直接雇用とは、使用者である会社と被雇用者(em- ployee)の間で直接雇用契約を締結し、両者の間に雇用関係を生じさせる雇用形態であり、①終身雇用、
シリーズ・インドの投資関連法制 | 16 | |
インドにおける労務管理(3) x x x* |
(前回からの続き)
5.雇用形態
(1)概要
インドにおける雇用形態は、大きく直接雇用と間接雇用に分けられる。
直接雇用とは、使用者である会社と被雇用者(em- ployee)の間で直接雇用契約を締結し、両者の間に雇用関係を生じさせる雇用形態であり、①終身雇用、
②有期雇用、③パートタイマー等の非xx雇用に分けられる。また、会社が直接雇用を行う場合、試用期間(probation period)が設けられることが一般的である。
間接雇用とは、会社が、請負会社(日本でいう人材派遣会社に相当する会社)から契約労働者(con- tract labour)の派遣を受け、当該契約労働者の労働力を使用する雇用形態である。この場合、会社と被雇用者の間には直接の雇用契約や雇用関係は存在せず、雇用関係はあくまで請負会社と契約労働者の間に生じている。ただし、契約労働者の派遣を受ける会社も、たとえば、請負会社に給与の未払いがあれば、契約労働者に対して給与支払責任を負う等、契約労働者に対して一定の責任を負っていることに留意が必要である。
以下、分けて解説する。
(2)直接雇用
ア 終身雇用(permanent employment)
雇用期間を定めない雇用であり、被雇用者による
* ことうら りょう
弁護士、xxxxxx・xx・xx法律事務所
インドの雇用形態
直接雇用 | 間接雇用 |
終身雇用 | 契約労働者の利用 …請負会社(日本でいう人材派遣会社に相当する会社)から 契 約 労 働 者(contract labour)の派遣を受け、当該契約労働者の労働力を使用する雇用形態 …会社と被雇用者の間には 直接の雇用契約や雇用関係は存在しない。 |
…雇用期間を定めない雇用 | |
有期雇用 | |
…雇用期間を定めた雇用 | |
パートタイマー等の非xx | |
雇用 | |
…終身雇用や有期雇用の被 | |
雇用者と区別されていない |
自発的な退職、会社による解雇、定年の定めがある場合の定年退職等が生じるまでは、雇用関係が継続する。
日本においては、いわゆる正社員は通常終身雇用であることが多いが、インドではxx雇用であることと終身雇用であることは必ずしもリンクせず、「有期雇用の正社員」という地位も頻繁に見られる。
後述のとおり、インドでは、特にワークマンに属する被雇用者の解雇が困難である反面、雇用期間の満了による契約不更新は認められやすい(ただし、当初から解雇の代替手段との意図を持って、きわめて短期の雇用期間を更新し続ける等の方法を採っている場合を除く)ことに鑑みれば、インドにおいてローカルの被雇用者を雇用する場合、基本的には終身雇用は避け、有期雇用とすることが望ましいと考えられる。
イ 有期雇用
「1年間」等の有期の雇用期間を定めた雇用であり、雇用契約の更新がなされない限り、雇用期間満了により雇用関係は終了する。また、有期の雇用期間の
継続中であっても、被雇用者による自発的な退職、会社による解雇、定年の定めがある場合の定年退職等が生じた場合には、雇用関係は終了する。
上述のとおり、インドでは、会社に直接雇用されている、いわゆる正社員であっても、有期雇用であることが珍しくない。
会社から見た、被雇用者を有期雇用とすることのメリットとしては、
・雇用期間満了、契約不更新により、比較的容易に雇用関係を終了できる。
・給与や休暇といった雇用条件を、一定期間ごとに見直しできる。
等が挙げられる。
他方で、デメリットとしては、
・雇用期間満了時に転職を誘発しやすく、優秀な人材の流出を招くリスクがある。
・同一人物と何度も雇用契約を締結することになるため、雇用契約の文書管理が煩雑となる。
等が挙げられる。
インドでは、特にワークマンに属する被雇用者の解雇が困難であることから、解雇によらずに(すなわち雇用契約の不更新により)雇用関係を終了することができるという有期雇用のメリットは非常に大きい。
そのため、上記デメリットを考慮してもなお、インドにおいてローカルの被雇用者(ワークマン、ノンワークマンであるとを問わない)を雇用する場合、有期雇用とすることが望ましいと考えられる。
