(CPRC 客員研究員・東京大学大学院経済学研究科准教授) (CPRC スチューデントフェロー・東京大学大学院経済学研究科) (CPRC 研究員・経済調査室)
排他的取引契約の反競争効果と競争促進効果の考察
xx取引委員会
競争政策研究センター
排他的取引契約の反競争効果と競争促進効果の考察
【執筆者】
xx xx
(CPRC 客員研究員・東京大学大学院経済学研究科准教授)
xx xx
(CPRC スチューデントフェロー・東京大学大学院経済学研究科)
xxx xx
(CPRC 研究員・経済調査室)
【この研究における役割分担と位置付け】
1 この研究は,柳川,xx及びxxxによる共同分析・執筆作業によるものである。
2 本共同研究を取りまとめるに当たっては,xxxxx所長,xxxx,xxx x両xx研究官,客員研究員のxxxxx,xxxxxを始め,競争政策研究センターのワークショップの参加者から有益なコメントを頂いた。このような形で本研究をまとめることができたことについて感謝を述べたい。また,経済調査室のエコノミストxxxxとxxxx氏,スタンフォード大学のxxxx氏には,これらの研究に対して常に相談に乗っていただいたことに感謝する。
3 本稿の内容は執筆者たちが所属する組織の見解を表すものではなく,記述中に残る誤りは筆者達のみの責任に帰する。
目 次
第 1 章 | はじめに | 3 |
第 2 章 | 下流企業による排他的取引契約 | 12 |
2.1 | モデル . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . | 13 |
第 3 章 | 多段階市場における排他的取引契約 | 17 |
3.1 | 3 段階の産業構造 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . | 18 |
3.2 | 生産者が N ≥ 2 社,小売業者が X ≥ 2 社の場合 . . . . . . . . . . . . . . . | 20 |
3.2.1 既存流通業者が小売業者に対して排他的取引契約を提示する場合 . | 21 | |
3.2.2 既存流通業者が生産者に対して排他的取引契約を提示する場合 . . . | 23 | |
3.3 | 生産者が N = 1 社,小売業者が X ≥ 2 社の場合 . . . . . . . . . . . . . . . | 25 |
3.3.1 既存流通業者が小売業者に対して排他的取引契約を提示する場合 . | 25 | |
3.3.2 既存流通業者が生産者に対して排他的取引契約を提示する場合 . . . | 27 | |
3.4 | 生産者が N ≥ 2 社,小売業者が X = 1 社の場合 . . . . . . . . . . . . . . . | 28 |
3.4.1 既存企業が小売市場に対して排他的取引契約を提示する場合 . . . . | 29 | |
3.4.2 既存企業が生産市場に対して排他的取引契約を提示する場合 . . . . | 30 | |
3.5 | 生産者が N = 1 社,小売業者が X = 1 社の場合 . . . . . . . . . . . . . . . | 31 |
3.5.1 既存流通業者が小売業者に対して排他的取引契約を提示する場合 . | 31 | |
3.5.2 既存流通業者が生産者に対して排他的取引契約を提示する場合 . . . | 32 | |
3.6 | K 段階の産業構造 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . | 33 |
排他的取引契約の反競争効果と競争促進効果の考察
第 4 章 おわりに 36
第1 章 はじめに
排他的取引契約に関する研究は,近年,学術的な研究,実務的な観点からも非常に関心が高い分野の一つである。日本の独占禁止法において排他的取引契約は排除行為の一種と考えられる場合もあり,また不xxな取引方法の一つとして規制されている。排他的取引契約が反競争的であるとみなされるのはどのような場合であるのか。参考として,日本の排他的取引契約に関するガイドラインの一部を抜粋すると次のような記述がある。
「業者が,相手方に対し,自己の競争者から商品の供給を受けないことを条件として取引したとしても,競争者が当該相手方に代わり得る供給先を容易に見いだすことができる場合には,競争者は,価格,品質等による競争に基づき市場での事業活動を継続して行うことができる。したがって,当該行為は,それ自体で直ちに排除行為となるものではない。
しかし,相手方に対し,自己の競争者との取引を禁止し又は制限する条件を付けて取引することは,当該相手方に代わり得る取引先を容易に見いだすことができない競争者の事業活動を困難にさせ,競争に悪影響を及す場合がある。このように,相手方に対し,自己の競争者との取引を禁止し,又は制限することを取引の条件とする行為は,排除行為に該当し得る。」(「排除型私的独占に関する独占禁止法の指針xxxx年公取委」3-(1) より)
本報告書内で考察する排他的取引契約とは,当該市場に参入を試みる企業を排除するために,取引相手に自分以外との取引を禁止する契約である。このような契約が結ばれることによって,市場ないし産業全体に対してどのような効果を与えるのか。 また,そのよう
な契約を提案するインセンティブ,又は提案された側が受諾するインセンティブがあるのか。 これらの疑問に答える形で既存研究はなされてきた。また,排他的取引契約に関する研究には,排他的取引契約の反競争効果を検討する研究に対し,排他的取引契約の競争促進効果を検討する研究も存在する。本報告書では前者に焦点を当てて分析を行う。そして,反競争効果に関する一連の研究の主要な関心は,排他的取引契約によって効率的な新規参入が阻害されるかどうかという点にある。1)
次節で紹介を行う既存研究の多くの排他的取引契約は上流市場から下流市場へ提示する場合を想定している。これに対し,本報告書の 2 章では,Oki and Yanagawa (2011b) において考察されている下流の企業(流通業者や小売業者を想定)から上流市場の生産者に対して排他的取引契約を提示するモデルについて考察する。2)
近年,アメリカやヨーロッパにおいて,流通業者の大型化などの影響から,下流市場の企業(小売業者,又は流通業者)による上流市場の企業(生産者)の囲い込み行動が競争政策上でも注目されている。3) 重要な点は,下流市場の企業が排他的取引契約を提示する場合の結果と,生産者が下流市場の企業へ排他的取引契約を提示する場合の既存研究の結果が異なるのか,異なるとすればどのような要因によるものなのかを明確にすることである。もし異なってくるならば,競争政策上のインプリケーションも異なってくるためである。
次に, 産業構造が多段階に分かれている場合を考察する。このとき,中間的な市場にいる企業は,自分よりも上流に存在する企業,又は下流に存在する企業どちらにも排他的取引契約を提示することができる。このとき,どちらに提示するかによって,排他的取引契約の成立しやすさが変わってくるかどうかを確認する。この点を明らかにすることにより,
1) 排他的取引契約について,反競争効果だけでなく,競争促進的効果に関する研究の網羅的な展望論文と
して,松八重 (2009) などがある。
2) Yanagawa and Oki (2010), Oki and Yanagawa (2011a,b) においても,同様に下流企業が上流企業に対
して排他的取引契約を提案するモデルが分析されている。
3) アメリカ,ヨーロッパの動向については 2 章において詳述する。
産業構造と排他的取引契約の反競争効果の関係が整理できる。
本報告書の構成は,次で排他的取引契約の既存研究を紹介する。2 章において,下流市場の企業が上流市場に排他的取引契約を提示する,幾つかの経済環境を考察する。3 章において,ライバルを排除するために,上流の市場に排他的取引契約を提示するのか,又は下流の市場に排他的取引契約を提示するのかに関して,市場構造を基に特徴付けを行う。4章において,本報告書のまとめを行う。
反競争的な排他的取引契約
排他的取引契約は,競争政策上,問題となり得るであろうと 1970 年代以前から直感的には認識されていた。しかしながら,1970 年代前半からシカゴ学派によって「反競争的な意味で排他的取引契約が用いられることは無い」と規制への異議が唱えられてきた。すなわち, シカゴ学派は,排他的取引契約を締結することよって, より効率的な企業との取引機会を諦め,かつ企業間でより競争を生み出す機会を消滅させるような契約に買手が同意するインセンティブは無いと主張した。Posner(1976) やBork(1978) によると,もし買手が排他的取引契約に同意するならば,より効率的な企業と取引することによって発生したであろう利潤の損失を完全に補償する必要がある。このとき,既存企業よりも効率的な参入者との取引によって生じる需要者の利潤をそれよりも非効率である既存企業が補填しなければならないことから,参入阻止のための排他的取引契約は,必ずしも既存の企業にとって利潤とならない。シカゴ学派の議論は分かりやすい上に排他的取引契約を研究する上で重要であるので,簡単なモデルを用いて以下で解説を行う。4)
プレイヤーの数は 3 とする。各プレイヤーは,買手 B, 既存生産者 I, と新規生産者 E
とする。各生産者は同質財を生産していると仮定する。排他的取引契約は新規生産者 E の
4) このモデルは,Whinston (2008) による。Whinston (2008) の 4 章は,排他的取引契約について網羅的なサーベイを行っている。
参入前に,既存生産者 I が買手に対して提案できると仮定する。排他的取引契約の内容は,その契約をサインした場合には,他の生産者から購入しないことと,見返りとして補償 xを受け取ることができるという内容である。一方,その契約にサインしない場合には市場での競争結果を得ることになる。任意の価格 p に直面している買手の逆需要関数を D(p) とする。既存企業の限界費用は c とする。E が市場に参入するための費用は f > 0 であるとする。E は,I よりも効率的に生産ができるので,限界費用は cE < c であると仮定する。ゲームの時系列は,以下のとおりである。
1 期目: I は,B に対して排他的取引契約を提示する。
2 期目: B はその排他的取引契約を受諾するか拒否するかを決定する。
3 期目: B がその排他的取引契約を受諾したかどうかを確認した上で,E は参入するかどうかを決定する。 参入するためには,E は固定費用 f を負担する。
4 期目: I,及び E (参入した場合)が B にその財に対する価格を提示する。B は,どの生産者からどのくらい財を購入するかを決定する。
まず,2 期目に排他的取引契約が成立し(B が 2 期目に受諾し)E が参入しなかったケースについて考える。このとき,財市場は I によって独占されているので,I は買手に対して次のような独占価格 pm を付けることになる。
p
pm ∈ arg max(p − c)D(p).
