Contract
民事裁判実務6(保証)
【学習のポイント】
1 保証契約の締結
2 書証と二段の推定
3 代理と表見代理
【事例】
(Aの言い分)
私にはBという従兄弟がおりますが,BがC株式会社を設立して代表取締役に就任し,大阪市内でコンピュータ関連の事業を始めました。その後会社の経営は順調にいっていると聞いておりましたが,親戚の法事で出会ったときに,Bから,「事業を拡張したので経営資金がショートしそうだ。銀行から200万円の融資を受けようと思っている。保証人が必要なので保証人になってくれないだろうか。自宅に抵当権を設定するので迷惑をかけることはないから。」と頼まれました*1。保証人になることは嫌だったのですが,抵当権を設定するから迷惑をかけないと言われたことと何回も頼まれて根負けしたこと,融資先が銀行なら安心だと思って保証人になることを承諾しました。Bから印鑑証明書と実印を預けてくれれば保証の書類はBの方で用意するということだったので,Bを信用して渡しました。実印は二,三日後に返してきたので,その後は保証したことも長い間忘れてしまっておりました。ところが,ある時,D株式会社という聞いたこともない会社から「訴訟予告」という書面が届きました。それによると,C株式会社がDから借りた500万円について私が連帯保証人になっており,500万円の支払いがないから支払え。支払わなければ訴訟を起こすと書いてあるのです。驚いてBに連絡しましたところ,「申し訳ない。銀行融資が受けられなかったので,Dという金融業者から金を借りた。抵当権は設定しなかった。金額も増えたが500万円なら承知してくれるだろうと思って,書類を作成した。」というのです。私は怒り狂ってBを責めましたが,Bは謝るばかりでらちがあきません。そうこうするうちに,裁判所から訴状が届きました。しかし,私が承諾したのは銀行融資の200万円の保証のみでありまして500万円の保証を承諾したことはありませ
*1 銀行などの金融機関から融資を受ける方法としては,①長期分割返済を予定した証書貸付と②短期の返済を予定した手形貸付とがある。証書貸付においては金銭消費貸借契約書が,手形貸付においては約束手形が貸付の証拠として金融機関側に残る。
んし,金融業者からの融資の保証人になったことはありません。また,訴状に添付されております甲1の金銭消費貸借契約書の連帯保証人の欄に押してある印影は確かに私の実印ですが,内容は私が承諾したものではありません。
(D代表者の言い分)
当社は大阪市内で金融業を営んでおります。平成16年10月1日,C株式会社から5
00万円の融資の申込みを受け,Xとその従兄弟だというAの連帯保証のもとに融資を致 しました。当社の融資用の金銭消費貸借契約書*1の用紙をBに手渡し,主たる債務者欄に はC株式会社の,連帯保証人欄にはBとAの署名捺印がある契約書を受け取り,融資をし た次第です。BとAの印鑑登録証明書も受け取りました。なお,当社はこの程度の金額の 場合には抵当xxの物的担保は要求しません。C株式会社はその後は利息の支払を継続し ておりましたが,手形の不渡りを出して倒産したらしく,弁済期に支払をしませんでした。そこで連帯保証人であるBとAに支払いを請求した次第です。Bの自宅には他社の抵当権 が多数設定されておりますし同人に資力がないので,Aに対し,連帯保証債務の履行を求 める訴訟を提起しました*2。
第1 検討
1 連帯保証契約は,債権者と連帯保証人との意思表示の合致により成立する契約である。しかし,DとAとは直接接触してはいないから,DとAとの間に直接,意思表示が合致したはずはない。Dが接触したのはBであるから,DとしてはDとBとの意思表示の合致により,DとAとの連帯保証契約が成立したと主張するほかない。すなわち,Dは,「BがAの代理人であること,仮にそう認められないとしても表見代理が成立することにより,Aとの間に連帯保証契約が成立した。」と主張することになる。
2 しかし,訴訟提起の当初からそのように主張する必要はない。訴状作成の段階にお いては,DはAとの間に直接連帯保証契約が成立したと主張すればよい。訴訟提起の 段階では,被告のAが争うのかどうかは原告のDにはわからないし,欠席判決になる かもしれないからである。なお,Xは,訴状の添付書類として,Aの実印の印影があ る金銭消費貸借契約書(甲1)と,Aの印鑑登録証明書(甲2)を提出すべきである。
