じて取得した静止画・動画(カメラデータ)から、自動的に被介護者の状態(転倒・徘徊等)の検知を行うというものである。Y 社は、X 社の「人体の姿勢推定 AI 技術」の評判を聞き、当該技術を見守りカメラシステムに組み込むことで、被介護者の転倒・徘徊等の検知に活用できないかと考えた。具体的には、X 社の技術を利用して、① まずカメラデータから
被介護者の姿勢を推定し、② 同推定結果から更に被介護者の状態(転倒・徘徊等)を推定することができないかと考えたのである。
3. 導入可能性の検討
Y 社から問い合わせを受けた X 社は、Y 社から、Y 社が既に保有している高齢者の居室内の動画データのうち少量をサンプルデータとして受領し、 X 社の技術が Y 社の介護事業における見守り業務へ導入可能であるかどうかについて検討することとなった。
ここで行われる検討は、X 社がもともと保有している姿勢推定モデルに、Y 社が保有するカメラ画像データを入力することによって、被介護者の状態推定の前提となる、被介護者の基本的な姿勢推定(寝ている、立っている、歩いている等。)が可能かどうかを無償でアセスメントするもので、被介護者の状態推定(事故・徘徊等)自体を目的としたり、X 社がもともと保有している学習済みモデル(姿勢推定モデルや領域特化モデル)の学習を行ったりするものではない。
4. Y 社の意向
Y 社として、X 社との取引で最終的に目指していることは以下のとおり。
① Y 社の顧客である介護施設事業者においては、現在、カメラ画像を人の目でチェックしたり、頻回の巡回で事故の早期発見に努めているが、人手不足が慢性化しておりいずれ限界が来ることは明白である。そのため、Y 社が AI 技術を利用した高機能な見守りカメラシステムを開発することができれば、業界において大きなシェアをとることができる可能性が高い。
② カメラデータから被介護者の姿勢推定・状態推定を行うアルゴリズムの開発手法としては機械学習技術が最も適していると思われるが、Y 社内に同技術に精通しているエンジニアがいない。
③ また、Y社トップの方針として、技術の自社独自開発や自社内での技術の囲い込みにはこだわらず、高度な技術を持つスタートアップとのオープンイノベーションを推進していきたいという意向を有している。
5. X 社の意向
X 社として、Y 社との取引で最終的に目指していることは以下のとおり。
① 検証の結果、X 社の技術がY社の介護事業における見守り業務に応用可能であることが判明した場合、次に X 社が保有している領域特化モデルをカスタマイズし被介護者の状態推定が可能な学習済みモデル(カスタマイズモデル)を生成したうえで、Y 社の見守りカメラシステムに導入できるかどうかの検証(PoC)を行う必要がある。できれば早期(無償アセスメント終了後 2 か月以内)にPoC に進みたい。
② PoC の結果、Y 社の見守りカメラシステムに導入できることが判明した場合には、Y社とのカスタマイズモデルの共同開発に進みたい。共同開発の際に新たに生成されたカスタマイズモデルは、他領域にも展開可能である可能性が高いため、Y 社との間で、見守りカメラシステムに搭載するカスタマイズモデルを共同研究により開発する場合であっても、今後の展開可能性を失わないようにしたい。
③ 共同開発フェーズへ進んだ際には当該事実を公表して自社の保有するAI 技術を PR する材料にしたい。
6. X 社の現状
① 専任の法務・知財担当はなく、また知見も乏しい(外部の弁護士、弁理士任せ)。
② 現在の主たる協業先であるスポーツ業界、フィットネス業界、幼保業界ともに、成果物であるカスタマイズモデルを直接納品することなく SaaS 方式により提供している。そのため、姿勢推定に関するコア技術は秘匿化可能であ る。
目次
前文 7
1 条(秘密情報の定義) 8
2 条(秘密保持) 10
3 条(目的外使用の禁止) 12
4 条(秘密情報の複製) 13
5 条(個人情報の提供) 13
6 条(秘密情報の破棄または返還) 15
7 条(PoC 契約および共同研究開発契約の締結) 16
8 条(損害賠償) 17
9 条(差止め) 17
10 条(期間) 17
11 条(準拠法および裁判管轄) 18
12 条(協議事項) 18
その他の追加オプション条項 20
はじめに
