Contract
1 労働条件の変更
弁護士
xx xx
特集1
労働条件の変更
弁護士 xx xx
Q1-1 労働条件変更の形態
入社時に決められていた労働条件が変更されるのは、どういった場合でしょうか。
A1-1
労働条件とは、給与額、休憩・休暇の態様、退職金額等多岐にわたります。雇用関係も労働契約という契約になります。こうした労働条件は、入社時の労働契約によって定められるのが原則です。したがって、まず、①使用者、労働者の契約当事者のいずれもが変更に合意した場合、労働条件の変更は可能です(労働契約法3条、8条、Q2)。次に、使用者が従業員全般にわたって労働条件の変更をする場合があります。これは、②就業規則の変更(Q3)、③労働組合との協議による労働協約の変更(Q4)、によって行われることになります。
解説
1 労働契約も契約であり、契約自由の原則から使用者と労働者の合意によって労働条件を変更することができる(労働契約法8条)。但し、労働契約は就業規則よりも労働者に不利益なものであってはならない(同法12条)。
また、使用者にとっては労働者は代替者を確保し得ることから現実の場面では使用者が労働者に対して優位な立場にあるため、労働者を保護する法制として労働法制が定められている。こうした労働法制の趣旨から、労働者の合意の有無は、より厳密に検討されることとなる(Q2)。なお、事前合意に基づく配転等の使用者の人事権の行使は労働条件変更の問題ではなく、有効な人事権行使である限り労働者の同意が必要となるわけではない。
2 就業規則とは、事業場の労働者集団に対して適用される労働条件や職場規律に関する明文化された規則類であり、常時10人以上の労働者を使用する使用者には就業規則の作成義務がある(労働基準法89条)。労働契約法制定以前から、就業規則の変更による労働条件の不利益変更が有効か否かが議論されてきたが、労働契約法は、こうした議論を受けて就
業規則の変更に合理性が認められる時には、不利益変更も可能であることを明示した(労働契約法9、10条、Q3)。
3 労働協約とは、使用者と労働組合との間の労働条件等に関する合意であり、書面化されて両当事者が署名または記名押印したものである(労働組合法14条)。労働協約によっても労働条件の変更が認められることがある(Q4)。
Q1-2 合意による変更
上司から迫られて、退職金算定基準の変更に同意する書面に署名してしまいました。しかし、よく見ると退職金額が大幅に減額されています。書面に署名してしまうと、何も言えなくなるのでしょうか。
A1-2
就業規則の変更のない場合は労働契約法違反となり
(労働契約法12条)、就業規則の適用が受けられます。また、不利益内容について十分に説明を受けて同意したのでない限り、同意の効力はありません。
解説
1 労働契約法制定以前から、就業規則に反する労働契約は無効であるとされてきており(労働基準法93条)、これは労働契約法12条に引き継がれている。したがって、退職金算定基準の変更が就業規則に反している場合には無効となる。もっとも、使用者がこのような同意を求める以上、就業規則も変更していることが多いと考えられ、その場合には、就業規則の変更による労働条件の不利益変更に合理性が認められるのかが問題となる(Q3)。
2 また、使用者と労働者の立場が対等とは言い難いことから、労働者の同意が認められるためには、具体的な事情のもとにおいて、労働者の自由な意思による同意であったか否かが判断されることとなる。最高裁は、「当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも判断されるべき」としている(最判平成28年2月19日裁判所時報1646号 57頁、同最判の引用判例として昭和48年1月19日最判民集27巻1号27頁、平成2年11月26日最判民集44巻
8号1085頁)。
したがって、労働者の同意があったというためには、十分な説明、情報提供が必要であり、また、労働者が同意するに至った経緯等から、その同意に不合理な部分がないのかが検証されることとなる。
なお、上記最判は、信用組合の吸収合併に伴う退職金算定基準の変更であり、消滅信組の退職金規程がこれよりも低額な吸収信組の退職金規程に統一されるにあたり、消滅信組の従業員がこれに同意する書面を作成したという事案である。この意味で、同最判は一種の集団的労働関係に関する判断ではあるが、個別的労働関係においても援用は可能な判断と考えられる。
その他、賃金の減額や放棄等について、労働者の自由な意思に基づく同意とは言えないとして同意を否定した判決例は少なくない(東京高判平成12年12月27日労判809号82頁、最判平成15年12月18日労判 866号14頁など)。
Q1-3 就業規則の変更による労働条件の変更
就業規則を変更することによって、労働条件の切り下げができる場合があると聞きましたが、有効か否かは、どういった基準で判断されるのでしょうか。
A1-3
就業規則の変更に「合理性」が認められることが必要であり、「合理性」が認められるか否かは、「就業規則変更の必要性の内容・程度、変更による不利益の程度、変更後の就業規則の内容の相当性、代償措置その他関連する労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関するわが国社会における一般的状況」等を総合考慮して判断されることになります(労働契約法10条参照)。そして、賃金、退職金などの労働者にとって重要な権利の変更については、「高度の必要性に基づいた合理性」が要求されます。
また、就業規則は労働者に周知させる手続を経ていないと拘束力を生じません(労働契約法7条、労働基準法106条参照)。