次に,2 期目に E が参入したと仮定する。もし排他的取引契約が結ばれていなければ,Iと E は価格競争を行う。E の方が限界費用は低いという仮定から,ベルトラン競争の結果として,E が pE = c という価格を付けることが導かれる。このとき,B は E と取引を行うことになる。E の利得は
(c − cE)D(c),
となり,この利得が参入費用より大きくなるための条件
(c − cE)D(c) ≥ f ,
を満たせば参入が可能になる。つまり,買手 B は,排他的取引契約にサインをすると高い価格 pm で購入しなければならない一方,そうでない場合,市場での競争結果,c の価格でその財を購入することが可能である。このとき,排他的取引契約にサインしたことによる買手の損失は以下のように書き表せる。
∫ pm
D(s)ds.
c
具体的な需要関数を考えることにより直観を深めたい。そこで次のような逆需要関数を
考える。
D(p) =
1 if v ≥ p,
0 otherwise.
ここで,v > c であると仮定する。v は需要者の支払い意思額とする。さらに,参入するための費用 f = 0 であるとする。この逆需要関数の下では,I の独占価格は pm = v となる。したがってこのとき,排他的取引契約を結んだことによる買手の損失は,v − c と書き表せる。つまり,この額以上の補償 x が無い限り,買手は排他的取引契約を結ぶインセンティブは無い。v − c は I の独占利潤と等しいので,排他的取引契約を結んでもらうためには,独占利潤以上の補償額を払う必要があることが分かる。このとき,I の利得は最大でゼロとなり,このような契約を申込んだとしても利得を得ることができないことが分かる。
この結果に基づき,シカゴ学派は,他の競争者を排除するために,排他的取引契約を用いるインセンティブはないと主張した。シカゴ学派の議論は,排他的取引契約の市場への影響に対して有用な直観を与えてくれるが,モデルが素朴すぎるという批判もある。
Xxxxxxxx(2008) が指摘するように,シカゴ学派の導いた結論は,極端なケースであることがその後の研究で明らかになってきている。近年の研究は,排他的取引契約がどのよう
なときに反競争的効果を生み出すのか,その条件を明らかにすることを主眼としてきた。以下では,排他的取引契約の反競争効果を示した主要な研究を簡単に紹介する。
先駆的な研究としてXxxxxx and Bolton (1987) がまず挙げられる。彼らは,排他的取引契約が破棄でき,破棄した場合の損害賠償額(違約金)が契約内で決定されている場合について考察した。この損害賠償スキームはLiquidated damage と呼ばれる。このとき,違約金を通じて,効率的な新規参入生産者からその利潤の一部を既存生産者へ移転させることが可能になる。その結果,違約金が大きすぎる場合には,効率的な新規参入が阻害されることが示された。これは,新規参入生産者の限界費用に不確実性があり,事前に違約金額を決定する段階では限界費用の実現値が分からないという仮定が強く効いている。違約金が新規参入者の限界費用の実現値に完全に対応した形で設定されていれば,効率的な参入が阻害されることはない。この点に着目し,Xxxxx and Whinston (1995) は,Xxxxxx and
Bolton (1987) に再交渉を導入したモデルを考察し,効率的な新規参入は常に実現すること
を示した。5)
また,違約金を考慮しない場合でも,排他的取引契約によって,既存生産者が利潤を確保できる可能性が存在する。これを示したのがXxxxxxxx et al (1991) と Xxxxx and Xxxxxxxx (2000) である。彼らは,新規参入生産者が参入するためには,一定数以上の需要が確保されなければならない状況を考えた。このとき,既存企業が十分な数の最終消費者と排他的取引契約を結ぶことができれば,新規企業は,参入するのに最低限必要な需要量を確保できない。参入が起きなかった場合,排他的取引契約を結ばなかった最終消費者(フリーな消費者)は既存企業と取引をしなければならない。このとき,フリーな消費者は,既存生産者による独占的な価格を受け入れざるを得ない。このとき最終消費者間でのコーディネーションの失敗が生じ,非常に小さい補償額しか申込まれなかったとしても,最終消費者には排他的取引契約を受け入れるインセンティブが生じる。参入にあたって,規模の経済の
5) 同様の議論について,Innes and Xxxxxx (1994) も参照。また,Spiegel (1994) は,契約不履行の違約金は事後の参入障壁となり得るが,投資を考慮すれば,厚生を増加させる可能性があることを指摘した。
存在が消費者間のコーディネーションの失敗を生み出すことでこのような均衡が存在するのである。
Xxxxxx and Spier (2009) は実験経済学の枠組で Xxxxxxxx et al (1991) と Xxxxx and Xxxxxxxx (2000) のモデルにおいて排他的取引契約が結ばれるかどうかを検証している。 Xxxxxxxx et al (1991) と Xxxxx and Xxxxxxxx (2000) のモデルでは,消費者の間でコーディネーションを行い,集団としての利潤最大化行動を選択することが可能であるならば,排
他的取引契約を拒否することで利得は改善するが,個々の消費者にとっては,それを受け入れるインセンティブがあることが示されている。Xxxxxx and Spier (2009) は,実験経済学の手法を用いることによって,これらの結論が実験室においても支持されるとする検証を行った。
近年,より現実的な想定として,生産者と最終消費者の間に流通業者(小売業者)が存在する市場構造を想定し,生産者が最終消費者ではなく,流通業者に対して排他的取引契
約を提示するモデルが考察されてきた。 Xxxxxxx and Xxxxxxxxxx (2007) は,Xxxxxxxx et al (1991) と Xxxxx and Whinston (2000) のモデルを拡張して,流通業者が 2 社存在し,価格競争をしている状況を考えた。彼らは,流通業者間の競争が十分激しい(限りなく同質
財に近い)場合には,均衡において,排他的取引契約が必ず結ばれ,効率的な生産者の参入が阻止されることを示した。6)
この点について,上述のシカゴ学派のモデル内の買手 B が流通業者であり,2 社存在すると仮定して考察してみよう。7) 流通業者が販売する商品が限りなく同質財に近い場合を考える。2 社いる流通業者(それぞれ B1,B2 とする)が全て排他的取引契約を受け入れた場合,先の議論と同じく,I はそれぞれの B に対して独占価格 pm を付ける。B1,B2 は同じ卸売価格を提案されているので,(限りなく同質財に近い場合には)最終消費者に対す
6) Xxxxxxxxx and Xxxxx (2006)(およびその訂正としての Xxxxxx, 2009) も参照のこと。また,Xxxxxxx and Xxxxxxxxxx (2007) においては,排他的取引契約が破棄できると仮定されているが,本質的な議論には影響がないので,ここでは破棄できないと仮定して解説を進める。
7) 以下の議論は,Xxxxx and Xxxxxx (2008) を簡略化したものである。
るベルトラン競争の結果,いずれも小売価格 pm をオファーし,利潤はゼロとなる。この結果,既存生産者は独占利潤を獲得する。
次に,流通業者のうち 1 社が排他的取引契約を結んだとする。仮に契約を結んだ流通業者を B1 としよう。このとき,契約を結んでいない流通業者 B2(フリーな流通業者)は,新規参入の生産者からも,既存の生産者からも仕入れることができる。B2 に対して,新規参入生産者(E)と既存の生産者(I)が卸売価格でベルトラン競争を行う結果,E は,自社の利潤を最大化するために I の限界費用 cI を卸売価格として提示する。一方,排他的取引契約にサインした B1 は,既存生産者からしか仕入れることができない。限りなく同質財に近い場合,I は限界費用 cI を卸売価格として提示するとする。つまり,B1,B2 とも,卸売価格が cI となり,小売市場でのベルトラン競争の結果,利潤はゼロとなる。たとえ,唯一のフリーな流通業者になり,コスト効率的な新規参入生産者から仕入れることができたと