AI 開発に際しては、想定シーン記載のとおり、本開発に先立ち、事業会社の課題の把握およびスタートアップの技術の事業会社への導入可能性の検討が行われる。このようなスタートアップの技術の事業会社への導入可能性の検討を行うフェーズを、経済産業省が 2018 年に公開した「AI・データの利用に関する契約ガイドライン(AI 編)」において「アセスメント」と呼んでいることから、本モデル契約上もこれに倣う。
AI に関する専門的知識を持ち合わせていないことが多い事業会社と、事業ドメインに対する知識・ノウハウを保有していないスタートアップがアライアンスを組み、共同開発やその後のサービス提供を行っていく場合には、このようなアセスメント段階を経ることで、早い段階で事業会社・スタートアップ間の認識のすり合わせを行うことが重要である。
アセスメントの有償・無償についてはスタートアップの実作業がどの程度行われるかに依存しており、無償のアセスメントはスタートアップの実作業をほとんど必要としないものに限定される。
そのため、本事例においても、秘密保持契約を締結した上での無償でのアセスメントの対象は、「姿勢推定モデルに、Y 社が既に保有する少量のカメラデータ(動画データ)を入力することによって、被介護者の状態推定の前提となる、被介護者の基本的な姿勢推定(寝ている、立っている、歩いている等)が可能かどうか」までとしている。
実際には、Yが最終的に開発を目指す見守りカメラシステムは、AI 技術を利用して被介護者の状態(事故・徘徊等)を推定することを目的としている。
しかし、そのようなシステムに用いられる AI 技術の導入可能性に関するアセスメントとしては、① カメラデータの作成・選定(どのような種類のカメラを居室内や共用部分のどの部分に設置するか)、② 学習用データの生成(カメラデータにアノテーションを行った教師データの生成)、③ 被介護者の推定姿勢からその状態を推定するための機械学習アルゴリズムの開発、④ どの程度の精度を目指すか、⑤ 学習済みモデルと Y 側のシステムとの連携等に関して、まとまった時間をかけた検討、コンサルティング、実作業が必要不可欠となる。
そのような検討・実作業を伴うアセスメントは当然有償となるため、本想定事例においては、当該アセスメントは PoC と合わせて有償にて行うことを想定している。
秘密保持契約の雛形について
本モデル契約は、スタートアップから事業会社に対して自社雛形として提供するこ
とを前提としているが、実際には事業会社から事業会社の秘密保持契約の雛形を利用するよう求められることも多い。
この場合、取引の初期段階ということもあり、事業会社から提供された秘密保持契約の雛形を大きく修正することは事実上困難であることから、当該秘密保持契約雛形をベースに交渉せざるを得ないと思われる。もっとも、その場合であっても、最低限でも以下の内容が満たされているかをチェックすることが必要であろう。
□ 秘密情報の範囲が無限定にxxになっていないか
□ 秘密情報の管理体制が、スタートアップにとって無理な内容となっておらず、現実の情報管理体制と合致しているか
□ 特に無償アセスメントの場合、秘密保持義務違反の効果としての損害賠償の範囲が明確化されているか(ただし個人情報の漏洩については損害賠償の範囲を限定できないケースも多い)
□ 秘密保持義務を負担する期間が無期限となっていたり過度に長期間になっていたりしていないか
□ 秘密保持契約から PoC に移行した場合に対象となる秘密情報に PoC 契約
の規律が及ぶか
さらに、本事例のように事業会社から提供されるデータが個人情報(個人データ)である場合には、事業会社から、個人情報の保護に関する覚書の締結や、スタートアップの個人情報管理体制確認のためのチェックリストの提出を求められることが多い。
これは、個人データの取扱の全部又は一部を委託する個人情報取扱事業者(委託者)に対して、受託者に対する監督義務が法令上課されていること(個人情報保護法 22 条)に加え、委託者にとって、受託者から個人情報が流出することが非常に大きなリスクとなることから求められる措置であり、スタートアップとしても応じざるをえないと思われる。
なお、それらの覚書やチェックリストの内容は、通常は個人情報保護法や関連ガイドライン等の法令に基づく当然の内容であることがほとんどであるため、覚書やチェックリストを締結・提出したからといって法令上の義務を加重するものではないが、事業会社によっては、やや現実に即していない重すぎる義務・責任をスタートアップに課しているものもあるため注意が必要である。
