Contract
債権譲渡と異議をとどめない承諾の効力
当社は、A建設会社との間で事務所建設の請負契約を締結しました。A社は工事完成時に支払われる予定の請負代金債権をB社に譲渡し、当社はこの譲渡につき特に異議をとどめず承諾をしました。その後、工事途中で止まってしまい、予定日までに工事が完成しないので、当社はA社に対し債務不履行を理由に請負契約を解除しました。B社は譲り受けた請負代金債権の支払を当社に求めてきましたが、当社はこれを支払わなければならないのでしょうか。
1. 債権譲渡と対抗力
債権者が債務者に対する債権をその同一性を変じることなく第三者に譲渡し、第三者が新債権者となる契約を債権譲渡と呼びます。一般的に債権は契約によって第三者に譲渡することができるものとされ(民法 466 条①本文)、一定の場合にのみ譲渡性が制限されます。
債権譲渡の効力を債権譲受人が債務者に対して主張するには、債権譲渡人から債務者に対する債権譲渡の通知または債務者からの承諾が必要です(同法 467 条①)。債権譲渡の効力を第三者に対抗するには、債権譲渡人から債務者に対する確定日付ある証書による通知または債務者の確定日付ある証書による承諾が必要となります(同法 467 条
②)。
2. 債権譲渡と抗弁の切断
債権譲渡の効果はその同一性を損なうことなく債権が移転することにあるため、譲渡された債権に付着する利息債権、担保物件、保証人に対する権利や各種抗弁も同様に移転するのが原則です。
ただし、債務者が異議をとどめない承諾をした場合は抗弁の切断が生じるものとされます(同法 468 条①前段)。異議をとどめない承諾とは、債権者が承諾に際して詐欺錯誤等債権の成否にかかわる瑕疵や弁済等債権の消滅といった譲渡人に対する抗弁を有することの留保なしに単純に承諾することをいい、債務者が主張しうる抗弁が付着していない債権の外観を信頼した譲受人を保護し、ひいては譲受人から広がる取引の安全を保護することを目的としています。
3. 譲受人保護の要件
異議をとどめない承諾による抗弁の切断が、抗弁が付着していないという外観を信頼した譲受人を保護するための制度であることからすれば、譲受人が抗弁の存在を知っていたならば、それを承知のうえで債権を譲り受けた以上、わざわざ譲受人を保護する必要はありません。抗弁の存在につき悪意の譲受人に対しては、異議をとどめない承諾をした債務者はなお抗弁を対抗できるとするのが判例です(最高裁昭和 42 年 10 月 27 日判決)。
さらに、異議をとどめない承諾による保護を受けるのに、譲受人の無過失まで要求さ
れるかが問題となります。
貸金業者が他の貸金業者に貸金残債権を譲渡した際、譲渡貸金業者との取引で過払金が発生したことにつき異議をとどめない承諾をしていた債務者から、譲受貸金業者に対する不当利得返還請求訴訟において譲渡貸金業者との取引における過払金の発生を主張することができるかが争点となった事案において、最高裁判所は、抗弁事由の存在を知らなかったことに譲受人の過失がある場合には、譲受人の利益を保護する必要性は低いというべきであり、通常の注意を払えば抗弁の存在を知り得たという場合にまで、抗弁切断の効果を生じさせるのは両当事者の均衡を欠くとし、譲受人が善意無過失であることまで必要であると判示し、過払金発生を理由とする債務者の請求を認めました(最高裁平成 27 年 6 月 1 日判決)。
4. 債務者の不利益の調整
債務者が異議をとどめない承諾をしたために、譲渡人に対する抗弁事由を譲受人に対 抗できなくなった場合の不利益は、債務者と譲渡人との間で調整が図られます。債務者 がその債務を消滅させるために譲渡人に払い渡したものがあるときは、これを取り戻し、譲渡人に対して負担した債務があるときはこれを成立しないものとみなすことができ ます(同法 468 条①後段)。
なお、債権譲渡において、譲渡契約に関与できない債務者が、債権譲渡されたことによって不利益な地位におかれてはならないというのが原則でありながら、債務者が単に譲渡を認識した旨を通知するだけで抗弁切断の効力が生じてしまうのは債務者保護に欠けるとして、現在進められている民法(債権法)改正においては異議をとどめない承諾による抗弁切断の規定が削除するものとされています。
5. 本件の場合
請負契約は報酬の支払と仕事の完成とが対価関係に立ち、請負人が有する報酬請求権はその仕事完成引渡と同時履行の関係に立ち、工事未完成の債務不履行を事由とする請負契約の解除により消滅するものであり、A社の報酬請求権がB社に譲渡され対抗要件を備えた後にA社の債務不履行が生じ請負契約が解除されたとしても、債権譲渡前すでに報酬支払義務が発生している以上、債権譲渡時すでに契約解除を生ずるに至る原因が存在していたことになり、当社が異議をとどめない承諾をしたことにより抗弁が切断されるのが原則です。
ただし、B社において譲受債権が仕事の未完成部分に対応する請負報酬請求権であったことにつき善意無過失でなければB社は保護されないことになり、当社は請負契約の解除をB社に対抗することができます。
債権の譲受人にとって債権の内容は重大な関心事であることからすれば、請負報酬請求権の対象となる仕事が完成しているか否かについて、B社が知らなかったとは考えにくく、また仮に知らなかったとするならばその確認を怠った点でB社には過失ありとされる可能性が高いと考えます。
以上から、当社はB社に対し本件請負契約を解除したことを主張し、B社からの請負代金の残債権の支払請求を拒むことができると考えられます。