3) 澤野順彦「サブリースと賃料増額請求」NBL 544号36頁(1994年)。澤野論文では,総 合事業受託方式は全体として組合契約類似の契約とされ,また賃貸 事業受託方式は準委任,請負および賃貸借類似の混合契約,転貸方式は賃貸借または賃貸借類似の契約とされてい る。
◇ 論 説 ◇
サブリース契約をめぐる判例法理の意義
――借地借家法32条との関係で――
x x x x
第1章 は じ め に
第2章 サブリース契約の賃貸借契約性に関する学説第3章 地代・賃料自動増額特約の有効性
第4章 サブリース契約に関する裁判例の動向第5章 結 語
第1章 は じ め に
1 サブリース契約とは,建物所有者からオフィスビルやマンション等 を一括して借り上げ,これを転貸するという契約類型であって1),建物を 借りた業者が自らその建物を使用するのではなく,ビルの各階やもっと小 さく区切られた部屋を入居して使用する個人や会社に転貸する形式をと る2)。その種別として,① 用地確保から建物建築,建物賃貸借の管理ま で一貫してサブリース業者に委託される,総合事業受託方式,② 用地の 確保と建物の建築は貸主側で行い,サブリース業者は完成した建物を一括 して借り上げ,ビルの賃貸事業についてノウハウを提供し,最低賃料を保 証する賃貸事業受託方式,③ 賃借人がビルを一括して賃借し,自らも使 用・利用するが他に賃貸することもできる転貸方式の三種があるという3)。
不動産協会が昭和62年2月に公表した「事業受託方式研究会報告書」に よれば,サブリース契約とは「土地の有効活用を目的として,それについ て豊富なノウハウを有するデベロッパーが,土地の利用方法の企画,事業 資金の提供,建設する建物の設計・施工・管理,完成した建物の賃貸営業,
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管理運営等,その業務の全部または大部分を地権者から受託する方式で,土地・建物両方について地権者に所有xxを残したまま,受託者が一括借り受けの方法により,事業収益を保証する共同事業方式」であって,転貸借を目的とする一括借受の合意, 空室の有無とは無関係の最低賃料保証, 一定期間経過ごとの自動的賃料増額改定, 基本賃貸借期間の長期設定(20年), 中途解約の制限,等が特徴である4)。
2 実際のサブリース契約で用いられている最低賃料保証特約・賃料自動増額改定特約を示すと,以下のようなものがその典型例である5)。
「賃料年額金23億1072万円
① この賃料はテナントの入居状況のいかんにかかわらず100パーセント支払う。
② 賃料のうち,19億9200万円については,満3年経過する毎に,直前賃料の10パーセント値上げする。」
「インフレ,経済事情の変動その他上記の値上げ率を不相当とする事情の変更があった場合には,値上げ率を協議の上変更することができる。」
最低賃料保証特約は,「ガラス張り方式・転貸料連動型」と「仕切り方式・定額型」とに区分される6)。前者は,賃料自動改定特約が,改定賃料を転貸料の一定割合とするという自動「増減」改定特約(例,「転借人に転貸している転貸料の70パーセントの額を賃料とする」旨の特約7))である場合を指し,当事者は当然に賃料の減額まで予測していたといいうるから,バブル経済の崩壊による賃料の下落があっても,借地借家法32条の適用の可否を論じるまでもなく当該特約に基づいて当然に賃料の減額を請求しうることになろう。これに対して,後者の場合,賃料自動改定特約とともに用いられるかどうかによって,賃料保証の態様が異なってくる。
上記の契約条項の効力が問題となった後掲・[23]東京地判平成10年8月28日の事案では,保証された賃料額は転貸条件と無関係であることが認
サブリース契約をめぐる判例法理の意義(xx)
定されており8),いわゆる「仕切り方式・定額型」にあたる事例である。この判決は,近時有力になっていた,xxxxx契約は同法の予定する建物賃貸借契約には当たらず,少なくとも借地借家法32条1項の賃料増減請求権の適用はない,という学説(借地借家法32条1項適用否定説)に従ったものである。
3 ところが,[23]判決の上告審である最3小判平成15年10月21日金判 1174号4頁・同1187号6頁(住友不動産対センチュリータワー事件,以下
①判決という)は,第1審・原審と正反対の結論を採った。また最3小判平成15年10月21日金判1174号10頁・同1187号15頁(住友不動産対xx倉庫事件,以下②判決という),最1小判平成15年10月23日裁判所時報1350号 294頁・金判1187号21頁9)(以下③判決という)もまた,同趣旨の判断を下した。しかし,これらの判決以前に,借地借家法11条の地代増額請求に関する最1小判平成15年6月12日民集57巻6号595頁(以下,④判決という),事業用ビルの賃貸借契約が賃借人の更新拒絶により終了しても賃貸人がxxxxxx終了を再転借人に対抗することができないとされてた最
1小判平成14年3月28日民集56巻3号662頁,判時1787号119頁(以下,⑤判決という)等が既に存在していた。
本稿は,これら最高裁判決を検討し,サブリース契約に関する現在の判例法理の到達点を明らかにすることを目的とする。
4 xxx弁護士によれば,裁判所の悩みの基本は,借地借家法32条1項但書の規定をいかに制限的に解釈し,不動産業者の不xxな賃料減額請求をいかに制限し,あるいは否定するかにつきるという10)。サブリース契約に関する実際の紛争では, 賃料自動改定特約の有効性, サブリース契約が民法および借地借家法の適用される賃貸借契約に当たるか, 最低賃料保証特約の有効性, サブリース契約における転借人の地位,等が問題となる。以下では,これらの課題につき,最高裁判決を中心とした判例法理の流れを検討していく。
なお,本来のサブリースという言葉の意味は,建物転貸人と転借人間の
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賃貸借契約を意味するが,実務や裁判例では,建物賃貸人と賃借人(転貸人)間の賃貸借契約がこの意味で使われることが多い。後者は,本来原賃貸借契約(マスターリース契約)と呼ばれるべきものである11)が,従来の用語法に従って,本稿では,原賃貸借契約のことをサブリースと呼ぶことにする。
1) xxxx「サブリース契約に対する借地借家法32条の適用基準」法律のひろば1999年9月号9頁。
2) xxxx「建物サブリース契約」法学教室273号(2003年)22頁。
3) xxxx「サブリースと賃料増額請求」NBL 544号36頁(1994年)。xx論文では,総 合事業受託方式は全体として組合契約類似の契約とされ,また賃貸事業受託方式は準委任,請負および賃貸借類似の混合契約,転貸方式は賃貸借または賃貸借類似の契約とされてい る。
4) xxxx「いわゆる不動産サブリースに関する所得税問題」税務事例研究51巻(1999年)9号52-54頁。「事業受託方式研究会報告書」の作成にはxxx教授が関与された。
5) 以下の契約条項は,後掲[23]判決・東京地判平成10年8月28日判時1654号23頁の例である。
6) xxxx「サブリースを巡る判例の動向とその論点」法律の広場1999年9月号12頁。
7) 後掲[21]判決・東京地判平成7年1月23日判時1557号113頁。
8) 判時1654号30頁参照。
9) xxxx://xxxxxxxxxxx0.xxxxxx.xx.xx/xxxxx.xxx/xx0xx00x0xxxxxx000000x0x00000000/00000x00 a3a4481349256dc9000bf38d?OpenDocument.
10) xxx「サブリースに関する最高裁判決の意義」金法1693号64頁(2003年)。
11) xxxx「サブリース契約に関する最高裁判決について」金判1177号(2003年)2頁,xxx「法科大学院における金融取引法の講義内容試案・先端的実践編――資産流動化の法務(不動産を中心に)」金融法研究資料編(19)52頁(2003年)。
第2章 サブリース契約の賃貸借契約性に関する学説
本章ではまず,最高裁判決以前の下級審裁判例に一定の影響を与えた学説の議論を参照する。
一 借地借家法32条適用否定説
サブリース契約に借地借家法32条を適用しないとする説(適用否定説)
サブリース契約をめぐる判例法理の意義(xx)
としては,xxx・xx説・下森説等が挙げられる。これらの説は,サブリース契約における最低賃料保証は賃料不減額特約を意味すると解する点で,軌を一つにする12)。
〔xx説〕13)
総合受託方式,賃貸事業受託方式,転貸方式の三類型のうち,前二者については借地借家法は適用されない。よって,これらのサブリース契約については,借地借家法32条による賃料増減請求は認められず,減額請求は
「事情変更の原則」によることとなり,最低賃料保証特約は有効となる。 法32条が強行法規である理由は,減額請求を認めないと実質的に賃借人に 不利であることを理由とする。賃料不減額特約たる最低賃料保証では,事 業受託者たるディベロッパー側にあっては,長期の契約期間中,相当の経 済変動や社会情勢が変化するであろうことは当然予想されており,特約の 効力を認めても,賃借人たる事業受託者にとって不利とはいえない。また,賃貸借は「使用・収益」の対価として賃料が支払われる契約類型であるが,建物を転貸して収益を上げることを事業とするサブリース契約は,借地借 家法の予定する「建物の賃貸借」に含まれないとする。
〔xx説〕14)
契約期間が長期で中途解約が禁止されていること,サブリース契約と建物建築請負契約の密接な関連性の存在,賃貸人・賃借人相互の共同事業的性格等から,サブリース契約は賃貸借の名を借りた事業的契約(無名契約)であり,借地借家法や民法の賃貸借の規定の適用を否定する。特に借地借家法32条の賃料増減請求を否定する実質的理由を,賃料減額を認めると,建物所有者としては当初確実であると予定していた建築資金の回収が不可能になる一方,他方で賃借人たるディベロッパーは継続して一定の収入を得られるという不均衡に求める。ただ,xx説では,借地借家法32条の規定は類推適用されないとしながら,他の規定についての類推適用までは否定されないことに注意を要する。
〔下森説〕15)
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サブリース契約における「賃料」は,目的物の使用・収益の対価である賃料とは異なり,建物所有者の有する所有権の一機能である「賃貸権」ないし「経営権」取得の対価であり,その法的性質は財産権移転の対価である点で,売買契約における「代金」に近い。そして,xxxxx契約は,その「建物賃貸権」を,長期の一定期間に限って,サブリース業者(ディベロッパー)に委譲することが約され,これに対してサブリース業者が相手方にその対価を支払うことを約する契約である。通常はこの契約に付随して,当該建物の全部または一部の管理・保全委託契約等を伴う一種の無名契約であるという。xx説と同様,サブリース契約の共同事業性を強調し,損益分担条項が「共同事業」の開始・存続のうえで重要性を持つ。つまり,賃料保証の有無やその内容(空室保証か,最低賃料保証か等)は損益分担の規準,内容を示すうえで最重要の要素である。サブリース契約が以上のような契約であれば,不動産の使用・収益の許容とその対価(賃料)の支払を本質的要素とする賃貸借契約を対象とする借地借家法のサブリース契約への適用は原則として否定され,転貸方式のサブリースを含めて同法32条の適用は受けないという。
転貸賃料収入の変動に連動してサブリースの賃料も変動するガラス張り方式に比べ,転貸賃料に連動しない仕切り方式においては,最低賃料保証特約並びに賃料自動増額改定特約を伴って,サブリース賃料と転貸賃料との格差が大きくなるほど利益も大きくなる。しかも,長期の契約期間・中途解約の禁止により,最低限当初賃料の安定的収入が全契約期間にわたって保証されるとして,特にこの点を,サブリース契約の共同事業性のメルクマールとして強調する。
二 借地借家法32条適用肯定説
以上の借地借家法32条適用否定説に対し,以下の説は,強行法規である法32条が当事者間の意思により適用を潜脱されること,サブリースは複合契約だというが,その形態は千差万別でありひとくくりにできないこと等
サブリース契約をめぐる判例法理の意義(xx)
の批判を加えている16)。以下,代表的な論者の主張を簡単に整理しておこう。
〔道垣内説〕(形式説)17)
契約両当事者間に存在するさまざまな権利義務関係が,一つの複合契約関係を形成しているのか,複数の単純な契約関係が併存しているのかを判断するのは容易ではなく,当事者の意思によるのだとすれば,借地借家法の適用もまた意思次第によるにことになり,強行法規たる同法の性格を正面から否定することになる。また,同法は,貸主と借主の実質的な経済力の差異を適用の要件とはしていない。