ただし、当初から解雇の代替手段との意図を持って、きわめて短期の雇用期間を更新し続ける等の方法を採った場合、労働審判等において実質的には解雇であり、解雇規制の適用を受けるとの認定がなされる可能性もあることに注意が必要である。
ウ パートタイマー等の非xx雇用
インド労働法上、パートタイマー等の非xx被雇用者(日本のパート、アルバイト等に相当)は、終身雇用や有期雇用の被雇用者と区別されていない。したがって法令上、非xxの被雇用者は、雇用条件や社会保険等について、xxの被雇用者と全く同様
に扱われなければならない。
そのため、会社は、パートタイマー等の非xx被雇用者に対しても、xx使用者と同様の休暇を付与する必要があり、解雇に際して解雇規制の適用を受け、また必要な社会保険への加入を行わなければならない。
会社から見た場合、インドのパートタイマー等の非xx被雇用者は、勤務時間が限定されている反面、雇用条件や社会保険については他のいわゆる正社員と同様の扱いをしなければならない、やや扱いづらい存在であると言える。そのためか、インドでは、パートタイマー等の非xxの被雇用者はそれほど普及していないようであり、その代わりに後述の契約労働者(contract labour)が広く利用されているようである。
エ 試用期間
インドでは、終身雇用、有期雇用、パートタイマー等の非xx雇用のいずれに該当するとを問わず、会社が直接雇用を行う場合、試用期間(probation pe- riod)が設けられることが多い。
インドの労働法上、試用期間については法令にxxで規定があるわけではないが、判例法理により、ワークマン、ノンワークマンを問わず、直接雇用を行う際には、3~6ヶ月程度の期間の試用期間を設けることが一般に認められている。この試用期間中は、会社は原則としていつでも被雇用者を正式に採用しないことを決定し、試用期間を終了させることができるとされている。
インドの労働紛争の多くは、解雇その他の雇用関係の終了に関連して生じているため、試用期間を設けることは、雇用を有期雇用とする点と併せて、インドにおいて労働紛争を避けるための重要な予防措置である。
(3)間接雇用
ア インドの契約労働者と日本の派遣労働者の比較
間接雇用は、会社が、請負会社から契約労働者
(contract labour)の派遣を受け、当該契約労働者に労働させる雇用形態である。
インドの「1970年契約労働(規制および廃止)法
(Contract Labour(Regulation and Abolition)Act, 1970)」(以下「契約労働法」という)は、一定の要件の下、請負会社(contractor)が、労働力を必要とする使用者(principal employer)に対し、当該請負会社が雇用する契約労働者(contract labour)を派遣して勤務させることを認めている。
日本の派遣労働法と比較した場合のインドの契約労働法の主な特徴は、①請負会社のみならず、契約労働者を使用する使用者側においても一定の登録義務があること、②契約労働者が、一定の成果を提供すること(請負型)、および労務を提供すること(労働提供型)の双方を認めていること、③労務提供の場合の職種の制限が限定的であること(通常日系企業がインドで営む業種の観点からは、事実上無制限)、ならびに④法令上、契約労働者を雇用した期間にかかわらず、会社が直接雇用を要求されることがないこと、等である。
①について、請負会社(=人材派遣会社)の側が契約労働者事業の認可を取得する必要があることは、日本において労働者派遣事業を営む者が労働者派遣事業の許可を取得する必要があることと同様であるが、インドの場合、さらにそれに加え、20人以上の契約労働者の派遣を受ける場合、契約労働者を使用する会社の側においても、当該契約労働者が勤務する施設の登録を行う必要がある。日本では、労働者の派遣を受ける側については、当該派遣について登録等を行う義務はないが、インドでは労働者の派遣を受ける側についても、人数が20人以上となる場合には登録義務を負うことに注意が必要である。