しても,最終消費者の市場における競争力はほとんど無いのである。
この結果,流通業者には排他的取引契約を拒否するインセンティブが低くなる。ほんの少しでもプラスの補償金を得られるのであれば,排他的契約にサインすることを選択する。つまり,既存生産者は容易に流通業者を排他的取引契約にサインさせることができる。したがって,全ての流通業者にサインさせることで,新規の生産者の参入が阻止され,上流市場における競争が妨げられる。8)
ここで留意するべき点は,規模の経済の問題である。前述のとおり,生産者が消費者に対して排他的取引契約を提示するXxxxxxxx et al (1991) と Xxxxx and Whinston (2000) のモデルにおいては,規模の経済が存在するため,一定数以上の消費者にサインさせることが出来れば,参入を阻止できた。一方,生産者が流通業者に対して排他的取引契約を提示する場合には,規模の経済の存在は結論に影響しない。たとえ 1 社であっても,新規生産
8) Xxxxxxx and Xxxxxxxxxx (2007) のモデルに具体的な需要関数を想定して財の差別化度合いと参入阻止との関係を明示的に考察した研究としては,Xxxxxx (2008),Abito and Xxxxxx (2008) が挙げられる。Xxxxxx (2008) は上流企業が,Abito and Xxxxxx (2008) は下流企業が,製品の差別化を行う状況をそれぞれ分析している。
者の商品を流通させることができ,小売価格が既存生産者の商品の価格以下であれば,十分な数の消費者に行き渡らせることができるためである。
本報告書第 2 章では,生産者と最終消費者との間に,流通業者を導入したモデル拡張し,流通の段階において,既存流通業者が,新規参入の脅威にさらされている状況を中心に考えていく。
第2 章 下流企業による排他的取引契約
この章では,生産者-流通業者-最終消費者という階層からなるモデルにおいて,既存流通業者が,生産者に対して排他的取引契約を提案するモデルを考える。1)
近年,欧米では,下流企業による排他的取引契約が競争政策上の主要なトピックの 1 つとして取り上げられている。1990 年代後半,米国において幾つかの案件が連邦取引委員会
(FTC)による報告書で扱われている。1 つは,百貨店,Belk Stores がスポーツ用品メーカーであるJantzen に対し,排他的取引契約の提示がなされた。この契約によって,Xxxxxxxは,当時,新しく市場に参入していたディスカウンター,Garment District との取引を禁止された。また,玩具の大手流通業者であるトイザらス(Toys“R”Us) から玩具メーカーであるMatte は排他的取引契約が申込みをされた。このとき,トイザラスは,ライバルであるコストコなどのWholesale Club(会員制小売店。卸売価格に近い値段で購入できるのが特徴)おいて,自社で販売する商品との価格競争を避けようとした。2) また,2010 年のEU
競争法の改正に当たり,ある一定以上のシェアを持つ流通業者による,排他的取引契約は問題となるとされた。このように,流通業者の大型化,そして彼らの交渉力の増大を背景として,流通業者による生産者に対する排他的取引契約が競争に与える影響は現実の世界においても大きな関心を集めてるようになってきている。そこで,本報告書ではOki and
Yanagawa (2011b) によって考察された,流通業者から上流市場の生産者に対して排他的取
引契約を提案するモデルを簡略化し,議論のポイントを考察する。
1) 以下の議論は, Yanagawa and Oki (2010), および Oki and Yanagawa (2011a,b) のモデルを下敷きに
簡略化したものである。
2) これらの事例については,Xxx and Xxxxxx (2008) を参照。
2.1 モデル
第 1 章で見たとおり,既存の排他的取引契約の研究において,排他的取引契約は上流企業から下流(流通業者,又は最終消費者)に申込まれている。一方,Oki and Yanagawa (2011b) では,既存小売企業が生産者に対して排他的取引契約を提示するモデルが提示された。このとき,生産者から流通業者に契約を提示する場合と結論が大きく異なることが示された。以下では,簡略化したモデルを用いその相違点について明らかにする。
生産者-流通業者-最終消費者の産業構造において,既存の流通業者 1 社が,ライバルの新規参入の脅威にさらされている状況を考える。このとき,参入が起きる前に,既存の流通業者が生産者に対し排他的取引契約を提示すると考える。生産者は,N 社(N ≥ 2)存在し,同質財を生産している。限界生産費用は一定で c で表わされる。 流通段階には,既存流通業者 I と新規参入の流通業者 E が存在する。それぞれの限界費用(1 単位を販売するのにかかる費用)を dI 及び dE とする。このとき,新規参入小売企業の方が効率的に財を販売することができると仮定する(dI > dE)。さらに,参入に費用を要しないとする。
3) 最終消費者の需要関数は次のような単純な需要関数を想定する。最終消費者は一人とし,その需要は,小売価格が留保価格 v 以下であるならば,1 単位需要し,それ以外であるならば 0 となる。分析を有用なものとするために,v ≥ dI + cI であると仮定する。
新規参入小売企業が参入の意思決定をする前に, 既存小売企業は生産者に対して排他的取引契約を提示することができる。もし生産者が契約をサインしたならば,既存小売企業にのみ財を販売し,新規参入の流通業者に売ることができない。その見返りとして既存小売企業はそれぞれの生産者に対して,補償x を支払う。他の要素,例えば卸価格などの内容は契約には含まないと仮定する。さらに,一度サインした契約を破棄することはできないと仮定する。(このような契約は Specific Performance と呼ばれる)。また,同じ契約が全生産者に対し同時に提案されるとする。排他的取引契約を受け入れた(サインした)生産者の
3) 簡単化のため,生産者,流通業者ともに固定費を必要としないと仮定する。
数を S で表す。破棄できないという点を除き,これらの仮定は,Xxxxxxx and Xxxxxxxxxx (2007) と同様である。また,破棄できないという仮定によって本質的な議論は影響を受けない。
ゲームの時系列は次のとおりである。
t = 0 期:既存小売企業は,排他的取引契約を全ての生産者に同時に提示するとする
t = 1 期:S を観察した後に, 効率的な新規参入流通業者(E)は,その市場に参入するかどうかの意思決定を行う
t = 2 期:3 つの段階に分かれる。1:生産者は卸売価格を流通業者に提示する。2:流通業者は,どの生産者から財を買うかを決定する。3 :最終消費者に対して小売価格を提案する。もし参入が実現したならば,どちらの流通業者の小売価格も同じであった場合,最終消費者はより低い限界費用を持つ,E から購入すると仮定する。このとき,以下のような結果が得られる。
命題 2.1.1. 生産者の数 N ≤ N∗ の条件を満たすとき,効率的な流通業者の新規参入が阻止される。ここで,N∗ := v − c − dI/(dI − dE) である。
命題 2.1.1. の詳細な証明は,Oki and Yanagawa (2011b) に譲る。以下で簡単にこの結論を得るメカニズムを述べる。4) t = 1 期以降のサブゲームにおいて,S = N ,S = N − 1, S ≤ N − 2 の 3 つのケースに着目する必要がある。S = N のとき,全ての生産者が排他的取引契約にサインをしている。このとき,E は商品を仕入れることができないため参入が不可能である。その結果,I が小売市場を独占する。N 社の生産者は同質であるため,I に対してベルトラン競争を行う結果,卸売価格は限界費用に一致し,c となる。その結果,Iの限界費用は,c + dI となり,独占価格 v を付けた結果,利潤は v − c − dI となる。
S ≤ N − 2 のとき,2 人以上の生産者が排他的取引契約を受け入れておらず,E へも卸売りすることができる。生産者間のベルトラン競争により,E への卸売価格も生産者の限