借地借家法の適用の有無は,「一方が他方へ『建物』の使用・収益を許し,他方が一方にその対価を支払うことになっているかどうかのみで決定される」として,サブリース会社が賃貸人に支払う対価は,転借人が見つからないときでも一定額を支払う以上,事業収入の分配を意味せず,サブリース会社が使用・収益を認められていることの対価である,とする。
〔xxxxx〕(折衷説)18)
xxxxxは,基本契約を上部契約,建築請負契約や賃貸借契約,準委任契約等を下部契約とする複合契約であるが,その各部分については,それぞれに関する法律が適用されるので,賃貸借の部分には借地借家法が適用されるが,サブリースがリスク保証的な性格を備えていることを考慮して,法32条1項にいう「不相当になったとき」と認められるのは,「極端な事態が生じたとき」に限られるとする。
〔xx説〕(賃料保証=担保給付説)19)
「賃料保証は,賃料が下降に修正された結果生じる適正賃料額と約定の保証賃料額との差額を填補するというリスクヘッジの意味」を有し,一種の損害担保ないし保険の機能を有しているととらえる見解である。すなわち,サブリース会社が,賃料上昇における利益を獲得する機会を取得し,反面で賃料下落によるリスクを引き受けるという,一種の損害担保の特約の面を有するのが賃料保証であり,そのリスク引受けのために転貸借とい
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う法形式を利用するために,他面で,建物の「使用・収益の対価」の側面をも合わせ持つのである。結果として,賃料たる側面が相場に比べて不相当に高くなって賃借人が減額請求をすれば,直ちに損害担保特約としての賃料保証の部分が,その穴埋めをすることになる。
三 サブリース契約における転借人の地位
1 借地借家法32条適用否定説であっても,賃借人=転貸人と転借人間には借地借家法が適用されることを肯定することには注意を要する。すなわち,「サブリース業者とテナントとの間の賃貸借契約には当然借地借家法等の適用があり,これによってテナント(賃借人=転貸人の意味)は保護され,賃貸権を委譲した地権者も当然それによる拘束は受け,その限度でサブリース契約にも借地借家法等の適用あるいはその効果が及ぶから,建物利用権者の保護に欠けることはない20)」と。通常の転貸借関係と同様に,賃借人の債務不履行による契約解除を賃貸人と賃借人の間の問題として捉え,転貸借は賃貸借を前提としてのみ存続するとすれば,サブリース契約において本来の継続的使用収益関係として扱われるべき転貸借の保護に欠けることにならざるを得ない21)から,以上の指摘は正当なものである。
2 しかし,最高裁は,以下でみる①・②・③判決以前に,サブリース契約の転借人の地位について,間接的ながら一定の判断を示していた。最
1小判平成14年3月28日民集56巻3号662頁(判時1787号119頁,金判1151号3頁)(以下,⑤判決という)である。
事案の概要は,以下の通りである22)。Xは,昭和50年初頭,ビルの賃 貸・管理を業とするA会社の勧めにより,当時のX代表会社所有の土地上 にビルを建築してAに一括して賃貸し,Aから第三者に対し店舗または事 務所として転貸させ賃料を得ることを計画し,昭和51年にビルを建築した。ビルの建築にあたっては,AがXに預託した建設協力金が建築資金などに 当てられ,設計・施工にはAの要望が採り入れられた。
サブリース契約をめぐる判例法理の意義(xx)
Xは,昭和51年11月30日,Aとの間で,本件ビルにつき期間20年の賃貸 借契約を締結した。Xは,本件賃貸借において,Aが本件ビルを一括又は 分割して店舗又は事務所として第三者に転貸することをあらかじめ承諾し た。他方,Aは,本件ビルの所在地の一部の従前の所有者であったBに対 し,昭和51年11月30日,本件店舗部分につき期間20年の転貸借契約を締結 した(Bとの間のビル建築前の合意による)。さらにBは,XとAの承諾 を得て,Cとの間で,期間を5年間とする再転貸借契約を締結した。その 後,Cについて会社更生手続開始の決定がされ,Yが管財人に選任された。
Aは,転貸方式によるビルの経営が採算に合わないとして経営から撤退 することとし,Xとの賃貸借契約が満了するに際して,Xとの間で賃貸借 契約を更新しない旨の通知をした。そこで,Xは,BとCに対し,本件賃 貸借が平成8年11月30日に期間の満了によって終了する旨の通知をした。 Xは,本件賃貸借終了後,B以外の転借人との間では直接賃貸借契約を締 結した。しかし,Bとの間では,XがBに対しCとの間の再転貸借を解消 することを求めたため,協議が調わず賃貸借契約の締結には至らなかった。
Xは,賃貸借契約終了により,再転借人たるCは店舗の占有をXに対抗できないとして,Yに対して所有権に基づいて本件転貸部分の明渡しを求めた。これに対し,Yは,Xはxxx上本件賃貸借の終了をもってC(管財人Y)に対抗できないと主張した(借地借家法施行以前の事案のため,旧借家法が適用される)。最高裁は以下のように述べて,事業用ビルの賃貸借契約が賃借人の更新拒絶により終了しても,賃貸人は,xxxxxx終了を再転借人に対抗できないとした。
「Xは,建物の建築,賃貸,管理に必要な知識,経験,資力を有する訴外Aと共同して事業用ビルの賃貸による収益を得る目的の下に,訴外 Aから建設協力金の拠出を得て本件ビルを建築し,その全体を一括して Aに貸し渡したものであって,本件賃貸借は,AがXの承諾を得て本件ビルの各室を第三者に店舗又は事務所として転貸することを当初から予
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定して締結されたものであり,Xによる転貸の承諾は,賃借人Aにおいてすることを予定された賃貸物件の使用を転借人Yが賃借人Aに代わってすることを容認するというものではなく,自らは使用することを予定していないAにその知識,経験等を活用して本件ビルを第三者に転貸し収益を上げさせるとともに,Xも,各室を個別に賃貸することに伴う煩わしさを免れ,かつ,Aから安定的に賃料収入を得るためにされたものというべきである。他方,Cも,Aの業種,本件ビルの種類や構造などから,上記のような趣旨,目的の下に本件賃貸借が締結され,Xによる転貸の承諾並びにX及びAによる再転貸の承諾がされることを前提として本件再転貸借を締結し,Cは本件転貸部分を占有している。」
「このような事実関係の下においては,本件再転貸借は,本件賃貸借の存在を前提とするものであるが,本件賃貸借に際し予定され,前記のような趣旨,目的を達成するために行われたものであって,〔それはすなわち(筆者注)〕Xは,本件再転貸借を承諾したにとどまらず,本件再転貸借の締結に加功し,Cによる本件転貸部分の占有の原因を作出したものというべきであるから,Aが更新拒絶の通知をして本件賃貸借が期間満了により終了しても,Xは,xxx上,本件賃貸借の終了をもってCに対抗することはできず,Cは,本件再転貸借に基づく本件転貸部分の使用収益を継続することができると解すべきである。このことは,本件賃貸借及び本件転貸借の期間が前記のとおりであることやAの更新拒絶の通知にXの意思が介入する余地がないことによって直ちに左右されるものではない。」
3 上記の判断プロセスにより,⑤判決は,賃貸人は安定収入を目的とし,賃借人も自らは使用しないというサブリース契約の特質に基づき,一般の賃貸借契約よりも解除権行使を制限した。すなわち,「本件賃貸借及び本件転貸借の期間が前記のとおりであることやAの更新拒絶の通知にXの意思が介入する余地がないことによって」結論が「直ちに左右されるも
サブリース契約をめぐる判例法理の意義(xx)
のではない」から,更新拒絶が賃貸人から賃借人に対してなされる場合で あっても,サブリース契約締結への賃貸人の加功という事情が認定されれ ば,賃貸借の終了を転借人に対抗できないという結論に至ると解し得る。 事業用ビルの賃貸借契約が賃借人の更新拒絶により終了しても,賃貸人は,xxxxxx終了を再転借人に対抗できないとして,サブリース契約の共 同事業性を強調し,賃貸人・転借人相互の諸事情を実質的に「正当事由」 に近い枠組みで衡量しているのである23)。
4 ところで,⑤判決が,仮に賃貸借の賃借人からの更新拒絶による終了の事案ではなく合意解除の事例であった場合には,賃貸借契約締結の経緯の事情等から,合意解除を転借人に対抗しうる特段の事情は認められないことになると予想される。本件賃貸借がサブリース契約であるという事情は,よけいに特段の事情の存在を否定する方向に作用する。
では,通常のサブリース契約では債務不履行解除以外での中途解約が認められない条項が設けられていることが多いことから,本件が,仮に本件賃貸借が賃借人Aの債務不履行により解除された場合にはどうなるか。借地借家法適用否定説からすれば,サブリース契約では,「形式的には独立した二個の契約が存在しているとしても,実質的には,転借人は,賃貸人と転貸人の共同事業主体から目的不動産を転借しているのであり,転貸人の債務不履行は,共同事業主体内の問題にすぎな」いともいい得る。「賃貸人としては,転借人から転貸料を受け取ることができる以上,当初予定していた目的は達成できるのであるから,それ以上賃貸人の契約解除権を保護する必要は低い。」よって,「実質的な利益衡量の観点からは,賃貸人が転借人に対して賃貸借の債務不履行解除による転貸借の終了を対抗できるのは,転借人の責に帰することができる事由がある場合に限られるべきではないか」,との指摘24)が重要であろう。サブリース契約における賃貸人と賃借人の共同事業性(⑤判決の事案では総合事業方式であること)を強調すれば,その債務不履行解除でさえ,xxx上,転借人に対抗できないという結論に至ることも可能である。
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5 ただ,実際のサブリース契約においては,「共同事業性」がみられないものがむしろ原則形態ではないかとの指摘もあり25),個別の事案で,
「共同事業性」が十分認定できない場合には,原則に戻って,賃貸借の解約を転借人に対抗しうることになろう。また,賃借人が転借人と緊密な関係にある等により,不当に安価な賃料で転貸をした場合など,賃借人が賃貸人を害する行為をした場合には,これを「信頼関係の破壊」とみて賃貸借を解約した後,転借人に対して明渡請求をなすことは,賃貸人の保護のために否定されるべきではない。このような場合には,サブリース契約の
「共同事業性」の前提としての,賃貸人の賃借人に対する信頼がなく,また⑤判決の指摘する「再転貸借契約締結に加功した」という事情も認められないからである。
もっとも,⑤判決の事案からは,賃貸人が具体的に転貸借(正確には再転貸借)の契約締結にかかわった(例えば,自ら再転借人の入居を斡旋した等の事実)という事実認定はなされていない。判決の述べる再転貸借の
「契約締結に加功した」ということは,実質的にみれば単に転貸借を容認したという抽象的な事実だけではなく,加えて第三者に転貸して収益を上げさせるとともに,賃貸人自身も,安定的に賃料収入を得ることを目的としてなされたことまで含むものである。つまり,賃貸人による転貸借の容認が再転借人の占有の原因を作っていることが重要なのである26)。したがって,⑤判決は,サブリース契約が一定の共同事業性を当然に内包するものであることを,当然の前提としていると評価できる。
6 このように,⑤判決を詳細に検討すると,最高裁は,サブリース契 約に対して借地借家法32条の適用を否定する説とは既にこの判決の時点で,一線を画していたことが看取されうる。それを裏付けるかのように,最高 裁は,その後の①・②・③判決において,借地借家法32条適用否定説を明 示的に採用しないという結論に至るのである。
12) 以下の学説の整理は,xxxx・金判1146号64-66頁(後掲[24]東京高判平成14年3月
5日金判1138号20頁〔③判決最1小判平成15年10月23xx審判批〕(2003年),xxxx
サブリース契約をめぐる判例法理の意義(xx)
「サブリース契約の法的性質に関する考察(上)」銀行法務21・586号57頁以下(2001年)等を参考にした。なお,他に借地借家法32条の適用を否定するものとして,xxxx「サブリース契約における賃料保証・賃料自動改定特約の効力」ジュリスト1150号52頁(1999年),xxxx「いわゆるサブリースの法的性質と賃料減額請求の可否」ジュリスト1151号90頁(1999年)。
13) xx・前出注(3)「サブリースと賃料減額請求」NBL 554号36頁以下。
14) xxxx「サブリース契約」xxxx他編『新借地借家法講座③ 借家編』(日本評論社・1999年)379頁。
15) xxx「サブリース契約の法的性質と借地借家法32条の適用の可否(1-3・完)」金法
1563号6頁,1564号46頁,1565号57頁(1999年),同「いわゆるサブリース契約における賃料減額請求の可否」法律のひろば1999年9月号16頁。