②について、インド法上の契約労働は、いわゆる請負(成果提供)と派遣(労務提供)の双方を含む概念であり、両者が厳密に区別されていない。日本の場合、労働者派遣が認められていない業種について、請負の形で実質的には派遣を行ういわゆる偽装請負の問題が生じることがあるが、インドでは請負と派遣の概念が厳密に区別されておらず、また後述のとおり労務提供の場合の職種の制限が限定的であることから、偽装請負の問題は基本的に生じない。他方で、インドでは、請負事業のみを営む者についても、契約労働者事業の認可を取得する必要がある。
③について、日本法では、労働者派遣法により、
労働者を派遣できる職種は限定されているが、インド法では、法令上の制限は一応あるものの、それらは防衛産業等の一定の業種における派遣の禁止等に限られており、一般にインドの日系企業が営んでいる職種において契約労働者の派遣が制限されることは、事実上無いと考えてよい。
④について、日本では、労働者派遣法上、同一の業務に同一の派遣労働者を3年間以上従事させた場合、原則として会社に直接雇用義務が生じるが、インドでは、法令上、契約労働者を雇用した期間にかかわらず、会社が直接雇用を要求されることはない。同一の契約労働者の派遣契約を更新し続けている場合等において、当該契約労働者から訴訟が提起され、裁判所により直接雇用を命じる判決が下されることもないわけではないが、この場合でもあくまで民事上の責任として直接雇用義務が課されるだけであり、行政罰や刑事罰が課されるわけではない。
イ 契約労働者利用のメリットと留意点
上記①の登録制度は、使用者である会社にとってやや煩雑な制度であるが、上記②、③、④は、いずれも会社にとって非常に使い勝手の良い制度となっている。
インドの契約労働法上、会社は、登録さえ行えば、
(特に日系企業の多くが営む業種については)事実上職種制限なしに、直接の雇用関係を生じさせることなく請負会社から契約労働者の派遣を受けることができ、契約労働者が不要になれば、請負会社との契約を終了させることで、契約労働者を請負会社の下に戻すことができる(契約労働者の雇用関係は、あくまで請負会社との間にあるため、解雇には該当しない)。また、同一の契約労働者の派遣契約を長期間更新し続けていたとしても、会社に直接雇用の義務は原則として生じない。
この会社にとっての使い勝手の良さから、インドでは契約労働者が非常に広く利用されており、オフィスや営業所のみならず、工場や鉱山など大量の労働者を必要とする施設においても、しばしば大量の契約労働者が利用されている。しかしながら、多数の契約労働者を利用することは、契約労働者と正社員、また契約労働者と会社との間で摩擦を生じさ
せる原因ともなっている。
上述のとおり、契約労働者は、あくまで請負会社に雇用されていることから、給与や各種手当ては請負会社から受け取っている。そのため、工場等で、全く同じ業務に従事しているにもかかわらず、契約労働者の待遇は、その雇用主である請負会社ごとに異なり、また正社員に比べて低い傾向にある。このことが、契約労働者の不満を大きく募らせ、しばしば会社に対してxx雇用を求めて提訴したり、労働組合を結成して契約労働者の待遇改善を求めることに繋がっている。契約労働者が少数の場合、個別的対応も可能であるが、契約労働者が過半数を超えるような場合には、労働組合の結成や大規模なストライキに繋がることもある。
インドの契約労働法は、会社にとってはきわめて使い勝手の良い制度であると言えるが、大量の契約労働者の利用は、副作用として、契約労働者と正社員間の、および契約労働者と会社の間の緊張関係をもたらしうることに、十分に注意する必要がある。
ウ 会社の責任
契約労働者が雇用関係を有しているのは、あくまで請負会社との間であるため、実際に契約労働者を利用する会社(principal employer)は、原則として契約労働者に対して使用者としての責任を負うことはない。
しかしながら、契約労働者保護の観点から、契約労働法上、契約労働者を利用する会社には、以下を含むさまざまな義務が課されている。
・(20人以上を利用する場合)登録義務
・請負会社が契約労働者に賃金を支払わなかった場合、契約労働者を利用する会社が賃金支払義務を負う。この責任は、あくまで請負会社が賃金を支払わなかった場合の二次的責任であり、請負業者への求償が可能である