4) Oki and Yanagawa(2011b) では,一般的な需要関数において分析されている。
界費用 c となる。この結果,E の限界費用は c + dE,I の限界費用は c + dI となる。小売市場での価格競争の結果,E が小売価格 c + dI を提案して勝ち,利潤 dI − dE を得る。一方で I の利潤はゼロとなる。
最後に,S = N − 1 のときについて考察する。このとき,唯一 1 社だけが E に卸売することができる。つまり,E に対してこの 1 社は独占的な立場にある。I に対しては,N − 1社の生産者が限界費用に一致する卸売価格 c を提示する。これは,たとえ N − 1 = 1 だとしても,I の限界費用が E よりも高いため,サインした生産者にとっては c を提示することが最適になる。一方,フリ-な生産者は,その独占的な立場を活用し,E に対して, c + dI − dE という卸売価格を提示することができる。この結果,E の限界費用も,I の限界費用も c + dI となる。小売市場での価格競争の結果 E が勝つが,小売価格は c + dI であり,利潤ゼロとなる。フリーな生産者は正の利潤 dI −dE を得る。つまり,E のコスト効率性を利潤として吸収することになる。
t = 0 期において,全ての生産者に排他的取引契約をサインさせるためには,I は,この契約を拒否したときに得られる利潤,dI −dE を全ての生産者にそれぞれ補償しなければならない。このとき,I の利潤は,排他的取引契約によって実現した独占利潤,v − c − dI から補償額 N × (v − c − dI) を引いたものになる。I が,損失を出すことなくこのような契約を実現するための条件は以下のとおりになる。
v − c − dI − N (dI − dE) ≥ 0.
I の利潤がちょうどゼロになる生産者の数 N を N∗ と定義し,N がこれ以下であれば,全生産者を排他的取引契約にサインさせることができる。これが命題の示す結果である。
このモデルでは,S = N − 1 のとき,フリーな生産者が正の利潤を得る。それは,生産者から流通業者に対して卸売価格を提示することができると仮定されているためである。このとき,フリーな生産者は,効率的な E に対して独占的な供給者となり,E のレントを卸売価格で吸収することができる。Oki and Yanagawa (2011a) では,卸売価格の決まり方に
一般的な交渉を導入し,交渉力が,生産者(フリーな生産者)と流通業者(新規参入の流通業者)との間でどのように配分されているかによって,この補償額の大きさが変わってくることが示されている。5)
最後に,既存研究で行われてきた,排他的取引契約が生産者によって申込まれる場合の結果との相違点とその理由について整理する。Xxxxxxx and Xxxxxxxxxx (2007) が示すように,生産者が流通業者に対して契約を提示する場合には,同質財であれば補償額がゼロでも,契約を受け入れさせることができる。このとき,流通業者の数がどんなに多くとも,排他的取引契約を成立させることが可能になる。 一方,上述のモデルでは企業数が一定数以
下でなければ,成立できないことが示された。これは,卸売価格の決まり方が同じであるならば(生産者から流通業者に対して提示するのであるならば)流通業者が行う排他的取引契約のほうが,成立しにくく,反競争的効果を持ちにくいことを示唆する。
別の見方をすれば,Xxxxxxx and Xxxxxxxxxx (2007) のモデルにも,Oki and Yanagawa (2011a) と同様に,卸売価格の決定に当たり生産者と流通業者の間に交渉を導入すれば,排
他的取引契約を受け入れるインセンティブを作り出すために,既存生産者は正の補償額をそれぞれの流通業者に提示する必要があることが推察される。その場合,排他的取引契約が全ての流通業者に受け入れられ新しい生産者の参入を阻止するためには,流通業者の数が一定数以下であることが求められるだろう。これまでの既存研究においては,卸売価格の決定は「生産者から流通業者へ提示する」と暗黙に仮定されていたが,この仮定が排他的取引契約の成否に大きく影響していることは,今回の考察で得られた副次的な示唆でもある。
5) また,本節のモデルでは,生産者が 2 社以上存在するケースについて考察されている。生産者が 1 社しか存在しないケースでは,生産者が流通業者に対し独占的な交渉力を持つことになり,たとえ排他的取引契約を結べたとしても,既存流通業者の利潤は低くなる。さらに,フリーな生産者となった場合にも大きな利潤を得ることになり,この利潤を補償するような排他的取引契約を提示することができないことが確認できる。
第3 章 多段階市場における排他的取引契約
この章では,多段階で構成される垂直的な産業構造において,既存企業が排他的取引契約を用いて,効率的な新規参入企業を排除する状況を考察する。ここでは,排他的取引契約が成立しやすい状況の特徴付けを行うことが目的である。まず,生産者 - 流通業者 - 小売業者のような 3 段階の流通構造における排他的取引契約の効果に注目する。特に,既存の流通業者は,排他的取引契約を用いることによって効率的な新規参入企業を排除できるのかを考察する。 例えば 3 段階の市場において,既存の流通業者が自分よりも上流の市場に排他的取引契約を提案するのか,又は下流の市場に排他的取引契約を提案するのかによって,市場に与える影響が異なるのかどうかが問題となる。
既存研究において上流市場から下流市場に排他的取引契約を提案するモデルが研究されてきた。一方で,本報告書第 2 章では,下流市場から上流市場に排他的取引契約を提案するモデルを考察している。それらを同時に考えられるモデルをここで提示する。ここでの分析の主眼は,市場において中間的な立場にあるプレイヤーが,その上流,又は下流どちらの市場に排他的取引契約の提示をするほうが,より確実に自分の市場の新規参入企業を排除することができるのかという点である。
3.1 3 段階の産業構造
最初に,例えば,生産者,流通業者,小売業者そして最終消費者という産業構造を考える。ここでは,最終消費者の階層を捨象して,「3 段階」の産業構造と呼ぶ。このような環境の下で,中間的な市場(以下では流通業者の市場と呼ぶ。)において,独占的な既存企業が存在する状況を考える。この既存企業が潜在的な新規参入の脅威に直面している場合,その参入を排除して独占を保つために,上流の生産者,又は下流の小売業者,どちらかに排他的取引契約を提示することが可能であるとする。
以下でモデルの概略を説明する。生産段階では,N ≥ 1 社の生産者 M が,それぞれ同一で一定の限界費用 cI で財を生産している。流通段階では,既存流通業者(I とする)が,限界費用 dI で財を小売業者へ販売している。ここに,潜在的な参入企業が存在するとする。この新規参入を試みる流通業者 E は,限界費用 dE で小売業者に販売することが可能である。ここで,dE < dI と仮定する。すなわち,E は I よりも効率的な流通業者であることを意味する。また,2 章での議論と同様に参入するための固定費用はかからないと仮定する。小売段階では,小売市場において X ≥ 1 社の小売企業 R が,それぞれ同一で一定の限界費用 rI で財を最終消費者に販売している。また,議論の単純化のために,小売業者にはその操業に当たって,固定費 ϵ > 0 がかかると仮定する。この仮定は,Xxxxxxxxx and Motta (2006) に従っている。1) また,単純化のために,最終消費者は 1 人で,小売価格が v 以下であるならば,1 単位需要し,それを上回る場合には 0 であるような需要関数を想定する。既存流通業者 I が独占を行うことで正の利潤が達成できるようにするため, v − cI − dI − rI − ϵ > 0 を仮定する。この章を通じて,財は同質であるとする。
このゲームの時系列は,2 章での議論と同様に仮定し,以下のとおりである。
t = 0 期: 既存流通業は,生産者,小売業者どちらか一方に対し排他的取引契約を提案
1) この仮定により,小売業者に対して排他的取引契約を提示する場合に生じる複数均衡の問題を排除でき