解説
1 労働契約法制定前は、就業規則による労働条件の不利益変更については明確な法規定がなく、判例法によりその可否、基準が形成されてきた。労働契約法10条等は、こうした判例法を成文化したものと言える。
こうした判例法のリーディングケースがいわゆる
「秋北バス事件」の最高裁判決(最判昭和43年12月25日判時542号14頁)である。最高裁は、就業規則について、一種の法的規範性を認める一方で、就業規則は経営主体が一方的に作成・変更できることから、
「就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは原則として許されない」ことを明確にしつつ、労働条件の集合的処理、統一的・画一的な決定をその建て前とする就業規則の性質から、「当該規則条項が合理的なものである限り」、労働者はその適用を拒否することはできない、という判断をした。
その後、「当該規則条項が合理的なものである限り」との判示における「合理性」の判断基準について、判例が積み重ねられる状況となった。タケダシステム事件( 最判昭和58年11月25日判時1101号114頁)、xx市農協事件(最判昭和63年2月16日判時 1278号147頁)、第一小型ハイヤー事件(最判平成4年
7月13日判時1434号133頁)、第四銀行事件(最判平成
9年2月28日判時1597号7頁)などを経て、上記のような判断基準が形成されてきた。結論として、これらの事案では、就業規則の変更による労働条件の変更は有効とされてきた。但し、第四銀行事件(最判平成9年2月28日判時1597号7頁)では反対意見も付されており、同事案が限界事例であることがうかがわれた。
こうした中、みちのく銀行事件で、最高裁は就業規則の変更による不利益変更を無効とした(最判平成12年9月7日判時1733号17頁)。第四銀行事件とみちのく銀行事件の比較は必ずしも簡単ではないが、第四銀行事件が、定年年齢の延長に伴う賃金減額の事案であり、従前の定年年齢後の継続雇用の慣習による期待は法的な期待とは言えないとされたのに対し、みちのく銀行事件は、定年年齢に変更はなく定年直前の数年間の賃金減額の事案であり、定年までの雇用の期待は法的な期待であったという点が重視されているようである。このため、第四銀行事件では定年年齢の延長を捉えて一種の代償措置であると判断されている(但し、従前から定年後の継続雇用の慣習がある中での賃金減額であり、実質は賃金切り下げに等しいという実態があり、この点が反対意見の根拠となっている。)のに対し、みちのく銀行事件では、こうした代償措置がない点が重視されているようにも見える判断となっている。
2 また、就業規則はこれを労働者に周知させなけれ
Oike Library No.44 2016/10 2
ばならず(労働契約法7条、労働基準法106条)、これを欠いた場合には、就業規則の労働者に対する拘束力は生じない(労働契約法7条、最判平成15年10月10日判時1840号144頁)。
Q1-4 労働協約の変更による労働条件の変更
労働組合との協議によって従前の労働条件を変更する労働協約が締結されましたが、こうした協約には反対の労働者も拘束されてしまうのでしょうか。
A1-4
労働協約の場合は、これが不合理でない限りその効力を生じます。但し、労働協約の効力が及ぶのは原則として、その協約を締結した労働組合の組合員である従業員です。但し、事業場の4分の3以上の従業員を組織する労働組合が締結した労働協約は、当該事業場の非組合員にも効力が及びます(労働組合法17条)。 解説
1 労働協約は就業規則に優先し(労働契約法13条)、
就業規則よりも労働者に不利な内容の部分も労働協約が優先するとされている。これは、労働協約締結にあたっては種々の駆け引き等がなされ、一方で労働者に優位な内容を獲得するために、他方で不利益な内容を受忍することもあるためである。したがって、労働協約による労働条件の不利益変更は、就業規則の変更をせずとも効力が生ずることとなる。
2 そして、労働協約による労働条件の変更は、その変更内容が不合理でない限り、効力を生ずるとされている(朝日火災海上保険事件(最判平成8年3月26日判時1572号133頁、最判平成9年3月27日判時1607号 131頁))。これは、労働協約は労働組合を通じた労使の合意という側面があり、使用者が一方的に定める就業規則とは異なることから、原則として合理性が推認されるためである。したがって、労働協約による労働条件の不利益変更は、変更内容が不合理でない限り有効となる。
但し、労働協約締結に際し、組合大会決議を経ておらず、組合員からの意見聴取が不十分であったり
(xx製作所事件(東京高判平成12年7月26日労判789号6頁、最判平成12年11月28日労判797号12頁))、協約合意についての書面作成がない場合には(最判平成13年3月13日判時1746号144頁、労働組合法14条)、労働協約自体の効力が生じないとした判例がある。
3 次に、労働協約の効力が及ぶのは、原則として労働協約を締結した労働組合の組合員である従業員で
あり、また、その協約が一定の事業場についてのものである場合には、当該事業場に所属する組合員である従業員ということになる。
しかし、協約を締結した労働組合が、当該事業場の4分の3以上の従業員を組織している場合には、その事業場の非組合員も当該労働協約に拘束される
(労働組合法17条)。労働条件の不利益変更についても、上記朝日火災海上保険事件最高裁判決(最判平成8年3月26日判時1572号133頁)は、労働協約が不合理でない限り、未組織の非組合員にも効力が及ぶとしている。