前文
X 社(以下「甲」という。)と Y 社(以下「乙」という。)とは、甲が保有する AI 技術を、乙の介護事業における見守り業務に導入するに当たり、乙が甲に対して提供するデータを甲が既に保有する学習済みモデル(姿勢推定モデル)に入力して得られた出力結果(姿勢推定結果)を評価し、甲が保有する AI 技術の乙の介護事業における見守り業務への導入可能性を甲乙共同で検討する目的(以下「本目的」という。)で、甲または乙が相手方に開示等する秘密情報の取扱い
について、以下のとおりの秘密保持契約(以下「本契約」という。)を締結する。
<ポイント>
・ 本モデル契約の目的について規定している。
・ 秘密保持契約においては、秘密情報は定義された目的の範囲でのみ使用等が認められる。したがって、まず、形式的な留意点としては、(i)必ず目的を定め、 (ii)上例のように「以下「本目的」という。」と定義することが必須である。
<解説>
・ 一般的な解説は、「モデル契約書_秘密保持契約書(新素材)」3 頁の解説のとおりである。同解説のとおり、秘密保持契約は、秘密情報の開示者と受領者で利害関係が大きく異なるという特徴を有している。そのため、秘密保持契約を締結するにあたっては、自己が主として情報の開示者側に立つのか、あるいは主として情報の受領者側に立つのかということを毎回検討する必要がある。
・ 「モデル契約書_秘密保持契約書(新素材)」における想定シーンでは、スタートアップが、自動車メーカーに、開発した新素材の技術情報を提供するという場面であった。そのため、主としてスタートアップが開示者に立つ場面を想定していた。
・ 他方、本モデル契約においては「はじめに」に記載したとおり、AI 開発のアセスメント段階で事業会社がスタートアップに対して限定的なサンプルデータを提供し、スタートアップはサンプルデータを基に自身が保有するAI 技術の事業会社への導入可能性について検証を行う。これは一般的にAI 開発においてあてはまるデータの流れであるが、それを前提とすると、アセスメント段階においては、主として事業会社が情報の開示者側に、スタートアップが情報の受領者側に立つことが多い。
「モデル契約書_秘密保持契約書(新素材)」
URL:xxxxx://xxx.xxx.xx.xx/xxxxxxx/xxxxxxx/xxxx-xxxxxxxxxx- portal/index.html
1 条(秘密情報の定義)
第 1 条 本契約において「秘密情報」とは、一方当事者(以下「開示者」という。)が相手方(以下「受領者」という。)に対して本目的のために開示した情報および開示のために提供した記録媒体、機器その他の有体物に含まれる情報であって、文書等の有体物や電子メール等の電子的手段によって開示される情報にあっては秘密であることが明記、または開示者から受領者に秘密である旨通知して開示されたもの、口頭その他視覚的方法によって開示される情報にあっては 14 日以内に文書等により当該情報の概要、開示者、開示日時を特定した上で秘密である旨通知して開示されたものをいう。なお、本契約に基づき乙が甲に対して提供する別紙「対象データ」記載の各データ(以下「対象データ」という。)は秘密指定の有無に関わらず「秘密情報」に含まれるものとする。
2 前項の定めにかかわらず、以下の情報は秘密情報の対象外とするものとする。
① 開示者から開示等された時点で既に公知となっていたもの
② 開示者から開示等された後で、受領者の帰責事由xxxxに公知となったもの
③ 正当な権限を有する第三者から秘密保持義務を負わずに適法に開示等されたもの
④ 開示者から開示等された時点で、既に適法に保有していたもの
⑤ 開示者から開示等された情報を使用することなく独自に取得し、または創出したもの
<ポイント>
・ 秘密保持契約により保護される秘密情報の定義に関する条項である。
・ 情報開示側(本件における事業会社)としては、自身が開示する情報を十分に保護すべく、秘密情報をできるだけ広く定義したいのに対し、情報受領者側(本件におけるスタートアップ)としては、特にリソースが不足しがちなスタートアップの場合、情報管理のコストと秘密保持義務違反のリスクを軽減するべく、秘密情報の
範囲を可能な限り絞って明確にしておくことが望ましい。このように、秘密情報の定義は重要な交渉マターとなる。
<解説>
秘密情報の定義の考え方(第 1 項)