3 訴状の送達を受けたAは,答弁書において,連帯保証契約の成立を否認するのは当
*1 契約書には債権者と債務者が記名捺印するのが本来の形であるが,金銭消費貸借契約については,債務者のみに記名捺印させて債権者に提出させる差し入れ形式のものが多い。
*2 実務では,主たる債務者C,連帯保証人B,同Aを共同被告として訴訟を提起するのが普通であるが,説明の便宜のためにAのみを被告とした。
然であるが,否認しっぱなしでよいかというとそうではない。というのは,原告提出の甲1には,被告Aの印章による印影があるからである。ここに書証に関する「二段の推定」という重要な問題がある。二段の推定とは次の意味である。
我々日本人は,実印と認め印とを問わず,「印」を大切に保管し,慎重に使用するのが普通である。したがって,ある書面にある人の印とわかる印影があれば,それはその人が自分の意思で押捺したものだろうと思う。他人が勝手に押したことはまずないと考える。裁判官もそのように考える。そうすると,「私文書中の印影が本人の印章により顕出された場合には,反証なき限り当該印影は本人の意思に基づき成立したと推定」される。これは事実上の推定である*1。
次に民訴法228条4項は,「私文書は,本人・・・の押印があるときは,真正
に成立したものと推定する。」と規定している。その意味は,ある私文書にある人
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がその意思で押印した印影があるときは*2,その人は,文書内容を全部理解して全
部を作成したと推定するということである。つまり,押印の部分だけではなく,その余の部分も含めて,すなわち押印されている文書の全部がその人の意思により成立したと推定するというのである。これは法律の条文で規定された推定であるから法律上の推定である。
これらの二段の推定により,ある私文書に印が押捺されており,その印影が本人の印章により顕出されたと認められることにより,反証なき限り当該印影は本人の意思に基づき成立したと事実上推定され,次いで,民訴法228条4項により文書全体が真正に成立したものと法律上推定される。
4 そうすると,甲1の金銭消費貸借契約書に被告Aの印章による印影があれば,甲1は真正に成立したものと推定されるから,裁判官は,甲1により,AとD間に直接連帯保証契約が成立したものと判断してしまう。だから,Aは,連帯保証契約の成立を否認しっぱなしにしておけばよいものではなく,推定を破る事情,すなわち,Aがいかなる事情のもとに印をBに渡したのかの事情を含め,Bが約束に反してAが承諾していない連帯保証が記載された甲1を作成した経過を,答弁書や準備書面で詳しく説明し,主張なければならない。
5 Aの主張を受けて,Dとしては,準備書面により,代理及び表見代理の主張を始め
*1 最判昭和39年5月12日
*2 本人の意思で押捺したときのみ法律上の推定が働く。他人が無断で印を押捺したときは法律上の推定は働かないので注意すべきである。
ることになる。本件で,原告のDが表見代理を主張するについて,その前提となる事実関係は,Aは,Bに対し,Cの銀行に対する200万円の借入金を主たる債務とする連帯保証契約締結の代理権を与えたとの事実である。
第2 研究
1 保証契約について
保証契約の締結
保証契約は,保証人と債権者との間の契約である* 1。従来は,「他人の債務を保証する,保証を受ける」という意思表示の合致のみで保証契約は成立することになっていたが,平成16年に民法が改正され,「保証契約は,書面でしなければ,その効力を生じない。」(民法446条2項)とされたので,保証契約成立のためには,意思表示の合致のみでは足りず,書面の作成が必要となった。
保証契約が成立するための要件事実は,次のとおりである。
①主たる債務の発生
②保証人と債権者との意思表示の合致
③書面の作成 保証と連帯保証
