Contract
と
労使協定
対比4 ▼ ~契約の当事者と効力の違いは?~
会社と従業員との間の契約と聞いて,真っ先に思い浮かぶ代表は労働契約ですが,その他にも,就業規則,労働協約,労使協定などがあります。今回は,普段聞き慣れない『労働協約』と『労使協定』の違いについて見ていきましょう。
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交渉の当事者と対象者
まず,「労働契約」は,会社と従業員個々人との間の契約ですが,『労働協約』『労使協定』は,いずれも従業員の集団との間の契約です。実際に交渉,締結するのは,その集団の代表が行います。
『労働協約』の場合は,相手方従業員集団は労働組合のみですが,
『労使協定』は労働組合がなければ従業員の代表が相手方になります。
ただ,『労働協約』の労働組合は組織の大小は問わず,たとえ組合員がxxであっても構いませんが,一方の『労使協定』は,労働組合,従業員代表ともに,必ず「過半数」で構成されていなければなりません。
それは,そもそも両者の目的が異なるからです。『労働協約』は,従業員個人では限界のある交渉を,組合という団体交渉によって,より良い労働条件を求めて行うの
が基本であり,その恩恵を受けるのは希望する組合員のみでよく,非加入従業員にまで及ばせる必要はないのですが,『労使協定』は,法律が定める規制の例外を認めてもらうために設けられたものであることから,その効力の対象は全従業員であり,せめて過半数の合意を得なければならないということなのでしょう。
ちなみに,法律の条文には『労使協定』という文言はなく,「事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合,その労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定」との文言を『労使協定』と呼んでいます。
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両者の相違
先ほど,『労働協約』は,労働条件を合意するものだと述べましたが,「就業規則」や「労働契約」との関係はどうでしょうか。「労働契約」では,「就業規則」を下回る部分は無効となり,「就業規則」の条件まで引き上げますが,逆に「就業規則」を上回る部分は
「労働契約」の条件が存続する,となっています。ところが,『労働協約』は,どんな場合でも「就業規則」より優位に立ちます。『労
働協約』に反する労働条件は認められません。「反する」ことができませんので,仮に,「就業規則」を下回る部分があったとしても,そのまま『労働協約』の内容が労働条件となるのです。そして,原則的には,適用対象は組合員ですが,同種の従業員の 4 分の 3 以上の従業員が適用を受けるに至った場合,その『労働協約』の内容は,組合外の同種の従業員にも及ぶとされています。このように,『労働協約』は適用のある従業員の労働契約を直接に規律する強い効力
(規範的効力)を持っているのですね。
優位順に並べてみると(法令>労働協約>就業規則>労働契約)という順番です。
これに対し,『労使協定』を上記各契約に並べられないのは,趣旨が異なるからです。『労使協定』は,法律が定める労働条件に反する定めをすることが認められるものですが,これは,行政との間において,『労使協定』の届出によって罰則の適用を免れる効果(免罰的効果)があるということで,
「法律の規定を超えても罰せられません」,という意味です。
しかし,ここからが法律の複雑なところなのですが,この免罰的効果は,公法上会社に科せられている義務について免除するだけ
90 人事マネジメント 2019.7
■ xx xx(xxx xxx) 社会保険労務士
法律事務所勤務を経て,パートナー事務所を開設。主に,企業や医療機関の労働相談に従事している。立命館大学・医療経営講座修了生(xxxx先生に師事),医療経営コンサルタント(全国社会保険労務士会連合会認定)
■ xxアソシエイツ 社労士事務所〈大阪市〉
─労務相談,労務監査,労務DD,人事制度─ xxxx://xxx.xxxxxx-xx.xx/
▼ 対比1 「振替休日」と「代休」
▼ 対比2 「採用内定」と「試用期間」
▼ 対比3 「短時間労働者」と「パートタイマー」対比4 「労働協約」と「労使協定」
▼ 対比5 「出向」と「転籍」
▼ 対比6 「退職届」と「退職願」
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で,それが従業員の労働条件になるわけではありません。法律上は,「公法上の要件(法律違反の罰を免れること)」と「私法上の要件(従業員との間で合意し労働条件とすること)」とは,別のことなのです。
法律違反か否かは,あくまでも行政との間の話です。行政に「例外を認める」というお許しをもらったからといって,そこに従業員は関係なく,従う義務はないのです。それを従業員の労働条件とするためには,別途,会社と従業員との間で合意が成立しなければなりません。ここが,従業員の直接的規律になる『労働協約』と大きく異なるところです。
例えば,俗に「36協定」といわれる『労使協定』があります。これは,法定労働時間を超えて
『労使協定』で定めた時間まで労働させることが可能となる協定ですが, この「36協定」を締結し届け出ただけでは,従業員に法律の上限を超える労働を義務づけることはできません。「法定労働時間を超えて労働を命じることがある」「時間外労働がある」等と規定された「労働契約」,「就業規則」,『労働協約』があってはじめて,残業を命じることができるのです。
逆に,法違反があったとしても,罰則は科されますが,従業員との
労働契約等は直ちに無効になるわけではありません。「36協定」が無効で違法な時間外労働をさせていた,となったとしても,従業員の時間外労働が無効になるわけではありませんので,割増賃金の支払い義務は残る,ということになります。
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成立要件
次に,それぞれの成立要件を見ていきます。『労働協約』は,書面を作成し,会社と労働組合双方の締結権限を持つ者の署名または記名押印がなければなりません。書面の様式も表題も問いませんが,両者の署名または記名押印が欠けているものは,『労働協約』とは認められません。
他方,『労使協定』には,労使各代表者の署名または記名押印以外に,法所定事項の記載と(要件となっているものについては)労働基準監督署への届け出が必要です。
これは,『労働協約』は,会社と従業員(組合)との私法上の合意であるため,行政官庁は関与しませんが,『労使協定』は法律の規制に関わるものだからです。
そして,『労使協定』においては,書面の形式以上に重要な必須要件として「手続き」があり,正しく行っていなければ,『労使協定』
は無効になります。
それは,労働組合がない場合における従業員過半数代表者の選出手続きです。
過半数代表者になれる従業員は,会社に直接雇用されている全従業員のうち労基法上の管理監督者を除く,とされています。ただし,母数には管理監督者も含みますので,選出する側(投票する従業員)から管理監督者を除いてしまうと,過半数に満たなくなるので注意しましょう。また,派遣従業員は,選出者,非選出者のいずれにも含みません。
そして,一番疎かにしてしまいがちで,一番問題になりやすいのが,選出方法です。会社が指名した従業員にサインしてもらうなどは致命的です。必ず,協定の締結を行う者であることを明らかにしたうえで,投票,挙手などの民主的な選出方法で行いましょう。
以上のように,『労働協約』は組合員の労働契約の規律のためのものであり,『労使協定』は会社に科された行政上の規制を解除するものである,ところに違いがありますが,『労働協約』にも賃金通貨払いにおける例外という,一部規制解除の役割もあり,両者の違いには明確でないところもあります。
2019.7 人事マネジメント 91