・契約労働者の名簿、契約労働者によって行われる作業の性質の記録、契約労働者に支払われる賃金率等の登録簿等の整備、保持。
特に、請負会社が契約労働者に賃金を支払わなかった場合の二次的責任が重要であり、請負会社が
契約労働者に給与を支払わないまま倒産したような場合には、会社は請負会社に対する契約労働者派遣料の支払と、契約労働者に対する給与の支払の、二重の支払を強いられる可能性がある。
6.解雇規制
(1)適用対象
インド労働法の基本法令の1つである「1947年産業紛争法(Industrial Disputes Act, 1947)」は、ワークマンに属する被雇用者の解雇(retrenchment)を制限している。
他方で、インドの労働法上、ノンワークマンに属 する被雇用者の解雇を制限する規制は存在しない。これは、ノンワークマンは、会社と対等の当事者関係に近い存在と考えられており、法令による強い保護を与える必要がないと考えられていることによる。したがって、会社は、ノンワークマンに属する被 雇用者については、当該被雇用者との間の雇用契約の契約解除条項に従って解雇することができる。ただし、中間管理職など、ノンワークマンに該当するか、ワークマンに該当するかが必ずしも明確でない者については、雇用契約に基づいて契約解除を行った場合、自身が「ノンワークマンではなくワークマンに該当する」と主張して、解雇の無効を主張してくる
リスクがあることに留意が必要である。
後述のとおり、1947年産業紛争法上、解雇ができる事由(あるいはできない事由)の実体的な規定は基本的に存在せず、(日本の労働基準法と同様)解雇の手続のみが規定されている。
インドにおいて日系企業が直面する労働問題のほとんどは、解雇に関わる紛争であり、解雇に関する規制を十分に把握しておくことは、日系企業の労務管理上、重要であると思われる。
(2)解雇の種類
解雇には、普通解雇、懲戒解雇、xxxxの3種類がある。
普通解雇は、ワークマンを通常の手続に従って解雇する場合を言い、次項以下詳述する。
懲戒解雇は、ワークマンが懲戒解雇事由に該当する行為を犯した場合に、懲戒手続の一種として解雇
する場合を言う。どのような事由が懲戒解雇手続に 該当するかは、会社の内部規則等により異なるが、代表的な懲戒解雇事由としては、業務命令への違反、犯罪への関与、暴動、ハラスメント等が挙げられる。スタンディング・オーダーズが適用される工場等 で懲戒解雇を行おうとする場合、スタンディング・オーダーズの規定に従い、裁判官の役割を有する調査官、検察官の役割を有する立証担当官を選任の上、懲戒解雇対象のワークマンに対し、弁明の機会を与える必要がある。この手続には非常に時間がかかる上、ワークマンは調査官による決定に対し、裁判所に不服申し立てを行うことができることから、工場
等での懲戒解雇は非常に困難となっている。
xxxxは、一時的な雇用関係の停止であり、雇用関係自体は継続する。雇用関係の停止中、会社は、原則としてワークマンに対する補償金の支払義務を負う。補償金の金額は、基礎賃金および物価調整手当の合計額の50%とされている。
以下では、最も日系企業に利用、検討されることが多いと思われる、普通解雇を中心に解説する。
(3)解雇の定義
1947年産業紛争法上、普通解雇における「解雇
(retrenchment)」とは、懲戒解雇、および以下に列挙されるものを除き、理由を問わず、使用者がワークマンの雇用を終了させることをいうと定義されている。
①ワークマンの自主的退職
②雇用契約にその定めのある場合における定年退職
③雇用契約の満了の際の不更新による終了、または契約上の規定に従って契約が終了したことによる雇用の終了
④継続的な健康不良を理由とする雇用の終了
①について、当然のことではあるが、ワークマンが自主退職する場合には、会社による解雇の扱いとはならない。そのため、解雇に際してワークマンとの間で紛争が予想される場合や、法令の規制上解雇自体が難しいと予想される場合には、ワークマンに対して好条件を付した自主退職の勧告を行うこと
(Voluntary Retirement Scheme)が、実務上多く行われている。
②について、インドは(米国等と異なり)雇用契約に定年退職の定めを設けることは違法ではなく、定年の定めは一般的に行われている。モデル・スタンディング・オーダーズでは、定年は58歳と規定されているが、もちろん雇用契約において、これよりも上または下の年齢を定年として合意することは可能である。