16) xxxx「続・サブリースにおける賃料増減額(上・下)」判タ1038号56頁,1039号30頁(2000年),xxxx「サブリース契約の法的性質(1)」みんけん(民事研修)508号 36頁以下(1999年)も参照。
17) xxxxx「不動産の一括賃貸と借賃の減額請求」NBL 580号27頁(1995年)。
18) xxxx「不動産の事業委託(サブリース)と借賃減額請求権(上)(下)」NBL 568号 19頁,569号26頁(1996年)。
19) xxxx「サブリース契約の法的性質(2)・(4)」みんけん(民事研修)510号19頁以下,512号42頁以下(2000年)。
20) 下森・前出注(15)法律のひろば1999年9月号21頁。
21) xxxx・最1小判平成9年2月25日民集51巻2号398頁判批・銀法579号82頁(2000年)。ただし,同評釈は,「サブリースにおいて賃借人と転借人間に借地借家法等が適用されることについては,ほぼ異論がないと思われる」としている点に注意を要する。
22) xxxx・⑤判決判批・金判1166号61頁(2003年)を参考にした。
23) xxxx・⑤判決最判平成14年3月28日判批・法セミ575号(2002年)118頁)。
24) xx・前出注(21)・最判平成9年2月25日民集51巻2号398頁判批・銀法579号82頁
(2000年)。同・「サブリース契約における借地借家法32条1項(賃料増減請求権)適用の可否」銀法21・629号10頁以下(2004年)も参照。
25) xxxx「サブリース契約の現状と問題点」早稲田法学76巻2号(2000年)82頁以下。
26) xx・前出注(22)⑤判決判批・金判1166号64頁(2003年)。
第3章 地代・賃料自動増額特約の有効性
一 序
サブリース契約では,建物所有者に収益の増加を保証するため,一定期間内の最低賃料保証と並んで,賃料自動改定(特に増額)特約が利用され
立命館法学 2004 年1号(293号)
ることが多い。バブル経済崩壊後の賃料相場の著しい下落を受けて,賃借人(サブリース会社)が借地借家法32条の賃料増減請求権を行使するケースが平成7年頃から目立つようになった。
以下でみる①判決の第1審・[23]判決を契機として,特に最低賃料保証に対して,借地借家法32条の適用の有無,およびその前提としてサブリース契約が民法および借地借家法の予定する賃貸借契約に該当するか,また最低賃料保証自体の有効性等をめぐって,活発な議論が展開されることとなった。片面的強行規定を定める借地借家法37条は同法32条を挙げておらず,法32条1項にいう「契約の条件にかかわらず」の文言からは,賃料不
減額特約としての最低賃料保証特約を無効と解することも可能だからである27)。
以下ではまず,サブリースに関する①・②・③の各最高裁判決以前に,地代増額特約の有効性が問われた④判決を先に検討する(本章)。次に,サブリース契約についての下級審裁判例の動向を概観し,最高裁がサブリース契約をどのように評価しているか,および借地借家法32条による賃料減額請求の可否につき,どのように応接したのかを検討する(第4章)。
二 賃料自動改定特約の意義
1 賃料自動改定特約は,賃料改定をめぐる協議の煩わしxxトラブル を未然に防止し,経済的にも時間的にも割の合わない裁判手続の利用を回 避する意図も含めて,一定の基準に基づいて従来の賃料を自動的に決定し ていく特約である28)。その種別としては29),① 賃料鑑定特約(「当事者間 に協議にもかかわらず本件土地の賃料の額につき合意が成立しなかった場 合には,……の鑑定結果に従って賃料を改定する」旨定めるもの。東京地 判昭和50年5月28日判時800号78頁),② 運賃変動自動改定特約(「東京・ 大阪間の二等旅客運賃額に変動があった場合には,それに比例して自動的 に増減する」旨,定めるもの。東京地判昭和45年2月13日判時613号77頁),
③ 物価変動自動改定特約(「本件土地の賃料は,毎年,……に公表される
サブリース契約をめぐる判例法理の意義(xx)
物価指数の変動率に応じて増減する」旨の特約。東京高判昭和56年10月20日判タ459号64頁),④ 定額自動改定特約(「2年2ヶ月後に家賃を20万円から30万円にする」(50%の増額)特約。東京地判平成1年9月5日判時 1352号90頁),⑤ 定率自動改定特約(「当事者は,本件土地の賃料につき,
2年ごとに,5%の割合で増額する」旨の特約,大阪地判昭和50年8月13日判タ333号303頁,東京地判昭和55年4月14日判時982号134頁,東京地判昭和56年7月22日判時1030号60頁(家賃を毎年8%増額する旨の特約)),
⑥ 路線価変動自動改定特約(「当事者は,……の本件土地の路線価に変動があった場合には,その増減率に従って賃料を増減する」旨の特約。神戸地判平成1年12月26日判時1358号125頁,東京地判平成3年3月29日判時 1391号152頁・判タ762号172頁),⑦ 固定資産税変動自動改定特約(「当事者は,……本件土地の固定資産税・都市計画税の変動があった場合には,その増減率に従って賃料を増減する」旨の特約。札幌地判昭和52年3月30日判タ365号306頁),等がある。
2 賃料自動改定特約は,借地借家法11条および32条の地代・賃料増額請求権の規定との関係で,特約としての有効性が認められるかが問題となる。かつては,借家の事案であるが,「もし特約が有効であるとすると,賃貸人は,同条(旧借家法7条)の要件がなくても,賃料増額の請求ができ,賃借人は,その値上額に拘束される結果になり,これでは,賃借人の利益が無視されるばかりか,同条の規定の存在価値がなくなってしまう」として,旧借家法7条は,「賃料を当然増額する特約の存在を一切認めない趣旨であると解される」とした裁判例もあった30)。しかし,多くの裁判例は,以下においてみるように,賃料自動改定特約を原則として有効としている。また,平成3年の借地借家法改正をめぐる議論の中で,特約の定める「基準」が相当なものである場合には自動改定特約の効力をxxで認めようとする考え方が提示されたが,どのような基準であれば相当といえるかをxx上で明確に示すことの困難さなどから,結局その構想は見送られ,この特約をめぐる問題の解決は,その後の裁判例の積み重ねに委ねら
れた31)。
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3 最3小判昭和31年5月15日(民集10巻5号496頁)は,「賃料名義の額については銭湯の騰落,経費の増減,浴客の多寡等に応じてこれを改訂するものとし,一年毎に両当事者協議の上これを決定すべき旨」の特約につき,旧借家法7「条は契約の条件いかんにかかわらず借家契約にこれを適用すべき強行法規であることは疑なく,右の如き約定によってその適用を排除することをえない」とする。また,最2小判昭和56年年4月20日
(民集35巻3号656頁)は,「土地の賃貸借契約の当事者は,従前の賃料が 公租公課の増減その他の事由により不相当となるに至つたときは,借地法 12条1項の定めるところにより,賃料の増減請求権を行使することができ るところ,右の規定は強行法規であって,(賃料については公租公課の増 加に応じ上告人と被上告人とが協議して定める)本件約定によってもその 適用を排除することはできない」としている32)。また,学説も,その多く が,減額請求制度が強行法規的性格を有することを承認してきた33)が, 近時,サブリース契約に借地借家法32条の適用があるかどうかとの関係で,同条は強行法規でないと主張するものも現れていた34)。
三 地代・賃料自動改定特約をめぐる裁判例の展開
1 事情の変更の原則の適用要件は,第一に,当事者が契約締結に際して前提としていた事情について,当事者が予見せず,また,予見すべきだとはいえないような著しい事情の変更が生じたということ。第二に,当該事情の変更につき,事情変更の原則を主張する当事者に帰責事由のないこと。第三に,契約通りの内容を認めることが,当事者のxxに反し,xxxに反する結果になることである35)。
これに対して,借地借家法11条1項および32条1項は,地代・賃料増減請求件発生の要件として次の三つを挙げる。第一に,「土地(若しくは建物)に対する租税その他の公課の増減」,第二に,「土地(若しくは建物)の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動」,第三に,「近傍類似
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の土地の地代(建物の借賃)等に比較して不相当となったとき」である。 これらは,同条に基づき増減請求をなす側が主張・立証責任を負う36)。し かし,賃料自動改定特約が締結された場合,特に定率の増額特約では「相 手方から,その条項による賃料の増額を不相当とする特別の事情の主張, 立証があった場合には,その条項の効力は失われるものと解すべきである。その意味で,この契約条項は,賃料の改定の時期及び改定率に関する主張,立証責任を定率増額を望まない側に転換したものであ」るとされる37)。
これら借地借家法の地代・賃料(「借賃」)増減請求権は,前提事情の変更を理由に契約内容の変更を認める点で,事情変更の原則と共通する。しかし,ドラスティックな変化が生じていなくても賃料の増減を認めようとするものであり,また,条文上,予見不能であったことは要求されていない等の点で,事情変更の原則とは明確に異なっている38)。
2 これまでに賃料自動改定特約を有効と解した裁判例は, 借地借家法の賃料増減請求権の規定によらずに,事情変更の原則を適用して減額請求の可否を論じるものと, 借地借家法11条ないし32条の賃料増減請求権に基づき,減額請求の可否と論じるものとに分かれる。前者は, 自動改定特約締結当時の基礎となった事情の変更を認めて特約どおりの賃料の増減を認めなかったもの,および, 事情の変更を認めず特約の効力を維持したもの,とに分かれる。また,後者は, 特約の効力が事情の変更により失われたとして増減を認めなかったもの,および, 賃料自動改定特約の効力を維持して賃料の改定(増減)をみとめたもの,とに区分される。
3 事情変更の原則を適用して,賃料増減の可否を論じる裁判例のうち, 自動改定特約締結当時の基礎となった事情の変更を認めて特約どお りの賃料の増減を認めなかったものとして,[1]札幌地判昭和52年3月 30日判タ365号306頁(固定資産税評価額が変動すれば,評価額の1000分の
12.7の比率で地代が自動的に改定される特約につき,評価額が当初の8.72倍となった),[2]名古屋地判昭和58年3月14日判時1084号107頁(固定
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資産税額等の増減により地代が自動的に改定される特約で,契約当初から毎年20パーセント以上租税が上昇し,地代の上昇は当初の10倍に達した), [3]東京地判平成3年3月29日判時1391号152頁・判タ768号172頁(土地路線価の増減に応じて地代も増減する」旨の自動改定特約で,昭和63年以降の急激な路線価の上昇(昭和63年次に前年比で99パーセント以上,昭和 63年から平成2年の3年間で約5倍)により,基礎となった事情が失われた)39),[4]東京地判平成10年2月26日判時1653号124頁(借地の賃料を
「固定資産税評価額の増額割合に応じて増額する」旨の自動改定特約が,平成5年度から8年度までの間に約7倍に固定資産税が増額されたことを理由に,予見可能性なしとして効力を失ったとされた),[4-b]東京高判平成10年9月29日東京xx時報49巻18頁(「賃料及び共益費が3年後に自動的に9パーセント増額される」賃料自動増額特約は,バブル経済崩壊後の経済事情の変動や同種ビルの賃料水準との比較において不合理な結果になるものというべきであるから,事情変更の原則により3年後の賃料の改定に当たっては適用されない),等がある。
4 他方, 事情の変更を認めず特約の効力を維持したものとして, [5]東京地判平成1年1月26日判時1329号170頁(和解時になされた「更新の際には賃料を6パーセント値上げする」という改定特約の効力は,昭和59年から62年までの建物の賃料上昇の程度では失われない),[6]東京地判平成10年8月27日判時1655号138頁(サブリースでない建物賃貸借で,
「賃料を3年ごとに15パーセント増額する」旨の賃料自動増額特約につき,特約の適用がないときの相当賃料と特約適用時の賃料に大きな差異がなく,バブル経済崩壊後も特約はなお有効である),およびその控訴審である [7]東京高判平成11年10月6日金判1079号26頁(賃貸借契約締結が昭和 60年4月で地価高騰の以前であったこと,保証金の返還を11年目から行う ことに同意し,バブル経済の絶頂期にも15パーセントを超える増額を要求 できなかったこと等の事情を重視),等がある。
5 次に,旧借地法12条・旧借家法7条および借地借家法11条1項・32