・ 一般的な解説は、「モデル契約書_秘密保持契約書(新素材)」4 頁以下に記載する解説のとおりである。秘密保持契約により保護される秘密情報の定義を巡っては、秘密情報に含まれる情報の範囲の広狭が、開示者側に立つ当事者と受領者側に立つ当事者との間で問題となる。そこで、「モデル契約書_秘密保持契約書(新素材)」においては、秘密情報の範囲を無限定とする【オプション 1】、開示時における秘密指定を要求する【オプション 2】、開示時における秘密指定および口頭開示の情報にあっては事後的な指定まで要求する【オプション 3】という 3 つのオプションを示していた。
・ AI 開発に先立って行われるアセスメント段階では、事業会社が自社保有データをスタートアップに開示することが多いが、スタートアップも、既存保有モデルの認識精度や利用しているアルゴリズムの概要、自社技術のユースケースなどの情報を事業会社に開示することがある。どちらが情報を開示する場合でも、あらゆる情報が秘密情報に該当するとなると情報受領者側の情報管理コストが大きくなるため、いずれの立場からも、可能な限りその外延を明確にすることが望ましい。とりわけ、AI ビジネスにおいては、事業会社から開示を受けたデータを用いずにスタートアップが AI モデルの開発を行った場合でも、秘密情報の範囲が不明確であることが原因で、事業会社から事業会社が提供したデータの目的外使用であるとの主張が行われる可能性がある。
・ そのため、スタートアップ・事業会社双方の利益の見地から、秘密情報の外延を
明確にすべく、本モデル契約においては「モデル契約書_秘密保持契約書(新素材)」の 3 つのオプションのうち、開示時における秘密指定および口頭開示の情報にあっては事後的な指定まで要求する【オプション 3】を採用した。
・ なお、事業会社がスタートアップに提供する対象データについては、
「Confidential」や「秘」等の表示(秘密指定)がなくても秘密情報に該当すると契約上定めた上で、対象データの細目を契約書別紙にて限定列挙して特定することが実務上行われている。これを踏まえ、本モデル契約においても、第 1 項の
「なお」書きにおいて対象データが「Confidential」や「秘」等の表示がなくても秘密情報に該当することを明記した。
秘密情報の例外(第 2 項)
・ 第 2 項においては、秘密情報の対象外とする情報を規定している。
・ 特に重要なのは、契約締結前に既に自社が保有していた情報が「④開示者から開示等された時点で、既に適法に保有していたもの」であることを証明できるかという点である。その点について証明ができないと、契約締結後において、あるデータ・技術がどちらのものかについて争い(コンタミネーション)が発生するリスクがある。
・ かかるリスクを回避するため、特許出願に馴染む技術であれば、契約締結以前に特許出願を済ませておく方法がある。もっとも、AI 開発関連でスタートアップが事業会社から受領するのは、技術情報ではなく学習用のデータであるため、コンタミネーション防止のためには、必要に応じて、いつの時点でいかなるデータをスタートアップ自身で保有していたかを、タイムスタンプ1等により、立証できるようにしておくことが考えられる。
2 条(秘密保持)
第 2 条 受領者は、善良なる管理の注意義務をもって秘密情報を管理し、その秘密を保持するものとし、開示者の事前の書面等(書面および甲乙が書面に代わるものとして別途合意した電磁的な方法をいう。本契約において以下同じ。)による承諾なしに第三者に対して開示または漏洩してはならない。
2 前項の定めにかかわらず、受領者は、秘密情報を、本目的のために必要な範囲のみにおいて、受領者の役員および従業員(以下「役員等」という。)に限り開示できるものとする。
3 受領者は、前項に定める開示に際して、役員等に対し、秘密情報の漏洩、滅
失、毀損の防止等の安全管理が図られるよう必要かつ適切な監督を行い、その
1 ここでいう「タイムスタンプ」とは、電子データに時刻情報を付与することにより、その時刻にそのデータが存在し(日付証明)、またその時刻から、検証した時刻までの間にその電子情報が変更・改ざんされていないこと(非改ざん証明)を証明できるサービスのことを指しており、そのような証明を目的とする狭義のタイムスタンプサービスに加え、Google Drive や GitHub などの、時刻も含めたログが残るサービス上で対象データを保管することも含まれる。