③は既に詳述したところである。なお、この規定を利用して、当初から解雇の代替手段との意図を持って、きわめて短期の雇用期間を更新し続ける等の方法を採った場合、裁判所により実質的には解雇との認定がなされるリスクがあることも、既に述べたとおりである。
④について、どの程度の期間勤務できなければ「継続的」であるのかについて明確な基準はないが、一般的には半年から1年間程度勤務できなければ、「継続的」に該当すると解されているようである。
(4)解雇事由と解雇手続
ア 解雇事由
1947年産業紛争法上、ワークマンの普通解雇ができる事由(あるいはできない事由)についての実体的な規定は存在せず、(日本の労働基準法と同様)解雇の手続のみが規定されている。
ワークマンの普通解雇に際しては、最後に雇用された者から解雇しなければならない等の規制が課せられており、使用者がその裁量的判断により特定のワークマンを選択し、解雇することなどは認められていない。また、実際に解雇の有効性をめぐって労働紛争となり、労働審判所での審判となった場合、労働審判所はワークマンに対して有利な判断を下すことが多い。
そのため、インドにおいてワークマンの意思に反した普通解雇を行うことは非常に難しく、実務上の多くのケースでは、特定のワークマンとの雇用関係の終了にあたり、法定の退職金や補償額を超える好条件を提示した自主退職プランによる自主退職の勧告が多く利用されている。
イ 解雇手続
1947年産業紛争法上、解雇の日に先立つ1年間に継続的雇用されていたワークマンを普通解雇するにあたっては、以下の手続が履践される必要がある。
①ワークマンに対して最低1か月前までに解雇の理由を示した書面による通知が行われ、または通知に代えて通知期間の賃金相当額がワークマンに支払われること
②継続的雇用にあった期間の1年ごと、または6か月を超える1年の部分につき、「平均給与」(月払いのワークマンの場合、過去3か月の賃金の平均)15日分の割合で計算した解雇補償金が解雇時にワークマンに支払われること
③所定の様式による通知が、政府およびその他所定の機関(当該州のLabour Commissioner)に書留郵便で送付されること。この通知は、上記①の通知がワークマンに行われた日から3日以内に送付されなければならない
なお、解雇の日から数えて1年未満の雇用期間のワークマンについても、①、②については、実務上、 1年以上の雇用期間のワークマンに準じて、同様の扱いがなされていることが多い。
上記は、あくまで手続規定であり、これらの手続を全て適切に履践したとしても、実体的理由により解雇が認められない場合があることは、既に述べたとおりである。
(5)特別な解雇規制
ア 事業体の閉鎖
1947年産業紛争法上、過去12か月間に1就業日当たり平均50人以上のワークマンが雇用されていた事業体(undertaking)を閉鎖しようとする場合、使用者は、閉鎖の日の少なくとも60日前までに、書留郵便により中央政府およびその他の所定の機関に対して通知を行う必要があるとされている。
この場合、閉鎖の前に1年以上の継続的雇用にあったすべてのワークマンに対し、1か月前までに書面による通知がなされるか、通知に代わる賃金が支払われなければならない。また、ワークマンは、解雇の場合に支払われるのと同じ補償金(解雇補償金)
を受け取る権利を有する。
さらに、同法上、過去12か月間に1就業日当たり平均100人以上のワークマンが雇用されていた産業施設(工場等)については、レイオフ、解雇および閉鎖のいずれについても、州政府の事前許可が必要とされている。
この州政府の事前許可の申請は、閉鎖予定日の少なくとも90日前までになされなければならないとされており、許可申請がなされた日から60日以内に州政府が許可または拒否の命令を出さない場合、許可が与えられたものとみなされる。
ただし、州政府は、雇用の喪失や資産流出への懸念から、この許可を出すことに消極的であると言われている。そのため、実務上、100人以上のワークマンが雇用されている工場等を閉鎖する場合、事前に自主退職勧告によるワークマンの自主退職を促し、平均100人を切った時点で、州政府の事前許可なくして閉鎖することが多く行われている。