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条1項に依拠して賃料増減の可否を論じるもののうち, 特約の効力が事情の変更により失われたとして増減を認めなかったものとして,[8]東京地判平成9年1月31日判タ952号220頁(「3年ごとに賃料を15パーセント増額する」自動改定特約が,平成3年から8年までの都内の賃料相場の下落と建物の管理・修繕義務の不履行から効力を失ったとした),[8- b]xxx判平成10年7月30日判タ1014号267頁(「3年経過ごとに7%増額する」旨の家賃(建物賃貸借)自動増額特約につき,平成4年から同7年までに全国商業地地価が20%前後下落しており,経済情勢の著しい変動に該当する),等がある。
6 賃料自動改定特約の効力を維持して賃料の改定(増減)を認めたものとして,[9]札幌高判昭和54年10月15日判タ403号120頁(土地の価格も毎年相当の割合で上昇しているから,「公課金増額の比率に乗じ賃料(地代)をその比率に応じて増額する」特約は,20%の増額では効力を維持する),[10]大阪地判昭和62年4月16日判時1286号11頁(借地契約において,当該借地の固定資産税,都市計画税が増額されたときは増額分を従来の賃料に加算して支払う旨の自動増額特約は,約21パーセントの増額では,借地法12条に照らして不合理ではない),[11]東京地判平成1年
8月29日判時1348号96頁(地代を固定資産税の額の3倍とする自動改定
(増減)特約。公租公課の上昇は商業用ビルへの建替えによるもので予見可能であり,かつ,賃料(地代)上昇の程度は昭和60年に前年の2.87倍にすぎない),[12]神戸地判平成1年12月26日判タ734号176頁(当該借地に接する道路部分の毎年の路線価の増減率に応じて自動的に地代が増減する特約で,路線価は29パーセント強の上昇)40),[13]東京地判平成6年11月 28日判時1544号73頁(借地契約において固定資産税の年額の3倍の12分の
1を月額賃料とする自動改定特約で,固定資産税の急激な上昇が商業用建物の建築に伴うものであるなど経緯から,事情変更に関する賃借人の予測可能性ありとした。賃料の上昇率は,昭和63年に一挙に4倍になりその後の5年間で2.36倍に上昇),等がある。また,建物賃貸借における「賃料
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は3年ごとに10パーセント増額する」旨の特約が,その割合を超えて増額はしない特約であると解釈され,賃貸人のする借家法7条の賃料増額請求を排斥する裁判例([14]東京地判平成5年8月30日判時1504号97頁)もある。
7 以上のように,裁判例が分裂する状況下で,近時,最1小判平成15年6月12日(民集57巻6号595頁,以下④判決という)は,借地借家法11条1項の地代等増減請求権が強行規定であることを確認し,地代増額特約が拘束力を失い,増減請求権が行使しうるとの判断を示した。以下では,この④判決を詳しく検討することにする。
四 最高裁平成15年6月12日判決(④判決)
1 事案は,「建物の所有を目的とする土地の賃貸借契約」で,「但し,本賃料は3年毎に見直すこととし,第1回目の見直し時は当初賃料の15%増,次回以降は3年毎に10%増額する。」という内容の自動増額特約が付されていたものである。賃貸借契約が締結された昭和62年7月当時は,いわゆるバブル経済の崩壊前であって,本件各土地を含むxxx00xxの土地の価格は急激な上昇を続けていた。ところが,本件各土地の1m2 当たりの価格は,昭和62年7月1日には345万円であったところ,平成3年7月1日には367万円に上昇したものの,平成6年7月1日には202万円に下落し,さらに,平成9年7月1日には126万円に下落した。その一方で,賃貸人は,自動増額改定特約に従った地代の支払いを求めたのに対し,賃借人が賃料の減額を求めた。
第1審が賃借人の請求を一部認容し,原審が逆に請求を棄却したところ,最高裁は,以下のように判示して,一部破棄自判し,増額特約を有効とし た上で,適正な賃料額につき審理のやり直しを命じて,一部破棄差戻しし た。
「 建物の所有を目的とする土地の賃貸借契約の当事者は,従前の
サブリース契約をめぐる判例法理の意義(xx)
地代等が,土地に対する租税その他の公課の増減により,土地の価格の 上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により,又は近傍類似の土地 の地代等に比較して不相当となったときは,借地借家法11条1項の定め るところにより,地代等の増減請求権を行使することができる。これは,長期的,継続的な借地関係では,一度約定された地代等が経済事情の変 動等により不相当となることも予想されるので,xxの観点から,当事 者がその変化に応じて地代等の増減を請求できるようにしたものと解す るのが相当である。この規定は,地代等不増額の特約がある場合を除き,契約の条件にかかわらず,地代等増減請求権を行使できるとしているの であるから,強行法規としての実質を持つものである(最高裁昭和28年 (オ)第861号同31年5月15日第三小法廷判決・民集10巻5号496頁,最高 裁昭和54年(オ)第593号同56年4月20日第二小法廷判決・民集35巻3号 656頁参照)。
他方,地代等の額の決定は,本来当事者の自由な合意にゆだねら れているのであるから,当事者は,将来の地代等の額をあらかじめ定め る内容の特約を締結することもできるというべきである。そして,地代 等改定をめぐる協議の煩わしさを避けて紛争の発生を未然に防止するた め,一定の基準に基づいて将来の地代等を自動的に決定していくという 地代等自動改定特約についても,基本的には同様に考えることができる。
そして,地代等自動改定特約は,その地代等改定基準が借地借家法11条1項の規定する経済事情の変動等を示す指標に基づく相当なものである場合には,その効力を認めることができる。
しかし,当初は効力が認められるべきであった地代等自動改定特約であっても,その地代等改定基準を定めるに当たって基礎となっていた事情が失われることにより,同特約によって地代等の額を定めることが借地借家法11条1項の規定の趣旨に照らして不相当なものとなった場合には,同特約の適用を争う当事者はもはや同特約に拘束されず,これを適用して地代等改定の効果が生ずるとすることはできない。また,このよ
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うな事情の下においては,当事者は,同項に基づく地代等増減請求権の行使を同特約によって妨げられるものではない。
これを本件についてみると,本件各土地の地代がもともと本件各 土地の価格の8%相当額の12分の1として定められたこと,また,本件 賃貸借契約が締結された昭和62年7月当時は,いわゆるバブル経済の崩 壊前であって,本件各土地を含むxxx00xxの土地の価格は急激なx xを続けていたことを併せて考えると,土地の価格が将来的にも大幅な 上昇を続けると見込まれるような経済情勢の下で,時の経過に従って地 代の額が上昇していくことを前提として,3年ごとに地代を10%増額す るなどの内容を定めた本件増額特約は,そのような経済情勢の下におい ては,相当な地代改定基準を定めたものとして,その効力を否定するこ とはできない。しかし,土地の価格の動向が下落に転じた後の時点にお いては,上記の地代改定基準を定めるに当たって基礎となっていた事情 が失われることにより,本件増額特約によって地代の額を定めることは,借地借家法11条1項の規定の趣旨に照らして不相当なものとなったとい うべきである。したがって,土地の価格の動向が既に下落に転じ,当初 の半額以下になった平成9年7月1日の時点においては,本件増額特約 の適用を争う賃借人は,もはや同特約に拘束されず,これを適用して地 代増額の効果が生じたということはできない。また,このような事情の 下では,同年12月24日の時点において,賃借人は,借地借家法11条1項 に基づく地代減額請求権を行使することに妨げはないものというべきで ある。」
2 本件判決の事案では,「賃料は3年毎に見直すこととし,第1回目の見直し時は当初賃料の15%増,次回以降は3年毎に10%増額する」という内容の賃料自動改定特約の効力が問題となった。この自動増額特約は,
「3年ごとに地代を10%増額する」ものであるから,前掲の類型でいえば,
⑤の定率型自動改定特約に当たる。
サブリース契約をめぐる判例法理の意義(xx)
本件④判決は,既に言及した最3小判昭和31年5月15日(民集10巻5号 496頁),および最2小判昭和56年年4月20日(民集35巻3号656頁)を引 用して,まず,借地借家法11条1項の地代増減請求権が強行法規であるこ とを確認する。その上で,同条の制約の範囲内で賃借人にだけ一方的に不 利益をもたらすものではなく,片面的強行規定である借地借家法11条1項 に反しないという理由で,賃料自動改定特約が原則として有効であること を,最高裁として初めて明らした41)。なお,本件判決自体は,借地借家法 11条1項の地代増減請求権行使の事案であるが,右の賃料自動改定特約の 有効性に関する説示は,建物賃貸借で同種の賃料自動改定特約が用いられ,借地借家法11条1項と同趣旨の同法32条の賃料増減請求権が行使される事 案にも妥当する。
既に列挙した下級審裁判例の中で,本件判決と同様の「定率自動増額特約」を用いるものは, の[4-b][5][6][7]と, の[8][8- b], の[14]である。これらの事例では,土地の価格ないし賃料相場が上昇している局面では,これらの上昇率が増額特約の比率を超えていても,特約の率が賃料増額の上限を画することになる([5][7][14])。この場合には,「定率自動増額特約」は,かえって賃料上昇を抑制し,特約がおよそ「不相当」となることはない。他方,土地の価格ないし賃料相場が下降している局面では,増額特約を維持することは,当該賃貸借における賃料が相場に比較して「不相当」になりやすい([4-b],[6]および [8])。
3 本件④判決は, の類型に属する裁判例と同様,あくまで借地借家法11条1項の規定趣旨に照らして,本件増額特約に基づく賃料増減の可否を論じており42),当事者の予見可能性等に言及していない。よって,借地借家法等の規定の趣旨によらずに事情変更の原則により可否を論じる の類型とは,明らかに判断枠組みが異なっている。
4 本件④判決の原審判決43)は,本件土地の価格が平成3年以降下落していても,平成9年7月1日時点で,本件土地の地代が「著しく不相
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当」になったとはいえないとした44)。これに対し,最高裁は,当初地価の継続的な上昇を前提として締結された「地代を10%自動的に増額する」地代自動「増額」特約が,土地の価格の下落が特約締結時の50%を超えた事案で,借地借家法11条1項の規定の趣旨に照らして単に「不相当」になったために拘束力を失ったとの判断が示された。具体的には,「3年ごとに地代を10%増額する」本件増額特約は,「本件各土地の1平方メートル当たりの価格は,昭和62年7月1日には345万円であったところ,平成3年
7月1日には367万円に上昇したものの,平成6年7月1日には202万円に下落し,さらに,平成9年7月1日には126万円に下落した」という認定事実の下では,「土地の価格の動向が既に下落に転じ,当初の半分以下になった平成9年7月1日の時点」で,「上記の地代改定基準を定めるに当たって基礎となっていた事情」,すなわち,「土地の価格が将来的にも大幅な上昇を続けると見込まれるような経済情勢の下で,時の経過に従って地代の額が上昇していく」という前提事情「が失われることにより」,本件増額特約は,「借地借家法11条1項の規定の趣旨に照らして不相当とな」ったため,効力を失ったのである。事情変更の原則の適用が認められた裁判例は,およそ数百倍もの変動が生じた場合に限られている45)ことに鑑みれば,本件④判決は,借地借家法の賃料増減請求につき,かなり積極的に減額を認めたるのといい得る46)。
27) xx・前出注(12)最判平成15年10月23日原審=[24]東京高判平成14年3月5日金判 1138号20頁判批・金判1146号61頁。
28) xxxxx「賃料(地代)」xxxx他編『新借地借家法講座① 総論・借地編1』(日本評論社・1998年)268頁。
29) 以下の分類は,基本的にxxx「賃料自動改定特約の利用価値(上・下)」判時1475号
5頁,1477号3頁(1993年)以下のまとめによる。
30) 大阪地判昭和50年8月13日判タ332号303頁。他の裁判例として,東京地判昭和56年7月 22日判時1030号60頁,京都地判昭和56年10月23日判タ466号148頁。