保証と連帯保証とは,次の点が異なる。単なる保証人は,催告の抗弁権と検索の抗弁権を有するが,連帯保証人はこれらの抗弁権を有しない(民法454条)。催告の抗弁とは,保証人が債権者から請求を受けたときには,「まず主たる債務者に催告せよ。」と要求する権利である(452条)。検索の抗弁とは,保証人が債権者から請求を受けたときには,「主たる債務者には強制執行が容易なこういう財産があり弁済の資力があるから,まずは主たる債務者に対する強制執行をせよ。」と要求する権利である(453条)。
しかし,催告の抗弁といっても検索の抗弁といっても,実際上,意味があるとは思われない。というのは,債権者は通常,主たる債務者に請求し,弁済を得られないからこそ保証人に請求するのが普通であるし(催告の抗弁は出る幕がない。),主たる債務者に強制執行が容易な財産がないからこそ(検索の抗弁は出しようがない。),保証人に請求するのが普通だからである。
*1 主たる債務者から頼まれて(委託を受けて)保証人になるのが通常であるが,頼まれもしないのに主たる債務者に無断で保証人になっても保証契約は有効である(委託を受けない保証人)。
保証と根保証
通常の保証は,ある特定の主たる債務,例えば平成○年○月○日に債権者が主た る債務者に金銭を貸し付けた貸金返還請求権の保証である。これに対し,根保証と は,債権者と保証人とが合意したある特定の範囲に属する債務の保証である。特定 の範囲とは,特定の枠と考えればよい。予め債権の種類とか限度額とかの枠を予め 合意しておき,ある時点(確定時点)において合意した枠に該当する債権であれば, すべてが保証の対象となる仕組みである。根保証,特に貸金等の根保証については,根保証人の責任が過大になるおそれがあるので,平成16年の民法改正により,民 法465条の2以下に根保証人保護のための規定が新設された。
2 代理と表見代理
民法109条の表見代理
代理人に代理権がなければ,それは僭称代理人であって,僭称代理人がした意思表示の効果が本人に及ぶことはない。この場合には,本人は知らぬ存ぜぬと言い張って逃げ切ることができる。しかし,意思表示を無効としたのでは相手方に酷な場合がある。例えば,AがBに対し,「Cを代理人としてそちらに行かせる。」と連絡したがその後考え直し,Cに代理権を授与せず又は授与した代理権を撤回したような場合に,Xが敢えてAの代理人としてBのもとに赴き,所用の意思表示をした場合である。BとしてはAから通知を受けたとおり,CがAの代理人であると信じるのは当然である。このような場合には,Bの保護のために,Bには代理権はないけれども,あたかも代理権があったかのように扱うべきである。それが民法109条の代理権授与の表示による表見代理である。
民法110条の表見代理
Aから「Cから100万円を借りてきてくれ(借主はA)。」と頼まれたBが,Cのもとに赴いたところ,100万円どころか200万円貸してくれそうな雲行きなので,Aを借主として200万円を借りてきたとする。100万円については代理権の範囲なので,金銭消費貸借契約が成立するのは当然であるが,後の100万円については,代理権がないので本人たるAに効果が及ばないかのごときである。しかし,Cにおいて,Bが200万円の借り入れについて代理権を有していると信じる正当な理由があったときは,200万円全額について,代理権があったかのように扱うべきである。それが民法110条の権限外行為の表見代理である。
民法110条は,「代理人がその権限外の行為をした場合において」と規定していることからわかるように,何らかの代理権(基本代理権という。)を有していたこ
とが必要であり,全く代理権のない者がした行為には適用されない。 民法112条の表見代理
AがBを代理人にして,Cとのいろいろな取引を担当させていたが,その後Bの 人物,xxに問題があるとして代理人を解任したが,Cにそのことを伝えない間に, BがAの代理人としてCと取引をしたときには,Cは,問題の取引についてもBが 代理権を有すると信じるだろう。その信頼は保護されなければならないから,その 取引についてBは代理権を有しないにもかかわらず,代理権を有していたかのよう に扱われる。これが民法112条の代理権消滅後の表見代理である。
混合形態
民法が定める表見代理は,以上の三種類であるが,三種類相互の混交形態の表見代理もあり得る。