る。複数均衡についての詳しい議論は,Xxxxxxxxx and Xxxxx (2006) および Oki and Yanagawa (2011a) を参照。
する。排他的取引契約によって,E と取引をしないという約束をさせる見返りに,補償 xを支払うことを取り決める。(つまり,小売業者に排他的取引契約を提案したならば,小売業者に I からしか財を購入させないように,また,生産者に対して排他的取引契約を提案したならば,I にしか財を販売させないようにすることで,E の参入を阻止しようとする)次に,排他的取引契約を申込まれた企業は,その契約を受諾するか,又は拒否するのかの意思決定を行う。排他的取引契約を一度結ぶと,破棄できないとし,又,取引価格などの追加的な内容は契約内に含まれないと仮定する。排他的取引契約は,全ての被提案者に対
し,同時に,かつ差別なく同内容のものを提示すると仮定する。S を排他的取引契約を結んだ企業の数とする。
t = 1 期: 新規参入の流通業者 E は S を観察した後に, 市場に参入するかしないかの意思決定を行う。
t = 2 期: 4 段階に分かれる。2 − 1 期: 生産者は卸価格を用いて競争を行う。2 − 2 期:流通業者は,小売業者に対して卸売価格を提示する。2 − 3 期: 小売業者が営業を行うかどうかを決定する。営業に当たって必要になる固定費 ϵ が賄える場合には営業し,賄えなければこの時点で営業をしないことを決定する。2 − 4 期:営業をしている小売業者は,最終消費者に対して小売価格を提示する。最終消費者は,最も安い価格を提示している小売業
者から購入する。
以下では,まず標準的なモデルとして,生産者,小売業者とも 2 社以上存在するケースについて分析する。その後,特殊ケースとして,生産者が1 社のケース,小売業者が1社のケース,そして最後に,生産者,小売業者とも1 社のケースについて分析を行う。
I
既存流通業者が,生産者に対して排他的取引を提案した場合,それを受け入れた生産者は,既存流通業者 I にしか卸売価格 ws を提案できない。一方,拒否した生産者は,既存
流通業者 I,新規参入の流通業者 E 両方に提案することができる。それぞれ,wf と wf で
I E
表記する。
既存流通業者が,小売業者に対して排他的取引契約を提案した場合には,I は受け入れ
I
I
た小売業者と拒否した小売業者とで,流通価格 z を差別することができる。それぞれ zs と zf で表わす。一方,新規参入の流通業者 E は,拒否した小売業者にだけ流通価格 zE を提示する。排他的取引契約を受け入れている小売業者の間で,I が流通価格を差別することはできない。
3.2 生産者が N ≥ 2 社,小売業者がX ≥ 2 社の場合
最初に, 生産者と小売業者が 2 社以上存在する場合を考察する。(図 3.1, 3.2) まず,出発点として排他的取引契約が存在しない(例えば,法律で完全に禁止されているような場合)状況を考えてみよう。このとき,t = 1 時点において,中間的な流通業者の参入が起きているとする。t = 2 時点での各段階で価格競争が行われる。
生産者の卸売価格を w と表記すると,N 社の生産者は全て同一の限界費用 cI を持つた
め,均衡卸価格は, w∗ = cI となる。次に既存流通業者(I)と新規参入流通業者(E)から小売業者に対する卸売価格について考える。I の限界費用は cI + dI,一方,E の限界費用は cI + dE となっている。したがって,価格競争の結果,均衡流通価格は z∗ = cI + dI となる。このとき,小売業者は,より効率的な E から仕入れる。小売業者は,いずれも同じ限界費用(cI + dI + rI)であり,X 社全てが営業することを選択する。小売業者は,最終消費者に対して,小売価格 p を提案し,均衡小売価格は p∗ = cI + dI + rI + ϵ となる。このとき, コスト競争力のある新規参入の流通業者は,利潤 πE = dI − dE となる。このとき, E は t = 1 の時点において参入を選択する。また,他の全ての企業の利潤は 0 である。このとき,効率的な参入は促され,各階層において価格競争が行われることで,効率的な結果が導かれる。
M1 M2
I E
R1 R2
M1 M2
I E
Final Demand
R1 R2
Final Demand
図 3.1: 排他的取引契約が無い場合
図 3.2: 下流市場へ排他的取引契約を提示する場合
3.2.1 既存流通業者が小売業者に対して排他的取引契約を提示する場合
ここでの関心は,中間的な流通業者が,生産者,小売業者どちらに排他的取引契約を提案するのかという点である。ここではまず,小売業者へ排他的取引契約を提示する場合を考える (図 3.2)。そのような環境において, 次のような命題が成立する。
命題 3.2.1. 小売企業の数が X ≥ 2 で,かつ生産者の数が N ≥ 2 あるとする。既存流通業
者が小売業者に排他的取引契約を提案した場合,既存流通業者は新しい流通業者の参入を妨げることはできない。
以下で,簡略化した証明を行う。方針としては,新規参入企業を排除することによって既存企業が獲得できるであろう均衡利潤を計算する。 次に,排他的取引契約を結んでもらうために必要な補償 x を導くために, 小売業者のうち 1 社だけが排他的取引契約を結ばなかった 場合に得られるだろう利得を計算する必要がある。それらの求めることによって,新規参入企業を排除するような均衡が存在することを確認することができる。まず,全員が排他的取引契約を結んだ場合,すなわち S = X を考える。生産者が流通業者に提案する卸価格は,w = cI となる。なぜならば上流市場において全ての生産者は同じ限界費用 cI を持ち,価格競争を行っていることにより,限界費用が均衡卸売価格となるからである。そ
I
のとき,新規の流通業者は当該市場に参入することはできない。なぜならば,参入企業が仕入れた財を最終消費者に販売することができないからである。 このような状況において,既存流通業者は,独占企業であるので,全ての小売企業に対して,流通価格 zs = v −rI −ϵ
を提示する。そこで,既存流通業者の得られる利潤は πI = v − rI − ϵ − dI − cI となる。こ
のとき,小売価格は v となり,小売業者の利潤は 0 である。2)
次に,小売業者のうち1 社だけが排他的取引契約を拒否した場合について考える。すなわち S = X − 1 である。 このとき,新規参入の流通業者 E が参入すると考える。生産者からの卸売価格は,S = X のときと同様に,w = cI となる。次に,流通業者から小売業者への流通価格について考える。既存流通業者は,排他的取引契約を受け入れた小売業者と拒否した小売業者に対して差別的な価格を提示できる。それぞれ,zs で zf 表記す
I I
る。このとき,I にとって最適な戦略は,zs > dI + cI と zf = dI + cI 又は zs = dI + cI と
I I I
z
I
f ≥ dI + cI となる。3) 一方,E は,排他的取引契約を拒否した小売業者にだけ販売する
ことができる。このとき卸売価格,zE = dI + cI(これよりほんの少しだけ低い価格)を提示する。その結果,排他的取引契約を結んだ小売業者は,最終消費者に対する価格競争で需要を得ることはできないと予測できる。これは,排他的取引契約を拒否した小売業者が,より限界費用の低い E から仕入れることで,I から仕入れたライバルよりもほんの少し安い価格で仕入れることができるためである。すなわち,排他的取引契約を結んだ小売業者は,正の固定費用 ϵ > 0 がかかるので,操業を行わないのが最適である。その結果,排他的取引契約を結ばなかった企業は,下流市場で独占的な地位を得ることになり,小売価格を v とする。 この結果,排他的取引契約を結ばなかった企業の利潤(πf で表わす)は,
2) 以下の全ての議論において,ϵ → 0 を考える。又は,小売業者が営業するかしないかについて混合戦略
を採ると考える。詳しくは,Xxxxxxxxx and Xxxxx (2006) の Appendix A を参照。