なお、州政府の事前許可が得られた場合、州政府への申請の日の直前に雇用されていたすべてのワークマンに対し、継続的雇用にあった各年(6ヶ月以上切り上げ)につき、平均賃金の15日分の合計額となる補償金を支払う必要がある。
イ 事業移転に伴う解雇
1947年産業紛争法上、合併、会社分割、事業譲渡等の起業再編により、ある会社から他の会社に事業が移転される場合、当該移転対象事業において移転直前に1年以上の継続的雇用にあったすべてのワークマンは、原則として全て解雇扱いとなり、移転対象事業を有する会社は、ワークマンに対して通常の解雇手続と同様、通知や解雇補償金の支払等を行う必要がある。
ただし、以下の要件を全てみたす場合、移転対象事業を譲り受ける会社は、当該事業において雇用されていたワークマンを引き継ぐことができる。この場合、ワークマンは解雇扱いにならないため、通知や解雇補償金の支払等は不要である。
①事業移転がワークマンの雇用期間を中断しないこと
②事業移転後にワークマンに適用される雇用条件
が、移転前に当該ワークマンに適用されていた雇用条件に比べ、いかなる点においても不利なものではないこと
③事業移転の条件その他により、新たな使用者が、ワークマンが解雇される場合に、当該ワークマンに解雇補償金を支払うことを法的に義務付けられていること
日本と異なり、事業移転の場合、当該事業において雇用されていたワークマンは原則として全て解雇扱いになることから、全てのワークマンを引き継がないということも法的には可能である。しかしながら、実際には、移転対象事業において雇用されていたワークマンの存在なしに事業を継続的に運営していくことは難しいことから、実務上は多くのケースにおいてワークマンの引継ぎが行われている。
7.労働組合に関する規制
(1)労働組合の登録要件
インドにおける労働組合の組成、登録および登録労働組合の権利義務について規定している法令は、
「1926年労働組合法(Trade Union Act, 1926)」と呼ばれる法令である。
同法上、労働組合(trade union)は、「一時的であるかxx的であるかを問わず、主としてワークマンと雇用者間、ワークマン間もしくは雇用者間の関係を調整する目的、または取引もしくは事業に制限的な条件を課す目的で結成された結合体であって、 2つ以上の労働組合の連合を含む」と定義されている。
労働組合は、使用者に比べて弱い立場にある被雇用者の権利を保護するというその存在意義から、その構成員は主にワークマンから成る。もっとも、ノンワークマンであっても労働組合に加入することは可能である。
(a)7人以上の被雇用者(ワークマン、ノンワークマンを含む)、または(b)登録申請を行う日の時点で、関係する施設または産業に従事しまたは雇用されるワークマンの少なくとも10%または100人のいずれか少ない方、のいずれか多い方の数の被雇用者を組合員として有する労働組合は、1926年労働組
合法に基づき、労働組合の登録を行うことができる。労働組合の組成自体については人数要件は存在 しないが、労働組合は登録を受けなければ後述の法令上のさまざまな権利が認められないため、実質的
には労働組合の組成と登録はほぼ同義である。 インドの労働組合は、インド国内の労働組合を統
括する中央労働組合(いわゆるユニオン)のいずれかに属していることが多い。
(2)登録労働組合に認められる権利
登録を受けた労働組合には、主として以下の権利が認められる。
①正当な労働行為に対する民事および刑事免責の権利
②ストライキの権利
③使用者との間で労働協約(labour settlement)を締結する権利
②について、労働組合は、原則としていつでもストライキを起こすことができる。ただし、郵便、鉄道等の一定の公共サービス部門については、ストライキの6週間前に通知を行うことが求められるなど、一定の手続要件が課されている。
また、労働調停手続の進行中および終了後7日以内、労働仲裁手続の進行中および終了後2ヶ月以内、労働審判所での審理中および判決後2ヶ月以内といった一定の期間は、ストライキを行うことが禁止される。これらのケースでは、調停、仲裁、審判等の手続での労使紛争解決が図られているため、別途ストライキの権利を認める必要がないと解されているためである。