在職中および退職後も本契約に定める秘密保持義務を負わせるものとする。役員等による秘密情報の開示、漏洩、本目的以外の目的での使用については、当該役員等が所属する受領者による秘密情報の開示、漏洩、本目的以外の目的での使用とみなす。
4 受領者は、次項に定める場合を除き、秘密情報を第三者に開示する場合には、書面等により開示者の事前承諾を得なければならない。この場合、受領者は、当該第三者に対して本契約書と同等の義務を負わせ、これを遵守させる義務を負うものとする。
5 前各項の定めにかかわらず、受領者は、次の各号に定める場合、当該秘密情報を開示することができるものとする。(ただし、1 号または 2 号に該当する場合には可能な限り事前に開示者に通知するものとする。)また、受領者は、かかる開示を行った場合には、その旨を遅滞なく開示者に対して通知するものとする。
① 法令の定めに基づき開示すべき場合
② 裁判所の命令、監督官公庁またはその他法令・規則の定めに従った要求がある場合
③ 受領者が、弁護士、公認会計士、税理士、司法書士等、秘密保持義務を法律上負担する者に相談する必要がある場合
<ポイント>
・ 開示者から提供を受けた秘密情報の管理方法と開示できる対象に関する条項である。
<解説>
Need to know 原則
・ 本条において実現しようとしている重要な点の 1 つは、いわゆるNeed to know原則である。
・ 秘密保持契約においては、(i)開示者が特定された目的のために秘密情報を開示等し(前文および第 1 条)、(ii)受領者は当該目的遂行のために必要な範囲での
み当該秘密情報を社内関係者に共有し(本条第 2 項)、(iii)受領者は当該目的以外には秘密情報を利用しない(第 3 条)、という点が重要となる。Need to know 原則は、このうち、(ii)に関するものである。
・ この Need to know 原則が契約文言に反映されていないと、不必要に情報が受領者たる会社内に広まり、受領者の会社の規模が大きくなればなるほど、情報の目的外利用や流出のリスクが高まることとなる。契約交渉の過程でこの Need to know 原則を反映する文言が削除されていないかは、慎重に確認する必要がある。
・ なお、秘密保持義務を課したとしても、受領者が当該義務に違反して秘密情報を第三者に開示等したり目的外使用したりしても、当該義務違反を立証することは非常に難しいケースが多い。かつ、いったん流出した情報を回収したり削除したりすることは不可能である。そのため、秘密保持契約を締結したからといってその効果を過信せず、そもそも必要以上に情報開示しないことが非常に重要である。
3 条(目的外使用の禁止)
第 3 条 受領者は、開示者から開示された秘密情報を、本目的以外のために使
用してはならないものとする。
<ポイント>
・ 秘密情報の使用範囲を前文に定めた目的に限定する条項で、秘密保持契約には絶対に欠くことのできない主要な条文のひとつである。
<解説>
・ 前条(秘密保持義務)においては、秘密情報の管理義務を定めた上で秘密情報を第三者に対して開示・漏洩することを禁止するとともに(第 1 項)、受領者内部
における開示範囲(第 2 項)を定めた。
・ しかしながら、これらの第三者開示禁止および受領者内部における開示範囲に関する定めだけでは、秘密情報の受領者内部での他目的への流用行為を禁止することはできない。そこで、開示者は本条のような規定を設け、受領者内部における目的外使用を禁止する必要がある。
・ AI 開発に先立って行われるアセスメント段階においては、事業会社がスタートアップに対してアセスメント目的で提供するデータを、スタートアップが事業会社に無断でスタートアップが保有する既存の学習済みモデルの学習に用いるなど、アセスメント以外の目的で使用することを禁止する意義を有する。
4 条(秘密情報の複製)
第 4 条 受領者は、本目的のために必要な範囲において秘密情報を複製(文書、電磁的記録媒体、光学記録媒体およびフィルムその他一切の記録媒体への記録を含む。)をすることができる。
2 前項に基づいて受領者が秘密情報を複製した場合には、複製により生じた情
報も秘密情報に含まれるものとする。
<ポイント>
・ 秘密情報が複製された場合、当該複製物たる情報も当然秘密情報に該当する。そこで、秘密情報が複製されることが可能であることを第 1 項で定めた上、第 2項において複製された情報も秘密情報の対象とすることを確認した条文である。