3) 端的には,I には排他的取引契約を受け入れた小売業者と拒否した小売業者に対する卸売価格の 2 つの戦略があり,どちらかの卸売価格で,E との価格競争の結果,限界費用 cI + dI を提示していれば,もう一方の卸売価格は限界費用以上であればどのような値でも I の利得に影響が無い。Xxxxxxx and Xxxxxxxxxx (2007)を参照のこと。
πf = v − rI − cI − dI − ϵ となる。このとき,I は,全ての小売業者に排他的取引契約を受け入れさせるために必要な補償として,x ≥ πf = v − rI − cI − dI − ϵ を提案しなければならない。このとき,I がこのような契約を提案しても利潤が負にならないためには,排除ができた場合の I の独占利潤と補償額を比較する必要がある。今,小売業者の数 X は 2 以上であるため,πI から,X 社分の補償額を引いた I の利潤は,
(v − cI − dI − rI − ϵ) − X(v − cI − dI − rI − ϵ) < 0
となる。 このことより,既存企業は新規参入企業を排除するために排他的取引契約を用いることはできない。すなわち,E の参入が常に生じる。
3.2.2 既存流通業者が生産者に対して排他的取引契約を提示する場合
M1 M2
I E
R1 R2
M1 M2
I E
Final Demand
R1 R2
Final Demand
図 3.3: 排他的取引契約が無い場合
図 3.4: 生産者 M に排他的取引契約を提示する場合
この小節で,既存流通業者が上流市場の生産者へ排他的取引契約を申込む場合を考察する。 (図 3.3, 3.4)
命題 3.2.2. 小売企業の数が X ≥ 2 で,かつ生産者の数が N ≥ 2 あるとする。既存流通者が上流市場の生産者に排他的取引契約を提案する場合,生産者の数 N が次の条件を満たす
ときに,既存企業は新しい流通業者の参入を阻止することができる。
v − cI − dI − rI − ϵ ≥ N ≥ 2. dI − dE
I
I
以下では,全員が排他的取引契約を結んだ場合,すなわち S = N を考える。そのとき,新しい流通業者(E)は当該市場に参入することはできない。なぜならば,参入企業が上流市場から財を仕入れることができないからである。まず,生産者が既存流通業者 I に提案する卸売価格は,同一の限界費用を持つ N 社間の価格競争により,ws = cI である。 この状況において,既存企業は,独占企業であるので,流通価格を全ての小売企業に対して, zS = v − rI − ϵ とする。その結果,全ての生産者の利潤は,0 である。 一方,既存企業の利潤は,πI = v − cI − dI − rI − ϵ となる。小売企業も同様に価格競争を行っているので,小売価格は v となり,利潤はゼロとなる。
I
次に, 生産者のうち 1 社だけが排他的取引契約を拒否した場合を考察する。すなわち, S = N − 1 の場合を考える。 このとき,E が参入したとする。まず,生産者の卸売価格について考える。I に対する卸売価格は,全ての生産者による卸売価格の競争によって,ws = cIとなる。一方,拒否をした生産者は,E にとって唯一の供給者となる。このときの卸売価格を
wf とする。I とE との価格競争によって, 均衡流通価格z∗ は,z∗ = max[ws + dI, wf + xX]
X X X
X
となる。このとき,拒否をした生産者は,wf
= cI + dI − dE とすることで利潤を最大化で
きる。
この結果,均衡流通価格は dI + cI となる。全ての小売業者は,限界費用が rI + dI + cIとなり,均衡の小売価格は,rI + dI + cI + ϵ となる。排他的取引契約を拒否した生産者は, πf = dI −dE を得る。それ以外の全てのプレイヤーは,利潤がゼロとなる。この結果,I が生産者に排他的取引契約を結んでもらうために必要な補償は,x = dI − dE になる。このような契約を提案しても I の利潤が負にならない条件は,S = N のときの I の利潤から,N社分の補償額(dI − dE)を差し引いたネットの利潤がxxであることである。
(v − cI − dI − rI − ϵ) − N (dI − dE) ≥ 0
M
I E
R1 R2
M
I E
Final Demand
R1 R2
Final Demand
図 3.5: 排他的取引契約が無い場合
図 3.6: 既存企業が R へ排他的取引契約を提示する場合
これにより,命題における N に関する条件を導く事が出来る。すなわち,新規参入を既存企業は排除することが可能であることを意味している。
3.3 生産者が N = 1 社,小売業者がX ≥ 2 社の場合
次に,極端な例として,生産者の数 N = 1 であるケースについて考える。小売市場の企業数はこれまでと同様 X ≥ 2 とする。
3.3.1 既存流通業者が小売業者に対して排他的取引契約を提示する場合
ここでは,小売業者へ排他的取引契約を提示する場合を考える。 (図 3.5, 3.6) そのような環境において, 次のような命題が成立する。
命題 3.3.1. N = 1,X ≥ 2 のケースを考える。既存流通業者が排他的取引契約を小売業者に提案する場合,既存企業は新規流通業者の参入を阻止することができる。ただし,既存流通業者の利得はゼロである。
I
以下で,簡略化された証明を行う。全員が排他的取引契約を結んだ場合(S = X) を考える。このとき,新規参入企業は当該市場に参入することはできない。なぜならば,参入企業が上流市場から仕入れた財を最終市場に販売することができないからである。 このような状況において, 既存流通業者は,全ての小売企業に対して,zs = v − rI − ϵ を提示する。次に,生産者から既存流通業者への卸売価格を考える。現在,N = 1 が想定されているの
で独占価格を提示できる。その結果, w = v − rI − dI − ϵ となる。この結果,生産者は,
xx x − cI − dI − rI − ϵ を得るが,その他のプレイヤーの利潤はゼロである。つまり I はたとえ排他的取引契約によって新規参入を阻止できたとしても,正の利潤を得ることはできない。
次に,小売業者のうち1 社だけが,排他的取引契約を拒否した場合を考察する,すなわち S = X − 1 の状況である。 このとき,新規流通業者(E)が参入したとする。卸売価格 w(I と E,どちらに対しても生産者は差別できない)与えられたものとすると,E の限界費用は w + dE,I の限界費用は w + dI である。I は,契約を受け入れた小売業者と拒否
I
した小売業者両方に流通価格をオファーでき,これは先の場合と同様に,zS > dI + w と
E
I
E
zf = dI + w,又は zs = dI + w と zf
≥ dI + w となる。一方,E は拒否した小売業者1 社
にだけ流通価格を提案でき,zE = min[v − rI − ϵ, dI + w] となる。この結果,排他的取引契約を受け入れた小売業者は,既存流通業者がその限界コストを流通価格として提案したとしても,小売価格競争で拒否した小売業者に負け,需要を得ることはできないと予測できる。このとき,契約を結んだ企業は,営業するための固定費を賄うことができないと判
断し,営業しないことを選択する。その結果,排他的取引契約を結ばなかった企業は,下流市場で独占的な地位を得ることになる。このとき,独占的な小売価格 v を最終消費者に提示する。このような結果を予測するため,独占的な生産者は,w = v − dE − rI − ϵ を提案する。この結果,生産者の利得は,v − cI − dE − rI − ϵ,その他のプレイヤーの利得はゼロとなる。つまり,I は,全ての小売業者に排他的取引契約を結んでもらうために x = 0を補償することになる。小売業者は,自分の利得が無差別の場合は,排他的取引契約を結
ぶと仮定するならば,均衡において x∗ = 0 となり,排他的取引契約を用いることによって,新規流通業者の参入を阻止することができる。またこの結果は,小売業者の数 X がどんなに大きくても成立する。注目するべきは,この結果は N ≥ 2 のときに,小売業者に対して排他的取引契約を行うケース,そしてXxxxxxxxx and Motta (2006) と異なる結果となる点