31) xxxx・民法判例レビュー([13]・東京地判平成6年11月28日他判批)・判タ901号55頁(1996年),xxxx「借地・借家法改正の方向(8)」NBL 395号31頁以下(1990年),xxxx「新借地借家法の解説(4)」NBL 494号27頁(1991年)。
32) 既に,旧借地法12条に関して大審院は強行法規であることを明示していた。大判昭和13
サブリース契約をめぐる判例法理の意義(xx)
年11月1日民集17巻2089頁。
33) xxx『民法講義Ⅴ2債権各論中巻1』(岩波書店・1956年)507頁,xxxx『借地・借家法』(法律学全集28)(有斐閣・1969年)249頁,xxx・最判昭和56年4月20日判批・法協100巻6号181頁(1983年)等。
34) xx・前出注(14)379 頁,xx・前出(12)ジュリスト1151 号90 頁。また,xxxx・最判昭和56年4月20日判批・判タ472号91頁(1982年)も参照。
35) xxxx『契約と事情変更』(有斐閣・1969年)152-154頁,xxxx『民法概論Ⅳ』24
頁(両所普及会・1984年)等。
36) 借地借家法32条についてであるが,xxx「賃貸借をめぐる要件事実の実務」『要件事実の基礎と実践』(金融財政事情研究会・2003年)172-173頁。
37) 東京地判平成9年1月31日判タ952号223頁。xxxx・[6]・東京地判平成10年8月27日判批・判タ1036号18頁も参照。
38) 借地借家法32条につき,xxxx「家賃(賃料)」xxほか編『新借地借家法講座③借 家』(日本評論 社・1999 年)82 頁,xxx x『借 地・借家 法』(有 斐閣・1969 年) 238-239頁。
39) 同判決の評釈として,xxxx・同志社法学44巻1号(1993年)130頁がある。
40) 神戸地判平成1年12月26日の評釈として,xxxx・産大法学26巻1号(1992年)29頁がある。
41) ④判決の原審判決は,別途協議条項を本件の自動増額特約と合わせて解釈している。本件判決の引用する最2小判昭和56年年4月20日(民集35巻3号656頁)は,別途協議条項に基づく協議を経なくても,賃料増減請求は可能であることを明示している(xx・前出注(29)論文(上)判時1475号7頁)。仮に本件で当事者が別途の協議を経ないまま増減請求をしていたとしても,何ら地代の増額請求の妨げにはならない。別途協議条項については,最1小判昭和46年10月14日判時648号63頁も参照。同判決は,賃料自動改定特約の事案ではないことに注意を要する。
42) 下級審裁判例のうち, の類型に属するものは,「固有の意味での事情変更の原則を 適用したものではなく,右のような事情の変更により,特約にしたがって算定される賃料 額が賃料増減請求権の規定の趣旨に照らして不相当になったため,その合意の拘束力を当 事者に強制する基盤が失われ,その結果として当事者が増減請求権を行使できるように なったことを判断したものである。あえて,《事情変更の原則の適用により,有効であっ た特約が失効する》と説明する必要はない」と指摘されている。xx・前出注(31)59頁。
43) 民集57巻6号627頁以下。
44) 本件判決の原審のように,「(地代)自動増額改定特約については,借地借家法11条1項等の所定の諸事由,請求の当時の経済事情及び従来の賃貸借関係その他諸般の事情に照らし著しく不相当」である場合に限り,効力を失うとするものが存する。大阪地判昭和62年
4月16日判時1286号11頁,東京地判平成1年9月5日判時1352号90頁,神戸地判平成1年 12月26日判タ734号176頁等。なお,京都地判昭和60年5月28日金判733号39頁も参照。
45) 大判昭和19年12月6日民集23巻613頁ほか。裁判例の分析につき,xxxx「契約締結後の事情変更」xx = xx = xx還暦記念『金融法の課題と展望』(日本評論社・1990年)
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217頁以下,より簡潔には,xxxx・前出注(17)NBL 569号28-29頁を参照。
46) xxxx・①・②判決最判平成15年10月21日判批・金判1182号62頁(2004年)。
第4章 サブリース契約に関する裁判例の動向
一 サブリース契約を扱う下級審裁判例の動向
1 前章二において検討したのと同様,賃料自動改定特約を伴うサブリース契約の事案でも, サブリース契約には借地借家法32条1項の適用がなく,事情変更の原則を適用して減額請求の可否を論じるものと, 借地借家法11条ないし32条の賃料増減請求権に基づき,減額請求の可否と論じるものとに分けることが可能である。
2 前者では,事情変更を認めて賃借人の賃料減額請求を認めたもの
( ,[15]東京地判平成8年3月26日判タ923号255頁(3年ごとに4
%増額する旨の賃料自動改定特約は,賃料が将来においても上昇すること を前提としており,賃料相場が逆にかなりの程度で低下しつつあるときは,適用の前提を欠く),[16]東京地判平成8年6月13日判時1595号87頁(2 年ごとに5パーセント増額の自動改定特約につき,契約の締結された平成
3年から後に生じた不動産市況の低迷と地価や賃料の著しい下落傾向によ り効力を失う),[17]東京地判平成9年6月10日判時1637号59頁(2年経 過ごとに7%値上げをする特約につき,バブル経済の崩壊による近隣賃料 の急激な下落により,特約が効力を失う),[18]東京高判平成10年12月25 日金判1071号36頁([16]の控訴審),[19]東京高判平成11年10月6日金判 1079号26頁),および,事情の変更がないとして減額請求を否定し,賃料 自動改定特約を維持したもの( [20]東京地判平成10年8月27日判時 1655号138頁(「賃料を3年ごとに15%増額する」旨の賃料自動改定特約は,特約が適用される場合の賃料と特約の適用がない場合の賃料に大きな差異 がないときは,特約が失効するほどの事情の変更があったとはいえない), [21]東京地判平成7年1月23日判時1557号113頁(単なる自動増額特約で
サブリース契約をめぐる判例法理の意義(xx)
はなく,改定賃料を転貸賃料の一定割合とする旨の賃料自動改定特約であったため,減額請求も可とされた)とがある。
3 しかし,近時の裁判例では,サブリース契約の特殊性を強調し,サブリース契約には借地借家法32条の適用はなく,かつ,最低賃料保証によって,「経済事情の大幅な変動があった場合をも想定して,全契約期間中にわたる損益分配が定められて」賃借人・賃貸人「間の利益調整が図られて」いるから,事情変更の原則の適用もない,とするもの(類型, [22]東京地判平成10年10月30日判時1660号65頁。同じ裁判官の合議体の判断で同趣旨を示すものとして,[23]東京地判平成10年8月28日判時 1654号23頁(最低賃料保証の特約が借地借家法32条の適用を排除する47)), [22]と同旨を示すものとして,[24]東京高判平成14年3月5日金判1138号20頁([39]の控訴審))がある。
これら類型の裁判例は,借地借家法32条適用否定説と軌を一つにするものである。
4 また,最近の裁判例では,借地借家法32条の適用を肯定するものの,サブリース契約の特殊性やxxxを理由に,賃料減額請求を否定ないし額 を制限する傾向が看取される。具体的には,サブリース契約の特殊性と賃 料自動増額特約および別途協議条項により借地借家法32条が修正されると するもの(類型([25]東京高判平成12年1月25日判タ1020号157頁
([23]の控訴審 ),借地借家法32条の適用はxxxxx則からして賃料減額請求は許されないとするもの(類型,[26]東京地判平成10年3月 23日判時1670号37頁。サブリース業者による賃料引き下げはないことの言明や,減額請求を認めると3年目に事業収支が成り立たなくなること,事業計画の持ち込み時期の平成3年頃には既に不動産市況の下落が始まっていたこと等を重視),借地借家法32条の適用はあるが,契約の特殊性からして減額請求は認められないとするもの(類型,[27]東京地判平成
7年1月24日判タ890号250頁(賃貸人は賃料自動増額特約による収益保証を前提として銀行から多額の融資を受け,建築資金を支払っている状況で
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は,特約の効力はバブル経済崩壊後であっても維持され,減額請求も認め られない),[28]東京地判平成8年3月26日判タ923号255頁(本件のサブ リース契約では,賃貸人は毎月一定の収入が保証され,ローンの返済原資 を得ること等ができる反面,礼金の収受・敷金の運用益の取得,賃料相場 が増加したときの差額の取得等の利益を放棄したものであり,賃借人はこ の利益を得る反面,空室の発生,賃料値下がり等による危険を引き受けた。賃貸期間中に転貸料が賃借料を下回ったことは,賃借人の事業予測の誤り に帰するから,むしろ賃貸人の安定的収入の確保という観点を重視すれば,以上より,契約期間中の契約条項の遵守が予定されており,原則として賃 借人側からの減額請求は認められない),[29]東京高判平成11年10月6日 金判1079号26頁([20]の控訴審。自動改定特約には賃料減額請求権を行使 しない旨の特約が含まれている。この特約は借地借家法32条1項に反せず,一方で保証金返還の特約がある本件では,減額請求はxxxに反し許され ない)。さらに,借地借家法32条の適用により減額請求を認めたが,減額 幅の算定に際し契約の特殊性を考慮したもの(類型,[30]東京地決 平成7年10月30日判タ898号242頁,[31]東京高判平成10年12月3日金法 1537号55頁等([17]の控訴審。事情変更の原則に依拠して自動増額特約の 効力を一部失わせるが,借地借家法32条の趣旨に言及するため,こちらに 分類した),[32]東京地判平成8年6月13日判時1595号87頁(事情変更の 原則の適用があることを前提として賃料減額請求権行使を認める),[33] 東京地判平成8年10月28判時1595号93頁日(10年間の一括賃貸借であるこ とや賃料増額特約を含むサブリース契約であることは,適正賃料の算定に あたって考慮されるにすぎない),[34]東京地判平成10年2月26日判時 1653号124頁(減額請求の可否に際して,当初の合意賃料額が相場より高 くないし低く設定されていれば,それを相場賃料に等しくすることは借地 借家法32条1項は予定していない。賃借人は自動増額改定特約により,契 約段階ではバブル経済の崩壊があっても賃料増額を約束していた。にもか かわらず減額を認めると,賃貸人はバブル経済の崩壊の影響による賃料相
サブリース契約をめぐる判例法理の意義(xx)
場の下落について,応分以上の負担に応じることになる。以上の事情を考慮して減額幅を決定),[35]東京地判平成11年2月23日金判1071号36頁
([34]の控訴審。第1審では,鑑定賃料額と減額合意幅の差額にかかる不利益を賃貸人・賃借人間で5対5の負担としたのに対し,控訴審では,賃借人7割,賃貸人3割で負担すべしとした),[36]東京地判平成11年7月 26日判タ1018号267頁([35])と同旨),[37]東京高判平成11年10月27日判タ1017号278頁([22]の控訴審。東京都内のオフィス賃料が高騰していたという背景のもとで,今後も賃料相場が全体として上昇していくことを前提とし20年間の賃貸借期間全体にわたって最低賃料の取得を保証した。この契約締結時の基礎となっていた事情が著しく変更し,建物部分の賃料が不当に高額になる等の特段の事情があるときは,合意の範囲外の問題として借地借家法32条1項により減額請求をなし得る。契約締結の経過等から,鑑定結果による相当賃料額と初年度賃料額との差額の3分の1につき賃料減額を認めた),[38]東京地判平成12年6月23日金法1610号99頁),等がある。また,特に賃料自動改定特約に言及することなく,単に借地借家法32条1項の「不相当」の要件を満たさないとして,減額請求を否定するもの(類型,[39]東京地判平成13年6月20日金判1136号45頁)もある。
以上の類型に属する判決は,先に述べた借地借家法32条適用肯定説と同一の立場に立つものといいうる。
二 借地借家法32条1項の賃料増減請求に関する最高裁判決
1 既に第2章でみたように,⑤判決が既にサブリース契約の実質について一定の判断を示していた状況において,近時3件の最高裁判決が現れた。[23]判決・東京地判平成10年10月28日(判時1654号23頁),および [25]判決・東京高判平成12年1月25日(判タ1020号157頁)の上告審である,最3小判平成15年10月21日(民集57巻9号1213頁・裁判所時報1350号 291頁・金判1174号4頁・同1187号6頁)(住友不動産対センチュリータ