5 条(個人情報の提供)
第 5 条 甲および乙は、相手方に対して秘密情報を開示する正当な権限があることおよびかかる提供が法令に違反するものではないことを保証する。
2 乙が、個人情報の保護に関する法律(本条において、以下「法」という。)に定める個人情報および個人データ(以下総称して「個人情報等」という。)を甲に提供する場合には、法に定められている手続を履践していることを保証するものとする。
3 乙は、個人情報等を甲に提供する場合には、事前にその旨を明示する。
4 甲は、前項にしたがって個人情報等が提供される場合には、個人情報保護法を遵守し、個人情報等の管理に必要な措置を講ずるものとする。
<ポイント>
・ 第 1 項は双方が開示する秘密情報について、当該情報を開示する権限を有していること等の一般的な表明保証条項である。
・ 第 2 項以降は事業会社がスタートアップに提供する対象データその他の情報に個人情報等が含まれている場合に関する条項である。
<解説>
・ 本モデル契約が対象としている事例は、介護施設内で見守りカメラにより撮影されたカメラデータを処理対象としている。当該カメラデータ内には被介護者の顔
写真が写りこんでいることが通常であるが、当該データは個人情報に該当することがある2。
・ さらに、当該カメラデータが個人データにも該当する場合には、当該個人データを第三者に提供する場合には原則として本人から同意を得ることが必要となる(個情法 23 条 1 項)。この点、個々のカメラデータが個人データに該当するのは、そ
れらのカメラデータが「個人情報データベース等」(個情法 2 条 4 項)として介護施設において管理されている場合に限られる。どのような態様でカメラデータが介護施設において管理されているかはスタートアップにとって不明であるため当該カメラデータは個人データに該当するという前提に立つ必要がある。したがって、本事例においては、各介護施設において、カメラデータを事業会社に提供することについて被介護者本人の同意を取得済みであることを前提としている。介護施設と被介護者との間には施設利用契約が存在するため、当該利用契約に付随してかかる同意を取得することは困難ではないと思われる。
・ もっとも、実際に介護施設において同意を取得しているかはスタートアップにおいて確認できないため、個人情報保護法上必要な手続きを履践していることを事業会社において保証してもらうこととしている(第 2 項)。
・ カメラデータ(個人データ)の提供について本人同意不要とするために個人情報保護法 23 条 5 項 1 号の規定を前提とした委託スキーム(本サービスの提供を介護施設が事業会社に委託し、事業会社がスタートアップに(再)委託することを前提とし、当該委託に伴う個人データの提供という構成にする。)を採用することも考えられる。しかし、委託スキームの場合、当然のことながら当該個人データを利用できる範囲は委託の範囲内に限定されるところ、カスタマイズモデルを事業会社以外の第三者にも提供し、追加学習においても対象データ以外のデータを用いて当該モデルの精度向上を図った場合、委託の範囲を超えていると解釈される可能性がある。そのため、委託スキームは本件では採用していない。
・ なお、そもそも上記のような個人情報保護法上の問題は、介護施設から個人情報(個人データ)が第三者(スタートアップ・事業会社)に提供されることにより生じている。そのため、SaaS 形式ではなく見守りカメラ内に学習済みモデルを組み込み、同カメラ内で推論を行い、推論結果だけを各介護施設から見守りシステムに
2 介護施設側で入居者に関する情報(氏名・性別等)と送信対象となるカメラデータを紐づけて管理している場合、容易照合性(個人情報保護法 2 条 1 項 1 号)を満たし、顔写真が写りこんでいなくても当該カメラデータが個人情報に該当することはありうる。
送信するビジネスモデルであれば、このような問題は生じないことになる。個人情報を取り扱うビジネスにおいて個人データの第三者提供に関する本人同意を取得できないケースにおいてはそのようなスキームも検討する必要があろう。
・ また、第 3 項では、サンプルデータに個人情報を含める場合には、スタートアップにおいて不意打ちとならないよう、事業会社に明示することを義務付けている。