である。生産者の段階が独占的である場合には,たとえ小売市場が競争的であっても,既存企業は新規参入企業を排除する均衡がある。
3.3.2 既存流通業者が生産者に対して排他的取引契約を提示する場合
M
I E
R1 R2
M
I E
Final Demand
R1 R2
Final Demand
図 3.7: 排他的取引契約が無い場合
図 3.8: 既存企業が M に排他的取引契約を提示する場合
独占的な生産者に対し,既存流通企業が排他的取引契約を提案した場合を考えると以下のような命題を得る。(図 3.7, 3.8)
命題 3.3.2. N = 1,X ≥ 2 のケースを考える。既存流通業者が排他的取引契約を生産者に提案する場合,既存企業は新規流通業者の参入を阻止することができない。
以下で簡略化された証明を行う。生産者が排他的取引契約を受け入れた場合,つまり
S = N (= 1) について考える。このとき,新しい流通業者は仕入れ先が無いため参入できな
I
I
い。生産者のI に対する卸売価格ws を与えられたものとすると,I の流通価格は,v −rI −ϵとなる。小売業者は小売価格v をつけるが,利潤はゼロとなる。これらの流通価格と小売価格を予測するため,生産者の卸売価格は,ws = v−dI −rI −ϵ となり,利潤は,v−cI −dI −rI −ϵとなる。つまり I はたとえ排他的取引契約によって新規参入を阻止できたとしても,正の利潤を得ることはできない。
次に,生産者が排他的取引契約を拒否した場合を考える。このとき,新しい流通業者が参入すると想定する。生産者の卸売価格(I,E いずれに対しても同一で w) を与えられているものとすると,前節での議論と同様に,流通価格は,min[v −rI −ϵ, w + dI] となり,小売業者の価格競争の結果,小売価格は,min[v, w + dI + rI + ϵ] となる。これを予測した上で,生産者は w = v − dE − rI − ϵ を提示する。この結果,生産者の利潤は v − cI − dE − rI − ϵ
となり,上で見た排他的取引契約を受け入れた場合利潤を dI − dE だけ上回る。I の利潤
は排他的取引契約が結ばれていてもゼロであるため,補償 x を十分に支払うことができず,排他的取引契約は常に拒否される。その結果,効率的な参入が常に生じることになる。これは,生産者が卸売価格を流通業者に対して提示できると仮定しているため,排他的取引契約の有無に関わらず,独占企業である生産者が産業におけるすべてのレントを卸売価格によって吸収することができる。そのため,契約を受け入れさせるのに必要な補償額が大きくなる一方で,たとえ契約を受け入れさせ,参入を阻止できたとしても,既存の流通業者の利潤が低く抑えられる。その結果,排他的取引契約による参入阻止が生じない。これは,2 章で見たケースと大きく異なる結果である。2 章においては,生産者は常に 2 社以上存在すると仮定されてい結果,レントの配分が抑えられていた点がその要因である。
3.4 生産者が N ≥ 2 社,小売業者がX = 1 社の場合
次に,小売市場が独占的である状況(X = 1)について考察する。
3.4.1 既存企業が小売市場に対して排他的取引契約を提示する場合
M1 M2
I E
R
M1 M2
I E
Final Demand
R
Final Demand
図 3.9: 排他的取引契約が無い場合
図 3.10: 小売企業 R に排他的取引契約を提示する場合
ここでは,下流市場へ排他的取引契約を提示する場合を考える。 (図 3.9, 3.10) そのような環境において, 次のような命題が成立する。
命題 3.4.1. N ≥ 2,X = 1 のケースを考える。既存流通業者が排他的取引契約を小売業者に提案する場合,既存企業は新規流通業者の参入を阻止することができる。ただし,既存流通業者の利得は,ゼロである。
証明の概略は,前節と同様であるため,以下では,均衡における戦略を解説する。まず,
I
1社しか存在しない小売業者が,排他的取引契約を結んだ場合を考える。このとき,既存流通業者がこの小売業者に対して独占的な立場となり,流通価格 zs = v − rI − ϵ を提案する。この結果,小売価格は v となり,小売業者の利得はゼロとなる。一方の既存流通業者は,利潤 v − cI − dI − rI − ϵ を得る。
次に,小売業者が排他的取引契約を拒否した場合を考える。このときに,新しい流通業者(E)が参入すると仮定する。I と E との価格競争の結果,流通価格は,cI + dI となり,小売業者は E から購入する。最終消費者に対して独占的な立場にある小売業者は,小売価格 v を付け,利潤 v − cI − dI − rI − ϵ を得る。つまり補償額 x ≥ v − cI − dI − rI − ϵ であ
れば,小売業者は排他的取引契約を受け入れる。上で見たとおり,排他的取引契約が結ばれたときの I の利潤は,v − cI − dI − rI − ϵ であるため,ちょうど最低限必要な補償額と一致する。このため,I は排他的取引契約を提案する場合としない場合,どちらでも利得はゼロとなり無差別である。つまり参入を阻止できたとしても,そこで得た利潤は補償額として小売業者に移転されるため,I は正の利得を得ることができない。
3.4.2 既存企業が生産市場に対して排他的取引契約を提示する場合
M1 M2
I E
R
M1 M2
I E
Final Demand
R
Final Demand
図 3.11: 排他的取引契約が無い場合
図 3.12: 既存企業がM に排他的取引契約を申し込む場合
ここでは,生産者へ排他的取引契約を提示する場合を考える (図 3.11, 3.12)。 そのような環境において, 次のような命題が成立する。
命題 3.4.2. N ≥ 2,X = 1 のケースを考える。既存流通業者が排他的取引契約を生産者に提示する場合,生産者の数 N が以下の範囲にあるとき,既存企業は新しい流通業者の参入を阻止することができる。
v − cI − dI − rI − ϵ ≥ N ≥ 2. dI − dE
証明の概略は,前節 N ≥ 2,X ≥ 2 のときに,生産者に排他的取引契約を提示する場合と同様になる。つまり,小売業者が1社になったとしても,結果に影響を与えない。
3.5 生産者が N = 1 社,小売業者がX = 1 社の場合
最後に,生産者,小売業者とも1社であるケースについて考察する。
3.5.1 既存流通業者が小売業者に対して排他的取引契約を提示する場合
M
M
I E
I E
R
Final Demand
R
Final Demand
図 3.13: 排他的取引契約が無い場合
図 3.14: 既存企業が R に排他的取引契約を提示する場合
ここでは,小売業者へ排他的取引契約を提示する場合を考える (図 3.13, 3.14)。 そのような環境において, 次のような命題が成立する。
命題 3.5.1. N = 1,X = 1 のケースを考える。既存流通業者が排他的取引契約を小売業者に提案する場合,既存企業は新規流通業者の参入を阻止することができる。ただし,既存流通業者の利潤はゼロである。
この命題は,N = 1,X ≥ 2 のケースで,I が排他的取引契約を提案する場合と同様になる。独占的な生産者が,卸売価格を通じて産業のレントを全て吸い上げてしまうことが可能になるため,小売業者が排他的取引契約を拒否したとしても利潤がゼロになる。また,たとえ排他的取引契約が受け入れられたとしても,I の利潤もゼロとなる。この結果,補償額 x = 0 で排他的取引契約を受け入れさせることができるが,I の利潤もゼロとなる。
3.5.2 既存流通業者が生産者に対して排他的取引契約を提示する場合
M
M
I E
I E
R
Final Demand
R
Final Demand
図 3.16: 既存企業が M に排他的取引契
図 3.15: 排他的取引契約を行わない場合
約を提示する場合
ここでは,生産者へ排他的取引契約を提示する場合を考える (図 3.15, 3.16)。 そのような環境において, 次のような命題が成立する。