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ワー事件,以下①判決という),および,[22]判決・東京地判平成10年10月30日(判時1660号65頁)および[37]判決・東京高判平成11年10月27日
(判タ1017号278頁)の上告審である最3小判平成15年10月21日(裁判所時 報1350号289頁・金判1174号10頁・同1187号15頁)(住友不動産対xx倉庫 事件,以下②判決という)。そして,[39]判決・東京地判平成13年6月20 日(金判1136号45頁),および[24]判決・東京高判平成14年3月5日(金 判1138号20頁)の上告審である最1小判平成15年10月23日(③判決という,裁判所時報1350号6頁・金判1187号21頁)48),である。
とりわけ,①判決は,第1審判決([23]判決)が借地借家法32条の適用 を否定し,賃料自動増額改定特約・最低賃料保証特約を根拠に減額請求を 否定したこと,また,原審判決([25]判決)では同法の適用を肯定するも のの,サブリース契約の特殊性と賃料自動増額特約および別途協議条項に より借地借家法32条が修正されるとして,ともに上記の適用否定説に近い 論理を展開していたのに対し,最高裁がこれらと正反対の結論を採った点 で最も重要である。また,①・②判決は,ともに第3小法廷の判決であり,xxxx裁判官の補足意見を伴う等,共通する部分を多く有するため,以 下ではまず①判決を中心に取り上げ,次に,これら二つの判決と異なる点 を中心に③判決を検討することとする。
三 ① 判決(最3小判平成15年10月21日・住友不動産対センチュリータワー事件)
1 既に第1章で挙げたように,この事件におけるサブリース契約の賃料自動増額改定特約・最低賃料保証特約は,以下のようなものであった。
「賃料年額金23億1072万円
① この賃料はテナントの入居状況のいかんにかかわらず100パーセント支払う。
② 賃料のうち,19億9200万円については,満3年経過する毎に,直前賃料の10パーセント値上げする。」
サブリース契約をめぐる判例法理の意義(xx)
「インフレ,経済事情の変動その他上記の値上げ率を不相当とする事情の変更があった場合には,値上げ率を協議の上変更することができる。」
上記の契約条項では,保証された賃料額は転貸条件と無関係であることが認定されており49),いわゆる「仕切り方式・定額型」にあたるものとされている。
2 事案は以下の通りである。X(賃貸人・所有者)は,昭和63年,Y
(住友不動産)との間で賃貸借の予約をし,サブリースの方式でビルを建築し賃貸することとし賃料を上記の約定の額とし,xxx文京区xx所在の21階建物の3階ないし18階部分を賃貸した(期間15年)。
なお,賃貸借の予約に基づき,YはXに対し敷金49億4350万円のうちあらかじめ約16億5500万円を預託した。Xは,設計事務所への支払約18億円と,敷金だけでは賄えない不足分につき合計181億円につき銀行融資を受け,敷金預託金とこれを合わせて建築請負代金約212億円余を建築請負人に対して支払っていた。
その後,Yは,平成6年2月に賃料を年額13億8194万円余,同年10月に年額8億6863万円余,平成9年2月に年額7億8967万円余,同11年2月に年額5億3393万円余に減額する旨の意思表示をした。Yがテナントから受け取る転貸料の合計は,平成6年4月時,同9年6月時にはともに月額1億1516万円余,平成11年3月には約4581万円余,同年4月以降は6000万円程度であった。
Yは,Xに対しては,平成6年4月分から同9年3月分まで,月額1億 4577万円余,同9年4月分から同11年10月分まで月額1億4860万円余を支払った。そこで,XはYに対し,上記の賃料自動改定特約に基づき賃料が増額されたとして平成6年4月分から同9月12月分までの増額後の賃料と Yの支払賃料との差額を敷金から充当して,敷金の不足分の補充を請求し
(本訴),YがXに対し,賃料減額を請求したことに基づき相当賃料の確認
立命館法学 2004 年1号(293号)
を請求した(反訴)。
3 第1審判決である[23]判決は,上記のような賃料自動増額改定特約
+最低賃料保証条項から,本件契約は借地借家法32条が予定する建物賃貸借の実体を備えていないとして,Yの賃料減額請求を否定し,賃料自動増額特約もなおも有効であるとして,特約による賃料と現実の賃料の差額について敷金の補充請求を認めた(以下で詳論する)。Yから控訴。原審は,結論としてYの賃料減額請求を認めなかったが,契約の解釈から,Xの増額請求に対する値上げ率の変更を求める意思表示があったとして,4回の増額請求のうち2回分は,0パーセントの値上げにとどまるとした。Yより上告受理申立て。最高裁第3小法廷は以下のように述べて,原審を破棄差戻しした。
「本件契約は,建物の賃貸借契約であることが明らかであるから,本件契約には,借地借家法が適用され,同法32条の規定も適用されるものというべきである。
本件契約には本件賃料自動増額特約が存するが,借地借家法32条1項の規定は,強行法規であって,本件賃料自動増額特約によってもその適用を排除することができないものであるから(最高裁昭和28年(オ)第 861号同31年5月15日第三小法廷判決・民集10巻5号496頁,最高裁昭和
54年(オ)第593号同56年4月20日第二小法廷判決・民集35巻3号656頁参照),本件契約の当事者は,本件賃料自動増額特約が存するとしても,そのことにより直ちに上記規定に基づく賃料増減額請求権の行使が妨げられるものではない。
なお,前記の事実関係によれば,本件契約は,不動産賃貸等を目的とする会社であるYが,Xの建築した建物で転貸事業を行うために締結したものであり,あらかじめ,YとXとの間において賃貸期間,当初賃料及び賃料の改定等についての協議を調え,Xが,その協議の結果を前提とした収支予測の下に,建築資金としてYから約50億円の敷金の預託を
サブリース契約をめぐる判例法理の意義(xx)
受けるとともに,金融機関から約180億円の融資を受けて,Xの所有する土地上に本件建物を建築することを内容とするものであり,いわゆるサブリース契約と称されるものの一つであると認められる。そして,本件契約は,Yの転貸事業の一部を構成するものであり,本件契約における賃料額及び本件賃料自動増額特約等に係る約定は,XがYの転貸事業のために多額の資本を投下する前提となったものであって,本件契約における重要な要素であったということができる。これらの事情は,本件契約の当事者が,前記の当初賃料額を決定する際の重要な要素となった事情であるから,xxの見地に照らし,借地借家法32条1項の規定に基づく賃料減額請求の当否(同項所定の賃料増減額請求権行使の要件充足の有無)及び相当賃料額を判断する場合に,重要な事情として十分に考慮されるべきである。」
4 ところで,①判決の第1審である[23]判決・東京地判平成10年8月 28日判時1654号23頁は,以下のように述べて,上記のような賃料自動増額 改定特約+最低賃料保証条項を理由に,借地借家法32条の適用を否定して いた。すなわち,「本件契約が借地借家法が典型的に予定する借家契約と は異なる面があることは否定しようがなく,本件契約に借地借家法の規定 が適用されるかどうかは,本件契約締結の経緯,契約条項の実質的な意義 内容等を検討し,当事者の意思に照らして,本件契約が借地借家法の予定 する建物賃貸借としての実体を備えているかどうか,という観点から実質 的に判断すべきである。本件契約は,前述のとおりXY間であらかじめ賃 料保証を前提とした利益調整を行っており,これには一定の合理性がある こと,当事者間において借地借家法32条の適用の余地を排除していたこと,本件では,借地借家法32条の背後にある,社会的弱者としての賃借人保護 という要請が働かないこと等の事情を考慮すれば,少なくとも同条が適用 を予定する建物賃貸借としての実体を備えていない。」
この事件のサブリース契約においては,「それが,賃借人(大手不動産
立命館法学 2004 年1号(293号)
会社等)にとっては,土地に自ら直接資本を投下することなく,賃貸ビルを供給できるというメリットを有し,賃貸人(地権者)にとっても,大手不動産会社等にビルを賃貸して,賃料保証による長期安定収入が得られるというメリットを有し,そうであるからこそYをはじめとする大手不動産会社により大規模に採用されて社会的に肯認されていたと目されることも考慮すれば,事後的な司法審査の場で安易に私的自治に介入して当事者間で当初から予定されたその効力を否定することは妥当ではなく,その他前認定の本件契約の趣旨,目的等に照らせば,借地借家法xx条は,本件契約には適用されないと解すべきである。そして,その結果,たとえ本件契約後の賃料相場の変動が予想に反したことによりYが損害を被ったとしても,その予想を誤ったことによる不利益は,賃料保証と全リスクの負担を標榜した被告において甘受すべき筋合いとされてもやむを得ないというべきである」とした50)。
5 この[23]判決の論理は,まさに借地借家法32条適用否定説の採る論 理そのものであるといってよい。これまで,借地借家法32条適用否定説は,サブリース契約の共同事業性を強調する一方(特にxx説・下森説),賃 借人であるxxxxx事業者が,賃貸人をこの種の取引に引き込んだ点を 強調する。すなわち,「サブリース契約は,賃借人である不動産業者が賃 料保証によって,土地所有者に建物建築を決意させているのが通常であり,市場の賃料相場が下落したからといって,賃料減額請求ができるとするの は,当事者間のxxあるいはxxxから判断して,妥当ではない」という わけである51)。
この指摘は正当なものであり,そうであるからこそ,近時の下級審裁判例は,xxxの適用などにより,借地借家法32条による減額請求を妥当な範囲に制限するようにしてきた。しかし,減額請求を制限することと,同条を一切適用しないということが必ずしも必要でないことは,①・②判決のxx裁判官の補足意見が,つとに指摘するところである。すなわち,
「否定説の背景には,xxxxx契約に借地借家法32条を適用したのでは,
サブリース契約をめぐる判例法理の意義(xx)
当事者間に実質的xxを保つことができないとの危惧があることが見て取 れる。しかし,上記の契約締結の背景における個々的事情により,実際に 不xxが生じ,建物の賃貸人に何らかの救済を与える必要が認められると しても,それに対処する道は,否定説を採る以外に無いわけではないので あって,法廷意見が,借地借家法32条1項による賃料減額請求の当否(同 項所定の賃料増減額請求権行使の要件充足の有無)及び相当賃料額の判断 に当たり賃料額決定の要素とされた事情等を十分考慮すべき旨を判示して いることからも明らかなように,民法及び借地借家法によって形成されて いる賃貸借契約の法システムの中においても,しかるべき解決法を見いだ すことが十分にできるのである。そして,さらに,事案によっては,借地 借家法の枠外での民法の一般法理,すなわち,xxxxの原則あるいは不 法行為法等々の適用を,個別的に考えて行く可能性も残されている」52)と。
6 筆者自身も,xxxxx契約に対して借地借家法32条の適用を排除 することは困難であると考える。借地については,既に借地借家法24条が,土地所有者からの土地賃借人が自らの計算において建物を築造し,第三者 に賃貸して収益を挙げる型の借地権(事業用借地権)の設定を承認してい る。この類型の借地権では,借地人自身が建物を使用収益することは必ず しも予定されていない。初めから自己使用を目的としないで,第三者に建 物を賃貸して使用収益させる場合も,当該借地契約は有効である(④判決 はまさにこの種の事案である)。他方,サブリース契約でも,原則として 自己使用を目的としないで建物を賃借し,転貸をなすことを事業として行 うのである。経済的な実態を考慮すれば,事業用借地権と建物転貸借とし てのサブリース契約とは異なるものではないというべきであろう。借地借 家法は,借家については同法24条のような借家類型を規定していないが, 事業用借地権と経済的に類似する借家類型を,その適用対象から除外して いるとは評価し難い53)。
7 これまで,借地借家法32条の適用により減額請求を認めたが,減額幅の算定に際し契約の特殊性を考慮した類型に属する裁判例において
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は,総合的に考慮される事情の一つとして,賃料改定の時期も問題となり得る。例えば,[31]判決・東京高判平成10年12月3日金法1537号55頁は,
「本件賃貸借契約締結当時の当事者の予見内容,平成3年以降の都心部のオフィスビルの賃料の下落状況,増額特約に基づく賃料額と鑑定の結果による賃料額を比較すると,第1回の改定時(平成5年4月1日)には約7パーセントの差,第2回の改定時(平成7年4月1日)には約40パーセントの差が生じていること等の事情を考慮し,2年ごとに7パーセントずつ賃料を増額する旨の特約は第1回の改定時には効力を失っていないが,第