・ 他方、事業会社から提供する情報の中に個人情報が含まれている場合、スタートアップも個人情報保護法に基づき、当該情報を適切に管理等する義務が生じることを第 4 項において規定した。もっとも、スタートアップが個人情報保護の体制を十分に整えられない状況の場合は、形式的にスタートアップに適切に個人情報を取り扱う義務を課すだけでは、個人情報が流出し、状況によっては事業会社もその責任を問われかねず、事業会社にとって実質的なリスクヘッジにならない場合もあろう。そのため、スタートアップの管理体制を踏まえて、スタートアップに管理義務を課しつつも、事業会社から体制構築に向けたアドバイス提供等、相互に協力することも考えられる。
6 条(秘密情報の破棄または返還)
第 6 条 受領者は、本契約が終了した場合または開示者からの書面等による請求があった場合には、自らの選択および費用負担により、開示者から開示を受けた秘密情報(複製物および同一性を有する改変物を含む。以下本条において同じ。)を速やかに破棄または返還するものとする。
2 受領者は、開示者が秘密情報の廃棄を要請した場合には、速やかに秘密情報が化体した媒体を廃棄し、当該廃棄にかかる受領者の義務が履行されたことを証明する文書の提出を開示者に対して提出するものとする。
3 前 2 項の規定にかかわらず、甲は、乙から開示を受けた秘密情報については、次条(PoC 契約および共同研究開発契約の締結)に基づき PoC 契約または共同研究開発契約が締結された場合に限り、同契約上に定められた、秘密情報の利
用条件のもとで利用することができる。
<ポイント>
・ 受領した秘密情報の返還義務等を定めた条項である。
<解説>
・ 繰り返しとなるが、アセスメント段階では、スタートアップの保有するAI 技術が事業会社に導入可能であるかどうかを検証し、次のフェーズであるPoC および共同研究開発に移行するかどうかの検討を行う。
・ 事業会社がアセスメント目的でスタートアップに提供する対象データやアセスメント結果の報告書(あれば)は、第 1 条(秘密情報の定義)に定められているとお
り、秘密情報に該当する。
・ しかし、スタートアップおよび事業会社が次のフェーズに移行することを合意している場合においても、スタートアップから事業会社に対し秘密情報を一度返還等しなければならないのは煩瑣である。そこで、第 3 項を設け PoC 契約または共同研究開発契約が締結された場合に限り、同契約上の秘密情報の利用条件に従い利用できるものとした。
7 条(PoC 契約および共同研究開発契約の締結)
第 7 条 甲および乙は、本契約締結後、PoC(技術検証)または共同研究開発段階への移行および PoC 契約または共同研究開発契約の締結に向けて最大限努力し、乙は、本契約締結日から 2 か月(以下「通知期限」という。)を目途に、甲に対して、PoC 契約または共同研究開発契約を締結するか否かを通知するものとする。ただし、正当な理由がある場合には、甲乙協議の上、通知期限を延
長することができるものとする。
<ポイント>
・ PoC または共同研究開発契約への移行についての規定である。
<解説>
・ 秘密保持契約を締結したものの、その後音沙汰がなく、スタートアップが他の競合企業とのアライアンスを検討する機会を逸してしまう場面も少なくないが、次回資金調達までの短期間の中で実績作りや資金繰りを成し遂げなければいけないスタートアップとしては致命傷になりかねない。
・ そこで、当事者にPoC 契約または共同研究開発契約締結の努力義務を課すとともに、次のステップに進むかどうか未確定なままで時間が経過することを避けるため、事業会社に対し一定期間内にPoC 契約または共同研究開発契約を締結するか否かの通知義務を課している。
・ ただし、検討に要する時間は案件や状況に応じて異なり、適切な期間を契約締結時に定めることは困難であることもあるため、通知期限は目安とした上で、正当な理由があれば協議の上同期限の延長を可能とした。
8 条(損害賠償)
第 8 条 本契約に違反した当事者は、相手方に対し、相手方が負った損害を賠
償する責任を負う。
<ポイント>
・ 本条は、本モデル契約の履行に関しての損害賠償責任について規定している。
<解説>
・ 第 1 条の解説で触れたとおり、アセスメントに際しての秘密保持契約においては、スタートアップは主として秘密情報を受領する立場にある。そのため、とりわけ、資金力の乏しいスタートアップにおいては、損害賠償の範囲を無制限とはせ
ず、通常損害に限定する、逸失利益を明示的に除外するなどのリスクヘッジが必要になることがある。