命題 3.5.2. N = 1,X = 1 のケースを考える。既存流通業者が排他的取引契約を生産者に提案する場合,既存企業は新しい流通業者の参入を阻止することができない。
この命題は,N = 1,X ≥ 2 のケースで,I が生産者に排他的取引契約を提示する場合と同様になる。独占的な生産者が,卸売価格を通じて産業のレントを全て吸い上げてしまうことが可能になるため,生産者が排他的取引契約を受け入れたとしても I の利潤がゼロになる。一方で,排他的取引契約を生産者が拒否した場合,生産者は dI − dE の利潤を得る。この結果,補償額 x は dI − dE 以上でなければならないが,I の利潤が常にゼロであるため,これを提示できず,排他的取引契約を受け入れさせることができない。
ここで,様々な 3 段階の産業構造における,新規参入企業の排除の可能性を分析してきた。それらの結果を以下の表にまとめる。
表 3.1: 排除可能性あり: ⃝,排除可能性なし:×
N ≥ 2 X ≥ 2 | N = 1 X ≥ 2 | N ≥ 2 X = 1 | N = 1 X = 1 | |
下流市場に対する提案 | × | ⃝ | ⃝ | ⃝ |
上流市場に対する提案 | ⃝ | × | ⃝ | × |
3.6 K 段階の産業構造
M1 M1
D1 D2
I E
R1 R2
M1 M1
I E
D1 D2
R1 R2
Final Demand
Final Demand
図 3.17: 3段階目に新規参入が起こる場 図 3.18: 2段階目に新規参入が起こる場
合 合
今までの考察を K 段階のケースに拡張することが可能である。(図 3.17, 3.18) 最上流の階層から1,2,· · · , K と数えて行くとして,中間的な階層(l 段階)において,既存企業が潜在的な参入に直面していると考える。これまでとおりこの階層を流通段階と呼べば,既存流通企業 I は,一定の限界費用 dI で財の供給を行う。新規参入企業 E は,既存企業よりも低い限界費用 dE < dI を持つ。また,全ての他の階層 i(i ̸= l 段階目)上に存在する企業は,同質で同じ限界費用を持つと仮定する。表記として,i ̸= l 段階目の企業の限界費用を ci とする。各市場においてそれぞれの企業は,価格で競争を行っている。最終段階にある企業を
∑
小売業者と呼び,前節同様,営業を行うための操業費用がかかるとする。その操業費用を ϵ > 0 とする。その他については,前節と同様の仮定を置く。また,v − i∈K ci −dI −ϵ > 0であると仮定する。
もし,潜在的な参入者に直面している市場よりも上の市場が独占であるならば,その独占者が産業全体の利潤を得ることが可能である。一方,その産業の他のすべての企業の利潤は 0 である。このため,たとえ既存企業が排他的取引契約を,その企業の直下の市場に申込んだ場合,企業数にかかわらず,既存企業は新規参入の当該市場への参入を妨げることが可能である。一方,上流の企業に排他的取引契約を提示する場合には,その市場が独
占的でなければ,契約を受け入れさせ,参入を阻止することができるが,その市場よりも上位の市場が独占的である場合にはこれが不可能になる。
一方,もし潜在的な参入者に直面している市場よりも上の市場が独占でなく全ての階層において激しい競争を行っているならば,既存企業が排他的取引契約を用いることによって,新規参入企業をその市場から排除することが可能かどうかは,前節の分析がそのまま適用可能である。このときは,自社よりも上下どちらの企業に排他的取引契約を提示するか,又下流の競争状況によって,排他的取引契約の成否が異なる。もし排他的取引契約を申込んだ市場よりも上の市場が独占であるならば,その独占者が産業全体の利潤を得るこ
とが可能である。一方,その産業の他の全ての企業の利潤は0 である。それゆえ,たとえ既存企業が排他的取引契約を,その企業の上の市場,又は下の市場に申込んだとしても,各市場に参加している企業数にかかわらず,既存企業は新規参入の当該市場への参入を妨げることが可能である。
上記の考察を以下に要約を行う。
命題 3.6.1. K 段階の産業構造において,l 段階において,既存企業が潜在的な参入に直面しているとする。
既存企業がすぐ上の階層(l − 1 階層)に排他的取引契約を提示するとき:
• l − 1 階層よりも上の市場に独占市場が存在するとき, 企業数に関わらず,排他的取引契約により新規参入を阻止することが可能である。
• l − 1 階層が独占市場である場合,排他的取引契約によって,新規参入企業を排除することができない。
I
• l 段階より上の階層に独占市場が存在しない場合,l−1 階層の企業数が, v−∑i∈K ci −
dI − ϵ/(dI − dE) 以下である場合,新規参入を防ぐことが可能である。既存企業がすぐ下の階層(l + 1 階層)に排他的取引契約を提示するとき:
• l 階層よりも上の市場に独占市場が存在するとき, 企業数にかかわらず,既存企業の参入を市場への参入を妨げることが可能である。
• l 階層よりも上の市場に独占市場が存在しない場合,l + 1 階層が 2 社以上いる場合,排他的取引契約によって,新規参入を阻止することができない。 一方 l + 1 階層に 1社しかいない場合,排他的取引契約によって新規参入を阻止できる。
第4 章 おわりに
これまでの章において,排他的取引契約を用いることにより,新規参入企業が排除される可能性があるかどうかを中心に考察をしてきた。 基本的なモデルはOki and Yanagawa (2011b) に依拠して行っている。特に,既存研究において,排他的取引契約を提示する相手は,その企業がいる下流の市場に対して行われた研究が中心であった。しかしながら,Oki and Yanagawa (2011b) では,流通業者から,自社より上流にある生産者に対して排他的取引契約を提示するモデルを考案した。ここでの研究は,そのような状況において,排他的取引契約が新規参入企業を排除する可能性を様々な観点から,考察を行った。以下で各章に関して,簡単に要約を行う。
第 2 章において,基本モデルである,Oki and Yanagawa(2011b) のモデルを簡単化して紹介し,既存研究との対比を明確にした。ここでの分析の仮定の範囲内では,生産者がその下流にある流通業者に対して排他的取引契約をオファーする場合よりも,流通業者が生
産者に対して排他的取引契約をオファーする場合の方が,効率的な参入が阻止されにくい という結果を得た。もちろん,これは様々なモデルの中の仮定,特に卸売価格の決まり方及びそこに起因する垂直的な産業内での交渉力の配分が結果に大きく影響を与えている。排他的取引契約の違法性や規制,監視について考える場合には,どこに新規参入があり,またその産業内での交渉力の配分がどのようになっているのかを見極める必要があるだろう。第 3 章において,多段階からなる産業構造を考え,その構造ごとに排他的取引契約によ
る新規参入企業の排除可能である産業構造の特徴を調べている。最初に,単純な 3 段階の
構造を考察した。このとき,中間的な市場において,既存企業が新規参入の脅威にさらさ
排他的取引契約の反競争効果と競争促進効果の考察
れ,排他的取引契約を用いてそれを排除しようとする場合,自分より上流の企業を囲い込むのか,下流の企業を囲い込むのかという点に着目した。特に興味深いものは,上流・下流の企業数,つまり競争の度合によって,排他的取引契約の成否,及び,成立した場合の既存企業の利得が異なるという点である。これは,2章で考察した交渉力の配分の問題にも関係している。産業の垂直的な構造によって,中間的な市場の企業が上流,又は下流にライバルの排除を目的とした排他的取引契約を提示するインセンティブは大きく影響される。この点は,排他的取引契約の反競争性を判断するひとつの指標となり得るだろう。言い換えると,ここでの考察結果は,産業構造全体を正確に把握することが競争政策上,重要であることを示唆している。
本報告書は排他的取引契約の反競争効果を中心に研究を行ってきた。投資等をモデルに組み入れ,競争促進効果に関する分析を行うことは将来の研究テーマとして残されている。
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