2回の改定時には事情変更の原則により効力を失った」とした。また,東京高判平成15年3月31日金判1165号27頁([40]判決)は,契約締結時期が平成7年である事案で,賃料相場の下落を賃借人は予見し得たという理由から,賃料増額の特約に基づく増額を認めている。
また,賃料自動改定特約を伴う最低賃料保証特約が,改定賃料を転貸料の一定割合とするという自動「増減」改定特約(例,「転借人に転貸している転貸料の70パーセントの額を賃料とする」旨の特約54)である場合
(「ガラス張り方式・転貸料連動型」)には,当事者は当然に賃料の減額まで予測していたといいうるから,バブル経済の崩壊による賃料の下落があっても,特約に基づいて当然に賃料の減額を請求しうることになろう。
8 他方,②判決(最3小判平成15年10月21日金判1174号10頁・1187号 15頁(住友不動産対横浜倉庫事件)では,特に賃貸借契約に基づく建物の使用収益開始前に同条同項に基づく賃料増減請求はできないとして,減額請求のなし得る時期をより限定して明確化した点が重要である。
四 ③ 判決(最1小判平成15年10月23日金判1187号21頁・三井不動産対個人事件)
1 次に,③判決を検討する。この事件の事案は以下の通りである。 X(原告・控訴人・上告人)とY(被告・被控訴人・被上告人)は,昭
和62年,Y所有の土地上に共同でビルを建築してそれぞれの区分所有とし,同ビルのYの区分所有部分をXが賃借して第三者に転貸することを目的と
サブリース契約をめぐる判例法理の意義(xx)
して,Xが一括借り上げすることを合意した。 XとYは,その後,上記計画の実現に向けた準備を行うとともに,賃料
についての交渉を進め,平成4年9月,XがYに対し10年間にわたり1平方メートル当たり月8047円の賃料を保証する旨の合意をし,平成5年3月 19日,この賃料保証特約等を内容とする確認書を取り交わした。なお,上記保証賃料額は,Yが借入れを予定していたビル建築費用についての銀行融資の返済等を考慮して決定されたため,当時の賃料相場より高額なものとなった。
Yは,建築資金として11億円の銀行融資を受けることとした上,平成7年3月22日,Xの関連会社である訴外Aと共同で本件建物を建築し,専有部分の区分所有権を取得した。
Yは,平成7年3月22日,Xとの間で,本件建物について,賃貸期間を平成17年3月21日までの10年間とし,賃料を月約1064万円(1平方メートル当たり8047円)とする旨の合意(以下「本件契約」という)をし,Xに対し,本件建物を引き渡した。なお,XとYは,本件契約が期間満了,解約その他の事由により終了する場合には,転貸借契約における転貸人の地位をYが承継することを合意している。
平成7年3月から6月にかけて,賃料相場が3.3平方メートル(1坪)あたり月額1万5000円程度に下落したのを受けて,Xは,その後,Yと賃料額について協議したが,協議が調わなかったため,平成7年10月24日, Yに対し,同年11月分からの賃料を月約509万円に減額すべき旨の意思表示をした。
Xは,平成7年11月分及び同年12月分の賃料として月約1064万円を支払い,平成8年1月分から平成14年2月分までの賃料として月940万円を支払った。
平成10年,X・Y間の調停が不調に終わった後,Xは,借地借家法32条に基づき賃料減額請求権を行使し,本件契約の平成7年11月分以降の賃料額が月509万7735円であることの確認,および平成7年11月分から平成10
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年1月分までの過払賃料(約1億2306万円)の返還とこれに対する年1割 の割合による法定利息の支払い等を求めて訴を提起した(さらに,原審で は,平成7年3月22日以降の賃料額が転貸料の85%相当額であることの確 認を追加)。これに対し,Yは,平成12年に,本件契約の賃料保証特約に つき,賃料保証期間が平成7年7月1日から平成17年3月21日までであり,この間の保証賃料額が月約1064万0840円であることの確認,平成8年1月 分から平成14年2月分までの未払賃料約9604万とこれに対する年6%の割 合による遅延損害金の支払をそれぞれ求めて反訴を提起した。
2 第1審([39]判決・東京地判平成13年6月20日金判1136号45頁)は Xの訴えを棄却,Yの反訴を認容。原審([24]判決・東京高判平成14年3 月5日判時1776号71頁・金判1138号20頁)55)も,Xの控訴を棄却,Yの付 帯控訴を認容した。Xから上告受理申立て。最高裁は,次のように述べて,一部破棄差戻し,一部破棄自判,一部却下した,
「(原審判決が)本件契約が建物賃貸借契約に当たり,これに借地借家法の適用があるという以上,特段の事情のない限り,賃料増減額請求に関する同法32条も本件契約に適用があるというべきである。
本件契約には賃料保証特約が存し,Xの(前記)賃料減額請求は,同特約による保証賃料額からの減額を求めるものである。借地借家法32条
1項は,強行法規であって,賃料保証特約によってその適用を排除することができないものであるから(最高裁昭和28年(オ)第861号同31年5月15日第三小法廷判決・民集10巻5号496頁,最高裁昭和54年(オ)第593号同56年4月20日第二小法廷判決・民集35巻3号656頁参照),Xは,本件契約に賃料保証特約が存することをもって直ちに保証賃料額からの減額請求を否定されることはない。
ところで,本件契約は,不動産賃貸業等を営む会社であるXが,土地 所有者であるYの建築したビルにおいて転貸事業を行うことを目的とし, Yに対し一定期間の賃料保証を約し,Yにおいて,この賃料保証等を前
サブリース契約をめぐる判例法理の意義(xx)
提とする収支予測の下に多額の銀行融資を受けてビルを建築した上で締 結されたものであり,いわゆるサブリース契約と称されるものの一つで ある。そして,本件契約は,Xの転貸事業の一部を構成するものであり,それ自体が経済取引であるとみることができるものであり,また,本件 契約における賃料保証は,YがXの転貸事業のために多額の資本投下を する前提となったものであって,本件契約の基礎となったものというこ とができる。しかし,このような事情は,本件契約に借地借家法32条が 適用されないとする特段の事情ということはできない。また,本件契約 に転貸借承継合意が存することによって,Yが解約の自由を有するとい うことはできないし,仮に賃貸人が解約の自由を有するとしても,賃借 人の賃料減額請求権の行使が排斥されるということもできない。ただし,賃料減額請求の当否や相当賃料額を判断するに当たっては,賃貸借契約 の当事者が賃料額決定の要素とした事情を総合考慮すべきであり,特に 本件契約においては,上記の賃料保証特約の存在や保証賃料額が決定さ れた事情をも考慮すべきである。」
3 既に述べたように,サブリース契約では,転貸借について賃貸人が包括的な承諾を与えていること,賃料自動増額改定特約が存すること,
「賃料保証」がなされていること,長期の契約期間,中途解約禁止等の特徴がみられる56)。本件③判決を含めて,①・②判決においても,3件の最高裁判決は,全て,サブリース契約が建物賃貸借契約に該当することを前提として,賃料増減請求に関する借地借家法32条が適用されること,および,同条が強行規定であることを明言している57)。ただ,③判決の説示からは,サブリース契約で借地借家法32条の賃料増減請求権が排除される特段の事情があることが示唆されている。同法38条のような定期借家権における適用排除の特約(38条7項参照)以外に,どのような事由がこれに当たるかは,なお検討を要する。
4 ③判決の事案において,平成5年3月および4月,X・A・Y間で
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作成された確認書では,「XはYに対し,ビル竣工後10年に限り賃料を保証し,その算定方法は建物総専有面積×Yの事業比率(3割)×賃料保証単価(1坪あたり月額2万6600円)=合計月額1064万円とする。」「賃料保証期間満了後,または,転貸料の85パーセント相当額が前掲の賃料保証額を超えたときは,その時点以降,XはYに対し,転貸料の85パーセント相当額を保証すること」とされていた。つまり,本件判決は,賃料自動増額改定特約がなく,最低賃料保証のみである点が,①・②判決の事案と異なっている58)。このように,賃料保証が賃料自動増額改定特約を伴わない場合,その保証額は,将来一定の割合で増額された賃料まで保証することまで含まず,あくまで賃料保証合意の成立時の額を保証するものである。その意味するところは,「賃料を下げずに当初の合意の額のまま据え置く」ことであって,減額請求権の行使までは保証特約は有効,行使後は特約に拘束されなくなる,ということになる59)。もっとも,③判決で賃料自動増額改定特約が盛り込まれなかったのは,既に近傍の建物の賃料相場が下落し始めた(平成5年)後に本件サブリース契約が開始された(平成7年3月)からであって,そのような状況下ではこの種の特約がなされる前提を欠いていたからと推測される。
5 以上の③判決の事案の下で「賃料減額請求の当否や相当賃料額を判断するに」際して総合考慮される事情は,「賃貸借契約の当事者が賃料額決定の要素とした事情」,特に「賃料保証特約の存在や保証賃料額が決定された事情」であり,「YがXの転貸事業のために多額の資本投下をする前提となったもの」であった。この説示は,減額請求の可否等を判断するに際して,賃貸人の側の融資返済の事情まで含めて減額請求の可否を検討せよということを意味するから,少なくともこの点では,①判決で挙げられている事情の一部(「賃料額が決定されるに至った経緯や賃料自動増額特約が付されるに至った事情,とりわけ,……転貸事業における収支予測にかかわる事情(賃料の転貸収入に占める割合の推移の見通しについての当事者の認識等),……敷金及び銀行借入金の返済の予定にかかわる事情
サブリース契約をめぐる判例法理の意義(xx)
等」)と重なっている。よって,サブリース契約において減額請求につき考慮される事情は,賃料自動改定特約と最低賃料保証特約の双方が存在する場合(①・②判決)だけではなく,後者のみしかない場合(本件③判決)であっても,大きな差異はないということができる。最低賃料の保証であれ,賃料自動増額改定特約であれ,「どちらかの一方が欠けているから当該契約はサブリース契約ではない」とはいえないのであって,それぞれが,減額請求の可否を決するに際して考慮され得る主要な事情にすぎないのである60)。
6 もっとも,③判決の第1審判決は,賃料保証月額が,近傍同種の建物の賃料相場と乖離し,将来の下落の可能性も認識した上での10年間の賃料保証であることから,減額請求を否定していた61)。まさに,本件判決で最高裁が指摘する,「賃料保証特約の存在や保証賃料額が決定された事情」が既に考慮されていたわけである。また,既に述べたとおり,前掲②判決では,「引き渡され,」賃借人が「その使用収益を開始する前」の賃料減額請求を否定する一方,およそ1年半後の第二次の減額請求を認めている。
③判決の事案では,賃料減額請求が,契約内容確定・使用収益開始(平成
7年3月)後約3ヶ月後であることに鑑みると62),③判決の差戻審で減額請求が再び否定される余地はなお残されていると解しうる。
47) [23]の評釈として,xxx・判タ1005号58頁(1999年),xxxx・判例評論484号(判時1670号)27頁がある。
48) 同判決 は,最高裁の ホーム ページ上の xxxx://xxxxxxxxxxx0.xxxxxx.xx.xx/ xxxxx.xxx/ dc6df38c7aabdcb149256a6a00167303/48890c23a3a4481349256dc9000bf38d?OpenDocumen にも掲載されている。
49) 判時1654号30頁参照。
50) [23]判決・東京地判平成10年8月28日判時1654号32-33頁参照。
51) xx・前出注(14)借地借家法講座③借家編377頁。
52) 最3小判平成10月21日金判1177号 8-9 頁(①判決),最3小判平成10年10月21日・同 13-14頁(②判決)。
53) xx・前出注(12)ジュリスト1151号92-93頁参照。①判決の第1審である[23]判決・東京地判平成10年8月28日判時1654号23頁の評釈であるxx・前出注(47)・判例評論484号(判時1670号)28頁も参照。
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54) 例として,前掲[21]・東京地判平成7年1月23日判時1557号113頁。
55) 同判決の判批として,xx・前出注(12)金判1146号58頁(2003年)がある。
56) xxxx・最判平成15年10月21日(①・②判決)判批・金判1177号2頁。