3 書証の形式的証拠力と実質的証拠力
貸金返還請求訴訟において,原告が,被告が作成したという借用証書を書証として 提出しても,実は被告が作成したものではないところの偽造文書であれば,証拠とし ての価値がない。裁判官はこのような書証により事実を認定してはならない。文書は,その成立が真正であることを証明しなければならない(民訴法228条1項)のであり,このことを形式的証拠力という。偽造文書であれば形式的証拠力がなく,真正な文書 であれば形式的証拠力がある。
真正に成立した借用書であり形式的証拠力があるとした場合でも,その内容が問題である。何が書いてあるかわからないような文書は,形式的証拠力があっても実質的証拠力がない。
4 無権代理について
原告のDが,「被告Aの代理人Bと原告との間で連帯保証契約が成立した。」と主張するのに対し,被告のAが,「それは無権代理である。」と反論したとすれば,その主張は訴訟上どのように位置づけられるか。被告は抗弁を主張していることになるのかどうか。これは,法律の初心者が錯覚しやすいところである。
連帯保証債務の履行を求める訴訟において,「被告Aの代理人Bと原告との間で連帯保証契約が成立した。」という主張は,原告の請求原因の一つである。被告がこの請求原因に対して認否を加える場合に,被告がBに代理権を授与したことがなければ,被告は,「請求原因事実は否認する。」と答弁することになる。この場合に,「請求原因事実は否認する。」との認否に加えて,さらに「Bは無権代理人である。」と言ってみても請求原因の認否と同様のことを言っているだけであって,
「仮に代理権があるとしてもこうだ。」という(仮定)抗弁を主張しているわけではない。抗弁というのは,相手方の主張と矛盾しない別個の事実を主張して相手方の主張の効果を消滅させる主張である。もし,「Bは無権代理人である。」との主張が抗弁であるとすれば,被告は,「Bが被告の代理人であるとしても,代理人ではない。」という訳のわからないことを言っていることになるのであって,そう考えると,これが抗弁でないことは明らかであろう。代理権の主張に対する真の抗弁があるとすれば,「その後代理権授与を撤回した。」とかがそれである。
無権代理行為の追認について
無権代理人のした意思表示の効果は本人に及ばないが,場合によっては,本人から,無権代理人ながらも,自分に有利なことをしてくれたと評価し,無権代理人のした意思表示の効果を受けたいと希望することもあり得るだろう。そこで,民法1
13条は,「代理権を有しない者が他人の代理人としてした契約は,本人がその追 認をしなければ,本人に対してその効力を生じない。」と定め,本人が追認するこ とにより本人に効力が及ぶことを定めた。このように無権代理行為を本人が追認す ることがあり得るから,有効になるのか無効になるのか,法律関係が不安定である。そこで,不安定な法律関係を安定させるための手段が民法に規定されている。
無権代理人の責任について
無権代理人が本人の追認を得ることができなかった場合の責任については,民法
117条が定めている。
5 保証人と主たる債務者との関係
保証人が主たる債務者のために保証債務を履行したときは,保証人は主たる債務者に対して求償権を取得する。主たる債務者から委託を受けて保証人になった場合と,主たる債務者から頼まれもしないのに勝手に保証人になった場合とでは求償権の範囲に差がある(民法459条,462条)。なお,主たる債務者の委託を受けて保証人になった者については,保証債務を履行する前に,主たる債務者に対する事前求償権があることが民法460条に定められているが,これは誠に妙な規定である。同条によれば,主たる債務である100万円の貸金返還債務の弁済期が到来したが主たる債務者が債権者に債務を履行しないときは,保証人から主たる債務者に対して100万円の支払を求めることができることになる。保証人は主たる債務者から100万円を回収して,債権者に弁済することが期待されている。しかし,保証人が主たる債務者から100万円を回収しても,債権者に弁済するかどうかわからないから,主たる債務者は事前求償権を行使する保証人に対し,担保を提供せよとかの抗弁権を有する。