また、③について、使用者である会社は、登録労働組合との間で労働協約(労働調停の手続内または手続外において、使用者とワークマン(労働組合を含む)の間で成立した書面による合意)を締結することができる。
労働調停手続内で合意された労働協約は、当該労働協約が対象とする施設の全ての被雇用者に対し、労働組合への加入、不加入にかかわらず、効力が及ぶ。他方で、労働調停手続外で合意された労働協約は、労使合意の当事者のみを拘束するため、
当該労働協約を締結した労働組合の組合員に対してのみ効力が及ぶ。日本の労働組合法のような、「4分の3以上の労働者が労働協約の適用を受ける場合に、全ての労働者に同内容の労働協約が適用される」旨の規定は存在しないため、注意が必要である。
(3)使用者側の対応
労働組合の組成、登録は、被雇用者(特にワークマン)の権利であるため、使用者である会社がこれを妨害することは、不当労働行為として認められない。また、同じくストライキを妨害することなども、不当労働行為として認められない。
いったん労働組合が社内に組成、登録されてしまった場合、慎重な対応が必要となる。
使用者である会社としては、無原則な労働争議行為を防止すべく、労働組合が登録された場合、当該労働組合との間で、できるだけ早く話し合いの機会を持ち、また可能であれば労働協約を締結すべきである。
8.紛争解決手続
(1)定義
1947年産業紛争法上、労働紛争(industrial dis- pute)は、「使用者とワークマンの間の紛争」、または「ワークマンとワークマンの間の紛争」と定義されている。
この定義から、使用者とノンワークマンの間の紛争は、法令上の「労働紛争」の定義には該当せず、したがって後述する労働紛争の解決手続が適用されることは原則としてない。使用者とxxxxxxxの間の紛争は、両者間の雇用契約に定めた紛争解決方法(裁判、仲裁等)に従って解決されることになる。
なお、中間管理職など、ノンワークマンに該当するか、ワークマンに該当するかが必ずしも明確でない者については、自身が「ノンワークマンではなくワークマンに該当する」と主張して、1947年産業紛争法上の紛争解決手続の適用を主張する例もある。日系企業がインドで経験する労働紛争は、そのほ とんどが解雇に関わる紛争であり、労働審判所(la- bour court)における労働審判として争われている
ことが多い。
(2)解決手続の概要
1947年産業紛争法において定められている労働紛争の解決方法は、以下の4つである。
①労働調停(Conciliation)
②労働仲裁(Arbitration)
③労働審判(Adjudication)
④産業審判(Industrial Tribunal)(関係するワークマンの数が100人を超える大規模な紛争の場合)
これらの手続は、労働紛争、すなわち、「使用者とワークマンの間の紛争」、または「ワークマンとワークマンの間の紛争」について専属管轄を有している。したがって、たとえば「使用者とワークマンの間の紛争」について、通常の地方裁判所での裁判を紛争解決方法として合意すること等は認められない。
上記の労働紛争の解決方法の中から、労働コミッショナーの裁量的判断、または当事者(主に原告となるワークマン側)の申請により、解決方法が選択される。
実務上、労働紛争において最も選択されることが多い手続は、労働審判所における労働審判である。労働審判ではワークマンに有利な決定が出やすいと言われていること、労働紛争では調停による話し合いが困難になっていることが多いこと、仲裁の場合には仲裁人の選択および仲裁人に対する報酬支払の問題が生じることなどが、その理由である。
労働審判所における労働審判は、非常に時間がかかる手続であり、費用面、時間面での使用者の負担が大きい上、その判断においてはワークマン側に有利な決定が出やすいと言われている。そのため、使用者としては、できるだけ労働審判所での労働審判に至る前に、労働紛争の解決を図ることが望ましい。ただし、悪質な業務命令違反や犯罪への関与等の事案においては、使用者側が毅然とした態度を示すことが、他の労働紛争の誘発を防止する側面もあるため、上記紛争解決方法を避けることが常に最善の解決策であるとは限らないことに留意すべきである。