57) xx・前出注(10)金法1693号67頁。
58) xxxx「転貸目的の事業用建物賃貸借と借地借家法32 条(上)」NBL 775号42頁
(2003年)。
59) xx・前出注(58)NBL 775号42頁。
60) 東京高判平成12年11月2日金判1118号34頁は,賃料の据置保証,自動増額特約のない契約を,サブリース契約ではないとしたのに対し,同判決の第1審である東京地判平成12年
6月27日金判1118号37頁はサブリース契約であると判断した。xx・前出注(10)金法 1693号63頁を参照。
61) 本件第1審判決・金判1136号57頁参照。
62) 本件第1審判決・金判1136号57頁,xxxx・最判平成15年10月21日(①・②判決)判批・金判1182号63-64頁も参照。
第5章 結 語
1 本稿第3章で詳論したように,最高裁④判決(最1小判平成15年6月12日民集57巻6号595頁)によって,サブリース契約の特徴の一つである賃料自動増額改定特約につき,借地法借家法11条1項の地代等増減請求権が同種の地代に関する特約によっても排斥されないことが,③判決と同じ最高裁第1小法廷によって明らかにされた。この④判決の「不相当性」の判断要素は,「その地代等改定基準を定めるに当たって基礎となっていた事情」,すなわち,「土地の価格が将来的にも大幅な上昇を続けると見込まれるような経済情勢の下で,時の経過に従って地代の額が上昇していくこと」であった。
他方,最高裁①判決は,最低賃料保証と賃料自動増額改定特約の双方を具備するサブリース契約について,賃料減額請求の当否・相当賃料額請求の可否を検討する上で「総合的に考慮」する事情として,「賃料額が決定されるに至った経緯や賃料自動増額特約が付されるに至った事情,とりわけ,当該約定賃料額と当時の近傍同種の建物の賃料相場との関係(賃料相場とのかい離の有無,程度等),……転貸事業における収支予測にかかわ
サブリース契約をめぐる判例法理の意義(xx)
る事情(賃料の転貸収入に占める割合の推移の見通しについての当事者の認識等),……敷金及び銀行借入金の返済の予定にかかわる事情等」を列挙する63)。両者を比較すると,④判決では単に賃料自動改定特約締結の前提たる地価上昇の予想のみが挙げられているのに対し,①判決ではサブリース契約に固有の様々な事情が考慮される点が顕著に異なっている。特に,銀行借入金の返済予定まで考慮せよとの説示は,賃料を鑑定する責務を負う不動産鑑定士に過大な負担をかけることになる64)。
2 これまで,サブリース契約に対して借地借家法32条1項の適用を否定する説は,契約締結当時の合意の性質を根拠に,当該合意に賃借人の側が事情の変動後も拘束されることがxxxxにかなう,との価値判断をその基礎に置いてきた。けれども,サブリース契約であるからという理由で借地借家法32条1項の適用を排除することは,オール・オア・ナッシングの硬直した解決しか導くことができず,裁判例の主流が採用するには至らなかった。かえって,最高裁の採る法理のように,借地借家法32条1項の適用のあることを前提としたうえで,同条にサブリース契約固有の要因の検討を付加することによって対処するほうが,より柔軟な処理が可能になる。
3 けれども,それ以上に重要であるのは,最高裁が①判決で列挙したサブリース契約の特殊要因として考慮されるべき事情は,全て,契約締結前の,契約締結と契約条件決定の前提となった事情である点である65)。すなわち,サブリース契約にも借地借家法32条が当然に適用され,そこに挙げられた増減請求の三要件(第一に,「土地(若しくは建物)に対する租税その他の公課の増減」,第二に,「土地(若しくは建物)の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動」,第三に,「近傍類似の土地の地代
(建物の借賃)等に比較して不相当となったとき」)を充足すれば,本来増 減請求は必ず認められるべきである。しかし,サブリース契約ではさらに,
「賃料額が決定されるに至った経緯や賃料自動増額特約が付されるに至った事情,とりわけ,当該約定賃料額と当時の近傍同種の建物の賃料相場と
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の関係(賃料相場とのかい離の有無,程度等),……転貸事業における収支予測にかかわる事情(賃料の転貸収入に占める割合の推移の見通しについての当事者の認識等),……敷金及び銀行借入金の返済の予定にかかわる事情等」が,借地借家法のxxの規定に加えて考慮されなければならない。さらに,これらの事情は,増減請求が認められるとなった次の段階に至って,具体的な減額の幅を決定する際にも再度考慮される66)。いわば,契約締結時の事情が,その事情が失われた後の減額請求をも拘束するという判断構造がそこには見いだされるのである。
4 以上の借地借家法32条1項の修正の前提として,当該賃貸借契約が,まずサブリース契約として認定されることが要求されていることに注意を 要する。最高裁は,①判決の契約が「いわゆるサブリース契約」であるた めの要素として,「不動産賃貸等を目的とする会社であるYが,Xの建築 した建物で転貸事業を行うために締結したもの」で,「あらかじめYとX との間において賃貸期間,当初賃料及び賃料の改定等において協議を調え, Xが,その協議の結果を前提とした収支予測の下に,建築資金としてYか ら約50億円の敷金の預託を受けるとともに,金融機関から約180億円の融 資を受けて,Xの所有する土地上に本件建物を建築することを内容とする もの」としている67)。③判決も,「本件契約は,不動産賃貸業を営む会社 であるXが,土地所有者であるYの建築したビルにおいて転貸事業を行う ことを目的とし,Yに対し一定期間の賃料保証を約し,Yにおいて,この 賃料保証等を前提とする収支予測の下に多額の銀行融資を受けてビルを建 築した上で締結された」サブリース契約であるとしている68)。
以上より,最高裁が考えるサブリース契約とは,① 賃貸借契約の一方当事者が不動産賃貸業を営む会社であること,② 土地所有者が建築した建物において当該会社が転貸事業を行う目的を有すること,③ 賃貸人側の収支予測が,最低賃料の保証や賃料自動改定特約等を前提としていること,④ その収支予測に基づき,賃貸人が金融機関からの多額の融資を受けていること,等をその要素とする。最高裁は,これらの性質を認定した
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うえで借地借家法32条1項を修正適用し,より妥当な結論を導こうとするのである。
5 既に述べたように,最高裁④判決で用いられているような「賃料は
3年毎に見直すこととし,第1回目の見直し時は当初賃料の15%増,次回 以降は3年毎に10%増額する」という内容の賃料自動改定特約,特に定率 の増額特約は,賃料の改定の時期及び改定率に関する主張・立証責任を定 率増額を望まない側に転換したものであ」って,「相手方から,その条項 による賃料の増額を不相当とする特別の事情の主張・立証があった場合に は,その条項の効力は失われ」る69)。④判決の事案では,10パーセントの 増額特約の下で,地代自動「増額」特約が,土地の価格の下落が特約締結 時の50%を超えた事案で,借地借家法11条1項の規定の趣旨に照らして単 に「不相当」になったために拘束力を失ったとの判断が示された。しかし ながら,サブリース契約にあっては,賃料自動改定特約が付された事情も また,借地借家法32条1項の要件以外に,減額請求の可否及びその減額の 幅を検討する際の総合判断の一要素にすぎない。単に賃借人の側で,賃貸 借契約締結後の事情の変動により不相当となった事由を証明するだけでは,借地借家法32条1項による(増)減額請求は認められないのであり,契約締 結時の様々な前提事情が減額請求の可否およびその額をも左右するのであ る。
換言すれば,サブリース契約でない借地借家法32条1項の賃料増減請求の事案では,賃貸借契約締結時の前提事情は,増減請求の可否およびその額を規律せず,単にその後の事情の変更でその前提事情――④判決の事案では,「土地の価格が将来的にも大幅な上昇を続けると見込まれるような経済情勢の下で,時の経過に従って地代の額が上昇していく」という前提事情――が失われたかどうかが問題とされるに過ぎない。他方,同条の下でサブリース契約について賃料増減請求がなされるとき,賃貸借契約締結後に生じた事情の変更は,同条1項の要件の下で考慮される。それらに加えて,契約締結時までの事情が,借地借家法32条1項を補充する形で,増
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減請求の可否とその額を判断する際の考慮ファクターとして,新たに付加されるのである。借地借家法32条1項をサブリース契約に限って修正することが正当化されるのは,契約当事者の取引上のリスク配分の合意が,判決の中で列挙された考慮事由を含めてなされている点に求められる。
6 この借地借家法32条1項を修正する判断枠組みを,(α)当事者の 予見せず,また予見し得ない著しい事情の変更を生じたこと,(β)その 変更が当事者の責めに帰すべからざる事由によって生じたものであること,
(γ)契約の文言通りの拘束力を認めては,xxの原則に反した結果になること,という事情変更の原則と対比した場合,(β)は借地借家法32条
1項で要求されていないので考慮する必要がない。次に,(α)は,予見可能性を要求しない同条の下では,同条の要件の中に既に吸収されているというべきである。結局,①・②・③の三件の最高裁判決の採る判断枠組みは,当該賃貸借がサブリース契約であることを前提として,(γ)の要件のみが,借地借家法32条1項の下でサブリース契約固有の特殊要因として,考慮ファクターの中に組み込まれたもの,というべきであろう。というのは,xxxに違背するかどうかの判断こそ,①判決ないし③判決のいう「xxの見地に照らし」「重要な事情として十分に考慮されるべき」事柄だからである70)。
7 このように検討してくると,①ないし③の3件の最高裁判決は,サブリース契約当事者間で契約締結当時に前提とされた事情が,その後の事情の変動によって生じたリスクをどのようにして分配し,負担させるかを左右するという点で,借地借家法32条1項に仮託して新たなルールを創造したもの,というべきではないか。すなわち,①ないし③判決は,単に借地借家法32条1項に「xxの見地」に照らしてサブリース契約の特殊性を考慮すべしとするだけではなく,実質的にみれば,同条の増減額請求権と事情変更の原則との間の,中間的な新たなルールを措定したものと位置づけることができよう71)。
63) 金判1177号8頁・同1187号12-13頁参照。
サブリース契約をめぐる判例法理の意義(xx)
64) 座談会・xxxx他「サブリース最高裁判決と実務対応(上)」金法1697号13頁〔xx発言〕(2004年)。
65) xxxx「サブリース契約とxxの原則」銀行法務21・629号 8-9 頁(2004年)。xxx
「サブリース契約における賃料減額の問題――契約改定論の一例として――」一橋研究22巻1号136頁の指摘,および座談会「サブリース最高裁判決の意義と今後の実務展開」金判1186号165-166頁(2004年)のxx発言も参照。
66) xx・前出注(65)8頁。
67) 最判平成15年10月21日(センチュリータワー事件)金判1177号 7-8 頁,裁判所時報1350号293頁。
68) 最判平成15年10月23日裁判所時報1350号295頁,金判1187号24頁。
69) 東京地判平成9年1月31日判タ952号223頁。xxxx・東京地判平成10年8月27日判批・判タ1036号18頁も参照。
70) サブリース契約において用いられる賃料自動改定特約につき,xx弁護士は,バブル経済崩壊による賃料の下落は数十パーセントにすぎず,賃借人たる不動産会社側が積極的に最低賃料保証を契約条件としたことから,よほどの別の事情がない限り,「契約通りの内容を認めることが当事者のxxに反し,xxxに反する結果になる」とはいえないと述べる。xx・前出注(3)NBL 544号39頁。
71) 最近の事情変更の原則に関する注目すべき研究として,xxxx「契約締結後の事情の変動と契約規範の意義――事情変更法理における自律と他律――(1)(2・完)」民商 128巻1号43頁,128巻2号3頁(2003年)がある。
* 本稿は,「2002年度・2003年度立命館大学学術研究助成特定研究2」による研究成果の一部である。
なお,本稿は,筆者がオンライン判例データベースである LEX/DB イン ターネット(xxxx://xxx.xxxxxx.xx.xx/xxxxxxxxxx/xxxxx.xxxx.XXXX0000-0000) 上で「速報重要判例解説」として Web 上に公表した上記③および④判決に関 する判例批評を基に,これらに大幅に加筆修正を加えて論説としたものである。