・ これに対し、主としてデータを開示する立場にある事業会社においては、提供者側の視点からの主張を行うことになる。
9 条(差止め)
第 9 条 契約当事者は、相手方が、本契約に違反し、または違反するおそれがあ
る場合には、その差止め、またはその差止めに係る仮の地位を定める仮処分を申し立てることができるものとする。
10 条(期間)
第 10 条 本契約の有効期限は本契約の締結日より 1 年間とする。ただし、本契約の終了後においても、本契約の有効期間中に開示等された秘密情報については、本契約の終了日から 1 年間、本契約の規定(本条を除く。)が有効に適
用されるものとする。
<ポイント>
・ 契約の有効期間を定めた一般的条項である。
<解説>
・ 契約期間のみならず、契約期間終了後に、どの程度の期間秘密保持義務を負担するかについても注意が必要である。契約期間が 3 か月など短く設定されて
いても、残存条項により 10 年など契約終了後も長期間に亘って秘密保持義務を負うケースもある。
・ 残存条項の期間は厳しい交渉が行われる項目のひとつである。期間は 2~3 年とすることが多いが、ビジネスおよび開示等される情報の性質(対象となる秘密情報等が陳腐化する期間はどの程度かなど)により調整が必要である。本秘密保持契約においては、PoC 段階や共同研究開発段階と比較して、提供されるカメラデータの事業上の機密性や分量がそれほど多いものではないことから、残存期間を 1 年間としている。
11 条(準拠法および裁判管轄)
第 11 条 本契約に関する一切の紛争については、日本法を準拠法とし、●地方
裁判所を第xxの専属的合意管轄裁判所とする。
<ポイント>
・ 準拠法および紛争解決手続きに関して裁判管轄を定める条項である。
<解説>
・ クロスボーダーの取引も想定し、準拠法を定めている。
・ 紛争解決手段については、上記のように裁判手続きでの解決を前提に裁判管轄を定める他、各種仲裁によるとする場合がある。
12 条(協議事項)
第 12 条 本契約に定めのない事項または本契約について疑義が生じた場合につ
いては、協議の上解決する。
<ポイント>
・ 紛争発生時の一般的な協議解決の条項である。
本契約締結の証として、本書 2 通を作成し、甲乙記名押印の上、各自 1 通を保
有する。
年 月 日
甲乙
その他の追加オプション条項立入検査条項
甲および乙は、相手方が本契約に従って秘密情報等を管理していることを確認するため、相手方に対し、検査内容および日程を書面等により事前に通知の上、合理的な範囲において相当な方法により対象となる施設に立入り、検査を行うことができるものとし、相手方はこれに合理的な範囲内で協力するものとす
る。
<ポイント>
・ 秘密管理状況を確認するため、立入条項を設ける場合もある。
知的財産権の帰属条項
秘密情報等に関連して生じた特許権、実用新案権、回路配置利用権、意匠権、
著作権、商標xxの知的財産権(以下総称して「xx的財産権」という。)は当該知的財産権を創出した者が属する当事者に帰属する。
<ポイント>
・ 秘密保持契約の段階で知的財産権の帰属条項を入れるかどうかについてはケースによって判断が分かれるところである。
・ 今後、どのような協業を行うことができそうかまずは相談をしたい、といった軽い目的で秘密保持契約が締結される場合、知的財産権の帰属条項を入れないことで余計な交渉を減らし、スピードを重視するという考え方もある。
・ 他方、そのような目的であったとしても、極めてコアな情報の開示等が要求されることが想定される場合は、知的財産権に関する扱いを明確化するため、上記の ような条項を入れることも考えられよう。
・ なお、秘密保持契約しか締結していない時点(検討段階)で新たな知的財産権が生じるケースは少なく、また、PoC や共同研究開発に移行した際にいかなる知的財産権が生じうるのか、また、知的財産権の帰属を含む諸条件をいかに定めるのが妥当かの見通しを立てることが困難なケースも多いため、秘密保持契約において、知的財産権の帰属について契約上の条項として定めるケースは多くはない。
【別紙】「対象データ」
(1)データの概要
(例)介護施設において乙がカメラを設置したうえで撮影したカメラデータ。当該カメラデータについては撮影対象である被介護者本人から第三者提供に関する同意を取得する手続を履践するものとする。
(2)データの項目 (3)データの量
(4)データの提供形式